或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 あ~、なんかまた一月以上かかりまして申し訳ないです。
次こそは、次こそはもっと早く書き上げたいですね。できるできないは別として、そう思うことは大事だと思うのです。
 でも、なんだかんだで執筆活動を始めた頃に比べたらそのあたりへの意欲が落ち気味なのは否めなかったりするんですよねぇ。もう三年くらいになりますし。


第三十三話 決意の少女達、そして彼女は……

 福音迎撃作戦が失敗に終わった後の旅館、その一角では集った専用機持ち達が一様に沈痛な面持ちを浮かべていた。

単身福音の足止めを行った一夏の援護のため、待機していたシャルロット、ラウラ、鈴、簪の四名が現場に急行するも、通信切断時点で観測された交戦ポイントに到着した時には一夏も福音もその場に姿は無かった。

即座に一夏が福音に撃破され、福音は既に場を去った後ということを察したラウラの指示の下、四人は周囲一帯を捜索。そして捜索開始から20分の後、海面に浮かんだ岩礁の一つに引っかかる形で倒れ込む一夏が発見された。

 

「致命的な損傷は回避しているとのことだったな?」

「うん。気を失っているのも絶対防御の発動とダメージの過負荷によるISの強制解除、そこから来るショックが原因だろうって。火傷とかもあちこちにあるみたいだけど、そこまで酷いものじゃないみたい」

 

 一夏の容態を確認するラウラにシャルロットが答える。彼女らが居るのは一夏が寝かされている部屋の前だ。今も一夏は閉じられた襖の無効で布団に横たわり、意識を失ったままの状態にある。

 

「白式はどうなってんの?」

「倉持の人達が予備パーツとかで修復作業に入ってる。私の弐式のチームも駆り出されてるから、ほとんど総掛かり状態」

 

 損傷を負ったのは一夏だけではない。むしろ彼が纏っていた白式の方が傷は深いと言える。気になった鈴に一夏と同じく倉持技研を専用機の開発元とする簪が答える。

 

 ドン――

 

 不意に何かを叩くような音が廊下に響く。決して大きな音ではないが、単純な音量以上の重さが籠った音に一同が音のした方を振り向く。

 

「無様この上ないですわね……」

 

 四人から少し離れた場所でセシリアが握り拳を壁の柱に叩きつけていた。俯いた横顔には険しさがありありと浮かんでいる。

 

「任務を果たせないばかりか、味方をただ一人残して逃げることしかできないなど……! これでは、一体何のための代表候補生、何のための専用機だと言うのです……!」

 

 抑え込もうとする激情を隠し切れない言葉だ。自分の持つ肩書きへの自負が並々ならない故に、それに伴う責務を、今回の場合は任務を果たせなかった自身への憤り、それをセシリアは感じずにはいられなかった。

 

「落ち着きなさいな、セシリア。あんた、ちゃんと箒を無事にここまで連れてきたじゃない。それだけでも十分よ。それに、一夏があそこで残ったのは一夏自身が選んだこと。まぁあいつなりに覚悟は決めてたんだろうし、あんたがそこまで気負う必要もないわよ。それに――命があるだけ御の字だわ」

「凰さん……。そうですわね、申し訳ないですわ。えぇ、きっとここでわたくしがあれこれ言うことは彼の覚悟に泥を塗るようなものなのでしょう。ただ、どうしても悔しいのです」

「気持ちは分かるわよ。というか、戦わなかったあたしら四人だって結構ズッシリ来てるのよ? そもそも出撃自体できなかったんだし」

 

 飄々とした調子で言っているが、鈴の言葉には福音との戦いをモニター越しに見ることしかできなかった自分へのいら立ちが滲んでいた。残る三人も何も言わないが、浮かべた表情から各々鈴と同じような思いを抱いていることが伺えた。

 

「あと気になると言えば箒だけど――」

 

 言って鈴は閉じられた襖に目を向ける。直後、静かに襖が開き中から俯いた箒がゆっくりと出てくる。

 

「箒――」

 

 声を掛けようとする鈴だが、箒はそれを掲げた手で遮る。

 

「すまない。少し、一人にさせてくれ。気持ちを、整理したい」

 

 それだけ言うと箒は歩き去っていく。その背が見えなくなった所で、鈴は小さくため息を吐く。

 

「参ったわねぇ。ありゃかなりへこんでるわよ」

「無理もないだろう。おそらく、作戦の失敗は自分に原因があると思っているはずだ」

「あいつ結構お堅いものねぇ。思い込んだら一直線って言うか、考えが悪い方にループ入ってるかもね」

 

 どうしたものかと鈴は肩を竦める。

 

「確かに、紅椿のエネルギー切れが失敗の直接的要因になっているのは否めないのだがな……」

 

 そうラウラは言うが、言葉に箒を非難する調子は無い。だが、と前置きをして言葉は続く。

 

「失敗の要因など他にもある。そもそも三機だけでなく、残っていた我々全員も出れば確実にこのような事態は防げたはずだ。よしんば福音の撃墜が叶わなかったとして、それでも全員が無事に帰投をすることはできただろう。……あまり言いたくはないが、今回ばかりは教官の考えに疑念がつきないよ。いかに篠ノ之博士の提言を受けたからとはいえ……」

 

 腕を組みながらラウラは渋面を浮かべる。

 

「多分だけど、篠ノ之博士が居たからだと思う」

 

 クイと眼鏡の位置を整えながら簪は言う。

 

「なんていうか、上手く言えないのだけど、篠ノ之博士が変なことをしないようにある程度は妥協する必要があったんじゃないかな。現に、織斑先生だって最初は私たち全員を出すつもりだった」

「更識さん。変なこと、とは?」

 

 問うてくるセシリアに簪は答えようか一瞬逡巡する。だが言っても言わなくても変わりはないと判断したのか、再度眼鏡を持ち上げ直して続きを言う。

 

「ISの業界のあちこちで結構前から言われてることだけど、篠ノ之博士は全IS、正確にはそのコアに対して開発者としての管理権限とかを握っているのかもしれないって噂。もしもそれが本当だとしたら、きっと私たちに、正確には私たちのISに何かを仕掛けるくらいはできる」

「聞いたことがあるな。とは言え、どれだけコアを精査しようがそのような痕跡が見つかったことは無いから、まさしくただの噂話でしかなかったが」

 

 簪の話はラウラも聞き覚えがあるのか、納得するように頷く。だが、簪もそうだがラウラもそのような話の裏付けになる証拠を見たことが無い故に、自分で話していながらもどこか疑いを拭い去れない様子だ。

 

