絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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EPISODE 12【新しい風の中、両翼は再び空を舞い――】

「……私は、まだ唄っていたい。明日も、明後日も、この生命続く限りずっと……私は私の、”風鳴翼”の歌を絶やしたりはしないッ! 

 まだ──ッ!?」

 

 翼の啖呵を遮るかのように放たれるカルマノイズたちの同時攻撃。己が背後には倒れる仲間たち。退けぬ場に立つ翼は即座にアームドギアを構え、斬り捨てるように捌いていく。

 だが創痍の身で無理に立ち上がった翼自身も、瘴気を伴う猛攻を凌ぎ切ることは出来なかった。

 辛うじて仲間たちへ向かう攻撃は崩せたものの、自分へ向かう攻撃への対応は明らかに遅れていたのだ。

 

(くぅ……ッ! この攻撃は躱せないッ!?)

 

 目視と判断は刹那であれど、其処から動に転じるのは瞬息の間を余儀なくされる。そして状況は、瞬息の間すら許されぬ程に切迫していた。

 逃れ得ぬ攻撃を前に、翼は思わず彼女らしからぬ言葉を発していた。

 

「やはり、私一人では飛ぶことなんて──」

「なに、弱気なこと言ってんだ」

 

 耳に届く優しい声。かつて何度となく聞いてきた声。”この世界”で恐らく、初めて聞いた懐かしい声──。

 引き寄せられ抱きかかえられるような体勢になる翼。彼女を庇っていたのは他でもない、奏だった。

 

「奏ッ!」

「ぐうッ! はあ……ッ、はあ……ッ。

 ──なぁ、一人で飛ぶなんて、寂しいこと言わないでくれよな?」

 

 奏が受けたダメージを心配しそうになる翼だったが、先んじてそれを言わせないように……そんなものは何でもないかのように、明るい笑顔で言葉を向けていた。

 肩を寄せ合い、まるで其処に在るのが当然であるかのように並び立ち、翼が見ていた同じ空を見上げて言った。

 

「あたしも一緒だ、翼ッ! あんたの知ってる片翼より、ちょいとばかし情けないかもしれないけどなッ!」

(──ああッ! 忘れかけていたこの感じ……やっぱり、そう──)

 

 もう会うことは無かったその人。奇跡の先で会えた人。

 ずっと理想と想っていた人。ずっと現実に阻まれていた人。

 自分よりほんの少しだけ大きな身体で自分を支えてくれる人。泣き虫で弱虫な自分に支えさせてくれる人。

 自分の思い出に在る人とは違う人だけど……いや、違うからこそなにも変わらない人。そう──

 

(奏は、奏だッ!)

 

 目尻に僅かに涙を浮かべながら、しかしてそれを零さないように同じ空を見上げて、翼も思いの丈を言の葉に乗せて返していった。

 

「ううん、奏は最高の片翼だよ……ッ!」

「はははッ!」

 

 二人の間に溢れ出した、心の底からの素直な笑い声。

 変わらず死線の中に身を置きながらも明るく弾けた二人の笑顔に、装者たちにも微笑みが伝播する。それに反応したのか、奏の身体が光り出し、輝きが眼前へと広がっていきその場へ大きく形を成していった。

 

「これは……」

「怖じろよブラック指令ッ! お前らワルの天敵が、お前らをブッ潰したくて出て来たぜッ!!」

 

 光が集束し固着する。その姿は此の世界で見てきた赤と銀の光の巨人──ウルトラマンベリアルの威容だった。

 

「──クイーンベゼルブッ!」

 

 ブラック指令の言葉に甲高い声を上げながら動き出すクイーンベゼルブ。だがそれと同時に、ベリアルも走り出し跳び膝蹴りによる強襲をクイーンベゼルブへ仕掛けていった。

 まるで枷が外されたかのように自由に暴れるベリアル。その姿を何処か嬉しそうに見上げた後、倒れていた響たちに向けて奏が声を放っていった。

 

「おら、お前らッ! もう限界かッ!? ウルトラマンと一緒に戦ったって言う、そっちの装者の力はそんなもんかッ!!」

「奏さん……」

 

 かけられた発破に皆の心が起ち上がる。戦う銀色の背中に希望の光を見出している。

 例え身体が満足に言う事を聞かなくとも出来ることは確かにあるのだと、少女らの胸の奥にあるものが告げていた。

 故に、五人の装者はなんとか座り込む形で上体を起こし、不屈の眼で戦う者たちを見据えていった。

 

「言うじゃねーか……よ」

「なら、見せてもらおうじゃないの──あなたの力を」

「私たちの力を、奏さんと翼さんに……」

「……全部、もってけデスッ」

 

