夜明けを経て意識が回復した翼。その連絡を受けて奏、マリア、ミライの三人はすぐに指令室へ向かっていった。
鉄の自動扉が開いた先には弦十郎や了子と並んで、翼と響が立っていた。
「翼さんッ! 響さんッ! 無事でなによりですッ!」
「すまない……心配をかけた」
「私も、ご迷惑をおかけしました……」
「まったく……あんまり心配かけないでよね。二人ともなにかと無茶が過ぎるんだから」
心から嬉しそうに声をかけるミライと、少し呆れながらも笑顔で返すマリア。弦十郎や了子、オペレーターも含め皆が安堵の笑顔で二人を包んでいた。
それを見回していく翼。その中に、何処か不器用ながらも周囲と同じく安堵の微笑みを浮かべる奏が目に入った。
「……大丈夫、なのか?」
「ええ……もう、大丈夫」
「そっか、なら良かった……。あんたもな」
ぎこちないやり取りの締めに響にも言葉をかける奏。二人ともそれに、嬉しそうに答えていった。
「えへへ、ありがとうございます奏さんッ!」
「ありがとう、奏……。カルマノイズとの戦いもあるし、私もまた戦線に──」
「それはドクターストップ。まだまだ安静にしていること」
「さ、櫻井女史……」
意気高く話す翼だったが、それを挫くように了子が制止を命じてきた。メディカルルームを支配する者に隠し立てなど出来るはずが無かったのである。
「もう、起き上がるだけでもまだ辛いでしょうに。さすがに戦闘なんて出来ないわよ。当分は休むこと」
「で、ですが……」
「翼さん、無理はしないでください。翼さんが回復するまで、私たちが頑張りますからッ!」
「響ちゃんもほぼドクターストップなのだけどね~?」
「わ、私は大丈夫ですッ! しっかり寝ましたし、ご飯もいっぱい食べましたしッ!」
「どこからその自信が来るのかしら……。確かに総じてみれば翼ちゃんの方が重傷だけど、響ちゃんは抱えてる爆弾が大きくなってるようなものよ。
まったくもう、だからあのコンビネーションは止めときなさいって言ったのに」
「……悪い。あたしが馬鹿やったから……」
「そんな、奏さんのせいじゃ──」
「そうだな。奏、これはお前の勝手な行いの結果だ」
思わず庇おうとする響の声を押し退けるように、弦十郎が口を挟む。其処に居たのはいつもの豪気な彼ではなく、一組織の長としての大人の姿だった。
「仲間と連携を取らず自分一人で突っ走って、許可なく絶唱まで用いようとした。それを止める為に響くんも無茶をせざるを得なくなり、結果その身体に無用で多大な負荷をかけることとなった。
理解るな?」
「ああ、もちろん」
「そうか。ならば俺はこの組織の長として、お前に処分を与える」
普段よりも厳しい弦十郎の口調に、装者たちもミライも思わず緊張して息を呑む。
そうして放たれた言葉は──
「天羽奏。お前にはここに居る並行世界の者たちと密に協力し、カルマノイズ及び怪獣ベゼルブの撃破任務を全うすることを命ずる。
愚かな私情を挟むことと己が身を粗末にすることは断じて許さん。なにがなんでも、この異変を解決するんだ」
「──ッ! ……ああ、ああ。分かったよダンナ。いや、風鳴司令ッ!」
弦十郎の言葉を受け、心機を強く改め固めて奏は答える。今度はもう、間違えない為に。
「それでは翼はまだ療養、響くんは身体の状態に最大限の注意を払いながらの任務続行……という事で良いかな?」
「そうねぇ……私としては響ちゃんもメディカルルームに押し込めたいところだけど、戦力的な不安も起きるか……。
仕方ないわね、それでいきましょ」
「此方もそれで賛同するわ。この子の無茶を、今度はちゃんを見てなきゃいけないし」
マリアの言葉にばつが悪そうに笑う響。そこへ翼が声をかけていく。
「みんなすまない、世話をかける……」
「気にしないでください、翼さんの分まで頑張りますッ! あ、どうせなら一度向こうに戻って休むのはどうでしょう?」
響の提案に少し考える翼。提案自体は決して悪いモノでもない。体調を万全にするならば自らのホームに戻って手慣れた治療を受けるのが好ましい。翼もそれは理解している。
だが、しばし考えた彼女が出した結論はそれを反故にするものだった。
「……いや、邪魔でないならこちらにいさせて欲しい。体が治ったらすぐに戦線に復帰したいし……。いい、だろうか?」
「……あたしは、いいと思うよ」
「奏……」