「ていうかさ、なんで篠ノ之博士があたしらにちょっかい掛けるってのよ? あのブリーフィングの様子だとあの人、あたしらのことなんてまるで眼中に無かったわよ」

「これも予想でしかないけど、博士は篠ノ之さんをかなり強く推していた。織斑くんの出撃前に言っていたこと、それが事実なら博士は篠ノ之さんを目立たせたい。だから、私たちが動くのは邪魔ってこと」

「……いやいや、いくらなんでもちょっと話がぶっとび過ぎじゃない? そんな、無茶苦茶よ」

 

 信じられないと言うように鈴は頭を振る。だが簪は眼鏡の奥で瞳に宿した怜悧な光を微塵も揺らがせない。

 

「私も、少し飛躍しすぎかなとは思ってる。けど、向こうは不世出の大天才、ゲームならパラメータがバグを起こしてるレベルの異常。ありえないことだって有り得ると思った方が良い。あと、もう一つ根拠がある」

『?』

 

 人差し指を立てて別の理由を挙げる簪に四人が揃って首を傾げる。そんな面々に向け簪は至極大真面目な顔で言った。

 

「同じ変わり者の姉を持つ妹の勘」

『……』

 

 さてどう返すべきか、あるいはツッコミを入れるべきなのだろうか。そんな風に迷う四人だった。そしてもっとも早くレスポンスを返したのは鈴だ。

 

「えーと、変わり者の姉で、妹の勘? えっと、あんたのお姉さんって確か学園の生徒会長っていう人だっけ?」

「そう。高スペックと編み物下手とチャランポランが服着て歩いてるアレ」

「いやいや、曲がりなりにも実の姉をアレ呼ばわりは無いでしょ」

「大丈夫、ただのコミュニケーション法だから」

 

 アレなどと物扱いすることのどこがコミュニケーションなのかと問い詰めたくはあるものの、この場でそれを聞くのは何となく時間の無駄になるような気がするので何も言わないことにした。

 

「……まぁ良いわ。そこはそっちの姉妹の問題だし。というか、博士がどーのも別に良いでしょ。今大事なのは、あたしたちがどうするかだと思うんだけど?」

 

 言って鈴は四人一人一人に視線を合わせていく。

 

「凰さん、わたくし達がとは言いますが、織斑先生より待機を命じられているのですよ? 何かできるなど……」

 

 一夏の回収が終わり、昏睡状態にある彼を除く専用機持ち六人に命じられたのは他の生徒達同様の待機だった。

そんなことは分かっていると鈴は吐き捨てる。

 

「分かってるわよ。あたしだって鶏じゃないのよ。言われたことくらいは覚えてるわよ。けどね、これは命令とかそういうのじゃなくて、意地の問題。別に、最初の出撃に出なかったことはもう過ぎたことだから何も言わない。織斑先生にだって文句は無い。けどね、一夏を、箒を、セシリア、あんたもよ。あたしのダチを、仲間を、傷つけた挙句ノウノウと好き勝手してて、しかももしかしたらもっとあたしのダチや仲間、知り合いを傷つけるかもしれない奴。それをほっとくなんてあたしにはできないのよ」

 

 唇の間から犬歯を覗かせ、唸るように言う鈴の言葉には福音への怒りが滲んでいた。

 

「そりゃね、暴走した福音や、運悪くそれに乗ってたアメリカのパイロットさんも可哀そうだとは思うわよ。けど、それとこれとは話が別。きっちり落とし前はつけさせるわ」

「凰さん……」

「別にみんなが行かないってならあたし一人でも行くわよ。まぁ、勝つのは厳しいでしょうけど、一発ぶん殴るくらいはできると思うわ。そしたら、さっさと引き上げれば良い話よ」

 

 そして鈴は踵を返すとそのまま歩き去ろうとする。おそらくは福音に挑むための準備でもしに行くのだろう。それを止めるべきだとセシリアは思った。だが、引き留める言葉が喉まで上がってきたのにそこから先へ進まない。どうしても言うことができなかった。

何故と自問する。そうこうしている内にも鈴は行ってしまうだろう。どうしようもできないもどかしさ、それが胸中で渦巻いていく中、ラウラの声が鈴の背に掛けられた。

 

「まぁ待て、凰。お前が行くとして、福音の現在位置の当てはあるのか? おそらく指揮所の、教官達ならば捕捉しているだろうが、まさか教官の下に命令違反の宣言をしに行くつもりもないだろう?」

「決まってるじゃない。飛んでれば、どっかしらで見つかるわよ」

 

 そんな無計画とも言える鈴の言葉にラウラはため息を吐く。その姿に鈴はムッとした表情を浮かべる。

 

「まったく、その思い切りの良さや勢いはきっとお前の長所なのだろうが、それにしても一人は無謀だ。こういう時だからこそ、仲間を頼るべきだろう。私のような、な。そうでなくては、私や私の部隊の仲間の働きが水泡に帰してしまう」

 

 その言葉に鈴が小さく目を丸くする。他の三人もどういうことなのかとラウラを見る。そんな四人の小さいながらも驚きのこもった視線が面白いのか、ラウラは得意そうに唇に笑みを浮かべながら言う。

 

「織斑の回収が終わって程なくしてからだがな、母国の部隊の者に福音の衛星での追跡を頼んでおいた。米国の新型ISの暴走はドイツとしても放ってはおけん。例えばそう、暴走した福音が日本本土に進行したとして、それで日本国内のドイツ大使館など関連施設に被害があっては大変だからな。それを防ぐために、追跡監視を頼んでおいたのだ」

「ラウラ……。まさか、あんた」

 

 探りを入れるような鈴にラウラは再度小さく笑う。

 

「ふっ、このまま何もせずに終わるというのは、私としても認めがたい所なのでな。だが、私一人で無くて良かったよ。同士が居てくれるというのは、心強い」

 

 その言葉に鈴はラウラも始めから福音の追撃に赴くつもりだったことを悟る。

 

「……いや、正直助かるってのが本音なんだけどさ。良いの? 織斑先生の、あんたの教官サマの命令に逆らうのよ?」

「そうだな、お前の言う通りだよ。実の所、私も自分で自分に驚いている部分がある」

 

 ラウラの千冬に抱く敬意は生半なものではない。IS学園には、千冬が担任を務める一組の生徒を始めとして彼女を慕う者は多いが、中でもラウラは群を抜いた慕いぶりと言えるだろう。それこそ、多少なりとも同じ学び舎の生徒として時間を過ごした生徒たちの殆どが知るくらいにはだ。

だからこそ、その千冬の命に敢えて逆らうという選択を取ったラウラに鈴は首を傾げたのだ。

 

「確かに、これが本国の軍の作戦中で上官より下された命令だというなら私はあくまで遵守しただろう。だが今はあくまで学生、教官とも教師生徒の間だ。この時点で命令の強制力は落ちる。それに、以前に私自身で考えろと言った。そして自分で考えて、こうすべきだと思ったまでだ。凰、同じだよ。倒された仲間の仇討ちもそうだ。このまま脅威を野放しにしておけないのもそうだ」

