お願い、倒れないで箒! あんたが今ここで倒れたら、ラウラさんや斉藤先輩との約束はどうなっちゃうの?
シールドはまだ残ってる。これを耐えれば、一夏に勝てるかもしれないんだから!
或いはこんな織斑一夏、第二十三話、 箒、倒れる」
ISファイト、レディィィィィィィィ、ゴオォォォォォォォォォオオオオ!!!!
……ゴメンナサイ、さすがにちょっとふざけ過ぎたかなぁと反省してます。
ただ、今回の内容をまとめると大体こんな感じです。まさか箒戦にここまで掛けるとは全く予想していなかったものでして。本当に、驚いたなぁ。
一夏と箒の交差、その結果は一件すれば目立って特別なものではない。
二人のIS乗りが激突し、実力的に大きく上回っている一夏が箒に軽くないダメージを与え、箒の側の結果はと言えば運よく少しだけ、精々が薄皮一枚程度に相手を削った程度。傍から見ればそんなごくありふれた展開であり、事実として観衆の大多数の反応に特別なものは何も無かった。
だが――
「マジで?」
「なんと、まぁ……」
この試合のすぐ後に控える自分たちの試合のために別の更衣室で待機しながらモニターで試合を見ていた鈴とセシリアは互いに驚くような反応を示す。
「へぇ……」
「ふむ」
当事者二人からやや離れた場所で回転刃と楯の拮抗を繰り広げるシャルロットとラウラについて、シャルロットは意外そうに、ラウラは感心するような吐息を漏らす。
「ねぇ、今のってさ、篠ノ之さんが織斑くんを削ったんだよね?」
「そうよね。それも、剣で……」
「あたし、ちょっとビックリしちゃってるんだけど」
観客席では一組の生徒たちが集まっているエリアのそこかしこからどよめきが上がる。IS同士の戦いはすなわちシールドエネルギーの削り合いと同義だ。中には微塵も削られることなく相手を完封するという場合もあるが、それは極稀な例であるためあえて考慮から除外する。
それはこの観客席の生徒たちも、更衣室で待機しているシード決定戦の参加者四人も、そして今現在アリーナで戦っている四人も、誰も例外ではない。つまり、一夏もまたそうだということだ。
一夏が行ってきたIS戦でも主なものとして挙げられる最初のセシリア戦、クラス対抗戦の各試合、それら試合においても一夏は当然のことながら少なからずシールドエネルギーを削られていた。だが、ここでのポイントはその削り方にあるのだ。
セシリア戦においてはブルー・ティアーズのライフル、及びビットによってダメージを受けた。鈴との戦いでは衝撃砲が主として一夏にダメージを与えていた。三組のスーザン、四組の簪との戦いにおいてはアサルトライフルなどを始めとした各種銃火器によって、大小程度の差はあれどダメージを受けている。
だが、近接装備でダメージを受けたことは
近接装備を使う者など一夏が戦ってきた一年の中を見てもいくらでも居る。専用機持ちにしても凡そ全員が各々のISに装備をしている。だがそれでも居ないのだ。短剣で、戦斧で、槍で、刀で、細剣で、一夏にダメージを与えた者は誰一人として。
候補生クラスの者を以ってしても堅牢な守りに防がれ、逆に斬られ削られていく。その実績こそが一夏をこの入学して程ない段階でありながら一年生最強剣士の評価を確たるものにしていたのだ。
その一夏が初めて剣でダメージを負った。その事実に比較的IS乗りとしての彼を知っている候補生たちと彼が属する一組の生徒たちは驚きを隠せずにいたのだ。
そして驚きなり感心なり、何がしかの反応をした者は他にも居た。
「ほぅ、篠ノ之のやつめ。どうして随分と気張ったじゃないか」
『そうですねぇ。織斑くん、近接戦でダメージ受けるのはこれが初めてですよね? いや、近接戦の織斑くんの固さも相当ですけど、ここはやはり篠ノ之さんを評価すべきでしょうか』
「そうだな。奴の近接戦の基礎は全て今日日まで培ってきた武芸にある。ISと違いあちらは一度斬られればほぼそれで終いだ。そうならんように守りを固めるのは基本の基本。無論、その練度は公正に評価するが、今ばかりはそれを抜いた篠ノ之を認めるべきだな」
『そうですよね。いやぁ、これはポイント高いんじゃないですか?』
「さてどうだか。それに評価はするがそれも今だけだ」
間違いなく千冬は箒を褒めていた。だが、続けてすぐに飛び出した厳しい言葉に真耶は一瞬言葉を失った。
『あの、それはどういう?』
「ん? あぁ、そう大したことではないさ。考えればすぐに分かることだが――」
「あそこまで追い込まれて、それで一矢報いても薄皮一枚削っただけ……。やっぱり厳しいか」
場所は離れて二年生のトーナメントが行われているアリーナ、その更衣室の一角で試合に備えていた初音は司と共にモニターで一夏らの試合を見ていた。
一夏の白式が改修を行ったという噂は彼女らも聞きつけており、それが気になったのもあるがそれ以上にやはり自分たちが手ほどきをした後輩の活躍が気になったのだ。
「ん~、篠ノ之ちゃんは間違いなく頑張ったんだけどねぇ。やっぱこれだけじゃ厳しい?」
「当たり前。あそこまで追い込まれて、そこでやっと相手の守りが薄れた所に捨て身の特攻。それで結果は薄皮一枚。結果だけは評価できるけど過程も見れば最初の一回だけ。毎度この調子じゃとても。仮に成績にプラスされるとしても、せめて安定して立ち回れるようにならなきゃダメ」
「手厳しいねぇ」
「……せめてもう少し時間があれば良かった。少し、悪いことしたかも」
