「ぐっ……ニャオラァッ!」
ジンオウガに対し単身囮を演じるシルヴィは、劣勢へと追い込まれていた。
アイルーは人よりも体力に優れ、そうそうスタミナ切れは起こさない。しかし、ジンオウガの苛烈な攻撃を避け続けながら自身も攻撃を加えていくという行為はシルヴィの神経を摩耗させ、集中力をすり減らしていく。はじめは余裕をもって回避できていた攻撃に当たりかけたり、間一髪のところで攻撃を受けてしまうことも出てきた。
一方で、ジンオウガの動きはより洗練されてきている。シルヴィの動く先を見越した挙動が増えてきているのが何よりの証だ。無双の狩人という二つ名は伊達ではない。
しかし、それは裏を返せば“シルヴィ以外に対する意識がなくなってきている”ということでもある。ジンオウガの目的が「
「それじゃ、ボクも撤退……ニャッ!」
「グルルォ!?」
繰り出されたタックルをシルヴィはあえて受け、吹っ飛ばされた衝撃を受け身で分散させつつ、懐から取り出した閃光玉をジンオウガの目の前で炸裂させた。追撃を加えようとシルヴィに向かっていたジンオウガに防ぐ術はなく、強い光に目を焼かれ、一時的に視力を失う。
態勢を立て直したシルヴィは、ジンオウガがむやみに暴れているのを確認すると、そのままベースキャンプへと撤退した。
◇◇◇
「お疲れ様……大丈夫、じゃないよね、どう考えても」
「これで大丈夫に見えてたら医者に連れてくとこニャ」
ベースキャンプに帰ってきたシルヴィは満身創痍だけれど、皮肉が返ってくるくらいだし無事と見て良いだろう。
エリア2から戦いを観察していた私だけど、風に流されてきた雲によって月明かりが遮られ、シルヴィの位置の判別が不可能になったあたりでキャンプに戻った。
戻ってからは、地図とにらめっこしながら作戦を練っていたわけなのだけれど。
「その顔じゃ、良い案は見つからなかった、って感じかニャ」
「ご名答……渓流って、どこのエリアでも隠れるには不向きだったりするのよね……エリア9には休眠くらいでしか行かないし、奇襲向きのエリア5は見事なまでに開拓されてるし」
「ユクモ村には悪いけど、普通のハンターなら喜びそうな変化なんだけどニャ」
渓流は視界が開けている場所が多い。それこそ、エリア5と7くらいで、その他のエリアは傾斜もなく、障害物も少ない。そのため、基本的にモンスターの奇襲を受けることはなく、下位クラスのハンターが狩りの基本を掴むためのフィールドの1つに選ばれやすい。当然ながらいつでも危険度が低いわけではないので、あくまで選ばれやすい程度だけど。
が、私にとって、それは非常にやりにくいフィールドとなる。視界が開けているということは、モンスター同様にハンターも奇襲のしにくいフィールドと言えるからだ。
まして、今回はあのジンオウガが相手だ。下手な奇襲は返り討ちにあうのが目に見えている。
ここは、苦肉の策を取るしかないのか……。
「シルヴィ──」
「もう一度、ジンオウガと単身で対峙、応戦。フェイの気配を悟られないように動きつつ誘導。フェイがトドメ……こんなところかニャ」
「……うん、お願い」
やれやれと溜息をつくシルヴィに、私は申し訳ない思いでいっぱいになる。
シルヴィのことは変わらず信頼している。あのジンオウガを相手にしたって、シルヴィならば遅れをとることにはならないと断言できる。
けれど、それは万全の状態で挑んだ時の話だ。今のシルヴィは、ついさっきまでジンオウガとの激闘を繰り広げ、消耗している。ジンオウガが手負いとはいえ、恐ろしく強いことに変わりはない。
加えて、あのジンオウガはどこか変だ。いつ何が起こるのか分かったものではない。
シルヴィへの信頼を、得体の知れない不安が上回ってしまう。安心して
「フェイ」
「……何?」
そんな時、シルヴィが私の名前を呼んだ。さっきまでとは違う、少し冷たい声音。同時に、その中に確かに感じる呆れ。
「フェイは、ボクが負けるとか思ってるニャ?」
「……ううん」
「じゃ、何を怖がってるニャ」
これまでだって、散々危ない思いはしてきているのに。
シルヴィの言葉で少し納得できた自分がいる。
何かはわからない。分からないが、私は
