或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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また文章がくどくなってないか少し心配だったりします。
一応気をつけてはいるのですが、やはり以前に感想で指摘された通りに癖になっているのかもしれませんね。
癖とというのは怖いもので、悪い癖がつくと本当に大変です。自分も高校時代に部活の弓道で技術的な面で悪い癖がついたせいで、文字通り泣きを見ましたからね。
とりあえずは、まだ四話ですし少しずつなんとかしていけたらなぁと思います。


第四話 一夏の訓練、闇に閃く剣魔

 IS学園は海上の人工島に全施設を集中させている。そして人工島という条件によって敷地面積には絶対的な限界が存在しており、各施設に面積のどれだけの割合を振り分けるのか、それは設計の上で非常に重要な問題と言えた。なるべく狭い面積で済ませられるように、寮や普段の授業が行われる校舎などの建物は一階分の面積を敢えて狭めにし、代わりに地下も含めた複数の階層を用意することで補うなどしている。そして逆に一階分の敷地面積を大きく取っている施設もあり、それらの施設は基本的にISの整備棟など、学園の本来の存在意義であるISに関する研究などを目的とした施設だ。

 

 そうした面積を広く取るIS関連の施設の最たるもの、それが実機訓練や学内試合で用いられるISアリーナだ。変幻自在に宙を舞い、加速用技術を用いれば瞬間的に音速を突破する速度を持つIS同士がぶつかりあうためには相応に広い空間が要求される。

 何も無い、合金で構成された下地の上に大量の土を盛り、平らにしただけの何も無い土のグラウンド、それだけの空間にオリンピックやワールドカップなどの国際的なスポーツイベントで使用されるスタジアムでさえ小さいと感じられる広さを使う。更にそこへ観客席やISの待機ピット、緊急の整備室などの各種設備も加わるので建物の外周は優にキロメートルの単位に達する。廊下の一部には移動補助のために一部の駅などで用いられる『動く歩道』があるほどだ。

 それだけの施設が一つではなく複数も存在している。それだけでどれだけの面積をこの『ISアリーナ』という区分に費やしているのかは想像に難くない。無論、全てのアリーナが同一というわけではなく、アリーナごとに広さにそれなりの差が存在しているのだが、それも全体を考えれば気休め程度にしかならない。

 

 そんな複数あるアリーナの内の一つ、ISが実際に動くグラウンド面積が最小のアリーナのIS格納庫に一夏の姿はあった。

 アリーナ一つにつき訓練で使用できるISは五機前後が基本となっており、現に格納庫にも訓練用のISとして日本国倉持技研製第二世代IS『打鉄』三機と、フランスデュノア社製第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』二機が乗り手を待つ状態で待機している。

 そして格納庫の薄い照明の下では訓練機の使用許可を得ることができた生徒がアリーナ監督を務める教員の到着を待って待機している。その数は一夏を含めればISと同じ五人。そして一夏以外は一様に二、三年生の上級生だ。

 格納庫の一角、一際照明が薄い場所で一夏は佇む。学園に入学するIS適性発覚から学園入学までは少々長めの時間があり、その中でも早いうちに一夏の学園入学は決まった。それから少しして家に届けられた学園の男子用制服と、試作品という男性用のISスーツ。一応と行われた入学試験受験者と同じ、教員を相手にしたISの実機稼動試験の時に一度着たきりのソレを着用して一夏はこの場にいる。

 目立たない一角で、自分の気配を可能な限り殺して、とにかく目立たないということに主眼をおいた上で一夏は教師の到着を待つ。その間にもIS操縦の教本のページをめくって必要と思われる知識を可能な限り叩きこむ。

 

(しかし、なんか微妙というか、しっくり来ないな。この教本)

 

 曲がりなりにも教本だ。確かに素人としては大いに参考になると言えばそうなるのだが、どうにもピンとくることが少ない。

 理由は既に分かっている。教本に記されたISの操縦の仕方そのものだ。確かにISは機械でであり、軍事利用をされている代物だ。だが、その本質は戦闘機や戦車のような『乗り物』ではなく『パワードスーツ』。そこに決定的な差異が生まれている。

 単純に機体を浮かせて飛行する、そんな本当にただの基本でしかないだろう技術にまで大雑把に要約をすれば『操縦者の思考が重要』という旨で書かれているのだ。車のようなギアを入れてアクセルを踏んでといった誰がやっても同じ結果になる統一された機構を間接的に介してではなく、『思考』という人それぞれであるため一概に纏められないあやふやなもので直接的に動かす。その不自然さを直感的に感じ取った結果だった。

