或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

38 / 89
 とりあえず福音戦終了までです。
次回、次回で三巻完結させますから! マジで!
そしたら多分楯無ルートやります!


第三十七話 破壊の福音は鳴り止み、静寂な朝がやってくる

「散開ッ!」

 

 箒の言葉に従って六人が一斉に別々の方向に向けて飛ぶ。いかに二次移行により強化された機体言えども、さすがにバラバラの方向に散らばった敵を一掃するような手段は持ちえていない。

ゆえに福音が取った行動は倒しやすそうな相手から倒していくという至ってシンプルなものだ。そして倒しやすいかどうかの判断基準、その一つは移動速度だった。

 

「ラウラ!」

「分かっているさ」

 

 シャルロットの警鐘にラウラは心得ているとばかりに落ち着き払った様子で返す。この場の六人の中で一番機動性が低いのが自分であることなど、とうに自覚できていた。

 

「それならそれで、手を講じるだけだ」

 

 ガコンと重い音を立てて二門のレールカノンが砲塔を動かす。同時にブリッツの搭載によって追加されたバックパック状のユニットの上部が開く。

 

「ボーデヴィッヒさん、データ」

「心得た」

 

 開いたユニットから除いたのは垂直発射式のミサイルだ。武装としての性質は簪の打鉄弐式に搭載された山嵐とほぼ同様、違いがあるとすればそれを運用するシステム面だろうか。

事実として、レーゲンに搭載されたシステムでは一度に多数のミサイルの発射をする際に細かな制御はできない。精々が動きの少ない単一の目標にミサイルを纏めて叩き込むだけ。だがそれでは今の福音ならばあっさりと全て迎撃してみせるだろう。

 

「見事な処理だ。驚嘆に値する」

 

 故に簪がそのロック処理を代行したのだ。システムと簪自身の演算処理能力、それを以って極めて迅速に整えられた福音のロックオン、ミサイルの誘導にラウラは純粋に驚きを隠せない。

だが今は戦いの最中、すべきことは敵の打倒だけだ。

 

「征け!」

 

 その言葉と同時に多数のミサイルが一斉に放たれ福音へと殺到していく。当然ながら福音はそれを迎え撃つべく行動を起こす。

 

「だが、視えているぞ」

 

 眼帯を外し解放した左目、その奥に秘された魔眼が力を発揮する。一気に高まった動体視力は福音がどう動くのか、どのように光弾を放ってミサイルを迎え撃ち、どのような動きでミサイルをかわすのか、その全てを捉える。

 

(視える――視えるぞ)

 

 ミリ単位の些細な動きも見逃すまいと神経を尖らせる。本命はミサイルではなく、それよりも遥かに高い威力を持ったレールカノンだ。ミサイルの対処に福音の動きが最も鈍ったところで、それを叩き込む。

 

(これは――!?)

 

 意識を集中させ続ける中、不意にラウラは不思議な感覚に覆われる。思考が一気にクリアになった。だがそれは集中が途切れたわけではない。むしろ逆、より澄んでいき目が捉える動きもその把握の精度が高まる。

 

(見切ったッ!)

 

 突如天啓めいたイメージが脳裏に飛来する。決して長くない福音のミサイルへの迎撃、回避行動、それらの情報がラウラの中に蓄積されていく内に、ラウラは無意識のうちに福音の動き、その先をイメージしていた。

あくまで予測でしかない。だが、不思議とラウラにはそれが間違っていないという確信があった。それはもはや予測ではなく未来予知とも言えるほどに。

脳裏のイメージに従ってレールカノンの狙いを定める。そこは外れも外れ、砲弾を放ったとして福音に掠りもしないだろうポイントだ。だが、そこに来るという自信があった。

 

「いいや、違う」

 

 独り言のように小さな声でラウラは呟く。

 

「これは、私の眼が見た(ミライ)は――」

 

 思考によるレールカノンのトリガーにイメージの中で指を掛ける。

 

「絶対だ!」

 

 そして躊躇なく引き金が引かれると同時に、レールカノンが狙いを定めたポイントへ福音が躍り出た。放たれる砲弾はレーゲンの通常装備であるレールカノンとは比べ物にならない速さを有している。回避する余裕など与えられず、二発の砲弾が福音にいっそ見事と言えるまでの直撃を果たす。

 

「――――!!」

 

 声にならない金属音と電子音の入り混じった悲鳴を上げて福音が苦悶に悶える。生じた明らかな隙を突かない者などこの場には居なかった。

 

「さっきのお返しだよ!」

 

