或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 いやぁ、マイパソで、自室で、時間を気にせず、書いていたらこんなに早く仕上がりました。
一週間足らずですよ。もう自分自身驚きです。

 さて今回も一夏パート。多分一夏パート終わるの次回あたりじゃないですかねぇ。
今回は書きたかったところでもあるしノリに任せていたのもあるとはいえ、ついにやったよ感もあります。
そこに関しては、広いお心でご容赦頂ければと思います。
 では


第三十五話 原点への回帰、剣鬼再誕

 実のところ、切りかかってすぐに一夏は少し逸り過ぎたかと思いもしたのだ。

勢いに任せて勝負に挑んだは良いものの、相手の騎士は、騎士と言えば騎士なのだがその見た目はよくよくしっかり見てみれば完全にISのソレだ。

ISに生身で挑むことなどまさしく愚の骨頂、よしんば卓越した力量で善戦したとしても、できるとしたら精々死なないようにしつつの時間稼ぎくらいだろう。無論、周辺環境などの条件も整えた上でだ。

だからこそ切りかかりながら一抹の不安も感じてはいたのだが、それは刃を交し合ってすぐに杞憂と消えた。

 

「なんだ、そんな見てくれだから空でも飛ぶかと思ったが、存外普通じゃないか」

 

 そう。騎士の動きは至って普通の人間そのものだ。ゴテゴテと色々くっつけながら軽快に動くことは素直に賛辞を送れることだが、それ以外は特別な点など何一つない。

 

「この世界に映る全てはあくまで仮初めです。ただ、我々が姿を形作るのに、最もその者を表現する姿で顕現させるだけ。私の姿もそう。そしてそれ以外は、只人と何も変わりはしません」

「それは重畳」

 

 つまり相手は自分を表現するためにコスプレをしているようなものということだ。別に姿形など些末な問題。それ以外も普通だと言うなら、やりようなど幾らでもある。

 

「せいっ!」

 

 やることは変わらない。どうせ生身では無いのだ。多少の無理も問題はないだろう。それで以って適度に痛めつけて、従わせれば良いだけの話だ。それくらい(・・・・・)ならば容赦の必要もない。

 

 まず第一に目的とするのは相手の無力化だ。これが剣による果し合いである以上はその剣を奪ってしまえば良い。

無論、相手は徒手空拳になろうがそれなりに戦えるだろうが、武器の有無は中々に重要だ。そして、数合刃を交えてそれは十分に可能だと判断した。

 

「だが、解せないなぁ……」

「何を、でしょうか」

 

 伊達に経験を積んできたわけではない。ごく短時間の切り合いで、一夏は騎士の実力をある程度把握していた。

そのついでに分かったことだが、騎士の体格から察するに肉体は自分と同年代の少女のソレだ。そこに内包する騎士の人格の精神年齢が幾つくらいかまでは知らないが、とにかく体つきはそのくらい。

そして技の腕前もまた、その体格に見合った程度だ。だが、仮に騎士が自分の姿を形作るのにモデルとした人間がいるとしたら、それはかなりの人物だろう。騎士の実力は一夏の見立てでほぼ互角。それがどういう意味かを、一夏は重々に承知している。

 

 そして解せないと言った理由、それは騎士の太刀筋にある。

 

「不思議なんだよ。俺はお前とこうして会って、剣を交えるのは初めてなんだ。だけど、不思議とそんな感じがしない。既視感っていうのかな? それともまた違うようだけど、何となく覚えがあるような気がする」

「……」

 

 もしかしたら何か言ってくれるかもしれないと期待してみたものの、騎士は沈黙を保ったままだ。

それを受けて一夏は小さく鼻で笑うと、別に重要なことじゃないかと自分で自分を納得させる。

 

「もしかしたら、さっきお前が言った通りに俺の傍に居た、だから自然と太刀筋が似た。それだけなのかもしれないな」

「……今一度言います。どうか刃を収めて下さい。私は、貴方とは戦いたくない。私は貴方のためにありたいと思う。そして、どうかここで今しばし安らいでいてもらう。それが何よりも貴方のためなのです」

「くどいぞ!」

 

 懇願するような騎士の言葉に一夏は一喝する。

 

「確かに、お前が本当に白式だと言うならきっとお前は相方の俺をためになりたいと思っているんだろう。あぁ、それはありがたく思うさ。嬉しいよ。だがな、どうするか決めるのは俺だ! お前が、俺にどうこう言う謂れは無い!」

 

 実際問題、自分を慮ってくれることは有難いと思っているのだ。だが、他のことならいざ知らず、自分が赴く戦いのことにまでとやかく言われる筋合いは無いというのが一夏の意見だ。

 

「これは俺の戦いだ。どうするかは、出るか引くかも俺が決める。俺は武人だ。だからこそ、自分の武をどう扱うかは、俺が決める」

「武人、ですか……」

「あぁ、そうだ。言っておくがな、俺の武に懸けるこの心、お前ごときが量れると思うなよ」

 

 そうだ。自分の人生とも言っていい存在なのだ、武は。そこにどれだけの想いをこめてきたか、たかだか数か月の付き合いの存在にどうこう言われたくはない。

ましてや、三年前の事件の時からより確固たるものとしたこの気持ちは――

 