 

(あぁいやでも、授業で先生がとにかくノウハウが色々足りて無いって言ってたし、その弊害ってやつかなぁ……)

 

 何せ初披露目から十年、ある程度広がるまでを考えれば更に短い運用期間だ。もはやあって無いにも等しい。

 その割には技術開発については随分早いと思いもしたが、それに関しては他の兵器などで培われた技術の利用もあったし、失踪までに篠ノ之束が発表した理論などによる恩恵も大きいらしい。

 結局のところ二十そこそこの一人の女に――それも自分が幼少期から少々思う所あるものの見知っている人物に――振り回された結果と考えれば、世の中というものがどうにも情けなく思えるような気がしなくもない。

 

(まぁ、技術は磨けても使い方はどうしようもない、ってやつか)

 

 マシンやシステムの発展と、それを扱うための技能の習熟はまた別の問題だ。適当な例を挙げれば、ちょうどISが生まれるあたりの近年では職場におけるコンピュータなどの最新機器の急速な普及に伴い、特に高齢の社員などがその発展に適応しきれず結果として心理的な疾患を抱えるなどという問題も幾つかあった。

 まさかISの技術に動かす側が追いつきかねるからと言って、そんな疾患を抱えることもないとは思うが、似たようなものだと適当に割り切る。そして同時に、教本の不可解もまた致し方の無いこととして軽く受け流すことにした。

 聞けば元々このIS学園は始めから教育機関として運用されたわけではなく、施設完成からしばらくは操縦技能の国際的な研究の場として使用されていたらしい。

 当時の各国からの技能研究のためにここに滞在していたパイロットの何名かも現在学園の操縦技術担当の教員として残っていること、そして現在も生徒に教育を施す傍らで、生徒達の実習などを通して操縦技能の研究を行っていることが名残として残っている。

 

(まぁ、他や周りがどうしようが関係ないわいな。俺は俺でやるだけだし)

 

 そうして自分が技能を習熟していった結果を学園が利用するというのであれば勝手にすれば良い。自分こそが強者、その事実さえあれば何も言うことは無い。

 そう考えつつペラリと教本のページをめくって読み進める。分かりにくい点があるのは事実だが、それでも教本なのだから内容を覚えておいて損となることはない。

 

 それからほどなくして格納庫と廊下を繋ぐ自動扉が開く音が一夏の耳に入った。カツカツと靴底が床を踏む音が規則正しいリズムで一夏の鼓膜を揺らす。音の高さと固さからして大方ハイヒールあたりだろうな等と思考の片隅で考えつつ、教本を読むために落としていた視線を上げて首を回し顔だけ音の方向に向ける。

 案の定と言うべきだろうか、やってきたのは学園の教師だった。名前はまだ知らない、と言うより初めて見る教師だ。手には何枚かのプリントが留められたクリップボードがある。

 

 「じゃあこれから許可証の確認と訓練機の振り分けをするから、名前を呼んだら来て頂戴ね」

 

 そう言って教師は生徒の名前を呼び始める。名を呼ばれた生徒は教師の前に立ち、持参した訓練機の使用許可証の提示と共に二言三言、何かしらの確認をするような言葉を交わす。そして訓練機に乗り込み、アリーナグラウンドに続く大きく開け放たれた出口から躍り出ていく。

 一人、また一人と名前を呼ばれては各々の練習のために赴いていく。それを見送りながら一夏は静かに自分の名前が呼ばれるのを待つ。

 

「次、織斑君」

「うす」

 

 名前が呼ばれたのは他の生徒が全て出払ってからだった。それまで佇んでいた暗がりから見を出し教師の前に立つ。

 そして教師の前に立ち、一夏は自分を見る目の前の教師の目が軽い驚きに彩られているのに気がついた。

 

「あの、何か?」

「あ、いや何でも無いわ。ごめんなさいね」

 

 一夏の言葉によって我に返ったように教師は首を横に振りながら謝る。

 

「ただ、いきなり君が暗がりから出て来たように見えたからちょっと驚いちゃって」

「あぁ、そりゃ……。まぁ良いや」

 

 なにせ自発的に気配を消すように心掛けていたのだ。そこまで言う必要はないだろうが、敢えてどちらに非があるのかと問われれば自分にあると断言できる。まさか教師にそんな気配を消した自分を察しろなどと求めようが無い。

