夜、月明かりが最も明るくなる頃。
ガタガタと揺れる竜車の中で、ガンマもといマグナは、頭防具によって僅かに狭まった視線を反対側で眠りこけている大鎌使いへと向けた。
まもなく広大な乾燥地帯へと差しかかる竜車の中には少しばかり冷たい空気が漂いつつあるのだが、ランポス皮性のベストとパンツに黒い外套一枚引っ掛けただけの女性は、寒さに身体を丸めることもなく心地よさげな寝顔を晒している。あまつさえ涎を垂らし始めていたので、魅力的かと言われるとまた微妙なところではあるが。
砂漠地帯の夜にそこまで軽装でありながら快適な惰眠を貪ることができているのは、間違いなく彼女の優秀なオトモあってのことだろう。「ホットドリンクを飲め」という彼の気配りがなければ、今頃ガタガタ震えてクンチュウよろしく丸まっていたことは容易に想像がつく。
そのオトモは彼女の隣で眠りについたが最後、寄りかかられた挙句に頭に涎を垂らされそうになりながら
自分自身もそろそろ眠りにつこうとは思うが、そんな二人を見ているとどうにもペースが狂って眠気がなかなかやってこない。
少々風が冷たいのを我慢することにして、マグナは竜車の小窓を開けた。特急料金を支払って狩猟地に向かう竜車は深夜であってもほとんど止まることなく走り続けている。憎たらしいほど明るく輝いた月が顔を出したマグナを照らし、夜ならではのその明るさに顔を顰める。
三日前の夜、シルヴィに連れられフェイの住まいへ向かう道すがら告げられた言葉を思い出す。
──記憶喪失!?
──その通り。今のフェイは、昔のことなんてさっぱり覚えちゃいないのニャ。
それと同時に、「理由は後で話すから」と今身につけているゲリョスS一式を手渡された。絶対にフェイの前で頭鎧だけは外すな、昔のことを知っている風に話すなと念押しされて。それを守れないなら会うのは諦めろとも告げられた。
不承不承ながら約束を守って、それとなく話を聞き出そうと家の扉を開けてみれば、突然狩りに出るという。
そうして落ち着く暇もなく彼女は準備に家を出て、仕方なく狩りに付き合うことになって今に至る。
「話がしたかっただけなんだけどなァ……」
狩りをするなら自分自身も準備がいる。ゆっくり腰を落ち着けて話す暇などなく、竜車の中でもそういう話を持ち出す気にはなれなくて、結局たわいのない雑談に付き合って過ごしている。フェイにとって、今のマグナは「新米上位ハンターのガンマ・コルテス」でしかないだろう。そんな彼女に昔の話だなんだと聞き出すのはどうにも不自然な気がしてならない。余計に話を切り出しにくくなってしまっている。
月を見上げてため息を吐き出し、もう一度車内の二人へ視線を戻す。
間抜けと言っても差し支えないその寝顔に、かつてマグナを教え導いた先輩狩人としてのフェイの面影はまるでない。知的で冷徹で、けれど優しかった彼女は今はいない。
姿形はそのまま別人になった恩人に、マグナはペースを一人でに狂わされている。シルヴィはそんな彼女に何食わぬ顔で付き添っているし、ムカつく
一人だけ何も知らされず、ただ一人昔を追い続けている自分がなんだか馬鹿らしく思えてきて、マグナはため息をもう一つこぼす。
車輪の回る音に混じって、遂に涎が垂れたことで「ブニャッ」というシルヴィがあげた間抜けな悲鳴が響いた。
「砂漠に何か変わった様子はありますか?」
「いえ、特には……」
てことは、砂漠に異常なしって考えていいのかな。何事もないのがベストだし良かった。
いつも通りシルヴィと、出発前に出会ったマグナ君を連れて私達はクエストに出発した。
セラとなんだか話をしに行っていたらしいシルヴィとマグナ君が出会ったのは、ギルドストアの前。武器を新調したら飯を食べる金がなくなったことに気づいたらしく、あまりにも哀愁漂うその背中に、シルヴィは(情けない主人のことを思い出して)気の毒に感じたあまり連れてきたのだとか。「情けない主」って私のことかオイコラ。
