或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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お待たせしました、三話目です。
今回は試合前の日常の一幕といった感じでしょうか。それで後半にまた別の場面と。
作者としましては後半に出てくる人物は一夏にとって重要な人物という扱いなのですが、その会話を上手く書けたかが心配です。ちょっとグダグダになっちゃったかなと。

とりあえずは、どうぞ。


第三話 淑女との語らい、映り出す魔女の影

 カリカリとシャープペンシルの芯が削られ、紙面に線を引いていく音が響く。

 放課後の教室、その一角には一夏と真耶の姿がある。本来なら既に放課となっているため、生徒である一夏も寮の門限など最低限の規則を守った上で自由な行動ができるのだが、特例的な入学者である一夏は座学という点で他の生徒達に劣る点があるので、こうした放課後に副担任の真耶に補講をつけてもらうことになっていた。

 内容はまさしく成績不振者への補習そのものであり、授業で行った内容の解説を始めとして、学園の入試学力試験などで出される、入学者が最低限身につけているだろう基礎知識の習得がメインとなっている。

 

「えっと、こんなもんで大丈夫ですか?」

 

 一通りの解説を受けた後に渡された演習のプリントを一通り書きあげた一夏は、机を挟んで向かいに座る真耶にプリントを手渡す。

 

「はい、お疲れ様です」

 

 労うような柔らかな声と共にプリントを受け取った真耶はすぐさま採点に取りかかる。内容を把握しているのか、それとも把握するまでもなく問題を見ただけで答えが分かるのか、真耶は別に用意した解答などを見たりせずに一気に採点を進めていく。ペンと紙の擦れる音だけでも成否のどちらかが分かるので、自分の正解率がどのくらいかを気にする一夏は耳をすませる。とりあえずは、正解の比率が多そうだ。

 

「はい、正解率は八割と少しですね。基本の部分はちゃんとできているので、安心して下さいね」

「ありゃ、流石に完璧じゃあなかったか」

 

 参ったと言うように自分で頭を軽く叩く一夏の姿に真耶は小さく笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。さっきも言った通り押さえておくべき基本はできています。少し時間はかかるかもしれませんけど、このまま頑張ればちゃんと他の皆にも追いつけるようになりますよ」

「なら、良いんですけどね」

 

 フッ、と軽く息を漏らしながら一夏も落ちついた表情で頷く。叶うのであれば早急に学力レベルの底上げをしたいが、一夏は自分自身でそこまで学が良い方だとは思ってはいない。

 持っている知識を使うなどのことで頭を回すのはそこそこできるし、好む部類だとは自負しているが、単純な学力という点では凡庸の域を出ないとも思っている。なら、結果として真っ当な水準に達するだけでも良しとすべきだろう。

 

(それに、頭の成績で足りない分は実力でどうにかすれば良い)

 

 確かに勉強ができるのは大事だ。とても大事だ。それを否定するつもりは運動派を自認する一夏とて毛頭無いし、ある程度の水準を取るための努力をすることに異論は一切ない。

 だが、自分含めここに通う生徒達は何を目指すのか? 答えはIS操縦者の一択だ。

 

(まぁ俺の場合は、IS操縦者なんてもののついでみたいなもんだけど、なっておいて損は無いか……)

 

 いやいやそのようなことは今は関係ないと思考を元の筋道に戻す。IS乗りの職務とは何だろうか? 素人所見でそこそこの数を挙げることはできるだろうが、その一番の本分とは何よりも勝つことだろう。

 登場より十年という恐ろしい程の短期間でISの存在は国力の重要な指標の一つになっている。こと軍事という側面においては陸海空に続き、新たなISという分野が生まれたほどだ。

 絶対無敵というわけではないが、仮に戦場に投入されたならばその場における戦術に極めて大きな影響をもたらす以上、その重要性はおのずと推し量れると言うものだ。そしてその重要なファクターとなるのは当然ながら機体もあるが、何よりも乗り手そのもの。機体の性能が勝敗を決する要因にならないというのは、機械類を用いた競争ごとにおいて概ね当てはまる。それはISでも例外ではない。

 

 乗り手として敵と――それがIS以外の兵器であれ、それらで構成された軍隊であれ、或いは同じISであれ――勝利を収められる実力こそが乗り手に対してISを運用する国が求めることだろう。

 短絡的と言われてしまえばそれまでだろうが、実力で格が決まるというのは実にシンプルで良い。何よりも気質に良くマッチしている。そう、要は強くなれば良いのだと己を奮い立てる。奮い立てて、今は目の前の勉強に励むしかない。

 

「生きるって、大変だよなぁ……」

「え?」

「あぁいや、なんでもないですハイ」

 

 真耶には聞き取れないほどの小声だったが、呟きとして漏れてしまったぼやきに一夏は何でもないと首を横に振る。本当に、本音を言えば勉強はあまり好きではないのだが、まさか教えてくれている先生の前で言うわけにもいくまい。それに、勉強が好きじゃないなど日本全国の学生が概ね共有できる意見に間違いない。

 

「そういえば先生、俺の訓練機の使用申請って確か明日使用可能で許可出ましたよね?」

「そうですね。申請した翌日に回答がきて、使用可能日が申請二日後。試合のこともあるんでしょうね。結構早い方ですよ」

「そうなんですか?」

「えぇ。基本的に出された申請はなるべく通すようにしているんですけど、使える訓練機の数にも限りがありますから、出された申請にすぐに使えるようにというわけにはいきません。

 ですからそのあたり使用スケジュールなどを担当の先生達と調整して、その調整の話し合いをしてから生徒に通達ということになります。ただ、調整をしている間にも申請はどんどん増えますから、必然的に――」

