絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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EPISODE 11【逆光の決意を】

 

 戦いの翌日、S.O.N.G.移動本部発令所。装者四人はそこに集まっていた。

 

「昨日カルマノイズを倒した事で、ギャラルホルンに変化があった」

「変化……ですか?」

「はい。今までと比べてアラートが弱まっているようなのです。これは、こちらに出現したカルマノイズが倒れた影響だとみています。

 恐らくは、カルマノイズが倒れたことで異変が治まりつつあるという事になると思います」

「異変が治まりつつある……となると、ノイズは?」

「推測ですが、少なくともまたあのノイズがこちらに現れるようなことは無いと思います。

 もしかしたら、普通のノイズも現れないかもしれません。元々この世界のバビロニアの宝物庫は閉じていますから」

 

 断言ではないにしてもエルフナインの推測には大きな希望があった。この戦いが、確実に終わりへと近付いていることの証左なのだから。

 つい沸き立つ周囲に向けて、奏が優しく微笑みながら声をかけていった。

 

「……良かったな」

「奏……?」

 

 思わず尋ね返す翼。奏の向けた微笑みが、何処か儚げに見えたからだ。

 

「こっちの世界が無事なら、後はあたしたちの世界の問題だ。……後は、あたし一人でも──」

「……私は、降りるつもりはない。此方の世界だけでなく、其方の世界が救われるまでは」

「わたしも同じですッ! こんな中途半端で手を退くなんて、出来ませんッ!」

「そういうことよ。勝手に私たちを除け者にしないでくれるかしら?」

 

 奏の言葉を遮るように翼も響もマリアも言う。

 三人の顔は力強い決意で固まっており、一人で抱え込もうとした奏の重荷に彼女たちが先に手を出してきたようなものだった。

 

「……いいのか、本当に?」

「……君はもっと他人を頼っていいんだ。少なくとも俺たちは、君も君の世界も見捨てたりはしない」

 

 奏の肩に手を置きつつ微笑みかける弦十郎。こいつらの言葉は信じられる、信じていい。そう強く思わせてくれる強さと優しさを感じていた。

 感謝の言葉が零れたのも、至極当然と言えた。

 

「……ああ、ありがとう」

「では装者全員に指令を伝えるッ! 速やかに並行世界へと渡り、問題の元凶、カルマ化したノイズを全て撃破するんだッ!」

「了解ッ!!」

 

 意気高く声を上げる装者たち。

 最低限の準備を済ませ、四人はギャラルホルンのゲートに飛び込んでいった。

 

 

 

 混沌の境界を越えて、四人はその先の世界に立つ。

 見覚えのある空間……公園の一部分。天空に坐するは新円の昼月。この世界が奏の生まれた並行世界であることを示していた。

 

「……帰って来たんだな、あたしは」

 

 帰郷の余韻に浸る間も無く鳴り出す奏の通信機。すぐに出ると了子の声が聞こえてきた。

 

『奏ちゃん、聞こえてる? もしかして翼ちゃんとか他の子もいるのかしら?』

「聞こえてるよ。みんな一緒にいる。何かあったのか?」

『大量のノイズが現れてるの。この前こっちに来た三人が掃討に向かってるけど、あなたたちも向かってくれるかしら?』

「ああ、もちろんッ!」

 

 通信を切り振り返る奏。翼も響もマリアも、先程の通信を聞き、強い笑顔で頷いていった。

 

 

 

 ほとんどの避難を終えた市街地。そこには数多のノイズが氾濫しており、それらと相対して三人の少女が立ち向かっていた。

 

「うらああああああッ! ぶっ飛べえええッ!」

 

 赤い装束を纏う少女……クリスのイチイバルの腰部アーマーが展開し、そこから出て来た連装小型ミサイルが火を噴きながら飛び交い、ノイズの群れへ直撃。爆散させる。

 その背後では翠色の装束と緋色の装束を纏う二人の少女……切歌と調がそれぞれのアームドギアを振り回しながら立ち回っていた。

 翠色の鎌がまるで草刈りのようにノイズを切り裂いていき、連続で発射される緋色の鋸が群れを切り崩していく。しかしそれでも、崩しては湧き出るノイズに切歌は思わず愚痴を零していた。

 

「休む暇もないデス……! ノイズ、ノイズ、ノイズって、いい加減しつこすぎるのデスッ!」

「でも、誰かが倒さないと……!」

「それは分かってるデスけど……!」

「はんッ、こんな雑魚ノイズなんて相手になんねーよッ! いくらでも来やがれってんだッ!」

 

 言いながら両手のクロスボウを大型ガトリングガンに変えて乱れ撃つクリス。放たれる弾丸が当たる度に黒炭と還っていくノイズだが、それでも絶え間なく出現と侵攻をし続けている。

 

「まだまだ来るデスッ!」

「はッ、いくらでも来やがれッ! 風穴開けてやらあッ!」

「でも、この数は中々大変……」

「キリが無いデス……」

「それなら私たちも手を貸そうッ! はああああ──ッ!」

 

 弱音を吐いた調と切歌を一喝するかのように、地を抉り走る蒼雷がノイズを打ち砕いていった。

 放たれた方向へ目をやるクリスたち。そこには四人のシンフォギア装者が佇んでいた。

 

「先輩ッ! ……って、全員で来たのかッ!? いいのかよッ!?」

「ええ、向こうはもう心配ないみたい。だから、後はこっちを解決するだけよ」

「やっとマリアも一緒デスッ!」

「うん、良かった」

 

 どちらからともなく合流する装者たち。少女らは皆一様に、笑顔で向き合っていた。

 

