絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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EPISODE 10【『あたし』のいないステージ】

 先の戦いより一晩明けての移動本部ブリッジ。

 一時の休息とメディカルチェックを終えた響、マリア、奏の三人が顔を並べ頭を悩ませていた。否、メディカルルームからブリッジに来るまでの道のりでもずっとだ。

 

「……やられたわね」

「すみません……」

「いや、お前のせいじゃないさ」

 

 自責する響を奏が制止する。この敗北は誰か一人の責任では無いのだ。

 

「今度のカルマ化したノイズは飛行型。あの機動力は厄介極まりないわね」

「わたしがクリスちゃんみたいに、ババババーッ! って遠距離攻撃とか出来たらいいんですけど……。そしたらマリアさんや奏さんと一緒にババババーッ! って出来るのに……」

「いえ、それでは威力そのものが減退してしまうから無理ね。威力が殺されては、あのノイズを倒せない。貴方の長所を殺してまでやることじゃないわ。

 でも何か……いい考えはないかしら」

 

 再度唸るように思考を巡らせてはみるものの解決策は浮かんでこない。そこへ、エルフナインが声をかけてきた。

 

「この前受け取ったデータにヒントがあると思うので、少しお時間を頂けますか?」

「……お願いね」

「はい、頑張りますッ!」

 

 むんっと力強く返事をするエルフナイン。期待に応えようと奮闘する彼女を三人は微笑ましく見つめていく。

 

「……なら、考えるのは頭脳担当に任せて、あたしたちは訓練でもしようか。なあ?」

「はい、そうしましょうッ! どうも考える方は苦手で……」

「はぁ、あなたって人は……。私も付き合うわ」

「あれ? お前は頭脳担当だろ?」

「エルフナインが考えてくれるなら、私よりもずっと効率的だもの。シミュレーターに向かいましょう」

 

 移動本部内に設置された訓練室。

 市街地や荒地といった昨日と似たような状況下での戦闘シミュレーションを行っていた三人。だが相手取っていたのはカルマノイズではなく通常の大型飛行型ノイズである。

 仮想現実とは言えノイズは確実に装者たちを狙って攻撃を仕掛けてくる。それを見据え、マリアの蛇腹剣で動きを僅かに封じ、その隙に奏の槍が振り下ろされ墜落。更に響が上から拳を打ち付けて標的を破壊した。

 余りにも当然、余裕を持った必然。手応えの無い感覚は三人に共有されていた。

 

「……やはり、シミュレータでは物足りないわね」

「普通の飛行型ノイズはこっちに向かってくるから迎撃しやすいんですけど……」

「カルマノイズはその特性からか、普通の飛行型ノイズと違って、こちらと距離を取ろうとしたり急に攻撃へ転じたりするものね。これは難題だわ」

「あたしやお前の技なら捕捉は出来なくもないけどな。ただ、威力の問題やS2CAの問題があるか……」

「ええ。力を束ねて放てるのはこの子だけの特性だからね……」

「う~ん、とりあえずもう一度やってみま──うわわわッ!?」

「なんだ、変な声を上げて」

 

 不意に訓練室から外を見た響が素っ頓狂な声を上げる。不思議に思った奏とマリアが響の向いた方へ目を向けると、其処には黒髪の少女が一人佇んでいた。

 

「み、未来ッ!? き、来てたんだ……。その……ただい、ま?」

「うん、おかえり響」

「ご、ごめん……! その、色々大変で……」

「大変なのはなんとなく分かってたけど、帰って来てたなら連絡の一つくらい欲しかったなー。

 クリスや調ちゃんや切歌ちゃんが怪我をして、翼さんも大怪我してたって聞いて、もしかしたら響もって心配してたのに……」

 

 頬を膨らませながら抗議を口にする未来。だがそれは無事を信じて待つしか出来ない者が常日頃より抱える悩みであり、決して切り離せないものである。

 

「……うん、ありがと未来。その……ごめんね?」

「うん。大丈夫そうでよかった……」

「私たちからも謝らせてちょうだい。決して貴方を蔑ろにしたかったわけじゃなかったのだけれど……」

「状況がちょっとな……。いや、すまなかった」

「いえ、マリアさんたちのせいなんかじゃありません。マリアさんも奏さんも響や私たちを守って戦ってくれて──」

 

 申し訳なさそうに謝罪を口にするマリアと奏に未来は礼儀正しく言葉を返していく……途中で、言葉が止まった。

 今自分は誰の事を呼んだのか。今自分の前に立っている人は誰なのか。認識と理解があまりにも自然過ぎて、しかしその認識は現実とあまりにも乖離し過ぎていて、それに気付いた瞬間未来の思考はパニックに陥った。

 

「……奏さん? って、え……? ど、どうしてッ!? あの、ツヴァイウィングの、天羽奏……さんが生き返って……? 