「そもそもの回答を通達するのが遅くなって、ついでに返ってきた答えもだいぶ遅い日付だったりと」

「そうなんです」

 

 神妙そうな顔で頷く真耶に一夏は専用機を持てる自分の幸運を再認識するが、未だ届いていない現状況では意味の無いことと話題を変えることにした。

 

「あ、そうだ先生。それで俺は明日訓練機使えるようになるわけですけど、何をしたら良いんですかね?」

「そうですね。それなら簡単な飛行などの移動の訓練を、教本に則ってやったら良いと思いますよ。単に腕や足を動かすだけなら特に問題ないですし、織斑君はそういうの得意そうですけど、飛行などの移動系やIS独自の動きは乗り手の思考などIS操縦時でしか積めない経験ですから」

「……昨日、視聴覚室で入試の映像を見ました」

「それってもしかしてオルコットさんの?」

 

 確認するように聞き返す真耶に一夏は無言で頷く。腕を組み、昨日見た映像の中身を思い出すように視線を伏せて言葉を続ける。

 

「俺は素人です。否定のしようがない。けど、その素人目で見てもオルコットの動きはまぁ、その、何て言ったら良いんでしょうね。ちゃんとしてたと言うか……」

「その認識は間違っていませんね。オルコットさんは曲がりなりにも一国の代表候補生です。当然ながら経験が違います。きっと、現時点でも上級生を含めたこの学園の生徒全体でも上位に入る実力を持っているでしょうね。そして当然ながら、さっき私が提案した飛行などのIS操縦の技能、基本は当り前として多くの点で高い水準を持っています」

 

 声音こそ常の柔らかなままであるが、毅然とした口調で真耶は一夏が感じ取った実力の高さを肯定する。

 

「まぁ、向こうの方が何枚も上手っていうのは理解してましたけどね」

 

 自分の方が下だと理屈の上で理解はしても感情は癪と感じているのか、どこか憮然とした口調で一夏は呟く。

 

「……そうですね。確かに今現在では織斑君の勝率は低いです。けど、まだ学び始めたばかりですからまだまだ先はありますし、今回は胸を借りるつもりで――」

 

 言い終える前に真耶の言葉が止まった。無言で見据えてくる一夏の視線、決して怒っているというわけではない、だが穏やかというわけでもない、そんな視線だった。その視線を受けて真耶は思わず言葉を切ると共に、ある種の既視感を覚えた。補講にしても今日から始まったばかりであり、目の前の少年とはお世辞にも関わりが深いとは言えない。なのに既視感を覚える。一体どういうことなのか。

 僅かに考え、そして思い至った。よく似ているのだ。何か重要な案件を抱え込んだりした時の、腹をくくったような千冬の、彼の実姉のソレと。そこまで思い至ったのと同時に、一夏が不意に眼差しを柔らかくしながら口を開いた。

 

「あいにくと先生。俺、始めから負けるつもりでいくのって趣味じゃないんですよ。やるなら、勝つつもりで行かなきゃ」

「……そうですね。頑張ってください、私は応援しますよ」

 

 微笑みと共に励ます真耶に一夏もまた微笑を浮かべる。

 

「ま、クラスの皆も結構期待してくれてるみたいですしね。ベストは尽くしますよ。まったく、大勢からの期待ってやつは重いですね、実に重い。……さてっ! んじゃあ今度の試合のために補講、続きお願いしますよ」

 

 そう言って一夏は机の上に置いていたシャープペンシルを再び手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補講を終えた一夏は寮への帰路を一人歩いていた。できれば学園の施設を用いてのトレーニングに励みたいところではあるが、既に日も落ちかけている。

 はっきり言って時間的に無理があった。単に施設まで行き来するだけの時間ならば十分にあるが、残った時間で満足のいくトレーニングができるかと問われれば首を横に振らざるを得ない。寮の門限のこともある。ならばさっさと寮に戻って、寮内でもできるトレーニングに精を出したり、勉強したことの復習に充てたほうが建設的というものだ。

 

(つっても、寮で何ができるかな……。部屋はちょっと狭いから、屋上あたりで適当に器具使うか?)

 

 歩きながら寮に戻ってからのプランを練る。ちょうど歩く方向の先に沈みかけている西日があるため、やや眩しく感じるがそれも今しばらくの辛抱だ。もう少しすれば道を曲がるため、目に襲いかかる日の光から逃れることができる。

 

(あ~、グラサンとかあればいいんだけどなぁ。確か前に弾とかと遊びに行った時におかしなテンションになってノリで買ったやつがあったよな)

 

 件のIS起動の騒動以後、身辺の騒々しさによりめっきり交流する機会が減ってしまった旧友のこととともに、以前に購入し自宅に放置したままの自前のサングラスのことを思い出す。学生の小遣いでも十二分に手が出せる程度の安物であるため、やれ偏光グラスだのUVカットだのといった高性能な機能は無いが、日の眩しさを和らげるには十分な代物だ。

 

(そういえば、あいつどうしてっかな……)

 

 旧友のことを思い出したからか、ふいに一夏の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。弾と共によくつるんでいたが、今となってはそれも叶わない。

 思い出したが、今ここで考えても仕方ないというように一夏は軽く首を横に振って思考から振り払う。そして再び前方に視線を向けて歩き、目の前に影が伸びていたことに気付いた。

 

「ん?」

 

 前方から自分に向けて影が伸びる。それは自身の前方に何かがあるということだ。つい先ほどまでそんな影などなく、その影は今も動いていることから影の主は人であるとわざわざ理論立てるまでもなく当り前のように理解する。さて一体誰なのかと、眩しさに伏せていた視線を上げた一夏の視界に飛び込んできたのは、意外な人物だった。

