夢を見る――失クシタ夢。
合わせ鏡が映し合う夢は、いつしか互いを侵食し、太陰は太陽を皆既に食らい始める。
在り得た存在であり、在り得ざる存在。
彼我の結び付きは言うなればメビウスの輪。
なれど其の手の在り方は鏡映しが如く反転に在りし。
其処は、
EPISODE 01【翳る太陽】
「とぉおりゃああ──ッ!」
剣迅一閃、極彩の異形が黒炭と化して消える。蒼刃を構え直しながら、少女はすぐに本部へ通信を取る。
「周辺住民の避難状況はッ!?」
『2ブロック先の老人介護施設の避難が遅れています。あと最低5分、現エリアにノイズを拘束してください』
「オッケー、了解だッ!」
通信を着る蒼の戦装束を纏う少女。思わず一息吐いたちょうどその時、何処か似た戦装束を纏う二人──片や赤、片や白銀を基調としている──が集まり、話しかけてきた。
「それで、どうするのかしら?」
「この先の介護施設の避難がまだ終わってないらしいんだ。敵をここに5分以上足止めしなきゃいけないんだけど……」
「じーちゃんばーちゃんに急げっつっても無理だろーしな……。要するに、ここを抜かれなきゃいいんだろ?」
「言っちまえばそういう事だ。協力、頼めるか?」
蒼の少女の言葉に力強く首肯する二人……クリスとマリア。そのまますぐに迫る危難を防ぐ作戦を立てることとする。
「それで、どうする?」
「敵はまだ私たちの存在に気付いていないはず。三方から同時にたたみ掛けましょう」
「伏兵による奇襲作戦か。囮役が一番危険だが……」
「心配すんなクリスッ! ずっと一人でアイツらとやり合ってきたんだ、囮ぐらい屁でもねーぜッ!」
馴れ馴れしく名を呼ばれたクリスは勿論、それを聞いていたマリアも困惑していた。
彼女は出会い頭からこうだった。人懐っこいのは性格の差異でまだ辛うじて納得は出来るが、クリスに対しては特別距離が近い。
こちらが敵対者でないことは一応分かったと言われたが、何処まで本当か疑わしい。そんな理解不能さが彼女を苦しめていた。
「ったく……コレが本当に”あの先輩”なのかよ……」
「どうしたクリス?」
「……いいえ、こっちの話よ。それより時間が無いわ。早く始めましょう」
「ああ、任せとけッ!」
走り出す蒼刃。濃紺の髪は大きい跳ねを作ってはいるが、後ろ髪は流れるほど長くはなく、肩ほどの長さで切り揃えられている。
口調も態度も空気もまるで違う彼女だが、その蒼い戦装束の姿は二人が知る姿と相違はなく、二刀両刃の剣形と太刀筋は違えど煌めく蒼雷にも相違はなく、戦場に響くその歌声にもまた相違はない。
故に否が応でも認めるしかなかった。二人の前で戦っている彼女は、他でもない『風鳴 翼』であると。
「……そういうわけだから、フォローお願いね、ヒビノさん」
『わかりました。避難誘導といざという時の迎撃はお任せくださいッ!』
今回も同行し避難誘導に当たっていたミライに連絡を済ませるマリア。自分の策やこの場の装者たちの力量を疑う事はないが、備えを重ねる意味は大きい。
彼が後ろに居てくれるなら、避難者に降りかかる危険は確実に減るのだから。
クリスとマリアもすぐに駆け出し、互いに翼へ注意を引かれているノイズの側方から攻撃を開始。絨毯爆撃のようにクリスのミサイルが火を噴き、ノイズの群れの一部を破壊。他がそちらへ向いた瞬間、マリアの蛇腹剣がムチのように伸びて視線を外したモノをバラバラにしていく。
中央で一人暴れる翼をフォローするような連携ではあるが、流石に即興ではボロも出るもの。ノイズ数匹が装者三人を突破し、他の虚弱生体──介護施設より避難のために出て来た老人を目掛けて走って行った。
「やべッ!」
「くッ──無理にでも狙うっきゃッ!!」
クリスがアームドギアの形状を、片手で保持できる程度の長身銃に変える。そのまま走り抜けるノイズに向けて即座に狙いを定め、引鉄を引こうとしたその刹那、別方向から飛んできた光弾がノイズを貫き黒煙へと散らせた。
「お待たせしましたッ! 僕も迎撃に加わりますッ!」
老人たちと施設職員の女性たちの前に立つ、銃を構えた青年──ヒビノ・ミライ。頼れるもう一人の仲間は、その場に腰を落としていた人たちに声をかけ、起ち上がらせて逃がしていく。
自らの務めを確実に遂行していった。
「なぁ、あの人は?」
「私たちの心強い味方、ってところかしら。不思議な人だけどね」
「そっか、なるほどッ!」
たったそれだけで委細承知する翼。その早すぎる納得に本当に分かっているのかと不安を覚えるマリアだったが、そう思っている矢先に翼の通信機が鳴り出した。
「はいこちら翼ッ!」
『ノイズの出現反応を感知しました。介護施設の東方500m程の地点、避難民と鉢合わせになる可能性があります。早急に殲滅を』
司令と思しき者からの連絡を受け、目を丸くして件の地点に目を向ける翼。そこには確かに、新しくノイズが出現し、同時に老人たちの金切り声が響いて来た。
「やっべぇッ!?」
「ヒビノさんだけじゃ手が回らない──」
「ウダウダ言っる場合じゃねぇなッ! 行くぞッ!!」
人々の恐怖の叫びがその場を包む中、ミライは避難途中の人たちを集めてそこを守護るようにトライガーショットをノイズに向けて構えていた。
(キャプチャーキューブは使える……。でも、この物量からの攻撃に制限時間いっぱいまで耐えられるか……!?)
