或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 こちらの方の更新は一か月ちょいぶりとなりますね。お久しぶりです。
割と真面目にリアルが忙しかったので、このように更新が遅れてしまいました。
久しぶりなのでクオリティなどにちょっとばかりの心配はありますが、お楽しみいただけたら


第三十話 紅椿、そして誰もが感じる波乱の予感

 臨海学校の二日目は早朝からスケジュール詰めになっている。

早朝の起床の後に少しの時間を置いて早々に朝食、そしてまた少々の準備の時間を取ったら生徒一同揃って海岸へ向かうという運びだ。

それ急げやスタコラとISスーツに身を包んだ全員が海岸に向かってみれば、そこには既に学園がスタッフが直接装備するという、極めて安直かつある意味で堅実な手で輸送してきた訓練機のラファールと打鉄が数機ずつ、そして今回の訓練で使う装備が用意されている。

離れた一角に目を向ければ、そこには各専用機持ち、及びその機体を担当する各国の技術者たちが、これまた試験運用のための装備を引っ提げて待ち構えているという状況だ。ちなみに、技術者は技術者同士で面識があったり、あるいは何がしかの媒体から名を聞いているのかやらで意見交換や討論めいたことを始めたりしている。

 

 

 

 

「……」

 

 準備の一通りを終え、指示を受ければすぐにでも白式を展開して行動ができる用意を整えた一夏は腕を組みながら口を真一文字に結んでいた。眉間に僅かに皺を寄せた視線は、正面ではなく横の方を向いている。

専用機持ちは各自別々のプログラムが組まれており、一度他の生徒たちとは離れた場所で集合をすることになっている。離れていると言っても専用機持ちとそれ以外の面々の間の距離は互いに互いを視認できるくらいのものだが、この物理的距離がそのまま立場の違いを示しているかのような様相を呈していた。

 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、一夏。一年生の専用機持ち六名が千冬の指示の下、横一列に並んでいる。だが、列に並んでいる者がもう一人、この場に居た。

 

「……」

 

 一夏同様沈黙を保ったまま、しかし表情には緊張を湛えた箒がそこに居た。

何故箒がこの列に並んでいるのか。一夏を除いた五人が一様に疑問符を頭の上に浮かべている。そしてこの場の面々の監督を預かっている千冬が認めている様子であることが、彼女らの疑問を更に深めていた。

 

「姉――織斑先生、まさかとは思うけど」

 

 不意に一夏が口を開く。千冬に向けられたその言葉は何かの予想を、確信と共にしているものだった。

 

「あぁ、そのまさかだ」

 

 頷き肯定した千冬に一夏は何も言わず、ただ眉根の皺を深めるだけだった。そして再び箒へと視線を向ける。

 

「箒、本気か?」

「……あぁ」

 

 一夏の問いかけに箒は一言答えて頷くだけだった。依然、他の面々は状況を把握しきれてはいない。

 

「まぁ、それがお前の選んだ道って言うなら俺は何も言わないさ。けど、何でかは、聞いても良いか?」

「……私なりに、ここで、一夏達と、皆とやっていく中で、私に必要なもの、それをどうにかするために打てる手を打った。それだけだ」

「そうか」

 

 おおよそを察した一夏はもう聞くことは無いというかのようにフイと箒から視線を外すと、元居た場所に戻り列に並びなおす。

そして、いい加減事情を説明されないままでいることに業を煮やしたのか、セシリアが口を開いた。

 

「あの、お三方だけで納得をされても困りますわ。わたくしたちにも状況の説明を求めます」

 

 セシリアの意見に賛成するように、彼女の言葉に続いて残る四人が一斉に頷く。それに答えるため口を開いたのは、それが誰よりも早いのは彼女らにとっても予想外なことに一夏だった。

 

「簡単なことだ。今ここに集まっているのは一年の専用機持ち。そしてその中に箒が居る。だが箒は専用機を持っていない。じゃあ何故ここにいるのか、これから手に入れるんだよ、専用機を」

『っ!?』

 

 その言葉に五人が、そして彼女ら同様にようやく理由を把握した真耶も、一様に驚愕の表情を浮かべる。

当然の反応かと、想像に容易いだけに一夏はこの反応をさも当然のように受け止めている。

 

「な、なぜ、篠ノ之さんが専用機を……?」

 

 代表して問うのはまたしてもセシリアだった。下手な藪蛇を突くまいと慎重な声ではあるが、やはり疑念や驚愕は隠しきれていない。思えば専用機を持つことへの意識という点では彼女が特に高かったかと思い出しながら、一夏は答えようとする。だがそれを箒が手で制し、自分から言い出そうとする。