 

「あなたは……」

「オルコットか……」

 

 同じクラスに在籍する生徒であり、近くクラス代表の座を賭けてISで争うことになっている少女、セシリア・オルコットであった。

 

「このような時間まで、何を?」

 

 先に口を開いたのはセシリアだった。既に放課後となってから結構な時間が経っている。にも関わらず、校舎から歩いてきた一夏に対して何をしていたのかという問い。その問いに一夏も、ごく当たり前の疑問かとごく自然に答える。

 

「補習だよ補習。俺が座学からっきしなの、お前も知ってるだろう」

「あぁ、そういえば……」

 

 言われてセシリアは納得したように頷く。特例的な入学を果たしたために、一夏に学園で授業を受ける上での基本的な知識が不足していることは彼女だけでなく、クラスの面々の凡そが知る所となっている。

 曲がりなりにも競うことになった相手として、一夏がどのようにその不足を補うのか僅かなりとも興味を持っていたセシリアだが、補習という形は悪くないと言えた。独力で学習をするという手もあるが、せっかく教師が身近に居るのだから、それを利用するのは手段としては至極真っ当だろう。

 とは言え、それでセシリアが一夏への評価を上方に向けるかと言えばそうでもない。むしろセシリア個人の感覚で言うのであればその程度のことはして当然であり、とりたてて賛辞するようなことでもない。精々が「やって当然のことを当り前にできる、まぁそこそこの人間」という程度の評価に留まるくらいだ。無論、あくまでセシリア個人の主観に基づく評価であるため、それを口に出すことはしない。

 一夏も自分の答えにセシリアがどのような考えを持ったのか、特に詮索をするというわけでもなく補習に関してはそれっきり何も言わない。

 

「ところで、オルコットは何を?」

「あぁ、そのことですか。いえ、少々施設の散策を。どこに何があるのかを把握しておきたくて」

 

 それは一夏も初日から行ったことだ。思わない所で共通の行動を取っていたことに一夏の表情が僅かに驚きに彩られた。

 

「なんだ、お前もか。俺も初日からそれやったよ。まぁ、当面よく使いそうな場所だけで、まだ全部じゃないけどな。補習もあるから、後は少しずつか。けど、意外だな。なんというかお前さん、そういうのは真っ先にやりそうなのに」

 

 何気無い一夏の指摘にセシリアは僅かにバツの悪そうな顔をする。だが、流石に何も反応を返さないのは問題だと思ったのか、しばしの間を置いてから口を開いた。

 

「いえ、お恥ずかしい話なのですが、少々部屋の整理に手間取ってしまいまして。本国の実家から色々と家財道具も含めて持ちこんだのですが、寮の部屋に入りきらず。ですのでその整理に……」

「なるほどね……」

 

 曰くイギリスの名門一族出身とのことで、財力があるのは確かなのだろう。それなら、色々と物を持っているというのも頷けるが、正直なところ家財道具まで持ちこもうとしたのは意外であった。とはいえ、思ったところで口には出さない。持ちこんだ物の変わり種の度合いで言えば、自分だって似たようなものだ。着替えや携帯の充電器などのオーソドックスなものに加え、筋トレのためのダンベルや握力トレーニング用のバネ付きグリップ。この辺はまだまともだ。

 そして変わり種に目を向ければ、拳や腕を叩きつけることで体そのものの頑丈性、中国拳法に言う外功を鍛えるための砂鉄袋や、一応貰い物ではあるが自前の日本刀。

 

(うん、我ながら普通じゃない)

 

 自覚はある。だからと言って今更直す気もさらさら無いのだが。

 

「で、肝心の場所の把握はできたかい?」

「えぇ、流石に施設全体は広いのでまだ完全ではありませんが、必要と思われる場所については概ね。できればもっと見て回りたいのですが、寮の門限もありますし警備員の方々のお手を煩わせるのも気が引けますから」

「ククッ……」

 

 不意に噛み殺した笑いを漏らした一夏にセシリアが怪訝そうな顔をする。先ほどの自分の言葉に何か笑うようなところがあったのか。もしや、勉強をしたとはいえ自分の日本語に何か不備があったのではないか。

 そんなセシリアの疑念を察したかどうかは定かではないが、悪いと一言だけ言って一夏は笑った理由を言う。

 

「いや、悪い悪い。笑ったのはさ、大した理由じゃないんだよ。ただ、その施設見て回る云々あたりの考え方が俺とそっくりだったから、面白い偶然もあったもんだなと思ってさ」

 

「はぁ……」

 

 理由は分かった。分かったのだが、どうしてそれが笑いにつながるのか。たまたま同じ考え方をしたというだけではないか。新たに疑問が湧きあがるが、そのあたりの感性も人それぞれであり、きっと隣を歩く同級生にとっては十分笑うことのできることなのだろうと、セシリアは自分で割り切る。

 

「……」

「……」

 

 そのまま二人は無言となる。隣を歩くクラスメイトに合わせて歩調をやや遅くしながら一夏は、さて何を話したものかと思案する。

 慣れない環境の下にあって少し気が張っているのか、どうにも気軽にできる話題を見出せない。未だ親交も浅いから、曲がりなりにも今度試合をする相手だから、理由はいくつか浮かぶがそれにしても話題がさっぱり出ないのも奇妙な話だと思う。

 そもそも親交が浅いというのは誰を相手にしたところで必ず通る段階であり、試合の相手というのもそうだからと言ってツッケンドンにしろというわけにはならない。別に対戦相手と仲良くしたって、試合で本気になるならそれで問題無い。

 

(さぁて、どうしたもんかなぁ……)

 

