死神狩猟生活日記〜日々是狩猟也〜   作:ゾディス

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過去への入り口

「この人殺し野郎が……!」

 

 勇者(マグナ)の叫びは、多くの人間がどよめく中でなお響き渡る。

 そして、ニュアンスに差異はあれども、その単語が指し示すのは結局のところ一つしかない。

 

 

 グレイ=クロステスが、狩人〈英雄(ヘラクレス)〉が、人を殺めた。

 

 

 〈英雄(ヘラクレス)〉といえば、狩人の頂点たる天狼(ヴァルナガンド)の十四人の中でもひときわ有名な逸話を持つ大剣使いとして知られている。

 それは、たった一人で六頭もの大型モンスターを三日三晩相手取り続け、最終的には全てを討伐してみせたというもの。狩りを終え朝日がのぼってもなお、得物たる大剣を担いで立ち続けたその勇姿は一躍有名になり、いつしか異国に存在したという高名な英傑の異名がつけられた。

 

 しかし、数年前に英雄は突如として姿を消した。人々はやがて存在を忘れ去っていたが、目の前の人物が当人で、ギルドナイトでありながら殺人者であるなどと分かれば、彼らが困惑することは想像するに難くない。

 

 

 そこにさらなる困惑を呼ぶのが勇者(ペルセウス)──マグナの存在だ。

 与えられたその異名は、蛇王龍と呼ばれる巨大な蛇型のモンスター、ダラ・アマデュラに相対し、狩猟、五体満足で生還したことによる。今となっては、異名のみならず、その名前、容姿や装備に至るまでがハンターの間で広く知られている。天狼の序列こそ6位と、死神や英雄にこそ劣るが、今や活動していない二人と違って多大な影響力を持つ。

 

 

 そんな彼のことを英雄は、グレイは「義弟」と呼んだ。

 義弟と呼ばれたマグナはといえば、突きつけられた銃口に構うこともなく振り向き、その襟首を掴み上げて怒声を張り上げる。翡翠色の瞳を憎しみに燃やし、怒りのたけをただただ突きつける。

 

 観衆の誰もが事態を理解できずに立ち尽くした、そんな時。

 

「お前が──」

「そこまでよ」

 

 静かな、しかし怒りのこもった言葉がマグナの口を止めた。

 二人が振り向いた先、群がるハンター達が道を開けたそこには、黒髪のギルドガール──セラが立っていた。

 

「……セラ」

「アンタもその物騒なもん降ろしなさい。発砲しようもんなら()に直訴してアンタの権利を全部剥奪する」

 

 言われるままにグレイが拳銃を下ろすのを確認すると、セラはそのままマグナへと向き直る。

 

「……なんでセラの姐さんがここに」

「アンタも少し黙ってなさい」

 

 セラの姿を視認して驚きからの一言を発したマグナにとりあうこともなく、今度は円卓周辺に集まった狩人へ向けて声を張り上げる。

 

「今日のクエストカウンターはただいまを持って終了、食事場もギルドストアも終わりよ。騒ぐか飲むかするなら自分の家に帰ってやって」

 

 こう告げた。何人かが「横暴だ」と声を上げるより早く、セラは続ける。

 

「10分は待つわ。その間に明日行く依頼を抑えるもよし、ギルドストアで必要なものを買って帰るもよし、食事場で酒とツマミを買い込むもよし。受注金以外は全部半額でいいわよ」

 

 降って湧いた大盤振る舞いに聴衆が湧くのを手で制して「ただし」と付け加える。

 

「十分後にも残ってる人がいたら──その人にはG()()()()に興味があるって事で認識する。そんな向こう見ずがいるなら、私のとこに来なさい。ドンドルマに紹介状書いてあげるし、きっと受理されるから、昇格試験をすぐに受けられるわ」

 

 追い討ちも兼ねた「近いうちに古龍狩りに駆り出されるでしょうね」という言葉は、もはや彼らの耳に届くことはなかった。

 古龍という響きに恐れたわけではない。「Gの世界」という単語を恐れて皆がそそくさと方々へと散っていく。

 中には向こう見ずな若いハンターが残らんとしたが、その全員がより経験のあるハンターに引っ張られて退場。

 

 きっかり10分後、後に残るのはG級ハンター(グレイとマグナ)、ギルドマスター、そしてセラのみとなった。ここにきてようやく、セラはホッと息をつく。

 

「中堅の人たちがうまいこと新人さんしょっ引いてくれて良かった……ごめんなさいマスター」

「ほっほっ、気にすることはないさね。君の判断は間違ってはない」

「損失分はグレイの給料から差っ引いてくれていいからね……さて」

 

 おい、と不満げな声を漏らしたグレイを無視して、セラはマグナへと向き直る。

 

「久しぶりね、マグナ?」

「…………うっす」

 