「それにしても、勢ぞろいだな……。合計七人って、これだけ装者がいりゃ余裕だろッ!」

「あんたたちと一緒に戦うのは初めてだね。よろしく頼むよ」

「おう、足手まといにならねーように気を付けろよなッ!」

「雪音……ッ! もう少し、言い方は無いのか……?」

 

 奏に向けて明け透けなく話すクリスを思わず諫めようと口を挟む翼。だがそれを、奏が優しく静止させた。

 

「いいんだよ翼。足手まといでないことは、戦いで証明してみせるさ。

 ──ちょうど、それを見せるに良い相手も出て来たしね」

 

 まるで奏の言葉に合わせたかのように漆黒の瘴気が出現、固着化していく。この出現は間違いなくカルマノイズのものだ。

 

「お、お出ましデースッ!」

「みんな、注意するんだッ! 気を抜くなッ!」

 

 現れた四体目のカルマノイズ……それは胴体から三本の生体砲塔を生やしている形状のノイズがベースであり、砲塔から放たれる散弾はノイズの細胞そのものを発射している。

 それはつまり力を持たない人を鏖殺する兵器の様相である。それがカルマ化していると言うことは、無限に発射を続ける移動砲台であると言うこと。どれほどの脅威かはみんな理解していた。

 だが反面、この形態のノイズは主な攻撃手段が散弾砲であるが故に、近接攻撃能力や移動能力だけで言えば他の人間型ノイズや這行型(クロール)ノイズに比べて低いという欠点もある。それを解しているからこそ、奏とマリアは真っ先に近接戦闘を開始した。

 

「調と切歌は周りの雑魚を斃しつつ私たちのフォローッ! こいつに撃たせないようにしながら足止めよッ!」

「分かったッ!」

「了解デスッ!」

「あたしたちがアイツの足を止めてる間にあのデカいのブッ放せッ!!」

「分かりましたッ!」

 

 自分たちの周囲にいるノイズを斃していく翼と響と、至近距離は二人に任せて遠方のノイズを掃討するクリス。奏とマリアはカルマノイズとの交戦に専念し、瘴気が齎す破壊衝動に侵食される前に調と切歌に交代。絶えず攻撃を行いながらもそこに必殺の意志を持たせぬ抑えの戦い。

 LiNKERを必要としない適合者三人が行うS2CAという必斃戦術に勝るものは無いと、誰もが直感していたからだ。

 その為の足止めであり時間稼ぎ。役割分担が成したものは確実に実を結んでいた。

 

「立花ッ! 今のうちだッ!」

「手ェ取れッ! 一気に終わらせるぞッ!」

「はいッ! S2CAを──ッ!」

(──させんぞ)

 

 翼とクリスの手を握ろう自らの手を伸ばしたとき、何者かの声がその場に響き渡る。

 それと同時に、突如響の背部へ攻撃が打ち込まれ跳ね飛ばされた。

 

「ぐあッ……!?」

「攻撃ッ!? どこから──ッ!」

「向こうデスッ! クリス先輩たちの背後にもう一匹いるデスッ!」

 

 漆黒の瘴気が凝縮していき存在を確定させていく。その姿はまるで軟体生物のような、多脚型ノイズの姿を取っていた。

 

「まさか……カルマノイズが二体、ですってッ!?」

「そんな……奴らが共闘するなんて、今まで一度も──ッ!?」

 

 驚く装者たちに返される言葉は無く、前後の門を閉ざすかのように挟み遮る二体のカルマノイズが同時にその瘴気を放出した。

 

「ぐ、うううううッ! これ、はッ!」

 

 瘴気に飲まれ膝を付く。全身に走る邪悪な力……全てを壊せ、全てを殺せという悪しき漆黒の意志が、血脈のように彼女らの肉体を侵食し、自由を奪おうとしていた。

 

「ど、どうなってんだ……よおおおおおッ!」

「は、破壊衝動に、押しつぶされそう、デス……」

「気を抜いたら……仲間を……ッ」

「これが……カルマ化したノイズの、呪い──ッ」

「気を、しっかり持つんだッ! ……奴ら、来るぞッ!」

 

 甲高くも生物らしからぬ金切り声を上げる二体のカルマノイズ。多脚型はその無数の脚を標的目掛け伸ばして、砲塔型はここぞとばかりに生体弾丸を発射して攻撃を仕掛けてくる。

 生体弾丸は調のシュルシャガナと切歌のイガリマが廻る刃を盾と化して防ぎ、衝動に抗いながら大地を蹴った奏とマリアの攻撃で一旦距離を離す。同時にその背面ではクリスが銃撃、翼が剣戟で伸びる脚を逸らし、開いた隙間に跳び込んだ響の猛蹴がカルマノイズを吹き飛ばした。

 距離を取れたからかカルマノイズの齎す破壊衝動は若干和らいだものの、この強敵を二体同時に相手取る力は口惜しくも今は足りなかった。

 

「くッ……何とか迎撃は出来たが──」

「やはり、この程度では消えないわね……ッ」

「くそッ、まさか二体同時なんて──」

「──喜んで貰えてなによりだ」

 

 側方から現れる黒衣に身を包んだ白面の男、ブラック指令。その下卑た笑みは装者たちを何処までも見下していた。

 

「ブラック指令……ッ!」

「天羽奏、貴様はもう用済みだ。内に秘めた闇を解放せぬのであれば、破壊衝動で塗り潰された命を以て闇の贄となれ」

「勝手なこと、ばかり……ッ!」

 

 反抗的な眼でブラック指令を見返す奏。其処に何の感情を持たぬまま、手にしたステッキで地面を突く。

 カツンという音と共にカルマノイズが動き出し、再度装者たちとの距離を縮めていった。

 

「くそッ……七人もいて二匹ぽっちに勝てねぇのかよ……ッ!」

「せめて……イグナイトが、使えれば……」

「打つ手は残させんぞ」

 

 瘴気に耐える装者たちを見下ろしつつ、水晶球を天に掲げるブラック指令。陽光に反射して瞬いたと思ったら、天空から大きな羽音が聞こえてきた。

 僅か数秒、まるで合図を待っていたかのようにこの地へベゼルブが降り立った。

 

「ベゼルブ……ッ!?」

「周到な……斯様な時を好機とするとは……ッ!」

 

 ベゼルブの鳴き声に思わず戦慄する装者たち。カルマノイズ二体と怪獣一体が同時出現した現戦局は、標的を抹殺しようとする強い意志を感じられる程だった。

 

(こうなったら変身して……ッ!)

