或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

17 / 89
 今回はいつもより早く書き上がりました。結構スイスイ書けたので。
 あと、こちらの方でも今回からセリフ部分での行空けを無くしました。追々これまでの投稿分についても同様の修正をしようと思いますが、この件について何か意見がありましたら是非お願いします。


第十六話 黒兎との小突き合い

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの両名が一年一組に編入してきた翌日の土曜日、その午後に篠ノ之箒の姿は剣道場にあった。

 IS学園は一般の高校で学ぶ教育課程の他にISに関する各種カリキュラムを教育に取り入れている性質上、授業などに割く時間を一般の学校に比べて多く取らねばならない。そのため、週休二日制となって久しい二本のスケジュールをベースにしていながら、土曜日も午前中のみ授業がある。

 そして授業を終えた箒は誰を伴うこともなく一人で剣道場を訪れていた。転校生の二人は編入して早々に週末の休日となったわけだが、学内の施設を把握することを考えれば丁度いいだろう。そのあたりは、本人達次第だ。彼女の行動には、まるで一切関係などない。

 学内の他の施設にも言えることだが、剣道場も高校で使用するものということを考えても破格と言っていいくらいにしっかりとした作り、充実した施設機能が備わっている。それこそ、県などの大型自治体の管理下にある公共のものと比べて遜色ないくらいだ。そんな剣道場だが、あいにく今日は部活での使用予定はない。

 IS学園における部活とは、一般高校にもあるようなものであってもどちらかと言えば同好会としての色が強く、部活としての活動があるのは平日くらいだ。基本的に土日に部活は無く、それでも活動をしたいものはご随意にというスタンスを取っている。

 

「失礼します」

 

 そんな挨拶と共に箒は道場の扉を開けて中に入る。まだ土曜の授業が終わったばかりだ。これから、部活はなくとも自分自身でという箒と同様の考えを持った生徒がチラホラと加わっていくのだろうが、まだ道場内に人気はほとんどなく、シンとした静寂が箒を迎えると同時に包み込む。

 

「来たね」

 

 だが、その静寂を貫いて凛とした声が箒の耳朶を打つ。そのことに特に驚きはしない。声の主は耳にした時点で分かっていたし、その人物がここに居ることについても、既に分かっていることだった。

 

「お待たせしましたか、斉藤先輩、沖田先輩」

「別に」

「私たちも今来たばかりだし、別に全然平気よ? なんなら、一緒に準備する?」

 

 斉藤初音と沖田司、名実ともに剣道部実力ツートップに数えられる二人が先客として道場で箒を迎えていた。

 上級生への礼を込めた挨拶に初音はいつも通りの淡白な返事で、司は箒の遅参を気にしていないと朗らかな様子でそれぞれ迎える。

 

「とりあえず、準備」

 

 そう言って初音はスタスタと歩いていく。言われてみればその通り、何をやるにしてもまずは始められる体勢を整えなければならない。道場を使えるようにする準備、自分自身が動けるようにする準備、必要な準備をするために、箒と司も初音の後を追った。

 

 

 

 

 

「今日はお呼び立てしてすみませんでした」

 

 各々道着に着替えて道場の中央に立つ。初音と司、二人の上級生の前に立った箒はそう言って頭を下げる。今日、この場に二人が居る理由は箒が呼び出したからに他ならない。上級生への礼節として、まずはそのことへの謝意を告げるのは道理というやつだ。

 

「別に。暇だし」

「ま、後輩の頼みごと聞くのも先輩の務めってね。で、どういう用かな?」

「はい。率直に言って、二人に特訓を付けて欲しいのです」

「へぇ……」

 

 特訓を付けて欲しい、そう言った箒を司は面白そうに見る。初音は無言で箒を見据えたままだ。

 

「まぁ、それも言っちゃえば上級生の務めってやつだから別に構いやしないよ。けど、わざわざこんな形で頼むってことは、ちょっとばかり事情が違うね?」

「分かりますか」

「うん、まぁね。良かったら、話してもらえるかな? 理由を聞きたいっていうのもあるけど、個人的に興味があるんだ」

 

 基本的にあまり喋らない初音に代わって司が話を進める。ニコニコと浮かべる笑顔に邪気はなく、話す相手の心を自然とほぐして会話を行いやすくする。それによってか、箒も自然と口を開いて理由を話し始める。

 

「端的に言えば、一夏に勝つためです」

「……」

「一夏……織斑君のことだね」

 

 一夏の名を口にした瞬間、初音が小さく反応を見せる。それを一瞬の横目で確認しながら、司が箒に確認を取る。

 

「なるほど、彼に勝ちたいと。剣で?」

「正確に言えば、今度行われるトーナメントです。詳細は言えませんが、私は一夏に勝つ、あるいは一夏より上位に食い込まねばならない」

「トーナメントはISでやる。剣だけじゃ、意味がない」

 

 初音が静かに箒を正す。だが、そんなことは分かっていると言わんばかりに箒は頷いて言葉を続ける。

 

「分かっています。ですが、一夏のIS戦は近接戦が基本、というより現状ではそれしかありません。ならば、ISに乗らないままでもある程度は鍛えられる。お二人ならば、その指導を仰げると思いました」

「ま、私らもどちらかっていうと彼寄りだしねぇ」

 

 初音と司の二人は剣道部の実力ツートップでもあるが、同時に二学年におけるIS戦の上位成績者でもある。そして両者とも近接戦を主体にしており、そのことは既に箒も聞き及んでいた。

 

「それに二人しか、特に斉藤先輩しかいないと思ったから……」

「どうして」

「先輩は一夏と直接手合せをした。だからこそ、『一夏に勝つため』の対策も学べるかと思い」

「そう」

 

 結局のところ、そこに収束するのだろうというのが初音と司の共通見解だった。

 初音も、箒の言わんとしていることは分からないでもない。確かに、今のところ生徒で純粋な剣術勝負を一夏としたのは自分のみだと分かっている。他の者とそのような仕合をしたという噂は聞かない。

