或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 今回で二巻分終了です。また何だかんだでここまで漕ぎ着けるのに時間がかかってしまいました。
三巻こそはサクッと、と思ってもどうせまた時間がかかるのでしょうね、きっと……

 とりあえず今回は騒動の後のアレコレをダイジェスト的な感じでお送りします。
なお、本作における簪ちゃんはネタ振り担当です。


第二十六話 後始末、魔女は静かに憤る

「いや~、流石に今回はマジでヤバイって思ったわ。もうどんくらいヤベーかってーと、なんか何もする気が起きないくらい疲れるくらいヤバかったわ」

「そう、それはお疲れ様。私は何も見てないけど」

 

 そんな気の抜けた会話を一夏と簪は交わす。場所は一夏らが使用した第一ピットの隣にあたる第二ピット、簪と本音のペアが使用しているピットである。

暴走したシュヴァルツェア・レーゲンの鎮圧に成功した後、一夏とシャルロットはそのままピットへと戻り追って指示があるまで待機を言い渡されていた。待機と言ってもそこまで拘束性があるわけではなく、変にあちこちへフラつかないのであればある程度好きにして良いと言う半ば自由行動の許可に近いものである。

そんな指示を受けたために一度シャルロットと別れ、さてどうしたものかと考えながら廊下を歩いている最中にバッタリ出会ったのが簪である。そのまま立ち話もなんなのでということで彼女のピットに場所を移してこうして会話をしているという運びになった。

 

「まぁそこまで深く聞くつもりはないけど、そんなに大変だったの?」

「そりゃな。試合、俺がボーデヴィッヒ倒すとこまでは見ていたんだろう? なら箒がやられたのも見ていたはずだ。そのぶっ倒れた箒も回復してからは加わって、とにかくその時アリーナに居た全員で取り掛かった大仕事だよ」

「ふ~ん。あ、グミ食べる?」

「もらうもらう。どもども」

 

 差し出されたグミをぱくつきながら一夏は深くため息を吐く。

 

「どうしたの?」

「いやさ。この後な、お説教なんだよ、姉貴の」

「ご愁傷様」

「うぉい」

 

 姉、すなわち千冬からの説教と言って即座に一夏に向けて合掌する簪に一夏は思わずツッコミを入れるが、それに一々相手をするような性格を更識簪という少女はしていなかった。

 

「で、その織斑先生は何をしているの?」

「ん? 箒に説教中だ。しかも姉貴だけじゃない。山田先生とか他の先生も参加という豪華特典付き」

「……篠ノ之さんは何をしたの?」

 

 千冬が説教をするのは、まぁよくある光景だから今更何も言わないとはいえ、そこに他の教員たちも、ましてや学園の教員でも温厚筆頭株の真耶まで加わるとはただ事ではない。当然のように湧いた疑問に何てことは無いと一夏は答える。

 

「あ~、件の大事件な、わりとマジでヤバかったんだよ。下手したらくたばっておかしくないレベルの。何せ俺やデュノアすらまず最初に逃げるよう言われたし。まぁ無理やり納得させたんだけどよ。そこへ行くと箒なんかは病み上がり不完全状態、しかもまぁ機体とか腕とか色々足りちゃいない。だから他の先生が言い聞かせて下がらせようとしたのをほとんど無視しての突撃だからな。いや、正直言ってそれに助けられたところもあるんだけど、流石に無茶が過ぎるってんでよ」

「それなら仕方がないね」

「あぁ、仕方がない」

「で、織斑くん。実際問題箝口令はどのくらいのレベルで働いているの?」

「ん? そうだな。流石に何かあってそれに皆で対処したくらいなら、まぁこうやってお前に話したように言っても問題はないな。まぁ流石にあれで何もありませんでしたは通じんだろ。いや、それでもあまり吹聴することじゃないけど。でも詳細は流石に言えないな」

「そっか。まぁ普通そうだよね」

「けどまぁ、頑張れば自力で調べ出せるかもしれんぞ? いや、できるかどうかは知らんが。ただまぁ、案外お前の姉貴なら知ってんじゃないの?」

「……多分だけど把握してるよ、確実に」

 

 脳裏に思い浮かべた実姉の姿に、一夏の推測は紛れもない正解であることを簪は告げる。

 

「ほぅ。あれか、この学園の生徒会長っていうのはそこまでの権限があるのかい?」

「生徒会長もそうだけど、お家柄っていうのもあるかな」

「家柄?」

「そ、家柄。私とお姉ちゃんの実家、つまりは『更識』って家は何て言うんだろうね? 代々由緒正しい……忍者? とにかく、そういう裏稼業でそこそこ名の知れた家なんだよ。ほら、あのイギリスのスパイ映画みたいな」

「あ~、なる」

 

 簪が例として挙げたスパイ映画は一夏もそれなりに愛好しているシリーズであるためすぐに思い浮かべることができた。

 

「……チョイ待ち。それ、喋って良いのか?」

「……さぁ?」

「おい」

「別に私はどうとも思ってないし」

 

 一応実家に関わる非常に重要な情報であるにも関わらずこの扱いのぞんざいさ。それで良いのかと突っ込みを入れる一夏だが、簪は態度を変えることなく適当な扱いのままを通す。

 

「まぁ君は立場が立場だし、覚えといて損は無いと思う」

「そういうものかねぇ」

「そういうもの。で、お姉ちゃんは一応長女なわけだから次期当主で、というかもう当主の仕事の一部はやってるから。必然的にそういう機密情報とかにも耳を伸ばせるわけ」

「はぁ、あの会長殿がねぇ……」

 

 思い出すのは数少ないとは言え数度の接点がある学年が一つ上に生徒会長だ。そういえば妹がどうこう言っていたなと思いだし、思わず一夏は頭を捻る。

 

