岸辺露伴は動かない [another episode] 作:東田
二次創作は初めてなので、まだキャラを掴みきれていない部分等あると思いますが、どうか宜しくお願いします。
朗らかな秋晴れのある日の昼下がり。会社勤めのサラリーマンのランチタイムによる客波も落ち着いてきた杜王駅前のカフェテリア“カフェ・ドゥ・マゴ”
店の表通りに面するテラス席の一席で、漫画家 岸辺
露伴が週刊誌で連載するマンガ“ピンクダークの少年”の次週以降の打ち合わせを終えた二人は、それぞれの作業に入っていた。
既に固まりつつある構想を元に、露伴は自前のノートにネームを書き始めている。二十代前半の新人担当編集者の方はというと、彼もまた持参のノートを開き、中を眺めていた。
「露伴先生」
担当が顔を上げ、露伴を呼ぶ。
「何だい」
作業の手を休めることなく、露伴は応答した。
「露伴先生は、小説って読まれるんですか?」
担当の問いに露伴は手を止め、怪訝そうに顔を上げた。
「あのなぁ。君ももう社会人だろ?常識をわきまえなよ。仕事中の相手に、雑談を持ちかけるか?普通」
睨めつけるようにする露伴。
「そもそもこのネーム作業だって、新人編集者である君の要望だろ?僕は別に必要にしてないんだぜ、この作業。それを邪魔するってのは、どういう了見だい」
スミマセン、と担当は消え入りそうな声で謝った。露伴は手元のノートに目を戻し、しばらく作業を進めた後に答えた。
「読むよ、小説ぐらい」
担当の顔が喜色を帯びる。
「読まれるんですか」
「当然だ。小説は、マンガに比べるとよりノンフィクションに近いフィクションだ。それはつまり、作家自身の体験が、そのまま作品に生き易いってことだ。小説は数多く読めば、それだけ多くの体験に触れられる。暇さえあれば、よく読むものさ」
へぇ、と担当は感心そうに頷いた。
「それじゃあ、露伴先生の好きな作家って誰ですか?」
「なぁ、いつまでこの話を続けるんだ?」
担当の質問に対し、露伴は不機嫌そうに問い返した。
「見て下さい、これ」
担当は、両手に持つ自分のノートを露伴に広げて見せた。そこには
<露伴先生の好きな小説・露伴先生の好きな映画・露伴先生の好きな色・露伴先生の好きな食べ物・露伴先生の好きなマンガ・露伴先生の好きな....>
と、延々と箇条書きがされていた。露伴はそれを一瞥すると、興味なさそうに手元に視線を戻した。
「編集の先輩に教わったんです。“名作というのは、作家と編集者が協力して創り上げるものだ。だから、編集者は最初に、担当作家のことをよく知るべきだ”って」
露伴はペンの動きを止めると、溜め息を吐いた。
「君の仕事に対する情熱は分かった。君はまだ新人だ。だから、仕事中だが今回は特別に答えてやるよ。僕の好きな作家は―――そうだな、三島 由紀夫だ」
「三島―――誰ですか?」
「おいおいおいおい。まさか、三島 由紀夫を知らないのか?」
露伴は背中を椅子にもたれかけるようにして言った。
「ええ、スミマセン」
担当が軽く頭を下げる。露伴は大きく溜め息を吐いた。
「マジで君は、もっと一般教養を身に付けた方がいいぜ。この程度の知識も持っていないようじゃあ、僕と共に名作を作るなんてのはまず無理だね」
担当はしょんぼりと項垂れて露伴の説教を受けた。
「“金閣寺”は知らないのか?」
「建物のですか?」
「違う。三島 由紀夫の作品だよ。“金閣寺”」
「聞いたこともあるような―――ないような」
「三島 由紀夫はだな―――」
露伴はネームノートを閉じると、机に両肘を乗せて担当に語った。
「戦後の日本文学を代表する作家の一人だ。有名な作品は“金閣寺”“仮面の告白”“潮騒”。四十五歳でこの世を去るが、その最期は、自衛隊の駐屯地でクーデター決起を叫び腹割自殺。死に方なんかは特に有名だが、これでも分からないか?」
「スミマセン。無知なもので」