「妙な気は起こすなよ、天羽奏。発生源としての期待は出来なくなった貴様だが、精々最期までマイナスエネルギーを搾り取りつくしてから殺してやる」

「……やれるもんなら、やってみやがれ」

「やるとも。そこの装者六人をいたぶり殺した後にな」

「グッ……てめぇ……ッ!」

 

 奏の眼前にステッキを突き立てるブラック指令。それを合図と言わんばかりにカルマノイズが進攻する。ベゼルブもまた下手な行動はさせないかのように目を光らせている。この場で奏が変身したところで状況の好転には至らないと、否が応でも理解らされている。

 皆が一様に歯を食いしばり手を握りしめる。だがそこまでで、真っ当に動くことも出来ないでいた。

 

「さぁやれッ! 装者どもを皆殺しにしろッ!」

「くッ、やめ──」

 

 敗北を決定付ける非常な命令。だが、それを吹き飛ばしたのは思いも寄らぬところからだった。

 飛来する青い光弾は寸でのところで装者たちの上で弾け、輝く檻を創り出す。内からは勿論、外から来たる攻撃をも遮断する蒼光の檻。

 その輝きを目にすると同時に、中にいる彼女らにも……いや、彼女らだけでなく戦場そのものに大きな変化が起きた。

 

「これは、キャプチャーキューブ……」

「──ッ!? あれ……」

「プレッシャーが……消えたデスッ! それに、カルマノイズも……」

 

 二体のカルマノイズは迫る動きを止め、やがてその存在を消失させていった。

 

「どうなってんだ……消えちまった……」

「なにィ……!? 一体なにが……」

 

 一方的な状況を作り出したはずのブラック指令もまた、その顔に困惑の色を見せていた。現状況下におけるカルマノイズの消失は考えもしなかったのだろう。

 そこへ新たに、二人の加勢が現れたのだ。

 

「そこまでだ、ブラック指令ッ!」

「間に合ったわ、良かった~。みんな、無事?」

「了子さんッ! ミライさんッ!」

 

 現れたのは了子と、彼女の前に立ちトライガーショットを構えるミライ。二人の背後には二課の職員が運転する大型トラックが待機していた。

 

「ヒビノ・ミライ……。それに人間……ッ!」

「形勢逆転、ってところかしら。貴方が報告にあったブラック指令ね。悪いけど、もう好き勝手はさせないわよ」

「フン……ベゼルブ、やれッ!」

 

 ブラック指令の指示により羽撃きだすベゼルブ。浮かんだ巨体はすぐに了子たちへ標的を定め、怪光線を撃つべくエネルギーを溜め始めた。

 回避も間に合わぬと誰もが分かっていたが、それでも了子とミライはその場を動く事をしなかった。そしてベゼルブが攻撃を放つよりも早く、唸りを上げる光の奔流が何処より伸び、ベゼルブの顔面に直撃。その場に落下した。

 

「なッ!?」

「言ったでしょう? もう好き勝手はさせないって」

 

 自信満々に語りながら不敵な笑顔でブラック指令を睨み付ける了子。そうしている間に装者たちも全員起き上がり、ブラック指令を取り囲んでいた。

 

「年貢の納め時、ってヤツだ」

「最早これ以上の狼藉はさせぬものと思えッ!」

「……何処までもよく足掻く。だがそれは、命が僅かに伸びただけと思え」

「お安い負け惜しみデスッ!」

「なんとでも言うが良い。この世界を滅ぼすことに何一つ変わりはしないのだからな」

 

 捨て台詞を吐きその場から消えるブラック指令。それと同時にベゼルブも姿を消していた。

 危険が無くなったことで緊張が解けたのか、全員が戦闘姿勢を崩していった。中には数人──戦い通しだった切歌と調は思わずその場に座り込んだ。

 奏は天を見上げて、少しばかり忌々し気に言葉を吐き捨てた。

 

「……まだ、終わっちゃいないんだな」

「そうね。でも、今は終わったのは間違いじゃないわ。みんなお疲れ様~、我らがホームへ帰りましょ♪」

 

 了子の明るい言葉に奏は勿論全員が安堵し、控えていたトラックに乗り込んでいった。

 

 

 

 ==

 

 二課指令室。一先ずの戦いを終え、装者たちは弦十郎たちが待つこの場所に戻って来た。了子とミライも連れ立ってだ。

 早速そこで、了子からの説明が始まっていた。

 

「カルマノイズが二体同時に現れたって聞いてね。もう、急いで発明品を持って駆け付けたのよ。ヒビノ君が居てくれてよかったわ~」

「力仕事ならお任せください!」

「それで、その発明って何なの?」

「んっふふ~、よくぞ聞いてくれましたッ! これはカルマノイズの検知している、生体反応をごまかすための装置なの。

 これを使ってあの場の生体反応を最小状態にまで誤認させて、アイツが撤退するように仕向けたってワケ」

「なるほど……」

「そっちの方は一応分かったわ。あと、ベゼルブを攻撃したアレは──」

「あっちは怪獣対策の一環で作ったものでね。有り体に言うと携行型荷電粒子砲よ」

「荷電粒子砲……つまりカ・ディンギルのちっこいヤツって事か」

 

