「了子さんッ! 翼の容態はッ!」
メディカルルームに押し入ってくる奏。その後を追うように響とマリア、ミライも入ってくる。
視界に映る範囲に翼の姿は無く、分厚いガラスの向こうにあるベッドで横たわっている。モニターでその様子を見ながら、神妙な顔を崩さずに了子が答えていった。
「……まだなんとも言えないわ。怪我の影響と極度の疲労による衰弱。全身ボロボロよ」
「翼さん……」
「翼……」
項垂れる四人。だが奏はすぐに顔を上げ、了子へ詰め寄るように声を上げていった。
「なぁ、翼に会わせてくれッ!」
「無茶言わないの。これは専門家の仕事。絶対に翼ちゃんは助けて見せるから、そのまま待ってなさい」
「翼……くそッ! くそッ!!」
「奏さんッ!」
メディカルルームから飛び出す奏。思わず後を追おうとする響だったが、すかさずそれを止めたのは了子だった。
「悪いけど二人にはまだ話があるの。だ・か・ら~、奏ちゃんを追っかける役、頼めるかしら?」
「……はいッ!」
了子が微笑みながらミライに頼むと、彼は真っ直ぐそれに応えるように駆け出していった。一方で残された響とマリアは、心配そうな顔のまま了子の方を向き直した。
「話って、何かしら?」
「そうね、単刀直入に言うと貴方たち二人のカラダのこと。勿論やらしい意味じゃないわよ?」
ふざけたような言葉を言いながらも、その表情は真剣そのもの。背もたれに体重を預けながら了子がデスクから取ったバインダーには数枚の紙が挟まっていた。
「現状で一番の問題は倒れちゃった翼ちゃん。でも問題そのものを抱えているのは翼ちゃんだけじゃないわ。そうでしょう?」
言いながら響の方に目を向ける了子。先の戦いに響らがとった行いがどのようなモノなのか、彼女はキチンと憶測を立てていた。
責めるような目を向けるのは、それ故にだ。
「絶唱三人分のフォニックゲインを装者一人に収束、超絶的なエネルギーとして発射。そんなところかしら、貴方たちのやった自殺行為は」
「自殺行為って……」
「それ以外になにか言い逃れは出来る?」
響もマリアも何も言えなかった。S2CAがどういうものかは二人ともよく分かっている。
【Superb Song Combination Arts】。立花響を中心に据えることで実現する装者たちのコンビネーションアーツであり、必殺の一撃にもなる超出力攻撃は文字通りS.O.N.G.所属装者たちにとっての切り札……【必殺技】とされている。
このコンビネーションにおいて肝要となる部分は立花響の存在であり、彼女の持つ”アームドギア”と【繋ぎ束ねる】という絶唱特性が合わさらない事には成し得ない奇跡の如き技。故に必然、絶唱を束ねる響の肉体には絶大な負荷がかかってしまい、現状の翼ほどでは無いにしてもダメージが皆無とは成り得ない。
了子は一目見てそれを理解した。シンフォギアという装備を世に生み出し、誰よりもそれを識るからこそ。
「で、でも、私は全然元気ですッ! そりゃ使った後は疲れはしますが、一晩寝れば──」
「メディカルチェックの結果はちゃんと目を通しているのよ。確かに翼ちゃん程のダメージは無いけど、楽観視していいモノでもないのは確か。
響ちゃんだけじゃなく、マリアちゃんも」
「──……ッ!」
思わず奥歯を噛みしめてしまうマリア。見抜かれていたという己の迂闊さだ。
だが彼女らが今平気で居られるのは、偏に共に力を束ねたマリアの存在があってこそだった。
”操作”という幅広い分野において天賦の才を持つ彼女は、装者として、そしてS.O.N.G.の一員として己を高めていく中でその才を大きく開花させている。
S2CAの行使にしても、彼女の絶唱特性である【エネルギーベクトルの操作】が響一人に圧し掛かるはずの絶唱負荷を分配することで響の身体を、ひいては共に唄った他の装者たち一人当たりの負荷をも可能な限り抑え込んでいた。そのため現時点でS2CAを使うに当たり、マリアの存在は必要不可欠なものとなっていた。
だが今回ばかりはその操作を誤ったと、マリア自身も考えていた。均等に負担を分配したが故に、元々蓄積していたダメージが大きかった翼が倒れ込むことになったのだから。