「あの実の妹で変な妄想してるようなアレが?」

「それは初耳だけど、まぁそう。あんなチャランポランだけど、アレでも家の跡取りなんだよ」

「あの悪乗りを生きがいにしてそうなのが?」

「あんなのでも能力だけ(・・)はあるから。そう、例えば寮が一人部屋なのを良いことに鏡の前でポーズ取りながら『かしこい、かわいい、タテーナシ』とかやっちゃってるのを私に見つかっちゃうような、あんなのでも能力は(・・・)優秀だから」

「何それマジでウケるんだけど。よし決めた、今度からあの会長のことは『KKT』と呼んでやろう」

「その心は?」

「K(かしこい)K(かわいい)T(タテナシ)だ。いやぁ、ぜひ全校生徒に流布してやりたくなるな。ネタにしてやる意味で」

「顔真っ赤にするお姉ちゃんの想像が余裕でした」

 

『……プッ』

 

 しばしの無言の後に二人揃って小さく噴き出す。余談だがこれとほぼ時を同じくして二年生が使用しているアリーナの一角で一人の女生徒が小さなくしゃみをしたのだが、それがこの二人の会話と関連性があるかどうかは余人の知るところではなかった。

不意に一夏の懐から電子音が鳴る。失礼、と一言だけ断って一夏は座っていたピットのベンチから立ち上がると、そのまま懐から携帯を取り出して通話を始める。

 

「もしもし。あ、どーもどーも。さっきの件ですか? ほむほむなるほど、あ、本当ですか? じゃあそれでお願いします。いや、急に無理言ってすいません。――いやいや、本当に色々とお世話になりまして。はい、はい、それじゃあお願いします。はい、では。失礼します」

 

 会話を終えて通話を切った一夏は再び簪の下へと戻ってくる。どうしたのかと問うてくる簪に一夏は大したことじゃないと前置きをしてから事情を話す。

 

「いやさ、さっきの騒動の時にISスーツの上が破けて使い物にならなくなっちまったんだよ。一応予備はあるけど、所詮予備だからな。できればちゃんとしたのが欲しいのが人情ってわけで。だから倉持の人に新品無いかって聞いたら即答で『ある』って返ってきたから。その確認」

「ふ~ん。どんなの?」

「いや、今まで使ってるやつとそう変わらないよ。まぁ色は違うけど」

「何色なの?」

「黒」

 

 そこで簪は記憶にある一夏のISスーツ姿を思い浮かべ、どちらかと言えば深めの青色だったソレを黒に置き換えてイメージする。まぁアリなのではないとか思った。

 

「うん、良いんじゃないの? でも、なんで黒なの?」

 

 それを問われて一夏は視線を逸らすと表情をどこか苦みを含んだものに変える。

 

「いや、それがさ、それ以外に選びようがないんだよ。だって色は二色しかなくてさ、片方は俺が選んだ黒だ。もう片方は……ショッキングピンクだぜ」

「ブッ」

 

 ショッキングピンクと言われた瞬間、そんな弾けた色のISスーツを纏っている一夏の姿を思い浮かべてしまった簪は反射的に噴き出していた。一夏も簪がいきなり噴き出した理由を察したのか、仕方ないと言いたげな様子でガクリと首を落とす。

 

「いや、もうホントにショッキングピンクとかは聞かなかったことにしといてくれ、いやマジで」

「べ、別に良いけど……プッ」

 

 未だに笑いを抑えきれない簪に一夏は一言物申したく思うが、しかし自分でそんなショッキングピンクなどを纏っている姿を思い浮かべてみると確かに笑いたくなるのも無理のないことだと納得してしまう。それに、簪の反応などまだ大人しいものだ。これが鈴あたりであれば腹を抱えて盛大に大笑いしていただろう。それを考えれば自制しようとしているだけまだ遥かにマシだ。

 

「……ふむ、そろそろ時間かな?」

 

 ラウラの一件があったおかげで一年の部に関しては試合の日程に大幅な遅れが生じた。本来であれば今日中に専用機の部を終了させる予定であったが、その予定にも大きな変更が生じている。

この後にアリーナの調整などの諸準備を行ってセシリア・鈴のペアと簪・本音のペアの試合を行うのは予定通りだが、その後に行う前半二試合の勝利ペア同士での本選出場ペアの決定戦、ならびに敗北したペア同士での三位ペア決定戦は今日に関しては中止で後日改めて行うことが決定している。もっとも、三位決定戦に関しては医務室に担ぎ込まれたラウラが機体共々トーナメントに参加できるか怪しいため、場合によっては執り行わないという可能性もあるとのことだ。

そして現在、その専用機の部の二試合目を行うべく急ピッチで準備が進められており、ピットから見えるアリーナの様子から察するにそろそろその準備も片が着こうかという頃合いだった。

 

「行くの?」

「あぁ、この後おもいきり暇になっちまってるが、そうだな。医務室に担ぎ込まれたボーデヴィッヒの見舞いでもしてやるか」

「そう、なら私もそろそろ準備するかな」

 

 言って二人は同時に立ち上がる。それと同時にどこか別の場所に行っていたらしい本音が間延びした声と共にピットに戻ってくる。

 

「織斑くん、試合は見ていく?」

「む、あぁそれもあったか。そうだな、先にお前らの試合を見ていくか。そうさせて貰うよ」

「分かった。ならしっかり見ていって。私と打鉄弐式、そのショータイムを」

「はい?」

 

 なぜに試合をショータイムなどと気取った言い方をするのか、疑問符を頭の上に浮かべる一夏を余所に簪はスッと左腕を胸の前で上向きに伸ばす。

伸ばした左手、その中指にあるのは待機状態の弐式だ。指輪という基本的な構造は変わっていないが、以前一夏が見た際には青いひし形のクリスタルのような意匠だったはずだ。だがそれが今では違う。

