「あーっ、あっぶなぁ……」
「な、なんニャ、突然戻ってきて……ボクの方こそビックリして、危うく船から海へすってんころりんするとこだったニャ」
「すってんころりんって可愛い言い方するわねアンタ」
「皮肉ってんだニャ気づけ」
私だって精神的に疲れてんのよ許して。
怒りに猛るウラガンキンと、突如として現れた二体目のショウグンギザミ。モドリ玉でベースキャンプまで戻って来たは良いものの、正直どうしたものだろうか。
ウラガンキンを狩ると決めたものの、同じ狩場に三体ものモンスターがいるとなると、迂闊に手は出せない。特に私の場合は、一対一での狩猟以外は非常に相性が悪い。私ではなくて武器がもたないからだ。
「けむり玉でも分断は難しそうかなぁ……」
「一旦引き返すのは?」
「経済的に却下。ネコ飯代もかかるし、移動費だってかかるからね」
「進退窮まってるじゃニャいか……」
狩りをしようにも難しく、帰ろうにも帰れず。どうしたったろうかホント。これも全部空き巣犯が悪いんだ。お金さえあれば引き返すところだもの。
まぁそんな現実逃避はさておいて、私はベースキャンプに残しておいたアイテムを補充する。と言っても、気休めの保険程度のための強走薬と砥石くら……あれ?
荷物を入れるためにポーチを開こうとした時、私はあるものがないことに気づいた。
「どうかしたニャ?」
「え、あ、うん? あれ?」
焦る気持ちを押さえつつポーチを漁る。
おかしい、
すると呆れ果てたような顔つきでシルヴィがため息をついた。
「……今回は何やらかしたニャ?」
「……多分家の鍵落とした」
「バカも休み休みやるニャ、なんでそんな大切なものを置いていかないかニャこのバカ主人は」
「うぐ……」
ぐうの音もでないとはこういうことを言うんだなって。
数分後、私達はエリア4にて岩陰から密かに二体のモンスターの攻防を観察していた。
どうやら両者の実力は拮抗しているらしく、どちらにも私が最後に見た時とほぼ変わりない状態のまま。もう一体のショウグンギザミは、まだ別のエリアで休息しているようだ。
二体から目を離さずに、フェイが確認してくる。
「鍵はここで落としたのは間違いないのかニャ」
「それは間違いない。投げナイフ出した時はまだあったし、モドリ玉引っ張り出した時くらいしか考えられないからね」
「で、使ったのはちょうどこのエリアの中間……、あの辺りか」
まぁ、それくらい切羽詰まった状況だった。
ショウグンギザミはウラガンキンほど相性が悪いじゃないけれど、即死率はウラガンキンの比ではない。私の防具は防御面だけ見たら服となんら変わりがなく、あんな鎌で攻撃されたら一発で真っ二つだ。それが矢継ぎ早に飛んでくると思っていただければわかるはず。
そんな相手に対して私が奇襲以外の戦法で戦ったら100パー負ける。
だから、さっきのモドリ玉の使用はなんら間違っちゃいない。ただ、上がらず落ち着いて取り出すべきだった。うん。
と私が1人言い訳を考えていると、シルヴィが鍵を発見したらしく、私に知らせてくる。
「あったニャ。ショウグンギザミの
「どこどこ……あらまホント。確かに真下から出てきたし、当然っちゃ当然なんだけど、これまた厄介なところに……」
シルヴィが示したのは、ショウグンギザミの頭部に屹立する巨大な角。その先端に、我が家の鍵がリングによって吊り下がっていた。おそらく、真下から突き上げた時の衝撃でポーチから外れ、そのまま角に引っかかったのだろう。
「うーん、これは新手のショウグンギザミを狩るのがベスト……?」
「だろうニャ。けど、依頼達成は諦めた方が良い」
「で、でも……」
「んなもん諦めるしかない。やりたくはなかったけど、家にある素材を売り払えば二、三日はどうにかなるニャ」
それは色々と用立ててくれたクラリスに面目が立たない。友人の心遣いを無碍にしたくない。
だが、シルヴィが言ったことはもっともだ。今回の依頼を諦めて、鍵を回収することを優先するべきだし、お金も素材を売れば確保はできる。
どうしたものかと悩んでいる時、ペイントボールの臭気が流れてくる方向が突然変わった。休息していたショウグンギザミが行動を再開したのだ。おそらくエリア3にいる。ここへ向かってくるつもりだろう。