「……オッケー。んじゃ、頼りにさせて貰うわ」

 

 そして鈴とラウラはフッと微笑を交し合う。

 

「あのー、二人だけで満足してもらっちゃあ困るんだけどなー」

「仲間外れは、イヤ」

 

 どこか呆れ気味のシャルロット、そしていつも通り淡々とした調子の簪、二人の声が鈴とラウラに向けられる。

 

「正直ね、僕も友達がやられたのに回収以外できなかったってのは結構頭にきてるんだよ。それに、ここで米軍の新型を倒したとなれば僕の評かは更にアップで大満足。やるしかないね」

「まぁ、やらなきゃいけないことだし……。あとは、お姉ちゃんにドヤ顔で自慢?」

 

 間接的に自分たちも出ると意思を示したシャルロットと簪を交え、今度は四人が笑みを交し合う。そして四人は同時に残る一人、セシリアへと視線を向けた。

 

「な、なんですの……?」

「いや、あんたはどうすんのかなーって。まぁ命令違反なわけだし、無理にとは言わないけど、というか、むしろ出ない方をお勧めするけど」

 

 四人の視線を受けて狼狽え気味になるセシリアに鈴が下から覗き込むような姿勢を取りながら言う。

 

「お、お勧めしないのならばどうしてっ」

「福音ボコしたいから」

「軍人として民衆の安全は第一だ」

「満足できそうだし」

「流れ?」

 

「み、みなさん……というか更識さん、いくらなんでも流れは流石にどうかと思いますの……」

 

 即答で命令違反を犯す理由を答えた四人にセシリアは頬をひくつかせる。だが、やり取りの軽快さに反して四人がセシリアに向ける眼差しは真剣な色を帯びている。

その一つ一つを見ていき、やがてセシリアは観念したように大きなため息を吐く。

 

「はぁ、分かりましたわ。はっきり言わせて頂きますが、みなさん揃いも揃って大馬鹿ですわ」

 

 歯に衣着せぬ物言いだが、それに反論する者はいない。馬鹿なことをしている、それは当の四人が一番よく分かっているのだ。

 

「ただ、不思議ですわね。愚か者とは本来気に入らないはずなのに、不思議とそうは思えませんわ。むしろ小気味よさすらある」

 

 フッと、穏やかな微笑をセシリアは湛え、そして今度はどこか自嘲するかのような苦笑を浮かべた。

 

「そして、どうやらいつのまにかわたくしもそのバカの一員になっていたようですわね」

 

 その言葉が意味するところを察し、四人が浮かべていた笑みが深まった。

 

「えぇ、ここにわたくしセシリア・オルコットの福音追撃への参加を表明しますわ。――わたくしも、このまま虚仮にされたままでは済ませられそうにないですもの」

「よし、話は纏まったな」

「ちょい待ち。まだあるわよ」

 

 セシリアが参戦意思を表したことで話のまとめに入ろうとしたラウラを鈴が制す。

 

「まだ、箒が残ってるわ。あいつだって出ようと思えば出られる。そりゃ、確かにあたしたちに比べたら個人としての戦力はちょっと低いだろうけどさ、あいつにだって出るかどうか選ぶ権利がある。あいつの意思を確かめないのは、筋が通らないわ」

「だが、今のあいつはむしろそっとしておくべきでは……」

 

 去り際の酷く気落ちした様子の箒を案じてか、ラウラは不用意に接触するのは控えるべきだと言う。

 

「ううん。むしろそういう時だからこそ、発破をかけるべきなのよ。それに、あいつは基本クソ真面目だから下手に一人にさせとくと間違いなく考えが悪い方向にスパイラルするものって相場が決まってるのよ」

「なるほど、つまりは多少無理にでも動かして発散をさせるということか」

「発散かどうかはしらないけど、とにかくあいつの中で何かしらの割り切りをさせるべきなのよ。あたしら全員で掛かれば、福音もなんとかなるでしょ。それをその場で見れば、何かしら落ち着きはするんじゃないの?」

「分かった。では篠ノ之の意思確認をしてからの出撃としよう」

「なら言い出しっぺてのもあるけど、あたしが箒に話しに行くわ。あんたたちは先に準備しといて」

「よし、それでは……少し遅くなるがマルフタマルマルに最初の出撃を行った海岸に集合だ。くれぐれも、先生方にバレるようなヘマはしないように。では、解散」

 

 ラウラの号令で五人は一度それぞれの準備のために歩いて行く。最後に動き出したのは鈴だ。歩きはじめと同時に己に喝を入れるように両頬を自分の手で張る。

 

「さてと、あたしもチャッチャとお話しタイムと行こうかしらね」

 

 そのためにはまず箒を見つけなければならないが、おそらく割り当てられた部屋にはいないだろう。今の箒の精神状態から推察するに、どこか人気のない場所で一人で居る可能性が高い。まずは旅館内、そして外と当てはまりそうな場所をしらみつぶしに探していこうと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

(さて、篠ノ之に関しては凰の手腕を頼りにするとしよう)

 

 ラウラは部屋に戻らず、廊下の途中にある女性用トイレの個室に居た。別に用を足す必要があったからではない。ただ部屋に戻っても間違いなく同室の者達にあれこれと聞かれるだろうから、それを回避するために就寝時間までは部屋以外の場所で時間を過ごそうと思ったのだ。それに、トイレならば居てもさほど不自然ではないし、人が来てもすぐに黙るなりで対応ができる。

 

(なまじ皆、良い者が多いだけに申し訳ないな)

 

 一夏が特別任務で負傷をしたという事実は、仔細こそ除かれているものの、ほぼ全ての生徒たちが知るところとなっている。

千冬直々の説明によって事態の機密性などを知っているため、積極的に何事かを探ろうとする者は居ないだろうが、それでも聞いてくるだろうということは想像に難くない。

それも、教員ほぼ全員が緊張感に包まれたこの現状ならば仕方のないことと言える。

 

(だから、皆の不安を払拭するためにも福音は必ず倒す)

 

 小柄な手に力を込めて拳を握りしめる。眼帯に封じられていない右目に強い意志の光が宿る。

 

「さて、状況はどうなっているのか……」

 

 制服の懐からドイツから持ってきた、愛用の携帯端末を取り出す。呼び出すのは祖国の部隊に繋がる特別な回線だ。使用には色々と面倒な決まり事やら何やらがあるが、今は非常時と言える状況であるため言い分など幾らでも立つ。

 

『受諾、クラリッサ・ハルフォーフです』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ中尉だ。少尉、状況はどうなっている」

 

 通信に応じた相手、クラリッサ・ハルフォーフ少尉にラウラは素早く状況を聞く。

 

