或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 長かった……
にじファン終了に伴い決めた移転、そして決意した完全新作での書き直し。一昨年の夏から今に至る一年と八カ月、ようやく一区切りと言えるところまで漕ぎ着けました。
いや、まだまだこの作品は続きますけどね。やはり三巻の話というのはIS原作、二次、全体で見ても一つの大きな山場であり区切りとも思っているので。
 何はともあれ、これで三巻は終了です。

 いや~、前回のとで元々一話分だったのを長すぎると半分に切っただけに、早く上げられましたww


第三十八話 かくして騒動は終結し、魔女はキセキの種を見初める

「さて貴様ら、私の言いたいことは分かっているな?」

 

 旅館の入り口で仁王立ちをする千冬の前に、無断出撃をした六人がISスーツのまま揃って並んでいた。

あの後、箒自信も消耗の激しさのために自力での帰投が難しい状況となり、結局福音ともども仲間の手を借りて元の海岸へと戻った。

海岸に戻った彼女らを出迎えたのは学園の教員と米軍の関係者を含めた何人かの人物であり、米軍の方に停止した福音を纏ったままのパイロットを引き渡すと、そのまま教員に引き連れられ今に至るということである。

 

「いやぁ、実に驚いたものだ。命の危険があるかもしれん輩を相手に無断出撃など、どこぞの愚弟くらいしかやらかさない馬鹿だと思っていたが、それをやらかす大馬鹿が他に六人もいたとはな。しかもそれが学年を代表する専用機持ちと来たものだ。いやはや、まったく以って驚きだよ」

『……』

 

 口では驚いているとは言うものの、褒める要素は微塵も含まれていなかった。むしろその逆が百パーセントと言えるぐらいである。

 

「分かっていると思うがお前たちがやったことはただ事ではない。学園の規則の範囲を逸脱し、下手をすれば国際問題になりかねんことなのだ。当の米国側がお前たちに温情措置をと言ってきたことや、結果として更なる被害を抑えたことなどを鑑みて厳罰は免ずるが、学園に戻り次第反省文の提出と各自に割り当てられる懲罰訓練はやってもらうぞ」

『はい……』

 

 ぐうの音も出ないほどに自分たちが悪いと自覚しているだけに、六人揃って神妙な顔つきで言い渡された罰を受け入れる。

 

「まぁ、ここで私がいつまでもグチグチ言っても仕方ないだろう。お前たちもそれなりに疲労はしているだろうから、今のところはこれで勘弁してやる。早めに中に戻って休め。他の生徒たちは少々タイムテーブルを変更して予定通りの訓練を行うが、お前たちは今日一日休みだ」

 

 そう言うと千冬は六人の背後に回って旅館に促すように一人一人の背をポンと叩いていく。

 

「それと――」

 

 とりあえずは旅館に戻ろうとした六人の背に千冬の声が掛けられる。

 

「よくやった。そして、よく無事で戻ってきた」

 

 温かみのあるその言葉に六人は揃って振り向いて千冬を見る。そして一斉に破顔した。

 

 

 

「あの、織斑先生。よろしいですか」

「ん? どうした?」

 

 旅館に入ろうとした直前で何かを思い出したかのように質問に来た箒に千冬は首を傾げる。

 

「あの、一夏は……」

「あいつか」

 

 問われて、千冬はどこか言いよどむ様な素振りを見せる。

 

「あ~、あいつはだな、その、なんだ」

 

 千冬自身としてはどういう表現で伝えようかと考えているだけのつもりだった。だが、箒にとってはそうでもなかったらしく、何かに思い至ったかのように顔を青ざめさせると千冬の返事も待たずに旅館へと掛けだしていた。

 

「あ、おい待て! いや実はな――」

 

 とりあえず状況だけでも伝えようとするも、既に箒は旅館の中へと飛び込んだ後だった。結果として伝えるべきを伝えそびれたことになってしまった千冬だが、やがてまぁ良いかと納得すると自身もまた旅館に向かって歩き出した。

 

 

 

 マナー違反も何も忘れて箒は旅館の廊下を走っていた。途中、先に中に戻っていた五人に合流し、五人は五人で突然慌ただしくやってきた箒に何事かと首を傾げる。

 

「一夏が、一夏が!」

 

 箒の切羽詰まった表情と、発せられた一夏の名。それらから一夏の身に何かあったのではないかと五人が思うのに時間は要らなかった。

一人が今度は六人になって、慌ただしい足取りで一夏が寝かせられている部屋へと向かっていく。

 

