或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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とりあえず鈴戦決着と、そのあとのちょっとしたアレコレです。
次回からはサクサクと進めたいですね。


第十一話 決着、そして魔女は首を傾げる

 完全に鈴を間合いに捉えた蒼月が刃を輝かせる。

 近くで耳を澄ませばジリジリと空気を焼くような音を小さく響かせている。それで決まると確約されているわけではない。

 だが、勝負の趨勢に大きな影響をもたらすだろう一撃を一夏は掲げ――振り下ろされなかった。

 

 ダンッ

 

 地面を蹴った一夏はバックステップで鈴から距離を取る。機体コンセプトに合わせて白式の装甲は防御にこそ難はあるものの、格闘性の高い高機動フレームを用いている。

 その能力を引き出せれば、PICにさほど頼らずして軽やかな動きを可能とする。今の一夏がやったことはまさしくそれだ。

 未だ経験浅い身ながらその身に叩き込んだ技量によってフレームの性能を引き出して軽快な動きを見せた一夏に対し、観客席ではそこかしこから小さく感心するような吐息が漏れると共に、なぜ攻撃をせずに後退をしたのか疑問に思うような声が上がった。

 

「ふっ……」

 

 鈴の口元に得意げな微笑が浮かぶ。未だ拳は突き出されたままだ。

 対照的に後退した一夏は空いた左手を腹部へと添え、睨みつけるように鈴を見つめる。

 

「鈴、お前……」

 

 声は一段トーンを低くなっていた。その声を聞いて鈴の笑みがますます深まる。

 

「寸勁、それも徹しでだと? おおかた八極拳あたりだろうが、まさかお前がここまでの発勁を使うとは思わなんだ」

 

 感心するようなセリフとは裏腹に吐き捨てるような口調だった。それと同時に機体の方のコンディションを確認する。

 ちょうど直撃を受けた腹部、その脇腹に巻きつくように添えられた装甲の部分に若干ながら損耗がある。

 仮に装甲の部分に先ほどの直撃を受けたとして、一撃で壊されるということはまずないだろう。

 だが塵も積もればの理論で蓄積したダメージが中からその箇所をダメにしていくだろう。あいにく耐える分には余裕だが、機体の方を考えれば受け続けるのは得策ではない。

 

 だが何よりも気になるのはやはり、そもそもどうして鈴が発勁、それも高度な技能であるはずの寸勁、さらには内部へ徹してということができるのかという疑問だ。

 

「どこで習った?」

 

「軍のIS乗りの先輩にちょっとね。シールドにはともかく、パイロットにも機体本体にも、うまくやれば結構効くのよ。本当はまだしばらく隠しとくつもりだったけど、まさかここまで早く使うことになるなんて思わなかったわ」

 

「そうかよ」

 

 同時に一夏が動く。文字通り一息の内に距離を詰めて蒼月を振るう。一年で候補生まで上り詰めたのだ。それなりにセンスはあるのだろう。ならばそれだけをできるように鍛えれば、それも十分にありうる。

 ならばそれはそれで良い。やることは変わらない。ただ、自分の持てる技を尽くして目の前の相手を打倒するだけなのだ。

 一夏が動き出したのに合わせて、瞬時に双天牙月を両手に構えなおした鈴は一夏の攻撃を迎え撃ちにかかる。

 

「なによ! 一発もらって頭にでもきたわけ!?」

 

「ほざけ……」

 

 眉根に深い皺を刻み込みながら一夏は無言のままに蒼月を振るい続ける。

 

「くぬっ……!!」

 

 鈴の顔に緊張が浮かぶ。元々クロスレンジでの斬り合いになったら一夏の方が上手であることは理解できた。

 不本意だが鈴にとって長時間一夏と打ち合うことは決して好ましい展開とは言えない。斬り合いをする分にはまだ良いが、どこかで流れを切って仕切りなおす必要が出てくる。

 そんなことを考える中でも一夏の連続攻撃は止まない。一撃打ち合うごとに確実に流れを一夏が自分の方に引き寄せているのが分かる。

 

(コイツ、こんなにやれたのね……!)

 

 正直、心のどこかで今まで侮っていた節があるのは否めなかった。

 一夏が何かしらの武術をやっているのは知っていた。だがその詳細を殆ど知らなかった。

 だがそれを考慮してもISでならばという思いがあった。一年という、やはり業界全体で見れば未だルーキーを出ない期間ではあるが、その短期間で国の候補生にまでなり、実力への自負があった。

 対する一夏は未だ一か月程度。元々鍛えていたということの知識はあったが、それが大きなアドバンテージになりうるとは予測していなかった。

 だが現実に今、自分は彼に押されている。双天牙月での近接戦は勝ち目が薄い。甲龍の第三世代たる象徴の龍咆はあっさりと対処された。とっておきの発勁は通じたが、あの一夏が同じ手を二度も食らうはずがない。

 

(あっれー? なんかあたし、結構マズいわよねー?)

 

 表情には出さない。距離を離して余裕を未だ持っているような不敵な笑みを作ってはみるものの、状況はどうにも良くない。

 こんなことであればサブマシンガンなり他の兵装も積んでおけば良かったと思う。第三世代兵装である龍咆を装備したことによる機体のリソースの消費はそれなりに大きいため、その辺を考慮して敢えて他に載せることをしなかったが、判断を間違えたかもしれない。

 

「どうした、結構焦ってるみたいだな」

 

 冷然と言い放つ一夏に対して鈴はそんなことはないと、まだまだこれからだと余裕があるように答える。

 瞬間、一夏の視線が鈴を射抜いた。今まで一度たりとも見たことのない冷たい視線に、背筋が一瞬震えた。

 

「馬鹿言うな。鈴、俺を見くびるなよ? 今のお前の胸の内なんざ、よぉ~く分かるさ。その手の青竜刀だけじゃ勝ち目はない。その両肩の衝撃砲だったか? そいつも殆ど通じない。そして最後の発勁だ。あれもどこまでいけるか分からない。

 ないない尽くしじゃねぇか。目を見れば分かるよ、お前の心の焦りがな。俺はそういうのを読み取る訓練もやってあってね」

 

 一夏はハッタリでもなんでもなく、自分がそうだと思った通りのことを言う。

 ISの視覚補助を使えば離れた場所に居る人間の目を間近にあるように見ることも可能だ。

 ひたすらに見つめ続けた、初めて会った五年前から慣れ親しんだ明るい茶色の瞳は、その持ち主である少女の心境をそれはもう一夏に分かりやすく伝えている。

 