「私、多分シルヴィが、なにかのせいでいなくなることが怖いのかも知れない。あのジンオウガは手強い上に何か変だし、まだ渓流の異変の原因もわかってないし……」
「なるほど……ま、気持ちは分かるけどニャ」
苦笑いを浮かべるシルヴィ。気持ちが通じたと思って安堵したのも束の間、次の一言で、私は凍りついた。
「つまり、フェイは
「……え? ち、違う、そんなこと──」
「どこが違うんだニャ。そんなよくわからない不安要素でボクが死ぬって思ってるってことは、つまりは
違う。
たったその一言が、今度は出なかった。「どんな状況に陥っても、シルヴィなら切り開いてくれる」と、今の私は断言できずにいて、それが怖いと認めてしまったのだから。
「随分とまぁ、なっさけない顔になったニャ、フェイ」
「……ゴメン。確かに私、シルヴィのこと信頼できてない。今この状況において、アナタを信じられない」
「ま、ちゃんとそれがわかっただけ良しとするかニャ……」
だけど、と言葉を続けたシルヴィを見上げる。白銀色の体毛とは対照的な漆黒の瞳には彼自身のハッキリとした感情が宿っていた。
「侮るなよご主人」
それは怒り。信頼を寄せてくれない
「これでも、基本的に役立たずなご主人を支えてきた実績があるんだニャ。この程度、いつもと何か違うかニャ?」
「うぐっ」
容赦のない一言は、けれど今度はどこか暖かくて。
「フェイはいつも通り、モンスターの首かっ捌けば良いだけの話ニャ」
その一言に、私の不安は取り除かれた。
「──決行はエリア5。私は倒木の陰にでも隠れるしかないから、私がいる方向を振り向かせないくらいにジンオウガを引きつけて」
「タイミングは?」
「私がいけるって判断したら手で合図する。そっちにも気を配って」
返される無言の首肯。私は立ち上がり、傍にあった外套を着用する。
少し取り乱したけれど、シルヴィのお陰で今は大丈夫。パチリと頬を叩いて気合いを入れ直す。
どれだけ凶暴な相手であっても、当たらなければどうということはない。被弾するより先に、いつもみたいに一太刀を狙うだけの至極
得体の知れない何かに怯えている暇なんてない。まずは“今”を切り抜けることだけを考えればいいんだ。
「一狩り、始めるよ」
◇◇◇
ジンオウガは先の戦闘からしばらく経った今もなおエリア5にいた。全身から迸る蒼光が、まだ警戒を解かずにいることを示している。
シルヴィは見つからないように身を屈めながら、反対側のエリア6からやってきたフェイからのハンドサインを確認。
『始めるタイミングは任せる』
仕掛けるタイミングはフェイ次第だが、陽動はシルヴィ任せ。その方がやりやすいのは確かなので、シルヴィは少しは気が楽になった。
『いくらか時間かけて大きい切り株のとこまで誘導して。けど、最初の3分くらいはそっちの方を向かせないように。私はその3分で配置につくようにするから』
相変わらずめんどくさい指示を出すと、先ほどの打ち合わせを思い出してため息が漏れた。
チラリと目をやれば、こっそりとフェイが移動していくのが見える。3分もかけずに到着しそうだが、本人のスタンバイ込みでの時間配分だろう。
「っとと……それッ!」
ジンオウガの足元を掠めるように手裏剣を投擲した直後、叩きつけられた殺気に思わず身が竦む。よそ見をしすぎると
叩きつけられる前足での攻撃を避けながら思い出すのは、先ほどフェイが見せた表情。自覚はないだろうが、得体の知れない恐怖に怯えた表情は、奇しくも
「ふざけるニャ……」
雷光虫による牽制を左右に飛び避けながら思い出したあの表情に、さっき抱いた感情までも再び首をもたげる。
腹が立った、程度の話ではない。血が沸き返るような思いに駆られた。
情けない顔を見せたことに呆れを感じなかったわけじゃないけれど。そんなことで自分は怒りはしない。
自分はまだまだ頼りなく見えるのだと。
情けなくてならなかった。
体を大きく使ったタックルをいなし、隙を見せたジンオウガの懐に入り込んで、ガラ空きの胴体に手裏剣の刃を突き立て、そのままえぐり引き裂く。吹き出した鮮血に体は赤く染まり、熱い血液が冷めた体を暖める。