 力を振り絞り、五人の歌が奏ではじめられる。

 一斉に唄われるは絶唱──窮地を打開する為の、今出来る最大最後の切り札だった。

 手を繋いでいなくても歌を合わせていれば繋がれる。100%とは言わずとも、力の大部分は響へと集束していった。

 胸の前で祈るように手を重ねる響。皆の絶唱が重なると共に響のアームドギアも大きく変形していく。溜め込んだエネルギーを螺旋状に放出する、その最適な形へと。そして──

 

「セット、ハーモニクス……ッ。この力、……届けええええええッ!!」

 

 膝を地に立て、大きく振り被り腕を突き出す響。五色の輝きが奏と翼を包み込んでいく。

 肩を寄せ合う二つの片翼──奔流するエネルギーは二人のギアを傷付けていくが、輝きの中に在りつつも二人は落ち着きを保ちそれを受け入れていた。

 その中で奏は、帰らぬ者への想いを寄せていた。ようやく……素直な心のままに向き合っていた。

 

(……あの日、あたしを護るために唄って散った翼。その翼の想いを、あたしは、今まで裏切ってた……。

 ──ごめんな、翼。だけど、もうあたしは大丈夫だッ! 随分と時間がかかっちまったけど、今なら唄えるッ!)

 

 輝きが集束しギアの形状が変化する。

 溢れるフォニックゲインが天高く舞う鵬翼を成し、燦然と輝く白光が二人の装束を染め上げる。

 ──シンフォギアに施された数多のロックを、限定的なれど通常形態より遥かに多く解除した特殊形態……エクスドライブモード。

 仲間の力、友の力を得て二人は……天羽奏は、自らの前に立ちはだかる限界の壁を飛び越えたのだ。

 

 その心に導かれるように奏のギアから音楽が鳴り始める。胸の奥からは詩が込み上げてくる。

 懐かしい感覚……はじめてシンフォギアを纏ったあの日と同じように、自分の力が誰かを笑顔に出来ると知ったあの時のように。

 ずっと閉じられていた蓋が開かれて、その奥から絶え間なく湧き出てくる音階、流れ、詩、心。これは紛う事無き、”今の天羽奏の胸の内の歌”なのだ。

 

「……翼、それにみんなも、ウルトラマンも、聴いてくれ。戦いの為じゃない、あたしの歌をッ! 

 この歌で、あたしはまた飛んでやるッ! 取り戻した翼で……誰よりも高く、飛んでみせるッ!!」

「奏……ッ!」

「……翼、行くよッ!!」

「うん、行こう奏ッ!!」

 

 飛翔する奏とそれを追って羽撃く翼。高度は遥か、アーリーベリアルの眼の高さまで昇り、自然に彼と眼を合わせる。

 互いに首肯することは無く、輝きと共に空を駆ける少女の笑顔を、巨大なる光人は何処か力強い目で見送っていた。

 そこからUターンで地表に戻る奏。最後に”彼女”へ心を傾けたのは、縛り続けていた想いと別れを告げる為に──。

 

(見ててくれ、”翼”──)

 

 

 ==

 

 ──二人で共に歩んだ足跡は、”暴虐”から生まれ出でた残酷が飲み込んだ──

 奏の想いが言霊となり、音楽に乗せて紡がれる。

 涙でハネが濡れ、その重みで羽撃く事さえ出来なくなった日……ずっと隣にあった”右手”に添えようと手を伸ばすが、その手は力無く風を切り擦り抜けていった。

 あの日からずっとずっと……何度も何度も伸ばしては擦り抜けて、遂には力尽き羽撃く力をも失ってしまっていた……。

 そんな過去を唄うのは、真に心から過去を向き合う事が出来た証に他ならない。

 紡いでいく言の葉に向き合う強さを込めて、奏の歌声は高らかに戦場となったライブ会場に響いていった。

 

「うおおらぁぁぁッ!!」

 

 空中からの落下を加えた高速で二匹のカルマノイズに向かう奏。

 砲塔型が即座に奏を視界に捉え、撃ち落とすべく頭部から高圧縮された破壊弾を連続発射。だがそれを速度任せに、被弾を恐れることなく奏は吶喊する。

 そのまま勢いに任せて輝く槍を振り抜き砲塔を破壊する奏。滑りながらの着地の隙に襲い掛かるもう一体──多脚型カルマノイズだったが、その間に蒼光が割って入って来た。

 

「奏ッ!」

「翼ッ!」

 

 語る言葉はそれ以外に無く、であっても互いに意思の疎通はなされている。

 翼はその手に握られている刃を真円に回すと共に多脚型の脚を切り裂き、その隙に奏が槍を突き立てていた。

 

