或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 書いている時も思ったのですが、今回はちょっと自分自身作りに「う~ん」と首を傾げていたりします。色々と忙しい中での執筆だったのもありますが、こう、書きたいことが上手く書けていないという感じでしょうか。


第十七話 黒兎の聞き込み調査

『君への処分が決まった』

 

 女の前に並ぶ壮年の男たち。その一人一人が国において確固たる地位を築いていることを考えると、女の前に並ぶ彼らはある意味で国家の権力が一つにまとまったようなものだろう。

 

『いかなる処分も、甘んじて受ける所存です』

 

 そう静かに答える彼女――かつての織斑千冬の言葉には一切の恐れはない。彼女は己が最もすべきと思ったことを為しただけだ。その結果として生じる責任、処断であればただ受け入れるより他はあるまい。

 

『君が日本所属のIS乗りであるという登録についてはそのままだ。だが、国家代表資格は剥奪、君の専用機も貴重なデータの塊だ。リセットこそしないが、君の携帯を認めるわけにはいかない。君と、しかるべき第三者の下での管理下におきたまえ。無論だが、君のISへの搭乗に関しても制限を掛けさせてもらう。後程、書面を確認したまえ』

『寛大なご処置、痛み入ります』

 

 それは千冬の本心であった。何よりも自分の心を、それが最も大事とするものを優先したとは言え、そのために自分がやったことの重大性は重々承知している。それを考えれば、IS乗りとしての自分に制限が掛けられる程度のこの処分は軽すぎると言っても良かった。

 

『ふむ、思いのほか落ち着いているな。今回の処分はIS乗りとしての君を制限するものが殆どだが、さして気にしていない。察するに、IS乗りであることは君にとって重要なことではないようだ』

『……』

 

 並ぶうちの一人の、まさしく千冬の心を言い当てた言葉に千冬は何も言わない。ただ、無言と感情を揺らさない静かな眼差しを保つだけだ。

 

『当たり、のようだね。いや、それも当然か。天秤にかけ、選んだ結果を見れば一目瞭然というものだろう』

『後悔は、していません。私は、私の最も信じるものに従っただけです』

『あぁ、結構。何よりも大事である肉親のため、何もかもを捨ててその者を守り抜く。実に結構。人として称賛されるべき美徳だとも。だが、美徳であるからと言ってそれがあっさりまかり通るほど世の中甘くはない。

 君には今更言うまでもなかろうが、あえて言おう。ISを駆る君が有する戦力は個人のものとしてはもはや規格外と言っても差支えない。それが私事によって職責を投げ出した上に勝手に行動をされる。我々は、これを見過ごすわけにはいかない。それだけではない。

 今回の件でドイツにできた借りの対価として、君を向こうでの教官職につけることにもなっている。一定期間とはいえ、いざという時の虎の子たりうる君を手放し、あまつさえ我が国が有していた君の持つ技術が外に流れる。これも、決して軽いことではない。改めて言うが、とんだことをしてくれたものだ』

『そのへんにしましょう。過ぎたことを責めても仕方ない。然るべき責任は処罰という形で取らせるのだ。ならば、これ以上は無用というもの。それに、今回の件でIS乗りの究極的な弱点というものを再認識させられた。あとは、それも含め今回のことを糧として前に進むのみ』

『そうですな。織斑くん、詳細は後程追って通達しよう。それと、少し先の話になるがね。君がドイツより戻った後のことだが、IS学園の方に行ってはどうかという話が出ている。まぁ、一つの道として考えておきたまえ。下がって結構』

『はい、失礼します』

 

 腰を折って頭を下げると、千冬はそのまま場を辞そうとする。だが踵を返す直前、一つ思い至ることがあってその足を止めた。

 

『一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?』

『何かね? 君の弟君についてならば心配は無用だ。一定以上の実力を持った乗り手の身内の安全確保、そのプログラムのテストを兼ねて他の者の家族同様に然るべき――』

『いえ、違います。お気遣いはありがたく思いますが、別のことです。先ほど、私を指して虎の子と仰った』

『ふむ、確かに。だが間違ってはいまい。ISに最も効果的な抑止力たるIS、その最強に相応しい君だ。いや、対ISという視点以外であっても、ISを駆る君の強さは相当のものだ。そう形容するにふさわしいと思うがね』

『そうした評価もありがたく思いますが、なぜ私が? 単純、実力という点ならば彼女(・・)とて十分でしょう』

『なるほど。君の言い分も尤もだ。だがね、彼女の場合はそう単純ではない。その気質は、君とて知っているだろう?』

『それは……重々』

『今回は問題とはいえ、我々が君に信を置くのは実力だけではない。あえて乱暴な物言いをするが、君という力は我々の指示などでそれなりに御せると思っているからだ』

 

 それは間違いではない。確かに、端的に言って今回問題となった千冬の行動は命令違反、あるいは職務放棄だ。だが、今回は事が事だからであり、普段であればそれが然るべきものならば命令などにも従うことに疑問は持たない。

 

『だが、彼女は違う。確かに彼女もまた我々の命令、あるいは指示は遂行してくれるだろう。だが、君ほどに容赦をしない。相対すれば須らく滅尽滅相とでも言わんばかりに、冷徹だ。まぁ、時としてはそれが必要だろうが、いつもというわけではない。そういう意味で、だよ』

『……承知しました。ありがとうございます。では』

 

 そう言って改めて千冬は部屋を辞した。今より三年ほど前、国際的なISエキシビジョンにおいて千冬が突然の現役引退を表明した後のことである。

 

 

 

 

 

 

「む……」

 

 そんな呻くような呟きと共に千冬の意識は覚醒した。場所は一年生寮二階の寮監室、つまりは学園内における千冬の生活スペースである。

 生徒の部屋に比べれば寮監室は全体的に設備がワンランク上のものである。職務などにより日々の負担が生徒以上に重い教師を慮っての措置であるが、それで気が楽になるかと問われれば素直に肯定はできないというのが千冬の論だ。もっとも、ありがたいと思っているのも事実だが。

 

「いかんな。少し、寝ていたか」

 

 椅子に腰かけている千冬の目の前にはデスクと、その上に並べられた数枚の書類がある。部屋に持ち帰った仕事を片づけていて、一段落したところで少し気を抜いている内にいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 もっとも、片づけておきたいと思っていた分は既に終わっている以上、この軽い睡眠も丁度いい休憩になった。まだ寝起きで少し頭が重いような感じが残っているが、程なくしてスッキリとした気分に変わるだろう。決して、悪いものではない。

