死神狩猟生活日記〜日々是狩猟也〜   作:ゾディス

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のんびりしすぎワロタ(真顔)
のんきに書きすぎて文体統一できてるか疑わしいとか微塵も笑えないよ()


姫様は純白がお好き

 ランポス皮製のベストとパンツを着て、縫い付けられている鞘に剥ぎ取りナイフを差し込む。さほど大きくないポーチに薬類と砥石、食料を軽く詰め込み、抜けが無いか確認。問題なし。

 ベストの上から防具というにはあまりにも軽くて柔らかな、さながら漆黒のローブのようにも見えるそれを羽織る。狩場では、モンスターから姿を隠してくれる効果を持った特別なもの。シルヴィと同じくらい私の狩りを助けてくれる。ローブに腕を通して、革製の籠手とすね当てをつける。

 最後に、立てかけてあった得物を手に取る。愛刀ならぬ愛鎌の切っ先は鋭く輝き、一点の曇りもない。今日の仕事にも十分貢献してくれるだろう。

 

「よし、準備完了!」

 

 得物を背負って、ドアを押し開ける。バルバレの空は雲ひとつない晴天だ。今日は仕事もうまくいく気がする。

 そう思った矢先だった。

 

「どーこが準備完了なんだか。また元気ドリンコ忘れてるニャ」

「ごめんなさい……」

 

 っていうのは気のせいかなぁ……

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ヘッ、ヘックシュッ!」

 

 かすかに雪の吹雪く音以外は全くの無音だった雪山に特大のくしゃみの音は大きく響く。まして、耳のいいアイルーからしてみれば騒音もいいところなのだろう。顔を顰めて耳を押さえたシルヴィが、私のことをジロリと睨んでいた。

 

「みっともない……フェイも女の子なんだから、もう少し慎みのあるくしゃみはできないのかニャ」

「アンタ、ネコのくせに人間のオカンみたいなこと言うわよね」

「フェイがもっとしっかりしてくれれば、そんな風にならずに済むんだけどニャ」

 

 ぐうの音も出ない。

 あまりの寒さにホットドリンクを飲んでいても少し震えが走る。一応外套は着ているけれど、防寒用のものではないので大した効果はなし。まして、私の狩猟法はアクティブじゃないので余計に寒い。

 

「うぅ、凍え死ぬ……」

「だから言ったニャ、トウガラシ多めにしておくといいって。今日はこれからもっと吹雪くらしいニャよ」

「だって、トウガラシ辛いじゃない……」

 

 辛いのはニガテなのだ。美容にいいとか言われても苦手なものは苦手なのです。私、チゲ鍋とか食べられないもの。というわけで、ホットドリンクの効果上昇は諦めました。

 けど、今回のターゲットのことを考えるとシルヴィの言う通り多少の辛さは我慢すべきだったかもしれない。あのモンスターはとても耳がいい。今の特大のくしゃみも聞かれていたかもしれない。

 

「ま、やっちゃったものは仕方ない。最終的に気づかれなければオッケー!」

「そう思ってるならもうちょっとボリューム下げるニャ、うるさい」

「ハイ……」

 

 ま、気づかれてないから大丈夫……多分。

 小さく咳払いをして気持ちを切り替えると、持っていた携帯食料を一つ口に放り込みつつポーチから双眼鏡を取り出す。それに倣い、シルヴィも双眼鏡を取り出し、あるエリア、正確にはそこにいる一体のモンスターに目を向ける。

 

 私たちが今いるのは雪山、その山頂。

 クシャルダオラの抜け殻に見守られながら、私は今回の狩猟対象を注視する。

 

 白い体毛、ずんぐりとした体つきに、何よりの特徴である長い耳。

 駆けるように雪原を滑る白い兎のようなモンスター──白兎獣 ウルクススだ。

 

 ◇◇◇

 

 4日ほど前、泣く泣くクエストを受ける約束をさせられた私は、酔いの覚めたセラから正式にクエストを受領した。

 酔い覚めついでにクエストのこともアルコールと一緒に吹っ飛んでいてくれることを願ったのだけど、残念ながら忘れていなかった。もちろん、あがり症であることをばらすことも。あの悪魔め。

