或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 あとちょっとで二十話に行きますね。なんだかんだで結構進んでいるなぁと思う今日この頃。でも、話の中身はもっと先に進めたいです……

 今回の試みは「真面目な話から急転直下してのギャグパート」。
意外に好評いただいた彼が再登場です。そして、彼が絡むとこの作品の一夏はイイ具合にはっちゃけてくれます。


第十八話 野郎がメインになると真面目な空気が続かないのがこの作品です

『ただいま電話に出ることができません。発信音の後に――』

「……」

 

 元々設定されていただろう機械的な女性の声を聴きながら一夏はスッと目を細める。

夜、既にその日のトレーニングも終えて後は部屋で就寝までの時間を気ままに過ごすだけの時に、一夏は携帯でコールを掛けていた。だが、相手は出ない。聞こえてくるのは無機質なアナウンスだけだ。

自分からの電話があったことに気付けば向こうから掛けなおしてくるだろう、そう思って一夏はメッセージを残さないままに通話を切る。そのまま携帯を机の上に置くと軽く復習でもしようかと机の前に座りノートを開く。ISに乗る上で一夏は単純実力こそが最重要と思っているが、だからと言って座学もおろそかにはできない。

『学生』という身分において上手くやっていくのに、何だかんだで一番必要になってくるからだ。そして必要である以上は、それ相応に真面目に向き合わねばならない。面倒に感じているのは紛れもない事実であるが。

 

 ノートに向かい始めて少し経った頃だろうか。机を響かせる振動と共に携帯が着信を伝えるメロディを流す。友人に教えられた個人のサイトからフリーでダウンロードできるものを使った一夏の着信音は基本的に有名な音楽を打ち込みで再構築したものを用いている。

今、携帯から流れているのはドヴォルザーク作曲の『新世界』だ。複数の着信音をよく電話をする相手によって使い分けているため、着信の時点で一夏は相手が誰かを判断できる。

そして新世界を着信音に設定している相手はただ一人。一夏が親友として名を挙げることのできる数少ない一人である御手洗数馬であり、先ほど一夏が電話を掛けた相手だ。

 ちなみに、他のパターンを僅かだが挙げると、弾の場合にはベートヴェンの『第五番』、一般的には『運命』として名を知られているかの有名な曲を使っている。ちなみに選曲の理由は曲冒頭の「ダダダダーン」というピアノの音と「弾」という名前を掛けている一夏の洒落だ。

続いて実姉千冬の場合はヴェルディ作曲のレクイエム。理由は「ボスっぽいから」であり、ただ二人、数馬と一夏の師である宗一郎はこの理由に爆笑をしている。

そしてその師の場合には日本国国家「君が代」。込めた理由はただ一つ、敬意の念だけである。

 

「数馬、珍しいな。お前が電話に出ないなんて」

『あぁいや、悪かった。ちょっと風呂入っていてね』

 

 そんな何気ないやり取りから二人の会話は始まる。

 

『で、一夏。一体どうしたね?』

「いや、ちょっとした頼みごとがあるのと、後はアレだ。少し暇でな。話し相手の一人も欲しくなったんだよ」

『それなら弾って選択肢もあるんじゃないのか?』

「この時間帯ならあいつは料理修行の真っただ中だろ。それに、一番腹割って話せるのはどっちかと言えばお前だよ」

『フッフ、それはまた光栄だ』

 

 電話越しに二人は小さく笑いあう。一夏、弾、数馬。この三人は最初に出会った中学入学の当初からずっと顔を突き合わせ続けてきた縁だが、一夏も数馬も互いに互いを最も波長が合うと思っていた。

 

『そういえば、この間テレビのワイドショーで君の話題が出てたな。すっかり有名人じゃないか』

「正直、勘弁して欲しくはあるけどね。織斑一夏は静かに暮らしたいんだよ」

『だが、それと同時にその腕っぷしを奮いたくてウズウズしている。違うかね?』

「あぁ、いや。言われればその通りだ。いや、参ったね。見事に矛盾していやがる」

『結構じゃないか。人間なんて都合の良い生き物さ。言ってることの矛盾なんて日常茶飯事だ』

「まぁ俺もそこまで頓着しちゃいないが……。そういえば、そのワイドショーとやらはどうだった?」

『どう、とは?』

「あー、俺についてどんなことを出演者が言っていたかとかさ」

『あぁ、そのことね。別に、たまたまテレビ点けたらやってたからそのまま見ていたけど、話している内容はあまりに既知に満ちていたよ。世界初の男の子にビックリ、これからどうなるのか、今後の活躍が期待できる。

どれもこれも他のテレビ、雑誌のコラム、ネットの掲示板、あちこちでとっくに言われたようなことの焼き直しだ。テレビ出演とは随分とヌルい仕事らしいね。自分のものかもあやふやな余所から拾っただけの意見を壊れたスピーカーみたいに垂れ流すだけでギャラが貰えるんだ』

「楽なのは結構じゃないか。どうだ、数馬。お前もそういうのに出るのを目指したらどうだ? なぁに、お前なら十分出れるくらいにはキャラが濃いよ」

『それは僕のニートという評価を指してかい? まったく、君や弾はからかっているだけだからまだしも、本気で言っているような輩には迷惑千万だと言ってやりたい。仕方ないだろう。面白いことが少ないんだ。やる気も削がれるというもの。むしろ、俺は日々未知を探して努力しているというのに』

「それがネットサーフィンにアニメ漫画観賞でイベント参加のための遠征かよ」

『然り然り。次元を表す数が一つ減る。それだけで何もかもが色鮮やかに見えてくる。まったくもって素晴らしい。リアルなんてクソゲーだ!』

「いや、それは流石に不味いんじゃないかなぁ?」

 

 どう足掻こうが自分たちはそのリアルに生きているわけであり、流石にそれまで無碍にするということは一夏にもできそうにない。というよりも、単に数馬が筋金入りなだけの話なのだろう。

 

『まぁいいさ。しかし、やっぱり一番笑えたのがねぇ……』

「どうした」

『いやさ、件のワイドショーな、まぁ色んな出演者たちが机に座ってあれこれ詰まらない意見を垂れ流すだけのものなんだけど、その中に一人だけ愉快なのがいてねぇ』

「へぇ、愉快ねぇ」

 

 先ほどまで散々にこき下ろしていたのから転じて、愉快と数馬が評したことに一夏も興味を引く。いや、確かに愉快と面白がってはいるが、好意的なものではないことは明らかだ。まるで無様な道化を見て侮蔑するような、厭味ったらしさを含んだ声だ。そんな喋り方をよくするからウザイとか言われるんだと思ったが、今更なことなので特に何も言わずに言葉の続きを待つ。

 

「で、そいつの何がどう愉快なんだ?」

『まぁ端的に言うなら、君へのアンチだよ』

「あー、やっぱいるんだな」

『まぁそれも必然というやつかね。十分に既知の範疇さ。ただ、流石にテレビだからかね、過激な発言は当たり前だけど無かったね。まぁ意見の要点はバカ丸出しだったけど』

 