 本来はここから相手の動き、その流れを読み取って相手の攻撃を必要最小限の紙一重でかわすという師曰く極めて特殊な技法だそうだが、言い換えれば相手の『心』を読み取るとも言えるこの技は何かと役立つ。

 むろん、今の程度まで扱えるようにはなるまでには結構な期間を要したし、その間に師に痛めつけられた回数も、数えるのも馬鹿らしいくらいだ。だが、その努力に見合うだけの成果はあった。

 

「言ってくれるじゃない……」

 

 僅かに顔を伏せて鈴は呟く。だが、すぐに面を上げて一夏を見据えると、力強い視線と共にはっきりと言い放った。

 

「えぇそうよ! ぶっちゃけピンチ感じてるわ! 情けない話だけどね、あんたの言う通りよ! けど、それであたしが諦めると思ったら大間違いよ!

 ちょっと不利なくらいで諦めたら候補生やってられるかっつーの!! もうなりふり構わないわ! とにかく今はあんたを倒す! そんだけよ!!」

 

 その言葉と共に鈴は双天牙月を勢いよく回す。その姿に一夏はそれでこそだと言わんばかりに頷くが、直後の鈴の行動に思わず動きを止めて目を見開いていた。

 

「でぇりゃあぁぁ!!」

 

 体を回転させながら腕を大きく振る。そして、それぞれの手に握られた双天牙月に加わる遠心力が最高潮に高まると同時に、鈴は握りしめていた柄を手放した。

 自ら獲物を放り投げた鈴の姿に一夏は一体何事かと目を疑った。まさか拳で挑むのに邪魔だからか。しかしそれなら普通に量子格納をすれば済む話だ。

 その答えはすぐに分かった。鈴の両手を離れた双天牙月は勢いよく回転しながら自分に向かってきている。

 

「こいつはっ……!」

 

 左右から挟み込むように向かって来る刃を見て、一夏は積み重ねた修練による武術的とも言える勘で以ってその軌道を予測する。

 このままでは間違いなく二本の青竜刀は自分に当たる。ご丁寧にどちらも微妙にタイミングが異なっているあたりが余計に手間だ。

 

「ほらほら! よそ見してると痛いわよ!」

 

 その声に意識を鈴の方へと向けなおすと同時に、衝撃砲の装甲が開いているのが目に入った。

 反射的に鈴の瞳を見て、衝撃砲が放たれるタイミングと、そのポイントの探りを反射的に行っていた。

 

 衝撃砲は自分の右足と胴の真ん中を狙っている。右足の方をかわして胴の方を切り捨てることは可能。だがその場合双天牙月の投擲は回避不能、回避行動の前に自分に達するため蒼月で受け止めるよりほかなくなる。その場合隙ができる。

 

 思考というエンジンが回転を速くしたような感覚だ。額の内側が熱くなるイメージすら浮かぶ。だがここで確かな対処をせねば後々に響くことは間違いない。ならば自分は――

 

「ぬんっ!」

 

 閃くと同時に体が動いていた。右足に向かって衝撃砲が放たれた――直接そうと見えたわけではない。だがそう判断した自分の勘を信じて狙われていない左足を踏み込んだ後に軸として一回転。

 回転の後に前に出た右足によって計二歩分前進すると、今度は前方に向けて上段から唐竹の一閃を振り下ろす。今度は手応えがあった。

 だが不可視の攻撃を斬った余韻に浸っている暇は一切無かった。二発放った衝撃砲が通じなくても依然鈴の顔に闘志は宿ったままだ。根拠は単純。まだ二つの青竜刀が残っている。

 

「コオォォォォォ……」

 

 深く息を吐き出し、そして吸い込む。呼吸と共に腹の下、丹田のあたりに力を練り上げてため込む。

 この程度のことがISになにがしかの影響を及ぼすなどとは思っていない。だがそれでもやったのは自分がやっておいた方が良いと思ったからだ。

 

 蒼月を一度格納する。同じように一時的とはいえ手ぶらになったことに鈴が訝しむ気配を感じたが、今はそんな些末事を気にしてはいられない。

 自分の周囲の大気を、自分の領域を定めるように撫でるような柔らかさで動かす。緊張と脱力が適度な状態で保たれている。これは悪くない感じだ。

 イメージするのは自分の間合いを覆うドームだ。不可視の境界線で区切られたその領域に入るからには、それがいかなるものだろうと反応する。

 自らが制する空の圏域に二つの刃が達するのはもう二秒も無い。だが、それだけあれば十分でもあった。

 

(――ッ!!)

 

 間合いの網に先着の一刀が達したの感じる。狙っているのは一夏の側頭部だ。

 元々頭部という人体の中でも特に急所たりえる部位だけに、直撃を受ければシールドで守られこそすれ、そのシールドは大きく削られることは間違いない。

 そんな間抜けな展開は甚だ勘弁願いたい。間近に迫った巨大な刃に対し、一夏は身を屈めることでやり過ごす。

 

 だがそれで終わりではない。すぐに次の一刀が別方向から飛んでくる。屈んだこの姿勢では回避行動をとろうにも僅かにロスが生じる。そうなるともう片方の直撃は避けえない。

 どうする。簡単な話だ。初めからかわそうとしなければ良い。そしてかわさずにダメージを防ぐとなると、今度は弾く以外に手はない。

 蒼月は――実際の日本刀を使うのとは異なりおそらく受けきることは可能だろう。だが、なんとなく細い得物で大きい得物を受けることに刀使いとして若干の抵抗がある。

 これが師あたりならばそれこそ鼻歌まじりに軽々と対処してのけるのだろうが、あいにく自分はそこまでの腕であるとはまだまだ思っていない。

 ならばどうするか。そんなに難しいことではない。こちらも同じ得物を使えばいいだけのことだ。だがそんなものは白式の装備に無い。だからと言って却下するには早い。無いのならば持ってくれば良い話だ。

 そして今、ちょうどすぐそばにおあつらえ向きのものがあるではないか。

 