 

(しかし、またなぜあのようなことを……)

 

 うっすらと記憶に残っている、直前の夢の内容を反芻する。三年前のとある事件の折、本来すべきはずだった仕事を放りだしてその結果として自分に課せられた処分を告げられた時など、夢として見るにはあまり良いものとは言えない。

 千冬自身は、当時のことについて自分がしたことの重大性を踏まえた上でそれも当然のことと割り切っているが、それでも良い夢と思わないのは、単純な客観論での話である。

 

(まぁ、今更か……)

 

 過ぎたことに今頃思いを馳せたとして、何かが変わるわけでもない。何より、あの時の行動があったからこそ弟を助けることができ、何の因果によってかもう一人、別の少女の心を救うことができたのだ。自分一人が少々の不自由を負っただけで、二人の子供を助けられた。それは十分に過ぎることだろう。

 

(いや、そうでもないか。少なくとも一夏は……)

 

 少し休憩の続きをしようと、部屋に備え付けられたセットで茶を淹れようとしながら千冬は血を分けた弟に思いを巡らせる。

 ひとえに自分の不徳が招いた結果だ。それが、弟の心に一生残るだろう影を落とした。思えば、IS乗りとしての制限を掛けられた時に特にどうと思いもしなかったのは、ISで最強と謳われようが確かに存在する限界を思い知ったからかもしれない。

 

(こんなザマ、人前では晒せんな)

 

 自嘲するように小さく鼻で笑いながら千冬は耐熱のカップに緑茶を注ぐ。この学園の者の多くは特に生徒をその中心として自分を慕う者が多い。望んだことではないとはいえ、そんな眼差しを向けられている以上は情けない様を見せるわけにはいかないというのが千冬の持論であり矜持だった。

 

 緑茶を注いだカップを持って再び椅子に腰掛けようとした時、部屋にノックの音が響く。別に珍しいことではない。時刻は既に夕方だ。生徒の多くは寮に戻っている頃合いであり、時たま自分に何がしかの相談を持ちかける者もいる。

 今回もそうした手合いだろうと思いながら、千冬はカップをデスクに置いてドアに歩み寄る。そしてノブに手を掛けてドアを開いた。

 

「なんだ、お前だったか」

 

 来客の姿を確認した千冬の目に意外だという感情が浮かぶ。転校生でありかつてのドイツでの教え子、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。

 

 

 

 

 とりあえずは入れとラウラを部屋に招き入れた千冬は、先だっての美咲の来訪をこの時に初めて幸運と感じた。一応、去り際の部屋の片づけ云々は至極真っ当な言葉だったため、それから可能な限り部屋を、特に衣類などを中心として整頓するように心がけていたのだが、そのおかげか今の部屋は人を招き入れても何ら恥じることのない状態だった。普段がどうなのかは、あえて割愛するとする。

 

「で、一体どうした。さっそく学園生活に不便でも感じたか?」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 用意した椅子に座り、同じように椅子に座る千冬と向かい合うラウラの言葉には、いまいちキレというものが掛けていた。まるで、何を言い出そうか悩んでいるように。

 

「まぁ固くなるな。一応は私はここの教師だからな。お前たち生徒のためにあるのが第一だ。何か言いたいようだが、構わん。言ってみろ」

「では、教官。ドイツでの、教官が日本に帰る少し前のことを覚えていますか?」

 

 教官という学園では少々似つかわしくない呼び方を『先生』と訂正させようとするが、固くなるなと言ったのはこちらであるため、変に縛るのもおかしな話かと思って千冬はラウラに問われたことを脳内で反芻する。

 

「ドイツで、私が帰る前か。そういえば、その時もこうやって二人で話をしたか」

「はい。その時のことです。その、あの時と同じようなことなのですが、教官にとって『強さ』とは何なのでしょうか?」

「なるほど、察するにあの時の答えがまだ分からず、今一度私に聞きにきた。大方そんなところか」

「はい」

 

 千冬とラウラの出会いは、現役の操縦者を引退した千冬が一時的にIS操縦の教官としてドイツに出向いた時に端を発する。

 

「あの時の私は、左目のせいで酷く落ちこぼれていました。そんな折にあなたが私に、私たちに指導をして下さり、私は今に至る」

「まぁ今更ながらにあの時のお前の問題を言うのであれば、左目というよりもそれによって全体的なバランス感覚の狂いがあったのが――いや今は良いか」

 

 その当時のことを思い出すように千冬は目を軽く閉じる。そのまま言葉を続ける。

 

「昔のことは今は置いておくとして、そう。確かにあの時にお前は私に聞いたな。『なぜ強いのか』と」

「はい。私が知る限り、教官は間違いなく世界最強のIS乗り、ひいては世界最強の個人でもある。私は、あの時も今もその理由を知りたい。ただ、以前はちゃんとした答えは貰えませんでしたが……。その、強さとは何か考えろと言われただけで」

「まぁ、ほとんどはぐらかしてしまったようなものだからな。いや、悪かった。ただな、それでも私は真面目に答えたんだよ。そして今も同じように大真面目に答えよう。『強さ』、それは私も分かり切っていないんだよ」

 

 そういう千冬の表情はどこか困ったような苦笑だった。初めて会った時から今こうして話すまで、常に凛然としたものしか知らなかったラウラにとって、今の千冬の表情は初めて見るものだった。

 

「ボーデヴィッヒ、まぁ確かにお前の言う通りだ。あぁ、確かにIS乗りとして私がほとんど頂点にあるようなものであるということは否定はせんし、そうした自負もある。確かにそれは強いと言えるだろうさ。間違いではない。

 だがな、そんなものは強さの一側面でしかないんだよ。ボーデヴィッヒ、なぜ私がドイツに赴いたか、その理由をお前は知っているな?」

「凡そは」

「ならば話は早いな。その理由だよ。当時、それだけの個人としての戦力があっても、私は弟を完全に守ることができなかった。なにが世界最強だという話だ。お蔭で腕っぷしなんぞ欠片も信用が置けなくなった。だからこそ、私自身も未だに強さというものの意味を見いだせずにいる。

