或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 え~、前回のあとがきで早けりゃ次は年明け少しとかのたまっていましたね、自分。
結局また一か月以上かかっちゃいました。本当にスミマセンでした。えぇ、年明けしばらくはですね、\カーニバルダヨッ/の声に白目を剥きつつ、時にキス島沖を延々回してハイパー様を降臨させて、イオナのきゅーそくせんこーに癒されつつ、コンゴウ率いる霧の艦隊と最終決戦に臨んだりと。
 まぁぶっちゃけますと、艦これに現を抜かしていたというのが実情です。
と、とりあえずアレですよ。次回のイベとか目指せ大鳳的なアレで当面は資材稼ぎの遠征ぶっこみがメインになるし、もうすぐ大学春休みだしで、もうちょっと執筆の時間は取れるかなぁ、なんて思ってます。
 そうなると信じたいです。


第三十二話 戦慄のシルバリオ・ゴスペル

 雲海の狭間を抜け、蒼穹を三機のISが疾駆する。いや、三機というのは語弊があるだろう。

確かに三機と言えば三機なのだが、現状飛行行動を行っているのは二機のみだ。残る一機は、飛んでいる一機の背に掴まっている。

 

「座標の確認ができましたわ! これよりデータを転送します!」

 

 飛翔する二機の片割れ、ブルー・ティアーズを纏うセシリアが同行する二人に通信越しに情報を伝える。

 

「座標の確認、完了!」

「エンゲージまで……一分切ってるな」

 

 撃墜目標であるIS「銀の福音」との会敵が間近に迫っていることを受けて残る二人、一夏と箒の顔にも緊張が増す。

 

『……』

 

 刻一刻と迫る接敵の時間、一秒が平素よりも長く感じる只中を三人は無言で受け止めていく。そして――

 

「見えたぞ!」

 

 銀の福音を視界に捉えた。ハイパーセンサーによる望遠諸々の視界補助によって福音を目視したのは三人ほぼ同時だ。ゆえに箒が声を発した頃には一夏もその姿を捉えており、既にその手には蒼月が握られ、背部のスラスターは瞬時加速の準備をしていた。

 

「一夏!」

「織斑さん!」

 

 箒とセシリア、二人の声が一夏の鼓膜を震わせるのと白式の足が紅椿の背を蹴り、一夏の身を宙へと躍らせたのはほぼ同時だった。

応えることすら惜しいと、練り上げた闘気を全身に巡らせるように固く一文字に口を結ぶと、一夏はもはや慣れたとも言える瞬時加速の発動プロセスをなぞる。

常とはまるで違う状況だが、行うこと自体に特別な変化があるわけではない。緊張の中にも保ち続けている平常心のままにスラスターを吹かし、瞬時加速特有のブースターの噴射音と共に一気に加速する。

福音との距離が詰まっていく中で、その姿がはっきりと分かっていく。手っ取り早く言えば羽が生えた人だろう。これで頭に輪でもあれば物語の天使そのままと言える。

 

福音を間合いに捉えるまで一秒と掛からなかった。コンマ以下の世界で一夏は視界に移り流れゆく全てを見取る。

コースは理想的、握る蒼月は高周波振動と熱線による威力強化を最大出力で行っている。加速も上々。確実に決めておきたいこの状況にあっては理想的とも言える出だしだ。

そして、間合いに捉えている以上は仕留めに掛かることに何ら躊躇は無い。狙うは首、確実に一撃で決めるためにもより大きなダメージを見込める箇所を狙う。

 必殺を狙った刃が吸い込まれるように福音の首へと向かっていく。一瞬が数秒にも引き延ばされるような感覚の中、ふと一夏に目に福音の――フルフェイスのヘルメットのように乗り手の顔を覆う――頭部が映った。

ちょうど両の目があるあたりだろうか。まるで全ての流れを見取っているかのように、キラリとアイセンサーのようなものが光るのが見えた。

 

「なっ……!」

 

 ありえない、と思った。吸い込まれるように福音の頸部に向かう刃、だがそれを紙一重の所で、福音はいっそ見事と言える動きで回避してみせた。シールド自体には掠めていたのか剣先に紫電と火花が散るものの、期待できるダメージなど雀の涙程度のものでしかないだろう。

そのまま一夏は福音の脇を通り過ぎ、福音もまた一夏の脇を通り過ぎる。

 