「一夏!」

 

 バン! と勢いよく襖を開けて箒が部屋に飛び込む。そして彼女の視界に入ってきたのは――

 

「おー、箒か。お疲れー」

 

 膳の上に乗せられた朝食であろう和食を食べている一夏の姿だった。ご飯の盛られた茶碗を片手に、もう片方の手を挙げてまるで日常の挨拶のようである。

 

「い、一夏……?」

「ん? どうした?」

 

 予想していたのとだいぶ、いやかなり違う光景に箒が固まる。彼女の後に続いてやってきた五人にしても、どういうことかと首を傾げている。

 

「いや、何でもない。そうか、早とちりだったか……」

 

 そう安堵するように呟くと、箒は大きく息を吐いて肩を下ろす。少なくとも一夏の無事を確認できたからか、後ろの五人も安心はしている様子だった。

 

「あー、なんだ。よくは分からんが、皆お疲れ。倒してきたんだろ、福音?」

「あぁ。ちゃんと、終わらせてきたよ」

「そうか、なら良いさ。じゃあアレだ。お前らも飯でも食ったらどうだ? 厨房の方に言って一声かければ用意してくれると思うぞ?」

 

 その言葉にようやく六人、空腹を自覚したのかどこか気恥ずかしそうに各々明後日の方向を向く。そして顔を見合わせて頷くとまずは食事をという流れで話が纏まる。

 

「あぁそうだ。一応、言っておこうと思うんだ」

 

 だが歩き出す直前に一夏の言葉が足を止めさせる。

 

「到底信じられないかもしれない。けど、オレは見ていたよ。お前たちをずっと。だから、改めて言っておきたいんだ」

 

 見ていたとは福音戦のことだろうか? それはどういうことか、そして言いたいこととは何なのか。疑問はあったが、ひとまずは一夏の言葉を待つ。

 

「ありがとう」

 

 そして告げられたのは予想外の、礼の言葉だった。

 

「改めて分かったよ。やっぱり、お前たちは強い。だからこそ、オレはお前たちと好敵手で居られることが嬉しい」

 

 そして一夏は六人の顔を順に見ていく。

 

「セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、そして箒」

 

 その言葉に六人が揃って反応を示した。今のはどういうことか。今まで彼は、箒と鈴以外は姓で読んでいた。それが何故急に名前で呼ぶのか。

 

「オレなりの、割り切りだよ。オレはもっと上に行く。お前たちを超えてな。今のは、まぁそれに伴っての自分への喝入れみたいなものさ。もちろん、嫌だって言うなら元に戻すけど」

 

 一夏の説明に一同は納得する。別に名前で呼ぶくらいは一向に構わない。何ならこちらも一夏を名前で呼んでも良いくらいだ。だが、一つ聞き逃せないことがある。

 

「生憎、早々超えられるつもりはありませんわ」

「あんたを打ち負かすのは、あたしの目標の一つなのよ」

「君に勝てるんだったら、それはすごく満足できそうだからねぇ」

「トーナメントの時の負けは忘れんぞ。いずれは、些細な一敗に変えてやろう」

「悪いけど、このまま勝ち越させてもらう」

 

 それぞれ上等と、ならば自分こそが逆に超えてやると宣言する。

 

「私とて、同じ気持ちだ」

 

 箒もまた自分の意思を宣言する。

それを見て一夏はむしろ嬉しそうに頷くと、早く行けと促す。そうして六人が去っていき、再び一人となった部屋で一夏は持っていた茶碗に目を落とした。

 

「あぁ、やはり最高だよ」

 

 静かに、狂的なまでの歓喜を孕みながら呟きは発せられ、その口元は三日月形の笑みを象っていた。

 

 

 

 

 その後は極々穏やかに時間が過ぎ去って行った。元々三泊四日の予定である臨海学校、四日目は昼頃には旅館を後にしなければならない関係上、この三日目が学習活動を行える最終日だ。

想定外の事件こそあったものの、本来の予定を潰すことはできないために専用機持ちを除く大多数の生徒たちは海岸で実機演習に励む運びとなった。一方で一夏をはじめとした専用機持ちには休息が与えられ、各々その休息を思い思いに過ごしていた。