 一連の流れによっていくばくかの時間を得、多少なりとも頭の中を整理したマグナは、それでもなお訝しむような表情を浮かべている。

 

「事の顛末、マグナはやっぱり知りたい?」

「……あぁ。全部、一から十まで説明してもらいたいもんだよ」

(──全部、か)

 

 (マグナ)は結局、ことのあらまししか知らされてないのだと再認識する。

 だがそれも仕方がない。当時の彼は一連の出来事全てを受け入れられるほど成熟していたわけではなく、大老殿の判断で、全ての事実を伝えたわけではなかったのだから。

 

 ギルド──ひいては大老殿──は、フェイの存在こそ死んだ人間として処理したが、記憶を失った彼女の狩り方をも規制することはできない。その特異な狩り方は、フェイの、死神の狩り方であると、かつての彼女を知る人間であればすぐにピンとくるだろう。

 そして、マグナは誰よりかつてのフェイを知る人間の一人だったと言える。ともすれば、親友であると自他共に認めていたセラ自身やクラリスよりも。

 それはもはや憧れを超えて恋愛感情なのではないかと、ギルドはそう判断したが故にこそ、まだ精神的に未熟と判断された彼には事実の一部を伏せた。

 

 だが、3年の時を経て彼は再び真実に手を伸ばす。疑念、否、もはや憧憬に飾られた妄執とすら言えるフェイへの信頼と、実績と共に育った精神を手に、再び過去を知ろうとする。

 もはやそれを止める権利など誰にもなく、それを隠すこともまた許されないと、セラは直感する。

 

 全てを話すことになる。

 何故、セラがここにいるのか。

 何故、グレイがギルドナイトとしてバルバレにいるのか。

 何故、()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()という事実。

 

 

 クエストカウンターへと歩み寄り、そこに腰掛け足を組む。

 大きな、大きなため息をついた。

 そして、カウンターの裏側に潜んでいた()()を持ち上げる。

 

「全部聞いてたのよね──シルヴィ?」

「……まぁ、ニャ」

 

 銀毛を纏う最優のニャンター。死神の右腕。

 

 恐らくは大量のハンターの出入りに紛れて入り込んできたのだろうが、もう少し早く来てくれても良かったのにと、セラはこっそりと息を吐く。

 だが、これ以上ない適任の語り手でもあった。

 

「──シル、ヴィ」

「何をユーレイでも見るみたいな顔してるニャ。この通り、足はしっかり地面についてる」

 

 信じられないものを見るかのごとき表情を見せたマグナに対し、シルヴィはムッとした表情で遺憾を示す。

 が、それも束の間、まぁいいと流す。

 そして、彼はこう切り出した。

 

 

 

「話す前に、まずは一狩り行ってみるニャ」

 

 

 


 

 

 

「うむ……ではまず、どうして余が角竜(ディアブロス)のハツを所望しているのかというところから──」

「言わなくていいです。てか言わないで」

「なんと!? 依頼として重要なところなのだぞ!? ……では、それよりもまず最初に角竜のハツが持つ効能から……」

「言わんでいいっつってんだろが」

 

 このアホ、と言いかけて思わず口を抑える。ぶっちゃけアホのアくらいは出かけてたけど、言い切ってたら多分私の首飛んでだろうな、物理的に。

 笑えないよ。

 

 

 さて、この王女(ハリケーン)が来てからだいたい1時間くらい経った。せっかく綺麗に片付いていた部屋の中は王女が荒らしに荒らしまくって汚部屋と化している。

 んで、何もしてない私がシルヴィに説教されるんだ。私知ってる。

 

 まぁそれでも良かった。

 薬品系が軒並みダメになるようなことがあったら流石にストップ出したけど、調合書とか今までに受けたクエストの依頼書の束とか、そこらへんをひっくり返されただけで済んだし、さしもの王女も素材部屋だけはちょっと覗いてすぐ出てきたから実害はほとんどない。片付けるのめっちゃ骨だけど。

 これで興味が尽きて帰ってくれたなら必要経費で割り切れたんだ。

 

 そう思って、台所の方まで行かせたのが悪かった。

 おもむろにこんな事言い出したのだこの王女。

 

「そういえば、角竜のハツはあるのだろうな?」

「冗談じゃなかったの!?」

 

 冗談どころか忘れてすらいなかった。本気でここには角竜のハツを食べに来たらしい。

 私の顰めっ面を見たからか、王女もまた表情を曇らせる。

 

「……ないのか?」

「……ないです……」

「なんと……」

 

 

 

「ハンターの家には常備されていると、ネルヴァが言っておったというのに……」

「ねーよ」

 

 なんだその新しい常識。あってもせいぜいケルビの角だよ。薬効がある素材なんてそうそうないし、まして角竜のハツなんて希少品があるわけがない。

 とりあえずアレだ、ネルヴァってあの執事だったかな。覚えてろよ。

 