 

「実は――」

 

 だが言いかけた所で箒の言葉が途切れる。誰かを呼ぶような声が遠くから、この場の全員の耳に入ってきていた。その声が聞こえる方向を全員が一斉に向いたのだ。

 

「ちーーーーーーちゃーーーーーーーん!!!!」

 

 底抜けの、それこそ能天気とも言える程に明るさを持った声と共に一夏らの方へ掛けてくる人影があった。それが誰なのか、分かった瞬間に千冬と箒は僅かに表情を強張らせ、一夏はため息を吐きながら項垂れる。

駆けてくる人物、それは昨日一夏が遭遇した篠ノ之束その人であった。

 

「ちーちゃんヤッホー!! とうっ!」

 

 駆けてきた束は千冬に抱きつこうとしたのか跳躍をする。だが――

 

「ふんっ」

「ゲフゥッ!?」

 

 空中から迫る束に千冬が容赦のないラリアットを見舞っていた。うめき声を上げながらその場に倒れ落ちる束の姿と、いきなり容赦のない一撃を放った千冬に一夏と箒以外の面々が絶句するが、千冬は知ったことではないと言わんばかりに堂々としている。

 

「う、うぅ……相変わらずちーちゃんのラヴが痛すぎるんだよぉ……」

 

 ヨヨヨと泣く真似をしながら束がゆっくりと立ち上がる。だが言葉の割には衣服の汚れを払う余裕を見せており、目立った外傷もどこにもなく無傷そのもの。間違いなく千冬の容赦ない一撃を受けたにも関わらずピンピンとしている様に、再び一同は驚きを顔に浮かべる。

 

「気にするな、いつものことだよ」

 

 フォローをするつもりなのか、一夏が言う。だが一夏本人も言った後に、「俺も見るのは数年ぶりの光景だけどな」と付け加えて僅かに目を細める。

 

「あ、あの、織斑さん? こちらの女性は一体?」

 

 突然の乱入者に未だ困惑から抜け出しきれずにいながらもセシリアが聞いてくる。だが聞かれた一夏は意外だと言うように目を丸くする。

 

「なんだオルコット、お前候補生なんてやってながら知らなかったのかよ。あぁでも、あまりメディアに出たりしなかったからな。仕方ないか」

 

 一人自分を納得させるように言ってから一夏は一度咳払いをし、改めてセシリアの質問に答えようとする。

 

「このみょうちきりんな格好をした人はだな――」

「姉さんだ」

 

 一夏が言いきるより先に箒が一言そう言った。姉さん、篠ノ之箒が発するその言葉が意味するところを理解した瞬間、先ほど以上の驚愕と、緊迫がこの場の全員の表情に現れた。

 

「篠ノ之さんの、お姉さま……?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それって……」

「篠ノ之束博士……?」

 

 今自分たちの目の前に居る人物、その人がそこにいるということが信じられないと戦慄するようにセシリア、鈴、シャルロットが言葉を漏らす。

 

「ISの、その全ての生みの親……」

「時の日本政府の最大の頭痛の種、ね……」

 

 ラウラが公に知られている篠ノ之束という人間の評を、簪が「更識」という一族に属するがために知っていた陰の評を、それぞれ呟く。

 

「……」

 

 未だハイテンションなまま捲し立てる束と、それをややしかめっ面を浮かべながら相手をする千冬の方に箒は無言で歩いて行く。それを思わず止めようと手を伸ばそうとする鈴だったが、更にそれを阻むように一夏が鈴の前に立つ。

そして並んだ五人と、数歩離れた場所でやはり緊張の面持ちを浮かべている真耶を見渡し、何もするなと言うように首を横に振る。

 

「悪い、当面静かにしていてくれ。というか、何もするな」

「ちょ、どういうことよ」

 

 箒が自分たちにロクに何も言わないまま何かをしようとしている、直感的にだがそこに良くないナニカを感じ取ったために咄嗟に止めようとしたのだが、それを有無を言わさないと言うように阻む一夏に鈴が訝しむ。

だが、六人を見回して首を横に振った一夏の表情はあまりにも真剣で、逆に鈴達の方が慎重な雰囲気にさせられるほどだった。

 

「織斑、当然だが私たちはお前が私たちを止めた理由を知りたいと思っている。それなりに、納得のいく説明を求めるぞ」

「あぁ、それは約束する」

 

 そこで一夏らの背後で高らかに自分の名前を張り上げる束の声が耳朶を打つ。この場の面々はまだしも、離れた場所で待機している他の生徒や教員らは未だに突然の乱入者に戸惑っているのだ。