やろうと思えばこれくらい圧倒できる。アイルーにはジンオウガを単体で仕留められるほどの力はないかも知れないが、それでもこれくらいできる。
なのに。
「グォオオオオッ!」
「うるさいッ! ……ニャッ!?」
怒りに身を任せ興奮したジンオウガ相手に、なんの躊躇もなく飛び込む。手裏剣を投げつけ、開いた傷口に、直接刃を突き立てる。組みついて間も無く、大きく暴れたジンオウガに振り落とされ、体勢を立て直すべく距離を取る。
ジンオウガを見上げてみれば、敵意と憎悪で満ち満ちた目を光らせている。
そんな顔が
大きく跳ねたジンオウガに怒りに任せてもう一度手裏剣を投げつけてやろうとしたところで、いい感じに切り株の上に誘導できていると気づいた。見れば、陰からフェイのサインも出ている。
(熱くなりすぎたニャ……)
状況を忘れるほどに熱くなっていたことに、我ながら呆れる。ついさっきフェイに向かって「役立たず」なんて言った割に、自分も大概だったとシルヴィは嘲笑を浮かべた。
フェイの目を見て頷き返し、ジンオウガを
忘れてはいけない。けれど、それにとらわれる必要も無い。
かつてそう言ってくれた男性の言葉を思い出し、雑念を振り払った。
そうだ。今は余計なことを考えている暇はない。
ただ、この危なっかしい主人を助ける、それだけを考えていればいいんだ。
持ち上げられた両足を見て、シルヴィはほくそ笑む。
「さ、あとはそっちの仕事だニャ、
◇◇◇
「よしっ、いいとこ来てる……!」
切り株の陰から、私はこっそりとシルヴィとジンオウガを見守っていた。
やっぱり調子が少しおかしいように感じさせる、シルヴィはそんな危うい動きが見られた。けれど、それも一瞬のことで、攻撃を受けてもすぐに立て直し、即座に手裏剣で切り返している。ヒラリヒラリと攻撃を躱し、いなす姿を見て、私自身も仕留める準備に入る。
と言っても、殺気を殺している以上ジンオウガに気取られる心配はない。ダークサイスを構えて、ジンオウガの喉元に一太刀加えれば良いだけの話だ。
大丈夫、
こちらを盗み見たシルヴィに合図し、私も鎌を構えた。
切り株まで残り5メートル。
呼吸を整え、腰に力を入れる。
(4……3……)
緊張で足が震える。それでも──
(2……1……)
必ず
「0ッ!」
ジンオウガが切り株の上に乗り、私の頭上に、その無防備な喉元が晒される。
私は側面に絡まる蔦を足がかりに、ジンオウガの喉元へと肉薄。突如現れた私に、ジンオウガも反応が遅れているのがわかる。
確実に獲った。
「──あっ!?」
そう思った矢先、私は思い切り蔦から足を踏み外し、バランスを崩した。
緊張が高まったからなのか。それはもう、思いっきり踏み外した。
それでも首に突き立てんと振るった鎌は、当然のごとく空を切る。
「グルルォォォオオオッ!」
これまた当然、ジンオウガは怒りの矛先を私に向けた。
「まっず……!」
「グォウッ!」
「ちょ、やばっ」
一撃で仕留める絶好の位置から一転、私は窮地に立たされた。
頭突きとともに振り下ろされたジンオウガの角を、ダークサイスの柄で受け流す。それでも流しきれなかった衝撃が、私の体を宙へと浮かす。
着地した直後、シルヴィから鋭い声が届いた。
「フェイッ! 早く飛び退くニャッ、フェイッ!」
「え?」
私が顔を上げた瞬間、目に映ったものは、青白い雷光。
避ける間も無く飛来したそれは。
バチバチと爆ぜる音ともに──
「ぅぁあああっ!!!!」
引き裂くような鋭い痛みとともに、私の身体を激しく灼いた。
◇◇◇
「フェイッ! クソッ、これじゃネコタクも呼べないじゃニャいか……!」
ジンオウガの雷光虫弾をまともに受けたフェイは、外套が燻る黒い煙とともにその場にくずおれた。ジンオウガに一人対するシルヴィは猛攻を凌ぐので手一杯で、ネコタクを呼ぶための合図も送れない。
(このままじゃ、フェイがヤバい……っ)
外套の下に着込まれたランポス革のベストによって電撃は軽減されているはずだが、それでも絶縁体ではない以上身体への影響は少なからず残っているはずである。
早くなんとかしないと。そう思った直後のことだった。
──ゾクリ。
「ッ!?」
「グルル……ッ」
(こ、れは……殺気……!?)
