或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 今回は臨海学校前の休日の一幕って感じでお送りします。なんてことは無い、日常回というやつですね。
ただ、原作にまるで無い描写をゼロから書かなきゃいけなかったので、何気に書く難しさは結構なものでした。


第三巻
第二十七話 臨海学校前だけど、水着の新調とか別に要らなくね?by一夏


 

『臨海学校直前 一夏の模様そのいち』

 

 波乱を含んだ全体トーナメントから更に月日が過ぎた。既に新入生も『一年生』としてIS学園の名実ともに一員と呼べるほどに学園での生活に親しみ、これから更に未来のIS乗りへの道を邁進しようと日々を過ごしていく。

 そんな中、また今年も夏という季節が日本全体を包む頃合いとなっていた。そして日付もそろそろ六月の終わりが見えつつある中、IS学園一年生たちは一様に『楽しみ』というオーラを振りまいていた。臨海学校――字面通りの行事が控えているからである。

 

「フンフーン」

 

 土曜の朝、半日授業前の早朝練習の準備を整えながら一夏は鼻歌を鳴らす。気が付けば鼻歌の曲は最近贔屓にしている二次元アイドルコンテンツの夏メロになっている。が、そんなことは微塵も気にしている様子はない。既に彼の生活に完全に浸透している故に、それを疑問と思う思考が麻痺しきっているのだ。早い話が手遅れである。

 いつも通り日が昇り始める頃合いにきっちりと目を覚まし、洗面所に直行し冷水で洗顔、更に意識を覚醒させる。そして軽い柔軟で体をほぐすとそのままベッド脇に置いてある携帯を手に取る。

 下は小学生から上は高齢者まで、広く普及している携帯電話だが一夏も例に漏れず所持している。既にいわゆる「ガラケー」と言われるタイプが市場における超マイノリティになってから久しく、一夏を始めとして周囲の面々が所持する形態は一様にタブレットタイプのもの、早い話がスマホとなっている。

 多機能高機能が売りの現代の携帯だが、元々一夏の携帯の使用用途は限られる。ガラケー全盛期とさほど変わらず電話、メール、ウェブをそこそこ程度だ。だが、そんな彼の携帯に珍しく楽しみと言えるものが最近加わった。

 

「さて、一先ずは朝のライブと行きますか」

 

 独り言ちながら携帯を手に取るとダウンロードしてあるゲームアプリを起動する。ガールズバンドをモデルとしたキャラクターコンテンツが元のこのゲームは所謂音ゲーであり、元々存在こそ知っていたが数馬に勧められ初めて見たら見事にドハマりしたという流れだ。

 音ゲーだけあって難易度の高い曲は相応に譜面も難しい。しかし一夏の並外れた動体視力、反射神経はそれを半ば力技でねじ伏せるかのようにクリアを可能としている。そこに手ごたえを感じているのか、単にコンテンツへの好みに留まらずゲームそのものにも一夏は好感触を抱いていた。

 

「……さて、こんなもんか。やはり朝はRos○liaでテンションをカチ上げるに限る」

 

 朝一番のライブは文句なしのフルコンボ。今朝もグッドなクオリティと一夏の顔も自然と得意気なものになる。ちなみにここ最近の一夏の口癖は「Ro○eliaに真剣になれ」である。

 

 閑話休題。

 曲を終えたことで経験値や報酬と言った各種ポイントが加算されていくのを見て一夏はニンマリとする。

 

 よしよしと頷きながらアプリを終了、そして日課のランニングをするためにいそいそと着替え始めた。

 

 

 

 

「ん?」

 

 寮を出るにあたって建物の構造上、必ず談話スペースの脇を通ることになる。いつも通りに準備を整えて寮の外へ出ようとした一夏だが、そこまでに至る見慣れた光景に今日は普段と違う点があるのに気付いた。

 

「相川か?」

「あ、織斑くん」

 

 談話スペースに設けられたソファに腰掛けていたのは同じクラスの相川清香だった。一夏同様にTシャツとハーフパンツという簡素な出で立ちをしながら、何をするでもなくただソファに座っていた彼女は一夏に声を掛けられたことで彼の存在に気付いた。

 

「どうした、随分と早いな」

「うん、なんか今日は早く目が覚めちゃって。目もバッチリ冴えちゃって。で、することが無いからこうして、ね」

「あ~、確かにそういうことあるよなぁ」

 

 そこまで早起きをするつもりは無いのに自分でも驚く程に早起きをしてしまい、そのままガッチリ目が覚めてしまうということは時折ある。もっとも一夏にしてみれば普段からして朝が早いためそのような経験はあまりなく、もっぱら数馬から聞かされた体験談によっているのだが。

 

「まぁそういうこともあるさ。折角なんだ、朝の静けさってのを楽しむのも良いんじゃないかな」

「う~ん、そうは言ってもあんまり分かんないんだよねぇ、そういうの」

「ハハ、まぁ普段からやってるわけじゃないならそれも仕方ないか」

「うん。……織斑くんは?」

「俺? まぁ日課のランニングをな。いつもこのぐらいなんだよ」

「へぇ~、凄いねぇ」

 

 感心するような清香に一夏は習慣だからと特別なことではないと言う。

 

「でもランニングってどのあたりを走るの?」

「あぁ、寮の周りとちょっとその先とかをね。大体一周で二キロくらいになるから、それを五周で毎朝10キロだ」

「10キロ!?」

「おうよ。それにちょっと筋トレとかで、だいたいこれで朝のメニューかな」

「ふ~ん、なんだか凄いねぇ」

「じゃあ、俺はもう行くから。時間、余裕あるってわけでもないからな」

「あ、うん。ごめんね、なんか引き留めちゃって」

「いいさ。相川も、せっかく早起きできたんだから朝を楽しみな」

 

 そう言って一夏はヒラヒラと手を振りながら歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 一夏が去った後も清香は談話スペースに居続けた。一夏にはあのように言われたものの、実際これほどの早起きはあまり経験がないため何をすれば良いか思いつかず、結局こうして談話スペースに居座り続け、自販機で買ったお茶を飲みつつ備え付けられている新聞や雑誌に目を通していたのだ。

 

「ん? なんだ相川、まだ居たのかい」

 

 そんな彼女に再び声が掛けられる。誰かは確認するまでもなく聞いただけで分かる。一夏だ。振り返ってみればランニングを終えた後なのだろう、額に幾つかの汗の玉を浮かべている一夏の姿があった。

 

