或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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今回は鈴戦です。そして楯無ルートと怒涛のダブル投稿です。
どうしてもIS戦が二話構成になってしまいます。今度は一話でスマートに片づけられるようになりたいですね。
書いてるとついついこんな感じになっちゃうのです。


第十話 クラス対抗戦開幕 激突する錬武の刃と赤龍の咆哮

 一名という極めて稀な例外が存在はしているものの、IS学園は基本的に女子校であり、在籍する生徒は皆一様に女子である。

 それも十代半ばという多感な年ごろだ。興味を引くことがあれば仲間内で一気に盛り上がる。そんな少女達だ。

 

 その日のIS学園は早朝から興奮のざわめきに包まれていた。常ならば寝ぼけ眼を擦りながら朝食を摂るために食堂にやってくるような生徒も、きっちり制服を着こみ完全に覚めた目で食堂へと趣き、見つけた友人とすぐさま歓談を始める。

 およそ数日前から学園の生徒たちの話題はあるイベントに集中していた。その名も『学年別クラス対抗ISリーグ戦』。

 

 一対一におけるIS同士の戦闘能力評価試験という小難しい名目の下に行われるIS同士の規定下での勝負を、学園公式の行事として行うものとしては年度最初のイベントだ。

 毎年顔ぶれが変わる各クラスより選出された代表者が学年ごとにリーグ形式の総当たり戦を行い、その勝敗を競う。

 結果は平素のクラスの様子を、それこそ授業は当然としてそれ以外の休み時間や放課後などの課外時間に至るまで密かに観察している教師が評価した得点に加算され、それらを総合して優秀クラスを決定する。そして最優秀のクラスには何かしらの特典が与えられるというものだ。

 とはいえ、このISリーグは半ばそれ自体が独立したイベントのようなもの。既に使用されるISアリーナは観客である生徒の収容を終え、関係者用に設けられた席には自国、あるいは他国のISの戦いぶりを見ようと各国各企業研究機関の人間が座っている。

 

 三学年それぞれが異なるアリーナを使用するため、この日に用いられるアリーナは三つ。その三つのアリーナ全てにおいて、観客席は始まる前より興奮が渦巻いていた。

 そして、その中でも最も興奮のボルテージが高いのは一年生用アリーナの観客席であった。

 既に在籍する面子がある程度分かっている二年三年とは異なり、この春に入学して初めて顔を合わせた者同士が大半となる一年生は未だ自分の知らない未知の人物がISを駆って戦うという光景を間近で見る、人生でも殆ど無かった経験を目前としているために、その興奮もある意味必然と呼べるものだった。

 それだけではない。出場する四名の内、二名は国家よりその実力を認められた候補生、一人は世界初の男性操縦者という錚々たる面子。そのことが観客の期待度をより一層高めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおーおー、まぁ随分と人が入ったもんだ。満員御礼というべきかね」

 

 アリーナに設けられた四つの出撃ピット、その一つから外の様子を見た一夏が感心するように言う。

 既に素肌の上にISスーツを着用するという姿になっており、後は専用機である白式を装備すれば何時でも出撃が可能という状態であった。

 

「織斑さん、すみませんがこちらに。ISを装備しての最終調整を行います」

 

 そう一夏の背に声をかけたのはスーツの上から白衣を着た男性だった。彼は学園の関係者ではない。一夏の専用機である白式の開発元、倉持技研よりこの日のために学園へと出向してきた研究員の一人だった。

 

「うーっす」

 

 クルリと踵を返すと一夏はハンガーに固定され、幾本ものコードによってピット内に添えつけられた調整用コンピュータと接続された白式に歩み寄り、そのまま乗り込んだ。

 

「ちょーっとそのままで待ってて下さいよ。不備が無いかチェックしますんで」

 

 そう言いながら今回の試合において一夏のセコンドを務める倉持技研から派遣されたチームの纏め役である男は、コンソールを操作してモニターに表示される文字や数字の羅列に目を通していく。

 

「いやぁ、本当にすいませんね。色々やってもらっちゃって」

 

 白式を纏いながらその場に立ち続ける一夏は数日前に行われた顔合わせ以来、連日行ってきた調整に付き合い続けてもらったことへの謝意も含めた言葉を言う。

 

「いえ、これが我々の仕事ですからね。きちっとやらなきゃ、給料貰ってる意味がないもんですから」

 

 対する彼の返事は軽い調子だった。ISという未だ未知の部分が多い物を開発する職の、一部門の纏め役にありながら割とフランクな人柄である彼に対しては一夏も早くに気を許し、あれやこれやと機体に関しての頼みごとをしていた。

 

「しかし織斑さん。一つ、聞いても良いですか?」

 

「何をです?」

 

「この数日、我々も関わって白式(コレ)の調整をしてきたワケですよ。基本的には織斑さんが動かしやすいようにって感じで、我々もそこまで気にするようなことでもなかったんですがね。コレばかりはちょいと気になるわけですよ」

 

 そう言って彼は白式のモニター、一夏の眼前に一つのウィンドウを映し出す。そこに記された内容を見て、一夏はあぁ……とだけ呟くと頷き、答えるために口を開く。

 

「まぁ、変わってるって言われた以上はそうなんでしょうけどね。断言できますよ。こいつは必要だ。もし、俺の考えが正しければコレは絶対に必要になる」

 

「……」

 

 その答えを無言で聞き続け、そしてチェックを終えると「終わりました」と言って白式に繋がれたコード等の片づけを始める。

 

「まぁ、実際に飛んでも上手くやれていたみたいですし、それで勝算があるというなら我々は何も言いませんよ」

 

「そりゃどうも。その方が俺も気が楽ってやつです」

 

 言いながら一夏は白式を纏ったまま歩き、ピットの中央に仁王立ちする。もう間もなく第一試合、一組代表織斑一夏対二組代表凰鈴音の開始時間になる。

 

「あぁそうだ、織斑さん。出る前にちょっと」

 