少し迷いながら言う翼に、いの一番で奏が返答する。
彼女から受け入れる姿勢を見せた事、穏やかな微笑みと共に返された言葉に翼はつい驚いてしまった。それに気付いているのかいないのか、奏はただ言葉を続けていった。
「翼の力は必要だ。だから反対するつもりは無いさ」
「ありがとう、奏」
「……フフ、良かったわね」
「……なんであたしを見て言うんだよ。相手が違うんじゃないかい?」
「そう? そんな事無いと思うけど」
そんな二人の姿を見て思わず微笑むマリア。
奏の怪訝そうな顔も意に介さず笑みを絶やさぬ彼女から始まったのか、周囲にもそんな穏やかな顔が広がっていた。
ともあれこれで翼の指針もハッキリした。そこで思い立ってか、響が大きく言葉を放つ。
「わっかりましたッ! それなら不肖、この立花響が翼さんが治るまで部屋の片づけを担当してぇぇッ!!」
「た、立花ッ! それくらいは自分でやるッ!」
「万全の体調でも出来ないことを、無理にやるなんて言うものじゃないわ。諦めなさい、翼」
正鵠を射るマリアの言葉に翼が呻く。
掃除片付け整理整頓といった、所謂家事と称されるモノ全てにおいて不得手である翼。その手腕はある意味芸術的なまでに壊滅的だ。
響やマリアは勿論、その事は彼女の私生活を知る者たち全員が周知している程である。
ただそのことに小さな驚きと少し嬉しそうな……意地悪な笑みを浮かべて奏も話に参加していった。
「なんだ、翼はまだ片付けが出来ないままなのかい?」
「か、奏まで……!」
照れながら頬を膨らませ、奏に抗議の目線を送る翼。それをダシにまた笑顔咲く装者たち。
眺め見る弦十郎や了子、ミライたちは嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「雨降って地固まる……か。いいことだ」
「そうですね! 良かったです、本当に」
「奏ちゃんも、これで少し余裕が出来るといいわね」
==
二課訓練室。
つい今しがたまで、響とマリアと奏、そしてミライを交えた4人での連携訓練が行われていた。
連携の練度は未だ成長途中だが、各々の動きは以前より遥かに良い。とりわけ、奏の動きが大きく変わっていた。
同じ戦場に立つ者をとりあえずでカバーしたり自分が邪魔にならないよう意図的に距離を作ったりするのとは違う、彼女持ち前の積極性、突破力を前に出しつつ仲間を信じて背を向ける余裕が出来ていた。
ただのそれだけが大きく違う。明確にコミュニケーションを取り合えるからこそ動きが変わり、互いに補い合い死角を無くすことが出来る。戦闘の幅が大きく広がるのである。
そんな点数以上の成果を各々の肌で感じ取ったところで、訓練は区切りを迎えた。4人の額には何処か清々しい汗が煌めいていた。
「……なあ、ちょっといいか?」
「ふぇ? わたしですか?」
おもむろに響に話しかける奏。つい素っ頓狂な声を上げてしまう響だったが、奏は気にもせず笑顔で話を続けていった。
「ああ、ちょっとこの後付き合ってくれないか? もう少し体を動かしたい気分なんだ」
「そういうことなら是非ッ! お付き合いしますッ!」
「ありがとな。それじゃあ、行こうか」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。わたしまだギアのままです~」
奏に引っ張られていく響。何処か姉妹のようにも見える二人の姿に、マリアとミライは思わず微笑みながら見送っていった。
「フフ、少しは素直になれたのかしらね」
「かもしれませんね」
柔和な空気の中ではあるが、それを少し引き締める為にマリアが一息吐く。そしてミライに問いかけた。
「……彼女の中のベリアルは? あの敵……ブラック指令が気になる事を言っていたけれど」
「……現時点では奏さんを食い破るようなことは起きないと思われます。いまは光のまま、奏さんの中にあります」
「それは安心していい事柄なのかしら?」
「……明言は出来ません。僕は未だに、奏さんと共に在るベリアルがどういった存在なのか理解できていませんから」
「それでも、信じる?」
マリアの言葉にゆっくりと首肯するミライ。
「ブラック指令の言う通り、あのベリアルも闇に堕ちる運命を辿るのかもしれない。だけど、見えない未来を勝手に断じて希望の芽を摘むことはしたくないです。
