死神狩猟生活日記〜日々是狩猟也〜   作:ゾディス

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少し間が空きました。バンドリとか落ち着いて書く気力がなくなってしもた……。
前回の比じゃないレベルに詰め込みました反省してます←
ちょーっと超展開かもです。でも、ここらで今回くらいのは詰め込みたかったんじゃ……。


目覚めの残滓

 ジンオウガを討伐したフェイを前に、シルヴィはただただ呆然として立ちつくしていた。()()()()フェイが戻ってきた、そのことに対する安堵とも恐怖ともとれない感情がシルヴィからまともな思考力を奪い去ってしまっていた。

 

「ねぇシルヴィ」

 

 身体中を血に染めたその姿はまさしく死神のよう。()()()()()()、それでいて()()()()()()()()()、底冷えするような声。彼女にただ名前を呼ばれただけだというのに、シルヴィの身体は一瞬で凍りついたかのように動かなくなる。

 

()()()は? アイツは今どこにいるの?」

「え、あ……」

 

 ニコリと微笑んだフェイの目には光は無く。

 

「殺さないと……コロシテやらなくちゃ……」

 

 その言の葉に温もりはない。

 

「目を抉る、皮を剥ぐ、爪をへし折って喉元に突き刺してやる。あ、尻尾は微塵切りにしてやらなくちゃ。案外美味しかったりしてね? 食べないけど」

 

 あはは、と笑いながら話す狂気じみた内容にシルヴィはついていけない。ただ、彼女が話すのを無言で聞いているしかなかった。

 

「どこにいるんだろうねぇ。早く──ぁれ」

 

 やがて、フェイの体がぐらりと傾き。

 

「チカラ、入らなぃ……」

 

 小さな音を立てて倒れ伏す。

 

「殺、さ……と……(ィア……)

 

 最後まで殺意に満たされたまま、フェイは意識を失った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 眼前に広がる薄暗い雨空。降り注ぐ小雨に頰は濡れて、髪が艶を帯びる。ぬかるんだ地面に足をとられ、隙間から染み込んだ泥水で足が冷える。

 動かそうにも、体は意思を受け付けず、立ち尽くすのみ。

 

 ここはどこだろう。そう考えた直後に、ここが沼地だと思い出す。この心なしか淀んだ空気と、晴れることのない灰色の雲を見ればすぐにわかることだった。

 

 けれど、何故自分がここにいるかは思い出せない。

 

 不意に、人の気配を感じて振り返る。

 薄っすらとかかった霧の向こう、佇む()()が一人。

 

 今度は、私の意思に関わらずに足が動いた。

 

 一歩、また一歩と彼女に近づくたびに、寒気が強くなる。

 

 心が叫ぶ。

 近づくな、近寄るな。

 

 怯える心を置き去りに、身体はどんどんと前へ進む。

 

『久しぶり、()()()()

 

 不意に霧が晴れ、朧げだったその姿が露わになった。

 

「──ぁ」

 

 身に纏った鎧はボロボロで。

 

『元気だった?』

 

 左右の腕は捻じ曲がって。

 

『わタし、今──』

 

 露出した左足は黒く焼け焦げて。

 

『トッテも、カラだガイタくテ、サムイんダ』

 

 こちらを見つめているはずの瞳は、首から先もろとも存在しない。

 

『タスケテ──』

 

 それは()()()と同じ声音で。氷のような冷気とともに、私の心を引き裂いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ジンオウガを狩ったあの日から4日が経った。

 

 ユクモ村の復興は進み、とりあえず温泉は出るようになった。まだ汚れが大量に混ざってしまうらしくて、入ることはできていないけれど。

 ユクモの木の植林も始まって、私たちが来た時のような暗鬱な雰囲気はだいぶなくなっている。元どおりになるまでにはかなりの時間がかかるだろうけれど、この調子なら大丈夫かな。

 

 

 むしろ、問題なのは私の方でありまして。

 

 

「自分がどうやってジンオウガを討伐したか覚えてないだぁ!?」

「ハイ、それはもうスッカリ……」

 

 そうなのだ。私はジンオウガを狩った前後の記憶がない。切り株の陰から飛び出すあたりまでは覚えているのだけれど、そっから先がスッポリと。ついさっき気がついた私が最初に見たのは、ユクモ村のギルドの医務室の天井だったりする。見慣れない天井でした。

 

「もう、どうなってるわけ……? あ、フェイ、頭打ったりしてないでしょうね」

「それは大丈夫……多分!」

「多分って何よ……」

 