ポツリと呟かれた初音の言葉には僅かな後悔の色があった。短い期間とは言え親身になって教えた間柄だ。せめて良い結果を出してほしいと思うのが人情というものであり、おそらくはそこまで決して至れないというビジョンが明確に予測できたために、そこまで箒を持っていくことができなかった自分の至らなさを初音は気にしていた。そんな親友の姿を司は温かい目で見る。
「けどさ、それでも篠ノ之ちゃんがあそこまでやれたのは間違いなく初音のお蔭だよ。初音が、私が何も教えなければもしかしたら文字通り手も足も出ずにあっという間にやられていたかもしれない。だからさ、初音のやったことは全然無駄じゃないよ」
「司……すまない」
親友の励ましに初音は素直に礼を言う。それを聞いた瞬間、ギラリと司の目が獲物を捕捉した野獣のように光った。
「あぁんもう! 初音は可愛いなぁ! このこのぉ! お、ま、け、にぃ、こんなにさわり心地の良い桃ちゃんを二つも持っちゃって!」
初音の後ろに立っていた司はそんなことを言いながら初音の背に抱きつき、前面に回した両手で年相応の発育を示している初音の胸を鷲掴みにする。そんな親友の所業に初音は小刻みに体を震わせながらこめかみをひくつかせる。
「……ふんっ」
「おろ? おぉっととっ!」
素早く司の腕を振り解いた初音はそのまま体を回転させて上段回し蹴りを司の横っ面に叩き込もうとするが、それを司は軽やかなステップでかわす。メンゴメンゴなどと本当にその気があるのか怪しい謝罪を口にする司を一瞥すると、初音は再びモニターに目を向けた。
「けど、これは少しまずいか……」
真剣みを帯びた声音に、司も浮かべていた笑顔をすぐに消し去って初音同様真面目な面持ちでモニターを見る。そして無言の視線でもって初音のその言葉の意味を問う。
「手負いの獣ほど恐ろしいと良く言う。今の彼は、まだ手負いというほどじゃない。それでも、一撃を受けたのは間違いない。本番は――ここから」
「……そうだね」
親友の言葉の意味するところを察した司は静かに同意する。そして心の内で自分たちが教えた後輩にささやかなエールを送るのであった。
そして最後に、この展開を興味深そうに見つめる者がもう一人、観客席の中でも一際高い位置に用意されたVIP席用のブースに居た。
(彼の手並みについては概ね予想通り。とはいえ、やはり純粋にIS乗りとしてみるならばやはり評価できますね。そこのあたりは流石、兄さんが認め手塩に掛けた弟子と言うべきでしょう)
そう浅間美咲は思考の内で呟く。このVIPブースには日本の官僚も訪れている。その警護と、そして何かしらの非常事態が起きた場合には日本国にとって最大限の利益を得られる行動を行える能力の持ち主であるが故に、彼女がこの場に派遣されていた。
(そして――)
ちらりと、今度は一夏から箒へと視線を移した。
(篠ノ之箒、報告によればかの篠ノ之博士と血縁である以外はごく普通の少女、特記事項は精々が学生剣道の全中チャンプという程度ですが、随分と面白い。以前の
思えば自分も彼らくらいの年の頃には学生生活以上に兄弟子との修行に夢中になっていた。それはそれで大事な経験であるしそのことに微塵の後悔も無いが、こういった面白い光景に出合えるのであればもっと学校と言うものを満喫していても良かったかもしれない。
「浅間くん」
「はい、何でしょうか?」
そこで美咲のすぐ傍の椅子に座る、彼女の護衛対象となっている防衛省幹部が声を掛けてきた。
「率直に問うが、君の目から見てどう思うね? この試合」
「そうですね……」
形の良い顎にほっそりとした指を添えながら言葉を吟味する。
「このようなことを申しても今更でしょうが、勝負の世界は水物です。何が起きてどのような番狂わせが起きるのか。時として我々の予想を超える展開があるものです。この試合、例えばあの彼とその相手の彼女の勝負は確実に彼の優位でしょう。ですが――」
そこで美咲は一度言葉を切った。
「ですが、きっと面白いものがみれると私は期待していますわ」
良いながら、唇を妖艶な三日月形に歪めた。
「……」
無言のまま一夏は自身の左頬の感覚に神経を集中させる。あの交差の刹那に頬をなぞった衝撃は紛れもなくIS戦の中で感じるシールドエネルギーを削られた時の感覚だ。だが、今まで受けてき
一瞬にも満たない思考の中で一夏は改めて理解した。自分が初めて、近接武器によって、剣によってシールドを削られたということを。
背後を振り返り未だ膝を折り左腕を押さえてはいるものの、宿した闘志に一切の陰りを見せない瞳でこちらを睨みつけてくる箒を見据える。そして、押さえている左腕に握らている打鉄の刀を見遣る。
「そうか、削ったか。箒、俺に剣で手傷を与えたか」
淡々と事実を確認するように一夏は呟く。ふいに白式のOSがロックオンアラートを鳴らす。だがその一瞬前に一夏は後方にバックステップで下がる。直後、一夏の元居た場所にラウラのレールガンの弾頭が叩き込まれた。
『織斑くん!!』
動きを止めるという隙を見せていた一夏にシャルロットの叱責が飛ぶ。それを一夏は軽く流すような受け答えで応じる。確かに今のは紛れもない隙だったし、攻防の最中でそこをラウラが突こうとするのも尤もだが、その程度でやられてやるほど自分は甘くは無い。だから心配はするなと、平静の中に断言するような強さを含めて答えた。
そんな相方の言葉に呆れるように嘆息しながらもシャルロットは再びラウラの相手をする。そして一夏は改めて箒を見る。
「……」
「……」
数秒にも満たない時間、二人が無言で視線の交差をさせる。そこで、不意に一夏の体が小さく揺れた。
「っ……っ……」
最初にそれに気づいたのは箒だった。だがその不振はすぐにこの場の全員共通のものとなる。
「フッ……クックック……アッハッハッハッハッハ!! アーハッハッハッハッハ!!!」