 すまんな。おそらく、今も私はお前が求めるような答えは返せない」

「そうですか……」

「そもそもだがな、私が考えるに『強さ』なんてものは善悪と同様に抽象的なものでしかないんだよ。だから明確な答えなんてものは存在せず、自分自身で自分だけの確固たるものを見つける。そういうものだと思っている。

 そうだな。私だけではない。まずはクラスの連中を始めとして、他の生徒にも同じように聞いてみろ。『お前の考える強さとはなんぞや』という具合にな。良い機会だ。ついでに他の生徒との親睦もそれで深めて来い」

「は、はぁ……」

「分かったな? 分かったら早速行け。なぁに安心しろ。少なくとも私が見る限り、お前は連中からは好意的に見られているよ。あとは、お前が自分で動くだけだ」

 

 そら行け早く行けさっさと行けと千冬は追い立てるようにラウラを急かす。急かされたラウラも慌てた様子で椅子から立ち上がると、挨拶もそこそこにトコトコと小さく駆けながら部屋を出ていく。

 その小さな背を見送って千冬は小さく鼻を鳴らすと――

 

「茶、冷めたかもしれんな……」

 

 淹れたは良いがラウラの来訪によって中々飲めず、もうすっかり冷めてしまっただろうデスクに置いたままの茶に思いを馳せた。ちなみに、案の定と言うべきか茶は見事に冷めており、千冬はそれを何とも言えない表情で一息に飲み干すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他の者に……か」

 

 千冬の部屋を出た後、廊下を歩きながらラウラは呟く。時刻は既に夕方になっており、窓から差し込む夕焼けが少々眩しい。だが、深く思考に没頭しているラウラにはその眩しさもあまり気にはならない。

 ラウラにとって千冬の存在は非常に大きなものである。早期からIS乗りとしての道を志して邁進していた最中、とある事故によってIS乗りとしての能力を著しく落とすことになったラウラにとって、そこから今のところまで引き上げてくれた千冬は正しく救いの神そのものだった。

 救われたその事実に深く感謝をし、同時にその凛とした在りようと他者を寄せ付けぬ強さに強烈なまでに惹かれた。一度どん底に落ちて、そしてやっとまともなラインまで持ち直したラウラはそんな千冬の姿を一番の理想とする自分として、どうすればかく強くあれるのかと聞いたが、昔も今も答えは変わっていなかった。

 ただ、キーパーソンだけは分かっている。それは千冬の実弟であり唯一の肉親である一夏だ。

 

「まぁ、ただの愚鈍では無かったが……」

 

 昼間のやり取りを思い出して改めて自分の中での一夏の認識を確認する。実のところ、最初は一夏を恨んでもいた。

 千冬がドイツに来たのは、とある事件の解決の折にドイツ軍が千冬に協力をした貸しを返すためであるが、その事件の中心にあったのが一夏であり、事件があったからこそ千冬は当時行われていたエキシビジョン大会を投げ出し、栄冠を自ら手放すことになった。

 千冬をこの上なく敬愛しているラウラにとって、一夏は千冬から栄光を奪ったようなものであり、更にはドイツに来てからも度々気にかけている様子がなお一層その怒気を膨らませた。

 もしも編入するまでにこの怒りを抱えたままだったら、おそらくは一夏の顔を見た瞬間に張り手の一つでもかましていたかもしれない。成功するか否かはまた別の話として。

 それでも今こうした心境でいられるのは、やはり同じ部隊に所属していた仲間たちのお蔭だろう。件の事件に関して、それがあったからこそラウラは千冬と会えたということ。千冬が一夏を気に掛けることにしても、肉親を気にかけ愛おしむのは自然なことであり美徳であるなど、多くのことを悟らせてくれた。

 そういう点で、ラウラは仲間たちに千冬にこそ劣るが深い感謝の念を感じている。ただ、それでも一夏が気になっているのは事実であり、だからこそ専用機のデータ取り、他国の機体及び生徒のデータ収集のために学園に向かうことが決定した際には、一夏がどのような人間なのかを見極めると決めたのだ。

 

「強さとは何か……」

 

 そこで改めて千冬から課された課題を思う。強いとは優れた戦力であることではないのだろうか? だがそれでは不十分だと言われた。だから他の者に聞けと。

 

「まずは、とにかく動くか」

 

 考えていても埒が明かない。言われたのは他の生徒の意見を聞けということだ。ならば、まずはその通りにそうするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 動くと決めたは良いものの、誰か聞く相手がいなければ何もできていないのと同じだ。となるとまずは話を聞く相手を見つける必要がある。そこでラウラが足を運んだのは食堂だった。ここであれば、いつもそれなりの人数が居るため、話を聞く相手を見つけるのに困ることはないと思ったからだ。

 

「誰か、いないかな……」

 

 食堂に入って程なくした所で手頃な相手はいないかとあたりをキョロキョロと見回す。生徒の姿はそれなりに見つかるものの、おそらくはクラスが異なるのだろうか、まだ知らない顔の生徒ばかりだ。

 千冬には一組誰か適当な者をと言われたが、それを抜きにしてもやはり聞くのであれば多少なりとも顔を知っている者の方が良い。まったく知らない者に聞くとして、どのように話しかけたら分からない。

 

「む!」

 

 そこでラウラの目があるものを見つけた。食堂に置かれた観葉植物の影から除く人の頭だ。少々距離は離れているがそれでも目立つウェーブのかかった金髪に、何よりも目立つ縦にクルクルと巻いているあの髪型。こちらに背を向けているため顔は見えないが、あれは同じクラスのセシリア・オルコットに間違いないはずだ。

 

(よし!)