「あ、織斑くん。戻ってきたんだ。うん、なんだかすることが思いつかなくて」

「ま、そういうこともあるか」

 

 それだけ言って一夏は部屋に戻るためにそのまま歩き去ろうとする。そこで清香はふと違和感を感じた。そして何気なく時計を見遣る。

 確かランニングに出向く前の一夏と話したのがまだ五時四十分とかそのあたりだったはずだ。そして今、時計の針が指し示す時間は六時十分だ。それを認識するまで約二秒、そして事実を認識した清香は――

 

「って、早ぁッッ!!?」

「ん? どうした?」

 

 驚きの声を上げる清香に一夏が歩を止めて振り向く。

 

「いや織斑くん! いくらなんでも早すぎない!? だって確か10キロって……」

「あぁうん、いつも通りに10キロ走ってきたけど。それがどうした?」

「いや、その、えぇ? だって、10キロ走るのに……30分切ってない?」

 

 言われて一夏は廊下の壁に掛けられた時計を見る。そのまましばらく時計を見つめ、時間を確認するとポンと手を叩いて頷く。

 

「うん、そうだな。確かに30分切ってるわ」

 

 そして事もなさげにそう言う。

 

「まぁだいたいこんなペースだよ、いつも。んじゃな、また後で」

 

 それだけ言って呆然としたままの清香を置いて一夏は歩いていく。その背を見送りながら、清香は小さく呟く。

 

「織斑くん、10キロで30分切るって世界狙えるレベルだよ……」

 

 中学時代、陸上部所属だった彼女の呟きは一夏に届くことなく虚空に掻き消える。

 余談ではあるが後日、何気なく行われた会話の中で一夏が中学時代に校内で行われた陸上大会の各種目で陸上部のレギュラーをぶっち抜いたことや、その記録が県記録を塗り替えるもので当時の一夏の中学の陸上部顧問が一夏が陸上部に居ないことに涙を流したとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 半日の授業を終えた一夏が向かったのはアリーナの一つだ。

 

「フッ!」

 

 鋭く息を吐き出すと同時に白式のスラスターが唸りを上げる。殆ど着地しているのと大差ない程に地面スレスレの高度で浮きながら、まるで滑るように白式はアリーナを縦横無尽に駆ける。

 白式の機動は直線が多い。元々近接格闘戦を主とする機体に必要なのは旋回性や飛行の自由性などよりも相手の懐に、刃の威力を余すことなく叩きつけることができる必殺の間合いに入ることができる突破力だ。かつて一夏の実姉である千冬の愛機であった「暮桜」などその典型だろう。

 現在から見れば旧式の装備に多い時節とは言え、その中でも飛び抜けた直線突破力を持った機体に正しく「一撃必殺」を体現した零落白夜という剣を持ったかのISは、千冬本人に並外れた技量も相俟って極限られた同等の実力を備えた傑物達を除き対ISにおいて正しく別次元の強さを誇っていた。

 やや話が逸れたが、白式もまた機体総体として持つ機構は暮桜と根本的な部分でほぼ共通している。姿勢制御系やスラスター機構などの時を重ねることによる技術向上によって旋回性なども上がってはいるが、置かれた主眼には一切変更は無い。

 過日に搭載された宿儺を以ってようやく本当の意味での完成に漕ぎ着けたと言える白式、そして幾度と踏んできた試合の中で積み重ねた一夏自身の経験、それらがようやく結集しようかという実感を一夏はこの数日感じていた。

 

「ふむ……」

 

 他の邪魔にならないようにアリーナの端に近い方で一夏は宙に浮かんだまま腕を組む。プカプカと浮遊したまま椅子に座るような姿勢を取るのは最近見つけた待機姿勢だ。少しばかりPICを操作することで意外と簡単にでき、思った以上にリラックスができるためここしばらくは練習の合間などは大体このスタイルを取っている。

 

「やはり、変に旋回なぞするより直進の方が良いな……」

 

 ブツブツと小声で呟きながら一夏は思考を整理していく。

 既にPICのマニュアル操作にも手は出しているが、現状まずこれの習熟を深めることが最優先だろう。オートでは対処しきれない細かい操作、そこから繋がる飛行機動があるいはここぞという所で勝敗を分ける可能性も大いにある。実際に何度かやってみた感触で言えば、これまでのISでの機動訓練の例に漏れず要は慣れだ。数をこなす以外には無い。

 続いて旋回と直進。元々白式というISはその性質上直進の加速性に優れている。となればこの長所を活かすことを第一に活かすべきだろう。真正面からの突撃などと侮れない。その速さが相応のものであれば下手に右へ左へと動くよりも遥かに相手の虚を突きやすいのだ。

 しかしそれだけというわけにはいかない。真正面からの中央突破、これを一つの武器とするのであればそれをより活かせるように補える種々の技能の習熟も必要となる。それに使えそうなものとは何なのか。

 

「結局、直線移動に限られちまうのだがなぁ……」

 

 うーむと唸りながらぼやく。やることはそう複雑ではない。要は変に旋回などせず直線移動であちこちに飛び回れば良いだけだ。そもそも相手が捉えられないほどに動ければそれが旋回機動か直線機動かなど些末な違いだ。

 

(だが、問題はそこなんだよなぁ……)

 

 あっちこっちへと飛び跳ねて相手を攪乱する、それには相応のスピードが必要だ。今も一夏は左右のスラスターを交互に吹かすことで素早い方向転換を行うという手法を使っているが、この場合はその更に上を行く必要がある。それこそ、左右のスラスター別々で瞬時加速を使うというレベルだ。

 だがそこまで行くと生半可なレベルではない。なにしろそれは「個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)」と呼ばれる加速技能の中でも特に難易度の高い部類に当てはまるのだ。

 

「あ~あちくせう、まだまだ前途多難だなぁっとぉ」

 

 体をほぐすようにグッと背伸びをする。そしておもむろに何も握っていない右手に蒼月を展開して柄を握るとそのまま刀身を背に、背と刀身の腹が平行になる形で持っていく。

 直後、甲高い金属音が鳴り響く。超高速で飛来した何かが蒼月の腹にあたり弾かれたのだ。その衝撃は当然ながら蒼月を伝いそれを握る一夏の右手にも届くが、その程度で動くほど彼はヤワではない。

 

「デューノーアー、お前いきなり何しやがる」

 

 明らかに穏やかとは言い難い口調で一夏は後ろを向きながら言う。振り向いたその視線の先、300メートルほど離れた所にラファールを纏いライフルを構えたシャルロットの姿があった。

 