「なんです?」

 

 掛けられた声に一夏は首だけを動かして男の方を見る。彼は真剣な眼差しでピットの先のアリーナ、その更に向こうにあるちょうど彼らが居るピットの反対側のピットに目を向けている。

 一夏もそれに倣って視線をそちらへ向け、そういえばあっちは鈴の居るピットだったかと思う。

 

「試合の相手は確か中国の代表候補性でしたよね」

 

「えぇ。一応中学の時のダチなんですよね」

 

「そうですか。いえ、ただちょっとね。織斑さん。多分、というかほぼ確実だと思うのですが、向こうはかなり気合を入れて臨んで来ると思われます。念のため注意を」

 

「はぁ……。まぁ気合入れるのは俺もですけど。けど、鈴のやつがどれだけなんてなぁ……」

 

「いえ、この場合は相手の候補生というよりもそのバック、つまりは中国という国そのものですよ。今朝方、こちらに来る途中に向こうの技術者とすれ違ったのですが、かなり気が締まっていたようでして」

 

 その言葉に一夏は首を傾げる。まぁ確かに自分の国の候補生、国家に所属する乗り手の中でも特に中心的な面子の一人が行う試合というのだから気合が入るのはある意味当然と思える。

 だが、彼が言いたいのはそういうことではないのだろうとも分かる。ならば一体どういうことなのか。

 

「織斑さん、十年前ですよ」

 

「あぁ……、そういうことっすか」

 

 納得したと言うように頷く一夏に、彼もまた頷いて言葉を続ける。

 

「十年前の白騎士事件の折、中国側が受けたダメージは非常に大きかった。それこそ国政の在り方すら大きく動かす程にです。

 ですから、あの国のISに対する思いの複雑さは相当でしょう。何せ自分たちが大打撃を被った元凶に、国の軍事の重要な位置の一つを任せるのですから。

 しかし、それでもですよ。単純な例ですが、かのモンド・グロッソ、そしてその後の国際エキシビジョン、その双方で向こうは代表として送り出した乗り手と機体を日本に、あなたのお姉さんに倒された」

 

「ならば今度こそ、この十年の雪辱をってやつですか。まぁ、俺も鈴のやつも言ってみりゃ次世代のメインになるかもしれない年、ニュージェネレーションだ。となると、確かにここで金星上げんのは意味がデカイ……」

 

 なるほどと一夏は思った。そして得意の武術思考回路をONにする。

 武術的に言い換えるのであれば、これは流派の弟子同士の対決ということになるだろう。双方まだまだこれからとは言え、後継にあたる者同士の勝負の結果というのは非常に重要だ。

 なにせ本人達の格だけでなく、その後ろにある流派や育てた師の沽券にも関わってくる。

 そしてそれを今の状況に置き換えて再変換する。

 

(まぁ、要約すると中国(向こうさん)は日本の作ったISと、一応日本生まれ日本育ち生粋の日本人の俺に勝って、自分とこが作った機体と育てたパイロットの格を示したい、と。

 一応鈴は日本に住んでた時の方が長かったはずなんだけどなぁ。あぁいやでも、向こうに行ってからISに関わったっつーなら、IS乗りとしては向こう育ちってことになるか)

 

 そんなことを考えながら、一夏は白式を宙へと走らせるための体勢をとる。

 いずれにせよ、やることなど端から決まりきっている。

 

「ま、とにかく全力を尽くして勝ちを拾ってきますよ」

 

 要は勝てば良いのだ勝てば。それで八方丸く収まる。

 

「さーってとぉ! んじゃあイッチョ行きますかぁ!」

 

 これから行う動作はもはや慣れた。

 

「織斑一夏、出る!!」

 

 その言葉と共に一夏はアリーナの宙へと身を躍らせた。そして歓声がその身を包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 鈴がアリーナへと飛び出たのは一夏にやや遅れてのことだった。

 

「遅かったじゃないか」

 

 そんな言葉で出迎えた一夏を、鈴は鼻で笑った。

 

「ハン、なぁに言ってんのよ。あんただってついさっき飛んできたばっかりじゃない」

 

「良いんだよ。細かいことは気にすんな」

 

 言葉を交わす二人の間は数十メートルは離れている。セシリアとの試合の時と同じだ。

 IS間で交わす通信によって、距離の如何に関わらず二人は会話を可能としている。

 

「にしても、あんたが出てきた瞬間、エラい歓声が沸いたわね。ウチのお偉いさんも結構気にしてるみたいだし」

 

「へぇ、まさか俺が政治家に気を持たれるなんざなぁ。いやいやありえねぇよ」

 

「何言ってんのよバーカ」

 

 首を横に振る一夏に対し、鈴は軽口で返す。

 

「アンタは世界で初の男性IS操縦者サマ。そんなの、どこの国だって欲しがるに決まってんじゃん。中国(コッチ)も似たようなもんよ。

 何せね、この学園に来る人間選ぶ時にあたしが選ばれた理由、分かる? あんたとあたしの間の縁、それを使って上手く引き込めないかだってさ」

 

「そりゃあまた随分と熱烈だな。でだ、鈴。それが上手く行く可能性は? お前の見立てじゃどうよ?」

 

「ゼロね。あんたがそんなタマじゃあないことくらい、あたしはよく知ってるわよ。まぁ、こっちに来る分に良い口実にはなったわね」

 

「おうおう随分とまぁ、お主も悪よのぅってな。まったく、一年合わない内にそんな思い付きをするようになるなんて、兄ちゃん悲しいぞ?」

 

「なぁにが兄ちゃんよ何が。それに、あんたが腹に抱えてるひん曲がった物の考え方よりはだいぶ健全よ」

 

「違いない」

 

 そのまま二人はハッハッハと笑う。改めて、こういう軽口の交わしあいで目の前に凰鈴音が居るのだと自覚する。

 それを実感し、ある種の懐かしさが胸に湧き上がる。思えば、彼女が中国に渡る前はよくこうして軽口を交し合ったものだ。

 不意に緩みそうになった気を引き締めなおす。だが今は別だ。互いに倒すべきとして相対している以上は、その気の緩みは致命的になりかねない。

 