 片腕が伸びたのは回避とほぼ同時、双天牙月の一刀が大気を引き裂く音を唸らせながら頭上を通り過ぎた直後だった。

 ISの視覚補助、そして一夏本人の元々の動体視力があれば青竜刀の回転の軌跡を見切るくらいはできる。一瞬の中のタイミングに向けて手を伸ばし、一夏は自分がかわした青竜刀をその手に掴み取った。

 

「はぁ!?」

 

 回避されることまでは予測していたのだろう。だが、その後の掴み取るということまでは予想外だったのか鈴が驚くような声を上げる。

 そんな旧友の反応が微笑ましくて一夏は口元に小さく笑みを浮かべる。そして掴み取った青竜刀に残された勢いに任せて体を一回転させると、そのまま迫ってきたもう片方の青竜刀に対して下段からの切り上げを叩きつけて真上へと弾き飛ばす。

 

「とうっ!」

 

 そんな声と共に真上へ跳躍、PICとスラスターの双方の恩恵によって一気に弾き飛ばした青竜刀に追いつくと、そのまま空いたもう片方の手でそれを掴み取る。

 

「お返しだ!!」

 

 その言葉と共に今度は一夏が鈴に向けて双天牙月を投げつけた。左手に持った方は一直線に投げ飛ばし、右手に持った方は鈴がそうしたようにブーメランよろしく回転させながらサイドから攻める形だ。

 

「甘いわよ! 飛んでった双天牙月(ソイツ)はあたしがある程度コントロールできるのよ!!」

 

 その言葉が事実だと言うように、鈴に向かっていった二本の青竜刀は共にその速度を不自然なまでに落とす。

 原理はよくわからないが、おそらくは小型化させたPICの発生ユニットでも内部に組み込んである程度動きを制御できるようにしているのだろうと一夏はあたりをつける。

 だが、そんなことは一夏にとってはどうでも良いの一言で片づけられる些末事でしかなかった。

 

「んなの知ってたよ!!」

 

 手放した武装をまさかそのままということにしておくわけがあるはずもない。何かしらの方法で動きを制御しているだろうことはとっくに予想していた。

 元より、先の投擲はただの仕込みに過ぎない。投擲と同時に一夏は動き出していた。向かうは鈴の真上。そして当の鈴はと言えば双天牙月を取り戻すためにその動きを止めている。

 

「もう一度言うぞ、舐めるなよ鈴!!」

 

 一夏が鈴の真上に達するのと鈴が双天牙月を回収したのは同時だった。そのまま一夏は鈴に向けて踵落としを叩き込み、それを鈴は交差させた双天牙月の峰で受け止めようとする。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ズンッと全身に響き渡るような衝撃が鈴に襲い掛かった。それと同時に僅かに浮いていた体が無理やり地面に押し付けられる。

 なんとか両足で踏ん張って膝を崩すという事態は避けたが、この負荷の半端なさは鈴の想定を上回るものと言って過言では無かった。

 だが、その重みも不意に消え去り体が軽くなる。チラリと視線だけを上に向けると、踵落としを叩きつけた際の衝撃による反発力を利用したのか、一夏が僅かに浮いている。

 それを見て鈴は背筋がサッと冷えるのを感じた。これは攻撃を止めたのではない。次なる一撃へと繋げるための一手である。それを直感的に悟ったものの、あの重い衝撃による痺れは未だ体を蝕み動きを阻害している。

 ゆえに鈴は敢えて次の一撃も受け止めることを選んだ。だが、それは紛れもない失策であったことを次の瞬間に思い知らされた。

 

「そんな防御で大丈夫か?」

 

 その言葉と共に一夏と視線があった。後方転回飛びから太陽を背に向けた一夏は、折り曲げた膝を自分に向けて落下してきている。白式の脚部装甲の膝部分、鋭角的な尖りを持っているそこが鈴を叩き潰さんと迫っていた。

 

完璧なる白神象の領域(ソンブーン・ヤン・エラワン)ッッ!!!」

 

 一夏が師である宗一郎より手ほどきを受けた武術は剣術のみならず無手の格闘術にも及ぶ。

 あくまで剣術を使えない、つまりは手元に得物が無い時のためという状況を想定してでの教授であったが、実際に稽古を受けた一夏に言わせれば十分にメインウェポン足りうるというのが感想だった。

 そして放つのはムエタイ、それも威力の極めて高い古式のものであるという後方転回飛びからの膝落としという一手。

 さながら象が思いきり踏みつけるかのようにして放たれた一撃は、十全とは言えない状態の鈴の防御で受けきれるものではなかった。

 

「あぁっ! きゃあっ!!」

 

 受けたその瞬間に更に体が真下へと押し込まれ、こらえるように踏ん張っていた両足の真下では地面がへこみ、周囲に罅を奔らせる。

 受け止めたと思われたのもほんの一瞬だった。双天牙月の交差はあっさりと敗れ、鈴は大きく体勢を下に崩す。

 完全に鈴の体勢が崩れたのを確認すると同時に一夏は空中で再び転回、しっかりと足で着地をすると同時に大きく屈みこみながら蒼月を再展開する。

 そのまま左右の切り上げによって双天牙月を鈴の手から強引に弾き飛ばす。

 

「良いことを教えてやる! 鈴!」

 

 双天牙月を弾き飛ばした太刀筋をそのまま真正面からの袈裟斬りへと繋げた。

 

「お前の使った発勁! あれはな――」

 

 聞こえているのかは一夏には分からない。だがこの際そんなことはどうでも良い。ただ言っておきたいだけだ。

 

「俺が!」

 

 一撃を加え、立て直す間も無いままに体勢を再度崩した鈴の懐へ一夏は一気に踏み込み、その腹部に拳を添える。

 

「とっくの昔に通った道だッッ!!」

 

 そして鈴が一夏にそうしたのと同様に、一夏もまた極至近距離からの発勁を鈴へと叩き込んだ。

 踏み込みによって一夏の足元がへこむと同様に、中心から放射状に罅を入れる。行ったことは鈴と同じだ。だが、その足元の変化が一夏の放った一撃の威力の大きさを自然と連想させる。

 

 ほぼ密着状態から衝撃を叩き込まれたため、シールドはほとんど意味を成していなかった。腹の内をかき乱すかのような衝撃に、鈴は苦悶の呻きと共に後方へと大きく倒れこみそうになる。