 海面スレスレの高さから一気に急上昇してきたシャルロットが福音目がけて吶喊する。明らかに動きの鈍った今ならば、仕掛ける最大の好機と見ていた。

だが福音の反応は早かった。なまじ機械であるからためにダメージからの立ち直りも早いのか、両翼を振るってシャルロットを迎え撃とうとする。その対処の早さにシャルロットは思わず目を見開く。

 

「そんな――!」

 

 戦慄を浮かべる端正な顔は、しかしすぐに得意さを含んだ笑みに変わった。

 

「何て言うと思った? その程度、想定の範囲内だよ!」

 

 言うや否や、シャルロットは左腕に装備していたシールドをパージ、福音目がけて投げつける。

既にシャルロット迎撃のために振るわれていた両翼は目標であるシャルロットよりも先にシールドに当たり、当然の結果としてシールドはあっさりと虚空へ弾き飛ばされる。

そして今度こそシャルロットを迎え撃たんと福音は前方を見やり、だが既にそこにシャルロットの姿は無かった。

 

「ごめんね。君の動き、貰ったよ」

 

 字面とは裏腹に謝る気などゼロ、それどころか「ザマァみろ」と言わんばかりの調子で福音の背後からシャルロットの声が掛けられる。

シャルロットの姿が福音の目の前から消えたのは至ってシンプルな理屈だ。それは先にシャルロットがやられたことを、そのまま返しただけ。

シャルロットの投げつけたシールドが福音の両翼と当たった瞬間、ごく僅かではあるが、福音の視界が福音自身の両翼によって阻まれた。その瞬間に、シャルロットはアーチを描くような動きで福音の背後に回り込んでいた。

 

「そしてこれも――お返しだよっ!」

 

 殴りつけようとするかのようにシャルロットが左腕を引く。シールドがパージされた左腕には、シールドが失われたことで初めてその姿を現した存在がある。

それを形容するとしたら鉄杭だ。名を『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』、盾殺し(シールド・ピアース)の異名で以ってIS用の近接装備の中ではトップクラスの威力を持つと言われる兵装、早い話がパイルバンカーである。

振りぬいた左腕の装甲に取り付けられた鉄杭が、炸薬による加速機構により打ち出される。威力と同時に当てにくさにも定評のあるパイルバンカーだが、完全に背後を取った状況はシャルロットにとって当てるには十分過ぎた。

そして放たれた鉄杭の先端が福音の背に直撃し、先のシャルロットとの攻防とは真逆に今度は福音が海に向かって叩き落された。

 

 海面目がけて落ちていく福音だが、スレスレのところで両翼を広げて減速、海中に飛び込むことだけは避けた。だが直後に青い光弾が福音目がけて降り注いでくる。

言うまでもなくセシリアのスターライトによる射撃だ。海上という湿度の高い空間であることも影響し、距離による威力の減衰こそそれなりにあるものの、決して無視して良い攻撃でもないために福音も回避をしようとする。

だが、できなかった。動けないというわけではない。ただ、かわそうと動くたびに、間違いなく回避できるはずの動きをしているのに、光弾が当たるのだ。腕に、足に、翼に、福音を削り取っていくように一射の外れもなく。

 そしてその射撃を放っているセシリア本人は参戦している六人中の誰よりも福音から離れている場所に陣取っていた。

 

(この戦い、ただの暴走機体の制圧戦ではありません。わたくしの、誇りも掛かっている)

 

 放つ射撃が全弾命中という目を見張る結果を出し、その記録を更新し続けながらもセシリアの心に一切の昂ぶりは無い。

 

(故にわたくしはわたくしのすべきことを為すのみ。できることは全て尽くし、そして一射一射にわたくしの誇りを載せる)

 

 そう。放つ光弾には、今までとは遥かに違う強い意志を載せている。だからこそ、セシリアは確信と共に言い切れる。

 

「できることを尽くし、尽くすため、そしてわたくしの誇りを載せた射撃です。外れることなど、ありえませんわ」

 

 

 

 執拗に自身を攻め立ててくる射撃に痺れを切らしたのか、福音は光弾が当たるのもお構いなしに両翼を海面に叩きつけて巨大な水柱を起こす。

どれだけ正確に放とうとも、遮蔽物があっては意味をなさない。そのことにセシリアは小さく眉を顰めるも、すぐに元の落ち着いた表情を取り戻して福音に狙われないように移動をする。

それと同時に福音も追撃を避けるべく、一気に海面上空を掛けて敵からの距離を取ろうとする。

 

「行かせるものか!」

 

 だが飛翔する福音の先で二刀を構えた箒が立ち塞がる。わざわざ回避するのも、どのみち追って来るから無意味と判断したか、福音はそのまま突っ込み前方に両翼を突き出す。

 

「ぬぅっ!」

 

