絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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Prologue【黄昏を呼ぶ戦笛】

 ──それは、とある春の日だった。

 歌姫と巨人が心を通わせ、果て無き闇黒との戦いに勝利した後の事。光はこの地を去り、平和の戻った世界は着々と復興を進めていた。

 あの戦いを駆け抜けた奇跡を身に纏う歌姫……シンフォギア装者の少女たちは、各々がそれぞれの路を進むべく、手探りながらも歩みを続けていた。

『人はいつか繋がれる。』 その言葉を、泡沫の絵空事で終わらせない為に……。

 

 

 

 

 そんな変わりつつある世界の片隅である一つの物体が──だがそれは、ある種”世界”の中央点として──強い拍動を初めていた。

 

 

 

 

 その拍動は宇宙を越え、世界を跨ぎ、遥か彼方の星にも届いていた。

 高貴なる真紅の外套にその身を包み、雄々しき二本の角が印象的で厳粛な空気を漂わせる光人。彼だけがこの場で唯一、彼方より聞こえるその拍動に気付いていた。

 

(……目覚めたのか。理の壁を破る、善悪を越えた奇跡が)

 

 光人は想う。彼が感じた、”奇跡”が指し示す先を。

 如何に無限の千里眼に近い力を持とうとも、未来の全てを見通せることは無い。ただこれだけは理解る。あの胎動から齎されるモノは、彼の地にて大きな変動を見せるものであると。

 そして、胎動の先に在る真の覚醒が為された時……また大いなる事変が彼の地を襲うだろう。その未曽有の危機に、世界はどう変わり往くのか……。

 

 

 

 

 

 動き出した運命は誰にも止めることは出来ない。たとえそれが星の奏でる歌を束ねたとしても、ヒトを越えし光人だとしても。

 それ以上の超存在や奇跡を得る為に生み出されたモノであっても、其処へ何処まで介入が出来るものか……理解るモノは、居ない。

 世界が変わるという確定した未来を前に、彼の世界の人々は……そして光人たちは、何を想い起ち上がるのか。

 未だ見えぬ輝きの先を憂い、彼──ウルトラの父は行動を開始した。

 

「メビウスを呼んでくれ」

 

 迷いのない言葉だった。あの時既に決めていたのだ。起きるであろうこの異変に対し、誰を派遣するのかを。

 言葉を発した僅かな間を置き、別の光人……ウルトラマンメビウスがウルトラの父の前に碧空から降りてきた。

 

「大隊長ッ!」

「よく来てくれた、メビウス。先の異世界調査での傷は、もう癒えたか?」

「はい、ありがとうございます。もういつでも次の任務へ赴けます」

 

 優しく頷くウルトラの父。そしてメビウスの隣に立ち、彼の肩を触れながら碧空の遥か遠くを見定めていた。その視線の先にあったのは、世界の枠外にある別の世界。欠けた月から覗く内部が淡く発光しているのが特徴的で、先に在る地球は彼らが見知った惑星(ほし)と変わらずに青く輝いている。

 メビウスが一度監察に訪れ、後にゼロとエースと80が向かい邪悪と戦った世界。正義感と責任感の強いメビウスにとっては、迫る邪悪に対して監察に行っていた自分にも行かせてほしいと頼んだ世界でもある。ウルトラの父の力で同じものを視れているメビウス。無機質な顔も、何処かその世界への未練を覗かせるような表情であるようにも見える。

 

「大隊長……あの世界で、一体何が──」

「とある奇跡が覚醒した。彼の地における理の壁を穿つ音色……数多の想念と無限の可能性を内包した埒外の奇跡が」

「埒外の、奇跡……」

「以前話はしたな、メビウス。あの宇宙から感じる時空の揺らぎ……それがいま、確固たるものとなって蠢き始めている。そこでもう一度きみをあの世界へ派遣し、その状況と異変の確認、場合によってはあの世界の人間たちと協力し解決に当たってもらう」

 

 息を呑むメビウス。かつてウルトラの父が言っていた言葉……新たな異変が今、起きようとしている。かつて自分がこの目で見て、五感で感じてきた世界。先のヤプールとエタルガー、黒い影法師が関与した事変に対し、戦場に立つ事すら出来なかった彼にとって、それは小さなしこり(・・・)として心に残っていた。

 その世界にもう一度訪れ、そこに生きる命の為に自らの力を使うことが出来る。それを想うと、自然に彼の手は固く握られ、顔を上げて父と向き合ったその表情は決意で輝いていた。

 

「ありがとうございます、大隊長ッ! 早速、あの世界へ出発しますッ!」

「うむ。頼んだぞ、メビウスッ!」

 

 敬礼の後に碧空へと飛んでいくメビウス。その姿を見送りながら、ウルトラの父は思案を巡らせていた。

 予測のつかぬ災禍を前に、思い当たる事を検討していたと言っても良い。この宇宙には、未だ多くの悪がその身を潜め己が牙を研いでいる。全ての並行宇宙を監視するなど我々でも不可能だと、かつて自らの部下であり信を置くウルトラ兄弟の一人から聞いていた。

 だがそれでも──無限に広大なる宇宙の中では彼ら光人ですらちっぽけな存在だとしても、邪悪の牙が狙う無辜の生命を見捨てて良い理由にはならない。彼らはそれこそが、この身に与えられた力による使命……運命なのだと、考えていたからだ。

 変わらぬ運命に従い、何処までも他者の為に──

 

 

 

 

(変えてやる、こんな運命をッ!! 越えてやる、俺を見下したヤツ全てをッ!!

 力を──力をォォォッ!!!)