中央部の核のような青い結晶体はひし形から円形に変わっており、その上にまた別の金属のカバーのようなものが取り付けられている。

 

「あり?」

 

 ビシッという効果音が付きそうなほどにきっちりとした立ち姿を披露する簪に一夏は既視感に近いものを感じた。この姿、というよりもポーズだが、どこかで見たことがあるようなと。

そんな感想を抱いている一夏の前で簪は空いた右手を静かに左手の指輪、待機状態の弐式に添える。そしてサッと指輪のカバー部分を下にスライドさせながら言った。

 

「変身」

 

 それと同時に指輪が発光、一夏も見慣れた待機状態からのISの展開が目の前で行われ、一瞬にして簪はその身にISを纏っていた。

 

「どう?」

「……」

「しゃばどぅびしゃばどぅび~」

 

 どこか得意そうな表情で感想を聞いてくる簪にただ一夏は無言。ピットには本音の楽しそうな声が反響している。

 

「どう?」

「どうって言われても~」

 

 どこから突っ込んで良いのかさっぱり分からないというのが一夏の偽らざる本心だった。有り体に言って見覚えがあり過ぎた。

幼少の頃より比較的規則正しいと言える生活を送ってきた彼は、当然ながら朝もそれなりに早い。それゆえに朝のテレビ番組を視聴する機会にも恵まれており、何気に彼は幼い頃より日曜朝のヒーロー物特撮にも理解が深かったりするのだ。ちなみに午前7時半から9時までがっつりである。

そして簪の取った一連の動きは、現在放映中の日朝特撮の主人公の変身のソレにそのまんまだったのだ。というか、それをやるためにわざわざ待機形態の形を変えたのだろうか。だとしたらあまりにも努力の方向性が間違っているのではないか。

 

「いやいや待て待て待ちなさいよ。ちょーっと待て、いや本当にどこからどう何を突っ込めばいいのかまるで分からない。お前はそれで俺に何を期待しているんだ」

「何って……感想?」

「いや、首かしげながら言うなよ。お前も分かってないのかよ」

「まぁまぁ、細かいことは気にしないで」

 

 はぁ~と疲れたように一夏はため息を深く吐く。色々と言いたいことはあるのだが、どうにも上手く纏まった言葉に変えられる気がしない。とりあえずは、求められた通り感想だけを言ってこの場を退散しよう、そう一夏は心に決める。

 

「え~っとだな、俺が思うにISを着けるわけだから変身より『装着』、ないしは『蒸着』が良いと思うんだよ」

「意外に君もこの手の知識があるんだね」

「うっせー」

 

 そのままヒラヒラと手を振りながら一夏はピットを立ち去る。

去りながら一夏は思う。こうして会話をして改めて実感するが、更識姉妹は簪もKKTもとい楯無も揃って会話の調子というものを崩しにかかってくる。何ともやりにくいことだと思いつつ、案外数馬あたりだったら上手くやれるのだろうなと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 IS学園の校舎、その一角に設けられた医務室のベッドの上でラウラはゆっくりと目を覚ました。

 

「あ、起きた」

「ふむ、この分ならそう大事はなさそうだな」

 

 まだぼやけている視界に映る二つの人影を認識すると同時に、二人分の声がラウラの耳に入ってくる。明らかに違う男女の声だが、どことなく似通った調子の声だった。そして目覚めて間もないまだぼやけたままの思考は声の主である二つの人影が誰のものかを未だ判別できず、そのままラウラはゆっくりと横たえられていたベッドから身を起こした。

 

「ここは……それに私は……」

 

「なんかまだ寝ぼけてね?」

「まぁあれだけのことがあった後だ。相応の負担が掛かっていてもおかしくないだろう。それを考えれば無理もない」

 

 自分の様子を見ながら言葉を交わす二人の声を聞きながら、ラウラは徐々に意識がはっきりとしてくるのを感じた。それに伴い視界も思考も明瞭なものへとなっていく。

 

「教官? それに、織斑一夏?」

「よう、無事なようで何より」

「それに関しては私も同感だな。何かあれば寝覚めが悪い」

 

 少なくとも二人ともラウラが無事であることを喜んではいる。口ぶりからそれは分かった。だが当のラウラにしてみれば、未だ状況がつかみ切れておらず、こうした二人の反応にも首を傾げざるを得ないのだ。

 

「あの、教官。私は一体……」

「なるほど、そのあたりは覚えていないか」

 

 ラウラの状況把握の度合いを素早く察した千冬は手短に経緯を説明する。

一夏とラウラの一騎打ち、その勝負がレーゲンのシールドエネルギー喪失という形で決した後にレーゲンが暴走、教師陣と一夏らの手で暴走したレーゲンを鎮圧した後にラウラはこの医務室に担ぎ込まれたことなどをだ。

 

「そんな、レーゲンが……」

「正確にはシュヴァルツェア・レーゲンがというよりも、それに組み込まれていたVTシステムが原因なのだがな。レーゲンに非があると言うわけではない」

「VTシステムが!?」

 

 国際条約で禁止指定されているような代物だけに、当然のごとくラウラもそれに関する知識はある。そんなものが自分のISに載せられていたという事実に流石の彼女も驚愕を隠せなかった。

 

「まぁ驚くのも無理はないか。レーゲンは現在も学園の技術員で調査をしている。教員生徒問わず腕利きを総動員してな。現状で分かっているのはVTがレーゲンのシステム系の深部に巧妙に隠されていたのと、そこからおそらくはドイツに居る間に積まれたのではないかと推測できることくらいだ。箝口令が敷かれているが、既に学園から委員会へ通達、近くドイツには査察が入るだろうよ」