 

 昼間の一夏との手合せの時にも少し話はしたし、同じクラスだから互いに知らないということもない。話しかける一人目にはちょうど良いだろう。

 意を決してセシリアの下へと歩み寄って、話しかける前にその足が止まった。

 

(ひ、一人じゃない……)

 

 植物の影にあったから見えなかったが、セシリアはボックス席に他の生徒と共に座っている。その中の一人は同様に見覚えがある。確か凰鈴音、昼間の時にもいた中国の候補生だ。

 

「う、うぅ……。どうすれば良い……」

 

 セシリアを含めればボックスには一人、二人……しめて五人ほどいる。近づいて人数だけでなく、どうやら揃って何やら話しているということも分かる。時折笑い声も混じることから、きっと普通に歓談でもしているのだろう。

 そこに飛び込むのがこの上なく戸惑われた。千冬は自分が好意的に見られていると言っていたが、それが事実かどうかはさておき、自分がまだ馴染んでいるとは言い難い。もしここで話に入り込んで、それで場の空気を悪くしてしまったら、それで嫌われでもしたら、そんな考えが頭を巡って足を動かせなくする。

 そうして立ち往生することしばし。席で話し込んでいた鈴の視線が唐突にラウラの方を向いた。視線が向いたのはたまたまだったのだろう。だが、視界に入った立ち往生するラウラの姿をスルーするというのはこの上なく難しい。視界に入れば、ごく当たり前に気付かれる。

 

「何やってんのあんた?」

 

 やや離れているため、少し張るような声で鈴がラウラに声を掛けてくる。

 

「あ、いや、その……」

 

 なんと答えれば良いのか、『強さ』とは何かを聞きたいと馬鹿正直に言っても変な顔をされるのではないか、ではもっと上手い言い方はないのだろうか。これが故国の部隊の者達ならばもっとスムーズに話せるのだが、学園(ココ)は故国とはまるで違うために勝手が分からない。

 どうすれば良いか分からないもどかしさによって胸の前で手を動かすラウラの下に席を立ちあがった鈴が歩み寄ってくる。

 

「どしたの?」

「いや、その。オルコットに、聞きたいことがあって……。それで……」

「ふ~ん」

 

 しどろもどろに答えるラウラを見て鈴は納得するように頷く。

 大ざっぱに状況をまとめるのであれば、ラウラはセシリアに用があってこっちに来た。しかしよく見てみればその場にはセシリア以外の面々もおり、どのように輪に入れば良いか分かりかねていた。大方そんなところだろうと鈴はあたりをつける。

 

「ほら、来なさいよ」

「あっ」

 

 何気なしに鈴はラウラの手首を掴むと元居た席まで引っ張っていく。

 

「悪いわね。この子もちょっと混ぜるわよ。ていうかセシリア、あんたに聞きたいことがあるんだって」

「わたくし、ですか?」

 

 席を立つ前よりやや詰めるように座った鈴は、それによって空いた隣にラウラを座らせながらセシリアに話を向ける。

 ラウラから聞きたいことがあるという、予想外の内容にキョトンとしながらもセシリアはラウラの方を見る。

 

「す、すまない」

「別に、良いってことよ」

 

 おぜん立てをしてくれた鈴にラウラは小さくではあったが礼を言う。それに何てことはないと返しながら、鈴はラウラに本題に入るように促す。

 

「セシリア・オルコット。お前に聞きたいことがある」

「はぁ」

「その、だな。お前が考える『強さ』とは何だ?」

「はい?」

 

 どんなことを聞かれるのかと思ってみれば、聞きたいことがあると言われた以上に予想外な内容にセシリアはますます目を丸くする。

 

「その、だな……」

 

 ラウラもセシリアが質問の意図をいまいち理解していないことを察したのだろう。なぜそのようなことを聞くのかに至った経緯、すなわち千冬との会話でのやりとりを話し始める。

 

「なるほどねぇ。千冬さんになんでそこまで強いのかって聞いて、でも本人も強いってことが分かりかねてて、とりあえず他の連中の意見聞いてこいと」

「それでわたくしに、ですか。いえ、頼りにされたのでしたらお答えするのも吝かではないのですが、また随分と哲学的な質問ですわね」

「そうよねぇ。まぁ確かに言われてみれば、『強さ』なんて色んな見方があるわけだし……」

 

 聞かれた当人であるセシリアは勿論のこと、鈴を始めとしてボックスに居た面々全員が各々頭を捻りながら考え出す。鈴の言う通り、改めて言われてみれば確かに答えに悩む哲学的な問題だ。

 

「でもボーデヴィッヒさん。織斑先生は答えなんて出さなくて良いし、とりあえず意見を聞いてこいって言ったんでしょ?」

 

 別の生徒の確認にラウラはその通りだと頷く。

 

「実際、意見など人それぞれですし、わたくし達の意見とボーデヴィッヒさんの意見はまた違うものになりますからね。ボーデヴィッヒさんも、自分の意見というものが自分でよく分かっていらっしゃらないのでしょう?」

「う、うむ。その、恥ずかしい話だが……」

「いえ、別に恥じる必要など無いと思いますが。良いでしょう。まずはボーデヴィッヒさんのご質問にお答えするとしますわ。それで、あとでボーデヴィッヒさんが自分なりに考えれば良いかと」

「そうか、すまない。その、参考にさせてもらう」

「いえ。ではわたくしセシリア・オルコットが考える強さですが、そうですわね。少々ズレるようですが、『強く在る』ということはすなわち、『気高くある』ということだと思いますわ」

「気高さ?」

「えぇ。というよりも、あなたが織斑先生に尋ねたような直接的な、つまり武力という意味合い以外での強さとなるとあとは精神的なものに限られてしまうのですが。ただ、その中の一つ、というものですわね」

 

「ご存じかどうかはこの際置いておくとして、わたくしの実家は古くより続く貴族の家系です。そこに生まれた以上、わたくしも家に相応しいものとしての薫陶を受けてきましたわ。

 位高ければ徳高く在れ。貴人に相応しい振る舞い、心がけ、そしてそれを掲げながら常に誇れる自分で在り続けること。これができることは、わたくしにとっての『強さ』の一つと言えますわね。もっとも、わたくし自身まだまだとも思っていますけど」

 

 最後の一言は言うのがやや気恥ずかしかったのか苦笑交じりのものだった。だがラウラは真剣な面持ちで耳を傾けている。

 

「なるほど、精神的な強さか。では教官の強さの源はやはりあの強い心にあるのか……」

 

 そのまま顎に手を当てるとブツブツと呟きながら考え始める。

 

「ラウラ? もしもし? もしもーし?」

「はっ。あ、あぁなんだすまない。えっと……」

「凰、凰 鈴音よ」

「そうだった。あ、その、昼間は手伝ってくれたこと、感謝する」

「別にあのくらいは良いわよ。でさ、他にはないの?」

「他? なんのことだ?」

「いや、だからさ。他の子に聞いたりしたりはしないのかなーってことよ」

「いや、私は初めからオルコットに聞くつもりだったぞ? 他の者はまた別の時にしようかと」

 

