絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア2nd   作:まくやま

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EPISODE 06【復讐の歌、嫉望の光】

 

 二課指令室。戦いを終えた装者四人とミライは、再度其処へ集合していた。

 響とマリアは一先ず自分の世界で起きた事の報告……非確定存在としてのカルマノイズの出現、他の装者がそれに対応した時に生じたイグナイトモジュールの暴走未遂。肝心となる部分は決して包み隠すこともなく報告をした。

 そして現在、了子の細い指には小さなプラスチックケースが抓まれている。

 

「ふむふむ……それで、これが受け取ったチップね。研究欲が刺激されるわぁ~、何が入ってるのかしら♪」

 

 純粋な知的好奇心を隠そうともせず笑う了子。彼女のその笑顔を見ながら、マリアは確認の為に一言尋ねていった。

 

「……イグナイトの異変について、あなたは気付いていたの?」

「まあね~。ノイズのカルマ化に関しては色々研究していたし、ギアを作ったのは何て言ったってこの櫻井了子なんだから。

 あのノイズの持つ特性と干渉して、おかしくなっている可能性が一番高いとは考えていたわよ~」

「だから問題はカルマノイズの方にあると、あの時言っていたのか……」

「そうよ~。ちょっとは見直したかしら?」

「さすがは了子さんですッ!」

「ンフフ。そうそう、もっと褒めていいのよ?」

 

 事も無げに話す了子に対し驚きを隠せない翼とマリア。見直すなどと言う話ではない、イグナイトモジュールについては彼女らもそう詳しくは話していないはずだが、その大まかな機構と其処に存在する穴を見抜き、異常の原因を推測していたのだ。

 未だ誰もその全容を解き明かすことが出来ない現代知的遺物、”櫻井理論”。並行世界の住人とは言え、それを世に遺した天才櫻井了子の底知れなさには、装者たちはただただ感嘆するしかなかった。

 そんな中、今度はミライが弦十郎に進言していった。彼にとっても今、皆で考えなくてはならない事案を。

 

「風鳴司令、僕からも話があるのですが……」

「なんだ? 遠慮なく言ってくれ」

「はい。……今日までで二度、避難誘導の最中である人物と遭遇しました」

「ある人物とは?」

「──ブラック指令、そう呼ばれる者です。司令達に心当たりは……」

 

 一瞬考える弦十郎。だがその答えは否だった。ミライが相手の特徴を伝え、友里と藤尭に記録をチェックさせるもののそれらしき人物は出て来なかった。

 

「監視カメラの映像にも君の言う者の姿は無いようだ……。一体何者なんだ、そのブラック指令と言うのは?」

「……申し訳ありません、僕もよく知らない相手です。

 ただブラック指令の行動や言動から、カルマノイズやベゼルブとなにか関係があるのかもしれません」

「なッ、それは本当かッ!?」

「まだ推測の域を出ない話です。そう思わせるようなことを聞いた、と言うぐらいで……」

「……どんなことを言っていたんだ?」

「目的は”世界の侵略”。その意図は、”大いなる終焉の意思”の元にあると……」

「大いなる終焉の意思、ね……」

 

 考えるように呟く了子。何か思考に靄がかかっているような違和感を覚えている。それが何なのかを熟考で探し当てようとするものの、どれだけ掻き分けてもそれは見つからない。

 いや、この感覚はむしろ、”元々持っていないものを探す不毛な行為”の時にある感覚だと彼女は理解し始めた。

 何故そう思うのかは理解らない。だが感じたものは絶対の自信がある。”私はこの言葉の意味など識らない”という確信が。

 ただそうなると、今度はその確信の理由を追及してしまう。そうして了子は独り、思考の中に嵌ってしまっていた。

 

「了子くん、どうした?」

「今の言葉について、なにかご存じなのですか?」

「えッ!? あ、あ~……」

 

 声をかけられてようやく自分が思考に捕らわれていたことに気付いた。固執することもない些細な言葉に、何故ここまで縛られてしまったのだろう。

 一瞬そう考えるものの、彼女はまたいつも通りの明るい笑顔を作り、皆に元気な声を返していった。

 

「ゴメンね~、つい思わせぶりなコトしちゃった♪」

「……つまり、了子くんも知らないという事で良いんだな?」

「そうね、一つたりとも覚えはありませ~ん。不覚ながら、ね」

 

 降参するかのように両手を上げて答える了子。その気楽な態度には、彼女がいつもの櫻井了子であると思わせるものがあった。

 

