絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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EPISODE 04【交錯する想い】

 

 

 ──夢を見ていたのだと思う。

 無間の暗黒と無数の光芒によって彩られた世界。現実離れした美しさと、現実離れした恐ろしさ。その両方を目にするなんてこと、夢でなければ有り得ない。

 そんな中で一際明るく輝くエメラルドグリーンの光があった。それが何であるかは分からないが、光からは何処か懐かしさを感じていた。

 だが”自分”が今居るのは何処だ。両手を突き、膝を突き、見上げるように光を見つめている其処は、光もなく温もりもなく……余りにも無機質で粗雑な岩塊だ。

 何故此処に居るのか。それは理解っている。

 禁忌に触れた。掟を破った。求めたが故に。

 ……理解、出来る。だから、だからこそ──

 

「変えてやる、こんな運命をッ!! 越えてやる、俺を見下したヤツ全てをッ!! 力を──力をォォォッ!!!」

 

 ──虚空に向けて、吼え叫んでいた。

 

 

 

 =

 

「は~い、奏ちゃんお疲れ様~。もう起きて良いわよ」

 

 了子の声に従い、ゆっくりと上体を起こす奏。すぐに思い出した、ここは二課のメディカルルームで、怪獣との戦闘の後に運ばれてきたのだと。

 

「身体に特別大きな傷は無いし、LiNKERの洗浄も滞りなく。どう、何か気になるところはある?」

「……いや、特に」

「そ、なら良いわ。でもみんな心配してたわよ。翼ちゃんは特にね」

 

 了子の言葉に奏は敢えて何も返さず、少しおぼろげな意識の中でハッキリ認識している事を口に出した。

 

「……了子さん」

「どうしたの?」

「あたしに、もっと力をくれ。あの力……イグナイトとか言ったアレを、あたしにも──」

 

 了子にとっては予測していた言葉だった。何処の誰とも知らぬ闖入者と出会い、自分と同じ力を持っているものだと思っていた認識を遥かに凌ぐ力を見せつけられ、彼女はどう思うのか。

 至極単純であり当然の帰結。了子はそれをよく分かっていた。三年以上もの間、一緒に戦ってきた仲間なのだから。

 だから了子自身も、奏へ返す言葉には迷いも慰めもなく、冷淡な現実を突き返していった。一粒の可能性すら存在しない夢物語は、希望には成り得ないのだ。

 

「それは無理ね。単なる出力アップなら、時間があれば出来なくもないけど……」

「どうしてッ! 同じガングニールだってあったろッ!」

「あのイグナイトの機能は、他の聖遺物をコアとして発動させているものなの。だから、それが無いとお手上げ」

「そんな聖遺物ぐらい、了子さんのツテでなんとか──」

「無茶言わないの。確かに私のツテで聖遺物の破片一つぐらいは手配出来るかもだけど、それがイグナイトと同じになるなんて保証はないのよ。

 アレは、”そういう聖遺物”を組み込んでいるから出来る芸当なんだから」

「ちくしょう……ッ!」

 

 着替えを済ませたままの勢いで腹立たしそうに出て行く奏。

 了子はそんな彼女を見送りながら、溜め息一つ吐きつつモニターへと目を向ける。そこには先日の戦闘と、マリアに見せてもらったギアの情報が羅列されていた。

 

「本当、穏やかじゃないわね~。それにしても、あのイグナイトってやっぱり……」

 

 画面に映る二つのウィンドウを見比べる。

 漆黒のイグナイトギアに見られる凶荒たる獣性……了子はそれが何であるか理解していた。

 

「……人為的に引き起こした暴走、よね。まったく、ギアにこんなモノを組み込むなんて、弄った人はどんな神経してるのかしら。……それとも、それぐらいしなきゃいけないような戦いがあったのかしらね? 

 なんにせよ、例えギアが改修できても今の奏ちゃんが使おうとしたら、恐らく……」

 

 呟きながら操作を続ける了子。その中で、今の奏にこのような力を使わせるワケにはいかないと固く心に秘める。

 それは間違いなく、彼女の心を壊し死を齎す力に相違ないからだ。

 

 

 

 =

 

 施設内を独り歩く奏。眉間に皺を寄せ、前を見ているものの思考は別方向へと進んでいた。

 

(ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、怪獣侵略事変……。超先史文明期の巫女、同じ装者同士や完全聖遺物、錬金術師、更には色んな怪獣との戦い……。

 あいつらの……翼の強さはそうやって磨かれたのか……)

 

 思い返す昨日の戦い。自分よりもあらゆる面で強く、高らかに唄い戦っていた並行世界の装者たち。

 差を感じずにはいられなかった。自分が想像も出来ぬ戦いを潜り抜けて来た彼女たちと、ただひたすらに、作業的にノイズを壊してきただけの自分との差を。

 本気で戦ってきたという点でなら奏は他の装者たちと代わるところはない。大きな違いはその相手だ。物言わぬ兵器を延々と壊し続けるのと、己が信念と魂を燃やして挑んで来る相手と命のやり取りをするのとでは戦いに費やされる質が違う。

 奏はそう考え、その経験の差こそが自分と彼女らの差なのだと。だが……。

 

「……あたしだって戦い続けて来たんだッ! 戦ってきた時間は変わらないッ! それにあたしには──」

 

 自分の考えに否定をしつつ胸に拳を当てる奏。理解っていた、この身の内には”光”があるということを。

 何かを語るわけでもなく夢枕に立つわけでもなく、ただ其処にあるだけの光。それが我が身に力を与え、襲い来る漆黒の怪獣を捻り潰す事が出来る。

 ただそれだけの理解だが、奏にとってはそれ以上の理解は要らなかった。

 力があれば敵を斃せる。仇が取れる。復讐が為せる。怪獣を斃す力があるならば、足りないものはノイズを斃す力。カルマノイズであろうとも凌駕して破壊できる(ギア)──。

 