大方その辺りを解消するために身分を明らかにしろと、千冬にでも言われたのだろうと一夏はあたりをつける。だが、乱入者の正体がかの篠ノ之束と分かったことで一層の困惑が驚きと共に湧き出ているのがこちら側まで聞こえるどよめきで分かった。

それを千冬が一喝と共に制し、そこでようやく我に返った教師陣も生徒たちを落ち着かせようとする。変に騒ぎを大きくしないようにと配慮しているのが伺えるあたり、教師たちは既に状況をそれなりに呑みこめているらしい。

 

「――話が途切れたな。理由だけどさ、実はまだ上手く言葉にしにくいんだけど、強いて言うならあまり状況を面倒くさくしたくないからとでも言うのかな」

「いやいやアンタ、今この時点で十二分に面倒くさいことになってると思うんだけど」

 

 至極尤もな鈴の指摘に一夏も反論のしようがないのか、腕を組んでウンウンと頷く。

 

「それ言われたらどうしようもないんだけどさ、これもどう言うべきか。少なくとも、今の所は篠ノ之束(アノヒト)の想定している通りな流れだと思うんだよね。そういう点では、ちょっと無茶苦茶で強引ではあるけど、ある程度まとまった筋書の上にあると言える」

「つまり織斑、お前はそのある程度まとまった流れをそのままにして、どのように事が動くのか経過を観察すべきと、そう言いたいのか?」

 

 ラウラの指摘は一夏にとっても我が意を得たりと言えるものであり、その通りだと鷹揚に頷く。

 

「あの人が動くってことは確実に何かしらがある。それこそちょっと騒がしい程度のことからご近所一体巻き込むはちゃめちゃ、これは一体どこのギャグ漫画の世界だよと言いたくなることまで、範囲も種類も色々さ。一応、姉貴にくっついてあの人とはそれなりに付き合いがある方だ。だから言える。下手に動いてこっちから状況をどうにかするより、ある程度進んで先も予想できる頃合いになってから対応をした方が良いのさ」

「けど織斑くん、もう先の予想はできるんじゃないのかな」

 

 簪がクイと眼鏡を持ち上げながら言う。

 

専用機持ち(わたしたち)が居る場所に篠ノ之さんが居る。そして出てきたのはISの開発者、しかも篠ノ之さんの身内」

「あぁうん。そのくらいはね、十二分に予想できるんだよ。――今日は、箒の誕生日なんだ。姉から妹に誕生日プレゼント、それが専用機ってことなんだろう」

 

 何気ないことのように箒が束から専用機を受け取ることになるという事実を告げる一夏に、各々ある程度の予想はできていたのか、表情を僅かに強張らせながらも冷静に受け止めている。それを一夏は僅かに目を細めながら見る。

 

「だが、さっきも言ったようにこの程度は十分に予想の範疇だ。問題はここから」

 

 IS開発者から直々に専用機を手渡される。それだけでも十二分に大事だと言うのにこの上まだ何かあるのかと表情の緊張は解けない。

 

「少なくとも俺の経験から言えば、あの人のやることは大体こっちの予想を飛び越えてくる。専用機を箒に渡す、これが楽に想像できたことっていうなら、まだ何かある。あぁ、参ったね。この臨海学校、本当に一荒れするかなぁ……」

 

 言葉の最後は誰に向けたものでもなく、一夏自身が自嘲するかのような皮肉気なものだった。

 

 

 

「準備カンリョー! セーット、アーップッッ!!」

 

 

 離れた所から束の声が届く。おそらくは箒に渡すISの準備が整ったのだろう。この頃になると更に離れた場所に立つ他大勢の生徒たち、教員たちも凡その状況、事情を把握しているのか、視線が一斉にこちら側に向いているのを一夏はヒシヒシと感じ取っていた。

 

「ハッピーバスデー箒ちゃん! これがお姉ちゃんからの誕生日プレゼント! この束さんが腕によりをかけて、箒ちゃんのためだけに作ったワンオフのハイエンドIS! その名を、『紅椿』!」

 

 言葉と共に束がパチンと指を鳴らす。直後、何もなかった砂浜の上に紅色のカプセルのような大型の物体が顕現する。その直前の発光現象がISの量子展開が行われるときのソレに酷似していることに気付いた一夏は、流石は篠ノ之束かと思わず内心で唸っていた。

そしてカプセルが開く。白色の煙を吐き出しながら中から現れたのは、カプセル同様に鮮やかな紅色に染め上げられた一機のISだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『紅椿』、箒の専用機か」

 

 砂浜を歩きながら一夏は一人ごちる。

 