 

 ともあれ、懸念事案が増えたのは変わらない。

 並行世界間へ存在を股にかけ始めたカルマノイズ、強化機能であるイグナイトモジュールの不調の確定、ブラック指令なる不審人物の出現。良し悪しはともかく、事態が進行しているのは誰の眼にも明らかだった。

 それらを踏まえ、並行世界の仲間たちに向けて今度は弦十郎が声をかけていく。今後の戦いについて絶対必要な話だ。

 

「……話をまとめよう。まず、君たちはイグナイトをもう使えない、そう解釈していいのか?」

「ええ、そうなるわ」

「それで……カルマノイズに勝つ手立てはあるのか?」

 

 真剣な顔で語る弦十郎。彼の言葉ももっともだ。現状カルマノイズを斃せたのは、ミライのサポートで閉所一極集中されたイグナイトの最大出力攻撃のみ。司令官として彼は、その戦力低下を懸念せずにはいられなかった。

 対する装者たちも、真剣な言葉で返していく。

 

「……イグナイトだけが、私たちの力ではありません」

「そうですッ! 気合で何とかしますッ!」

「気合か……そうだなッ! 大切なのは気合だッ!」

「はいッ!」

 

 響の威勢に当てられたのか、弦十郎もまた強い笑顔で返していった。

 弱気になってはいけない。油断はしてはならないが、気持ちの上で負けていては為すべきことも為せなくなる。彼もそれを、しっかりと理解していたのだ。

 

「ブラック指令に関しては、引き続き調査を行います」

「俺たちの方でも協力しよう。何かあったらいつでも我々二課の職員を使ってくれ」

「ありがとうございますッ!」

「さてと、それじゃ私はこのデータを色々見てみるわね。フフ、何が入っているのかしらね~」

 

 ミライと弦十郎でブラック指令に対しての方向性は決まり、了子もまた自らの仕事を行うべく嬉々とした軽い足取りでその場を離れて研究室に行く。

 それを見送り残った者たちも、またそれぞれで話を進めていった。

 

「……精神論はともかく、カルマノイズを倒す為の現実的な手段としては、わたしたちがもっと連携して戦えるようになる必要があると思うわ。

 ……特に、こちらの誰かさんとね」

 

 少しばかり責めるような目を奏に向けるマリア。だが彼女に悪気などあるはずもなく、ただ現実を直視した正論をぶつけているだけだ。

 それを分かっているのか、奏もまた無言ではあるがマリアの言葉を真摯に受け止めていた。

 

「あなたが翼に思うところがあるのはわかってるわ。でも、それとこれとは話が別。これからあのノイズと戦っていくには、一人一人がバラバラに戦うのではなく、協力が必要よ。

 ……わかってるでしょう?」

「…………ああ」

「いいわ。それならあなたも一緒に訓練しましょう。……まずは、相互理解が必要だわ」

「……分かったよ」

 

 

 

 ==

 

 二課の訓練室。ノイズを投影した仮想現実を用いての戦闘訓練は、はじめて装者4人で行われることとなった。

 それぞれが互いの動きに合わせ、隙と死角を無くし、効率的に投影されたノイズを消去していく。だがそれは、数十分にも満たない僅かな時間で終わる事となった。

 ノイズ戦訓練プログラム1セット、奏が普段より行っている難易度より更に上昇させたプログラムを用い、その上で過去最高の記録と結果を叩き出したところで奏は三人に背を向けて歩き出していた。

 

「え……、奏さん?」

「……もうこれくらいで十分だろ。あんたたちの動きは分かったよ」

「待って、奏ッ!」

 

 それだけ言い残してギアを解除して訓練室を去る奏。思わず彼女を追いかけようとする翼だったが、マリアがそれを優しく制止させた。

 

「翼、あなたはここにいなさい。……当事者じゃない方がいいこともあるのよ」

「……わかった」

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

「……何の用だ」

 

 背後から声をかけられたものの、苛立ちを隠そうともせずに振り向く奏。だがマリアはそれに何かを思うこともなく、軽い笑顔のまま彼女の元へと寄っていった。

 思わず身構える奏。出て来た言葉は、どうしても自分が気にして止まない事柄だった。

 

「……あんたも、向こうのあたしと関係あるのか?」

 

 並行世界の、マリアたちの居た世界での天羽奏。自分であって自分でない、まとわりつく”自分”の影。

 翼にしても響にしても、その裏には”彼方の奏”の存在があった。ならば目の前の彼女にも……そう思うのは必然でもあった。だがマリアは、彼女の言葉と考えを一蹴した。

 