 

 まぁ、もう文句を言ったところでどうにもならないと腹をくくり、改めて依頼の詳細を伺ったわけなんだけども。

 

「いつもはラージャンの毛皮の外套を着用するところじゃが、たまには趣向を変えても良いかもしれないと思ったのじゃ。 そこで、今回はウルクススの毛皮で外套を作ろうと思う!」

 

 この時点で、「マフモフシリーズあたりでも着てろよバカ王女」とかツッコミたいのだけれど、それはいつものことなので我慢する。

 

 ウルクススの素材から作られた防具は確かに暖かい。防寒性もそこそこに優秀で、マフモフシリーズほどでは無いにしても、ラージャンの外套よりかは妥当なところだとは思う。王族である手前、庶民の着ているマフモフシリーズでは威厳が保てない、というような意味合いもあるのかもしれない。

 もっとも、ウルクススの素材を使った防寒具も庶民には馴染みのあるものなのだけれど、まぁ、それは置いとこう。

 

 しかし、依頼の理由こそめちゃくちゃだけれど、この時点では何らおかしな点はない。なら、なんで他の皆は受けるのを拒否しているのか。

 首を傾げながらその下の一文を見て、我ながらどデカイため息をついたのをよく覚えている。

 

「あの王女、一回殴ろう」

 

 依頼文の最後にはこう書いてある。

 

「できる限り傷をつけずに狩猟せよ! あの真白い毛皮を赤く染めるなど無粋の極みであろう!」

 

 つまり、普通の狩猟法で狩って血みどろの毛皮になってしまうのは、王女のお気に召さないらしい。

 

 洗えよ。

 

 そう思った私は悪くない、悪くないはず……!

 

 ともかく、こうして特殊依頼は出来上がった。酔っていようがいまいが、セラは本当に頭を抱えていたんだと思う。こんな依頼は普通のハンターなら受ける人がいるはずがない。

 じゃあ、()()()()()()()()()()は受けるのか? 答えはノー。当然受けない。

 

 普段なら、ね。

 

 

 ◇◇◇

 

「あの王女、バカの歴史をどんどん更新していくニャ……たまにはまともな依頼でも出せないのかニャ」

「まぁ、いつものことだし」

 

 ウルクススを観察しながらシルヴィが呆れた声で言う。悲しいことに、その声のトーンは元気ドリンコを忘れた私に対するものと同じだった。今の私の評価はあの王女と同等なのかもしれないと思うと涙が出そうになる。

 ただまぁ、あの王女のトンデモ依頼に、ハンターの皆は()()()()()()()感がある。なんせ、「魚拓勝負で勝ちたいからヴォルガノスを狩ってこい」とか「リオレウスを城で飼いたいから捕まえてこい」とか言い出す人なのだ。

 もっとも、今回の依頼ばかりは皆驚いた(そして呆れた)のだろうけど。

 

「ま、なるようになるか。喉笛をさっくりいけばどうにかなりそうなんじゃないかニャ?」

「んー、そうだねぇ……、さすがに腹甲を外套に使うとは思えないし」

 

 雪の下からアオキノコらしきものを掘り起こして、のんびりとお昼を食べるウルクススに心なしか癒される自分に驚きつつ、シルヴィの見立てに賛成する。

 

 

 

「ウルクススの特徴は?」と聞かれると、たいていの人は「大きな耳」と答えると思う。通称名に“兎”と付く所以でもあるし、妥当なところ。

 

 けれど、ハンターからしてみれば特徴はそれだけにとどまらない。私なら耳の他にもう一つ、その強固な「腹甲」をあげる。

 ウルクススは基本的に四つ足歩行だけど、狩猟時にはその腹甲を活かした突撃を仕掛けてくる。腹甲には細い縦溝があって、それのおかげで雪の上で音を立てずに猛スピードで突撃することを可能にしているのだ。

 そして、この腹甲はとても硬い。ホント硬い。岩石並みに硬い。バサルモスとどっこいどっこいなんじゃないかってくらい硬い気がする。防具にこそ使われるかもしれないけれど、外套にはとても使えた代物じゃない。