「……開発者として言わせてもらうとね、確かにあの技は合理的ではあるわ。
絶唱というシンフォギア最大の攻撃機能を正確に使用しなければあんな芸当は不可能。私の想定を越えた形で使いこなしてくれているのは開発者冥利に尽きることよ。
でも、それとこれとは話は別。絶唱は命を投げ棄てる為に組み込んだものじゃない。少なくとも私はね」
思わず沈黙してしまう二人。正確には並行世界の別人だろうとも、彼女は世界で誰よりもシンフォギアに詳しく、其処に何かしらの想いを傾け込めていた人だ。
だからこそ、響たちのような使い方に対して物申さざるを得なかったのだろう。彼女は”櫻井了子”なのだから。
「誰一人欠けることなく、犠牲者も出すことなくカルマノイズを斃せた以上、アレが現状最も有効な攻撃であることは認めるわ。でも私個人としてはアレを使うことは薦められない。
……まぁきっと、それでも貴方たちは使うんでしょうけどね」
「了子さん……」
「ま、お小言はこのくらいにしておくわ。今は貴方たち二人とも休んでおきなさい。またいつ何が起きるかなんて理解らないんだから」
「……分かったわ、そうさせてもらいます」
「でも、奏さんが……!」
「そぉねぇ……。任せておいてなんだけど、ミライくんにどうにかできるのかしら」
つい自信無さげに言ってしまう了子。いくら良い方向に傾き始めたとはいえ、憤怒を隠しもしない奏に対して人の良いミライに何が出来るのか、疑問を感じ始めてしまった。
願わくば、施設内が復旧可能程度に壊される程度に済めばいいと考えるほどに。
==
「翼……くそッ! 全部、あいつらが……あのノイズどもが悪いんだッ! あいつらさえ、居なければ──ッ!!」
「……奏さん」
「──なんだよ……」
かけられた声に、強い苛立ちを孕んだ眼を向ける奏。ミライはその眼を、怯むことなく受け止めるように変わらぬ表情でいた。
「敵を根絶やしにする、とでも言うつもりですか?」
「……そうだ」
「それは不可能です。この世界ではソロモンの杖は見つかっていない。根本的な部分を解決しない限り、ノイズは現れ続けます。
そしてベゼルブもまた、黒幕の目的が理解らぬ以上何度でも襲来する可能性は出るでしょう。
……少し冷静になってください。翼さんを傷付けられて悔しいのは──」
「わかるもんかよッ! お前みたいな、なに考えてるか分からねーヤツにッ!!」
奏の言葉を受け、思わず押し黙るミライ。そして己が身を省みる。
『不思議ちゃん』……在りし日はよくそう言われてきた。『なにを考えてるかよくわからないヤツ』と。ウルトラマンとは名乗るものの、彼自身地球に赴任した時は歳若く経験のない異星人であった。そんな彼には、地球の人々とのコミュニケーションが上手く取れず苦労してきた記憶があった。
そこから幾星霜……地球人の感覚としてはあまりにも長い時間を経て今日に至り、心身共にあの頃よりも大きな成長を遂げていた。実感もあった。
だが、眼前の少女は自分を『なにを考えてるかよくわからないヤツ』と形容した。まるで、お前はまだ何も理解ってなどいないと、己惚れるなと、ミライは言われたような気がした。
かつて命を預け合い、心を交わし合った地球の親友たちの声で。
「……そうですね。僕はまだ、奏さんの事は何も分かっていません。貴方が今まで抱き続けてきた苦しみも、今の貴方を蝕む怒りも。
だから僕にも教えてください。僕も、貴方の仲間でありたいんです」
微笑みながら少し歩み寄り、彼女との距離を縮めるミライ。
奏は思わず引き下がりそうになったが、先だって翼から言われた言葉が否応なく思い出されてくる。『一緒に戦う』。たったそれだけの、しかし決して蔑ろには出来ない大切な口約束を。
その約束の意味、今の奏自身が出来ること。ミライから投げかけられた優しい言葉が奏にとっては冷や水となり、それを省みることが出来た。
「……わかってる。本当はあたしが悪いんだ。あいつを、翼を受け入れてちゃんと協力していたら──。