 ただ拳を密着させただけ、その直後に地面に罅を入れながら相手を大きく倒した一夏に観客席から大きなどよめきが上がるが、それはもはや一夏の耳には入っていなかった。

 今のこの状況、流れは完全に自分の支配下にある。ならばこの機を逃さずに確実に勝利を収めるだけだ。

 

「鈴! お前の戦いは大したもんだったよ! そのISも! お前の技も!」

 

 鈴が倒れるよりも先に更に踏み込んで再度距離を詰めると、今度はアッパーカットを胴に叩き込み強引に体を宙に浮かせる。

 

「そしてお前の『武術』も! お前の修行の成果、確かに見届けたッ!」

 

 そのまま上段回し蹴り、小さな苦悶の呻きと共に吹っ飛ばされた鈴は土煙を上げながら地面を転がっていくが、それでもそのまま倒れこむまいと体勢を立て直そうとする。

 だが、そこに一夏が更に追撃を掛ける。その様に一切の躊躇いもない。例え相手が旧友であろうと、目の前で相手としている以上は容赦しない。冷徹なまでの戦いの意思がそこにあった。

 

「だがっ! しかしっ! まるで全然っ!」

 

 唐竹、左切り上げ、右からの横薙ぎの三連撃を叩き込む。蒼月に搭載された威力上昇の機構は作動させている。

 蒼月の斬撃がシールドを、叩き込む拳が、蹴りがもたらす衝撃が肉体を、二つの側面から『IS乗り 凰鈴音』を削っている。

 

「この俺を超えるには程遠い!!!」

 

 その怒号は一夏の意地の叩きつけでもあった。鈴の実力、腕前は確かに認めている。だがそれでも、武人として自分を超えることはありえないと断じる。

 最高の師に才覚を認められ、厳しい修行に耐えながらも、同じように最高の教えを受けて武人として己を鍛え上げてきたことから来る自身への自負だった。

 

「ハァッ!!」

 

 再び切り上げを叩き込むと、そのまま一夏は蒼月を上空高くに放り投げる。そして鈴の腕を掴み取ると同時に再び投げ飛ばす。

 今度は地面に叩きつけるのではなく、一夏から見て斜め上空、ちょうど放物線を描くように投げ飛ばす。

 

 全身のあちこちを蝕む痛みに顔をしかめながらも、一夏が一体何を考えているのか鈴は思案する。既にシールドの残量も殆ど残されていない。双天牙月も手元にないため、使える装備は龍咆だけだ。ここからどうやって逆転を――

 ふと目に入った自身と同じように宙に浮かぶ蒼月を見る。そこに大きな別の影が重なった。それは蒼月を掴むために自身もまた飛翔した一夏だった。

 

「やば……」

 

 空中で蒼月を掴み直し、切っ先を自身に向けた一夏を見て思わず鈴は呟いた。だがそれよりも早く、一瞬で一夏が迫り蒼月の切っ先が鈴に叩きつけられる。

 瞬時加速からの吶喊攻撃、一夏が止めのつもりで放ったのだろう一撃のことをぼんやりと考えながら鈴は空が遠ざかっていくのを見送った。

 そして背中に衝撃がはしる。地面に叩きつけられたことを理解し、ふとシールドエネルギーの残量に目を向ければその数値をみるみる減らしていく。そして無情の電子音と共に、その数値が0を示した。

 

 アリーナ中に甲高いブザーが鳴り試合終了を告げる。

 一年生クラス代表者対抗ISリーグ第一試合、織斑一夏対凰鈴音終了。勝者、織斑一夏。

 

 

 

 

 観客席から歓声が爆発した。学園初の男子生徒と中国からの編入生である候補生の試合という、観客たちにとっては最初から見物であったカードにおいて勝負を征したのは男子の方。

 既に彼が、織斑一夏がイギリスの候補生を相手に勝ち星を挙げていることは広くに知られている。

 そして今日また、別の国の候補生から勝利をもぎ取った。学園における公式的な試合では二度連続しての候補生相手、その双方で勝利を飾ったことによるダークホースの登場で観客のボルテージは一気に上がった。

 特に一組に在籍する生徒たちに至っては自分のクラスの最優秀が確かな形として見えた結果であったために、思わず隣同士でハイタッチを交わす者などがいるほどだった。

 

 そんな周囲の興奮など露知らずと言わんばかりに、一夏は静かに鈴の元へと寄った。

 

「いつつ……」

 

 地面に仰向けに倒れる鈴はあちこちの痛みに眉をしかめながらも、視界一杯に降り注いでいた陽光が何かに遮られるのを見た。

 倒れる彼女のすぐ前に、無言で立つ一夏の姿があった。

 

「……っ」

 

 自分の前に立つ一夏の姿を見た瞬間、鈴は背筋が軽く強張るのを感じ、そして直後に自分は一体何を思ったのかと問い詰める。

 一瞬、ほんの一瞬だが自分は紛れもない恐怖を感じていた。目の前に立つ一夏に、数年来の付き合いになる友人にだ。

 

(な、なに考えてるのよバカバカしい!)

 

 確かに先ほどまでの一夏の猛攻が脅威以外の何物でもなかったのは事実だ。だが、だからと言って拒むような恐怖を抱くのはおかしな話である。

 不意に一夏の手が動いた。一瞬、また背筋がピクリと反応しかけるが、すぐに何ともなくなった。未だISを纏ったままの一夏は鈴に向けて差し出すように手を伸ばしている。

 それを見て鈴は訝しむように首を傾げた。

 

「な、何よ」

 

「立てるか」

 

 その言葉を聞いて鈴は一夏が自分を立たせようとするために手を差し出したのだと理解する。

 正直なところ意外だというのが本音だった。さっきまでのあの容赦のない様子からは想像もできない気遣いだった。

 

「あ、ありがと……」

 

 とは言え、差し出された手を断る理由もない。少々戸惑いながらも鈴はその手を取る。互いにISは装着されたままなので、鋼の手同士が組み合う。

 そして一夏が大きく腕を引き、一気に鈴の体を引き起こす。その直後の行動に、鈴は思考が混乱せざるを得なかった。

 

「ちょ、ちょっと一夏!?」

 

 鈴の体を引き起こすと一夏はそのまま鈴を引き寄せる。そして僅かに屈むと鈴の膝裏と背に手を添えて一気に抱え上げた。

 俗に言う『お姫様抱っこ』の形になり、あまりに唐突な一夏の行動に鈴はあたふたとする。

 