 ええ──ーッ!!?」

 

 響でさえ驚くほどの未来の大声が訓練室に鳴り響く。

 もしかしたらそれは、移動本部全体にも響き渡っていたのかもしれない。

 

 

 

 ==

 

「もう、本当に驚いたよ……」

「だよねッ! わたしも向こうで会った時は驚いたよ~ッ!」

「なんかごめんな? 驚かせて」

「い、いえッ! その、奏さんが悪い訳じゃないですからッ!」

 

 鉄板を前にしたカウンターテーブルに並んで座る響と未来と、奏とマリア。鉄板から発せられる熱とその上で焼かれる脂の音をBGM代わりにしながら談笑を楽しんでいた。

 

「それでも未来の驚きようったら凄かった~。未来もファンだもんね、ツヴァイウィングの」

「そうだったのかい? 色々事情は違うけど、そう言って貰えるんなら嬉しいな、ありがと」

「いえ、いえ、そんな、ああぁ~~……」

 

 自然と握手を交わしてくる奏に思わず言葉にならない声を上げながら顔を紅潮させる未来。

 僅かに憧れるだけで、遠くに在り遠くで消えた存在を間近で見て、話をして、握手までしてもらえるなんて、未来にとっては数年前に途切れた小さな願望が突然襲い掛かって来たようなものだ。

 思わぬ巡り合わせに加え、未来が思い描いていたものよりずっと気さくな奏の対応についあわあわとしながら応えていく。熱烈なファンとアーティストとの小さな出会い……そんな微笑ましい光景が、響やその友人たちが愛して止まないお好み焼き屋『ふらわー』の一画で広がっていた。

 

「……それで、私たちはどうしてここに?」

「それはッ! わたしが未来へのお詫びの為に、おばちゃんのお好み焼きを奢ることになったからですッ!」

「……それは聞いたけど、どうして私たちまで?」

「いいじゃねーか。腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?」

「そうそう。それに、お腹が減っている時は碌な考えが出来ないからね。はい、お待ちどうさま」

 

 話に割り込むように調理していたこの店の店主──通称おばちゃんが皿に移されたお好み焼きを4人の前に差し出してきた。

 

「待ってましたーッ!」

「ほぉー! こいつは美味そうだッ!」

「ありがとう、おばちゃん」

 

 様々な具材に混ざり焦げたソースの匂いが鼻腔をくすぐる。立ち上る湯気と踊る鰹節に目を奪われる。

 マリアの口内にも思わず唾が溜まりはじめ、これまでの疑問と一緒にそれを飲み込んだ。

 

「……まあ、いいけれど」

 

 

 

 

 

「あ、響。こっちの豚玉も食べる? お皿貸して」

「ありがとー、未来ー」

「ううん、はい。たくさん食べてね?」

「はぐッ、はぐッ……う~~ん、やっぱりおばちゃんのお好み焼きは一番だねッ!」

「もう、ソースついてるよ。……はい、取れた」

 

 仲睦まじい響と未来のやり取り。奏はそれをぼんやりと、何処か懐かしむように見つめていた。

 

「どうしたの? 手が止まってるわよ?」

「……いや、少し昔を思い出しただけさ」

 

 思い起こすのは在りし日の思い出。大切な片翼と過ごした忘れ得ぬ過去。それを、響と未来の姿に重ねていた。

 

「あッ! 次はそっちの海鮮お好み焼きも食べたいッ!」

「もう、しょうがないな~。はい、あーん……」

「あーんッ…………んん~ッ、美味しいッ!」

「……本当にあなたたちは仲が良いわね。調と切歌を見ているみたい」

(……あたしもあんな風に翼と食事したっけな。翼は恥ずかしがって直接食ってくれるなんて事は滅多になかったけど──)

 

 手を止めて箸で切ったお好み焼きを不意に見つめる奏。何処か憂いを込めた彼女の表情に、隣に座るマリアはつい声をかけていった。

 そこからの返しが彼女にとって予想外のモノになるとも知らず……。

 

「どうしたの?」

「ほら、口開けろ。あ~ん……♪」

「──ぶッ!?」

 