 

「待たせちゃってごめんなさいね。一応君は初めてなわけだし、少し説明もさせてもらうわね?」

 

 一夏は黙って頷く。なにせこちらは知らないことだらけなのだ。説明をして貰えると言うのであれば、それはありがたく受けさせて貰う。なんの説明も無くいきなり放り出されるよりも比べようがないくらいに良心的だ。

 

「手順は大したことないわ。持ってきた許可証を私に、というより来た先生に見せて確認をしてもらったら、割り当てられた訓練機に乗り込んでアリーナに出る。後は個々人次第。ここまでは良い?」

 

 返答は首肯一つ。それで十分だったのか、教師もまた頷くと言葉を続ける。

 

「一応アリーナの管制室には私達教員が待機しているから、何かあったら通信を入れて連絡して頂戴。練習に関しての質問とかも受け付けるから、君も遠慮なく聞いてくれて構わないわ。訓練機には管制室との通信用のホットラインが設定されているから、すぐに分かるはずよ。他にも、こっちから訓練中の生徒に何か連絡がある時は連絡を入れるわ」

「了解っす」

 

 よろしい、という言葉と共に頷くと教師は一夏に訓練機に乗り込むように促す。一夏に割り当てられた機体は打鉄。二種類ある訓練機の中でも格闘戦寄りの設計思想の機体であるため、一夏もかねてより訓練に使うならこれをと思っていた機体だ。

 脚部の装甲にそれぞれ足を滑り込ませ、腕の装甲に腕を通す。先ほどまで他の上級生が乗り込む姿を見ていたから、手順に関しては何も問題は無い。両の手足を装甲に滑り込ませた直後は機体との間に隙間を感じたが、人が乗り込んだことを感知したのかISが起動、装甲を閉じて自動的に手足と合うように動いた。

 

「じゃあ、行きます」

 

 何をすれば良いかは分かっている。一応、一度だがこのような広い空間で動かした経験はあるのだ。ただの一度、だが体に感覚を覚えさせるには十分だ。

 いきなり政府と学園の関係者とかを名乗る黒服に連れられて行った別のIS用アリーナ。そこで他の受験生と同じ内容で受けた実機試験、あの時はどのように動かしたのか。

 一歩、足を踏み出す。足を動かそうとする一夏の意思を、脳より発せられた電気信号を感知したのかISがそれを補助するように自然に動く。動かした片足を覆う装甲はその大半を金属で構成しているだけあり、見た目からして相応の重さを持っているが、それをほとんど感じることはない。

 踏み出した足が格納庫の床に着き、金属同士がぶつかり合う重く、そして甲高さを持った音が響いた。静かに腰を下ろして膝を曲げる。実際、いざこの曲げた足を伸ばせば後はほとんどIS頼りとなる。自分自身の力が及ぼす影響などさしたるものではない。だが重要なのは意思、いやイメージと形容すべきだろう。

 そして思い切り地面を踏み抜き、膝を伸ばした。膝が伸び切ったその瞬間に残った勢いによって全身が僅かに伸びる。引き延ばされる全身の感覚と共に一夏は脳裏にそのまま宙へと踊りだす己をイメージする。その意思を汲み取ったか、打鉄がISの飛行能力の要であるPICを作動させ、灰色の装甲を纏う一夏の全身を大地と切り離した。

 

「へぇ……」

 

 後ろで感心したような教師の呟きが漏れた。聞こえはした。だが、意に介することなく一夏は前進のイメージを浮かべる。先ほどの跳躍からの浮遊と同様に、一夏の意を受けた打鉄はそのまま宙を前に進む。そして薄暗い格納庫から陽光が満遍なく降り注ぐアリーナへ躍り出るのはあっという間だった。

 明るい日差しが視界一杯に広がった。それまでの暗がりに慣れ切っていた一夏の目には紛れもなく強い刺激であり、どれだけ早く見積もっても数秒は満足に正面を見ることは叶わないと思っていたが、そんな予想に反して視界は一瞬で元通りに戻る。

 IS搭乗時の乗り手は視覚に関して肉眼による直接目視以外にも、高速移動体に対しての動体視力の補正や強い光が目に与える刺激の緩和などでハイパーセンサーによる補助を受けると授業で習ったが、これがその恩恵なのだとしたら中々大したものだと思う。