 それに、箒の推測通りに対策を立てようと思えば立てることができる。とはいえ、それも効果があると確約できるものではないが。

 さてどうしたものかと思う。後輩の気持ちを汲んでやることは吝かではないが、向こうが求めている通りに事を運べるかは、初音自身でも分からない。

 

「やるだけ、やってみればいいんじゃないかな? 私たちだって、トーナメントに向けて調子を整えなきゃだし。私は別に良いよ」

「司……」

 

 あっさりと良いのではないかと言う親友を初音は半眼にした横目で見る。そして再び正面の箒を見る。目の前の後輩の面持ちは固い。自分がどのような返事をするのか、固唾を飲んで待っているという様子だろう。

 

「……はぁ。分かった」

 

 承諾、そう取れる初音の言葉に箒は僅かに表情を明るくした。

 

「ただ、今の内に言っておきたいことがある。いい?」

「は、はい」

 

 一体どのような言葉が出てくるのか。再び表情に緊張を浮かべる箒だったが、特に気に留めずに初音は利き手である左手の人差し指を縦ながら言う。

 

「一応やる以上はこっちもやれる限りのことはする。まず、彼への対策云々の前に最低限それなりの順位に食い込めるくらいにはなってもらう。だから、私たちのIS訓練にも付き合ってもらう」

「それは、むしろ願ってもない話ですけど、それなりの順位が最低限とは……」

 

 疑問を浮かべる箒に答えたのは初音ではなく司だった。

 

「あぁそれね。ほら、彼は専用機持ちでしょ? だから、一応トーナメントにもシード権があるんだよ、多分ね。まぁ、そこまで一足とびってわけじゃないんだけどね。ただ、それでも例年専用機持ちは上位に入ってるし優勝もザラって言うから、やっぱりそこそこの順位に行く実力は必要だよ。

 ただ、今年の一年生は専用機持ち多いらしいからね。今はたしか六人でしょ? まぁ驚き桃の木だけど、多分専用機組は何かしらがあると思うよ、何かしらウン」

「どちらにせよ、それ相応の実力が無ければ対策も意味がなくなる。レベルに差があり過ぎれば相性が関係なくなるのは割とよくあること。そういう意味でも、それなりになってもらわなきゃならない」

「……分かりました。全力は、尽くします」

「じゃあ、今のところはそれで。とりあえず、今日は延々立会い形式でもする?」

「私は構いません」

「篠ノ之ちゃんに同じく」

 

 ならそれでと言って初音は手に持っていた自分の木刀の柄を握りなおす。箒も、司も自前の木刀は用意してきており、二人も初音に倣って木刀を持ち直す。

 

「あの、二人に聞きたいのですが、二人から見て一夏の剣はどうでしたか?」

 

 それは今日ここで二人に会ったら聞いておきたいと思っていたことだ。中々問う機会が無かったが、今が頃合いだろう。

 

「彼の」

「剣?」

 

 そこで初音と司は互いに顔を見合わせる。司が顎で初音をしゃくって「言いなよ」と促す。

 

「じゃあ、私が言わせてもらう。正直言って驚いた、あの剣術自体が。なんというか、邪剣だけど真っ当な剣?」

「邪剣で、真っ当?」

 

 まるで矛盾しているとも取れる評価に箒は目を丸くするが、まだ初音の言葉には続きがあることを悟ると黙ってそれを待つ。

 

「邪剣っていうのは、彼の剣の狙い。アレは、急所だけ狙ってる。まず第一に、人を切り殺してなんぼの剣。今、あちこちにある古流にもそういう殺人剣要素があるのはそこそこあるけど、多分あれはソレしかない。相手を殺す以外をまるで考えていない。だから邪剣。

 でも、実際に相手をした感じ、あれはちゃんと技術を積み重ねて伝えてきたっていう流派だとも思う。だから、そういう意味では真っ当」

「なるほど……」

 

 得心いったというように箒は頷く。確かに、それでは邪剣というより他ない。殺人というある種の禁忌のためだけにしかないなど、他にどう形容しろと言うのか。

 だが、なるほど確かに言われた通りだ。視点を変えてみれば、歴史の中で技術を積み重ねながら連綿を受け継がれてきたというのであれば、そういう意味では真っ当とも言える。

 

「まぁ、そんなことは今は割とどうでも良い。それは、もっと上のレベルになってから考えれば良い。弱い内は、そんな理念だの良し悪しなんて語れない。あぁ、別にあなたが弱いってわけじゃない。ただ、彼と比べればって話」

「……確かに」

「あぁ、私からも言っとくよ、篠ノ之ちゃん。その彼のレベルだけどね、ちょっとやそっとじゃあ追いつくなんてできないよ。そりゃあ、才能はあるのだろうけど、それにきっちり生半可じゃない訓練叩き込んでるはずだから。動き見れば一目だけどね。基礎にしたって、ガッチガチに固めてるはずだよ」

「それは承知しています。私も、そのことは知っていますから。今でも、毎日基礎トレは欠かしていないようですし」

「となると、こっちも相応に腰を入れるべき。篠ノ之、すぐに始める。何はともあれ、まずは底上げが必要」

 

 言うや否や、初音は目を細めて箒を見据える。一夏のような押しつぶそうとするものとは違う、刺すようなプレッシャーを感じて箒も反射的に構える。

 

「まずはどれくらいにできるか見せてもらう。剣道全中優勝とか言ってたけど、それでどこまでやれるのかも。斉藤初音、参る」

「望むところです。それに、剣道ばかりではありません。篠ノ之流、篠ノ之箒、参ります!」

「やれやれ、二人ともいきなり? 私が先に篠ノ之ちゃんの相手をするって案は浮かばなかったの?」

 

 一気に木刀同士を打ちつけ合う二人を見ながら司は苦笑を漏らす。とは言え、始まってしまったものは仕方がない。ならばせめて、じっくり観察して後で適切な助言を与えられるようにするのが良い。そう思い、司は二人の動きを静かに見つめ始めた。

 

「そういえば、件の彼は一体今どこで何をしているのかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たばっかりの転校生といきなり試合ねぇ。ねぇセシリア、誘ったのはどっちなわけよ?」

「わざわざ言う必要がありまして?」

「そーよねー」

 