『既に衛星の使用許可は下りました。目下、福音の居場所を捜索中です』

「ご苦労。現地時刻マルフタマルマルを出撃時刻としているが、間に合いそうか?」

『おそらく9割方で間に合うでしょう。居場所以外の、確認できる情報も可能な限り間に合わせます』

「よろしく頼む」

 

 祖国の部隊では右腕であり、軍属の経験の長さとしての先輩であり、時に公私に渡って姉のように頼れるクラリッサの存在はラウラにとって巡り合えたことを常々僥倖と思っている。

今回のような急な、それも少しばかり無茶がある頼みごとにも快く応じてくれたことはラウラにとっても非常に助かることだった。

 

『上も米軍の新型に強い興味を示しています。私見ですが、何かしらの有用なデータの採取ができれば中尉の評価は上がるものと思いますが』

「フッ、そこまで野心家なつもりはないが。いずれにせよ、祖国のためになるならやれることはやるさ」

『ご武運をお祈りしています。それと、その……』

 

 それまで凛々しかったクラリッサの口調が急に言いよどむ様な調子になる。それに首を傾げながらもラウラは言葉の続きを待つ。

 

『中尉に限ってそのようなことはありえないと私は信じていますが、決してヘマの類はしない方がよろしいです、ハイ』

「無論そのつもりだが、どうしたのだ?」

『いえ、今回の案件に関してはなるべく情報の伝達を必要最低限に抑えていたのですが、いつの間にやらヴァイセンブルク少佐の耳に入っていたらしく。それで少佐から中尉に言伝がありました。曰く、「ドイツの名に泥を塗るような真似をしでかしたら覚悟しておけ」と』

「なん……だと……!」

 

 クラリッサから伝えられた内容にラウラの顔に戦慄に近い色が浮かぶ。クラリッサの言葉の中に出てきた人物は、ラウラにとってそれだけの意味を持つ者なのだ。

エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク。それが件の人物の本名である。ドイツ連邦軍少佐、ドイツ国内のIS乗りとしては最古参であり、大口径の砲を始めとした重火器を巧みに操る実力は一線を退き後進の育成に従事する今もなお微塵の衰えを見せず、現在の世界全体を見渡しても最上級。早い話がドイツ版織斑千冬である。

しかしながらラウラが戦慄し、クラリッサがややビビり気味になる理由。それはエデルトルートが自他共に非常に、それこそ下手をすれば千冬以上に厳しい女傑を超えた超女傑と言える人物だからだ。

 ラウラもクラリッサも共に将来のドイツIS乗りを背負って立つことを嘱望される有望株である。そうして歩む中でエデルトルートの指導も受けたのだが、その期間のことは今も思い出すだけで苦い顔をしたくなるほどに厳しいものであった。千冬の期間限定の訓練もそれはそれで厳しかったが、それでも耐え抜けたのはそれ以上に厳しい経験をしていたからに他ならない。

 

『確かそちらの夏休み頃に、一度報告やレーゲンの調整も兼ねて一時帰国をされるご予定でしたね? もしも万が一のことになったら、夏は色々な意味で熱くなりそうかと……』

「う、うむ。そうだな、肝に銘じておこう」

 

 声に緊張を隠し切れないのがラウラ自身分かった。使命感もあるが、下手をすればそれ以上に気を抜けない理由ができてしまった。もしもクラリッサの言う通りに不手際を晒すようなことをしでかしたら、今年の祖国で過ごす夏は轟音と熱波をまき散らす砲火に晒されることになるだろう。さすがにそれは御免こうむりたい。

 

「と、とにかくだ。分かったことがあったら頼むぞ。そちらが齎してくれる情報が、作戦の成否に大きく関わるのだ」

『承知しました。隊長もお気を付けて』

 

 そして端末での通話を切ったラウラはふぅ、と軽く息を吐くと天井を仰ぐ。

 

(このようなことを考えるのは不謹慎だと分かっているのだが……)

 

 そう、分かっているのだが言わずにはいられなかった。

 

「福音、弱ってると良いなぁ……」

 

 後々のことを考えるとそう思わずにはいられないラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな展開になるなんてねぇ」

 

 廊下の一角で窓から夜空を眺めながらシャルロットは一人呟く。

 

「ま、織斑くんには悪いけど、せっかくの機会だからね。存分に使わせてもらうよ」

 

 もちろん敵討ちのつもりもある。だが、米軍が開発した新型の性能を間近で得ることができるというのはそれだけでシャルロットに参戦の意思を固めさせるには十分だった。

だがこれは場合によっては命を掛けなければならない実戦、それなりにリスクも存在している。それを踏まえた上で、シャルロットは是とした。

 

(世の中そんなに美味しい話はないからねぇ。それに、少しはリスクがある方が緊張できる)

 

 元々は母を亡くしてから身を立てるために飛び込んだIS乗りの道だが、適正のことも含めて案外自分に合っているのではないかとこの頃思うようになってきた。

 

「とりあえずは、良かれと思って会社に貢献しとこうかなぁ。特別手当とか出たら大満足なんだけど……」

 

 そんな自分でも俗物的だと思わず苦笑してしまうようなことを呟いて、シャルロットは不意に背後に感じた気配に静かに後ろを向いた。

 

「あれ? オルコットさん?」

「デュノアさん……」

 

 立っていたのはセシリアだった。一度別れる前とは違い、纏う雰囲気はだいぶ落ち着いたものになっていた。

 

「気分は、だいぶ落ち着いたみたいだね」

「えぇ、お恥ずかしい所をお見せしましたわ。あのように激してしまうなど……」

「ううん、僕も気持ちは分かるから。うん、仕方ないよ」

「ありがとうございます」

 

 そのまま二人は並んで立って夜空に視線を向ける。

 

「デュノアさんは、なぜ追撃に参加を?」

 

 先に言葉を発したのはセシリアだ。投げかけられた問いに、シャルロットは考えるように小首を傾げてから答える。

 

「う~ん、概ねはラウラと一緒かなぁ。放っておけないっていうのもあるし、織斑くんの敵討ちや、あとはちょっと我儘みたいだけど、このまま何もしないでいるっていうことへの抵抗とか。そんなところかな」

 

 データを取って会社に云々は言わないでおく。あるいは既に察せられているかもしれない。何せ追撃に参加するメンバーは現状では分からない箒と、昏睡中の一夏を除けば全員が祖国の候補生。ISに関わることで祖国の利になる行動ならば積極的に取って然るべき立場だ。

米国という、ISの登場による国際社会の大きな動きを経ても依然世界最大級の国家としての威容を誇る国が作った新型のデータなど、取れる機会があるならば取ってしまうに越したことはない。どうせ、全員がその辺りの考えを候補生としての思考が多少なりとも巡らせているのだ。言っても言わなくても、特に変わりはしない。