担当はうなじを掻きながら露伴に謝った。露伴はそうか、と呟くと、冷めきったコーヒーを飲み干し、荷物を纏めて立ち上がった。
「それじゃあ、僕は帰るよ。来週分の原稿を早めに描き上げたいからね」
「あ。待ってください、露伴先生」
踵を返し、会計に向かう露伴を、担当は慌てて呼び止めた。
「三島なんとかって人は知りませんでしたけど、今の話で一つ、思い出したことがあるんです」
「何をさ」
露伴は足を止めると振り返った。担当は鞄の中にノートを仕舞いながら、露伴のそばまでやって来た。
「その三島って人は、自殺をしたんですよね?それで思い出しました。一つ、可笑しなサイトを見付けたんですよ」
担当は鞄からスマホを取り出すと、しばらくいじった後に画面を露伴に示した。
「これです」
「“自殺代行”―――?」
ページトップに書かれたサイト名を、露伴は読み上げた。
「何だ、これ」
「ネットの掲示板で、今少しずつ話題になってきているサイトです。色々な理由で自殺に踏み切れない自殺願望者がこのサイトでその自殺願望を書き込むと、“自殺”を“させてくれる”らしいんです」
「都市伝説か?」
「都市伝説とかとはちょっと違いますけど―――まあ、趣味の悪いサイトであることに変わりはありません。検証のために、俺も二日ほど前に“自殺代行”の依頼を書き込みましたけど、この通り生きてますから。根も葉もない噂話ですよ」
担当が笑いながら話す。それに対し、露伴は眉を潜めた。
「書き込んだのか?」
「ええ、まあ。それがどうかされましたか?」
「なあ、君。仮にそれで“何か”が起こったとしたらどうするんだ?僕は別に、そのサイトを信じている訳じゃないが、その“何か”に対する解決策を持たない奴が、簡単に首を突っ込むものじゃないと思うぜ」
露伴が真顔でそう言うと、担当は苦笑した。
「大丈夫ですよ、先生。眉唾物の話です。何も起こりやしませんよ」
「―――そうだといいな」
露伴と担当は、会計を済ませると店を出た。
「それじゃあ先生、俺はこれで、一度本社の方に戻りますんで。何かあったら、電話してください」
失礼します、と露伴に会釈すると、担当は駅方面へと歩いていった。
*
「僕の担当が、死んだ!?」
翌日、編集部本社からかかってきた電話口で、露伴は思わず叫んだ。
「一体どう言うことなんだ。説明してくれ」
『岸辺先生と別れた後、杜王駅で飛び込み自殺したそうです―――そちらでも騒ぎになっていませんでしたか?』
電話先の職員が露伴に尋ねる。
「全く知らなかった。昨日の打ち合わせの後からは、ずっと家に籠って原稿を描いてたからな。―――待て、今、何て言った?」
『はい?』
「彼はどうやって死んだのか聞いてるんだ」
『飛び込み自殺です。通過列車に、自ら飛び込んでいったそうです』
“自殺代行”―――露伴は、昨日担当の彼が話題にしたサイトを思い出した。
『岸辺先生、彼の自殺について、何か思い当たる節はありませんか?打ち合わせの時に、思い詰めた様子があった、とか』
「僕が聞きたいくらいさ。少なくとも、僕と会っていた段階では、とても自殺するような様子じゃなかったよ」
露伴はあえて、そのサイトのことを口にしなかった。そうですか、と職員が答える。
『ありがとうございました。申し訳ありません。お仕事中に電話してしまって』
職員が何度か謝辞を述べた後、露伴は電話を切った。
「とするとつまり、あのサイトは本物だったのだろうか」
電話を置いた後で、露伴は一人呟いた。
「――調べてみるか」
露伴は自室に戻ると、スマホで“自殺代行”のサイトを調べた。自殺した担当の示していたものと同じページは、検索結果のトップに出てきた。露伴はそのページを開くと、ざっと内容を眺めた。
「成る程、確かに悪趣味だな。読んでるだけでもストレスが溜まりそうだ」
ページを下にスクロールすると現れた、“自殺代行”を望んだ書き込みの数々を見て、露伴は呟く。