「ですが、それは貴方の真実なのですか」

「な……に……?」

 

 騎士の口から紡がれた言葉は一瞬、一夏の思考を停止させる。そして、騎士が言った言葉の意味を理解した瞬間、一夏の脳裏は憤怒によって染め上げられた。

 

「ふざけるなぁ!!!」

 

 今までとは違う、純粋な怒声と共に一夏は騎士へと切り掛かる。

 

「ふざけるな! お前は! 俺の! 俺の武人としての! 心が! 偽物だとでも言うつもりかぁ!!」

 

 振るわれる太刀筋は更に苛烈なものになっていた。速さと鋭さと重さ、そして怒りながらも冴えを曇らせない技巧は、既に生半可な腕の持ち主ならとうに幾度も切り刻んでいる斬撃を繰り出している。

だが、その全てを騎士は静かに受け流す。そうして切り結ぶ回数が数十に達しようという時、依然怒りを覚えながらもふと一夏は脳裏の片隅に疑念を生じさせた。

 

(なんで、こいつはやられない)

 

 自分の見立てにはそれなり以上に自信がある。確かに騎士と一夏の実力はほぼ互角、だが少しばかり一夏が総合的に上回っているという塩梅だ。

そして今まで以上に勢いを増した攻め、本来であればとっくに勝負がついていてもおかしくはない。だと言うのに、騎士は倒れるどころか押される気配すら一向に見せない。むしろそれどころか――

 

(なんだ、これは……!)

 

 ある種の戦慄に近いものが一夏の中で膨らみつつあった。騎士は倒れないばかりか、逆に自分の方が気圧されているような、そんな錯覚を抱いた。

間違いなく、今も攻め立てているのは自分の方だ。だが、突破口というものが徐々にその数を、大きさを、減らしていっている。そんな感覚を抱いた。

 

「はぁっ!!」

 

 一際力を込めた一撃で騎士を弾き飛ばす。だが、これではまるで自分の方が耐え兼ねて無理やり騎士と距離を話したかのようでは無いか。それを自覚した瞬間、一夏の思考から怒りは吹き飛び、逆に先ほど以上の動揺が生まれる。

 

(有り得ない、有り得ないこんなこと! 間違いなく俺の方が強い! なのに何で!?)

 

 本物の一夏の肉体は未だ眠りに就いたままであり、ここにあるのはただの意識だけだというのに尋常でない疲労感じみたものが襲い掛かってくる。

吐き出す息の荒さは、まるで今の一夏の動揺をそのまま表したかのようである。

 

「分かりませんか」

 

 騎士の声は咎めるでも叱責するでもない、ただ子供に語り掛けるかのように静かな声音だ。

 

「ここは、極めて簡略な言い方をすれば意識の、心の世界。確かに、私たちはただの機械、プログラムの産物です。ですが、生み出されてから今までの時の中で、私たちなりの心というものを創造できた。ここはそれと同じくして生まれた世界。即ち、この世界において万象全てを決するのは――」

「心、か……」

 

 引き継ぐように言葉を続けた一夏に、騎士は正解だと言うように頷く。

 

「なら何で勝てないんだよ!!」

 

 吠えた一夏の怒声には、怒り以上の困惑がある。

 

「俺が勝てないのは俺の心が足りていないとでも言うのか!? 馬鹿を言え! 俺がお前を倒すと決めた心は本物だ! 武人として、俺の武の心がそう決めた! 有り得ない! 心の鍛錬だって欠かさなかったんだ! 勝利への望みに綻びがあったとでも言うのかよ! ふざけんな!!」

 

 怒声は段々と悲鳴染みたものへと変わっていった。それはまるで、一夏自身認めたくない何かを彼が感じ取っているかのようでもあった。

その姿に騎士は僅かに俯く。できれば、こうなっては欲しくなかった。もしも、彼が素直にこの場に留まってくれていたらまだやりようはあった。だがこうなってしまっては、彼自身が悟り始めてしまった以上は手遅れだ。

もはや、騎士に取るべき手段は一つしか残されていなかった。

 

「貴方が語る武の心。私は知っています。貴方がどれだけ真摯にソレに打ち込んできたか。私はそれを素晴らしいと思う。けれども、だからこそ見過ごせなかった。もはやこれしか残されていない、私を恨んでくれて構いません。それでも、貴方のためには必要なのです。このことを言わねばならないのが」

「やめろ……」

「貴方の矜持である武への想い、心は――」

「やめるんだ……」

「今の貴方のソレは、破綻、そして矛盾から生まれた歪なものです」

「やめろおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

 悲痛に彩られた絶叫が木霊する。だが、騎士の言葉はそれにかき消されることなく一夏の鼓膜を震わせ、その意味を彼に届かせる。

 

「あ……あぁ……」

 

 小さく口元を震わせ、一夏は呆然とする。揺れる足が崩れ落ちそうになるも、それを一夏は刀を地面に突き立てることで体を支えて防ぐ。だが、それでも体の震えは止まらない。

 

「そんな……そんなことが……ありえない……」

「貴方に責はありません。全ては、悲劇が齎した災厄です。そう、三年前の事件が」

「どうして、お前がそのことを……」

 

 白式との関係はたかだか三か月程度。騎士が語る三年前の事件、一夏の誘拐事件など知るはずもないのに。

 