「ちょ、コラ一夏! あんた何してんのよ!?」

 

 予想だにしていない行動に鈴は手足をばたつかせようとするが、一夏は動くなとだけ言う。

 そして観客席では不意に目に入った仰天するような光景にあちこちから黄色い歓声が上がる。その声に鈴はますます羞恥心によって顔を震わせる。

 ちなみにこの時、観客席の一角では箒があからさまな怒気をまき散らして周囲に引かれ、その隣に座っていたセシリアは自分は知らないとでも言うように知らんぷりを決め込んでただ前を見ていた。

 

「あぁもう……」

 

 勝手にしろと言うように、鈴はそれ以上動いての抵抗を止めるとそっぽを向く。

 

「鈴」

 

「何よ」

 

 そっぽを向き続けながら鈴は答える。

 

「あれが俺の全部だと思うなよ」

 

「は? どういうことよ?」

 

 いきなりの言葉に鈴は意味が分からないと言うように一夏に振り向く。

 鈴の頭上で一夏の視線は前方をまっすぐに見据えたまま口が動いて言葉の続きを紡ぐ。

 

「さっきの試合、俺は本気(マジ)だった。それは嘘じゃない。けど、全力は出してない。いや、出せなかったっていうべきかな」

 

「だから、どういう意味よそれ」

 

「そう、だな……。鈴、俺が素人所見でだけど思うにな、ISに乗って戦う時、IS乗りは単純に動かし方の上手い下手だけじゃなくって、こう『戦い方』ってやつの腕も必要になると思うんだよ」

 

「まぁ、それは分かるわよ」

 

 ISに乗って、そして動かすことは同じ兵器と言えども戦闘機や戦車とは違う。

 それらは確かに操縦の技術における格差は存在する。しかしできること、想定される戦い方というものの範囲には限りがある。

 しかしISは違う。確かに持ちうる機能、システム、搭載できる兵装に限りがあるのは同じだ。

 だが人型をしているがためにその動き方、戦い方には大きな柔軟性を持たせることができる。そしてその要となるのは、乗り手本人の単純な操縦技術とはまた異なるスキルへの習熟に他ならない。

 

「そして俺は実際にISを、白式を動かしてこう思った。ことISで格闘戦をやるなら単純に操縦の上手い下手だけでなくて、乗り手の『武人』としての力量も試されるってな」

 

「『武人』、ねぇ……」

 

 一夏が事あるごとに口にする自分を表す言葉だ。あるいは『剣術家』、あるいは『剣士』や『拳士』などパターンはいくつかあるが、とにかく一夏は武術を学んでいる自分を他と区別するようにこのように呼称することが多々ある。

 鈴も数年来の付き合いの中で幾度となく聞いてきた。今更耳にしたところで、特に何も思うことはない。

 

「で、それがどうかしたのよ」

 

「……かなり不本意な話だけどな、俺はまだ俺が今まで積んできた修行の成果を、俺の武術をISじゃあ完全に出せてない。

『武人 織斑一夏』をフィードバックできるまで、『IS乗り 織斑一夏』のレベルが足りてないんだよ」

 

「何が言いたいのよ」

 

 言っていることは分かる。要するに自分本来のスキルが操縦者としての未熟ゆえに出し切れないということだ。

 それは分かる。だが、そのことから何を言いたいのか、それが鈴には図りかねていた。

 

「あ~、まぁつまりこういうことだ。今後俺は更にパワーアップするんでそこんとこよろしくって話」

 

「……上等よ。そうでなくっちゃ、面白味がないってもんだわ」

 

 今回の勝負は確かに自分が負けた。そのことは悔しくあるが、同時に次はという思いがあるのもまた事実だ。

 だが、その次の機会が訪れたとして相手が変わらないままであったら、それでは勝っても自分は納得しないだろうと鈴は思う。

 自分も、相手も、共に強くなる。その上で勝った方が、その勝利にはより価値がつくというものだ。

 

 そんな会話をしていれば、鈴の出てきたピットにたどり着くのもあっという間だった。

 アリーナへと突き出したピットの端に静かに降り立つと、一夏は丁寧な動作で鈴の体を降ろす。

 甲龍の足を床に着け背筋を伸ばして立ち上がると同時に、ピットの奥の方に控えていた中国側の技術者だろう者たちが動き出す気配を見せた。

 

「じゃ、俺はもう行くよ。後の試合、頑張れよ」

 

「あぁ、うん。まぁ、どっかの誰かのせいでちょっと体のあちこちが痛いけどね」

 

「……そこまで酷くはないはずだろ。次まで多少時間はあるんだ。ゆっくり休んで準備すれば良いさ」

 

 皮肉めいた鈴の言葉に、その元凶である一夏はどこかバツが悪そうな言葉で忠告をする。

 そして一夏は鈴に背を向け、その場を立ち去ろうと一歩、足を前へと進める。だが、その一歩で足を止めると首だけを後ろに向けて再び鈴と視線を合わせた。

 

「鈴、一つだけ言っとくぞ」

 

「ん? 何よ?」

 

「俺はこれからもIS乗りとしての自分を磨く。武人としての俺も当然だ。そして、お前もその甲龍(IS)を使っていくなら、俺と同じようにIS乗りとしても武人としても鍛えていくんだろうよ」

 

「そりゃまぁ、そうなるわね。それで?」

 

「IS乗りとしては……まだ少しは許容してやる。けどな、鈴。『武人』として、俺を超えられると思うなよ?」

 

「なんですって?」

 

 鈴の声が僅かに低くなる。だが、その姿に一夏が動じる様子は一切存在せず、試合の時に見せたような鋭い目で鈴を見据えながら言葉を続けた。

 

「はっきり言ってやる。武人の本領、ISなんか使わない素のまま同士でやり合えば、俺とお前の間にある差は違い過ぎる。

 確かに試合の時の発勁は大したもんだと思ったよ。けどな、脅威とは思ってないし、俺が負けるなんてなおさらそうだ。

 持って生まれた才能、やってきた修行の量と質、積んだ経験、何もかもが俺が上だ。確実にな。そして、お前が強くなる間に俺も強くなる。お前より早いペースでだ。

 そのことは、覚えておけ」

 

 断固とした口調だった。自分が積み重ねてきたことに確かな自負を抱くがゆえのその言葉には、同時に傲岸と不遜も過分に含まれている。

 例え相手が旧友であっても武の道にあっては一切の情を見せない一夏の姿勢に、鈴は思わず一歩後ずさった。

 