ノイズの動きを牽制しながら思考を巡らせるミライ。マリアたちも既にこちらへ向かって走っているのは分かっている。その間、どうやって時間を稼ぎつつ誰一人ノイズの攻撃に遭わないようにするか……。
一刻の猶予もない中で、ミライは防御を固めることを決意した。最悪、自らに秘された”力”を行使せざるを得ない。だがそれで自身の存在が疑われようとも、ここに居る誰かが犠牲になるよりずっとマシだ。
そう思いながらシリンダーを青に変えて狙いを定めた瞬間、空中より何かが降って来た。
「な──ッ!?」
降って来た何かは、二又のマフラーを靡かせながら黄金の光を線のように走らせノイズを貫き、または刎ねながら黒炭に変えていく。その動きで、ミライはそれが徒手空拳であると理解した。
型に嵌らぬ、何処か野性味を感じる暴力。目に映る標的をただひたすらに貫き引き裂いていく戦い方自体は、彼自身何度か見た事はあった。
ただ驚いたことは、そんな殺意と暴力に頼り切った戦いをしていたのが、自分の仲間と同じ顔……同じギアを纏っていた少女だったことだ。
「響……さん……?」
少女──立花響は一瞬だけ彼を一瞥する。いや、その視線は彼個人にではなく彼とその背後でうずくまる者たち全体に向けられていた。
何かを確認した後、すぐにその場を去ろうとする響。そこへ、翼の大きな声が轟いて来た。
「あ──ッ! またお前ぇッ!! 立花響ぃッ!!」
その声を聞いて露骨に嫌そうな顔をする響。なにも語らずそのままで居たところに、今度はクリスが話しかける。
「助かった、いいタイミングで来てくれたな」
「…………ッ!」
「な、なに怖い顔してんだよ。似合わねーぞ?」
即座にクリスに向けて警戒心の塊のような目を向け睨む響。そんな彼女にクリスは普段通りに返してしまうが、彼女は返事もしない。
「おい、返事ぐらいしたら──」
そう詰め寄ったとき……響に向かっておもむろにクリスが手を伸ばした瞬間、伸ばされた手を響は強く跳ね除けた。
「痛ッ! な、なにをッ!?」
「──…………ッ」
「お前ッ! クリスになにすんだぁッ!」
「お、落ち着きなさいッ! 貴方も、ちょっと待ってッ!」
思わず飛び掛かろうとする翼をマリアが羽交い絞めにして抑える。一方で響は踵を返してそのまま歩き去っていく。
「──響さん、ですよねッ!?」
立ち去る背中に向かって彼女の名を呼びかけるミライ。だがそれでも、彼女は止まることなく歩みを進め、夜闇の中へ消えていった。
==
ギャラルホルンの鎮座する、クリスやマリアの故郷となる世界──以後、それを【基幹世界】と呼称する──にて。
此度の並行世界へと渡る任務……その発端となったのは、数日前の出来事だった。
「あ、響さん未来さん! おはようございますデスッ!」
「おはようございます」
「よう。今日は遅刻しないで済みそうだな」
登校途中の響と未来に普段通りの挨拶をする切歌、調、クリス。三人に対し、響と未来も返事をする。
「あ、ああ、おはよ……」
「おはよう。朝から三人一緒なんて珍しいね?」
「実は夕べ、クリス先輩の家で勉強を教わってそのままお泊りしたんデスよ」
「へぇ、そうだったんだ。にぎやかで楽しそうだね」
「にぎやかすぎてこっちの勉強に手ェ付けられなかったよ……。まったく、いい加減自分らの力で勉強しろってんだ」
「その割には嬉しそうだけど」
「し、仕方なくだッ! そ、卒業しても先輩であることに変わりはないからなッ!」
若干赤面しながら少し声を荒げたように言うクリス。だがそれも彼女の照れ隠しであることを、未来は当然のように見抜いていた。
別にそれは気にすることでもないと未来は言い、切歌もそこに乗りかかってクリスに自分たちと過ごした夜は楽しかっただろうと自慢げに話していく。そんな彼女へクリスが突っ込むという普段の光景の一幕。
和気藹々とした他愛ない話を傍で聞きながら、思わず響が溜め息を吐いていた。
「ふぅ……」
「なんか、今日はあんまり元気がないデスね?」
「響さん、具合悪いんです……?」
「うーんちょっと寝不足で……きっとそれが原因」
「昨日うなされてたもんね……。何か嫌な夢でも見たの?」
少し心配そうな未来の問いに、響はすぐに笑顔で返していった。
「嫌な夢……と言うより、変な夢かな……。でもただの夢だし、心配すること無いよ!」
「そう……?」
「うんッ! でもさー、どうせ夢を見るんだったらもっと楽しい夢をみたいよねー。ご飯がいっぱいの夢とかッ!」
「おおッ! それは確かに夢のある夢デスッ! 調の作ったご馳走に溺れる……考えただけでよだれが出そうデスッ!」
「だよねだよねッ! みんなで美味しいご飯をいっぱい食べる、夢のようだよーッ!」
「夢のようと言うか、見たい夢の話ですよね……? でも、私もそんな夢は見てみたいです」
明るく話を広げる響に対し、楽しそうに乗っていったのはまず切歌。調もそれに続くように話に加わっていく。
三人の明るい話を聞きながら、クリスが溜め息一つ。自分が心配なんかすることなく、響はいつも通り元気だったからだ。
「ったく、馬鹿を心配したあたしが馬鹿だった」
「フフ……。でも、心配してくれてありがとう、クリス」
未来の言葉にしまったと思いながら、少し顔を赤らめつつも今度は否定しないクリス。滑ったとは言え自分の口から出た言葉には責任を持ち、決して裏切ってはならない。
前に授業で、”先生”から教わった事だった。
S.O.N.G.移動本部、訓練室。
放課後の昼過ぎ、日課ともいえる訓練の為にそこにいた翼とクリス、そしてミライ。そこに響と未来がやって来た。
「すいません、遅くなりました」
「お邪魔します」
「おや、珍しいな、今日は小日向も一緒か」
「はい。ちょっと、響の体調が気になって……」
少し心配そうな顔で響の方を向く未来。だが響はそんなこと気にしないと言わんばかりに、楽観的に返していった。
「響さん、どこか悪いんですか?」
「いえいえそんな。本当に大丈夫なんだけどなぁ……」
「全然そんな風には見えなかったよ。今日は学校でもほとんどずっと寝てたし……」
「この馬鹿が授業中に寝てるのはいつものことじゃねーのか?」
「そうさな……立花ならばそうであっても可笑しくはないと思うが……」
「翼さんもクリスちゃんもヒドいッ! 否定できないけどッ!」
「普段の行動の現れだ。酷いと思うなら改めるようせねばな」
それは紛れもない彼女らの日常。無くすことのない世界の一片。だが未来の不安は払拭されないまま、思わず声を挟んだ。