(そうだ……だからあたしにだって、あんなギアがあれば──)

 

 漆黒のエネルギーを撒き散らす異形のギアを思い出す。あの力はカルマノイズの回復能力すら圧倒しているように見えた。

 だからこそ欲し、了子にも頼んだのだ。アレがあれば、きっと破壊できると思い。だがそれは否定されてしまったばかりであり……。

 

(あたしはどうしたら強くなれる……? あいつらのように……いや、あいつら以上に……。

 ギア……あたしのガングニール……。でも違う。同じガングニールでも、あいつのは……)

 

 考えながら歩いている時、ふと脇見した瞬間にある物が目に入った。

 光を反射し赤く輝く結晶。乱雑に散らかされた服の上で、失うことなく輝きを保っている。一瞬それに目を奪われるものの、聞こえてくる雑音が奏の意識を引き戻した。ここはシャワー室、三室分の水音が響き、中から小さな話し声が聞こえてきた。

 

「ん? ……ああ、あいつらがシャワー浴びてるのか。ったく、服もギアも適当に放り出して……」

 

 だらしない、ただそう思うだけだった。

 呑気にシャワーを浴びてる連中の話になど興味はなく、聞き耳を立てるつもりなどもなく、目に入ったもの、耳にしたものを確認だけして早々に立ち去るつもりだった。

 だが……。

 

(──(ギア)。そう、ガングニール……。

 ……機能は違っても、あたしが適合したのは”ガングニール”で変わらない……)

 

 

 

 

 

 

 奏がシャワールームに立ち入る前、響と翼とマリアは三人それぞれがシャワーを浴びていた。その最中で響が、先日の戦闘で感じた違和感を二人に相談していった。

 

「……翼さん、マリアさん、イグナイトですけど……」

「……一瞬だが、破壊衝動に呑まれそうになった。どうやらそれは、立花もマリアも同じみたいだな……」

「はい……こんな事今までなかったのに……」

「……何だったんでしょうね、あの違和感。まるで誰かの破壊衝動が、モジュールを通じて流れ込んできていたような……」

「どうか、しちゃったんですかね……。ギアはエルフナインちゃんが、いつもしっかり診てくれてるのに……」

「並行世界という特殊な環境、カルマノイズやベゼルブといった未知の敵……。誰にとっても不測の事態が多過ぎる状況が関係しているのかもね」

「そうだな……。イグナイトは、なるべく使わない方が良いかも知れない」

「でも、それじゃカルマノイズは……ッ!」

 

 当然の疑問だった。

 昨日初めて会敵したカルマノイズ、あの戦闘力はこれまで味わったものとは全く異質の存在だったのだ。ノイズやアルカノイズのようにアームドギアの攻撃で斃せるわけではなく、巨大怪獣のような突き詰めた結果ただの生物として判断できるものでもない。

 攻撃力は確かに高いが、それ以上にカルマノイズを厄介なものとしているのはあの復元能力。どれだけ高威力で撃ち貫き斬り付けたとしても即座に回復してしまうあの力。

 直接戦ったことで、初めてその脅威を肌で理解できたのだ。そしてそれを打倒するだけの力を引き出すイグナイトモジュールにも異変を感じてしまっている。

 だがその無理を通すべきではないのかと、響は訴えようとした。その言葉を制したのはマリアだった。

 

「気持ちは分かるけど、これは私たち自身の身体に降りかかる問題。蔑ろには出来ないわ。それに、決戦機能はイグナイトだけじゃない」

「S2CA……最悪、単騎での絶唱か……」

「後者は悪手だけどね。S2CAにしても、もしこれで斃せなかったら本格的に私たちには打つ手が無くなってしまう。後の駒運びを投げ棄ててでもやるかどうかは、考えどころかもね」

「大丈夫ですッ! みんなの力を束ねたS2CAなら、きっと──」

「斃せるかもしれない。だがその後に立花に圧し掛かる負担を鑑みれば、使い処を違えてはならない」

「私とアガートラームがフォローするとはいえ、どうしても響を主体にするコンビネーションだからね……。何かしらの理由でこの子が戦えなくなった場合はどうするかという事も、考える必要はありそうね」

「……なんか、難しいですね」

 

 意気高く言ったものの、冷静な二人の言葉に反省する響。自分一人で戦っているなどと言うおこがましい考えは彼女には無いが、これまでの様々なコンビネーションにおいて自分がその中核を担っているという自覚は、響には未だ足りないままだった。

 みんなが居るからどうにかなるという、良く言えば全幅の信頼、だが悪く言えば他人任せともとれるその考えを、うら若き少女は解せぬままに立っている。

 そんな眉間に皺を寄せる後進の姿を微笑ましく思いながら、翼が優しく返答した。

 

「要はイグナイトも使わず立花も欠いた状態でカルマノイズと会敵した時、ヤツをどう斃すか、だな。

 我々だけでなくヒビノさんや此方の司令、櫻井女史などとも意見を交わし、対策していくしかないだろう」

「あのじゃじゃ馬さんとも、ね」

「……そう、だな」

 

 マリアからの例え言葉だけで理解する翼。意図的に外したのかは定かではないが、奏の存在も無くてはならないもの。戦力的にも、翼個人としても。

 だからこそ、彼女から逃げてはいけない。何度拒絶されようと、彼女の想いが理解るまで……彼女の生きるこの世界を守護る為に。

 

 

 そうした話の末に一時の休息を終えた響たち。そこへ容赦なく警報が鳴り渡る。

 

「ノイズかッ!」

「まったく空気読まないわね……。シャワーだって無料(ただ)じゃないのよッ!」

「とにかく行くぞッ! 立花ッ!」

「は、はいッ! すぐに行きますッ!」

 