 おもむろに口を挟むクリスに了子が一瞬怪訝な顔をするが、今はそれを問うことはしなかった。

 

「カ・ディンギル……どうしてその名前を知っているのかは、今は重要でないと置いておきましょうかしらね。

 アレは携行型の試作機だから出力に不安があったけど、追い返せるぐらいの力は出せて結果は上々ってところかしら。とりあえず特殊災害対策機動部内で運用出来るぐらいに数を増やせば、ノイズやベゼルブの撃退ぐらいは出来るはずよ」

「さっすが了子さんッ! すごいッ!」

「まあね~。それ程でもあるわよ♪」

 

 響からの称賛をそのまま受けて自慢げに返す了子。この世界を離れていた僅かな間に、これ程までに戦力の増強が為されているとは思わず、改めて櫻井了子の天才っぷりを皆が自覚することとなった。

 変化した状況を整理し、今度は弦十郎が口を開いていく。

 

「これでカルマノイズやベゼルブが現れても、被害は最小限に出来るだろう。これらの開発により、我々は自らの力だけで眼前の脅威との戦いを続けることが出来るようになったわけだ」

「それに、今回でようやく私たちも目の前の脅威を操る者であるブラック指令と会敵、捕捉が出来た。本当にアイツがカルマノイズやベゼルブを操っているって事もね。

 たったそれだけだけど、見えなかった影が見えるようになったのは大きな進歩だわ」

「そうだな。そしてこれには、君たちの今までの助力が大いに関わっている。改めて、本当にありがとう」

 

 はにかみながら深々と頭を下げる弦十郎。だがその頭を上げた時、彼の顔はまた厳しいものに変わっていた。

 

「だが君たちは、今でもまだ我々の世界の危難に対して協力しようとしてくれている。

 申し出はありがたい。そこに偽りはない。だがこれは、何処までも我々の世界の問題だ。危難を抑え込む力を手にしたからには、我々自身の手で守り抜かねばならぬのではないか……俺はそう考えた。

 ……そこで君たちに問いたい。君たちはこの世界の人間ではない。ここで退くことも出来るし命を懸ける必要もない。

 それでもまだ君たちは、他所の世界の為に戦うのか?」

「それは──」

「即答は無しね~。よく考えてみて欲しいの。あの厄介なノイズが二体にベゼルブ……いえ、ブラック指令の口振りを考えたらアレより強い怪獣を持ってくる可能性は高いと見る。

 これは装者が複数いても、そこにウルトラマンを加えても楽観視できる事態じゃないわ」

 

 弦十郎と了子から秤に出されたものは敗北の可能性。それに伴い流れる血と、失われる彼女ら自身の命だった。

 失えば最後、言葉通り元の世界には帰れず異郷の地で無惨な最期を迎える。都合の良い奇跡など介在しない。

 だからこそ……皆が大事な仲間になったからこそ、この重大な選択を委ねてきたのだ。

 

「みんながどんな選択をしようとも、私たちはそれを受け入れ尊重し、その選択を肯定する。……だから、みんなよく考えてみてね」

 

 

 

 ==

 

 セーフルーム、その一室。

 必要最低限の物しか置かれていないこざっぱりとした部屋に、奏と翼が向き合って座っていた。

 少しばかり重たく感じられていた二人の間の空気。それを断ち切るように、翼が話を切り出した。

 

「奏、私に話って……」

「ああ……戻ったら話そうって、約束したからな」

「そうだったね……。実際は戻る前に向こうで会ってしまったけど」

「……話しておきたかった。今夜のうちに。そうしないと、話せなくなるかもしれないからな」

 

 少しでも空気を軽くするように微笑みを作るものの、奏の真剣な顔付きは和らぐことは無い。

 そのまま奏の方から、二人の話は始まった。

 

「お前を最初に見たとき、心臓が止まるかと思った。死んだはずの翼がそこにいたんだからな……」

「……私も、同じ。こうして……ちゃんとした形で奏に会えるなんて、思っていなかった……」

「ごめんな。冷たい態度をとって」

「そんな……」

 

 当初の奏の態度は確かに良くは無かった。だが全て困惑の中に在ったが故のモノ。翼もそれはちゃんと理解していた。

 そう思いながら、翼は奏の独白を聴き続けていた。

 

「あたしはずっと怖かったんだ、翼に軽蔑されるのが……。あのライブの日、翼はあたしに言ったんだ。『歌を絶やさないで欲しい』って。

 だけどあたしはそんな歌を捨てて、ただノイズや怪獣を殺すためだけに生きて来た……。あたしの命を拾い上げてくれたウルトラマンの力を利用してまで……。そんなあたしを見られたくなかった。

 だから理由を付けて翼を遠ざけようとして、見ない様にして、ごまかしてきたんだ」

 

 贖罪にも似た独白。今までずっと”風鳴翼”に対して抱き続けていた想いの全てを、信頼すべき己が片翼に弱々しくぶつけていた。

 

「……でも、翼はこんなあたしを受け入れてくれた。あたしが意地張っちまったせいで迷惑かけたけど、またこうして話が出来た。

 それに、向こうで翼の歌を聴いて、理解ったんだ。あたしは、やっぱり翼の歌が大好きなんだって。

 一緒には唄えなかったけどさ、あの歌を思い出すだけで、あたしは大丈夫だ。

 だから、もう──」

「違う──ッ!」

「翼……?」

 