「そう、ですか……。申し訳ありません、私のせいでご迷惑を……」

「なに、生徒が教師に迷惑をかけるなどあって当たり前のことだ。お前が気に病むことじゃあない。あぁ、お前の処遇に関してだがな、お前はあくまでISの暴走に巻き込まれた被害者だ。事件の詳細についての箝口令は守ってもらうが、それだけだ。お前に咎の類は一切ない。レーゲンも、VTシステムの除去が完了次第予備部品から修復を行いお前に返還される。あぁそれと、大事を取ってもうしばらくの間は医務室暮らしだな。まぁゆっくり休むと良い」

「はい。あ……」

 

 そこでラウラは腕を組んだまま無言で自分の方を見ている一夏に視線を向ける。しばし視線を交差させると、ラウラはそっと視線を伏せる。

 

「すまなかった」

「何がだよ」

「私のせいで勝負に水を差してしまった。何より私自身、あの試合を決戦の舞台と見定めていたと言うのに、この体たらくだ。何も言い訳ができない」

「……」

 

 ラウラの言葉には紛れもない悔恨の念があった。だが、そんなことは一夏もとうに承知している。あのレーゲンにラウラが呑みこまれる瞬間、確かにそれを悟ったのだ。

 

「別に良いさ」

 

 ならばこそ、ラウラを責める道理はどこにもない。そもそもからして不運な事故と呼べる出来事だったのだ。ラウラに責められるべき謂れがほとんど無い以上、許す許さない以前の問題だ。だからこそ、一夏がラウラにかける言葉は穏やかな声音をしていた。

 

「まぁ、事故だったしな。それに終わったことだから今更どうこう言ってもしょうがない。それに、何て言うんだろうね。あぁいう形で横やり食らってキッチリ締まらなかったのは、きっとあそこで締まるべきじゃなかったんだろう。まぁ世の中は色々と不思議な縁があるもんだ。多分、いずれちゃんと白黒つける機会が来るさ。あ、でもISの色的には俺の勝ち確じゃないか、これ」

「え、いや、その……」

「あとはアレだ。何だかんだで良い経験もできた。模倣とは言え、現役時代の姉貴を相手にできたのは実にいい経験だったよ」

「おい一夏。一つ断っておくがな、あれが当時の私そのままだと思うなよ。だとすれば私を舐めすぎだ。あれに一人で対処できる者など、世界を見渡せばザラだ。本物(ワタシ)は、あの遥か上を行く」

「あーはいはい分かってるよ。実際良い経験だったのは確かなんだよ。それはそれで良いじゃないか」

「怒って……ないのか?」

「だから言ったろう。お前に怒る理由が無い」

 

 きっぱりと一夏は断言する。レーゲンの暴走はあくまで事故、ラウラ本人にしても不本意な出来事であった以上はラウラを責める理由も存在しない。故に怒ってはいないと。

 

「まぁそうだな。確かに余計な水を差されたことに関しちゃ日本人固有スキル『イカンノ=キワミ』を発動してやりたくはあるが、それにしても向ける先は仕掛けた黒幕だ。お前には何も思っちゃいない。まぁなんだ、言うのが遅くなったけどな、無事で何よりだ。流石に目の前でクラスメイトに何かあれば俺も寝覚めが悪いからな」

 

 そう言って一夏はポンと右手をラウラの頭の上に乗せる。転校してすぐ、からかいの意味をこめて行われたソレとは違う、ある種の真摯さがこもった掌だった。そしてその手はさほど長く置かれずしてラウラの頭から離れる。

 

「さて、俺はそろそろお暇するかね」

「そうだな、私もそうさせて貰おう。この後も、仕事が待っている。あぁくそ、これで向かうのが職員室ではなく家ならば待っているのがアルコールだというのに」

「無理言うなって」

 

 そんな軽口をかわしながら一夏と千冬が揃って立ち上がる。

 

「あっ……」

 

 立ち上がる二人を見て反射的にラウラは何かを言いかける。それに気づいた二人は立ちながらもどうかしたのかという視線をラウラに向ける。

 

「その、織斑一夏。少し、良いか?」

 

 どこか躊躇いがちにラウラが発した問いかけに一夏と千冬が顔を見合わせる。千冬は一夏の視線を見据えたまま顎でラウラの方をしゃくり「残ってやれ」とジェスチャーで伝える。それを受けて一夏もまた無言の首肯で返答とし、再びラウラのベッドわきの椅子に腰を下ろす。

そして千冬が医務室を出たのを待ってラウラは再び口を開く。

 

「ISの、クロッシング・アクセスというものを知っているか?」

「……いや、知らん」

 

 聞き慣れない言葉に一夏は素直に首を横に振る。現状唯一の補習対象者の知識量は伊達ではない。どうしても周りに比べて後れを取りがちという意味でである。

 

「そうか。簡潔に説明するとIS同士の接触時、特に強い衝撃を伴う時にごく稀に搭乗者同士の意識が共有状態になるというものだ。おそらくはISの搭乗時に乗り手とISが電位的な接続状態にあることが関係していると目されているのだが」

「ふむ、それで?」

「レーゲンが暴走していたという時、私には意識が無かった。記憶に無いのだから当然だな。だが、おそらくはその時など思うが、私の中にあるイメージが流れてきた。……お前が居た」

「なに?」

 

 訝しげに眉を顰める一夏だが、思い当たる節が無いでもない。あいにく一夏にはラウラのイメージが流れ込んできたなどという記憶はないが、逆の場合があったとしてその切っ掛けになり得る条件、つまり機体同士の接触と言えば、まず真っ先に思いつくのは止めの一撃の瞬間だろう。とはいえ、このことに関してあれこれ考えても仕方がない。何せ分からないことだからけ、考えるだけ無駄というやつである。