「そういえば――」

 

「ん?」

 

 言葉を続けようとする鈴に一夏が小さく眉を動かす。

 

「ちょっと上の人が妙に気合入っちゃっててさ。どうも上のオッサン連中、本当に色々とあんたにご執心みたいよ? あたしに是非勝てって言ったり。いやぁ、モテる男は辛いわねぇ?」

 

「いやいや、俺もビックリだよ。まさか海を越えてお隣中国まで、それも政治屋さんにだ。俺の熱心なファンが居るとはな。となると、こりゃあお返しをしなきゃなぁ。そのファンによ」

 

 そう言って一夏は口元を歪ませる。その表情を鈴はよく知っている。

 あれは一夏が――鈴の主観ではあるが――しょーもない悪巧みをする時にする顔だ。どうせ口を開いたところでロクな台詞が出てこない。

 

「なぁ鈴。さっきさ、俺のセコンドやってる技術者の人から聞いたんだけどさ。どうもお前のトコのお上にとっちゃ、この試合は結構大事らしいぜ?」

 

「へぇ? と言うと?」

 

「早い話が、白騎士事件でボコされて、自分たちもISを導入はしたものの国際的な大会じゃどっちもウチの姉貴にやっぱりボコされて。日本に負け続きの雪辱をしたいんじゃないのかだと」

 

「あ~、すんごいありえるわねぇ」

 

 言われてみれば納得の弁である。とはいえ、それがどうしたというのが彼女の考えだ。

 確かに代表候補をしてはいるものの、そこまで中国という国に執心があるわけじゃない。むしろ、暮らしが長く友人も多い日本の方に愛着を持っているくらいだ。

 それはさておき、鈴は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「まぁせっかくだ。そんなお前の国のお上さん、俺のファンに一つサービスでもくれてやろうかと思ってね」

 

「へぇ。随分と気前が良いじゃない。なに? あたしに勝たせてくれるってわけ?」

 

「いいや、その逆さ」

 

 どういうことかと鈴は首を傾げる。それはつまり、一夏が勝って自分が負けるということだ。はて、それが一体どうしてサービスになるのか。

 

「いやさ、ちょっと観客席見てみたら、あれがお前のトコのお偉いさんかな? まぁ随分と得意そうな顔してるんだよ」

 

 そう言う一夏の視線は観客席の一角、他の席とは別に設けられたVIP等の来賓用の席に向けられている。確かにそちらの方には中国からの来賓、早い話お偉いさんが居る。おそらくは、ISのセンサーのズーム機能を使っているのだろう。

 

「あの得意そうな顔、多分勝てるって期待してるんだろうな。その期待を木端微塵にしてやろうじゃないか。

 雪辱も込めて勝てると踏んだ試合、ところが結果は自分とこの負け。しかも相手は十年前の白騎士と一緒で白いIS。悪夢再びと言うのか?」

 

 饒舌な一夏に鈴は小さく眉をひくつかせる。何となく予想はしていたが、やっぱりロクでもない台詞が出てきた。

 

「得意気から一転、結局負ければさぞや悔しいし、ガックリいくだろうよ。

 期待していたところに、そのショックを叩き込んでやる。それがお前のトコのお偉いさんに向けた、俺の――」

 

 そこで一夏は言葉を切り、

 

「ファンサービスだ!!」

 

 鉄の拳を握りしめながら言い切った。

 

(ど~せ、そんなトコだろうと思ったわよ~)

 

 突っ込まない、絶対に突っ込んでやるものかと思った。

 予想通り本当に飛び出たセリフはロクなものじゃあ無かった。それはまだ良い。一夏の無茶苦茶な言葉など、もうとっくに慣れている。

 

「まぁファンサービスかどうかはこの際どうでも良いんだけどさ。一夏、あんた妙にウキウキしてない?」

 

 そう。心なしか一夏の顔は楽しげな色を浮かべている。そう、例えば中学の時の体育祭などを目前とした時のような、本当に面白いものを期待している顔だ。

 確かにやることも言うことも中々にぶっ飛んでいることが多い一夏だが、それでも割と真っ当な面も持っているというのが鈴の一夏への評の一つである。

 だからこそ、先のような「他人の不幸は蜜の味」、あるいは「人の不幸で飯が旨い」と言わんばかりのようなことはそこまで好まないはずなのだ。

 

「あぁ、うん。まぁさ、俺も春から色々あってちょっと政治屋ってのにイラついてるのもあるんだけどさ……」

 

 顔をそらし頬を掻くような仕種をしながら一夏は語る。

 

「まぁなんだ、その、アレだよ。なんかこう、偉そうにしてる偉い人、それも『あ、こいつ生理的にダメだわコリャ』ってやつとかがガックシいくのってこう、スカッとしね?」

 

「あぁ、うん……。……ぶっちゃけ否定はしないわ」

 

 何となくだが同意してしまった。確かに一夏の言うとおり、変に偉そうにしている人間がしょぼくれる様というのは、確かにスッキリしそうだ。

 

「ま、俺が戦う理由なんざいつだって俺のためだよ。俺が戦いたいから、ないしは戦って通したいことがあるから。いつだってそれだけさ」

 

「それが今回はそのファンサービスなわけね。まぁ、ちょっと気持ちは分かるわ。けど――」

 

 そう言って鈴はそれまで展開していたISに加え、その両手に斧のようにも見える分厚い片刃の曲刀を携える。

 

「勝ちまでは譲らないわよ?」

 

 そう言って片方だけを一夏に向けて突きつけた。

 

「ふっ、そうこなくっちゃな」

 