 先に着替え終えて走り出した翼たち。早着替えで後れを取るつもりはないと思っていた響だったが、些細な躓きが彼女の足を止めていた。

 見当たらないのだ、大切なものが。籠の中にも、椅子の下にも、棚の隙間にも。

 

「わたしのガングニール……。おかしい、ここに置いておいたはずなのに……ッ!」

 

 

 

 

 二課の指示に従い出動した翼とマリア。ミライは周辺区域の警戒に奔走している中、二人は先んじて出動していた奏に追い付いていた。

 市街地よりやや離れた林間部。何故こんなところにノイズが出現したのかという疑問は残るが、戦わざるを得ないのは言うまでもないことだ。

 

「これはまた随分と沢山ね」

「……ん? 立花はどうした?」

「えッ、着いて来てないのッ!?」

 

 驚き背後を確かめるも、そこに響の姿はない。がらんとした間に驚きを隠せないものの、目の前に蔓延るノイズたちを無視は出来ない。

 それを示すかのように、先頭に立つ奏の気迫からも感じられた。

 

(この力があれば、あたしも……ッ!)

 

 ギアペンダントを掲げ、意識を集中させる。いつも通り聖詠は胸に浮かび、変わらず口にする奏。異変が起きたのは、それを唄い終えた瞬間だった。

 

「ぐぅッ! な、なんだ──」

「……奏?」

 

 倒れ込む奏。身体の中を抉られたかのような痛みにのたうち回り蠢くその様は、まるで大傷を負って起つことも出来ぬ鳥のようだ。

 

「ぐあああッ! どう、なってやがる……。ギアが纏えない……身体が、裂けそうだ……」

「これは、一体どうしたって言うのッ!?」

「奏ッ!」

「──ッ! 翼ッ! ノイズが来る」

「で、でも奏が……」

「彼女を守るためにもッ!」

 

 マリアの叱咤で翼も意を固め、共にシンフォギアを纏う。そして迫るノイズの群れへと突撃し、交戦を開始した。

 

 白銀と蒼銀の刃が極彩色の異形を斬り裂いていき、黒炭が煙のように風に乗って消えゆく。

 如何に人類の天敵とは言え、翼もマリアも幾度の危難を払い除けて来た二人だ。意も思もなく攻めるだけのノイズなど物の数ではない。周辺への被害も大きく考える必要もない以上、最優先で考えることは奏の身の安全だけ。であれば、彼女ら二人が後れを取ることなど無かった。

 そんな二人の活躍を目の当たりにしながら、奏は倒れたままギアペンダントを見つめている。彼女の持つ、”ガングニール”のペンダントをだ。

 

(……あたしに、これを扱う資格がないってことか? そんな、馬鹿なこと……ッ!)

 

 もう一度ギアに、その奥にある聖遺物──ガングニールに対して意識を向ける。聖詠の句は違いなく胸に浮かんでいる。ならば纏えるはずだ、この歌を口にすればそれで。

 だが先程の失敗で得た経験が、本能的な警鐘として奏自身に伝えていた。自分には、コレを使いこなせないと。

 

「──そんなの、認めてたまるかッ! あたしにだってェッ!!」

 

 警鐘を無視するかのように再度聖詠を口にする奏。だが今度は唄い終わるより早く、激痛が奏の身体に襲い掛かった。

 

「ぐッああああああッ!! はあッ、はあッ、はあッ……なんで、なんでなんだよォッ!」

「奏……一体どうしたというの?」

 

 地面を殴りつける奏。彼女の異変は現場の二人は勿論、状況をモニターしている二課司令室でも気付いていた。

 

「一体どうなっているッ!」

「奏さんの適合係数に異常は見られません……ッ! 出撃前にもLiNKERの投与を確認していますッ!」

「では、なぜギアを纏うことが出来ないッ!?」

 

 弦十郎の怒号が飛ぶもそれに答えられる者は居ない。

 奏の現状を把握出来ていないはずが無い。彼女自身の体調も、ギアを纏うために使用したLiNKERも、その手にあるギアから放たれるアウフヴァッヘン波形も、全てが普段と変わらない。変わっているようには見えなかった。

 だが、何も変わっていないからこそ分かる事がある。本来はこの場に居ない、居るはずのない者が居たから。彼女……響だけは、ほんの僅かな異変の核心に気付いたから。

 言葉は自然と漏れ出ていた。

 

「……あれは、もしかして……わたしの、ガングニール……?」

「なんだとッ! どういうことだッ!?」

 

 弦十郎の問いに即座には答えられない響。心配そうに眼を向けるモニターに映っている奏の顔は、苦悶に歪み続けていた。

 その中でも翼とマリアはノイズを絶えず切り伏せており、気付けばその全てを黒炭に還していた。

 先陣を切ったにも関わらず何一つ出来ずに倒れ込んでいるだけだった奏はただ、息を切らしながら口惜しそうにその光景を睨め上げていた。

 

「はあ、はあ、はあ……。くそッ、なんで──」

「奏……」

 

 思わず奏に駆け寄ろうとする翼。だがその瞬間、二人の耳に司令室からの声が響いてきた。

 

『高質量のエネルギーを確認ッ! この反応は──』

 

 まるで藤尭の声に合わせるかのように、三人の前に黒い瘴気が渦巻いていく。やがてそれが固着していき、漆黒のノイズへと姿を形作っていた。

 

「カルマ、ノイズ……ッ!!」

 

 その姿を見た瞬間に身体へ力を込める奏。多大なダメージを負っているにも拘らず、精神力だけで立ち上がろうとしていたのだ。それを見て、すぐに翼は止めに入った。

 