「確かに、私と貴方の関係は短い。ですが、私は貴方の想いをずっと傍で感じてきた。その中で貴方の過去を知った。貴方の想いの真実を知ってしまった……」

「ハハッ、とんだプライバシーの侵害だよ……」

 

 皮肉そうに言うのは精一杯の強がりでしかない。それすらもできなくなったら、いよいよ以ってどうにもならないと一夏自身分かっていた。

 

「本来は、貴方自身分かっていることなのです。だから貴方は今そうなっている。

三年前の事件、貴方が救われたその瞬間に、貴方の心には同時に一つの破綻が生まれた。それは無力、無意味の理解。持てる全てで最善を尽くし、禁忌すらを犯してまで貴方は窮地を脱しようとした。けれど貴方をそう駆り立てた貴方の心は、他ならぬ同胞によって砕かれた」

 

 その言葉に思い出すのはISを纏った姉の手で救われたその瞬間だ。今まで詳細を、あの時どう自分が思ったのか、何を感じたのか、そうしたことを思いだそうとしてもできなかった。急にブレーキを掛けられたようにそれ以上思考が進まなかった。

だが今ならば鮮明に思い出せる。そうだ、あの瞬間、自分は思い知らされてしまったのだ。どれだけ武を鍛えてもどうしようもないことがあること。結局、圧倒的存在の前には無意味であること。どうしようも無い諦観の念を感じたのだ。姉の抱擁を受けながら、ISの力を目の当たりにしたことで。そしてその瞬間に彼はその心を――砕かれた。

 

「ですが、貴方という人間は強かった。心砕かれ、しかしそれを良くないと悟り、誰も、貴方自身ですら察せない程の無意識下でその心を守った。武への矜持、信念という殻を作り上げて覆い尽くし、外界から保護した。

それだけなら良かった。そのまま日々を暮らし、穏やかに武の錬磨をするだけなら良かった。ですが、貴方は我々と縁を持ってしまった。戦の舞台に身を投じ続ける定めに入ってしまった。お願いでう。どうかここで今一度留まってください。事実として、貴方の武の心は破綻から生まれてしまった以上、いずれ綻びそれが大きな傷となる。その果てにはあるのは、貴方自身の破綻と、破滅です! どうか……!」

 

 騎士の懇願を一夏は呆然と聞いてた。

そうだ。とうに分かり切ってたのだ。このどうしようもないという諦観は、ずっと前から一夏の中にあった。けど、認めるのが嫌だった。あれほど打ち込んできた武道を否定するような心を、認めたくなかった。

姉に誘われ入り、幼馴染と共にその最初の道を行き、師によって極みの域へと導かれてきた武を、無力と否定したくなかったのだ。

 

「けど……それでもさ……」

 

 ゆっくりと、腕に力を込めて刀を握る力を強める。そしてゆっくりと立ち上がる。

 

「それでも、俺は行く。確かに、俺のこの心は、想いは、破綻や矛盾が本質なのかもしれない。けど、それでも俺は行くよ。だって……それ以外どうしろって言うんだよ。歪だって間違ってたって、今までずっとそれでやってきたんだぞ。今更、宗旨替えなんてできないだろ……!」

 

 声も体も未だに震えが取り切れていない。それでも動こうとするのは、もはや武も何も関係ない、織斑一夏という個人の持つ意地がそうさせるのだ。

 

「……分かりました」

 

 了承する騎士の言葉は静かだが、同時に何かの決心を固めたような強さを持っていた。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」

 

 雄叫びと共に一夏は騎士へ向けて吶喊する。既にその動きからキレというものは失われていた。ただの意地、それだけで我武者羅に動いていた。

騎士を間合いに捉えた一夏は上段からの唐竹で騎士に切り掛かる。迫る刃に、騎士は握っていた剣を無造作とも呼べるような動きで一振りしただけだった。

 

「っっ!」

 

 だが、それが齎した結果は一夏の目を驚愕に見開かせる。一夏の振り下ろした刃は、騎士の振るった剣と触れ合った瞬間にまるで硝子細工のようにあっさり砕け散った。あれほどまでに打ち合ったにも関わらず、だ。

 

「その刀は、貴方の心を映す鏡のようなものです。これは、必然です」

 

 騎士の言葉に、それもそうかと一夏はどこか皮肉気な笑みを口元に浮かべる。そして、薙ぎ払いから返すように突き出された騎士の剣、その切っ先が深々と一夏の胸を貫いた。

 

 

 

「あっ……かっ……」

 

 胸を剣で刺し貫かれたというのに、不思議と痛みはなかった。血が流れる気配もない。刺される前と違うと言えば、否応なしに視界が暗くなりつつあることか。

 

「どうか今は眠って下さい。時が、いずれは貴方を癒す。それこそが、貴方にとっての最善です」

 

 穏やかな騎士の声が耳朶を打ち、意識の暗転を加速させていく。

これではまるで、何もかも騎士の都合の良いように進んでいるようだと薄れ行く意識の中で思った。

 

「ち……くし……」

 

 言い切ることのできなかった悪態はそんな騎士に、そしてただただ不甲斐なかった自分へ向けての精一杯に憎まれ口だった。

そしてそれ以上抗うことはできず、一夏の意識は深く深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい一夏! 聞こえるか! しっかりしろこの馬鹿者!!」