「“私は二年前に子供を亡くし、最近会社をリストラされました。更に、妻が不倫をしていたことが判り、離婚しました。両親ももうこの世には居ないため、未練は残っていません。けれど、自殺しようとしても、どうしても手足がすくんで留まってしまいます。どうか、私を自殺させて下さい”か。―――馬鹿馬鹿しい。一体、どこのどいつだ?こんなサイトを作ったのは」
ページを最下部までスクロールさせると、サイト主のプロフィールがあった。“大童 甲(おおわらわ こう)”とある。名前のその下に、ツイッターのリンクが貼られているばかりで、他に情報はない。露伴は、リンク先へと飛んだ。
大童のツイッターが開かれる。投稿内容は、非公開となっている。そのプロフィールを見ると、“自殺代行”とはまた別の、個人ブログのリンクだけが貼られていた。露伴はまた、そのサイトへと飛んだ。そのサイトのプロフィールにも、やはりまた別のサイトのリンクが一つだけ貼られており、その別のサイトのプロフィールにも、リンクが一つだけ貼られていた。
そうして、いくつものページを飛んでいるうちに、露伴はとうとう、大童の連絡先に至った。そこに載せられた電話番号に、露伴はスマホから電話を掛けた。
『もしもし、大童です』
五回目のコールを数えた辺りで、大童が電話口に出た。声には張りがあり、聞いた感じ、まだ若そうだ。
「君が“自殺代行”の大童 甲か?」
『えっと...どなたでしょうか』
「岸辺露伴、漫画家だ。週刊少年ジャンプで“ピンクダークの少年”というマンガを掲載している」
え!?と大童は驚愕の声を上げた。
『あの岸辺露伴先生ですか!?凄いなぁ。毎週読んでますよ、立ち読みで』
はは、と大童が笑う。
「どうせ読むなら買え、と言いたいところだが―――まあ、楽しんでるのならいい。それよりもだな、大童 甲。僕は君の運営する“自殺代行”について取材をしたいんだ。時間をもらえるかい?」
『今ですか?』
「いいや。直接会って話がしたい。どこに行けば会える」
『そうですね―――俺、M県の地方に住んでるんですよ。S市の杜王町って、知ってますか?』
*
大童 甲に指定された駅前広場の噴水前で、露伴は大童を待っていた。露伴の顔を知っている彼が、露伴に声をかける手筈になっている。大童を待っているその間、露伴は駅前を行く人々をスケッチしていた。人通りの多い場所は、様々な感情が溢れ返っている。露伴はマンガの参考に、そんな彼らの表情をスケッチするのだった。
「お待たせしました、露伴先生。大童です」
声につられて露伴が顔を上げる。二十代半ばの男が、露伴の前に立っていた。
「早かったですね。電車の到着時間が早まったんですか?」
「いいや。一本電車を早めたのさ。町中がどんな雰囲気なのかを知っておきたくてね」
露伴は大童と握手を交わしながら答えた。
「それなら、一本連絡を下されば駆け付けましたのに」
「いや、いいのさ。その分、沢山刺激が貰えた」
「?まあ、露伴先生がそうおっしゃるのなら―――ところで、立ち話もなんですから、移動しましょう」
大童が駅を背に歩き出す。露伴はスケッチを片付けると、大童の後を追った。
大童が向かったのは、カフェ・ドゥ・マゴだった。二人は、店内の隅の席に落ち着いた。
「一つ、先に言わなければならないことがある」
席に着くや否や、露伴が話を切り出す。
「僕が今日ここに来たのは、実は取材のためじゃあない。君に直接会って、確認したいことがあったんだ」
露伴の言葉に、大童は戸惑いの顔を見せた。
「僕の担当編集者が“自殺代行”のサイトに書き込みをして死んだ」
露伴は大童を見据えて言った。
「はあ―――御愁傷様です」
「なあ、勘違いしてほしくないのは、僕は別に、君にその責任を追求しようって訳じゃないんだ。彼は自殺したのか?それとも君のサイトに殺されたのか?それが知りたい」
「どちらもです」
大童は即答した。