「奏、無理はしないでッ! ここは私たちが──」

「るせぇッ! あたしだって、やれる……ッ!」

「馬鹿なこと言わないでッ! そんな状態で、一体なにができるって言うのッ!?」

「──……ッ」

 

 仇敵を前にしながらもマリアの怒声が奏の耳を貫く。多大なダメージを負っている状況でのその言葉は奏の心身に沁み渡り、振り絞った力を奪っていった。今の自分は、何処までも足手まといなのだと気付かされることで。

 

「く、そォッ……!」

 

 そのまま顔を突っ伏してしまう奏。絞り出した威勢も緊張の糸と共に切れたのか、動かなくなっていた。

 

「奏ッ! 奏ぇぇッ!」

「落ち着いて翼、気絶しただけよッ! それより──」

 

 カルマノイズの一撃を受け止め弾くマリア。距離を取り奏と翼の前に立ちながら、眼前の敵を強く警戒するように構えを止めずにいた。

 一方で意思もなく突進しようとするカルマノイズ。だがその足元が突然爆ぜ、動きを止めてしまう。横へ目を向けると、トライガーショットを構えたミライが其処に居た。

 

「ヒビノさん……ッ!」

「遅くなりましたッ! 大丈夫ですかッ!?」

「バッチリの登場タイミングよ。彼女をお願いッ! 翼ッ!」

「──ああッ!」

 

 カルマノイズへ突進する翼とマリア。その隙にミライは奏の元に行き、すぐに安否の確認をする。どうやら命に別状はないようだが、完全に気を失っており戦うことは出来ないのはハッキリと見て取れた。

 ……その内に眠る”光”にも意識を向けてみるが、まるで今の奏と同じように、眠っているかのようにそれを捉えることは出来なかった。

 

 蒼と銀の剣閃が放たれ漆黒の異形を切り崩していく。だが異形は以前と同じように即座に復元し、身体を変えて二人へ襲い掛かっていく。

 ノイズらしからぬ重い攻撃はギアを纏っていても容易く防ぎきれるものではなく、防御し受け流していくだけでも身体が軋みを上げていくのが理解る。二人とも心身で実感していた。このままでは押し切られてしまうと。

 

「ならば──ッ!」

「無理にでも、やるしかないわねッ!」

 

 距離を取り、胸のマイクユニットに手をかける。それが何を意味しているかは二人とも理解っていた。だがそれでも、眼前の脅威を打ち倒す為に今は、押し通す瞬間(とき)なのだと。

 

「「イグナイトモジュール──抜剣ッ!!」」

 

 イグナイトを発動させる翼とマリア。ギアが高出力の力を噴き出しながら漆黒に色変わる最中で、カルマノイズの周囲に漂う瘴気も吸い込まれるようにイグナイトモードへと変形したマイクユニットへと寄せられていく。

 それが侵食を始めた時、二人の身体は先日同様に激痛を伴う破壊衝動が溢れ始めていた。

 

「ぐ、あああああああッ!!」

「うあああああああッ!!」

 

 

「翼さんッ! マリアさんッ!」

「なにが起きているッ!?」

「理解りませんよ、さすがにッ!」

「ギアを、制御できていない……?」

(……案の定、か)

 

 溜め息を吐きながらマイクに手をかける了子。そしてすぐさま声を放っていく。

 

「二人とも、すぐにソレを解除なさい」

『で、です、が……ッ!』

「私の見立てが間違ってなければ、そのままだとあなた達の命に関わるわよ」

 

 驚きを隠せない弦十郎とオペレーター陣。一方で響は了子の放つ冷静な言葉に同意するかのように口を噤んでいた。

 

「そっちの世界のモノだから詳しくはあまり知らないにしても、シンフォギアシステムを生み出した者としての勧告よ。あらゆる意味であなた達は喪ってはならない。理解るわよね?」

 

 了子の言わんとしていることは分かる。自分たちの身体だけではない、世界を跨いだ多方面への被害と損失、それを考えれば彼女の言うことに何ら間違いは存在しない。だが……。

 

『聞け、ません……ッ! 我らは防人……襲い来る天魔外道より、世を守護るもの……ッ!』

『それに……いまコイツを野放しにして、全員が無事に帰還できるって保証は、あるのかしら……ッ!?』

「それは……」

 

 口ごもる了子。状況判断からすればそれは難しいと言わざるを得ない。

 イグナイトの反動で戦えなくなるであろう装者二人、既に倒れている装者一人、幸いにも無事な行動隊員が一人。カルマノイズの特性上、増援を呼んでもそれらがすべて鏖殺される恐れもある。死中の活を、攻と逃のどちらで見出すかの違いに過ぎないのだ。

 その上こうして押し問答している時間もない。抜剣した以上、戦うか否かの選択は即座に決めなければならない。それを理解したミライが強く声を上げた。

 

「もしもの時は僕が二人を止めますッ! 翼さん、マリアさん、行ってくださいッ!」

 

 その声に背を押され、漆黒のギアと化した二人がカルマノイズへと瞬足で間を詰めていった。

 マリアの短剣の一撃が両腕を打ち切り、そこに合わせて翼の刃が振り下ろされる。両断されたカルマノイズだがすぐさま距離を開けながら肉体を再構成、攻勢に転じようとする。

 

「「逃がすかあああああッ!!」」

 

 翼の刃が足を斬り裂き、姿勢を崩した瞬間にマリアの蹴りが形状的に後頭部と認識される部位へと打ち込まれる。そうして倒れたところを更に攻め立てる……。二人の今の姿は、まるで力任せに敵を凌辱私刑しているようにも見えた。

 そんな中でも残された冷静な思考は、この連撃ではまだ斃すに至らないという直感を感じていた。先日の交戦時……響を交えたイグナイトの三連撃でさえ獲り零したのだ。それが今は二人、足りるはずもないと思考が訴える。その打開案は浮かばぬままで。