それに今の僕には理解らなくても、ベリアルが奏さんと一つになった事には何か意味が生まれているのかもしれません。
何処までも不確かなものですが、それを信じる心を無くしたくない……。いえ、それは僕の我侭ですね」
「でも、良い我侭だと思うわ。私たちもきっと、同じ選択をして信じようと思う。特に、響と翼はね」
優しく肯定するマリアに、ミライは嬉しそうに微笑み返していった。
一方その頃、響と奏は……。
「はあああああッ!」
「とりぁぁぁぁぁぁッ!」
ぶつかり合う拳と拳。
片や響の奮うアクション映画からの模倣拳術、片や奏の奮う喧嘩殺法。何方も無形自由な拳でありながら、互いに息を合わせているかのように拳を打ち合い蹴を放ち合っている。
会拳と離蹴を繰り返しながら、二人は何処か楽しそうに言葉を交わしていた。
「思った通りだ、いい拳を持ってるじゃないかッ!」
「はいッ、ありがとうございますッ!」
「弦十郎のダンナの弟子なんだっけ。よく鍛えてるなッ!」
「師匠はわたしなんかより、ものすごく強いですよッ!」
「へェ、ならそっちのダンナともぜひ手合わせしてみたいもんだねッ!」
「師匠、喜ぶと思いますッ!」
再度ぶつかり合ったところで静止、二人同時にゆっくり緊張を解くかのように長い息を吐く。
「……いい汗かいたね、これくらいにしとこうか」
「はいッ!」
手合わせを終え、二人はあまり手入れのされていない木のベンチに座っていく。
此処はリディアンの裏手にある林……奏の個人訓練場。並んで座った二人はボトルに入ったスポーツドリンクで喉を潤して一息。
一服を置いて奏が呟くように神妙な声を出していった。
「……この前は悪かった。それに、ありがとうな……」
「ふえ? あの、何のことでしょう……?」
「……ギアを盗った時の事と、生きるのを諦めるなって言ってくれた時の事だよ」
「そ、そんなッ! 奏さんに謝られたり感謝されるような事じゃ無いですッ!」
思わず慌てて謙遜……あるいは卑下とも取れる返しをしてしまう響。
だが彼女もまた、翼とはまた少し違う意味合いで天羽奏を大きな存在として尊敬の想いを持っている者。奏の思わぬ言葉に慌ててしまうのも無理は無かった。
一寸間を置いて心を落ち着かせ、改めて響は奏と向き合って自分の想いを言葉にしていった。
「……そもそも、『生きるのを諦めるな』ってわたしに教えてくれたのは、奏さんですから」
「あたしが……?」
「はいッ!」
力強く明るい響の返事に奏はまた圧倒されてしまった。
よもや自分の心を揺さ振った言葉を言ったのは、別の世界……響たちの世界の自分自身だったのだから。
思わぬところでまた見えぬ何かに差を付けられた気がして、自嘲と落胆の溜め息を吐き出す奏。しかし今度は怒りが己を塗り潰すこともなく、穏やかに響へ言葉を返していった。
「それじゃ、そっちのあたしは、かなり出来た人間みたいだね……。
あんたにそれを言われて、気付いたんだ。あたしはずっと、生きるのを諦めたがってた、ってね……」
「奏さん……」
「翼が死んで、あたしは一人になった。それからは、仇討ちなんてのを口実に翼の後を追おうとしてた……。
翼に助けてもらった命を、翼の想いを踏みにじってたんだ。誰よりも諦めちゃいけないはずのあたしが……。
戦いも、歌も、何もかもを諦めてた。そんな時、あんたたちとそっちの翼がやってきたんだ。
──眩しかった。あんたたちが。あたしが無くしたものを全部持っているように見えてさ」
「奏さんは何も無くしてなんて無いです」
「……この前、同じようなことを言われたよ。あたしは無くしたつもりになってただけだった。
だから、あたしもやり直したい。翼と一緒に戦って、唄っていたあの頃のように」
「奏さんなら出来ますッ!」
「ああ、ありがとうな……。あたしが言うのもなんだけど、あんたみたいなのがガングニールを継いでくれてよかった。
……多分だけど、逝っちまったそっちのあたしも、きっとそう思ってるんじゃないかな」
「奏さん……ありがとうございますッ!」
二人の間に明るい笑顔が咲き誇る。
奏自身が気付いているかは分からないが、彼女は今確実に繋いだのだ。立花響との”絆”を。
「さて、休憩はこれくらいにして、もう少し本格的な訓練をしようか。……今度はギアありで」
「ええええッ!? でも、ここでギアなんて使って大丈夫なんですか……?」