突如として高らかに哄笑し始めた一夏に誰もが目を向ける。だがそんな会場中から向けられる視線などお構いなしと言わんばかりになおも一夏は笑う。
「クッ……ハッハッハ! なんだ! これは何だ一体! こんな展開、俺は知らんわ! あぁ数馬、今ならお前の気持ちが何となく分かるぜ。これは確かに、面白い……!! こんな、予想外!」
とうとう腹まで抱えだして大笑いを続ける一夏に会場全体が呆気に取られる。シャルロットとラウラですら交戦する手を止めて、片や無防備な相方を叱責すること、片や無防備な敵手の隙を突くことを、それぞれ忘れて呆然と一夏を見ている。
「……」
そんな中で箒だけが険しい視線のまま一夏を見据えていた。そんな視線だからか、すぐに気付いた一夏は目の端の浮かべた笑い涙をぬぐうこともせずに箒を見る。
「あ、あぁ悪い悪い。いや、そんな怖い顔をしないでくれ。別にからかっているわけじゃないんだ。あぁ、なんて言えば良いんだろうな。久しぶりだよ、
何度かアマの格闘家なんかとやりあいもしたけど、何せ俺ときたらセンスとか環境とか色々揃っちまってるから基本完勝ばかりだしなぁ。誇れよ箒。あの瞬間、間違いなくお前は俺に迫って、もう少しで超えるかってとこまで踏み込んでたんだぜ? ククッ、全く……どうしてこいつは中々。ものすごく不可思議で腹立たしくてわけが分からなくて、最高に面白い。
なぁ箒。結構前に、俺に勝負吹っかけた時のこと覚えてるか? 別にお前が俺に勝ったわけじゃない。けど、さっきのは少しばかり刺激的すぎた。あやうく、魅せられかけたよ」
そう言って獰猛に唇を歪める。その一夏の表情を見た瞬間、箒は一瞬背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
箒にとって一夏は長年にわたる一途な恋慕の対象だった。それはこの学園に入ってからも変わらず、むしろ再会をしたからこそより想いは強くなっていったと言える。だが肝心の彼は自分のことなどそこまで考えていないのかぞんざいな態度を取っており、それに苛立ち何とかして自分に意識を向けさせようと思った。
そもそもこの場のきっかけである一夏への宣言にしたって、そうした考えが現れての結果だった。だがこうして直接相対して、別の考えが湧き上がってきた。
思えば、これほどまでに真正面から一夏と向かい合ったのは学園で再会してからこれが初めてかもしれない。単純に言葉を交わすなどとは違う、互いの根底にあるもの同士というまた別の次元での話だ。
入学してまもなくの剣道場でのものとは違う、本気で打闘しにかかってきている一夏を見て箒が感じたのは一種の恐怖だった。目の前に居るのは紛れもなく見知った幼馴染だ。だが、間違いなく顔形には何も変化が無いはずなのにまるで別人に見えるのだ。
「一夏、お前は……」
一体何なんだ。そう言いたかった。本当にお前は自分が知っている彼なのか。まるで地中から一気にせり上がっていくように、募ってきた恋慕を上回るほどの疑念に似た考えが箒の脳裏を占めていく。
「さぁ、来いよ箒。この俺に掠らせたご褒美だ。お前にも攻撃に回るチャンスをくれてやる。魅せてみろよ、俺を物にしたいんじゃなかったのか?」
「あ、う……」
そのはずだった。この戦いで一夏を倒し、例え強引だの無茶苦茶と言われようが彼をモノにして積年の想いを成就させようと思っていた。だが今、そのことに疑問を感じている自分がいることに箒は動揺し言葉を失っていた。
「来い」
「くっ……」
痛みの残る体を何とかして立ち上がらせて箒は再び刀を構える。あまりにも思考がごちゃ混ぜになっており、もはや何が何なのか分からない。ただ一つだけ、この場で勝たねばならないという思いだけは強く自覚でき、無意識のうちに箒の体はそれに従っていた。
「いいねぇ……。――おいデュノア、ボーデヴィッヒ。お前らいつまでポカンとこっち見ている。やるならやっちまえよ。別に、俺と箒の戦いを見学していたいというならそれでも構わないけど」
そんな一夏の言葉にシャルロットとラウラは弾かれたように動き出して攻防を再開する。互いに相方の求める状況を作りつつ、相手の片方の妨害をするということを現状での念頭に置いている。必然的に、シャルロットとラウラはこの組み合わせで交戦を行うよりほかなく、それを分かっているからこそ一夏はチラリと一度視線を向けると、そのまま箒へと戻したのだ。
「らあぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
一夏が箒に視線を戻すのと雄叫びと共に箒が斬りかかってきたのはほぼ同時だった。噴射する打鉄のスラスターがそれを纏う箒の体を走らせ、一気に一夏との距離を詰めていく。
「え……?」
呆然とするような呟きが箒の口から洩れた。打鉄での吶喊により一夏との間にある距離は瞬く間に縮まり、振りかぶった刀は間違いなく一夏を捉えていた。そしてその刃の間合いと一夏の間合いが重なった直後、箒の刀は弾かれ大きく体を仰け反らせていたのだ。
「……」
その様を一夏は無言で見つめている。反撃の意思は持たず、ただそれで終わりかと目で問いかけてくる。
「くっ、このおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
二撃、三撃と立て続けに一夏へと斬りかかっていく。だがその悉くが弾かれてしまう。それも刃が一夏の間合いに入った直後にだ。まるで、あくまで抽象的な概念としてでしか存在しえない間合いに、物理的に堅固な壁ができたかのような錯覚を箒は抱く。