 迫る両翼を二刀で受け止めた箒は一瞬後ろに押されかかるも、すぐに踏ん張って拮抗状態に持っていく。バチバチと火花を散らしながら両翼と拮抗する二刀を構えながら箒は眼前の福音を睨みつけ、唐突にその視界に影が差す。

 

「どうりゃあああああ!!」

 

 福音の頭上から、上段に振りかぶった青竜刀で鈴が斬りかかってくる。それを福音は後ろへと動くことでかわし、かわされた鈴が箒と福音の間に入り込む形になる。

 

「箒! ちょい下がって!」

「心得た!」

 

 箒の代わりと言わんばかりに福音に切り掛かる鈴の言葉に従って箒は福音から距離を離し、再び攻撃の機会を伺うために旋回をする。

 

「ちょっと強くなったからって、チョーシくれてんじゃないわよ!」

 

 右手に持った青竜刀を叩きつけようとする。だが振り下ろし始めの勢いが乗り切っていないところを片翼に叩かれ、そのまま青竜刀は鈴の右手を離れる。

 

「なんのぉ!」

 

 微塵もひるまずに鈴は身を捻って今度は左手の青竜刀を叩きつけようとする。それを福音は僅かに身をそらすことであっさりかわすが、直後にもう片方の、弾き飛ばされたはずの青竜刀が福音に襲い掛かる。

だが鈴の右手には何も掴まれていない。だというのに弾かれたはずの青竜刀が福音に当たった理由は至極単純であり、ナックルガード状いなっている柄に先を引っ掛けることでコントロールを取り戻していた。それだけのことであった。

だが言うは易く行うは難し、全身の動きを正確にコントロールすることがこの手法には必要だ。それを鈴は本人すら無意識のうちに、それこそ勢いでと言っても良い具合に行っていた。

 

「さっさと――落ちろぉおおおお!!」

 

 流れるような連続攻撃は身体の各所の捻りや回転運動、更には先ほどのように足を使って得物を操ったりフェイントを織り交ぜたりと、相手取る福音が後退しあぐねるほどに変則的な流れに乗っている。

 

「リズムが、読めない……?」

 

 真っ先に鈴の動きの異常さに気付いたのはラウラだった。

通信を介してその呟きを聞いた鈴を除く四人全員が一斉に鈴の動きを注視する。そしてラウラの言う通りだと合点する。

得意とするスタイルの違いこそあれど、この場に集った全員は格闘術などにもそれなりの心得を持っている。だからこそ鈴が現在行っているような格闘戦では段々とその者の動きの流れというものが見えてくるのだが、今の鈴からはそれを読み取ることが全くできない。

 

「まさしく天衣無縫、戦場に舞い踊る戦姫というわけか」

 

 納得しながらも同胞の敏腕に感嘆し、同時に更に高ぶった闘志の熱を秘めながら箒が呟く。その言葉が何よりも今の鈴の戦いぶり――型無き戦闘術(フォームレスアーツ)を現していた。

 

 

 

 

 槍のように突き出された片翼をかわす。身を捻るような回避の流れに乗せてそのまま青竜刀の横薙ぎを見舞う。

 

「……」

 

 段々と口数が少なくなっていった。間違いなく心は高揚しているはずなのに、逆にどんどん深みに沈んでいくような感覚すらあった。それが何なのかは鈴には分からない。だが、いけると思った。

かつてない程に目の前の相手に、いや、戦闘そのものに集中ができている。それだけではない。福音がどう動くのか、どう自分の動きに反応してどう返してくるのか、その全てに反応ができる。見切れる。どころか、今なら誰を相手にしても負ける気がしない、そんな万能感すらあった。

福音の翼が発光する。自分を引きはがすため、多少の無理をしてでも光弾を放とうとするのだろう。だが無意味だ。そんなもので今の自分を止められるものかと思った。

 

「今のアタシを止められるのは――」

 

 青竜刀を振るった勢いで勢いよく身を捻る。グルリと一瞬視界が回転した直後、目の前には回り込んだことによって捉えた福音の背があった。

 

「アタシだけよ!!」

 

 そう吠えると共に両手に握った二振りの青竜刀を同時に福音の背に叩きつけた。

再度海へと落ちていった福音は減速をしながらも上空に向き直り、距離を取ろうとする鈴目がけて光弾を放つ。だが、放った光弾は直後に飛来したミサイル群にその大半を阻まれ、残った幾ばくの光弾も全てシャルロットが横合いから放ったショットガンに全て迎撃される。

 

「……」

 