「大丈夫さ。ここは二課が管理している国有地だからね。多少何かあっても弦十郎のダンナが何とかしてくれる。
それに、シミュレータが出来る前はこの辺りで訓練してたこともあったんだよ。翼と一緒にね」
「そういうことなら……はいッ! 宜しくお願いします」
「いい返事だ。それじゃ、手加減抜きで行くぞッ!」
立ち上がって距離を取り、互いに聖詠を唄い出す。光と共に互いが纏うは同じシンフォギア、ガングニール。
されどその姿は同じに非ず、得物相違す二振りの撃槍。
繋いだ絆を更に強く鍛え上げるが如く、装者二人が再度ぶつかり合った。
==
「はあ~、やっぱり奏さんはすごいですッ!」
「これでもあんたより先輩だからね。翼だってあたしが育てたんだ」
雑草と土砂が入り混じった地面の上へ大の字に寝転んで響が息を切らせながら言う。
一方で奏も地面に座り込み大きく深呼吸。息を整えてから響に返事をしていった。
この組手訓練でどちらに分があったのか、本人たちもよく分かっていないだろう。ただ身体に走る何処か清々しい疲労感は、二人に共通して存在していた。
そんな空気感だからだろうか、響から奏へ声をかけていった。
「あの、奏さん。ちょっと図々しいお願いがあるんですが……」
「なんだい? あたしが出来ることなら、遠慮せずに言ってみな?」
「はいッ! わたし、奏さんの歌が聴きたいですッ!」
「……歌? そんなの戦いの最中に聴いているだろう?」
「違いますよッ! 戦いじゃない、奏さんが本当に唄いたい歌ですッ!」
「……あたしが唄いたい歌?」
意外な要望だった。
戦い以外の歌、自分が諦め捨てた歌。数年に渡る戦いの中で、奏にとって歌は何処までも味気ないものに成り果ててしまっていた。
戦場で唄う歌はノイズを殺す為のもの。それしかないし、それだけで良い。そんな煮え切らない想いのままに奏は妥協の返答していく。
「……今はこんな状況だし、カルマノイズ対策が先だろ?」
「それじゃ、全部終わったらまた唄ってくださいッ! わたし、ぜぇ~ったいに聴きに行きますからッ!」
「……そうか」
まるで幼子のような響の無邪気な笑顔を、奏は真っ直ぐ見返すことが出来なかった。
顔だけはせめて背けずにいたものの、輝く眼に応えられる程の気概は今の彼女にはまだなかった。
「さて、そろそろ戻ろうか。十分身体も動かしたし……──ッ!?」
「──緊急通信ッ!」
二人の持つ通信端末が突如鳴り渡る。聞き間違うことなど無いその音に反応し即座に手にする。そこからは弦十郎の強い声が届いてきた。
『聞こえるか、カルマノイズの出現を感知したッ! 急いで戻ってくれッ!』
「──行けるな?」
「いつでもッ!」
「よしッ! それじゃ今度こそ、あの忌々しいノイズにあたしたちの力を見せてやろうじゃないかッ!」
先程までとは違う、防人としての意志を宿らせる二人。強い意気を高ぶらせながら、二課の指令室へと駆け出していった。
==
戦場を駆ける三人の装者が並み居るノイズを貫きながら黒塵を掻き分け走り抜く。
標的はその奥に陣取る漆黒の変異体、カルマノイズ。今回出現したのは住宅マンションとほぼ同程度の体躯を持つ大型のもの。怪獣よりは小型とは言え、装者たちに比べて遥かに巨大だ。
しかも通常の大型ノイズならばともかく、カルマノイズが相手ともなると勝手は大きく変わってくる。具体的には周辺被害への配慮が通常のそれより強くせざるを得ない。
警報と避難活動が早かったのが功を奏したのか、幸いにも現状カルマノイズの発する瘴気による人的被害は出ていないが、戦闘が長時間に及ぶとそれも無に帰してしまう。
とにかくやるべきは、この巨体を斃すか最悪撤退させれば良いのだが……。
「やはり……半端な攻撃では再生するようねッ!」
「それにこの大きさ、足を止めるだけでも精一杯です……ッ!」
「全く厄介な相手だよ、本当にッ!」
LAST∞METEORを放ちながら声を上げる奏。旋風と化した一撃はカルマノイズの腕を吹き飛ばすが、すぐに回復を開始し復元してしまう。
サイズが変わったところでカルマノイズとしての特性は変わってはおらず、周囲に瘴気をバラ撒きながら装者三人を相手取っていた。
奏やマリアが四肢を破壊するのは勿論、響のバンカーナックルがその胸部を撃ち抜いても即座に跳ね除け復元するカルマノイズ。振り上げた腕は滞空する響を狙って振り落とされる。