 ほぼ同時刻、セシリアと鈴の二人はアリーナの一つ、その観客席に腰かけながらまるで天気の話をするような調子で話す。

 二人の視線が向く先は同じだ。アリーナの内側と観客席とを遮断するシールドによって物理的に阻まれているものの、見えているのだから問題は何もない。

 二人が見つめる先では空中でぶつかり合う二機のISがある。片方は白、片方はオレンジだ。白い方はもはや言うまでもない。織斑一夏が専用機、白式だ。

 ではオレンジ色の方は? それこそ、ただしくIS学園における新顔を言って過言では無いだろう。事実、鈴とセシリアだけでない。観客席に居る他の生徒、あるいは訓練機を纏ってアリーナに居る生徒、その大半の視線を集めている。

 機体名を『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』と言う。学園の訓練機の片割れでもあるフランスはデュノア社製第二世代IS『ラファール・リヴァイブ』のカスタムタイプだ。

 当然ながら訓練機ではない。そもそも、広く使われていることから打鉄と並んで便宜的に汎用機と称されるタイプのラファールいえど、カスタム仕様となればそれは専用機以外に他ならない。そしてその操縦者はシャルロット・デュノア。先だって一組に編入を果たした、フランスの代表候補生である。

 

「確かさ、この間の対抗戦の時に一夏が負けた四組の代表いたじゃん?」

「更識さん、ですか?」

「そうそうそいつ」

 

 遥か上空で激突を繰り返す二機のISを見ながら鈴とセシリアの会話は続く。

 

「なんて言うか、あの転校生の戦い方って、その更識って子に似てない?」

「そう、ですわね。見たところ、機体の特性を十全に活かしたオールラウンダーのようですから。ただ、あの更識さんとは違ってその場その場の戦術重視と見ますが」

「でも、あの子に近いスタイルっていうなら一夏にとっては苦手ってことよね――あ、ショットガン。ありゃあ嫌よねぇ。絶対一夏も嫌そうな顔してるわよ」

「面での攻撃ですものね。それも弾が一つというわけではありませんし。あればかりは切り払うなんてこともできないでしょうから、かわすしかないですわね」

「一夏も何とか懐に入り込もうとしているみたいだけど……」

「おそらく、デュノアさんもそれを一番警戒しているのでしょうね。現状、近接格闘戦においては既に彼は一年随一とも言われていますもの。ねぇ、凰さん?」

「それ、あたしへの当て付け? いや、実際勝てなかったのは事実だけどさぁ。まぁでも、地面に足がついているわけでもないのに一夏もよーやるわ。ていうか、多分あのデュノアって子、地上で一夏に近づかれたら半分詰み、チェックかかってるわね」

 

 真正面から突破することは愚行と判断したのか、一夏は大きく旋回しながらシャルロットの裏を取ろうとする。当然ながらシャルロットもそれを易々と許すはずがなく、一夏が彼女に迫る頃合いを見計らって的確に射撃を撃ちこんで妨害をしていく。

 不意に一夏の姿がブレた。直感的に視線を逸らしたシャルロットの視界に、彼女から見て右側から迫ってくる一夏の姿が入る。直前に爆発音のようなものが聞こえたから、スラスターの噴射を利用しての移動だろう。表現するのは至極簡単だが、IS操縦に関わってそれなりに知識を持っている者なら一夏の行ったことに少なからず驚きを抱くだろう。

 一夏は左右のスラスターの片方のみを使って移動をした。別にそれでも加速する分には問題ないが、左右両方を使用するのに比べて安定性は遥かに劣る。使っていない片方の分を補おうと出力を上げれば猶更にだ。そして、その不安定によって機体が明後日の方向にすっ飛ばないようにするために、PICなどの利用やスラスターの向きの調整など、同時に複数の制御が乗り手に求められる。

 片方ずつのスラスターを用いて連続の加速を行う個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)という、IS保有各国でも最上位の乗り手の間でも高難度技能と認識される加速技術があるが、一夏のやったことはそれに連なる。

 一夏が既に経験の浅さに見合わない戦果と能力を示していることをシャルロットは知っている。だが、まさかこんなことまでやってのけるとは。知らず冷や汗を流していた。

 

「多分、デュノアの方もさぞビックリしたでしょうね。ていうか、あたしも軽く驚いてるもん」

「何せリボルバー・イグニッションのきざはしみたいなものですからね。わたくしも同感ですわ。ただ凰さん。実は彼、私との試合で織斑先生のあの超加速を使ったんですのよ。それも初のISの試合で。一週間そこらの経験しかないのに」

「マジで? うわちゃー、無茶苦茶なのも大概にしときなさよね、あいつ」

 

 心底呆れたと言わんばかりの鈴にセシリアも同意せざるを得ないのか、ヤレヤレと言いたげに小さく嘆息する。

 

「それで凰さん。先ほどの、地上で近づかれたら詰みというのは、どういう意味ですの?」

「あぁそれ? いやさ、確かにあの子はかなりの腕前よ。ただ、近接戦ならあたしでも分があるの。というか、あの子の場合はナイフで相手の攻撃を受け流して、それで銃器に変えて攻撃って感じだし」

「あの高速切替(ラピッド・スイッチ)がかなり効いていますわね。見るに、かなりの装備を積んでいるようですが、それもあの技能あってのことでしょう」

 

 装備の量子格納、並びに展開の間にあるタイムラグをほぼゼロにするのがセシリアの言う高速切替(ラピッド・スイッチ)である。

 機体の性質上、装備に限りのある鈴やセシリアにはやや縁遠い技能ではあるが、様々なバリエーションの装備を特徴とする、シャルロットが駆るラファールに代表される第二世代機ではその技術の有無で実力に確かな差が出るとまで言われる高度技能の一つだ。

 

「まぁラピッドはこの際置いといて、まぁナイフなわけじゃん? 多分あの子、近接もそれ相応にできるけど、専門って感じじゃないのよね。だから、そこに徹底して持ち込めばあたしでも多分押し切れる。で、それが一夏なら猶更。多分、下手したらかわすとかできずに一気にズバーッって斬られるんじゃない?」