「……」

 

 一夏はそのまま黙って鈴を見据える。言葉を発さずとも総身より放ってくるようなプレッシャーを鈴は感じ、更にもう一歩を下がりたくなる。

 だが、そこで鈴は一夏の目に気付いた。何かを口に出しているわけではない。ゆえにその確証があるというわけではない何となくの感覚だが、鈴は一夏がまるで自分の言葉を待っているように思えた。

 単に気迫で圧迫しているだけではない。その上で鈴がどう返してくるのか、それを待ち望んでいるかのような目だった。

 

「……っ」

 

 小さく喉を鳴らして唾を飲み込む。そして心の内で己に喝を入れると、後ずさりかけた二歩目を押し留める。

 

「それこそ上等よ。あんたが強くなるのはあんたの勝手よ。好きにすれば良いわ。あたしはただ、もっと強くなってあんたに勝つだけよ。見てなさい、その高慢ちきに吠え面かかせてやるから」

 

「フッ……」

 

 鈴の言葉に一夏は目を閉じて口元で微笑を形作った。その反応が鈴には「それで良い」と言われているように見え、同じように――挑戦的な、という補足はつくものの――微笑で以って返した。

 

「じゃあな」

 

 それだけ言って一夏は床を蹴って飛び立つ。そのまま瞬時加速を発動して一気にアリーナを突っ切って自分のピットへと戻っていく。

 文字通りすっ飛んで行った友人の姿を見送る鈴に、後ろから数人の技術者が寄ってくる。その彼らと軽く言葉を交わしながら鈴はピットの奥へと戻っていく。

 多少時間が空くとは言え、より機体を万全の状態にするならば時間はいくらあっても足りることはない。次なる相手には勝つため、気持ちを切り替えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、鈴。ちょっと言い忘れたことがあるんだ』

 

「何よ、一夏。いきなり通信なんて。まぁ良いわ。なに?」

 

『うん、お前の国の人に言っておいて欲しいことがあるんだよ』

 

「へぇ、なんか気になるわね。なんなの?」

 

『うん。俺のファンサービス、存分に味わってくれたか? って――』

 

「言わないわよバカ!!」

 

 怒声と共に鈴は通信を切った。さっきまであれだけ真面目な空気を出していたのに、一瞬でそれをぶち壊してくれた旧友に鈴は頭を抱え、次に会ったら頭を引っ叩いてやろうかと心に決めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーっす、戻りましたよー。ついでに勝利のお土産つきでーす」

 

「とりあえずさっさと奥に行って白式(ソイツ)外して下さい。さっさと調整しなきゃなんですから」

 

「も、もうちょっと喜んでも良いんじゃないですかね、川崎さん」

 

 一夏が勝利を引っ提げて戻ってきたにも関わらず、機体の調子を優先する言葉が開口一番となった川崎――倉持技研における白式開発チームの責任者であり、今回の試合における一夏のバックアップチームのリーダー――の言葉に、一夏も困ったように後頭部を掻く。

 

「その勝ちを次の試合で負けましたで無駄にしないためです。ほら早く」

 

「はいはい分かりましたよっと」

 

 背中を押してまで一夏を急かす川崎に、一夏も自分から動く。いそいそとピット奥にある整備用の台の上に乗り、降りた後も乗りやすいように膝を屈める。そして白式を待機状態に戻さずに装着の解除を行う。

 プシュッと空気の抜けるような軽い音と共に装甲のロックが外れ、手足がスルリと抜ける。軽やかな足取りで床に降り立つと、そのまま奥にある長椅子に座り、横に置いていた鞄からペットボトルのスポーツドリンクを取り出して飲む。

 

「……はぁ」

 

 全身に残った緊張の残滓を解き、そして体から追い出すように小さく息を吐く。

 息を吐いた時に伏せた視線を上に向ければ、視線の先で幾人もの技術者たちが忙しなく動いている。

 整備台に乗せられた白式には試合前同様に幾本ものコードが繋げられている。試合前とは異なり今度は動力充填用のコードも繋がれている。

 プロの手による確実な調整と補給、これらに加えしっかりとした時間があれば白式は確実に万全の状態へと戻るだろう。

 ならば後は乗り手である自分が調子を整えればいいだけだ。幸いにして疲労はさほどでもない。衝撃砲の直撃によるダメージは元々少なく、試合のさなかに気にならなくなった。

 発勁を叩き込まれた時の衝撃は未だ腹部に残ってはいるものの、しばらく休めば何ともなくなるレベルだと判断する。

 

「ふむ、後は私が監督する必要もないでしょう」

 

 一通りの自身の仕事は終えたのか、川崎が一夏の近くに歩み寄ってくる。

 

「お疲れ様でした、織斑さん。初戦の勝利、おめでとうございます」

 

「そりゃどーも、と言いたいトコですけどね。さっき言われた通りだ。次も勝てなきゃ意味がない。白式、お願いします」

 

「言われずとも」

 

 それから一夏と川崎の間にしばしの無言が流れる。先に言葉の続きを発したのは川崎の方だった。

 

「先ほどの試合のデータも既に取らせて頂きましたが、いやはや興味深い。ISへの搭乗経験は少ないながら、見事な格闘戦のお点前でした。

 いや、我々も中国側の第三世代兵装を生で見るのは初めてですが、まさか斬るという対応をするとは思いもしませんでしたよ」

 

「いやぁ、気が付いたら体が勝手にそうやってて。まぁた姉貴にどやされる。しっかりと機動ができてればちゃんとかわせるとかどーとかって」

 

 ハハッと困ったような苦笑と共に一夏は言うが、それに川崎も合わせて小さく笑う。

 

「まぁこちらとしては興味深いデータが取れたというだけで文句は何もありませんがね。四肢の駆動に関しても良い数値でしたし、倉持(ウチ)は知ってのとおり近接戦の機体が得意なわけですが、今後にための良いデータが取れましたよ」

 

 そのことに一夏は何も言わない。何せ自分はISの知識に関しては未だド素人の域を出ない。

 そんな自分がISの開発についてどうこう関われるわけがないのは端から分かり切っている話だ。ゆえにデータを取ったどうこうにも、何も言うつもりはなかった。

 