「しかし、よもや第四世代と来るとはなぁ。みんな頭ぶん殴られたような顔をしていたぞ」

「あれで何も思わない人はISの業界には居ない。受け止め方の差はあっても、誰だって何かしらは思う」

 

 隣を歩く簪の言葉に一夏はさもありなんと頷く。束が持ち込んだ紅椿、それを受領した箒は束直々の最終調整に取り掛かることとなり、その間に他の専用機持ち達や一般生徒たちは各々の本来のスケジュールをこなすこととなった。それは一夏も同じであり、専用機の開発元が同じ企業であるためにこうして簪と共に指定された場所へと向かっているのだ。

 

「そういえば、俺たちは何をするか知っているか?」

「確か、新装備を間に合わせられたのは私の打鉄の方だけだって。だから、君は普通に性能検証だと思う。あ、そういえば担当者たちのチーフは川崎さんみたい」

「お、マジで? そりゃありがたいな。やっぱ信用のおける知り合いがいてくれるのはありがたい」

「それは同感。あの人、本来の担当は白式だけど、私の打鉄の時にも色々お世話になったから」

 

 このような状況下で確かな腕を持った信用のおける人間の助力が得られる。そのありがたさを分かっているだけに揃って二人はしみじみと頷く。

 

「……けど、篠ノ之さんも大変だね」

「あぁ、いきなり凄いISをポンと渡されてな。上手く扱えるのやら 「そうじゃない」 え?」

 

 箒を案ずるような簪の言葉に頷く一夏だが、自分の考えと簪の考えに食い違いがあることを指摘され、一夏は首を傾げる。

 

「ISを乗りこなせるかどうかなんて些末なこと。問題は周り」

「と、言うと?」

「専用機を与えられるのは、まず第一に各国でその国の最優のパイロットとされる国家代表。あとは基本的に代表候補生からの選抜。ISを持っている各国それぞれで、本当に一人握りだけが専用機を、その所持資格を持てる。

当然だけど、そのためにはそれだけの知識や技術とかが必要。それを国に認められたからこそ、私も、さっき別れた皆も専用機を持っている。そして国に認められたからこそ、他の周りの人たちも認めている」

 

 そこまで聞いた時点で一夏は簪が言わんとすることにあたりをつけるが、あえて沈黙を続け言葉の続きを待つ。

 

「君の場合は、凄く特殊なケース。でも、特殊だからある意味認められている。つまり、専用機持ちは誰からも認められて専用機持ちでいられる。――けど、やっぱり嫉妬ややっかみだってある」

 

 例えば代表候補生。国家代表は各国に一人しかいない。だが候補生は複数名居る。国家の規模が大きければ「国家代表候補生」という肩書きだけを持つ者が数十人と存在する場合もある。

だが、その中で専用機の所持資格を、さらに国家、あるいは企業のバックアップを受けて実際に専用機を持てる者は更に限られる。複数居る候補生たちの中から、まず資格だけで大半がふるい落とされ、更に実際に機体を持てるか否かでまたふるい落とされる。

それを考えれば、一夏を除くIS学園に在籍する専用機持ち達は正しく国家に信を受けた、各々の国のIS界の将来を背負って立つことになるだろう期待の星だ。だが、そうして輝く者達を、ふるい落とされたためにそこへ至れなかった者達はどう思うだろうか。

その能力が認められているからこそ選ばれた、その理屈については何ら疑問を挟む余地が無い。だが、理屈では分かっていても感情ではどうともし難いことが往々にしてあるのが人間だ。例え誰もが認めていようと、その陰に確かに嫉妬やなどの怨嗟に近い負の想いはあるのだ。

 

「けど篠ノ之さんは違う。何か功績を立てたわけでもない。際立った能力を示したわけでもない。そもそも候補生ですらない。悪いけど、専用機持ち(わたしたち)に求められるものが全て大きく欠けている。なのに、ただ身内だからって理由で専用機を、それも現行のどのISよりも最新型なものをあっさりと貰った。そんな理不尽、認める方が少ない」

 

 簪自身も箒の専用機のアレコレについて思うところがあるのだろう。声には僅かながらの苛立ちに近いものが含まれていた。

彼女が危惧したのは箒が専用機を、少々乱暴な言い方をしてしまえば身内のコネを利用して手に入れたことへの周囲からの風当たりだ。まさしく先の言葉通り、箒はこれまで専用機持ち足るとして認められるような実績を上げたわけではない。だというのに、いきなり文字通りの最新型を専用機として受領したのだ。面白く思わない者など居ないわけがない。現に、箒が新型機を専用機として受け取ったということを知った一般生徒たちの輪からはそのことへの不満に近い声が散発的ながらも確かに上がっていた。それ自体は束の一声で収まったものの、内心で燻る不満は消えることは無いだろう。