 そう言われることは初めから分かっていた。だから何も思いはしない。ただ、するべきことをするだけだ。

 右手を伸ばし念じる。浮かべるイメージは鞘より引き抜く白刃だ。直後、主の意を受けた白式がその内に収めた刃を、蒼月を顕現させる。

 鋼鉄の柄を鋼鉄の手が握りこむ。そのまま、一夏は目の前の相手のように刃を突きつけたりも、あるいは待ち構えるように構えることもせずに鈴を見据える。

 

「見た所、お前のISも俺と同じで格闘戦みたいだな。面白ぇ、一つどっちの技が上か競い合いと行こうか。来いよ、小娘」

 

「上等!!」

 

 小娘、その言葉に反応したかのように鈴が動き出す。この瞬間を以って二人の戦いは幕を上げ、再度歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でぇりゃああああああ!!」

 

 雄叫びと共に鈴が一夏に向かって来る。間合いにとらえると同時に上段から叩き割るように右の刃を振り下ろしてくるが、それを一夏は体を逸らすだけで回避する。

 自身のすぐ脇を通り過ぎていく鈴に視線をやれば、初撃をかわされたことでより強い闘志を宿すことになった鈴の目と視線が交差した。

 

「ふっ」

 

 口元に微笑を湛えると、一夏は白式に宙を駆けさせて鈴から距離を取る。だが鈴も流石は代表候補性と言うべきか。かわされ、離されたと判断するや否や直ちに機体を制動、切り替えして再度一夏へと向かってくる。

 

「だりゃっ! せいっ! とうりゃあっ!!」

 

 一応日本の剣術に当てはめるのであれば上段、袈裟、逆袈裟、左右からの薙ぎなど二刀による手数の利点を活かして連続攻撃を仕掛けてくる。

 だが、その悉くを一夏は回避する。そして一撃回避される度に鈴の感情に波が立つのを、一夏は回避を続けながらも鈴の目から視線を外さなかったことにより手に取るように実感していた。

 

「このっ……チョコマカと!!」

 

 ただ回避をされるだけであればここまで勘に障ることも無かっただろう。

 だが、何より鈴の気を逆撫でて仕方ないのは一夏の回避がどれも紙一重に近いギリギリのものであるということだ。

 当たると思っても刃が届く直前にハラリとすり抜けるようにかわされてしまう。

 ギリギリでの回避であるというのに、すれ違うたびに伺う一夏の表情にはあからさまな余裕があるというのが猶更腹立たしい。

 

「ほらほら! さっきから回避ばっかじゃないのよ! あんた何時の間にそんなチキンになったのよ! それでもツいてんの!?」

 

「あぁもう! ちったぁ慎みを持てよ!!」 

 

 流石に最後の一言だけは一夏も看過できなかった。別に自分が罵られたからというわけではなく、曲がりなりにも女子がそのようなことを口に出すということについてのあれこれだ。

 ナニをと具体的に明言しなかっただけまだ良かったのだろう。

 

(まぁ、そろそろ掴んではきたがな……)

 

 そう考えながら一夏は先ほどからモニターの端に展開されているウィンドウにチラリと視線を向ける。

 そこに記されているのは試合前に入手できた鈴のISについての――おおざっぱなものではあるが――情報である。

 

「中国第三世代型『甲龍(シェンロン)』か。白式同様近接格闘戦重視、ただし燃費や継戦能力など安定性に重きを置いている。主兵装は重量型刀剣武装『双天牙月』、そして謎の新型武装か」

 

「ご名答! ただし、あんたが何もしなきゃこの双天牙月だけでケリが付いちゃうわよ!」

 

「やれるモンならやってみろ」

 

 返答は再度の突撃だった。三国志に登場し、神としても崇め奉られている猛将関羽が愛用の武器として名高い青竜偃月刀、その柄だけを短くして片手武器ように調整したような形状をしている双天牙月はその重量を威力の基盤としている。

 その性質ゆえに決して細やかな取り回しには向かず、武器として振るうにも単調な振るい方しかできないものであるが、クリーンヒットした時の威力は決して馬鹿にならないものである。

 だからこそ、対処としては受けに回らず回避にあたるべきものなのだが、今度の鈴の仕掛けに対しての一夏の行動は、自身もまた前へと動くことだった。

 

「はぁっ!?」

 

 困惑したような声を鈴は上げる。自分の使う武器だ。その特性はもちろん、逆に相手にした時の対処の仕方、それを相手が行ってきた時のさらなる対処のために把握はしている。

 だからこそ、真っ向から挑むような一夏の行動には目を疑った。双天牙月は確かに甲龍用の刀剣武装ではあるが、同じような形状、運用方法の刀剣装備は中国では決して珍しくない。

 

  記憶を漁ってみても、少なくとも鈴の覚えている限りで同じような武装への対処に真っ向から向かって来るということをする者は思いつく限りの同期先輩の中にはいなかった。

 誰もが距離を取って射撃装備で遠距離から攻撃する、あるいは使用時の機動の単調さを利用して死角を取ろうとするなど、想定されるセオリー通りの対処法だった。

 

(上等じゃない……!)

 

 挑んでくるというのであれば是非もない。真っ向からぶつかってやるだけだ。

 一夏はそこまで自分の剣術にこだわっているのだろうか。そのまっすぐさを鈴は嫌いではないが、それが何の役に立つのかと思う。

 一夏の構える武器は日本刀を象った典型的な日本の近接装備だ。あの細さならば、押し切れる。

 

「はぁあああああああ!!」

 

 受け止められるものなら受け止めて見せろ、その守りごと打ち砕いてやると言わんばかりに再度上段から刃を振りかぶる。

 機体の加速も加わったソレは武器同士で真っ向から打ち合えばまずもってただではすまない。

 鈴が刃を振り下ろすと同時に一夏もまた蒼月を振るう。上段からの双天牙月に対し、蒼月は下段から迎え撃つ。

 双天牙月の一撃には刃それ自体の重量、上からの振り下ろし、機体の加速が加わっている。対して一夏の迎撃は刃の重さは当然として、下方からの切り上げゆえに振り抜きの速さで僅かに劣り、機体の加速もまた鈴の上方からに対し下方から迎え撃っているために同様だ。

 押し切れると確信した。

 

 そして二つの刃がぶつかり火花を僅かに散らした直後――

 

 ガクンッ

 

「えっ!?」

 

 刃を通して手に伝わった手応えが一瞬の内に消えていた。真正面にあったはずの一夏の姿が視界の端に消える。

 この感じはそう、今までの回避された時のソレと同じだ。

 

(流されたっ!)