 別にこのまま無言で寮まで歩いて、そのままお別れとなっても別に構いはしないのだが、なんだかそれはどうにも味気ないような気がしないでもない。さて、何かないかなと思い、一つ思い至った。

 

「ブルー・ティアーズ、だったけ? お前の専用機」

「えぇ、そうですが。何故それを? あなたにお話しした記憶は無いのですが」

 

 不意に一夏の口から飛び出したISの機体名、それも自身の専用機の名前にやや驚きを含んだ声でセシリアが反応する。

 

「いやさ、視聴覚室で見れる学園の記録映像に今年の入試のやつがあったから。首席だからかね」

「……なるほど。対戦相手の情報収集、というわけですか」

 

 短い一夏の言葉からセシリアはその意図を察する。まさしくその通りであるため、否定する理由も無いため素直に頷いて肯定する。

 

「まぁ、とやかく言うつもりはありませんわ。そのくらいはされても致し方無いとこちらも理解はしていますし。それで、何か得られましたか?」

「とりあえずは、お前が凄いやつだとは分かったな。流石は代表候補生か」

 

「それはどうも。わたくしも、候補生になった甲斐があるというものです」

 

 飄々とした口調ではあったが、確かな賛辞の言葉を述べた一夏にセシリアは軽い笑みと共に礼を返す。

 

「まぁ実際問題として何か得られたっていうのも、厳しい話なんだよな。でも――」

 

 そこで一夏の言葉が不意に途切れる。でも――、その後に何を言おうとしたのか。セシリアが尋ねようとするよりも早くに一夏が再び言葉を発する。

 

「あぁいや、なんでもない。事実として俺はISに関しちゃ素人だからな。精々が良い動きしてるなくらいで、そのくらいだよ。それにあの飛び回るやつ。アレも厄介だ」

「『ブルー・ティアーズ』のことですか。曲がりなりにも我が国の最新兵装ですから」

 

 機体名の由来にもなっている愛機に搭載された特殊兵装について言及されたセシリアは、厄介と表現した一夏の言葉に対して自負を含んだ首肯と言葉で以って返す。

 

「ていうかよ、お前のとこの国もよくあんなの作ったよな。教科書に載ってる第三世代の定義とか見た感じからして、多分思考誘導で動かしてるんだろうけど、なんつーか武器としちゃ独特に過ぎるというか……」

 

 一夏の疑問も決して間違ってはいない。IS保有国の中でも有力国と呼ばれる国々が開発に力を注いでいる第三世代型IS。その本質は稼動に乗り手の思考によるトリガーを用いた新型兵装を搭載しているということにある。セシリアのブルー・ティアーズも同様であり、機体名の同名の『ブルー・ティアーズ』と呼ばれる機体本体から分離して個別に飛行機動を行い相手を撃つ特殊な射撃兵装を装備している。

 そしてその装備の兵器としての形状は従来の兵器群のソレとは大きく異なるものだった。確かにISはそれ自体が独立した区分にあると言っても差し支えないほどに従来の兵器と異なる特徴を多く持つが、それでも使用される兵装は特に銃器などにおいて従来兵器のノウハウを活かしている。

 それから大きく逸脱し、さながらアニメやマンガに登場するようなものとしか思えない武装を開発したその発想、技術に一夏は素直な驚きを含めた上で首を傾げていた。

 

「確かに独特というのは否定しませんが、第三世代型兵装というのは大抵そういうものですわ。わたくしの知る限りではドイツは敵の動きを完全に止める空間作用タイプの兵装を開発していますし、中国は砲身および砲弾が不可視という装備を開発していたはずです。いっそ、何がきてもおかしくないという心構えで挑んだ方が楽かもしれませんね」

 

 そういうセシリアの言葉には僅かな苦笑が含まれている。一夏の言う独特という表現、言われてみれば確かにその通りだと思い、思わず漏れた笑いだった。

 

「ただ、まったく下地が無かったというわけでもないんですのよ?」

「ほう?」

 

 興味深そうな反応を見せる一夏にセシリアは人差し指を立て、教師さながらの解説を始める。

 

「そもそも機体から離れて独立した行動を行う装備というものはわたくしのティアーズ以前にも存在していました。ただ、それを装備した機体というのが一機しかなかったのです」

 

 セシリアは語る。かつて英国に生まれた、機体と独立した機動で以って相手を翻弄し鉄火の下に晒す一機のISが存在したことを。

 当時の英国国家代表、つまりは英国で最優とされた操縦者に与えられた専用機であり、ISそのものに対する足りないノウハウを自身のたゆまぬ努力で補うべく膨大な時間を自己の鍛錬に費やした結果、発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)

 祖国の威信を背負い参戦した三年前の国際エキシビジョンにおいて、結果として対戦相手となった千冬に力及ばず敗れるも、その雄姿は英国民の記憶に確かに刻まれ、一線を退いた今もセシリアを含めた英国のIS乗り、それを志す者達の憧れの存在となっている一人の人物のことをセシリアは語る。

 

「例えばわたくしの祖国のイギリスでは中・遠距離での射撃戦を主眼とした機体が、この日本では学園の訓練機でもある打鉄のような近接戦闘に主眼をおいた機体が開発されているように、開発されるISには概ねその国の『色』が存在しますわ。一般に第一世代と呼ばれる機体は、そもそもの種類がほとんどない試作型ばかりですし、ノウハウもほぼゼロですので似たり寄ったりなのが多いので、二世代からその傾向が出ていますね。

 そしてその『色』の決め手になっているのが、当時の国家代表などの優秀な操縦者の機体や、発現したのであればその機体の能力なのですよ」

 