 

 眠る一夏に千冬が怒声を浴びせる。福音と専用機持ち達の戦いを見守る最中、それは不意に起きた。一夏の容態を見守っていた教師から告げられる容態急変の報せとその内容の深刻さに、千冬はその時ばかりは血相を変えて部屋を出て弟の下へと向かっていた。

 

「おい! クソ! 一体どうなっているんだ!!」

「駄目です! 脳波、脈拍、共に安定しません!」

「鎮静剤などは!?」

「既に投与しました! ですが――」

 

 突如として乱れだした一夏の脈拍と脳波、その乱れ方が尋常でないことは素人目にも明らかなほどだった。

眠りながらも大粒の汗を大量に額から流し、苦悶に呻く弟の姿に千冬は何もできない自分の無力さに奥歯をかみ砕かんばかりに歯を食い縛る。

投薬などの効果も無い。そうなるともはや成り行きに任せることしかできない。それを理解すると余計に無力感が強まる。

 

「一体何だというんだ……!」

 

 想定を超えた事態の連続に弱音こそ堪えるも、絞り出すような声で悪態を吐く。だがそれでも今目の前で起きていることだけは別だ。他の事はままだ良い。だが千冬とて人の子だ。身内にかける情は人並みに、あるいは生い立ち故にそれ以上にある。そんな彼女にとって弟の身に何かあるなど、到底受け入れがたいことだった。

 

「織斑先生、そのまま織斑君を見ていてください」

「だが、福音の方の状況も――」

 

 時として家族の存在が患者の快方に働くこともあると心得ている教師が千冬に声をかけるが、千冬はそれでも職責の放棄だけは認めようとはしないのか、苦悩しながらも戻ろうとする。それを教師は首を横に振って止める。

 

「指揮室の方から未だ大きな問題はないとのことです。それと、まだしばらくは織斑先生無しでも十分だと。ですから、彼の傍にいてあげてください。それが今の貴方の仕事です。彼の教師として、彼の家族として」

「……すまない」

 

 小さく告げられた謝意の言葉に教師は小さく頷くとそのまま部屋を出る。呻きながら眠る弟と二人の部屋で、千冬はただ一夏の手を握る力を強めた。

 

 

 

 

 

 

(俺は……)

 

 朦朧としているわけではない。だがどこかぼんやりとして定まらない思考で一夏は自分の状態を確認しようとする。

前も後ろも上も下も分からない。そもそも周囲三百六十度全てがまっ黒に染まっているのだから、状態もへったくれも分からないというのが現状だ。

底にいるのか、沈んでいる最中も分からない。感じるのは微妙な浮遊感、ちょうど中学時代に体育授業のプールで「土左衛門ごっこ」などと数馬や弾とふざけてプールに仰向けやうつ伏せになっていた時の感覚が近いか。筋肉質なせいで基本的に沈んでいたが。

 

「俺は……何やってんだろうなぁ……」

 

 本当にそれしか言うことができなかった。もう何が何だか自分でも分からなかった。自分では正しいと思って、それを芯にしてやってきたつもりが、その芯を木端微塵に壊されて。

おかげで何が良くて何が悪かったのかも分からない。何だかんだで何も間違ってはいなかったかもしれないし、逆に全部間違っていたかもしれない。

 

「結局、俺の人生なんだったって話だよ……」

 

 この時世にしては珍しいどころかドが付くほどのマイノリティな自覚はあるが、これでも武こそが人生そのものと言っても良い生き方をしてきたつもりはある。

だが、騎士の言葉は一夏の中にある武そのものを大いに揺らしてくれた。一時的に意識が途切れる直前の騎士の言葉を思い出す。何が時間が癒すだ。こんなの、とても時間でどうこうできるとは思わない。

 

「どうすりゃ良いんだよ。それとも、武から離れろって言うのかよ……」

 

 自分自身のことは未だどうすれば良いのか皆目見当が付かない。だが、一度落ち着くと存外頭は働くようになっていた。自分の方針は別として、あくまで別人を対象としたうえでの意見じみたものだったら多少は思い付きはできるようになった。

 

「武じゃなくて、どうしろってのさ……」

 

 確かに自分の武は何かしらを壊して何ぼだ。生産性には、結構じゃないレベルで欠けている。例えば誰かを助けたとして、それが暴漢を返り討ちにして守った結果であれば、自分にとっては助けたということなど暴漢という体の良い獲物を仕留めた結果たまたま生まれたおまけ程度でしかなくなる。

 

「でも、だったらIS学園居る意味無いだろ」

 

 IS学園で学ぶのはIS同士で相対した場合に、その相手を倒すための術と一夏は定義している。武から離れろとは、そもそも今の自分の立場の意味すら失うということだ。

 

「それとも、殊勝に人助けでもしろってか」

 

 あるいはそれこそ騎士が望んでいることかもしれない。例えば災害が起きたとして、ISならば孤立した地域に物資を運ぶだとか、あるいは危険な現場での対処や人命救助など、やろうとすればできるだろう。

案外当たっているかもしれないなと思う。短い間のやり取りだが、あの騎士はそういうのを美徳としていそうな性分だ。

 