「気を付けろ! そいつただの暴れ馬じゃない!」

 

 ただ暴れているだけの存在があそこまで精緻な回避動作を行えるわけがない。思わずこめかみを伝った冷や汗の感触を実感しながら、一夏は箒とセシリアに注意を促す。

 

「――」

 

 鳥の鳴き声を模したような電子音と共に福音が動きを止める。しかしそれはただ隙を晒したというわけではない。宙に留まる福音は背の両翼を広げている。その両翼こそが福音のISとしての要、空を飛ぶための翼であると同時に主武装「銀の鐘(シルバー・ベル)」の砲門なのだ。

 

「来ますわ!」

「散れ!」

 

 セシリアの言葉のすぐ後に続けて一夏が散開を呼びかける。そして三人がそれぞれ異なる方向に飛んだ直後、蒼穹に白銀の火矢が舞い散った。

 

「これは……また厄介な!」

 

 両翼から放たれた光弾はその殆どが海面へと落ちていき、そして海面に着弾すると同時に爆発し爆風と同時に水飛沫を大きく飛び散らす。それなりの高度を保っているにも関わらず着弾時の海面の爆発が一つ一つはっきり分かる程の大きさで起きたということが、光弾の一発が持つ威力を自ずと想像させる。

 

(これは、迂闊に近づけないな……)

 

 姉ならばどうにかできるのだろうが、自分の腕ではおそらく近づいたとてあの銀色の弾幕にやり返されるのがオチだろうということは想像に難くない。かといって機を伺い過ぎて長期戦に持ち込むこともできない。

となれば、後は連携によってどうにか隙を作り、その瞬間にとにかく攻撃を叩き込むというものに限られる。

 開幕の狼煙のつもりなのだろうか、広範囲にわたって派手に光弾をばら撒いた福音はそのまま何をするでもなく、散開したままそれぞれ睨み付けてくる三人の中央に留まったままだ。だが囲む三人もまた迂闊に動き出すことができない。人の意思が介在しない、暴走した機体を相手に睨み合いという奇妙な状況が一時的にではあるが生じていた。

 

「やるなら短期決戦だな。オルコット、悪いけど頼りにするぞ」

「えぇ、どうぞご自由に。それがわたくしの務めですもの。それで、どうしますの?」

「俺と箒で動き回って福音をどうにか混乱させようと思う。で、そこにだ。オルコット、お前の銃の、ほらアレ。俺との最初の試合で使ったデカイ一撃。あれをぶち込め。上手く当たって動きが止まったら、一気に仕留める」

「些かエレガントさに欠ける気がしますが、この際選り好みはできませんわね。篠ノ之さん、大丈夫でして?」

「大丈夫だ。まだ、何も問題は無い」

 

 通信越しに戦闘の方針を決めた三人は再度福音へと視線を向ける。そして、セシリアが放ったスターライトの一撃によって再び戦闘が開始される。

 

 

 

 おそらくこの戦闘で最も酷な役回りにあるのはセシリアだろう。自身も高機動パッケージを活かした陽動を行いつつ、隙を作るためにスターライトでの射撃を行い続けている。

陽動を行いつつ相手の攻撃を受けないように回避を行い続け、その上で精密な射撃を連続して行う。心身共にどれだけの負担が掛かるかは想像に難くない。そしてそれだけの負担を掛けていると分かっているからこそ、一夏と箒も何とかして勝負を決めに掛かろうとするが、福音はとても暴走しているとは思えない程の精緻な動きで二人をやり過ごし、逆に二人を落とそうと仕掛けてくる。それが余計に二人の中に焦燥を募らせつつあった。

 

「――」

 

 再び電子音の鳴き声と共に光弾がばら撒かれる。そして、その内の幾つかが回避しきれなかった一夏へと当たる。

 

「ぐおっ!?」

 

 咄嗟に左腕で庇ったものの、白式のシールドが明らかな損傷と言える程にその残量を減らすのを見て目を見張る。交戦開始から初めての被弾であるが、受けるダメージはただの一撃とて馬鹿にはできない。

 

「一夏!」

「大丈夫だ! そっちは!」

「何とか!」

 

 箒も回避しきることはできなかった。だが、空裂と雨月の二刀から放つ光刃で撃墜することで難を逃れていた。それを見てやはり飛び道具の一つもあった方が良いのかと思ったが、すぐに場違いな思考だと頭を奮って追い出す。