 

「で、俺が居てなんだと?」

 

 ゆえに一夏は続きを聞くことにする。

 

「……」

 

 そこでラウラは言葉に詰まる。本当に言って良いのか、あるいは言わない方が良いのではないか、そんな逡巡をしている様子だった。

 

「まぁ、なんだ。何言われてもそれなりに落ち着いて受け止める自信はあるから、言ってみ」

「……分かった」

 

 一夏の後押しにラウラは意を決したように頷く。そして言った。

 

「私が見たのは、どこかの廃工場のような場所で立つお前だった」

「っ!」

 

 それを聞いた瞬間、明らかに一夏の表情が変わった。だが、落ち着いて受け止めると言った手前上、すぐに表情を元に戻す。

当然ながらラウラも一夏の表情の変化には気付いた。そこで再び言葉を切りかけるが、すぐに表情を元に戻した一夏の続きを促す視線に話を続けることを決めた。

 

「正直、あくまでイメージにしか過ぎなかったし、断片に分かれすぎていたから詳しくは分からないが、あれは、お前が巻き込まれた誘拐事件の記憶なのか?」

「……そうだ」

 

 廃工場で立ち尽くす自分、そう言われて思い当たる節などそれしかない。

 

「以前、私が教官に関しての調査の過程で事件のことを知り、そのことを言った時にお前はかなりの反応を示したな」

「あぁ、そういえばそうだったな」

「あの時、私は単純に事件のことがお前の中で一種のトラウマ、あるいはそれに近いものになっていると思った。いや、普通はそう思うのだろうな。だが実際は、違ったのだな」

「……そうか、知っちまったか」

 

 ラウラの口ぶりから一夏は観念したようにため息を吐きながら投げやりに言う。

 

「あぁそうだよ、お前がどこまで見たかは知らんが、それでもお前が知っちまった通りだ。あの事件の時、俺は現場に居た犯人グループの何人かを――殺した」

「……すまなかった」

 

 もはや隠しても仕方が無いというようにあっさりと打ち明けた一夏に対してラウラが放ったのは、一夏にとっても予想外であった謝罪の言葉だった。

 

「……なんで謝る」

「いや、こんなことは本来話すべきではなかった。だが知ってしまった以上、事が事だ。お前に何も言わないというのも道理が通らない。お前にとっても決して良い記憶ではないにも関わらず、こんなことを言ってしまって、すまない。配慮が足りていなかった」

「……別に良いさ。その気遣いだけで十分だよ。むしろ意外だったな。何やってんだこの大馬鹿野郎の一言でも言われると思ったが」

「そう、だな。確かにお前がやったことは決して善行ではない。だが、状況を鑑みても抵抗の結果と考えればある程度の理解はできし酌量の余地だって大いにある。それに、既に終わってしまったことで私には何ら関係が無かったことだ。ならば、それで私がお前を責めるのはお門違いというやつだろう。何より、お前が無事であったことを喜ぶ人も居たのだ。ならばそれは、決して悪いことじゃない」

「俺が無事で、ね」

 

 思い出すのは自分の救助に駆けつけてきた姉、ISを纏ったままの抱擁だ。確かに、あのまま自分の身に何かあればということを考えれば、あの結果でも良かっただろう。だが、ラウラは気付いていない。犯人を殺した、一夏にとって問題なのはそんなことではないのだ。

 

「で、言いたいことっていうのはそれだけかい?」

「あ、あぁ。すまないな、時間を取らせてしまって」

「いや、良いさ。まぁ知っちまったのはしょうがないとして、ありがとな。わざわざ言ってくれて。それと、なんだ。今更忘れろとは言わないさ。土台無理だろ。ただ、なんだ。ここだけの話ってことにしといてくれ」

「あぁ、それは固く誓う」

「助かる」

 

 そして一夏も場を辞すために椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、俺も行くよ。ゆっくり休んで養生しろよ。姉貴、何だかんだでお前に何かあったんじゃないかって内心でハラハラしてたらしいからな。姉貴だけじゃない。デュノアも箒も山田先生も、現場に居た他の先生たちも、ついでにお前が医務室(ココ)に担ぎ込まれたって聞いた他の連中も、みんなお前を心配しているんだからな」

「あぁ、そうさせてもらうよ。――そうだ、トーナメントは結局どうなった?」

「俺ら一年は少し予定を変更して続行、上級生は通常通りだ。俺も、予定がずれるけど試合は続けるさ」

「そうか、健闘を祈る。私に勝ったのだ、無様は認めんぞ」

「あぁ、任せとけ。勝者の義務は果たしてきてやる」

 

 そうして一夏も医務室を去っていく。そうして一人、夕日に照らされた医務室のベッドに残ったラウラはフッと小さく息を吐く。口元に緩やかな微笑を浮かべたその表情は彼女が心から安堵していることの何よりの証左であった。

 

 

 

 

 

「まさかボーデヴィッヒにバレるとはなぁ。なんだよクロッシング・アクセスって。まるで意味が分からんぞ」

 

 医務室を出た後、廊下を歩きながら一夏はぼやくように独り言を漏らす。

 

「けどまぁ、所詮は見ただけか。ボーデヴィッヒも、俺にとって何が問題かは分かっちゃいないみたいだったな」

 

 それっきり一夏は口を開かない。ただ無言で歩き続ける。

カツカツと足音を廊下に反響させながら一夏の意識は過去へと遡っていく。

三年前のIS国際エキシビジョン決勝戦当日、姉が出る舞台の見物のために単身ドイツを訪れていた一夏は何者かの手により誘拐の憂き目に逢った。スタンガンによる昏倒から目を覚ました彼が居たのはどことも知れない廃工場だった。