 その様を簪は眼鏡の奥で瞳に怜悧な光を宿らせながら見下ろしていた。

現在も彼女の指はひっきりなしに動き続け、目の間のモニターには幾つもの演算式が次々と現れては消えを繰り返している。

 

「オルコットさんは福音の三時方向に射撃、ボーデヴィッヒさんはそれを覆う様にミサイル。篠ノ之さん、刀の遠距離攻撃をボーデヴィッヒさんに続けて」

 

 機械のアナウンスもかくやと言えるような無機質な声で簪は坦々と支持を出していく。周辺の環境、与えてきたダメージ、これまでの福音の戦闘行動から予測したルーチン、得られた情報の全てを、そして得続ける情報の全てを、投入して簪は戦況分析と予測を立てていく。

扱う情報の量が量だ。当然システムだけでは処理しきれず、簪自身が自ら演算処理をしなければならない。そして簪自身にかかる処理の負担も相応に大きい。だが簪は行う演算の悉くを凄まじい速さで処理していく。そしてその結果には微塵の狂いもなかった。

 

「私の計算に、狂いはない」

 

 絶対的な自信を以って告げるように言う。それは先のラウラの姿に通じるものがある。感覚からか、理論からか、違いはあれどどちらも未来予知と呼べる正確な読み。そして情報の共有が為されている以上、完全に福音の動きは全員に把握されるところとなっていた。

 青い光弾が、紅色の光刃が、燃え盛る砲が、無数の銃弾、ミサイル群が、完全に動きを読まれた福音に引っ切り無しに襲い掛かる。

既に形態移行をした時の猛威は消え失せ、ただ止むことない砲火に蹂躙されるだけとなっていた。

 

「デュノアさん、行って」

「オーケー! ラウラ、頼むよ!」

「任せろ!」

 

 未だ爆炎が晴れない内にシャルロットが福音目がけて突っ込んでいく。その片手にはレーゲンから伸びたワイヤーが握られ、シャルロットは福音の影を確認すると同時に福音目がけてワイヤーを投げつける。

度重なる猛攻に完全に動きを抑え込まれた福音にワイヤーをかわすことはできず、両翼ごと身をワイヤーに絡めとられる。何とかして離脱しようとするも、それはラウラが踏ん張りを効かせることで封じる。

 

「一斉攻撃!!」

 

 箒の号令に合わせて今こそ最大の好機とばかりに全員が猛攻を加えていく。

箒は二刀を振るい、紅色の光刃と光弾をこれでもかと浴びせる。同じように鈴も出し惜しみは無しだと言わんばかりに衝撃砲を撃ち続ける。シャルロットもグレネードやガトリングなど、手持ちの兵装を次々と打ち込んでいく。

 

「全弾、発射」

 

 簪も山嵐のシステムによる制御の下、残るミサイルを更に撃ちだしていく。更に福音の離脱を抑えんと踏ん張るラウラの代わりと言うかのように、これまで秘してきた最後の装備を使う。

背部に搭載されたバックユニット、そこに取り付けられた筒のようなユニットが稼働し、右肩に担ぐような形となる。それは砲だった。

未だ試作段階を出ていないために銘こそないが、スペックデータ上の威力はこの場にある射撃兵装の中では特に威力の高いビーム砲だ。

 

「オルコットさん」

「えぇ」

 

 簪の言葉にセシリアが頷く。既にスターライトのチャージは完了、最大出力の一撃を引き金によって放たれるのを待つのみだ。

 

「構造相転移砲――」

「最大出力スターライト――」

 

『発射!』

 

 同時に放たれた青い光条と白い光条が十字砲火(クロスファイア)となって福音を呑みこむ。数秒にも満たない熱戦が通り過ぎた後、ワイヤーが焼き切れたことで拘束から解放された福音は既に両翼の光を薄れさせ、完全に満身創痍の状態だった。

 

「ちょっとばかしやり過ぎたかしらね? アレ、中のパイロット大丈夫なの?」

「どうだろうね。というか凰さん、一番凰さんが福音倒すのに乗り気じゃなかった?」

「いや、ちょっと頭が冷えてきたって言うか。うん、頭冷えたのよ」

 

 オーバーキルになってやしないかと今更な心配をする鈴とシャルロットだが、そんな軽口とは裏腹に二人の眼差しは他の者たちと同じく鋭く福音に向けられている。

福音が完全に沈黙していない以上、まだシールドは生きているのだろうが、それとは別に完全に戦闘不能に陥るのか、それを見極めようとしていた。そして――

 

「むっ?」

 

 箒が福音の様子の変化に気付く。少しずつ、少しずつだが、動いている。段々と両翼の輝きも戻っていくのが分かる。

 

「まだ終わりではないということですか」

「だが既に奴も限界が近いはずだ。気を緩めなければ、勝算は大いにある」

 