 しかし、この王女やけに残念そうな顔をする。なんでかな。

 

「……そんなにディアブロスのハツ、食べたかったんですか?」

「食べたこと、ないからな。食事に出されたこともない」

 

 意外だった。てっきり毎日同じくらいの値段はするもの食べてるものだと思ってたけど。雌火竜のロースとか鎧竜のセセリとか、そんな豪華なものを食べているイメージがあったから、角竜のハツだって食べたことがあって、いつもの気まぐれで「食べたい」なんて言っているとばかり思っていたのに。

 シュレイド王朝は別に財政が火の車ってわけでもないだろうに、なんでだろう。

 

「……父上も母上もな、食事だけは質素なものを食べる。それなりに上質な肉こそ食べるが、どれもこれもアプトノスやガーグァの肉がほとんどだ」

 

 食べようと思えばいくらでも食べられるらしいが。そう付け加えた王女の顔は割り切ったような、それでいてどこか寂しそうな、そんな顔をしていて。

 

 だからだろう、考えるより早く、こんなことを言ってしまったのは。

 

「──取ってきます」

「……なんと?」

 

 何言ってんだ私は。相手はあのディアブロスだぞ。

 制止する理性を振り切って、口は自ずと動く。

 

「角竜のハツ、私が取ってくるよって、そう言いました」

「──なんと」

 

 言い切ってしまった。二回も、本人の目の前で。

 

「……別に、王女様のためだけに取りにいくわけじゃないですし? 私も気になるからついでにってくらいですし?」

「む……なんとなく不敬の気配を感じたが……まぁ良い」

 

 照れ隠しのつもりだったのに首が飛びかけていた事実は脇に置くとして、言ってしまった以上、本当にやるしかない。

 

 でも、仕方ないじゃんか。そんな顔見せられたら、取りに行かないわけがないじゃないか。

 まるで■■■■みたいな、そんな寂しそうな顔をされたら、姉貴分としては取りに行ってあげたくもなる。

 

 ともあれ1時間後、また来ると息巻いていた王女を見送り部屋を片付け、いつの間にか出かけていつの間にか帰ってきたシルヴィに話があると私は告げた。ちょうど話があったみたいで、シルヴィも嫌な顔こそ浮かべたけど、素直に話を聞いてくれた」

 

「それで? 何やらかそうってんだニャ?」

「その言い方めっちゃ腹立つぞコラ」

 

 咳払いして仕切り直し。

 

「ディアブロス、狩りにいくよ」

「……理由は?」

「角竜のハツが食べたい」

 

 沈黙。

 

 ──そして罵倒。

 

「バッッッッカじゃねーの」

「悪かったわねしょうもない理由で!」

 

 本当の理由はなんだか恥ずかしいから言えるわけもなく、結果ただの私欲で食べたいみたいになった。解せない。けど仕方がない。

 

「あー、そんなくっだらない理由でまたボクは苦労するのかニャ……まぁいいニャ、いつものことだし」

 

 なんだか腑に落ちない納得なされ方をされたけど、それより先に、今度はシルヴィが要件を切り出した。

 

「次の狩り、1人仲間を加えてやるニャ」

「…………は?」

 

 今、この相棒はなんと言ったのか。

 

 私が? 見知らぬ誰かと? 一緒に狩り? 

 

「バッッッッカじゃねーの?」

「フェイにだけは言われたかないニャ」

 

 人様にみせられるもんじゃないわなに考えてんだこの相棒。

 

「ねぇ、いいの? 私、恥ずか死するよいいの?」

「わかりやすい照れ隠ししながら王女様に角竜のハツ取ってくるとか言ったフェイよかマシニャね」

「なんで知ってんの!? てか知ってたのかよ!」

「まぁ本人が外で大声吹聴してたし」

「あの女ァ!」

 

 やばい顔が熱い。吹聴されてたのはもちろんだけど、何より──

 

「わかりやすい照れ隠しとか言うなぁあああ!!!!」

 

 なんでそこバラしたし。胸に秘めておけよ。そのまま忘れて欲しかったよ! 

 

 

 突っ伏す私を他所に、シルヴィがドアを開けて誰かを招き入れる気配がする。

 頰を叩き、ひとまず平静を装う。

 入ってきたのは、男性用のゲリョスS装備を身にまとった片手剣使い。

 

「ど、ども、ガンマ・コルテスっす。今回はよろしくっす」

 

 マジで全く知らない人だった。

 




というわけで読んでくださった皆様はお久しぶりですゾディスです。
此度のターゲットはディアブロス。私自身も色々と思うところのあるこの飛竜、しっかりと書いていければなと思います。……次回作でも書くつもりらしいぞこの男。

何はともあれ、時間が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした。これからもゆっくり更新して行く所存ですので、よろしければ今後も読んでいただけると嬉しいです。それでは。

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