「ですが、今のところデュノアさんは織斑さんの攻撃に対処をしていますが」

「そりゃあんた、アレよ。単に一夏に制限が掛かってるってだけ。あたしも、IS乗り始めてようやっと学んだって感じなんだけどね、格闘って足腰が重要なのよ。特に、地に足が着いているかどうかなんてその最たるもの。一夏もきっと、内心空中戦には文句ダラダラよ。あいつの培ってきたものの内の、どれだけを発揮できてるか分かったもんじゃない。

 つまりあたしが見立てるに、空中という一夏が十全に実力を出せないフィールドで、逆にいつも通りにやれるデュノアがやっと一夏の相手をできるの。これで一夏の得意なフィールドに入ったら、多分すぐに片がつくわよ。近づかれたら、ほぼ一気にね」

「なるほど……」

「まぁ、不得手をいつまでもほったらかすなんてマネ、一夏がするわけないし楽観はできないけどね。だから、あいつがそこらへんどうやって対応するのかは、結構気になる」

 

 鈴の言葉は冷静だ。見知った間柄、同じ学び舎で励む友同士とは言え、その立場の最たるIS乗りとしては紛れもないライバルだ。そのあたりは、鈴もきっちり割り切る心構えはできていた。

 

「まぁ、一夏の場合は近接戦もテクニック重視だからね。あたしみたいに重量系の武器を叩きつけるようなのは空でもあんまり影響無いんだけど」

「とりあえず振れば何とかなりますものね」

「そうそう。あたし小難しいのは苦手だからさ。単純なんて言われるのは癪だけど、結構性に合ってると思ってるわけよ」

「得手不得手は人それぞれですわ。凰さんがそれで良いというならそれで――織斑さんが仕掛けに入りましたわね」

「思いっきり横に振り回してから瞬時加速で突撃ね。まぁよぉやるわと、あぁ一気に一夏攻めてるわね。地面踏んで腰入れてるわけでもないのに、よくもまぁあそこまでやれるわ」

「おそらくですが、PICを何かしら使っているのでは? それで体を制御しているとか」

「確かに、あいつならそんくらいやるわね」

 

 最初にIS装備であるナイフで一夏の一太刀を受け流した時、シャルロットは背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。

 理屈などよりも先行して、直感や本能、そういった領域で危険度合いを察知していた。斬りこんでくる刃の鋭さ、ナイフ越しに伝わってくる重さ、どれもが生半可なものではない。

 候補生二人を下し、早くも一学年近接戦のエースにして学園のダークホースとされる評に偽りなしということを実感させられた。

 正直な所、最初の一撃も流せたのは運が良かったからと言えるとシャルロットは思っている。そして下した結論は、例え防御や回避に徹そうが一夏の得意とする領域、すなわちクロスレンジでの戦いを行ってはいけないというものだ。

 例え耐えることができても、遠からず限界が来て守りを抜かれ、無防備となったシールドに刀の直撃を受けるビジョンを容易に想像できたからだ。ゆえに、今この状況は最悪と言っても過言では無い。

 

(早く、離れなきゃ……!)

 

 両手で持ったナイフで一夏の太刀筋を何とか捌きながら思う。こちらは二本、しかもナイフという取り回しの良い武器で、単純手数なら上回れるはずなのにそれでも守りに徹してなお追いつけるか怪しい一夏の剣捌きには驚嘆を禁じ得ない。

 聞きしに勝るとはまさにこのことだ。正直、評判そのものに『もっと上方修正を掛けとくべし』と文句をつけてやりたいくらいだ。

 今も断続的に金属音を響かせ、火花を散らしながらこちらのナイフと削り合う一夏の刀を前に、シャルロットは次の手を考える。

 というか、彼はもしかしてこれが互いの腕前を確かめる軽い手合せということを忘れているのではないだろうか? あれだろうか? いわゆる始まると手に負えないとか、そういう系の人間なのだろうか。

 上段からの一撃が振り下ろされる。何とか体を捻ってやり過ごす。目の前を刀が通り過ぎた瞬間、その一撃に込められた気迫とも言うべき圧力に息を呑みかけたが、そこでシャルロットは一つの機を見つけた。

 刀を振り下ろしたことによって、一夏の腕は大きく下がっている。ここから元に戻すには、僅かだがタイムラグが生まれることは間違いない。

 好機と見るや否や、シャルロットは右手に持っていたナイフを放り捨てる。高速切替を使えるとは言え、しまう時間も惜しい。ナイフが手から離れると同時に、空いた右手に大型のショットガンを顕現させる。近距離から直撃させれば、ISだろうが他の兵器だろうが軽くない損害を与えられる代物だ。

 

王手(チェック)!」

 

 そう言って一夏の眼前に銃口を突きつけながらシャルロットは宣言する。

 

「やるな」

 

 IS用であるため、通常の拳銃などとは比較にならない大きさの銃口、その奥に広がる暗闇を前にしても一夏は涼しい顔でそういうだけだった。

 

「けど、果たしてそいつを撃てるかな?」

「っ!」

 

 不敵さを含んだ一夏の言葉を訝しむより早くそれに気づいた。一夏の刀、その刃が下からショットガンに添えられている。

 一体いつの間に、その驚き混じりの疑問を口にするより早く一夏が言葉を続ける。

 

「銃は引き金引けばそれでオーケーさ。けど、その直前に筋肉の動きだとか目の動きだとか、そもそも『撃つ』っていう意識だとか、小さいけど結構なサインがある。悪いが、多少離れてようが俺はその辺見切る自信はあるからな。

 お前がそのサインを発して、引き金引き終わるより早く、ショットガン(そいつ)を真っ二つにしてやるよ」

 

 はったりを疑った。だが、はったりと断言するには一夏の言葉には自信があり溢れていた。それこそ、傲慢や不遜を感じるほどに。

 

「ま、頃合いだ。今日は試し、この辺で切り上げしよう。今このシチュエーションの結果がどうなるかは、また別の機会に確かめようぜ」

「……そうだね」

 

 何はともあれ、ひとまず今のところはここで一区切りを付けよう。そう考え、シャルロットは一夏の提案を受け入れた。

 