 アッハッハと心底馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの笑いが電話越しに一夏の鼓膜を震わせる。数馬はそのアンチ一夏の意見を言ったゲストを心底馬鹿にしている。明らかに自分より程度が劣っており、しかし手助けをしようともせずむしろそれが破滅の道を歩むならそれを肴にドリンクを楽しんでやると言わんばかりに、本気で嘲笑っていた。

 

「で、どんなことを言っていたんだよ。ていうかそいつ何者さ」

『何者かっていえば、アレだよ。なんか最近頑張っちゃってるなんだっけ。名前は価値もないから忘れたけど、ISの性能とかパイロットの制限を根拠に女性優遇をのたまってるアレ』

「あぁ、アレね」

 

 固有名詞を省いた「アレ」だけで二人は互いの意思を疎通する。二人が言うアレとは、ISが世に広まってからほどなくして現れた、特に徹底した女性優遇社会を求める声を上げる権利団体のことである。

女性の権利向上を求める団体は古くからある。日本で言うならば、平塚雷鳥が主体となった新婦人協会が有名どころだろう。元々参政権など社会に関わる権利の薄かった女性層が家の内だけでなく社会の事柄の多くに関わり、貢献できるようにというのがこれらの団体の基本理念である。

実際、二十一世紀への突入付近より日本でも男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法などの法整備が整えられ、それまで男性の多かった社会の第一線における女性の活躍が急進するようになった。

 

『まぁ別にさ、その辺は良いのよ。やることきっちりやって、然るべき成果出してるなら幾らでも権利を要求すれば良いさ。ただ、連中の場合はちょっと違うからねぇ。まぁ確かにISの社会への貢献は間違いないものだけど、果たして連中の中にそれをやっている人間がどれだけいるやら。虎の威を借るにしても程度があるだろうに』

 

 元々低かった女性の社会的地位を、より大勢の人間が活躍し社会の発展を促せるように向上させる。それまでならまだ良い。しかしながら、女性側を意識しすぎるあまりに、時折本来の公平性から外れたような事例も見受けられるようになったのだ。いわゆる痴漢冤罪などその好例だろう。

 

『僕が思うにね、連中はその確かに存在した、けどそこまで表立ちにはならなかった歪みが明確な形を持ったものだと思うんだよ』

 

 そうして多少ながら歪みを抱えたままの社会情勢が進む中、一つの転機が訪れた。すなわち、ISの登場である。

一夏と数馬が今現在会話の軸に据えている団体は、数馬が言ったようにISのその非常に優れた性能と、一夏という例外が生まれたものの基本女性にしか扱えないという特性を根拠として、要約すると『女性こそが社会の中心を担っていくべき』として、かつての男性優位をそのまま女性優位にひっくり返したかのような論を展開する団体のことである。

 

『言論の自由が憲法で保障されているとはいえ、いささかフリーダムに過ぎるような気がするんだけど、そこんとこどう思う?』

「カルトとかの連中よりはまだかわいいもんだと思うがね」

 

 一般に『主義者』などと言われている団体は、時に過激とも言えるデモなどを行っていることもあるが、それも各国に同様の団体があることからの規模を考えればある意味当然だ。

だが、多少やかましくとも口だけでならまだマシであり、時に犯罪、酷い時にはテロまがいの行動を起こすカルトの方が問題というのが一夏の持論だ。曰く、「単に当人の心の支柱の一つというだけであれば良い宗教を利用して自分勝手に世間様に迷惑かける性根が気に食わん」ということである。

 

『ま、確かにまだ口だけだしね。それに、多分そこまでだ。持論を展開して世に発信できこそすれ、社会をその持論通りにするなんてのは無理だ。自分の意見を世界に発信するなんて、今日日(きょうび)小学生だってできる。彼女らのやってることは、しょせんそのレベル止まりさ。いやぁ、程度の低さが知れるねぇ』

「俺もそこまで詳しい方じゃないんだけど、その主義者連中だって世界で見れば少数派な方なんだろ?」

『まぁね。元々、女性の権利団体の中から特に強硬論を言ってる連中が分裂したようなもんだし。世の中だけじゃない、その大本の権利団体からすらも疑問視されているからね。受けている支持なんて、たかが知れるよ。規模も、指示する連中される連中の程度も』

「まぁ、人が何を信条にして何を言おうがそれは人の自由だろ。俺はそいつらが何を言おうとどうでも良いさ。知らぬ存ぜぬ。心底纏めてどうでも良い」

 

 一夏の反応はどこまでも淡白だ。自分を批判したければ勝手にすれば良い。自分は自分でやりたいようにやるだけだ。そう言わんばかりに切って捨てる。この自分というもののブレの無さがある意味で織斑一夏という人間の強さの一端を担っているのだろうと数馬は携帯に耳を傾けながら思う。

 

『……まぁ、親友として言わせてもらうなら気をつけなよ? 今はIS学園だっけ? そこなら大丈夫だろうけど、弾の家に来たみたいに外にも出るんだろう? 流石にそこまでは無いと思うけど、夜道で刺されて良い船になったりするなよ?』

「いや、まぁ俺もパンピーのアマに遅れは取らないけどさ。そこまでかね?」

『言ったろう? 結構過激だって。連中はISが女だけっていうのを根拠に自分たちの論を通したいんだよ。そこへ行くとお前の存在はただ邪魔者でしかない。しかも現状はただ一人。言っちゃなんだけど、お前さえいなくなれば連中の望む元通りの女しかいないIS乗りの業界に戻るわけだし。マジで過激な手段に出る可能性だってある』

「俺を倒しても第二、第三の俺がだな――」

『いや、そんなネタはいらないから』

「いやいや、そこはもっと上手く合わせろよ」

『悪い悪い。まぁ用心はしとけよ。単純に人殺すだけならナイフ持った幼稚園児だってできるんだから――って言っても、お前には釈迦に説法か』

「まぁな。確かに、人より人を壊す手管に通じているのは間違いないさ」

 

 そう言い切る一夏の声は冷淡だ。やろうと思えば人に危害を加えることなど手早く確実に、最小限の周辺への影響で済ませられるという明確な自負に満ちている。そして、自分以外の他大勢がその程度の有象無象でしかないという意識もまた然り。それを感じ取った数馬は面白がるように小さく含み笑いを漏らす。

 

『フフッ』

「どうしたよ」

『いや、そういう君の言い様がね。前々から思っていたけど、お前はなんていうか、ライオンとかそういう類だよ』

「その心は?」

『ライオンは知ってのとおり百獣の王なんて言われてる。サバンナとかじゃ文字通り他の動物の殆どは餌になるしかない。つまり、生殺与奪を一方的に握っているということだよ。君だってそうさ。

僕は君の本気を見たことはない。それでも生半なものじゃないってことくらいは知ってる。だからこそ、大抵の人間相手にもライオンと同じように一方的に生殺与奪を握れる。きっとライオンは他の動物なんて大したことないと思っているんだろうね。君の言い草も同じだよ。全部が全部ってわけじゃないし、そこまで薄情ってわけでもないけど、やっぱり他の連中との間に意識してるかどうかは知らないけど、壁を作ってるんじゃないかな?』