 

 そのことに気付いた時にはすでに遅かった。未だ残っていた突撃の勢いによって鈴の体は前方に押し出される。視線を後方に向けようとすると同時に、ISの視界補助機能が彼女の背後の光景を映像化して目の前に映した。

 そこには、自身に向けて剣を振りかぶる一夏の姿がある。刀身の、刃の部分だけで輝く青白い光が嫌な汗を首筋に伝わらせた。

 

 刃同士の接触の瞬間、一夏は刃を返すことによって双天牙月の攻撃を流していた。元より真っ向から受け止めるつもりなど毛頭無かった。

 形状を見れば双天牙月は重心が刀身の先の方にあり、細やかな取り回しよりも遠心力などを重視した重い一撃で勝負にかかる武器であることが分かる。

 そのことを一夏は武器を見たその瞬間に八割方、そして最初の一手二手を回避した時点で完全に確信していたのだ。

 その後もしばらく回避に徹したのは間合いやリアクションのためのタイミングの取り方、鈴の攻撃のリズムなどの情報を得るためである。

 

 鈴の言葉に応じて勝負に訴えたのも、本音を言えば更に様子を見てより対策を盤石なものとしたかったが、もう対処するのに十分な感覚を掴みイメージが出来上がっていたからであり、本人からしてみれば鈴の挑発に乗ったという意思は皆無だった。

 

 そして今、その鈴は自分に向けて無防備な背中を晒している。先の連続回避によって甲龍の機動性についてもある程度の把握はしている。

 近接格闘型ゆえにそれなりの、少なくとも訓練用としていくらかのデチューンがされているという学園の打鉄よりはずっと良い。だが、体感的に白式には及ばずと言ったところだ。

 自身の技量不足は百も承知している。おそらくより十全に機体の性能を発揮できるようになれば機動性では後れを取ることはないだろうが、今この時点ではそれもだいぶ怪しい。

 だからこそ、やれるときにやっておいた方が良いのだ。

 

「悪いが、小回りや切り返しの早さはこっちが上でな」

 

 言いながら一夏はその背に目がけて刃を振り下ろそうとする。表情は見えないが鈴が穏やかでない心中にあるのは気配から手に取るように分かる。

 今度は自分が急降下と共に仕掛ける。ただまっすぐ飛ばせば良いだけだ。伊達に練習を積んだわけではない。この程度であればもはや難なくこなすことはできる。

 狙うのは装甲の及んでいない素肌、あるいはISスーツの部分。この一撃ならばスーツのあるなしは考慮しなくてもいい。

 どちらにせよシールドに阻まれるのは確実だろうが、装甲と共に防がれるよりは大きなダメージを期待することができる。

 

 

「くぅっ……!!」

 

 背後から襲い掛かる一夏に対して距離を詰められる時間を僅かでも引き延ばすために下降していく勢いはそのままに、鈴は向きを反転させてせめて正面から迎え撃とうとする。

 だが、完全に一夏を正面に迎えた時と一夏が間合いに鈴を捉えたのはほぼ同時であった。そして、そこから次のアクションへと繋げる時間は、一夏の方が遥かに短かった。

 

 間合いに捉えると同時に一夏は蒼月の刃を振り抜く。一瞬遅れて鈴が反応するがもう遅い。鈴も完全にどうこうすることはできないと悟っていたのだろう。

 だがせめて受けるダメージを少しでも減らそうと、腕を盾のようにかざす。

 

「無駄だぁ!!」

 

「きゃあっ!!」

 

 かざされた鈴の腕はいともあっさりと弾かれる。だが、それでもなお止まらない刃は確かに甲龍のシールドへと届いた。

 蒼月の刃は完全に鈴の体へと届く直前に見えない壁に阻まれるように進まなくなる。だが、シールドが減少していることの証左としてか、刃と見えない壁の接触点にあたるだろう虚空より火花と電光が同時に散る。

 元々地面に向けて下降していたのに対し、更に上空から追撃を掛けたのだ。刃がシールドを削るのもほんの僅かな間のこと。

 すぐに叩きつけられた刃の勢いも相まって甲龍はもはや墜落という勢いで地面へと向かっていく。

 

(いっつ~!!)

 

 シールド越しに伝わった衝撃に眉をしかめながら鈴はシールドの残り残量を確認する。

 それなりには減らされてしまったが、まだまだ余裕はある。まともなクリーンヒットを先に貰ったのは痛いが、これで距離を離すことはできた。あとはここから体勢を立て直すだけだ。

 地面が背後に迫り、もう数メートル程度という頃合いでPICを働かせて機体を起き上がらせる。スレスレの所で地面への直撃を回避すると、そのまま地面から僅かに浮き上がっただけのような低空をスケートのように滑らかに動く。

 一夏もまた程なくして地面に達する。だが、一夏は鈴のように直前で減速を掛けることはせずにPICで機体を弾いたかのように、勢いをそのままに鈴同様地面スレスレを滑空するような形で一直線に鈴へと向かってきた。

 一度速さを押し留めた鈴と一度も減速をしなかった一夏の間の速度差は歴然としている。再び、二人の距離が詰まった。

 

「やるわねっ!」

 

 今度は先ほどとは違う迎え撃つ準備は十分にできている。両手に双天牙月を構え、完全迎撃態勢を整える。

 再度自分に向かって振るわれた蒼月の刃を片手の刃で防ぐ。腹にあたる部分が多い青竜刀であるために防御には一本で十分だ。

 しかし高速度で刃を叩きつけられたことによって僅かに押し込まれる。

 