 何が言いたいかというと、「腹甲は外套には使われないから、血がついても大丈夫」ってこと。喉笛を狙えば、ある程度は汚れるかもしれないけど、大部分は腹甲にかかって事なきを得るだろうという考え。今回の依頼の攻略の鍵、というか打開策はここにしかない。

 

 ここまで観察してきた様子だと、この後はエリア8にいくはず。けれど、あそこは遮蔽物が少ないし、好ましくない。誘導して場所を変えさせる。

 仕留める場所はエリア6。エリア南部に多数存在する氷柱の影で私は待機。合図を出して、シルヴィが音爆弾を使った瞬間に飛び出して、のけぞったウルクススの喉元を頚椎ごと断ち切る!

 

「よしっ。エリア6(となり)で仕留めるよ」

「了解。音爆弾とかは持ってきてるけど、使うのニャ?」

「合図出すから、そのタイミングでよろしくっ」

 

 私は立ち上がり、羽織っていたローブ——“誘死の外套”のフードをかぶる。私の気配が一瞬で薄れ、周りの景色と同化しているかのようになる。

 この誘死の外套は、着用すると隠密効果を発揮する。他にも最初の一撃だけ攻撃の精度を引き上げてくれる効果を持つ特注品。代償として、武器の切れ味が落ちやすくなる上に、効果を活かすために他の防具を身につけられなくなるのだけれど。

 

 荷物を纏め、愛鎌——ダークサイスSを手に取る。こちらも通常のダークサイスとは異なり切れ味に特化させた特注品だ。と言っても、こっちは研ぎ方を変えているだけなんだけどね。

 

 同じく荷物を纏め終え、ベリオネコ防具で身を包んだシルヴィがナルガネコ手裏剣を背負う。

 

「それじゃ、一狩り始めようか!」

 

 

 ◇◇◇

 

「力を込めすぎず、だけど相手に痛みを与えるように……ニャッ!」

 

 エリア8と呼称される雪原をのっしのっしと歩いていたウルクススのうなじに、僅かな、しかし確かな痛みが走った。ウルクススが何事かと辺りを見渡すと、彼の数メートル先にブーメランを受け止めたシルヴィの姿があった。シルヴィの手にした武器から自らへの敵意を見て取ると、ウルクススは唸り声を上げる。

 

「よしよし、血は流れてない。全力で投げられないってめんどいのニャ」

「グルルル……ヴォオオオ!」

「なのに敵意は十分と。ホント面倒だニャ」

 

 やれやれ、とため息をつくシルヴィに対し、ウルクススは腰を低くし、力を溜める。滑走突撃の準備だ。

 数瞬の間の後、ウルクススが猛烈な勢いで飛び出す。すさまじい速度の滑走だったがシルヴィはひらりと躱す。だが、ウルクススも諦めるつもりなど毛頭なく、すぐさまシルヴィに向き直ると、再び滑走突撃の構えを取る。

 

「良い感じニャ。さあ、ついてこい!」

 

 再度こちらへ突っ込んでくるのを確認したシルヴィは、手裏剣を納め、滑走から逃げるように走り出した。滑走をギリギリのところで躱し、力加減をしつつ手裏剣を放つ。傷つけないように身を掠めるくらいの距離を狙うため、ウルクススにはシルヴィの手裏剣が鬱陶しくてしかたがない。だが、自慢の滑走はひょいひょいと避けられてしまう。そして、煽るかのように再び手裏剣がその身を掠める。ウルクススの頭には血がのぼり、興奮のあまり鼻息が荒くなる。

 

「ヴォォォオオオ!!!」

「怒った……あとはっと」

 

 ウルクススが怒ったことを確認したシルヴィは、ただ闇雲に逃げるのではなく、エリア6の方へ誘導するように後退し始めた。

 途中、雪玉を投げてきたりと、興奮している割には絡め手も用いてきたが、シルヴィはバックステップやサイドステップで悉く躱す。

 そして、エリア6との境目ギリギリまでくると、敢えてウルクススの視線と真正面に立ち「どうぞ狙ってください」とばかりに仁王立ちして構えた。

 人間なら怪しく思うところかもしれないが、頭に血の登ったウルクススにはシルヴィが観念したかのようにしか見えない。腰に力を入れ、力を溜める。そして、滑り出す瞬間に後脚で地面を強く蹴る。ウルクススとシルヴィの距離がぐんぐんと近づいていき、衝突する瞬間──