「……でも、いつもの居眠りとは違うように見えました。すごく疲れてるようですし、居眠りする響の寝顔も何処か苦しそうで……。先生に起こされた時もいつもの機敏さは無く、なんだか辛そうに見えると先生からも言われてました」
「寝起きを指摘されるのはそもそもどうかと思うが、先生からそう言われるってのも大概だな……」
「それに、食欲も最近無いみたいで……。普段よりもご飯のおかわりは二杯分も少ないですし、食べる量そのものが減ってるようで……」
(普段一体どれだけ食ってんだコイツ……)
内心で突っ込むクリスだったが、翼は至って真面目に未来の訴えを聴き、熟考していた。
「ふむ……だが最近は危急の任務も無く、訓練としてもそう根を詰めた事はしていない。風邪の引きはじめ、などではないか立花?」
「いやそれは無いでしょ先輩。なんとかは風邪ひかないって言うし」
「更に増してクリスちゃんが酷いッ! でも、本当にそういう感じは無いんですよねぇ。別に熱っぽさもあるワケじゃないですし……」
「そうですか?」
と、あまりにも自然に響の額に自分の左手を当てるミライ。そのまま真剣な顔で右手は自分の額に当てていく、俗に見る発熱確認の手法……それに思わず驚きの声を上げたのは未来だった。
「み、ミライさんッ!?」
「……確かに、そんなに熱があるようには思えませんね」
「えへへー、ミライさんの手あったかーい」
「そ、そういうのは私がいつもやってますからッ! 大丈夫ですッ!」
「そうですか。なら熱に関しては大丈夫そうですね」
何処か焦った未来の言葉にも笑顔で優しく返事をし、響から手を放していくミライ。自分でもなんでこんなに慌てたのかと思ってしまう未来だったが、そんな彼女に翼が話しかけていった。
「小日向が心配する気持ちも分かる。用心するに越したことはないしな。だが病も気からとも言う。心配し過ぎも心身に毒だぞ?」
「ね、ね? そう思いますよね?」
「そもそもお前がシャッキリしねーのが悪いんだろーがッ」
「うわぁヤブヘビだった」
「とは言え、無理は禁物だ。今日のトレーニングは休んでおくか?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「……まー、ちょっと動けば眠気も覚めるだろ」
「確かに、少し汗をかけば食欲も戻ってくるかもしれないしな。だが、決して無理や無茶はするなよ?」
「はいッ!」
翼の言葉に力強く応える響。そのまま未来の方へ向き、彼女の心配を払拭するかのように声をかけていった。
「それじゃ、行って来るね未来」
「うん……気を付けてね、響」
元気に話す響だが、未来の顔から心配は未だ消えなかった。
==
クリスが放った弾丸が響に飛来。しかし響は反射的にその弾道を察し、軽快に避けきる。
だったらとアームドギアをクロスボウに変えたクリスは即座に紅蓮の矢を発射し、多角的に響へ攻撃を仕掛けていく。
「そんなものぉッ!」
自分を狙ってくる矢、自分の進行動線上に来ると見た矢を回し蹴りで弾き飛ばした響は、空中で脚部のパワージャッキを伸ばし着地と共に着弾。爆裂的な速度を生み出して自らの有効圏内である至近距離に詰め寄り、勢いのままに腕を引き絞る。
(しま──ッ!)
「もらった──……ぁ」
確定の勝利を齎す一撃を放とうとした瞬間、響の思考にノイズが走り、それと共に身体から力が抜けていく。
だが全ては刹那の出来事。相対するクリスは響に隙が出来たと瞬時に判断、防御に回そうとしていた腕を伸ばし引鉄を引いた。
至近距離で炸裂するクリスの一撃。響はそれを受け、そのまま吹っ飛ばされた。そして体勢を変えることも無く、吹き飛ばされるままに自然落下した。頭から、真っ逆さまに。
「立花ッ!?」
「響さんッ!?」
「ひ、響ぃぃぃぃッ!!?」
「な──なにやってんだ馬鹿ッ! おま、受け身ぐらい……ッ!!」
すぐさま全員が響の下に駆け寄り、うつ伏せに倒れる響を未来が起こし上げようと近付く。が、それは翼に遮られた。
「待て小日向ッ! 今は無暗に動かさない方が良いッ!」
「で、でも……ッ!」
「気持ちは分かりますが抑えてくださいッ! あの落下は、脳へのダメージがあるかもしれません……ッ!」
「そ、そんな……ッ!」
「ギアを纏っている状態での落下だ、そのような事は恐らく無いと思われるが、万が一と言うことも在り得る。雪音ッ! すぐに救護班を──」
「あ、あたしは……」
見るからに狼狽しているクリス。そんな彼女を叱咤するかのように、翼が一際大きな声で一喝するかのように彼女を呼んだ。
「──雪音ぇッ!!」
「──あ、ああッ!」
その声に自分の意識を取り戻し、すぐに救護班を呼ぶ。それまでの間、ミライが過度なまでに慎重に響の身体を動かし、呼吸を維持すべく気道を確保する姿勢に変えていた。
S.O.N.G.移動本部艦橋。
訓練室から場を移し、其処にいた4人は弦十郎らの前で大人しくなにかを待っていた。そんな折、扉が開いてエルフナインが入ってくる。全員の眼が、彼女の方へ向いていた。
「エルフナインちゃん、響は──」
思わず心配そうに尋ねる未来。エルフナインは彼女に微笑みかけ、話を始めていった。
「響さんのメディカルチェックの結果を報告します。検査したところ、響さんの脳に異常は発見されませんでした」
「よかった……」
安堵の声を漏らす未来。彼女は勿論、翼もクリスもミライも、弦十郎たちその場に居た者たちも小さく溜め息を漏らしていた。
エルフナインの報告はそのまま続いていく。
「実際の脳震盪であれば後遺症が出た可能性もありますが、落下時の衝撃はギアが吸収してくれますので、今回程度の落下衝撃ならばダメージが脳にまで行くことはありません」
「それは重畳だ……。それで、立花の容態は?」
「今はお休みになっています」
「お休み……ってことは、寝てんのかアイツ?」
「はい。検査結果の話の続きになりますが、響さんから計測された脳波はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返す状態……クリスさんの仰る通り、響さんは検査開始時点から睡眠のような状態になっていたと見られます。
もしくは、訓練中の落下事故の直前からという事も」
「あの瞬間から居眠りブッこいてたってのか……? んな馬鹿な……」
「ですが、結果を見る限りそうとしか考えられない状態です。恐らくは蓄積した疲労と睡眠不足によるものだと思われますが。
