或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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新年あけましておめでとうございます。
年末にミンゴスのイベントに当選して舞い上がった鱧ノ丈です。
これが新年最初の更新です。

え~、読まれた読者の皆様におかれましては色々と言いたいことが出てくるかもしれませんが、言い訳はあとがきにてということで……


第十二話 少女たちのランチタイム、かく語りき

 クラス対抗戦は一年生の場合は四クラスの代表一名がリーグ形式で総当たり戦を行う。

 よって単純計算で試合数はトータルで六試合行われる計算となり、午前と午後でそれぞれ半々の三試合ずつを行う方式となっている。

 そして現在の行われた試合は三つ。ここで一度長めのインターバルを挟む形になり、同時に生徒や来賓を含む観客、試合出場者やそのサポートを行う技術者、そして学園の職員など、現在学園施設内に居るすべての人間が昼食のために利用できる時間となる。

 

「現在のところ二戦二勝。おおむね上々と言える結果ですわね」

 

「ふん、男児たるもの、あの程度くらいこなせなくてどうするというのだ」

 

 主に生徒たちが昼食を摂る学生寮の食堂の一角で、同じボックス席に座る箒とセシリアの会話が交わされる。

 アリーナの観客席で同じ一組の生徒が固まった中で隣り合う席になったのはたまたまの偶然であるが、この昼食の席に置いても同じ席であるのは二人が互いに申し合わせた結果だ。

 

「まぁ、男性であるかどうかは分かりませんが、そうですわね。やはりこのくらいの結果は残してくれなければ負けたわたくしの立場が……」

 

 自分で言って思い出したのか、セシリアはバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「セッシー元気出して~」

 

 そんなセシリアを励ますかのように、彼女の隣に座る布仏本音がポンポンと肩を叩く。

 

「まぁ、なんだ。私も一夏に散々にされた口だ。その、ウム。気持ちは分かる」

 

 本音の言葉に同意するように箒も頷きながら言う。両脇からステレオで慰めの言葉を掛けられると、セシリアはますますバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。

 

「ど、どうも。そうですわね。まだまだ先はありますもの。リベンジのチャンスなどいくらでも……」

 

 僅かに顔を俯かせてフフ……と小さく笑うセシリアに、箒は若干引きながらも立ち直ったならそれでいいかと何も言わないことにする。

 

「そういえば篠ノ之さん。織斑くんに散々にやられたって、どういうこと?」

 

「そうですね。わたしも少々気になります」

 

 同じボックスに同席する鷹月静寐と四十院神楽が箒に尋ねる。食堂は普段よりも利用者の数がかなり多く、どの席も満員御礼状態になっている。

 当然ながらボックス席に空きを作る余裕などあるはずもなく、箒とセシリアの座るボックスには二人だけでなく、同じ一組に在籍する生徒たちが集まる形になっていた。

 そして現在、二人と席を共にしているのは先を布仏本音、鷹月静寐、四十院神楽の三名だ。

 袖口を大きく余らせている様から連想できる、のんびりマイペースという表現が似合う本音、やや大人し目という以外はごく普通と言える静寐、セシリア同様にボリュームのある長い髪に、セシリアとはまた別のベクトルのお嬢様然とした雰囲気を持ち物腰柔らかな神楽。

 この三名が合流したのもあくまで偶然の産物でしかない。とはいえ、同席になったならそれはそれということで、五人は各々の昼食を食べながら会話をしていた。

 

 そして、静寐の問いに今度は箒がバツが悪そうな顔になる。だが、さすがに問われて何も答えないわけにはいかないと思うために、軽く咳払いをして前置きとすると語り出す。

 

「別に特別なことではない。ただ入学して早くに剣道で挑んだのだが、まるで歯が立たなかっただけだ」

 

「あぁ、なるほど……」

 

「それは……」

 

 さすがに入学してひと月も経つこの頃ともなれば、ある程度一夏の人となりというものもクラス全体に知れ渡っている。

 早朝に寮の周囲でランニングをしていたり、はたまた体育施設のトレーニングルームでウェイトに打ち込んでいたり、更にはアリーナで一人ISの練習をしていたりなど、すでに学内のあちこち――それもトレーニングに関係する施設――で一夏の姿の目撃報告がある。

 さらに常日頃の言動もあいまって、彼が自分を鍛えることに並々ならない執着を抱いていると彼女らが理解するのに、さほどの時間は必要としなかった。

 他の一組の生徒ら、特に日本出身の者に言わせれば箒だってやや古風なところがあり、ちょっと変わっていると思うところがあるが、一夏の場合は時折それに輪をかけているように思える節すら感じていた。

 ただ、直接目にしたことはないが、やはり相当に腕が立つのだろうぐらいには思っていたのだが、どうにも箒の言葉を聞くにそれは本当らしい。

 

「ですが篠ノ之さん。歯が立たなかったとは言いますが、それはどのように?」

 

「わたくしも少々気になりますわね。わたくしはISで立ち合っただけですし、ISによらない織斑さんがどれほどか興味がありますわ」

 

「むぅ……」

 

 困ったというように箒は唸る。一言軽く答えて終わりにしようと思っていたが、まさか更に突っ込んだ質問をされるとは思っていなかった。

 事実として受け止めてはいあるが、やはりまるで歯が立たない敗北と、それに伴う幼馴染の変容ぶりを目の当たりにした記憶というのは思い出して気分の良いものではない。

 しかしだからと言って口を噤むのもやはり憚られる。

 

 チラリと視線だけを動かせば、問うてきた神楽にセシリアは当然として、静寐や本音までもが興味を持っているような表情をしている。

 そのまま小さく唸り、観念したようにため息を吐くと、素直に箒はありのままを話すことにした。

 