(分からないでもないんだけどさ……)

 

 その美徳云々については一夏も理解は示せる。ただ、重要視するものの違いと言うべきだろうか。その思想に賛同はできるが、それでも一夏にとって最も重きを置きたいのは武なのだ。

 

「できないよ……今更……」

 

 身を震わせながら、膝を抱えて縮こまる。どうあっても武から離れるなどできない。それは三年前の事件の時に決定してしまったのだ。騎士が語る一夏の中の歪さ、破綻の原因、それは間違いなく一夏の中に一種の呪いを残していた。

 

「俺に……できるはずがない……」

 

 どうあっても五人の命を奪ったという事実は消えない。どれだけ気丈に振舞おうと、禁忌を犯した事実は当時の一夏の心には余りにも重すぎた。その後の心が受けた衝撃も含めて、たとえ歪だろうが破綻していようが、心に防壁を張ろうとした彼の本能的な反応を咎めることは誰にもできないだろう。

 

「どうすりゃ……良いんだ……!」

 

 できることなら大声で誰かに助けを求めたい。だができない。助けを呼んだところでこんな状況だ。誰かが応えてくれるわけではない。そもそも彼自身の意地がそれを良しとしない。

 

 

 一夏――

 

 

「え?」

 

 ふと聞き慣れた、しかしどこか懐かしい声が聞こえたような気がした。その声に反応して抱えた膝に埋めていた頭を上げた一夏の眼前には思わず目を疑う光景が広がっていた。

 

 

 ――また練習か。本当にすきだなぁ、お前は

 ――うん!

 

 

 気づけば目の前にはどこかの神社の境内らしき場所に移り変わっていた。いや、目の前というのは語弊がある。今一夏が膝を抱え込み座っている場所、そこも境内の一部に取り込まれていた。

そして一夏から少し離れた場所では二つの人影がある。姉弟なのだろう、一夏より少し年下ぐらいの少女とまだ幼子と言っても良い男の子だ。

 

「あれは……そもそもここは……」

 

 見覚えのある景色に一しきりあたりを見回し、そこで一夏は思い出す。篠ノ之神社、箒と束の生家にしてかつて一夏と千冬の二人が剣道を学んでいた場所だ。境内の一角に悠然とそびえ立つご神木は鮮明に覚えている。

ではあの小さな姉弟は――

 

 ――ケガはするなよ、一夏。

 ――大丈夫だよ、姉ちゃん。

 

 やはりそうだ。あれは間違いなくかつての、千冬と一夏だ。千冬の方は面影が大いにある。どうしてすぐに気づかなかったのか不思議なほどだ。

そのまま一夏は二人の姿を見続ける。すると、千冬の方が一夏に一言二言何かを言ってその場から立ち去る。その姿を目で追おうとするも、どういうわけか千冬の姿はいつの間にか掻き消えており、残された幼い一夏がその場で熱心に竹刀を振っていた。

 

「ハハッ、しょぼいなぁ……」

 

 竹刀を振る姿の、その未熟さに一夏は思わず苦笑を漏らす。別に一夏とて初めから上手かったわけではないし、そもそも今と比較すること自体が馬鹿げている。ただ、意外な形ではあるがこうして過去の自分の姿を見るということの可笑しさもあって、どうしても笑わずにはいられなかったのだ。

気づけば自然と足が動いていた。静かに幼い自分の下に歩み寄る。幼い一夏、もうこの際チビと言うことにしよう。チビは近づいてくる存在に気づかないのか一心不乱に竹刀を振っている。

 

「やぁ、こんにちは」

 

 近づきながら一夏は声を掛けようか否か、掛けるとしてどんなことを言おうか考えていた。だが、話すのに不便ない距離まで近づくと、自然に言葉は紡がれていた。

 

「へぅ!? こ、こんちわ」

 

 いきなり見ず知らずの男、それもデカい(身長170cm代後半)のに話しかけられて驚かない子供は居ないだろう。チビもその例の漏れず、驚くような反応をした後にそれでも挨拶は返してくれた。

 

「君は、ここの道場の生徒なのかい?」

「う、うん。おれと、ほうきと、姉ちゃんで一緒におっちゃん先生に教わってるの」

 

 知ってるけどなとは思っていても言わない。それにしてもおっちゃん先生とは、また随分と懐かしい言葉を聞いたものだと思う。それはかつて一夏が道場の師範であった篠ノ之姉妹の父を呼ぶ際に使っていた言葉だ。年を重ねるにつれて普通に先生と呼ぶようになったが、このぐらいのころはまだその呼び方をしていた。

 

「そっか。……剣道、好きかい?」

「うん!!」

 

 清々しいまでの即答だった。この晴れ晴れとした笑顔を見てみろ。本当に、好きで好きでしょうがないと言った顔だ。別に光っているわけではない。だが、その笑顔が一夏にはとても眩しく見え、思わず目を細める。

 

「そっか……。俺もね、剣道をやってるんだ」

「ほんと?」

「あぁ、そうだよ」

 

 一夏はその場で腰を下ろすとチビと目線を合わせる。

 

「けどね、何だか疲れちゃったよ」

「疲れたの? 休めば良いじゃん」

 

 いや、そうじゃないんだよと一夏は苦笑する。

 