 

「イジメとか、なきゃいいのだがね……」

 

 そのあたり男よりも女の方がやり口はおっかないものと知っているため、さすがの一夏も幼馴染を案じずにはいられない。

彼自身は、親友の片割れが下手なイジメよりもはるかに陰湿かつ外道非道極まりない手法を平然と取ったり、そもそも彼自身にしても自分にそうした火の粉が掛かるならば全て力ずくでねじ伏せるなどという主義だったりするために、そうした問題には少々縁遠かったりするが、やはり気になると言えば気になる。

 

「そうだね。けど、それは篠ノ之さんが頑張るしかない」

 

 至極尤もな簪の言葉には一夏も頷くしかない。

 

「けど、手が無いわけじゃない。篠ノ之さんは今の所順序が逆なだけ。専用機持ちに相応しいと、みんなが認めるような成果を出せば、多分心配はいらない」

「成果、ね。例えば?」

「私たち一年の専用機持ち全員に勝って、あとは最低限専用機持ち、ひいては候補生クラス以上に必要とされる知識とかを覚えるとか。あとは、ちょっと一足飛びなやり方だけど、何か大きな事件の解決の立役者、つまりはみんなの憧れの偶像(ヒーロー)になること」

「ヒーロー?」

 

 飛び出た単語の予想外さに思わず一夏は聞き返す。だが、言った簪本人は至極真面目な顔つきだった。

 

「別に難しい話じゃない。先に言った、成果を挙げるっていうこと。ただ、この場合は成果を挙げたっていうその瞬間の事実を殊更に強調するから、例え本来必要なものが足りていなくても多少はごまかしが効く」

「つまり張りぼてということか」

「君も意外に容赦がないよね」

「する意味も無い」

 

 バッサリと切り捨てるような一夏の言葉だが、実際に事実を言い当てているために簪もそれ以上をとやかく言わない。

 

「ただ、いずれにせよ篠ノ之さん自身のスキルアップは必須。結局、これからどうなるかは彼女次第」

 

 ただの姉の七光りに甘んじ、性能が優れているISを持っているということだけに縋るのか、あるいは纏わりつくしがらみやら風評やらを実力で以って跳ね除け、自分こそが()のISに相応しいと見せつけるか。

果たしてどちらの道を行くのだろうと、一夏は幼馴染の先を想う。だが願わくば後者であって欲しい。曲がりなりにも古馴染み、自分に比較的近しい人間だ。そんな人物がより高みへと昇って行くことは、一夏自身にとっても良い刺激になる。そうして互いに上り詰める所まで達した末にこの手で以って――

 

「――っ」

 

 不意に一夏の足が止まる。突然歩みを止めた彼に、簪も振り返りながら怪訝そうな顔をする。

 

「どうしたの?」

「いや……何でもない」

 

 気が付いたら立ち止まっていたと、言った自身でさえ説明になっていないと分かる説明をしながら一夏は再び歩き出す。再び隣を歩く一夏、その横顔をしばし見つめる簪だが、やがて何事も無かったかのように視線を前へと戻す。

 

(俺は今、何を考えた……)

 

 本能的な働きがそれ以上の思考の進行を止めたが、自分が何を思いかけていたのか、彼は理解していた。そして馬鹿馬鹿しいと胸中で吐き捨てる。

 

(環境が変わって、柄にもなくハイになっちまったか。全く、自重自重っと)

 

 首を振って自身に冷静を促す。

 

「俺らも、ウカウカはしていられないな」

 

 専用機持ちの先達としてかくあるべきと、己に言い聞かせるような一夏の言葉には簪も概ね同意なのか肯定の頷きで返す。だが、その言葉が本当にそれだけの理由で発せられたのか。あるいは直前の自身の思考を脇へ追いやるために無意識のうちに発していたのか。その疑念を一夏が抱くことは無かった。

 

 

 

 

 待機していた倉持技研から派遣された技術者たちの下へ着いた一夏と簪は、そのまま各々の担当者の方へ向かい別れる運びとなった。ここまで来れば後は当初の予定通りにスケジュールをこなしていくだけである。

 

「織斑さん、先ほどの機動テストの結果ですが――」

「ほむほむ、これは前より良くなってると見て良いので?」

「はい。やはり宿儺の搭載が大きいようですね。飛行機動時のエネルギー消費がだいぶ改善されていますね」

 

 パネルに表示されたデータを見ながら一夏と、既に一夏にとってはお馴染みとなった白式担当の川崎が言葉を交わす。

 