「これでも、私もかれこれ十年くらいは剣道を続けてきた。腕にはそれなりに覚えがあるし、自慢をするわけではないが剣道部でも既に先生や先輩方にも良い言葉を言われている」

 

 話し始めた箒の言葉を四人は静かに聞いている。ただし、時間にも限りというものが存在しているため、多少ゆっくりではあるが食事の続きをしながらである。

 

「こう言ってはなんだが、一応中学時代には全国大会で優勝もしたし、同じ条件ならばお前たちはもちろん、クラスの他の皆にも、他のクラスの者達にも遅れはほぼ取らないと思っている。その上で、一夏を相手にして私はまるで勝機が見いだせなかった。

 いや、見出す間もなくやられたと言うべきか。打ち込んだ私の竹刀を、摺り上げという技術があるのだが、それで簡単に上に弾き飛ばして一本。それで終いだ。

 あちらは、鍛練こそ続けてはいたが『剣道』からはしばらく遠ざかっていたというのに、私はこの体たらくだ。挙句そのすぐ後に部の上級生と剣道とは違う、より実戦を意識しての立ち合いに夢中になりおって。

 正直、あの時の一夏には相当に腹が立ったな」

 

 語る箒の語気にだんだんと力が宿っていく。その時の怒りを思い出しているのか、こめかみのあたりが僅かにひくついていた。

 

「大体だ! あいつはあまりに無神経すぎる! いったい何年ぶりに会ったと思っているのだ!? 六年! 六年だぞ!?

 もう少し気を使った接し方というものがあるだろう! 一体こっちはどうして気を揉んでいるのか分からなくなってくるわ!」

 

 ドンドンと机を叩きながら愚痴る箒を静寐と本音がまぁまぁと宥めようとする。

 宥められ、周囲からいつのまにか視線が集まりつつあったことに気付くと、箒も落ち着きを取り戻したのか、再度バツが悪そうな表情と共に自分を冷静にさせるように深呼吸をする。

 

「すまない。少々取り乱した」

 

「いや、あんまり少々じゃなかった気もするけど……」

 

 箒の言葉に静寐が小声で突っ込みを入れるが、それが箒の耳に入ることはなかった。

 

「まぁとにかくだ。私の場合はそもそも勝負にすらならなかったということだ。それに――」

 

「それに、とは?」

 

 言いかけて、そこで言葉を止めて何かを考えるように顎に手を当てる箒に、今度は神楽が問いかける。

 

「いや。まぁ、さっき言った上級生との立ち合いやオルコットや先ほどの二組の凰とのISの試合を見ていても思ったのだが。

 あくまで私の想像でしかないぞ? 一夏は、まだ手を隠していると思う。いや、この場合はまだ出していないと言うべきか。

 とにかく、こと武道に関しては底が知れんのだ。なまじ昔を知っている分、余計にな。ときおり、怖さすら感じるよ」

 

「……わたくしはあまり『武道』だとか、その道にそこまで明るいつもりはないのですが、その気持ちは何となくですが分かりますわ」

 

「そうなのか?」

 

 箒の言葉に共感するセシリアに箒が聞き返す。

 

「わたくしも国家の候補生として恥じないようにIS乗りとしての研鑽は積んでいるつもりですが、やはり古参の先輩方相手にそういった感覚を抱くことは時折ありますわね。

 とくに最初期からIS乗りとして活動していた方々なら猶更ですわ。どれほどの積み重ねを行ったのか、考えて時々空恐ろしさを感じることがあります。

 おそらく、篠ノ之さんが織斑さんに感じるのも、そういった類のものではなくて?」

 

「そう、かもしれないな」

 

「ん~、私は難しいことよく分かんないけど、おりむーが勝てるならそれでいいんじゃないのかな~?」

 

 間延びした声で言う本音に、それも尤もだと言うようにセシリアが頷く。そしてポンと箒の肩に手を乗せる。

 

「言われなくても分かってる。あいつが勝つなら、それで構わんさ。まぁ、余計に差が広がるのは癪と言えばそうなのだが……」

 

「なら、篠ノ之さんも一層の研鑽に励むしかありませんわね。どのような間柄にあっても、本人以外の人間にその人の進歩を止める権利はありませんわ。

 織斑さんが勝手に強くなっていって、篠ノ之さんがそれを気にするというのであれば、篠ノ之さんも同じくらいに進めば良いだけの話ですわ」

 

「そう簡単に言ってくれるがな、オルコット。それができたら苦労はしていない」

 

「あぁ……えっと、頑張って下さいまし?」

 

 返答に困ってとりあえず励ますような言葉を返したセシリアに、箒はガックリと肩を落とす。

 その様子を見て朗らかに笑う三人だったが、そこで静寐がポンと手を打って別の話題を持ち出してきた。

 

「そういえばさ、試合中の選手の会話って私たちも聞けるでしょ?」

 

「えぇ。たしか、ISの通信機能とアリーナの放送機能が連動しているはずですが」

 

 静寐の言葉に説明を付け加えるように神楽が言う。

 

「それで、さっきの試合。織斑くんと三組のグレーさんだっけ? あの試合の時、織斑君なんか怒ってなかった?」

 

「そういえば、そうだったな」

 

 そこで五人はこの昼食休憩の直前に行われた第三試合、一組代表の一夏と三組代表のスーザン・グレーの試合を思い出す。

 

「確か一夏のやつ、『俺の名前は関ヶ原でもないし夏は六つじゃなくて一つだ! ましてや、鬼ヶ島でもピピンでもないわ!!』とか言っていたが、なんのことか分かるか?」

 

「さぁ?」

 

 問われてセシリアは肩を竦めながら知らないという反応を返す。他の三人にしても同様だ。

 直前の試合であったためによく覚えている。訓練用に用いられているラファールを駆り、銃器を中心とした攻撃を展開するスーザンに対し、一夏はひたすらに己の間合いでの勝負をしかけた。その最中にあったやり取りの一部だ。