『いやぁゴメンゴメン。ちょっと手が滑っちゃって』

「嘘を言うな。手が滑ってあぁも見事に人の背中にピタリ弾を飛ばせるものかよ」

『……いや、本当にごめんね? ただ君の姿がちょっと見えて、アリーナの中にいるにしては珍しくリラックスしてたから、ちょっとね』

「悪戯でもしてみようと?」

『テヘッ』

「悪戯でライフル撃ってくるなんぞお前くらいだろうよ」

 

 どうにも怒るのも馬鹿らしく感じてしまい、呆れ顔になった一夏にシャルロットは本当に反省する気があるのかと疑問に思ってしまう笑顔でゴメンゴメンと謝ってくる。

 その間にもシャルロットはラファールを駆って一夏の下へと向かってきている。シャルロットのカスタムラファールもまた他の専用機と比しても機動性に優れている方の機体であるため、一夏の下までたどり着くのはさほど掛からない。

 

「いやぁ、本当にごめんねぇ」

「全く、悪ふざけも大概にしてくれ」

 

 すぐ傍までやって来て謝罪の言葉を述べるシャルロットに一夏は呆れたように肩を竦めるとクルリと背を向ける。

 

「ッッ!?」

「まぁ、このくらいの仕返しはありだろう」

 

 気が付けばシャルロットの首筋に蒼月の刃が添えられていた。高周波振動による蚊の羽音を低くしたような音がシャルロットの鼓膜を震わせていた。

 トーナメント前の一夏の部屋での一騒動、その時のことを思い出して知らずシャルロットは固唾を飲む。刃を突きつけられたこともそうだが、本当に緊張させられるのは自分に背を向けたまま、気づかれずにそれをやってのけたことだ。あの時もそうだった。そしてゆっくりと蒼月が首筋から離れていく。

 

「あまり悪ふざけはやめてくれよ」

 

 口調は静かで落ち着いたものだったが、それだけに不気味さを感じる。ただ頷くことしかシャルロットにはできなかった。

 

「あれ、そういえば織斑くん」

「ん、どうした?」

 

 背を向けたまま片手でクルクルと蒼月を弄ぶ一夏にシャルロットが声を掛ける。

 

「さっきさ、僕のライフルの弾を弾いたの、あれ背中を向けてたよね? ロック警報は出ていなかったはずだけど……」

 

 互いに激しく動いている戦闘中ならともかく、両者ともに静止した状態であるならばFCSの補助を借りずともそこそこの距離までなら狙い撃つことがシャルロットにはできる。ゆえにロック警報が相手に出ないFCS未使用での射撃を一夏に行ったのだが、それを一夏は完全に対処していた。それも背を向けたままだ。

 

「あぁそれか。いや、直感。なんか背筋に嫌な感じがしてね。とりあえず腹に当てれば弾は弾けるし、お前だって気付いたのは弾いた後にハイパーセンサーで後ろを見てからだな」

「なにそれぇ……」

 

 もはや理屈ですら無い理由にシャルロットは絶句する。先ほどの気付かれない内に刃を首筋に添えるその早さもそうだが、一夏を相手にしていると本当に時々頭を抱えたくなると思うのは気のせいではないとシャルロットは感じていた。

 

「……」

 

 そして再び無言になって視線を落とす一夏にシャルロットは首を傾げる。彼のこのような姿は珍しいというのが率直な感想だ。ことISに関わる中では常に毅然と前だけを向いているような姿が印象深いだけ余計にだ。

 

「どうかしたの?」

 

 だからこのような質問をするのもごく自然と言えるだろう。

 

「あぁいや、ちょっと考え事をな」

 

 そして一夏が語った直線機動と鋭角の方向転換、それに深く関わるだろう個別連続瞬時加速、ここ最近はそれをどうにかできないかということが頭から離れないのだ。あまり口に出したことはないが、体を動かすことに関連することで習得に苦労した経験というのはあまりない。そんな中で現れた時間の掛かりそうな課題なのだ。一夏自身珍しいと思えるほどに執心をしていた。

 

「ふ~ん……」

 

 考え込むような一夏を見てシャルロットも何かを考える。

 

「ねぇ織斑くん。悩むんだったら気分転換でもしてみたら?」

「気分転換?」

 

 不意に予想外の言葉を掛けてきたシャルロットに一夏は首を傾げる。

 

「そうそう。アリーナなんて場所で織斑くんが考え事なんて、どうせISの操縦絡みなんだろうけど――あ、その顔図星でしょ。うん、何て言えば良いのかな。君のそういうすっごく真面目なトコ、僕は凄いと思うし嫌いじゃないけど、詰まったら息抜きも良いんじゃないかな?」

「息抜き、なぁ。まぁトレーニングスケジュールの管理はきっちりやってるつもりだが……」

「明日は日曜日で学校もお休みでしょ? 少しくらい羽を伸ばしても良いんじゃないかな?」

「まぁ明日は元々家の掃除やら入用の買い物とかに行くつもりだったけど、そういうお前はどうなんだよ」

「僕? 僕は明日は買い物に行くよ。ラウラと一緒にね、臨海学校の準備とかするんだ」

 

 トーナメントが終わって少ししてからあった小さな変化、それはシャルロットとラウラが互いに名前で呼び合うようになったことだ。同時に授業以外の時間でクラスメイト達と積極的に会話をしようとするラウラの姿も一夏はチラホラと見ていた。

 数日前にこのあたりの事情をラウラと同室のシャルロットに聞いたところ、ラウラの方からシャルロットに相談があったらしい。もっとクラスの者達との交友を深めたいと。一夏は知る由も無いが、モジモジと恥ずかしそうに頼んでくるラウラの姿にそれはもうハートをキャッチされたシャルロットは頼んだラウラですら思わず後ずさる勢いであれやこれやと提案をしていたのだ。

 

「臨海学校の準備というと……水着とか?」

「そ。ラウラったら学校の指定水着で良いとか言っちゃって。特に制限は無かったでしょ? 折角の機会だからね、ちょっとこの辺りでオシャレとかも覚えさせようと思って」

「あー、確かにあいつそういうの興味無さそうだものなぁ」

 

 外出にしても制服で十分ときっぱり言い切るラウラの姿があまりに容易く想像できてしまった一夏は納得するように頷く。なにせその辺りは一夏も共感できるところがあるのだ。

 

「買い物はどこでやるんだ? やっぱり駅の?」

「うん。というか、ちょっと調べたけどこの辺りだとそこしかないからね」

 