「いいえ、私は何も。私が知る”天羽奏”は、目の前のあなただけよ。まぁ向こうでも名前や顛末程度なら見聞きしたことはあるけどね」

「そうか……」

 

 安堵するように言葉を吐き出して、身構えを解いてマリアに背を向けて歩き出す。だがマリアはすぐに、先ほどの奏の言葉から推察される彼女の抱えている思いを問いかけていった。

 

「……自分ではない自分が重圧になっているの?」

「……あんたには関係ないことだ」

「ちょっとッ! 待ちなさいったらッ!」

 

 歩き出す奏を思わず追いかけるマリア。着かず離れずの距離を保ちながら奏の後を追っていくと、二課本部を出た裏の林に辿り着いた。

 思わず周りを見渡すマリア。奏が何故ここに来たのか理解らず、それを問いかけていった。

 

「何でこんなところに……?」

「落ち着くのさ。ったく、こんなとこまで着いてきて」

 

 大きく溜め息を吐く奏。まるでそれは、何かに観念したかのような雰囲気があった。

 

「……あたしでないあたしが重圧なのか、って聞いたよな……」

「ええ」

「……わからない。だって向こうのあたしは、翼にどう接してどう関わっていたのか分からないんだから」

 

 何も知らないマリアの前だからこそなのか、初めて並行世界の人間に心情を吐露し始めた奏。

 ずっと押さえ付けていた思いは、一度声に出したらそこから溢れるように漏れ出していく。マリアはそれを、受け止めるようにただ傾聴していた。

 

「あたしはあたしだ。向こうの”あたし”じゃないし、あたしにとって”本当の翼”はこっちの翼だけだ。

 だけど、ダブるんだ……。翼は翼で、確かにあたしの知ってる翼なんだよ。でも、あたしの翼はもう……。

 そっちの翼を”翼”と受け入れたら、死んだ”本当の翼”はどうなるんだ? 

 別人なんだ、そう思っても思い切れない。あたしの中の翼が消えてしまうのが、怖いんだよ……」

「……だから翼に余所余所しくしてるの?」

「……あいつは翼じゃない。そう思い続けないと、あたしはきっと”翼”を忘れてしまう。だから……」

 

 放たれた弱みは喪失の痛み。

 抱えてきた大切な想い出を、此処に起ち続ける為に必要だった礎を。天羽奏が”風鳴翼”を忘失れるということは、己を支えている支柱を失うのと同義。

 それを聴き、マリアは奏の思いを理解した。マリアにもまた、喪った最愛の家族という己にとって無くてはならない礎があるのだから。

 だからこそ彼女に問わなければならない。彼女の心を少しでも解きほぐす為に。

 

「……あなたの中の翼との一番の思い出って何なのかしら?」

「──ツヴァイウィングとして、二人で唄った事だ。翼の横で、思いっきり唄った事……」

 

 マリアからの問いに一瞬驚きながらも、素直に答えた奏。その答えを引き出したことに、マリアは小さく安堵していた。その思い出は間違いなく、彼女と自分たち……否、翼とを繋げる確かな打ち筋になると踏んだのだ。

 次なる一手はやや大胆に、彼女の秘めた想いを揺さぶるが如く、マリアが言葉を続けていった。

 

「……知ってる? 翼は今、向こうでは日本を飛び出して、世界に向けて歌を唄っているわ。

 私も向こうじゃちょっとしたアーティストなんだけど、何度か翼とコラボユニットを組んだりもしてるの」

「翼と、コラボ?」

「そうよ。同じステージで、デュエットソングを唄ったわ。世界的な歌の祭典でね」

 

 少しばかり自慢げに話すマリアに、奏は沈黙で返す。その様子を見ながらまた、自分が感じている想いを言葉に変えて放っていった。

 

「あの子の歌の才能は本物よ。階段を駆け上がるように世界的なアーティストへと成長し、世界もまたあの子を認めるようになった。

 私はそんなあの子と唄えるのが楽しい。唄う度に、次もまた一緒に唄いたいと思えてくる。もっと、ずっと、何度でも」

「……ああ。そうだろうな」

「……唄いたくないの? あなたは、翼と一緒に」

 

 奏の言葉……同意の想いが零れたとき、マリアの優しい言葉が奏の胸を貫いた。

 動揺は隠せない。其処を付け入るように、マリアはまた言葉を重ねていく。

 

「翼は翼よ。あの歌は唯一無二。だからみんなあの子に惹かれる。

 こちらの翼は亡くなったかもしれない。でも翼に偽物も本物も無いわ。翼が歌を捨てない限り……歌を愛する心を持って唄う限り、翼はきっとどんな世界でも”風鳴翼”で在り続けられる。たとえ違う世界で違う人生、違う歩みをしていたとしても。

 ……もう一度聞くわ。あなたは、翼と唄いたくないの?」

「──唄いたい……唄いたいに決まってんだろッ! 