「それは……言われて見ればそうかもな」

 

 別に侮蔑しているわけではない。中学時代も別に数馬や弾、鈴とばかりつるんでいたわけではない。他の者達とだって、休み時間に人が足りないからとサッカーに誘われたりすれば時折参加して一緒に遊んだりもした。

ただそれでも、言われて初めて気づいたようなものだが、他の者達の間にそうした意識の壁があったのは事実だ。何が根拠となっているかは言うまでもない。一夏と他の者達の間にある武術的実力だ。

 

『多分、件の主義者連中に君が無関心なのもそこから来ているんじゃないかな? 所詮はごくごく普通に育った人間の集まりだ。君にとっては実力的弱者の集まりでしかない。だからこそ歯牙に掛けもしない』

「あぁ、確かにそうだな。本当に、言われりゃその通りだ。まぁ、好きにさせときゃ良いな。うん、確かに。けど――」

『けど、直接的な手段に出るならば話は別。しかるべき形で以って報いる、だろう? そこまで行っても無関心なほど、君は甘くもない。ついでに、それが相手にどうなろうともお構いなしなくらいには情けも無い。どうでも良いから、どうなろうが知らない』

「お前はアレか? 超能力者か何かか? 俺の考え読み過ぎだろう」

『まぁお前の人となりはそれなりに分かってるつもりだからね。持ってる情報を論理的思考で纏めれば、割と簡単にはじき出せる結果だよ。まったく、つくづく以ってお前は獅子や獣の類だな。けど、俺はお前のそういうところが嫌いじゃないし、何となくお前はそのままの方が何かと都合が良いかもしれない』

「俺がライオンなら、お前は蛇の類だよ。なんというか、人を唆したり微妙に意地が悪いあたり特に」

『アッハハ! まぁ、言いえて妙ってやつかな。実際人を弄るのは好きだし、あぁそういえば。神話でアダムとイヴを騙して知恵の実食わせたのも蛇だったな。蛇、ねぇ。密林で巨大アナコンダに襲われるパニック映画は中々面白かったな』

「それ、洒落になんねぇ状況だぞ」

『あれ、お前もやっぱそういうパターン苦手?』

「苦手っつーかなんつーか、いやさ。刀あればまだ何とかできる。頑張って首刎ねる。けど丸腰は……さすがに死ぬかも」

『素手でも蛇を絞め殺したりしないのか?』

「いずれはできるようになりたくても、まだ無理だな。できるようになったら、ドーム地下の格闘技場にでも参加するよ」

 

 ちなみにアナコンダの獲物の捕食方法はまず対象に巻き付いて絞め殺してから丸呑みである。この時に締めつける強さは、全身が筋肉の塊という蛇の体とその大きさもあって、数百キロにも達するという。更に余談だが、件のパニック映画では普通に人も食われるが、実際に蛇に人が食われたという事例は殆ど無かったりする。それでも怖いものは怖いが。

 

『つーか、話だいぶ逸れたな。なんか頼みがあるんだろ?』

「あ、あぁ。そうだった」

 

 気が付けばすっかり本題とは別の話題で盛り上がっていたことに一夏もなんとも言えない顔をする。そう、本題というのはそれなりに大事な内容なのだ。

 

「なぁ数馬。IS乗りの情報、そいつのプロフとか戦い方、はては専用機持ちならISそのもの。それってネットとかにどのくらい転がってるかね?」

『何を藪から棒に。……まぁいいや、そうだな。可能ではある、けどそう簡単でもない、と言うべきかな』

 

 何を言うべきか選ぶようにゆっくりと数馬は言葉を紡いでいく。

 

『IS学園なんてところに居る以上は一夏も分かっていることだろうけど、やっぱISは何だかんだで国防とかそういう面でも割と重要なポストに着けるのよ。性能が性能だからね。数に限りはあっても、派生技術からの恩恵ってやつも期待はできるだろうし』

「まぁそうだな。実際問題、ISの相手をするならやっぱりISにやらせるのが一番手っ取り早いし、そういう点じゃ、あぁ確かに重要だ」

『あとはまぁ私見だけど、ISを兵器として使うなら完全に奇襲用とかだろ? 専用機だっけ? あれって小さくして持ち運べるんだし』

「あぁ。実際俺も持っているし。確かに、霞が関とかのド真ん中で使って見境なしに大暴れすれば国家中枢にそれなりにダメージは食らわせられるだろうよ。別に日本だけじゃない。どこの国でも同じようなことやれば同じ結果になる」

『そう。だからやっぱり国としちゃISは、まぁ変わり種すぎるものだから正直扱いに困る。けど頼らないわけにもいかない。そんなものだ。それに、まだまだ開発の伸び白はありそうだからね。国としても、そうそう情報は外に漏らしたくはないだろう』

「だから難しいと」

『けど、それだけじゃない。どんなジャンルにだってオタクってやつは居る。戦闘機や戦艦、戦車、果てはそういうのをひっくるめた軍事そのもの。そういう方面にだって、むしろそういうものだからこそ徹底したような人もいる。

ISだってそれぞれの国じゃ基地とかで訓練飛行とかやっているんだろう。そういうのを何とかして見ようとしたり、純粋な知的好奇心から情報を集めようとしようとする人もいる。間違いなく。だからそういう面子とコミュが取れれば、あるいは可能だね』

「つまり、あっちこっちに居るだろうISオタク、あるいはマニアならそういう情報、どこどこのISはどうであんなだとか、あのISの専属パイロットはどんなやつだとか、知っていると?」

『可能性は十分にあるね』

「だが、仮にそういうのが居たとしてコミュが取れるのか? いやそもそも、取れたとして情報なんて引き出せるかね?」

『あぁ、その点なら心配ない。言っただろう? オタクだって。自分で言うのもなんだけど、僕だって一種のオタクだ。そして一夏、オタクというのはね、奉じるジャンルが違ってもその本質は一緒なんだよ。誰かと知識を共有したい、語り合いたい。新しい仲間が欲しい。そのあたりの生態は、百どころか千も承知しているさ。

結論を言おう。多少時間は貰うよ。けど、報告は出せると思う。多分だけどIS絡みのオタクにしたってどこかしらでコミュ用の掲示板なりを作っているはずだ。いや、既存の軍事系のコミュの中にもあるかもしれないね。僕が飛び込むとして、まずは挨拶代わりになる最低限の情報をゲットして、コミュに飛び込んで……』

 

 そのまま数馬はブツブツと方策を呟きながら思案する。海外系のサイトがねらい目かとか、言語はどうするか、翻訳機能付きのブラウザを使うかとか、目玉のためにどこかしらにハックをかけるかとか、微妙に簡単に聞き逃せないような内容も混じってはいたが、様子から察するに数馬の中では既に確固たるビジョンができあがりつつあるのを一夏は感じ取っていた。

 