「分からない、って顔をしているな、箒」
何ともない様子で箒の攻撃を弾き飛ばし続ける一夏が声を掛けてくる。
「別に大したことじゃあないんだ。お前だってそれなりに武道に心得があるなら、自分の間合いの内くらいはある程度把握できるだろう? 基本はそれと何も変わらない。ただ俺の場合、それを実戦仕様に砥いだだけだ。まぁ分かりやすく言うなら、今の俺は俺の間合いの限界ラインまで高感度のセンサーを張り巡らせているようなもんだよ。
それが感知したなら、もうほとんど反射の域で対応ができるようにはなっている。センサーと同時に、ある種のバリアーだよな。そしてこれが結構重要なんだが、この守りは格下じゃ基本抜けんぞ? あるいはさっきみたいな爆発的な一発もあれば可能性は見えてくるけど、俺も攻撃に回って守りが薄れている時ですら薄皮一枚程度だしな。そこまで期待は持てんか」
「なっ……」
絶句する。今の自分が一夏を相手に防戦に徹すればそれなりの時間持ちこたえられるだけで、格下であるという自覚はとうに持っていた。だが仮に一夏の発言が真であるとすれば、現状自分ではこの守りを突破することは叶わないということになる。
「箒、一応言っておくがあの一撃は間違いなく俺にとって予想外だった。まぁ思うところは色々あるけれど、アレは素直にお前を褒め称えるよ。だから箒、俺からも少しばかりの授業だ。まずは覚えておけ。この間合いの知覚、把握による守り。名を『制空圏』。
まぁ流派によって色々表現は変わるが、これは割と通ってる概念らしいな。そして一流の使い手ならば持ち得て当然の技術でもある。まぁ受け売りだけどな。姉貴や、お前の親父の柳韻先生だって心得はあるだろうさ。あとは、斉藤先輩や沖田先輩、よくは知らんがあの会長殿だって素養ないしちゃんとした心得はあるんじゃないのか?」
「ぜぇっ、はっ……」
「そしてもう一つ。これが結構重要なことなんだがな」
息を切らしもはや肩で息をしているような状態の箒を見つつも、まるでお構いなしと言うように一夏は言葉を続ける。
「箒。今お前はこうやって戦っているだろう。一体俺がどういう手を使って来るのか。それにどんな風に対処するか、どういう風に攻防をつなぐか、そうやって色々考えながら自分のペースを崩さないようにしている。
あぁ、それも一つの立派な戦い方だ。というか実のところを言えば俺もそっちの側だ。だがな箒。それはお前の戦い方じゃない」
「な、なに……?」
「去年の中学生剣道全国大会女子の部決勝戦。ネットに上がってた映像だけど見させてもらったよ」
「それはっ」
それは箒にとってあまり突かれたくない話題だった。箒が剣道の全中優勝者であるということは知る者は知っている。少なくとも剣道部の面々はほぼ全員だし、一夏もまた事実としては知っていた。
だが箒はそれを一度として誇ったことはない。それではそこに至るまでに勝ってきた相手に失礼と思われるかもしれないが、箒にしてみればむしろ相手を考えるからこそ誇れないのだ。
「映像とはいえ、よく分かったよ。あの試合、お前の太刀筋にはこの上ないまでにお前の感情が現れていた」
「うるさいっ!」
それ以上を言われたくなかった。そう、一夏の言う通りだ。あの試合、箒は終始自分の感情をむき出しにして戦っていた。
巡り会わせが少し悪かったのだろう。実姉の失踪以来自分を縛りつけてくる窮屈な生活の中で積もり積もった鬱積が、大きな試合へのプレッシャーや勝たねばならないという思いに刺激をされて爆発してしまった。
結果として、箒に言わせれば剣道も何もあったものではない、ただ一方的に相手を痛めつけるだけの試合をしてしまった。試合の後、悔しさに蹲り面の隙間から涙をこぼした相手を見て、箒は自分がしたことを自覚しこの上ない後悔に襲われた。
「確かに、まぁあまり褒められるような内容じゃなかったけど」
「うるさいっっ!!!」
さっき以上に大きな声が出た。それと同時により力を込めて一夏に斬りかかるが、一夏の間合いの境界より僅かでも先に進むことは一度として無い。もはやただ刀を振っているだけに等しい。何しろ、勝つビジョンがまるで見えないのだ。
「だが、あれで良いんだよ」
「え?」
否定されると思った。だが、一夏の口から出てきたのはあの試合の自分への肯定の言葉だった。
「それでも良いんだよ。自分の感情を爆発させる。思いきり高揚させた気持ちで、存分に暴れるように戦う。それもまた戦い方の一つだ。そうだな、さっき言った色々考えながらの戦い方をその十時のメンタルに倣って名づけるなら『静の状態』、そしてあの試合のお前みたいな心身共に爆発させるような勢いのある戦いは、『動の状態』とでもしようか。いや、全部受け売りなんだけどさ。
箒、お前は紛れもなく後者だよ。気持ちを、感情を昂らせてテンションアゲアゲのマックスで戦う。そんな『動』の者としての戦い方こそが、篠ノ之箒のあるべき武人の姿だ」
「な、いきなり何をそんな……」
一夏の語る概念は理屈の上では理解できる。だがいきなりそれを自分に当てはめられて素直に受け入れらるほど柔軟な思考までは持ち合わせていなかった。
「まぁいきなりそんなこと言われても分からないことだらけだろうよ。状況が状況だ。まぁ詳細はまた別の機会に腰を落ち着けてとしてだ。一つ、ここは俺が先達としての手本を見せるとしよう」
「手本、だと?」
意味が分からなかった。一夏の言葉を額面通りに受け取るならば彼は彼が語る概念に曰くの『静』に属するのだろう。『静』と『動』、この二つがタイプとして真逆なのは字面からも想像に容易い。そして静の彼が動である箒に手本を示すとは一体。