 だけどッ! あたしはもう……戦い以外の歌を無くしちまったんだッ! そんなあたしが、どうして翼の横に立てるッ!? 

 あいつの横で唄う資格なんて、あたしにはもう無いんだよ……」

 

 慟哭にも似た奏の叫びに、マリアは言葉を失ってしまった。

 彼女の心を引き出したのは間違いない。だがそれが、これ程までに強い渇望と喪失の泥濘に囚われているかを、理解できるはずもなかったのだ。

 此処からの……もう生半のものでは届かない言葉を探そうとするマリアだったが、それを見つけるより先に通信機が呼び出し音を鳴らしだした。二課からのものである。

 

『──マリアくん、聞こえるか? ん、奏も一緒か。ちょうどいい』

「……はい」

『強いノイズの反応を検知した。急ぎ、ランデブーポイントまで来てくれ』

「了解したわ。……行きましょうか」

「……ああ、怒鳴って悪かったな……」

「気にしないで。私が焚き付けたのだから、あなたは悪くないわ。

 でもね、あなたは一つ間違えてる」

「……間違えてる?」

「──歌を失うことなんて無いわ。あなたは忘れているだけ。胸の歌は、何があっても無くなる事なんてないんだから」

 

 

 

 ==

 

 装者たちの前に広がるノイズの群れ。4人の装者は互いに連携し、その群れを打ち砕いていく。得物を奮う度に、極彩色が黒炭となって崩れ散る。

 もう何度も見慣れた光景を見続けつつ、それでも一切の気の緩みも無く人類の天敵たる存在を砕き続ける少女たち。

 ……否、その中で独り、気を他へ奪われている者が居た。奏だ。

 

(あたしは……歌を忘れているだけなのか……?)

 

 先程マリアに言われた言葉が思い起こされる。奏にとってそれは、今まで考えないようにしてきたようなモノではない。マリアに言われるまで、考えにさえ至らなかったことだ。

 それは一条の光のように奏は感じた。忘れているだけなら、失うことなど無いのなら、それは──

 

「──ッ!? 奏ッ! 危ないッ!」

「え……?」

 

 不意に浴びせられた、聞き馴染んだ声の言葉。思わず振り返ると、そこには死角から肉薄していたノイズの姿。いち早くその姿に気付いた翼は、奏を庇ってノイズの攻撃を受けてしまった。

 

「くッ──はああああッ!」

 

 ダメージを受けながらも即座に返した刃でノイズを斬り裂く翼。すぐに姿勢を正し、奏に向けて安堵した微笑みを向けていった。

 

「良かった、奏……」

「……すまない」

「気にしないで。さあ、残りはあと少し。一気に片付けよう」

 

 立ち上がった奏に声をかけ、また一足飛びで戦場へ向かう翼。彼女の口からはまた、力強い防人としての信念を唄い上げる歌が高らかに流れ始めた。

 

(翼……翼の歌が聞こえる……。戦いの中でも、あたしに響く歌が……。

 ……あたしも唄いたい。あいつらみたいに、翼と一緒に唄いたいのに──ッ! でも……)

 

 追い縋るように駆け出す奏。その目で追う彼女らの姿は輝いて見えた。今だけではない、初めて出会った時からそうだ。皆がそれぞれ力強く、各々の輝きを放っていた。

 中でも、どうしても翼の光にはその目が勝手に追いかけ続けていた。自ら意識しないと逸らしていけない程に。

 

 ──あの夢がダブる。

 光を求め、光に縋ろうとして、結果その光に身を焼かれて居場所を失った誰かの姿。

 省みると理解ってくる。あの姿は、今の自分によく似ていると。自分自身を見失ってまでも求め続けるそれは、嫉望の光なのだと。

 

(あたしは、どうしたら……)

 

 思考の整理がつかないままにノイズとの戦いを再開する奏。そんな折に、二課本部から装者たちに向けて緊急通信が入って来た。

 