『一夏、一応確認しておくよ。どこの誰の、どんな情報が欲しい?』

「フランス代表候補生シャルロット・デュノアおよび専用機ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ。ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒおよび専用機シュヴァルツェア・レーゲン。デュノアはフランスのIS大手デュノア社令嬢、ボーデヴィッヒはドイツ軍のIS専門部隊の隊員だそうだ。その線から行くと良いかもしれん。情報は、まぁどんな装備があるとかどんな戦い方するとか、とにかく何でもいい」

『了解。オーケー、早速検索でヒットだ。いや中々どうして華のある見目麗しい少女らじゃないか。まさしく国家という積み重ねた歴史という土壌が生んだ一輪の可憐なる花。いやさ、陳腐な表現でしかその華を形容できない自分がもどかしい。彼女らへの不敬に他ならんと言うのに、それしか言えないこの身のなんたる矮小さか。あぁだがそれも必然、物事は究極に、より本質に近づくほど形容する言葉は陳腐になるもの。彼女らを可憐と、見目麗しいとしか言えないのなら、まさしくその一言に集約されるのだろう』

「……」

 

 何やら一人でみょうちくりんな言い回しを始めた数馬に一夏は閉口する。またか、と思うと同時に感想はただ一言だけ。すなわち、ウザい。

御手洗数馬、決して悪い奴ではないしむしろ親友と呼んで差支えない良い友人でもあるというのが一夏の認識だが、どうじにその悪癖もまた承知している。

彼はテンションが上がったり緊張したりすると、とにかく面倒な喋り方になるのだ。無駄に言葉を多用して何やら複雑な言い回しをする。端的に言って胡散臭く、そして時には親友(イチカ)ですら「ウザい」と感じる程になるのだ。

中学時代、数馬のせいで程度の大小の差はあれども迷惑厄介を被った者達の間では、一時期「御手洗数馬超ウザい」が流行語になっていたるするほどだ。

そして更に厄介なことに、数馬は一般的に「美少年」と言っても差し支えはない顔立ちであるため、そのウザさすらどこか様になっているのだ。こうなると一夏としてもはやウザいというより「知るかめんどくさい」と呆れてしまうばかりなのだった。

 なお、今回の場合は検索でヒットしたというが、大方シャルロットとラウラが数馬としては十分に気に入るに値する容姿だったためにテンションが上がっているのだろう。確かに、客観的に見て二人が見目麗しい容姿をしているという点については概ね賛同はできる。

 

『ん、まぁ要件は概ね理解したよ。そうだね、IS関連は僕も知らないことが多い。良い機会だ。僕を楽しませてくれるような未知がないか、少し潜ってみるとしよう』

「悪いな、恩に着る。なにせ、こういうのを頼めるのはお前しかいない」

『別に良いさ』

 

 頼ることしかできないために素直に礼を言う一夏に、数馬はどうということはないと気楽な調子で答える。出会ってから三年、積み重ねてきた友情の一端がここに表れていると言っても過言では無かった。

 

『とにかく、一夏は気長に待ってろ。僕も、可及的速やかに情報を伝えるとしよう』

「あぁ、頼む」

『さて、これでお前からの頼みは受諾したわけだが、となるとここで一つ。新しい話題ができあがる』

「なに?」

 

 自分の依頼が成立したことによってできる話題。一体なんなのかと一夏は首を傾げる。

 

『何てことはない。依頼成功の暁には報酬が支払われて当然。となると、こっちも多少は見返りを要求する権利はあるんじゃないのかな?』

「あぁ、そういうことか」

 

 納得したと言うように一夏は鷹揚に頷く。至極尤もな話だし、一夏としても欲しい情報が得られたなら対価を払うことは吝かではない。

幸運というべきか、倉持開発の白式を拝領するにあたって技術開発への協力報酬という名目で月々幾らかの報酬を受け取っている。エライ高額というわけでもないが、高校生の小遣いと呼ぶには過分に過ぎるくらいにはあるため、ここ一、二か月で一夏の口座は一気に残高を増やしている。多少の金銭くらいなら、問題はないだろう。

 

『あ、別にお金とかは良いよ。ぶっちゃけ俺も月にかなり稼いでるし』

 

 先回りした数馬が金銭は要らないと言って来る。では、何を払えばいいのか。

 

『あのね、別に何か寄越せってわけじゃないんだよ。いや、強いて言うなら時間、かな。あのね、ちょっと付き合って欲しいことがあるんだ』

「付き合ってほしいこと?」

『そう。夏ど真ん中だから学校も休みだろう? いやさ、ちょっとイベントのチケットがあるんだけど、二枚あってね。一枚、奢るからそれにさ。チケットを無駄にはしたくないんだよ』

「イベントって、何さ」

『それはね……』

 

 そこで数馬は僅かに言葉を切る。その間に、一夏は耳を傾けた。

 

『アイ○ルマスター アニバーサリーライブ。場所はSSAな』

「……はい?」

 

 思わず聞き返した。

ここで説明しよう。『アイドルマ○ター』とはゲーム開発会社バン○ムが開発しているアイドル育成型シュミレーションゲーム、および関連商品その他諸々の総称である。なお、過日に一夏が弾の家で数馬に誘われて見ていたアニメはこのアイドルマ○ターのアニメである。

 

『えーっとね、ほら。この間の弾の家で話したろ? 声優さんたちが実際にライブやってるって』

「あぁ、そういやそんなこと言ってたねぇ。何か? それでお前はチケットが取れて、一枚余ってるから、俺にくれてやるから一緒に来いと」

『そゆこと』

「あー……」

 

 さてどうしようかと思う。別に嫌いではない。というより嫌いだったらいかに親友に勧められたとはいえアニメを全話見たりしない。

 

『よし、更にオマケだ。今ならチケットタダに加えてライブ用のTシャツ及びペンライト各種の無料レンタルもやってやる。更によりライブを楽しむための曲のコールも押さえとくべき曲のは伝授しよう。どうだ!』

「それだと、俺の実質負担は交通費くらいじゃないのか?」

『それに加えて会場の物販で買うグッズとかもあるね。なんだったら幾らかカンパはするけど。どうせ推定出費ははした金で片付くし』

「随分と至れり尽くせりなんだな。そこまで俺を誘いたいのかよ」

『まぁね。多分、弾はそこまで乗り気にはならないだろうし。それに、本当に余ったチケットをどうにかしたいんだよ』

「それだったらネットで転売したりとか――」

 

『この戯けぇっ!!!!』

 

 不意に鼓膜を揺らした怒声に思わず一夏は携帯を耳から離す。

 

「お、おい数馬?」

『あぁ、すまない。いやゴメン。ただ一夏、某は転売という行為がどうにも許せなくてさ。いや、正当な理由があるなら良いんだよ。例えばだけど、行きたいからチケットを取った。でもどうしても外せない用事で行けないから、誰かに売ると。基本的に買う側はチケットを正規の販売で取れなかった人で、ついでに額も割増になる。けど、そういう真っ当な背景があるならまだ許容はできるんだよ。