だがそんなことは関係ない。肝心なのはその時の彼の心理状態と、それに伴う行動だ。

 

「……」

 

 歩きながら一夏は無言で己の右手を見つめた。

敢行した縄抜け、すぐそばに居た見張りに不意打ちを食らわして武器の拳銃を奪った直後、異変に気付いた別の犯人一味の一人に、考えるよりも早く持っていた銃を向け、そして、戸惑うことなく引き金を引いた。なぜそのような行動に出たのか。きっと無我夢中だったのだろう。何せその時の心境の詳細を思い出すことができない。防衛本能が機能をしたとでも言うべきだろうか。だとしても決して軽々しいことではない。今でも、あのとき無意識のうちにその行動を選択し実行に移していた自分には疑問を浮かべるのだ。

あの時に持っていた銃と、引いた引き金の重さは今もなお鮮明に思い出せるほどに体に染み込んでいる。単純な質量、引き金の重さという点で見れば一夏の力からすれば軽すぎるものだ。だというのに、下手な大荷物を持つよりも重みを持って感触が残っている。あるいは、それこそが命の重みというべきなのだろうか。

 

 四。千冬の手で事が終わるまでに一夏が引き金を引いた数、そしてその結果として倒れた犯人グループのメンバーの人数を示す数だ。撃った時点で息はあった。だが、状況が状況だ。そのまま死に至っただろう。

今の状況が示す通り、そのことで一夏が咎に問われることは一切無かった。身近でたった二人、事情を知る一人である姉が曰く、解決に協力したドイツ軍が上手くもみ消したということだ。もっとも、状況が状況だけに正当防衛も適応し得ると一夏個人は思っていたが。あるいはそのこともまた千冬がドイツに協力した理由の一つであるかもしれない。だがそんなことはどうでも良いのだ。少なくとも一夏にとっては。

 

(そう、犯人始末したことはもう今更だ)

 

 まかり間違っても早々に容赦されて良いことではないとはいえ、それは既に終わってしまったことなのだ。何より一夏が問題としていることはまた別にある。

 

(何も思わないとは、一体全体俺はどうなっていやがる……!)

 

 誘拐犯とは言え、自分自身の手で殺めたという事実を、彼自身驚く程に冷静に受け入れているということだ。

ラウラに恨み言を言うつもりは無い。だが、改めて他人の口から言われたことで再びこの疑念が頭の中で渦巻く羽目になってしまったことについては、ラウラではなく悩みそれ自体に一言物申しても罰は当たるまい。

 

(ろくでなしにも、程があるだろう)

 

 凡そ人が犯す禁忌の中でも最大級のソレを行って置きながら、まるで良心の呵責などに苛まされることが無い。むしろ迂闊に気を緩めればそれがごく自然と思ってしまいかねないのだから、更に性質が悪い。

それだけではない。身の安全が確保された瞬間、姉の抱擁を受けたあの瞬間のことを思い出すたびに、どういうわけだか嫌な感覚が全身に広がるというのも一夏にとっては問題ごとであった。

あの瞬間に自分が何を思ったのか、何となくというレベルで覚えてはいるが、より細かいところまで思い出そうとすると、まるで本能がそれ以上を進ませようとしないかのように反射的に思考を途切れさせられる。

 

(本当に、俺はどうなっているんだ……)

 

 人とはズレた感性をしている自覚はあるが、同時にそれなりに良識というものも弁えてはいるつもりだ。それが自分自身への疑念を強める。

禁忌の一線を踏み越えることにまるで動じないこと、そして家族の抱擁という歓迎すべき行為に伴う記憶の不明瞭をだ。

 

(このままじゃあ、いかんよな……)

 

 今の一夏が感じているものは紛れもない迷いだ。それは武人としての彼にとって決して歓迎できるものではない。思考のブレは剣を、拳を曇らせるものと相場が決まっているのだ。

 

「俺も、マジでどうにかしなきゃなのかな……」

 

 再び開かれた口から洩れたのはごく小さな呟きだった。IS学園という特異な環境、そこに身を置き続けることであるいは何か光明を得られるかもしれない。そうであることを願い、彼は歩み続けた。

 

 

 

 

 

 初日から一年生の部で大きな事件があったものの、その反動と言うべきか、以降のトーナメントのプログラムは滞りなく執り行われる運びとなった。

各学年共に優勝を飾ったのは大方の予想を裏切らず専用機を要するペア、特に二年の部においては生徒会長更識楯無の文字通りの独壇場と呼べるほどに圧倒的な結果に終わっている。

そして、初日の事故によって予定に遅延が生じた一年生の部の決勝戦はトーナメントの最終試合に持ち込まれ、事前の本選出場専用機ペア決定トーナメントにおいて、篠ノ之・ボーデヴィッヒペアとオルコット・凰ペアを下した織斑・デュノアペアが優勝を飾る運びとなった。

ちなみに更識簪・布仏ペアはセシリア、鈴のタッグを相手に接戦を繰り広げたものの、第三世代二機というパワーに押し込まれて惜敗という結果に終わっている。

なお、余談ではあるが試合後に同級生の健闘を讃えようと簪の下に赴いた四組の生徒が、更衣室でブツブツと「次は潰す……燃料気化弾頭にクラスターでレッツパーティ……もういっそ戦艦の主砲でも……80cm口径砲の4.8t榴爆弾でアリーナごと木端微塵に……フフ」などと不気味に呟く様を目撃したとかなんとか。

 