 

「あ、切り上げたみたい」

「では、わたくし達も――どうします?」

「いや、どうするってあんた、あたしに聞かれても困るわよ。ねぇ、あんたここのアリーナの使用許可貰ってた?」

「いえ。今から、大丈夫でしょうか?」

「ん~、まぁ何とかなるんじゃない? 一応あたしらは自前のISあるし。ちょっくら、あたし達も何かしら混ぜてもらおうじゃないの、あの二人に」

「では、まずは先生がたに許可を頂きに参りませんとね」

 

 互いに確認し合って二人は席を立つと管制室に足を向ける。別に何をしようと明確な計画立てをしているわけではないが、一夏とシャルロットの下に行くにはアリーナに入る必要がある。その許可を教員に貰うためだ。そして二人が観客席を去る間に手合せを終えた一夏とシャルロットが地上へと降りる。

 

「まずは見事、というべきかな。さすがは候補生、と言ったところか。あぁ、実に大した手並みだ」

「ならそっちこそ、と僕も言っておくよ。いやぁ、データや人づての話なんてあんまり当てにならないね。聞いてたよりも、よっぽど凄かったよ」

 

 互いに互いの腕前を讃え、そして二人は同時に噴き出すように笑う。何となく、今のこの状況が面白く感じられたからだ。

 

「そういえばデュノア、試合の時に武装を変えるのがやたら早かったけど、あれは何かのテクニックか?」

「うん、高速切替(ラピッド・スイッチ)って言うんだけどね――」

 

 そして先述したような内容でシャルロットは高速切替についての説明を一夏にする。その内容に一夏も時折相槌を打ちながら、興味深そうに耳を傾けている。

 

「なるほど、武装の切替におけるタイムラグをほとんど無くすことで、よりスムーズに次の攻撃に繋げられるわけか」

「うん。やっぱりそのラグで警戒されたりするからね。それに、いきなり装備が変わるから半分奇襲みたいに攻めることができるんだ」

「だが、やっぱり簡単じゃないんだろう?」

「そう、だね。僕も初めからできたわけじゃないし、それにやっぱりそれなりにセンスって言うのかな。そういうのが必要な部分もあるなって、使ってて思うこともあるから。ただ、やっぱり僕としてはできるのはかなりプラスになってるね」

「ナイフ、アサルトライフル、マシンガン、グレネード、ショットガン、一体幾つ積みこんどる。察するに、元の装備幾つか外してその分装備を積んでるな? あぁ、確かにその高速切替は強力と言わざるを得ないな。うまく言えんが、その機体の特性って言うのか。そいつを十二分に引き出せてると俺は見るよ」

「ありがとう、って言いたいけどそれより驚いちゃったかな。よく分かったね、僕の機体のカスタム」

 

 一夏の指摘は紛れもない事実だ。シャルロットのラファールは元々装備されている実体盾など幾つかの基本パーツを外し、その分を他の装備を積み込み、更に通常のラファールよりもやや高速戦に対応できるようにしている。

 

「いやさ、ラファールの見てくれ自体は学園ので覚えてるつもりだからな。その違いとか、その辺からちょっと予測立てたんだけどよ。実際のとこ、幾つくらい積んでるんだ?」

「一応二十前後かな。積み込む武装のサイズでちょっと変わったりするけど、大体そのくらい」

 

 具体的な数字を聞き、一夏はカーッとまるで参ったと言うように額を抑えながら天を仰ぐ。

 

「また大した数字だな。多くても五つ六つ程度と聞くが。いや、大したもんだ。で、割と万遍なく使えるんだろ? 大したやつだ」

「ん~、まぁ僕としてはこの倍くらいあっても良いんだけどね」

「いやいやお前さんそれは多すぎだろう」

「そうかなぁ。でも、今でもまだ満足しきれてないんだよねぇ」

 

 そう言いながら困り顔で小首を傾げるシャルロットの姿は、何も知らない者が見れば元々の器量良しもあって可愛げに見えるのだろうが、その発言の内容は中々に物騒だ。

 一夏もシャルロットの言葉にコメントに困るような顔をしているが、それでも自分の戦い方に何を求めるかは各個人次第であり、自分がどうこう言うようなことではないと割り切りを付ける。

 

「そういえば、織斑くんのISって第三世代機だっけ?」

「いんや、確か三世代『相当』だと。機体のスペック的には高いけど、何せ装備が切れ味の良い刀一本だからな。オルコットや鈴、二組のクラス代表やってる中国の候補生だけどな。あいつらみたいな曲芸みたいな武装はねぇよ」

「へぇ。けど、いずれはそういうのも搭載するのかな?」

「さぁ? 何せその辺は技術屋の領分だからな。俺は、ただ勝つだけだよ。ただ――」

「ただ?」

「いや、何でもない」

 

 一夏が思い出すのは対抗戦の翌日のことだ。白式の整備も兼ねた川崎を始めとする倉持技研の技術者達との面会での一幕が鮮明に思い出される。

 一夏と川崎、そして倉持側の技術者もう一人の計三人のみで行った、『倉持技研』から『白式専属搭乗者』への説明で一夏が聞いた内容の一つ。

 シャルロットとラウラが転校してきた朝にクラスの数名に話した白式の再びの調整、その際に可能であれば搭載を検討しているシステムがあるいはその『第三』に当てはまるのではないかと思う。

 その時は一部のパーツの交換の提案や、交換するパーツの候補の説明などもあったが、やはりそのシステムの話が一番印象に残っている。何せ、その概要を聞いた時はまるで運命と錯覚するほどに自分に合っていると思ったくらいだ。実現の可否はまた別として。

 それを思い出したわけだが、殊更吹聴するような内容でもないため、適当にお茶を濁すことにする。

 

「ただまぁ、やっぱりあれだ。お前は大したやつだと思うよ。素人目でも、お前が自分のISの性能を思いきり引き出せているって分かる。『機体の性能差が絶対的な戦力差じゃない』なんて有名な台詞があるが、まさにソレだよな。あぁ、そこは素直に敬意を表するよ」