翼の歌は届いていたのに。あたしは、翼は翼だと分かっていたのに、どうしてあたしは……」
「奏さん……」
落ち着きを取り戻し自分を悔やむ奏。己の短慮さと頑なさに、自らを責めて心を閉じ込めていく。
そんな最中、通信機が鳴りだしてミライがすぐに取っていく。緊急警報のサインが意味するもの、それはただ一つ……
「──ノイズッ!」
「奏さんッ!」
心は変わらず閉じたままだが、奏は戸惑いを見せることもなく走り去っていった。
その姿に何処か危うさを覚えたミライは、同じく向かっているであろう響たちに連絡をしていった。
「響さん、マリアさんッ! 奏さんがッ!」
『分かりましたッ! ミライさんは──』
「僕は避難誘導に向かいますッ! 終わり次第すぐに合流しますッ!」
『……分かったわ、翼の分まで面倒見ないとね』
==
「奏さんッ!」
現場に到着する響とマリア。そこには既にノイズとの交戦を開始している奏が居た。
(ノイズ……ノイズ、ノイズッ!! お前らが、お前らなんかが居なければッ!!)
「うるぁあああああああッ!!!」
アームドギアを振り回し、並み居るノイズを黒塵へと還していく。
誰も寄せ付けぬかのような暴威を見て、響もマリアも思わず足が止まってしまっていた。
「奏さん……」
「連携しよう……と言える状態じゃなさそうね。幸いカルマノイズは出現していないし、早く全滅させて頭を冷やさせましょう」
「わかりました……!」
そうして響とマリアも戦線に加入する。
たとえ連携が取れていないにしても、相手は所詮ノイズであり此方は装者三人。引けを取るなど有り得るはずもなく、ただただ人に仇為すものを壊していくだけだった。
その一方で、避難誘導を進めていたミライは橋の上から装者たちの戦いを眺めていた黒尽くめの男と再度対峙していた。
「ブラック指令ッ!」
「ウルトラマンメビウス……」
怪しい笑みを浮かべながら目線をミライから装者たちに向けるブラック指令。対するミライはその手に握ったトライガーショットに力を込め、狙いを外さぬように構えを保っていた。
「何を見ている……?」
「大したものではない。高まり続けるマイナスエネルギーを眺めているだけだ」
「マイナスエネルギー……? 何故だ、ノイズはマイナスエネルギーを発しないのに……」
ブラック指令はただ嗤うだけで何も答えない。黒塵舞い散る戦場を眺めているだけだが、その右手にある水晶球にはどんどん黒い澱みが溜まっていく。
互いの状況を見て考えを巡らせるミライ。導き出された答えは安直なれど、それ以外に考えられなかった。
「まさか──」
「クク、理解ったところでもう遅い」
くぐもった嗤いを浮かべながらその場から姿を消すブラック指令。直後に姿を現したのは、奏たちが斃しきったノイズの塵芥の中だった。
──殲滅した。そう確信した装者たちの前に、黒い影が出現する。
ノイズの痕形が消えゆくと共に、その黒い影もまた、内に秘めた姿を開け晒していった。
「お前は……!?」
「良いマイナスエネルギーを放つ。流石は、堕ちる運命の光を宿すだけはあるな」
「何を、言って──」
漆黒のマントを翻し、右手の水晶球を奏に向けて突き出すブラック指令。直後、奏の身体から瘴気が溢れだした。
「ッ!? うあああああぁぁぁッ!!」
「奏さんッ!?」
「お前、一体何をッ!」
迷いなく黒尽くめの男──ブラック指令に斬りかかるマリア。だがその斬撃も左手に握るステッキで軽くいなしていく。
その実力に思わず歯ぎしりするマリアだったが、彼女らの僅かな隙を縫うように銃撃が二人の足元へと撃ち込まれた。
「ミライさんッ!」
「ブラック指令ッ! それ以上はやらせないッ!」
「無駄なことを……。この女のマイナスエネルギーは十分に育っている。貴様らが捨て置いた光が、その本能を目覚めさせているのだッ!」
「捨て置いた、光……?」
ブラック指令の言葉の意味を理解しきれず、ただ心配そうに奏を支える響。
そのまま声を高らかに、奏へぶつけるように上げていった。
「喜ぶがいい天羽奏ッ! 貴様の中に在るモノは貴様の想いを体現する力だッ!