 奏から切り出されかけた別離の促し。だがそれを遮って……いや、遮ってでも翼には返さなければならない言葉があった。

 言わなければならない想い、翼の抱いている確信。夢想の中に在る天羽奏(理想の人)じゃない、目の前で悲し気な笑顔を浮かべる天羽奏(大切な人)に向けて、いま。

 

「奏は歌が大好きな筈だッ! 唄えない筈なんて無いッ! どうして、そんな悲しい事ばかり言うのッ!?」

 

 翼の激昂が静かな部屋に響き渡る。誰よりも彼女を信じているが故に出て来た強い想いを、そのまま言葉に乗せて。

 ぶつけられた奏は一瞬気圧されながらも反論をする。

 

「あたしは、今のあたしは唄えないんだよ……。あたしだって、昔の自分に戻りたいと──」

「それが間違ってるッ! 昔の奏が唄うんじゃない、今の奏が唄わなきゃ意味が無いッ!」

「今の……あたしが唄う……?」

 

 その言葉には聞き覚えがあった。そう遠くない、過去と言うには近すぎる少し前の日。自分と拳を合わせ共に汗を流していた少女から言われた言葉。

『わたし、奏さんの歌が聴きたいですッ! 戦いじゃない、奏さんが本当に唄いたい歌ですッ!』

 太陽のように明るく目を輝かせながらそれを望んだ、”自分”に命を救われた少女が。

 

「今の奏は唄えないんじゃない、唄わないんだッ! 歌が好きなのに、歌を遠ざけてるだけだッ! 

 お願い……唄う事を──諦めないでッ!」

「──ッ!? それでも……無理なものは無理なんだよッ! 今更、あたしはもう──ッ!」

 

 思わず走り出しその場を後にする奏。呼び止めようとする翼の声をも振り切って、ただ走っていった。何処とも分からず、夜闇の中をがむしゃらに。

 

 何故逃げているのか理解らなかった。

 何から逃げているのかも分からなかった。

 認めたはずなのに。

 受け入れたはずなのに。

 未だに彼女の言葉に向き合う事が出来なかった。

 彼女の歌に、応えることが出来なかった。

 

「あたしは……」

 

 何処とも知れぬ更地で膝を付き、息を切らしながら歯を食いしばる。

 目元には、大粒の涙が溜まっていた。

 

(逃げて、逃げて、逃げ続けて、全部諦め投げ出して……あたしは──)

 

 唄えない。

 そう吐き出すはずだったのに、出て来たのは結局それとは真逆の言葉だった。

 

「──……それでも、唄いたいんだ……」

 

 誰かの為にか、それとも自分の為にか。

 それすら分からぬままにある想いの奥底。

 零れ落ちた涙と共に吐き出した想いが固く閉じられたその扉を開けたのか、奏の心へ光が沁み込むように差し込まれた。

 突如脳裏に映った僅かな映像は、見知らぬウルトラマンの姿だった。

 

 

 

 

『ベリアル……お前は、なぜそうまでして戦う……? 傷だらけになり、命を擦り減らしてまで……』

 

 

『お前は強い。戦いの場に立ったお前は、私やケンよりも強き戦士として輝き、闇を貫く光として皆に勇気を与えている……。

 だが、それ故にだ……。誰もお前の傷付き倒れる姿を見たくはない。その胸の輝きが終える瞬間を、目にしたい者など居るはずが無い……』

 

 

『……それでも戦いを止めないのならば、せめて忘れないでくれ。

 私も、ケンも、我らの後ろにいる戦士たちも銀十字の者たちも……みな、お前と言う光を信じている……。だからベリアル、どうかその光を絶やさないで欲しい……』

 

 

『たとえこの身が朽ちようとも……光の国を、無辜なる生命を、そして大切な者たちを護るために──。

 これがッ! 私の命の光だッ!!!』

 

 

 

 

 届かない輝きに、何よりも強い煌めきに、彼はただ──その手を伸ばしていた。

 

 

 ──手を伸ばしていたことに、奏は気付いた。

 

「……今のは……」

 

 光の記憶、だと思う。

 だがそれにしてはあまりにも既視感があり、己が記憶に何よりも強く焼き付いていた一幕と酷似していた。

 まるで逆光と共に散る彼女と、何も出来ずに手を伸ばすだけの自分のようだと……。

 

「ウルトラマン……あんたは……」

 

 

 

 ==

 

 翌日、二課指令室。

 弦十郎や了子たちが待つそこに、S.O.N.G.の装者たちとミライがやって来た。

 互いに真剣な眼で視線を交わし合う。二課の者たちは想いを伝えた。それを並行世界の者たちがどうするか……選択を待っていた。

 

「……みんな、それで考えてもらえたか? 元の世界に戻るなら──」

「──それは不要です。防人として、戦う覚悟は済んでいますから」

「ま、そういうこった。やられっぱなしで帰るなんて出来るわけねーだろ?」

「こっちを平和にして来いって、向こうの師匠にも言われてますからッ!」

「そういうことね」

「デスッ!」

「誰一人、逃げたりなんかしない」

「勝ちましょう、みんなでッ!」

 

 誰一人として、此処から離れる選択を取る者は居なかった。

 当然の帰結、必然の回答。そんな皆の顔を見回した弦十郎は、ただただ感謝に頭を下げた。

 

「すまない、ありがとう……」

「もう、みんなバカなんだから~。それじゃ、一緒に最後まで頑張りましょうか」

 

 受け入れ合ったことで皆が笑顔に変わっていく。

 其処から始まった、決戦に向けた作戦会議。全ては勝利と掴み異変を解決する為に。

 