 

「そう、ですわね。えぇ、それはきっと間違っていないのでしょう。ただ、やはりわたくしは……」

「意地とか、プライド?」

 

 セシリアが福音の追撃を志す理由、その内の最も強いだろう理由をシャルロットは察する。そしてドンピシャリに正解だったのか、セシリアは恥ずかしそうに曖昧な笑みを浮かべる。

 

「もちろん、倒れた織斑さんの敵討ちや、候補生として他の皆を危険から守る責務なども強く感じていますわ。ただ、それでもわたくしは、わたくし自身の雪辱を果たしたい……」

 

 本当に自分勝手と自嘲気味に呟くセシリアを、シャルロットは静かに見つめる。

 

「別に、それでも良いんじゃないのかな?」

「え?」

 

 思いもよらなかったシャルロットの肯定の言葉に一瞬セシリアは呆けたような顔をする。

 

「僕は、オルコットさんのような理由、考え方だって全然間違っていないと思うよ。というよりも、僕もそうだしラウラや凰さん、更識さんもきっとそうだと思うんだけど、そもそも僕らは最初出撃さえできなかったんだから。それだけでも僕らにとっては色々思う所があるからね。この作戦だって、そのモヤモヤを解消するためっていうのが結構僕の中では大きいし。

それに、オルコットさんはきっとそういう自分の不手際とか放っておけないでしょ? だから、まずはそれをスッキリさせるのを優先した方が良いと思うんだ。まず自分自身をしっかりさせてから、守るとか敵討ちとかは、それからでも良いと思うよ。少なくとも、この作戦だって五人は出るのが決まってるんだから。カバーしあえば何とかなるよ」

「デュノアさん……。えぇ、そうですわね。その通り……。まずはわたくし自身がしっかりせねば。そうでないのに守る、仇を討つなど、おこがましいですものね」

 

 胸の前に両手を運び、自分自身に言い聞かせるようにセシリアは静かに言う。そして再びシャルロットに視線を向ける。澄んだ瞳の奥に、強い闘志の炎が滾っているのがシャルロットには見えたような気がした。

 

「勝ちましょう、デュノアさん。必ず」

「……うん」

 

 改めて決意を表明するセシリアにシャルロットもまた静かに、しかし力を込めて頷き返した。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 廊下を歩きながら簪はカチカチと打鉄の待機形態の指輪を弄ぶ。生来の性分と言うべきか、このような静かな空間で一人で居るというのが彼女にとっては心地よかった。

 

(福音、どうしよ)

 

 考えるのはこれから戦うことになるだろうISについてだ。数の上では間違いなくこちらが優位なのだが、決して楽観視することはできない。

 

(けど、やるしかない)

 

 候補生の肩書は決して伊達ではない。あまり感情を表に出すことが少ないという自覚はあるが、それなりに意地やプライドだって持ち合わせているのだ。

 

(ちょっと、見ていこうかな……)

 

 特別何か用があるというわけではないが、何となく思い立ったので簪は一夏が寝ている部屋へと向かうことにした。

本当に何も理由など無いのだが、強いて何か理由を付けるとしたら敗れ、倒れた彼の姿を見ることで自分自身を引き締めさせるといったところだろうか。

そうして部屋の前に差し掛かった簪は意外な人物と鉢合わせをすることになる。

 

「おや、このような場所でとは意外ですね」

「川崎さん」

 

 倉持技研において白式のサポートチームのリーザーを務めている技術者、川崎である。簪自身、打鉄の制作にあたって彼には何度か世話になったことがあるので互いにそれなりに見知った間柄ではある。

 

「川崎さんは、どうしてここに?」

「いえ、白式の応急処置がひとまず終了したので織斑さんの下に戻そうと。これ以上となると最低でもIS学園の整備課に準じる設備が必要ですからね。――更識さんは何故? 確か全生徒に自室待機が言い渡されていると聞いていますが」

「ちょっと彼の様子を見に」

 

 涼しい顔でそう答える。川崎も特に疑問に思うことはないのか、そうですかとだけ言って部屋の襖を開ける。開いた襖の奥、部屋の中では依然として一夏が眠っている。

川崎は静かに彼の傍まで歩み寄ると、懐から取り出した待機形態の白式である腕輪を一夏の腕に取り付ける。

 

「これでよし、と」

 

 その光景を簪は川崎の一歩後ろで立ったまま眺めている。川崎も白式を一夏に付け直した以上はやることもなくなったのか、すぐに立ち上がる。

 

「詳細は我々にも伏せられていますが、いずれにせよ彼が無事で良かったですよ。機械は壊れてもまだ修理が効きますが、人命はそうはいかない」

 

 眠る一夏を見下ろしながら川崎は言う。

 

「更識さんも、これからIS乗りとしてご活躍をなさっていく中で時には大きな危険に晒されることもあるかもしれません。その時は、まずご自身を優先して下さい。ISなんていくらでも壊しても構いませんから」

「少し、意外ですね……」

 

 それは簪の本音だった。川崎は紛れもない技術者だ。本人は謙遜をよくするが、少なくとも簪の目では一流と言っても良いレベルの腕前の持ち主だと思う。

そんな彼にとって自身が手掛けたISは彼にとって誇るべき作品と言えるもののはずだ。それを壊してしまっても良いなどと。

 

「確かに、何も思わないと言えば嘘になりますよ」

 

 簪の考えを察したのか、川崎は静かな口調で語り出す。

 

「自分が持つ技術を結集して作り上げた代物です。壊れて、何も思わないはずがない。ですが、それ以上に優先すべきことがあるというだけです。ISは確かに強力です。ですが、その機能が十全で無くなった時、乗り手に降り掛かる危険はあるいは戦車や戦闘機のような他の兵器を上回りかねない。だからこそ、最優先すべきは人命とその安全なのです。

勿論、世の中にはそうした部分を度外視して、ただひたすらに技術や性能の追及を求める技術者も居るでしょう。そうした人たちを否定する気はありませんし、一技術者として共感を覚える部分もあります。ただ、そういう人たちはいわゆるマッドというやつでして。私も、流石にそう呼ばれるのは勘弁願いたいですかね」

 

 最後の方だけ苦笑気味に言って、川崎は部屋を出ようとする。怪我人が寝ている部屋にいつまでも居るのもあまり良くないと思い、簪もそれに続いて部屋を出ようとする。

 

「では、私はこちらなので」

「あ、はい」

 

 部屋を出た時点で簪と川崎は向かう先が別々であるため、そのまま二人は別れようとする。だが歩き出す前に再び川崎が簪の方を向く。

 

「余計なお節介になるかもしれませんが、最後に一つだけ。更識さん、決してご無理はなさらないように。ご武運を」

「えっ……!」

「あぁ、特に教員の方々に言うつもりもありませんのでご安心を。それでは」

 