 確かに距離があれば銃器が優位に立てるが、距離を詰められればその限りではない。そして近距離というのは一夏にとっては絶好の間合いであった。

 

「少々学園のデータベースで見たのですが、三組のグレーさんでしたか。アメリカの出身で、向こうではジュニアの射撃大会などで優秀な成績を幾度も収めていたらしいですわ」

 

「まぁ、そうなのですか?」

 

「えぇ、四十院さん。実際に彼女の戦いぶりを見ましたが、銃器の扱いにそれなり以上の心得があると見受けましたわ。

 このあたり、ISに乗る前の経験を活かしている所は織斑さんと同じですわね」

 

 候補生ということもあってこの場の五人の中では最もISの知識と経験を持っているセシリアの説明は、四人にとっても分かりやすくありがたいものであった。

 

「でもオルコットさん。それでも、その、グレーさんは負けちゃったよね?」

 

「まぁ、そのあたりはしょうがないと言う点もありますわね。彼女が相手にしたのは織斑さんに、四組の確か更識さんでしたか。どちらも専用機持ち。

 専用機はそれ自体が乗り手に合わせてのチューニングをされているのが殆どです。ゆえに乗り手の技量をより引き出しやすい。

 それに、単純な日頃の訓練の量にも差が表れますからね。あのグレーさんには少々酷なことを言うようですが、やはり学園に入学して程ない今の時点で専用機持ちに勝つのは厳しいですわ。

 そして、専用機持ちもまたそうでない者に後れを取るということは、あまりあってはならないことですね」

 

「はぁ。そう考えると本当に専用機持ちが羨ましくなっちゃうなぁ」

 

 肩を落とすような仕種と共にため息まじりの愚痴を漏らす静寐にセシリアは困ったような笑みを浮かべる。

 

「まぁ、わたくしも皆さんに先んじて本国で経験を積んできたわけですし。それに専用機持ちは、その立場に見合う責務などがあるわけですし。

 織斑さんにしてもそうですわ。あいにくわたくしも詳しくは存じ上げませんが、何せ世界初にして現状唯一のIS起動者です。やはり厄介なアレコレがあるでしょうし。

 決して良いことばかりというわけではありませんわ」

 

「まぁ、隣の芝生は青く見えるとも言うからな。いや、正直鷹月の気持ちは私も分かる」

 

 セシリアの言葉に続けて箒が静寐の言葉に一定の理解を示すような発言をする。

 

「専用機、か……」

 

 僅かに視線を伏せて箒が呟く。だがあまりにかすかなその呟きは、隣にいたセシリアの耳にすら入ることなく虚空へと溶けた。

 思いつめるかのような小さな呟き、そこに隠れた意思を察する者は誰ひとりとして存在はしなかった。

 

「そういえば~、次のおりむーの試合は最後だったよね~。今度はかんちゃんが相手なの~」

 

「そういえばそうだったね。……かんちゃん?」

 

 本音の言葉に静寐は脇に置いておいたハンドバッグからこの日のタイムスケジュールなどが記されたしおりを取り出し、それを読みながら確認をする。

 そして本音の言った「かんちゃん」という聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「うん、そうだよ~。今度のおりむーの相手はね、私の幼馴染なの。更識(かんざし)でかんちゃんなんだよ~」

 

「あぁ、なるほどね」

 

「更識さんでしたか。現状見たのは織斑さんの前の、グレーさんとの一戦のみですが、正直今度ばかりは織斑さんも苦戦を強いられるでしょうね」

 

「どういうことだ?」

 

 顎に手を当てながら冷静に分析するかのようなセシリアの言葉に、箒が聞き捨てならないと言った面持ちで問いかける。

 

「あの二組の凰さんでしたか。確か彼女はまだ候補生になってからの経験もそこまで深くないと聞き及んでいますが、あの更識さんはそれなりの経験を積んでいるように見えましたわ。布仏さん、そのあたりはどうなので?」

 

「んっとね~、確か十四歳の真ん中あたりからだったはずだよ?」

 

「なるほど。もちろん、そうした経験もありますが、ここで重要なのは彼女の戦い方ですわね」

 

「というと、オルコットさん。それはどういう?」

 

 ISを駆る上で経験が重要なのはごく基本的な話だ。だが、それを差し置いてなお重きが置かれる戦い方とはどういうことなのか。尋ねてきた神楽にチラリと視線を向けると、全員に聞かせるように人差し指を立てながら続きを話し始める。

 

「一応わたくし達はこの試合の出場者全員の試合を見たわけですが、四人とも異なる戦闘スタイルを取っています。

 織斑さんと凰さんは同じ近接格闘戦型ですが、織斑さんはどちらかと言えばテクニック寄りで凰さんがパワー寄り。

 三組のグレーさんが典型的な中距離射撃戦型。そして四組の更識さんですが、オールラウンダーの戦術型というところでしょうか」

 

「そう、ですね。言われて思い返せばそうでしたね」

 

「そう。とりあえずは織斑さんと更識さんですね。はっきり言って織斑さんの実力は、経歴を鑑みれば十分驚けるものです。

 ただ、対処ができないかと問われたら、案外そうでもないのですよ。鷹月さん、どうすれば良いか分かりますか?」

 

「え、私?」

 

 いきなり質問をされたことに静寐は自分を指さしながら目を丸くする。

 

「えっと、正直私も織斑君に近接戦を挑むのは、その、怖いから。えっと、とにかく距離を取るかなぁ?」

 

 とりあえずは思いついたことを言ってみただけという風な答えであったが、それで十分だと言うようにセシリアは微笑を浮かべた。

 