『高質量のエネルギー反応を検知ッ!』

『全員備えろッ! 来るぞッ!』

 

 群れの最奥、瘴気を纏って現れたのは漆黒のノイズ変異体──背部に球状の破壊物質を持つ、ブドウのような姿のカルマノイズ。

 その姿を見た瞬間、奏の頭の中で何かが切り替わっていった。言うなればそれは、嫉望の光から溢れ出る漆黒の意志……。

 

「カルマ、ノイズ……」

「現れたわね……」

「……ああ、”待っていたよ”。今度こそ、あたしが倒してやるッ!」

「奏さん……?」

(あいつさえいなければ、あたしは翼の隣にいられた。あいつさえいなければ、あたしは翼と夢を追いかけられた。

 あいつさえいなければこいつ等が来ることもなかったし、あたしがこんな思いをすることも無かったッ!)

 

 突き動かされるようにカルマノイズへ吶喊する奏。その唐突な行動の無策無謀さに、皆が焦り出した。

 

「奏ッ!?」

「くッ……落ち着きなさいッ! 真正面から突っ込んだところで──」

「あいつは、あいつだけはあたしが殺すッ! 邪魔するノイズも……全部ぶっ殺してやるッ!」

 

 カルマノイズの前に群がるノイズらを、渦巻く轟槍で薙ぎ払い潰しながら突き進む奏。

 その目を殺意に光らせて、紡がれる歌には憤怒を乗せて、轟槍の穂先は漆黒の標的を捉えていた。

 

「死にやがれええええええッ!!!」

 

 廻転する轟槍がカルマノイズを貫き抉り砕く。地面に落ちた漆黒の破片はそれぞれが独自に動き、奏の間合いから逃げるように離れて再度結合。復活を果たす。

 即座に背部の球体を発射し、奏の周囲に降り注いでいく。まるで爆撃のようなその攻撃にも怯むことなく、奏はまた独り、唄いながら槍を奮い続けていた。誰の歌も聞こえず、啼き喚くような声で唄い上げながら。

 そんな状況は、戦う彼女の脳裏に突然のフラッシュバックを引き起こしていく……。

 

(……懐かしい……。懐かしい……? ──あたしは、夢を見ているのか……? 

 ──ああ、この夢は……あの時の……)

 

 それは何度も夢に見た在りし日の出来事。

 朱い光を放ちながらも沈み行く夕陽と、黒炭と砂塵が緩やかに舞う瓦礫だらけの舞台(ステージ)

 俯けに倒れた奏の隣には、翼が心配そうに寄り添っていた。

 

「奏ッ! 奏、大丈夫ッ!?」

「ん……ああ、翼か?」

「よかった、気が付いたッ!」

「くッ……翼、今の状況は……?」

「……見ての通り、だよ。まるで地獄絵図……あのノイズと巨大生物のせいで……」

「何なんだよ……あいつらはッ!」

 

 二人の前に居たのは群れる大量のノイズと、その中心に佇む漆黒のノイズ。これまで遭遇したものとは比べ物にならない強度と速度を持ち、ノイズ必滅の爪牙であるシンフォギアですら手も足も出ない異常のノイズ。

 逃げ惑う人々は我を忘れてそこかしこに居る人間同士で攻撃し合っており、逃げ遅れた人はノイズの餌食となり炭化した。

 翼が地獄絵図と形容したのも頷ける、凄惨なものと化していたのだ。

 荒々としたこの場に残った命在るモノは、最早自分たち二人きり。弦十郎や了子との通信も繋がらず、あまりの絶望的状況による諦観からなのか、奏の口からは乾いた笑いが小さく漏れ出していた。

 ただ一つ思っていたことは、『隣に翼が居るのなら、死ぬことだって怖くはない』という想いだった。添え重ねられた翼の手の温もりが、奏を絶望に落ちぬよう繋いでくれていた。

 ──だが、翼は不意に奏の方を向き、言葉を発していく。

 

「……奏、わたしのわがままを聞いてくれる?」

「……翼? こんな時に何を……」

「奏にはずっと唄っていてほしい。私が大好きな奏の歌を、絶やさないでほしい……」

「……おい、翼……?」

「……必ず、奏を護るから。だから、約束」

「おい……何を言ってるんだよッ!」

 

 重なっていた手が離れる。

 翼は立ち上がり、奏の前に歩み出る。

 そしてその小さな口から、”最期の歌”をさえずるように唄い出した。

 