 それが全てというわけでは無い。だが、優秀な乗り手、その機体ともなれば国のIS運用においても一つの重要な指標として機能をする。必然的にそれらに関するデータが集まり、続く開発はそのデータを基としてくため、開発にある程度の傾向が定まっていくという。

 もちろん全ての機体、装備の開発にそれらが関わっているというわけではないが、影響を及ぼしているのは間違いないのだ。

 

「ちなみにこのことは、おそらく授業でも学ぶことになると思いますわ。わたくしは候補生になるにあたっての基礎知識として既に学びましたが……ちょうど良い予習になりましたわね」

「だな。違い無い」

 

 からかうようなセシリアの口ぶりに一夏は軽く肩をすくめる。気が付けば寮の入り口まで辿り着いていた。中に入りすぐのロビーで真逆の方向に二人は分かれる。

 だが、その前にロビーに佇み二人は言葉を交わしていた。

 

「ところで織斑さん。今度の試合、勝算はおありで?」

「完全な格上の癖に随分と意地の悪い質問をするじゃないか、え? まぁ勝算低いのは否定しないさ。けど、やれるだけはやるつもりだ。少なくとも、つまらない戦いにはならないように努力はしておこう」

「ふふっ、言っておきますがわたくしは試合でもブルー・ティアーズを使わせていただくつもりですわ。先ほどのあなたの言によるならば、今のままでは厳しいのでは?」

「……」

 

 自身の愛機の象徴であり頼りにもしている装備への自信に満ちた言葉に、一夏は少しだけ表情を硬くして言葉を噤んだ。そして何かを考えるように一瞬瞑目すると、再び目を開いて首を縦に振った。

 

「……かもな」

 

 それだけ言って一夏はセシリアに背を向ける。

 

「じゃあな。俺もそろそろ部屋に戻る。色々、やることもあるからな」

「えぇ、それではまた。試合、楽しみにしていますわ」

 

 背を向けたまま片腕を上げて別れの挨拶とする一夏の姿をしばし見送り、セシリアもまた彼に背を向けて己の部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

「ブルー・ティアーズ……、来るならば来い。やってやろうじゃないか」

 

 小さな呟きと共に僅かにつり上がる一夏の口の端。その声を耳にし、その口元の動きを見る者は一人も居ない。そして、いつのまにか一夏の表情はいつものもソレに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平日の昼下がり、四季による気候の違いがはっきりとしている日本では季節次第では強烈な日差しが照りつける頃合いであるが、未だ春真っ只中の現在では日差しも柔らかく、穏やかな陽気を生み出している。

 平日ということもあり学生、社会人ともに学校へやら勤めやらで出ているが、それも全員が全員というわけではなく、休暇を使うなどして平日の昼間を自由な時間に使う者も居る。市街地にある一本の歩行者専用路、多くの店で賑わうその通りに面したオープンカフェもまた、空いた休みをのんびりと過ごそうとする者達で賑わう。

 そんな路上に面したカフェの席の一つに一人の男が腰かけている。黒いスーツに身を包みコーヒーを片手に新聞を読んでいる。単にそれだけであれば何の変哲もない。昼休み中のサラリーマンが息抜きをしている程度と見られるだろう。事実、誰一人として男に視線を向けることはしない。

 既に三十を数える年となっている男だが、その見かけはともすれば二十そこそこと見えるほどに若い。しかし手に持った新聞に向ける視線の鋭さ、真一文字に引き締めた口元などが作りだす表情はさながら巌のようであり、見た目の若さに反して重々しい雰囲気を醸し出している。

 

「……そろそろか」

 

 左腕に嵌めた腕時計で時間を確認して小さく呟く。約束の時刻まで後少し。男が待つ相手、彼と旧知である女性は彼の知る限り時間には正確だ。少なくとも、遅れるということはない。そう考えた直後、男の背に人の気配が生じた。

 

「お待たせしました?」

「いや、大したことはない。気にするな」

 

 背に気配が現れた、そう感じた直後には男の向かいの席にその女性は腰かけていた。男同様にスーツに身を包んだ若い美女、その胸の部分には翼を背負う人型を象ったようなバッジが付けられており、右手首には小さな蓮の花を象った飾りのついた漆黒の飾り紐が巻かれている。

 

「腕の物はともかく、そのバッジは些か目立つのではないか?」

 

 既に手にしていたコーヒーと新聞をテーブルの上に置いた男はそう指摘する。彼女の胸に付けられたバッジ、それが意味するところ――国家所属のIS操縦者――を知っているがゆえに言葉だったが、それを女性は微笑と共に否定する。

 

「存外、目立たないものですよ? 職場ならまだしも、それ以外のこのような場で気にする、というよりも知っている人など殆ど居ませんし、目立つならむしろいかに顔の知名度があるかですね。それに、面倒ですが付けるのは規則みたいなものですから」

「そうか」

 

 短い言葉と共に男は頷く。それとほぼ同時にやってきた店員が女性に注文を尋ね、男同様にブラックコーヒーを頼む。注文を受けた店員が去ったのを確認し、男は再び口を開いた。

 

「ハガキや電話ならいざ知らず、こうして直接顔を合わせるのは久方ぶり、と言うべきか。壮健なようで何よりだ、美咲」

 

 知己の変わりない様子に依然固い口調ではあるが満足そうな様子を示す男の言葉に女は、日本国家所属IS搭乗者 浅間美咲は微笑を浮かべる。

 

「そういうあなたこそ、お変わりないようで何より。いえ、あなたにこと健康面での心配をするのも無駄かもしれませんが。ねぇ、宗一郎兄さん?」

「ふん」

 