「それですわ。近接武器には強力な瞬間威力を持つ物が多いですが、どれも当たらなければそれまで。要は近づけさせなければ良いということ。

 そうなると射撃型やオールラウンダー型はある程度優位に立てますし、そこに技術や戦術性が加わればなおさらですわ。

 ただ、グレーさんが射撃型にも関わらず織斑さんに完敗を喫したのは、そうした技術的な部分でも織斑さんが勝っていたからでしょう。まぁ、このあたりは曲がりなりにも専用機持ちですから。そうでなくては困りますが」

 

「では何か? その射撃型に乗って一夏の間合いに捉えられたお前は、腕前が及ばないと」

 

「グゥッ!!?」

 

 何気なく箒が言った言葉に、痛いところを盛大に突かれたというようにセシリアは呻く。

 

「し、篠ノ之さん。ダメ、ちょっとは気を使ってあげようよ……」

 

「む、す、すまない」

 

 静寐が小声で箒を窘める。チラリと静寐が視線をセシリアに向けてみれば、彼女は未だに小刻みに震えている。

 当事者でないために図りかねるが、多分今の箒の言葉は相当に堪えたというのは想像に難くなかった。

 

「だ、大丈夫ですわ。お気になさらず。あの時はわたくしにも至らぬ所があったのは事実。次はこうはいきませんわ……」

 

 なんとか気丈に振舞おうとするも、声にはやはり震えが残っている。どうやらダメージは結構なものであったらしい。

 

「ね~ね~セッシー。それで、かんちゃんのドコがおりむーに強いの~?

 確かにかんちゃん、すっごーく頭が良いんだけど」

 

 こんな状況下にあっても本音は自分のペースを崩さない声で続きを尋ねる。

 話を戻すことでセシリアを何とか元に引き戻そうとしたのか、それとも単に話の続きが気になったのか。

 おそらくは前者であろうが、この本音の言葉はセシリアにとって良い方向に働くものであった。

 

「オホンッ! 話を戻しましょう。仮にです。織斑さんと更識さんが織斑さんのフィールドで、つまりは刀剣などの装備を用いての格闘戦を挑んだとして、おそらくは織斑さんに優位に働きます。

 確かに総合的に見て織斑さんの腕前にはまだまだな点がありますが、どうにも格闘戦だけは最初の凰さんのように候補生相手にも余裕を持って当たれるほどに高い技量を持っているようですから。

 ですがあの更識さんの場合、そもそもそのフィールドに入らない立ち回りをするでしょう。

 グレーさんとの試合を見ていて、彼女の場合はとにかく相手に思うように動かせない、その上で着実にチェックメイトへと詰めていく戦い方と見受けましたわ」

 

「それはつまり、相手が嫌がる戦い方をするということか?」

 

「おおむねその認識であっていますわ、篠ノ之さん。――あの、篠ノ之さん? あまり嫌そうな顔をしないでくださいまし。

 なんとなくお気持ちは分かりますが、それもまた立派な戦術ですのよ?」

 

「あぁいや、すまん。理屈では分かっているんだがな……」

 

 相手が嫌がる戦い方と聞いて嫌悪感を含んだ表情になった箒をセシリアが窘める。

 箒自身も理屈の上ではそれも立派な戦術と分かっているために、特に抗議をせずに素直に言葉を受け止めるが、彼女の生来の気質はやはり納得しきれていないものがあるらしい。

 

「それで、オルコットさん。その更識さんの戦い方のどこが織斑君に不利なの?」

 

「あぁ、話がズレましたね。わたくしの想像が含まれているのもありますが、既に織斑さんはわたくしとの試合も含めて三つの公式的なIS戦で勝利を収めています。

 そしてその重要な要因の一つは、彼のIS経歴からかけ離れた近接格闘戦の能力の高さにありますわ。しかし、おそらくそれも既に相手方には警戒されているはず。

 わたくしが同じ立場でもそうしますが、戦うとなればとにかくその近接戦を封じる、活かすことのできない状況に持ち込みますわ。

 未だ未知数ですが、候補生であることやその期間、そして布仏さんの更識さんの頭脳レベルの高さが実際に相当のものとすれば、戦術の構築能力も比例して高くなります。

 時として彼我の力量差を戦術や策の類が覆してきたのは、歴史を紐解けばいくらでも見つかります。下手をすれば、わたくし個人としてはあまりあっては欲しくありませんが、織斑さんが完封される可能性もありうると思いますわね」

 

 沈黙が五人の間に広がった。確かにセシリアは入学して間もなくに一夏と戦い敗れた。

 だが、彼女が一国のIS乗りの頂点である『代表』に近い『候補生』であることは紛れもない事実であり、現にその実力、知識は既に一年の中でも随一のものだ。

 実際にIS関連の授業、特に座学では指されれば常に正しい解を出し、実技では担任であり『世界中のIS乗り』の『頂点』でもある千冬には厳しい評価を下されるものの、目にした他の生徒全てにとって十分模範足りうる技量を見せている。

 

 その彼女がここまで言う。同じクラスのよしみであり、自身を負かした人物でもあるだけに彼女が一夏を応援していることは分かる。

 だが、その個人の『感情』をいともあっさり押さえつける候補生としての『理性』が一夏の圧倒的不利を予期している。

 口には出さないものの、「さすがに次の試合はマズイのではないか」という雰囲気が流れていた。

 

「ん~、おりむーもかんちゃんもどっちも応援したいけど、でもでも。セッシーの言う通りなんだよねぇ。

 かんちゃん、色々なことができて凄くって、それでとっても器用だし……」

 

「オルコットさん。織斑さんが勝利を掴む策というのはあるのでしょうか?」

 

 神楽の質問にセシリアは顎に手を当てて難しそうな顔をする。

 