 そんな二人の僅かな隙を縫って脱出するカルマノイズ。短時間であれど此方が疲弊するだけの戦いに加え限界ギリギリのイグナイト。翼とマリアの心身は、破壊衝動に呑まれないようにするので精一杯だった。

 回復速度を上回る飽和攻撃か瞬間火力であれば……次第に細くなる意識を繋ぎ留めながら思考するも、手段は出てこない。

 

「拙い、な……。マリア……あとどこまで、やれる……?」

「……最大出力……一発で、おじゃんかしら……」

「そう、か……。私もだ……」

 

 遂に膝を付いてしまう翼とマリア。そうしている内にカルマノイズは回復を完了させ、徐々に接近していく。これ以上のダメージは集中力を途切れさせ、破壊衝動の侵食を許してしまう。それを理解しながらも、動かぬ躰への口惜しさで奥歯を噛みしめるしかなかった。

 振り上げられるカルマノイズの腕。だがその瞬間、銃声が鳴り響いた。音の出どころにはミライがトライガーショットを構えて立っていた。

 

「ヒビノ、さん……」

「撃ってくださいッ! 全力の一撃をッ! 僕がフォローしますッ!!」

 

 カルマノイズの気を引くように光弾を連射するミライ。攻撃は通っていないものの、動きを止めたカルマノイズはミライの方へ身体を向けた。

 それを見て申し合わせたかのように翼は大型化した刃を奮い蒼雷の一撃を、マリアは左腕の籠手に短剣を装着し残り全てのエネルギーを纏わせて発射した。ミライの言葉に対して何処まで期待したかは定かではない。だが最早出来ることはそれだけしかなかったのも事実。なればこその賭けだった。

 地面を抉りながら高速で迅る二つを光撃を視認した瞬間、ミライはトライガーショットの形状を即座に変形、カートリッジを交換する。一切無駄が無い動きはそのまま銃口をカルマノイズに向けると同時に引鉄を引いた。

 発射された青い光弾は二人の渾身の一撃よりもほんの僅かに速く着弾し、カルマノイズを閉じ込める光壁──キャプチャーキューブを生み出した。翼とマリアの放った攻撃を共に包み込んで。

 両断した蒼雷は爆ぜると共に細かな雷迅として光の檻の中を覆い包む。それと同時に白銀の刃は光壁に反射し、まるで跳弾のように超高速を持った無軌道斬撃を叩き込み続けていった。

 その光景を呆然と見つめる翼とマリア。二課指令室の面々もそうだ。ただ一人、ミライだけが確信を持ってその輝きを見守っていた。これならば、きっと──と。

 

 時間にして数十秒の後に光壁は砕け、飛び交う輝きも消えた。その中に残っていたのは、個体と成していない黒炭の山。風と共にあっさりと、何処へと消え去った。

 

「やった……ッ!」

「斃せた、のか……」

「そう、みたい……」

 

 呟きと共にギアを解除する翼とマリア。そのまま力尽きて倒れてしまう。寝息のような小さな呼吸だけをしながら、二人の意識は破壊衝動とは無縁の静かな闇へと落ちていった。

 

「司令ッ!」

『三人を回収、急げッ!!』

『わたしも行きますッ!』

 

 ミライの呼びかけに即座に対応する弦十郎。それに続いた響も即座に指令室を後にした。戦えぬ自分に代わり、ギリギリまで戦い抜いて勝利した仲間たちを迎える為に。

 

 

 

 =

 

 一夜明けた朝、目が覚めたのはまたもメディカルルームだった。

 奏の手には何もない。握っていたはずのギアペンダントは勿論、悔しさと共に付いた砂も綺麗さっぱり無くなっていた。残っていたものはただただ惨めな記憶と傷跡だけだった。

 

(……無様だ。無様すぎるだろ……ッ! 人のギアを盗んでおいて、制御すら出来ないなんて……ッ!)

 

 シーツを握りしめながら先日の事を思い出しながら震える奏。

 彼女自身が思う通り、あの時は無様と言う以外の何物でもなかった。力を追い求めていたはずなのに、何かに焦り、禁忌に手を出し、結果自分を傷付け周囲からは憐憫の眼を向けられる。これを無様と言わずしてなんとする。

 まるでそれは、いつか見た夢の再演(デジャヴ)。愚かしき二の舞に他ならなかった。

 

 

 

 苛立ちを燻ぶらせながら歩く奏。そこへ偶然か必然か、対面から翼が歩いてきて、少しおどおどとした様子で話しかけてきた。

 

「……あの、奏……?」

「……何だよ」

「もう、大丈夫なの?」

「……ああ、メディカルチェックの結果も異常はないってよ」

「そう……よかった」

 

 素直に安堵する翼。だがそんな些細な言葉でも、奏の胸に燻ぶっている苛立ちの火には注がれた油となってしまっていた。

 

「よかった……? 何がよかったんだよッ! 