 

「隙、頂きますわ!」

 

 そのセシリアの声と共に福音の片翼に青い光弾が撃ち込まれる。一夏と箒を狙っての攻撃直後、僅かに動きを止めたその瞬間をセシリアは逃さなかった。候補生の名に恥じぬ素早さと精度、間違いなく見事と言える手並みで放たれた射撃は一直線に福音の翼に叩き込まれ、目に見えての損傷こそ無いもの、確かなシールドエネルギーの減衰と福音に更なる隙を生じさせるという結果を生み出した。

 

「一夏!」

「応ッ!!」

 

 箒が呼びかけると同時に一夏は福音へと向かっていく。それに続き箒もまた福音へと吶喊する。

 

(これで一気に片を付ける!)

 

 福音を間合いに捉えると同時に蒼月を振るう。今度はかわされることはなかった。だが、より大きなダメージを受けるくらいならばと言うつもりなのか、先ほどの一夏がしたように左腕で受け止めてそれ以上を阻もうとする。

 

「甘いんだよ!」

 

 叩きつけた蒼月と受け止めた福音の左腕、その接触点を支点として身を捻り福音の真上へと体を移動させる。そのまま折り曲げた膝を福音の頭部へと叩き込んだ。

叩きつけられた一撃に福音は再度仰け反る。そこへ追い打ちをかけてきたのが箒だ。二刀による、一夏とはまた別のベクトルから成る手数の多さで以って連撃を叩き込んでいく。

 

「ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「箒!?」

 

 雄叫びを放つ箒から発せられる闘気は生半なものではない。それを見て一夏は小さく目を見開いた。箒が行う二刀術、確かに手数こそ稼げるが代わりとして一撃の威力というものがどうしても欠けやすい。

それもそのはず。本来は両手で扱うべき刀を片手で扱っているのだ。そのあたりの理屈のあれこれは一夏にとっては今更過ぎる程に分かり切っていることだ。無論、尋常でないほどの筋トレを積むなどして少々強引ではあるが、力技で通すということもアリと言えばアリだ。

だが箒のフィジカルのスペックは同年代の女子に比べてそこそこ優れているレベルのもの。無論ISを装備していることによる膂力補助もあるとはいえ、そのあたりは自分と比較してもなお劣るだろう。

 だが、今の箒が福音に加える攻撃は一撃一撃が目に見えてその重さ、威力を感じさせるほどのものだ。何故、と一瞬疑問に思うが、肌に感じる箒の気迫に一夏はすぐその答えに思い至った。

 

(まさかここまでの気とはなぁ)

 

 箒本人に自覚があるかどうか定かではないが、今の彼女が行っているのは間違いなく一夏が以前に試合の最中に見せた『動の状態』、精神を高ぶらせることによって身体が発揮する力をも底上げする段階へと己を持ち上げるものだ。

おそらくは敗北と共にということが箒の記憶に強く刻み込まれる原因となったのだろう。だが、それをこのような一か八かの場で発揮できるというのは滅多なことではない。仮に感覚的に、元々持ち得ていたセンスを頼りに行ったというのであれば、それはそのまま彼女の持つ素養の高さを証明していることとなる。

 

(面白いッ! これだから武は面白いッ!)

 

 己の命ばかりか仲間たちの安全も掛かっている最中だというのに、一夏は湧き上がる興奮を抑えきれそうになかった。

箒があれだけの才覚の片鱗を見せたのだ。ならば自分は、箒以上に長く、深く武に潜ってきたものとして才覚だけではない、積み重ねによる更なる上を示すべきだろう。そう思うや否や、一夏は蒼月を握り直すと再び福音へと吶喊していった。

 

 

 

 

(流れは……こちらに傾きつつありますわね)

 

 箒と一夏、二人の怒涛の猛攻が福音にくらいついていく中、役割上離れた位置に陣取っていたセシリアは状況をこの場の三人の中では最も俯瞰的に観測できる位置に居た。

 

(織斑さんはまぁいつも通りとして、篠ノ之さん。驚きましたわね、動きからどんどん無駄が消えている。ワンアクション、その都度で無駄を省き動きを洗練(リファイン)しているのでしょうか?)