 

 音を立てることなく、滑るような滑らかさで低空を飛行していた打鉄を止める。動き始めから停止まで、記憶にある感覚通りにいったことに僅かに口元が綻ぶ。だが、すぐに真一文字に締め直して真正面を見据えた。

 広大なアリーナでは一夏に先んじてアリーナへと飛び出して行った四機のISが、それを駆る生徒達の各々の練習のために動きまわっている。ある程度自分が動く範囲というものを暗黙の了解のように取りきめているのか、その動きはバラバラでありながらある種の統制が取れているように見える。

 そして、自分の姿がアリーナに現れた直後、その視線が一気に自分に向いたのを一夏は鋭敏に感じ取った。

 

(まぁ、当然だよな)

 

 眼前のIS四機、その動きに何か変化があったというわけではない。だが、動きに変化を生じさせること無く紛れもない注目を一夏に向けているのは間違いない。

 それも無理のないことというのは百も承知している。なにせそれまで女のみという慣れ親しんだ環境に突然ポンと湧いて出た男一匹という珍事。気になりもするだろう。

 僅か一歩分だけ打鉄を前に動かす。自分を見つめる視線にざわめくような波が走った。これからの自分の一挙一足を見られる。試されていると分かった。

 

(無様は、晒せんな)

 

 とにかく下に見られるのは胸中で凶悪な衝動が鎌首をもたげるくらいに気に入らない。今でさえそう思われていると考えるだけで五指を柔肉を掻き切るかぎづめとするかのようにうごめかしたくなるほどだ。

 だが、その獣のような衝動は理性で以って抑え込む。確かに衝動の開放によるカタルシスは爽快だろうが、あいにくそのようなスマートじゃない暴れ方は好みじゃない。どうせなら、冷静な理性を保った上で技の競い合いを楽しむ方がまだ良い。

 だから衝動を意思へと、我はここに在りと示す気概に変換する。

 改めてアリーナ全体を見渡せば、グラウンドの一角に不自然に空いたスペースがある。おそらくはそこを使えということなのだろう。異論は無い。

 色々と思う所はあるが、目下重視すべきは近く控えるセシリアとの戦いだ。戦いは既に始まっている。眉根に皺を寄せ、口元を固く引き締めて一夏は自分の練習スペースへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の寮には門限が定められているが、それも厳格に過ぎると言うことはない。然るべき理由が存在するのであれば寮監督の教師に申し出ることで特例的な外出許可を受けることができるし、寮施設の内部という扱いであるために屋上への出入りは自由だ。

 その屋上だが、実は意外に利用者は少ない。一応ベンチや花壇などが置かれているために昼食時に利用する者も居るが、それには寮の学食ではなく持参した何かしらの弁当や軽食などが必要となり、昼食をそれらで済ませるものが少ないからだ。

 更に昼食を持参した者にしても、全員が全員屋上を利用するわけではないため、数はさらに減る。そして夜ともなれば開放はされていても人はほぼ確実に来ない。まだ夜には肌寒さも残る季節であるし、時間も時間なので寮の自室で休んだり勉強をしていたりという者ばかりだからだ。

 結果、気軽に出入りできてそこそこの広さがあり、更に人もまるで居ない夜の寮の屋上という空間は一夏にとって格好の修業スペースとなっていた。

 

「ふっ! せいっ!」

 

 鋭く吐き出した息と共に学園に持ちこんだ日本刀を振るう。十四の誕生日に師より――増えすぎた師個人の収集品の整理も兼ねて半ば持っていけと押しつけられるような感じで――貰った物だ。

 木刀でも良いのだが、やはり本物の感触に勝るものはなく、いつもというわけではなく時折素振り稽古に一夏はこの刀を用いていた。今日はたまたまその『時々』の日であったというだけだ。

 余談だが、この刀の価値について一夏は知らない。貰った当初は気にしなかったが、しばらくしてからふと気になり、実際市場相場でいくらくらいなのかと師に尋ねたが、意地の悪い笑みと共に「知りたいか?」と聞き返されて結局聞いていない。以来調べようとはしていない。する気が起きなかった。

 

 刀を振るたびに髪の毛がはねて汗の玉が飛び散る。外の気温は間違いなく涼しいと言って問題無い。だが、顔だけではなく全身に一夏は汗を纏っている。海上の施設の、それも高所ということもあって屋上には常に風が吹いているが、その風や気温を鑑みれば今の一夏の状態がいかに異質かはおのずと分かるものだった。

