バルバレギルドが管轄する簡易住宅街。世界中を渡り歩くバルバレとともに移動するために貸家の住人は移動の入れ替わることも多いが、住人同士の間に諍いは殆どなく、そこには穏やかな空気が流れている──のだが。
その住宅街の一角にある、なんの変哲も無い一軒の家。しかしながら、その屋内はなんとも言えない空気に包まれていた。
王族という突然の来訪者に、傅き敬意を示すべきなのだが、不法侵入という事実を前にして不満が隠しきれない家主と、もうどうとでもなれと言わんばかりの相棒のアイルー。
そして、家主とその相棒をそんな状態に追いやった張本人──西シュレイド王国の第三王女はソファから立ち上がり、平たい胸を張ってこう名乗った。
「余こそは、西シュレイド王国の第三王女、エリクシア=シュレイドである!」
西シュレイド王国。かつて存在したシュレイド王国が滅亡する際に分岐、勃興した国である。ハンターズギルドも元々はこの王国で発足した組織とされ、それが広がり今の体制となった、という話もある。
それ故か、西シュレイドの王族、とりわけこの第三王女からの依頼を、ハンターズギルドではたびたび受領している。その内容があまりにも身勝手であると、ハンター間では憎まれ半分笑い種半分に扱われてきたのだが。
(一体何の用だってのよ……とっとと帰ってよぉ……)
そこは仮にも王族。目の前でそんな話をすれば、フェイの首は即座に飛ぶことだろうし、無碍に追い返す訳にもいかない。かといってこのまま居着かれても困る。主に頭痛のタネが増える点で。そろそろ体が休息を欲していることだし。
その
このままでは埒があかないと判断したフェイは、隣で佇む執事らしき男性に小声で声をかけた。
「……あの、そろそろ要件話すように伝えてもらっていいですか。こっちも疲れてるんで休みたいんですけど」
「……申し訳ございません。姫様はある程度話に夢中にならないと私の気配を察知して逃げてしまわれるのです」
「気配を察する?」
フェイが首をかしげる前で、男性は静かに王女へと歩み寄り。
「せいっ」
「ふげぇっ!?」
物理的に沈黙させた。
◇◇◇
「……出会い頭に一方的に話をするとは、すまぬことをした」
「出会う前から不法侵入したことはスルーですかそうですか」
謝ったことに関しては驚きというか感心したというか、いや、そうではなくて。いくら王族でも、他人の家に家主の許可もなく押し入るのはどうかと思うのですよどうなんですかお姫様。つーかそもそも今の流れでの謝罪に感心する要素あったか私?
「む? この家に入ったことであれば、ギルドからの許可は取ってあるぞ」
「へ?」
「セラという受付嬢に話をしてな、合鍵を渡してもらった」
「はぁ!?」
あの女、私のプライバシーをあっさりバラしやがった。
まぁそのことは後で片をつけるとして、今は王女様だ。
「……それで? 王女様がなんのご用件ですか」
一応、思い当たる節はある。この前の雪山での一件。シルヴィが頑張って洗ってくれたけれど、やっぱり首チョンパはダメだったのかもしれない。
「うむ、先日そなたが引き受けたウルクスス狩猟依頼のことだが──」
あー、やっぱりそうですよねダメですよね。うーんどうしよう、私もうあんなのやりたくな
「実に見事であった!」
「はい?」
え、褒められた? なんで?
「依頼した通りに血痕がほとんど残っていないどころか、赤い染みの一つもない!」
いえ、そんなことはありません。血ドクドク出てました、真っ赤っかでした。うちのネコが洗ったんです。
当の
「剥製にするのにうってつけであったぞ!」
「おい、毛皮がどうとか言ってたろ毛皮はどうした」
「実に、実に見事であった。我が城の一角に、あの白兎獣の剥製を飾るためのスペースを設け、公開していたほどでな? 貴族たちにも羨ましがられたものよ!」
どうしよう、この王女様話聞かない。いや、いつもの事なんだろうけどさぁ。じゃなかったらあんな依頼がポンポン来るわけないもんな。
で、毛皮はどうしたんだってば気になるんだけどぉ!?
「毛皮に関しても巨獣のものが手に入ったし、余はもう満足だ!」
……こんにゃろう、別人に依頼出し直しやがった。しかも巨獣て。
良いなぁ、私よりも報酬良かったんだろうなあ。私の仕事奪って食べる飯は美味いかどこぞの狩人さん?