 一瞬の思考停止に次いで放たれたのはマリアの口から吹き出されたお茶、食べカス。まるで漫画のように、口に含んでいたモノをぶっ放してしまった。

 

「うわッ! 汚ねぇな……何してるんだよ」

「それはこっちの台詞よッ!? 汚しちゃったじゃないッ!」

「いやぁ、ちょっとあいつらの真似をしてみようかと思って♪」

「そんなことしなくていいから、静かに食べなさいよッ!」

「んだよ、ノリが悪いねぇ……」

 

 少しガッカリしたかのようにお好み焼きを頬張る奏。おばちゃんから布巾を借りてカウンターを拭き上げるマリアは思わず大きな溜め息を吐いていた。

 

「……はぁ、あなたって思ったより──」

「ん? なんだ?」

「何でもないわよッ! 昔の翼の苦労がしのばれると思っただけッ!」

 

 以前少しだけ翼の口から聞いていた天羽奏像。強くて苛烈で豪放磊落。しかし好意の表れとして人をからかうことが多いのだと。

 自分の隣にいる彼女はそれと寸分違わぬ存在だった。それを、マリアは改めてその身に刻み込む事となったのだった。

 マリア自身としては完全に不覚を取った形ではあるが。

 

 

 

 

「はぁ、食べた食べた~」

「いつもよりたくさん食べたね。苦しくない?」

「大丈夫、直前まで訓練してたから。でもこのまま横になりたい気分~」

「わっかる~。このままゴロゴロ寝ちまいたいねぇ~」

 

 隣り合う響と奏が揃ってだらしないことを口走る。仲の深まった彼女たちは何処か姉妹のようにも見えてくる。

 それを戒める言葉を返すマリアと未来。言いうならば保護者のようなものだった。

 

「もう、食べてすぐ寝たらダメだよ?」

「あなたも。健康管理やスタイル維持も、アーティストには必要でしょう?」

「そっか? そういうのはまともにやった事ねぇな……。訓練してたら勝手にちょうど良くなるだろ」

「そうですよねぇ。それに、師匠のトレーニングってハードですし」

 

 だらけきった反論に思わず青筋を立てるマリア。

 過去に自身の望みなど全て放棄して世界中の人々の前に立つことを決意した彼女はそういった点でも常にプロ意識を持っている。否、持たざるを得なかった。

 決して彼女は大喰らいなどではない。同年代の同性と比べてもそう大きく変わりは無い食事量。しかし何故か、本当に何の因果なのか、マリアの肉体は一寸気を抜けばすぐに加算数字となって表れ襲い掛かってくる。ほんの少しの贅沢ですら、彼女の身体は蓄え身に付けてしまうのだ。

 これは逃れられぬ業なのかと思うこともあったが、マリアの意識はその程度で折れたりはしない。結果、日課のトレーニングや普段の食事バランスの徹底調整に加え、最近は美容にも効果があるというヨガを秘かに始めていた。

 そんな彼女にとって、今の響と奏が放った言葉はあまりにも残酷で堪え難いもの。逆さ鱗に触れたのだ。

 

「……あなたたち今、体形に悩む全ての女性に対し一番言っちゃいけないことを口にした自覚あるのかしら?」

「やっべ、虎の尾を踏んじまったか?」

「奏さんッ! マリアさんは虎と言うより猫だと思いますッ!」

「ハハハッ、確かに!」

「あなたたちねぇ……」

「ま、マリアさん抑えてくださいッ! 響も、余計なこと言わないのッ!」

「えー、でもマリアさんの髪型って猫みたいですっごく可愛いんだもん。未来だってそう思うよね?」

「えっと、それは、その……」

 

 凶行に走ろうとするマリアを止めながらも響からの言葉に否定しきれない未来。その内心が丸分かりである。

 だがマリアを止めている手前それに賛同する事は出来ない。そんな複雑な状況が未来を襲っていた。

 それを止めたのは、マリアの持つ携帯端末から鳴り出した色気のない着信音である。

 

「本部から……?」

「ノイズかッ!?」

「それなら街中でも警報が鳴ってるはずですが……」

「ともあれ向かいましょう。無用に呼ぶことはしないはずだしね」

「わかりました! 未来、そういうワケだから……」

「うん、行ってらっしゃい。マリアさんも奏さんも、気を付けてくださいね」

「おう、ありがとなッ!」

 

 先程までの喧騒は何処へやら。三人並んで駆け出していく背中を見送る未来。

 どこか姉妹のようにも見える三人の姿は、不思議と眩しかった。

 