「その彼が、“自殺代行”に“自殺したい”と書き込んだのであれば、彼の死は間違いなく自殺で、間違いなく、“自殺代行”によって殺されました」
「ちょっと待てよ。矛盾してないか?“自殺”なのに“殺された”ってのは、どういうことだ」
「そういうものなんですよ」
大童は、机に肘を立てると両手を組んだ。
「地球上の物体は重力に従って落下するとか、太陽は東から昇って西に沈むとか、そういうものと同じ“決まり”なんですよ」
「なあ、要領を得ない話は止めてくれ。他人の僕にも解るように説明しろよ」
「―――あのサイトの運営主は、俺ではありません。俺はあくまで、あのページを“管理”しているに過ぎないんですよ」
「だったら、誰が運営しているんだ?」
露伴の問いに、大童は首を横に振った。
「分かりません。サイト自体はかなり昔からあるようで、俺の務めてる“管理人”も、俺で四代目らしいです」
「全く、手掛かりもないのか?」
「全く。そもそも運営主は人間じゃない気がしますけどね」
「人間じゃない?だったら、AIか何かかい?」
大童は、再び首を横に振って否定した。
「それが、さっき言った“決まり”に繋がるんです。あのサイトには“決まり”があるんです。自殺願望を書き込むと、数日の内に“自殺させられる”という“決まり”が」
「それがルールなのか?」
「違います。ルールではありません。“決まり”です。条件が揃った時点で、絶対に避けることのできない“決まり”。言わば法則です」
「つまり“自殺代行”のサイトに自殺願望を書き込むと、自殺するという法則があると」
「分かり易く言ってしまえば、そうです」
「僕の担当編集者が飛び込み自殺したのも、“自殺代行”に自殺願望を書いたから、と」
「そうです」
大童は二度頷いた。
「罪悪感はないのか?」
「サイトに書き込んだ彼らを殺したのは、俺だと言いたいのですか?」
「サイトを閉鎖させるなりして、対策はできただろ」
「罪悪感なんて、微塵もありませんよ」
大童は、悪びれるよう様子なく答えた。
「人間が人間として最も輝く瞬間は、“自殺”にこそあると俺は考えています。“死にたい”と思うということは、最も“生”を実感できるのです。“自殺”は人間だけが行う行為です。他の動物には、本能から来る自滅や自己犠牲はあっても、“自殺”はありません。“自殺”は人間だけが行う事の出来る、人間を人間たらしめる崇高な行為なんです」
大童は、一息にそう言った。
「―――壮大だな」
呆れた露伴の口をついたのは、その一言だけだった。
「露伴先生、あなたはどうですか?自殺肯定派ですか?それとも否定派ですか?」
急に話を振られ、露伴は戸惑った。しばらく頭を整理してから口を開く。
「正直、赤の他人が自殺しようがしまいが、どうでもいい。僕にとって重要なのは、仮に自殺を決意した奴が居たとして、そこに至るまでの過程なんだよ。そいつがどんなことを経験し、その結論に至ったのか。その“記憶”の方が重要だ。だから、テレビや何かで自殺のニュースを知ったところで、僕の心は動きやしない」
「つまり、肯定派ですか?」
「―――まあ、稀に、こいつは自殺した方が幸せなんだろうなって思う奴も居るが―――だが『露伴先生なら分かってくれると思いましたよ!」
大童は、露伴の言葉を遮って喜んだ。机から身を乗り出し、露伴に迫る。
「これまで、色んな人に何度もこの話をしてきました。けれど、誰もまともに取り合ってくれなかった。同調してくれたのは露伴先生、あなたが初めてだ」
「おい、ちょっと待てよ。僕は別に同調なんかしていないぞ。人の話は最後まで聞けよ」
しかし、露伴の声が届いていないのか、大童は話を続ける。
「露伴先生、あなたなら、五代目に相応しい」
「五代目?おいおいおいおい。もしかして、あのサイトを僕に擦り付けようとしてる訳じゃあないだろうな」
大童は更に机から身を乗り出すと、露伴の胸ポケットに挟まっていたボールペンを取り出した。