がっかり膝をついた私を尻目に、胸を張って「うんうん」と満足げに頷く王女様。
どうしよう、これじゃ私が寒い思いして頑張った理由が完全に無くなるんですけど、ただ王女の自慢話のネタ提供しただけなんですけど。
てかシルヴィめ、あの野郎どっか逃げやがったな? 後でシバこ。
「で、本題なのだが」
「……ハイ、ナンデショウ」
ようやく落ち着いたらしい王女が、私に向き直る。
まさかまた依頼? やめてくださいよ、あんな依頼はもう勘弁ですよ……?
そんな私の心配をよそに、王女は少し大きめの袋を取り出した。
「……これは?」
「此度の報酬金だ。まだ払われていないだろう?」
「……そう言えばそうかも」
言われてみれば。空き巣騒ぎから鎌取りに行って、それからドンドルマに寄ってと、ここしばらく忙しくて忘れていたけど、報酬金貰っていなかった。ごめんなさい名も知らぬ狩人さん、私もちゃんとお金貰えました。
まぁいくらなんでもウルクスス如きじゃ8000zが良いとこかな——
「10万zで良いか?」
「謹んで頂戴いたします王女様!」
頑張った甲斐があったよヤッタネ!
こうして、王女は去って行った。今日はバルバレギルドのマスターにもう一度会って、明日の朝には王都に戻るんだとか。
「また来るぞー!」とか言ってたけど、結構ですもう来ないでください。
で、いつの間にかシルヴィも戻って来ていた。
「アンタ、どこ行ってたのよ。王女様相手に呆れ果てて家の外に遊び行ったの?」
「まぁどこぞのバカ主人並みに呆れたのは確かニャけど、遊び行ってたわけじゃニャい」
ホラ、とシルヴィが指差す先には、色とりどりの野菜が。なんでも、ご近所さんが交易で得た野菜を分けてくれたんだとか。窓の外から覗き込んでいるのに気づいて対応してくれていたらしい。
久しぶりに家でのんびりできるし、家で何か作ろうか。
そう思っていたら、シルヴィが、珍しいことを言い出した。
「フェイ、今夜のご飯ボクはいらないニャ」
「え、なんで?」
「急用ニャ」
◇◇◇
てな訳で、バルバレに帰ってきたクラリスと、仕事終わりの
あの執事の男性に握らされたというお金で、高級肉を買ってきてなければ、縛り上げたセラの前で豪勢な食事をしてやろうと思ってたんだけど、肉に免じて許した。肉に免じて、ね。
ちなみに、セラが買ってきたのは黒狼鳥の
黒狼鳥から取れる食材としては安価だけど、そもそも相手が相手だけに、1番安価なモミジでも結構なお値段。1番高い白肝とかは貴族くらいしか食べたことないんじゃないかな。
「で、グラジオさんから渡された報酬金と王女様からの報酬金で、今のフェイは懐が暖かいわけだ?」
「セラ、アンタに何か奢るとかないからね」
「フェイ、あたしは?」
「クラリスになら奢ったげるー!」
「うぅ、フェイの薄情者……」
人を売っ払ったアンタにだけは言われたくないわ。
よよよと泣き真似をしているセラは放っておくとして、クラリスには本当に何か奢ろうと思っている。
「クラリス、どっか行きたいとことか食べたいものある?」
と、肉に食らいついているクラリスに向き直る。ちなみに、既に5個目である。クラリスさんちょっと食べ過ぎかなー?