 

 

 

 

 突如脳裏によぎるモノ。それは遥か……数えるにはあまりにも遠すぎる過去。この雄々しき両角と髭状の装飾と共に受け止めてきた、取り戻せない過ち。

 なぜ今それがよぎったのかは理解らない。だが──

 

「……我々は未来永劫、この運命と共に生き続ける」

 

 遥かなる宇宙を見つめながら、ウルトラの父……”ウルトラマンケン”は独り呟いた。その言葉を誰に向けるわけでもなく──。

 

 

 

 

 

 

 

 件の地球はその頃、変わらぬ世界……されど、次元を超えて現れた邪悪なる巨凶を光の巨人らと共に打ち倒し、掴み取った未来で新たな日常を謳歌していた。

 平和を愛し、それを喜び、少女たちは一歩ずつ己が進む路を歩んでいく。取り戻した平穏は、永遠を約束されたものだと思っていた。それを信じて、日々を過ごしていた。

 

 だがそれは一瞬で……たった一度の緊急非常警報(レッドアラート)で壊れてしまうほどに脆く危ういモノ。

 そう、今この時のように──

 

 

 超常災害対策機動部タスクフォース……通称S.O.N.G.の移動本部、その中央司令室に鳴り渡る緊急警報。朝の目覚ましには強すぎるこの音を受け、司令の風鳴弦十郎が率いるオペレーターチームがコンソールの前に座り、すぐに操作を開始する。

 アラートの内容、発生場所の感知位置。即座に発覚した其れは、彼らを驚かせるのに十分なモノだった。

 

「艦内聖遺物保管庫より、高質量のエネルギー反応ッ!」

「──なんだとッ!? すぐに波形を照合しろッ!!」

 

 弦十郎の指示に従いすぐにデータベースを検索する。起動した聖遺物にはそれぞれ固有の波形が存在し、潜水艦の側面を持つこの移動本部には、特殊災害対策機動部二課の頃から彼らが所有していた幾つかの聖遺物が保管されている。

 その中で起動状態にあるもの、強いエネルギーを放っているものを限定すれば自ずと答えは導き出される。僅か数分もかからずに、その結果はメインモニターへと表示された。

 

「この反応は……まさかッ!」

「ギャラルホルン……だとッ! 何故、このタイミングで──」

 

 ギャラルホルン。

 それがなんであるかを知る者はこの場には少ない。だがその存在と起動がどれほど重大な意味を持つのかを、それを知る者たちはよく理解していた。故に、彼らが今とる動きは何よりも速やかだった。

 

 

 

 司令である風鳴弦十郎の呼びかけにより、僅か小一時間程で移動本部のブリッジには6人の少女たちが集まっていた。

 立花響、風鳴翼、雪音クリス、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌。彼女らは皆、先の怪獣侵略事変を含む幾つもの地球の危機を救ってきた者たち。S.O.N.G.にとって重要な存在にして、世を乱す災害や悪逆に抗する力をその胸の内に持つ者たちである。

 ”歌”で先史文明の遺産である聖遺物を励起、その絶対たる力を利用して生み出された、人類の天敵である”ノイズ”を駆逐することが出来る唯一無二の特殊システム。FG式回天特機装束──通称シンフォギアを纏い戦う装者たちである。

 居並ぶ彼女らの顔を眺め見て、弦十郎は笑顔で労いを放つ。だが、本題はここから始まるのだ。

 

「みんな、よく集まってくれた」

「師匠、今日は一体どうしたんですか?」

「朝っぱらから緊急招集って、どっかで事故が起きたか……よもやまた怪獣でも出やがったとかか?」

 

 挨拶を済ませた後、響とクリスが弦十郎に尋ねていく。そんな二人の問いに答えたのは、少し大きめの白衣を着た金髪の少女、エルフナインだった。

 

「……事故は、これから起こるのかもしれません」

「これから? それはどういう──」

 

 エルフナインの言葉にマリアが返そうとした次の瞬間、司令室に警戒警報が鳴り渡った。直後大型モニターに簡略化された市街地図が映し出され、其処に赤色の点が連続で出現する。

 即座にそれがなにかを照会する藤尭朔也と友里あおいのオペレーターチーム。導き出された結果はすぐにモニターへと表示された。その文字を見て、装者たちはみな驚きに満ちていた。

 

「そんな……ッ! どうしてアルカ・ノイズじゃなくて、ノイズが……」

「ば、バビロニアの宝物庫が開いたってことデスかッ!?」

「それとも、ヤプールやエタルガー、邪心王に次ぐ新たな敵……?」

「説明は後だッ! とにかく、ノイズの迎撃を頼むぞッ!」

 

 すぐに思考を巡らせる装者たちに、弦十郎の一喝が放たれる。彼の言葉に狼狽を振り払った少女らは、すぐさま力強い返事と共に戦場へ向かう戦士の……人類守護の要である防人の顔となり、勢いよく駆け出していった。

 

 

 

 その道すがら、響の携帯電話に着信が来た。相手は彼女にとって何よりも大切な親友、小日向未来。すぐさま彼女からの着信を取り、応対していった。

 

『もしもし、響?』

「未来、どうしたの?」

『うん、街に出たら急にノイズの非常警戒警報が鳴ったから──』

「な、なんでそんなところに居るのッ!?」

 

 未来から放たれたその言葉に、思わず驚愕で目を剥きながら声を大にしてしまう響。此度の緊急招集で寮を出る時に、彼女に見送られたのは記憶に新しい。だが、そこで何故いま彼女がノイズの出現場所付近に居るのか、それが分からなかった。

 一方で未来の方は、流れる人並みの邪魔にならぬよう外へと出て、足を止めて周囲を見回しながら響と連絡を取っていた。

 

「えっと、ご飯の買い出しにちょっと……。きっと響が、お腹空かせて帰ってくるんじゃないかなと思って」

『あぅ……それなら仕方ない、かな……。それで、未来は大丈夫なのッ!?』

「うん、他の人たちと一緒にシェルターへ避難するところ。周囲にノイズの姿は見えないし、今は大丈夫だよ」

『分かった。すぐにそっちへ行って、未来もみんなも助けるから』

「うん、安全なところで待ってる。気を付けてね?」

『それ、今の未来には言われたくないなぁ』

「ふふ、確かにそうかも。……でも、信じてるからね」

 

 それだけ伝えて電話を切る。彼女の声を聴いただけで未来の胸中に在った不安の影は姿を消し、恐れる想いは希望へと転化されていた。

 そして彼女は走り出す。人の流れから逆行して。理由は一つ、自分にも何か出来る事があるはずだと思ったから。逃げ遅れた人の誘導でもなんでもいい、少しでも装者の皆が、響が気兼ねなく戦うために。

 

 またそれは響たちの方でも……

 

「マリアさんッ!」

「聞こえてたわ。みんな、飛ばすからしっかり捕まってなさいッ! 結構揺れるわよッ!」

「お願いしますッ!」

 