寝かされていた部屋から元々割り当てられていた姉との部屋に戻った一夏の携帯にメールが届いたのは、休息を部屋でごろ寝をして過ごしていた午後のことだった。

 

 そして再び時間は過ぎて夜。既に夕食も終わってしばらく経ち、あとは就寝時間を迎えて寝るだけとなった刻限に一夏は一人で海岸まで赴いていた。

 

「まったく、とんだ大騒ぎだったな」

 

 颯爽と出撃し、そして傷ついた状態で戻り、今度は仲間たちが飛び出していったのがこの海岸だ。たった三日程度なのに、密度が濃いせいで随分と長い時間に感じられた。

 

「さて、確かこのあたりだったはずなんだけど……」

 

 懐から携帯を取り出した一夏は昼に届いたメールを開いてその内容を確認する。差出人は箒、内容はこの時刻にこの海岸にて話があるという旨だ。

どういうことかと夕食の席などでさりげなく問おうとしたものの、その時に話すと言うだけで他には何も言わずじまいだった。そのことに首を傾げたものの、とにかく話を聞かないことにはどうにもならないためにこうして赴いたのだ。

 

「お、いた」

 

 元々夜目はそれなり以上に効く方である。海岸に立つ人影、身にまとった学園の制服と長い黒髪のポニーテールは目的の人物の特徴を大いに表していた。

 

「箒」

「あぁ、来たか」

 

 背後から歩み寄って声をかけた一夏に箒は振り返って彼を迎える。

 

「すまない、このような時間に呼び出してしまって」

「いや、別に結構暇してるから良いけど。それで、メールにもあったけど、話ってのは何なんだ?」

 

 時刻も時刻だ。あまり余計な話で時間を延ばすのも良くない。直球で本題に入る一夏だが、それに箒は何も言わずに素直に応じる。

 

「その、だな。色々言いたいことがあるんだ。まずは、そうだな。福音の件だが、すまなかった」

 

 言って箒は頭を下げる。彼女が何に謝っているのかは問わずとも分かる。福音との第一戦の時のことだろう。

 

「別に良いさ。オレはこうして無事だ。それに事件自体も解決して終わっている。もう、何も気にする必要はないよ」

「……すまない。正直、そう言って貰えて助かるよ」

 

 その反応は一夏にとっても予想外だった。気にするなというのは一夏の本心だが、箒ならそれでも、と食い下がってくるだろうと思っていたのだ。随分と聞き分けが良くなったと思いつつも、別に悪いことではないためにとりあえずはそれで納得することにした。

 

「それで、まだ何かあるんだろ? まさかそれだけのためにこんな場所に呼び出したわけじゃないだろうし」

「あぁ。むしろ、こっちが本題だ。……実のところ、これは私自身でもあやふやなんだ。本当にそうなのかと疑ってもいる。だから、面と向かって言ってけじめをつけることにした」

 

 一体何なのか? 一夏は雰囲気で箒に言葉の続きを促す。

 

「一夏、私はお前が好きだ。離れ離れになる前から、異性として」

「っ……」

 

 あまりに唐突な想いの告白だった。唐突だっただけに一夏も流石に小さく身じろぐ。だがすぐに元通りに戻す。

それに、言われてどこか納得もしているのだ。確信を抱いていたわけではない。ただ、どこかでもしやと思ったことは何度かあった。

 

「……」

 

 箒はまっすぐ一夏を見つめている。その眼差しは学園で再開してから今に至るまでで、もっとも真摯さに満ちたものだった。目をそらすことはできなかった。そしてはぐらかすことも許されないと分かっていた。

 

「ふー……」

 

 小さく息を吐いて一夏は言葉の準備を整える。箒は大まじめに自分の想いを告げてきたのだ。ならば、こちらも相応の誠実さを以って返すのが道理というもの。そして一夏は意を決して答えを告げる。

 

「すまない。その気持ちには、答えられない」

 

 深々と頭を下げながら言った。

 

「正直、ありがたいことだとは思うさ。それに一応は幼馴染なんだ。それなりに他の連中とは違う様にも思ってはいる。けど、すまないな。それでも、そういう風にはなれない」

 

 頭を下げたまま一夏は箒の反応を待つ。あるいはこのまま蹴りの一つでも食らうのだろうか。まぁ告白を断るなんてことをしたのだし、そのくらいはされてもある意味仕方ないと一夏は腹を括る。

 

「頭を上げてくれ。――良いんだ」

 