「『策』となれば猶更ですわ。知略という相手のフィールドに乗るわけですから。それに、その、織斑さん……そういうのが得意そうには見えませんし……」

 

 あぁ……、と諦めと共に納得するようなため息が広がった。

 確かに努力をしているということは分かるのだが、お世辞にも彼は座学で優秀と言える人間ではない。

 そのくせ実技や体育系になると途端に輝きだす。典型的な運動系男子というのが一組共通の一夏への認識だった。

 

「いや、待って欲しい。曲がりなりにも『武人』を自負している一夏だぞ? 斬り合いの、技を交わす中の駆け引きならいけるのではないか?」

 

「その斬り合いに持っていくのが難しいんじゃないかな? オルコットさんが言ってるのって、もっと広い意味みたいだし……」

 

「むぅ……」

 

 一夏を擁護するような箒の言葉であったが、静寐の至極もっともな指摘にあえなく黙り込んでしまう。

 

「策を用いて戦いの場そのものを操る相手と相対する場合、思いつく勝利方法は二つです。

 一つは更に上回る策で以って挑む。あるいは、策を無意味な小細工にするほどの実力差で以って叩き潰す。

 織斑さんには申し訳ありませんが、どちらも彼には現状望めるものではありませんわね」

 

「……勝負ってシビアなのね」

 

「そういうものですわ、鷹月さん」

 

 何とか引き出したような静寐の感想にも、セシリアはあくまで冷静だった。

 ただ、こころなしかセシリアの言葉にもある種の諦観の念が浮かんでいるようであった。

 

「ふむ、オルコットさん。例えばの話ですが、織斑さんの姉君である織斑先生ならばこの状況、いかに対処するのでしょうか?」

 

「そこでそれをわたくしに聞きますか、四十院さん。まぁ『戦女神(ブリュンヒルデ)』の異名を取るほどの方ですわ。わたくしが挙げた二つの方法、策も実力差も完璧にこなすでしょうけど……」

 

「まだ何かある、と言いたげですね」

 

「えぇ。IS乗りの間では有名ですが、現役時代の織斑先生には『零落白夜』がありましたから。あれほどの攻撃を持っているならば、あるいは織斑さんにも勝機が大いにあるのですが」

 

「零落白夜と言うと、確か当時の先生のISの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)だったか」

 

「えっと、授業でやったよね? なんだっけ、単一仕様能力の説明の時に山田先生が例に挙げてたやつだったっけ?」

 

 零落白夜という単語に聞き覚えのある箒と静寐は互いにどこでその言葉を聞いたのか、記憶を掘り起こしてそれが授業の時であると思い出す。

 

「零落白夜は相手ISのシールドを無視して、強制的に絶対防御を作動させる攻撃です。元々の威力も高いため一気にシールドは削られますし、絶対防御発動の際のショックで相手の操縦者にも軽くない負担がありますから。

 先生の現役時代には、先生と戦った多くの乗り手たちがその一撃の下に下されていますわ。

 実際、あの攻撃は当てればそれで良いというようなものと聞き及んでいますから。対ISという点では反則的なアレさえあれば、織斑さんにも可能性は十分にあります」

 

「でもセッシー。おりむーのISは二次移行(セカンド・シフト)なんてしてないよ~?」

 

「えぇ。ですから単一仕様能力なんてありませんし、そもそも先生と同じ零落白夜が発現する確証もありません。しょせん、妄想の域を出ませんわね」

 

「つまり、一夏の勝率は低いままということか……」

 

「ま、世の中そんなに甘くないということですわね」

 

 澄ました様子で言いながらセシリアは飲み物の紅茶に口をつける。

 冷たい言いぐさだが、事実なのだから仕方がないというのがセシリアの論だ。それに、所詮観客の一人でしかない自分たちが今ここでどうこう言ったところで、何かが変わるわけでもない。

 ただ、同じクラスの仲間の戦いぶりを見守るだけなのだ。

 

(ただ、わたくしの時の最後のアレがあれば、あるいは……。いえ、これも考えるだけ無駄ということですわね」

 

 そう思いながらセシリアは昼食のサンドイッチを食べ進めるのであった。

 この後にも三試合分の観戦が待っている。エネルギーはしっかりと補給しておかねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで半分か。毎度のことだが、やはり気を使うものだな」

 

「そうですねぇ。でも、何事も無くて一安心ですよ。今年は色々特殊ですからねぇ」

 

 アリーナの管制室では千冬と真耶が購買の品であるおにぎりとペットボトルのお茶を昼食にしながら言葉を交わしていた。

 生徒や来賓の観客たちにとっては休憩となる今の時間だが、そんな時間でも教師を始めとした学園側のスタッフには仕事がある。

 しかし食事を摂らないというわけにもいかないため、同じ管制室で作業に当たっていた教員の一人に全員分の食事の買い出しを任せ、そして今に至るというわけであった。

 

「学園周辺の空海域の警備からの報告では、特に異常は見受けられないようです。このまま無事に終わると良いですね」

 

 真耶の言葉には状況が問題なく進んでいることへの安堵と、このまま終わりまで無事に進んでほしいという願いの両方があった。

 今年のクラス対抗戦は、特に一年生がいつもとは違う。

 世界初の男性IS操縦者の出場に、参加者の内の二人は専用機を所持した国家の候補生だ。

 特に国政などに良からぬ意を持つ輩の類にとって、現在各国で重要なポジションを少しずつ、着実に築こうとしているISの、その業界の省庁の一つであるIS学園は格好の的だ。

 ましてや今年に関しては新入生に世界初の男子や一国のIS界の未来を担うだろう候補生が居る。ますますもって、ターゲットになりやすい。

 そうした不安要素から生徒を、ひいてはこの学園そのものを守るのが、ここにいる千冬や真耶を始めとした教師たち学園スタッフの、あまり表にはされない最重要任務の一つである。

