或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 というわけでトーナメント開幕です。いやぁ、書いていたらまた当初の構想より多くなりそうな気がしてきました。本当に、書いていたらなんかどんどん出てきちゃうんですよね。自分としてはもっとコンパクトにまとめたいものですが。


第二十二話 少女の挑戦、挑むは近くに在りて高き壁

 IS学園の全体トーナメントは一週間をかけて行われる。連日ほぼ丸一日を通して試合日程を消化していくのだ。当然ながらこの間、通常の授業カリキュラムは休講となる。

学園の贔屓目に見ても急ぎ足と言えるカリキュラムの進み方の原因の大半はこの行事が関わっていると言っても過言では無いくらいだ。無論、学業が疎かにならないように学校側も対策をしている。生徒全員に――たとえば期間中ほぼ終始駆り出される二年以上の整備課の生徒は便宜が図られるなどあるが――この期間中に仕上げるべき課題が出される。

試合の準備をしつつ時には各教室のモニターが伝えるアリーナで行われる試合をBGMに課題に励み、あるいは直接アリーナに足を運び試合を生で見る。そして、各自の出番になったら自らが直接ISに乗り込み戦舞台に立つ。

教師も生徒も外部からの関係者も、とにかく関わる者全てが慌ただしく動き続けるのがこの全体トーナメントという一週間である。

 

 その初日。一年生の試合が行われる第一アリーナはその観客席が文字通りの満員御礼状態にあった。生徒は勿論のこと、各国政府のエージェントや各企業、研究機関の職員といった外部からの観客席、果ては他の席とは隔離された所謂VIPスペースすらも、全てが埋め尽くされていた。

まず間違いなく、総合的なレベルの高さという点では一年生の試合は最下級にあると言っても良い。それは参加する者達の経験などを考慮すればごく自然なことだ。確かに外部からの観客にすれば早期の内に有望株を見出すという意義はあるが、観衆の内の大多数を占める生徒からすれば常に手に汗握る緊迫した試合を見れるというわけでもないため、結果として総合的注目度は他二学年に比べて低くなりがちだ。

だが、今この時ばかりはその定石を覆してもっとも注目が集まっていると言えた。なぜか? 実に簡単な答えである。

 

 一年生シード枠決定戦、専用機トーナメント。初日の、最初の最初にこれを持ってきたのだ。

学園側としては早いうちにさっさと専用機持ちの中から一般トーナメントに参加するシードペアを決めておこうという実にシンプルな理由なのだが、それを分かっていたとしても見る側からすればイベントのいの一番に目玉を持ってこられたようなものである。

課題? まだ始まったばかりだし何とかなるなる。それより専用機持ち達のシード枠の奪い合いの方がよっぽど面白そう。そんな感じの理由で多数の生徒がアリーナに詰めかけたのだ。

勿論これは外部からの観客にしても同様で、各国が開発した新型機が入り乱れ戦う場面を見逃す手はないと言わんばかりに、こちらもこちらで軒並み揃って流れてきている。

余談ではあるが、別のアリーナで並行して行われている二年、三年の試合はこの影響か非常に観客数が少なくなっているらしい。もっとも、それでコンディションに影響が出るような甘い者がいるほど、上級学年は温くは無い。特に何事もなく、平常運転で日程をこなしていた。

 

 試合開始の時刻が刻一刻と迫っていく中、既にISスーツに着替えた一夏とシャルロットの二人は静かに出番の時を待っていた。ちなみに、二人の名誉のために補足しておくと、着替えは片方が着替える間、もう片方は外で待つという方式である。

 

「……」

 

 長椅子に座りながらシャンと背筋を伸ばし、腕を組みながら一夏は瞑目している。その姿にシャルロットはある種の敬意に近い感想を抱く。間近に大舞台が迫っているにも関わらず、堂々と平常心を保てるその胆力は素直に尊敬せざるを得ない。

 

「もうすぐ、だね」

 

 だがシャルロットは違う。やはり若干の緊張があるのだろうか、小さな声でそう呟く。

 

「あぁ。あと十分そこらだ。もう少ししたら、ピットに出てそこからアリーナだな」

 

 既に倉持、デュノア両社からそれぞれ派遣された技術者及び整備課生による二人の機体の直前チェックは終わっている。残すはただ一つ。本番のみだ。

 

「更衣室は四つでピットも四つ。多分オルコットと鈴、更識に布仏のペアもそれぞれ待機してるだろうよ。落ち着かんのは、どこも一緒だろう?」

「も、ってことは織斑くんも?」

「残念ながら俺はさほど。やることは何一つ変わらんし、それにお前は居なかったけど、クラスリーグの時に経験はしてる。まぁ問題はあるまいよ。多分、ボーデヴィッヒのやつもそうだろうな。となると後はアイツだけだが……」

「篠ノ之さん、か。正直、驚いたっていうのが本音かな」

 

 箒とラウラがペアを組んだことは、二人が互いにそれを了承した翌日にはクラス全体に広まっていた。その度胸への感嘆、ある意味身の程知らずとも言える選択への苦言、純粋な驚きなど知った者の反応は様々だ。

そしてこのことに関して最も関係性が強いだろう専用機の部に参加する者達の反応は、強いて言うならば驚きに属するものだった。それは一夏とて例外ではなかった。

 

「だが、まぁ考えてみれば分からないでもないんだ。なるほど、確かにあいつの目的を果たそうとすればこれが一番手っ取り早いだろうさ」

「目的?」

 

 誰の、かは言うまでもなく箒だ。その彼女は目的を持ってこの専用機の部への参加者として臨んだのだろうと一夏は言う。その目的とは何か? あるいはその血縁に関係することなのか。あえて表には出さないが、やや深いと言える疑念がシャルロットの中で渦巻く。

 

「まぁ、そんな大したことじゃないよ」

 

 そう言う一夏の口調は軽快なものだが、シャルロットを見据える眼差しに笑みの要素は無い。まるで、お前の中にある疑惑なんてお見通しだと言われているようで思わず唾を飲み込んでいた。

 

「あいつな、俺に勝ちたいんだと。まぁもっと噛み砕けば俺より上の順位取りたいらしいが、それならやはり俺に勝つのが手っ取り早い。そういう点で、俺らの方にあえて飛び込んだのはまぁ、中々悪くないチャレンジだよな」