「では作戦を説明する。了子くん、頼む」

「はいはい。残るカルマノイズは二体、この前見たので恐らく最後よ。

 それで作戦だけど、そっちの世界でやったように、こちらでも戦いやすい場所に相手をおびき寄せようと思うの」

「では、また歌を?」

「うーん、それだと準備もあるし、唄っている装者が戦いにくくなるのよね。だから、代わりの物を用意するわ」

「代わり……といってもフォニックゲインを人為的に高める装置なんて聞いたことないけど……」

「実際にフォニックゲインを発生させる必要はないのよ。要はあのノイズの知覚を狂わせればいいの。それなら、この前の装置の派生でちょちょいっと作れるわ~」

「さっすが了子さん……」

「……なんか複雑だけどな」

 

 クリスがそう思うのも無理はない。彼女にとって櫻井了子……フィーネは生半な言葉で語れるような関係ではなかった。

 だが目の前にいる人物は彼女の知る櫻井了子とは極めて近かれど果てしなく遠い存在。この数日でそれは理解も納得もしているが、根付いた心情だけはどうしても払拭できずにいた。

 しかしそれで眼前の目的を違えたりするほど彼女も弱くはない。言葉はどうであろうとも、内に固めた想いが揺らぐことなど無いのだ。

 クリスが気持ちを整えるべく小さく吐き出した溜め息。その間に話は次の方向へ進んでいた。

 

「カルマノイズが何とかなるとすれば、あとはブラック指令……」

「ベゼルブよりも強力な怪獣を呼び寄せる可能性がある、か……。了子くん、荷電粒子砲の方は?」

「並行して準備はしてたけど、結局使えるのは昨日試運転した1基だけね。最大出力ならベゼルブを倒せるかもだけど、それより強いとなるとちょっと可能性は変わってくるわ」

「キャプチャーキューブによる乱反射はどうでしょう?」

「手段の一つとしては有効、ってだけにしておきましょ。いざって時にそれはみんなを守る盾にもなってくれる。でも、そんなに連発できるモノじゃないでしょう?」

 

 ミライも頷く。キャプチャーキューブは高性能なバリア発生弾ではあるが、欠点としてリチャージに時間がかかるという点が挙げられる。

 汎用性が高く攻防縛と多面的な利用が出来る反面、使用タイミングはどうしてもミライに一任される。瞬間瞬間で変わりゆく戦線の中で、限られた弾数のそれをどう使うかは最早臨機応変としか言えなかった。

 

「当てには出来るけど、当てにし過ぎちゃいけない……」

「うう、難しいところデス……」

「それはもうヒビノさんの判断を信じるしかない、か……。なら、これまで通りみんなの背後は任せるわ」

「はい、皆さんは僕が守護ります」

 

 こうして当面の作戦が固まりつつある中、藤尭が思わず溜め息交じりに言葉を溢していった。二課の皆が作戦立案の中で考えてはいたものの、どれほど現実味があるかも分らぬが故に思考の端に追いやっていたことを。

 

「あとは、あのウルトラマンが来てくれればいいんだけどなぁ……」

「よせ藤尭。我々はウルトラマンと協力関係にあろうとするものの、明確な意思の疎通は取れていないんだ。いつも都合の良い時にばかり来るなどと──」

「──いや、来るさ」

 

 割って口を挟んだのは、奏だった。

 

「ウルトラマンは必ず来る。戦いに……斃す為に」

「奏ちゃん……?」

「……どうして、そんなことが言える?」

「──……勘だよ勘。オンナの勘ってヤツ?」

 

 一瞬の間を置き、すぐに陽気な声でふざけたように返す奏。

 彼女がウルトラマンベリアルと一体化していると知る者も知らぬ者も、その発言の意図は掴めなかった。

 

「悪いダンナ、話の腰折っちまったな」

「……いや、構わん。

 他に誰か、何か作戦についての意見はあるか?」

 

 返答はない。ただ真っ直ぐ見返す皆の眼差しは、弦十郎たちにとってただただ心強いものだった。

 

「感謝する。あとは、皆で戦って勝つだけだ」

「決戦はライブ会場。残りのカルマノイズもブラック指令も倒して、みんなでパーティーでもしましょ?」

「──ああ、全部倒してやらあッ!」

 

 奏の声に皆が意気高く──中でも響や切歌はそれに乗じるように声を上げ、勝利を目指す想いを高めていった。

 だがその中で一人、翼だけは奏に僅かな不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 其処からの行動は速く、特殊災害対策事案として郊外のドーム型ライブ会場を貸し切り、速やかに其処へ機材を搬入。

 ブラック指令の侵入を防ぐべく警備体制を強くしたままステージ周辺で待機する装者たち。

 張り詰めた空気の中、翼が奏の元に歩み寄った。

 

「……翼、なんだ?」

「奏……昨日は……」

「いいんだ。悪いのはあたしだから……」

「そうじゃない、そうじゃないんだ……。私は、奏に──」

 

 すれ違う二人の言葉。一瞬緩んだ二人の間の空気は、了子の通信で現実に引き戻された。

 作戦開始の報せである。

 

「……始めるわ」

 

 大仰な装置を起動。特殊周波が会場全体のスピーカーを介してドーム中を満たしていく。

 装者たちには特別何かが聞こえるわけではない。ミライもすぐに聴覚を地球人のそれと同じ閾値まで落としたので、この特殊周波に混乱することは無い。

 しかし了子が強く観測し続ける計器はどんどん高まっていき、それに並行して高い質量反応も観測されていった。

 

「……来るぞッ」

 

 奏の言葉に応えるかのように、七人全員が一斉に聖詠を唄い出す。

 奇しくも、装者たちがシンフォギアを纏うと同じくして、二体のカルマノイズが同時に出現した。

 