 

「今ニャッ!」

 

 シルヴィの叫びとほぼ同タイミングで、ウルクススの巨体がシルヴィのいたあたりを走り抜けた。

 

 

 ◇◇◇

 

 ウルクススは一体何が起こったのか理解できなかった。自分は確かにアイルーに突進したはずなのに、当たった感触がなかったのだ。しかし、当のアイルーの姿は見当たらず、静けさだけが残っている。

 加えて、煩わしいネコがいなくなった清々しさが大きい。あの程度のやり取りは、腹が膨れていたウルクススにとって丁度良い運動程度でしかない。

 煩わしい外敵(ネコ)がいなくなったのならそれで良いではないか。寝床に戻ろう。

 

 そう踵を返した時だった。

 

 

 ウルクススはエリア6に漂う違和感を感じ取った。一見おかしな点は何一つ無い。せいぜいいつもはブランゴがいるところに今日はブルファンゴが居座っている程度で、それも大した変化では無い。では何が違和感を感じさせるのか。

 殺気だ。フィールドに漂う空気、死の空気が、悪寒となって彼の身体を包んでいる。得体のしれない殺意に彼の生存本能が警鐘を鳴らしている。

 

 このエリアに己を狙う者がいる。殺気に背を向けて移動しようものなら、この命は即座に失われるだろう。滑走すれば追いつかれることはそうないとは思うが、滑走するためには力を溜めるという行為をしなければならない。その隙に殺されてしまう。

 ならば、この場で逆に仕留めてしまおう。

 

 本能的にそう判断したウルクススは、後ろの二本足で立ち上がり、自らの優れた聴覚と嗅覚、視覚を頼りに、あたりを警戒し始めた。見慣れた雪原の中、わずかなりとも引っかかる場所を探す。

 すると、エリアの隅、暗がりの方から「コンコン」という小さな音が響いてきた。

 

 あそこにいるのか。

 

 そう、視線を向けた瞬間だった。

 

「食らえ、音爆弾ッ!」

 

「ヴォァオウ!?」

 

 

 ウルクススの真下からシルヴィが飛び出し、音爆弾を炸裂させた。音爆弾の発した快音はウルクススの脳髄を貫き、脳を襲った音に意識を朦朧とさせる。

 

「今ニャ、フェイッ!」

 

 シルヴィの呼び声とともに、氷柱の後ろから黒い影が飛び出す。フェイだ。

 飛び出したフェイはダークサイスSを携え、猛然とウルクススの元へと駆ける。

 朦朧とする頭でなんとか逃げようとするウルクススだったが、脳は働かず、体は言うことを聞かない。焦点も未だはっきりとしない。

 

 そうこうしているうちに、フェイが鎌の届く距離へと到達し、鎌を振り上げる。彼女の脳裏に「失敗したらどうしよう」と、一瞬そんな考えが頭をよぎるが、自分なら大丈夫だと言い聞かせ、意識を標的に集中させる。

 未だウルクススは混乱から回復していない。意識を研ぎ澄ませた一撃は狙いから一寸ともブレてはいない。ダークサイスSの切っ先が白い首筋へと突き立たんばかりに空を裂く。

 

()った!)

 

 フェイは自分の勝ちを確信する。一方でウルクススは、焦点の定まらない視線でその鎌の切っ先を追いかけ、なんとかして死を免れようと体を動かそうとする。

 果たして、その軍配は——

 

「避けたッ!?」

 

 ウルクススに上がった。

 フェイの鎌が喉を裂く寸前、気を取り直したウルクススが、死の刃を避けるべく本能的にその身を反らせたのだ。一瞬の迷いが、フェイの鎌を振るうタイミングを一瞬だけ遅らせた。その結果、1秒にも満たない僅かな差が生まれ、ウルクススに攻撃を避けさせたのだ。

 攻撃をかわされたフェイは途端に窮地に立たされる。

 

(もう奇襲は効かない……!)