 セシリアとラウラの言葉にこれで最後と全員が気を引き締め、各々の得物を構える。そうして囲まれた中央で福音はゆっくりと首を動かす。そして箒を視界に捉えた直後――

 

「箒ッ!!」

「ぬっ!?」

 

 鈴が警告をするも、それより早く福音が瞬時加速で箒に迫っていた。加速の勢いをそのままに福音は拳を握り、箒に叩きつけようとする。それを箒はすんでのところで交差させた二刀でガードするも、そのまま福音ともども大きく飛ばされてしまう。

 

「くっ……せいっ!」

 

 吹っ飛ばされながらも何とか腕を振って福音の拳を弾いた箒は、それによって福音より更に離れた位置で止まる。そしてすぐに福音の追撃に備えようと構えるも、そこで異変に気付いた。

 

『箒! すぐに援護に行くわ!!』

「待て! 何かおかしい……」

 

 通信越しの鈴の言葉に箒は制止を掛ける。どういうことかと通信越しに疑問を露わにする鈴を他所に、箒はじっと福音を見る。

福音もまた箒を見据えていた。そして自然体さながらに両手を両翼を開き、まるで構えるかのような姿勢を取る。

 

「まさか、一騎打ちのつもりか?」

『は? どういうことよ』

 

 箒が呟いた言葉に鈴がその意味を問う。

 

「正直、確証があるとは言えない。だが、私には福音が一騎打ちを求めているように見えるんだ。私との」

『何馬鹿なこと言ってんのよ。相手は暴走機体よ? そんな高尚な意思があるっていうの?』

 

 もっともな疑問だと箒は思った。だが、それでもそうだという直観が強く箒の脳裏で自己主張をしていた。それに――

 

「確かに、お前の言う通りだ。だが、それでも私は奴の意思を感じた。それに、暴走と言ってもそれは私たちの都合なんじゃないかな。これまでの戦闘が奴自身の意思の表れだとしたら、例え私たちにとっては暴走だとしても、それは奴の明確な意思によるものだ。だから、そういうことだってありうる」

『いや、まぁ……』

 

 確かにそういう見方もありと言えばありだが、それでも鈴には納得がし難かった。

 

「みんな。この戦い、最後に我がままを言わせてくれ」

 

 箒が何を言おうとしているのか、全員が次の言葉を予測していたが、あえて何も言わずに言葉の続きを待った。

 

「最後だ。だから、奴の望み通り一騎打ちで決着をつける。どのみち奴も満身創痍。ならば、最後くらいは奴の意思を汲み取っても良いと思うんだ」

 

 通信越しに全員が呆れるような溜息を洩らしたのを聞き、やはり無理があったかと今更ながらに箒は思う。だが、続けて返ってきた言葉は箒にとって予想外だった。

 

『あーもう、好きにしなさいよ。発破かけたのもあたしだし、やるって言うなら、しょうがないわね』

『尋常なる一対一での決着。そうですわね。率直なところ、わたくし個人としてもそういうのは嫌いではありませんわ』

『何て言うんだろうね、こういうの、サムライの心って言うやつなのかな? ねぇ、更識さん』

『さぁ。私サムライじゃないし』

『危険を感じたらすぐに援護に向かうぞ。そのくらいは許せよ、篠ノ之』

 

 仲間たちからの言葉はどれも箒と福音の一騎打ちを認めるものだった。それを受けて箒はしばし呆けるも、すぐに表情を引き締め直して福音を見遣った。

 

「感謝する」

 

 一言、しかし全力の感謝を乗せた言葉を伝えると箒はそのまま福音に意識を集中する。

 

「行くぞ、福音。お前が何を思ってこうして戦場に居るかは分からない。だがお前自身であるそのIS、お前自身が居るこの場所、全ては常在戦場の意思の体現と見た。しからばッ、その覚悟を構えて私にぶつけてみろ! 私は鞘走るのを止めんッ!」

 

 その言葉と共に福音が光弾を放った。

 

「古風なっ! 決闘の合図が狼煙か!」

 

 だが既に光弾もその密度を遥かに薄めており、紅椿の機動性ならば十分にかわせるものだった。弾幕の隙間を縫うようにして紅椿は福音に近づいていく。しかし福音も黙って迎え撃とうとはせず、ある程度の距離まで紅椿が迫ればすぐに退避行動に移る。