ただ気になることもあります。検査中の響さん……脳波計測上では睡眠状態のはずなのですが、ずっとうなされているのです……」
エルフナインのその報告に、未来の顔が曇る。そこでどうしても口を挟まざるを得なかった。
「……最近、ずっとそうなの。家で寝てる時もうなされてる事が増えたし、なんだか苦しそうに寝てるし……」
「そうですか……。一度、響さんにストレスチェックを受けてもらった方がいいですね」
「そうだな……。だが、結果を見る限り一先ず響くんに大事は無いと判断していいだろう」
胸を撫で下ろすかのように静かに、緊張を解くように息を吐く弦十郎。そんな彼の前に一歩、翼が歩み出た。
「司令、今回の立花の件は、小日向の忠告を無視して訓練を行った自分に責任があります。処罰は私に」
「そ、そんなことッ! 訓練とは言えあいつを撃ったのはあたしだッ! 責任ってんならあたしにもあるッ!」
「僕にもです……。響さんの体調も、未来さんからの警告も軽く考えてしまっていました……」
「……そもそも、みんなにそういう不規則な生活を強いる原因は俺たちにこそある。責任を問うならば、それは俺たち大人の責任だ。響くんが知らずストレスを抱えていたことに気付けなかったのも、俺たちがキチンとみんなに眼を向けられてなかったからだ。本当に、すまなかった。
響くんには早急に、手厚いメンタルケアを必ず行う。そしてそれは、他のみんなに対しても同じであり今後の急務とする。約束しよう」
頭を下げ、大人としての責務を果たす事を改めて少女たちに誓う弦十郎。そのまま目線をエルフナインの方に向けていった。
「響くんの様子は?」
「はい、ええと……脳波が覚醒期に入っています。そろそろお目覚めになるかと」
「だそうだ。迎えに行ってもらえるかな?」
と、未来に声をかける弦十郎。彼女はそれに、快い笑顔で返事をしてメディカルルームへと駆けていった。
メディカルルームのベッドの上で寝たまま、ゆっくり眼を開く響。彼女の眼前には、未来が微笑みながらそこに居た。
「……あ、未来」
「おはよう響。気分は大丈夫?」
「んんー……なんか、久し振りによく寝た気分」
あくびをしながら身体を伸ばし、そう返す響。見た感じは平気そうな彼女の姿に未来は少し心配を残しながら、ちゃんと叱っていく。
「もう、体調悪いのに無理するからだよ? みんな心配したんだから」
「ごめんね、ありがとう。でももう大丈夫!」
「だったら良いんだけど……」
未来の不安は無くなる事はない。だがそれでも、大丈夫だといつものように笑顔で話す響の言葉を出来るだけ信じようと思った。
いつものように信じていたいと、未来はただ思っていた。
……だが、その日の夜のこと。
「……うぅ……ぅあ、あぁ……!」
「響……?」
うなされる声に目を覚ます未来。思わず隣に目を向けると、寝ている響の顔は苦しみに満ちており、寝息に安らかさは無く、まるで何かから逃げ込むように丸くなっていた。
「響、大丈夫? 一度目を覚まして……」
「いや、だ……ひとりは、いや……。……くらい……ここは……くらい、よ……」
「そんなことないよ響。わたしがここに居る。クリスも、翼さんも、みんな居る。大丈夫だよ」
優しく、落ち着かせるように声をかける未来。少しでも響が安心できるように部屋の電気を点け、震える手を握りながら言葉をかけ続ける。
(でも、どうして……? 響に一体何が起きているの……? 一体何が、響を苦しめているの……?)
疑念しか浮かばぬ丑三つ時。
それでも未来はただただ、響の手を握り彼女の無事を案じるよう想いを送り続けていた。
==
翌朝。陽の光が差し込み鳥のさえずりが聞こえる時間帯。響がそれに気付くようにゆっくり眼を開ける。しかしその目覚めは決して爽やかなものではなく、何かが未だにまとわりつくような不快感を伴うものだった。
だがそれも、最初に飛び込んだ光景によって何処へと消えてしまう。其処に在ったのは、心配そうにこちらを見つめる未来の顔。その眼の下には、普段の未来からは決して見られないクマが出来ていたのだ。
「み、未来ッ! どうしたの、そのクマッ!?」
「どうしたの、はこっちの台詞だよ……。響、うなされ方が前より酷くなってる……」
「そう、だったの……? で、でもメディカルチェックでは特に何ともなかったし、わたし自身なにか不安や心配があるってわけでもないし……」
「本当にそれなら良いんだけど、寝てる時の響はとてもそうは見えないよ……。そんな姿、わたし見てられなくて……。
響、ずっとうわ言で『わたしは独りっきりだ』、『ここは暗い』って言ってるの……。本当に、なにも心当たりは無いの?」
「わたし、そんなことを……? で、でも、本当にそんな心当たりは無いよッ!
翼さんも、クリスちゃんも、マリアさんも、調ちゃんも、切歌ちゃんも、エルフナインちゃんも師匠たちも居る……。ミライさんもいるし、前のことで一緒になったウルトラマンさんたちの光もちゃんとここにある。
それに未来が傍に居てくれる。それをなによりも理解ってる。だから──」
「大丈夫なんかじゃないよッ!!」
未来の怒声……彼女から滅多に出る事の無い声が、部屋の中に響き渡った。
一番長く傍に居るから理解る彼女の異常さ。そしてそれを抑え込み隠そうとしている、思いやりと言う言葉を隠れ蓑にした自己負担。未来はそれを、許しはしなかった。
「辛い時は辛いって言って欲しい。頼って欲しい。こんな時ぐらいは、素直に甘えて欲しいよ……」
怒りと共に訴える未来。クマを浮かべた目尻には、小さく涙が浮かんでいた。
それを目の当たりにしてようやく響が気付く。大事な親友をここまで追い詰めていたことを。そこでようやく、響は自分の口で自分の状態を話していった。
「……ごめん未来。でも、心当たりが無いのは本当に本当なんだ……。
ただ覚えてるのは、夢を見る度に苦しくて辛くなるってこと……。目が覚めても不安が残ってて、なんだかそれに押し潰されそうになるの……。
自分には未来やみんながいるのに、夢の中の自分は、真っ暗な世界で独りぼっち……。なぜあんな夢を見るのか、全然分からなくて……」
「真っ暗で、独りぼっち……。前の、ウルトラマンさんたちと一緒に戦った時にあった事みたいな感じじゃなくて?」
疑問に思って未来が尋ねる。先の戦い──怪獣侵略事変の折に、響は地球のマイナスエネルギーに飲まれ生死の淵に立ったことがあった。
そこから彼女を助けたのは未来を含む仲間たちであり、その時の事を思い出した未来はそれとは違うのかを聞いたのだった。