 そう言って悠々とした足取りで去っていく川崎を簪は呆然と見つめる。

 

「バレて、いたんだ……」

 

 そうして自分が一本取られたことを悟り僅かに頬を膨らませるも、すぐにいつも通りの表情に戻る。激励まで掛けられた以上は確実に任務を成功させなければならない。

僅かに拳を握ると、眼鏡の奥に怜悧な光を宿らせて簪は再び廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「お、見ーつけた」

「凰……」

 

 鈴が箒を見つけたのは探し始めてから30分ほど経ってからだ。旅館の中をくまなく、教師陣にばれないように配慮したうえで探してはみたものの見つからなかったため、今度は外に捜索の足を向けたのだが、そうしたら予想外に早く見つけることができた。

旅館の入り口を出てほんの数分歩いた、樹木が何本か生えているだけの広場に箒の姿はあった。

 

「随分と浮かない顔してるじゃない。出撃前のシャンとした顔はどうしたのよ」

「すまないな。今は、そんな気分にはなれなさそうだ」

 

 憂いを帯びた箒の表情を茶化すように鈴は言葉を掛けるも、箒は力の無い笑いを浮かべるだけでそれ以上を言おうとしない。それを見て鈴は瞬時に箒の心理状態が中々に良くないモノであることを悟る。

 

「ま、気持ちは分からないでもないけどさ。ただ、これはみんなの共通意見だけど、別にあんたを責めるつもりは毛頭無いわよ。元々無理はあったようなもんだし、言っちゃなんだけどあんたのキャリアを鑑みてもしょうがないとは言える」

「ありがとう……。あぁ、そうだな。本当にそうだよ。私は、本当に弱い……」

 

 励まそうとしてみるもすっかり思考がネガティブな方向に行っている状況に鈴はどうしたものかと内心で頭を抱える。数秒、互いに言葉を発さない沈黙が続いて、先に口を開いたのは意外にも箒の方だった。

 

「なぁ凰。前にお前は、すぐに気付いただろう? 私が一夏に惚れていると」

「え? あぁ、そういえばそうだったわね」

 

 確か編入してすぐの頃だったかと鈴は記憶を掘り返す。

 

「姉さんが誕生日にという理由でISを用意してくれた。拒否はできたんだよ。でもしなかった。むしろ渡りに船とも思ってしまった。結局、そこだったんだよ。ただ、一夏に私を見て欲しかった。

IS学園で再会したのは、だいたい六年ぶりくらいだったかな。随分と変わっていて、昔以上に武道にのめり込んでいた。だからそれでだったら見てくれるかと思ったけど、私は力が足りていなさすぎた。罰、なのかもしれないな。未熟は分かっている。だから素直に自分を鍛えれば良いのに、安易な道具に頼ってしまった」

「紅椿のことはこの際置いておくとしてよ。結構脈はあるんじゃないの? あんた、この前のトーナメントで一夏に一撃当てたじゃない。あれ、結構驚いてる子が多かったんだから。あたしだってそうだし」

「……」

 

 鈴としては自信を持たせるつもりで言った言葉だった。だがその予想に反して箒の表情には更に影が射す。

 

「トーナメント、そうだな。トーナメント、そこなんだよ」

「どういうこと?」

「分からなくなっているんだ、何もかも。一夏のこともそう。私自身のことすらもだ。トーナメントのあの日、直接戦ったからこそ感じた違和感のようなもの。それがどんどんどんどん広がって。おかしいな、あんなに何年も私の中にあったはずの一夏が好きだという心すらもあやふやになって。私自身どうしたらいいか分からなくて。

それでも、それでもだ。この紅椿でせめて一夏と肩を並べられれば何とかなるかもしれないって思って。でもできなくて。何のために私は姉さんからこれを受け取ったのかも、もうどうしたら良いか……。分からないんだ……」

 

 声を震わせながら箒は膝を抱え、組んだ腕の中に顔をうずめる。全身が小刻みに震えている。その姿を鈴は痛ましそうな表情で見つめる。何とかしたいとは思う。だが、どんな言葉を掛ければいいのかがすぐに思いつかない。それでも、何かを言わないことには始まらない。

 

「あんたは、抱え込み過ぎなのよ」

 

 最初の一言は率直に感じたことだ。

 

「あたしも、あんたの境遇は一応話としては知っている。気持ちは分かる、なんてのはとても言えないけど、それでもあんたもあんたでかなりしんどかったってことだけは理解できてるつもり。

それでIS学園に来て、一夏に会って、でもあいつが変わってて動揺して、お姉さんにISに福音にって一杯あって。あんたは誰が見ても分かる真面目なやつよ。あたしはあんたのそういう所、嫌いじゃないしむしろ好きな方よ。でも、それのせいであんたは自分の身に掛かってることを真正面に受け止めすぎて、今こうして悩んでる。だから、抱え込み過ぎる」

 

 もしかしたらとんでもない勘違いをしているのではないかと思いつつも、一度放たれた言葉は止まることなく口から紡がれていく。

 

「あたしはあんたとは違う人間だからこれが正しいなんてやり方を教えることはできない。けど、もしもあたしがあんたのように色々一杯あったら。あたしだったら、一度全部ぶん投げるわ」

「凰……?」

「なんかやっと本題入れたって感じだけどね。あたしがここに来たのはあんたの意思を確認したいから。あんた以外の専用機持ち、あたしも含めて全員福音を追撃することにしたわ」

「それは、先生たちの指示か?」

 

 その問いに鈴は首を横に振って自分たちが勝手に決めたことだと言う。

 

「そ、それはいくらなんでも!」

「セシリアも最初はそんな反応だったし、まぁあたしらみんな揃って馬鹿なことしてるなーって自覚はあるわよ。けど、先生の指示だからハイそうですかって指咥えて視てるって気にもなれないのよね。どうにも我慢ができなくってさ」

 

 そこで鈴は一度言葉を切ってズイと自分の顔を箒の顔に近づける。

 

「さっきの言葉であんたが抱えてる悩みとか色々分かったわ。その上でちょいと無理なお願いするようだけど、まずはそれ全部脇に置いといて無視して。それで答えて。あんたはどうしたい?」

「ど、どうしたいとは……」

「福音、倒したいかどうかよ。あんたがこのままで良いのかどうか、聞かせて」

「そ、それは……できることなら……」

「できるかどうかじゃない。したいかしたくないかよ」

 

 イエスかノーか、聞きたいのはそれだけだと言う。じっと自分を見つめてくる鈴の眼差しの真っ直ぐさに箒は何かを言いかけるように数度口元を震わせる。

 

「倒し、たい……」

 

 そしてようやく発せられた言葉は微かで、そして震えてもいた。だが、確かな箒自身の意思が込められていた。

 