 

 元々一夏を決め手と据えていた作戦だが、現状を見る限りではむしろ箒の方が挙げている戦果の度合いは大きいだろう。休みなく浴びせる二刀の連撃は間違いなく福音を押している。それこそ、こうして俯瞰的に戦闘を見ていても明確な流れの傾きを理解できるほどに。

 

(しかし、妙に引っかかりますわね……)

 

 連撃の一瞬の隙を突いて福音が反撃に打って出ようとするが、それを更に潰すようにスターライトでの一射を打ち込みながらセシリアは考える。明らかに状況は有利、だと言うのに妙なフナ騒ぎがする。まるで不安定な足場に立っているかのような、もどかしい感覚だ。

 

(いえ、余計なことですわね。状況は我が方に有利なのは事実。ならば後はこの流れを維持するのみ)

 

 ブリーフィングで得た福音のスペック情報による所では、福音は両翼を戦闘の要として集約させている分、それ以外のパーツの構造は比較的シンプルかつ、守りと継戦性を重視したものらしい。となると、完全に削り切るまでもう少し時間がかかるだろうが、それでも今の流れならば押し切れると、そうセシリアは思った。

 

 

 

(いける! 体が動く!)

 

 歯を食い縛り、無我夢中で二刀を振りながら箒は全身を満たす充足感を確かに感じ取っていた。

姉の強い推薦によって参加することになったこの作戦、だが出撃メンバーの中で自分が最も実力が劣っていることは箒自身が百も承知だった。

紅椿にしても、姉が太鼓判を押すだけあって秘めたポテンシャル、トータルでの性能は間違いなく最高峰と言っても良いだろう。それは実際に動かした、初めてのその瞬間にはっきりと理解した。

だが肝心の乗り手、箒の腕前が問題だ。確かに紅椿によってIS戦における箒の戦闘力は大きく底上げをされたが、それでもやっと一夏達専用機持ち組と真っ当な勝負になる程度の水準に達しただけに過ぎない。

 姉が自分を作戦に強く推したのは、姉妹だから、自分の作ったISに絶対の自信があるから、色々あるだろうがまぁとにかく割と感情的な側面が強い理由ばかりだろう。

本音を言えば不安も緊張も大いにあった。だがそれでも決して臆することなく敢然と作戦への参加の決意を固めたのは、箒なりの意地の表れだった。

しかし意地だけで埋まるほど、実力の大小は甘いものではない。それでも、失敗することができないこの作戦に臨むにあたって、箒なりにどうすれば良いかを考えた。そして、今のこの状態へと思い立ったのだ。

 

 先のタッグトーナメント、その時に一夏が見せた一つのスタイル。自分に合うと言ったそれを、箒はこの場を切り抜けるための一つの方策とした。

実の所、成功させる自信はミッションをこなすこと以上に無かった。何せ武人として自分より軽く数段は上に居る一夏が使い、学生剣道ではあるもののそれなりに長く武道の道を歩んできたと自負している箒にとっては一夏との試合で見て、初めてその存在を知ったようなものだ。

しかもコツが感情の爆発などという、酷く抽象的なものしか聞いていない。むしろ成功する方がおかしいと言えるレベルだ。だが、できた。勝ちたい、やりとげたい、とにかく眼前の敵を打倒したいという気持ちを闘志と変えて絞り出さんばかりに滾らせた。その時、フッと体が軽くなったような感覚を抱いた。そして今に繋がる。

 

「やるじゃないか、箒!」

「あぁ! 自分でも驚いているくらいだ!」

 

 攻撃の空白を作らないため、交互に攻めては引いてを繰り返しながら箒と一夏は言葉を交わす。高揚した戦意によるものか、口の端には自然と野性味を感じさせる笑みが浮かぶ。

 

「正直心配してたんだよ! お前がヘマこかないかってな!」

「実は私もだ! 失敗しないか不安だったが、行けそうだよ!」

「それは結構!」

 

 片方が正面から斬りかかり、反撃に出ようとした福音の気配を感じ取ると同時に離れたかと思えば、今度はもう片方が背後から斬りかかる。

あらゆる方向から絶え間なく襲い掛かる攻撃の連続に、福音も対処しきれていないのか動きから精彩が次々と欠けていく。もはや誰の目にも戦いの流れが一夏らの方に傾いていることは明らかだった。

 

 

 

 

 そんな中、現れた異変はあまりにも唐突だった。

 