怨敵を蹂躙し、仇敵を八裂せしめる暴威ッ! 貴様の求めた、復讐の力なのだッ!!」
「何を……」
「その悲業な想いと共鳴して一体化を果たした闇の輝き、悪の超者ッ! ウルトラマンベリアルッ!
その身の内で高まるマイナスエネルギーを我が物にッ!!」
「が……ああああああッ!!」
「奏さんッ! しっかりしてくださいッ!」
悶える奏を支える響と、彼女に任せてブラック指令を続けて攻め立てるマリアとミライ。だが遠近に対応するブラック指令の戦い方に、二人は優勢を取れずにいた。
そんな現状でマリアが把握していることは、あの厄介極まりないマイナスエネルギーを眼前の男が利用しようとしていることと、それが右手の水晶に集められていることだけ。ならばあの水晶をどうにかすればと考え狙うが、刃が届くことは無い。
その間にも、ブラック指令は奏に向けて心無き言葉をぶつけていく。
「並行世界の者たちは皆知っていたぞ。お前に宿った光が正義ではなく、邪悪に属する者であることを。
何時しかお前もその邪悪に飲まれる……そうなれば皆で断じるだろう。お前を殺すしかないとなッ!」
瞬間、大きく目を見開く奏。歯を食いしばる事も忘れ、思考が何処へと引き落とされる感覚がした。
(──殺す? あたしを……こいつらが? 二課のみんなが?
──……翼、が……?)
「この、戯れ言をォッ!!」
「僕たちは決して、そんな事はしないッ!!」
「そうさな、貴様らはそう言うだろう。だが闇を否定するのもまた貴様らだ。闇に堕ちた者を救い上げるなどッ!」
嗤うブラック指令とそれに向けて攻撃を重ねるマリアとミライ。だがその一方で、奏の意識は闇に飲み込まれ堕ちていた。泥濘の中で目に映ったものは、かつての夢と似たものだった。
運命を変えてやると、見下した者全てを見返してやると、自信の裏返しで固められた憤怒と嫉妬の念のままに吼え叫んだ
其処へ現れた、闇の中でも理解るほどに強い瘴気を放ちながら現れた邪悪。力が欲しいかと持ち掛けられて戸惑う
闇に取り込まれまいと本能が抵抗する。だが理性の一片には僅かに諦観が芽生えており、それが囁き続けていた。
『闇に堕ちた者を、光の国の者は決して許しはしない……。俺はもう、戻れない……』
(ああ、だから……)
『だから、こそ……』
憎悪に身をやつすしかなかった。
虐げられる前に虐げる。倒される前に倒す。突き放される前に突き放す。
自ら宿縁を断絶し、憎悪の闇と闘争本能と力への渇望に魂を塗り潰していく。
悪の超者はこうして生まれていた。奏自身もまた、彼のように落ちていくのだと直感した。
思い返し浮かび上がる知己の者たち。だが思えば思う程にその者たちへの申し訳なさと自分自身の不甲斐なさが募っていく。
ようやく受け入れられそうになった
摩耗した心にはヒビが入り、徐々に欠けていき──。
(……きっと、あたしも……なら、このまま……)
俯いたままアームドギアを握り締める奏。そこから無理な姿勢のまま弾け飛ぶように突進していった。
「がああああああああッ!!!」
「奏さんッ!?」
「一体何をッ!」
ミライとマリアを押し退けブラック指令に向けてその穂先を強く突き出す奏。思わず身を翻して回避するブラック指令だったが、その口元は嘲笑に歪んでいた。
「闇に身を堕とすか……。よかろう、来いッ!」
大きな跳躍で後ろに下がり右手の水晶を天に掲げる。
水晶は輝きを放ち、直後空に暗雲が渦を巻き、その中心を突き破って羽根を振るわせ飛ぶ漆黒の怪獣……ベゼルブが出現した。
ベゼルブは甲高い鳴き声を上げ光線で周囲を破壊し始めていく。装者たちの動きはそこで止まってしまった。
「──くッ、ベゼルブッ!?」
「あの人が呼び出していた……!」