 そこへ響き渡る甲高い鳴き声。クイーンベゼルブの咆哮と共に目からの怪光線を奏と翼に向けて放とうとするが、アーリーベリアルがその顔を掴み無理矢理視線を逸らせることで攻撃をあらぬ方向へ向けた。

 そのまま首筋へ強烈な手刀を叩き込み、胸に膝蹴りとヤクザキックを打ち込みクイーンベゼルブを倒していった。

 すぐに起き上がり反撃とばかりに背中から二本の鋭い触手を伸ばすクイーンベゼルブ。触手はアーリーベリアルの胴体と首に絡まり、強く締め付けた。

 

「グッ、ウッ……!」

「そうはッ!」

「させっかぁッ!!」

 

 光翼を大きく羽撃かせた奏と翼。瞬く間に最高速度で上昇し、すれ違いざまにクイーンベゼルブの触手を攻撃。

 ダメージに怯み締め付ける力が抜けた瞬間、アーリーベリアルは首に巻き付いた触手を力尽くで引き千切り、胴体の触手を握り力任せにクイーンベゼルブを振り回してその場に叩きつけた。

 

 

「強い……。アレが、カタチを持った奇跡の歌……。アレが真の、ベリアルの光──」

「ミライさんッ! 大丈夫ですかッ!?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 片足を引きずらせながら歩いてくるミライに響がすぐさま駆け寄ってくる。頭の出血は抑えたものの、拭った血の跡は誰が見ても明らかだった。

 しかし返事を返した彼の表情は痛ましさよりも感嘆が勝っており、視線はカルマノイズやクイーンベゼルブに対し圧倒する三つの光の姿に向けられていた。

 

 

 身体を崩される度に復元するカルマノイズたちを追い立てて、更に攻撃を重ねて崩す奏と翼。

 高い硬度を持つ体表で耐えながら反撃を繰り返すクイーンベゼルブも、そのことごとくをアーリーベリアルに受け止められては更なる威力で返しされいく。

 形勢は逆転し、戦いを見守る者たちからは声援が送られている。その声……その光景に、奏はかつて失ったと考えていたものを思い出していた。

 逆光のスポットライトを浴びて、爆裂が齎す火柱と砂塵に演出され、己が光と歌がそれらを払いながら舞い唄う。それは、まるで──

 

(──ハッ、ライブだってのかよ……ッ!)

 

 その笑みは獰猛で、だが何よりも楽しそうに、奏はこの戦いを駆け抜けていた。

 

 

 

(……馬鹿な)

 

 瞬時にひっくり返った形勢を見つめながら、ブラック指令も思考を回転させていた。状況を認められない頑なな感情を抑え込み、冷静に展開を見定めていく。

 

(クイーンベゼルブ……完成体であればこうはならなかったか……? それともウルトラマンメビウス……光の国の干渉が入ったからか? 

 ──……いや、それだけではない。それ以上に我々の邪魔をしてきたのは……あの”歌”。シンフォギア装者たち。障害は、ヤツらの方だったか……)

 

 右手に携える水晶球に念を込め、クイーンベゼルブに向けて照射するブラック指令。その後マントを翻して足音もなくその場から去っていった。

 

(滅ぶまで滅ぼせ。全ての知恵を破壊するモノと呼ばれたならば、一片でもその力を邪魔者どもに見せ付けるのだ)

 

 漆黒の外套に包まれた者が闇の中に消える。誰もが生まれた奇跡が駆ける戦いに注視している間に、忽然と。

 

 次の瞬間、クイーンベゼルブの動きに変化が起きた。傷付いた二本の触手を伸ばして襲う──標的はアーリーベリアルでも奏たち装者でもなく、二体のカルマノイズだった。

 

「なにッ!?」

「一体、何を……!」

 

 触手に貫かれ動きを止める二体のカルマノイズ。そのままクイーンベゼルブは触手を身体に戻し、動きを止める。まるでそれは、捕食した物体を己が身に同化させているかのように。

 時間にして一分もない静止時間。顔を上げて奇声を上げるクイーンベゼルブは、吸収したカルマノイズと同じ多脚型に似た多数の触手と砲塔型に似た生体砲を腕に生えさせていた。

 

「捕食同化による強化……ッ! 攻撃が来る、奏ッ!」

「ボケッとしてる暇はねぇわなッ!!」

 