「なるほどね」

 

 確かにそこまで大したことではなかった。誰かに勝ちたい、そんな誰しもが持ちうる目的だ。取り立てて特別視するほどではない。

そして一夏の言う通り、確かに豪胆なチャレンジではあるがより確実に一夏と戦う機会を得て、更に勝ちまで狙いに行くとなればこちら側の部に挑むのは手法としても納得がいく。

 

「で、織斑くんはどう思ってるの? その篠ノ之さんのチャレンジに」

「評価はするさ。入学して何年振りで再開して、どうも女々しさが出てると思ったけど、ここ最近は結構いい感じだしな。まぁ向こうから挑んでくるっていうなら、断る道理はない。あぁ、そのチャレンジ精神は大いに評価する。だが、やる以上は加減無用だ。潰すよ」

「この間の時にも思ったけど、本当におっかないね、君は」

 

 間違いなく一夏は箒にも、そしてシャルロットにも親しみの感情を持っている。だが、必要とあらば冷徹な対応も一切辞さない性格もしている。先の箒への対応についての発言しかり、先日のトラブルの際の対応然りだ。後で流石にやり過ぎたと謝罪を受けたとは言え、あの首筋に刃を添えられた感触は今でも忘れようがない。感じた恐怖が楔となって記憶に残っているのだ。

 

「そもそもにして、箒はまぁ確かに厄介な血縁があるとは言っても、それでもIS学園の生徒としてはその他大勢と変わりは無い。だが俺たちは専用機持ち、加えてお前は候補生で、俺は――まぁとにかく目立つ。しかも初戦だ。あのボーデヴィッヒも居るとは言え、いやだからこそ、負けるわけにはいかない」

「そうだね」

 

 負けるわけにはいかない。全くもってその通りだ。理由は色々挙げられるが、この際語る必要はない。とにかく、結局はそれに尽きるのだから。

 

「時間だな」

「うん」

 

 試合開始まで残り時間も少ない。スッと立ち上がると、一夏は更衣室とピットを隔てる隔壁の前まで歩み寄り、そこで一旦立ち止まる。数歩後ろを付き従うようにシャルロットも続く。

 

「準備はいいな?」

「もちろん。さっさと行って、サクッと勝って満足してこようね」

「良いノリだ」

 

 フッと小さく口の端を上げて一夏は笑みを浮かべる。だが、すぐに唇を真一文字に引き締めると厳かさを漂わせる声音で己に、そしてパートナーであるシャルロットに号令をかけた。

 

「出陣」

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

「今更だが、すまないな。その、私の無理を聞いてもらって」

「本当に今更だな。――気にすることじゃない。私は既に納得している」

「そうか。それなら良いのだが……」

 

 一夏とシャルロットがそうしていたように、箒とラウラもまた試合前の僅かな語らいを行っていた。

 

「それよりもお前だ。ここまでは概ねお前にとって望み通りの展開だろう。初戦から奴と当たるのだからな。だが、そこから先は私には分からん。すべてはお前次第だ。それで、結果はどうとでも動く」

「あぁ、分かっている。そのためにできる準備はしてきた。それで大丈夫と胸を張れるわけではないが、全力は尽くす」

「それなら良い。ならば私はお前の心意気に多少だが報いるとしよう」

 

 そうして二人もまたピットへとつながる隔壁の前に立つ。

 

「では、行くぞ」

「あぁ、参る」

 

 

 

 

 そうしてISを纏った四人が舞台(アリーナ)へと躍り出た。

 

 

 

 

 

「改めて見て思ったが、以前とはだいぶ趣が変わったな」

 

 四者全員が各々のISを纏ってアリーナに降り立ち、最初に口を開いたのはラウラだった。言葉は一夏に向けられたもの。倉持技研での改修が行われた白式の姿に改めて以前とは異なる姿への感想を漏らす。

 

「たしかに。自分でもだいぶスリムになったと思うよ。まぁ見てくれ通り、少し守りに心許なくなった部分はあるが、そのぶん攻め手に回るなら前よりいい感じに行けそうだ」

「そうか。まぁ良い。どのような機体で来ようが、やることは変わらん」

「そこは俺も同じだね。――さて箒、早速チャンスが巡ってきたわけだが、調子はどうだ? 俺も自分のことに掛かりきりでお前が何をしているか詳しくは知らんが、何かコソコソやってたんだ。その成果は見られると期待して良いんだな?」

「あぁ。だから一夏、心置きなく私に敗れろ」

「は、言ってくれる」

 

 そこで一夏は一度会話を切ってやや後方に控えるシャルロットを見遣る。現在四者はペア同士が100メートル弱の距離を離しながら向かい合い、一夏とラウラが前衛に立つという形になっている。

これだけ距離が離れていながら会話ができるのは単に通信を使ったからに過ぎない。そして、今度はシャルロットに対して一夏は通信を繋げる。

 

「デュノア、ボーデヴィッヒが前衛に出てるが、どうも俺の勘は開始直後に箒が俺に突っ込んでくるような気がする。やけに気合い満々だからな。仮にそうなったらお望み通り俺が迎え撃ってあしらう。あとは、分かるな?」

「ボーデヴィッヒさんが何かするより先に篠ノ之さんを集中攻撃、一気に落とす。織斑くん、メインはお願い。僕もアタックはするけど、多分ボーデヴィッヒさんの妨害も早いだろうから、そっちに対処しながらだと……」

「任せておけ。――遅れは取らん」

 

 試合開始まで残り十秒を切った。一夏は蒼月を両手で構え、シャルロットはアサルトライフルとマシンガンを両手で持つ。

対する箒もまた左腕の二の腕に打鉄の標準装備である実体楯を展開しつつ、同じく標準装備のブレードを構える。そして唯一ラウラのみが武装を展開せずに両手を空けたままにする。しかしわずかに腰を落とし腕を軽く開いた姿勢は獲物に狙いを定める獣のような鋭さを醸し出しており、武装を出していないことなど意味を為さないような警戒を抱かせる。いや、むしろ何も持っていないからこそか。