「現在白式に搭載した後の宿儺の稼働データを基としてシステムのバージョンアッププランも進めているのですが、それを実装した際には更なる改善が見込めますね」

「へぇ、そりゃあ」

 

 まだまだ機体に進化の余地があるという事実の再認識に一夏も頬を緩ませる。

 

「まだまだこんなものじゃあ無いですよ。白式にはまだ二次移行(セカンド・シフト)も残っています。それがいつなのかは我々も把握しかねる所ですが、それが為されれば更なる機能の向上は見込めると言って良いでしょう」

「二次移行、確か専用機よして設定されたIS、中でも特に練度を積んだ機体がたま~に起こすっていうISの進化でしたか」

「えぇ。ISの業界全体で見れば圧倒的少数ですが、発現例自体は幾つもあります。織斑さんのお姉さんのISもそうだったんですよ?」

「姉貴のってことは、あの『暮桜』でしたっけ?」

 

 『暮桜』、未だISの各国への浸透率や技術の進度が大きくないものであった黎明期に、最初期の日本国専属操縦者として登録された千冬の専用ISだった機体だ。

第一世代とされていながらも、二次移行を果たした後に発言した単一固有能力(ワンオフ・アビリティ)である「零落白夜」と、今もなおIS乗り達の間で語り継がれる千冬の実力、それらが合わさった戦闘能力は今もなお世界に存在するIS、IS乗り達を相手にして無双の域にあるとまで言われている。

 

「暮桜は防衛省の技研を中心として政府主導で開発が行われましたが、倉持も色々関わらせて貰いましてね。その時のノウハウが打鉄や白式に活かされているわけですが。いやぁ、我々も期待しているのですよ。現行で稼働している専用機が二機、しかも乗り手は双方ともに有望株。あるいは両方とも二次移行をするのではと期待が高まっていましてね」

「いやぁ、そこまで期待されると、ちと気恥ずかしいんですけどね」

 

 チラリと一夏は視線を動かす。その先ではまた別の技術者達を侍らせながら簪が新装備らしき物のテストをしているところだった。簪の打鉄に装着された見慣れないユニット、砲のようなソレから光条が奔ったかと思うと、離れた海面に大きな水柱と蒸発した海水による水蒸気が立ち上る。おそらくはセシリアのISと同じ光学兵装、ただし規模としてラウラのレーゲンに搭載されているレールガン級のものなのだろう。

ちなみに今回、白式に新装備の類はなく、一夏がやることと言えば延々飛び回って各種データを取るだけである。

 

「それにしても意外ですね」

「と、言いますと?」

 

 不意に呟かれた一夏の言葉に川崎がその意図を問う。

 

「いや、すぐ近くには篠ノ之束と、その謹製の最新鋭機があるっていうのにみんな落ち着いていると言うか、もっとそわそわしてるもんだと思ったんで」

「あぁ、そういうことですか」

 

 すぐに一夏の言いたいことを把握した川崎は納得したように頷く。

 

「仰ることはごもっともです。ISの開発者、そしてその開発者が直接手掛けた新型機。興味が無いと言えば嘘になりますが、それで本来の仕事に支障をきたすほど我々も間抜けじゃありませんよ。すべき仕事は確実にこなす。それがプロというものです」

 

 胸を張るようにきっぱりと言い切るその姿に、一夏も感服したと言うように軽く頭を下げる。このあたり、積み重ねてきた年の功の差と言うべきなのだろうなと、一夏は同級生たちの反応を思い出しながら思う。

第四世代型IS、それを聞いた面々の反応は様々だった。鈴や真耶は口を半開きにして唖然とし、ラウラは僅かに眉間に皺を寄せて紅椿を睨み付け、セシリアも驚愕を隠そうとしながらも戦慄を禁じ得ない風だった。

シャルロットは故国、ひいては自分の居所と言える会社が未だ開発が第二世代止まりであることにやはり思うところがあるようで、俯きながら「ウチだってまだ第三世代を作れてないのに……。いきなり第四だなんて、こんなのじゃ満足できないよ……」と肩を震わせながら呟いていた。そしてもっとも平静を保っていたのが簪であり、彼女の気質もあるのだろうがいつも通りの静かな眼差しで見極めるように紅椿を眺めるだけだった。

 

「ただ、その新型を受け取った篠ノ之箒さんでしたか。一個人として言わせて頂くと、少々気がかりではありますね」

「さっき、更識とも話したんですけど、いきなり専用機をもらったことへのやっかみとかですか?」

「はい。それもありますが、何しろ篠ノ之嬢はどこかの国の候補生として所属しているわけでもなし、ISにしても開発者自ら手掛けたという、どの国にも属さない機体。帰属先を巡って、下手をすれば織斑さん以上に荒れに荒れるでしょうね」