「なあ、さっきから何なんだよ、お前。勝手に人の物を持ってくんじゃあない」
露伴がペンを取り返そうと手を伸ばす。しかし、それを避けるようにして、大童は席に座り込んだ。
「“自殺”は本当に素晴らしい。露伴先生、“自殺”の利点はですね、誰でも、どこでも行える所にあるんですよ。例えばこんな風に―――」
「おい、いい加減に―――」
露伴がペンを取り返そうと身を乗り出す。
それと同時に、大童はペンを握った右手を大きく振りかぶり、ペン先を自分の首筋に突き立てた。
「なッ!」
露伴が絶句する。口から血を流し、目をひんむきながら、大童は机下に崩れた。
「おい!何やってるんだ!」
机下を屈んで覗きながら、露伴が叫ぶ。
それに反応した客が、机下に倒れ込んだ大童を見て悲鳴を上げた。
「クソ!よりにもよって、僕のペンで自殺しようとしやがって!おい、誰か!救急車を呼べ!」
騒ぎに気付いてやって来た店員が、それを聞いて青ざめながら店の奥へと転げ込んでいった。
「ったく!どういう思考回路してたら、いきなりこうなるんだ!?この状況で“これ”を使ったって、シャレになんかならないぜ!?」
大童の突飛な行動には、謎が多すぎる。露伴は、彼の考えを“読む”ために“それ”を使った。
大童の左頬に、切れ込みが入る。その切れ込みは、瞬時に彼の左顔に縦に走り、と同時に、そこからまるで本のように皮膚がめくれた。
それはまさしく本だった。大童のめくれた顔面の皮膚の下には、ビッシリと文字が書き込まれていた。
「“天国への扉(ヘブンズドアー)”」
露伴が呟く。それは、露伴の持つ不思議な能力。彼は他人の人生を“本”にして読んだり、書き込んだりすることが出来た。
“自殺代行”
本となった大童に記されたその項目を、露伴は一目で見付けた。大きく、目立つように書かれたその見出しの下に、露伴が大童から聞いた“自殺代行”の仔細が列なっている。露伴はその文章を目で追った。彼が先刻発した“五代目”という単語が、やけに露伴には引っ掛かっていた。
「あったぞ。こいつめ。まだ秘密を隠していたのか」
露伴は、大童が自分に語らなかった事項を発見した。
“自殺代行”の継承について
・“自殺代行”の管理を後継者に継承するには、後継者の目の前で、後継者の所有物で現管理人が“自殺”しなくてはならない。
・継承は、現管理人が死亡した時点で、初めて有効となる。
・一度継承され、後継者が次期管理人となった以降、その役割を破棄することは出来ない。
・役割を終える方法は一つ。次期後継者を発見し、その役割を継承することのみである。
更にその下に、別の字体で殴り書きがされていた。
<ついに、俺の思想に同調してくれる人物が現れた!岸辺露伴。彼なら、俺の後継者に相応しい!彼ならきっと、俺の意思を継いで“自殺代行”を管理し続けてくれるだろう!これで俺もやっと“自殺”することが出来る>
「こいつマジでイカれてやがる」
読み終えた露伴は、額から冷や汗を流しながら呟いた。
「早く自殺したくて、焦っていたということか。嬉々として自殺する奴が、この世のどこに居る」
しかし、と露伴は舌打ちする。
「マズいな。実にマズい。このままじゃあ、この僕に“自殺代行”の管理責任が移っちまうじゃあないか」
露伴は解決策を求めて、大童のページを捲り続けた。
「―――待てよ」
ふと、露伴がページを捲るその手を止める。
「僕は何故、“自殺代行”を信じているんだ?それを信じるに値する事象が、いつ僕の周りで起こった?ないぞ、そんなものは」
いつの間にか、露伴は“自殺代行”というサイトが自殺願望者の自殺を代行する、と信じていた。しかし、それを裏付けるようなものは―――一切ない。
「よく考えれば、僕の担当が自殺したのだって、“自殺代行”が原因だなんて証拠は、どこにもないじゃあないか。彼が“自殺代行”のサイトに自殺願望を書き込んだのだって―――」
そこまで考えて、露伴はハッとした。