「ククク……さぁ聴かせてくれたまえ。マイナスエネルギーに満ちたその歌をッ! フハハハハッ!」
「待てぇッ!」
即座にトライガーショットの引鉄を引くミライ。だがその光弾はブラック指令の肉体を貫通し、そのまま霧散して消えていった。
口惜しさを感じながらも、4人はすぐに目線をベゼルブに向けていく。ベゼルブもまたその真紅の眼で敵対者たちを視認し、そちらに向かって移動を始めていった。
『全員一度退けッ! ここは体制を立て直して──』
耳に響く弦十郎の言葉。だがそれすらも聞こえていないのか、奏は幽鬼のような足取りでベゼルブの方へ歩いていく。
「……来るなら来い。あたしは虫の居所が悪いんだ……」
『奏ッ! 何をするつもりだッ!』
「お望み通りたっぷり聞かせてやるよ……。あたしに唯一残っている……戦いの歌をッ!」
奏の口から漏れ出す歌。それは紛う事無き装者の最終攻撃手段──絶唱。
「Gatrandis babel ziggurat edenal.
Emustolronzen fine el baral zizzl.」
「奏さん、絶唱をッ!?」
「くッ、バカなことを──ッ!」
奏を中心に爆発的なフォニックゲインが発生する。溢れ出す力は彼女の身体を砕かんとばかりに疾走し、更に増幅されていく。
全身から悲鳴が上がるほどの痛みが走る。だがそれも、今の奏には心地よく感じていた。
(そうだ……全部ぶっ潰してやる。あたし自身も、煩わしい胸の光も、全部全部全部ッ!!)
憤怒にも似た想いだけで高まり続けるフォニックゲイン。高々と持ち上げる奏のアームドギアにその力が集まっていく。だが……
「Gatrandis babel ziggurat edenal.
Emustolronzen fine el zizzl.……ッ!」
「──えっ……?」
背後からもう一人の声が聞こえた。もう一人、自分と同じ歌を唄い上げる者が居た。
肩で息をしながら、足を地面にめり込ませながら踏ん張り、それでも決して下を向かずに前を向き……胸に手を当てながら、
「ぐ、うううううぅぅぅッ!」
「──ッ!? 絶唱の力がッ!?」
奪われている。奏は即座にそう感じた。
自分の身体を疾走するフォニックゲイン、それが齎す身体の痛みが劇的に引いている。
また突き上げたアームドギアから流れるように、その力が響へと向かっている。感覚の全てがそう語っていた。
響は両腕のガントレットを結合、一体化させて右腕に装着するよう可変させる。
円柱状になったガントレットは封を解くように展開、解放していき内部のタービンが稲妻を放ちながら高速回転していく。
それと共に響は自身の絶唱と、奏の放とうとした絶唱の力を己が小さな身一つに蓄え集めていた。
「いいわッ、その力をベゼルブにッ!」
「どぉぉりゃぁぁぁぁぁッ!」
マリアの言葉を受け、脚部バンカーを用いてその場から弾けるように跳ぶ響。猛る右腕を引き絞りながら真横を通り過ぎる彼女の姿を、奏は呆然と見ているだけだった。
向かってくる力を察したのか、ベゼルブは響に向けて怪光線を発射する。だが彼女の動きは止まらない。
目を逸らすことなく、ただ真っ直ぐに突き出される響の右手。ガントレットから発射される暴風が如き螺旋のフォニックゲインは、怪光線を相殺しながら突き進み、押し合いになる事もなくベゼルブへと直撃した。
甲高い声を上げながら吹き飛ぶベゼルブ。ふらつきながらもなんとか立ち上がるが、第二射を恐れてかすぐに飛び上がりその場を離れて行った。
「この前……あのカルマノイズを倒した時のように、今度はあたしの絶唱の力を……?」
思わずその場でへたり込む奏。その前に響が身体を引きずらせながら歩いてきた。