「やめろッ! そんなボロボロの状態で絶唱なんて唄ったら──」

 

 分かり切っていた。

 立っているのがやっとなほど身体に蓄積された多大なダメージ、その状態で放つ絶唱が、一体何を意味するのか。

 

「──やめろッ! やめてくれ翼ッ!」

 

 叫べども喚けども翼は唄うことを止めない。

 その身の内から溢れ出る膨大なフォニックゲインは翼の身体を鎧うシンフォギアを自壊させていき、破片は塵と化していく。

 天へと掲げたアームドギア……否、自分自身を一振りの刃(アームドギア)として、フォニックゲインの全てを集中させていく。

 そして──

 

「例えこの身が朽ちようとも……人の世を、無辜なる人々を、そして大切な誰かを護るために──。

 これがッ! 風鳴翼の歌だッ!!!」

 

「翼あああああああああッ!!!」

 

 ……翼は限界だった。

 だがその命と引き換えに生み出した力は、数多のノイズと共に漆黒のノイズをも打ち砕いた。

 更地となったステージ。呆然とへたり込む奏。

 戦いは終わった。風鳴翼の犠牲と共に。それを奏が認識するより早く、事態は再度急変した。

 其れは彼方より顕れて、天空より放たれた炎と光は地上を爆裂させていく。二人の立っていた舞台(ステージ)を蹂躙する巨大生物。

 またも嗤いだす奏。最早理解から遠い状況下に晒された彼女は、反射的に嗤うしかなかった。

 脳裏に過ったのは確実なる自身の死。結果を確信した事による諦め。──だが、その奥底で一片の想いが灯っていた。

 自分に向けられた最期の笑顔と、最期の唄声。その眼と記憶に焼き付いた、もう此処に存在しない風鳴翼という存在。

 翼を想う度に身体に力が沸き上がる。血が沸き立っていく。後悔と憤怒でその眼に光が灯っていく。眼前の敵を貫き(くび)り殺す夢想を続けていく。圧倒的な、ただただ圧倒的な力で。

 

 翼を奪った、あの”漆黒”を──。

 

 

 

 幾日か後のこと。奏はマネージャーの青年と向き合っていた。

 

「……本当に、辞めてしまうのですか?」

「……ああ、翼がいないのに、もう唄う意味なんて──」

「……残念です」

「あんたはどうするんだい?」

「さあ……まだ決めていません。二課の退職届は出しましたし、ツヴァイウィングのマネージャーの仕事もなくなりますしね……。奏さんは?」

 

 青年から問われた奏は、力無く微笑みながら穏やかな声で返答していった。

 

「あたしは、翼の仇を取る……」

「……そうですか。ご武運を祈っています」

 

 言葉を最後に、一礼して立ち去る青年。

 独り残された奏は空を見上げて思いを馳せる。

 

(そうだ、あたしにもう戦い以外の歌は要らない……。

 ごめんな、翼……。でもあたしはあんたの仇を取りたい。自己満足だって分かってても、あいつらを許せない)

「……カルマノイズはまだ残ってる。あのデカい化け物もだ。あたしは、翼の仇が討てる……フ、フフフ……あはははははッ!!」

 

 辺りはばからずに、まるで気がふれたかのように嗤う奏。そこへ二課からの緊急連絡が入って来た。

 

「奏、聞こえるかッ! ノイズが現れたッ! すぐに現場に向かってくれッ!」

「──ああ、聞こえてる……」

 

 そうして彼女は走り出し、仇敵との戦いに身を置いた。

 

 置き続けた。

 

 今もまだ、あの時と変わらぬままに。故に……。

 

(あたしは復讐のために歌を捨てたんだ……。翼の願いに背を向けて……。

 だから、もう翼と唄いたいなんて思っちゃいけない。……あたしには、復讐の、戦いの歌だけがあればいいッ!)