「うーん……なんとなく近いような気はするけど、ちょっと自信無いなぁ……」
「そっか……。なんにせよ、今のままじゃ響の身体が持たないよ。弦十郎さんやエルフナインちゃんも勧めてたし、メンタルチェックも受けてみよう?」
「そうだね……そうするよ」
未来の勧めに笑顔で返す響。しかし、未来はそれを普段通りの笑顔とはどうしても思えなかった。
それぐらい、響の顔は疲れて見えたからだ。
訓練室では、現在装者5人が思い思いに身体を動かしながら言葉を交わしていた。みな響の体調を心配し、それを慮るばかり。未来と共にメディカルチェックに赴いた彼女の、昨日よりも更に憔悴していた姿を見てしまえばそうもなろう。
故に想いを言葉にすることしかやり様がなかった。皆の心に巣食う”心配”はどうしようもなく心を蝕み、少しでも発散させるためにはそうするしかなかったのだ。
そんな少女らの中でも、一際心配を陰の気に変えている者が居た。クリスだった。
彼女の懊悩と膨れ上がった負の想いは、あの時昨日この場に居なかった者たちにも伝わっている。その空気に耐え兼ね、遂には翼からクリスに声をかけていった。
「雪音……昨日も言ったが、確かに立花の昏倒には我々も責任の一端があるが、それが全ての原因などではない。そのように気を病むな。
今回の件の根本的な原因は、立花の奥に根差す別の何かのようだからな」
「……でも、あたしが撃ってなけりゃ……。引鉄を引いたことで、あいつが悪化したのなら……あたしは……」
口惜しそうに額を押さえるクリス。彼女の責任感の強さが、今は裏目に出ているのは誰の目にも明らかだった。
(まったく……この子も大概打たれ弱いんだから……)
小さく溜め息を吐きながらマリアが起ち上がり、クリスの前に立つ。
「あーもう、まどろっこしいわね。こんなとこで貴方が凹んでても、何の解決にもならないのよッ! それよりもボーっとしてるぐらいなら私の訓練に付き合いなさいッ!」
「な、なんだよ藪から棒に……」
「藪から棒も何も、ここはトレーニングルームで私たちは訓練に来てるの。体調悪くないなら付き合いなさい。無論、手加減なんか無用よ。
まぁ……今の貴方なら、たとえ全力でも私にまともな攻撃を当てられるとは思えないけど」
「んだとッ!? 言いやがったなッ!」
「悔しいと思うならかかって来なさいッ!」
「安い挑発だが──買ってやらぁッ!」
即座に二人が飛び出しギアを纏う。そのまま感情を剥き出しにしたクリスの攻撃をゴングにして、二人の戦いは始まった。
「つ、翼さんッ! いいんデスかッ!?」
「二人を止めた方が……」
「……いや、大丈夫だ。マリアの思慮深さは二人とも知っているだろう? 雪音を煽ったのもきっと正しい理由があってのことだ。
それに雪音にとっても、半端に燻ぶり続けるぐらいならああして感情を出し切った方が良いからな」
翼の言葉を聞きつつも、心配そうな顔は崩せぬままに二人の戦いを見守っていた。
クリスの連射を躱しつつ、時間差で放たれる矢を短剣で弾き飛ばす。その連射の間隙を見て、即座に接近戦を持ち込むべく駆け出すマリア。だがクリスもそれを迎撃する形で攻撃態勢を取る。
「そこだぁーッ!!」
(──避けれる。だけど……)
引鉄が引かれ、発射された弾丸がマリアに直撃して爆発する。確かな手応えに笑みを浮かべるクリスだったが、その表情はすぐに驚きに変わった。
吹き飛ばされたマリアがそのまま受け身も取れず、顔面から叩き落ちたのだ。まるでそれは、昨日の響のように。
「えっ……マリアッ!」
「う、受け身もせずに落ちたデスかッ!?」
「お、おい、大丈夫……なのかよ……?」
フラッシュバックした光景に驚きと慄きを感じながら、クリスは恐る恐る……何処か怯えながらマリアに寄っていく。まさか、また……そんな想いに囚われながら。だが──
「大丈夫に決まってるでしょう?」
平然と立ち上がり髪をかき上げて整えるマリア。さも当然のように立ち上がる彼女の身体に、ほんの僅かな傷痕はあれど身体を害するレベルのダメージは全く無い。そう言わんばかりに身体を動かしていった。
「え、あ……」
「なんて顔してるの。いくら姿勢を崩して落ちたからって、大抵の衝撃はギアが吸収してくれる。翼だって言ってたし、貴方だって経験が無い訳じゃないでしょう?
怪獣が相手じゃないんだから、単純な衝撃威力で致死することは無いわ。いくら本気とは言え、模擬戦程度の威力じゃね」
「そ、そりゃ……分かってはいるけど……」
「それに、あの子の取り得はそのタフネスでしょう? 私がこんなにピンシャンしてるんだから、あの子に影響があるわけがない。そうは思えないかしら?」
微笑みながら語るマリアの言葉で察したのか、切歌と調もその輪の中に入って来た。
「そ、そうデスよッ! それにクリス先輩だってよく言ってたじゃなデスかッ! 響さんは元気が取り柄だってッ!」
「あまり自分を責め続けるのも良くないです。それは、先輩から教わった事です」
後輩二人に痛いところを突かれ、思わず照れるように髪をかき乱すクリス。そこへ翼も歩み寄り声をかけてきた。
「三人に教えられたな」
「……ああ。ったく、情けねぇったらないや。まぁでも、おかげで少しは落ち着いたよ。……その、ありがとな」
「はいはい」
マリアの軽い返しに思わず頬を膨らませるクリス。そうして訓練用バトルフィールドから出る二人だったが、マリアの背を見て調と切歌は思わず彼女の身体を心配していた。
確かに彼女の言う通り、あの程度の衝撃では内臓や骨格にまでダメージは通らない。表面的な傷ですら付きはしないだろう。だがノーダメージと言うわけでもない。いくら吸収分散させたとは言え、模擬戦用装備とはいえ、クリスのカウンター攻撃をノーガードで当たり受け身も取らず落下すると相応の痛みは生じてしまう。
端的に言うとそれは、プールの飛び込み台から飛び込んで腹打ちしたぐらいの痛み。あえて言葉に出さずとも、マリアはそんな痛みを強がり耐えている。それを忍ぶかのように二人は秘かに憐みの眼を向けていた。
一つのわだかまりが解けた時、翼の通信機に弦十郎から通信が入る。異常事態を検知したから一度発令所に来るようにとの指令だった。
==
「全員、来てくれたな」
発令所に集まった者たちを見回して弦十郎が言う。そこに居たのは翼、クリス、マリア、調、切歌、そしてミライの6人だった。
「えっと、響さんは待たなくていいんデスか?」