 屋上の床に目を向ければ、入り口の扉の近くにはダンベルや砂鉄袋などが置かれている。夕食を終えてから食休みも含めて授業の復習などをしてから今まで、ひたすらに鍛錬に励んだ結果だった。気温の低さと吹きつける風を無視したような大量の発汗に至る鍛錬は相応にハードなものだが、それも一夏にとっては慣れたもの。確かにきつく感じるのは間違いないが、もう何年もの付き合いになるがゆえに逆に親しみすら感じている。

 体をほぐすための柔軟運動から始まり、ダンベルなどを用いた筋トレ、更には体の頑強性を上げるための砂鉄袋叩きや、剣術に空手といった学んだ武技の型の稽古。とにかく挙げればキリがない。

 

(山田先生……、時間が……欲しいです……!!)

 

 思わずこの場にはいない副担任に向けて無茶な要求を心の中で呟いてしまう。なぜ副担任の真耶なのか。担任である実姉は相手にしてくれなさそうだし、師は『先生』と呼んだことがないため、とりあえず手近な『先生』と呼んでいる人物を考えてみた結果だった。

 とにかく時間が足りない。さすがに授業を受けている間は無理として、放課後になってからで鍛錬に充てられる時間を考えるとこれが結構少ない。放課後になってもしばらくは補講などの学力の補強のために時間を割かねばならない。それが済む頃にはもういい時間になっているため寮に戻ったとして本格的な鍛錬はできないため、精々が参考書と睨めっこをしながらダンベルを上げ下げするくらいだ。

 その後に夕食があって、それからがようやく本番だろう。だがそれも翌日の起床を考えた就寝時間を考えると長く取り過ぎることもできない。早朝は早朝でランニングなどの基礎トレに費やすため、本当に技の鍛錬に割くことのできる時間はカツカツに近いのだ。

 一度そうした時間配分などを見直した時、その時間の少なさに愕然としたのは記憶に新しい。

 

「時は金なりって言うけど、本当だよな。お金も欲しいけど、時間も一杯欲しいや……」

 

 いっそ一日が三十時間くらいになってくれればありがたいのだが、そんなことは流石に天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。今の一夏にできるのは、与えられた状況で如何に自分を高められるかということだけだ。

 こんなことであればまだ時間に猶予のあった中学卒業以前にもっと鍛錬しておくべきだったと思う。一応、部活などには所属せずに学校が終わったら真っすぐダッシュで直帰して鍛錬に励んだし、土日などの休みも予定が無い時は鍛錬ばかりで過ごした。というより、鍛錬のために予定などあまり入れなかった。

 だが更に気合いを入れて、いっそ学校を休むという手段を使っても良かったかもしれない。どうせ休んだところで高校や大学と違って進級や卒業に影響があるわけでもないし、授業にしても内容についていってそこそこの成績を取る分にはまるで問題無い。

 だが後悔したところで今更どうにもならない。それを分かっているからこそ、今の一夏は短時間でより効果を上げられるように全身に大汗をかきながら鍛錬に励んでいるのだ。

 

 呼吸がどんどん荒くなっていく。激しい運動を一時間以上連続で行いながら、それでいて休憩などほとんど取っていない。その時間すら惜しいというようにとにかく体を動かしてきた。

 使う道具を変えたりする僅かな間以外はほとんど動きっぱなしだ。心臓が早鐘を打って頭の中で熱がこもっていくのが分かる。それに伴って呼吸の荒さがそのまま乱れに、呼吸だけでなく全身の動きを乱そうとしてくるが、その呼吸を何とかして正常なものにしようとする。

 だが、呼吸が整って頭もある程度冷えてくるにつれて、今度は全身に重さがのしかかってくる。溜まった疲労が一気にきたかと、ぼんやりと一夏は理解した。

 

「くそッ……! この程度で、不甲斐ないッ……!!!」

 

 体力が尽きかけてしまっている自分をただただ未熟と罵る。漏らした呟きにはあらん限りの怨嗟を込めた呪詛のようにも聞こえる。

 むしろ今までの一夏の運動を考えれば十分と呼べる結果のはずだ。だが、だからどうしたというのが一夏の持論。力尽きるということ自体が、それだけで一夏には許容しがたかった。

 無論、ならば基礎トレなどで体力づくりに励めば良いということも分かり切っている。だが、不愉快なものは不愉快だ。

 