「一つ、宣言しておこう。この勝負、俺が貰った。そしてお前は、記憶に焼き付けろ。自分があるべき戦い方を。俺なりの、お前への気遣いだ」
直後、まるで目の前で爆発が起きたかのように強烈なプレッシャーが一夏から叩きつけられた。思わず怯んだ直後、既に目の前に一夏が差し迫っており、何をすべきか考えるより早く今まで以上の重さを持った一撃が箒の胴に叩きつけられた。
「これは……」
管制室でモニタリングをしていた教師の一人が驚きの声を上げる。彼女の見るモニターには学園のシステムと連動させることで状態の観察をできるようにした各ISのデータが映し出される。そして現在、彼女が見ているのは一夏が駆る白式の状態だった。
「なにこれ、急に機体の出力に上昇が……うそ、駆動系のエネルギーバイパスの配列が入れ替わってる? これは、操縦の精密さを捨てて瞬間出力重視にしている? でもいきなりこんな……」
「いや、それで問題ない」
「あ、織斑先生」
困惑する彼女の背後から千冬の声が掛かる。問題ないとはどういうことなのか、その意図を図りかねる彼女に千冬が簡単な説明をする。
「そういう機体なんだよ、今の白式は。先の倉持への用事の際に、な」
一夏と千冬が白式の調整のために先日倉持技研へ赴いたという話は教師陣の殆どが知っている。ゆえに事情の理解はすぐにでき、彼女は再びモニタリングへと戻った。
(しかしあいつめ、よもやあそこまでやるようになっていたとはな……)
白式の絡繰り、その内容を知っているだけに千冬はそれを扱う一夏に対して驚きに近い感覚を抱いていた。
(宗一郎、お前は一体一夏をどこまで鍛えたのだ)
胸の内で、千冬は一夏の師に対して湧き上がった疑念をぶつけるが、それが千冬の内より外へと出ることは決して無かった。
「ヌゥエアァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」
咆哮と共に一夏の猛攻が箒へと襲い掛かる。その重さ、勢いの激しさ共に先ほどまでの比では無い。まるでスイッチが切り替わったかのように、ガラリとその戦い方に変化が生じていた。
一歩踏み込む度に背のスラスターが爆発音と共に強い推力を噴出して一夏を加速させる。一撃、正面から叩き込んだ直後にすぐにその場を飛び去り、別方向から吶喊のごとき一撃を再び叩き込む。その繰り返しにより、箒は全方位から連続して猛攻を浴びせかけられる形になる。
ここに至るまでに大きく消費していたことも相俟って、もはや箒に一夏の猛撃を捌く術は無かった。しかも今度は剣だけでなく、拳や蹴りまで攻撃の中に織り交ぜられ、その一撃一撃が重く響いてくるのだから、より一層箒は苦境に立たされることになっていた。
低い姿勢からの切り上げで刀を弾き飛ばすと同時に蒼月の柄を逆手に持ち帰る。そのまま剣道で言うところの逆胴の要領で斬りつけると同時に、柄の部分で箒の頸部にピンポイントで打撃を加える。いかにシールドがあると言っても頸部は元々人体の急所だ。傷は負わずとも受けた衝撃だけでも十二分に箒の動きを阻害する。
大きな隙を見せた箒の更に懐深くに潜り込んだ一夏は地面を強く踏み込むと同時に肩から箒の胴の真芯に強烈な体当たりを見舞う。見る者が見ればすぐに中国拳法が八極拳の一手、
胴の真ん中に受けた衝撃で箒の体が後方に飛ばされそうになるが、それより更に早く再度踏み込んだ一夏が今度は顎の下目がけて貫手を放つ。特殊カーボンの刃を有した指による貫手に、更に手首を回す螺旋回転を加えた一撃はシールド諸共箒を大きく削る。そのまま仰け反った所へ、既に順手に持ち直された蒼月の一刀が振るわれる。
「がはっ!!!」
肺の空気を纏めて吐き出しながら箒は吹っ飛ばされる。そのまま二度三度と地面をバウンドし、そのまま倒れ込む。
「あ……ぐっ……ぐぅ……」
頭部、頸部、胸部、凡そ人体の急所が集中する箇所に連続して攻撃を受けた箒は、かすむ視界の中で未だ痛みを響かせている腹部を押さえながら立ち上がろうとする。
立ち上がることそれ自体は打鉄の補助もありすぐにできた。だが、仮にこのISの補助が無ければ果たして立てていたか、そう思わせる程に体中に力が入らないほどのダメージを受けていることを箒は実感していた。
一夏の攻撃に一切の加減が無いことは嫌と言うほどに理解できた。常々ISでは全部が出し切れないとぼやいている彼のことだ。培ってきた武技は、まだその全てをIS戦に限定すれば発揮されていないのだろう。だが、その上で本気で箒を倒そうと、否、押し潰そうとしてきている。曲がりなりにも古馴染みであるはずなのに、振るわれる技には一切の情を感じなかった。
(そうか、今更なのか……)
入学し、再会してもう二か月が経とうという頃合いだ。ここへきてようやく、箒は今の一夏を見た気がした。昔と変わらない所だって多くある。だが同じように変わったところ、昔は無かったような所もある。こと、武道においてはそれが顕著だ。
「な、舐めないで……ほしいな……」
「あぁ、舐めちゃいない。お前が何をしてこようが、俺は本気で相手をするさ」
苦し紛れ、あるいは自分を奮い立たせるためか、途切れ途切れに言った言葉にも一夏は大真面目な表情で返す。あぁやって武道絡みになると変に律儀な所はまるで変わっていない。だが、そこから繰り出される技はまるで別物だ。
「っっ!!」
もはや叫ぶ体力すら惜しい。どうせ勝てないのは目に見えている。ならばせめて、先ほどのように一矢報いて敗れたい。もう後先など考えない。とにかく、渾身の力をこの一撃に込める。