「響くんはまだメディカルチェック中だ。各部身体チェックからストレスチェック、そこに併せてヒビノくんにもお願いしてマイナスエネルギーの侵食が無いかを診てもらっていたんだが……」
「80兄さん程の眼は無いですが、僕が見た限りでもマイナスエネルギーの侵食は無いと判断しました。ごく普通の……皆さんとそう変わらない程度です」
「その結果自体は喜んで良いものだと思うが、なにせ状況が状況だ。急務になる以上、今回は響くんに任務から完全に外れてもらうこととした」
「それで風鳴司令、その急務と言うのはどんな事案なのかしら?」
マリアの発言と共に全員の眼が弦十郎に向けられる。弦十郎は彼女らに視線を返し、少しばかりの間を開けて答えていった。
「──ギャラルホルンのアラートが鳴った。何を意味しているか、みんな理解るな?」
驚きはあるものの、その意味自体はみんな理解っている。並行世界に発生した異変と、世界の接続……それに伴い流入するこの世界への異常事態。
先の”天羽奏が生存している世界”との件以来、決して目を背けて良い問題ではないと皆で決めた事案だ。
「しかし、よりにもよって立花の不調と重なる形でのアラートとは……」
「気持ちは分かるが、事態とはこちらの事情まで
「それじゃあ、今回の召集は並行世界の調査任務、という事ですか」
「ああ、そういうことだ。聖遺物分析班からも、ギャラルホルンからは依然強い次元干渉波が出ているとの報告だ。それが現状どのように作用するかは不明だが、それも含め調査が必要と判断した。
故に今回の任務は、渡航する先の並行世界がどのような世界で、如何なる異常が起きているのかを確認するためのもの……いわば潜入偵察任務だな」
「潜入偵察……なんだかメガネを付けて気を引き締めなきゃいけない感じデスね……」
切歌が意味深な言葉を呟きながら真剣な顔をするものの、皆に先んじて一歩前に出たのはクリスだった。
「あたしが行く」
「クリスくん?」
「偵察なんだろ? だったらあたし一人で十分だ。あの馬鹿の抜けた穴ぐらい、あたし一人でいくらでも埋めてやる」
「雪音、それは誤った責任感だと──ッ!」
「そんなんじゃねぇよ。前にだって、こっちの世界にノイズやカルマノイズが出て来たことも在ったんだ。こっちの世界に何が起きるか分かったもんじゃねぇ。今度はあの怪獣がこっちに来るかもしれねぇしよ。
やることが偵察なら大人数で行くこともねーだろ?」
もっともな理由を並び立てるクリス。彼女の発現に翼は反論の言葉を失うが、それに代わって弦十郎が話し出した。
「確かにクリスくんの言う事は一理ある。だが組織の長としてその判断は容認できない」
「なんでだよッ! あたしの力が信用できないのかッ!?」
「そうではない。向かう先は並行世界……我々の世界と限りなく近くても、異なる歴史を歩んでいる時点でそこは完全に未知の世界と言って良い。
そのようなところで万が一不測の事態に陥った時、一人では手詰まりになる恐れもある。そうなってからでは我々も助け舟を出しようがないからな。こればかりは、任務の性質上の問題だ」
「それなら、私がクリスと一緒に行くのはどうでしょう?」
弦十郎からの指摘にフォローするかのように、自ら立候補するマリア。それに一瞬驚いた弦十郎だったが、マリアは構わず話を続けていった。
「クリスのバトルスタイルを加味すると、連携行動をとるならば私はこの子の欠点を補える。勿論私の欠点は彼女が。それに、こちらの世界のみとは言え私自身単独任務はこれまでも行ってきましたし、並行世界での対処にも慣れています」
「……そうだな、二人ならば問題は無かろう。だが飽くまでも偵察任務であることは忘れるなよ。
では二人はすぐに準備をして、聖遺物保管室まで集合してくれ」
了解の言葉を返し、弦十郎を納得させたことで小さく微笑むマリア。すぐに二人は発令所を出て、簡単ながらも支度を整える為に歩いていく。
その途中でクリスが呟くようにマリアへ言葉をかけた。
「──今度は礼は言わねーからな」
「そんな期待してないわよ。仲間の為に行動する……貴方と同じことをしただけ」
「……あーもうッ」
平然とそういうことを言うマリアに、また思わず頭を掻き毟るクリス。そうして準備を済ませた二人は、そのままギャラルホルンの鎮座する聖遺物保管室に向かっていった。
怪しく明滅し鳴動する完全聖遺物ギャラルホルンが鎮座する聖遺物保管室。
先にその場へ到着したクリスとマリア。そこへ、未来が顔を覗かせてきた。
「あら、どうしたの?」
「いえ、エルフナインちゃんも出て行ったので、何か起きたのかなって……。響があんまり心配するもんだから、ちょっと……」
バツが悪そうに少ししどろもどろとなりながら返答する未来。ノイズの出現警報は鳴っていないが、艦内が慌ただしくなったのも間違いない。それを察したのだろう。
それに彼女のことだ、本当に響のことを心配した上で、何が起きているのかを確認しに来たのだろうと、クリスもマリアも思っていた。
「大したことじゃない、ちょっとコイツ絡みの任務であたしたちが行くことになっただけだ。それよりあの馬鹿はどうなんだ?」
「まだチェック中……。昨日と変わらず、結果の上では問題なさそうなんだけど……」
「……きっと大丈夫だ、そっちも。お前が傍に居てやりゃ、あの馬鹿はすぐ元気になるさ」
「……ありがとう、クリス。任務気を付けてね。マリアさんも」
「ありがとう。こっちは平気だから、今はその心配をあの子だけに注いであげなさい」
優しい笑顔で言うマリアと、隣で同じように微笑むクリス。二人に一度礼をして、未来はそのままその場を去っていった。
彼女と入れ替わるように、今度は翼たちが入って来た。
「見送りの挨拶はもういいのか?」
「そんな大層なもんじゃねーよ。……みんな、あの馬鹿のこと頼むな」
「お任せください」
「デスッ!」
仲間たちの言葉に心強さを感じ、二人は各々のギアを纏う。その時、弦十郎たちと一緒に並んでいたミライの左腕が輝きを放ちだした。
「ミライさん、それは……ッ!」
エルフナインの驚きの声と共に全員が其処へ注視する。ミライの左腕には、炎を象ったブレスが彼の意志と関与せずに顕現し、強い輝きを放っていた。
その理由を、ミライは直感的に理解していった。
「僕も、行くべきだと言うのか……。風鳴司令」
「ああ、任せる。君は協力者であり俺たちの仲間だが、S.O.N.G.の一員というワケではないからな。君の選択と行動には信頼で応えよう」
「……ありがとうございます」