「このっ……!」

 

 刃を通して手を侵食してくる痺れのような痛みに眉を顰めるが、何とか防いだことを確認すると、そのままもう片方の青竜刀を横なぎに振るう。

 それを一夏は腰を曲げて上半身を下げることで難なく回避する。この動きに連動して蒼月の刀身も下がったため、今度は下からの切り上げで仕掛ける。

 

「ととっ!」

 

 下段から迫る刃を鈴は機体を後ろに下げることで回避する。

 これが互いに地に足をつけISなど纏わない、身一つ拳一つ剣一本の立会いであればこうはならなかっただろう。

 例え手足を一ミリたりとて動かさずともPICによって機体を宙に浮かべ動かせる、ISだからこそ為せることだ。

 

「……っ!!」

 

 回避されたことに眉一つ動かさず、無言の内に裂帛の気合を込めて一夏は追撃を仕掛ける。

 これは生身の戦いではない。ISという、オプションというには過ぎた代物の恩恵を受けての戦いだ。この程度の回避などとっくに織り込み済みだった。

 

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、刺突、四方八方からの斬撃に点という軌跡の読み取りづらい上に威力も高い刺突を交えての連続攻撃を叩き込む。

 

「くっ……このっ!」

 

 怒涛のように叩き込まれる一夏の攻撃を鈴は両手の双天牙月を巧みに駆使して捌いていく。だが、その表情に徐々に焦りが浮かび始める。

 元々双天牙月は細かい取り回しには向かない武器だ。ISの腕による圧倒的な補助によってそれなり以上に操れるとはいえ、それにも限界はある。

 そして一夏の攻撃は、鈴がやられて嫌な部分を狙ったかのようにピンポイントでついてくる。

 二刀という手数に優れる状態でありながら、今の鈴は一刀の一夏に押されている状態だった。

 

「悪くない……悪くないぞっ! この感覚ッッ!!」

 

「な、なにがよ!?」

 

 興奮に彩られた一夏の言葉に鈴が困惑の表情を浮かべる。だが一夏はそれに応えようとはしない。

 蒼月の柄を握る一夏の腕、白式の腕部装甲は一度振るわれる度に纏わりつく大気をかき乱す唸りを上げる。その速さ、動きのキレはセシリアとの試合の比では無かった。

 

(ハッハッハ! 山田先生に教えて貰った調整やってもらって良かったなぁっと!!)

 

 数日前に倉持技研の担当技術者、今も一夏の出てきたピットで控えている彼らと顔を合わせて真っ先に頼みこんだのが、また更に前に真耶に言われた腕部や脚部の装甲の駆動率の調整だ。

 細かい部分は省略するが、技術者立会いで行ったこの調整で一夏が決めた設定は文字通り限界レベル。肉体への負荷を度外視すればそれこそ生身の時よりも速く、鋭く振るうことができるレベルまで上げてある。

 そして今、その成果を存分に発揮できる相手を前にして、一夏はこの学園にやってきてからの中ではかなり高いレベルでの昂ぶりを感じずにはいられなかった。

 

 ガキンッ!!

 

 一際大きな金属同士の衝突音が響いた。一夏の下段からの切り上げに対して鈴は上から刃で抑え込むような形で防ごうとしたのだが、その瞬間に鈴のこれまで押され続けたことで蓄積してきた動きのズレが致命的に作用した。

 十分な体勢での防御は叶わず、逆に十全の力を乗せた一夏の切り上げに青竜刀が大きく上に弾かれる。それによって鈴は大きくのけぞり、無防備な胴体を一夏の前に晒す結果となってしまった。

 

「隙ありっ!!」

 

 狙うは左肩。そこには装甲も無いため強力な一撃を当てれば大きなダメージを期待できる。

 思念によって機体に指示を送り、それに従って白式が蒼月に供給するエネルギーを増やしより凶悪な刃へと変貌させる。

 切り上げから更に左肘を弓を引き絞るように折り曲げる。同時にPICを解除して白式の足を地面につける。地面と装甲がこすれて土煙があがるが、それはむしろ好都合だった。

 両足に踏み込むように力を加える。地面の、脚部装甲との接地面が僅かにへこんだ。ISも含めた自身の重み、大地という恩恵によって体内を通して増幅された力を刃の先端に込める意思と共に、一夏は刺突を放った。

 ダメ押しと言わんばかりに背後のスラスターによって機体を加速させ、更に威力の増幅を試みる。元々至近距離にあったのだ。刃はあっという間に鈴へと到達する。

 

「このっ……!!」

 

 ヒットの直前、ちょうど鈴の頭の両横に並ぶ形で配置された球形の非固定浮遊装備(アンロック・ユニット)が中央部を開くように稼働するのが見えた。

 それがどうしたというように一夏は刃を押し込む。相手が何かをしたからと言って、すでにこちらもどうこうする段階は通り過ぎている。今すべきことはただ一つ、今この一撃に全力を注ぐことだけだ。

 

 結果として刺突はクリーンヒットという形で決まった。後方に吹っ飛ばされていく鈴。それをほんの一瞬だけ見つめ、一気に勝負を付けようと動き出す。

 直後、衝撃が一夏を襲った。二つ、一つは腹部のあたりに、もう一つは頭部にだ。

 

「なっ……!?」

 

 困惑の声が漏れる。何が起きたのか、鈴が何か攻撃を仕掛けたのか? だが何かが飛んできたようには見えなかった。

 それでも、腹部と頭に残る衝撃の残滓は紛れもない本物だ。まるで空手における山突きをモロに受けたような感触。一体何が――

 

「カウンター成功……ってトコね」

 

「なんだと……?」

 

 一夏が与えたダメージによる痛みは確かにあるのだろう。こらえるような声だが、確かにしてやったりと言うような感情のこもった鈴の声が一夏の耳に入った。

 カウンター。一体何をやったというのか。ふと目に映ったのは鈴の頭の両隣。球状の物体に上から幾つかの殻を張り付けたような形の装備だ。

 そして、その殻は先ほどまでとは異なり球の中央部を露出させるように動いており、露出した中央部には僅かなへこみが見られる。

 

 あれが何なのか。間違いなくあれが何かしらをしたと思って良いだろう。でなくば、それ以前にさっきのような攻撃がきていたはずだ。

 

(そういえば甲龍だったか。あれも中国の第三世代……ぬっ!?)