「まだ、いけるか……?」

 

 刀を鞘に納めて手近な柵に片手で寄りかかりながら、一夏はコンディションのチェックをする。だが結果は芳しくなく、冷静に鑑みてそろそろ切り上げるのが吉という状態であった。

 足元に向けていた視線を横に動かす。視界には屋上の入り口となる扉と、その近くの壁に設置された時計が入る。既に目も闇に慣れているため、時計の針が指す時刻を読み取るのは容易だった。

 

「ちっ……」

 

 苛立たしげに舌打ちをする。体力もそうだが、時間もそろそろであった。業腹ではあるが、いい加減戻るかと不満の残る顔で一夏は荷物をまとめ始める。

 次は更に体力の耐久を、そしてより多くの技の鍛錬を。そう誓って一夏は屋上を後にしようとした。

 

「……」

 

 纏めた荷物を背負って扉のノブに手をかけるまでは何も無かった。だが、そこで一夏の動きが止まった。ノブを掴んだ片手はそのままに後ろを振り向く。そのまま天を仰いだ。

 別に何があるわけではない。ただ、海上ということもあって市街よりも星が多く輝く夜空が見えるだけだ。夜の静けさというのも相俟って、それは決して悪い光景ではない。だが、一夏は何か引っかかりを感じるように眉根に皺を作っていた。

 そのまま睨みつけるように一夏は空を見続ける。だがそれもほんの数秒のこと。程なくして一夏は視線を戻してノブを回す。そしてその影は寮の中へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 憮然とした表情で箒は一人、部屋に備え付けられた給茶セットで淹れた緑茶を啜った。食後、完全に手持無沙汰になってしまったためにその暇を潰すために参考書に目を通したりもしていたが、それも夕食から部屋に戻ってから続く苛立ちのせいで長く集中はできなかった。

 だからといって何もせずにいるのもそれはそれでストレスが溜まるので、せめてもの慰みとばかりに茶を淹れてそれを飲んでいた。

 

「一夏のやつめ、まだ戻らんのか……」

 

 隠しきれない苛立ちと共にぼやくのは未だ部屋に戻ってこない幼馴染への不満だ。一夏は部屋に戻るなり荷物を抱えて部屋を飛び出して行った。その際も箒に掛けた言葉と言えば「ちょっと出てくる」の一言だけだ。

 一応持って行った荷物が一夏の練習道具ということは箒も把握しているので、一夏がトレーニングのために出たというのは分かるのだが、それだけだ。着いていこうともしたが、「一人で集中したいから来ないでくれ」の一点張り。

 それで帰りが遅いのだから、とにかくそれが箒の神経を無性に刺激していた。

 

「だいたい、六年ぶりに再会したというのに何なのだ、あの態度は。もっと然るべき対応をすべきだろう」

 

 学園生活の開始、すなわち一夏との再会からまだ一週間も経っていないが、とにかく一夏の行動は自分本位の側面が強いというのが箒の見解だった。

 箒に対して全く気を使わないというわけではない。事実として、異性が同室で共同生活を送る上で起きるだろう問題を事前に想定し、それを回避するためにお互いにどうすれば良いのか、着替えやシャワーなどの際の注意を取りきめるなど、確かに気を配るところはあった。

 それはそれで良いと思うのだが、箒から言わせればそこに気を使えるのにどうして自分の気持ちを慮らないというものだ。六年も離れ離れでいたのに、感慨にふける様子は微塵も無く淡々と自分に接するのがとにかく嫌だった。昔は違った。昔は自分の味方をしてくれた、それこそヒーローみたいな存在であったのに、どうしてああも変わってしまったのか。

 ようやくすれば、箒はもっと一夏に構ってほしく、同時にそれを一夏に察して欲しいのだ。

 

 だが、箒は知らない。その自分の考えと、一夏の考え方の間には決定的な差異が存在するということを。

 確かに六年ぶりの再会というのは箒にとっては大きな出来事だ。それは間違いないのだが、問題となるのはそのことに対しての一夏の受け取り方だ。結論から言うと、一夏は箒との再会をそこまで大事と捉えてはいなかった。確かに六年ぶりの再開に驚きこそしたが、それだけ。それ以外の感慨も何も持ってはいなかった。