 

 

 

「え……?」

 

 先ほどまでの高揚が嘘のように、呆然とした呟きが箒の口から洩れた。最初に訪れた異変は急激な速度低下、そして装甲の各所から排熱の蒸気を吐き出しながら、紅椿はあっという間に動き全体を鈍重なものに変えていった。

 

「箒!?」

「篠ノ之さん!」

 

 箒と紅椿に現れた突然の異変に一夏とセシリアも同様を隠し切れない。だが、最も驚いているのは間違いなく箒本人だろう。

目は見開かれ、唇は震えながら半開きのまま、思考を支配する動揺が隠し切れない有り様だった。それでも何がどうなっているのか、原因の探ろうとした箒はすぐにそれを見つけることができた。

 

『ENERGY EMPTY』

 

シールドエネルギー自体はまだまだ余裕がある。だがそれ以外の、機体を駆動させ光学兵装などを発射させる、動力用のエネルギーが枯渇寸前まで陥っていた。

 

「箒!」

 

 切迫した一夏の声が聞こえたと思ったら、不意に箒の視界がブレる。腰のあたりを抱え、白式のスラスターを吹かす一夏の姿を認識した直後、先ほどまで自分が居た場所を通り抜ける無数の光弾が目に映った。

 

「どうした箒!」

「そ、それが、エネルギー切れを起こしたんだ!」

「マジかよ……」

 

 愕然とするような一夏の声には、不手際を打った箒への叱責というよりも、突然状況が不利に傾いたことへの焦燥が強くあった。

 

「少し掴まってろ!」

 

 箒を抱えたまま一夏は速度を上げ、福音の追撃を振り切ろうとする。既に通信越しで状況を把握したセシリアがスターライトを連射して福音の動きを妨げる。

 

(どうする……!)

 

 箒を抱えたまま一夏は打つべき手を考える。

ガス欠になったということは、実質箒と紅椿はもはやまともな戦力として動くことはできない。シールドにはまだ余裕があるが、仮に福音の総火力の前に晒されることになればあっという間に尽きることは想像に難くない。

しかし無理を押して戦闘を継続するとなれば、箒を庇いながら戦う必要がある。それができるとしたら、一夏よりもむしろセシリアの方が適任だろう。だが、今以上の負担を彼女に掛けた場合、どうなるか分からない。セシリアの援護の低下、単純な戦力の減少、戦闘を続けるには分が悪い。

 

(どうするよ俺)

 

 どのような選択をすべきか、脳裏に三枚のカードとなって浮かぶ。継戦、フライング土下座、逃げる。このどれかだ。続きはWebでなどと言っている余裕はどこにもない。即断即決、逃げるを選ぶ。何も恥じるところは無い。あくまで戦略的撤退なのだから。

 

「箒! それにオルコット!」

 

 箒に、そして通信でセシリアにも一夏は呼びかける。

 

「いったん引くぞ! 状況が悪い! 手傷は負わせたんだ! 一度戻って体勢を整えて、今度は全員でボコにするぞ!!」

「一夏! くっ……!」

「了解ですわ!」

 

 一夏の言葉に箒は何かを言いかけるも、すぐに口を噤んで俯く。僅かに見えた横顔、頬の筋肉の強張りから箒が歯を強く噛みしめているのが分かった。

一夏に箒を責めるつもりは無い。元々紅椿のエネルギー消費の激しさは束がやってきた後のお披露目ですぐに見ていた全員が分かったことだし、あれだけの激しい機動戦闘をしていればその消費だって凄まじいものになって当然だ。

それを分かっていながらこの状況に持ち込んでしまった自分たちにこそ非があると言える。

 

 チラリと背後を見る。こちらもかなり飛ばしての撤退であるために、福音が迫ってくる様子はまだ無い。セシリアも無事に着いてきている。このまま上手く逃げ切ることができれば上々、一度戻って体勢を立て直せる。

 

「箒、あまり気に病むなよ。俺らもヘマったようなもんだから」

 

 自分自身でも珍しいとは思うが、一夏は箒に気遣うような言葉を掛ける。それに箒は小さく頷くものの、依然表情に射した影は消えない。

無理もないかと思う。あれほどまでに意気込んでいたのだ。事実、その意気込みに見合うだけの働きはしつつあった。だがそんな最中でのコレだ。気落ちしてしまうのも分かる。仮に一夏が箒の立場だったとしても、箒ほどにあからさまな落胆こそはしないだろうが、色々と複雑な胸中になっていただろうことは想像に難くない。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 とりあえずは戻ったらメンタルの方のフォローでも試みてみようかと思った。その直後だ。