 翼の言葉通り、展開した触手が一斉に伸びて襲い掛かり、開放した砲塔からは破壊光弾が発射され奏たちとアーリーベリアルを諸共に攻撃を仕掛けてきた。

 再度光翼を羽撃かせ触手を避ける奏と翼。だが逃げ場のない飛行軌道と重なるように光弾が接近、直撃を受けてしまった。

 一方でアーリーベリアルはバリヤーを発生させて光弾を防いでいたが、奏たちを越えてきた触手がバリヤーを維持する腕に絡まり、防壁を取り除いた瞬間触手による連続殴打を叩き込んだ。

 墜落する双翼と倒潰する巨人。なんとか起き上がろうとするが、奏と翼の光は散り始め、アーリーベリアルも胸のランプが警鐘の赤に点滅し始めていた。

 

「クッ、うぅ……大丈夫か、翼……?」

「うん……まだ、こんなものじゃ……ッ!」

 

 凶悪が迫り来る。これまでの戦いの影響か無理矢理その身にカルマノイズを取り込んだ為か、クイーンベゼルブの表面にも幾つかの亀裂が走っていた。だがそれでもなお、目に映るものを滅ぼすべく歩みを進めてくる。

 迫る重圧に少し気圧されるものの、先に立ち上がったのは奏。彼女の後姿に、それを見ていた者たちは過去の傷を思い起こしてしまう。今なお焼き付くように胸を焦がす、彼の日の黄昏のように。

 だが、振り返った奏の顔に在ったのは、希望に満ちた強く明るい笑顔だった。

 

「なに不安がってんだッ! 翼も、みんなも、ウルトラマンもッ! あたしはまだ死なない……死んでなんかたまるものかよッ!!」

「……ッ!」

「──奏ッ!」

 

 奏に触発される形で立ち上がる翼とアーリーベリアル。振り絞った力は輝きとなって身体に漲っていく。

 一歩も退く気はない。それはこの背を、命の盾を見つめる者に向けて刻み宛てた手紙。

 此の今から未来に生きる戦士たちへ語りかける、『生きることを諦めるな』ということ。

 

「そうさ──この胸の歌に綴った願い、叶えるその瞬間まで、全部背負って生き抜いてやるッ!!!」

 

 駆け出す三人。しかしクイーンベゼルブの猛攻は止まらず、その攻撃に少なからず被弾していく。

 特に奏と翼は相手の大きさもあり、僅かに掠めるだけでもダメージは避けられない。

 だがそれに気付いていたのか、翼が二人より前に飛び出し、アームドギアを大型化させながら飛翔速度を上げていった。

 

「露払いは私がやるッ! 奏たちはアイツをッ!」

 

 エクスドライブの出力で放たれる蒼雷の閃撃──蒼ノ一閃・滅破。連続で放たれるそれはクイーンベゼルブの破壊光弾を砕き、触手を斬り落としていく。それをも抜いてくる触手には、脚部ブレードを大型化させ、回転蹴りの要領で斬り裂いていく。

 生まれた間隙、そこを縫うように飛び込む奏。直線的な羽撃きを直前で落とし、落下からの飛翔に似た軌道と共にアームドギアで強く斬りつける。

 それにより怯んだところへ、今度は目の前へ飛び込んできたアーリーベリアルがエネルギーを手に集め、爪を立てるように上から叩きつけた。

 更に引き下がるクイーンベゼルブ。その動きは衰え、生命力が無くなりつつあることを示していた。

 

「終わらせてやるッ! 行くぞ、ウルトラマンッ!!」

「ムンッ!! ……デュワッ!!」

 

 眼前で両腕を交差させ、即座に下へ広げるアーリーベリアル。瓦礫を巻き上げながら残された光のエネルギーを両腕に集中させるその姿は、地響き鳴らす猛獣の姿にも似ていた。

 奏もまた飛翔しながらアームドギアを大型化、その中へフォニックゲインを高めていく。まるで巨大な一個の鏃のような槍、その逆刺部からエネルギーを推力として噴射。両手で支えながらこれまで以上の加速を以てクイーンベゼルブへ吶喊していった。

 逆光の記憶(メモリー)に、ずっと笑顔で向き合う為に。”あの人”が描いた自分である為に。

 君ト云ウ音奏デ、尽キルマデ──

 

「これがアタシの、とっておきだァッ!!!」

「デュッワァッ!!!」

 

 広げた腕を十字に構え、最大出力の光波熱線を放つアーリーベリアル。赤雷を纏う白銀の輝きが亀裂の入ったクイーンベゼルブの胸部に直撃。

 悶える其処へトドメの一撃を加えるように、奏が繰り出した全力の一撃──【ULTIMATE∞COMET】が突き立てられ、相乗した二つのエネルギーがクイーンベゼルブの体内に大爆発を齎した。