 一夏とシャルロットが話すのは学園と本土を繋ぐモノレール、その本土側にある臨海駅に直通している大型のショッピングモールだ。

 IS学園が近くにあり、集まる人間が国際色豊かであるという近隣の土地事情によってモールには様々な店が並んでおり、近隣住民には「楽しみ」としての買い物ならそこ以外には無いとまで言われている。

 ちなみにこうした大型モールの建設に伴って、周辺の地元商店などと摩擦が生じるなどの問題も常ならばあるのだが、このケースに限ってはモール内の店と地元商店の被りが少ないため、意外に影響は少なかったりする。要するに消費者側の需要のバランスが上手く取れているのだ。一夏も中学時代、鈴や弾、数馬などと共によく足を運んだ場所だ。もっとも鈴に関しては弾と数馬が二人とも揃った時は来るのを控えていた節があるが、それが何故かは一夏も未だに分かっていなかったりする。

 

「で、織斑くんは臨海学校の準備とかしないの? 水着を新しくするとかさ」

「あー、あいにく俺はその辺をあまり頓着しなくてなぁ。態度と頭の軽さが比例しているようなチャラついた奴なんか気にするだろうが、俺はな。まだ前からのが使えるし、デザインだって悪くは無いと思っているから新調の予定は無いな」

「ふーん。ところで参考までに、何色なの?」

「黒がベースだが何か?」

「いや、ね」

 

 そこで一度シャルロットは言葉を切って一夏をまじまじと見つめる。

 

「確かに、なんとなく黒が合ってそうだよね。そのISスーツも、結構似合ってるし」

 

 既に一夏のISスーツはトーナメント中の事故の際に使い物にならなくなった前の物から、倉持技研より給された新しいものに変わっている。徹頭徹尾、黒で染め抜かれたISスーツは一見すれば見栄えというものに乏しい。せいぜいが肘や膝、肩の部分にあるサポーターのような隆起や、同じ黒色ではあるものの濃淡の違いによって模様のように見えるラインがせめてもの飾りと言った具合だ。

 

「普通真っ黒なんて地味だと思うけど、君の場合はむしろそれが合ってるのかもしれないね」

「かもな。あまり派手なのは似合わないって自覚は前々からあるし」

「確かにそうかもねぇ。なんか派手な格好してる織斑くんて……ダメだ、想像できないや」

 

 その言葉に二人揃って小さく噴き出す。

 

「でもそっかぁ。織斑くんは水着の買い物にノータッチかぁ」

「まぁそうなるけど、それがどうしたよ」

「いやそれがね、結構クラスの皆も臨海学校用に水着を~とかって言ってる子が多くってね。役得って言うんだっけ? 織斑くん、可愛い女の子の水着姿が一杯見れるよ? ほら、僕だってそうだし」

「……お前、本当に良い性格してるよな」

「え、そう? いやぁ、てれるなぁ。でもフランスに居た時はみんな僕のことを良い子だって言ってくれたし、エヘヘ」

「そういう意味じゃねぇよ……」

 

 突っ込む気力も失せた一夏は呆れたようにため息を吐く。お蔭で水着云々もどうでもよくなってしまった。

 

「まぁどのみち明日は俺も買い物に出る。特に誰かと一緒に動くつもりはないけど、もしかしたらバッタリ会うかもな」

「あれ? 誰とも行かないの?」

「元々俺個人にしか関わりのない用事で行くからな。他の奴が居てもしょうがない。それに、一人の方が落ち着く」

 

 言い切る一夏にシャルロットが何とも言い難いような表情を浮かべる。

 

「いやぁ、何となく分かってはいたけど、それで良いの? 多分だけど、例えばクラスのみんなとか、織斑くんと一緒に買い物に行くとかってなったらすごく喜ぶと思うよ? 何だかんだで君は結構みんなに慕われてるんだから」

「まぁ好意的に見てもらえるのはありがたいがね。どちらにしろそういうつもりは無いよ」

「……まぁ君がそれで良いなら僕もとやかく言わないけどさ。でも――あぁやっぱり良いや。ただ、たまにはそういうことをしても良いんじゃないかな?」

「たまには、な。そういう機会があればの話だ」

 

 さて、と言いながら一夏はシャルロットの横を通り抜けようとする。

 

「あれ? どこ行くの?」

「あぁいや、あっちの方で良い感じの空きスペースができてたからさ。ちょっと別の練習、剣の型でも確かめようかとな。悪いけど一人でやらせてもらうぞ」

「あぁ、うん。それは良いんだけどさ。そういえば、さっきは何のことで悩んでいたの?」

「それか。いや、ちょっと加速技術についてな」

 

 そこで一夏は白式の飛行機動における特性と、それを活かすために自分の考えをシャルロットに伝える。当然、その中には個別連続瞬時加速のことも含まれている。

 話を聞いたシャルロットも一夏の考えには概ね賛同の意を示す。個別連続瞬時加速の有用性や、その難度についてもだ。

 

「実際に軽く試してみたが、中々に大変だな。神経に響く響く」

「まぁ瞬時加速の派生形としてはトップクラスの難易度だからねぇ。確かアメリカのトップガンでも成功率はそこまで高くないって言うし」

「実は思いついたのと名前を知ったのじゃ思いつくのが先だったりするのだ、これが」

「何も知らずにトップ難度の技をやろうとしてたんだね、君だと逆に自然に思えるから不思議だよホント」

「そのへんはとりあえず置いといてだ。しかしマジで大変なんだよな、これ」

 

 そう唸る一夏の気持ちはシャルロットにはよく分かる。通常の瞬時加速はスラスターを一度に全て吹かすことでスラスター各機の出力を抑えつつ制御しやすいものになっている。

 しかし個別連続瞬時加速の場合は通常以上の加速を出すために、一機のスラスターで通常の瞬時加速並みの出力を、しかも姿勢や機動が崩れないように噴射角を精密に制御した上で立て続けに出さないといけない。

 そしてこれが直進ならばともかく、一夏の考える方向転換を組み込むとなると噴射角の制御の難度は更に上がる。正直な所、シャルロット自身もやれと言われたとしてできる自信はほとんど無いくらいだ。

 

「まぁ練習の過程でもっと落ち着きのあるやり方が見つかったのは僥倖だけどな。ほらデュノア、決勝でお前とやり合った時に見せたろう。あのジグザグに細かく動くの」

「あぁ、あれかぁ」

 