 だが、返ってきた答えは一夏にとって予想外のものだった。とりあえずは言われた通りに頭を上げて、そこで気づいた。告白を断られたというのに箒の表情には穏やかなものだった。

 

「さっきも言ったろう? あやふやだと。それをはっきりさせるためにこうして告白したのだが、なんだろうな。逆に断られてスッキリした気分だよ。いや、告白した身で言うのも勝手な話だと分かっているのだけど、うん。自分の中では区切りをつけられたから、良いんだ」

 

 語る箒の表情はまるでのしかかっていた重りを取り去ったかのような軽やかさがある。

 

「小さい頃からずっと私の中で燻っていたものに区切りを付けられたんだ。もちろん、受けてくれたらそれはそれで嬉しいけど、こうして断られても気分はそこまで悪いものじゃない。すまないな、我が儘に付きあわせてしまって」

「いや……」

 

 ともすれば、謝るのは自分の方なのかもしれないと一夏は思う。さっきも言ったように、ある程度感づいてはいた。そもそも、先のトーナメント前にそういう旨の言葉を伝えられていたのだ。

だが、思い返せば自分はそれに対して少々対応が不真面目だったのではとも思う。自分の中での武への優先度の高さを変えるつもりは毛頭無いが、もう少し対応をちゃんとしていれば良かったのではないかと、今更ながらに思う。

 

「まぁ、お前の態度にも色々思うところはあったのも事実だが」

「うっ……」

 

 案の定言われた。そしてそれを言われてしまうと一夏には何も言い返せない。何せ自分でも思い返せばちょっと悪かったかなぁと思うくらいなのだ。反論などできようはずもない。

 

「ちょっとは反省したか?」

 

 だが箒はそれ以上の追及をすることはせず、むしろしてやったりというような顔をするだけだった。

思わぬ形で一本取られたことに気付いた一夏は目を丸くすると、観念するように肩を竦めた。

 

「いずれにせよ、もうこれは解決したことだ。だから、もうお終い。あぁ、ずっと抱えてたものを下ろせたからかな、だいぶすっきりした気分だよ。これでやっと、私も本当にしたいことができるよ。一夏。私な、なりたい自分が、成し遂げたいことが見つかったんだよ」

「それは?」

「知っての通り、私はまだまだ弱い。姉さんに良いISを貰っても十全に使いこなせないし、まるで不釣合いもいいところだ。だけど、福音との戦い時に、そんなどうしようもない私に皆は言ってくれたんだ。力になると。力を貸してくれと。

――嬉しかったよ。今まで私を当てにするような人は多くいた。だけどそれは皆、姉さんという私のバックだけしか見ない大人ばかりだった。けど、私と同じ年頃の仲間が、本当なら私の手なんて要らないかもしれないのに、それでも私を頼ってくれた、信じてくれた。姉さんじゃなくて、私を見ながら、私に。

だから、私は応えたいんだよ。そんな皆に。もっと、この紅椿に相応しくなって、もっと成長して。私を仲間だと言ってくれた、私を助けてくれた皆を、今度は私が助けたい、力になりたい。皆が困難に挑むならそれに打ち勝つ剣に、脅威に晒されたのならそれから守る盾に、そして仲間として力になる防人でありたい。やっと見つけられた、私の本当だよ」

 

 胸に手を当てながら、誓いを立てるように語る箒の姿を一夏は静かに見つめていた。そして言い終えた箒に一夏は柔らかい笑みを向ける。

 

「――あぁ、最高だよお前」

 

 手放しの賛辞には焦がれるような熱すらあった。

 

「確かに、まだお前は色々足りてないかもしれない。けど、それを乗り越えて皆のために戦う強さを得る、か。ハハッ、まるでヒーローじゃないか」

「ヒーローだなんて、よしてくれ。照れるだろう」

「いやいや、オレは割と大真面目に言ってるつもりなんだけどな。素晴らしい、立派な願いだよ。生憎オレがその目標について何かしてやれるってのはパッと思いつかないけど、応援はするぞ?」

「そう、言ってくれるだけで十分だよ。正直、私も自分で大言壮語に過ぎるかなと思ってるんだ」

「さて、案外いけるんじゃないのかな? お前、素養はありそうなんだし。諦めなければその夢、いつか必ず叶うだろうよ。少なくともそこまで強くなるというのは、案外現実味がある」