 微妙に顔を近づけながら聞いてくる鈴にラウラはポカンとした表情をしたまま元々考えていたことを答える。邪気など欠片もない、純粋にそう考えていたというだけの返答に鈴はどう言ってやればいいのかと困ったように顔を歪ませる。

 

「あのね、ボーデヴィッヒさん――」

 

 早い話、鈴は自分にもラウラが聞いてこないかと期待していたのだが、ラウラにまるでその気配がないことに焦れていたのだ。そして、それを悟った別の者が何事かをラウラに耳打ちする。

 

「む、そうだったのか。それはすまなかったな、凰」

「あぁ、うん。まぁ分かればいいのよ。うん」

 

 耳打ちされてようやく事を理解したラウラは自分が思い至らなかったことへの謝罪を鈴に述べる。鈴も、少々締まらない形だがまぁ別に良いかとそのままラウラが自分に聞いてくるのを待ち――

 

「お前にはまた今度の時に聞かせてもらうぞ」

 

 満面の笑みと共にそう言ったラウラに盛大に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワナワナと震えながらくぐもった笑いをもらし続ける鈴と、それを苦笑しながら宥めている面々に一言挨拶だけして食堂を出たラウラは身支度のために一度自室へと戻った。同じ転校生であり同居人のシャルロットはその時点で部屋には居なかったが、夕食の折に食堂の一角に居たのを確認できた。

 そして夕食を終えてしばらくした、凡そ八時半ぐらいのことである。寮の廊下を歩いていたラウラはたまたま通りがかった部屋の前で足を止めた。

 

「ここは確か……」

 

 見た目それ自体は何の変哲もない、寮に数ある部屋の一つだろう。だが、他の部屋との違いを挙げるとすればそこを使っている人間だ。

 今、ラウラが立っているドアの向こうの部屋、その使用者は織斑一夏。彼女が最大の敬意を払う人物の実弟であり、ラウラにとっても複雑な心境を抱く相手だ。

 世界唯一の男性IS操縦者などという大仰な肩書きが乗っかっているが、少なくともラウラにとってはそんな肩書き以上に、自分が彼に抱く内心の複雑さの方が重要だった。

 

「あいつは……どう思っているのだろう」

 

 教官、千冬は自分自身が武力的な面で強いと認めていながらも、それだけでは足りずに本当の意味での強さというものを模索しているという。

 そして、あの時の千冬が語る姿には確かな真摯さがあった。教え子である自分に満足に答えられないことに苦笑を浮かべてはいたが、語りは真剣そのものだった。それはつまり、あの時語っていたことが千冬にとってはそれだけ重要な意味を持っているということだ。

 では彼は、肉親としておそらくはもっとも身近に接していた彼はどのように考えを持っているのか。あれほどの肉親を持ち、その姿を見てきた彼が考える『強さ』とは何なのだろうか。それとも、彼もまた教官のように迷っているのだろうか。

 他の連中の意見を聞いてみれば良いと言われてセシリアから聞いた。鈴にはまた別の機会に聞くが、彼ならばなんと言うのだろうか。

 

「よし!」

 

 小さな手で拳を握り、意を決したように力強く鼻を鳴らす。とにかく、聞くだけ聞いてみることにした。

 そのままドアの前に立つとラウラは軽くノックをする。だが、返事はない。夕食の時間はとうに終わったし、寮の門限も過ぎている。大半の生徒は部屋に居るはずだ。まだ転校してきたばかりだから普段がどうかは知らないが、今の状況では返事が無いのが不自然ではないだろうか。

 そう考えたラウラは何気なしにノブに手を伸ばして握ってみる。ノブはあっさりと動き、鍵が掛けられていないことが分かる。

 

「?」

 

 首を傾げながらそのまま小さくドアを開けて部屋の中を覗いてみる。明かりは点いたままだ。ますます以って不自然だ。

 

「……失礼する」

 

 小声で言い、忍び足で部屋にそっと入る。もしや何かトラブルでもあったのだろうか。立場が立場だ。良からぬ考えを持つ輩に狙われても可笑しくはない。あるいはそうした手合いに……

 仮にそうだとしたら見過ごせない事態だ。学園の生徒の一員として、世に貢献する立場にあるIS乗りとして、軍人として、何よりラウラ・ボーデヴィッヒ個人として看過するわけにはいかない。仮にこれが一夏以外の誰であっても同じ対応をしていただろう。

 ゆっくり気配を殺しながら歩みを進める。そして部屋に入ってすぐ隣にあるトイレ、並びにシャワールームに繋がる脱衣洗面所のドアの前を通り過ぎた時だ。

 

『ヌウゥゥゥゥゥンッッッ!!』

「ッッ!?」

 

 突如としてドアの向こうから響いてきた低い唸り声にラウラは思わずビクリと硬直する。だがすぐに落ち着くとすぐさまドアを開け放ち洗面所に踏み込む。

 

「何事だ!」

 

 そんな危機感に溢れる声と共に踏み込んだラウラが見た光景は――

 

「フンッ! ハッ! ダブルバイセップス! サイドトライセップス! アドミナブルアンドサイィィッ!!」

「……」

 

 鏡の前でポージングをキめている上半身裸(下はジャージのハーフパンツ)の一夏(ヘンジン)だった。

 

「……」

 

 なんだこれはなんなのだ一体というか奴はなんで鏡の前でポーズを決めているだアレかボディビルのつもりだろうかいやいやしかしボディビルというには少々筋肉の体積が足りていないたしかによく鍛えられてはいるようだがやはりボディビルとは方向性が違うようなそうじゃなくてどうしてやつはこんなことをやっているのだろう。

 言葉を失い固まったままラウラの思考が迷走を始める。元通りに復旧するまで数秒程度で済んだものの、その間バッチリと一夏のポージングを目に焼き付ける羽目になったのは必然であった。

 

「む? なんだボーデヴィッヒか。どうした」

「いや、その、なんだ。まぁ要件を聞かれたらお前に聞きたいことがあると言うかその、まぁそういうことなんだがな。だが、一つその前に言わせてくれ。お前は何をやっている」

「あぁ、コレ? いや、大したことじゃない。筋肉っていうのは武術家にとって超重要ファクターだからな。こうやって、自分で調子を確認しているのさ」

 