 瞬時加速よりも更に出力を下げて、制御を更に行いやすくした上で連続での方向転換移動を短距離で行う、というのが件の技である。一夏自身は『短距離瞬時加速(ショート・イグニッション)』と呼んでいるこの技は、ごく最近使うようになったものであり、移動距離こそ短いものの相手を素早く揺さぶることができるため、既に一夏も重宝するようになっているものだ。

 過日のタッグトーナメント決勝戦、その後に急遽執り行われた一夏とシャルロットの一対一の試合においても一夏は使用、シャルロットに狙いを付けさせず揺さぶりをかけ、一気に間合いを詰めて勝負を決めるというのが一夏の取った戦法であった。

 

「実際便利なのは確かだが、結局は本命のおまけだよな。理想としては個別連続瞬時加速での連続方向転換、それで完全に相手を翻弄しての一気に畳み掛けるってとこだ。今のままじゃ、まだまだだよ」

「けど、時間だってまだ一杯あるんだからさ。焦らないでやっていけばいいんじゃないのかな?」

「ま、そうなんだけどもよ、実際」

 

 じゃあ行くわと言って一夏はそのまま立ち去って行こうとする。だが、一歩踏み出した所で足を止めると再度シャルロットの方を向く。

 

「どうしたの?」

「いや、一応参考意見を聞いときたくてな」

「参考?」

 

 首を傾げるシャルロットに一夏は頷く。

 

「その個別連続瞬時加速での連続方向転換さ、よっぽど気を抜かなきゃ四回は安定して行けるんだが、このあたりどう思う――どうした?」

「え、あ、いやゴメン……」

 

 気が付けば言葉を失っていた。それだけ一夏の言ったことは衝撃的だったのだ。

 四回の個別連続瞬時加速、それは現在個別連続瞬時加速を使うトップガンとして有名なアメリカのイーリス・コーリングの専用機であるファング・クエイクが行える回数のソレと同じだ。

 調整を施された四機のスラスターをそれぞれ用いて計四回の加速を行うのが彼女の個別連続瞬時加速だが、それを一夏は安定してできると言った。国家代表に選抜されるエースですら成功率が五割に満たないと言われている技術をだ。

 それを知っているからこそ、シャルロットは言葉を失ったのだ。知らず固唾を飲む。一夏がISに関わって日が浅い身として破格の実力を有しているのは既に分かっている。だがこれほどとは思っていなかった。

 おそらく彼は自分が言っていることの意味を理解はしていないだろう。聞いてきた声の調子からそれは一目瞭然だ。いやそもそも、仮に分かっていたとしてもきっと同じような調子だろう。

 彼が求めているのはあくまで参考としての一般意見だ。だが所詮は一般意見、口ぶりから察するに彼自身未だに満足しきってはいないだろう。そして自分が求めているレベルに到達していない以上、どれだけ他者と相対的な比較をして上にあったとしても、それを決して良しとはしない。予想でしかないが、クラスメイトとして過ごす中で把握した彼の性格から察するにこう考えることは間違いない。

 

「ん~とね、結構良いんじゃないかな?」

 

 だからこんな曖昧な言葉で流すという選択肢しか思いつかなかった。

 シャルロットの言葉に一夏はしばし無言でジッと顔を見つめてくる。そして、そうか、とだけ言って頷くとそのまま立ち去って行った。

 

「血、なのかな。それとも、本人のセンスなのかな……」

 

 離れていく一夏の背を見送りながらシャルロットは呟く。さすがは織斑千冬(ブリュンヒルデ)の実弟と言うべきか。いや、そのような評価の仕方はきっと彼は好まないだろう。

 彼が自分の技術に乗せている想いは、全てが分からずともこの学園の誰と比しても並々ならない程のものであるということは分かる。そして彼が言うには全ては幼少の頃からの鍛練の賜物でもあるらしい。それを血筋だけで全てとするのは無粋というものだ。

 とすれば後に残るのは彼自身の才能、あるいはセンスだ。経験が多いとは言えない以上、もはやこれ以外にはない。

 

「本当におっかないよ。織斑くん、君って人は」

 

 ゆえに、シャルロットが自然と呟いた言葉は紛れもなく彼女の本心から来るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、御手洗数馬は親友である五反田弾を連れてショッピングモール『レゾナンス』を訪れていた。

 

「いやぁ、取った取った」

 

 そうホクホク顔で手に持ったビニール袋を数馬は眺める。

 奇特な立場に置かれた親友二人の片割れとは異なり、ごく普通の高校生をやっている彼はこの日曜日と言う日が想定以上に暇になっており、たまには外に出ようともう一人の親友である弾を連れ立ってこのモールまで来ていた。

 計画というものをこれっぽっちも立てていなかった二人のモール散策はまずゲームセンターに始まり、そこのクレーンゲームなどで多くの景品を仕留めていたのだ。

 

「よくそれだけ取れるよなぁ」

 

 感心するように隣を歩く弾が呟く。少なくとも彼が見ていた限り、数馬が景品を取る手順は見事の一言に尽きるほど効率的なものだった。

 

「まぁそれなりに経験はあるからね。ただ、これで一夏も居れば完璧だったんだけどなぁ。あいつが居れば重心のバランスとかも分かるからもっと上手くやれるんだけど」

「あいつも忙しいから仕方ないだろ」

「確かに。その反動というべきか、俺らはどっちも暇だからねぇ。部活もやってないし」

「いや、俺は俺で料理の練習でもしようかと思ってたんだけど。別に暇ってわけじゃねぇぞ」

「でも誘えば来てくれるだろ?」

「まぁ、な」

 

 弾が料理というものに懸けている想いは、常日頃から表立って周囲に振りまいているわけでもないため一見すれば分かりにくいが実際は相当なものだ。人間観察の洞察力に関しては優れたものを持っていると自負し、同時に付き合いの深さというポイントも活かした上で見立てるに、その度合いは一夏が武道に懸けているソレに匹敵すると数馬は思っている。

 この辺りは一年以上前に一度彼らの前から去った彼らと交友の深かった鈴も同意見であり、まだ三人が「普段三人時々四人」という状態だったころ、「一夏の武術をそっくり料理に置き換えたのが弾」と評していたくらいだ。

 しかしそれだけ強い想いを持っていながらも、こうして呼びかければ素直に応じて着いてきてくれる。それは一夏も同じだった。そんな二人が数馬にとっては面白く、だからこそこうして親友をやっているのだ。

 

「しかし、結局午前中はゲーセンだけになったね」

「俺も特に行きたいところがあるわけじゃないから別に良いんだけどよ、さすがになぁ」

 