「俺はね、実はとっても強いんだよ。強いとさ、色々できるかもしれないんだよ。もしかしたらヒーローになれるかもしれないし、逆にすごく強い悪者になれるかもしれない。本当に色々できるかもしれないんだ。

――けど、俺は分からなくなっちゃったよ。強くなりたいって思って本当に強くなって、でもそしたら、今度はいつの間にかそれでどうしたいかが分からなくて。考えても考えても、分からなくて。本当に、どうしたらいいのかな」

「ふーん」

 

 いざ、例え子供相手でも話して見れば意外に言葉は出てくるものだ。しかし相手は子供。話を聞いてくれこそするが、顔はどう見ても内容を分かってる顔ではなかった。

 

「だからさぁ、俺思っちゃったんだよ。俺、剣道やってても良いのかなーって」

 

 落ち着けば落ち着くほどに自分のメンタルの有り様が分かる。もうかつてないくらいに酷い状態だ。受けた衝撃が大きすぎて、知らずため込んで蓋をしてた疲れが一気に出てきたのだろうか。声にも力が乗らない。

 

「んーとさ、おれ、難しいことは分かんないよ」

「そうだよな。そう、ごめんな」

 

 変なことを話しちゃったなーと、一夏はチビに謝る。

 

「でもさ、兄ちゃんのことは分かんないけど、おれは、ずっと剣道やるんだ」

「そっか。そうだと良いな」

「うん。だって、おれ剣道好きだから」

「え……」

 

 その一言はあまりに何気ない一言だった。だが、その言葉は不思議と一夏の心に響いて聞こえた。

 

「兄ちゃんはさ、剣道好き?」

「え、俺? あ、あぁ。好きだよ」

「なら良いじゃん!」

 

 そう言ってチビはニパッと笑う。

 

「俺、おっきい人のこととか全然分かんないし姉ちゃんとかおっちゃん先生とか見てて、大人って大変だなーってのは分かるんだ。兄ちゃんもでっかいから大変なんでしょ? でもさ、剣道好きならそれでいいじゃん!」

 

 そう言い切るチビの顔にはこれ以上ないというくらいの自身があった。その姿に、一夏はいつの間にか自分自身の内を見ていた。

 

(そっか……、そういや、好きだからやってたんだよなぁ)

 

 やっていく中で色々なことがあって、時には騎士にやれ矛盾だ破綻だと言われた妙な論理武装をしたりもしたが、何だかんだで結局今まで武を学んできたのは『好きだから』、これに尽きるのだ。

それを自覚して、一夏は腹の内から笑いがこみ上げてくるような気がした。ただ、それもどちらかと言えば自嘲の苦笑に近いものだが。

 

「くっ、くくっ」

「兄ちゃん?」

 

 突然笑い出した相手にチビが首を傾げるが、一夏にとってはそれどころではなかった。

 

(なんだ、分かってみればこんなに単純なことだったじゃないか)

 

 好きだからやる、実に明快で良い。それを自覚してみれば、自分のそれまでの何ともまぁ滑稽なことか。

ふと師の姿を思い出す。武人として偉大すぎる実力、圧倒的存在感、師の全てに惚れ込み、いつかは自分もあのようにと思った。それは今も変わらない。ただきっと、そのためと言ってあれこれと考えすぎたのが原因なのだろう。早くあのようにならねばならない。早く一人前にならねばならない。

騎士が語った通りに、自分の心の傷を隠すためでもあったのだろう。張りぼてとも言える義務感を矜持と騙り、見たくない部分を直視しないためにそればかりを見てきた。そうしていつの間にか、そればかりが先行して、元々あった傷ついても色褪せてもいない原点すら見失ってた。本当に、滑稽な話だ。

思い返せば師にしたって、いつの間にかこうなってたと自分のことをいつだったか語っていた。きっと師も、気に入ってたから続けていただけなのだろう。それで良かったのだ。好きこそ物の上手なれ、あれこれと考えずとも好きでやっていれば自然と身についていくものなのだ。

つまりはそういうことだ。成るように成る。世の中は複雑だが、時にはとてもシンプルな時がある。きっと、これもその一つなのだろう。好きだから続け、学ぶ。もちろん考えなしにというわけにはいかないが、それさえ忘れなければ大丈夫だ。

 

(まったく、本当に馬鹿だな、俺は)

 

 確かに口では常々武が好きだどうの言っていたが、振り返ってみればいつの間にかそれは条件反射としてのものになっていて、心はどこかにそれを置き去りにしていた。

代わりにあったのは、早く強くならねばならない。早く成熟を、大成をしなければならない。焦燥とも違うが、そんな想いだけだ。少し、肩肘を張り過ぎていたらしい。

 

「兄ちゃん、なんで泣いてんの?」

「あれ?」

 

 指摘されて初めて気づいた。いつの間にか頬を水分が伝う感触がある。いつの間に自分は涙を流していたんだと思いつつ、それを恥とは感じない。むしろ、心がすっきりするようで爽快さすら感じる。

 

「坊や、ありがとうな」

「え?」

「坊やの言う通りだよ。好きだから、それで良いんだ。難しいことなんて考えなくて良い。ただ、それを忘れなければ良いだけ」

 

 ポンとチビの頭に手を載せると、優しく撫でる。

 