 残り五秒を切る。いつのまにか観客席から絶えず湧いていたざわめきも鳴りを潜め、開始の刹那にあるだろう交差への観客たちの緊張を伝えてくる。

そして全てのカウントが終了し、試合開始のブザーが鳴ると同時に四人が一斉に動き出す。

 

「はぁあああああああああっっ!!」

 

 気勢を上げながら打鉄のスラスターを吹かした箒が突撃を仕掛けてくる。前方のラウラにぶつからないように交わしつつも一気に一夏への最短直線ルートを取ったその機動のキレに一夏は僅かに目を見開くが、すぐに迎え撃つ体勢を整える。

白式のOSがロックオン警報を告げてくる。箒同様に開始直後に動き出したラウラは大きく旋回するような機動で一夏とシャルロットの横合いを取ることを試み、そのままレールガンで一夏に狙いを定めていた。シャルロットの警醒の声が一夏の耳朶を打つが、ロックオン警報の瞬間に一夏は状況を把握できていた。

瞬時加速、ではないがスラスターを強く吹かすことで前方への急加速を行う。一夏が飛び去った直後に彼の背後でレールガンの弾頭が地面に着弾する轟音が鳴り響くが、当たらなかったのだから気にする必要はどこにもありはしない。

 急加速によって一夏と箒の間の距離が一気に詰まる。もう数秒を数えることもなくその距離はゼロになる。長年の修行で鍛えてきた勘と着実に積んできた技量と経験を頼りに最適なタイミングを待ち、来たと確信した瞬間に蒼月の刃を振り抜く。

 

「はぁっ!」

「ぐぅ!」

 

 小さく苦悶の呻きを上げつつも箒は構えたブレードでその一刀を確実に防いだ。その結果に一夏は僅かな驚きを覚える。

先の初手、初手であるにも関わらず、いや初手だからこそ一切の容赦なく一刀を振るった。タイミング、体に充実させた気力、距離を詰める速さに狙った場所である頸部への軌道、そして肝心の剣の威力。どれを取っても至高とまではいかずとも大いに手応えのある一刀だった。

確実に初手のクリーンヒットを確信していた。たとえ堅牢な守りを持つISであってもシールドは大きく削られるだろうし、さすがに実際にやるつもりは無いが生身であれば確実に首を刎ねていた一刀だった。少なくとも、六年ぶりの再会とそれから程なくの手合せで再算出し、その後の様子などからある程度の推測を立てた一夏の中での箒の実力ではクリーンヒットはギリギリ避けられても完全な防御は不可能な一撃のはずだった。

 

 加速の勢いをそのまま利用しての一撃だったため、一切の原則をしていない一夏はそのまま箒の脇をすり抜ける。互いが交差する刹那、更に短い六徳(りっとく)の間に二人の視線も交差する。そこで箒の瞳の中にあった、手ごたえを感じているのだろう得意げな色を一夏は見逃さなかった。

 

(面白い……!)

 

 箒が何やら自分らとは別で鍛練を行っているのは知っていたし、立ち居振る舞いにもその影響によるものだろ微細な変化があったことにも気づいていた。

それでも、いざ試合という段になって自分と渡り合うことができるかという点については未だに疑いがあった。だがどうやら、本当に彼女はそれなりの準備を整えて自分に向かってきているらしい。

決して大仰なことではないものの、確かに自分の予想を超えた展開に一夏は心がざわめくのを実感していた。

 

(なら見せて貰おうじゃないか。お前の成果の全てを)

 

 箒の脇を通り過ぎてすぐに一夏は機体を反転させて箒に向き直る。同時にスラスターを吹かして後方への移動に歯止めをかけると同時にそのまま再度箒への突撃の形を取る。

白式の調子はすこぶる良い。操縦の感覚を手触りで表現するのであれば、改修前とはその滑らかさに格段の差があった。一夏は本来技巧派の武人である。

勿論豪快さや爆発性を感じさせるパワーの武も嫌いではない。むしろ武である以上は大歓迎である。だが実際に自分で実践するとなると、「静」と表現すべきだろう心を静めて技巧を駆使する方がしっくりくる。この辺りは師と概ね同じだ。

その思想はISにおいても多分に反映されている。これまでの試合における一夏の剣戟を見ればそのあたりは瞭然と言えるだろう。そしてそれは剣戟以外の機動についてもまた同じだ。勢い任せよりも、よりスマートに動かす方が好みなのだ。

そういう点で、滑らかと言える今の白式の操作性は非常に一夏の好みに合っていると言えるものだった。流石はIS界に名機と名高い打鉄を生み出した倉持謹製のシステムである。純粋に見事とその仕事を讃える。

 

「しぃっ!」

「くっ!」

 

 再度箒に迫った一夏は蒼月を振るう。だがその一撃も箒は顔を険しいものに変えながらも防ぐ。だがそんな箒の苦悶など知ったことではないと言うように、一夏が続けざまに切りつけていく。

袈裟がけの一撃が振るわれ、振り抜いたと見えた直後には既に真横からの一刀が箒に迫っている。袈裟がけの一撃を何とか受け流すと箒はそのまま真横からの一撃を迎え撃つ。箒にとって紛れもなく一夏の放つ一太刀一太刀がやっとのことで捌けるものだ。ただ一撃をまともに受けないようにするだけで心身共に軽くない負担を強いている。しかしそれでも箒は未だにクリーンヒットを避け続けていた。

始めは一夏も時間の問題だろうと思っていた。一夏の見立てではよほどの劇的な飛躍的進歩でも無ければ、先ほどのように初めの数撃こそ捌けてもすぐに守りに綻びが生じ、それがすぐに致命的な決壊を齎すと思っていたのだ。だが、一杯一杯の苦しげな表情を浮かべつつも箒は既に十を超える太刀を捌き、それもすぐに二十を超えた。

 

「ぬんっ!」

「ぐあっ!!」

 

 一際力を込めた下からの切り上げで一夏は箒を突き飛ばす。この一撃もやはり防がれた。後方に吹っ飛ばされた箒はそれでも何とか体勢を立て直して再び刀を正眼に構えて一夏を見据える。既に息は上がっており肩を大きく上下させてはいるものの、その目に宿る闘志には微塵の陰りも無い。むしろ、一夏の連撃を受けきったことでより強く燃え上がってすらいた。

 

「デュノア」

 