「うわわわッ!」
「響さんッ!」
あらぬ方向から声がしたと思った直後、響の目の前でカルマノイズの腕に爆発が生じ、振り落とされるはずの腕を跳ね飛ばす。空中を下降しながら脇を見た時、響の眼は銃を構えるミライの姿を発見した。
一方でミライも構えを解いて装者たちと合流すべく走り出す。トライガーショットは携行しやすいハンディショット形態に変えつつも、発射するのは高威力のバスターブレッドのままにして。
着地した響と駆け寄るミライ。其処に奏とマリアも集まり、四人で大型カルマノイズと相対することとなった。
「ミライさん、さっきはありがとうございますッ!」
「いえ、無事なら何よりです。だけど……」
「どうやってアレを打ち崩すかね……」
一度大きく息を吐き、気持ちを整えて一瞥するマリア。会敵で得られた情報を思考の中で整理しつつ勝利の盤面を詰めていく。
その最中、奏がおもむろに申し訳なさそうに声を出した。
「……ごめん、みんな。昨日あたしが馬鹿なことやらなきゃあのデカい技で斃せたかもしれないのに……」
「S2CAですか? そんな奏さんが謝るような事じゃ無いですよ。でも、私とマリアさんの二人だけじゃ……」
「そうね……二人分だと何処まで削れるかってところかしらね」
冷静に分析するマリアが答えていく。希望的観測だけで状況を語るわけにはいかないのだ。
「前に倒した時のように、ヒビノさんのキャプチャーキューブとの連携でS2CAを叩き込めれば二人分ででも撃破出来たかも知れない。
でも現実問題、今の私たちはS2CAを使えない。この子が倒れてしまったら本格的に詰むのは此方側だからね」
「でも、今使わなきゃそれこそ打つ手が……」
「無い訳じゃない。苦労はするけど決して不可能じゃない、ジリ貧の手だけどね」
「それは、一体……?」
ミライからの問いに、マリアは表情を険しくしながら語り始めた。
「本質的にアレもカルマノイズと変わらない。砕いた部分は切り離されて消滅する。ただ、大型ノイズの特性なのか破砕時の消滅破片は通常サイズのノイズに比べて遥かに大きいわ」
「つまり……どういうことですか……?」
「そっか、少しばかり雑にでも、ヤツが復元するより早く端からブチ壊していけば良いってことだよな」
「そういうこと。巨体故に動きも速くは無いし、攻撃自体はそう苦にならないと思う。ただ──」
「復元速度、ですね」
頷くマリア。
「さっきまでの復元を見てても、その速度はこれまでのカルマノイズとそう変わらない。それを上回るには、絶唱レベルとまで行かなくとも持てる全力を出し続けた上で完全に破壊しきらなければいけないわ」
「……メチャクチャだな」
「あら、弱音かしら?」
「いいや、なにを言ってもやるしかない。それぐらい分かるさ」
「頑張りましょう。みんなを守るためにもッ!」
響の言葉と共に動き出す四人。その中で即座にマリアが指示を出していった。
「私とヒビノさんがそれぞれ足を潰すッ! あなた達は腕をッ!」
「了解ですッ!」
「あいよッ! じゃああたしは右だッ!」
「分かりましたッ! それじゃあ私は左……奏さんと反対の方でッ!」
分かれて駆け出す四人。口火を切ったのはミライの構えるトライガーショットだった。
連続で放たれる火球は大型カルマノイズの片足を砕いていき、相手は立つ為のバランスを奪われていく。
姿勢が揺らいだと同時に、今度はマリアの短剣が足先から順に切り付け崩していく。否応なく立ち居を崩され、その鋭い二又の手を建物に乗せて支えようとするが──
「させるかあああッ!!」
飛び掛かる響の拳で二又の片方を砕かれ、そこから転身しつつ放つ蹴りでもう片方も砕かれた。倒れ込みそうになる地面に右手を突き立ててバランスを取ろうとするが、その行動も察しが付いていた。
「おぉッらああああッ!!」
アームドギアを大きく振り回し対側の手を一気に砕く奏。そのままカルマノイズの腕の先にアームドギアを突き立て高速回転を開始、LAST∞METEORの要領で旋風を巻き起こしながら破壊を続けていく。
四肢を破壊されていく大型カルマノイズは装者たちの猛攻から逃れようと身体を振り回すがそれも叶わず、対する四人は力の限りでカルマノイズを攻撃し続けていた。
決して手を緩めてはならない。今こうして攻撃していても、隙あらば破片を掴み取り結合復元しようとしてくるのだ。手を止めようものならば即座に復元し襲い掛かってくるだろう。