売る側はそもそもからして行けないという悔しさを噛みしめることになるし。それでせめて自分の代わりに楽しんでくれとチケットを託す。買う側はそうした意思をくみ取った上で売る側の支払ったチケット代、プラスで行けないことへのお見舞いも込めて、まぁ実際は需要と供給の関係とかだけどさ、割増の額で買う。そういうのならまだ良い。まぁ、そんなの私人間(しじんかん)でくらいしかないだろうけどね。

ただ問題なのは初めから転売する気で取ってるやつだよ。そういうやつが数を無駄に取るから真面目に行きたい人がチケットを取れない。そんな人たちの無念に付け込んでぼったくり価格で売りつける腐れテンバイヤー共。もうね、思うわけよ。蚊とゴキブリとテンバイヤーは絶滅しちまえと。あとeプ○ス死ね』

「お、おう……。まぁなんだ、お前の心意気は分かったよ」

 

 腹の底から湧き上がるような怒りを押し殺した数馬の言葉に一夏も若干引きながらも理解を示す。

 

「まぁ、なんだ。お前の気持ちは分かったし、色々とサポートしてくれるみたいだし。うん、わかった。何とか都合をつけて、その提案を受けよう」

『そう言ってくれると信じていたよ、親友』

「まぁ、やれることには真面目に取り掛かる必要があるからな。あぁ、ダチのためになるなら、本気(マジ)になるべきだろうよ」

『その言葉を待っていたぜ。ようこそ、プロデューサー道へ』

 

 ここで言うプロデューサーとはファンの基本的呼称のことである。名前の後にPと付けるのが基本であり、例えば数馬の場合ならば『御手洗P』あるいは『数馬P』となるわけである。

 

「まぁ、プロデューサー道云々は置いといてだ。やる以上は、本気で行かせてもらうじゃないか」

『その意気だとも親友』

 

 電話越しに二人はニヤリとした笑いを交し合う。何も知らずに傍から見ればそれなりにサマになっている絵だが、そこで交わされている会話の内容はどこまでもどうしようが無かった。

 

「しかし、アイドルか……」

『どうした?』

「いやさ、さっきも言ったろう? 俺は必要なことなら真面目にやる。少なくともこの間のアイマイの一件で、そっちの方面の情報を仕入れておくのはお前とやっていくうえで役に立つと思ったんだ」

『ふむ、それで?』

「あぁ。だから、俺なりに似たようなジャンルでどういうのがあるのか調べてみたんだよ。物によってはお前と話すために幾らか中身も覚えとこうと思ったんだがな。……その、なんだろうね? あのね、俺もまさかこうなるとは思って無かったんだけどね? そのぉ、良いかな? って思うのが……あったの」

『ほっほう?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、数馬の目があからさまに輝いた。同時に声に何かを期待するような色が混じる。

 

「いや、俺も本当に不覚を取ったとしか言えない。けどまぁ、よくよく思い出して見れば俺は修行以外は割とインドアだったし、元々漫画もアニメも人並みに読んだり見てたりしたから、まぁその延長だと思えば良いかなと。で、結局何なのかと言うと――」

『待て。俺が予想しよう。そうだな……ずばり、ミュージックの王子様あたりか』

「いや違う。まぁ調べる過程で名前は知ったけど、あれどう考えても女向けだろ」

『アニメは見たけど男でも楽しめたですしお寿司。あと、ミュージックと王子を英語と日本語ひっくり返すなよ? 絶対だぞ?』

「いや知らねーよ。でだ、結局何かっていうと……『ラブラ○ブ』なんだ……」

『ヒィィィヤッハァァァァァァ!! 流石だぜ親友! 目の付け所がイケてるねぇ!』

 

 一夏の選択が相当に気に入ったのか、非常にハイなテンションで数馬が歓喜の声を上げる。

なお、ラブ○イブとは主にアニメやコミック関連を主とする三つの企業グループが合同で立ち上げたプロジェクトの総称である。アイマイ同様、CD発売を始めとしてアニメ、コミック、更にはキャラの声優によるライブなど多方面に展開している。

ちなみによく似た響きにラフロイグがあるが、あっちはウィスキーである。

 

『察するにアニメだな? 今ちょうど旬だ。聞けばIS学園はその辺の環境も完璧と言う。視聴にさしたる問題はあるまい』

「あぁ。俺もまさかこうなるとはまるでこれっぽっちさっぱり思って無かったけどね!」

『良いさ良いさ。何も恥じることはない。一夏、我が盟友よ。今この時より我らを結ぶ縁は更に盤石なものとなった。あぁ、感じるぞ、既知を。だが、決して悪くはない。そう、友情とはかくも美しきものだ。駆け抜ける刹那の青春、その一瞬のきらめきをより鮮烈に輝かせる。既知であるが、これは良い。

一夏、分かるぞ。君も、ニコ先輩の『ニ○コ○ッコニー!』にやられた口だろう?』

「いや、俺は、そのぉ、ウミちゃんの『ラブアローシュート』にハートをBANされた口なんだけど……」

『そっちかー! だがナイスチョイス!!』

 

 一夏の行動が相当に気に入ったのか、数馬のテンションは上がったまま下がる気配を見せることはない。

 

『オーケーオーケー! 任せろ! この御手洗数馬、しっかり網羅している! 今度CD貸してやる。あぁ、そういえばライブもあったな。よし、チケットは任せとけ!』

「あ、いやオイ……」

 

 別にそこまで頼んだつもりは無いのだが、多分数馬はそれ行けやれ行けと言わんばかりにグイグイと押し付けてくるだろう。それも善意が百パーセントなのだから断るに断れない。

まぁタダで貸してくれるというならそれはそれでありがたく受けて、適当に曲を音楽プレーヤーにでも放り込んでおこうか。そんなことを考えながら一夏は数馬の言葉を聞き流す。

 

『ところで一夏よ。ぶっちゃけ、アニメの方はどうだった?』

「何で見てること前提で話進んでるんだよ」

『だって『ニッ○ニッ○ニー』とか『ラブアローシュート』とか知ってるじゃん』

 

 そういえばそんなことをつい口走ってしまったなと思う。見事なまでに墓穴を掘った形だ。ちなみに一夏は真面目な人間というのは嫌いではない。作品の中でもかなり真面目な方であるキャラを気に入ったのも、あるいは自然な流れなのだろう。

周囲の人物に当てはめてみれば、セシリアなど良い例だ。あとは少々固すぎる所があるが箒も当てはまる。なんだかんだで真面目であるということは一夏にとって良い印象を抱けるものなのだ。

 ではそれが男女の云々に発展するかと言えば、それは難しいと一夏自身思っている。

客観的に見て良い女子であるのは間違いないのだろうが、何せただの一度でも互いの『武』を交わしてしまったのが運の尽きか。色恋以前に武人としての感性が働いてしまうのだ。こういうのを職業病というのだろうかと考えてしまう。

 

『で、アニメはどう見てる?』

「どうってそりゃ……まぁ部屋のテレビのHDに録画はできるから、部屋で筋トレしてる時とかに流してる感じかな。部屋は防音もしっかりしてるからな。それに限った話じゃないけど、テレビを気兼ねなく見るのには役立ってるよ」