 

 思い出した。あれは学園に入学して間もない頃、夕焼けに照らされた道でセシリアと交わした会話だ。その中で彼女が言った言葉の一つ。

 

『中国は砲身、および砲弾が不可視という装備を開発していたはず』

 

「カッカッカ……。なぁるほど、そういうことかい」

 

 くぐもった笑いと共に一人納得するような呟きを発する一夏に鈴が怪訝そうに首を浮かべた。

 

「正体見たりってな、鈴。さっきのはその両肩の玉だな? オルコット、うちのクラスのイギリスの候補生が言ってたのを思い出したよ。

 どういうからくりかはこの際どうでも良い。素人所見で推測するならISのPICあたりが絡んでるのかもしれねぇけど、とにかくそいつは砲身も砲弾も不可視の大砲だ。

 ついでにそのコロコロ回りそうな形からして、発射角度の制限とかもねぇな? あとは、第三世代よろしくトリガーはお前の意思だ」

 

「へぇ……」

 

 ただ一度受け、そして少し見ただけでそこまで看破しきった一夏に対して感心するように鈴が吐息を漏らす。

 

「一気にそこまで見抜かれるなんてね。正直驚いたわよ」

 

「ったりめーだろ。相手が何をしているのか、それを手早く見抜けるかどうかは勝敗に直結するんだ。武人として、こんなのは当たり前の嗜みってやつだよ」

 

「ふーん。まぁ、あんたの言い分はこの際どうでも良いわ。で、見抜いてそれからどうすんの? 例え仕掛けが分かったところで、この衝撃砲『龍咆』が何か変わるわけじゃないわ。あんたは、あたしの攻撃が見えないままよ」

 

「見えないままで構わないさ。どっちにしろ、俺のやることに変わりはない。お前を、斬るだけだからな」

 

「上等!!」

 

 一夏が動き出す。一度横に大きく動き、まるでスラロームのようにジグザグに動きながら鈴との距離を詰めようとしてくる。

 おそらくは龍咆の照準を定めさせないようにしているのだろう。後退と共に龍咆を打ちながら鈴は歯噛みする。一夏の白式は単純な速力という点では甲龍よりはだいぶ優れている。その分甲龍は稼働時間などの安定性が非常に落ち着いているのだが、やはり中々的が絞れないというのはもどかしい。

 

(こりゃあ、アレ使う羽目になるかもしれないわねぇ)

 

 そんなことを心の中で呟きながら鈴は一夏を捉えようとする。

 未だに一夏は地面スレスレを滑るような形で動いている。そのすぐ脇の地面で一夏に当たらなかった龍咆の砲弾が着弾したことによる軽い爆発と土煙が上がる。

 このままでは埒があかない。いっそこちらから仕掛けてみるか。そんな考えが頭をよぎる。このまま続けることに意味があるとは思えないし、先ほどから一夏がこちらに視線を、目線を合わせるように向けているのがやけに気になる。それを振り払いたくもあった。

 

 だが、それよりも先に一夏が動いた。

 地面を蹴るようにして跳躍、鈴に向かって真っ向から向かってきたのだ。

 

「はっ!?」

 

 一体一夏が何を考えているのかが分からなかった。真正面から向かって来る、これでは撃って下さいと言っているようなものではないか。

 だが、視界補助のズームで鈴が目にした一夏の表情に自棄になったような色は無い。まるでこれが自分の手だというようにまっすぐな表情でこちらに向かって来る。

 

「あぁもう! いいわオーケー分かったわよ! それがお望みっていうなら!!」

 

 再び龍咆の発射装置である両肩のユニットが動く。ガシャガシャと音を鳴らして装甲が開き、発射準備を整える。

 PICによって敢えて不安定な状態の力場の塊を作り出し、そこに大気も加えて力場の反発力などを攻撃力に転換する衝撃砲は決して優れた威力を持っているというわけではない。

 だが、発射から着弾に至るまで完全に不可視であるためそれ自体が相手への牽制になりうる。そこに他の武装とのコンビネーションも合わせて相手ISの打倒を。それが龍咆を搭載していることの目論見だ。

 

「たんまり味わいなさい!」

 

 真っ向から向かって来る一夏に対してまっすぐに一発、そして回避を考慮して少し外れた位置にもう一発を、それぞれ撃ち込む。タイミングは僅かにまっすぐ撃つ方を早くする。

 対処できるものならやってみせろ、そんな旧友への意思も込めていた。

 

 そして不可視の砲弾が放たれる。互いに向かって進みあう白式と砲弾の相対速度によって距離は一気に縮まる。

 それこそ、発射してすぐに双方の距離がゼロとなるほどだ。そして発射と同時に鈴は、龍咆の直撃を感じていた。

 

 何かが閃いた。

 

「え?」

 

 一瞬の内に一夏がその手に握る刀を振るっていた。龍咆の着弾による爆発は確認できない。そして遥か後方の地面にあえて一夏から逸らして撃った一発が着弾し、爆発と土煙を上げた。

 

 

 

 

 

 

「オルコット、もしやと思うがアレは……」

 

「えぇ、おそらくは間違いないですわ」

 

 観客席で隣り合って座っていた箒とセシリアが頷きあう。一夏が何をやったのか、同様のことを二人は見たことがあった。箒は観客の一人として、セシリアはそれをされた当人として。

 

 

 

 

「あのバカは性懲りもなく……」

 