「ウワータイヘンダー」

 

 一体どれほど面倒なのか、考え始めてコンマ五秒でそのややこしさに考えることを放棄した一夏は適当な調子でそんな感想を漏らす。

 

「とは言え、それも結局は篠ノ之嬢ご自身の問題です。我々では、それこそ織斑さんでもどうしようもない」

「……そうですね」

 

 曲がりなりにも古馴染みだ。助力できることがあるならば、可能な範囲でしてやっても良いとは思うが、そもそも助力できることがないのであればどうしようもない。

 

「我々に、織斑さんにできることと言えば、何かあった時に最良の結果を出せるよう常にできることを尽くす、そこに尽きるのでしょうね」

「ごもっとも」

 

 至極真っ当な川崎の言葉に一夏は肩を竦める。そしてスケジュールの続きを消化しようと動き出した時だ。一夏が肩に引っ掛けていた鞄からアラーム音のような音が鳴り響いていた。

失礼、と一言だけ断ってから一夏は鞄を開け、音の出どころである学園生徒用の端末を取り出す。タッチパネル式のソレを少し操作し、そこにあった内容を読み取った瞬間、一夏の表情に険しさが宿る。

それを見て瞬時に只事では無いと判断した川崎は、自身も自前の端末で同行した倉持の技術者、今現在は簪の担当に着いている者に連絡を取る。案の定、簪の方にも連絡の類が行っていたらしい。

 

「すみません、川崎さん。ちょっとスケジュールは中断です」

 

 伺うような調子はどこにも見られない、それが決定事項だと断じるように一夏は言う。異論を挟む余地はどこにも無いために川崎もすぐに頷いて了承の返答とする。

 

「何か、あったようですね」

 

 だが、一応の義務として可能な範囲で事の把握をしようとする。問いかけるような言葉に、一夏もその通りと言うように頷いてから口を開いた。

 

「専用機持ち全員に招集命令。どうにもデカいヤマのようですよ」

 

 そう言って一夏は小さくため息を吐いた。当たってほしくないもしもが当たってしまったことに。あんにゃろう、やっぱ疫病神の親戚か何かじゃねぇのかと、心の内でこの場には居ないある人物への悪態をつくのであった。

 

 

 

 

 

 専用機持ち全員に同時に渡った招集命令、それが旅館の一室を使って一時的に設けられた臨海学校中のIS運用の管制部から発せられた時刻より少し前。

篠ノ之束は宙を駆ける実妹の姿に感慨深いものを抱いていた。幼い頃より愛情を注いできた妹が、自分が丹精込めて作り上げたとっておきの作品で雄姿を披露する。見ているだけで自然と頬が綻んでくる。

同時に思う。これこそが本物だと。ISと、そのISを駆ることができる女。今となっては世界のあちこちに拡散したソレだが、開発者として真実認められるのはただ二組のみ。親友と実妹、そして自身が手がけたIS。この組み合わせだけだ。それ以外の有象無象、木偶の組み合わせなど、歯牙に掛ける必要も感じない。

尤も、数か月前にその「本物」と「どうでもいいその他」のどちらにも属さない、中々に面白そうな存在も現れたわけではあるが、当面そちらは成り行きを見守ることにする。自然の流れに任せて、どう転んでいくのかを見るのもまた一興というやつだ。

 

「いいねぇ、箒ちゃん。実にチョベリグーだよ」

 

 朱色に染め抜かれた装甲を纏い、陽光を照り返し煌めかせながら二刀を振る箒の姿に、束は思わず感慨を言葉にして漏らす。だが気にしない。良いと思ったことを言って何が悪いと言うのか。

 

「でもせっかくのお披露目なんだし、もっと派手にいっときたいよね」

 

 そのために丁度いい代物があるにはあるのだが、あいにく今回は持ち込んでいない。そうなった原因は、今でも思い返すたびに苛立ちを感じる。

 

(まったく、なんなんだよアイツは)

 

 最高の舞台に相応しくと用意した演出、その駒を完膚なきまでに破壊した存在に胸中で悪態を吐く。元々の予定では過日の一夏の試合の場に送り込み、一度その存在を認知させてから今回再びという計画だった。

だがそこに乱入した一つの存在。駒と同じ漆黒を纏いながらも、その黒はさながら黒曜石か、あるいは色が深まり過ぎた紫水晶のごとき輝きを持っていた。あの時はただ想定外のイレギュラーに不満を募らせるだけだったが、後々になってその正体を思い出した。

 

(本当にウザイなぁ。有象無象の分際でちーちゃんに並んでるのもそうだし……)