 

 炸裂する光。崩壊する闇色の魔獣。収束と静寂が齎すものは、この戦いの終結だった。

 

 

 

 

 夕陽を背に佇む奏。翼たちに声をかけられ、振り向く姿はとても明るい笑顔だった。

 だがその直後、ギアの強制解除と共に奏の身体が崩れその場で仰向きに倒れ込んでしまった。

 

「奏ッ!?」

 

 自らのダメージを押して奏の下に駆け寄る翼。最悪の事態を想像してしまったが故に、彼女の表情には焦りが浮かんでいた。

 しかしそんな彼女の心配を他所に、奏は茜色に染まった空を見上げて安らかに微笑んでいた。

 

「奏、奏ぇ……ッ!」

「……わりぃ、ちょっと疲れちまった」

 

 その場に座り込んで心配そうに呼びかける翼の頭にそっと手を置き、軽く撫でるように言葉を返す奏。その顔には精魂の尽きた死相ではなく、全力を出し切った充足感に満ちていた。

 一方で心配を反故にされた翼は、思わず笑顔で文句を口にしていた。

 

「……奏は、やっぱりいじわるだ」

「だったら翼は、まだまだ泣き虫で弱虫かな? 

 ──本当に久し振りだ。腹の底……胸の奥底から、こんなにも全力で唄い切ったのは」

「……最高の歌だったよ、奏……」

 

 奏の手を握り、目元に薄ら涙を浮かべて翼が彼女を心から讃える。

 彼女もまたそれに応えるように、握られた手を握り返して嬉しそうにまた微笑んでいく。

 

「ああ、ありがとう……。

 ……なあ、翼。唄うって、こんなに楽しくて、気持ちのいい事だったんだな。それに──」

「「すっげぇ腹減るみたいだ」」

 

 重なる二人の声。安らかな笑顔を向ける翼に驚いたのは、奏の方だった。

 だが少し間を置いて察した。きっとそれが、目の前にいる「翼」とあっちの「自分」との絆なのだろうと。

 

「──なんだ、考えることは同じだったのかよ」

「うん。だって、奏だもん」

「そっか。……そうだよな。

 翼、今度こそ誓うよ。あたしはもう、歌を絶やしたりなんてしない……。この声が枯れるまで、唄い続けるから」

「うん……うんッ! 私は奏の歌が大好きだから……聴かせて欲しいッ!」

「ああ、聴いて欲しい。翼が好きだと言ったあたしの歌声で、この世界を一杯にして見せるから……。

 たとえ世界が離れていても、あたしは”翼”の片翼だから……」

 

 決意と誓いを交わし、笑顔を分かち合う。

 やがて二人の視線は、夕焼けに佇むアーリーベリアルの方へ向けられていた。

 

「あんたはこれからどうするんだ?」

「…………」

 

 奏からの問いに答えることもなく、空に向かって両手を伸ばすアーリーベリアル。そして僅かな掛け声と共に空へと飛び立ち、光になって消えた。

 それは、あまりにもアッサリとした別離だった。

 

「……彼は、何処へ帰るんでしょうね」

「ヒビノさん……」

「最後まで、僕は彼がなんなのか分かりませんでした。

 ウルトラマンベリアル……力に飲まれ邪な覇道を歩む者……。でも飛び立った彼は、どれだけ荒々しい心があっても間違いなく”ウルトラマン”だった……。彼は──」

「アイツも自分の居場所に帰る。それだけだよ」

 

 ミライに向けて奏が言う。光の巨人であるウルトラマンベリアルと一体化を果たしていた彼女が。

 

「アイツは、あたしと同じような想いを抱えてた。だから一緒になれて、一緒に戦えた。

 でもあたしは、翼たちに手を差し伸ばされて、その想いから抜け出すことが出来た。だからアイツとも離れ、お互い自分の居場所に帰っていく。あたしはあたしとして、この世界で……アイツもきっと、アイツとして何処かの世界に。

 多分、きっとそれだけのことなんだ」

 

 奏の抽象的な……だが何処か確信めいた微笑みで語った言葉に、ミライも思わず微笑んでいた。

 見失った光に馳せる想いは、どんな形であれ人と共に戦ってきた”彼”を信じることだった。

 

 

 

 ==

 

 確認されていたカルマノイズの全滅とブラック指令の蒸発、ベゼルブの再襲来の兆しも無く、弦十郎は今回の戦いの終結を判断した。

 元の世界への報告や傷の治療、体力回復の為に装者たちは勿論ミライや二課の実働隊員たちは数日間の静養をしていた。

 報告に戻った際、エルフナインからもギャラルホルンのアラートが現在停止していることを告げられ、二重の意味で異変が終息したことを理解し合っていった。

 