今しかない状況が自然と四人の心を一つに重ね、カルマノイズの撃破へと肉薄していた。そしてその漆黒の肉体が胸部より上のみになった時、すぐにトドメへと移行した。
「いまッ!」
「キャプチャーキューブッ!」
左腕の手甲に短剣を装着し、高めた白銀のエネルギーを纏わせて発射するマリア。それと同時にトライガーショットのリトリガーを素早く2回引き、キャプチャーキューブに合わせミライも発射する。
「奏さんッ!」
「コイツでぇッ!!」
響はブーストナックルの要領でガントレット内に溜め込んだエネルギーを直接発射、奏もまたエネルギーをアームドギアに集め即座に投げ放つ。三方から放たれた攻撃がキャプチャーキューブの中で反射と拡散を繰り返し砕いていく。
これならばと四人が勝利を確信した瞬間、天空から大きな羽音が衝撃波を放ちながら急降下してきた。
「何が起きたッ!?」
「ベゼルブですッ! カルマノイズに向かって降下する形で出現ッ!」
「あっちゃぁ~、タイミング最悪ね……」
指令室の全員が予想外の焦りに苦虫を噛み潰す。先日討ち漏らしたベゼルブがこのタイミングで出現するなど、流石に考えてはいなかったのだ。
だが予想外の事態はそれだけに留まらず、現場では更なる異常が発生していた。
「──おいおい、冗談だろ……?」
「カルマノイズが……」
「ベゼルブに、取り込まれて──ッ!」
甲高い鳴き声が響き渡る。
その漆黒の怪獣は、先ほどまで四人が戦っていた大型カルマノイズと同じ鋭い二又の爪を生み出し、深紅の眼は液晶ディスプレイのような無機質な輝きを放っている。
そしてその肉体は、どこか輪郭が不明瞭な揺らぎに包まれていた。
「ノイズと一体化したのか……ッ!」
「ノイズ怪獣……こんなところでまた戦うことになるなんて……ッ!」
「お前らは知ってんのかッ!?」
「私たちの世界でウルトラマンさんたちと一緒に戦った時に現れた、変異した怪獣です。あの時はヤプールの仕業で起きた事だったんですが……」
響の話を阻害するかのようにノイズ化したベゼルブが火炎弾を発射する。弾ける地面と爆発に、防御しながら距離を取る四人。
そんな中で奏は冷静に相手を見据えていた。とても……これまで露にしてきた憤怒を一切見せない程に冷静に。
「……つまりは、ウルトラマンなら勝てるってことだよな」
「そうね……。厳密には私たちが歌でノイズの力である位相差障壁を調律、中和することでウルトラマンの攻撃を通すようにする必要があるのだけれど……」
「それだけ分かりゃ十分だ」
そう言って一歩前に出る奏。決意に満ちたその一歩に、響たち三人は若干の戸惑いを見せた。
「奏さん、なにをするつもりですかッ!?」
「あなた、また──」
「無茶も馬鹿もしない。あたし一人で……あたしの内に居るウルトラマン一人でなんとかしようなんて思い上がったりはしない」
二課との通信機能を一旦切りながら振り向くと共に、胸の内に隠していたことを明かす奏。
不思議な確信があった。目の前のこいつ等なら話しても大丈夫だろうと。その確信に至る発端となったのは先日のブラック指令との戦いだったのは怪我の功名とでも言うのだろうかと、奏は何処かで考えていた。
「奏さん……」
「知ってたんだろ? あたしがあのウルトラマンだってことくらい」
「それは……」
「別に責めてるつもりはないよ。あたしだって今まで誰にも言えなかったしさ。
でも、今はあたしとウルトラマンのダンナの力が必要なはずだ。だから──あたしは行く」
奏の決意は固い。故にこそ、その意志をもう一度確認する為にマリアが敢えて彼女を煽るような言葉を発していった。
「さっきも言った通り、ノイズ化した怪獣は私たちの歌で位相差障壁を取り除く必要があるわ。つまり、これまで以上に私たちと一緒に戦わなければいけないと言うこと。
貴方に……貴方とその”ウルトラマン”に、それが出来るかしら?」
「大丈夫さ。あたしは、あんたたちを信じてるからな」
真っ直ぐと、今度は顔も眼も逸らすことなくマリアに返事していった。
奏はこの場に居るみんなを信じている。だからこそ抱えていた秘密を明かし、自分の力を使えと言っている。その心変わり、変化を受け入れ応えるのは此方の番だと、マリアは察していった。