 

 

 

 ==

 

「ただ今戻りましたッ!」

「ああ、突然呼び出してすまなかった」

「早速で悪いのですが、少しいいでしょうか?」

「もしかして、あのカルマ化した飛行型ノイズに対抗する手立てが見つかったの?」

「はい。先ずはこちらをご覧ください」

 

 そう言ってエルフナインが端末を操作しモニターに標的となる飛行型カルマノイズの姿を映し出した。そして三人の前に出て説明を始めていった。

 

「カルマノイズはフォニックゲインに引き寄せられる性質があります。だから、それを利用してなるべく周囲が囲まれた空間におびき出し、そこで撃破を狙うというのはどうでしょうか?」

「良いんじゃないか? あたしは賛成だよ」

「ありがとうございます。それで、この作戦に都合のいい、周囲が囲まれた空間に心当たりはありませんか? 

 出来れば周囲に被害の出にくい場所だとなお良いのですが……」

「うーん、いい場所、いい場所……」

「出来れば戦いに支障のない程度は広さも欲しいわね……」

「あ、そっか。狭いだけじゃわたしたちも動けなくなっちゃいますよね」

 

 考え込む三人。ただの狭所空間と言うのであれば廃坑なんでも出て来るが、誘き寄せる為に最も必要なものはフォニックゲイン──歌の力だ。

 それを最大限引き上げる為にはただの狭所空間では不十分と言える。ただ単純に唄うだけでなく、心を込めて……想いを高めて唄うことこそが必要になる。

 それに適した空間など何処にあるのかと考える一同。その中でおもむろに、弦十郎が口を開いた。

 

「……一つ、心当たりがある。だが──」

「もったいつけるなよ。どこだい?」

 

 奏の言葉にやや押されるものの、意を決して弦十郎はその場所を口にする。決して忘れ得ぬあの場所の名を。

 

「……ライブ会場だ」

「──ッ!? ライブ、会場……」

「……すまない。そちらの話も少しは聞いている。君にとっては翼を失った場所でもある……キツイだろう」

 

 思わず自らが経験した翼との別離が過る奏。だが今はそんな感傷に浸っている暇は無い。

 司令からも念押しされていたことだし、何より自分自身が固めたその決意を無碍にしたくなかった。

 

「……構わないよ。他に場所が無いなら、選んでる場合じゃないだろ」

「……それなら、そこにしましょう。あと、作戦の為に翼さんを連れて来て欲しいのですが──」

「待てッ! どうして翼をあんな場所に──ッ!」

 

 強くエルフナインの肩を掴む奏。今の彼女の言葉には、流石に異を唱えざるを得なかった。

 ”翼”を失った場所に”翼”を起たせる。いくらわだかまりが減ったとは言え、それを易々許容できるほど奏の心は広くもない。

 あの痛みを思い出してしまうからこそ、その再演はなんとしても避けようとする。そう思うのも無理もないことだった。

 

「──ッ!? ご、ごめんなさい……!」

「……落ち着きなさい。エルフナインを怖がらせないで」

 

 思わず怯えてしまうエルフナインを庇うように、マリアが彼女を奏から引き剥がす。眼前の少女の反応を見て、僅かでも自分が自制を失っていたことに気付き謝っていった。

 

「……悪い、悪かった」

「え、エルフナインちゃん! その、翼さんに来てもらわなきゃいけないのはどうして?」

「は、はい。その、理由は翼さんとマリアさんに唄ってもらう事が、現状フォニックゲインを最も効率的に高める方法だからです」

「唄う……翼が、あの場所で? そんなの──」

 

 そんなのは駄目だと奏の心が叫びを上げる。それは理屈ではなく本能に近い。大切なモノを失ったあの場所を忌避したいという、トラウマから来る防衛本能。

 口から出る言葉にも普段の勢いは無く、放とうとしては思考が制止させてきた。

 

「翼にあの場所で唄わせるくらいなら、あたしが──」

(唄える……のか? 今のあたしが……。自分の歌を取り戻せていない、あたしが……。

 唄えるわけ、ないだろう……。翼の歌の代わりなんて、あたしなんかに出来るわけがない……ッ)

「……奏さん?」

 

 己が身を省みる。歌を捨てた自分、憎悪と憤怒で心を燃やしながら戦場に復讐の歌を吠えるだけの自分に、翼のような歌を唄えるなど思えるはずもなかった。

 そんな無念さ、口惜しさに奥歯を噛み締める奏。その姿を見て、マリアが引き継ぐように話を返していった。

 