 

「織斑さん! 後ろです!」

「嘘だろぉ!?」

 

 セシリアの声に後方を見て一夏は驚愕を顕わにする。間違いなく引き離していたはずの福音が確実にこちらとの距離を詰めてきていた。

こちらが気付いたことを向こうも察したのか、高速で向かってきながら銀の鐘による弾幕を打ち込んでくる。

 

「くっ!」

「構うなオルコット! それより撤退に集中しろ!」

 

 スターライトを構えて迎撃しようとしたセシリアを一夏は制す。まだ光弾も適当に動けばそれだけで回避できるくらいには距離が離れている。むしろ、下手に迎え撃とうとして距離を詰められる方が状況的には不味い。

 

「ですが、このままでは追いつかれますわ。既に司令部から他の皆さんたちが出撃体勢に入っているとのことですが、このままでは……」

「下手すりゃ旅館近くを戦場にする、か?」

 

 状況としては非常に良くないケースである一夏の予測にセシリアは無言で頷く。彼女の言う通りだ。このまま逃げ続けても福音は追って来る。

既に他の専用機持ちの面々も出張りに来ているとはいえ、旅館に、というよりも人里の近くでの交戦に持ち込むことはとても良いとは言えない。

 

「……」

 

 しばし口を噤み、一夏は真正面を見据える。そして一度深呼吸をすると、再度通信でセシリアに呼びかける。

 

「オルコット、箒を預かってくれないか」

「一夏?」

「ど、どういうことですの?」

 

 一夏の突然の言葉に箒もセシリアも怪訝そうな顔をする。だが一夏はセシリアの近くまで寄ると半ば強引に箒を押し付ける。

 

「おい、おい一夏! どういうことか説明しろ!」

「篠ノ之さんに同じく。何か策でも思いつきまして?」

 

 理由を求める箒とセシリアに一夏は策があるわけじゃないと首を横に振ると、チラリと視線を後方の福音の方に向ける。そして再度箒とセシリアの方を向く。

 

「オルコット。ここから先は全速前進、振り向くな。旅館まで一気に突っ走れ」

「織斑さん?」

 

 静かに、しかし有無を言わさない力強さを込めて伝えられた言葉から感じる言い様の無い雰囲気にセシリアが小さく眉を顰める。

 

「一夏、お前まさか……」

 

 先に察したのは箒の方だった。一夏が考えていること、それを理解したからか箒の顔は今まで以上に蒼白なものになっていた。

 

「俺が殿(しんがり)をやって福音を足止めする。その間に、二人とも逃げ切れ」

「何を馬鹿なことを!!」

 

 セシリアが声を張り上げる。

 

「自惚れないで下さい! そんなことをすれば、どうなるか分からないあなたではないでしょう!」

「だがこのままでもジリ貧だろ!」

 

 セシリアの一喝に一夏も声を大にして反論する。

 

「俺に構うな。良いから先に行け。今一番安全を確保しなきゃいけないのは箒だ。それに、もう他の連中も出張りに来ているんだろ? なぁに、逃げまわってりゃそのくらいの時間は稼げるだろうさ。別にケツまくって逃げるのが苦手ってわけでもないからな」

 

 心配など不要、そう言い聞かせるように一夏は余裕を含んだ笑みを浮かべながら言う。それを見てセシリアは口を紡ぐ。

そして僅かに瞑目し再びを目を開くと、まっすぐに一夏の目を見ながら言った。

 

「ご武運を。ですが一つだけ約束しなさい。どんなに無様でも良い、決して笑いも非難もしません。無事に、戻ってきてください」

「まぁ、善処はするよ」

「……では」

「あぁ、お前たちも気を付けて」

 

 そして一夏は飛ぶ速度を大きく落とすと同時に全身ごと後方を向き、迫ってくる福音と真正面から向かい合う形になる。

 

「オルコット! 離してくれ! 一夏が!!」

 

 飛び続けながらも腕の中で自分を振り解こうともがく箒をセシリアは力ずくで抑え込む。

 