 呆れ顔でため息をつくセラ。気持ちはわかるけど、ため息を吐きたいのは私も同じなんだよなぁ……。

 

「シル君は何も見てないの?」

「……いいや。ボクの方こそ、誘導した直後に頭打っちゃったのニャ。でも、フェイが首をすっ刎ねようとしたのな失敗して、脳天からバッサリいっちゃったんじゃニャいか?」

 

 クラリスの問いかけに、シルヴィがゆるゆると首を振った。誘き寄せた直後、運悪くシルヴィも怪我を負っていたらしいのだ。アイルー特有の治癒力の高さがなければ今でも頭に包帯を巻いていたかもしれないとか。

 

 ギルドの人曰く、ジンオウガの亡骸からして死因は頭部の切断が最大のものらしい。大方、蔦に足をとられて転けた拍子に、とかじゃないかなぁ……。まぁ、過程はどうあれ、ジンオウガは狩猟できた。それでいっか?

 いや、よくねーぞ私。ダサすぎるでしょ、転けたのが王手になったとか。

 

「また一つ嫌な思い出が増えたなぁ……」

「おっ。ユスりネタが増えたってことね、やりぃ!」

「私の分の旅費、ギルドにセラ名義でつけとくから」

「嘘嘘、ゴメンやめて、やめてくださいフェイ様ぁ!?」

 

 縋り付いてくるセラは放置するとして、呆れ笑い顔のクラリスに体を向ける。彼女も私に気づいたのか、小首を傾げて見つめ返してきた。

 

「どったの?」

「いやぁ、その、ゴメンね、こんな旅行になっちゃって。や、私のせいじゃないんだけど、全然休めてないっていうか。むしろクラリスも結局働いたみたいだし」

「あー、それ? いいの、気にしないで。私がやろうって思ってやったんだし」

 

 私は渓流へ狩りに、セラはユクモ村のギルドの臨時職員としてほぼほぼいつも通り働くことになったのだけど、クラリスも同じように働いていたのだという。鍛治仕事こそあんまりしなかったそうだけど、温泉の掃除とか色々やったらしい。

 そして、面影も残っちゃいないけど今回はあくまで()()旅行のはずだった。ところが誰も休めちゃいない。これでは恩返しにならない。

 今度、別の形でお礼はすることにしよう。そう心に誓った。

 

 そう考えていると、不意に眠気が襲ってきた。我慢できずに大きな欠伸が出る。

 

「ふぁ……なんでだろ、さっきまで寝てたのに。すごく眠い」

「4日も寝込んでたのにね。けど、逆に言えばそれくらい寝込むくらいのことがあったってことでしょ」

 

 しばらく大人しくしてなさい。そう言ってから、私の代わりにジンオウガ討伐のあれこれを処理しに行くと残してセラは部屋を後にした。

 

「んじゃ、あたしは宿出る後始末とか済ませておこうかな。シル君、手伝ってくれる?」

「ガッテンニャ」

「ありがと。フェイは寝てて良いよ。無理しちゃダメだからね」

 

 残った二人もそうして部屋を出ていくと、後は私一人だけ。誰かと話していることでなんとか保っていた意識は、静寂によってあっという間に眠りへと落ちた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 宿を出た()()は、揃ってユクモ村のギルドへと直行する。

 慌ただしく職員が働いているはずの館内に人はおらず、村長だけが一人佇んでいる。事情を知っている村長にセラが事前に人払いを頼んでおいたためだ。この話はそう人に聞かせていい話ではないと厳命されていたから。特に、フェイだけには。

 

「お待ちしていましたわ。クラリス、久しぶりですね」

「えぇ。最後にあったのは、3年も前になりますか」

「あら、もうそんなに……時が経つのは本当に早いものね」

 

 竜人族の村長はそう言って微笑むが、セラは本当にそうなのだろうなと思う。人間より長い寿命を持つ竜人族にとって、3年程度、ほんの一時でしかないだろう。

 クラリスからセラ、シルヴィへと視線を移した村長は、感慨深そうにため息をつく。

 

「セラもシルヴィも……フェイも。皆さんお変わりないようで何よりです」

「そう、ですね。私もシルヴィもクラリスも……フェイも。()()()とはほとんど変わってないかも」

 

 以前、フェイとともに村長と再会した時、セラは嘘をついた。村長に対して「はじめまして」と。だが、村長がそれに対して反応しなかったのは、彼女が忘れていたからではない。

 忘れているのは()()()()()()()

 

「そろそろ本題に入るとしますか。ね、シルヴィ?」

「……そうだニャ」

 