 美咲の言葉に男、海堂宗一郎は小さく鼻を鳴らす。彼女は宗一郎を兄と呼んだが、二人の間に血縁は一切存在しない。ただ故あって美咲が宗一郎を兄と呼び慕うだけである。

 

「で、いきなり俺を呼びつけるとは一体どうした。珍しい」

 

 かの白騎士事件よりしばらくの後、政府がISのパイロット希望者を募った折から会うことも殆ど無くなった妹分、その急な呼び出しに珍しいと思いつつも宗一郎は用件を尋ねる。

 

「いえ、そんな大した話ではありませんよ。例の、ISを起動した少年のことです」

 

 ピクリと、宗一郎が僅かに反応を示した。

 

「……どこからだ」

「おじ様より」

「あの親父め……」

 

 世界初の男性IS起動者、織斑一夏と自身の間に存在する関係、それを言い当てられた宗一郎は情報の出所を尋ね、結果が自身の父親と知って苦い顔をする。

 

「彼のことは身柄の安全やら国への確保やらの諸々で、公安でも重要案件の一つになっているようですから。おじ様が知っていても無理はないというもの。何せ自分の職場の重要案件の対象人物が息子の弟子ともなれば、ねぇ」

 

「まぁ、そうなるとも腹は括っていたが……。どのくらい広がった」

「まだおじ様含めてその周囲ごく少数のようで」

「そうか」

 

 どこか安堵したように宗一郎は小さく嘆息する。脳裏に浮かぶのは一人の少年の姿。数年前に知人に紹介されて弟子に取って以来、自分が修めてきた武芸の数々を吸収した愛弟子。そして今、世界で初めてISという兵器を起動させた男性として注目されている少年。

 まさか自分の弟子がそんな大層なことになろうとは夢にも思っていなかったために、最初にその報を聞いた時には驚いたものだが、今となっては厄介事に巻き込まれたものだと苦笑を禁じ得ない。とは言え、その立場の重要性は彼とて重々に理解しているため、師として純粋にその安否を気にかけてもいる。

 その点では、現在報じられている情報から当座の安全は大丈夫だろうとも判断した。そして次に考えたのが自分のこと。武門における師弟という近しい間柄であるために自分にも面倒事が回ってこないか、場合によっては雲隠れも考えたが妹分の言葉を聞くに当面はその心配もなさそうだ。

 

「おじ様の手腕は見事、と言うべきでしょうね。政界や財界のみならず自衛隊や警察など各方面から有力者を募っての結束。私的に交流があった者が多いとは言え、それだけの人脈を広げたことも含めて相当な傑物と言わざるを得ない。さすがは兄さんのお父上」

 

「まぁ、本気出せば総理大臣くらい狙えそうだからな……」

 

 恐ろしいまでに己を封じ職責を全うし、本文である国家、国民の益のためであれば非情に徹し時に強硬な手段を貫きとおし、それでいて自身の立場を盤石とさせ微塵も揺らがせない。幼少より見てきた父の姿はこの年になっても純粋に尊敬に値するものであり、同時にある種の畏怖を禁じ得ない。

 

「兄さんは武芸において、おじ様は知略政略において。畑は異なれど親子揃って傑物ぞろいですね」

 

 クスクスと口元に手を当てながら小さく笑う美咲に宗一郎は何も言わずにコーヒーを啜る。美咲もまた、少し前に運ばれてきていたコーヒーに口を付ける。

 

「で、さっさと本題に入ったらどうだ」

「あら、これは失礼。では早速。ねぇ兄さん、彼についてはどうお思いで?」

 

 誰のことか、言うまでも無い。宗一郎は自身の弟子のことを思い浮かべながら答える。

 

「そうだな。まぁ、師として良い弟子ではある。才に溢れ、それに奢らず努力を重ねる精神を持っている。単純に技を受け継ぎ、極めるというだけなら申し分はないな」

「なるほど、兄さんのお墨付きなら十分信用がおけますね」

「ふん、俺個人の意見にそこまでの価値があるものか」

「おやご謙遜。諸外国を巡り歩き、各地の有力な武芸者に片っぱしから勝利したのみならず、その武技の数々を物にしてきた当代最強の武芸者のお言葉とは思えませんね」

「別段、最強を語ったつもりはない。ただ俺が俺の技を揮う時において負けることがなかっただけだ。昔も今も、そしてこれからもな」

「いや、すごく自信満々じゃないですか」

 

 暗に自身の不敗を語る宗一郎の言葉に美咲も思わずこめかみをひくつかせて突っ込む。だが、その実力に関して異議を唱えることはしない。

 IS操縦者となる以前、一人の剣術少女として修業をしていた頃よりの付き合いだからこそ、彼女は目の前に座る兄弟子(・・・)の実力をよく知っている。自分とてIS乗りでありながら国際試合などの表舞台には一切出ず、ただ裏の始末仕事などに明け暮れ、その実力もまたIS乗りとして、更にISを降りての素での戦闘能力も確実にかの織斑千冬と戦いに関する主義主張の違いを除けば同格にあると自負しているが、こと武芸では目の前の兄弟子は更に上を言っていると断言できる。

 彼女に、そして宗一郎に剣を伝えたのは彼女の祖父だった。両親を早くに事故で亡くした彼女は祖父の下で育ち、その中で宗一郎が祖父に弟子入りをした。それから少し経ってからだろう、彼女もまた剣を学び始めたのは。

 そして祖父は門派の後継として宗一郎を純粋な実力を指名し、美咲には好きなように生きると良いと言った。そして選んだIS乗りの道。もはや十年近く前のことだが、今となっては懐かしい思い出だ。

 

「俺のことなど、どうでも良いだろう。美咲、一夏のことを聞いて何がしたい」

「……」

 