『ふむふむ。で、全体的な感想はどうだ? こう、キャラ同士の絡みとか。あ、ちなみに俺はマキとミコの絡みが好みです』

「まぁ悪くは無かったさ。ただアレ、アイドルっつーよりむしろノリはスポ根じゃね?」

『まぁシナリオの根幹は野球に例えりゃ、廃校寸前の学校助けるために野球部が甲子園に出て学校盛り上げようってノリだからねぇ』

「あるいは、それだからかもしれないな。ぶっちゃけそういうド根性とか割と好きですハイ」

『とことん体育会系だもんねぇ、一夏』

「否定はせんよ。あぁそうそう――」

 

 軽くフッと笑ってから一夏は何かを思い出したように人差し指を立てた。

 

「マキで思い出したがな、彼女は受け専門だと思うんだよ俺」

『そこに気付くとはやはり天才か』

 

 さらっと自分がかなりダメな発言をしていることに一夏はまるで気付かず、相手の数馬はと言えばただそれを称賛するのみ。仮にこの場に弾が居たとすれば、もはや手遅れと言いたげな哀れむ視線を一夏に向けていただろう。

数馬には向けないのかと問われれば、彼についてはとっくに手遅れというのが弾の認識である。

 

『やはり僕の見込みに間違いは無かった。断言しよう、一夏。我が盟友よ。君には紛れもない才覚がある。自分を武術家としているが、その可能性はそれに留まらず無限に広がり流れるものだろうよ』

「あ、あぁうん。ありがとう」

 

 可能性があると言われるのは良いのだが、果たしてそれは素直に喜んで良いものなのか。何か、妙な所でズレが生じているような感覚を一夏は否めずにいた。

 

『さて――あぁ一夏。さっきの頼みごとの件だけどね、中々面白いトコが見つかった』

「なに?」

 

 先ほどまでと一転して、一夏の声に一気に硬質さが宿る。頼みごと、つまりはシャルロットとラウラの情報についてだ。

 

『まだ見つけたばかりだから本格的なのはこれからだけど、これは多分自由参加型の掲示板だね。一応海外のサイトだけど、確認できるだけで十カ国以上の人が参加しているらしい。

案の定と言うかね、話題はIS関連がやっぱり多いらしい。これは――多分現役の軍人とかも混じってるのかな? 最近の軍隊にはこういう方面が趣味の人も多いって言うけど、これは中々……。あぁ、使えそうだ。まだ探してはみるけど、いきなり良いポイントが見つかったよ』

「幸先が良さそうなのは良いが、大丈夫なのか? その、色々と」

『あぁ。海外系でまずはウィルスやフィッシングの類には気を付けたいけど、まぁその辺の対策はしてるし。言語も、まぁ英語やフランス語、ドイツ語だとかメジャーなのしか対応してないとはいえ、自動で翻訳ルビ振ってくれるブラウザ使ってるし。掲示板自体も、この手の自由参加型にしてはかなり纏まってるね。内容が結構専門的みたいだから参加者が限られるのかな? 荒らしの類も殆どいない。ここまで自浄作用が機能している掲示板も稀有だね。それなりに予備知識を持って新参で入る必要があるけど、まぁ多分何とかなるだろう』

「数馬、そのサイトは俺でも見れるか?」

『別にURL教えるだけなら良いけど、ちょっとお勧めはしないかな。海外系のサイトを回るなら厄介ごと抱えないようにそれなりに慣れる必要があるし。何より一夏、何カ国語も入り混じってるページを解読できるか?』

「無理だな」

 

 即答する。そもそも学校教育で習う範囲の英語ですら怪しいのに、そこへ更に他の言語など土台無理な相談だ。そこまで言語能力に秀でていると思ったことは生まれてこの方一度もない。

 

『というか、ぶっちゃけ俺もこの翻訳機能付きブラウザじゃなきゃ全部読める自信が無いし。いや、勉強すれば何とかなるかもしれないけど、時間も掛かるからね』

「ふむ。まぁ良い。この手のことは俺よりお前の方が遥かに専門だ。全面的に任せる」

『任されよ、ご期待には添えるとしよう』 

 

 余裕すら感じさせる数馬の言葉には事が上手く運ぶということへの強い自負が感じられる。実際、そこまで言うからには算段も付いているのだろう。ならば後はそれを信じて待つのみ。それが今の一夏のすべきことだ。

 

『しかし、ISか。君がまぁ、今のような立場になったからこそ、僕も色々と調べるようにはなったけど、中々どうして摩訶不思議な代物だ。いや、むしろ作った人間の方なのかな? 摩訶不思議は』

「束さんか。まぁ確かにそうだ。ただ、摩訶不思議というよりはむしろ奇天烈だな」

『そっか。確か知り合いって言ってたっけ? どんな人だったんだい?』

 

 あまり吹聴はしていないが、ごく一部の人間には篠ノ之束と自分が知己であるということを話したことがある。数馬もそうした一人だ。

ISという世界規模で影響を与えた兵器の開発者を知り合いに持つということは決して軽くはない。だが、例えばこの数馬や、同様に彼女との関係を教えた弾などは「一夏の知り合いだからと言って自分に何かあるわけでもない」と割り切って些事の中の些事としか受け止めていない。一夏もこのあたりを信用して話したのだが、事実として今この時も数馬にとっては一夏と束の関係など話を進める一要素の一つでしかない認識だった。

 

「そうだな。まぁ作ったものがものだ。実際、開発者としちゃ間違いなく不世出クラスの大天才と言って間違いないよ。けどその反動というかね、人としちゃ劣等だよ。俺含めほんの数人を覗いて、他人と真っ当に接していた記憶はないな。いうなれば、天才ぶり同様に不世出で史上最強クラスのコミュ障だ」

『随分と辛辣に言うじゃないか。口ぶりに出てるよ?』

「まぁ、姉共々色々と振り回されたからなぁ。あぁ、何かあの人がやらかす度に姉貴の鉄拳が飛んでたのが懐かしいや」

『へぇ、あの千冬さんとねぇ。また随分とタフな』

「ま、雲隠れして世界中の追跡からトンズラこいてるんだ。バイタリティはあるだろうよ。なんか律儀に毎年年始には写真付きの年賀状送ってきてるからな。息災ではあるらしい」

『あまり嬉しそうじゃないね』

「嬉しいとか嫌とか、そういうんじゃないんだよな。なんつーか、どうでも良い。最後に直接会ったのなんざ一体何年前やら。あの人がどうかはともかく、俺からしてみりゃ近所の変わり者だったからな。冷たいと言いたきゃ言え。今更、あの人の生死程度でどうこう騒ぎはしないよ」

 

 束の失踪が箒の連続転居コンボのきっかけとなったため、時期的には一夏がまだ十の齢にもなっていない頃のことだ。そんな昔の、少々縁があった程度の知人に向ける関心など、よほどの人間でもなければ持ってはいない。