 

 誰と会おうと、どんな言葉や歌を聞こうと関係ない。紡がれる歌はその為のモノ。繋いできた命もその為のモノ。

 ヤツに向ける攻撃の総ては、その為の。

 

「翼の痛み──思い知りなぁッ!!」

 

 槍の穂先が狙い澄ますはカルマノイズの胸……心臓部。其処に心臓が有ろうと無かろうと関係ない、命を奪う為に狙うならば其処以外に狙いはつけられなかった。

 深々と突き立てられる槍。一瞬動きを止めるカルマノイズだったが、その細い腕を奏のアームドギアに絡ませることで逆に彼女の動きを止めてしまった。

 その瞬間生じる、背部に連なる球体の明滅。この形状のノイズの特徴から、それが何を意味しているのかは、見た者全てが即座に理解した。

 

「奏ッ!」

「なッ!? こいつ──ッ!」

(──零距離で自爆ッ!? ダメだ、こりゃ避けられないな……)

「奏えええええッ!」

 

 奏の脳裏に浮かんだのは、やはり亡くした翼の顔。復讐も果たせずにこのまま死ぬという確信は、何故か奏に穏やかな笑みを齎していた。

 最期まで、自分の最も大切な存在を想って逝こうと──。

 

(翼……ごめんな……)

「──さぁせるかああああああッ!!」

 

 明滅する漆黒の球体が爆裂するその刹那、死に物狂いで伸ばした翼の手は奏を掴まえ、カルマノイズとの間に挟まる形で彼女を抱き締める。だがそこからの離脱回避は間に合うはずもなく、その爆裂の全てを翼は小さな背で受けざるを得なかった。

 

「ぐッ!? ──あああああッ!!」

「翼さんッ!?」

「翼ッ!?」

 

 爆発の衝撃で吹き飛ぶ翼と奏。カルマノイズも同様に吹き飛びはしたが、爆ぜた肉体は再度集合し身体を形成する。

 だが一方で翼は倒れ込み、庇われた奏はすぐに身を乗り出して翼に声をかけていった。

 

「な、あ、あたしを庇って──ッ!? なんてことしてるんだッ!」

「よかった……今度は間に合った……くッ」

「い、痛むのかッ!? 何で、庇ったりなんか──」

「奏が危ないのに、私が見てるだけなんて出来るわけないじゃない……」

 

 その言葉で痛感させされた。目の前の彼女やその仲間たちが何度も言ってきた、『翼は翼だ』という言葉の意味を。

 自分とは逆に、だが自分と同じ境遇に陥った彼女。彼方の世界の”自分”を何よりも大切に想っていた彼女。それと同じように此の”自分”をも気にかけ続けていた彼女。

 紛れなど、あろうはずもなかったのだ。

 

「バカやろう……」

 

 口から零れ出た罵倒は、一体誰に向けてのモノなのか。

 奏はただ翼の手を握りしめ、心から悔やむようにそれを吐き出した。

 

「──だけど、バカをした意味はあった。奏、私たちと一緒に戦って欲しい……」

「わかった、戦ってやるから……。だからお前はそのまま休んで──」

「そういうわけにはいかない……。──休みなら、あいつを倒してからだッ!」

 

 大きなダメージを負った身体を奮わせ、全身に力を入れてなんとか立ち上がる翼。眼光は防人のそれに戻っており、添えるように支える奏がその力強さに思わず感嘆としていた。

 すぐさま彼女らの元に集う響とマリア。翼の状態にも不安が残るが、復元したカルマノイズを前にし、マリアは即座に指示を出していった。

 

「一斉攻撃ッ! 束ねれば斃せない相手じゃないッ!」

「はいッ!」

「奏もッ!」

「あ、ああッ!」

 

 足並みを揃えて突撃する装者4人。今までの戦いを振り返り熟考していたマリアには思惑があった。

 カルマノイズは確かに強力で強靭。弱点など無いようにも見られる。だが、アームドギアで攻撃した部分は確実に削られている。僅かな破片と化しても結合し蘇るカルマノイズではあるが、細かく砕けた破片は炭化消滅し本体は自己復元能力による再生を優先とする。

 つまり、高出力連続攻撃による完全分解と消滅に至ることが出来れば、いかな強力なカルマノイズであろうとも斃せるということである。

 その証左となったのは、過去に絶唱でカルマノイズを斃したという記録と、先日の戦い……ミライの助力を得て最初のカルマノイズを倒した時。キャプチャーキューブで生まれた閉鎖空間内に攻撃を収束、飽和したことで討滅と言う結果を齎したこと。

 そこからマリアが見出したのがこのカルマノイズ攻略戦。回復を許さぬ程の物量攻撃で押し切ることが勝利への道だと考えた。至極単純ではあるものの、絶唱は勿論、イグナイトも使えない以上用いれる手段は多くは無い。その為に奏を含めた4人での連携を進めていたのだ。

 そして今現在、マリアの思っていたように装者4人による連続攻撃が成立している。息をも吐かせぬ攻撃の波は確実にカルマノイズへダメージを与えていった。

 