 アクセルを強く踏み込むマリア。黒塗りの乗用車にしか見えぬ特殊車両が一気に法外の速度へと加速する。並走するバイクからそれを見た翼も、車の運転手であるマリアの動きを察し、手に添えられたアクセルを大きく回すことで加速。再度並走状態で走っていった。

 数分後、大きなカーブをドリフトした先で、運転するマリアが異形を目視すると共に急停車した。

 

「──ッぶねぇなッ! どうしたんだよッ!」

「揺れるって忠告はしてたでしょう? それに、出待ちの観客が大勢で押し掛けてくるわよ」

 

 マリアの凛とした声に全員が窓の外を見る。そこには極彩色をした、人どころか生命非ざる異形が数多く居並んでいた。

 

「ノイズの群れを目視で確認。全体の規模は?」

『その先の市街地付近に更に多数確認ッ! そこを10とすると、北東部に6、南東部に17ッ! 市街地を囲むように出現していますッ!』

『市民の避難はほぼ完了ッ! でもまだ逃げ遅れてる人がいるかもしれないから注意してッ!』

『未来くんの通信電波もその市街地から発せられたものだ。彼女の言う通りまだそこにノイズの手は及んでいないが、いつ及ぶとも限らん。可及的速やかに、ノイズを掃討するんだッ!』

「了解です、師匠ッ!!」

 

 司令室との通信を終えたのち、すぐにマリアが仲間たちに指示を出していった。

 

「私と調、切歌で南の16を掃討する。翼は北の6をお願い。中央突破は響とクリス、二人に任せるわ」

「ああ、了承した」

「えぇッ!? いくら翼さんでも、一人でなんて……」

「おいおい見くびってんじゃねーよ。アタシらの先輩だぜ?」

「雪音の言う通りだ立花。それに、立花も小日向の下へ真っ先に向かいたいのだろう?」

「それは……」

 

 思わず口ごもってしまう響。翼の言う通り、響の胸中は一刻も早く未来や人々の安全を守護り抜くことが占めている。無自覚に滲み出ていた焦りを、偉大な先達はハッキリと見破っていたのだ。

 

「露払いは任せろ。皆が居れば心強いのは確かだが、独りで歌えぬほど(なまく)らに堕ちたつもりはない」

「だとさ。なら、アタシたちもどうするかぐらい分かんだろ」

「行ってください、響さん」

「数の多い方はアタシたち三人で十分デスッ!」

「油断しないの。まぁでも、何時飛び出していくか分からないような子は、手元に置いておくより行きたい所へ飛ばした方がいいでしょうしね」

 

 少し思考を巡らせた後、決意に固めた顔で車から出る響とそれを追うクリス。響の顔はバイクに跨ったままの翼と自分が先程までいた車内に残るマリア、調、切歌に向けていた。

 

「……みんな、ありがとう。そっちも気を付けてッ!」

 

 走り出す響とクリス。その背を見送りながら翼は北へ、マリアたちは南へと移動していった。

 すぐさま二人の前に相対するノイズの群れ。それに対し何ら怯むこともなく、二人は首から胸元に下げた赤いペンダントを握り締め、心を高めていった。

 

「ハッ、たかがノイズだ。今のアタシたちの敵じゃあねぇッ!」

「一気に行こう、クリスちゃんッ!」

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

「Killter Ichaival tron……」

 

 少女らの歌により励起する聖遺物。その力を引き出し、また歌が齎す力を応用して生み出されるアンチノイズプロテクターが彼女たちに纏わることで、人類の天敵を駆逐する絶対たる力として機能する。

 事実、その腕を無骨な機械に纏わせた響の徒手から放たれる正拳は、本来ならば触れるだけでその身諸共に相手を炭素崩壊させるノイズの肉体を貫き粉々に破壊せしめた。

 これこそが彼女たちの力。これこそが、シンフォギアなのである。

 同じように北方では翼が、南方ではマリア、調、切歌が響とクリス同様に己がシンフォギアを纏い、ノイズとの交戦を開始した。

 

「装者6名、ノイズとの交戦を開始しましたッ!」

「他の反応はないかッ!?」

「アルカ・ノイズや時空振動の各反応も並行検知をかけていますが、いずれも感無しッ!」

「ふむ……反応がギャラルホルンからのものである以上、何が起きるかは一切予測不明だ。警戒は怠るなッ!」

 

 弦十郎の指示に意気高く応える藤尭とあおい。その中でエルフナインは、弦十郎から渡されていたレポートファイルに眼を通していた。先程から彼が口に出している、【ギャラルホルン】という存在についてまとめられたレポートだ。

 読んで行くうちに、知らずその内容に心が吸い込まれていた。それは正しく、未知なるものを発見、没頭する研究者のそれであった。

 

 

 

 戦場に目を向けてみると、装者を相手にしたノイズは瞬く間にその数を減らし、だが炭化崩壊する同胞を見ても何を思うこともなくただ単調に……しかし普通の人間にならば瞬刹確殺を齎す毒牙で絶え間なく襲い掛かってくる。それこそが、人が人を殺す為に生み出した超古代の負の遺産であるノイズの力。

 しかしそんなノイズの群れも、金色に輝く響の拳が、蒼く煌めく翼の刃が、紅の弾道を標すクリスの嚆矢が、白銀の閃光を放つマリアの左腕が、緋色の軌道を描く調の鋸が、翠色に彩られた切歌の鎌が、目に付くすべての敵をことごとく粉砕していった。

 

 やがて彼女らの前に居たノイズは全て黒塵となって消え去り、司令室からも殲滅完了の報せが届く。成長を重ねた彼女らの前に最早ノイズは敵ではなく、戦闘任務は僅かな時を以て終わりを告げた。

 

「……これで片付いたか」

「みたいだね。でも、なんでノイズが……」

「さぁな。帰ったらオッサン問い詰めねぇと──」

「響ッ! クリスッ!」

「あ、未来ッ!」

 

 戦いも終わり僅かに一息吐いたところで、二人を見つけた未来が駆け寄って来た。それに合わせるように響もシンフォギアを解いて未来の元に駆け出していく。

 顔を合わせた時に零れ落ちたのは、二人のいつもの笑顔だった。

 