 ──そして後日。

 

 復旧の目途がついたライブ会場。完全に直ったとはまだ言い難い状態ではあるが、ステージとアリーナ部分は十全な修復が為されていた。

 ステージ前で人と話し合いをしていたのは奏。その身に纏っているのは、白と赤のグラデーションが美しい彼女のライブ衣装だった。

 そんな彼女の下に、戦いを共に潜り抜けた仲間たちが歩み寄って来た。

 

「ってうおッ!? お前、そんなにサイリウムたくさん持って──ガチじゃねーかッ!?」

「当然ッ! 全力で楽しまなきゃッ!」

 

 見るからに気合の入り過ぎた響のライブ装備を目にしてクリスが思わず引く。一方で調や切歌は勿論、ミライまでも響の格好に倣っていた。

 

「後輩どもはともかく、あんたまでなにやってんだ……」

「僕ライブは初めてなんですッ! なので響さんに色々と教えていただきましたッ!」

「つっても、今日はリハーサルなんだけどな」

 

 少し呆れ顔で奏が言う。今日は本番前日の最終練習日。観客は入れず、関係者のみで行う通し練習であり、観客を巻き込むことで更に燃焼する本番の熱狂にはアーティストの努力だけでは至れないものだ。

 奏もそれを理解っており、それ故に彼女らへ気を使って言っていた。しかし、響のテンションはそんなことで落ち込む事などあるはずがなかった。

 

「いやいやいや、奏さんの歌をわたしたちで独占できるんですよッ!? こんなありがたい事を前に盛り上がらずにいられますでしょうかッ! 

 ほらクリスちゃんも、もっとテンション上げてッ!!」

「い、いや、あたしはいいってッ!」

 

 装者の仲間としてではなく、ただの一介のファンとしての響のテンションに困り果てるクリス。ミライは調と切歌からライブの作法やらサイリウムの振り方やらを一生懸命学んでいる。

 マリアはその何処か微笑ましい光景を眺めていたが、隣では現実に苦悩する声が出ていた。翼である。

 

「くッ、どうしてなんだッ! 明日は奏の復帰ライブだというのに……何故私たちは今日、帰らなければいけないんだッ!」

「仕方ないじゃない、私たちにも仕事があるんだから。私たちの歌を待っててくれるファンを蔑ろには出来ないでしょう?」

「それは分かっている。分かっているが……」

 

 肩を震わせる翼。あまりの無念……せめて、奏が皆の前でもう一度大きく唄う姿を目に焼き付けてから帰りたかっただけだと言うのに。

 そう悶々とする翼に向かって、奏が声をかけてきた。

 

「翼、あたしを心配してくれてありがとな。でも、あたしはもう大丈夫だから」

「あの、奏……」

「ん? どうした?」

「やっぱり、私──」

 

 思わず零れそうなった言葉を、奏はその手で制止させる。

 分かっていても、それは口にしてはいけない事だ。

 

「翼、ちゃんと帰れよ? 向こうで翼の歌を待ってる人たちが大勢いるんだろう?」

 

 出鼻を挫くように先に言葉にする奏。対する翼は、素直に感情を吐露していった。

 

「……奏は、寂しくないの……? 私は、奏がいないと……」

「おいおい、なに泣きそうになってるんだよ」

「な、泣きそうになんてなってないッ!」

「どうかな? 翼は泣き虫だからなぁ~」

「……奏は私にいじわるだ」

 

 普段は見せない、見る事のない心を許しきった翼の姿。それを見て感嘆したのは、S.O.N.G.の仲間たちだった。

 

(なに、この剣……可愛すぎッ)

「うわぁ……すんごいレアな翼さんだ……」

「そうなんですか? でも、確かに普段とは違いますね」

「見たことない表情してるデス……」

「ちょっと、びっくり……」

「……なあ、ありゃ誰だよ?」

 

 多様な表現ながらも皆が一様に口にしたのは、今まで見た事の無い翼の一面だった。まるで親鳥と離れることを恐れる雛鳥のような……そんな表情。

 そのような自分の素を一面を見られ、照れ隠しなのか翼は赤面したまま皆に怒りをぶつけていった。

 

「お、お前たちッ! 人をじろじろと見るなッ!」

「ハハッ! まったく、翼はいい仲間を持ってるね」

 

 楽しそうに、そして嬉しそうに笑う奏。ずっと見られなかった──ようやく自然と見られるようになった顔をされると、翼はもうそれ以上何も言えずにいた。

 奇しくも”奏の顔に免じて”となったのである。

 