「うーん、何かって言われてもなー……あっ、そうだ」
もっしゃもっしゃと肉を咀嚼しながら、クラリスは思いついたように手を打つと。
「ユクモ村の温泉行かない? あたしとフェイとセラで」
クラリス様ー!と飛びつくセラ。そんな彼女を見ながら私は言った。
「絶対、セラは連れてかない」
「なんでよー!!!???」
だって嫌だもん。
◇◇◇
フェイ達が鍋をつついている頃、バルバレの隅に居を構える居酒屋にシルヴィはいた。店内は比較的明かりが少なく、客も互いに干渉しあわない。それが暗黙のルールであり、ギルドも手を出さないことになっている。マスターもそれを弁えて、最低限の接客しかしない。
シルヴィが向かったのはその店の隅、4人がけのテーブル席だった。
テーブルには先客──シルヴィを呼びつけた張本人である、王女付きの執事の男性がいた。
「昼間は突然ご迷惑をおかけしました」
「そんなことはどうでも良い……それより、アンタから接触されるとは思ってなかったニャ」
薄っすらと顎に白髭を蓄えた男性を見上げ、シルヴィは言う。その口調には、微かに苛立ちのようなものが混じっている。
「ボク達は今は大老殿とは全く関係のない身……大長老様からも、そうお達しが出ているはずニャ」
「そうおっしゃるのであれば、私めも今は一介の執事に過ぎませぬ。ただの顔見知りでしかない私めの誘いを邪険にすることもありますまい」
そう穏やかに返す男性をシルヴィは細目で睨む。相変わらず口の回る男だと苦々しく思わざるを得ない。それに、どうにもこの男性に敬語を使われることに違和感を拭いきれないこともある。
「チッ……とりあえず敬語はやめてくれニャ、元・大老殿大臣、ネルヴァ=セルウィン殿?」
「名前を覚えていてくれたようで嬉しいよ。……改めて、久しぶりだね、シルヴィ」
ネルヴァ=セルウィン。かつてはハンターズギルドの最高組織、大老殿の高官にして、現在は西シュレイド王国第三王女の執事として仕える男。
見た目こそ初老の紳士だが、その実既に70歳は超えている、紛うことなき老獪である。ある一件を機に、自ら責任を取る形で辞職、現シュレイド王家へと職場を移したが、それ以前は、ハンターズギルドの裏の取締役、ギルドナイトのトップを務めていたという噂もあるほど。
だが、シルヴィからしてみれば、笑顔の裏で何を考えているのか分からない、不審人物のような人間であった。いつのまにか、人の個人情報を掴んでいたりするあたりが、特にその印象を強めている。故に、この男性を前にして警戒心を隠しきれない。
「まぁ掛けなさい。君にも関係がある話だよ」
「……どうだかニャ」
ネルヴァの一言で要件のあらましは察したが、それはむしろシルヴィの警戒心を高めさせる。そもそも、彼がわざわざ話に来ることなど一つしかないが、それにはもう1人ゲストがいるはずだ。
シルヴィの思いが怪訝そうな表情となって現れていたのか、ネルヴァもまた苦笑して言った。シルヴィだけでなく、背後に立つ男性にも向けて。
「なに、ちゃんと声はかけたさ。そもそも、遅刻するような彼ではない……そうだろう、グレイ=クロステス君?」
「ネルヴァさん……あんた、今更なにしに来た」
グレイのネルヴァに対する態度もまた、決して好意的なものではない。むしろ、シルヴィ以上に敵意のようなものを滲ませているほど。
しかしながら、それを意に解することもなく、ネルヴァは穏やかな笑みを浮かべている。
「おやおや、穏やかじゃないな……まぁ、私にも責任の一端がある以上、仕方ないかもしれないが」
「黙れ。
「それは、
グレイの口を遮って言葉を発したネルヴァの表情は、先ほどまでとは打って変わり、冷たい目をしていた。その目に宿るのは、今までの彼からは微塵も感じられなかった憎悪、そして悔恨。ネルヴァの発する圧に、シルヴィもグレイも思わず口をつぐむ。
「あの事件から早くも3年。私達はあれを解決したものと考えていた。だが、そんなことはなかった。終わってなどいなかったのだよ」
「……ヤツだっていう確証はあるんですか」
「無論。顔に走るあれほど巨大な傷を負って生き残ったのは、
グレイもシルヴィも、その特徴だけで、情報が確かであると分かった。忘れられようもない、その姿を、ありありと思い出せた。
呆然とする2人を他所に、ネルヴァは1人飲んでいた酒代を置いて、立ち上がった。去り際にこんな言葉を残して。
「君たち2人しか、このことは伝えていない。みだりに周囲を巻き込むわけにはいかないからな。だが、今後いつ動きがあるか分からん。警戒を怠るなよ」
動きがあったらまた連絡する。そう言い残して店を出て行く。残されたシルヴィとグレイは、ネルヴァの言葉に未だ慄いていた。
「……グレイ」
「……悪い、頭がうまく働かん。あのジジイ、突然すぎんだろ」
悪態がつける程度には思考できてはいるものの、その知らせはあまりにも衝撃的すぎた。
2人の脳裏に思い起こされるのは1人の少女。彼らにとっても、フェイにとっても大切な、陽だまりのような少女。
ポツリとグレイが呟いた。
「……まだ、終わってない。そうなんだな、
というわけで、ちょこっと休憩回。文体とか色々考えながらあーでもないこーでもないって書いたのでちょっと文が変かもしれませんがご了承ください。精進します。
それでは次回もよろしくお願いします。来週も投稿できるよう頑張らねば……