 

 フェイのやり方は最初の一撃で決めるのがセオリーであり、それも不意打ちを前提としたものだ。このやり方において、自らの位置を相手に知られた状態で挑むのは愚策でしかない。加えて、今回は狙える位置も限られているので、とっさの判断で目標を達成することは至難の技だ。

 

 加えて、誘死の外套は抜刀直後の攻撃()()を強化する。そのあとの攻撃は全く強化されないばかりか、切れ味が落ちやすくなるデメリットまで存在するのだ。

 現段階で、フェイがウルクススを仕留められる可能性はなきに等しい。

 

 撤退。

 

 そう判断するや否や、真っ先にシルヴィが行動を始める。一度失敗するとすぐさま第二第三のポカをやらかすのが主人(フェイ)なのだ。必然的にフォローを入れるタイミングも早くなる。

 

「目ェ抑えるニャ、フェイッ!」

 

 直後、放られた玉から強烈な光があふれる。閃光玉だ。その強烈な光は目を庇わなかったウルクススの目を焼き、視界を奪う。

 

「ヴォアゥッ!?」

 

 フェイを殴り飛ばさんとしていた体制が崩れ、隙ができる。ウルクススが闇雲に暴れている間にフェイを退かせて撤退しようという考えだった。

 

「シルヴィゴメンっ」

「もう慣れたニャ、さっさと戻ってくるニャ」

(慣れたとか聞きたくなかったなぁ)

 

 とほほと内心涙を流すフェイと、呆れ顔で撤退準備を進めるシルヴィ。

 だが、シルヴィは大切なことを忘れていた。

 

「っ!? フェイッ、そっちはダメニャッ!」

「え? ……あっ」

 

 

 ズンッという衝撃がフェイを襲い、力の働くままに彼女は宙を舞う。それを見てシルヴィはようやく思い出す。

 

(フォローをあっさりと無意味にする天才だったニャ、このご主人(バカ)は)

 

 フェイは焦るあまり、確認もせずに自らウルクススが暴れている方向へと回避してしまったのだ。

 誘死の外套に防御力はほとんどない。すなわち、衝撃はほとんど緩和されずに本人に入るわけで。

 

 横っ腹からすくい上げられ、ドサッという音とともに墜落したフェイを上からのぞき込むと、案の定(いつも通り)失神していた。

 シルヴィはため息をつきながらネコタクに合図を送り、今なお暴れているウルクススにペイントボールを投げつけて撤退した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「辛い……匂いだけで舌が痛くなるぅ……」

「文句は自分に言うこったニャ」

 

 シルヴィがにべもなくそう言う。分かっちゃいるけど言い方ってものがあるじゃない?

 

「いい方もキツくなるってもんだニャ。どっかの誰かさんがあそこでしくじらなければ、僕もこんな重装備で唐辛子エキス煮詰めてたりしないのニャ」

「悪かったけどナチュラルに心を読まないで!?」

 

 またやらかしてしまった私が目覚めたのはお馴染み雪山のベースキャンプ。何やらスパイシーな匂いがすると思ったら、シルヴィが唐辛子を煮詰めてました。

 アイルーに唐辛子は危険だとわかっているので、彼もマスクにゴーグルと完全武装。ホントにごめんなさい。

 でもさ、私もわざとじゃないんだよってゴメン睨まないでください!