「オルコット!!!」

「できない相談ですわ。わたくしは、彼にあなたを無事に帰還させるよう頼まれました。ただでさえ本来のミッションは失敗、この上さらにわたくしに責務の不履行をさせないでください」

「だが!!」

「彼は!!」

 

 なおも言い縋ろうとする箒を、セシリアもまた声を張って抑える。

 

「彼は、そのことも承知の上でそうすることを選んだのです。今ここでわたくし達が無事に戻ることができなければ、彼の覚悟が無駄になります。わたくしには、そんなことはできない」

「オルコット……」

 

 僅かに震えるセシリアの声、歯を食い縛っていることが分かる表情に浮かぶのは悔しさ、苛立ち、無念、そんな諸々が入り混じった感情だった。

 

「速度を上げますわ! 篠ノ之さん、通信で本部に連絡を! 後発隊の到着を急がせて下さい!! まだ間に合う、いいえ。間に合わせなければいけない!!」

「……っ、分かった」

 

 残してきた級友の事を考えつつも、二人はただ真っ直ぐに拠点への帰還を急ぐ。後方の遠く、何かが爆発するような音が断続的に聞こえてきたが、それでも二人が振り返ることは無かった。

 

「私は、なんて無力なんだ……!」

 

 通信を終え、セシリアの腕の中で箒は震えながらか細い声を絞り出す。悔しさにまみれたその声はセシリアの耳にも届いていたが、何を言うでもなくただ速度を更に上げるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、オルコットにはあぁ言ったけど、大概において殿の末路なんてものは決まってるんだよなぁ」

 

 二人が飛び去って行ったのを確認しながら一夏は自嘲気味に呟く。

誰も聞いている者は居ない。旅館にある管制本部からのものも含めて、通信は軒並み切断していた。特に管制室、姉や副担任があーだこーだと喧しくてたまらなかった。

まぁ色々言いたくなる気持ちは百も承知なのだが、自分なりに腹を括っての選択なのだ。あまりとやかくは言わないで欲しい。

 

「味方の女二人を庇って一人果敢に殿、か。ヤベーよオイ。今の俺最高に決まってるぜ。見た目どころかメンタルまでイケメンとか、時代は俺に傾いたか」

 

 こんな軽口が自然と口を突いて出るのは、きっとどこかで張りつめたものがあるからなのだろう。だが、これから挑む状況を考えればこのくらいの精神状態の方が丁度いい。

ふうっと軽く息を吐くと、一夏は浮かべていた笑みを消して鋭い眼差しで真正面を見つめる。

 

(さて、一体どう転ぶやら。まぁ、よしんばくたばったとしても、きっと世はことも無し、いつも通りに進むんだろうけど――)

 

 覚悟はできている。自分で選んだ結果だ。例えこの場が自分の命運尽きる場であったとしても、一切の文句は言わない。どれだけ足掻こうが、最後に訪れる結果だけは甘んじて受け入れる、そう三年前に決めたのだ。唯一それが、かつての出来事へのけじめのつけ方だと思う故にだ。

 

「けど、まだ未練はあるんだよ」

 

 姉、師、弾に数馬の二人の親友、互いに切磋琢磨を誓い合った学園の級友達、まだまだ彼ら彼女らと共に過ごしたいし、一緒にやりたいことだって山とある。

 

「だから、お前を叩き落とすその時まで盛大に足掻かせて貰うぞ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)ッッ!!」

 

 ついにハイパーセンサーに頼らない肉眼でも視認できる程に迫り、交戦の意思を示すように背中の両翼を大きく開いた福音へ向けて一夏は吼えた。

蒼月の刀身が高周波振動の嘶きを上げ、奔る熱線は紫電を散らす。長く時間を掛けるつもりは無い。増援が間に合おうが間に合わなかろうがどうでも良い。短期決戦、一気に片を付ける。

 

「行くぞぉおおおおおおおお!!!!」

 

 雄叫びと共に真っ向から福音への吶喊を敢行した。

迎え撃つ福音が放つ光弾の雨、かわす素振りなど一切見せず、ただ我武者羅に切り払っていき、刃が届く範囲まで己を近づかせようとする。その最中にも捌き切れなかった光弾が各所に当たっていき、シールドを削り、装甲を砕く。

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ、結局このザマか……」

 