「だと良いけどな。ただ、さしあたっては手近な目標から少しずつやっていくよ」

「それが良いな、ウン。しかしだ、一つ問題があるぞ」

「問題?」

 

 果たして自分の語った内容に何か良くない点があったのだろうか。箒は自分の言葉を脳裏で反芻しながら一夏にどういうことかを問う。

 

「いや、お前がそういうヒーロー的なの目指すのは良いけど、お前アレだよ。ヒーローには敵対する悪役が必要だろ。ニチアサの特撮でもアメコミでもその他諸々でも、もう大昔から世界共通の必須事項だぜ?」

 

 なんだそんなことかと箒は軽く笑う。

 

「別に敵だの悪役だの、そんなものは求めてはいないよ。確かに、私がそうした者から友を守れるようにと望んでいるのは確かだが、別にそうする必要が無いならそれに越したことはない」

「ま、それもそうだな。そうだ、何だったらいっそオレが悪の魔王役でもやってやろうか? オレがやればお前も少しは張り合いが出るだろう?」

「オイオイ、それこそ勘弁してくれ。そんなことをするようなお前の相手なんてこの上なく大変だろうからできればしたくないし、そもそもお前が言うと冗談に聞こえない」

「いや確かに」

 

 そして二人は揃ってカラカラと笑う。

 

「ふぅ。話したいのは、これくらいかな。すまないな、一夏。遅くにこんな場所に付き合わせてしまって」

「別に良いさ。色々、来た甲斐はあったよ。あぁ、有意義だった」

 

 それなら良かったと箒は胸を撫で下ろす。話すことはもう無いからと言うことで話はお開きとなり、箒の方が先に旅館へと戻っていく。残った一夏は波の音を聞きながら夜空を見上げた。

 

「クッ、ククッ……」

 

 先ほどの箒との会話、それを思い出しているが自然と笑いが込み上げてくる。別に面白いとかおかしいとかではない。では何故か、強いて言えば興奮が一番近いだろうか。

 

「本当に、これからが楽しみだ。あぁ、IS乗ってて良かったよ、本当に。全く、これだから武はやめられない」

 

 冗談めかして箒に言った自分が魔王云々だが、それはそれで面白いと思っているのも事実だ。互いに頂点を極めて、その果てに半端など許さない、存在を許されるのは片一方のみの決闘を繰り広げるというのも一夏は大いにアリだと思っていた。

 

「まぁ、そんなのまだまだ先なんだろうけどな」

 

 どんな結末になるにせよ、今の自分はとにかく実力が足りていない。今しばらくは修練に精を出していればそれで良いだろう。だが、今までとは違う。そうすることへの意義が今まで以上に明確になった。きっと、今後の修練はより高いモチベーションで行えることだろう。それを考えると今すぐにでも学園に戻ってトレーニングをしたいくらいだ。

 

「あぁ、本当に楽しみだ」

 

 喜悦を孕んだ呟きは誰の耳にも入ることなく、潮騒と共に夜空へと溶け消えていく。そして流れる雲が月を覆い隠し、地表を照らす光が薄れると同時に海岸からも一夏の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして箒と一夏が海岸での会話をしていた頃とほぼ同刻、同じく旅館から離れた場所にある崖ではまた別の人物の組み合わせによる邂逅があった。

 

「ふむふむ、いやーさすがは箒ちゃん。中々の稼働率だねぇ。絢爛舞踏の発動に、それを持続させての戦闘。うんうん、嬉しいよー」

 

 虚空に映し出された空間投影式のモニターを見ながら束は満足げに頷く。

観光用スポットでもあるこの崖には当然ながら安全対策としての柵が設けられている。そこに座りながら束は妹の挙げた戦果に喜びを隠さずにいた。

彼女の周囲には他に特別な物は何もない。しかしながら彼女が先ほどから手で操っているのは専門の機材を必要とする空間投影式のモニターだ。それを携帯電話感覚で扱うあたりに、篠ノ之束という人間が持つ技術的な底知れ無さがある。

 

「相も変わらず呑気だな」

 

 そんな束に背後から声が掛けられる。直前まで気配を消していたのか、腕を組みながら千冬が立っていた。

 

「お、ちーちゃん! やっほー!」

「ふん」

 

 振り向き、親友に朗らかな挨拶をする束に対して千冬は険しい表情を崩さないまま鼻を鳴らすだけだった。

 

「そんなに楽しいか? 自分の演出が成功したことは」

 