束は確かに能力という面で見れば『余程』という言葉でも過小評価が過ぎるだろうが、『人間』として見れば一夏もそこまでなついた記憶はない。精々が姉と親しく、その関係か自分にも友好的に接してきていたくらいだ。その程度、別段特別視するようなことではない。

 

「あぁでもアレだ。一つ、たった一つだけな、俺はあの人に関して完全に肯定せざるを得ないことがある」

『へぇ? それは博士の発明……じゃないね?』

「あぁ。ぶっちゃけ束さんが何作ろうが知ったことじゃない。俺に厄介を持ち込まなきゃな。ISは、まぁギリギリ許容ラインか。で、何が認められるかって言うとだな――」

 

 そこで一夏は一度言葉を切って息を吸う。携帯を手にする数馬はその後の一夏の言葉を静かに待つ。そして、一夏の唇が動く。

 

「ずばり、乳だ」

『そうか、それは否定のしようがないな』

 

 野郎二人、揃ってダメな発言をかました。

 

「いや、少なくとも今まで俺が見てきた中で、それこそテレビに出てるだとか道端ですれ違ったとかも含めてだ。束さん、乳のでかさは半端じゃない」

『マジか』

「マジだ。何せ毎年の年賀で確認できるからな。去年など暑い地域に居たのか水着、それもビキニ姿と来た」

『永久保存ものか』

「バッチリコピーは取って俺が処分するという名目の下、姉貴からぶんどって部屋の最奥に保存済みだ」

『今度見せろ。ていうかデータ頂戴』

「オーケー、任せろ」

『ちなみに参考までに聞かせてくれ。どのくらいだ』

「ぶっちゃけカップサイズとかは詳しくないから抽象的になるけど、こう、アレだ。どたぷ~んって感じだ」

『そうか。どたぷ~んでバルンバルンしよるわけか』

『あぁ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッだ』

『ほほぅ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンなわけか』

「うむ。どたぷ~んでバルンバルンしよってダァイナマイトッでビッグバァンでスリルショックサスペンスだ」

『実に素晴らしいな』

「あぁ。俺は大きさで貴賤を決めるような無粋な真似はしないが、でかいはでかいで良いものだと思う」

『全くもって同感だ。俺も、それこそ72センチから91センチまで平等に愛でる自信がある。そう、大きさの貴賤など些末なことなのだよ。真の魅力とは存在そのもの全てより燦然と遥か天上で燃え盛る太陽のように、あるいは静謐に佇む月、宝石のように散り散り煌めく星々のように、鮮烈さと、厳かな優美さと、感嘆に足る輝きのように、ただ在るだけで溢れるものなのだから』

「そ、そうだな」

 

 またしても妙なテンションが入った数馬に話を振ったことを棚上げして一夏は軽く引く。この面倒なノリはこうやって不意打ちのように、いつ訪れるかが分からないから性質が悪い。

 

(とりあえず、山田先生のことは黙っとくか。束さんがロケットなら先生のは……ICBMだ)

 

 アレはもはやただただ感嘆するより他ない。何かの時だったか、彼女本人がチラリと言ったのを耳に挟んだ「サイズが合わなくてISスーツを特注した」という言葉は今も覚えている。

全くもって自分の武術家思考の都合良さを感じる。何よりも彼女に対して現状ISでの武技のおける自分の教師であり優秀な乗り手の一人であるという認識による、武人としての闘争本能が反応しているから良いものの、そうでなかったらさぞや年頃の男子にありがちなリビドーに悩まされていたに違いない。弾なら確実に反応するだろう。数馬など一見冷静を装っても内心大興奮に違いない。

 

『っと失敬。少し興奮した。まぁアレだ。とにかく頼みごとの件は何とかなりそうだから、そっちはそっちで頑張っとけ』

「あぁ、もちろんそのつもりだよ。何せ最近ようやっと本格的にIS動かすのが純粋に楽しいと思えてきたからな。バトルとなるとなおさらだ」

『変わらないねぇ、そういうトコ』

「いや全く。まぁとは言っても、しょせん俺一人の理論だからな。そりゃあ、できればこの楽しさとかをみんなとも共有したいと思うけど、俺の理屈を押し付けるわけにもいかないだろ?」

『いやいや一夏、それは違うと思うな。むしろガンガン押してくべきだよ』

「というと?」

『何事においてもだけど、最前線や最上位のレベルにいる人達っていうのはね、各々の分野である種そういう理屈を握っているんだよ。例えばだけど、種目は何でも良いからスポーツで文字通り世界最高峰の選手がいるとする。その選手は自分で編み出した独自のやり方を持っていて、それを駆使してそこまで上り詰めたとする。

もしもその人が凡俗なら、そのやり方は評価されないだろう。けどその人は最高峰だからこそ、自分のやり方、理屈を正しいものとして通してる。本人は意識してるかは定かじゃないけど、上に立つ人間ってのは多かれ少なかれ、自分の方式ってやつを周りに認めさせて、それが正しくて当然と思わせてるのさ。

もちろん、さっきも言ったようにそれは相応のレベルにあるからこそだ。けどねぇ、レベルが高いから自分流を通せたのと、自分流を徹したから高いレベルに上がったのなんて卵が先か鶏が先かのことだから。どっちありきは関係ないね』

「つまりアレか。お前はこう言いたいわけだ。迷わずに俺の理屈を貫けと」

『そう。そしてそうだと思ったならいっそ周りに押し付けても良い。上位者なんてどっかしら傲慢なところがあるんだし、そういう王様気質は割と一夏にあっていると思うよ?』

「はっ、買い被りすぎだ」

『いやいや、割と本気で僕は思ってるよ。それで、もしも君がそういう人間になれたら、その暁にはぜひ僕を厚遇してくれ。あぁ、弾も一緒だと楽しそうだな』

「皮算用がすぎるだろうがよオイ」

『あいにく、他力本願は僕の十八番でね』

 

 そのまま二人はカラカラと笑いあい、二言三言会話をして電話を切る。思いのほか話が盛り上がったことにちょっとした充足を感じつつ、一夏は電話を切る直前の最後のやり取りでの数馬の言葉を思い出していた。

 

 ――なぁ一夏。さっきの自分ルール云々の話だけどさ、実はすごい分かりやすい表現があるんだ。それも、この理屈のある意味究極の。――

 ――僕たち人間誰もが従わなきゃいけないルールってのもあるだろう? 万有引力、熱力学第二、相対性理論、果てはそもそもの生物の生死。人間どころかこの地球、その他もろもろの惑星、宇宙全体に共通する法則(ルール)がある。――

 ――自分で言ってて飛躍しすぎだとは思うけどね、それでも僕は思うんだよ。そういう世の法則を決めたやつがいるっていうなら、そいつはなんて言うべきか。すぐに答えは出たよ。あまりにも、当たり前すぎる答えだけどね。一夏、そういうのはね――

 

 

 ――神様って言うのさ――

 

 

 

「神、ねぇ」

 