「―――解ったぞ、“自殺代行”。あれは決して、自殺に踏み切れない自殺願望者の自殺を“代行する”ものなんかじゃあない。あれは、自殺願望者が自殺に踏み切るための“踏み台”でしかないんだ。彼らがサイトに書き込んでいるのは、“自殺代行”の依頼じゃない。“遺書”なんだ」
もっとも、彼らがそれを知った上でサイトに書き込みをしてしているのかは分からない。彼らは等しく“自殺代行”を信じているのかもしれない。―――いや、信じているのだ。だからこそ、最終的に彼らは自殺に踏み切る。
「無性に腹が立ってきたぞ。そうだとすれば、こいつのやってる事はただ、僕を巻き添えにした自殺ってことになるじゃあないか。このまま僕が“自殺代行”を信じ続けていたら、僕は自殺するところだったんだぞ」
まあそれは、遠く先のことではあっただろうけどね、と露伴は小声で付け加えた。
「先だろうが前だろうが、関係ない」
遠くで、救急車のサイレンが聞こえた。救急車が来る前にと、露伴は鞄からスケッチに使った鉛筆を取り出し、大童に一言書き込んだ。
死にたくない
「今から君が死ぬまでの間―――と言っても、生き延びる確率は高いんだが―――兎も角、その間、せいぜい自分のした自殺未遂を後悔するんだな」
あ゛う゛、と大童が微かに呻いた。
「それと、もう一つ言わせてもらうと、僕は君の思想に同調なんかしていない。時には、自殺が正しい選択の人間も居るかもしれないが、誰も彼もがするもんじゃあないぜ。それに―――他人を巻き込んだ自殺は美しくなんかない。醜いだけだ」
*
事情聴取を終え、警察から解放された露伴は、真っ直ぐに帰路へと着いた。
「まったく。散々な一日だったよ」
陽は既に西の空に沈み、頭上では月が煌々と輝いていた。
「しかし、気になることが残るな」
露伴は呟いた。
何故、大童や自分を含め、人々は何の疑問も抱かず、“自殺代行”を信じたのか。その思い込みは異常だ。まるで、集団心理が働いたかのように。ふざけ半分でサイトに虚偽の自殺願望を書き込んだ人間が自殺してしまう程に。
また、大童 甲は、果たして加害者だったのか、それとも被害者だったのか。彼以前にサイトを管理していたという三人は、実在したのだろうか。
そして、あのサイトの運営主は、一体“何”なのだろうか。少なくとも、それが“邪”なるものである事は間違いない。あのサイトは、中途半端な自殺願望を助長させ、そして実行するにまで影響を及ぼす。
「何よりも怖いのは、あのサイトに書き込みをした自殺者達は、最期まであのサイトを信じてたって事だ。つまり彼らは、ほぼ無意識に自殺を敢行したって事になる。普通、自殺行為に及ぶと、途中で死が怖くなって、“生きたい”と思うものだ」
しかし、無意識下での自殺では、話は違ってくる。彼らは“生きたい”と思う間もなく、気付いたら、いつの間にか自殺しているのだ。
「それとも“自殺代行”は、自殺なんていう人間のエゴに対する戒めだったのか?」
大童は、“死にたい”と思う事で“生”を実感できると言っていた。しかし、“生きたい”と思わせてもらえなければ、その“生”への飢えがなければ、やはり“生きている”とは言えないのではないだろうか。
「動物の基本本能は、“子孫を残す”“そのために生きなければならない”。いわば“生存本能”だ。“自殺代行”は、この“生存本能”を失わせる」
露伴は月明かりを見上げた。“何か”が人間を裁いている。
「“死にたい”と思うことは罪なのだろうか。それとも、何かを成すためでなく、“何も成せないから死ぬ”事が罪なのか?」
いや、と露伴は首を横に振った。視線を前へと戻す。
「どのみち、僕には関係のないことだ」
自分には、明確な“成さなければならないもの”がある。それを成すまでに死んでたまるか。
秋の夜道は、靴底が冷えた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。