 フフンと得意そうに答えながら一夏は腕を曲げて力コブを作る。笑みを浮かべた唇の隙間から除く白い歯は、普段であれば清潔的に見えるのだろうが、なぜかこの時に関して言えば微妙に鬱陶しく思える。というか、端的に言って全体的に鬱陶しい。

 

「そうか。では、失礼した」

 

 予定変更。何も見なかったと自分に言い聞かせながら踵を返す。もうさっさと部屋に戻ろう。戻ったら同室のシャルロットが淹れてくれるココアでも飲んでさっさと休もう。とりあえず一つ、織斑一夏についてまた分かったことがある。腕はそれなりにあるし、そういう意味では凡夫ではなく評価はできる。だが、別の意味合いでこいつはバカだ。いや断定するにはまだ早いかもしれないしかしやっぱりバカにしか思えない。

 

「まぁ待ちたまえ」

「ひぅっ!」

 

 背を向けて一歩踏み出した直後、ガッシリと肩を掴まれて思わず声を上げる。

 

「わざわざ来てくれたんだ。聞きたいことがあるんだろう? 折角だから答えようじゃないか。なぁに気にするな。明日はちょっと予定があってな。今日はもう殆ど暇なんだ」

 

 HAHAHAという笑い声が洗面所に響く。なんだか声の低さと快活さが無駄に上手くマッチしていて、洗面所という閉所ゆえか妙にエコーがかかり、それらがなんと形容すべきなのだろう。部下が親しい男性同士を表す時に使う『薔薇のよう』という表現がピッタリな声だとラウラは思った。薔薇がどういう意味を指しているかは知らないが、あの真面目な部下が鼻血を出すほどなのだから、きっと熱い友情で結ばれた益荒男のことを指しているのだろう。だが、なぜか今のこの状況は微妙だ。

 

「分かった、分かったから。あぁ、お望み通り聞いてやる。だから手を離してくれ」

 

 そうラウラが言うと一夏はあっさりとラウラの肩から手を離す。そしてもう一度一夏の方を向く。

 

「さぁ、ドンと来い」

「あぁ。だがその前に一つ言わせてくれ」

「ん? なんだ?」

「とりあえず服を着ろ。正直、その、言いにくいのだが――気持ち悪い。特に胸筋を微妙にピクピクさせているあたり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を洗面所から部屋の机の前に改めた二人は、互いに向かい合うようにして椅子に座る。当然だが、一夏は既に服を着ている。

 見た目小学生な女子に気持ち悪いと言われるのは地味に堪えるなぁ、などと着替えながら思っていた一夏だが、それを口に出すことはしなかった。なお、どう考えても自業自得であるのは言うまでもない。

 

「で、聞きたいことって言うのはなんだい」

「先刻、といっても夕方のことだが、教官の下に行ってきた」

「教官、つまりは姉貴か。詳細聞いてるわけじゃないがお前、姉貴のドイツ時代の教え子なんだろ? 久しぶりに師弟二人、ゆっくり語らいたかったとかか?」

「否定はしない。ただ、聞きたいことがあったのだ。そしてそれは、お前にも同じだ」

「なるほど。姉貴に何かしらを聞いて、同じ質問を俺にか。複数名に聞くってところを察するに、何がしかの意見と見て良いな」

「そうだ。理解が早いようで助かる。ならさっさと聞くとしようか。織斑一夏、お前の考える強さとは何なのだ?」

「俺の考える『強さ』、ねぇ。また随分と哲学的な質問がきた」

 

 口ではそんな風に面倒臭げに言うものの、細められた目には面白がっているような光が宿っている。

 

「その質問、姉貴にもしたんだろ? 姉貴、なんて答えてた」

「……実力、戦力という意味で強いということは認める。しかし、弟を満足に守れずそれ故にソレへの信用を置けなくなったと。だから、未だ『強さ』というものを模索していると。

 あぁ、愚痴だし完全な嫉妬だがな、織斑一夏。私はお前が羨ましいよ。あれほどの力を持ちながら、それへの信用を失くすほどに教官から想われているお前がな」

「……まぁ、俺だって姉貴のことはそれ相応に重んじてるつもりだし、逆もそうだって感じちゃいるが、こうやって他人に言われるとどうにもこそばゆいな」

 

 一夏は姉を嫌ってはいない。育ててもらったこともあるし、何よりも血を分けた姉弟であるのだ。嫌う理由はないし、それなりに好いてもいる。

 千冬も千冬で一夏のことを深く想っており、面と向かって言われたことはなくとも、一夏はそれを幾度となく肌で感じ取ってきた。それゆえに姉弟の関係は良好と言えるのだが、それを改めて第三者から指摘されるのはどうにもくすぐったいものを一夏に感じさせた。

 

「まぁいい。なるほど、それが姉貴の意見か」

 

 こそばゆさを振り払うように一夏は話題を進めようとする。だが、その表情には先ほどまでと異なり固さが混じっている。理由は単純で、姉の側の意見を聞いたからに他ならない。

 

「姉貴め、まだ引きずっていやがるのか。まぁ確かに原因の一端が姉貴にあんのは事実だとして、それでも俺がヘマこかなきゃそもそもあんなことは無かったわけで。ったく、実に七面倒な」

「おい、自分の世界に入り込まないで欲しいのだが」

「あ、あぁスマン。ちょっと昔をな。よし、じゃあお望み通り、お前さんの質問に答えるとするか」

 

 ブツブツと独り言に没頭していた一夏をラウラが咎め、それに詫びながら一夏は話を進める。

 

「俺の考える『強さ』、だったな。さて、これが答えになっているかどうかは知らんが、まぁ俺なりに『こうだろう』って言うのはあるよ。まぁこの手の質問で返ってくるのは大体やれ心の強さだとかそんなメンタル的なもんと相場が決まってるんだが。

 あぁ、別に否定はしないよ。それも非常に大事さ。だがな、はっきり断言してやる。俺がまず第一に重要とするのは、直接的な強さだ」

「つまりは、武力か?」

「あぁ、そうだ」

 

 断言した。声には微塵も遊びが無い。心から大真面目に、一夏は何よりも『強さ』を語るうえで武力的な意味合いでのソレこそが大事だと言い切った。

 

「一応言っておくが、俺は別にそれだけとは言わない。まぁ、腕っぷしだけじゃ成り立たないしやっていけないのが世の中であって、義理人情だとか慈悲情愛だとか、そういうなんて言うの? 美徳仁徳って言うのかね。そういうのも大事だと重々承知しているさ。だが、それでもあえて『強さ』というならまず武威だな」