 通信で相方に呼びかける。試合が始まり最初の一合が交わされてから実の所、まだ三十秒程度しか経っていない。そこに至るまでシャルロットのアクションを一夏は見ていなかった。自分が箒に構っている間に彼女もラウラから自分の援護に対する妨害あたりはあったのだろうが、果たして今の現状は。そう思っての確認だった。

 

「ゴメン織斑くん! ちょっと無理!」

 

 返ってきたのはラウラの猛攻を前に完全に一夏への援護行動を封じられたシャルロットの切迫した声だった。

 

「……」

 

 無言で一夏は再び箒を見遣る。視線の先、箒の顔に僅かに得意げな笑みが浮かんだのを見て一夏は小さく舌打ちをした。

 

「そういうことか。まさか本当にこうなるとはな。予想外と言えば予想外だよ」

 

 作り出された状況は一夏対箒、シャルロット対ラウラの一対一の同時進行だ。

 

「ボーデヴィッヒには感謝している。この状況、私にとってはまさしく望んだ通りのものだ。一夏、お前がすべきことは一つ。今ここで、私と尋常に立ち合うことだけだ」

「なるほどな。さしずめボーデヴィッヒにデュノアの足止め、正確には俺とお前のタイマンのお膳立てを頼んだって所か。あいつもあいつで俺に執心していた節があったが、よく承諾したな」

「曰く、私に負ける程度であればそれまで、だそうだ」

「ほぅ。気付いているのか? それ、自分を卑下しているようなものだぞ?」

「私がボーデヴィッヒに及ばないのは事実だからな。それに、望み通りの状況になってくれるならその程度は我慢する」

「はっ。随分と物分かりが良くなったもんだ。昔のお前はもう少し融通の利かない頑固者だったような気がするけどな」

「それはきっと、良い先達に鍛えられたからだろう。それに、頑固者という点ならお前だって同じ穴のムジナだ」

「違いない。――良いだろう箒。それがお前の望みだというなら、俺は素直にそれに応えよう。その上で、勝つのは俺だ。そしてボーデヴィッヒにもな」

「言ってくれる。一夏、今日こそは私が上を行かせてもらうぞ」

 

 互いに正眼に剣を構えて交わされる会話。二人の間に流れる緊迫した空気を際立たせるかのように、一陣の風が吹き砂埃が舞う。二人からやや離れた所でラウラとシャルロットが激突する銃声や衝突音が響くが、二人の周囲にはそんな音など存在しないかのような雰囲気が漂っている。

 

『参るっ!!』

 

 そして二人は同時に機体を前進、一秒と僅かを数えて再度互いの刃を激突させた。

 

 

 

 

 ――時はほんの少しだけ遡る。

 

 

 

「はぁっ!!」

「ぐぅ!」

 

 間近で響く不快な金属音に顔を歪めながらシャルロットは左腕に取り付けられたシールドでラウラの攻撃を防ぐ。

レーゲンの基本装備の一つである腕部一体型の回転刃――つまるところISの兵装として武器としての側面を徹底強化され腕部装甲に取り付けられた電動鋸だ――を防いでいた。

 

「舐めないで!」

 

 空いた右腕にショットガンを展開し、近距離から叩き込もうとする。ショットガンは弾丸を拡散させる性質上、面攻撃に用いる物としてのイメージが強いが、近距離から叩き揉めばそれはそれで多数の弾丸を相手に集中させる大ダメージを期待できる。

 

「ふんっ!」

 

 だがラウラはすぐに身を捻りシャルロットの左側面から懐に潜り込もうとする。そこまで深く潜り込まれたらショットガンを使うわけにもいかない。そもそもとしてまともな攻撃を加えることすらできない。仮にできるとすれば、一夏並みに卓越した近接戦闘技術を持っている場合のみだ。

そしてラウラは現役の軍人だ。一夏と比較してどれほどかは定かではないが、こうした密接状態での相手の制圧術にも相応の心得があることは想像に難くない。シャルロットとてその手の訓練は受けてきたし、人並み以上にできる自信はあるが、それがラウラを封じることができる保証はない。ならばこのままラウラを迎え撃つというのは愚策と言っても良いだろう。

 

「えい」

 

 そんな小さな掛け声と共にシャルロットは量子データに変換して機体に格納していた物を取り出す。ラピッドスイッチの恩恵により握り拳大のソレは直ちにシャルロットの掌中に現れ、それを一度強く握るとあっさりと手放した。

 

「む!?」

 

 シャルロットの懐に潜り込もうとしたラウラは目の前に落とされた物を見て目を見張った。それが何なのか理解するとほぼ同時に、反射的に顔を庇うように両腕を前面に持っていく。直後に軽い破裂音と共に目を庇うようにした腕の隙間から強い光が溢れてきた。

シャルロットが放ったのはいわゆる閃光手榴弾(フラッシュグレネード)である。テロ鎮圧などで警察機関や軍隊も使用する、既に業界におけるベテランと言って良いくらいに古くからある極めてシンプルな兵器だが、このようにして相手の行動を阻害するという点では時代が進んだ今でも十分な役割を果たしてくれる。

ラウラの動きが止まったのを見ると同時にシャルロットは距離を取る。事前に使用する閃光手榴弾の光はISの視界補助機能で緩和するように設定してあるのでラウラのように自分の視界を庇うことなく次の行動として両手に展開した二丁のマシンガンの銃口をラウラに向け即座に引き金を引く。秒間で十を優に超える多量の弾丸が二つの銃口から一斉にラウラへと殺到していく。だが、その悉くがラウラのレーゲンのシールドを削ることなく空中でその動きをピタリと止めた。

 

「AIC……」

 

 忌々しげにシャルロットがその絡繰りの正体を呟く。視界を庇ったラウラはそれによってできた隙をシャルロットが突いてくることを予測していた。さすがにどのような攻撃が来るのかという仔細までは図りかねたが、それでもラファール・リヴァイブという機体の兵装の傾向を鑑みればこうするのが適切と判断しての前方へのAICの展開だった。

展開されたAICのフィールド膜が透過する光を屈折させることでまるで水面のようにソレを通して見る光景を歪ませながら無数の弾丸の前に立ちはだかり、その全てを無力化した。そしてAICの解除と共に役目を果たせなかった弾丸が金属音と共に地面に落ちる。