と、思いきや、ショウグンギザミが突如地中へと潜り、そのままエリア3の方向へと向かっていった。どうやら仲間との合流を優先したらしい。
「……合流してくれたんなら、賭けに出る価値があるかも」
彼らが一堂に会するなら、勝算はある。リスクは大きいが、依頼達成も鍵の回収も、ついでに賞金稼ぎもできるであろう作戦が実行できるかもしれない。
「……やっぱり素材は売らない」
「諦めて借金生活する?」
シルヴィの言葉を首を振って否定する。
「しません。ただでさえ収入少ないんだから、返せなくなっちゃうよ」
「じゃあどうするニャ。選択肢はそれ以外にないと思うけど?」
怪訝な顔をするシルヴィに笑いかける私の顔は、いつもよりかは悪い顔をしているに違いない。
「どうせなら、まとめて狩って、フリーハント報酬も受け取っちゃおう、ってね?」
三体のモンスターによる大乱戦。武器が脆いならそれをカバーするための作戦を。人間の最大の武器は、自らの弱点をカバーできる知恵そのものなんだから。
「
◇◇◇
エリア4に一人残されたウラガンキンは憤怒の咆哮を上げていた。
二体目のショウグンギザミは、斬りやすい部分の中では比較的柔らかいウラガンキンの脚を斬り裂くことで、行動速度を低下させ、その隙に別エリアへと移動を図ったのだ。
自慢の顎はすでに一体目のショウグンギザミによって切断され、地中から追跡することは困難。阻止しようにも、脚のダメージが重なり、まんまと逃げ果せられてしまった。
ウラガンキンの誇りに他ならぬ顎を無残な姿にした挙句、脚まで傷つけられたとあって、彼のショウグンギザミへの怒りは頂点に達していた。徹底的に叩き潰さねばその怒りは収まりようがないほどに。
しかし、ウラガンキン以上に地中での活動に長けたショウグンギザミは、動きを鈍らせた上で地中に潜ることでその追撃を逃れた。顎を使った地中移動ができない以上、鈍重な体を引きずって隣のエリアへ向かうしかなかった。
すると、岩陰から何かが飛び出した。ショウグンギザミからしてみればあまりにもひ弱な、しかしながらショウグンギザミに劣らぬ殺意を覚えたその
「ゴァアアアアッ!!!!!」
彼は逃すまいと咆哮を上げ、体を丸めて転がることで人間を轢き潰そうとする。
左目の恨みは忘れてはいなかった。獲物をショウグンギザミから人間に変えて、勢いよく地響きをあげながら突進した。
それが
◇◇◇
よーし釣れた釣れた。
私を見たウラガンキンは、やはりというか、怒り狂って追いかけて来た。左目を潰されたのだから当然か。
まぁ悠長にそんなことを考えている私ですが、割と余裕ない、というかむしろ死ぬほどやばい。現実逃避してる場合じゃない……現実逃避かこれ?
ともあれ、私はエリア3——ショウグンギザミが二体とも集まっている場所に向かって猛ダッシュしていた。
ウラガンキンは今のところ劣勢ではあるけれど、ショウグンギザミに対して負けるということは考えにくい。彼らの攻撃はウラガンキンの致命傷足り得ないから。故に、最終的にはウラガンキンに軍配があがるはずだ。
そこで考えた私の作戦は、ざっくりいってしまえば、ウラガンキンとショウグンギザミ二体を同士討ちさせ、隙をついて鍵とどちらかのショウグンギザミの鎌を切断、回収するというもの。
残念ながら最上の素材を確保することは叶わないだろうが、依頼そのものを達成することはできる。ぶっちゃけ砥げばどうにかなるって思い始めたけどそれは言わないお約束。
エリア3ではすでにシルヴィがけむり玉を焚いてくれているはずだ。煙に紛れて誘死の外套で姿を隠し、三体の乱戦へと持ち込ませる。
数分ほど走ると煙が漂い始め、やがて全体がうっすらと霧に包まれたような状態になった。エリア3へ到着したのだ。二つの「カサカサ」という音から、ショウグンギザミは争いをせず、ともに行動していることが分かる。
私は横はそれて、外套のフードを被り、岩陰に隠れた。匂いで嗅ぎつけたのかシルヴィも私の元へとやってくる。
「上手くいったかニャ、フェイ」
「多分大丈夫だよシルヴィ。そっちこそ良いタイミングでけむり玉焚いてくれたみたいだね」
「どれくらい持つか自信なかったけどニャ……あとは」