「それは……何故だ」

「さて、何と言おうか。公共電波に乗っけられそうな感じで言うなら、健全な精神は健全な肉体に宿るだとか、精神は体に引っ張られるだとかの世間で言われてる理論に即して、まずフィジカルでの強さがメンタルの強さに繋がる。だからこそ心身共に強くあるにはまずフィジカルの強さが必要、とでも言っておこうか」

「だが、そればかりではないのだろう」

「そうさ。俺はな、ボーデヴィッヒ。物心ついた時から武道に浸っていたよ。気が付けば竹刀を振って剣道をやっていて、それが木刀に、真剣に変わって行って。技もそう。競技から、正真正銘のずっと昔から伝わってきた実戦流派になって。それと一緒に格闘術も磨いていって。

 今の俺は、単純に誰かを叩きのめすって点ならそれなりのレベルにある。それこそ、スポーツ格闘技のプロに喧嘩吹っかけたって良い。人ボコすだけのことだけど、俺にとっては人生の半分以上みたいなもんだからさ。

 誇りでもあるんだよ、俺にとって。大好きだ。だから、その『強さ』を何よりも重んじたい」

「……」

 

 一夏の気持ちは何となくだがラウラにも理解ができた。というよりも、彼女自身と非常に良く似ていると言うのが正しいのだろう。

 

「似ているな、私とお前。私もそうさ。私は、少し育ちに事情があってな。それゆえに何事も軍を、そこで必要になる『力』を優先している。だからこそ、とてもお強い教官を私は心から尊敬しているのだが」

「当の教官は自分の力なぞ信用できんと。いやぁ、半ば俺のせいとはいえ、やっぱいつまでも気にされるのもこっちも困るな」

「一応事情は知っている。三年前の、お前の誘拐事件だろう」

 

 ラウラ本人は特に意識をしたわけではない。その言葉は、何気なく自然と口から紡がれたものだった。あるいは、会話を重ねる中で多少なりとも気分が緩やかなものになっていたからかもしれない。だが、その言葉が齎した影響はこの上なく大きかった。

 

「おい、ボーデヴィッヒ。なぜお前が知っている」

「っ……!」

 

 背筋を氷水が流れたと錯覚した。それほどに一夏の言葉は冷たかった。そして改めて一夏の顔を見て、ラウラは小さく息を呑む。

 無機質、無感情、まさしくそうとしか言えない能面のような表情をしていた。先ほどまでの穏やかな口ぶりからは想像もできないものであり、更に冷たいながらも荒れ狂うような圧迫感を叩きつけてくる眼差しはラウラをして思わず引かせるものだった。

 

「う、あ……」

「答えろ、ボーデヴィッヒ。何でお前が『俺が誘拐された』と知っている。そして、どこまで知っている」

「それは……」

 

 ほんの数センチ、一夏はラウラに顔を近づけた。数センチだ。まだ二人の顔の間には十分な間がある。だが、ラウラにはまるで一夏がすぐ目の前に迫ってきているように思えた。

『誘拐』、このワードが一夏の中の何かに触れたことは想像に難くなかった。だが、なぜこれほどまでの反応を示すのかがラウラには図りかねた。今も感じるこの凶悪な圧力で上手く思考が回らないのも原因だろう。

 だが、とにかく答えないわけにはいかない。逃げるという選択肢は取りようがない。それを目の前の男は許さないだろうし、ラウラ自身もそのようなことはしたくない。だから、言葉に詰まりながらもラウラは言えるだけのこと言った。

 

「きょ、教官の赴任理由を調べた時だ。三年前の国際試合の際にお前が誘拐され、その救出にあたった教官が試合を放棄し、その後現役を引退したと。その際のドイツの協力への見返りとして教官が赴任したと。それしか知らない、本当だ。私も、上官より聞いただけだし、他言はしていない。本当だ!」

「あまり言いたくはないが、姉貴のことはこの際良いんだ。もう一度聞くぞ、ボーデヴィッヒ。それだけか? 俺が誘拐された、それだけしか知らんのか?」

「そうだ! それ以外は何も知らない!」

 

 徐々に、まるで首を絞めるように強さを増すプレッシャーに、ラウラも声に必死さを宿らせる。それをしばし無言で見つめ、ようやく一夏は圧力を解いた。

 

「分かった。本当に、それしか知らないみたいだな。……悪かった、脅して。ただ、俺もアレには色々思うところあってな。正直、自分でも時々神経質になってやないかと思うくらいなんだ。あぁ、悪かった。ただ、察してくれ」

「い、いや、私の方も無遠慮だった。すまない」

「ただまぁ、事件の話が出たのは今この場じゃある意味好都合だな。まぁさ、俺が直接的な意味での力を『強さ』の第一とする理由なんてな、さっきは色々理屈こねまわしたり耳ざわり良く言ったりもしたけど、もっとシンプルなんだよ。

 拉致られるなんて無様を晒した自分が嫌だから、殺してしまいたくらいに、憎んでいるから。理解しろなんて言いはしないさ。ただ、俺にとってはそれくらい噴飯物ってだけの話なんだからな」

「そう、だな。私は誘拐などされたことがないから、お前の気持ちは完全には分からない。だが、力不足への憤りなら理解できる。さっきの詫びに少しばかり私の恥も話すが、教官の指導を受ける前の私は周囲のIS乗りと比べてもいわゆる落ちこぼれというやつでな。明かせないが、明確な理由もあったが。あぁ、力不足への無念は私も分かる」

「……そうか。悪いな、ボーデヴィッヒ。どうも俺にはこれ以上言うことはないみたいだ。折角来てもらったのに、役に立てなくてすまない」

 

 結局のところ、自分の話したことなどラウラにとってはさしたる影響を与えないだろうと思った一夏は苦笑混じりに謝る。

 

「いや、収穫はあったぞ」

「ほう?」

 

 しかしラウラの言葉は一夏の予想とは異なるものだった。意外だという目で見てくる一夏にラウラは真っ向から見つめ返して言う。

 

「お前と私の考え方が似ているということだ。……正直、この学園にやってきてまだ日は浅いが、誰もかれも私とは違うような者ばかりで戸惑っていた。だから、たとえお前であっても考え方に共感ができる者が居るのは、正直嬉しい」