「お疲れ様、響。大丈夫だった?」

「なぁーんてことないよッ! 相手はただのノイズだったし、クリスちゃんも援護してくれたしね」

「そうなんだ。ありがとうクリス。響を守護ってくれて」

「あっ、アタシはそんな大したことしてねーよ。それより、そっちは大丈夫だったのか?」

 

 クリスの言葉に響もハッとなる。シェルターに居ると思っていた未来が何故この場に居たのか、まるで考えていなかったからだ。

 

「そうだ未来ッ! なんでこっちにまで……」

「もしか逃げ遅れてる人が居たら、って思うと足が勝手に動いちゃって……。でもそういう人が誰も居なくて良かった」

「いやそういう事じゃねーだろ……。ノイズが蔓延る鉄火場に生身の丸腰で寄って来るなんざどうかしてるって言ってんだよ。骨折り損じゃすまねぇんだぞ?」

 

 安堵した笑みで返す未来に、クリスは少し厳しく突っ込んでいく。彼女ら装者としては最早手慣れた戦場だが、シンフォギアの力を持たない未来にとっては常に死が隣り合っている場所なのだ。互いによく知る者であろうとも、そんな危険な場所に寄らせていいはずがない。だからこそクリスは、ぶっきらぼうでも彼女なりに厳しく伝えた。

 のだが……

 

「そうだよね……。ゴメンねクリス、心配かけさせちゃって。でも私、信じてたから。響の事も、クリスの事も。翼さんやマリアさん、調ちゃんに切歌ちゃん。戦ってくれてるみんなの事ぜんぶ。

 だから私も、私に出来る精一杯をやりたかったんだ」

 

 申し訳なさそうにしながらも自分の想いを正直に投げかけていく未来。何処か隣のバカ(立花 響)を思わせるその真っ直ぐさに、クリスはただ頭を掻きむしりながら複雑な思いで唸ってしまった。それは自分の事も信じてくれている嬉しさか、そんな彼女を危険な目に遭わせたくないと思う心なのか。

 そんな心の精査が済む前に、懐の通信機が突如警報音をがなり立てる。この音は──

 

「ノイズがまだッ!?」

「チィッ、撃ち漏らしたぁよッ!!」

 

 即座にギアペンダントを握り締め再度聖詠を歌おうとする。だが天空に突如出現した飛行型ノイズ数匹は、小柄なその身をよじらせて鋭利な弾丸と化し響たちを猛襲した。

 ギアを纏っていない今の彼女らは何処にでもいる普通の人間とそう大差ない。ギアの力で身を守護ることが出来ない。つまり、当たれば”死ぬ”。

 ノイズの無慈悲な一撃を前に、中央に居た響は思わず振り向いて未来とクリスを抱いて跳躍した。瞬間的な判断として、ギアを纏うより回避した方が早いとなったのだ。だがそれは自らの身を捨てて行う、何処までも他者を慮る思考と行動。たとえこの身がどうなろうとも、大切な人たちを守護る為に行なわれた無自覚で前向きな自殺行為と言ってもおかしくは無い。

 この場の三人、誰もが響の咄嗟の行動に反応できなかった。抵抗はおろか、なんの声をかけることも出来なかった。

 

 

 だからこそなのか、其処へ割り込むもう一つの影……否、光に気付くことも出来なかったと言えよう。

 

 

 強く眼を閉じる三人。聴覚は小さな爆音を感じ取り、それが襲い掛かってきたノイズが爆ぜ散った音だと認識した。次に聞こえてきたのはヒトの言葉。ごく当たり前の日本語。そう特徴のある訳でもない男性のモノだ。

 

「大丈夫ですかッ!? しっかりッ!」

 

 焦りに満ちた声を聴いて、初めて三人が目を開ける。彼女らの前に立っていたのは一人の青年だった。屈託なく、感情を隠すことなどしないと言い切れる何処までもお人好しの顔。焦りに包まれていながらも、無事を確認できたことでいとも容易く綻んでしまう表情。最初にそれを認識したのは、奇しくも仰向けで倒れていた未来だった。

 そしてもう一つ奇しきことは、彼にとっても予想外の事。目が合った彼女……小日向未来が、”彼”の名前を知っていたことだった。

 

「──伴、さん……?」

 

 

 

 ==

 

 

 S.O.N.G.移動本部指令室。

 ノイズ迎撃の任を終えた装者たちが皆一斉に戻って来た。其処に二人、装者以外の人間も立ち入ってくる。一緒に連れられた小日向未来と、彼女らが先程であった青年だ。

 

「司令、戻りました」

「うむ、よくやってくれた。……それで、彼がそうか」

 

 弦十郎の言葉に首肯する翼。彼女らはそのまま道を開け、弦十郎と青年を引き合わせた。

 

「はじめまして。ヒビノ・ミライと言います」

「国連所属特殊災害対策組織S.O.N.G.機動部隊タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。この度は俺の部下とその大事な人間の危機を救ってくれて、感謝している」

 

 深々と頭を下げる弦十郎。だが青年……ミライは、すぐにそれを止めるよう頼んでいった。

 

「顔を上げて下さい。貴方が義に厚い方だと言うことは兄さんたちから聞いていますが、僕もまた当然のことをしたまでです」

 

 ミライに促されて下げた頭を上げる弦十郎。改めて相対し、彼の無垢な笑顔……その瞳の奥には、以前共に戦った仲間たちと同じ光がある事を彼は察していた。

 

「……翼の報告にあった通り、やはり君は──」

「ハイ。僕もまたエース兄さんや80兄さん、ゼロと同じく光の国を出身とする者……”ウルトラマン”の一人です」

 

 ウルトラマン。その言葉を聞いた全員が小さな驚きを露わにする。

 先の怪獣侵略事変に置いて、異世界よりの侵略者に対しそれと同様に此方の世界へ出現。介入する形で装者の少女らと繋がり、共に戦い抜いた光の巨人たちの総称だ。

 それを自ら名乗る者に対し本来は警戒すべきなのだろうが、そう出来ぬ理由もあった。先程の戦闘修了後に響たちと合流すべく愛車を走らせていた翼は目撃していたのだ。空中より襲い来るノイズの群れと、未来とクリスを助けるべく我が身を顧みずに跳ぶ響。そしてその間に割り込み、光の壁を生み出しノイズの動きを止めた直後、左腕の装具に手を当てて滑らせるように前へ突き出す事で光弾を発射。ノイズを爆散させた彼の姿を。