 ゲーセンでの景品乱獲に一区切りをつけたところで一気にすることが思いつかなくなったことに二人は揃って肩を落とす。

 

「そういえば蘭ちゃんはどうしたのさ。なんか来るなり一人でどっか行っちゃったけど」

 

 数馬が弾に聞いたのは彼の妹ことだ。蘭と名付けられた五反田家の第二子にして長女でもある弾の妹は隣の市にある中高一貫の女子校、その中等部に通っており、一般的な目線で見ても可愛らしいと言える容姿から兄妹の実家である五反田食堂の看板娘として常連客には親しまれている。ちなみに客からの弾の認識は跡継ぎの若大将である。

 そんな彼女だが、モールに向かう途中で弾と合流するために五反田邸の前で待っていた数馬の前に兄共々現れ、自分も着いていくと言ったのだ。だがモールに着くなり一人別行動を開始し、そのまま現在に至るというわけだ。

 

「あー、なんかあいつも用立てがあるとかなんとかでさ。俺が行くってんで、ついでに着いて行くって言ってよ。でまぁ、今のこの状況だ」

「ふーん。連絡とかは取らなくて良いのかい? 帰る時とかに」

「それならさっきメールが来てた。なんか学校の友達とばったり鉢合わせしたらしくってよ。そのまま一緒に動くと。帰りも自分でどうにかするみたいだ」

「そっか。それなら良いんだけど――ん?」

 

 話しながら辺りを見回していた数馬が何かを見つけたような反応をしたので、つられるように弾も同じ方向を見る。二人の視線の先では彼ら同様に二人組の男が小走りに駆けていく姿があった。ただ二人と異なるのはその雰囲気だ。年は彼らより四、五歳ほどは上、小麦色に焼けた肌にやたらと色彩の目立つ派手な服、どうしても軽薄そうとしか見えない姿をその二人はしていた。

 

「どうしたんだよ、数馬」

「いや、あのチャラそうなお兄さんがたがね。どうもナンパにミスって痛い目みたような感じだったから」

「何でそんなのが分かるんだよ」

「いや、痛そうに顔しかめながら手首の片方は手首を、もう片方は肩を押さえてたからね。おおかた、誰か女の子に声を掛けて、ちょっとアプローチが強すぎたせいで手痛い反撃を食らったってところでしょ」

「はぁ、よく分かるな」

「まぁちょっとした観察と理論的推察ってやつだよ」

 

 事もなげに肩を竦めながら数馬は言う。

 

「ただ、喜んで良いのか悪いのか、このあたりの思考と答えの弾き出しがどういうわけか俺の頭は勝手にやってくれてね。おかげで意識してるわけでもないのにいつの間にか知ってるってなってるんだよ。だからどうにも既視感が多くてね。参るよ」

「どうにもよく分からないんだけどよ。やっぱ大変なのか?」

「そうだねぇ、弾にも分かりやすく言うなら、新作メニューを思いついた時の喜びとかがロクに感じられないって言えば分かるかな?」

「あ、そりゃキツい」

 

 数馬の例えで言葉の意味を理解した弾は全くもってその通りだと言うように諸手を挙げる。この得意分野に例えればすぐに理解が及ぶあたり、やはり一夏とよく似ているななどと数馬は何気なしに思う。

 しばらく歩き続けると自販機や長椅子が幾つか並んだ休憩スペースがあったため、二人はそこで一度座って足を休めることにした。

 

「しかし、さっきのお兄さん方は誰にやられたのかねぇ」

「え、そりゃあ声を掛けた女にじゃねぇの?」

 

 先ほどの光景を思い出して首を傾げる数馬に弾はすぐに考え付く答えを言うが、それに数馬は首を横に振る。

 

「あのね、世の女みんながナンパ男を撃退できるような腕前の持ち主じゃないんだよ。考えてみなよ、千冬さんみたいな女傑しか女性は居ない世界とか」

「……そ、そうだな」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは親友の実姉にして二人も良く知る、世間一般で世界最強の女とも言われている女性だ。その豪傑ぶりをなまじそれなり以上の付き合いがあるためによく知っている二人は、自分が思い浮かべた光景に揃って肩を震わせる。

 

「いや、別に千冬さんは良い人だけどさ。流石に、ね」

「ま、まぁそうだな、あぁ」

 

 別に嫌っている相手でもないのでそれ以上は二人とも言及を控える。

 

「話を戻そうか。あれだ、きっと善意の助けってやつがあったんでしょ。まぁ実際そんなとこだと思うよ」

「絡まれてる女子を助けて、ねぇ。けどそれって実際にやれるやつって居ないよな」

「まぁ相手のガラが悪そうだったら、下手したら自分が被害くらうからね。早々居るもんじゃないよ。居たとしたら、そいつは褒めても良いと思うね」

「そこは同感だな。数馬、お前ならどうする?」

「俺? 決まっているさ、助けるよ。ただし人を呼んで」

「人頼みかよオイ。そこは自分でどうにかするもんだろ」

 

 呆れたような弾の姿に数馬は分かっていないと言うように首を横に振る。

 

「あのねぇ、他力本願は俺の十八番だぞ? 第一、そういう荒事だったら俺らの間には適任の特攻切り込み隊長が居るだろ」

 

 誰のことかは言うまでもない。

 

「確かに一夏ならそういうのも対処できるだろうけどさ。けど一夏が助けるのかね?」

「助けるだろ。ただしメインの理由はむしろ野郎の方だと思うけどね。喧嘩を吹っ掛けられたらしめたもの、後は返り討ちだ。女の子助けるなんてのはあいつにとっちゃ獲物を狩ったついでの土産みたいなもんだろ」

「なんかすっげー分かっちまうのがなぁ」

 

 この場に居ない親友を思い浮かべて何とも言えない表情を弾は浮かべる。

 

「まぁそんな性格してなきゃヤンキー狩りなんざしてないさ。時々俺に電話とかで戦果報告してたけど、凄く嬉々とした感じだったからなぁ」

「この間その話を聞いた時もそうだったけど、俺は全然知らないんだよな」

「一夏が弾にはなるべく伏せたいって言ってたからね。あいつだって馬鹿じゃ……ちょっと脳筋なトコはあるけど馬鹿じゃない、うん。自分の行動のリスクくらいは分かってるし、俺も忠告してた。あるいは向こうの反撃だってあるかもしれない。仮にそうなったとして、あいつは腕っぷしでどうとでもできる。けど俺らが巻き込まれるってのはかなり嫌がってたな。まぁ俺は自分から首突っ込んだ口だし、あいつとは違う切り口、頭を使ってどうにかできる。けど弾、お前はそういうわけにもいかないだろ。店にトラブルの火種を飛び火させるわけにもいかない」