微笑みながらクリスとマリアの下へ行くミライ。彼らを迎え入れるようにギャラルホルンは混沌の渦を開き、三人はそこへ足を踏み入れていった。
次なる並行世界と、そこで起きている事変の調査……装者たちとウルトラマンの新たな任務が、この時始まったのだった。
「……そっか、クリスちゃんとマリアさんとミライさんが……」
「うん、任務で並行世界に行ったんだって」
自室のベッドの上、響がまた疲れたように横たわりながら未来から話を聞いていた。ギャラルホルンのアラート、新たな並行世界、そこへの調査任務。
みんなは響の身を案じて話をしなかったが、彼女はそれをついネガティブに捉えてしまっていた。
「みんなに迷惑かけちゃったかなぁ……」
「そう思うんなら、まずは響自身が元気にならなきゃ」
「うん、そうだよね……。メディカルチェックもミライさんのマイナスエネルギー診断も問題なかったし、ストレスチェックもそんな強いものじゃなかったし……夢見が悪いだけなんだから、早く元気にならなきゃね」
そう言って微笑む響。だが何処か空元気で作っている彼女の笑みに未来は未だ不安を払拭できず、少しでもそれを晴らすように響へ話しかけていった。
「ねぇ響、まだ寝るのが怖い?」
「……正直言うと、ね。またあの怖い夢を見るんじゃないかって、どうしても思っちゃう。
日の当たらないところに閉じこもって、周りには誰も居ない。苦しいのに誰も助けてくれない。誰も笑いかけてくれない。誰も手を握ってくれない。ずっとずっと心の奥が痛いのに、いつの間にかそれが当たり前になっていく……それが、どうしても怖い。
わたしには未来もみんなも居るの、自分が一番分かってることなのに……目が覚めたら誰も居なくなってるんじゃないか……夢が本当の事になってるんじゃないかって……」
本心からの不安を吐露する響。素直に言ってくれたことに少しだけ安堵しながら、未来は響の手を優しく包み込んだ。
「大丈夫だよ。みんなも──わたしも、居なくなったりしないから」
「──ありがとう。やっぱり未来はわたしの陽だまりだよ……」
手に伝わる温もりに安心したのか、自然と目を閉じる響。そのまま彼女は、驚くほど早く眠りに落ちていった。
未来はただ、少しでも響の苦しみが消え去ることを祈り、優しく手を握り続けていた。
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一方、ギャラルホルンの転移が完了したクリスとマリアとミライ。すぐに周囲を確認し、見える範囲での世界の判断をしていく。
時間はすでに夜の入り。空には真円の月が昇っており、市街地はやや閑散としていた。
「ルナアタックは起きてない、か……」
「この世界の装者はどうなってるのかしらね。翼か、天羽奏か、はたまた別の歴史になっているか……。貴方はなにか感じる?」
ミライへ話を振るマリア。尋ねられてすぐ、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませていくミライだったが、それで何かを感じ取れはしなかった。
「……すいません。ただ分かるのは、前の並行世界と似たようなマイナスエネルギーの流れを僅かに感じるぐらいです」
「つーことは、またあのベゼルブが来るかもってところか……」
「既に侵略が始まっているのか、その抑止力が存在するのかも現状では不明ね……」
つい考え込む三人。だがその現状を破壊するかのように、甲高い叫び声が聞こえてきた。何者かに人が襲われる、恐怖の声が。
「考え事は後にしろってかッ!」
「そうね。ノイズかもしれないから私たちは最短距離で向かいます。ヒビノさんは避難遅れがあるかを見てから合流、援護を」
「分かりましたッ!」
そうして別々に走り出す三人。路地や隙間を見逃さず独り走るミライは、その中でパーカーを着てゆるゆると歩く少女の姿を目にした。
彼女の歩む方向は、先ほどクリスとマリアが飛び込んでいった方向だった。
「待ってください、そっちは──ッ!」
駆け出しながら呼び止めようとするミライだったが、パーカーの少女はその僅かな間に忽然と姿をくらませていた。
彼女の風貌に何処か見覚えを感じたミライだったが、いますべきは彼女を追う事ではない。優先事項の再認を即座に行い、行動を再開する。その先でまた会うことがあれば避難誘導をする。
今はそうすべきだとして、ミライは彼女の存在を心の隅に置いてまた走り出した。
また一方、声の方向に突き進むクリスとマリア。その中で二人の耳に、覚えのある声が聞こえてきた。得物を奮う時の掛け声と、凛々しさのある歌。
「こっちの世界の先輩、ってことか。だったらそう心配はなさそうだな」
「……だと良いけれど」
クリスの言葉に言い得も無い、不安に近い奇妙な感覚を覚えるマリア。声で翼だと判断は出来るものの、本当に”翼”なのだろうか? という違和感がある。
だが今はそれを拭い、一先ずは現着してみないと理解らないと判断しアパートの屋根を蹴って跳ぶ。直後目視したそこには、蒼のシンフォギアを纏う装者がノイズとの戦いをしていた。
「──お喋りはここまでねッ! 援護よろしくッ!」
「任せろッ!」
左腕から短剣のアームドギアを取り出したマリアはそのままノイズの群れへ突撃。クリスも右手のアームドギアを愛用のガトリングガンに変形させ、着地点を広げるかのように発射してノイズを砕く。
直後、その装者の背後に着地したマリアはそのまま襲い掛かるノイズを切り裂き砕いていった。
それが異変だと即座に気付いた蒼のギアを纏う装者──風鳴翼は、闖入者に向けて刃を振るう。マリアはその自分に向けられた刃を受け止め、慌てる彼女に落ち着いた声で返していった。
「なんだッ!?」
「待って、私たちは敵じゃない。人々を守護るためにノイズを斃したいだけよ」
「いきなり現れて何を──」
「無駄話してる場合かよッ!」
翼に襲い掛かるノイズを撃ち払うクリス。真紅のギアを纏う彼女の姿を見て、翼の表情が急転する。
まるでそれは、全身で歓喜を表現する動物のような。
「クリスッ!? クリスなのかッ!? やっとオレの頼みを聞いてくれたのかッ!!」
「はあッ!? い、いきなり何言ってんだッ!」
「しかし凄いな、いきなりそこまでシンフォギアを扱えるなんて……。流石はオレと奏が見込んだ後輩だッ!」
「ちょ、ちょっと待って待ちなさいッ!」
目を輝かせながらクリスに寄って話を炸裂させる翼。しかし言うまでも無くクリスとマリアにはこの状況が理解できず、思わずマリアが間に入って話を途切れさせた。