 セラ達がそれぞれに口実をつけてフェイを残して宿を出たのもこの為だ。それを聞いた村長が静かにその場を離れ、後には三人だけが残る。

 

「シルヴィが気絶したって言った時点で大体察しはついたけど」

「そーだねー。シル君がやられたーってのは嘘だろうなって、あたしも思った」

「……まぁ、二人にはそこは分かるって思ってたしニャ」

 

 シルヴィが気絶したという話は、セラもクラリスも全く信じていなかった。いくら獰猛な個体であったとはいえ通常のジンオウガ、それも上位レベルの個体に、シルヴィが気絶するようなヘマはしないと知っている。

 

 どのような状況にあっても、常に戦闘態勢を維持しハンターを支援し続け、狩人の中で尊敬視される()()のニャンター。

 

 それこそが、本来シルヴィが持つ肩書きだ。フェイとともにG級の最前線で活躍していたシルヴィにとって、上位モンスターに気絶させられることは滅多にない。それこそ、古龍級のモンスター相手でもなければ。

 

 そんな彼がフェイの前で嘘をついた理由を、セラはすでに察していた。

 

彼女(フェイ)が戻ってきた、そうよね?」

「……そうだ。天狼(ヴァルナガンド)時代の、()()だった頃のフェイに、あの時だけは確かに戻っていたニャ」

 

 

 天狼(ヴァルナガンド)。異国の地で語り継がれる、最高神を喰らい殺した巨大な狼の名を持つ最強の狩人たち。

 その名が示すのはこの世でたった14人、大剣をはじめとする近接武器11種と、ボウガン2種、弓を合わせた計14種、それらを使いこなすG級きっての実力者たちだけだ。

 神殺しの狼と謳われた彼らは、その名で例えられるように煌黒の神をも屠ったことさえある。

 

 フェイはそんな中でも最上位、狩猟女神(アルテミス)軍神(アレス)に次ぐ死神(ハーデス)の名を持つ狩人して君臨していた。

 とある事件の末に、その記憶を失うまでは。

 

 そして、フェイは天狼に選ばれるだけの実力の他に、もう一つ有名なものがあった。

 

「セラがそう思ったのは、ジンオウガの死体を見たからじゃニャいか?」

「ご名答。あの太刀筋はここ2年のフェイのものじゃなかったからね。ビックリするくらい綺麗な太刀筋だった」

 

 太刀を得物としていた彼女は、ぶれ一つもなく刃を振り抜くことによる太刀筋の綺麗さで知られていた。太刀筋のブレが皆無であることにより、力が分散することなく一点にかかり、結果としてどんなに硬い甲殻であっても弾かれることなく斬撃を加えられたのである。フェイに斬れないものはないとすら言われていたことすらあった。

 

「ジンオウガの四肢のうち、三つは関節が断ち切られてた。シルヴィの手裏剣じゃこうはならないし、自然にこうなるわけもない。とすれば、やったのはフェイ以外にはありえない。けど、()()フェイにはそんなのできないわ。とすれば、あの頃のフェイに戻った以外には考えられない」

「確かに、あの武器を使いはじめてからずっと狩りの後に鎌の刃がこぼれてないことはなかった……。全部一発で仕留めてて、ああなるんだから、今のフェイじゃ、そういう状態にはなり得ないね」

 

 淡々と、死体を観察して得た結論を述べきったセラに、シルヴィは声もなく肯定する。常日頃、ダークサイスSの手入れを任されているクラリスも納得の表情を浮かべた。

 

 太刀筋のブレが皆無であることは、甲殻を引き裂くことだけでなく、限りなく切れ味の消耗を抑えることにも繋がる。

 刃毀れは限界まで抑えられ、なおかつ効果的にダメージを与えられる。それを知っていて、記憶を失う以前も首を意図的に狙っていたことから、フェイは死神の異名を持つに至った。

 

 話していてジンオウガ惨状を思い出したのか、セラが顔を顰める。

 

「……酷い顔してるニャ。やっぱりショックが大きかったみたいだニャ」

「見慣れてきたつもりだったんだけどね……今回のはちょっとエグかったわ」

 

 見慣れてきた。その一言を聞いたシルヴィは、大長老の言葉を思い出すと、セラへ確信半分に疑問を投げかける。

 

「見慣れてきた……ニャ。じゃ、大長老が言ってた観察者(オブザーバー)はセラだったわけだ」

「そうよ。私なら割と簡単に見られる立場だしね」

 