おそらくは傷つき切った身に相当の負荷を掛けているのだろう。依然福音の速力はかなりのものであり、紅椿の速力で以てしても追いつくには少々手間と言えるほどだ。

無論、篠ノ之束謹製の新型に恥じぬスペックとして、実際の速力という点では紅椿の方が上だ。しかし、弾幕の回避のために速度を落とした状態からの追撃になるため、どうしてもその間に福音との距離を広げられてしまうのだ。そうして距離が開くと同時に、再び弾幕が襲い掛かる。一騎打ちが始まってしばらくはこの繰り返しだった。

 

「えぇい! 埒があかん!」

 

 何度目になるかの引きはがしを受けて箒がじれったそうに吠える。だがそれで福音を卑怯とは罵らない。実際問題、福音の戦い方は現状では理に適っているものだ。

 

「しかしそれも長くは続かんだろうが……」

 

 今の福音はいつ倒れてもおかしくない状態なのを無理やり動かしているようなものだ。このまま持久戦に持ち込めば遠からず向こうの方が先に力尽きるだろう。それを選ぶのもまた兵法だ。

 

「が、それは好みじゃない。くっ、これが尋常なる果し合いを求める私の傲慢とでも言うのかッ……!」

 

 福音が何を思って戦っているかは知らない。だがここまで追い詰められて尚も戦うといことは、福音なりの強い意志があるのだろう。それと真っ向ぶつかり合いたい。それが箒の偽らざる本音だった。

 

「やはり、やるしかないか……」

 

 真っ当なぶつかり合いにしたくとも、向こうが乗ってこない。ならば、強引にでも引きずり込むだけだ。

 

「そうだな。まずは、私から動かなければな」

 

 腹は括った。しかし面持ちは穏やかそのものだ。そう、相手に伝えるならばまずは自分から動かねばならない。今まで中々できず、本当に少し前にようやく少しずつできるようになったことだ。ここでやっても、何もおかしいことはない。

 

「往くぞォ!!」

 

 前面で二刀を交差させながら箒は福音めがけ一直線に吶喊していく。愚直を通り越して馬鹿と言われてもおかしくない程に正直な真正面からの吶喊を、当然黙って受け入れる福音ではない。両翼を発光させ、光弾の連射で以って迎え撃ってくる。

 

「その程度、恐れるに足りんッ!」

 

 向かって来る光弾は全てを、やはり二刀を振るうことによる光弾と光刃で迎撃していく。光弾同士がぶつかり合うことで幾つもの爆発が眼前に現れるが、微塵も躊躇することなくその中へと飛び込んで福音に向かっていく。

 

(この程度で、臆してたまるか!)

 

 多少のリスクがある、その程度はもはや怖くもなんともない。本当に怖いのは、何もできずに無力感に苛まされることだ。

セシリアに抱えられて逃げるしかできなかった時のあの想いを、僅かな躊躇でこれから先ずっとし続けることなど断じて御免だ。

 だがもう一つ、恐怖云々以上に引けない理由もある。

 

(約束したんだ……!)

 

 煙が晴れ、福音の姿をすぐ目の前に捉える。迷うことなく両手を振り上げ、福音目がけて切り下ろす。

 

「絶対に勝つとッ!」

 

 迫る二刀をかわす余裕はなかったのか、福音は交差した腕で受け止める。金属同士がこすれ合う甲高い音があたりに鳴り響き、接触点からは火花が飛び散る。

 

「捉えたぞ!」

 

 この好機を逃す術は無い。防がれようとも間合いに捉えたことは事実。一気に畳みかけて勝負を決める心算だった。

防がれた二刀をそのまま福音の腕と押し合いにするということはせず、再度振りかぶって連続で斬りかかっていく。砲戦主体の福音相手ならばもしやと思ったが、厄介なことに福音は近接戦闘でも高いパフォーマンスを持っているらしく、一手一手を確実に対応される。

それだけではない。福音もまた、一手合わせるごとに学習をしていっているのか、徐々に反応が早まってきている。更にはより力を振り絞っているのか、両手足のブースターから常に噴射炎を出しながら動きの速さまで上がってきている。

 

「くっ」

 

 右手での一撃を防がれた直後に晒してしまった一瞬の隙を突いて背後に回り込んだ福音の攻撃を何とかしてかわすも、そのすぐ後に両翼が槍のように迫ってくる。それを二刀で何とか受け流すも、防御によって動きが止まった隙に福音は再度箒から距離を離す。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 荒い息を吐き、肩を大きく上下させながら箒は福音を睨みつける。まずい状況だ。決定打を打ち込む瞬間を見いだせないばかりか、回復したエネルギーが再び無くなりつつある。

再度絢爛舞踏を使えば回復はできるだろうが、それでも今までの焼き直しにしかならない。

 

(どうするっ)

 