「これなら……ッ!」

 

 斃せる。そう思った矢先だった。翼が連携を乱し、意図せず攻撃の手を止めてしまっていた。だがそれは無理もないこと。奏を庇って受けたダメージが、予想以上に大きかったのだ。

 一方でカルマノイズはその僅かな隙に離脱し、距離を取って再度肉体を復元させていく。その途中、漆黒の身体が僅かに透け始めてきた。

 

「逃走ッ!?」

『周辺避難が完了したんだッ! カルマノイズの性質上、生体反応が低減した場所に長居はしないッ!』

「クッ、この機を逃がしては……」

「……立花ッ! S2CAだッ! 絶唱の力で、一気にあいつを殲滅するッ!!」

「で、でも翼さん、その怪我じゃ……」

「問題ない。防人の剣は、この程度で手折られはしないッ!」

「……わかりましたッ!」

 

 返事と共に響を中心にして翼とマリアが左右の手を繋ぐ。

 敵を前にしての不可解な行動に、奏はただ困惑の声を上げてしまった。

 

「おいッ! お前たち、一体何を……」

「少しの間、あいつを抑えていて。頼んだわよ……」

「……わ、わかった」

 

 いつになく神妙な顔をしたマリアに言われ、戸惑いながらもカルマノイズを逃がさない様に戦いだす奏。

 その背を見ながら意識を集中した三人が同時に口にしたのは、絶唱の励詩だった。

 

「絶唱ッ!? しかも三人同時って……あいつら何をッ!?」

 

 絶唱の三重奏が重なり合い爆発的なエネルギーを発生させる。ただの一人でも絶唱が生み出す力は計り知れないもの、それが三人分。

 この世界では決して目にすることの出来ぬ奇跡の一端を、響たちは行っていた。

 

「スパーヴソングッ!!」

「コンビネーションアーツッ!!」

「セットッ!! ハーモニクスッ!!!」

「な──ッ!? いったい何がどうなっていやがるッ!?」

 

 青と黄色と白、三つの光が螺旋に交わっていく。

 両腕を重ね合わせた響のアームドギアが合体し、右腕に円筒状として変形装着される。各部パーツが展開していき、円筒状の籠手はタービンへと姿を変えた。

 稲妻を走らせながら高速回転するタービン。その回転と共に三色の光が吸い寄せられるように集まり、一本の輝きに束ねられていった。

 

「奏、離れてッ!」

「あ、ああッ!」

 

 カルマノイズに最後の一打を与えて退く奏。響の視界にカルマノイズだけが入っていることを認識すると、その腕を大きく引き絞った。

 

「いまッ!!」

「──行きますッ! はああああああぁぁぁぁッ!!!」

 

 真正面に拳を打ち出す響。高速回転するタービンを内蔵した籠手から噴出する、三色が混ざり合った光の竜巻。地を抉りながら天へと昇るそれはカルマノイズを飲み込み、超出力フォニックゲインの奔流はカルマノイズの強固な肉体や無限とも思える再生能力を全て吹き飛ばし微塵と化していった。

 放たれた後に残るモノは無い。黒炭さえも残らず消し飛ばされ、カルマノイズは完全に消滅した。

 

「……倒した、か?」

「はい……やりましたッ!」

「……ええ、そうね」

「……これが、翼たちの力……」

 

 思わず腰を落とす響たち。だがその勝利の余韻なのか、三人は笑顔で讃え合っていた。

 奏は独り、茫然と更なる力を見せ付けた三人の装者たちを見つめていた。ただ今度は嫉妬や羨望ではなく、それらを越えた感情を呼び起こされながら見つめていた……いや、見惚れていたと言って良いのかもしれない。

 それ程の衝撃だった。

 

「さすがは……立花、だ……」

 

 カルマノイズを討ち取った響に労いの言葉をかける翼。だが次の瞬間、まるで糸が切れたように翼がその場に倒れ込んだ。

 

「翼さんッ!?」

「翼ッ!?」

「おい……翼? 翼あああああぁぁぁッ!!!」

 

 

 

 

 ==

 

 

「──二体目も砕けたか。だが、良いマイナスエネルギーが集まった。

 受け取るがいい、暗黒惑星ブラックスターよ。そして、更なる力の糧とするのだ。

 ククク……フハハハハハッ!」

 

 黒く濁った水晶を天に掲げ、黒尽くめの男が高笑いする。

 終焉の意思の、導くままに。

 

 

 

 

 end.

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