「いや、ハハ……。なんか照れくさいね。けど、ありがとう」

「いやいやなんの。そういうやつに勝ってこそ華、俺の格も上がるというやつだ」

「あぁ、うん……」

 

 褒められるのは悪い気はしないが、まさかそのすぐ後に自分がいずれは勝つ的な宣言をされるとは思っていなかったのか、シャルロットは思わず苦笑いを浮かべる。

 

「噂には聞いていたけど、織斑くんって結構勝ち気なんだね」

「いやさ、確かに否定はしないけど、仮にも勝負事に身を置いているんだ。なら、勝ちを狙って何が悪い。実力差があるから初めから勝てないだと? まぁ確かに結果をどうやっても覆せない場合はあるし、そこに関しちゃそういう結果になる覚悟も必要だろう」

 

 一夏の観点で言うならば、自身と師がまさにそうだ。現状、逆立ちしようが太陽が西から昇ろうが、師に挑み勝てる見込みはない。だが――

 

「なんて言うんだろうな。それで始めから何もかもダメってつもりも、嫌なんだよなぁ。どうせなら、ダメ元でも勝つつもりでいかんと」

「……」

 

 戦いに臨む己の矜持、その一端を語る一夏の横顔をシャルロットは静かに見つめている。

 

「あぁ、ただはっきり言わせて貰えばな、デュノア。俺は、お前にだって勝つ見込みはあるよ」

「本当に、言うことに遠慮がないね。そのあたり、聞いていた通りだよ」

「ふっ……」

 

 小さく笑みを浮かべる一夏だが、すぐに口元を真一文字に引き締めると、目つきを鋭いものとする。その明らかな表情の変化はシャルロットも目にしていた。

 

「どうしたの?」

「あぁ、ちょっとな。俺に用があるやつがいる」

「え?」

 

 どういうことかシャルロットが尋ねようとするより早く、一夏は後ろを振り向くとアリーナの一角、アリーナ内に突き出したピットの上に視線を向ける。

 

「よう、どうしたお嬢ちゃん」

『その呼び方は、止めて欲しいのだが。私はお前と同い年だぞ』

「あぁいや悪い悪い。いやいや、中々に可愛らしい見てくれしてるからな」

 

 オープンチャンネルの通信で行われる会話はシャルロットの耳にも入ってくる。一夏の視線の先にいる通信相手は、目で見て確認するより早く理解した。

 シャルロットと同じ一組への転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。専用機であろう黒いISを身に纏い、上から見下ろすような形で一夏とシャルロットの二人に視線を向けている。

 

(あれがドイツの……)

 

 一夏から数歩後ろの位置に佇みながら、シャルロットはじっくりとラウラのISを観察する。確か機体名はシュヴァルツェア・レーゲン。日本語にするなら『黒き雨』だ。

 現状欧州各国で開発されている第三世代型ISの中では性能面では随一と言われており、IS絡みでの欧州におけるドイツの発言力強化に確実に影響を与えるだろうと言われているシュヴァルツェア・シリーズの片割れである。

 機体それ自体については前々から知っていたし、その専属搭乗者であるラウラについても、直接的な対面はこの学園が初めてだが、知っていた。だが、シュヴァルツェア・レーゲンの実物を見るのはシャルロットにもこれが初めてだった。

 

『まぁ、戯言はこの際どうでも良い。織斑一夏、お前に用がある』

「へぇ? 何かな?」

『簡単な話だ。私と勝負しろ。この国では、目が合ったら勝負すると聞いている』

 

「……え?」

『え?』

 

 僅かに間を置いて呆けたように首を傾げる一夏に、ラウラも自分の発言に不備があったのかと首を傾げる。シャルロットも状況をよく分かっていないのか、不思議そうな顔で二人のやり取りを見守っている。

 

「あー、いや待てちょっとタイム。あのね、勝負は良いんだよ勝負は。けど、目が合ったらってどういうことだよ。いつから日本はそんな世紀末になったんだよ」

『ぶ、部隊の部下が言っていたぞ。この国では目が合ったらその者の下に寄って勝負をすると。そして敗者は勝者に賞金を差し出すシビアなものだと。嬉しそうに教えてくれたぞ』

「今すぐその部下ここに呼んで来いしばいてやる。それは世界的に有名な携帯で獣なRPGの世界だけだ。ていうか嬉しそうにって絶対面白がってるだろソレ」

『ち、違うのか!?』

「違います」

 

 まさか自分が正しいと思っていた作法が間違っていたと知って慌てるラウラに、一夏はやんわりと間違っていると指摘する。

 

「まぁアレだ。この国、この学園で何か分からないことあったら素直にクラスの奴なり先生なりに聞け。なに、転校生だからって言うんで素直に教えてくれるさ」

『う、うむ……。では、改めて言わせてもらおう。織斑一夏、私と勝負をしろ』

「あぁ、そういえばそうだったな。勝負はISで、今からここで。そういうことか?」

『そうだ』

「あー」

 

 さてどうしようかと言うように一夏は周囲を見回す。アリーナには他にも訓練機を用いての自主練習に励んでいる生徒が複数居る。先ほどのシャルロットとの模擬試合の場合は、予め彼女らにも連絡をして互いに配慮しあっていたが、この場合はどうなるか分からない。

 立て続けでこちらの都合に合わせてもらうのも悪いとは思うし、何より直感が告げている。ラウラとやり始めたら、互いにガチに入ると。とすれば、今は決して適した頃合いとは言い難いだろう。

 

「あー、お前の要件は分かった。俺としても悪くない申し出ではあるんだけど、ダメだ」

『何故だ』

「まぁ簡単に言えばTPOが整ってないって言うか。周りに迷惑掛かるし、なんつーかタイミングが違う気がする。もっとこう、ちゃんとした時と場合っていうのが別であると思うんだよ」

『確かに。言われてみればそれもそうか……』

 

 一夏の言うことも道理だと言うように、ラウラも頷く。

 

『すまない、邪魔をした』

 

 それだけ言ってラウラは踵を返して場を去ろうとする。だが、心なしかその姿は僅かに気落ちしているようにも見える。それを見て一夏はふむ、と呟いて立ち去ろうとするラウラの背に待ったの声を掛けた。