 あたしが他人のギアを盗んでおきながら、ロクに使えなかったからか? それともそんな無様なあたしへの皮肉か? ああッ!?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

 

 翼の言葉にも想いにも偽りはない。奏を心配し、その心のままに出た言葉だ。だがそれすらも、今の彼女には受け入れる余裕が無かった。

 更に募った苛立ちを隠そうともせずに歩き去る奏。翼はそれを心配はすれど、かける言葉は失っていた。今はどんな言葉をかけようとも、彼女の怒りに触れることになると察したのだ。

 立ち尽くしてしまった翼の元に響、マリア、ミライの三人が歩み寄る。陰で二人の様子を見ていたのだろう。

 

「翼、どうだったの?」

「ああ、少し話せた。体は大丈夫だそうだ」

「よかったぁ……」

「そうですね……。それに翼さんもマリアさんも、大したことが無くてよかったです」

「流石に疲れはしたけどね。でも、なんとか斃すことが出来た」

 

 ミライの安堵の言葉に微笑み返す翼とマリア。

 異常を察しつつも強行したイグナイトの抜剣と、カルマノイズを相手に力の全てを出し切る程の戦闘。それを切り抜けた結果として、一先ず肉体への異常が無かったのは僥倖と言えた。そこにカルマノイズの撃破も加えれば間違いなく大金星、否が応でも気が上がるものだ。

 だがそれに呑まれることもなく、翼がおもむろに響に顔を向け、頭を下げていった。

 

「つ、翼さんッ!?」

「……立花、すまなかった。奏の代わりに謝らせてくれ……」

「そ、そんなッ!? 翼さんに謝ってもらうような事じゃないですッ! みんな無事でしたしギアも戻ったし、気にしないで下さいッ!」

「ありがとう、立花……」

 

 響と翼の温かなやり取りに柔らかい笑みを浮かべつつ、マリアとミライはそれぞれ奏に対して思考を巡らせていた。

 

(あんな行いに出たのは彼女の心からなのか、それとも内に潜むベリアルの影響なのか……。どちらにせよ、彼女がいま闇に足を囚われているのは間違いない)

(イグナイトの力を欲したい気持ちはわかる。でも、たとえあのペンダントを制御できたとしても──今の天羽奏の心では、魔剣の呪いには、間違いなく耐えられない)

 

 二人の考えはそれぞれ違うものの、辿り着いた結論は同じモノとなっていた。互いに気付かぬままなれど。

 

(彼女は、力の求め方を間違っている。でも、自分でそれに気付かない限り、前へは進めない──)

 

 

 

 トレーニングルーム。複雑な想いを抱えたままの奏の足が向かっていたのは此処だった。

 更衣室で身支度を整えながら先日の醜態を思い返す奏。何度思い返しても、どうしようもなく稚拙で恥ずべき行いの果てにあった無惨な自分自身の姿。身体の内から引き裂かれそうになる痛みに呻き悶えたあの時を、何度も何度も反芻していた。

 

「所詮あたしは紛い物ってわけか……。

 あたしの適合係数じゃ、イグナイトどころか、あいつのペンダントすらまともに使えない……。いや、仮にあいつのペンダントが使えたとしても、あたしなんかじゃ……」

 

 響の戦いを思い出す。纏った姿は違いアームドギアすら持たずとも、同じギア……同じガングニールで自分を越える爆発力のある戦いをして見せていた。

 マリアの戦いを思い出す。同じLiNKERを用いている……つまりは同じ”紛い物”であるにも関わらず、皆を指揮しつつ自らも前に出て戦う様はまるで手本のようでもあった。

 ……そして翼の戦いを思い出す。自分の知っている彼女と近くあり、だが想い出の中の彼女より遥かに洗練され研ぎ澄まされた刃を奮う姿は、気を抜けば見惚れてしまう程だった。

 遥かに、圧倒的に、三人とも強かった。同じギアを纏っているのに。同じ薬物に頼っているのに。──ずっと、同じ戦場に立っていたのに。

 知った姿の者が見せた知らぬ姿。だが思い返せば返すほど……それは、奏がいつも隣で感じていたものだと気付いてしまった。

 

「……翼は、あたしなんかよりずっと凄いヤツだった。ツヴァイウィングの時だってそうだ。泣き虫だ弱虫だなんていつもからかっていたけど、本当は翼の方が強くて、何よりも輝いていたんだ。

 翼という大きな片翼に対して、あたしというちっぽけな片翼……。バランスなんか、つり合いなんか取れちゃいなかった……。

 だけど、それならあたしはこの大きな羽を持つ翼を少しでも助けてやりたい、傍で護ってやりたいと思った。思って、いたのに……助けられたのはあたしだったなんて──ッ!」

 

 言葉にするたび脳裏に走る記憶。腕の中で崩れ落ちて消える大切なひとのすべて。

 光景が蘇る度に奏の心が傷付いていく。自分にとって己が身を託せる唯一の鵬翼、それを失くした傷痕を掻き毟るかのように。

 

「そんなのないだろッ! なんで……どうしてあたしなんて守ったんだよ……。

 あたし一人じゃ飛べないんだ……翼がいなきゃ、何も出来ないのはあたしの方だったのにッ! 

 ちくしょう……うわああああああ──ッ!!」

 

 叫びを上げる奏。強固な扉があったとは言えその哀哭はそれを越えて聞こえていた。偶然そこを通りがかっていた翼たちに。

 思わず其処へ入ろうとする響を静止しつつ通り過ぎる。いま奏の前に現れても、互いの溝を更に広げ深めるだけだと思ったからだ。

 そうして聞かぬフリを通し歩いていく。だが彼女らは……翼は、耳に残る奏の哀しみの声を思い、想いを傾けていた。

 

(……私は、奏の事を理解ってなかったのかもしれない。奏だって、私より少し年上なだけだったんだ。迷いも、嘆きも、あって当たり前なんだ……。

 ……ツヴァイウィングの頃、わたしは奏にずっと支えられていた。だから、今度はわたしが奏を支えたい。奏が寄りかかっても倒れないくらいには、強くなれたはずだから……)

 

 前を向いて翼は思う。扉の向こうに居たのは憧れ続けていた大きな片翼ではなく、傷だらけになりながらもなんとか立っている少女に過ぎなかった。

 それを裏切られたなどとは思わない。理想ばかりに目を向けて、それを知らず彼女に押し付けていた自分の過ち。……かつて、天羽奏が身命を賭して守護り、遺したモノを受け継いだ少女に対して取っていた態度と本質的には同じだと、小さく奥歯を噛みしめる。