「本当にありがとう。少し、いやかなり気が楽になったよ。救われた、と言ってもいいかな。坊やのおかげだ」

「え、う、うん。どういたしまして」

 

 そして一夏は幼い自分の顔を改めて見る。純真さを宿した顔だ。そこから発せられる輝きには、いっそ愛おしさすら感じる。

 

「なぁ、坊や。これからも、剣道頑張れよ。君の姉ちゃんも、先生も、凄い人だ。そんな凄い人たちに、いつか参ったって言わせてやれ。俺も、兄ちゃんも、頑張るからさ」

「うん」

 

 チビは未だに頭を撫でられていることに戸惑っているようだ。その姿に一夏は微笑むと、ゆっくりと手を離し立ち上がる。

 

「じゃあ、俺はもう行くよ。頑張れよ」

 

 そして一夏は静かに後ろを振り向くとそのまま歩いていく。特別行先を決めているわけではない。だが、歩き続ければたどり着く、その確信があった。

 

「あ」

 

 歩きながら一夏は一人の少女とすれ違う。見間違えるはずがない。間違いなくかつての姉だ。

一瞬、振り返りそうになる。だが止めた。彼女はあの男の子の姉だ。自分がどうこう関わる立場ではない。そのまま歩き出そうとして――

 

 

 ――頑張れよ

 

 

 懐かしい声が背中にかけられたような気がした。その声に一夏は小さく目を見開き、やがて口元に微笑を浮かべるとそのまま歩き出す。

いつの間にか手に暖かさが残っていた。それを実感すると共に、かつて姉に小さな自分の手を握って貰いながら歩いたりしたことを思い出す。

 

(ありがとう)

 

 歩きながら心の中で礼を言う。年頃から考えて確実に今の自分の方が年上なのに、励まされるという体たらくだ。どうやら千冬と一夏の関係はどこまで行っても姉弟らしい。そのことがおかしくて仕方ない。

 

(そして――すまない)

 

 いつの間にか微笑は消え、静かな眼差しで一夏は詫びも心の中で告げた。気づけば境内の景色は消え、最初と同じ黒に包まれた空間に立っている。

 

「好きだから、あぁ、それで良いんだよ。小難しいことは適当で良い」

 

 悟ったその心に変わりはない。

 

「だけど、俺のしたことが消えないのは事実だ」

 

 この手で命を奪った事実は永劫付きまとう。それはもはや拭えぬ宿命だ。

 

「ならばそれで良い。全部受け止めてやる。俺にとって大事な、大好きな、武の一環なんだ。全部受け止めて、背負って、纏めて愛してやる」

 

 かつて自分が命を奪った五人のテロリスト、彼らはきっと今わの際に自分を恨んだだろう。そして彼らにも当然居る家族、友人、知人、彼らを知る者もまた、自分を恨むだろう。

全て受け入れる。賢しい理屈は何も言わない。自分が愛し、学んできた武の結果の一つだ。ならば全て背負うのみ。だがそれは負担にあらず。自分を立たせ、先へと進ませる支えとする。

 

「感謝を」

 

 かつて散った五人に一夏は心からの礼を言う。彼らの存在があったからこそ、今こうしていられる。今、自分は更なる一歩を新生と共に歩みだそうとしている。

見えるのだ。これから自分が進もうとする先、その果ての、そこに至った自分の、壮大さを。だからこそ、そこへ至る道に導き、至る心を与えてくれた五人の敵に心からの感謝と、敬愛を送る。

 

「もう迷わない。歓喜も絶望も、親愛も怨嗟も、俺の武の道で、その中で生まれたなら全部受け入れてやる。認めてやる。尊び、慈しむ。そうしてこそ、俺はきっと極みに至れる……!」

 

 総身に活力が漲るような感覚がある。かつてない程に心が充足感を感じている。その感覚に、歓喜で震えそうになる。

 

(すまない、姉貴――姉さん)

 

 夢の中でまで自分の背を押してくれた姉、本当に嬉しかった。だが、今こうして決意した自分の武の道、それはきっと修羅と彩られるかもしれない。

きっと、根は優しい姉はこんな自分の選択を喜びはしないだろう。つくづくもって不肖の弟だ。だがそれでも、一夏にだって譲れないものはある。だから、せめて詫びはする。それが姉にできる精一杯だった。

 

「あぁ、全部だ。全部受け止めよう」

 

 自分が武の道を征く過程にある何もかもを。勝利の歓喜、敗北の悔恨、結果として守った感謝、結果として奪った怨嗟、得た技、受けた技、相対した素晴らしき好敵手、立ちふさがる怨敵、何もかもだ。全てを、最後には讃え受け入れる。

 

「全てが、俺にとっては俺を高める宝だ」

 

 何であれ取り込む以上は経験値になる。そして積み重ねられていくそれは、いつかきっと自身を極みへと導くだろう。

 

「あぁ、そうだ。今だったら言える。満天下に謳い上げられる」

 

 目を閉じ、ゆっくりと大きな深呼吸を一度だけする。そして再び静かに目を開く。

 

「俺は、オレは武を――その総てを愛している!!」

 

 高らかな宣言をした彼の目には喜悦が浮かんでいる。そして、周囲の闇が一斉に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「果たして、これで良かったのか……」

 