 

「……ウルクススは?」

「ニャ……多分エリア7かニャ。さっきあそこで仕掛けたから、アイツも警戒してるのニャ」

「う……」

 

 再びじろりと睨まれ、思わずたじろぐ。シルヴィとは長い付き合いだけど、これじゃあどっちが主人なんだか。

 

 しかし困った。広大な雪山であっても、ウルクススが行動するのは山頂付近のエリア6、7、8のみ。そして、遮蔽物足り得るのはエリア6の氷柱だけときた。エリア7にはテントの残骸があるけど、遮蔽物としては到底役に立たない。

 

「どうしようか……」

「もう物陰からの奇襲は無理ニャ。アイツも今度はしっかり反応してくるし、きっと音爆弾も効果が薄れてる」

 

 モンスターだってバカじゃない。罠とか音爆弾にも耐性をもつようになる。狩人(ハンター)としてはいい迷惑なのだけれど。

 と、シルヴィから赤い液体の入った小瓶が渡される。色合い的に見てホットドリンク……なのだけれど、これは。

 

「シルヴィ? トウガラシどれくらい入れたのこれ……」

「いつも調合で入れる量の倍だニャ」

「私辛いの苦手だって知ってるよね!?」

 

 いいからとっとと飲めと言わんばかりに、シルヴィが仁王立ちし私を見ている。きっと、辛さで悶絶する私を見て笑おうって魂胆だ。

 だけど、私にも意地って物があるぞ、絶対耐えてやる。

 

 そう覚悟を決めて、一気に中身を飲み干す。途端に辛さがやって──

 

「……こない」

 

 いや、確かに普通のホットドリンクより強い辛味がある。あるにはあるのだけれど、思ったよりずっと辛くなかった。

 

「驚いたニャ?」

「まぁ……うん」

 

 すると、シルヴィは満足げな顔になって頷いた。

 

「効果がなくならない程度にハチミツと砂糖を混ぜたんだニャ。フェイがしっかりビビってくれて何より」

 

 なんだろう、納得がいかない。もう一回山頂に登ったら後ろから 「わっ!」って言ってや……山頂?

 

「どしたニャ?」

「あのさ、こういうのどうかな……」

 

 思いついた案を話したら、思いっきり「何考えてんだコイツ?」って顔されたけど、採用されました。

 

 ◇◇◇

 

 雪山の山頂部、所謂「エリア8」は、雪山の中では開けたエリアの一つとして知られている。エリア6の方が面積的には広いが、あちらは天井が存在するため薄暗い。対してエリア8は山頂部の外周。昼でも夜でも視界がある程度確保されている。つまり、フェイのやり方とはもっとも()()()()()()エリア。

 そして、「開けた場所」と認識しているのはモンスターも同じ。ウルクススも本能的にこのエリアでの不意打ちが厳しいことを感じ取っていた。

 

 しかし、その予想は裏切られる。

 

「毎回思うニャ、仕える主人を間違えたって……」

 

 再びシルヴィが目の前に現れたのだ。シルヴィを認識した途端、ウルクススは再び警戒態勢をとる。それも先程以上に気を張り詰めて。

 

(かなり警戒してる……さっきの(奇襲)が効いてるみたいだニャ)

 

 それも当然だと認識をただす。あと一歩のところで首が飛んでいたともなれば警戒心が強まらないわけがない。

 その影響なのか、ウルクススも今度は体制を低くして低く唸るばかりで、自慢の滑走攻撃をしてこない。この状態ではフェイも喉笛を狙えず、作戦が停滞してしまう。

 ならばどうするか。

 シルヴィは懐から小さな玉を取り出し──

 

「こっちが有利になるように追い込んでやればいいだけの話だニャ」

 

 ウルクススに向かって放り投げた。

 放られたそれ──音爆弾は、ほどなくして空中で炸裂。快音があたりに響き渡る。

 だが、今度はウルクススにもさほど効果がない。つい先ほど経験したばかりなのだから当然だ。

 ウルクススも小さく首を振り、衝撃の残滓を振り払う。そして、効かないぞとばかりに上体を起こして威嚇の体勢をとる。

 

 だが、それは迂闊な行為であった。

 

 なぜなら、フェイはずっと彼らを見ていたのだから。ウルクススの喉笛を掻っ切れることができるただ一瞬を待ち構えて。

 そして、上体を起こしたときほど、喉笛を狙いやすいタイミングは他にはない。

 

 故に、フェイはウルクススが上体を起こした瞬間に()()から猛スピードで駆け下りた。

 刃を振るう。今度は躱す暇も与えぬように、銀色の風のごとき疾さを以って、死神の鎌となる。

 ウルクススが彼女の存在に気付いた時にはすでに遅く

 