眼が合う二人。ボロボロになり息を切らせながらも、響の眼差しは強く眩しい。不思議と其処に怒りは見えず、それが余計に輝いて見える。奏はその眼差しから目を逸らさずにいるだけで精一杯だった。
「はあ、はあ……奏さんッ!」
何かを決意したかのように響が言葉を発する。彼女自身肉体的に余裕が無いからか、その声はどうしても大きなものになってしまっていた。
それでも言わねばならぬことを……響が今日の奏の姿を見て感じていたものを、僅かに残った力に乗せて打ち放った。
「──生きるのを、諦めないでッ!!」
「──ッ!?」
はじめて聞く言葉。
なのに何故か、心へと深く強く打ち付けられる言葉だった。
(あたしは、諦めようとしていたのか……)
「はあッ、はあッ……くぅッ……」
言い終えて緊張の糸が切れたのかその場に倒れ込む響。ギアも解除され、私服姿のままではあるが大きな呼吸を繰り返していた。
「大丈夫ッ!?」
「だ、大丈夫です……。ただちょっと、疲れました……」
駆け寄って来たマリアとミライに少し弱った笑顔で返す響。すぐに運ぼうとしたが、それより先に彼女に肩を貸す者が居た。奏である。
「……あたしが、運んでやる……」
「か、奏さん?」
響に肩を貸し体重を預けさせて立たせ、そのまま何も言わずに歩いていく奏。
一瞬それに気を取られたが、すぐにミライが二課に連絡したため迎えの車は10分も経たぬ間に到着。
戦闘区域内の敵性反応消失を以てこの日の戦いは終了した。
==
夜。
休んだから大丈夫だと豪語する響を無理矢理に二課のメディカルルームへ押し込んだマリアは、一室を貸し切り奏と相対していた。
二人の間に漂う空気は良いものではない。
剣呑な空気はそれこそブラック指令が煽っていたマイナスエネルギーに他ならず、それを隠そうともしないマリアの眼を、奏は何処か卑屈さで固められた無表情で向き合っていた。
「……話って何だ?」
「……どうも私もお節介な性分みたいなのよね。それに、あなたにはどうしても一言言いたくて」
腕を組み目を逸らすことなく、マリアは突き付けるように言葉を放っていった。
「いい加減、自分を偽るのはやめなさい」
奏は答えない。そしてマリアの言葉も止まりはしない。
「翼に怪我をさせた挙句、ノイズやベゼルブへの憎しみで自分の本心を全部覆い隠して、飲み込まれて……それで一人で死のうだなんて、ふざけないで。
私や響、ヒビノさんはあなたの尻拭いをするためにいるんじゃない。勝手な行動ばかりして、何様のつもりなの?」
「……あたしは──」
「あなたが一人で死ぬのはあなたの勝手かもしれない。これまで交わる事が無かったあなたの生命、あなたの人生。私たちがどうこう言う筋合いは無いのかもしれない。
でも翼は違うでしょう? あなたがあなたの勝手で死んで、それを後で翼が知ったらどう思うかくらい分かるはず。
片翼を失って悲しんでいたのはあなただけじゃない。だというのにあなたは、翼にもう一度その悲しみを味わわせるつもりだったの?」
「そんな……つもりは……」
「この前、私に翼と唄いたいと言ったのがあなたの本心でしょう。なのにその本心から目を背け、真逆の行動ばかり。
翼と居たいんでしょう。一緒に唄いたいんでしょう。ならちゃんと、”翼”を見なさいッ!!」
奏は答えない。答えられない。マリアからの言葉の全てが、心に深々と突き刺さっていく。
ヤケになって喚きたくなっても、いっそ幼子のように泣き出したとしても、それはただの逃避であると奏は理解っていた。
理解っていたからこそ如何な言葉を返すことも出来ず、ただ歯を食いしばりながら顔を落としていた。マリアの言葉を受け入れようとするしか、今の奏には出来なかった。