「……わかったわ。翼を呼んできましょう」

「お前ッ!」

「だから、落ち着きなさい。翼にとっては何の問題もないはずよ。

 あの子は全て乗り越えている。……あなたと違ってね」

 

 翼を信じて真っ直ぐに告げるマリアの眼は、奏にとっては何処か冷淡にも感じられていた。

 

 

 

 ==

 

 

 会場に選ばれたのは天候に左右されないドーム開閉式の野外舞台。

 S.O.N.G.職員たちが必要最低限の機材だけを持ち込み、特殊災害対策事案で貸し切りとしたそのステージの上に、翼とマリアが立っていた。

 

「一体、何かと思った……。いきなり戻ったと思ったら、ライブとは……」

「驚かせたわね。でも時間が無かったから仕方ないのよ」

「向こうのノイズ対策、怪獣対策だってあったんだぞ?」

「ノイズには調がいたし、怪獣にはヒビノさんがいたでしょ。それに、クリスと切歌にも代わりに向こうに行ってもらった。

 特にクリスの力は怪獣対策にうってつけのはずよ」

「私が奏に責任もって守護ると告げたのに……」

「あら、本音はそれ? そんなに彼女に良いトコロ見せたかったの?」

「そ、そうではないッ! ……だ、だけど、その……頑張ったら少しくらい、奏が褒めてくれるかもとは……」

 

 赤面しながら小さく呟く翼。普段の凛々しさとは無縁の姿は一人の少女のそれであり、その大きなギャップに思わずマリアも口を押えて視線を逸らしてしまった。

 

(……全くこの剣ってば、可愛いわねッ!)

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもないわ。……こんな場所だとしても、やっぱり貴方と唄えるのは楽しみね」

「ああ、私もだ。……始めよう」

 

 機材の準備がすべて整ったことを告げられ、軽くマイクチェックする二人。それを済ませると申し合わせたかのように、まるで剣のようにマイクを軽く突き合わせ離れて行く。

 

「さぁ──それじゃ行くわよッ!」

 

 演出も何もないだだっ広いステージ。その上で高らかに開始を告げたマリアの声に合わせ彼女のリリースした曲のイントロが流れ始めてきた。

 何度も耳にした曲、何度も唄ってきた曲。そんな歌を心のままに全力で唄い上げていくマリア。やがてそれが終わった時に翼が現れ、ハイタッチで交代する。

 観客と言えそうな人はS.O.N.G.の職員と施設関係者、戦闘担当の響と奏ぐらいしかいない。だがそれでも、会場は間違いなく沸き立っていた。感激しながら大声で声援を送る響の隣で、奏はただ目の前の光景に目と耳を奪われていた。

 

 

 互いに数曲を唄い合い、マリアがまた1曲唄い終わった時、翼は胸にしまっていた思いを出す決意をしていた。

 

「ふう……。次はあなたの曲よ、翼」

「ああ、少しだけ待ってくれ」

 

 ステージから目線を下す翼。その先には、奏が居た。マイクを通した翼の声は、目線の先に居る者の名を呼んでいた。

 

「奏ッ! その……一緒に、唄ってくれないかな?」

「──ッ!? 翼と、一緒に……?」

「……うん。こんな場所だけど、それでも私は奏と一緒に唄いたい……。……ダメかな?」

 

 驚きのままに翼を見返す奏。

 ステージ上の彼女の顔は唄っていたからか想いを放った小恥ずかしさからか少しばかり紅潮しており、それでも期待の微笑みを絶やさずに見つめている。だが返す奏の表情は驚きから徐々に歪みを見せ始めていた。

 

(もう一度、翼と一緒に唄える……。こんなに嬉しいことは無い……だけどッ!)