 響たちを助けたあとにマリアたちとも合流し、先んじてミライと言葉を交わすことが出来ていたから出来たことだったと言える。そしてミライと直接話をし、彼──”ウルトラマン”が再度この世界に介入してきた事実を受けて、弦十郎は更に険しい顔で唸る事となった。

 

「今回の事は、君たちウルトラマンも関わるような大事だというのか……」

「そろそろいいかオッサン、いい加減こっちの疑問にも答えてもらいたいんだがなッ! なんでノイズがまた出て来るんだよッ!?」

「あぁ、いいだろう。エルフナインくん」

「はい」

 

 白衣を着た小さなブロンドヘアーの少女が前に出る。現在のタスクフォースにおける叡智の大黒柱、錬金術師のエルフナインだ。可愛らしい顔付きだがその表情をあまり変えず、少しばかり淡々と、今回起きている事実について語り始めた。

 

「まず、あのノイズはこの世界のモノではありません」

「この世界のモノじゃない……?」

「……この世界のバビロニアの宝物庫は閉じています。時空振動が発生しなかったことにより、出撃前に翼さんが危惧した、ヤプールや邪心王が生み出したものでもない事は確かです。

 しかし、それでもノイズが現れたのは、あのノイズがこの世界のモノではなく、並行世界のモノだからです」

 

 エルフナインの口から飛び出した言葉に、またも装者たちが驚きの声を上げる。あまり耳にしないその言葉がノイズの出現とどう関与しているのか、彼女らの中で想像できるモノは居なかったからだ。

 

「一体、どういうこと……?」

「へ、へいこう……せかい……?」

「パラレルワールドって聞いたことが無い? この世界と凄く似てる別の世界の事だよ。ほら、城南大学の高山さんが研究してた」

「うぅぅ……そういえばそんな事も言ってたような……」

「でも、そんな世界が本当に……」

「不思議なことじゃありませんよ。世界は余りにも広大で、無限の可能性に溢れている。こうして僕が皆さんと出会えたことも、無限の可能性から選ばれた奇跡のようなものなんですから」

 

 朗らかな笑顔で答えるミライに、どうしても未来は違和感を拭えずにいた。最初に──先程助けられた時に見た瞬間からそうだ。ヒビノ・ミライ……彼は似過ぎている。彼女の知る人物に。

 あの瞬間、おぼろげな意識の中で思わず未来が呟いた名を持つ者、伴浩人。城南大学の生徒であり、以前響と共に赴いたオープンキャンパスで出会った人物。忘れ難い思い出として刻まれたその姿や声は、隣に立っているウルトラマンを自称する青年と余りにも似過ぎていたのだ。

 

「…………」

「どうか、しましたか?」

「い、いえ! なんでもありません……」

 

 此方を見つめていた未来に対し不思議そうに尋ねるミライ。しかし未来は彼の問いかけに、思わず不問を返していた。

 眼前に居る”ヒビノ・ミライ”と言う人物。記憶に新しく存在する”伴浩人”と言う人物。何故これほどまでに似ているのか……その理由を問える時間があるわけでもなく、未来はただ疑問を胸にしまい込みながらこの場に立っていた。

 

「てぇッ! へーこー世界だか可能性の奇跡だかなんだか知らねーが、結局なんでノイズが出て来たんだよッ! 簡潔に言えッ!」

 

 沈黙を破るように放たれるクリスの怒号。そんな彼女の声に従うかのように、神妙な顔のまま弦十郎が答えだした。

 

「……この事態を引き起こしているのは、聖遺物”ギャラルホルン”。異なる世界同士を繋ぐ、完全聖遺物だ」

「異なる世界同士を……」

「繋ぐ……デスかッ!?」

(……ギャラルホルン。それが、大隊長の言っていた、”数多の想念と無限の可能性を内包した埒外の奇跡”……)

 

 弦十郎の口から発せられた言葉と共にその存在に驚愕する者、難解な答えに困惑する者、思案を巡らせる者と、その反応は様々だ。だがその中で一際強く、何処か噴気を以て言葉を返す者が居た。翼だ。

 

「待ってください。そんなもの……一体いつ発見されたんですか?」

「ギャラルホルンを発見したのは、当時発掘チームを率いていた了子くんだ。この聖遺物は、発見当初から既に起動状態だった」

「了子さんがッ!?」

 

 驚きの声を上げる響だったが、考えてみれば不思議な事ではない。櫻井了子は聖遺物研究の最先端を独り走り抜け、今なお其処に至る者も現れぬ境地に達した第一人者。シンフォギアシステムを始めとする数多の聖遺物研究とその成果を示した【櫻井理論】を遺した、歴史に残るべき大天才の一人である。

 そして何よりも、櫻井了子の中には先史文明期に存在し永遠の刹那を生き続けてきた巫女”フィーネ”が覚醒していた。彼女ならばこんな常軌を逸した聖遺物を見つけていても不思議ではない。弦十郎をはじめ彼女の二つの顔を知る者は、それについて疑問を抱くことは無かった。

 そこへ付け加えていくように、エルフナインが話をしていく。

 

「ギャラルホルンについてはずっと最重要機密扱いで、一部の人間にしか知らされていなかったようです。ボクも今朝、レポートを見させてもらって初めて知りました。

 ただ、ボクが入らせてもらっているアルケミースターズの中では、噂話程度ですがその存在を示唆するものがあったそうです。

 曰く、多元宇宙理論の創造と破壊を司る存在。量子物理学における真理の根源。世界を生み出した原初の種とまで……」

「ギャラルホルンはあまりにも特殊で、未知なる危険を孕む聖遺物だ。その為、一部の者のみで極秘に実験と解析を進めていた。その結果理解ったのが、並行世界に異変が起こった際に、此方の世界と並行世界を繋げる特性が有るという事だ」

 

 ここで話はノイズ発生の原因と繋がり、エルフナインが並行世界についての解説を続けていく。

 