そんな彼女を一瞥し、小さく溜め息を吐いてその横を歩いていく。通り過ぎ際にもう一言を添えながら。
「……自暴自棄になる前に、もう一度自分の気持ちをキチンと見つめなおしてみなさい。
あなたはもう、答えを持ってるんだから」
独りになった奏。ついおもむろに、二課が隠れ蓑としているリディアン音楽院の屋上に訪れていた。
冷めた夜風を肌で感じながら、彼女はただ、地を見下ろしていた。
「奏さん」
そんなところへやってくるもう一人。かけられた声は優しく、何処か気さくな声。振り向いてみるとそこには、月明かりの下でも理解るぐらいに微笑みながら立つミライの姿があった。
「あんた……」
「はい、あったかいもの、どうぞ」
聞き覚えのある言葉と共に差し出された缶コーヒーを受け取る奏。確かに程よく温かみがあるこれは、間違いなくあったかいものだ。
だがそれを堪能することもなく、奏は顔を下に向けたまま小さく言葉を出した。
「……あんたも説教か?」
「……どうでしょうね。僕はただ、奏さんと話をしたかっただけなので」
「その割には、そっちから話さねーんだな」
「えっ、あ、すいません……!」
クソ真面目に狼狽えるミライに、奏は鼻で笑うような小さな微笑みを見せた。そこでようやくコーヒーを一口飲んで息を吐く。
結局先に口を開いたのは奏からだった。
「……昼間、言ってたよな。あたしの事を教えろって」
「はい。僕は誰かの言葉でしか奏さんを知りませんから」
「……じゃあ話してやる。代わりに、こっちが聞きたいことにも答えてもらうからな」
「わかりました」
そうして奏はポツポツと語りだした。
家族がノイズに殺されたこと、保護された二課で憤怒と讐念を以てガングニールと適合したこと、装者としてノイズを狩る毎日を送っていたこと……。
そして、風鳴翼との掛け替えのない思い出のことを。
「……翼がいたからあたしは唄えた。翼があたしを変えてくれた。復讐のしかなかったあたしに、翼は生き甲斐を作ってくれたんだ。だから──」
「大好きだったんですね、翼さんのことが」
臆面もなく真っ直ぐで無垢な笑顔で言われ、思わず少し赤面してしまう奏。それを見られたくないのかすぐに顔を逸らし、項垂れるようにまた溜め息を吐いた。
そんな奏の状態を知ってか知らずか、今度はミライが話を始めていく。
「僕の大切な人たちの中にも、奏さんのような人が居ました。目の前で大事な人を奪われて、自分の無力さに苛まれて、復讐心に身を落として戦っていた人が」
「……そいつは、どうなったんだ?」
「誤解や仲違いもたくさんありました。でも色んな事を乗り越えて、分かり合い、分かち合い、絆を深めてくれました。
……もう会うことは無いですが、僕にとって、永遠に忘れ得ぬ人になってくれたんです」
無垢な笑顔の絶えないミライが見せた、寂しさを感じる儚げな微笑み。奏はつい物珍しさを感じ、そのままミライの方へ眼を向けつつ思ったままの言葉を放った。
「……そいつ、死んだのか」
「──そうですね、もう生きてはいないでしょう。地球人の命で考えるととても永い時間が過ぎましたから。
でもあの人は……皆さんは、僕の故郷へ手紙を送ってくれていました。其処にしっかり残されていたんです。皆さんにとって僕は大切な存在になっていた。かけがえのない仲間、永遠の友達だと」
「……そっか。強いな、あんたらは」
「きっと、みんなとの絆があったからです」
謙遜のつもりはなく、実直にそう答えるミライ。それを聞いて、奏はまた自嘲の笑みを浮かべる。
「絆か……。そんなモノ、あたしにはもう──」
「ありますよ。奏さんにも」
「え……?」
「風鳴司令、櫻井博士、二課の皆さん。そして翼さん。みんな、奏さんと繋がっている絆です。