背後から突如走る悪寒。
冷たいなどでは緩い、凍りつくような高密度の殺気。それはまるで、
ジンオウガもそれを感じ取ったのか、動きを止めてシルヴィの背後を見やる。
そこにいたのはただ一人。
「フェイ!? そんな、立てるはずが……!」
先程倒れ伏したはずのフェイが、首を小さく回しながら立ち上がっていた。
けれど、彼女が纏う空気は、普段のそれとはかけ離れていて。
「いったいなぁ……
おぞましいくらいの冷たさを纏っていた。
「シルヴィ、そこどいてー」
まるで普段の生活の中でかけるような軽い言葉。それなのに、シルヴィの本能は強く訴えかけてくる。
逆らうな、と。
よいしょ、とダークサイスを拾い上げたフェイは、軽く膝を曲げ伸ばし、疾走の構えを取る。そこに気負いのようなものは感じられず、その余裕さにはジンオウガを軽視しているようでさえある。
「それじゃ──行くよ」
一言発したフェイは、次の瞬間、目にも留まらぬ速さでジンオウガに肉薄する。ダークサイスを力み過ぎない程度に構えて、それでいて姿勢は崩さずに。
一呼吸遅れて、ジンオウガも応戦しようと右足を振り上げるも、もはや手遅れであった。
ブツリ。
「クォァッ!?」
「遅いよ……もっと早く動いてくれなくちゃ」
前足が振り下ろされるよりも速く、フェイが鎌を振り抜き、ジンオウガの股関節が切り裂かれる音が鈍く響く。
それは硬い甲殻のわずかな隙間を1ミリ違わず振り抜くということであり、なおかつジンオウガの動きを完全に見切っていたことを示す。
「グァウ……グルル……」
ジンオウガは、右前脚の股関節を引き裂かれた瞬間から戦意を失ったらしかった。足を引きずりながらも、必死に寝床へと戻ろうとする。
だが。
「ほらほら、動けなくなっちゃうよ〜?」
「ガァッ!?」
凄惨な、いたぶるのを楽しむような笑みを浮かべて。
「どうしてダークサイスが……まさか」
ダークサイスSは、一撃の攻撃力に特化させられた武器。よほどの技を持ってしても、繊細な切れ味を損なわずに使うことはできない。
そして、フェイがそんな芸当ができる理由は──
「あーあ……心折れちゃってるかなコイツ。動こうともしないじゃん」
3本の足を動かすことを封じられ、ジンオウガはもはや這いずることすらやめて、小さく鳴きながら体を縮こめていた。
つまんないの。
そう言って鎌を持ち上げたフェイは。
「じゃ、おやすみ」
躊躇なく、眉間から一直線に、ジンオウガの頭を引き裂いた。
傷口からは血が吹き出し、脳漿が溢れる。無双の狩人は声を上げることすらなく血に伏せ、フェイはそんなジンオウガの頭を踏み抜き、そのまま地面へと着地した。
その顔に浮かぶのは笑顔。生命を刈り取った死神の如き微笑み。
シルヴィはそれを見て確信する。
最強と謳われた狩人の1人、“死神”フェイ=ソルシアが目覚めたのだと。
バンドリ書いてたらモンハンが書けなくなりました()
お久しぶりの方はお久しぶりです。少々間が空きましたが、エタってませんよ!
なんかスッキリしないかもしれませんが、今回で無双の狩人篇は終了です。書いてる当人が一番スッキリしてません、こういう終わりにするって決めてたのに←
詰め込み過ぎたとは思います反省してますごめんなさい()
物語も佳境に入ってまいりました。今後ともお付き合いいただければ嬉しいです。
話は変わりまして、この度、主人公フェイのイラストを描いていただきました!
【挿絵表示】
もうね「こんなカッコよくて可愛い子がうちのポンコツ娘な訳がない!」って思いましたね。
描いてくださった皇我リキ様には、この場を借りて改めてお礼を。本当にありがとうございました!
では、次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。それでは。