「最初から二体でくるたぁ、相変わらずノイズのくせにベタベタと仲良しこよしかってッ!」

「とにかく隙を作るわよ。そうしてS2CAでトドメを刺すッ!」

「頑張るデスッ!」

「うん、私たちがやらなきゃ」

「全力でいきましょうッ!」

「……我らが人類守護の砦だ。ここで決着をつけるぞッ!」

 

 ミライの握る銃から光弾が発射され、それが乱れ撃たれる中を装者七人が一斉に二体のカルマノイズへ向かっていった。

 クリスのガトリングと小型ミサイル、調の小型鋸がミライのトライガーショットの光弾と交わり前面を覆い、それを盾に他の装者たちが吶喊する。

 それに合わせたかのように砲塔型は散弾を発射して相殺。爆炎の中から多脚型の攻撃が伸びてくる。だがそれを切歌とマリアがいなし、間に伸びた脚の一本を響が掴まえ引き寄せて、勢い任せにぶん殴った。

 砲塔型に向かって吹き飛ぶ多脚型。二体のカルマノイズが衝突する瞬間に合わせ、両者を射貫く奏の突きと諸共に断ち斬る翼の一太刀が振るわれた。

 

「クリーンヒットデスッ!」

「普通ならこれで──」

「手を休めるなッ! この程度では届かんッ!!」

「クッ……バカの冗談はアイツだけにしてくれよなぁッ!!」

 

 思わず叫ぶクリス。翼の言う通り、カルマノイズは即座に回復と復元を開始し、瞬く間に攻撃態勢へと戻っていった。

 だがそこから攻撃に移る前にマリアのEMPRESS†REBELLIONがカルマノイズを斬りつけながら拘束し、一気に距離を詰めていた響の蹴りが吹き飛ばす。

 更に切歌と調が大型化した己が刃を発射し、更に押し込むかのようにクリスの大型ミサイルがカルマノイズを爆裂させた。

 

「いいねぇ豪快な一発ッ! 今のうちにッ!」

「立花、手をッ!」

「はいッ!!」

 

 翼と奏の手を繋ぐ響。小さな手の温もりを感じた瞬間、三人が申し合わせたかのように絶唱を口にし始める。

 フォニックゲインが上昇する中、それを察しカルマノイズたちの足止めに尽力するマリアたち。だが動きを止めた響たちの方へ、あらぬ方向から光弾が放たれた。

 

「危ないッ!」

「なッ──くうッ!?」

 

 即座にその光弾を相殺するミライだったが、慮外の攻撃を受けたことで吹き飛び、三人の手は離れて絶唱も途絶えてしまった。

 思わず全員の視線は其方へ向かれ、その先には漆黒に身を包んだ男……ブラック指令が立っていた。

 

「ブラック指令ッ!」

「野郎、来やがったか……ッ!」

「言ったはずだ、この世界は滅ぼすと。

 ──来たれ、クイーン」

 

 掲げる水晶。光は天を貫き、何処へと伸びていく。それを手繰り寄せるかのように、天から漆黒の怪獣が姿を現した。

 体躯はベゼルブよりも一回りは大きいが、ギラついた赤い目も鋭い爪もベゼルブのモノと相違ない。だが最も大きな違いである重厚な巨体は、帯びた丸みも相まって魔蟲の玉座に君臨するモノを思わせる。

 甲高い鳴き声を上げ、その怪獣──クイーンベゼルブは赤い目を輝かせていった。

 

「あれが、ベゼルブ以上の怪獣……」

女王(クイーン)……クイーンベゼルブ……ッ!」

『出し惜しみは出来ないわね……。最大出力で味わわせてあげるわッ!』

 

 了子の指示により発射される携行型荷電粒子砲。激しい光線はクイーンベゼルブの胸部へ直撃し、そこを焼くように爆発して煙に包んだ。

 だがそれを振り払い、何事もなくクイーンベゼルブはそこに佇んでいた。

 

「効いてないッ!?」

「ダウンサイズとは言えカ・ディンギルと同じモンだろッ!? んな馬鹿な……ッ!」

「ふむ……権能の再現には至らなかったが、十分な戦闘力は構築できていたか。ならば、ヤツらを始末する分には十分だ。

 人間も、ウルトラマンも、大いなる終焉の意志の下に散るがいいッ!」

「来るぞォッ!」

 

 奏の声と同時にクイーンベゼルブから破壊光線が発射され、薙ぎ払うかのようにステージを破壊していく。

 爆炎の中から更に放たれる砲塔型カルマノイズの散弾と、多脚型カルマノイズの連続打撃。無感情な生体兵器であるはずの攻撃から蹂躙と鏖殺の意志すら感じられてしまう。

 それ程までに激しい攻撃に対し、この場にいる装者たちとミライの八人は己が身を守る事で精一杯にならざるを得なかった。

 

「くッ、あああああああ──ッ!」

「皆さんッ! ──キャプチャーキューブッ!!」

 

 吹き飛ばされる装者たちに向けてキャプチャーキューブを発射するミライ。光の檻が七人を大きく囲い込み、光壁が更なる追撃を弾いていく。

 だがその瞬間は、ミライ自身に決定的な隙を与えてしまっていた。

 

「クク……ヒビノ・ミライを始末しろッ!」

「ッ!!」

 

 ミライに向けて発射されるクイーンベゼルブの破壊光線。最早反射的に、右手で左腕を強く擦り上げてから前に手を突き出すミライ。だが直後に起きた爆発に耐えられず、客席の方まで吹き飛ばされてしまった。