 そんな色々な過程を経て行われた一年生の部決勝戦であるが、ここでまた一騒動が起きた。

試合自体は相手側も決勝まで勝ち上がってきただけあり善戦はしたものの、織斑・デュノアペアが安定したを収めるという形で終わった。だが、この後である。

 

「やはり、優勝者が二人っていうのは正直微妙じゃないか?」

「全くもって同感だね。僕も思うよ、多分これに勝てば僕は凄く満足できるって」

 

 決勝戦に勝利をした直後、互いに武器を突きつけあいながら一夏とシャルロットが交わした言葉の一部である。

どよめきに包まれる観客席を余所に一夏とシャルロットは平然と管制室に通信を繋ぎ試合の許可を取る。そして管制室に居た千冬が出した結論は、『許可』であった。

元々最終試合ということもあり、この後にプログラムが詰まっているということも無い。両者共に消耗しているため決着も比較的早く着くことが予想され、エキシビジョンとしても都合がいい、などなどの諸々の理由によるものであった。

 

 そして一年生の部決勝戦に引き続いて執り行われた、後に『真・一年の部決勝戦』などと呼ばれることになる一夏とシャルロットの戦いは専用機同士ということも相俟って、直前の試合以上の接戦の果てに一夏が勝利。

かくして一年生全体におけるチャンピオンの座をもぎ取った一夏はアリーナの中央で盛大に高笑いを披露したのだが、その姿がばっちり大型モニターに映されていたことで同級生を中心に「まるで鬼か悪魔の仲間みたい」と評され、自室で膝を抱えたりする羽目になったのだが、あくまで余談である。

 

 こうして、IS学園における全体トーナメントは例年以上の盛況のうちに幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今回のIS学園にて起きた暴走事故についてご報告させて頂きます」

 

 都内某所、政府の管理下にある施設の地下にある一室にはおよそ十人ほどの人間が集まっていた。

一様にスーツを纏った彼らは誰も彼もが政争を長きにわたって潜り抜けてきた老練な重みを醸し出している。

プロジェクターによって映し出されるモニターのみが光源となっている薄暗い室内において、彼らを前に立つのは美咲であった。

 要人の会議などで用いられる部屋は政府の管理下にあって多くあるが、この部屋は特に外部との遮断性に力を入れた構造となっている。

電波の遮断は勿論のこと、ネットワークの類からもほぼ完全に隔離、室内の電力にしても隣接する部屋に設置された発電機から供給される電力で賄われるという徹底ぶりだ。

地下にあるということも相俟って、有事の際にはシェルターとしての利用もできるこの部屋は、特に機密性の高い会議を行う場合などに用いられる。

 

「概要についてはお配りの資料の通りです。過日行われたIS学園における全体トーナメント、その初日において試合に参戦したドイツの第三世代が暴走。現場に居合わせた生徒及び学園の教師の手により鎮圧されました」

 

 美咲の言葉を聞きながら室内の面々は各々手元の資料に目を通していく。それを確認しながら美咲は事務的な口調で言葉を続ける。

 

「なお、現場に居合わせた生徒は三名、内二名は織斑一夏及び篠ノ之箒であることが確認されています」

 

 一瞬室内の空気に緊張が走った。織斑一夏と篠ノ之箒、IS学園に在籍する日本人生徒は多く居るが、この二名に関してはその重要度が文字通り桁が違うというのが彼らの共通見解である。

 

「浅間君、このISの暴走が二人を狙ってのものである可能性はあるかね?」

「いえ、おそらくその線は薄いかと。仮にそうだとすればISに対しての外部からの干渉が必要となりますが、あの状況下でそれはほぼ不可能と言えるでしょう。また、この件については既にドイツに非があるとした上で国連の委員会を中心とした調査団による調査が進んでいます。仮にこの二名に何かがあれば、ドイツは国際的な批判を受けることは必至でしょう。また、両生徒を害してドイツが得られる利益もあまり見込めません。完全にリスクとリターンが釣り合っていない以上、二名に関しては巻き込まれたという形が正しいかと」

 

 一人の男の質問に美咲は淀みなく答える。既にシュヴァルツェア・レーゲンが暴走事故を起こしたという事実は、その情報の精密性に差はあれどほぼ各国が知るところとなっていた。ただでさえ非難を受けて当たり前のところを、更に世界唯一の男性IS適格者に何かあったとなれば、ドイツにとっては『泣きっ面に蜂』の状態となる。故に故意の線は無いと美咲は伝える。

 

「資料には違法とされているVTシステムによるものとあるが、浅間君。この情報は確かかね? 何せ事件のことはあちこちのルートから伝わってきてはいるが、VTシステムが関わっているということは君の方からしか来ていないのでね」

「はい、確実です。現状では対応にあたったIS学園、及び学園が報告を提出した委員会がVTシステムの関与を把握しているのは確実として、各国への情報の浸透は未だ浅いと見て良いでしょう。事故当時現場に居合わせた私は赤木事務次官の許可の下で一部始終の記録を行いました。現在モニターに映している映像がそうですが、一IS乗りとして断言させて頂きます。禁止が制定される以前に実験運用されていた当時のものとはいささか様相が異なりますが、まずもってVTシステムと見て良いでしょう」

 

 その後もあちこちから質問が出ては、それに美咲が答えていくという形で会議が進んでいく。そして一しきり質問の類が出尽くし、室内が落ち着いた所で美咲は一度咳払いをする。何気ない所作だが、その些細な所作にもこの場に集った彼らは意識を傾けこの後の言葉へ意識を集中させる。

 

「さて、今回のドイツのISによるVTシステム暴走事故。既に事故それ自体は目立った被害も無いままに終息し、既に委員会が動いている以上日本国としてのドイツへの事件の不始末を盾にした必要以上の干渉も、今後の関係を考慮して控えるという結論に達しています。本来、これだけで済むのであればもっと簡素なご報告で済んだのですが、今回の事件には見過ごせない点が一つあります」