「次の試合は、またちょっと空きますね。アリーナのシステム周りの点検などが終わってから、第二試合になるようです」

 

「へぇ……」

 

 川崎の言葉に適当に相槌を打ちながら一夏は鞄から、今度は学園の生徒全員に貸与されるタブレット端末を取り出す。

 学内のネットにアクセスし、今回のクラス対抗戦ように特設されたページを見る。そこには試合に出場する生徒の所属クラス、生年月日や出身地などの簡単なプロフィールに受賞した賞などがあればそれらの補記などが載せられている。

 

「次の試合は三組のグレーに四組の更識か……。川崎さん、確か更識の専用機は倉持の開発だったはずだ。何か情報はありますかね?」

 

「更識さんですか。確かに彼女は打鉄弐式の開発のために倉持に度々出入りしてましたが、いやすみませんね。私自身は彼女については特に多くは知らないものでして」

 

「そっすか。あぁ、んじゃあとにかく何でも良いんで。情報は一つでも多く欲しい」

 

「そうですね、一応打鉄弐式については私も多少は把握しているので、それならば」

 

「是非に」

 

「では……。打鉄弐式は打鉄をカスタムした後継機という扱いですが、機体のコンセプトとしては打鉄とはだいぶ異なっています。

 打鉄が兵装としての盾や剣で近接格闘戦を行うことを主眼に置いているのに対して、弐式は中距離戦が主ですね。

 私が把握している限りでの兵装は白式の蒼月と同じ高周波振動で切断力を上げた刃を用いた薙刀型の近接装備、複数の射撃兵装、そして多数のミサイルですね」

 

「射撃装備の種類は?」

 

「後付装備扱いとしているので詳細は分かりかねます。しかし、スタンダードにアサルトライフルやショットガンなど、中距離戦で取り回しと威力をある程度両立できるものを搭載している可能性が高いでしょうね」

 

「了解。で、ミサイルはどんなのが?」

 

「基本的にはAAM、空対空ミサイルのことなのですが、それを用いています。弾頭は榴弾弾頭を基本としていますが、他のものに交換している可能性はあるでしょうね。

 確かかなりの弾数を搭載していたはずで、アリーナという閉鎖空間の特性上から振り切るのは少々難しいでしょうね。やはり撃たせないのが一番かと。

 

「なるほど……そりゃ厄介だ」

 

 そう言って一夏は端末に再び目を落とす。

 未だ画面には三組代表であるスーザンのことが表示されている。

 

「へぇ、こいつ親父が米軍か……」

 

 スーザン・グレーは父親が米軍の佐官であり、親子共に銃の名手として知られていると端末にはある。

 だがその記述にも一夏は小さく鼻を鳴らしただけであり、今度は簪の紹介に画面を映した。

 

「更識簪。日本代表候補性、入試学力試験最高点……」

 

「あぁ、彼女ですか。年の割にまぁ大した頭を持っているんですよ。いや、機体の開発に深く関われるという点で推し量れるというものですが、正直我々も驚かされましたよ」

 

「……勝てば良いんですよ勝てば。勉強の成績が何だってんだ……」

 

 微妙に震えている声だった。自分が未だに座学では四苦八苦の身であることからくる悔しさは……おそらく関係ないだろう。

 

「んんっ! ……姉が生徒会長ねぇ。名前は更識……楯無(たてなし)? 変わった名前だな」

 

「あぁ、そのお姉さんなら業界でも有名ですよ?」

 

「そうなんですか?」

 

「えぇ。やはりIS学園での生徒教育が始まって以来の才女だとか。能力が認められてロシアの方で操縦者の特別研修を受けると同時に、代表代理を任せられるほどだそうですよ。そんなものですから、現状彼女がIS乗りとしてはこの学園の頂点ということですね」

 

「へぇ、こいつが学園(ココ)のドン、というわけですか……」

 

 面白そうだというように一夏の口の端が笑みの形をとる。そして捲りあがった唇から白い歯と薄紅色の歯茎が覗く。

 だが、すぐにその笑みを引っ込めて真顔に戻ると、それよりもまずはこっちだと言いながら画面を見る。

 

「川崎さん。確か試合始まるとピットのシャッターが閉まりますよね?」

 

「えぇ。安全のためですからね」

 

「なら、次の試合の様子が見れるように映像の方、お願いします」

 

「わかりました」

 

 いずれにせよ、まずは目の前にあることをどうにかしなければならない。高みを目指すのは当然だ。ならばより強い者に狙いを定めるのも必定。

 しかしだからと言って近くのことを疎かにして良い道理も存在しない。近いところから堅実に勝利を取り、力を積み重ねていく必要がある。

 そうすれば自ずと高いところには上れているだろう。

 次の相手は更識か、それともグレーか。いずれにせよやることは変わりない。

 心を静めて余計な情が割り込まないようにする。そして冷徹に己の刃の餌食とする算段を一夏は立てていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が黒髪を棚引かせる。浅間美咲は黒蓮を纏いながら空に留まり続けていた。

 目に映る愛機が展開したモニターには目の前の風景と共に、ここから遥かに離れた場所の映像も映し出されている。

 衛星を介した通信で送られてくる、IS学園のリアルタイム映像だ。

 

「どうやら彼の試合は終わってしまったようですね。中国の候補生に勝利したという報は受けていますが、やはり見てみたかったものですね」

 

 これでも連日職務に追われる日々だ。娯楽をまったりと楽しむという時間も中々取れないため、それならせめて職務の中で楽しみを見つけようという努力をしている。

 そんな中で今回のイベントはそれなりに楽しみなものであった。競い合っているのは自分からすればまだまだ未熟過ぎる若者達だが、そんな者達が一生懸命に奮戦する姿はそれはそれで嫌いではない。

 特に彼女が目をつけたのはやはり一夏だった。兄弟子が才覚を認め己の後継たらんと育て上げた直弟子。

 同じ剣を学び、武人としての自己を確立してからIS乗りという道にも入った彼がどのような戦いをするのか。ひそやかに期待をしていた。

 無論、勝利の報には悪くないと思っている。なんだかんだで自国の人間が他国の乗り手に勝ったと聞いて悪い気はしない。ただ残念なのは、その時の自分が別件でそんな状態ではなかったことだろう。

 

「しかし、彼が一度候補生を下したことは既に広く知られている。となると相手方も相応の対処で向かってくるはず。それでもなお勝利したとなれば……ますます興味深いですね」