「……まったく、気遣いはありがたいんだけどな」

 

 弾としては中々に無茶な真似をしている親友を案じているのだが、それは向こうも同じだったらしい。その心遣いは純粋に嬉しく思うが、それでもいつも一緒のこの三人で自分だけが知らなかったというのは些か釈然としないものを感じるのも事実だ。

 

「ていうかちと気になったんだけどさ。一夏のやつ、そんな路上喧嘩なんてやりまくって良いのかよ」

「と言うと?」

 

 弾がふと思いついた疑問に数馬がその意を問う。

 

「いや、だってあいつがやってるのってちゃんとした格闘技だろ? そういうのって喧嘩とかには結構うるさいんじゃなかったか? ほら、ボクサーとか良い例だろ」

「あぁ、そのことね。いや、大丈夫らしいよ?」

 

 この場に一夏が居て直接彼に確認をしたわけでもない。なのに大丈夫と言い切る数馬に今度は弾がその意図を視線で問いかける。

 

「実はそのあたり僕も前に気になったから聞いてみたんだよ。でさ、一夏の場合ってなんかすごい腕の立つ先生に個人指導してもらってるらしくて。で、その人が結構寛容らしいよ。というか、一夏からの又聞きだけど、その先生ってのも僕らくらいの頃には相当暴れてたらしいから」

 

 ちなみにその時の一夏の言は以下のような内容である。

 

『んー、なんか無関係な人間巻き込んで迷惑広げずに当人だけでやったやられた程度なら別に良いって。というか実戦経験磨く良い機会になるからチャンスがあるなら積極的にやれとも言ってたな。

 つーか師匠本人も昔は同じようなことしてたらしいし。なんかその頃は今と違って暴走族とかチーマーって言うのか。そういうのがかなり目立つ感じであったらしくてさ。コンビニ行く感覚でそういう連中の集会に乗り込んで纏めて叩き潰したとか。

 地方とかにも行ってたらしくってさ。なんか所属してるだけでその地域一帯のワルのトップグループ扱い、ヘッドになれば文字通りの地域のワルのトップになれるっていう、そういう連中の間じゃ有名な少数精鋭構成のゾクのチームも壊滅させて、旗とかも切り刻んで心まで完全にへし折ったとかなんとか』

 

 数馬が語る当時の一夏の言葉を聞いた弾は頬を完全に引きつらせていた。

 

「なんつーか、すっごい似た者同士感じがするんだけど。ていうかコンビニ行く感覚でゾクやチーム潰して回るってどんな人だよ」

「まぁこれも又聞きなんだけどね。なんかその人、実家は資産家で本人も、一夏も詳しくは知らないけど結構な資産を持ってて、その上で旧帝大を卒業してて顔はすごい男前だとかっていう、もう色々揃っちゃった人らしいよ」

「なんだよその完璧超人」

「さらに、あの千冬さんよりも強いとか何とか」

「もう化け物じゃねぇかソレ」

 

 ちなみにこんなことを話していたからか、後日数馬が一夏と電話で話している最中に件の師匠について聞いてみたところ、『仮に師匠がIS使えたら勝てる奴がいなくなる。ていうか全世界の強さランキングが軒並みワンランク下がる』と言ったとか何とか。

 

「ま、知らない人の話をこれ以上しても仕方ないよ。それより、この後どうする? 時間帯的にはちょうどお昼時だけど」

「ウチだったら俺が軽く作ってやれるんだけどなぁ。こういう所じゃ、レストランエリアとかで食べるしかないだろ」

「まぁそれしかないよね。ただ、やっぱり割高なんだよなぁ。君の家がいけないんだぞ、弾。五反田食堂が美味い、早い、安いの三拍子を取り揃えちゃってるから。どうしても比較しちまう」

「いや、それは俺じゃなくてうちの爺ちゃんに言ってくれ」

 

 色々言いはするものの、選択肢が限られている以上はそこから選び取るしかない。とりあえずは値段と味が釣り合いの取れている店を探そうかと、二人は揃って椅子から立ち上がる。そして歩き出そうとした二人の背に声が掛かる。

 

「なぁ、俺も一緒に良いか?」

「あぁ一夏か。別に良いよ」

「ま、いつもツルんでる三人だし別に――って、おい一夏。お前何時の間に居たんだよ」

 

 背後から声を掛けられてようやくその存在に気付くことができた親友に弾が驚きを顕わにする。

 

「えーとだな、歩いてたらたまたまお前らの後姿を見つけてな。近づいて、昼飯の相談してる所から話は聞いてた」

「そっか。つーかお前どうしたの? 学校は、休みか。お前も買い物?」

「まぁな。とりあえずは歩こうぜ。その間に話してやるよ」

 

 そう言って一夏は二人を促す。そして彼らにとっては当たり前の光景である三人揃っての行動がこの場所からスタートした。

 

 

 

「へぇ、IS学園の臨海学校ねぇ」

「あぁ。それでちょっと消耗品とかの足しをな。午前中はちょっと家の掃除とかしてきたし」

「けど、IS学園の臨海学校ってやっぱ普通とは違うんだろ?」

「あぁ。なんか普段の限定された空間とは違う、開放空間でのISの機動訓練がどーたらとかあるな。まぁ先生たちの準備とかで初日は丸ごとフリーだけど」

「ふーん、てことはやっぱりアレかい? 海で遊んだりとかするの?」

「さてどうだか。他の連中は水着の新調とかしたりしてるらしいけど、俺はどうするかね。部屋で休んでるか、いつも通りにトレーニングか」

「お前そういうところは本当に変わらねぇな」

 

 数馬、一夏、弾、三人が歩きながら言葉を交わしていく。その間にも手頃な店のチェックは怠らない。

 

「それにしても海か。ていうことは全員水着……。一夏、確かIS学園はお前以外みんな女子だったね?」

「そうだけど、それがどうしたよ。今更だろ」

 

 確認するまでもなく分かり切っていることを聞いてくる数馬に一夏が首を傾げる。

 

「あぁ、いや。確認ついでに聞くけどさ、どうなんだい? 同級生の娘たちのルックスとかは」

「何を藪から棒に。……まぁ、世間の水準がどうかは知らないけど、悪いやつはいないと記憶しているけど」

「へぇ、そう……」

 