ともあれ3人でクエストをこなすことにした私達は狩猟地であるセクメーア砂漠の近くに位置する村へ逗留することになった。
狩猟地「砂漠」といえばメジャーな狩猟地の一つというのが一般的な認識だろうけど、実を言えば他の狩猟地とは少し話が違ってくる。
砂漠は他の狩猟地と比べてとても広い。シンプルだけどこれがかなり大きな要素で、意外に無視できない。直接狩猟地帯へ荷物をすべて持って移動するだけでもかなり苦労するし、日中は暑くて夜は極寒の世界に様変わり。狩猟時間が指定されている場合を除けば、自分たちでどの時間帯に狩猟を進めるか話し合って、必要な道具を前もって厳選することが多い。
けれど、現地に拠点とできる村があるなら話は違ってくる。
現地の状況、仲間のコンディション、道具類の調達、厳選。地図があることも多いし、複数種の大型モンスターが確認されている場合も前もって知ることができる。現地の拠点でできることはとても多い。これを利用しない手はない。使わないハンターもいるにはいるらしいけれど、単独狩猟で前もって全部決めてきている人か、独自の情報網がある人、あるいはどんな状況でも確実に依頼をこなす凄腕かといったところ。
と言いつつも、今回はどのみち寄らなければいけない理由があった。依頼主がこの村の村長さんだからだ。
曰く、いつもこの村に物資を届けてくれる商人さんたちがいつになっても到着しないのだという。
この村は砂漠に隣接していながらも旅路での安全性が高いことでよく知られていて、出発したという連絡を受けてから予定通りの日数で到着することがほとんどだという。
どうしてそんなに安全なのかというと──
「ディアブロスゥ!?」
「えぇ。かわりものというか、普段は寝床で寝てるような大人しいヤツなんですが」
竜人族の村長さん曰く、砂漠の一角を縄張りに据えてから今に至るまで、のんびりサボテンを食べるだけの個体なのだという。無論というか、人が危害を加えようとすればディアブロス特有の闘争心で
ところが、贔屓の商人さんが予定日から5日ほど遅れている。それだけなら狩猟依頼を出すには至らないのだけれど、村長さんにはもう一つ気になることが起きた。
「ディアブロスの咆哮ですか……特段変な話じゃないと思うんですけど」
「大人しいヤツだっていうのはさっきもお伝えしましたが、咆えることもほとんどないんです。大型モンスターが来た時でさえ咆えない」
そこで一息つくと、村長さんは続きを口にする。
「ですが一年半ほど前でしょうか。一時あのディアブロスが黒く染まっていた時期があるのです」
「……繁殖か。そのディアブロスだって断定するってことは、その時期でも大人しかったってことかニャ?」
「えぇ。とは言っても、繁殖期のディアブロス……もといディアブロス亜種に近づくのは何が起こるかわかりませんからな。あくまで遠くから観察しているときは、ですが。重要なのはそこではなく──」
「番い……オスがいるってこと、っすかね」
村長さんの言葉を引き継いで、シルヴィ、ガンマ君が推測を完成させると、村長さんは眉間に皺を寄せながらひとつ頷いた。もしそうであるならば正直好ましくはない状況だ。
ディアブロスは縄張り意識が非常に強い。別種が縄張りを犯した時はもちろん、小型モンスターや人間、果ては同じディアブロスを相手にすら闘争心をむき出しにして襲いかかるってくるほどに獰猛だ。
けれど、そんな彼らが唯一同じテリトリーに2体でいる状況がたった一つ。繁殖だ。その時に限って、雌のディアブロスは体色を漆黒に変え、より凶暴さを増すが、一時ではあれど雌雄が比較的近い位置に存在し合うことを許す時期でもある。
一年半前から黒く染まっていたということは、産卵を直近に控えている、あるいはすでに卵を産み、孵っている可能性が極めて高い。