 兄弟子の追求に美咲はしばし沈黙する。考え込むように顎に手を添えて、やがて口元を三日月形に歪めた微笑と共に言った。

 

「実は、私も彼に興味が湧いちゃいました」

「なに?」

 

 宗一郎の視線が僅かに細まると共に刺すような鋭い気配が美咲の総身に叩きつけられる。だが、それを悠然と受け止めながら彼女は言葉を続けた。

 

「だって兄さん、仕方ないでしょう? 三年前の彼に関する事件、兄さんだって知っているはずでしょう?」

「表向きはアレの姉が主題ではあるがな……」

 

 二人が語るのは三年前に国内を、IS業界というカテゴリーにのみ限定すればより広い各国を驚かせた一つのニュース。当時世界随一のIS乗りと称された千冬の突然の現役引退。

 一身上の都合と表向きには報じられたが、その裏で起きていたことを知る者はあまりに少ない。そして宗一郎と美咲、この二人はその裏で起きていたことの仔細を知る数少ない人物であった。

 

「未確認勢力による、当時国際エキシビジョン会場のドイツに渡航していた彼女の実弟である織斑一夏の誘拐。その救出に独自行動を起こした千冬は、結果として弟の救出に成功するもエキシビジョンという任務放棄及び独断専行の責任を取り現役引退。同時に、彼女のISの使用に関しても政府より制限が掛けられると」

「まぁ、政府の役人共にしては割と真っ当な処断ではあるな。そうだろう?」

「然り。身内への情にほだされて私情のためにISを駆る、それが巡り巡って国益そのものに害を為すのではないか。実に真っ当な懸念、実に真っ当な判断。本当に珍しく、というよりも白騎士事件以降も含めて政府は奇跡のような立ち回りをしたものですよ」

 

 事件の顛末を語る二人だが、その言葉にはさほどの重みというものが無い。むしろ今語っている内容すら重要では無く、真に語るべきはその更に奥ににあると言わんばかりに。

 

「ですが、ここで重要なのは誘拐された織斑少年の行動。彼は――」

 

 言いかけた美咲の言葉を宗一郎が右手を掲げて遮る。それ以上は言うな、鋭い眼光が無言の意思を雄弁に伝えていた。

 

「場を弁えろ。それ以上は軽々しく話せることではない。その、浮かべた笑い共々な」

 

 言われて美咲は自分が深い笑みを浮かべていることに気付いた。敢えて容姿というものに格付けをするのであれば美咲は間違いなく最上の部類に入る。そんな彼女の笑みというものは、男であれば誰もが見惚れ虜になること間違いないものであるが、それを前に宗一郎は固い表情を崩さない。

 その笑みの理由を、彼女の本質的な性分を嫌と言うほどに理解しているが故にだ。

 

「失礼しました。私がそれを知ったのは最近ですが、だからこそ興味を持ってしまったのですよ。そうすることができたという事実、そして兄さんの直弟子であるということも含め。もしや、存外彼と私は波長が合うのではないか、とね」

「だとしたらどうする」

「今後彼は多くの者にその身を狙われることになるでしょう。その目的は害を為すもの為さないもの様々ですが、いずれにせよ彼には力が必要です。それをはねのける直接的な武力が。政府が彼にコアを一つ割いてまで専用機を与える決定を下したのは、それもあります。彼自身が余計な火の粉を払い、いずれは手中に収めんとするために。

 そして力を付けるならば、やはり教える者の存在があった方が早い。確かに今の彼が居る環境はその条件に合致していますが、実を言うと私も手を出してみたくなっちゃって」

「何を言いたい」

「では単刀直入に。もしも巡り合わせが良ければ、私も彼への手ほどきをさせてもらおうかと」

 

 沈黙が二人の間に流れた。周囲では止むことの無い喧騒がざわめくが、それも二人の周囲にあってはないものとさえ感じられるような重苦しさ。それが二人を包んでいた。

 

「……俺は別に何も言わん。だが、お前の言うそれも全ては巡り合わせ次第と理解はしているな? 武において万人は平等であり、その道における個々人の意思は全てが自由意思だ。結局は、やつ次第だ。あるいは、貴様ではなく姉を頼りとするやもしれん」

「その時はその時です。振られたならば、大人しく身を引きましょう」

「だがそもそも、お前は如何にしてあいつと接点を作る気だ。言っておくが、俺はお前の面倒を見るつもりはないぞ」

「その点に関してはご心配なく」

 

 何故か自信というものに溢れた美咲の言葉に宗一郎は放つ鋭い気配を緩めることなく訝しげに眉を顰める。兄弟子の疑念を察したか、美咲は常人であれば身をすくめること必至な気配に晒される中、更に笑みを深めて言った。

 

「いずれ来ますよ、私と彼の道が交わる時が。理由は……勘ですね。女として、IS乗りとして、武人として。私という人間を作る全てによる、勘です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話の着信音が鳴り響いた。メールのものとは違う、電話の着信を示す音に珍しいと思いつつ一夏は電話を取り、画面に表示された発信者を確認する。

 

「うそ」

 

 思わず驚きの呟きを洩らした。寮の自室でのことであったため、同室の箒が何事かと視線を向けて来たが、知り合いからの電話だと言って足早に部屋を出る。

 そのまま廊下を小走りで駆け、寮の各階に設けられている小さな談話スペースに移動した一夏は、そこでようやく電話の受信ボタンを押した。

 

「もしもし、いきなりどうしたんですか。師匠」

『いや、少々な』

 

 唐突に電話を掛けてきた剣の師に、一夏の声にも僅かながら驚きが含まれている。だが対照的に彼の師、宗一郎の声は静かでありどこか重さを伴っていた。

 