 

「まぁそうそう通用するとは思ってなかったけど、やっぱりやるね。ボーデヴィッヒさん、部屋じゃあんなに可愛いのに、やっぱりこういう時は普段と違うんだ」

「そういうお前も中々賢しいな。正直、日頃の寮でのお前の助力には感謝しているが、このような手管を見せられると正直複雑な気分だ」

「ごめんね。僕もね、ボーデヴィッヒさんのことは嫌いじゃないんだ。むしろ好きな方だよ。けど、やっぱり勝ちたいんだよねぇ。それに、現状EUの統合プランの最右翼のシュヴァルツェア・レーゲンに勝ったとなれば、僕の評価もグンとアップするだろうからね」

「面白いことを言う。だが、笑わないぞ。第二世代だからと言って侮りもしない。ラファールの高い評価は私とて聞き及んでいる。そしてシャルロット・デュノア。お前は私の知る限りではラファール使いとしては紛れもない指折りだ。それを、どうして侮れる」

「ふふ、ありがと。今度美味しいココアを淹れてあげるからね。――けど、この場は僕が貰うよ」

「望むところだ。なら私は勝利と共に美酒の代わりにそのココアを貰おうか」

 

 互いに言葉と共に交わすのは笑みだ。だが、それは日頃寮で交わすような穏やかなものではない。互いに相手に対して親愛の念を持ちながらも、それに構うことなく打倒せんとする強い闘志を秘めた戦士のソレだった。

 

「来い、シャルロット・デュノア。私とシュヴァルツェア・レーゲンの力を叩き込んでやる。ドイツの黒ウサギを舐めるなよ。黒ウサギ(われわれ)は、狩る側なのだ」

「オッケー。そっちがその気なら僕だってお構いなしだよ。僕のラファールにはAICとかBT兵器とか、そんなオシャレなものはないからね。あの手この手で、勝って満足させてもらうよ。さぁ、よからぬことを始めようか」

 

 そしてシャルロットとラウラもまた激突を再開する。奇しくも離れた場所で戦う二組が言葉を交わし終えて再度激突したのはほとんど同時のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつら、これがタッグ戦ということを忘れてないか?」

 

 管制室で千冬はこめかみを指で押さえながら呟く。今回のトーナメントにおけるタッグ方式を提案したのは他でもない千冬だ。

確かにISは極めて高い個として独立した戦力を有しうるが、現状世界のどこを見てもISが単騎で動く場面など殆ど無い。そういった点を鑑みて将来の操縦者育成を担う学園としても早期の内に他者と連携してのIS操縦の習熟を深めるべしと、そのような旨を主として提言したのだ。

そして、過日に古い知り合いより渡された一つの資料もまたこの提案における大きなファクターになっているのだが、それは千冬の胸に留まるのみになっている。

 

『いやぁ、でも、状況を見ると何となく納得できちゃうんですよね~』

 

 そう通信越しに声を掛けてきたのは真耶だった。一夏とセシリアの決闘やクラス対抗戦では管制室でモニタリングを請け負っていた彼女だが、今回に関してはこの場にはいない。

ピットとは別のアリーナと建物をつなぐ通用口の中でトーナメント期間中の諸々の事柄への対応のために教師陣に割り当てられたラファールの一機に乗り込みながら待機しているのだ。その主な仕事は試合中にシールド残量が尽きるなどしてアリーナに留まることが危険と判断された生徒の回収や非常時への対応にある。

 

『特に織斑くんとボーデヴィッヒさんがそうですよね。二人とも、どちらかと言えば個人志向の強い性格をしていますし』

「そういうのを踏まえた上で然るべき連携を取るのが望ましいが、まだまだ未熟なガキどもというわけか。まったくこれだから……』

『あ、あはは……。でもまだ一年生ですし思いきりやらせてあげるのも良いんじゃないですか? それに会話ログから察するに、この状況は篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんのペアの立てた作戦のようですし』

「仮にそうだとして、私情が過分に含まれているのが問題なのだが……今更言っても詮無いことか」

『結局のところ、どう戦うかは生徒たちの自由ですからね。それにしても、篠ノ之さんも織斑くんにこんな形で一騎打ちだなんて、大胆なことをしますねぇ』

「まぁ大胆という点についてはアレの身内に更に突き抜けたのがいるわけだが、確かにそうだな。さて、篠ノ之はどこまで織斑のやつに食い下がれるか……」

『やはり、篠ノ之さんの方が不利ですか?』

「あぁ。特化分野は当然として、トータルパフォーマンスでも機体性能に差がある上に、篠ノ之が挑もうとしているクロスレンジにおける織斑の技量はアレでも確かなものだからな。先ほどもそうだ。確かに直撃を免れこそすれ、防御で手一杯だっただろう。早々倒れはしないだろうが、あれでは倒すのは厳しいだろうな」

 

 教師として、かつてのIS乗りの勇としての客観的視点から千冬はそう評価を下す。

織斑一夏、篠ノ之箒。片や実の弟であり片や旧知の友人の実妹、そしてどちらもかつては剣の道における同門の後輩、二人と千冬の間にある繋がりはそれなり以上には深い。それゆえ彼女は二人のことを個々の腕前も含めよく分かっており、分かっているからこそこうやって客観的な評価を出せるのだ。

 

『そういえば篠ノ之さんは二年の斉藤さんに沖田さんとよく訓練をしていたそうですが、それもこのためでしょうか?』

「あの二人か。まぁ確かに本気で一夏(アレ)を剣でどうにかするのであれば、あの二人か、あるいは更識あたりでも引っ張ってくるしかないな」

 

 初音も司も二年の中では確実に優等生と言える部類に入る。座学の成績は上の中程と際立ってはいないが、実技における評価は特に一夏も得意とする近接戦闘の面については非常に高い。それこそ名実ともに全校生徒の頂点に君臨する生徒会長更識楯無に迫るほどにだ。

総合的に一夏を上回るものなど学内にはいくらでも居る。だが、彼が得意とするクロスレンジでの格闘戦となるとその数は途端に減るどころか、殆どいないに等しくなる。もちろん何かしらの目に見える形でそうした結果が出たわけではないが、IS乗りとしての以前から積み重ねてきた技量をフィードバックさせた戦いで既に二人の候補生を下している実績が教師陣の多くにそのような感想を抱かせていた。