ここ数年ずっといるというディアブロスが子供を得たことによって凶暴化、そうでなくとも過敏になっている可能性があるだけでなく、もう一体、別のディアブロスが闊歩している可能性が高いということ。
村長さん達もそれを確認して以降、迂闊に砂漠の様子を見に行くことはできなくなり、半年ほど前に寝床に黒いディアブロスがいるのを確認した限りだという。
「今回いらっしゃる商人の皆様はこのあたりの地理には詳しいですから、無事ではいらっしゃると思いますが……オスのディアブロスを狩ってもらえればと」
「オスの、ですか」
つまりは新しく現れたディアブロスを狩れという。今までいたディアブロスでも良いだろうに、そう注文づけた村長さんに、私は確認を取る。
「今までのディアブロスは放置でいい、そういう認識で良いのですか?」
その問いに、村長さんは少し頰をかいて、それから苦笑いのような、照れ笑いのような、そんな微笑みを浮かべてこういった。
「愛着……ではダメですかね?」
「……いえ、全然」
「やるなら夜、深夜が良い」
村長とのやり取りの後、村長さん宅を辞して、提供された借宿へと場を移して、シルヴィは言った。
「そりゃまたどうして……っすか?」
「ここに来て不確定要素が大きくなったからニャ。昼間でもディアブロスを誘き寄せて狩猟するための流れを作るのはできると思うけど、二頭のディアブロスの活動領域が被りすぎてる可能性もある。極力深夜に行動して、できる限りディアブロスが寝てる時間帯に奇襲を仕掛けるのがベストのはずにゃ」
なるほどと頷くガンマ君を横目に、私も首を縦に振る。シルヴィが言わずとも夜の狩猟を提案するつもりだったからだ。
「メスの方の寝床は教えてもらったけど、オスの位置はどう捜索する? 閃光玉じゃ流石にわからないし、寝てるとはいえペイントボールの匂いはディアブロスが起きかねないよ?」
「ボクとガンマは一緒に行動するニャ。見つけたらイガグリ大砲に閃光玉を詰めて打ち上げる。それならわかるんじゃないかニャ?」
いつも通り、私とシルヴィであれこれ決めていく。話しながら罠やツールをポーチに入れていく。今回は少なく済みそうかな?
ただ、一人で黙々と準備をしているガンマ君が、ちょっとだけ気になった。
とはいえ彼にも作戦は伝えてあるし、シルヴィにもサポートをしてもらうようにお願いしてあるから、あんまり心配はしていない。それに今回やることはシンプルだから、予定通りにことが運べば時間もかけずに終われるとは思う。
ディアブロスの恐怖はさっきも述べた通りの凶暴性と巨体から繰り出されるパワー、俊敏さも兼ね合わせる戦闘能力の高さと縄張り意識をはじめとする闘争心、別名の通りの巨大な一対の角。
けれど、彼らの強さを支えている要素はもう一つある。それが高い聴力だ。飛竜種でありながら飛ぶことができないのがディアブロスであるけれど、その代わりに彼らは「地中を自由に泳ぎすすむ」能力を得た。
地中を進む彼らには当然地上の様子は見えないけれど、その代わりに聴力が彼らの目となる。その高い聴力によって地上の外敵を正確に捉え、地中からの強襲で痛打を与えるのがディアブロスの得意戦法の一つ。
しかし、その高すぎる聴力は弱点にもなる。特に聴覚を鋭敏に研ぎ澄ませる地中での高音には彼らとて驚きを隠さずに慌てて地中から飛び出してしまう。その瞬間は意識は散逸し、首は無防備になる。
私たちの狙い目はそこ。ディアブロスを相手取るにあたってこれ以上ないほど決定的かつ明確な隙だ。ここを狙わない理由はない。
作戦はシンプルに。やることは明確に。
「それじゃ二人とも、一狩り始めようか」
日が沈んでから四時間。日中の猛暑は消え去り、あたりには冷たい空気が漂っている。真円に限りなく近づいた月が遮蔽物のない砂漠を明るく照らしている。
そんな中を黒の外套に身を包んだ狩人が一人歩く。