「並行世界……それはこの世界と同じような世界が広がり、同じような歴史を辿っているとされます。しかしそれでありながら、必ずこちらの世界とは違うところも同時に発生します。

 まずこの”世界の歴史”とは、川の流れのように”遥か昔”の上流から”現代”と言う下流にまで流れ続けています。しかし、歴史とは大きな転換点において、必ず支流が発生するものなのです。

 ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、怪獣侵略事変……それ以外にも、過去を遡れば数多の転換点が存在し、そこから派生した支流は無限とも言える数になっているでしょう」

「その支流が、並行世界ということね」

「はい。こちらの世界から零れた可能性が生んだ、極めて近く限りなく遠い世界……それが並行世界となります」

「此方で零れた可能性を内包する、極めて近く限りなく遠い世界……」

 

 翼の呟きと共に、装者全員が困惑で満ちる。先の怪獣侵略事変とは違い、エルフナインの語る難解な話がどうにも上手く噛み砕けない……そういった顔だった。そこに助け舟を出すかのように、弦十郎がまた話を続けていく。

 

「……とにかく、今回の件はギャラルホルンがまた何処かの並行世界と此方の世界を繋いだ為に起きた異変で間違いない」

「『また』、と言いましたね。では以前にも同じような事が?」

「……ああ。ギャラルホルンが並行世界を繋げると、異なる世界同士が混じり合う影響か大量のノイズの出現が観測される。前回はバビロニアの宝物庫が閉じられていなかったため推測の域だったが、今回でそれはハッキリした。

 そして、この発生した異変は並行世界側の異常を解決することで解消される」

「記録には2度、並行世界と繋がったことがあると記されています。その最初の発生では、当時の特異災害対策機動部二課に所属していたシンフォギア装者……天羽奏さんが、解決してくれたとあります」

「あもう……かな、で……──ッ!?」

 

 記録を読み上げるように淡々と話すエルフナイン。その中から発せられたもの──”天羽奏”の名に、強く食い入る者が居た。それは誰でもない、かつて彼女と共に歌い、戦い、そしてその最期を見届けた者……風鳴翼以外に在り得なかった。

 昂る想いと共に思わずエルフナインの肩を掴み、強く詰め寄っていく。

 

「奏がッ!? 一体いつだッ! そんなこと、私は知らない──ッ!!」

「ぁぅッ! つ、翼さん……ッ!?」

「止めなさい翼ッ! エルフナインに当たるだなんて、らしくもないッ!」

 

 翼の指がエルフナインの華奢な肩に強く食い込み、痛苦に顔を歪める。それを見たマリアがすぐにエルフナインを引きはがすように抱き寄せ、翼を叱責した。本意ではないにしろ、己が愚行を悔やむかのように歯を食いしばる翼。即座に謝罪の言葉を放つものの、その表情はどうしても曇ったままだ。

 そんな彼女の姿を見て、ミライが隣に居た未来に小声で話しかける。

 

「あの、天羽奏さんとは……」

「……翼さんの、大切な人です。数年前に喪い、もう二度と会う事の出来ない……」

「私にとっても掛け替えのない恩人なんです。私の命を繋ぎ留めてくれた……生きることを諦めないってことを教えてくれた奏さん。それが、まさかこんな形で……」

 

 未来に次いで語った響もまた浮かない顔だった。そしてその場に漂う剣呑さを含む空気に、何も知らないミライも”天羽奏”という者の存在の大きさを幾分か理解していった。彼もまた、長い年月を遡った先に、掛け替えのない……もう会う事もないであろう人たちとの出会いと別れを経験していたのだから。それを思い出したのか、ミライもそれ以上何も言う事は無かった。

 そんな空気を破るかのように、弦十郎が翼の前に立ち、優しく数回肩を叩く。それはさながら、癇癪を起した子をなだめるかのように。

 

「……落ち着け、翼。ギャラルホルンは完全聖遺物でありながら、一切の制御も干渉も受け付けない、まさにパンドラの箱だ。そんなモノに対して、当時の二課で唯一の正規適合者であったお前を使う事は上が許さなかった」

「だから……奏を人柱にしたという事ですかッ!!」

「……そういう事になってしまうな。だが過去の事件では、奏は無事に並行世界へと渡り、異変の元凶を解決している。結果論で済まないが、彼女に事故や怪我も無かった。そして、彼女のおかげで俺たちはギャラルホルンについてより多くを知ることが出来た。

 それが今、こうして繋がっている。奏が拓いてくれた道が、俺たちを歩ませてくれているんだ」

 

 弦十郎の言葉に未だしかめっ面が収まらない翼。言葉ではちゃんと理解している。すべて彼女のおかげで、ギャラルホルンと相対出来ているのだと。だがそれでも、翼は全てを納得させられなかった。自分にも知らされず奏がそんな危険な任務に就いていたことが、奏自身もそれを自分に対して何も言ってくれなかったことが。今はもう取り返しのつけようもない悔しさと歯痒さに、翼は苛まれてしまっていたのだ。

 そんな空気を破るかのように、思考を巡らせていたマリアが声を出した。

 

「繋がったのは、2度と言ったわね」

「はい。2度目は4年前のツヴァイウィングライブ……ネフシュタンの起動実験の時です」

「なッ!?」

「……あの時に……」

 

 更に驚愕の声を上げる翼と、何処か不安げに声を漏らす響。だが無理もない。彼女らにとってはあの日こそが、運命の転換点となったのだから。

 

「あの日の大量のノイズ襲撃は、了子くんの……フィーネの仕込みだと睨んでいた。だがルナアタックの事後処理の時に調べてみると、その仕込み以上にギャラルホルンから現れるノイズの方が多かったそうだ。

 その時はネフシュタンの暴走も重なり、二人の装者もベストとは言えぬコンディションでの戦闘中。とてもそちらに対処できる状態じゃなかった。だからどうしても、ただ収まるのを待つしかなかったんだ……」

「なんだ、勝手に収まるんだったらわざわざ並行世界に行く必要ねぇじゃねーか」

「ですが、その代償として被害は甚大なものとなりました……。今でこそ装者6人と言う体制ですが、あの当時は……」

「翼さんと奏さん、だけだった……」

 