 頭から垂れ流れる血を感じながら、ミライはなんとか状態を起こしステージへと目を向ける。倒れていた装者たちの上に張り巡らされていた光壁も、すぐ後に砕け散っていった。

 

「皆、さん……ッ!」

「くッ……あ……」

「ちッ……くしょう……」

「なんとか、生きてるけど……」

「た……立てない、デス……」

「ダメージは、深刻……」

 

 全員が倒れ込み、なんとか立ち上がろうと蠢いている。キャプチャーキューブにより全滅は免れたものの、カルマノイズ二体分の瘴気を伴った攻撃は装者たちを確実に蝕み力を奪っていた。

 

『みんな、しっかりしなさいッ! 勝つんでしょうッ!?』

 

 通信機越しに了子の叱咤が響き渡る。だが声を上げている彼女自身も何処か息が詰まったような話し方だった。

 現場から距離のある会場施設内に居たものの、それでも僅かに、ほんの少しずつだが瘴気が侵食していたのだ。

 そんな危険を推してでも逃げることなく声援を送る了子の声に、徐々に皆が拳を握り力を絞り出す。ミライもまた左腕にメビウスブレスを顕現させ、宝玉に右手を当てていた。

 

(そうだ……僕たちは、勝たなきゃいけない……。ならもう、なりふり構ってなんて──)

「まだ、まだだ……ッ!」

 

 ミライの決意よりもほんの僅かに速く、立ち上がる者が居た。

 刃を杖とし、身体を支え無理繰りに……だが確かに自分の足で、ステージの上に翼が立ち上がっていた。

 

「まだ起つか……さえずるか」

「……私は、まだ唄っていたい。明日も、明後日も、この生命続く限りずっと……私は私の、”風鳴翼”の歌を絶やしたりはしないッ!」

 

 剣を振るい胸を張る。

 視線は変わらず前を向き、その先に在る空を視る。遥か彼方を、眼前の障害のその先を。

 夢と約束を信念に固める翼のその姿は、まるで鵬翼を広げたかのようだった。

 

(……凄いよ、翼。あんたは……)

 

 奏はその姿を見て……確かに嫉妬した。僅かな憎悪と遥かな憧憬を抱きつつ、此方の過去を重ね見ていた。

 ──だが、それと同じぐらい、彼女を何よりも誇らしいと思った。

 大きく開いた翼を、逆光の彼方へ羽撃こうとする姿を、生命輝くままに唄い続ける在り方を……。

 

 もう唄えないと思っていた。

 資格を失い、意味を失い、()を失った。そう思っていた。

 だがある者は期待の眼で言った。戦いの歌じゃない、あなたが本当に唄いたい歌を聞かせて欲しいと。

 ある者は強く叱咤するように言った。貴方が一緒に唄いたいと思っている彼女を、ちゃんと見なさいと。

 ある者は優しく我が事のように言った。過去の絆は貴方と繋がっている。そして、現在(いま)の絆は貴方と紡ぎ合いたいと思っていると。

 ──ある者は言った。今にも泣き出しそうな顔で、それでも涙を零さずに真っ直ぐこちらを見据えて言ってくれた。

 唄うことを、諦めないでと。

 

(……あたし、本当に駄目なヤツだなぁ。翼にあんな思いをさせて、それでも逃げようとして、未練がましく逃げられなくって……。

 でも……ああ、だけどもさ……そこまで無様晒して、やっと自分で認められたんだ。どんなにみっともなくとも、無様でも、見苦しくても……あたしは、翼の隣で唄いたいんだってさ。

 ──あんたと同じだよ、ウルトラマン)

 

 心の中、見開いた眼の先に立っていたのは自分と一体化した銀色の巨人。

 一度たりとも言葉を発さず、語り掛けもせず、ただ共に在りその記憶を垣間見るだけだった光。

 それと、初めて相対することが出来た。

 

(垣間見えたあんたの記憶で分かった……。あんたは、あたしと同じだったんだ。

 ずっと友と並び立っていたかっただけなのに、なんで自分だけが生き残ったのかも分からず……力を求めてもがき苦しんだ果てに、闇へと堕ちてしまった。

 それはこの世界であたしが歩んだ道であり、歩むかも知れなかった道。だけど……だけどさ)

 

 決意を抱いて奏は言う。時空の何処より来たかも知れぬ者へ。

 力強く、胸を張って。

 

(──あたしはもうその道を歩まない。みんなが大切なものを思い出させてくれたから。

 そして……ウルトラマン、あんたって光があたしの背に居てくれたから。そこから視せてくれたから。一緒だって理解ったから……あたしは、あんたと同じ轍は踏まない。

 大好きなみんなが、あたしを信じてくれてるからさ)

 

 心から漏れ出した自然な笑顔。明確な拒絶。

 ”彼”は最後まで何も言わず……しかし、奏の想いを受け取ったかのように、静かに首肯した。

 

 

 

 溶けて消え去った光の先、開いた眼の先に見えたのは、鵬のように羽を広げるかのような翼の姿。

 天羽奏がずっと見失っていた、片翼の奏者だった。

 

(……翼、お前は本当に強い奴だ。あたしなんかよりもずっと……。

 ──だけどあたし、そんなお前の横に立ちたいんだ。ずっとずっと思ってた。お前の隣に立って、唄いたいんだとッ!

 その為に、もう二度と”翼”を失うわけにはいかないッ! 翼が翼で在り続けられる絆を、途切れさせたりはしないッ!! 

 もう二度と──)

 

 傷だらけの身体を奮い立たせる。

 何の為に、誰が為に。

 そんな決意(もの)──たった一つしか有りはしない。

 

「──生きるのを、諦めないッ!!!」

 

 

 

 

 end.

 


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