 

 自身本来の手を覆う鋼鉄の手を顎に添えながら美咲は一人ごちる。

 

「ねぇ、あなたはどう思いますか?」

 

 首も視線も動かさず、声だけを美咲は後方に投げかけて問いとした。だが何も返ってこない。ただ発した声が空に霧散しただけだ。

 

「クスッ、当然ですよね」

 

 自分を笑うように美咲は微笑を浮かべる。

 利き手である右手は黒蓮の基本兵装である漆黒の剣を肩に担ぐ形で持っている。そしてその先には剣に刺し貫かれている影があった。

 ダラリと垂れ下がった両の手足と頭。少し前まで美咲と交戦状態にあった謎の黒いISは美咲に、その愛機たる黒蓮にまともな損傷を与えることなく、その身を切り刻まれていた。

 

「しかし……」

 

 美咲が後方に意識を向けると同時に黒蓮がモニターの一角に後方の映像を映し出す。当然ながらそこには自身の剣で貫かれている謎のISの姿もある。

 

「これは一体……」

 

 ISの様は凄惨たるものだった。

 前進の八割を覆うかのような多数の装甲は、どこから見ても甚大な損傷を負っていると分かるほどにボロボロに傷ついている。

 そしてその下の乗り手の体にあたる部分も同様だ。装甲と同じように切り刻まれ、文字通り皮一枚で繋がっていると形容できる箇所がいくつもある。

 

 だが美咲が解せないと言うように首を傾げたのは、まさにその乗り手だった。

 端的に言って、それは人ではなかった。切り刻んだ時に噴き出したのは血しぶきではなく、褐色のオイルと大量の火花。

 どこを切り刻み刺し貫こうが結果は同じだった。苦痛に悲鳴を上げることなく、ただそこだけは人と同じと言うように悶えるような動きだけをしながら、最終的に力尽きたのかピクリともしなくなった。

 

 そうして完全に滅ぼしてから、自身が戦っていたのがISを動かすロボット、すなわち無人稼働のISであると確信した。

 彼女の『武人』としての矜持のために補足すれば、交戦して程なくした内から違和感は感じていたし、ある程度切り刻んだあたりで殆ど確信していた。

 だがそれでも最後まで疑いを捨てられなかったのは、同様にして彼女の中にある『IS乗り』としての思考が疑念を止めなかったからである。

 しかしそれも過ぎたことだ。今は、自分が切り捨てた無人IS(コレ)をどうするかだ。

 

「ひとまずは回収、かしら……?」

 

 秘匿回線を使った暗号通信で機密級の物体の確保をしたことを地上付近で待機している、自衛隊が学園周辺に正式な警備任務で派遣した部下のISに告げる。

 手早く通信を終えると、美咲は再び無人ISについて思考を巡らせた。

 

(見るべきポイントは幾つか。そもそも人を介さないISの起動、さらに素体に使われているロボットの完成度、出力と継戦性を高いレベルで纏めた光学兵装……そして、そもそもこれに使われているコア……)

 

 一つ目は間違いなくISコアの起動メカニズムが絡んでくる。現状分かっていることと言えば、一人の例外こそあるが女性のみに起動が可能で、更に女性でもコアへの平均的な適応を示すIS適正、さらにはコア毎と個々人で相性があるということくらいだ。

 人を介さずの起動など、それこそ未だ不明な点が多い起動メカニズムの根幹に関わるということは想像に難くない。

 二つ目は単純な技術力の問題だ。現在のロボット技術は確かに日々進歩をしているとはいえ、まだまだ物語にでてくるようなレベルには至っていない。

 無論、工場や特定の現場など使用状況や目的を限定したものに関して言えば相当のレベルではあるが、完全に人を模したものは本当にまだまだだ。

 だが、自分が見た限り無人ISの素体はそれこそ人と遜色ない動きをしていた。それほどの技術力が現状でありうるのか? あったとして、今まで秘匿できたのか?

 三つ目も二つ目と凡そ同じだ。

 

 そして最後の四つ目。そもそもどこのISコアが用いられたのか。

 篠ノ之束が開発して世界に供給した四百数十幾つのISコアは国際機関の綿密な協議の下で、その全てにナンバリングを施した上で先進各国を主とした国々に供給された。

 数が限られており、同様の物の開発もできない貴重品である以上はその扱いも相応のものになる。だが今回のはまるで、そのコアをヒョイと投げ捨てたようなものではないか。

 

(極めて高い技術力と、ISコアを保持してそれを捨石のように扱える状況が集約している、ということですね……)

 

 しばし瞑目する。いずれにせよ、今回の一件は要調査だ。一つの可能性が浮かんだが、だとすればなおさら不用意な動きはできない。

 最終的には日本(この国)の国益、住まう無辜の民の安寧、双方の繁栄を守らなければならないのが自身の責務だ。

 個人的嗜好も多分に絡んでいることは否定のしようがないが、それでもその為に武を奮ってきたつもりはある。

 武によって内憂外患を葬り秩序と繁栄を保つ。仮に自身が磨いてきた武芸に大義をつけるのであれば、このような形になるだろう。

 

「どうやら……久しぶりに忙しくなりそうね」

 

 困ったような美咲の言葉。だが、その内容とは裏腹に口ぶりは楽しみすら感じさせるものだった。

 

 ひとまずは、久方ぶりに古馴染みの顔でも見に行っておくのも悪くないだろう。そう考えて、美咲は口元の笑みを更に深めていった。

 

 

 

 

 そして、IS学園クラス対抗戦は進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 




無人機の介入はありませんでした。介入する前に美咲さんに始末されました。
多分ですけど、無人機の介入が無いまま進むクラス対抗戦というのも珍しいと思うのですよ。
自分でもちょっとしたチャレンジだと思っていますので、ぜひ感想ご意見を頂けたらと思っています。

え? 相変わらず一夏のセリフがどこぞの四なあいつみたいですと?
いやいやお気のせい……ですよ?

武人の道であればたとえ友達だろうが容赦はしねーぜ。それがウチの一夏クオリティ。
これ標語には……ならないなww

とりあえずは次回次々回くらいで対抗戦に一区切りをつけて、とにかく五話以内には二巻に入りたいですね。
皆様、今後もおつきあいのほどよろしくお願いします。

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