 響の言葉でクリスも思わず自らの口を塞ぎ顔を曇らせる。完全に失言だったと、思わざるを得なかった。

 またも重い空気に支配される一同。そこから脱却するように切り出したのは、マリアだった。

 

「話を戻すわね。ギャラルホルンは過去に2度反応し、並行世界と繋がった……。そして今もまた、繋がりを持っている状態と言える。そういう事なのね」

「マリアさんの仰る通りです。今現在は並行世界との接続がある状態だと言えるでしょう」

「今現在は、って言うと……」

「繋がらずに反応したこともあったんデスか?」

 

 調と切歌の問いに首肯するエルフナイン。そうしてまた話を一つ広げていく。

 

「正確には接続状態が解からなかった、という事らしいです。

 ギャラルホルンに関するレポートの中に記載がありました。かつて……天羽奏さんが並行世界へ出撃するよりも前に起きた、最初のゲート発生についてです。後々計測された並行世界との接続時とは明らかに違うエネルギー波形を見せ、ゲートを生み出すも普段の円形のホール状ではなく、歪な形をした左回り……逆回転の渦のような形をしていた、と。

 ただそれは普通の状態じゃなかった事と、その時には装者の誰も動けなかったのでゲートとして機能しているかを図ることは出来なかったとされています」

「了子さんでも理解らなかったんですか?」

「ああ。この聖遺物は、装者にしか反応しないんだ。かつて俺たちが明滅を見せるギャラルホルンに触れようとしたところ、強いエネルギーで弾き飛ばされた覚えがある」

「し、司令が弾かれるって相当デスッ!」

「でも、なんで装者にしか……?」

「詳しい理由についてはまだ解かっていませんが……ギャラルホルンが並行世界側の異変を治めるため、必要な能力を持った人物だけを選別しているとも考えられます」

 

 エルフナインの説明が一通り終わったところで、クリスが頭を掻きながら自分が把握できた結論を述べる。

 

「なんだか分かったような分からねーような感じだけど、要は並行世界に行けるのはアタシたちだけって事なんだよな?」

「ああ、そういうことだ。だから今回は、君たちに異変の調査へと向かって欲しい」

「並行世界側はどうなっているかは分かりません。危険は伴いますが……」

「……私が行きます」

 

 不安げなエルフナインの前に、先んじて声を上げる翼。凛々しくも険しいその顔は、先程から崩れることは無かった。

 

「翼……」

「奏の役割を引き継ぐなら、私しかいない。……いや、コレもまた奏が遺したものであるならば、私がコレを引き継ぎたい。

 それに今はこれだけの装者が居る。私にもしもの事があったとしても──」

「そ、そんなのは駄目ですッ!」

「翼、あなた自分が何を言っているのか分かっているのッ!?」

「すまない……。だが、この役割だけは絶対に譲れない。これは、奏の片翼としての私の責務なんだ……」

 

 響とマリアの制止の言葉を聞くも、この事ばかりは翼もまた一切退く気が無い。最悪自らの身を捨てる覚悟を示したのも、天羽奏と言う古傷を開けてしまったからに相違ない。

 かけがえのない相手が遺したものだからこそ決して疎かには出来ないし、見過ごすことなど出来やしない。それが自らのエゴに寄るものだと理解っていながらも、翼の頑なな心は此度の異変に対し是が非であろうとも関わるべきだと考えていた。

 たとえ清算した過去だとしても、馳せる想いを失ったわけではないのだから。

 

「……翼、お前の気持ちは分かった。だが早とちりをするな。お前1人を行かせる心算はない」

「ハイ。こちらにもノイズが現れている事もあるので、戦力を2つに分けるのが最善と思います」

「ここにいる装者は6人だから、3人ずつって事ですか?」

「そうです。ですので、翼さんとあと2人……」

「そういう事なら私も行くわ。翼が無茶しないように見ておかないとね」

「マリア……」

「そっか。なら、あと1人はアタシが──」

「待ってクリス。……あなたには、調と切歌の事を頼みたいの」

「デスッ!?」

「マリア……!?」

 

 クリスの出鼻を挫いてしまうかのように頼むマリア。思わぬ言葉にクリスは勿論、切歌と調も困惑の色を見せていた。

 

「コイツらの事を……?」

「ええ、こっちにもちょっと事情があってね。急場凌ぎではあるけど、並行世界にそれを解消できる可能性があるなら利用していきたいの。だから、出来れば残りの1人は……」

 

 マリアの言葉と共に、全員の視線が名を呼ばれていない最後の装者……響に向けて集められていた。その視線、其処から感じる想いを一身に受け止め、響もまた顔を引き締めて言葉を返していく。

 

「……あの、並行世界って結局よく分からないんですけど、向こうで困ってる人が居るのは確かなんですよね?」

「さっきも言ったように、ギャラルホルンはまさにパンドラの箱。解明されていない部分が大半だ。だが、過去の結果を見るに、その可能性は非常に高い」

「だったら私、行きますッ!」

 

 弦十郎への問いかけ、それ対し響は即答する。あまりにも当たり前で、誰もが理解るぐらい当然の帰結。それに対して思わず溜め息を吐いたのは未来だった。

 

「……もう、やっぱり」

「えへへ、ゴメンね未来」

「いいよ。人助け、だもんね?」

「うんッ!」

 

 ただのそれだけで通じ合える。心配をしながらもその行いを信じ貫く者と、居場所を信じ貫くが故に心配を託せる者。装者の少女らについては最早慣れっことも言える二人のやり取りは何処か優しい笑顔を生み出す力を周囲に齎していた。

 それは勿論、ここまで彼女ら全員のやり取りを見て来たミライにも言えることで、少女らの姿からかつて……自分がまだルーキーと呼ばれていた時に地球で出会い絆を結んだ地球人の仲間たちとの日々を思い出した。

 そんな懐かしくも暖かい想いを抱いたまま、ミライもまた一歩前に出て進言していった。

 

「風鳴司令。僕も、一緒に並行世界へ行かせてもらいます」

「……君を疑うつもりは無いが、行けるのか?」

「そのギャラルホルンの性質が、僕の持つアイテムと上手く適合するかは試してみないと分かりませんが、恐らくは。そして何より、これも僕が大隊長から与えられた任務なんです。

 皆と共にし力を合わせ、事態を収束させる事……それこそが」

 