「それはそうと……今日はリハーサルなんだよね?」

「ああ、そうだよ。当り前じゃないか」

「それにしては、やけに人が多いような気が……」

 

 リハーサルの常套としては、その場にいるのはアーティストとマネージャー、開催運営の各スタッフ程度となる。

 翼たちは奏や弦十郎が特別に手を回して招待客として入れて貰ったのだと聞いていたが、それを差し引いても翼の知るリハーサルの常套とは離れた人の多さであり、その大多数が和気藹々としている。

 運営スタッフとも思えない顔触れが並んでいることに、翼は疑問を感じたのだった。

 

「当然じゃないですかッ! だって今日は、ツヴァ──」

「「ああああッ!!!」」

 

 その理由を答えようとした響が、調と切歌の唐突な叫びに止められてしまう。

 二人の突然の声に思わず怪訝な顔をする翼だったが、調がすぐに、努めて冷静に翼へ言葉を返していった。

 

「みなさん、二課の職員だそうです。奏さんの歌を聴きたいって集まったみたいで」

「仕事ほっぽり出してまで……大丈夫なのか?」

 

 それを聞いて周りを見回してみると、確かに藤尭や友里といった見知った顔もあった。

 仕事を放り出すのは確かに褒められた話ではないが、此処に立つ二課の者たちはたった独り壊れかけた心で戦う奏の銃後を守護るという役目を担い並び立てずとも戦ってきた大切な仲間だ。

 そんな彼女が心を繋ぎ合わせ、生きる今を唄おうとしている。駆け付けぬは不義理だろうと翼は思い、微笑んだ。

 だがその傍らで、今度は奏がその顔を曇らせていた。

 

「…………」

「……奏、大丈夫?」

「ああ、大丈夫……つったけど、やっぱりブランクがあると緊張するな。本番近いからなのか、二課のみんなが総出で来てくれたからなのか……リハとはいえ身体が震えていやがる。

 ハハ、翼と一緒にデビューしたての頃を思い出すな」

 

 小さく笑うもののその顔には不安が滲み出ている。そんな彼女の顔を見て、翼が思うことはただ一つだった。

 

(……奏が困っているのに、私は……何も力になれないの? ──いや、そんな事は無いはず……ッ!)

「…………奏ッ!」

「ん? どうした翼」

「私に何か出来ることはないッ!? なんでもいい、奏の役に立ちたいッ!」

「翼……。

 いや、ダメだ。これ以上翼に頼るなんて──」

 

 申し出はありがたくとも、此処に至るまで何度も何度も助けて貰ってきたのだ。自分の力で羽撃くと決めた以上、彼女を頼りにしてはならない。

 奏のそんな思いを受け取りつつも、翼は出した言葉を投げ棄てたりはしなかった。

 

「奏ッ!」

「……本当にいいのか? お願いしても」

「うんッ! 私に出来ることならなんでも言ってッ!」

「……ハハ。わかった。なあ、アレを持ってきてくれッ!」

「はいデースッ! 準備万端デスよッ!」

「うん、皺一つ、つけてない」

 

 奏の笑顔──何処か意地悪な巧みが成功した時に見せる顔をしながら周りに指示を出すと、すぐさま調と切歌が一着の衣装セットを持ってきた。

 奏の着ているものと同じデザインで、カラーリングは青から白のグラデーション。この衣装には、翼も見覚えがあった。

 

「これは……私のステージ衣装?」

「いや~、実は一人で唄うのがちょっとばかし不安だったんだよ。なんせリハとは言え久々だからさ。

 翼が一緒に唄ってくれるってんなら、これ以上に心強いものは無いなッ!」

「……え?」

 

 理解が追い付いていない。

 しかしそんなことはお構いなしにと、調と切歌は周囲に陣取り、響は翼の背を押し始めていた。

 

「ほらほら翼さん、着替えて着替えてッ!」

「ええッ!? 着替えてって……わ、私も唄うのッ!? 私は、こっちの世界の人間じゃ──」

「リハーサルなんだから、なにも問題ないさッ! それに、さっき『なんでもやる』って言ってたじゃないか」

「そうだけど──って、みんなは知ってたのかッ!?」

 

 驚愕の声が翼の口から洩れ、クリスやマリアたちにも向けられる。そこで初めて、ようやくのネタ晴らしとなった。

 