「オッケー。それで良いのよ」

 

 満足げに鈴は鷹揚に頷く。

 

「まぁ何? 色々あって大変かもしれないわよ。ただ、これはあくまであたしのやり方だけど、別に一度に相手しなくっても良いんじゃないの? 一つずつ、ゆっくりやってきなさいよ。一夏がどうとか、あんたがどうとかは一先ず置いといて。あんたにとっても心残りだった福音、あんたは倒したいって思ったんでしょ? だったら、まずはそれをどうにかするのに力を入れれば良いと思うのよ」

 

 ポンと鈴は箒の肩を軽く叩く。

 

「大丈夫よ。あんたならちゃんと全部やっていける。いざとなったら周りに頼れば良い。少なくとも、あたしはあんたの力になってやりたいって思う。他の連中だってきっとそうだと思うわ。だから、もう自分をどうこう思うのはよしなさい」

「……」

 

 その言葉に箒は再び顔を伏せて体を震わせる。伏せた顔から何かが落ち、地面に落ちたそれはポツポツと濡れ跡の点を作っていく。それに鈴は気付かないわけではな無かったが、あえて何も見ていない振りをして、ただ黙って箒の肩を優しくさすり続けていた。

 

 

 

 

「……すまない、みっともない所を見せた」

「んー? 何のこと? あたしはな~んにも見ちゃいないけど?」

 

 ひとしきり落ち着いた箒がどこか恥じるような様子で言うが、鈴は素知らぬ態度を取り続ける。その姿に箒は何かを言いかけるが、結局言わずにそのまま呑みこむ。

 

「まぁとにかくよ。落ち着いたなら早いとこ戻りましょ。一応今夜の二時に出るって予定だから。それまでにあんたも休んどきなさい」

「あ、あぁ。その、凰。すまない、いや、ありがとう……」

「……別に良いわよ。ただ、あたしが人の落ち込んでるのを見るのがあんまり好きじゃないって話だし。それよりもしっかり気合い入れ直しときなさい。次は、勝つんでしょ?」

「あぁ、無論だ」

 

 いつも通りの落ち着いた口調に箒がだいぶ調子を戻したこと悟り、鈴は小さく頷くとそのままスタスタと旅館の方へ戻ろうとする。その後を追って歩き出そうとする箒だが、歩き出してすぐに不意に足を止めた鈴に、自身もまた足を止めて首を傾げる。

 

「凰?」

「あー、そのさっきの一夏云々の話だけどさ。いや、見てて思ったんだけどあんたちょっと押しが弱くない?」

「え?」

「いやだからさ。もうちょい肉食系で行けば、あいつだって男子なんだからイチコロだと思うんだけど」

「ま、待て凰。どういうことだ。まるで意味が分からないぞ」

「だーかーらー、つまりはよ!」

 

 業を煮やしたように鈴は振り返ると大股で箒に近づく。

 

「そのデカいの使って落とせって言ってんのよ!」

「ひゃう!?」

 

 箒に近づいた鈴は迷うことなく両手を伸ばすと、制服の上からはっきりと自己主張をしている箒の胸を鷲掴みにする。突然のことに困惑する箒を余所に、鈴は両手に伝わる感触にあからさまに眉を顰めていく。

 

「あー、あんたのことを嫌いじゃないのは本心だけど、やっぱこの胸だけはどうにもねー。同い年でなんでこんなにも差が出るのよチクショー」

 

 箒の胸から手を離した鈴は視線を落とし自分の体に目をやり、そして大きくため息を吐く。

 

「あ、あの、凰」

「ストップ。肩こりがーとか街で視線がーだとか大きいは大きいで大変だーだとか、そんなナメたこと言ったらはっ倒すわよ」

「うっ……」

 

 今まさに言おうとしていたことを先回りで封じられた箒は言葉に詰まる。それを見て鈴は更に大きくため息を吐く。

 

「まぁそれはあんたやあたし個人の問題ね。今は一夏の方よ。まぁ多分大丈夫だろうけど、念のため確認でもしてみましょうかね」

「確認?」

「そう。あいつがあんたの胸に反応するかどうかよ。もっと言えば好みかどうか」

「だ、だがあいつは同室の時には特にどうということは無かったのだが」

「そりゃアレよ。意識してそうしてたんでしょ。女の園に男一人、考えてみりゃ気苦労多そうだし。あいつ、そこらへんはだいぶガッチリしているからね」

 

 言いながら鈴は携帯電話を取り出しアドレス帳を開く。

 

「確認と言うが、誰に確認するつもりだ?」

「クラス対抗戦のちょっと後に話さなかったっけ? あいつのダチ、その一人よ」

 

 言って鈴が見せた携帯の画面には『御手洗 数馬』と記されていた。

 

 

 

『え? 一夏の好みの胸? あいつ胸の大きさは気にしないよ? というかアイツ、太もも派だし』

「なん……ですって……?」

 

 

 スピーカー機能で箒にも聞こえるようになっている電話口、そこから届いた数馬の言葉は二人の予想の斜め上を行くものだった。

 

『まぁ大きいに越したことはないだろうけど、そこまで気にするほどでもないと思うよ。あいつの好きなタイプの片割れはB72だし』

「あ、そ、そうなの」

 

 本来ならばキャラと言うべきところを敢えてタイプと表現するあたり彼の友人への配慮が出ているが、幸いにもそれは効果を発揮していたらしい。あるいは単に受けた衝撃に思考が麻痺しているだけなのかもしれないが。

 

『更に重ねて言うなら、あいつは割と年上が好みな方らしいね。でも千冬さんとは違う、こう、包容力とか穏やかさとか柔らかい感じ? が良いのかな? この前に会った時だけど、俺がやってたソシャゲ見てて「やっぱ25歳児最強に可愛いでファイナルアンサーだよな」とか言ってたし』

「ゴメン何言ってるか分からない」

『うん、それが良いと思うね』

 

 そのまま二言三言、言葉を交わして鈴は通話を切る。役目を終えた携帯を制服の懐にしまい、鈴は箒と顔を見合わせる。

 

「なんか、すんごく予想外だったんだけど」

「それはこっちの台詞だよ」

「この話、無かったことにしましょ」

「そうだな」

 

 互いに納得させるように頷くと、そのまま何事も無かったかのように歩き出していった。

 

 

 

 

「凰」

「ん? なに?」

 

 歩きながら箒が声を掛ける。

 

「その、だな……。いや、何でもない」

「何よ、もったいぶらずに言いなさいよ」

「いや、言うつもりだよ。だけど、皆が居る時に言う。正直、どこまでやれるかは分からないが、頑張るつもりだ」

「そう、じゃあ頑張りなさいな」

 