 力強く微笑むミライに対し、弦十郎は勿論他の者たちも彼を止めようとすることは無かった。ウルトラマンがどういう存在か知っているからこそ、皆が信を持って彼を受け入れられたのだ。

 

「……理解った。じゃあ、みんな付いて来てくれ」

 

 弦十郎を先頭にして指令室を後にする装者たち。船内を歩き辿り着いたのは、装者たちも普段入る事のなかった厳重な扉の前に立つ。重苦しい鋼鉄の扉の横にある多重ロックを、エルフナインが手早く操作し開放していく。

 やがて数秒の後に、その扉は音を立てて開いた。皆が目する其処に鎮座していたのは、なんとも形容しがたい物体だった。

 一見するとそれは巨大な法螺貝のようでもあり、明滅する中央の水晶体を中心に見ると巨大な眼のようにも見て取れる。だが結局それがなんであるかを具体的に説明出来る者は居なかった。

 

「師匠、コレが……?」

「ああ。完全聖遺物、ギャラルホルンだ」

 

 水晶体の明滅と共に、その周囲には何処か神妙な気が満ちているようにも感じられる。完全聖遺物特有の重圧とでも言うのだろうか、初めて目にした少女らはその未知なる物体に僅かばかり気圧されていた。そこへエルフナインが眼前の状態の解説に口を開く。

 

「ギャラルホルンは、並行世界に起きた異常を特殊な振動波で報せるようです」

「振動波……。では、この聖遺物の輝きが……」

「はい、並行世界の異常を感知している状態です」

「なんだか、物々しいね……」

 

 思わず不安を口にする未来。だがそれは他の装者たちも内心感じ取っている事だった。そんな彼女らの前に一歩躍り出るミライ。確認の意を込めて弦十郎に視線を送ると、彼は静かに首肯した。

 ギャラルホルンを前にし、自らの左腕を顔の前で立てるミライ。一瞬念じた直後、炎を象ったような大型のブレスレット──メビウスブレスが顕現。そこから光が放たれ、ブレスの前で∞を描くように回転していった。

 輝きはやがてギャラルホルンの水晶部にも伝播し、其処へ向けてミライが左手を突き出していく。互いに触れ合った瞬間、光はメビウスブレスへと吸収され、ミライは何かを確信したかのように笑顔で振り向いた。

 

「ありがとうございます。ギャラルホルンは無事に、僕を認めてくれたみたいです」

「そうか、じゃあこれで決まったな。今回の調査は、翼、マリアくん、響くん、そしてミライくんの4人に頼む。だが、決して無理はしないでくれ」

「ハイッ!」

 

 ミライの隣に並び立つ響、翼、マリアの3人。胸のペンダントを握り締め、意識を集中して厳かに胸の歌……聖遺物を励起させシンフォギアを展開するための聖詠を歌いだす。その歌と共に彼女らのペンダントから光が放たれ、その肉体に機械仕掛けの戦装束を纏わせていく。

 光が収束すると共に、3人が己がシンフォギアを身に纏った出動形態へと姿を変える。それを感知したギャラルホルンが今一度鳴動したと思うと、眼前に円形の渦が出現した。中は混沌とした色で染められていた。

 

「それが、シンフォギア……」

「ええ。そして、私たちの前に現れたのが……」

「並行世界への(ゲート)、と言うわけか」

 

 息を呑む一堂に、タブレットを携えたエルフナインがまた声をかけてきた。

 

「向こうに渡ったら、まずはその場所を確認してください。最初に転送された場所の付近に、戻るためのゲートがあるはずです」

「そうなると、いつでも帰還出来るのか?」

「はい。レポートにはそう記載されています」

「なるほど……。ならば先に往くぞ」

「では、僕も行かせてもらいます。改めて皆さん、よろしくお願いします」

 

 渦のゲートに手を触れ、そのまま躊躇なく飛び込む翼。それに続くように、一礼したミライがゲートへ入っていく。瞬きする間もなく2人の姿は渦の中に消えていった。

 

「……流石だが、思い切りよすぎじゃねぇか?」

「それが風鳴翼だし、彼はウルトラマンらしいからね」

「あ、マリアさん! コレを……!」

 

 エルフナインからマリアに手渡された小さなケース。中には数本の薬液とそれを装填、注射する簡易器材だ。

 

「ごめんなさい、僕が他の事にばかりかまけていてLiNKERのレシピ解析を怠ってしまっていたせいで、これだけしか……」

「いいえ、ありがとうエルフナイン。じゃ、わたしも行ってくるわ」

「マリア、気を付けて」

「寂しくなったらすぐに戻ってくるデスよッ!」

「さ、寂しかったらって……そんなことないわよッ! 貴方たちこそしっかりね。クリス、2人をお願いッ!」

「それじゃ私も……って、未来?」

 

 言うが早いかゲートへと飛び入るマリア。そして残された響も後を追うようにゲートの前へと立った。だが出発の挨拶にと皆の方へ振り返った時、視界の中へ不安げな未来の顔が写り込んできた。

 

「響……大丈夫、だよね?」

「もう、心配性だなぁ未来は。大丈夫、ちょーっと人助けして来るだけ。それに翼さんもマリアさんもいるし、ウルトラマンのミライさんだっているんだから。だから待ってて?」

「……うん、待ってる。みんなを、響を信じて」

 

 未来の言葉に満面の笑顔で返す響。いつも通り陽気で明るく、変わらぬままにゲートの前で見送る皆へ手を振っていった。

 

「それじゃ、行ってきま~すッ!」

 

 入り込んだ渦の中に消える響。どうしてもそれを心配そうに見送る未来と、彼女を励ますように肩に手を置くクリス。異変が待ち受け善悪の無い奇跡が入り乱れる並行世界での戦いは、ここから始まったと言えた。

 

 

 

 繋がった並行世界の先に待ち受けるものは何か。

 ヒビノ・ミライ……ウルトラマンメビウスの介入が意味するものとは。

 信を置けども思惑はそれぞれに存在する。彼女らにも、彼らにも……そして、限りなく近く極めて遠い世界でも。

 

 

 ──それが総ての始まりとなると理解る者は、何処に或るものか……。

 

 

 

 end.

 

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