 

「織斑先生、こちらの作業は終わりましたよ」

 

「あぁ、すまない」

 

 それまでモニターに向かい作業をしていた教員の言葉に千冬は礼を言う。

 だが、言われた彼女はと言うとなんでもないと言うように首を横に振った。

 

「別に、このくらいでしたら大丈夫ですよ。それに、山田先生もですけど、今の内にしっかり休んで下さいね。まだこの後があるんですから」

 

 その言葉に真耶が気恥ずかしそうに照れながら頭を掻く。

 

「えへへ、そうですね。……それより先生は大丈夫なんですか?」

 

「えぇ。私も今からちょっと休ませて貰うところですから」

 

「あ、じゃあ私が続きをやっておきますね」

 

「すみません、山田先生」

 

 そうやって教師たちは自分たちの仕事を止めることなく続けていく。

 その様子を、千冬は静かに見守っていた。

 

「……ふぅ」

 

「織斑君のこと、やっぱり気になりますか?」

 

「フランシィ先生、いや。まぁ色々と言いたくはあるのですが……」

 

 何気なしにため息をつくと同時に隣に座ってきた同僚の言葉に、千冬は言葉を纏めきれていない返事を返す。

 カナダ出身の同僚、エドワース・フランシィは一歳だけとはいえ自身より年長にあたるため、千冬も生徒や実弟の前では滅多に使わない敬語を用いている。

 

「いやでも、大したものじゃないですか。もう二勝もしちゃってますし、相手の一人は候補生ですよ?」

 

「確かに勝利を収めたことは悪くはないでしょう。しかし、私に言わせればまだまだなってない部分が多い。まぁこれは、織斑に限った話ではないですが」

 

「織斑先生にかかればみんなそう見えますよ。それでも評価するところはちゃんとしてあげないと」

 

「それは私も分かってはいるのですが、やはり目立つのですよ」

 

 名実ともに世界最強のIS乗りとして活動をしていた内に、千冬のIS乗りの腕を見る目も自然と高いレベルを自然とするものになっていた。

 その彼女からしてみれば、この学園の生徒たちのISを動かす様にはどこかしら不手際が見えるのだ。

 

「まぁ、()はそれなり以上ではあるのですがね」

 

「あぁ、彼女(・・)ですか。まぁ、彼女は色々と飛びぬけてますからね」

 

 その時、二人の脳裏には同時に同じ生徒の姿が映し出されていたが、それも長い時間の話ではなかった。

 

「それで、織斑先生。どうでした? 弟さんの試合は?」

 

「努力の跡は見られました。しかし、まだまだ未熟と言わざるを得ません」

 

 ハッキリと未熟と切り捨てた千冬の姿にエドワースは苦笑を禁じ得なかった。

 生徒たちのISを用いた自主訓練の監督官を務めることの多い彼女だが、その中で何度か一夏が訓練を行っている様子を目にしたことがある。

 確かに千冬の言う通り、まだまだ未熟な部分はあるものの、常に着実な進歩はしていることは間違いないというのが彼女の見立てだった。

 それは千冬も分かっているのだろう。だが、分かった上で未熟と言い切る。実弟相手でも厳しいものだと、笑わずにはいられなかった。

 

「でも、最初の試合の時なんか凄いと思いましたよ? 衝撃砲の性質を一気に見抜いて、きっちり対処をしたじゃないですか」

 

「その対処の仕方が問題なのですよ。あの馬鹿者ときたら、私は前にきっちりかわせと言ったはずだろうに。また斬り捨てるなどやりおって。なぜ妙な所で恰好をつけたがるのだか……」

 

 文句が段々と独り言じみてきた千冬の姿に、エドワースは更に笑みを深める。

 ただ、千冬の言うことは尤もであることは間違いないのだが、それでも一夏の衝撃砲への対処が評価に値するものであるのは間違いないというのが彼女の見解だったのだ。

 最低限の資料として一夏がセシリアと行った試合の記録にも目を通したことがあるが、その時にも一夏はブルー・ティアーズの攻撃の性質を迅速かつ的確に見抜いていた。これは、決して軽んじられることではない。

 相手の攻撃や装備の特徴を素早く見抜く眼力、そして素早く対処をする能力。確かに知識や経験を積めば自然と養われるだろうが、今の一夏ではそのどちらも足りていない。

 となると、先天的に持ったセンスがそれを為したということになる。そしてそこから推し量れる潜在性は、決して馬鹿にならない。

 

(実際に彼は順調に成長をしているし、それは結果が示している)

 

 最初の凰鈴音との試合では自分のペースに持ち込んだとたん、一気に押し切った。

 続くスーザン・グレーとの試合では相手との地力の差があったために、終始自分に優位なペースを保ったまま、余裕を持った勝利を収めた。鬼ヶ島とかピピンとかの意味は分からなかったが。

 ついでに言えば彼は、本人が気づいているか定かではないが、その立場の問題もあって学園でも重要人物の一人として扱われている。

 そのために、平素の行動などもある程度報告が為されている限りで把握しており、その向上心の旺盛さはよく知られている所となっている。

 

 確かな高い潜在性に、それを伸ばすだろう非常に強烈な向上心が加わっている。

 そして、少なくともエドワースが思うにこのIS学園は『自発的に自分を鍛えよう』と思えば、それに十分な設備が整っていると思っている。それらが彼に加わるのだ。

 

(いずれは……化けるかもしれないわね)

 

 未だ千冬はアレコレと厳しい批評をしている。そのどれもが的確であるのは間違いないのだが、彼女個人としては一夏の先に興味があるのは事実だ。

 一人の教師として、前途有望な生徒の未来に思いを馳せないわけがない。

 

「まぁまぁ織斑先生。その辺でその辺で」

 