寒い寒いと小さくつぶやきながらホットドリンクを流し込む彼女は、それでも足音を最小限に抑えながら岩壁に沿って砂漠を進む。踵から足を下ろし、爪先を最後に離す。砂を踏みしめるサクサクという音もそこそこに、フェイはもう片手に地図を持ちながらエリア5の西端へとたどり着いた。
「この先がエリア9か……メスがいたらここはスルーだけど」
砂漠の中では比較的小さなエリア9は、ほぼ全方位が岩壁に囲まれたディアブロスの寝床だ。他にもダイミョウザザミやら何やらがこのエリアで眠っていることがあるけれど、村長さんの話が本当であればここには当分の間メスのディアブロスが居座っているはず。フェイは一層足音を抑えつつ歩みを進める。
進むごとに嫌な空気がフェイを包む。言葉には出さずとも、何かがおかしいことを肌で感じている。
砂漠の狩猟区域に入ってからずっと感じ続けていた。普段とは比べものにならないほどに静かで、生き物の気配がまるでない。
その静寂はいわばプレッシャー。音もなく気配一つで生き物全てが気圧されるほどの貫禄、あるいは気配に怯える自らの生存本能。
「……やめやめ、一つ一つ確認していかなくちゃ」
ふと息を吐き出し、首を振る。気を取り直してエリア9の方向へ顔を上げた──その瞬間、大気が震える。
見上げた空に月明かりを遮る二つの巨影。
岩壁の上から絡み合いながら躍り出るそれらは、やがて一方がもう一方を空中より地面へと
吹き荒れ舞い上がる砂と、直後に遅いくる地響き。
そして──
「ギュォァアアアア!!!!!!」
「グォオオオオオオオオ!!!!!!!」
目を見張り、耳を押さえる。
足が震えるほどの巨大な咆哮が
そして共通する
けれど、滞空する巨影の角は、ディアブロスのように捻れてはいるが
やがて滞空する影が体制を変える。月明かりがその姿を明確に映し出す。
その体は黒く、
言うまでもなくディアブロスではない。さらにいえば「飛竜」ですらない。プレッシャーの発生元は恐らくあの
もう一方の存在にも月の明かりがもたらされる。
姿はほとんどディアブロスだが、その体躯は通常のそれより二回りほど大きく、角はより太い。体表には濃紺の体皮と真紅の血管のコントラストが毒々しい。
古龍がディアブロスのような何かに攻撃を仕掛ける。発達した鋭い爪を叩きつけ、それを三叉に分かれた角で受け止める。体表から生えた棘が突き刺さるのも関わらず、古龍の体をそのままに投げ飛ばす。
投げ飛ばされた古龍はすぐさま体制を整えると、追撃を与えんと突撃するディアブロスを両前足で押さえ込み、お返しとばかりに押し飛ばさんとする。
その瞬間、ディアブロスの体を白い霧が包む。
呆気に取られていたフェイは、その気配に我に帰る。本能か理性かあるいはどちらもか。咄嗟に
轟音と熱気共に、大気が爆発した。
「ってて……」
何がなんだかさっぱりわからない。身体もそこら中痛いやら熱いやらで頭の中までぐちゃぐちゃだ。
あれがディアブロスっぽいヤツが起こしたことなのか、それとも古龍っぽいヤツの能力なのかはわからないけれど、確実なのはあの二体の戦いの中で引き起こされた爆発で、私はエリア5と隣接したエリア6の洞窟に飛ばされたらしいこと。爆発に熱されたこの体が冷気触れて心地よい。
ともあれこのあとどうするか。合流が最優先だろうが、このまま表に出るのは得策ではない気がする。この分じゃ他にも大型モンスターがいても何もおかしくない。
さてどうするか。
腕を組み、顎に手をやり思案──しようとした時。
コツン、と。背中を何かに押された。
思わず振り返る。
「ぐわ」
「え゛」
赤い瞳と目があった。
どう見ても人の顔ではなく、アイルーでもメラルーでもない。茶色くて、鳥とトカゲの中間のような顔に、くりくりとした幼なげな瞳がこちらを覗いている。そっと目線を上に持ち上げると、丸っこい一対の角。
「ッ──!!??」
小さなディアブロスが私を見て首をかしげた様子を最後に、私の記憶はそこで途絶えた。
大変お待たせしました本当にごめんなさい。またちまちま書いていきます()