「獲った」

 

 既に刃は振るわれていた。

 

 視界がぶれる。感じたことのない浮遊感。首を飛ばされたウルクススは、痛みを感じる暇もなく、その意識を手放した。

 

 

 ◇◇◇

 

 バルバレのギルドでクエスト完了の報告をした私は、外で待っていたシルヴィと合流した。

 

「……受理されたかニャ?」

「まぁ……一応……」

「セラにも?」

「あがり症広めるのはやめてくれるって」

「報酬は?」

「えっと、王女サマが認めてくれれば、狩猟報酬とは別に納品報酬が支払われるって」

「ふーん……」

 

 そう、セラの依頼はきっちり達成したので、私はあがり症とばらされずに済んだわけなんですが。

 

 空気が、痛いです。

 なんかもう、ピリピリっていうよりヒリヒリする感じ。

 そんな空気を作り出しているのは紛れもなくシルヴィで、原因は間違いなく私です。

 怖くて顔が上げられません。

 

 ふぅ、と、ため息をつく音。

 

「フェイ」

「は、はいっ」

 

 ドスの利いた声に思わず顔を上げる。シルヴィは紛れもなく――

 

「我が家の家計は火の車って分かってるニャ?」

「すいませんすいません!! ビビって勢いつけ過ぎて、首切断しちゃってすみませんでしたァッ!!!」

 

 ド怒りでした。

 

 

 

 王女様はつまるところ「毛皮に血のりがつかないように仕留めろ」って依頼だったわけで、だからこそ私は喉笛を狙ったわけなんだけど。

 

「首を切り落としたせいで血がドバドバ出て! そのまま王女に献上するわけにもいかないからって洗う羽目になったニャ! あの寒い雪山の川で! ボクが! 一人で!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーいッッ!!」

 

 首から上を失った結果、あふれた血液は体全身を伝ってしまった。

 この時点で「血のりがつかないように仕留めろ」って条件に引っかかって、クエスト失敗の可能性が出てきた。クエストを受けるにもお金がいるし。

 

 それでも、付着した血を洗い流せばどうにかなるかもしれないとシルヴィは考えた。

 けれど、元凶の私は、山頂から走り降りてなおかつ鎌を振り抜くまで気を張ってたせいで疲労困憊で昏睡。

 現地アイルーたちに頼むにも彼らにメリットとなるようなことがなくて頼めずじまい。

 結果、シルヴィは一人で毛皮を洗う羽目になった。極寒の川辺で。

 

「あれから、体の調子が変なんだニャ……」

 

 そんなことを言われたら、もう私は平伏するしかなかったのでした。

 ただ、狩猟そのものは達成したので、ある程度は報酬は払われるんだとか。それだけが唯一の救いかもしれない。

 

 そんなこんなでシルヴィに謝り続け、ようやく許してもらったところで、我が家が見えてきた。

 あぁ、はやくベッドで寝たい……

 そう思いながらドアを開けると──

 

「なに、これ……!!」

 

 家の棚はことごとくひっくり返され、あたり一面にその中身がぶちまけられている。

 

(まさか……っ!)

 

 家の奥のとある引き出しの中を確認する。

 やはり無い。()()()

 

「フェイ、まさか」

「うん、そのまさかだよ……」

 

 ゆっくりとシルヴィに振り向き、何が起こったかを簡潔に告げた。

 

「家の鍵かけ忘れて、空き巣に入られました」

 

 絶句するシルヴィ。やがて肩を震わせ始める。

 

「この……」

「この……?」

 

「こンのバカ主人がァァァァアアアアア!!!!!!!!」

「ごめんなさーーーーーい!!!!!!!!」

 

 一難去って今度は三難やってきました。




というわけでウルクススさんでした。
バルバレなのに雪山? ってなるかもしれませんが、バルバレは移動拠点ですし、おかしくはないかな? なんて。
ホットドリンクのアレンジは別作品にも出てそうで被りを恐れてたりします()

なにはともあれ、今回も読了いただきありがとうございました!
感想・評価・誤字報告、頂けると嬉しいです。

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