「……ダメ、なんだ……」

「奏……?」

 

 思わず顔を背ける奏。

 眩しかったのはステージか、翼の微笑みか。

 逸らしたかったのは彼女の眼か、自分自身か──。

 

「ダメなんだよ……あたしは、まだ”あたし”に戻れていない。戦い以外の、歌を無くしたままなんだ……ッ!」

 

 奏の心持ちに気付き、表情をこわばらせる翼。

 戦いの為、復讐の為に心身を削りながら戦い抜いてきた彼女に向けて放つにはあまりにも軽薄だったのではと直感する。

 いくら彼女を受け入れようとも、彼女が自分を受け入れてくれようとも、彼女の胸の歌はあの時のまま止まっていた。それを失念していたのだ。

 

「……ごめんなさい、奏……」

「謝るな……謝らないでくれよ……」

「──なら、その場で指をくわえて見ていなさいッ! 翼ッ! 行くわよッ!」

「あ、ああ……」

 

 つい謝る翼とその言葉を拒絶する奏。二人の間に流れる悪い空気を断ち切るように、マリアが翼の手を引いてステージ中央へ走り出した。

 急遽変えた曲は二人が歌ったデュエット曲。マリアが翼を焚き付けるように強く唄い、翼もやがてそれに応えるかのように歌声を強く高めていく。

 奏はその二人を見つめながら……あるいは見せ付けられながら、悔しそうに強く歯を噛み締めていた。

 

(なんで、翼の隣があたしじゃないんだ……。どうして、あたしはステージにいないんだ……。

 誰よりも翼の歌が好きで、翼と一緒に唄いたいのはあたしのはずなのに、どうして──ッ!)

 

 慟哭にも似た想いは止め処無く溢れ出す。精一杯それを表に出さないようにするのが、奏の唯一の抵抗だった。

 こんな想いが敵に利用され、怪獣を喚ぶのに使われていた。了子からは心を封じるなど出来ることではないと言われたけれど、それでももう利用されたくはない。

 そんな矛盾した思いで今、歯を食いしばりながら胸を押さえて立っていた。

 

 二人の歌の最中、計器にずっと注視していたエルフナインが声を上げた。

 

『みなさん、反応がありましたッ! ノイズが出現しますッ、恐らくカルマノイズもッ!』

「奏さんッ! 戦いましょうッ!」

「──ああ、戦うよッ!!」

 

 響に言われて顔を拭い、掌に拳を打ち付ける。

 違えてはならない、この世界に来た目的はそれなのだから。

 

「翼、後はお願いするわ」

「マリアッ! 私も戦線に──」

「あなたはまだ病み上がりでしょう。私たちに任せなさい」

 

 言うが早いかアリーナ席に当たる場所からノイズが湧き出してくる。三人が聖詠を唄いながらそこへ向かい、即座に会敵を始めていった。

 

 

 

 翼やスタッフたちが残るステージに近付けさせないよう、響とマリアと奏がノイズを吹き飛ばしていく。中でも奏は、先ほどまでの鬱憤を晴らすかのように大暴れしていた。

 

(こんな歌じゃ、翼と一緒に唄えるわけがない……。分かってる……んなこと分かってんだよォッ!!)

 

 アームドギアを大きく振り回し周囲に蔓延るノイズを一掃する奏。少し乱れた呼吸を整えながら、次の標的を見つけては斃していく。

 三人の戦いでノイズの総数が減った瞬間、瘴気が一か所に集まり黒い形を創り出していく。高質量のエネルギーが固着して生まれたのは、先日倒しそびれた大型飛行型のカルマノイズだった。

 

「来たな、カルマノイズ……ッ!」

「逃げる前に一気に行きましょうッ!」

「はいッ!」

 

 カルマノイズの出現を確認すると同時に響が奏とマリアの間に入り同時に構えを取る。そこから横並びでノイズを掃討していき、すぐにカルマノイズへの道を創り出した。

 

「拓けたッ!」

「行きますッ! S2CA・トライバーストッ!」

 

 すぐさま手を繋ぎ、三人が一斉に絶唱を唄い始める。急激に高まるフォニックゲインが会場を覆い尽くす。

 奏とマリアの身体にも流れる力は握った手を通じて響の元へ集束され、響はその身体で受け止めていく。

 そうして高まり得た力を解放すべく標的の方を向く響。だがその瞬間、標的のカルマノイズはその場から急加速を開始した。

 縦横無尽に高速で飛び交うカルマノイズの動きを、その場で足を止めざるを得なかった三人は捉えることが出来ずにいた。

 

「くッ……まだあのノイズの動きの方が速いッ!?」

「このまま撃っても躱されちゃうッ! どうすれば……ッ!?」

 

 失敗は許されないことを肌で感じる。それ故に慎重になり、過ぎた慎重が隙を生んでしまう。

 高速突撃するカルマノイズ。三人ともその動きを察知しながらも、抗する動きを出す判断が追い付かずにいた。

 漆黒が迫る刹那、間を割って入るかのように蒼雷が振り落とされた。

 

「はあああああああッ!!」

「翼ッ!?」

 