 

 ISのことで、少なくとも今現在この世界で束以外の誰かが一人でも知ることのできるISの情報は須らく束の掌中にある。その全てを一々把握しているわけではないが、その気になればいくらでも情報は集められる。

それが篠ノ之束、ISという存在の母にして絶対的な創造主だ。知らぬことと言えば、未だ見ぬ可能性の先くらいなものだ。もっとも、それにしてもその気になれば幾らでも仮説、検証が可能なのだが。

 

(まぁ、有象無象が何しようが、束さんは揺るぎやしないんだけど)

 

 それは自分自身への絶対的な自負から来る自信だ。不快に思うものは不快に思う。だがその程度で一々篠ノ之束自ら動くことなどしない。

有象無象は有象無象同士、勝手に低い次元であくせく這いずり回っていれば良い。わざわざ自分から低レベルな所に関わる必要などない。いうなれば彼女自身の、凡そ人類の誰よりも優れていると自負するが故の上位者としての矜持のようなものだ。

何よりも今、彼女にはやらなければならないことがある。実の妹の晴れ舞台、自分が力を注ぐのにこれほどまでに意義があることは早々ない。

 

 

 

「はぁっ!」

 

 気合いの掛け声と共に左腕を振るう。紅椿の主武装は二振りの日本刀型のブレードだ。形状それ自体はありふれたものだが、有する機構は篠ノ之束謹製の名に恥じないものを持っている。

今しがた振るわれた左手に握られた双刀の片割れ、「空裂(からわれ)」は高密度のエネルギーで構成された光刃を飛ばすことによって遠距離からの攻撃を行うことができる。

もう一本の武器である「雨月(あまづき)」も同様の機構を有しており、違いを挙げるとすれば前者が放つのが「飛ぶ斬撃」であり、後者が「飛ぶ突き」という点か。

 最新鋭の名に相応しく、空を駆ける機動も速さと自在性を両立している。打鉄を駆っていた時には叶わなかった、より上位にある「ISに乗る感覚」に箒は自然と頬が綻んでいた。

端的に言えば、今の箒は専用機を駆っているということに確かな喜びを感じているのだ。だがそれを心の未熟、短慮浅慮と叱責することはできない。自分のために用意された専用機、他の多くの汎用機と比して必然的にトータルのパフォーマンスに優れている機体を操ることへの歓喜、それを感じることは箒だけの話ではないのだ。

一夏も、セシリアも、鈴もシャルロットもラウラも、簪に楯無の更識姉妹も、専用機を持つ人間ならば誰もが最初に感じる喜びなのだ。それはかつてIS乗りの世界に君臨した「最強」も、その陰にあり続けた魔女や彼女らに並ぶ古豪たちも例外ではない。

 

(これならば、或いは……!)

 

 気持ちが逸るのを抑えられない。この紅椿であれば、手を伸ばしても届かなかった一夏達のレベルへと届くのではないか。半ば確信に変わりつつある期待に心が弾む。

久方ぶりの充足感、それを箒は余すことなく甘受していた。

 

 そして、遥か下の地上で箒の姿を見守っていた彼女の姉が、艶を持った唇を三日月形に曲げて笑っていたことに、箒は終始気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あんまり話進んでないですね、今回。紅椿もそこまで詳しく描写したってわけでもないので、そのあたりは次回に持ち越しかもしれません。
 とりあえず福音事件は次回から。つまり次回からが本番というわけですよ。頑張って書こうと思います。
 書いてて思ったことなのですが、本当に簪が動かしやすいこと。原作から多少以上に変えているところはありますが、根っこの部分はそれほどと思っています。多分、なんやかんやで今後も一夏とコンビを組むことが多くなるのかなぁとは思っています。主人公とヒロインで男女なあれこれとかはまず無いですが。

 束についてはもう基本的に原作と同じですね。ただ強いて違う点を挙げるとすれば、千冬や箒、一夏以外に対して原作ではただ辛辣なだけ(原作三巻のセシリアへの対応を参照)でしたが、ここでは基本無関心で適当にあしらうだけという感じです。原作に比べたら淡泊な対応という感じでしょうか。加えて、基本的に他人というものを見下して自分が上位者という自意識があるため、「下々に一々かかずらっていられない」的な意識もあったりします。だから意外に自分で直接手を下してつぶしたりとかはなかったりしたり。
あと、微妙に話変わりますが、ちょっと束についてあからさまにし過ぎたかなぁと思ったり。

 とりあえず今回はここまでで。次回については、もうちょっと早く書けたらいいなぁと切に願ったりしています。
それでは、また次回に。

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