 記憶を失ったフェイは、《軍師》の提案でG級狩猟資格を凍結、上位ハンターとして活動させることとなる。フェイの実力は無にするのはもったいないという考えたのだ。

 その際、記憶が戻る兆候を見逃さないために当時からパートナーであったシルヴィをオトモとして付け、他にもう一人観察者を付けると大長老はシルヴィに告げていた。それがセラだった。

 

 だが何故。シルヴィは続けざまに投げかける。

 

「それは、責任からかニャ」

「……というよりかは、罪滅ぼしかしら。私が受けるべき罰は、これでも足りないと思ってるけど」

 

 そう答えたセラの顔に影がさす。

 セラの内心にあるのは凄惨な亡骸を見たからか、それとも3年前を思い出したからか。その判断はシルヴィにはつかない。

 

 私のことはいいのよ、どうだって。そう言ったセラの瞳が暗く冷たいものに変わっていることには気付いていながらも、シルヴィは何も言わずに引き下がった。

 

「ともあれ、事態は動きつつあるわ。大長老様にお伝えしなくちゃ」

 

 観察者として、フェイの変化の兆候はセラを通じて大老殿へと伝えられることになっていた。

 

 記憶を失う直前の彼女を知る者は皆、その記憶が戻ることを恐れている。もっとも死神らしいその姿に、友人であったセラやクラリスでさえ恐怖を感じずにはいられなかったほどで、大長老は再びその状態となることを恐れているらしい。

 

 そんなことにならなければ良いけれど。声に出さずともセラは密かに願う。あんなにも恐ろしく、悲しい友人の姿を、二度と見たくはないと、心からそう思うから。

 

 こほん、と咳払いが一つ。席を立っていた村長が戻ってきていた。その手には手紙が一通握られている。

 

「ひと段落つきましたか」

「えぇ。お手数おかけしました」

「構いませんわ。私もある程度は存じていますが、広めて良い話ではありませんもの」

 

 セラの詫びをやんわりと流した村長は、手に持った手紙をセラへと差し出す。

 

「クロステスさんからです。私宛と書かれていたので読ませていただきましたけれど、どちらかといえばあなた方への手紙のようですわ。すぐにバルバレへ戻れと」

「……勇者(ペルセウス)か。グレイが焦るのもわかるわ」

 

 受け取った手紙を流し読んだセラの顔が苦々しいものへと変わる。

 グレイから届けられた手紙には、《勇者》の異名を持つハンターがバルバレへ向かっていること、直ちにフェイをバルバレ連れ戻すようにということが書かれていた。

 

「あの子のことだし、フェイがここにいるって知ったらすぐに来るでしょうね。さっさと戻った方がいいか」

「竜車を手配しますね。なるべく速い子を」

「村長さん……ありがとうございます」

 

 セラに変わって礼を言ったクラリスに、ニコリと微笑み踵を返す。振り向きざまにこう残して。

 

「フェイも、()()()も、復讐に駆られて生きることにはならないように。それは、あまりにも悲しい人生となりますから」

 

 普段の穏やかな様子からは想像できない早足で去っていく村長を見送りながら、シルヴィは密かに思う。

 

「復讐……そんな言葉で済めばいいけどニャ」

 

 小さく呟かれたその言葉に、セラもクラリスも返す言葉を持たなかった。

 

 




ほらね、詰め込みすぎでしょ?()
というわけで記念すべき10話が、フェイの過去をざっくりバラしていくなんちゃって過去回となりましたおのれ作者!
読者さんが置いてけぼりになってるかもしれませんが、少しずつ判明していきますので、見捨てないでください()

天狼にルビ当ててるヴァルナガンドですが、元は北欧神話のフェンリル、別名ヴァナルガンドです(確か)。オーディンを食い殺したとされる狼ですね。
ヴァナルガンドがヴァルナガンドになっているのは、ちょっとしたオシャレ……ではなく、記憶の中から掘り起こしたそれっぽい固有名詞が実はこれだったという。実は偶然の一致。
なのに天狼それぞれの異名はギリシャ系の神やら英雄の名前という。バカなのかしらこの作者()


さて、話題は変わりまして、前回に引き続き、今回もイラストを紹介させていただきたいと思います。


【挿絵表示】


可愛い(絶句)
その前に頂いたイラストもそうでしたが、こんなに可愛いんだっけフェイって()
しばりんぐ様、素敵なイラストを本当にありがとうございました!
しばりんぐ様を始め、頂いた感想を見てニヤニヤしておりましたもっと下さい(乞食)。

さて、次回は新キャラ登場の予定。彼も結構重要な子ではあるので、ちゃんと書けるように頑張ります。
また次回も読んでくださると幸いです。評価・感想お待ちしてます!

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