 言外に今回の一件の黒幕はお前だろうと千冬は言う。もちろん確たる証拠があるわけではない。

強いて挙げるとすれば、救出された福音の操縦者、ナターシャ・ファイルス米空軍中尉が意識を取り戻した後の千冬含む学園関係者を同席させての事情聴取で、「福音は何かに周囲への認識を操作された」というこれまた確証の無い証言だけだ。

だが千冬にはそれだけで十分だった。そしてそんな真似を、大方ISのパイロットへの忠誠を利用して『防衛』として無差別撃破をさせるような、そんなISの思考誘導を行える。束以外にありえないと千冬は断ずることができた。

 何故束がそんなことをしたのか、同時に千冬が推測したのは動機。これも確証があるわけではない。だが、ほぼ同時に行われた紅椿の披露目と箒への譲渡、そして束の思考傾向を考えるに箒を暴走ISを鎮圧したヒーローとして世界に華々しくデビューさせたい、そんなところだろうとあたりをつけていた。

結果としては概ね束の思惑通りに事は進んだのだろう。だが、同時にそれは多くに被害を齎した。福音のコアの凍結が決定されたと聞いた時のナターシャの、まるで我が子を亡くした母のような姿は今も千冬も瞼の裏に焼き付いている。そうした事も踏まえて何か思うところは無いのか、その意図を込めて千冬は問うたのだ。楽しいのかと。

 

「んー、楽しいか楽しくないか、かぁ。箒ちゃんが活躍したのは嬉しいけど、それ以外はどうでもいいね。なって当然の流れだし、それで何がどうなろうと私の知ったことじゃないもん」

 

 その言葉に一瞬、千冬の眼がこの上ないまでに険しさを増す。だがすぐに元に戻すとそのまま黙って束を見つめる。

 

「束、お前は私の親友だ」

 

 その言葉は束ではなく、むしろ千冬自身に言い聞かせるようなものだった。例えその行動にどのような想いを、それこそ怒りすら抱こうとも、それだけは決して崩してはならないと己を律するかのように。

 

「少なくとも私は、友とは何も相手の肯定をするばかりのものではないと思っている。時にはその者のために苦言を呈することも必要だろう。そして今がその時だと私は思う。

既に、福音の案件も箒の紅椿の案件も起きて、過ぎてしまったことだ。それについてもうどうこうは言わん。だが敢えて言わせてもらうぞ。あまり、世間を引っ掻き回すような真似はよせ」

「う~ん、ちーちゃんの頼みだから聞いてあげたいんだけどね~。いや、本当にそうなんだけど。けど、私にも事情ってものがあるからなー」

「そうだろうさ。だが、人は集団で生きる生き物だ。時に周囲を鑑みて己を抑える。それも必要な営みだと思うがな」

「ごめんちーちゃん。そこだけは私は反対するよ。断言する。この地上で、誰一人として私に及ぶ奴なんていない。そして私はもう私一人で完成してるの。ちーちゃんの言い分は、未完成で不出来な有象無象が自分たちのために、ちーちゃんみたいに本当に優れている人を飼い殺すためのくっだらない理屈だよ。だから私は誰にも私の邪魔はさせない」

 

 それは己が人類の中で最も優れているという強固な自負から来る言葉だ。本来であれば馬鹿なと一蹴される大言壮語だろう。だが、それを言っても認めざるを得ないものがあるのも、また篠ノ之束という人間だった。

 

「だとしたら、私が単に優れているわけでもない、平凡な人間だという話さ。いや、だから人なんだろう。一人で全てが完成している奴など、それはもはや人ではないのかもしれん」

「だったら私は人でなくって良いよ。そうなると何だろう、神様かな?」

「さぁな。興味などないのでな、そういうことには」

 

 話がそれたなと千冬は咳払いをして話題を戻す。

 

「とにかくだ。妙に哲学的な話になったが、私が言いたいのはもう少し自重しろということだ。お前の起こす騒動に振り回されるのは、学生時代にもう一生分経験したからな。これ以上は御免こうむる」

「さて、それはこの世界次第かな~」

「どういうことだ」

「ねぇちーちゃん。ちーちゃんはさ、この世界は楽しい?」

 

 また何をいきなりと思う。何となく話が先ほどのことに蒸し返されそうな気がするも、無視しても面倒なので答えることにする。

 