 とりあえずは、隣の同僚を宥めるところから始めるエドワースだった。

 

「織斑先生、ちょっといいですかー?」

 

 エドワースがとりあえず別の話題に千冬を持っていこうとしたところで、交代して仕事にあたっていた真耶が千冬に声をかける。

 

「どうした」

 

 片手で制するようにして一度エドワースとの会話を中断すると、千冬は真耶の下に向かっていく。その背をエドワースは首だけを動かして追いかける。

 どうやら彼女あてに連絡がきたらしい。おそらくは警備関係の連絡だろう。この管制室の教師チームの責任者は千冬であるため、こうした重要な連絡の際には主として千冬が受けることになっていた。

 

「そうか……。了解した。こちらも問題はない。引き続きよろしく頼む」

 

「なんでした、織斑先生?」

 

 連絡を終えて通話に用いていた受話器を元に戻した千冬にエドワースが声を掛ける。

 

「別に大したことはありませんでしたよ。ただの定時連絡です。『異常なし』、だそうです」

 

 肩をすくめながら言う千冬だが、心なしか僅かに安堵している様子が伺えた。

 その気持ちはエドワースにもよくわかる。なにせこちらは警備をしている身だ。何事も起きないに越したことはない。

 

「そういえば、この手のイベントの時の警備って日本の自衛隊もよく動いてますよね?」

 

「えぇ。一応学園は治外法権的な扱いがされていますが、日本の領内にありますからね。もっとも、自衛隊(向こう)も何やら思うところはあるそうですが」

 

「重要拠点の防衛、という題目の演習を行うようなものですからね。IS部隊まで出てくるのは、赴任したばかりの頃には驚きましたよ」

 

「幸いというべきか、日本はコアの保有数に恵まれていますからね。やはり実戦に近い雰囲気の中で動かす経験というのは向こうも必要としているらしい」

 

 篠ノ之束が開発し、その絶対数に限りがあるISコアは白騎士事件から約一年弱の時を経てG8を始めとした先進各国に分配がされた。

 そしてその中でも特に多くの数を有することになったのが、開発者の母国である日本と、今もなお大国としての威容を保ち続けるアメリカである。

 

「そういえば織斑先生は現役時代は自衛隊に?」

 

「いえ、私の場合は自衛隊というよりも防衛省の方でした。恥ずかしい話ですが、自衛隊の方のパイロットともそこまで交流があったわけではないので。

 おそらく、今回の警備に出ているISパイロットも、私が知らない者達ばかりでしょう。現役からの古い付き合いと言えるのは山田先生に……もう一人くらいです」

 

「そうですか」

 

 そこでエドワースは会話を止めて腕時計に目を落とした。千冬もそれに倣って自分の腕時計を確認する。そろそろ休憩も終わりにする頃合いだ。

 残っていたペットボトルのお茶を一息に飲み干すと、手早くゴミを片づけて仕事に取り掛かる。

 他の教員に指示を出しつつ自分の仕事を片づける最中、千冬の思考の片隅ではエドワースとの会話の一部が思い返されていた。

 最後の方、現役時代の交流に関してあまり聞かれなかったのは正直なところ、幸いと言えた。

 エドワースに話した通り、現役時代はとにかく多忙だったために他のIS乗りと交流する機会など殆ど持てなかった。そんな時間があれば家で弟と過ごす時間に充てていたことも理由にはある。

 そんな中でまともに交流があったと言えば直属の部下であり、後輩であり、おそらくは自分が初めてIS乗りとしての手ほどきをした真耶が第一に挙げられる。

 

 そしてもう一人は……正直言ってあまり良い思いを持っているとは言えない。いや、危惧していると言っても差支えない。

 真耶との関係は、とにかく上下がきっちりと区別されているものだった。だがもう一人の彼女との関係は、良くも悪くも対等なソレだったと言える。

 驕りも、慢心も、他者への侮りも、何事も介さない完全な客観的視点で断言できる。仮に現在この世界に存在する全てのIS乗りの中から二人だけを選び、正真正銘の乗り手としての頂点を競うということをしようとする場合、戦うことになるのは自分と彼女しかいない。

 太極図の陰と陽の関係のようなものだ。常にIS乗りの顔として表に陽として出てきた自分と、ひたすらに影に潜り続け陰を体現してきた彼女――浅間美咲は。

 

 自分が知る限り最強の乗り手にして、IS乗りの中で『IS乗り』以前に『武人』としての己を確立している唯一の人間。

 そして武人としての在り方は、おそらく実力というものを境にして真逆に位置している。

 奴は今どこで何をしているのか。自分という存在全てを使って戦いという行為の肯定をしていたような女だ。大方、今もIS乗りとして、武人として、国家の庇護下という自分にとって都合の良い場所で自分の力を奮う場所を求めているのだろう。

 

(えぇい、何を考えている。今は奴のことなど関係なかろうに)

 

 職務の最中に関係の無いことを考えた自分を、声には出さずに自分自身で叱咤する。

 現役を引退して以来顔を会わせてもいない人間のことなど、考えるだけ無駄だ。今は、目の前の仕事に集中するべきだろう。

 

(しかし……)

 

 ちょっとした昔の話がきっかけとは言え、唐突に思い出したということに千冬は嫌な予感というものが拭えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の番は最後か……」

 

 シャリッという心地よい音と共にリンゴを齧りながら一夏は呟く。

 昼の休憩を取っているのは一夏も同じだ。最初は他の生徒たちと同じように食堂あたりに出向こうかと思ったが、昼食の時間もなるべく削るべしと言わんばかりに事前に昼食になりそうなものを買い込んでいたバックスタッフの厚意に甘えて、買い込まれた分からおにぎりやサンドイッチなどを分けてもらっていた。