 小島と言うこともできない、たまたま海面から顔を覗かせただけだろう小さな岩礁に立ちながら一夏は呟く。

既にシールドの残量は一割を切った雀の涙、装甲の各所は砕け焦げ付き、機動性の要であるスラスターもほとんど使い物にならない。

蒼月も刃から輝きを失い、高周波振動機構も切れた、ただ少しばかり他の刀剣型武装より威力がマシなだけの平凡な刀に成り下がった。

 切っ先を岩に突き立て、刀を杖のようにして立ち続ける自身の姿に、一夏は何気なくクラス対抗戦での簪との試合を思い出す。そういえば、結局あの時の借りを返していなかったなと思いつつも、今更なことかと小さく笑う。

 

「まったく、何が暴走機体だよ。下手に人が動かすよか強いだろ、アレ」

 

 見上げれば太陽を背にして福音が宙に佇んでいる。フルフェイスのヘウメットのような頭部装甲からは、その中にあるだろう人の顔を窺い知ることはできない。見えるのは、ただ無機質にこちらを見下ろす鋼鉄の頭部だけだ。

ゆっくりと、福音が両翼を広げる。もう見慣れた動きだ。止めを刺しに来るのだろう。銀の鐘(シルバー・ベル)、計三十六に至る砲門からの光弾による一斉掃射、今の状態で受ければ一溜りもないことは誰が見ても明らかだ。

 

「……良いぜ、来いよ」

 

 これが最期だと言うのであれば、変に足掻いて晩節を汚すのは格好がつかないだろう。ならば、最後までしかと全てを受け止める。

 

 そうして光弾の一斉射が放たれた。

 

 福音の光弾は何とも奇怪なことに、その一つ一つが羽のような形をしている。

自身に殺到する光弾、それを見ながら一夏の胸中に沸いたのはある種の感動に近いものだった。

燦然と輝く陽光の下、輝く羽が無数に降りしきる光景は宗教観念などにお世辞にも関心があるとは言えない一夏を以ってしても、思わず見事と唸りたくなるような一種の荘厳さを持っていた。

だが、その羽は自分に文字通り生命の危機を齎すものだ。実に矛盾していると言えるかもしれないが、間近に命の危険が差し迫ったこの状況で、一夏は常以上に自分が今この場に生命を持って立っていることを実感した。

 

 荘厳さと生命の脈動、二つの大きな存在の実感に紛れもなく今この瞬間、一夏の心は打ち震わされていた。

 

「は、はハ、アはハ! ハッハッハッハッハ!! アーッハッハッハッハ!!」

 

 自然と哄笑が湧いてくる。荘厳という光景に立ち会えた歓喜、生命の危機に本能が発する恐怖、今の状況が生み出す強烈な、言い表しがたい感情に一夏は血の沸き立ちを、心、あるいは魂の猛りを感じていた。

 

「俺は今、生きている……!!」

 

 至った結果は敗北だというのに不思議と充足感を感じながら、一夏の総身は爆発へと呑みこまれていった。

岩礁が砕け散り、白式が負荷限界によって強制解除されたことで身一つとなった一夏が海へと放り出される。耳朶を打つ水の音に一夏は己が海に沈みつつあることを理解し、ぼんやりと思う。

 

(悪いなぁ、姉貴、数馬、弾。あと、スンマセン師匠)

 

 最後に思ったのがこの四人なのは、やはり一夏にとって本当に特別だからだろう。こんな所で倒れる無様、果たせなかった約束、諸々への詫びの言葉がその一言に集約されていた。

そしてゆっくりと、一夏の視界は漆黒の闇に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 主人公死亡につき、次回からはタイトルを変更して「或いはこんな篠ノ之箒SAKIMORI」、ないしは「戦姫絶唱シノノギア」でお送りしたいと思います。

 



 *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

 普通に主役は一夏のままで次回以降も続きます。
さて、次回はどの辺まで書こうかなぁ。専用機軍団による福音フルボッコ大作戦と、あとは謎の精神空間での一夏のアレコレ、その辺になるのでしょうか。
 最近少し書き方を変えまして、一話あたりの分量ではなくどこまで進めるかで一話分作るようにしたら、一話あたりの量こそ減ったものの少し書きやすくなったと思います。
もう執筆活動をしてそこそこになりますが、まだまだ色々と勉強だなぁと常々思います。

 それでは、また次回に。

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