「楽しいこともあればそうでないこともあるさ。だが、私は今の暮らしにそれなりに充実を見出している。それ以上はあまり望まんな。今の落ち着いた生活でさえ、私には過ぎたくらいに価値あるものだ」

「そっかぁ。――私はつまんないよ。ワクワクすることが何もない。だからね、ちーちゃん。私は見たいの。私でも理解や想像が及ばないものを。そうすれば、私はきっと世界を楽しいと思えるな。ねぇ、ワクワクしたいからそのためにできることをする、それって変かな?」

「その望み自体は分からんでもないし、そのための行動云々についても理解はできるがな。だが私が問題にしているのはその度合いだ。極論、何から何までお前一人で完結するならばまだしも、まるで無関係な大多数を否応なしに騒動に巻き込む様な真似は控えろ。言いたいのはそれだけだ」

「それができたらねー。じゃ、私はもう行くよ。ここでやることはなくなっちゃったし。バイチャー」

 

 言いたいことだけを言い切ると、軽い挨拶を残して束は柵から崖へと身を投じる。傍から見れば自殺行為以外の何でも無い行動だが、今更その程度で死ぬような人間ではないと分かっているため、千冬は特に慌てたりはしない。

 

「全く、面倒なことだよ」

 

 起きた諸々、これからあるだろう諸々。漠然とそれらを纏めて考えて、そう呟かずには居られなかった。

破天荒の極致にある親友に頭を悩ませながらも、千冬は大人しく旅館へと戻ることにする。明日の昼頃には学園への帰路につくのだ。色々とやっておかねばらないこともある。

思い返せば騒動だらけの臨海学校となってしまったが、願わくばこんな大騒ぎはこれっきりにしてほしいものだと、千冬は天に祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、学園の子たちは帰路についている頃合いでしょうか」

 

 首都に無数に存在するビル、その中にまた無数に存在する一室で美咲は腕時計を見ながら呟く。

防衛省に関係するこの建物は日本政府にとっても主要というわけではないが、重要と言える意義を持った施設の一つだ。その中に立場故に専用の執務室を与えられている美咲は手元の資料に目を向ける。

 

「福音の暴走事故、結果として事は収まったから良しとしましょうか。私が出る程でもなかったですし」

 

 言いながら美咲はペラペラと紙を捲っていく。

 

「それにしても、織斑少年も然りですが、本当に興味深いことになっていますね」

 

 今彼女が見ているのは部下に個人的に頼んでおいた数人の人物についての調査資料だ。

そこに載っているのは皆十代半ばの少女たち。記された名は五名、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪。

一人一人について、経歴や戦歴、IS戦におけるスタイルなどが簡単に纏められている。どれも公に発信されている、少しそういう方面に明るければ比較的容易に手に入る情報から一歩二歩程度進んだものであるため、情報としての機密性はそこまで高いものではない。

単に、美咲個人が彼女らを知りたいと思い集めただけのものである。

 

「他の方々はただの候補生の一角とお思いでしたけど。いえ、現状では仕方ないですね」

 

 福音とIS学園の専用機持ちたちとの交戦は日本政府も衛星によって映像を入手していた。別にそれ自体は他の国もやっていることだろうから問題は無い。重要なのは、そこからどれだけの情報を得られるかだ。

 

「さて、一体どれだけの人間がこの子達の真価を見出せるか。千冬は意外にそのあたり鈍いところがありますし、あとはエデルトルートくらいしか思いつかないですけど」

 

 福音と多数の専用機の戦闘を記録した映像、当然ながら見られる人間は限られるが、仮にISに携わる者がその映像を見たのであれば、多くの人間は福音にばかり目が向くことだろう。だが、美咲にとって本当に見るべきはそれを相手取った七人の若者たちだ。だが、仮にそちらを見たとしても、やはり注目されるのは一夏と箒の二人だけだろう。

世界唯一の男性IS操縦者と、篠ノ之束の実妹でありその彼女から最新鋭の謹製ISを受け取った人間だ。それも無理なきこと。だが美咲に言わせれば他の五人も十二分に見る価値があると言える。

 

「節目、になるのでしょうか」

 

 ISが世に解き放たれてから十年。何事においても十周年などというのは特別な意味合いを持つものだが、それはISにも当てはまることなのかと美咲は思う。

 

「このような時節にこれだけの才が同時に一か所に集う。何やら運命的なものすら感じますね」

 