「彼ら次第、かな」
けむりが晴れ、エリア全体の見通しが良くなる。
そこには、
煙の中から現れたウラガンキンに、ショウグンギザミは鎌を開き、怒りを見せる。散々傷つけてくれたショウグンギザミを目の前にウラガンキンは怒りに猛る。
三体のモンスターによる争いが始まった。
2体のショウグンギザミは軽快な動きでウラガンキンに攻め寄ろうとするが、ウラガンキンはその堅牢な甲殻と尻尾を使った攻撃で近づけさせない。ショウグンギザミはその攻撃をまともに受けることを避けるためにあと一歩のところで足止めされる。
敵意は双方むき出しだが、危険を避けようとする生物の本能が、互いにそれ以上の進退を許さない。
この膠着状態こそが、私が待っていた状況だ。
ショウグンギザミの片方は鎌を片方失っているし、一瞬の隙で頭を叩き潰されることを理解している。
故に攻めきれない。ウラガンキンの表皮に生半可な攻撃を加えてもメリットがほとんどないことをショウグンギザミは理解している。
一方でウラガンキンも、ショウグンギザミによって顎を削られ、脚に傷を負わされている。下手に攻め込めば、攻撃を避けられ、反撃を受ける可能性が高いことを理解している。だから、尻尾を使った攻撃によって寄せ付けないように動いている。
敵意マシマシの相手にあと一歩攻め込めない。これほど腹立たしいことはない。そうなった時、生き物というものは大概頭に血が上って冷静な判断を下さなくなるものだ。理性によって感情を制御できる人間でさえそうなのだから、より単純な思考をするモンスターたちはその傾向は顕著に現れる。
数分後、私の予想通りに2体のモンスターは──
「グォァアアアアッ!」
「「キシュァアアアッ!」」
苛立ちを爆発させた。ウラガンキンは顎を叩きつけ怒りを露わにし、ショウグンギザミは口から泡を吹き出して一層激しい敵意をぶつける。
「フェイ、そろそろけむり玉焚くニャ?」
「そうだね……鎌の回収はお願い」
「ボクのことより自分の方に気を向けるニャ」
シルヴィのお小言に、苦笑いしながら頷いた。
そう、私は彼らが疲労するのを待つのではなく、冷静さを欠いた怒り状態の時を選んだ。けむり玉を合わせることで、双方の攻撃を当てさせないようにし、鎌のこれ以上の磨耗を防ぐために。
けれど、それは1つのミスが命を失うことに直結する。一瞬タイミングがずれただけで、私の体は真っ二つ、あるいはスクラップ待った無しだ。
ハイリスクハイリターンなんてものじゃない、ハイリスクノーマルリターンみたいな。決して見返りは大きくない。
けれど、おそらくこれが一番いい結果を出せるはずだ。十分ではないかもしれないが、それなりの素材を確保し、なおかつ鍵を回収できる。
シルヴィの焚いた煙が充満し、再び視界が白く染まる。そんな中でも、ウラガンキンとショウグンギザミ達は怒りに満ちた応酬を続けている。
正真正銘のラストチャンス。傍らの
「一狩り、始めるよ」
◇◇◇
「はぁーあ、今回も面倒なことになった……ニャッ!」
呟いた瞬間、シルヴィが駆け出し、背中の獲物──ナルガネコ手裏剣を、その勢いのまま投げつけた。
鋭い刃を持つそれは、ダメージこそ小さいけれど、ウラガンキンやショウグンギザミの硬い甲殻に弾かれることなく、ブレずにシルヴィの元へと返ってきた。
「グォオオオ……!」 「キシュアァァア……!」
「よっ、それっ、っとと危ニャいッ!」
だが、頭に血が上った彼らにしてみれば、ちょこまかと駆け回るシルヴィは邪魔でしかなく、気に障る存在。互いへの攻撃の合間合間に、シルヴィを追い払わんと尻尾を叩きつけたり鎌を振り抜いて威嚇する。シルヴィはそれを軽々と避けていく。
三頭は互いに攻撃を続けながら動き回る。
そして、鍵を引っ掛けたショウグンギザミが振り下ろした鎌をウラガンキンが避け、叩き潰さんと頭を上げた瞬間。フェイが小さく声を上げた。
「今ッ!」
「ガッテンニャオラァアアッ!」
乱戦の中、存在を勘付かれないために小さく上げた合図を、シルヴィは聞き逃すことなく受け取り──
「取ったァ!」
ウラガンキンの背を伝い、振り上げた顎を踏み台にして跳躍、ショウグンギザミの角に引っかかった鍵を奪い取った。
メキメキメキッ!