フェイントも何もあったものではない、愚直を通り越して間抜けとも言えるような真正面からの吶喊にも、一夏は眼差しに宿した真剣さを微塵も揺らがせずに箒を迎え撃つ。
振りかぶった刀を思いきり振り下ろす。ただひたすら、我武者羅に。あるいはこれが一夏の語る『動』の戦いなのか。なるほど、確かにこれは自分にしっくりくる。渾身の一撃を放つ最中だというのに、なぜかぼんやりと思考の片隅でそんなことを考えていた。
一際大きな金属音が響く。結果として、箒の渾身の一撃はそれまで同様に弾かれて終わった。今まで以上に強く弾かれたせいか、手から柄が離れて刀のみが宙を舞う。青色の凶刃を構える一夏を前に、箒は丸腰の上に隙だらけという致命的な状況に陥った。
「がぁっ!!」
それでも動けたのは最後の意地だろうか。もはやなりふり構わず、箒自身自分が何をしたいのかも分からないままに一夏へ近づこうとする。近くで見れば、まるで最後の手段として箒が一夏の喉元を食い破ろうとしているようにも見える光景だった。
「天晴れ」
そんな一夏の箒を讃える言葉が聞こえてきた。箒は視線を上げて一夏の目を見る。讃える言葉とは裏腹に、一夏の目はどこまでも冷え切っており、漆黒の瞳はまるで底なしの奈落のようだった。
(あぁ……)
何でこんなことを今になって思うのだろうか。勝負に何か関係があるわけでもない。だというのに、何故か箒は一夏の振るう技を言い表す言葉を思いついていた。それは、『
そしてまだシールドエネルギーには余力がある中にも関わらず、箒は頭部に響いた衝撃によって意識を闇の中へと落としていった。
ズン――
そんな音が聞こえてきそうな程に、見ている者達にもその重さを想像させるほどにひじ打ちが箒の頭頂部に落とされた。白式は肘の部分にも関節の動きを阻害しない上でサポーターのように装甲が設けられている。ISの膂力で放たれる鋼鉄のひじ打ち、その威力はシールドがあったからこそ頭部全体に響く強い衝撃からの脳震盪による気絶だけで済んだものの、仮に生身であったならそのまま押し潰されて肩口までめり込んでいただろうほどだ。無論、即死であることは言うまでもない。
遠くから倒れた箒を気に掛けるようなラウラの声が聞こえてくるが、微塵も取り合う気配も見せずに一夏は残心を行う。
「ハァー……」
体の内に溜まり抑えきれなくなった闘気を排出するかのように深く息を吐く。それと同時に白式のOSが機体の状態の変化を告げる。先ほどまで、箒に語った「動」の状態での瞬間出力重視の仕様から平時の「静」の状態での操縦のしやすさとその精密性重視の仕様に変わる。
この一夏自身の状態の変化に合わせての機体状態の変化、これこそが先の倉持への出向において白式に宿った新たな力だ。
ISは常に乗り手のバイタルを観察している。当然ながらそこには乗り手の心理状態を生物学的、科学的に置き換えた上での内容も含まれる。ポイントはそこだ。乗り手のアドレナリンの分泌量や心拍、脳波などから乗り手の興奮状態を幾つかのパターンに分類し、それに合わせて出力重視や操縦の精密性の比率を変化させる。
極めて高い興奮状態にあって針孔に糸を通すような精緻な操作は行いにくい。逆に極小の一点を突くような静謐とした集中下にあっても必要以上の出力は無用。その時々、幾重にも渡るテストと、それを経てなお稼働時には常にデータを収集しパターンを再編しながら乗り手がその時に最も扱いやすいように駆動用エネルギーのバイパスの構成や出力比を変えていく。
使う者次第でまるで別の顔が現れるようなこのシステムこそが、倉持が第三世代と銘打ち世に放つ現在各国が開発した第三世代兵装のどれとも趣きを異にするOS及び駆動系補助システム「
「……」
気を失って倒れる箒を一夏は見下ろす。まだシールドは尽きていないし生きてもいる。果たしてこの状態を教師陣がどう受け取るか。完全な戦闘不能を見なして回収に現れるか、はたまた目を覚まして再び参戦するかどうかを待つか、一夏としては後者の可能性に期待をしたかったが、いずれにせよこのままでは箒は戦いの邪魔にしかならなかった。
「よいしょっと」
箒の首に手を伸ばすとそのまま片手で鷲掴みにして持ち上げる。ぐったりと項垂れ呻く箒を片手に一夏は一息飛びにアリーナの壁際まで寄ると、掴んでいた手を離して箒を壁を背にするようにして座りこませる。
仮に戦闘不能判定が下されているのであればとうに教師陣が回収に出てきているだろう。それが無いと言うことは教師側はまだ箒にも可能性があると見たらしい。実に懸命な判断だと思う。
シールドは生きているためアリーナ内にいても多少は問題ない。気を失ってはいるが、それも一時的なものだろう。そこまで追い込んだ本人として、気絶もそう長くは無いと断言できる。
これで目を覚ました箒がどのような動きに出るか。なおも闘志を燃やすか、はたまた折れるか。そう期待するように思って、しかし結局やることは変わらずただ打倒するだけという結論に至った一夏はおかしそうに小さく笑う。
そして視線を動かして離れた場所で戦うシャルロットとラウラを視界に収めると、一気にその場に向かっていった。
シャルロットとラウラの攻防は完全に千日手の状態にあった。基本的に実弾装備を中心としているシャルロットではラウラのレーゲンに搭載されているAICにはこの上なく相性が悪い。
対するラウラもまた、AICという極めて特異な武装を装備しているが故に他に搭載する装備、引いてはそこから構築させることにできる戦術に限りが生じ、トータルパフォーマンスは高いものの一点機動性という点でシャルロットのラファールに後塵を拝しているためこちらも満足な攻撃を加えることができない。