「……もう、この前までは全然信じていなかったくせに。意外に現金なのね」
「そうかい? ま、同じ装者でガングニールを纏ったことのある者同士、仲良くしようじゃないか。あんたも勿論、あたしの仲間だしな」
「ありがとうございます、奏さんッ!」
今度はミライとも顔を合わせ笑顔を向け合う奏。何時の間にやら、誰が見ても彼女の心のわだかまりは解けているように感じられる。
しかしその変わり方故にマリアは無用な心配を抱き、ついそれを吐き出してしまった。
「……本当に大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですよッ! なんてったって、奏さんはガングニールの大先輩ですからッ!」
「はいはい……。──ッ!」
思わぬ談笑となったが、気配の変化を皆が即座に察し空気を変える。ノイズベゼルブの火炎弾がまた押し迫っていた。
すぐに全員が散開して走り出す。そのままそれぞれが通信機で言葉を交わしながら、ノイズベゼルブの討伐に向かっていった。
「いけるのね?」
「ったりめぇだッ!」
「分かったわ。響は私とベゼルブの位相差障壁を解除、ヒビノさんは援護をッ!」
「わかりましたッ!」
「了解ですッ!」
「直接対決は任せるわよ、天羽奏ッ!」
「──……ああ、任されたッ!!」
響とマリア、走りながら唄う二人の歌がノイズベゼルブの周囲から位相の澱みを剥ぎ取っていく。ミライはところどころに湧き出るノイズを撃ち壊しながら、阻む行く手を拓いている。
それらを眼にし、奏の胸には熱い想いが沸き上がっていた。
(感じる……こいつらの歌と想いが、力になってあたしの中を巡っている……。光が前よりも強く輝こうとしている……。これがあいつらの……背中を守護ってくれてる”仲間”の力。
──翼、いい仲間を持ったんだな……)
二課本部の中で待機している翼を想い、胸に拳を当てる奏。
近くで爆発が発生し、奏の周囲に瓦礫と砂塵が覆われる。その中で彼女は、今までで一番の落ち着きを持ちながら、胸の内の輝きを解放するかのように胸に当てた拳を開きながら天へと静かに掲げていった。
(──戦おうぜ、ウルトラマン。あたしたちの為に命張ってくれてる仲間たちの為にッ!)
隠れた砂塵の中から強い光が放たれ、銀色の巨人──ウルトラマンベリアルが姿を現した。
==
「ジュワッ!!」
ノイズベゼルブを前に構えを取るアーリーベリアル。力強く走り出し、飛び掛かりながら強く拳を打ち付ける。
その衝撃に退がるノイズベゼルブだったが、何処か機械的に姿勢を戻しアーリーベリアルに向けて普段とは違う雑音交じりの鳴き声を上げた。
(普段と違う……。ノイズのような怪獣のような、変な感触……。だが、それだけッ!)
構えを解かずに手を開き握る動作を繰り返し、感覚を確認する。そんな動きがノイズベゼルブにどう見えたのかは定かではないが、その場から二又の腕を伸ばし貫くように攻撃した。
しかしその腕をアーリーベリアルは容易く捕まえ、自らの腕に光を集めて強く振り下ろしノイズベゼルブの腕を破壊した。
「……強くなっている。前よりもずっと、二人が強く繋がっているのを感じます」
「怒りだけで奮われる力じゃない……。アレはきっと、私たちが戦ってきた時と同じ……」
「人とウルトラマンとの、ユナイト……ッ!」
ノイズベゼルブを強く押し蹴る──俗称ヤクザキックを胸部に打ち込むアーリーベリアル。そこからマウントポジションを取り、顔面を何度も殴りつける。
そこから逃れる為に復元された腕で肩を挟み、破壊光線を発射するノイズベゼルブ。防御しようとするも腕が動かせずに吹き飛ばされてしまう。離された距離は敵を自由にするのに十分なものだった。
「グウッ……!」
アーリーベリアルが離れたや否やそこから飛び上がり薄い羽根を強く震わせて空を舞うノイズベゼルブ。その素早い動きと空から連続発射される火炎弾攻撃に、アーリーベリアルは徒手空拳で砕くように弾いていく。だがそれだけではノイズベゼルブの動きに対応しきれず、防戦一方となっていた。
怒れる獣性に身を任せていた時は周囲の事など考えることもなく暴れていたが、理性を保ちながら戦っている今はそれを鑑みることが出来ている。だがそれ故に生じてしまった思わぬ欠点となってしまっていた。
(やりづれぇ……ッ! なんとかあいつを掴まえないと……ッ!)