 

「ちょい待ち。一つ妥協案が思い浮かんだ」

『なんだ?』

 

 呼び止められたラウラは足を止めると再度一夏に向き直る。

 

「まぁ本格的にやり合うのは無理だが、一手だけ合わせるのはできるだろ。互いに一回ずつ仕掛け合う。そういうのはどうだ?」

『なるほど。良いだろう、その提案を受けよう』

「よし、じゃあちょっと準備を――っとちょうど良い」

 

 どこか比較的空いているスペースは無いかとあたりを見回した一夏は、諸々の準備を終えてISを纏いながらこちらに向かって来るセシリアと鈴の姿を見つける。

 二人を呼んだ一夏は、すぐに状況を説明して手伝いを願う。

 

「で、あたしらは何をすりゃ良いの?」

「いや、大したことじゃない。俺とボーデヴィッヒを囲むような感じで、他の奴らが入らないようにしてほしい。ついでにそのまま俺らの動きを見ていてくれ。後で意見を聞きたい」

「分かりましたわ。ドイツの新型、わたくしも興味があります。そのお手伝い、させて頂きますわ」

「あ、じゃあ僕も一緒にやるよ」

『話は纏まったか? あのあたりが空いているようだが、どうだろう?』

 

 そうして手早く話を纏めた一同はラウラが示した場所がちょうどいいと見計らい、揃ってその場所に移動する。そして、距離を取った上で一夏とラウラが一直線に向かい合う。地に足を着けた一夏とラウラに対し、二人を囲むようにしてセシリア、鈴、シャルロットの三人が空中で待機している。

 

「じゃあ、ルールの確認するぞ。基本的に攻撃を仕掛け合うのは一度ずつ。ただし、この距離と俺のISの武装から分かるように、俺は一度お前に近づく必要がある。だから、俺の接近に対してのお前の妨害は問題ないとする」

「あくまで妨害であって、明確な攻撃でないものは構わないわけだな」

「あぁ。そうさな、ライフルがあったとして、死に腐れ上等なヘッド狙いは一度きりだが、動きを止めるために足を狙うとかは特に回数制限無し、こういう解釈なわけだが」

「了解した。そういえば、そちらの武装は剣だが――」

「一応寸止めにするけど、それ以外はマジだぞ」

「いや、それで構わない。私は問題ないが、そちらは?」

「いつでも。タイミングは自由だ。お前から仕掛けてきても良いし、あるいは俺から動くなんてこともあるかもしれない」

「分かった」

 

 それっきり二人は無言になる。一夏は蒼月を居合のように構えたままラウラを睨み、ラウラもまた特に装備を手に持ってこそいないが、僅かな隙も見逃さんと言わんばかりに一夏を注意深く見つめている。

 

(デュノアから機体の名前だけは聞いたが、それっきりだな。そういえば前にオルコットがドイツは相手の動きを止める装備がどうの言っていたが、仮にそうなら一番食らうわけにはいかん)

 

 自分の記憶にある限りある情報を引っ張り出しながら一夏はラウラとそのISについての考えを纏めていく。

 

(気になるのはあの右肩の筒、察するに大砲の類か。切り札が例のストップ兵器だとして、ダメージソースはあの大砲と考えて良いな。となるとやはり、仕掛けるとしたらあの大砲か?)

 

 僅かに横に立ち位置をずらし、腰に添えた蒼月の位置も微妙に調整する。

 

(僅かに動いたな。私に届きやすくするためか?)

 

 にらみ合いの最中に相手について考えているのはラウラも同様だ。

 

(日本のISは開発思想に教官の影響が大きい。やつのISも明らかな近接格闘型。ならば、やはりあの剣が最大の脅威か)

 

 今は自分の担任をしている、自分にとって最大限の敬意を持てる人物のことを思い出しながらラウラは白式を見定める。

 

(確かに剣の威力は、教官のアレほど脅威ではないやもしれない。だが、油断は禁物か。やはりアレで止めるのが最善――)

(真に脅威は大砲じゃないな。目に見えない物ほど恐ろしいとは、よく言った――)

 

 不意に銃声が轟いた。別に特別なことは何もない。ただ、同じアリーナ内の離れた箇所で練習をしていた生徒が、装備していたライフルで的を撃ったというだけの話である。

 だが、緊張状態にあった二人にとってこの銃声は、きっかけとしてあまりにも過ぎたものだった。

 

「っ!!」

 

 先に動いたのは一夏の方だった。瞬時加速は使わない。だが、可能な限りスラスターを強く吹かし、一気に機体を加速させてラウラへと迫る。

 彼我の距離は数百メートルはある。それでも、白式の速度を以ってすればさほど掛からずに詰めることが可能だ。だが、その間を何もせずに呆けるほどラウラは愚鈍ではない。

 一夏が動いたと確認するや否や、半ば反射的に機体に指示を下していた。

 

 ガゴンッ

 

 そんな重い音と共に右肩の大筒が動く。一夏の見立て通り、それは大砲だ。だが、ただの大砲ではない。火薬を用いずに、火薬を用いるより速く砲弾を飛ばすソレはレールガン。まさに技術進化を体現したような代物だ。

 量子変換によって砲弾が装填される。それと同時に砲塔の先端部に刻まれたスリットの間を紫電が奔り、発射に必要な電力をチャージしていることを示す。そして必要なチャージは数秒も掛からずに終わる。

 

(やはりかッ!)