「まあ、そういうこったな」

「ごめんなさい。翼の困る顔を見たいって、みんな聞かなくて」

「マリアも見たいって言ってたじゃないデスか?」

「うん、うん」

「今日は一夜限りのツヴァイウィングライブですッ! あ~ッ! 未来も連れて来たかったな~ッ!」

「風鳴司令から映像記録の許可もいただきました。帰ったら未来さんやエルフナインさん、S.O.N.G.の皆さんとも一緒に見ましょうッ!」

「くッ! お前たち、わたしを嵌めたのかッ!? よもやヒビノさんまでも共謀(ぐる)だったとは……ッ!」

「……もしかして翼は、あたしと一緒に唄うのは嫌なのかい?」

「そ、そんなわけないッ!!」

「なら、何も問題ないじゃないか」

 

 ぐぬぬと遺憾を現す翼だったが、奏からそれを言われると否定出来るわけがない。

 そこまで読まれていたとなると、それもまた己が身の未熟さ。自分で「なんでも協力する」とも言い、こうまで乗せられてしまった以上……何よりも奏からそうまでして一緒に唄うことを望まれた以上、絶対に応えざる得なかった。

 

 ──翼自身も、本当はそう出来ればいいと、ずっと望んでいたのだから。

 

 

 

 

 

(あの日──翼があたしを助けてくれたあの日、あたしの時間は止まっちまった。

 だけど、翼ともう一度唄うことで、動き出す気がする……。前へ進める気がするんだッ!)

 

 

 

 ステージの袖、光が差し込む外を見て、奏は笑っていた。とても……とても嬉しそうに。

 

「奏……」

「なあ、翼──」

「なに、奏?」

「……あたしと翼。両翼揃ったツヴァイウィングは──?」

 

 知っている。この言葉の先を。

 覚えている。この言葉の持つ意味を。

 だから返す。満面の──持てる最高の笑顔で。

 

「──どこまでだって、飛んで行けるッ!」

「良い返事だッ! それじゃ、行っくよぉーーッ!!!」

「ま、待ってよッ! 奏ぇッ!!」

 

 両翼は再び空を舞う。

 巨人と共に守護り手に入れた、新しい光の中を──。

 

 

 

 

 

 

 ==

 

 

 ──其処は光無き暗室。僅かな瞬きだけが入り込む静寂の間。

 鎮す玉座に、漆黒の者が座っていた。その眼に光も宿さず、ただ静かに、其処に居る。

 そんな静寂の間へ、立ち入る者がいた。眼を赤く、口に当たる部分を黄色くを光らせて……その者、魔導のスライは闇の中に佇んでいた。

 

「……様。ベリアル様……」

「…………」

 

 主君の名を呼ぶも返事は無い。だがその眼が紅蓮の光を帯びたのを見て、ようやく主君の意識が此処に無かったことに気付いた。

 

「いかがなさいましたか? 呆としているなど珍しく……。まさか、何者かに攻撃をッ!?」

「喚くなスライ……。ガラにもなく眠ってしまっていただけだ」

 

 威圧的なその言葉には沈黙を余儀なくされる。それでもスライは、威圧を止めぬ主君に怯みながらも当たり障りのない言葉を返していった。

 

「……さ、左様でしたか。いや、ベリアル様であろうともご休息の時間は必要でしょう。邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

「構わん、ちょうど終わる頃合いだったからな。計画はどうなっている?」

「ハッ、万事滞りなく……と言いたいのですが、あの新参者がどうにも上手く行ってない様子。

 腕は確かなのですが、如何せん複数の超技術を絡み合わせ個に至らしめる行い故に、未だ完成には至っていない模様で……」

 

 ”計画”の状況を話すスライ。事によっては主君の激を受けてしまうものと考えていたが、齎されたのは彼の予想に反したものだった。

 軽く投げられたモノを受け取るスライ。それは白く輝く光のエネルギー体だった。

 

「これは……?」

「そいつを使わせてみろ。俺様の覇道には”不要なもの”だが、計画に使えるならば価値も生まれるだろう」

「──仰せのままに」

 

 深く頭を下げ、光を抱えてその場から立ち去るスライ。それを見届け、主君はまた外に目を向ける。

 紅蓮の眼に映るは宇宙の闇。耳に届くは虚空の無音。……今はまだ妄目の内にある煉獄と死屍をただ想う。

 眼前の星が最期の輝きを放ち、暗室へと入り込む。衝撃も何もないその輝きの中……逆光の果てに何かを見た。何かを聞いた。

 だがそれに、心が向くことは無かった。

 

「──崩滅の煉獄が輝き、悲嘆の叫びが凱歌となる。オレ様の覇道には、其れこそが相応しい」

 

 本当の君が、其処にいる。迷いのない眼差しで、全てを捨てて戦うその姿。

 

 ──”ウルトラマンベリアル”。今はまだ誰も、君を止められない。

 

 

 

 

 end.

 

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