完全に一夏優位で進んでいる一夏対箒とは真逆の構図だった。
「あぁもう、鬱陶しいなぁ……!」
隠しきれない苛立ちを滲ませながらシャルロットは楯でレーゲンのワイヤーを防ぎつつアサルトライフルでラウラを狙い撃つ。防御に回ることでこちらの動きが阻まれるが、それは向こうも同じこと。ライフルをAICで防ぐためにその動きは止まらざるを得ない。
武装の数の多さは間違いなく自分が一番であるとシャルロットは自負している。というよりも、多くの第三世代はその要である第三世代型兵装によって搭載装備を限らねばならないのが現実なのだ。
それはラウラのレーゲンにしても同じことだ。AICを除けば武装らしい武装は両手に装着された回転刃、右肩のレールガン、そして腰部のホルダーから左右三本ずつ放たれるワイヤーブレードくらいしかない。だがその少ない武装をAICを切り札に据えた戦術の高いレベルでの構築により補いラウラは一年でも特に高い実力を誇っている。
結果として、武装の豊富さとそこから成る先述の幅広さを武器とするシャルロットと、性能の高さと限られた戦術を高いレベルで詰めたラウラが互角になるという構図が生じたのだ。
二人の戦いはまず距離の奪い合いにある。理由は単純でありラウラのAICに集約される。ラウラはとにかくシャルロットとの距離を詰めようとしていた。一度でも捕えればそれで良し。その時点でラウラの勝利はほぼ確定する。逆に捕えられさえしなければいくらでも芽があるシャルロットはとにかくラウラから距離を取ろうとする。
交わされる攻防など、その距離の奪い合いの結果生じたおまけのようなものだった。
ラウラの攻撃はとにかく堅実の一言に尽きる。一手一手を確実に、本命であるAICに捉えるために着実に相手の逃げ場を封じていく。やられる側からすればねちっこさすら感じる攻め方だった。しかしその一方で時折大胆かつ豪快な攻めも展開してくるのが、また読みにくさに繋がって性質が悪い。
自分でなければとっくにやられていたかもしれないとシャルロットは思いつつ、同時にセシリアに鈴の二人を同時に相手取り勝ちを奪い取った実力を改めて思い知った。
その実力は大真面目に評価するし敬意も払う。だが、厄介さという点を見れば先ほどのように思わず悪態の一つもつきたくなってしまう。
だがそんな文句を垂れながらもシャルロットの目には依然として冷静な光が宿り続けている。ラウラの一手一手を見切り、それぞれに合わせた的確な回避、あるいは防御を選択していく。同時に自分からも攻撃を加え、例え防がれたとしてもそのままラウラの動きの妨害へと繋げる。
「これなら!」
その言葉と共にラファールの右肩に取り付けられたラック部分に一瞬光が奔ったかと思うと、高速切替で瞬時に装着された小型のミサイルポッドが姿を現す。直ちに放たれたミサイルは都合四発。それで装填していた分を撃ちきったポッドはそのままラックから切り離されて打ち捨てられる。
発射角の関係上、四発のミサイルは一度上空まで上がり、そして今度はラウラに向かって急降下してくる。たかだか四発の単調な機動の垂直ミサイル程度ならば取るに足らない。眉一つ動かさないラウラの鉄面皮はそう物語っている。
「誰がただのミサイルって言ったかなぁ?」
「ぬ?」
どこか嬉しげなシャルロットの言葉にラウラが疑問を覚えた直後、四発のミサイルそれぞれから小さい何かが大量にばら撒かれた。レーゲンのOSが直ちに散布物を解析、そしてその全てが小型の爆弾であるとの結果をラウラに伝えた。
「まさか!」
「良かれと思ってクラスター弾頭にしてみたんだ! 僕なりのサービス、存分に受け取ってね!」
「何がサービスだぁ!」
サービスどころか嫌がらせ以外の何物でもないシャルロットの所業に思わずラウラは吼える。本当に、ここまでルームメイトが意地の悪さを持っていたとはラウラにとっても予想外のことだった。
「くっ!」
広範囲にばら撒かれた子弾の雨から抜け出そうとするも、それより僅かに早く子弾が一斉に起爆する。周囲から襲い掛かる爆風、衝撃、熱波の三重攻めをラウラは身を縮めるような姿勢を取って堪える。
「いっただき!!」
チャンスを見出したシャルロットの声が耳朶を打つと同時にマシンガンがレーゲンに撃ちこまれる。AICを展開していなかったために銃弾の掃射をモロに浴びたことでレーゲンのシールドエネルギーの値が減少していく。
「舐めるな!」
被弾しているという事実を無視した強引な動きでラウラは射線から逃れる。マシンガンの掃射を抜ける一瞬直前にショットガンの攻撃の一部が脚部を掠めており、仮にすぐに脱出しなければという嫌な仮定をラウラの脳裏に想起させた。
流れを一時的にとは言え掴んだシャルロットとしてはここで一気に勝負を決めたいのか、マシンガンによる絶え間ない掃射とショットガンによる面圧攻撃の同時展開で一気に押して来ようとしてくる。
迫る銃弾の嵐をレーゲンにできる限りの機動、時折瞬時加速も織り交ぜたソレで交わしつつシャルロットとの距離を詰めようとする。
「くらえ!!」
上手く飛び込めた攻撃の空白地帯からラウラは素早くレールガンを展開してシャルロットを狙い撃つ。同時に腰部のホルダーから左右計六本のワイヤーブレードを全て射出し、それぞれに蛇のような複雑な機動を伴いながらシャルロットに向かわせる。
ワイヤーの先端に取り付けられたエッジ付きのペンデュラムには小型、簡易化したPICの発生装置が搭載されており、IS本体には遠く及ばずともある程度機動の操作を行うことができる。これにより六本のワイヤーは全てが異なる方向からシャルロットに襲い掛かることが可能なのだ。
「っ!」