 そう言って、鈴は口元に微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 そして時間は過ぎていき、時刻は午前二時前となる。既にほぼ全ての生徒たちが寝静まっている中、一夏を除く六人の専用機持ち達の姿は旅館から離れた海岸近くにあった。

 

「全員、揃ったようだな。念のため確認しておくが、先生方に見つかるようなヘマはしていないだろうな?」

 

 無論そんなことはあるわけないのだが、一応として確認を取るラウラに全員が大丈夫だと言うように頷く。

 

「よろしい。では、作戦に移るとする。先刻、母国の衛星が太平洋上の福音の姿を確認した。それぞれのISに座標を送るから確認してほしい」

 

 言うと同時にラウラは五人のISに部隊の仲間から受け取った情報を転送する。情報を受け取った五人はそれぞれその内容を確認していく。

 

「ここから、おおよそ40分の飛行と言ったところか。そこで滞空中らしい。おそらくは昼間の戦闘のダメージなどを回復させているのだろう。つまり、今現在やつは消耗しているということだ。この機会、逃す手は無い」

 

 そしてラウラは全員の顔を見回す。

 

「改めて言っておくが、この行動は明らかな命令違反だ。よしんば福音の撃墜に成功したとして、我々は少なくとも教官のお叱りを避けることはできないだろう。そこで一つ、やっておいてもらわねばならないことがある」

 

 出撃直前になってのこの言葉に六人が一様に頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「各員、叱責を受けた時の言い訳を考えておくように」

 

 その言葉に六人は一度目を丸くし、そして揃って噴き出す。

 

「プッ、ククッ。言い訳って、ラウラったら」

「正直、言い訳程度で千冬さんがどうこうしてくれるなんて可能性は薄いけどねぇ」

 

 シャルロットはラウラの予想だにしなかった言葉が面白く、鈴は言い訳程度で千冬が許してくれるわけないと肩を竦める。

そんな二人の言葉はラウラ自身も尤もだと思っているらしく、同じように苦笑をする。

 

「では皆さん、そろそろ参りましょうか」

 

 セシリアの言葉に従って皆が海岸に向けて歩き出す。

 

「あ、あの。ちょっと良いか」

 

 歩き出してすぐに発せられた箒の言葉に全員が足を止めて箒を見る。

 

「どうした、篠ノ之」

 

 代表して尋ねるラウラに、箒は目を閉じながら二、三度自分を落ち着かせるように深呼吸をすると閉じていた目を開く。

 

「正直な所、まだ不安もある。確かに私の紅椿は性能は高いかもしれない。だが、私が弱い。今も、私がみんなの足手まといになってしまうのではないかと怖くもある」

「箒……」

 

 鈴が案ずるように箒に歩み寄ろうとするが、それを箒は手で制す。

 

「それでも、私は自分の意思でここに来ると決めた。そして行く以上は勝ちたい。だから――」

 

 そこで箒は深く腰を折って頭を下げる。

 

「こんなことを言うのはおこがましいと分かっている。だけど、一夏のために、旅館に居るみんなのために、ここに居るみんなのために、勝ちたいから、力を貸して欲しい。そして、こんな私でも、みんなの力にならせてくれ」

 

 その姿を皆が静かに見つめていた。箒は依然として頭を下げたままだ。頭を下げているために他の者達には見えていないが、目は固く閉じられ口元も真一文字に引き締められている。どのような言葉が返ってくるのか、あるいは思い上がるなと言われるかもしれない。覚悟はしているが、そのことが箒には怖かった。

 

「何を当たり前のことを言っているんだ」

 

 最初に口を開いたのはラウラだった。その声音は穏やかで、確かな優しさがあった。

 

「これは集団、チームでの戦いだ。皆で力を合わせるのは当然だ。無論、私たちはお前を助けるつもりだし、お前の力も頼りにさせてもらうつもりだよ。私たちは、仲間なのだから」

「そうそう。それに篠ノ之さん、自分ではそう言ってるけどさ。僕の見立てだったらセンスは中々のものだと思うんだよ。それに紅椿もある。実を言うとね、僕は出番取られるんじゃないかってちょっとヒヤヒヤしているんだよ?」

 

 ラウラに続けてシャルロットが言う。

 

「必要なのはあなた自身の意思です。あなたにそうしたいと強く思う心があるのであれば、それ以上を求めることはしませんわ」

「私の見立てでは戦力的には優位。だから、変に気負わないで思いきりやれば良いと思う」

 

 セシリアと簪も先の二人に続く。

 

「みんな……」

 

 四人の言葉に頭を上げた箒はどこか信じられないといった面持で見回す。

 

「言ったでしょ。あんたが必要とすればみんな手を貸してくれる。ラウラも言ったじゃない。あたしたちは、仲間よ」

「凰……」

 

 ゆっくりと箒に歩み寄った鈴はポンと箒の背を軽く叩く。

 

「さ、行きましょ。福音、ぶっ倒すわよ」

「……あぁ!」

 

 既に箒の瞳に不安も惑いも無かった。あるのはただ一つ、福音の打倒に燃える闘志のみ。それを見て皆が満足げに頷き、海岸へと歩いて行く。

 

 程なくして着いた海岸から見える景色は昼間とは大きく違っていた。都会から大きく離れているためか夜空には満天の星空が広がっており、海が波打つ音も相俟って趣のある空間を広々と作り出していた。

 

「ブルー・ティアーズ!」

「甲龍!」

「ラファール!」

「シュヴァルツェア・レーゲン!」

「打鉄弐式!」

「紅椿!」

 

 各々が己の愛機の名を呼び展開、その身に纏う。

 

「行くぞ、出撃!!」

 

 ラウラの号令の下、六機のISが一斉に夜空へ向けて飛び立つ。ここに福音追撃戦の幕が人知れず静かに開いた。

 

 

 

 

 




 少しばかりではありますが、箒にとっては優しい感じになったかと思います。
ここから彼女もきっちり活躍させられるようにしたいですね。同時にキャラとしての方向が変な向きに進みそうでもありますが。こう、目立たせようとキャラを濃くしてみようとしたら変な結果になった的な感じで。なるべくそうはならないようにしたいですが。

 他にもいくつか書きますと、ラウラとクラリッサの会話に出てきた上官さんは名前だけですが前にも出したことがあります。多分覚えている方などかなり少ないと思いますがね~。
 そして鈴と箒のやり取りの最後の方で出てきた数馬クン。彼には今回ネタ振り担当ということで出演して頂きました。というか、原作見てても何だかんだで姉とかそういうの抜きに一夏は年上の方が好みなんじゃないかと思ったり。

 ひとまず今回はここまでで、次の話もなるべく早くお送りできるように頑張りたいです、ハイ。
次は、精神と時の部屋もどきみたいな空間での一夏と謎の存在の会話的なアレですかねぇ。

 それでは、また次回に

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