そんな中で一夏と対等以上に渡り合うことが堅実視されている者が少数ながら居る。その内の三人が、先に千冬が挙げた初音、司、楯無の三人というわけである。

 

「いずれにせよ、篠ノ之にとっては良い起爆剤になっただろう。織斑のやつも、まぁ元々あぁいう気質だ。放っておいても勝手に自分でどうにかするだろう。そこまで、私たちがとやかく言う必要もあるまい。山田先生、現場は頼むぞ」

『了解です!』

 

 

 

 

 

 

「ぐっ、くぅっ!!」

「……」

 

 苦悶に表情を歪めながらも箒は決して刀を取り落すまいと柄を強く握りながら眼前で荒れ狂う一夏の攻撃に耐える。

唐竹や袈裟といった基本的な攻撃の連続の中に時折徒手空拳の攻撃を織り交ぜてくる一夏の攻撃は決して変則的であったり奇をてらったような動きをしているわけではない。

ただ冷静な眼差しで箒を見据えながら、無言で攻撃を加えていく。初めこそ箒の予想だにしなかった守りに驚いたが、すぐにそれくらいはできるようになっていると自身の中での認識を更新したうえで次の手を講じた。

先の攻防においても一方的に攻撃を加える一夏と、それを懸命に防ぐ箒という構図だった。これでもっと準備期間が、凡そ倍くらいはあればどうにかなったのだろうが、今の時点での到達度では守りに徹することで精一杯らしい。

そしてその守りにしても様子から察するに完全とは言い難い。そもそも今の時点でも既にあちこちに守りの綻びを見つけている。繰り出す攻撃は全てそこを突いている。そしていずれは破綻が訪れるのは想像に難くない。その時に、一気に勝負を決めれば良いだけの話だ。

 

 果たして今の状況を観客たちはどのように見ているだろうか。クラスメイト達はどんな感想を抱いているだろうか。そんなことをふと一夏は思った。

上段からの斬り下しを箒の刀が受け止める。刃同士の接触からすぐに一夏は蒼月の刀身を滑らせて鍔迫り合いのような形を取りながら箒との距離を詰める。そのまま蒼月の柄を握る両手の内、右手だけを離して貫手の形を作り真っ直ぐに頸部へと突き進ませる。

古くから国内有数の企業として名を馳せている大亜重工が開発した特殊カーボンを使用したブレードマニピュレーターはただ撫でるだけで鋭利な刃物で切り付けるのと同等の効果を発する。勿論のこととして刃にあたる部分の収納機能もついているが、今の白式は迂闊に人体に触れるべきではないものになっている。

それを明確な相手への害意を持った凶器として突き立てる。必然、威力は押して然るべしというものである。

 

「うっ!」

 

 箒は白式の手の仕込みを知らない。だが迫りくる貫手がシールドに守られているとは言え紛れもない人体の急所である頸部を狙っているということへの直感的な恐怖からか、何とか首を横に逸らして直撃をかわす。だが完全に回避することは叶わず、掠めた指が火花を散らしながらシールドをこすれ合いその残量を僅かながらだが減らす。

そして半ば無理な姿勢の回避を行ったことによって箒の体が僅かに崩れる。それを好機と見た一夏は再び刃を滑らせながら左の順手で持っていた柄を逆手に持ち帰る。そして箒の顎に柄を叩き込みながら、腹部に膝蹴りを叩き込む。

 

「ガハッ!」

 

 シールドで直接的な外傷は無いとはいえ、衝撃は通る。ましてやシールド同士の干渉によってその効力が薄まるクロスレンジでの一撃だ。

実質的に生身の喧嘩で思いきり腹を殴られたに等しい衝撃が箒に襲い掛かり、こらえきれずに息を強く吐き出す。

膝蹴りによって箒の体は後退し、一夏との間に僅かな間ができる。そしてその間は蒼月のクリーンヒットを叩き込むにはあまりにも最適な間隔だった。

 膝蹴りから姿勢を素早く整えなおすと同時に一夏は蒼月の柄を再び両手で持ち、横薙ぎの一閃を振るう。だがその一刀は空を切る。ほとんど反射に近い形だが、箒が打鉄のスラスターを吹かして宙に逃れたのだ。

 

「空に逃げるか。だが、ISの空戦機動だってお前になら負けるつもりはないぞ?」

 

 力強く地を蹴って一夏は白式を飛翔させる。そのまま箒へと一直線に向かい、再度蒼月で斬りかかる。

これもまた箒は防ごうとする。どうにかして持っていた刀を蒼月と自身の間に割り込ませることで直撃は免れるが、その捌き具合は受けたダメージの影響か先ほどまでと比べて明らかに精彩を欠いていた。

 宙を舞いながら斬りつけるのは地に足をつけての剣術とは勝手が違う。ゆえに一夏としても未だ習熟に不完全なところはあると自認しているが、それも練習の甲斐あってかそれなりのものになってきている。

それを振るうのに今の消耗した箒は格好の獲物だった。獅子は傷つけ弱らせた獲物を子の狩りの練習台にすると言う。まさしくその理論だ。

 

「はぁっ!」

 

 気合いの一喝と共に連続で斬りかかる。空中での斬り合いは地上と違って文字通り全身を使う。上下左右縦横無尽に機体を奔らせながら一撃一撃を叩きつけるように斬りかかるのだ。

先ほどまでと比べて全体的に大ぶりの攻撃になるが、その分だけ一撃の重さは増している。そして常にほぼ真正面に一夏が居た地上での斬り合いとは異なり、空中というほぼ無制限のフィールドの特性上、箒は視界から瞬間的に一夏を失うことがしばしばあり、それが対応の遅れに繋がる。

結果として、宙に逃れてもなお箒の劣勢は変わることが無かった。

 

 

「どうした箒! このまま守りに徹しても勝てはしないぞ! 何か手があるなら見せてみろ! あるのならばいつ出すんだ! 今だろう!」

「言って……くれるっ……!」

 

 そんな悔し紛れの言葉しか返すことができない。空中での機動に慣れが出てきたのか、一夏の攻撃の間隔が徐々に短くなっていき、同時に一撃の威力もまた増していっている。

 

 

 

 

(違う、まだ……まだだ……!)