 だが、それらを乗り越えたからこその今がある。故にこそ支えたいと思い至ったのだ。この身は多くの仲間に……そして今も、亡き”彼女”に支えられているのだから。

 

 

 一頻りの哀哭を吐き出した奏は独り、自由に身体を動かせる広い空間の中央で、目を閉じて己を省みていた。自らの行いと、自らが求めるものを。

 

「……あたしが間違ってた。人のモノを奪って、簡単に強くなろうなんて……。

 やるならあたし自身の力を磨くしかない。強くならなきゃ、あたしはノイズどもに復讐出来ない。

 このガングニールはあたしが手に入れた、あたしの力なのに、あたしがそれを疎かにしてた……。あたしの中にある光も……ウルトラマンもきっと、それを戒める為にあんな夢を見せたんだ。

 ──だったらやる事は一つ。もう一度、あたし自身を鍛え直してやるッ!」

 

 光の真意の程は定かではない。だがそれでも、彼女はもう一度前を向いた。

 そして虚像の仇敵を相手に、自らの槍を強く奮い始めたのだった。仇敵への憎悪と憤怒だけを拠り所にして……。

 

 

 

 =

 

 二課指令室に揃った響たち4人。迎え入れた弦十郎は明るい笑顔で挨拶をし、昨日の様々なことを兼ねた話をしていった。

 

「みんな、集まってくれてありがとう。そしてまずは響くん、奏が本当に申し訳ないことをした。許される事ではないと理解っているが、組織の長として謝罪させてくれ。

 本当に、すまなかった」

「いいえ、奏さんに怪我とかが無くて良かったです。みんな無事でしたし、それならわたしは十分です」

「んも~イイ子ちゃんなんだから。こういう時ぐらいちゃんと怒った方が良いのよ? イイ歳したオトナが頭下げてるんだから、返し方もちゃんとしないと」

 

 了子からの言葉に頭を掻きながら笑って返す響。元よりこういう事が苦手な性分もあり、ついつい笑顔で流してしまっていた。

 ただ弦十郎はそんな響の性質を何処となく理解したのか、了子を下がらせて響の言い分に乗る事とした。非は此方にある以上いま彼女の在り方について問答するわけにもいかず、かと言ってこのまま話が進まないのも好ましくない。それ故の判断だった。

 

「……ともかく、もう一つの重要な話だ。まずは翼とマリアくんとヒビノくん、昨日はよくやってくれた。お陰でカルマノイズの一体を撃破することが出来た」

「カルマノイズの……一体ですって?」

「ほ、他にも居るんですかッ!?」

 

 何気なしに語られた弦十郎の労いの言葉。だがその一言は、この場に在りて本来在らざる者たちへ衝撃を与えるに十分なものだった。

 カルマノイズが複数体存在する。その事実はあまりにも大きかった。

 

「今までに観測されている数だと、あと五体かしらね~。他にも居ないとは言い切れないけど」

「五体……あれがか……」

「次にカルマノイズがいつどこで現れるかは不明だが、奴らを倒せるのは装者を擁する我々だけだろう。

 この世界の者では無い君たちに負担をかけるのは心苦しいが、それでも我々には君たちの助けが必要だ。

 ……どうか、宜しく頼む」

「無論です。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 即答で返したものの、少しばかり思案する翼。協力する事に対しては異議も異論も存在しないが、大きな懸念材料はあった。イグナイトについてだ。

 

(イグナイトの出力があればギリギリ戦うことはできる。斃すことも辛うじて可能だ。だが、しかし……)

 

 思い返すは昨日の戦い。本当ならば肉体が壊れていてもおかしくない程の衝撃が身体を襲い、戦闘直後には気を失っていた。これまでの戦いで何度も使ってはいたものの、あれほどのバックファイアは前例がない。

 戦う意思はあるものの、その手段に対して信を置けなくなっている以上、本当に戦えるのかという漠然とした不安が彼女たちの中に生まれていた。翼だけでなく、響とマリアにも。

 そんな彼女たちを見て、了子がおもむろに口を開く。

 

「貴方たちが不安視してるモノ……イグナイトモジュールのことだけど、一度作った人に見てもらったほうがいいわ」

「やはり、何か問題が……?」

「逆よ逆。多分、機能には何の問題もないと思うわ。けど、念のためにね。

 推測だけど、問題はカルマ化したノイズの方にあるのよ」

「どういうこと……?」

「まあ詳しい事は確かめてからにしましょう。ということで、あなたたちは一度戻ったほうがいいわ」

「で、でもッ! わたしたちが帰ったらノイズとの戦いが……」

「……そうね。こちらの装者は1人、戦力的に厳しいのは確かなはず」

「でしたら、僕が残ります」

 

 進言するミライ。響たちが彼に目を向けるが、そのまま変わらず話を続けていった。

 

「協力したいのは僕も同じですし、確かめておきたいことも出来ました。それに、ノイズとの戦いでも天羽さんのサポートぐらいなら出来ます」

「確かに、ヒビノさんであれば戦力として申し分ないと思います。しかし──」

(……いいのか、私は奏を一人にして……)

 

 またも思い悩んでしまう翼。ミライを信頼してない訳じゃない。ただ自分の心の在処をハッキリさせることが出来ずにいただけだ。だがそれを考えている暇は、現状は与えてくれはしなかった。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、機能に不安を抱えたまま戦うのは危険よ。一度ハッキリさせて来たほうがいいわ」

「君たちが戻ってくるまで我々だけで耐えて見せる。だから、行ってきてくれ」

「……わかり、ました……」

 

 不承不承ながらの了承をする翼。後ろ髪を引かれる思いをしながらも、そのまま響とマリアを含む三人で指令室を出て行った。

 奏と会うことは、無かった。

 

 

 