 口ぶりは穏やかな調子を保ったままだが、明らかに調子が変わった数馬の声に一夏は眉を顰める。

 

「へぇ、なるほど。同級生は可愛い子揃い、そして全員が水着と。なるほどなるほど……爆ぜちまえコノヤロウ」

「ファッ!?」

「悪い一夏。爆ぜろとか物騒なことは言わねぇけどさ、こればかりは数馬に賛成するぜ?」

「え!?」

 

 予想外のダブルアタックに一夏が戸惑いを見せる。そして数馬は言葉を続けて理由を説明する。

 

「なんだよ、自分以外みんな可愛い子揃いでしかも水着とか。それなんてエロゲ? ていうかもうあれだよ。歴史修正すべきだよこれは。一度世界の時間経過リセットして回帰でやり直しリテイクすべきだよ。

 いや確かにさ、一夏がISを動かせてIS学園に行くなんて俺は考え付きもしなかった。まるで未知だったよ。あぁ、実際すごく興味深いことではあったよ。けどその結果がこれっていうのは……ナシで。こんな未知は望んじゃない。ぶっちゃけ羨ましい」

「まぁ俺だって普通の男子なわけだし、女子とお近づきになりたいって気持ちはあるからな。悪いな一夏、やっぱり数馬に賛成だ」

「え、え、えぇ~」

 

 あんまりな親友二人の言葉に一夏も口を半開きにして言葉を失う。だが回復はすぐのことだった。

 

「いや、そうは言うけどさ。この立場も結構大変だぞ? 注目はいつだってされてるから無様は晒せない。なんかデータの提出やら色々あるし、勉強だって楽じゃないし。それに……今も尾行が張り付いている」

 

 最後の一言だけは二人だけに聞こえる小声で、一気に温度を下げた表情と共に発せられた。それを聞いた瞬間、二人の表情にも険しさに近いものが浮かび上がる。

 

「この間、弾の家に集まった時も言っていたけど、今もかい?」

「あぁ。というか、外出する時は必ずだ。蚊が飛んでいるようなものだよ。煩わしくてしょうがない。蚊と違って永久に黙らせらないのが曲者だけどな」

「なぁ一夏、その、なんだ? 危ないとかそういうのは無いのか?」

「いや、大丈夫だよ弾。今までもそうだったけど、まだ俺を遠目に眺めている段階だ。多分これ以上はどこも早々できないと思う」

 

 安心させるように一夏は言うが、それを聞いても数馬は依然として難しそうな顔を変えずにいた。

 

「ふむ、これは俺たちも気を付けた方が良いかもしれないな。何かの目的で一夏にアクションを起こそうとして、場合によっちゃ俺か弾のどちらか、あるいは両方が餌に使われる可能性もある」

「させねぇよ」

 

 数馬の考えはごく真っ当なものだ。それは否定のしようがない。だが言い終えてすぐに一夏はさせないと、断固たる口調でやや声に熱を含ませながら言う。

 

「お前らに危害なんて、そんなこと絶対にさせない。絶対に許さない。万が一にでもお前らに手を出して見ろ。下手人黒幕関係者全員一族郎党まで全部滅尽滅相。誓って、全部素っ首刎ね飛ばしてやる」

「一夏……」

「どうやら、俺たちに手を出すってのは一夏の逆鱗に触れることらしいよ、弾? はてさて、頼もしいと言うべきか、それとも――おっかないと言うべきか」

 

 そんな事態を考えただけでも怒るほどなのか、一夏の言葉にはもはや狂気じみたものさえ漂っており、それを彼を良く知るからこそ二人は鋭敏に感じ取った。

 

「なぁおい数馬、一夏(コレ)どーすんの?」

「そうだな。一夏、とりあえず落ち着きなって」

 

 肩を叩きながら二人が揃って一夏を宥める。そこでようやく我に返ったのか、思いのほか激情に駆られていた自分を思い出して一夏はバツが悪そうな顔をする。そんな彼の変化を見て二人がカラカラと笑う。

 

「ま、一夏も一夏で大変っていうことは分かったよ。いや、すぐにでも理解して然るべきだったんだけどね。ついつい余所へ置いていたみたいだ」

「あー、まぁなんだ。頑張れや」

「うん、頑張る」

 

 そして数馬はやや重くなった空気を払拭しようと思ったのか、話題の転換を試みる。

 

「そういえば一夏さ、学校で気になる子とか居ないの? もちろん、こういう意味で」

 

 言いながら小指を立てる数馬に、一夏は小さくフッと鼻で笑う。

 

「あいにくだがな。いやぁ、俺もね。そういうのに興味がないわけじゃないんだけどね。何せIS学園の生徒は殆どがIS乗ってバトるわけで。もう俺の武術思考がね、そういう方向での意識を強くし過ぎてくれちゃって」

「つまり色恋云々以前にライバルとかそういうのが来ると」

「それなりに仲良くはやらせてもらってるけどねー」

「お前、本当に筋金入りだな」

 

 数馬の推測による補足混じりの一夏の説明に、弾は本当にどうしようもないなコイツと言いたげに肩を竦める。そのあたりに関しては数馬も同意なのか、しょうがないと言うように困ったような微笑を浮かべている。

 

「仕方ないさ。骨身に染みついたものはどうしようもない。もし俺が武術なんてやってなかったら話は違ったろうけど、それも今更だ。悪いけどな、これが俺の、武人の道だよ。受け入れよ」

 

 なぜか真面目くさって言う一夏に、それが琴線に触れたのか二人は同時に噴き出す。そしてそれを見て一夏も吹き出し、そのまま三人は揃って笑い声を上げる。そうして男三人、仲良くショッピングモールの人ごみへと繰り出す。なんてことのない、きっと世界のあちこちで見られるような日常の光景、それを心から楽しんでいるのは彼らもまた同じであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず一夏の身体スペックは同年代と比べてもぶち抜いたものになっています。それこそ陸上競技などをやらせれば余裕で記録を塗り替えまくるでしょう。
ちなみに作者が調べたところによると、10kmマラソンの世界記録は26分だそうです。一夏の場合、30分をちょっと切っているので、あと少しで手が届くという感じです。

 そしてIS練習。何気に色々やらかしていますね、はい。これを今後にうまく生かしていきたい……

 そして最後。ぶっちゃけこれが一番書きたかったです。
実は一夏の中での数馬と弾の存在はかなりの重要度を誇っています。それこそ、手を出されたらマジギレするレベルには。そして色々仕込んでみたネタ。

 ひとまず今回はここまで、次回が臨海学校です。では。

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