 

 猛攻に耐えながらも箒は歯を食いしばって機を待っていた。

初音と、そして司も交えての特訓は紛れもなく自分を向上させたという自覚があった。だが、こうして実際に本番になって対峙してみて理解した。未だに、自分は一夏に及ぶレベルではないということを。

おそらく一夏に勝てる確率は限りなく低いだろう。それこそ、誰もが度肝を抜くような大番狂わせでも起こらない限りは一夏の勝利はほぼ確定的と言える。

 

(それでも……!)

 

 仮に負けるのがほぼ確実だとしても、ただ一方的にやられて負けることだけは認めたくない。せめて一撃報いる、それくらいはしないと箒の意地が許せそうにない。そして初音に司との特訓は、唯一その報いる一撃を成功させる可能性を箒に与えていた。

 

 

 

(ふむ……)

 

 怒涛のような苛烈な猛攻を加えながらも一夏の心は冷めていた。開始直後の予想外の展開への驚きから来るざわめきも既に消え失せ、鏡のように空を映す湖面のごとき静謐さを保っている。

箒はよくやったと思う。全力、とは言い難いが手を抜いているつもりは一切無かった。出力というものにセーブをかけてこそすれ、その中で一夏は本気で箒を倒そうとしていたのだ。それをここまで耐え抜いた。打ち込んだ攻撃の数など優に百を超えている。ひたすら守りに徹していたゆえに帰結とはいえ、多くの同級生たちならばとうに倒れていただろう。

そうならなかったのは紛れもない箒自身が出した明確な成果であり、同じ一学年の中でも実力に明確な隔たりを持っている専用機持ちのソレと比しても遜色のない戦果だった。それを一夏は素直に称える。

 

(だが、やっぱり違うんだよなぁ)

 

 認めるし、褒め称えもする。だが釈然としないものを感じているのもまた事実だった。

きっと箒はあれこれと考えてきて、そして今もどうにかしようと考えながら自分と戦っているのだろう。太刀筋からある程度は読み取れる。そこだ。そこが何よりも違和感を感じさせているのだ。

別に考えながら戦うということそれ自体は何も問題はない。むしろ至極真っ当な手法と言える。常に相手の技を、手を、戦術を吟味し自分はそれに対応した堅実な手を決してテンパらずに打っていく。そうして何より、その駆け引きそれ自体を楽しむ。何も問題は無い。何より一夏自身の戦いへの臨み方がそれなのだ。

だがそれは一夏のやり方であって箒のやり方ではない。

 

(こいつ、基本クソ真面目だからなぁ……)

 

 箒の気質は正しく堅物と言って良い。そこが一夏もそれなりに気に入っている長所であると同時に、短所なのだ。おそらくは、指導をしてくれた上級生の教えをそのまま律儀に実践しているのだろう。

さして興味を向けなかったため分からなかったが、ここまできてようやくその上級生に目星がついた。自分同様に心を落ち着かせ地に足を付けながら、守りを疎かにしない戦い方。そして後輩に指導を施し実力の底上げを、それこそ自分とまともにやりあえるまでにできる実力の持ち主。ついでに言えば箒が指導を頼めるくらいにはそこそこ近い関係。思いつくのはただ一人だ。

 

(斉藤先輩、だよなぁ)

 

 あの上級生のことだ。どうせ口を酸っぱくしてまず守りを固めろとでも教えたのだろう。自分とて基礎の積み重ねや防御に始まる「やられない」ための地盤固めは重んじているが、彼女は輪を掛けている。もっとも、自分の場合は本質的に攻撃こそを至上としている節があるゆえに多少は致し方なしな部分もあるのだが。

言うなれば、ほんの少しだけ巡り会わせが悪かったのだろう。ここまで箒が腕を伸ばしたという結果を見れば、彼女が行ってきたことはそのほとんどが間違いではない。ただ少しだけ、相性の悪いところがあったというだけのこと。そしてそれは、決して看過して良いことではない。曲がりなりにも古い付き合いがある者として、何よりそれを理解してしまった武の道の先を行く者として。

 

 締めに取り掛かろうと、まるでコンビニに行くことを思いついたかのような気楽さと共に、一夏は箒の完全な打倒を決意した。

その後で、少しばかりの老婆心で自分からも手心を加えてやれば良いのだ。

 

「いぇあっ!!!」

 

 一喝と共に上空から叩きつけるように蒼月を振り下ろした。落下の瞬間、PICを解除することで重力の影響を受けることになった白式はその分の重さを蒼月の一刀に加えていた。

必然、それまでとは一転するように重さを増した一撃に箒は打鉄ごと再度地へと叩き落される運びとなった。

 

「ぐぅ!」

 

 痛みに耐える間もそこそこに箒は直ちに体勢を立て直す。どうにか致命的な隙を消せたと思ったその矢先に、巻き上がった土煙を吹き飛ばしながら一夏が迫る。

唐竹、左右の横薙ぎ、袈裟、逆袈裟、左右切り上げ、剣術の基礎である八方向からの斬撃が今まで以上の苛烈さを持って怒涛のように箒を押し潰し切り刻もうと迫る。上がり切った呼吸と共にほとんど反射で何とか直撃を避けながら、箒は一夏が決めに掛かってきていることを察した。

間違いなくこれまで以上の一撃が近くに迫っている。そしてそれを通したが最後、後は一方的に蹂躙されて敗北を喫するだろう。

刻一刻と迫る勝負の分水嶺へのカウントダウンを前に、しかし箒の心には一抹の光があった。何故なら、勝負の分かれ道と全く同時に、ようやく一矢報いる機会が見えたのだから。

 

 

 ――彼の剣はどちらかと言えば王道。けれど邪剣。相手を追いつめながら、ここぞと言う時に確実に止めをさせる一撃を狙うタイプ。――

 教えを授けてくれた上級生は一夏の剣をこう評した。

 

 

(終わりにしよう、箒。今、この時は、俺の勝ちだ!)