そうは思うもののノイズベゼルブの飛行からの爆撃は止まらない。防御を続けながらも手をこまねいていた時、隣のビルの屋上から響の声がした。
「わたしたちが援護しますッ!」
思わずそちらを向くアーリーベリアル。視線の先に移る三人は、みな自信を持って頷いていた。
「僕が動きを止めますッ! 響さん、マリアさん、お願いしますッ!」
「わかりましたッ!」
言うが早いかミライがトライガーショットのバレルを展開、延長したロングショット形態に変形。リトリガーを引いて再度バスターブレットにチェンバーを切り替え、空を舞うノイズベゼルブに狙いを定めた。
数秒の間を置き、相手の動きを読み捉えたミライが引鉄を引く。正確な読みと狙いは吸い込まれるようにノイズベゼルブの顔面へと伸びていき、炸裂した。
「今ッ!」
「はいッ!!」
顔面のダメージにその場でもがくノイズベゼルブ。それと合わせる形でマリアが左腕の手甲から引き抜いた短剣を連続発射し、同時に響も跳び出していく。
響の跳躍が頂点に至る直前、マリアが左手を突き出し開く。するとそれと連動するように短剣が三角形の光膜をその場へ創り出した。
即席の足場、見上げる響の前にはあと二つ同じものが存在している。それらを踏み抜き更なる跳躍を見せ、遂には空中で制止するノイズベゼルブよりも上を取っていた。
「おおぉりゃあああああああッ!!!」
両腕をブーストナックルに変形させ、拳を突き出して加速しながら直下する響。敵が気付いた時にはもう遅く、背中に撃ち込まれた両拳はそのまま噴射を続け、ノイズベゼルブの高度を落としていく。その先には姿勢を落としたアーリーベリアルが構えて待ち構えていた。
「フゥンッ!!」
一瞬早く飛び退いた響と呼吸を合わせたかのように、捻りの入った銀色のアッパーがノイズベゼルブの胸部へと深くめり込む。そのまま拳を上へ振り抜いて、ノイズベゼルブは姿勢制御を取る事もなく地面へと落下した。
(終わりに、してやるッ!!)
「ジュワァァッ!!」
倒れ込んだノイズベゼルブに向けて、腕を十字に構えて放つ光波熱線。白い輝きは調律され効果の薄くなった位相差障壁を容易く貫通し、漆黒の肉体へ浴びせられる。
そしてその光が全身に渡った瞬間、甲高い鳴き声を断末魔のように上げてノイズベゼルブが爆散。ノイズの残骸のような黒い塵となり消えていった。
アーリーベリアルも去った後、静寂の戻った市街地の中を奏が独り歩いていた。いつも以上に……自分でも不思議なくらい爽やかな笑顔を浮かべたままで。
「奏さぁーんッ! お疲れさまでしたぁッ!」
「おーうッ!」
まるで我が事のように嬉しそうに駆け寄る響に笑顔で返しながら手を振る奏。響を追いかけるように歩むマリアとミライも集まり、奏の健闘を讃えていた。
「やったわね」
「ああ、みんなのおかげ……それに、ウルトラマンのダンナのおかげだ」
「奏さんの力もあってですよ。奏さんが、ウルトラマンさんの力を引き出したんです」
「そうかい? なら嬉しいもんだ」
照れ臭そうに微笑む奏。彼女の顔とその内に在る光を視て、ミライも嬉しそうに微笑みを向け返した。”きっと大丈夫”。そんな不確定な希望を抱きながら。
「何にしてもこれでまた1体、カルマ化したノイズを倒せたわね。これからも油断せずに行きましょう」
「そうですね。ブラック指令の企みもありますし……」
「ヘッ、なんでも来やがれってんだ。もうアイツらのいいようにさせっかよ」
「……あとでちゃんと翼にも言うのよ? 自分がウルトラマンだってこと」
「うっ……翼、驚いちまうかな……」
「大丈夫ですッ! 翼さんもウルトラマンさんと一緒に戦ってましたからッ!」
帰路の中で沸き立つ談笑。紆余曲折があったものの、奏は正しい意味で隣に立つ者たちを仲間であると心から認めることが出来ていた。
今ここにはいない翼に対してもそうだ。最早そこに迷いは無く、彼女もまた自分にとって大切な仲間……大切な存在なのであるという強い確信を抱けるようになっていた。
彼女の心は、再灯を始めていた──。
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「ちッ、くしょう……」
「こいつ……なんて強さデス……」
「……強い……」
倒れ込むクリス、切歌、調。力尽きたのかその身を纏うギアも勝手に解除されていた。
上空に佇んでいたのは大型の飛行型ノイズ……否、その身躯は漆黒に染め上げられている異形態。
『クリスッ! しっかりして、クリスッ! 調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ!』
『装者を回収しろッ! 急ぐんだッ!』
未来の悲痛な呼び声と焦りの混じった弦十郎の指示の声が聞こえてくる。
おぼつかない意識の中でクリスが最後に見たのは、相も変わらず無感情のまま上空で浮きながら、やがてその姿を消した漆黒のノイズの姿だった。
end.