 必要なのはまず十分な動力源、そして福音を圧倒する機動性、更には確実に沈黙させるための火力。これらだ。

単に絢爛舞踏で回復しただけではどれか一つしか補えない。ではどうすれば良いのか。脳裏に熱を感じるほどに思考をフル回転させる中、それを思いついたのは唐突だった。

 

「そうか……」

 

 絢爛舞踏は確かに強力な回復能力だ。だがただ回復しただけでは再度消耗していくだけ。ならば、常に回復を続ければ、あるいは――

 

「一か八か、だな……」

 

 そもそもの大前提である絢爛舞踏自体も再び使えるか怪しい。だが、できなければそれまでだ。ならば、やるしか選択肢は残されていない。

 

「福音、決着をつけるぞ」

 

 静かに呟いたその言葉が福音に届いたかは定かではない。だがそんなことは箒にとってはどうでも良かった。既に、そのような事に割く意識は無く、あるのはただ『勝つ』という意思それだけである。

 

「はぁっ!」

 

 気合の掛け声と共に再び箒は吶喊し、福音はそれを迎え撃とうとする。

 

(燃え上がれ……)

 

 己の体にそう言い聞かせる。体力の全てを振り絞って、持てる技を眼前の相手に叩きつける。

 

(燃え上がれ……)

 

 紅椿に語り掛ける。これからやろうとしているのは確実にとびっきりの無茶だ。それに無理やりにでも付き合ってもらう。

 

(燃え上がれ……!)

 

 ただ意識を勝利のみへ沈んでいくかのように深く深く集中させる。だが、決して芯にある闘志は冷まさない。むしろ逆だ。言葉通り、更に苛烈なものへと変える。

 

「烈火を纏え! 紅椿ィィイイイイイイイイ!!!」

 

 性懲りもなく真正面からの吶喊を仕掛けてきた相手を迎え撃とうとした福音は、突然雄叫びと共に相手の姿が掻き消えたことに動揺し、一瞬動きを止める。直後、横合いから衝撃が襲い掛かってきた。

 

「隙ありぃいいいい!」

 

 一体いつの間に――仮に福音が人語を発することができたとしたらそう言っていたに違いないだろう。真正面にいたはずの相手が突然掻き消えたと思ったら、横合いから蹴りつけてくるなど、普通は考えられない。

そして箒の蹴りをまともに受けた福音はその直後に今度は背後から切りつけられる更には右側面から、次々と様々な方向から連続して攻撃が襲い掛かってくる。

 そんな中で二刀による斬撃を受け止めたのは偶然だった。刀と腕甲の押し合いによりようやく紅椿はその動きを止め、今の姿を福音の前に晒す。

文字通り、その総身は烈火に包まれていた。全身の装甲という装甲から真紅の燐光が勢いよく放出されている。さながら箒の闘気を具現化させたかのようだ。

 

「お、ぉ、おぉぉおおおおお!!」

 

 雄叫びと共に箒が両腕を押し込む。明らかに先ほどまで以上に機体の出力が上がっている。一体何事なのか、何が目の前の相手に起きているのか、福音には皆目見当が付かなかった。

そして箒は、ひたすらに我武者羅だった。目論見が成功したことへの達成感など微塵もない。ただ、勝ちたいという想いだけが彼女の中で燃え盛っていた。

 箒が行ったこと、それは絢爛舞踏の発動持続である。常に動力を全回復させるエネルギー供給を持続させることで、どれほどエネルギーを大量に消費するような機動、攻撃をも無制限に行う。本当に、思い付きを賭けで試しただけであった。そしてその結果は、今の状況が示している。

回復に回されなかった余剰エネルギーが装甲の各所から噴出する様は、箒の言葉通り烈火を纏っているかのようである。

 

「せぇええええいッッ!!」

 

 箒の両腕が振りぬかれ、福音が大きく弾き飛ばされる。それと同時に箒も動き一気に福音の背後へと先回りすると、最大の難点でもあった両翼を根本から切り飛ばす。

 

「これぞ我らが奥義、『絢爛舞踏』! ――否ッ!」

 

 両翼を切られても福音の飛行能力が潰えるわけではない。最後まで足掻かんと振り向き、その手を箒に向けて伸ばす。

 

「銘打って是即ち、『剣爛舞闘』ッッ!!」

 

 スッと、静かに福音の懐をすり抜け、同時に一閃を見舞った。それと同時に、ビデオ再生を停止させたかのように福音の動きは止まり、紅椿からも真紅の燐光が消え失せた。

 

「私は弱いよ。こうして優れたISがあってやっとまともに勝てる程度だ。私自身など、たかが知れている。だけど、負けられないんだ。決めたから。こんな私を受け入れてくれる仲間を守りたいから、そのために剣にも盾にもなると。私は、私の大事な仲間を、友達を守る防人だ。だから、たとえ私自身がどれだけ弱くても、戦場では負けられない。この戦い――私の勝ちだ」