 

 左上から右下にかけての斬り下しで箒の剣が大きく弾かれた。数えること百と十三回目の太刀だっだ。本当によく持ちこたえたと思う。だが、それもここまでだ。

 

 

 

 ――彼は防御だって甘くは無い。むしろ、一見攻撃重視に見えてあれで防御はかなり固めている。――

 ほとんどこちらが守勢に回っていたためよく分からなかったが、きっとそうなのだろう。

 

 

 

(勝機!!)

 

 完全に空いた胴の真ん中目がけて両手で握る蒼月を思いきり振り切ろうとする。

 

 

 

 

 ――けど、少しだけその守りが薄れることもある。――

 弾かれた刀を握る手に思いきり力を込めた。歯を食いしばり、迫りくる幼馴染の凶刃を見据える。

 

 

 

 蒼月の刃は吸い込まれるように箒へと向かっていく。これで削り切れるとは限らないが、決まれば後はそれを皮切りに一方的に自分が攻めたてて終いとなるだろう。そういう意味では、まさしく決着の一撃だ。

 

 

 

 ――タイミングはただ一つ。彼が、止めの一撃を打つ時。攻撃に意識の大半を集中している時だけ、もしかしたら薄まった守りを付けるかもしれない。――

 

「うあぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「なにっ!?」

 

 一夏は目を見張った。最後の最後で、箒が雄叫びと共にこちらへ踏み込んできた。あの大きく隙を作った状態からはとても信じられない、キレのあるものだった。

 

(ここだ! ここしかない!!)

 

 もはや後先何も考えずに箒は前へ進む。迫る一夏の太刀への守りなど考えない。ただ、自分の一撃を通すことだけに全霊を集中させる。

 

「舐め、るなぁああああ!!!」

 

 怒声と共に一夏が蒼月を振り抜く。箒の狙いは既に見抜いている。これまで箒に攻撃を加えてきた中で一夏は常に何が起きても対処できるように守りの意識を思考の片隅に置いていた。だが、この決め手を放つ一瞬だけ、その意識が薄らいだのだ。

そうして厚みを欠いた守りの意識という壁を箒は突き崩そうとしてきているのだ。

 

(認めるしかない! 箒のやつ、これを狙っていたか!!)

 

 十中八九箒だけで思いついたことではあるまい。間違いなく箒を手助けしただろう初音の入れ知恵があった結果だろう。だが、それを今更どうこう言うつもりはない。

もはや完全な攻撃としての動きを取っている以上、それを急激に守りへと転じさせることは厳しい。無理をすればできないこともないが、それで余計に大きな隙を作れば本末転倒であり、何より恰好がつかない。

『攻撃は最大の防御』という言葉がある。そう、圧倒的攻め手で以って倒してしまえば相手の攻撃などもはや無為に帰す。ならばその先人が生み出した言葉に従って、その試みごと箒を打倒するのみだ。

 

 爆発的に膨れ上がったプレッシャーが箒の本能的な恐怖を痛いほどに刺激してくる。だがここで臆して動きを鈍らせるわけにはいかない。もう、後には引けないのだ。

 

「と、ど、けぇぇぇぇええええええええ!!!!」

 

 いつの間にか慣れ親しんだ剣道の打ち込みの形を取っていた。もはや技の選択をしている余裕などない中でそれを無意識に選んだのは、それが大きなうねりに振り回されてきた人生の中でたった一つ、手放さずに持ち続けたものだからか。

 

「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 咆哮と共に一夏が放つのは箒の刀を弾いた一刀から繋げた右斜め下から胴の真芯を通る切り上げだ。それ自体は一見ありふれた一太刀に見える。だが、箒が自身の根幹とも言える剣道の積み重ねを載せてきたのと同様に、一夏もまた誰よりも尊敬する師より賜った教えをそこへ載せていた。

 

 

 二人の影が交差する。上空ではシャルロットとラウラの交戦によるスラスターの噴射音や銃器の砲火の炸裂音が響く中、その激突を伝える甲高い金属音だけはアリーナ全体に澄み渡るように響き、その瞬間だけ衆目をそこへ完全に集める結果を齎した。

そして刹那の交差は互いが互いの横をすり抜けるように駆けるという形で終わる。背を向けあう一夏と箒、先に結果である反応を動きで示したのは箒だった。

 

「ぐぅっ……!」

 

 苦悶の呻きと共に左腕を抑えて箒は蹲る。胴への直撃は免れた。だが代わりに左腕がその分の全てを請け負っていた。シールドエネルギーの残量を削りなおも貫いた衝撃は箒が駆る打鉄の左腕装甲の一部に罅を入れ、更に深く通った衝撃がその奥にある生身の腕の肉を打ち、骨を軋ませていた。

そしてそれだけのダメージを与えた一夏はと言えば、明らかに先のやり取りにおいて自分が勝った側であるにも関わらず、微塵も喜ぶような素振りは無かった。その表情はむしろ能面のような無表情を形作っていた。

 

「……」

 

 無言のまま一夏は左手を自身の左頬に添える。そこには僅かに痺れに近い感覚があった。あの交差の刹那に何が起きたのか、一夏自身だけでなく離れた場所のシャルロットとラウラ、管制室や待機所の教師陣、そして観客の全てに伝わる形として、それまで減ることのなかった白式のシールドエネルギーの残量が僅かに削れたことをアリーナ各所のモニターが示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回のメインは一夏と箒の一騎打ち、でも実はこれ、まだ前半戦という。
本当はシャルとラウラももっと書きたかったのですが、それは次回に持ち越しになりそうですねぇ。とりあえず計画としては次回、早いうちに箒との決着をつけて、それからシャルとラウラのバトル模様、それからメインの一夏対ラウラへと移行したいですね。
この一夏対ラウラが中々に曲者でして、ちょっとシャルちゃんはあんまり満足できない展開だったり。まぁそこは箒共々さらにその後で頑張ってもらうとして……

あ、あとですね。あまり大したことじゃないのですが、ラウラのレーゲンについてちょっと武装の変更を加えました。原作ではプラズマブレードとかだったのを、こちらでは電動のこぎりみたいなのにしてみました。ギアスの暁の武装だったり、トータルイクリプスでビェールクトでしたっけ? あれがつけてたようなやつです。
ついでに言えば白式の特殊カーボン使ったブレード指は……分かりますね?

 ひとまず今回はここまでです。ではまた次回に。

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