 美咲が福音と戦った候補生達に注目した理由はただ一つ。記録された戦闘映像、その中で片鱗を見せた才覚ゆえだ。

一体どれほどの数の人間が気付くだろうか。第一に美咲自身を挙げるとして、おそらくは片手で足りる程度なのではないかと思う。何しろ当の本人達ですらまだ自覚はしていないのだろうから。

しかし断言できる。福音と対峙した若者たち、その誰もが内には唯一無二、他者の追随を許さない絶対とも言える才を秘めている。それを見出せたことが、この一連の事件における最大の収穫だと美咲は考えている。

 

「私も、千冬も、エデルトルートも、何処とも知れないミューゼルも、黎明を切り開いてきた人間。しかし既に私たちは時代の過去となってしまった。であれば世代交代は必然。そして今度は、この子たちが中興を為すということでしょうか。クスッ、どうなるのかとても楽しみですね」

 

 見出した才の行く末、気にならないわけがない。表に出ることなく埋もれていくのか、あるいは開花し、他にとっての導き、象徴となる奇跡に至るのか。

同時に、自分が何をすべきかも考える。これほどの才を目にしてただ眺めているというのはどうにもつまらない。何かしらで、少しは関わってもバチは当たるまいと思う。そしてふと思いついたことに、美咲は面白そうに口元に微笑を浮かべた。

 

「ですが、まずはこちらをどうにかしなければなりませんね」

 

 言いながら美咲は再び紙を捲る。現れた次の資料に書かれた文字に美咲は冷たい眼差しを向ける。

防衛省の情報本部から齎されたソレには、IS学園周辺で確認された未確認勢力の存在が伝えられていた。

 

 

 

 

 

 かくして蘭月の一騒動は幕を閉じ、猛暑が盛る時節へと時は移っていく。

そうして過ぎていく日々の中で何が起こるのか。それを完全に知る者は誰一人として存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いや、本当にここまで漕ぎ着けるのは長かったです。
浪人時代に一年かけて書いてきた旧作、それを一度リセットしてからの書き直しですからね。我ながらよくもまぁエタらずに続いたもんだと思っています。
これもひいては日頃からご愛顧頂いている読者の皆様の応援の賜物と思っております。まだまだ続く本作、見切り発車も良いところ、終着駅はどこへやら、そんな行き当たりばったりな作品ですが、今後もおつきあい頂けると嬉しいです。

 結局、福音戦第二ラウンドは一夏の出番はありませんでした。このあたり、自分個人としましてもIS二次の中では比較的珍しい部類に入るのではと思っています。そして、何かと損な役回りが続いていた箒も、やっと本格的な活躍ができるようになって書いている身として嬉しい限りです。
あくまで主役は一夏ですが、同時に箒には一夏とは違うヒーロータイプな感じで動かしていけたらと思っています。
 さて、そういえばウチの一夏は箒の告白を見事に断りましたが、特段後腐れも無いので、これが関係にどうこうは影響しません。ご安心を。
 そして束と千冬の彼氏いない歴=年齢な女ズトークときて、なんかもう二巻の時にも似たようなことやりましたが、裏で何かやってる美咲さんです。何やら候補生たちにもロックオンしましたが、別に危害を加えるとかは無いので、そこについてもご安心を。

 さて、今後の予定としましては、とりあえず次は何とかして楯無ルートを更新します。
とりあえず最後のストックの修正をして、投稿。そしたら続きを頑張って書いてみようかなと。そしたらまた本編を少々ですかね。夏休み編をいくつか、イメージとしては短い話を小出しにする感じでやろうかなと思っています。一巻終了後にやった、一夏のISとかから離れた日常的なのとか書きたいです。ハジけさせたいです。
 あとは、まだ構想の域を出てはいませんが、夏休み後として遂に亡国も介入しだす文化祭ですね。何だかんだで原作沿いな流れが今まで続きましたが、ここから徐々に違う流れへとシフトさせていけたらと思います。はてさて、そこまでいくのにどれくらいかかるやら……
亡国ついでにあの人も本格的に絡みだす予定ですし。書きたいとは思っているので、頑張って進めたいです。

 ひとまずこのくらいでしょうか。あぁ、あと夏休み編が一段落したら人物紹介的なのも軽くやってみたいなと思ったり。

 感想ご意見は随時お受けしています。来れば来るほどに作者はどこぞの軽空母よろしくヒャッハーします。それでは、また次回の更新の折に

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