 

 そう箒は己の勝利を告げた。同時に福音の総身から力が失われ、ついに完全に沈黙をする。そのまま海へと落ちそうになった福音をすんでのところで受け止め、ようやく箒は安堵の溜息をついた。

 

「勝ったよ、みんな」

 

 飛んでくる仲間たちの姿に箒は知らずそう呟いていた。既に水平線には朝日が顔を出し、日の光が頬を照らす。それを暖かいと、箒は心底久しぶりだと思える穏やかな気持ちで感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パン――と、何かを叩くような音が鳴った。それは一度では終わらず、一定の感覚で数秒続く。

夕焼けに照らされた海岸で、事の顛末を見届けた一夏が満足そうな表情で拍手をしていた。

 

「あぁ、素晴らしい」

 

 それは彼に心からの言葉だ。強敵に仲間たちと力を合わせて立ち向かい、最後には持てる力を振り絞って一対一で決着をつける。

まるでよくできた物語だが、それは現実に起きた出来事だ。だからなおさら眩しく思える。

 

「見事、それしか言いようがないよ。箒、素晴らしい。お前がそこまでやれるなんて、オレの想像を遥かに超えていた」

 

 絢爛舞踏もそれはそれで大概だが、それ以上にその絢爛舞踏を持続させての猛攻撃、これには一夏のただただ感嘆するより他なかった。

そして思う。仮に自分が同じ立場なら同じことができただろうか? 仮に自分がアレを相手取るとしたら、果たしてどうなるのだろうか?

答えは分からないだ。以前の箒は、一夏にとっては戦っても十分に勝てる相手、やってきたことは自分もできること。そんな存在だった。それがどうだ、この短い時間の間に彼女はそれを遥かに上回り、それこそ脅威すら感じる存在になっているではないか。

そのことを一夏は純粋な喜びで以って迎えた。元々古馴染でそれなりに思うところある相手だ。そんな存在が明確な成長を遂げた。それは喜びで以って受け入れて然るべきだろう。

 

「認めよう、箒」

 

 少なくとも、未だ技の練度など多くの点で一夏の方が上にある。だがそんなのは些細な問題だ。

 

「お前は強いよ。オレは認める。お前は紛れもない、強者の一人だ」

 

 ゆえに一夏は自分自身に戒める。これより先、箒を相手取るのであれば一切の油断は許されない。他の専用機持ち達と同様、いや、絢爛舞踏による爆発力を考えればそれ以上を想定して良いレベルだ。

 

「そして皆もだ。改めて実感したよ。皆、本当に強い」

 

 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、誰もが一筋縄ではいかない好敵手たちだ。そして誰もが、各々が持ち合わせる肩書に相応しい実力を持っていると再認識した。

 

「ふふ、これからが楽しみだよ」

 

 一夏にとって武は愛するものだ。その一端を追求できるIS学園という場にあって、これほどまでに素晴らしい好敵手たちと共に競い合えるということが、こうして新たな心持で考えてみると何とも素晴らしい。勝利も、敗北も、余さず貴重な糧になるだろう。

 

「さて、となるといつまでもこうしちゃいられないな」

 

 そろそろ良い頃合いだ。自分もそろそろ起きる時だと一夏は己に言い聞かせる。

 

「じゃあな。また、縁があったら話でもしようか」

 

 傍らの少女にそう語り掛ける。少女は首を動かし、一夏を見上げた。直後、空間を照らす夕焼けが一瞬、一際強く輝いてあたりが黄金に染まったかと思うと、既にそこに一夏の姿は無かった。そうして少女は、一人静かにそこへ立ちすくしていた。

 

 

 

 

 

 




 なんか妙な方向に吹っ切れた箒さんでした。
きっとここから彼女の発言にはところどころ、十四歳な病が見え隠れするのでしょう。
まぁそれを書くのは自分なわけですが。

 箒だけでなく、他の面々にも才能の片鱗的なのを出させてみました。
いずれは一夏や箒ともども、全員の才能が花開いてもうぶっ飛んだ感じのバトルをやったりやらなかったり、日常回で馬鹿やったり。そういうのをしたいなぁと思います。

 とりあえず先の計画として、文化祭の案出しあたりで一夏には軽くはっちゃけて貰う予定ですww

 次回こそ三巻完結させます。多分そこそこ早く仕上がる予定。
そしたら楯無ルートの最後のストックを出して、そして再び更新遅い地獄に入ると思います。
学年上がって講義増えすぎんよー

 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。