そして僕たちも、奏さんと絆を紡ぎたいと思っています。響さんも、マリアさんも……翼さんも」
「馬鹿言うな、翼はもう──」
居ないと言おうとしたところで奏は気付いた。隣に座る男は、もう居ない仲間に今でも絆を感じていることを。
死は絆を別つものではないと……例え生まれた世界が違う者であろうとも紡いでいけるのだと、彼はその生を以て証明しているのだと。
戦場では見せぬ、優しい微笑みを絶やさぬままで。
(みんなとの……翼との絆……あるのか? こんなあたしにも、まだ……。
──紡げるのか? もう一度……)
「大丈夫、です」
思わぬ言葉に驚く奏。微笑みを崩さぬミライが本当に不思議で、だが決して悪い気持ちは浮かばなかった。
それ故にか、奏自身も落ち着いた声で自然と微笑みながら言葉を返していった。
「……なんかちょっと前にも、あんたにそう言われた気がするよ」
そう言って立ち去ろうとする奏。それを思わずミライが呼び止めた。
「あ、あの! さっき奏さんが言ってた聞きたい事って……」
「ああ……忘れちまった。また思い出したら聞くよ。それで良いだろ?」
軽く手を振りながら去っていく奏に、ミライは何も言えなかった。
だが今の彼女の心にあった闇は薄くなり、その身の内にある”光”も何処か温かみがあるようにも見えた。
その意味をミライが理解る事は無かったが、きっと闇に負けぬものだと考えていた。
先に待つ運命がなんであろうとも、今見た光はいつかに繋がる希望の灯火であると信じたいと。
==
夜道を歩きながら、空を見上げる。
マリアからの叱責、ミライとの対話。それらを経て奏は自分でも驚くほど静かに自分の想いと向き合っていた。
(……翼は翼、そんな単純なことが分からなかった。全く、本当にあたしはバカだ……。
いや、違うな……本当は分かっていたんだ。ただ、受け入れられなかっただけ……頑なに受け入れようとしなかっただけだ。
それでヤケになってキレて暴れて……そのせいで、また”翼”を失いそうになってる……)
思い起こすは翼の笑顔。
自分の隣で恥ずかしそうに不器用に見せた小さな笑み、己が命を燃やし尽くす前に見せた儚い笑み、奇跡が齎した再会が見せた弱々しくも喜びに満ちた笑み、戦場で別の仲間たちや自分にも向けて見せた力強い笑み……。
思い返すどれもこれもが翼だった。”翼”は、ずっと其処に居たのだ。
だが理解したが故に、迷いも生まれる。
(どうすれば翼ともう一度絆を結べる? どうすれば翼とまた一緒に唄える? どうすれば……あの頃の歌を取り戻せる?
あんたなら、どうするんだ……?)
思考の中で放たれる自問。それは自分の中の光に向けての問いかけでもあった。
自分と共に在るモノとして、自分の問いに応えてくれるのではないかという淡い期待。それに応えたものはただの静寂。
分かっていた。きっと、呼びかけても言葉を返してはくれないのだろうと。
だがそれでも……静かに高まる想いは、自然に声となって漏れ出していた。
「翼……あたしは、翼の隣で唄いたい……」
夜空に向かって小さくか細く放たれた声。頬を伝う水滴の感触。溢れ出した素直な想い……。
それと時を同じくして、二課メディカルルームの中で横たわるままの翼の眼が薄く開いていった。
(……奏?)
意識は混濁しているが聞こえたものを間違えるなど無い。しかし其処に確信は無く、おぼろげな思考はそれを夢だと思わせていく。
だがそれでも……翼は奏の声に応えようと想いを馳せた。
難しい理屈などは無い。ただ偏に、奏の呼びかけに応えたかった。ただそれだけの強い想いが翼にはあったから。
(夢の中で、奏の声を聞いたような気がする……。唄いたいと嘆く、奏の声を……。
私、待ってるよ……。もう一度、大好きな奏の歌が聴ける日を……)
end.