「む、さっきからなんだお前。先輩と後輩の熱い語らいを邪魔しやがって」
「ちが……いやそうかも知れないけどそうじゃなくて……ッ!」
「……気持ちは分かるけど混乱しないでクリス。
すごく端的に済ませるけど、私たちは貴方の敵じゃないし彼女は貴方の知っている雪音クリスでもない。詳しい話は一旦置いといて、当面の目的はこの場に出現したノイズの掃討。
お互いの積もる話はその後でお願いできないかしら?」
「……ん、うーん……よく分からないけど、ノイズ倒すのを手伝ってくれるってことか?」
「ああ、その為の
言いながら自らのアームドギアを見せるクリス。それだけで、翼は彼女らの意図を汲み取った。至極単純に、ではあるが。
「そうだな、分かった。今はノイズをブッ飛ばすのが先決だッ!」
そう言って即座に二人に背を向ける翼。本当に理解しているかは甚だ疑問ではあったが、少なくとも背を預けるという意思は伝わってきた。
そんな態度も含め、自分たちの知る”風鳴 翼”とはまるで違う”風鳴 翼”。しかしそんな思案など知らぬとばかりに、人類の天敵たる極彩たちは襲い掛かってくる。
何かを諦めたかのようにクリスとマリアもまた敵へ身体を向け、三人はそれぞれ己が背をそこに居る相手に預けていくのだった。
そうしてノイズとの戦いが始まり、その最中にミライが増援として現れる。
ノイズも更に……逃げ遅れていた民間人の近くに出現するが、その窮地を破りノイズを掃討したのは、白いマフラーを靡かせ黄金の徒手空拳を放つこの世界のもう一人のシンフォギア装者──立花響だった。
戦いを終えて彼女とコンタクトを取ろうとするクリスとマリアだったが、その接触は無駄に終わり、彼女は闇の中へと去っていった……。
「しかし、みんなも知ってたのか、アイツのこと?」
「ん、ああ……。まぁ、知ってるといえば知ってるけど、こっちの世界じゃ初対面だな……」
「貴方は彼女のこと、よく知ってるの?」
「よく知っていると言うかなんと言うか……。アイツとはノイズとの戦闘中によく出くわすんだけど、いっつもあんな感じなんだよな」
「いつもッ!? 今日は虫の居所でも悪かったとかじゃなく……ッ!?」
(──あんな、昔のあたしみたいな眼を、いつも……?)
「ああ、いっつも。見てるだけで気疲れするよ」
翼の大きな溜め息に、全員が首肯するかのように一泊の間を置く。そこへ、ミライが歩み寄って来た。
「……まるで、別人みたいですね」
「そうね……。私達の知るあの子とはだいぶ違うように見えるわ」
「うー、知ってると言ったり初対面と言ったりなんなんだ? もうワケわかんねーッ!」
「ごめんなさい、ちょっとここで説明するには長い話になっちゃうから……」
思わずうなり出す翼を押さえながら、話を聞き出していくマリア。話材の矛先は、もう一度先ほどの立花響に向けていった。
「ところで、戦場でたびたび顔を合わせるって言ったけど……彼女、貴方と一緒には行動していないの?」
「ああ。アイツはウチの組織の人間じゃないしな」
「そうなの?」
「そ。こっちがなに話しかけても聞く耳は持たないし好き勝手暴れるしで、ちょっとどうすりゃいいか分からねーんだよ。……こっちの事情もあるってのに、ったく」
と、そこへ翼の持つ通信機が鳴り始める。すぐにそれを取ると、通信機から司令と思しき者の優しげな声が聞こえてきた。翼もそれに軽快に言葉を返していく。
そうしてごく短い時間の通信を終えた後、翼は二人の方を向き話しかけていった。
「三人とも、ウチの本部まで来てくれ。なぁに悪いことはしねぇよ、ウチのボスが挨拶したいんだそうだ」
「ええ、そう言ってくれるとありがたいわ。こちらとしてもそっちに行きたかったところだからね」
「だったら話は早いな。っと、自己紹介が遅れたが、あたしは風鳴翼。特異災害対策機動部二課の、シンフォギア装者だ」
ニッコリ笑ってピースサインを突き出す翼。その姿にやはり強い違和感を覚えながらも、マリアたちも簡単に自己紹介をしていく。
「……私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ。改めてよろしくね」
「ヒビノ・ミライです。よろしくお願いします」
「あたしは──」
「雪音クリスだろ? 分かるってそれぐらいッ! なんたってあたしの立派な後輩だもんなッ!」
「違……ッ! い、いや違わないのかもしれねーけど、なんかその、なんか……ッ!」
「照れるなよー。でもクリスはいつの間に装者になったんだ? そのギアもウチのじゃ無いみたいだし……。あ、あのアメリカのなんとかってところかッ?」
言葉にならず、されどどう返せばいいのか分からないまま翼にくっつかれるクリス。まったく予想外の展開にクリスが慌て続ける中、二人の後を歩きながらマリアとミライが話を続けていた。
「ここでもそのまま”二課”なんですね……」
「そうね……。ルナアタックも起きてないし、ここが並行世界というのは間違いないのだけれども……」
「──あの人は本当に、翼さんなんでしょうかね」
「……彼女の言を疑うつもりはないし、天羽々斬も戦場の歌も翼であると言う以外にない、けど……」
当然の困惑。何せあまりにもキャラが違い過ぎるのだ。
「これも並行世界の……分岐した可能性が生み出した結果なのかしらね」
「かもしれません。それに、響さんも……」
「──……問題は山積み。でも、私たちはそれを何とかする為にやって来た。貴方も含めてね。
進んでいきましょう。せめて、前向きに」
「……はい、そうですね」
==
基幹世界。
響と未来の寮部屋では、眠りながらなおもうなされている響を、未来が心配そうに見つめていた。
突如彼女を蝕んだ異変……未来はその心当たりも分からぬまま、今はただ響の快復だけを祈り、彼女の手を握り締めていた。
「……うう……うあ、あぁ……ッ」
「大丈夫だよ響。きっと、すぐに良くなるから」
「……独りは、嫌だ、よ……。置いて、いかない、で……みんな……未来……」
「──私は、ここにいるよ。ずっと一緒に居るから。大丈夫だから……」
より強く、その手を握り締める。
語った言葉が、確かなものだと伝える為に。
誰よりも手を繋ぐことを望んでいた彼女に、その手がいつまでも繋がっている事を伝える為に。
……だがそれでも、不安の泥濘は容赦なく未来の心を飲み込んでいく。
故にこそ、たった一言で良いから言って欲しかった。
いつもの元気な声で……いつもの、太陽のような笑顔で。
『へいき、へっちゃら』だと……。
end.