 本当に飛躍しすぎだろうと思った。何せ神さまである。釈迦とかキリストとかヤハウェだとかニャルラトホテプだとかそういう類だ。あまりに話がかっとんでいるせいで、「こいつ中二病患ってるんじゃねぇの?」と疑ったくらいだ。

ちなみに中二病云々は、思えば昔からこんな感じだったからデフォのようなもので今更気にするようなことでもないとすぐに片を付けた。

 

「あ~でも、あれかぁ」

 

 ふと思いつく。今自分の右手に嵌っている腕輪、専用機白式の待機形態だ。これを、ISを、生み出したのは彼女だ。そういう意味で言うなら彼女は、篠ノ之束はISの創造主と言うべきだろう。

確か万物の創造主と神がイコールなのはキリストだったか。宗教にはそこまで明るくないため断言はできないが、そんな理屈もあったはずだ。となると短絡的ではあるが、ISという限られた範囲で考えれば束はその範囲における神にも等しいのではないかと思う。

意外に身近な所に分かりやすい例えがあったことに何とも言葉に形容しがたい思いが出る。あるいは、数馬はこのあたりのことを見越してあのようなことを言ったのだろうか。だとしたら、相変わらず大した慧眼の持ち主だと言えよう。

 

「まぁ、今はまだ詮無いことってやつか」

 

 まだまだ絶賛精進中の身。あまり余計なことは考える必要はないだろう。日々をいつものように鍛練と共に過ごすだけだ。

 

「けど、そうだな。いずれはっていうのも、面白そうだな……」

 

 あるいは姉すら超える程の領域に至った時、その時はかの創造主(タバネ)に真っ向から喧嘩を吹っかけるのも悪くないかもしれない。思い出して見れば、神に人間が喧嘩吹っかけて神に苦虫噛みつぶさせた事例など、古今の神話を見れば意外とありふれている。

そして自分の相手はそう比喩できるだけで、実際には極まった能力を持っただけのただの人間。別にオカルトに足突っ込んでいるわけではない。やりようなどいくらでもあるだろう。

 もしもそれが実現したらどうなるのか。その時自分はどれほどで、一体どんな規模の戦いを繰り広げることになるのだろうか? それこそ大迫力のバトルもののアニメや漫画みたいに「お前らの喧嘩で世界がヤバイ」くらいのレベルにもなるかもしれない。それを考えると、それだけで興奮に体が震える。

 

「あぁ、こうしちゃおれん」

 

 胸の内からフツフツと湧き上がってきた衝動を発散させる。とりあえず今から外に出るには少々遅い。ならばすべきは決まっている。

 

「レッツ、筋トレマラソン」

 

 とりあえずは腕立てから始めようと決めた一夏であった。明日のキレてる筋肉のためにも、今日の努力を欠かしてはいけない。そう、武人は一日にしてならずなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、既に寮の門限も過ぎた刻限にありながら明りのついている施設がある。

 

「やぁっ! はぁっ!」

 

 伝統的日本建築そのものの外観を持っているこの建物は剣道場だ。中から響く張りのある掛け声の主は篠ノ之箒。竹刀ではなく木刀を持った彼女は、自身の稽古の相手である上級生、斉藤初音に向けて幾度も斬りかかっていた。

 

「……」

 

 箒の止めどなく打ち込まれ続ける木刀による打撃を初音は無言で捌く。二人の表情は固く、共に真剣にのめり込んでいることは伺える。

本来であれば今の時間に二人がこの剣道場で稽古を行っていることは寮の門限に違反している。だが、今回に関しては事前にそうした門限外での学内施設の利用申請を提出していたため、二人の稽古は学園が公式に認めたものとなっている。

 

「やるね」

 

 そのまましばらく稽古を続け、キリの良い所で一度動きを止めてから初音が言う。

 

「数日だけど、だいぶ進歩してる。正直、驚いた」

「あ、ありがとう、ございます」

 

 僅かに消耗は見られるものの、涼しい表情を保っている初音に対して箒は明らかに疲弊している。基礎体力や腕前、他にも稽古の方式など要因は諸々あるが、これが二人の差を示す一端であるとも言えよう。

 

「とりあえず、私が再現できるだけの彼の攻め手はやってみた。どう?」

「しょ、正直かなりのものです」

「けど、せめてこのくらいどうにかできなければ話にならない」

「えぇ。百も、承知しています」

「じゃあ、少し息を整えたらまた始める。とにかく、まずは守りを固めて。倒れなければ、負けることはない」

「はい」

 

 そうして箒は急いで息を整えると、再び木刀を正眼に構えて初音に向き直る。それを見て初音も静かに木刀を構える。

そうして再度立ち合い方式の稽古が始まる。翌日には使用許可を取ったISの実機を用いての訓練が控えているが、それでもお構いなしに二人の稽古は勢いを増していく。

道場から響き渡る掛け声、竹刀が打ち合う音、床が踏み鳴らされる音、外に漏れるそれらは誰の耳に入ることもなく夜の帳へと溶けていく。

 

 

 

 

 明朝には一夏は白式の調整のために姉と共に倉持技研へ赴く。箒は初音、司と共に対一夏に主眼を据えた訓練を行う。他の者達も、専用機を持つ者持たぬ者、代表候補の肩書を背負う者背負わぬ者、立場経歴肩書きは違えど学園に在籍する一人として自分のすべきことをするために次の一日を過ごす。

こうして夜は更けていき、少しずつ、少しずつ、学園の誰もが主役となる一大舞台(トーナメント)の開催は近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし? えぇ、調子は良いですよ。今のところは色々上手くいってます。はい、そのことはちょっと待って下さい。流石にいきなりは無茶ですよ。準備とか整えて、そういえば今度機体の調整があるとかって。えぇ、そろそろかなぁとは思ってます。じゃあ、また」

 

 携帯電話の通話を切った少女はため息を一つ吐く。本当はもっと気楽に過ごしたいのに、とんだ面倒を背負ったものだと思う。しかも厄介なことに、それでもやらなきゃならない以上、行動しなければ自分が満足できないのだ。たとえそれがチグハグなプランに基づく無茶であったとしてもだ。

 

「あ~あ、本当にこんなんじゃあ満足できる学園ライフは遠いなぁ……」

 

 そう言って少女は整ったその顔立ちに苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけで一夏と数馬の野郎ズトークがほとんどの今回でした。
えぇ、本当にそれくらいしかコメントできませんね。我ながら何書いてるんだろって思いましたからww
 次回こそは大真面目に話を進めたいと思います。

 あと割と今さらなのですが、一夏も数馬も気に入らない相手にはかなり辛辣になるタイプです。なんとなく言ってみました。

 あと一つ大事なこと。
本作品に出てくる創作物は基本的に架空のものです。実際の作品、プロジェクトなどとのかかわりはたぶんあんまりそこまでありません。出てくるキャラにしてもどっか名前が似てるな~と思うかもしれませんが、似ているだけです。あまり深いことは気にしてはいけません。
割と大真面目にこのあたりについては寛容なご理解ご協力をお願い致します。
 まぁ、結局のところは自分がよくやらかすネタの一つに過ぎないということに集約されてしまうのですけどねww

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