 

 仕掛ける攻撃は自分の見立て通りに大砲によるものだと確信した一夏は、そのまま砲門に向かって一直線に突き進む。

 そんな一夏の選択を上空で見ていたシャルロットは驚くような表情を浮かべている。対照的にセシリアと鈴は何ともないような顔だ。二人は、この後に一夏がするだろうことに予測を立てていた。

 

「真正面からだと!?」

 

 まさか回避の「か」の字も知らないと言わんばかりの真っ向突撃を仕掛けてくる一夏に、ラウラも困惑するような声を上げる。だが、すぐに元通りの引き締まった表情に戻すと、静かにレールガンの照準を一夏に合わせる。あくまで正面から挑むならばそれで良し。真っ向から撃ち抜くだけだと言わんばかりに。

 照準が定まってから発射まではコンマ以下のレベルだった。一瞬、マズルフラッシュのように砲身のスリットが強く発光し、それとほぼ同時にライフルなどとはくらべものにならない大きさの砲弾が音速を超えて飛び出す。

 一夏と砲弾は互いに求め合うように接近する。その間の距離は相対速度によってあっという間にゼロへと近づいていく。

 

「やはり、ですか」

「やりやがったわねぇ」

「うっそぉ……」

 

 セシリアと鈴はやはりと言いたげに、シャルロットは信じられないと言いたげに、それぞれ呟く。

 砲弾が一夏を撃ち抜こうとする直前、一夏の前に閃くものがあった。それは蒼月の刃だ。そして、セシリアのスターライトによる光弾に、鈴の衝撃砲にそうしたように、ラウラの放った弾丸もまた真っ二つに両断されていた。半ば一夏の十八番となっている、『砲弾斬り』の炸裂であった。

 

(やはりかっ!)

 

 事前の調査で一夏が二度の対候補生戦において相手の射撃兵装を『弾を斬る』ことで無力化していたことは聞き及んでいた。ゆえにこの可能性も考慮していたが、まさか本当にやってのけるとは思わなかった。いや、十分に有り得るとは思っていたのだが、まさか初見のぶっつけ本番でやるとまでは思えなかったのだ。

 

(面白いっ!)

 

 だが、その予想を覆してのコレである。悪くはない。そこそこ及第点には足りうるとこの時点でラウラは判断した。ならば、あとは彼がどのように攻めてくるかだ。

 

(白式っ!)

 

 やはり音速を超えた鋼鉄だからだろう。セシリアの光弾や鈴の衝撃砲よりもはるかに重い手応えを感じながらも一夏は成功を実感していた。

 つまるところ、基本は変わらないのだ。撃たれてからでは遅いのは何であれ変わらない。ゆえにタイミングをきっちり見計らって、適切なタイミングで適切な箇所に刃を置ければ、弾速などあまり意味がない。

 そして相手の攻撃が終わった以上、次は自分の番だ。白式に指示を下し、更なる加速で以ってラウラへと迫る。もはや、数秒たらずで両者の距離は無くなるだろう。

 

(来るかっ!)

 

 あるいはレールガンの狙いを定めた時以上の集中で一夏の一挙一動に注視する。そうだそのまま来い。お前が間合いに捉えた時、私もまたお前を捕える。そんな捕食者のごとき思考でラウラは一夏を迎え撃とうとし――

 

「そらっ!」

「なっ!?」

 

 一夏の行動に再びラウラは戸惑う。蒼月の切っ先を地面に突き立てた一夏はそのまま振り抜き、大量の砂埃をラウラに浴びせかけたのだ。

 

(即席の目つぶしのつもりかっ!)

 

 最後の最後まで小癪なやつと思いながらも、だからこそやりがいがあるとも感じている自分に苦笑しながらラウラは素早くハイパーセンサーの情報を頼る。赤外線でサーチ、前方に強い熱源を発見。

 

「そこっ!」

 

 掴み取ってやろうと手を伸ばした直後、本能がそれ以上はいけないと緊急停止を告げた。何か嫌なものを感じながら視線を下に落とせば、そこには頸部に添えるようにして突き立てられた蒼月の刃があり、一夏はラウラに横で静かに止まっていた。

 

「馬鹿な……」

「砂の目くらまし、ありゃ仕込みだ。お前、赤外線で俺の位置探ろうとしたろ。悪いな。あれはスラスター空ぶかしで作った、囮だ」

「熱源のフェイク、ということか……」

 

 一夏の行ったことを理解したラウラは僅かに悔しさを滲ませながら言う。そして、ゆっくりと緊張を解くと数歩後ろに下がる。それを見て一夏もまた、臨戦態勢を解除する。

 

「今回はしてやられたよ。見事だ」

「お前もだったよ。いや、あのレールガンで良いのか? あれ、こっち向いてから撃つまで早いんだもん。ちと焦った」

 

 互いに緊張を解いたことで息を深く吐きながら互いを讃える。

 

「今回はここまでだ。いずれは、きっちりと決着をつけよう。近くあるというトーナメント、ぶつかるのを期待しているぞ」

「あぁ、それは俺もだ。是非にいい勝負をしたい」

「じゃあ、私は一足先に行かせてもらうぞ。少なくとも、今日のところの目的は果たせた」

「あぁ待った。お前、転入した時に俺を見極めるとか言ってたな。どうだい、今のところの俺の評価は」

「悪くはない。だが、まだだな。何せ次に、然るべき形で戦う時は私が勝つからだ」

「言ってくれるじゃないか。悪いが、勝ちは譲らんぞ。果し合いでの勝ちと金は人に譲りたくない性分でな」

 

 フッと小さく笑ってラウラはそのまま立ち去る。その背を一夏を見送る一夏の目はまるで、久しぶりに狩り甲斐のある獲物を見つけたような獣のごときものだった。

 そして上から降りてきた三人を迎えた一夏は、先ほどの手合せについての議論や、シャルロットの武器を借りての射撃兵装の体験などでこの自主練習の時間を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・箒、先輩に教えを乞う。打倒ワンサマー!
・一夏、ラウラと軽くバトる。

 今回はこの二本立てでお送りしました。箒については完全にオリジナルですが、ラウラに関しては原作をちょっと弄った感じですね。あと、ラウラに間違ったことを吹き込んだのは安定のクラリッサさんです。本当は「おい、デュエル(ry」とかやらせたかったんですけどね。それはあまりに偉大な先駆者様がいますので、世界的に有名な某RPGを採用しました。

 さぁて、シャルちゃんどうしよ。この二巻自体そうですが、なるだけ簡潔に終わらせたいのですよね。それに、そろそろ箒にも見せ場作ってやりたいし。予定ではトーナメントのあたりでちょっと……と考えているのですが。

 ひとまず今回はここまで。皆様、また次回にて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。