その直後、シルヴィの動きに気を取られたショウグンギザミがウラガンキンに叩き潰される音が響く。ギギギ、という断末魔が上がり、ショウグンギザミが沈黙する。
間一髪でウラガンキンの攻撃を避けてジャンプしたシルヴィは、着地に続け様、懐に忍ばせた煙玉を
残された一体は、突然の仲間の死に動揺する間も無く煙玉をぶつけられ、意識を向ける。自然と体ごと鎌もその方向を向き──
「
一閃。
至近距離まで迫っていたフェイの振り抜いたダークサイスSが、鎌の付け根から分断した。
くるくると回転し地面に突き刺さった鎌を、シルヴィがすかさず回収、素材袋へと収めた。
同時にフェイの体から力が抜け、その場に座り込む。が、ショウグンギザミの脅威はない。両手の武器を奪われたのだから。
あとは、この場から離脱し、隙だらけになったショウグンギザミをウラガンキンが倒して終わる──はずだった。
◇◇◇
作戦は上手くいった。鎌は思ったより綺麗なままだったみたいだし、鍵も回収できた。おそらく、ウラガンキンは無力化したショウグンギザミを仕留めようとするはず。
「フェイッ! 後ろニャッ!」
けれど、その予想が外れたことはシルヴィの悲鳴に近い声が教えてくれた。
振り返ってみれば、ウラガンキンがこちらへ近づいてくる。ショウグンギザミはといえば、もはや影すら残っていない。恐るべき逃げ足。速すぎでしょ。
そんなことを言って気を紛らわせようとはしたもののやっぱ無理だ。
目の前では、ウラガンキンが私を潰さんと顎を振り上げている。
「あー、これは死ぬな私」
ふと漏らした言葉は、けれど、十中八九その通りになるだろう。四肢に力も入らず、懐に潜り込んでもそのあと逃げきれるわけがない。
あぁ、こういうのなんて言うんだっけ。えっと、走馬灯だっけ? いろいろ思い出してきた気がする。
なんか、前にもこんなことあった気がするなぁ。やけに硬い相手でさ。
その時は確か──
「──こう」
私の身体の生存本能が働いたのか、あるいは朧げな記憶を再現しようとしただけなのか。
無意識に振るったその
◇◇◇
「あぁ!? 誰が気難しい職人だァ!? 俺ぁ中途半端な素材を許さないだけだってんだよ!」
「その中途半端の範囲が広すぎるんだよお爺ちゃんは!?」
あれから5日。
私はバルバレに直接帰るのではなく、依頼主のグラジオさんの工房までやってきていた。ちょうど1日前に着いていたらしいクラリスが出迎えたのは驚きだったけど。
ともかく、私達が納品した素材はグラジオさんのお眼鏡に叶い、その姿を包丁へと変えた。なんでも、クラリスのお兄さんがタンジアの港で料理店を開くらしい。私も行ってみたいものだ。
もちろん報酬もバッチリ。当分は食うに困らない生活はできそうです。
そんなことを考えていると、グラジオさんがこちらは向き直って、こう言った。
「しっかし、なんだな、嬢ちゃんも雰囲気変わったなァ?」
「はい?」
「なんつーかよぉ、纏ってる空気がやわこくなったっつーかな。前はビリビリした空気だったと思ったんだが」
「はぁ……」
ま、そうおっかない雰囲気なままよか良いだろ。
グラジオさんはガハハと笑いながら、工房の奥へと入っていった。
なんのことだか、私にはさっぱりだった。
「……クラリス」
「? なぁにお爺ちゃん」
「やっこさん、俺ンとこに得物持ってきてた嬢ちゃんだよな?」
「……そうだよ」
「あんなに雰囲気変わるもんかねぇ、人ってのは」
◇◇◇
クラリスはグラジオさんともどもタンジアに行くとのことでドンドルマで別れた。私も行ってみたいなぁ、タンジア。
ドンドルマで色々買い出しに行っていたシルヴィと合流して、バルバレに無事到着した。
のは良いんだけど。
「ナニコレ……!?」
自宅の前に並ぶ竜車。その数6台。
え、何これ、私逮捕されるとか?
「……今度は何したニャフェイ」
「違う違う私何もしてないよ!?」
してない……はず。
そんなやりとりをしていたら、家の方から1人のご老人がやってきた。といっても、老人というには背筋がピンと伸びていて、執事みたいな人だった。
「フェイ=ソルシア様とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」
「えと、そうですが」
「どうぞ中へ。
色々突っ込みたいところだったけど、黙って家の中へ。
狩りに出る前に片付けた家にはなんら変化はない。
ただ1人、ソファに鎮座する少女を除いて。
「ようやく帰ったか。余は待ちくたびれたぞ?」
靡く金髪に、美しい碧眼。そして、「余」という一人称と、先ほどの男性の「姫さま」という言葉。
まさか。
「そう。余こそは!」
やめろ、聞きたくない。
「西シュレイド王国の第三王女! エリクシア=シュレイドである!」
……王族に不法侵入されましたクソッタレ。
というわけで、ショウグンギザミ編完結及び第三王女まさかの登場です。
彼女、一人称は「私」が正しいのですが、どうにもFateの影響が強くてですね、いわゆる赤王ちゃま化したのが今作の王女です。なんでこうなった()
次回も読んでいただけると嬉しいです。