『お前も面倒なことになったからな。一応師としては、気になりもする』

「は、はぁ。どうも……」

 

 尊敬する師が自分を気遣ってくれている。それは十二分に嬉しいと思う。だが、それを素直に喜べずにいる自身がいることにも、一夏は気付いた。何かおかしい。そんな疑念が浮かび上がる。

 

「あの、いきなりどうしたんですか?」

 

 特別な約束があるわけでもなく、このような何かとばたついている時期に不意に電話を掛けてくる。そしてその声もどこか重い。何かあったのではないかという考えと共に、一夏は用件を尋ねる。

 

『あぁ、そうだな。いや、お前は何の因果かISを動かし、今IS学園とやらに居る。そのあたりのことに関して今更俺はどうこう言わん。お前はこれからおそらく、否応なしにIS乗りとしての道も歩かされることになるのは想像に難くない。そうだな?』

「はい……」

『だが断言しておく。IS乗りなど、お前の肩書きの一つに過ぎず、お前が剣士で、武人であるということもまた然り。だが同時にお前は紛れもなくIS乗りであり、剣士であり、武人でもあるのだ。そして、お前が剣士であり武人であるならば、お前が俺の弟子ということに変わりはない。ゆえに、師として少し言葉を掛けてやろうと思ってな』

 

 そこで初めて師の言葉に穏やかさが混じったように聞こえた。だが関係無い。師の言葉、その意味を理解し噛みしめて、一夏はただ嬉しさを感じると共に、師より賜る言葉を一言一句聞きもらすまいと居住まいを正す。

 

『そう大したことではない。ただ、常に己の意思を持ち続けろということだ。如何なる選択を迫られる時が来ようとも、他でもない確固たる自分の意思を以って選択しろ。それこそが唯一、選択に後悔をしない手段だ』

「師匠……」

『お前が俺をどう思っているかは知らんが、俺は存外不器用でな。お前にも、剣と武芸くらいしか教えられん無骨者だ。だからこれくらいしか言えん。まぁ、励めよ』

「はい……!」

 

 静かなれど力のこもった一夏の返事に、電話の向こうで宗一郎が満足げに頷いたのを感じた。

 

『それだけだ。忙しいだろうにすまなかったな。切るぞ』

「あ、はい。あの、師匠。一応IS学園にも夏休みとかはあるんで、その時にまた行けたら行きます。それと、その、今度は俺から電話しても良いですか?」

『……あぁ、構わん。いつでもしろ』

「はい! あ、それじゃあ師匠、失礼します」

 

 そして一夏は電話を切る。僅か数分にも満たない会話だったが、一夏にとっては貴重な数分だったと言えるものだった。

 

「うし!」

 

 電話を片手に己に喝を入れ直す。師からの激励も受け取った。こうなってはもはや無様は晒せない。まず第一の目標は打倒、セシリア・オルコット。

 気合いを入れるように両手で己の両頬を張ると、一夏は力強い足取りで自室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 既に切れた電話を前にして宗一郎は自宅の廊下で佇んでいた。思い浮かべるのは弟子と、妹弟子の姿。直感的にだが、どうにも割り切れない考えが浮かぶ。

 

「俺の懸念のし過ぎならばそれで良いのだが……」

 

 一夏に関してはまだ良い。だが問題は妹弟子、美咲の方だ。人のことを言えた義理ではないと分かっているが、あの妹弟子はあるいは自分以上に生まれた時代を間違えている。

 武芸者としての実力もそうだが、何よりその気質が問題だ。あれの本質は、決して穏やかなものではない。でなければ、ISという単騎を極めて強力な戦力に跳ね上げるという性質を利用した、表に出ない裏の始末仕事を嬉々としてするわけがない。

 曲がりなりにも恩師の孫娘であり、自分によく懐いた妹弟子だ。邪険にするつもりはないが、それだけで気を許す理由にはならない。

 

「まったく、ままならんものだ……」

 

 割と気ままに生きてきた自覚はあるが、もしや今頃そのツケを払わされる時が来たのか。だが考えれば自分にできることなどたかが知れていることに気付く。それが余計に悩みの種となる。

 

(我ながら不甲斐無い話だ。できることと言えば、我が弟子が迷わず己が道を貫くための助言、くらいか)

 

 あまり使いたくはないが、いざとなれば実父の、その関係者のコネを使ってでも行動をする必要があるかもしれない。そう考え、立ちつくしたままの足を動き出す。

 願わくば、これより厄介に巻き込まれること多いだろう弟子に幸のあらんことを。そんな願掛けも込めて一杯やろうと、その足は台所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ISって歴史浅いですよね。そうなると国家代表の機体だとか、そういう人たちのアビリティが開発に影響を及ぼすんじゃないかなぁと思っています。
イメージとしてはあれです。AC4でメアリーの戦い方がBFFの開発方針を決めたって感じで。イギリスが射撃よりで日本がグレネ……じゃなくて近接格闘型よりって感じです。
他の国はまだ考え中です。出るかは分かりませんが。まぁ中国あたりは、爆発しないことが第一目標かもしれませんが。頑張れ鈴ちゃん。

さて、後半の話題にいきましょう。ちょっとどのような反応を受けるか心配です。オリキャラ同士の、いかにも穏やかじゃない会話ですからねぇ。
一応女性の美咲さんについては第一話の終わりの方でちらっと出た人なんですが、師匠に関しては完全に初めて。にじファン時代を御存じの方ならともかく、こちらでの新規の方にはどのように受け止められるのかが心配です。できれば寛大なお心で受け止めて頂きたい……

ひ、ひとまずはまた次回ということで。一応気をつけてはいるのですが、また詰め込みすぎとかになってないか心配です。

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