小さく舌打ちしながらシャルロットは左腕のみだったシールドを右手にも展開し、両腕での防御を試みる。更に一度銃器を格納し両手に一本ずつ大型ナイフを展開、時にはあえてワイヤーをナイフに絡ませ、それを手放すことで回避を試みる。
防御の最中でシャルロットは格納していた発煙弾を取り出しそのまま地面に落とす。時限起動式の信管が作動し地面に落ちた球体から大量の煙が吹き出し一瞬にしてシャルロットを中心としてあたりに煙をばら撒く。シャルロットが防御に回った隙にレールガンで撃ち抜こうとしていたラウラは目論見が外されたことに小さく歯噛みをした。
煙幕を突き破って上空へと飛翔したシャルロットがマシンガンとアサルトライフルの同時射撃をラウラに仕掛ける。AICを使えば無力化は容易いが、その間にまた先ほどのように「良かれと思って」などと言いながらクラスター爆弾を放ってくるという「良からぬこと」をされるのも嫌なので、今度は動いての回避を試みる。
一夏と箒の戦いとは対照的に二人の戦いはアリーナ全域を縦横無尽に駆ける動きの大きなものになっている。目まぐるしく動きながら繰り広げられる高度な攻防は観衆を沸かせ、その歓声に当事者の二人の闘志も高まっていく。
『ッッ!!』
その最中、唐突に二人はハッとした表情と共に同時に勢いよく顔を振り動かして同じ方向を見る。重い何かが叩き落されたような重低音が突然に響いてきた。
本来であれば特別気にするようなものではなかったが、その音が本能に感じさせた『嫌な感覚』に二人揃って反応を強制させられたのだ。
「篠ノ之!!」
ラウラの、比較的時間を共有することの多いシャルロットでもほとんど聞いたことのない切羽詰まったような声が響いた。二人の視線の先、地上の一角では一夏の肘打ちの一撃を頭頂部に直撃させられた箒が全身から力を失い崩れ落ちる様があった。
(篠ノ之さんは――)
チラリと一瞬だけアリーナの大型モニターに視線を向けたシャルロットは箒の打鉄のシールドエネルギーがまだ尽きていないことを知る。
だが箒は倒れた。それが示すところは、シールドを削るよりも先にその内に居る乗り手を戦闘不能に追い込むという芸当を一夏が為したということ。確かにシールドの相互干渉によって衝撃の緩和などが弱くなる近接戦で強い一撃を頭部に受けたりすればそういったことが起きる可能性もある。
しかしそれを直接目の当たりにしたのはこれが初めてだ。おそらく箒が倒れたのは脳震盪かそれに類する症状だろう。一時的に気を失った程度なら目を覚ませば戦線復帰の可能性はあるが、それでも実質箒が倒れた事実に変わりは無い。
(本当に……)
シールドを削るのとは異なり、一夏が行ったのは直接的に乗り手を害する戦法だ。一歩間違えればとんでもない事態になりかねないというのに、離れた場所に立つ彼の佇まいには一切の躊躇や容赦といったものは感じられない。そんな冷たさを幼馴染である者にすら向ける。本当に、この間の一件と良いゾッとしない。もしかしたら、あの場を上手く収められたのは自分にとっても相当な幸運だったのではないか。そう思わざるを得なかった。
「はぁあああああああああ!!」
(しまったっ!?)
思考に一瞬とはいえ耽っていたせいで隙を晒していたことにシャルロットは己を叱咤する。我に帰ったのはラウラの方が早かったらしい。先ほどまで以上の闘志をむき出しにしながら腕の回転刃の切っ先を向けつつ迫ってくる。
このままいけば一夏とシャルロットの二人を同時に相手にしなければならないラウラにとっては、可能ならば片方を落とせる内に落としておきたいはずだ。たとえ二人同時に相手取れる腕を持っていたとしても、より勝率の高い選択があるなら迷わずそちらを選ぶのは道理だ。
「くっ」
苦し紛れに左腕の楯を構えてラウラの回転刃を迎え撃とうとする。まずはとにかく守り、そして直ちに距離を取りAICに捕らわれないようにする。
そしてラウラがもう後少しというところまで迫り、回転刃が接触する耳ざわりな金属音が鳴り響いた。
「なっ――」
「え?」
揃って挙がった疑問の声はラウラ、そしてシャルロットのものだった。
「双方、引け。これ以上は無用だ」
耳朶を打つ声は一夏のもの。箒を倒した際の残心の名残か、掛けられた声はやや低めの静かな口調だった。
左手に握られた蒼月の刃はラウラの回転刃を鬩ぎあい、空いた右手はシャルロットの楯を抑えている。
「舞台の主役は俺だ。ここから先は、俺が仕切らせてもらおうか」
二人の間に割って入り、あっさりと止めた一夏は静かに、しかしどこか傲慢さを含んだ声でそう言い放った。
今回は割と久しぶりに某格闘漫画の要素を押し出してみました。掲載誌を追っかけている方ならば、今回の箒のやられ方にもきっと「デジャブるんだよぉぉぉぉぉ!!」と思っていただけることでしょう。
反省も後悔もしておりません。けど、ヤバイことになったら修正や一時取り下げなどの逃げに走る準備は万端です(ドヤァ
シャルちゃんは第三世代装備というイロモノは持っていないため、よくある装備で結構意地の悪い攻め方をするのが得意だったりします。え? 顔芸? ゲス野郎? 聞こえんなぁ~。知らぬ知らぬ聞こえぬ見えん。
白式の新システムは一応作者なりに考えてみた第三世代装備という感じです。ほかの装備が直接相手に攻撃を加えたりするものであるのに対して、一風変わった乗り手のサポートに主眼を置いたものにしてみました。というか近接主体にするならこっちの方が都合が良いかなと思ったので。
あと二話くらいでラウラ戦にはケリをつけたいですね。いやまったく、二巻はサクッと終わらせるという初志はどこへ行ったのやら。