「そうか……」

「では、時間も良い頃合いだ。私はこれで失礼する。手間を取らせてすまなかったな。それと、ありがとう」

「いいさ。まぁ同じクラスのよしみだ。次に来るようなことがあるなら、その時は茶の一つでも出そう」

「あぁ。ではな」

 

 そのままラウラは立ち上がると踵を返してドアの方へと向かっていく。だが、その背に一夏が声を掛ける。

 

「待て、ボーデヴィッヒ。一つ、答えてくれ」

「なんだ?」

 

 立ち止まったラウラはその場で振り向く。

 

「ボーデヴィッヒ。お前は、俺とお前が考え方が似ていると言った。それは、互いに『力』が『強さ』の第一理念である、ということだよな」

「そうだ」

「じゃあ聞かせてくれ。お前は、それでどうしたいんだ。その強さで、何かやりたいことはあるのか?」

「やりたいこと、か……」

 

 ラウラはその場で腕を組み、しばし考える。だがすぐに考えは纏まったらしく、組んだ腕を数秒程度で解くと一夏の問いに答え始める。

 

「特別『これ』というものはない。だが、私はドイツ軍に身を置くIS乗りだ。そして私は祖国ドイツに育てられたようなものだからな。義務と、何より恩返しのために、IS乗りとして国のために私ができる働きをしたいとは思っている」

「……そうか。まったく、オルコットの時もそうだけど、候補生っていうのはどいつもこいつも皆、そんな風に大層な考えを持っているもんなのかね」

「それが候補生というものだからな。聞きたいこととは、それだけか?」

「あぁ。引き留めて悪かったな。じゃ、また。今度あるトーナメント、当たるのを楽しみにしているよ。この間の手合せに、白黒きっちり付けよう」

「望むところだ。ではな」

 

 そうしてラウラは部屋を去っていく。一人部屋に残った、というよりも部屋の主として再び一人に戻った一夏は、ラウラを見送るために立ち上がっていた己の体を再び椅子に預ける。

 

「そうだよなぁ。トーナメントがあるんだよなぁ」

 

 いずれ行われる学年別の全体トーナメントは一夏も非常に重要視している。学年に分けられるとは言え優勝という明確なトップが存在し、そこに至るまでに戦うだろう相手は思いつくだけでも相対するに十分な者ばかり。つい最近、そのリストに予想外の人物が一人加わったが、それはそれで面白くなりそうだ。

 

「しかし参った。二人分、いささか情報が少ないんだよなぁ」

 

 立ち上がり、冷蔵庫に向かって歩きながら一夏はぼやく。冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、飲み口に口をつける。

 敵を知り己を知らば百戦危うからず、孫子の兵法に記された有名な言葉だ。まったくもってその通りであり、情報があるのと無いのでは実際の場面で大いに違いが出る。

 やるからには本気で。そこには当然、そうした情報面も含まれている。

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ、この二人についてはまだまだ知らないことが多い。さてどうやってこれから二人のことを知って行こうか。

 そういえばこういう時に便利に使えそうなやつが一人いたなぁ、と一夏はふと思いつく。同時刻、IS学園にほど近い一夏の地元のとある家の一室で、一人の少年がパソコンに向かいながらくしゃみをしたが、きっと関係はないだろう。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ……)

 

 未だ多くを知らない二人の転校生の片割れに一夏は思いを馳せる。思い出すのは先の会話、その最後だ。

 

「あぁ、ボーデヴィッヒ。確かに俺とお前は似ている部分があるよ。けど俺は、俺とお前はやっぱり違うと思うね。あぁ、そうだともさ」

 

 呟かれるそれは実際問題としてただの独り言だろう。だが、その口ぶりはまるで誰かに語り聞かせているかのように聞こえる。

 

「ボーデヴィッヒは言った。自分には強さで、力でやりたいことがあると。その時点で、違うんだよなぁ」

 

 では誰に語っているのか。言葉の中にいるラウラか。

 

「俺はなぁ、ボーデヴィッヒ。やりたいこと(そんなもの)なんて、無いんだよ」

 

 否。

 

「あるいはこれから、出てくるかもしれない。けど今は、ただ実力が欲しい。そこが、俺とボーデヴィッヒ(あいつ)の違うところさ」

 

 一夏自身にである。

 元々そこまで量の残っていなかったドリンクのボトルはすぐに空になった。空きボトルをゴミ箱に放り込むと、一夏はそのままベッドに転がる。

 

「まぁ、おかしいってのは分かってるがね」

 

 今の自分は多分、いや確実にどこかがおかしい。本来手段であるはずの『力をつける』という行為が目的に転じている。察しが良い者なら小学生だって気付くような思考の不具合だ。

 だが今のところはそれで良いと思っている。狂気の沙汰ほど面白いとは良く言うし、ズレた観点から見出せるものもあるかもしれない。それが自分にとって有用なら、あえてそっちの道に行く価値もあるだろう。

 なんにせよ、当面は今まで通りのスタンスで良いだろう。ただ、もうちょっとブーストを掛けても良いかもしれない。

 いつの間にか、一夏の脳裏ではトレーニングの内容に関する様々なアイデアが駆け巡っていた。その中でふと思いついたこと、それは意外にもラウラが席を立つ直前のやり取りだった。

 

「次にあいつが部屋に来たら、か」

 

 宣言した通り、部屋に備え付けのセットのものではあるが、茶の一杯くらいは出そうと思う。そして――

 

「次は、フロント・ラッドスプレッドからサイドチェストのコンボで迎えてみるか」

 

 などと呟いていた。なお、実際にやらかした場合はほとんどセクハラも同然だということにこの時、この一夏(バカ)はまるでこれっぽっちも気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちょっと今回はまえがきもあとがきも短めに。バイトが忙しくてちょっと疲れモードなのです。
 とりあえず、ご意見ご質問ご感想はいつでも何でも感想にどうぞ。
あ~ダメだ。疲れて書くことが思いつきません。とりあえず、今回の悪ふざけ要素である一夏のボディビルポージングには元ネタがあります。割と最近ですね。
                                  は~るかっか~

 あと、ものすごい私事なのですが、またしてもイベントに当選しました。
はらみーのセカンドシングル発売記念イベントに今度行ってきます。いやぁ、当たりすぎて本当にどうしたんでしょうね、自分。
 では、また次回にて。ただ、次の更新は楯無ルートの方になるかもです。

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