 この休憩が終わっても二試合分、鈴と更識簪の試合に、続けてとなる鈴とスーザン・グレーの試合があるため時間に余裕があると言えばそうなるのだが、念のためを考えて昼食は少なめにしていた。

 そして今食べているのは、同じようにして買い込まれた食料の一つであり、厚意から受け取ったリンゴだ。

 丸一個だがわざわざ切るという面倒はしない。そのまま丸齧りだ。

 

(多分次の試合、更識はもっと手を見せてくる)

 

 自分もそうだったが、第二試合において簪はスーザン相手に余裕を持った勝利を収めていた。スーザンには悪いが、地力に差が大きくある分はやはり必然と言わざるを得ない。

 だが次の第四試合は違う。相手は鈴、中国の候補生だ。自分は勝利を収めたが、それでも候補生同士の試合であるし、すでに一敗している以上は鈴も更に気を引き締めて今後の試合に臨むだろう。

 となると、簪も勝ちを拾おうと思えば相応の手で打って出ざるを得ないだろう。

 

 先のスーザンとの試合を観戦し、すでに簪の戦い方が自分にとって厄介なものであることは大方把握した。

 見ていればよく分かった。スーザンが何か行動を起こそうとする度に、絶妙にそれを阻みにかかる。

 大きく突き飛ばすというよりは、軽く足を引っ掛ける程度の邪魔という表現が当てはまるだろうか。

 それを繰り返してネチネチジリジリと、しかし堅実にスーザンの駆るラファールのシールドを削る。

 

(俺が言えた立場じゃねぇが、グレーのやつも可哀そうに……)

 

 自分が同じ立場だったらと思うと同情を禁じ得ない。

 いざと意気込んでアクションを起こそうとしても出鼻を挫かれる形で邪魔をされ、その隙を突くようにジワジワと嬲り削られる。

 一撃型の高威力の攻撃を叩き込んだということも無かったので、完全にシールドが削られるまでには少々時間を要したが、実際には「ずっと私のターン」と言わんばかりに一方的に近い展開だった。

 

 もっともそれを言えば、開幕直後に多少の被弾も厭わない突撃で一気に距離を詰めると同時に、蒼月でスーザンの両手の武器を払ってシールドが無くなるまで斬り続けた一夏も大概であるが、それはそれとして割り切る。

 それに、勝っただけでなく先日の盛大な名前間違いに関しての文句も叩きつけることができたのだ。これぞまさに一石二鳥。なにも問題などありはしない。

 

「しかし……明日ならぬ次は我が身ってのは流石に怖いな」

 

 リンゴを齧り、作業に勤しむバックスタッフの動く様を見物しながら一夏は呟く。

 今回のクラス対抗戦、間違いなく更識簪が最大の難敵になるだろう。その彼女との戦いが最後にあるというのは、まぁ初戦に持ってこられるよりは好都合と言える。

 自分のIS乗りとしての未熟は百も承知している。下手に相手の流れに捕まれば、そのままゲームオーバーとなる可能性も十分に有り得る。

 それだけは何としても避けたい。そしてそのための方法は……

 

(何としてでも、俺との斬り合いに持ち込むしかない)

 

 距離を詰めての格闘戦ならこちらにも分があると思う。実際問題としてそれくらいしか手は無いにも等しいわけだが。

 スクッと座っていた椅子から立ち上がると、一夏は食べ終わったリンゴの残り滓である芯を捨てるためにピットの端にあるゴミ箱へ向かう。

 

(……面白い)

 

 口元に小さい笑みが浮かぶ。せっかくの戦いの機会、自分の技を奮える機会なのだ。むしろ、このくらいにハードな展開の一つや二つ、無ければ面白くない。

 手の内にあったリンゴの芯を強く握り込む。瞬間的に周囲から強い力を加えられたリンゴの芯はいともあっさりと砕け散り、そして破片がゴミ箱へとこぼれていった。

 

 目指すは勝利のただ二文字のみだ。それ以外にはびた一文の価値だってありやしない。

 現実として最後の一戦ばかりは厳しいものになるかもしれないということは理解している。それでも、やるからには勝つつもりで挑むより他ない。

 負け確を腹に括るなど、師との手合せだけで十分腹一杯というやつだ。

 

 ピットから大きく開かれたアリーナに目を向ければ、それまで殆ど人気の無かった観客席がどんどん人の影で埋め尽くされていく様子が見える。

 もうじき第四試合が始まる。今度の組み合わせは確か鈴と簪の代表候補同士というマッチングだったはずだ。

 

「すんませーん! 試合始まる時になったらモニターお願いしまーす!」

 

 バックスタッフにそんな声を掛けておく。

 そして、最後の試合に向けて一夏は己の心を研ぎ上げ始めることを始めた。

 

 

 

 

 そして、歓声に包まれる中でクラス対抗ISリーグ、一年生午後の部が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




え~とですね、その、正直色々悩んだりもしたのですが、一夏とスーザンの試合はあえてスルーしました。
ひとえに作者の未熟が原因です。ただただ深くお詫びするばかりです。
一応作中でも少し書きましたが、基本的に一夏優勢で鈴の時より余裕をもって勝てたという感じです。

というか、思いっきりぶっちゃけちゃいますと、次の話は一気に一夏対簪に持っていくつもりでして。その、広いお心で受け入れていただければと思います。

簪の戦い方に関しては、作者としては頭を使った戦い方というのをイメージしています。
どう表現するのが良いのでしょうか。チェスや将棋をする感覚、というのが一番近いのでしょうか。

あと最近、セシリアにはこういう話の時の解説役なんかすごくピッタリだと思ったり。
いずれはしっかりバトルでも活躍させたいです。その時にはこう言ってみたいですね。
「オルコットが強くて何が悪い」と。

ではまた次回。

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