 夕焼けに彩られた海岸で騎士は悔いるように呟く。

手にした剣で一夏の胸を刺し貫き、崩れ落ちた一夏がまるで吸い込まれるように地面の内へ、彼自身の深奥へと潜っていく一部始終を見ていた。

決して間違いであったとは思わない。だが、他により良い手があったのではないだろうか、もっと穏やかに済ませる方法があったのではないか、そんな思いが騎士の内を巡り続ける。

 

「……」

 

 騎士から少し離れた場所で、少女もまた俯きながら沈黙を貫く。

騎士も少女も、本質は人のためにありたい。パートナーのためにありたいという忠の意思だ。故に、結果としてそのパートナーに痛みを与えることになってしまったことに、例えそれがその者のためとはいえ、良かったのかと自問自答を繰り返す羽目になっていた。

 

「それでも私は、あのまま見過ごすことはできなかった……!」

 

 彼の心の内にあった歪み、放置すればきっとそれは大きくなっていき、取り返しのつかない事態を引き起こしていたかもしれない。そしてその果てにあるのは彼自身の破滅だ。そんなことはあってはいけない。

そしてもう一つ。歪みとはまた別の彼自身の、気性の問題だ。歪み云々関係なしに、彼は武に執着し過ぎている。確かにISの、自分たちの持つ能力は今現在それに傾いているものが大きい。だがそれだけではないのだ。

自分たちは、ISは、他にもできることなど色々ある。本音を言えば戦いなぞ御免なのだ。他にもできること、したいことはある。戦いではない、本当の意味で人を助けることこそが、真の望みと言える。

 

「どうか……」

 

 どうか全てが丸く収まって欲しい。そう騎士が祈った直後だ。

 

 

 ――――――!!

 

「なっ!?」

「っ!」

 

 突如として世界(・・)が揺れた。地震などではない。そもそも、ここは一種の仮想空間である以上地震など起こるはずもない。

そして世界が揺れたと評したように、揺れたのは足元だけではない。騎士を、少女を取り巻く空間に、夕暮れの海岸を映して広がる空間そのものに巨大な衝撃が奔ったかのように、総身を震わせる振動が広がったのだ。

 

「これは……」

 

 母と呼べる創造主の手により生み出されて以来、一度も経験したことのない状況に騎士は困惑しながらも周囲を見渡す。そして視界に映った光景に、仮面のしたで騎士は目を見開いた。

 

「そんな……こんなことが……!」

 

 ピシピシと不安を煽るような音を立てながら、空間に無数の罅が広がっていた。踏みしめる地面にも、頭上の空にも、すぐ目の前の虚空にも、触れれば砕けるような罅の漆黒の線が奔り渡り、今も急速に広がっている。

そして広がった罅は完全に地平線と水平線を、空間の全てを覆い尽くし――その全てが一斉に砕け散っていった。

 

「ぐぅうううう!!」

「きゃっ!」

 

 景色が散り散りになっていき、何もない漆黒が逆に空間を塗り替えていく。先ほどの揺れ以上の衝撃が騎士と少女の全身を突き抜けていく。体が吹き飛ばされるような感覚はなかったが、受けた衝撃の大きさに思わず身を庇う様にして腕をかざす。

衝撃が走り抜けていった時間はさほど長くなかった。すぐに訪れた静寂に既に無事を理解していても、警戒に依然かざした腕を下ろそうとしない。

 

 ――カツン

 

 痛いほどの静寂が広がる中に一つの靴音が響いた。カツカツと一定のリズムでなる音は徐々に二人の下に近づいてくる。

もしや、と騎士は思った。生身の体を持っていれば冷や汗を流していただろう戦慄に近いものを感じつつ、騎士はゆっくりと腕を下ろして前方を見る。

 

「貴方は――!」

 

 視認した存在に騎士は息を呑んだ。

 

「や、また会ったな」

 

 織斑一夏が、騎士自らの手で眠りへと落としたはずの存在がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんかこう、アレですよ。精神空間みたいな場所って、心の持ちよう=強さ的なのありません?
実は一夏、気づかれなかっただけで結構不安定だったから負けたというのを、やってみました。
何だかんだで誘拐事件はトラウマになっていたと。
 でもって意気消沈している最中に昔のことを思い出すなり見返すなりして復活ってのも結構ありがちというか、王道パターンかなと思ったりしています。
で、何だかんだで自分というものを悟り直して復活と。これもよくあることかなーと。

 さて、一夏復活シーン。人によっては物凄いデジャブを感じるでしょう。というか前回の引きの時点で感じた人もいるでしょう。
一言、平にご容赦を。いや、本当にやってみたかったんですよ。もうかれこれ何か月も、進まない自分の執筆に悶々としつつ。だからまぁ、本当にこのあたりの一夏パートはずっと前から書きたいなぁって思ってたところなんですよね。だからこうして書けているのが結構嬉しかったりします。
いやだって、もうかっこよすぎるじゃないですか、あの黄金閣下。
案外そのうち、今度は「諦めなければ夢は云々」やったりするんじゃないかと自分でも思っていたりします。

 次回は、この一夏パートを終わらせて、それから専用機チームですかね。少なくとも福音戦決着までは持っていきたいところです。次も、また早く仕上げたいところですね。

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