 奮われる蒼銀の太刀がカルマノイズの装甲を弾き甲高い音を立てる。

 軌道を逸らされカルマノイズは再度装者たちから距離を取り、浮遊を続けている。その足元からはまたノイズが出現してきた。

 

「クッ、また出やがって……ッ!」

「露払いは私が行うッ! 立花たちはそのままS2CAを彼奴に叩き込めッ!」

「でも翼さんはッ!」

「病み上がりだの虎口を脱したばかりだの言ってくれるが、皆の盾となり剣となりて眼前の危難を払う事くらいは出来る。

 ──それになにより、私は私が唄いたい場所を、共に唄いたい者たちを壊されたくはないのでな」

(あたしが、唄いたい場所……。あたしが、共に唄いたい者……)

 

 前に立つ翼の言葉に、奏の心が揺れ動く。

 翼の大きな背に、幻視する蒼の鵬翼に、嫉妬で歪んでいた想いを静かに正されていくようだった。

 奏の手は、自然と繋いでいた響の手に力を込めていた。

 

「奏さん……?」

「──繋いで束ねたその力、あたしに分けてくれ。そうしたら、あいつを倒してみせる」

「何か考えがあるのね?」

「……いや、何もない。だけど──」

 

 確信に非ず、使命感にも非ぬこの気持ち。されどこの身に走り出した想いは──

 

「──あたしも守りたい。壊されたくない。ただ……たったそれだけなんだ」

 

 心の赴くままに語る奏。そこに在ったのは純粋な我侭であり我欲。吐露した小さな想いを聴き、響とマリアもそれに応えることを心を決めた。

 

「わかりました。奏さん、お願いしますッ!」

「まったく仕方ないわね。アガートラームの力で束ねた力を再配置するわ、いくわよッ!」

 

 絶えず流動する力に意識を向け、自らが纏うアガートラームに問い掛けるかのように集中するマリア。

 左腕のアームドギアが白銀の輝きを増し、ただ流動するだけのエネルギーに方向性を付けていく。身体を貫かんばかりの威力を持つその力は、一気に奏へと収束させられてきた。

 

「……くッ、ぐあッ……ああああああッ!」

 

 痛みに耐え叫ぶ声に喀血が混じり口角より垂れる。そこで抑えてはいるものの、気を抜けば全身の穴という穴から血が噴き出してきそうな激痛が奏を襲っていた。

 集束の代償……この技を使うことで立花響へ齎されるダメージが如何程かを、己が身を以て味わっていた。

 だがしかし、それでも握った手は離さない。片方は強く握り返してくる響の手を、もう片方は自身のアームドギアを。

 

「ぐッ……ううぅ……! 奏さん、力をアームドギアへ……ッ!」

(……この場所、翼、そしてカルマノイズ……。あたしにとって忘れられない傷痕(モノ)……忘れちゃいけない禍根(モノ)。だけど……だけど、翼ぁ……ッ! 

 どんなになっても、あたしは翼と唄いたい……一緒に唄いたいんだッ! だからここから、あたしがあたしの歌を取り戻す為に──)

「あたしに、力をくれぇぇぇぇぇッ!」

 

 響の言葉に応えるかのように、奏の轟槍が展開を開始する。

 刺先を伸ばし、穂先を広く展開し流れ来るエネルギーを推進力として放出する突撃槍へと変形させる。

 荒々しく力を爆ぜさせながらも壊れることもないアームドギア、その白い柄は奏の手に強く握られていた。

 

「上手く、いった?」

「みたいね……」

「ありがとう。──この力、絶対に無駄にはしないッ!」

 

 そっと手を放し両手でアームドギアを握る奏。カルマノイズへ飛び掛かると同時に推進エネルギーを爆裂させて進み往くそれは、奇しくも高機動を絶対長所とする此度の相手に引けを取らない速度を生み出していた。

 カルマノイズが空中を旋回すると、奏もまた石突の側部からエネルギーを僅かに放出して方向転換。決して逃がさぬという意志の力だけで絶唱三人分の力を得て形を変えたアームドギアを操作していた。

 徐々に両者の距離は縮まっていき、穂先はすぐそこにまで迫っていた。

 

「捉えたッ! そこだぁッ!!」

 

 更に速度を増した轟槍は勢いのままにカルマノイズへ狙いを定め、貫かんと突き進む。カルマノイズもそれに気付いたのか身体を捻り、直撃を避ける形で回避。だがその余波は漆黒の肉体を確実に削り落とした。