 =

 

 数刻後、弦十郎がネクタイを緩めながら溜め息を吐き、指令室に戻って来た。

 

「お帰りなさい。送ってきたの?」

「ああ。全く、並行世界へのゲートだなんて初めて見た。あんなものが、本当にあるとはな……」

「信じてなかったの?」

「いや、翼が居た時点で信じてはいたが、実際に目にした衝撃は別物さ」

 

 逸る心を落ち着かせるように笑顔で返す弦十郎。しかし現実に、三人の装者たちが歪なゲートの中へ入っていく様は衝撃的だ。

 脳裏に焼き付いた光景のフラッシュバックにやや苛まれながら席に着こうとする弦十郎。だがその瞬間、警報が鳴り響いた。

 

「──司令ッ! ノイズと思われる反応がッ!」

「くッ、間の悪い……。奏、頼むぞッ!」

『ああ、あたしに任せときなッ!』

『僕も行きますッ!』

 

 弦十郎の言葉を受けて出動する奏とミライ。

 現場に出た奏は即座にギアを纏いノイズの殲滅を、ミライは避難誘導とノイズの足止めをそれぞれ行い始めた。

 

 戦いの最中、ノイズたちを粉砕しながら奏は思考する。並行世界の装者たちが帰り、また自分一人になったこの時を。

 

(そう、あたしはこれでいい……。これでいいんだ……。

 この世界はあたしの世界……あいつらに頼るなんて間違いだ。今までのように、あたし一人でやってやるッ!)

 

 この状況を肯定しながら槍を奮う。居残った一人を……戦場に立たない者を歯牙にもかけずに。

 

(あたしは負けない……ノイズを全部駆逐するまでッ! もっと力を──ッ!)

 

 貫き、払い、絶え間なく奮われる槍。それに砕かれ黒炭と化していくノイズ。だが留まる事を知らぬノイズの群れは、物量で奏を圧し潰していった。

 その中で穂先を高速回転させて竜巻を起こす【LAST∞METEOR】で群れごと薙ぎ払う奏。だがそれでも絶えぬノイズは四方八方、奏の死角からも攻撃を仕掛けてきた。

 

「なッ、後ろッ!? ──ぐううううッ!?」

 

 瞬時の対応に遅れ攻撃をもろに受けてしまう奏。すぐに起き上がるものの、目の前に迫っていたのは何処から湧いてくるのかも知れぬノイズたち。

 歯を食いしばり起ち、槍を構え直し、怒りを力と変えるべく物言わぬ相手に声を放っていった。

 

「ちッ、やってくれるじゃねーかッ! ……あたしは独り。背後(うしろ)にはもう、翼はいないんだ。だからあたしが──ッ!」

 

 強がりにも思える声を掻き消すように、ノイズが襲い掛かる。其処から目を逸らさずに槍を構えた瞬間、奏の目の前に淡く光る障壁が出現し、ノイズを受け止めた。

 そしてその僅かな隙に、雷電を伴う蒼い剣波──【蒼ノ一閃】が奏の真横を通過。群れの一部を砕いて散らせた。

 

「これは──ッ!?」

 

 思わぬ事態に驚きを隠せない奏。振り向いた其処には見知らぬ形の小銃を構えた青年の姿が、そしてもう一人……何よりも見知った装束を纏い剣を携える少女の姿があった。

 

「こちらミライ、避難誘導の完了を確認ッ! 装者の援護へと移行しますッ!」

「お前ら……」

「いないなんて……独りだなんて悲しいことを言わないで、奏……。私はいつだって奏の傍にいる。ヒビノさんも、二課のみんなもいる。

 ──奏を、独りになんかさせないッ!」

 

 真っ直ぐな翼の言葉。ミライの眼。耳元に聞こえる弦十郎たちの声。それに返すものを持たぬ奏は、それでも言葉を選び吐き出していった。

 

「……お前、どうして帰らなかったんだ?」

「わたしが奏を見捨てられるはずが無いじゃない。だから──」

「……あたしは、お前の知っている”奏”じゃない」

「わかってる。それでも、奏は奏だから」

 

 奏の頑なな否定にも退くことのない翼。不器用な回答でも、それは目の前の”天羽奏”に対する言葉だ。理想という虚像へ向けた言葉ではない。

 それを受け取った奏は翼に背を向けて、槍を構えて言葉を続ける。

 

「……ノイズをぶっ殺す。遅れんじゃねーぞッ!」

「ああ。奏の背中はわたしが護るッ!」

 

 何処か嬉しそうに返事する翼。すぐさま自分も背を向けて、奏と背中合わせの状態を作る。

 そうして二人は迫るノイズへ攻撃を開始した。大きく奮われる奏の攻撃の隙を翼の刃が補っていき、翼の攻撃が浅いと見ると奏の槍がそれを深手へと変える。それでも生まれる隙間には、遠間よりミライの握る小銃から放たれた光弾がノイズの動きを僅かに止め、其処へ何方かの攻撃が突き立てられる。

 即興とは思えぬほどに息の合ったコンビネーション。奏はそこに懐かしさを感じていた。

 

(……そうだ、あたしは元々一人じゃなかった。こんな風に、誰かに援護してもらって……翼に背中を預けて戦ってたんだ……。でも……)

 

 思い出す輝かしい過去。でもだからこそ連なり思い出してしまう痛ましい過去。まるで覚めない悪夢のように出ずるそれは、僅かに緩んだ心を何度でも強く締め上げるかのようだった。

 

(でも……違うッ! あたしの翼は……あの時、あたしを庇って──。

 ……だから、違う。あたしの翼じゃない……。だから、あたしは絶対に受け入れない……。

 例え翼が”翼”であったとしても、あたしの翼はたった一人しかいないんだから……)

 

 

 

 

 end.

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