「ま、まぁまぁ織斑先生。良いじゃないですか、結果オーライですし、ね?」

 

 管制室では千冬が困ったように唸りながら額に手を当て、それを隣に立つ真耶が宥める。

 

 

 

 

 観客席では一夏がやったことがなんなのか、それを推測するようなざわめきが所々で起こっていた。

 その一方で、一組の生徒が集まるエリアでは各々が近くの者の顔を見合わせて自身の記憶による推測を確信へと変えていた。

 

 

 

 

「斬ったっていうの……? 龍咆を、見えない砲弾を?」

 

 鈴の声には戦慄があった。中国で甲龍を用いた訓練は幾度もこなした。当然ながら同期の者や先輩にあたる者たちとのISを用いた模擬戦闘もあり、その中で衝撃砲は幾度も使った。

 だが、誰一人としてあんな対処をしたものはいなかった。

 この時に凰鈴音は初めて、織斑一夏という自分にとって古くからの親友である人物に恐怖に近い感情を抱いた。

 自分が想像もしないようなことを平然とやってのけたこと、それに対しての畏怖とも言い換えられるだろう。

 

 

 

 

「凰のやつ、なにやら固まっているようだが……」

 

「まぁ、無理もありませんわね。正直、わたくしも最初に彼のあのやり方を見た時には驚きましたし……」

 

 箒とセシリアは動揺によって動きが鈍った鈴の心中を推し量る。

 

 

 

 

「でも、織斑君もよくあんなことができますよねぇ」

 

「まぁ特別なことをしているわけではない。我々だって、相手のISの射撃の回避に相手のタイミングを読んで動いき回避をし、あるいは楯を構えて守るだろう。

 やつも同じだ。相手の目の動き、呼吸、筋肉の微細な動き、それらをひっくるめて頭に叩き込み、より相手のタイミングを精度良く読み、そして上手く合わせて刀を振ってるだけだ」

 

「いや、それができるのが凄いんですって」

 

「ふん。あの程度ではまだまだ小手先を出んさ。私も同じことはできるし、より完璧にできる。ゆえにあれでは甘い」

 

 千冬と真耶は一夏のやったことに対しての理屈を論ずる。

 そして真耶は一般的な認識ではなく、自己の基準の下で甘いと断ずる千冬に、そして同じ基準を胸に据えて生きているだろうその実弟に、内心で思わずため息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまった!?」

 

 僅かに呆けたのが間違いだった。いつのまにか一夏が自分に接近し、その手を伸ばしている。

 何かしようというよりも早く一夏の、白式の右手が鈴の片腕を掴みとっていた。

 

 グルン

 

 掴まれたと思った直後、そんな音が聞こえそうな勢いで視界が回っていた。気付けば背には一夏が居る感触があった。

 

「ちょ、まっ! ISで背負い投げーーーーーー!!?」

 

 IS乗りとなって早一年弱、未だ経験したことのない感覚に思わず叫ぶ。

 くらった身でも思わず見事と言いたくなるほどに綺麗に決まった背負い投げによって鈴は背中から地面に直行する。

 仰ぐ空に影がさした。刀を構えた一夏が一直線に向かってきている。

 

「このっ!!」

 

 半ば苦し紛れで龍咆を撃つ。だが、その悉くが切り払われる。

 完全に見切られている。そう判断するしかなかった。同時にあることを心に決めた。

 

「そのタマっころも鬱陶しいからな! 両タマ全摘だ!!」

 

 何となくだが、衝撃砲のユニットを破壊しようとしているのだろう。それは正直御免こうむりたい。

 先ほどと同じように地面ギリギリで減速、体勢を整えて一夏の攻撃をかわそうとするが、今度は一夏も自分に合わせて動いてくる。

 

「ちっ!!」

 

 青竜刀を片方だけ持って前面にかざす。ここは敢えて一撃を受け止める。

 案の定、一夏は刃を叩きつけてきた。刃の細さからは想像もできない威力に思わず体勢を崩しそうになるが、グッとこらえる。

 足が地面につき、土煙を上げながら後ろに押し下がる。一夏はその間にも距離を詰めている。

 

「こんのっ!!」

 

 青竜刀の腹を一夏の視界真正面に持っていき、せめてもの目くらましにしようとする。そしてその脇から一夏の胸に拳を叩き込もうとする。

 

「甘いわっ!!」

 

 柄を握っていない片方の手で動きが止められた。鈴の拳がギリギリ一夏の胸部に接するように止められており、決定的なまでに二人の距離は詰まっていた。

 この状態では青竜刀も振りようがなく、衝撃砲も打ちにくい。

 

「腹括れよ……!」

 

 唸るような一夏の声が鈴の耳朶を打つ。そして重い衝撃が肉体というものを侵食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園から数キロ離れた海上、その遥か上空。空の青さにまるで墨汁を一滴垂らしたように、黒い点がそこには浮かんでいた。

 

「やれやれ、まさか当たるとは思いませんでしたねぇ」

 

 雲以外に何も存在しない虚空で一人、浅間美咲は愛機である黒蓮を纏いながら呟く。

 だがその言葉とは裏腹に、声には隠しようのない高揚があった。

 

「さぁ、精々楽しませて下さいな。なにせ、ISを相手取るのも久方ぶりなのですから……!」

 

 そう言って両手に握る漆黒の二刀を構えて美咲は前方を見据える。

 そこには、全身の各所から火花を散らして見るからに劣性に立たされていると分かる、乗り手の全身すら装甲で覆い隠した黒蓮同様に黒で彩られたISがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず基本的に一夏が優位でした。次回で鈴とはきっちり決着をつけます。
あと、お空の上で一人で頑張ってるあの人も。まぁ負けることは、ね?

え~、ちなみに今回、一部一夏さんがどこぞのトーマスみたいになりましたが、まぁちょっとしたネタと寛容に受け止めていただければと思います。
彼にはむしろ「ISハンター」とか名乗らせるのがピッタリなのですがね。

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