 灰になりながら崩れて落ちる黒い破片。それでもなお飛行を続けるカルマノイズは砕けた部分の復元をすぐに開始していった。

 

「──再生するッ!」

「させねぇッ!! これでとどめだああああぁぁぁッ!!!」

 

 奏の咆哮と共に手にしたアームドギアが再度変形。溢れ出すエネルギーが螺旋を成し、暴れるそれを解き放つかのように力強く投げ放った。

 放たれた槍はまるで螺旋する巨大な矢のように真っ直ぐカルマノイズへ向かい、回避も間に合わぬ速度で直撃。回転で放たれたエネルギーが、内側から漆黒の肉体を爆散させた。

 絶唱三人分の威力を内部から直接受けては流石に再生のしようもない程に砕かれる。カルマノイズ3体目、ここに完全消滅を確認した。

 

「……やった、やりましたねッ! 奏さんッ!」

「ああ、何とかね……。ありがとな」

「奏ッ!」

 

 仰向けに倒れる奏の元に、翼が駆け寄ってくる。その心配そうな顔を見て、奏は何処か安堵したように微笑んだ。

 だがすぐに、気持ちを切り替えるように表情を真剣なものに戻し、上体を起こして翼を迎えていった。翼は真っ先に、奏の手を握り締めた。

 

「翼……」

「全く無茶をするんだから……。でも、やっぱり奏は凄いッ!」

 

 奏の身が無事だったこと、響やマリアと力を重ねてS2CAを使いこなしたこと、強敵であるカルマノイズを無事に撃破したこと。今日に起きた戦いの全てを我が事以上に称賛し喜ぶ翼。

 無垢に自分を慕う彼女の姿は、何処までも眩しく見えた。夕陽の光が挿し込むステージと、逆光が見せる彼女の顔は、まるで……”最期の約束”を交わしたあの日の情景によく似ていた。

 

「……悪いな。ちょっと疲れたから、先に戻るよ……」

「え、奏……?」

 

 翼の手を握ったまま立ち上がり、優しくその手を放して笑顔で去る奏。

 だがその笑顔を見た翼たちは気付いていた。理由は分からずとも、その笑顔があまりにも儚いモノであることに。

 

「奏……」

 

 翼の声が空虚に消える。

 戦いは終わったというのに、彼女を想う翼の心が晴れ渡ることはなかった。

 

 

 

 ==

 

 並行世界。

 闇の中を溶けるように、ブラック指令が佇んでいた。

 右手に持つ水晶球は黒い澱みを湛えたまま。それをただ無表情で見つめていた。

 

「……三体目も砕かれたか。しかしそれにしては、マイナスエネルギーの溜まり具合が想定より下がっている……」

 

 ブラック指令は思考する。マイナスエネルギーを生み出す標的として定めたモノ……天羽奏の事を。

 あの女は間違いなくこの世界で最も強いマイナスエネルギーを抱え、それを解き放ちながら戦う者。そしてあの”ウルトラマンベリアル”と一体化した者。

 やがて憎悪と憤怒に飲まれ覚醒するものと考えていたが、その考えに辿り着かぬのではという考えが出て来ている。そう考えるようになったのも、直接会敵したことでだった。

 確かにあの女の心の闇を引き出した。そう仕向け、間違いなくそれに従い落ちたはずだ。しかし、それでは腑に落ちない状況が続いている。”平穏”というこの状況……。ブラック指令にとっては想定外だった。

 

「ウルトラマンメビウスの関与だけではこうはなるまい……。ならば、やはり基幹世界の者たちか……」

 

 想定外のモノを考えるならばそれだけだ。

 光の国を含む”ヤツら”の介入は想定の範囲内。基幹世界の者たちに関しても、所詮は並行世界に縁も所縁もない異邦人。何か出来るなどと考えもしなかった。

 

「……その油断が状況を滞らせたか。──なら、摘み取る必要があるな」

 

 水晶球に念を送ると中の闇が蠢き姿を変える。

 映し出されるはヒト型の魔物。漆黒で在りつつも何処か貴なるものを感じるその姿、悪魔を統べる為に生まれた悪魔。

 

「此処で目覚めさせる事になるとは思わなかったが、致し方あるまい。

 残る2体のガンドと共に、この世界を終わらせてやろう……ッ!」

 

 闇の中で黒衣の白面が嗤う。

 戦いの時は、もうそこまで迫っていた。

 

 

 

 end.

 

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