 

 前置きをすることで美咲は一同の意識を一気に自身の言葉へと集中させる。

 

「今回の事件で私が最も問題と考える点、それはVTシステムが再現したのが織斑千冬前国家代表、彼女の現役時代の戦闘データということです」

 

 その言葉に反応を示したのは室内のおよそ半数ほどの面々だった。反応が無かったのは活躍する分野の関係上、事の把握が不完全である者だ。とはいえ、その辺りは各々の諸事情というものがあるために責めるわけにはいかない。事態を把握している者達も含め、改めて事を確認させるため美咲は説明をする。

 

「ご存じの通りVTシステムは優れた乗り手のデータを用いてよりインスタントにIS単騎の戦闘能力の底上げを図るものです。当然ながら用いられるデータはより優れた乗り手のものでなければならない。かつて二度にわたり異なる形で行われた国際大会の場で活躍をした者のデータなどまさしく都合が良いものでしょう。ですが、そうした者達のデータは国家の戦力に関わる重要な要素であるため必然的にその管理は厳重なものとなります。そしてそれは織斑前代表のものも例外ではありません。

勿論、公の記録に残されている戦闘映像などからある程度の再現は可能でしょう。ですが、それで再現できるのは本物のデータの六割程度が関の山です。しかし、ご覧の記録映像にあるVTシステム発動後の当該ISの動きは紛れもなく本物の千冬のデータを流用したものであると見ることができます。無論、本物の織斑前代表及び当時の彼女の専用機『暮桜』と比較すればやく五割から六割弱程度でしょうが、いくつかの制限を課せられているとはいえおよそ十機ものISを相手取り苦戦せしめるとなれば、もはや本物のデータを用いている以外にありえません」

「それが示すところは何だ」

 

 低い声が美咲に問う。この会議が始まって初めて発せられたその声には、生半可な神経を持つ者なら問答無用で萎縮させるような、この場にあってなお異様さを感じさせる重みを持っていた。

それを美咲は涼しい顔で受け止める。幼い頃より見知った男の、実父のものだ。子供であった時分から聞き慣れた声に今更どうこう感じたりはしない。

そして美咲は一度言葉を切り、室内の一同を見渡す。全員の視線が自分に集中しているのを改めて確認し、小さく息を吸ってその言葉を言った。

 

 

 

「内部からの情報漏洩、内通者の存在です」

 

 

 

 その言葉に対する室内の反応は静かなものだった。おそらくは美咲が言うよりも前に状況から各々がこのことを予想していたのだろう。驚きよりむしろやはりかと納得するような気配があちこちから立ち上がる。

 

「国家代表操縦者のデータを扱える以上、技術系の相応の権限を持った人間に絞られるでしょう。調査は、早急に行った方が良いかと」

「それもそうだな。直ちに内部調査の準備をしよう」

 

 美咲の推測にすぐさま対応を取る旨の返答が上がる。

 

「それで、仮に下手人が見つかった場合はどうするね?」

「一般論に則して言えば確保の後、各種の機密保持法に反しているため、それぞれの法に則り捌くべきでしょう。ですが、事が事だけに一切の妥協は許してはならないと考えます。捕え、目的やつながりなどを洗いざらい調べ上げたのち、そうですね。仮に小金稼ぎが目的程度ならば真っ当に法の裁きの下に送るべきでしょう」

 

 ですが、とそこで美咲は言葉を切り目を細める。

 

「仮に明確な国家への反逆、あるいは体制への攻撃の意思を持っていたのであれば、それは捨て置くことはできません。この国の繁栄に揺らぎを齎す不穏分子は早々に摘み取るのが吉。であるならば――私が直接処断をしましょう」

 

 そう、下手人への処刑宣告を美咲は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 初っ端からネタを飛ばしてくれた簪ちゃん、原作からしてそういう方面に知識が深そうなキャラがいるとこういう時に役立ちます。あと、何やかんやで一夏も結構分かっちゃうという。
アキバでエンカウントしちゃう数馬と簪とか書いてみようかな……
なお、この簪は楯無を何とかして弄り倒そうとすることの情熱の一端をかけていたりします。ささやかな姉への張り合いってやつですよ。

 そしてラウラ、千冬、一夏のお話。これは特に語ることはありません。元よりラウラが初めから色々と理解をしてくれているキャラなので。
ちょっと一夏に関して不穏なことを書きましたが、これについてはまた追々で触れたいと思います。
ただ、一夏が事件の際にやらかしてしまったことに関して軽く釈明をさせて頂きますと、文字通り無我夢中の状態だったのですね。どうにかしなきゃいけない、そのためには敵の排除が手っ取り早い。モラルとかそういうのをすっ飛ばして、本能レベルで判断して行動したという感じです。例えると、少年時代のケリィに近い状態ですかね。上手く例えにくいのですが。

 で、最後。まぁ軽くスルーして下さい。こういう話があっても良いよねという作者の試みみたいなものです。


 このハーメルンに移行してから約一年、どうにかここまで漕ぎ着けることができました。
これもひとえに日頃の読者の皆様方のご愛顧応援の賜物であると思っております。
不肖私、今後もより良い作品作りに努めていきたいと思っている所存でありまして、つきましては皆様今後もおつきあいのほど、よろしくお願い致します。
特に、感想とかあるとすっごく嬉しいですね。(迫真)
ドンキーコング64でカギを開けてもらったクランキー並みに飛び跳ねるくらいには。

 ではまた次回にて。
そろそろ楯無ルートの方の更新もしなきゃだ。元々その予定だったし……

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