 彼女は気付いていない。自分の考えはただ一夏に自分を構って欲しいと考えるばかりで、一夏の考えに思い至ろうとしていない一方的なものであることに。

 しかし、これは箒ばかりを責められるものではない。身近に居る少女の気持ちに関心を示さず、ただ自分のことのみを考える一夏にも、確かな非はあるのだ。

 

 ドアのノブが回る音が聞こえた。来客であるのであれば、例えそれが教師であってもノックの一つはある。それをすることなくいきなりノブを回して入ろうとする。そんなことができるのは、部屋の住人に他ならない。

 この部屋の住人は二人。その一人である箒は今部屋にいる。ならば、ドアを開けようとする人物はおのずと絞られる。もう一人の住人、一夏に他ならない。

 それを分かっているからこそ、箒は勢いよく立ちあがった。何か一言、文句を言ってやらねば気が済まない。そんな気分だった。

 

「遅いぞ一夏! 一体今まで何をやっ……て……――」

 

 ドアを開け部屋に入ってきた一夏にいの一番で掛けた言葉が怒声。だが、それは言い終わるよりも前に言葉は掻き消える。途中で言葉を止めた箒は、唖然とした表情になっていた。

 

「よ、よぉ……。だだい゛ま゛ぁ……」

 

 満身創痍、とまではいかずともとてつもない疲労感を背負い込んだ一夏の姿がそこにあった。

 

「お、おかえり……」

 

 一応戻った挨拶をされたからだろうか、茫然としながらも反射的に言葉を返す。それを聞いていたかは定かではない。いや、実際は耳に入っていなかったのかもしれない。一夏は疲れに満ちていながら、それでもしっかりとしているのを崩さない足取りで自分のベッドに歩み寄ると荷物を手早く片付ける。

 

「箒」

「な、なんだ」

 

 背を向けたままであるが一夏が箒に声を掛ける。一瞬ドキリとしたが、なんとかそれを表に出さずに平静を保ったまま応える。

 

「もう、シャワーは済ませたんだよな?」

「あ、あぁ」

「じゃあ、俺が使っても良いな?」

「う、うむ」

「そっか」

 

 すぐに自分が汗を流せるということが分かったからか、どこか安堵したような声で応えると一夏は手早く着替えを取り出して入り口脇のドアからシャワールームに向かおうとする。

 そのまま、シャワールームに消えていった一夏の背を茫然と見遣って、箒は首を傾げながら手近な椅子に座る。

 

「いったい何をどうすればあそこまで……」

 

 疑問に思うのは先ほどの一夏の様子だ。疲れきっているのは見れば分かる。気になるのはそうなった要因だ。いや、それも鍛錬によるものと分かってはいるのだが――

 

「あそこまでなるなんて、一体……」

 

 確かに時刻もすでに遅いと言えるが、実際一夏が荷物を引っつかんでから今に至るまでの時間は、特筆するほど長いものでもない。はっきり言って学校の部活動の練習時間と同じくらいだ。

 だというのにあの尋常ではないほどに疲れた様子だ。どんなことをやっていたのか気になるというもの。その疑問は、曲がりなりにも剣道を学んだ武芸者の端くれとしての心の現れだった。

 

「あるいは、あれだけやったからこそか……」

 

 壁越しであるためくぐもって聞こえるシャワーの流れる音に耳を傾けながら、あれだけの疲労を伴う鍛錬をしたからこそあの実力があるのではないかと予測する。

 無論、才能などのファクターもまた重要だが、やはり努力に勝るものは無い。

 

「何を、やっているんだろうな。私は……」

 

 ろくに話そうとしないことへの憤りは、まぁまた別の話として置いておくとして、剣道場での立ち合いで己が晒した無様を自嘲するように力無く呟く。

 悔しかったのは間違いない。というよりも、負けを喫して悔しがらないのは論外と言えよう。だが、その他諸々で思考が一杯一杯になっていたあの時と違ってある程度落ち着いた今なら多少は冷静に自己を振り返ることができる。

 あの敗北の瞬間、納得しきれていない自分が間違いなくいた。常に監視の目に晒される窮屈な生活の中での数少ないよりどころであった剣道だけに、そればかりに打ち込んていたといっても過言では無く、事実として中学全国優勝もできた経歴を持つだけに、早々負けるはずがないという思いがあった。

 だから負けたことが信じられずに、嫉妬のような感情を抱いたのだろう。しかし、先ほど見た一夏の鍛錬の一端、そこから彼がどれだけの労を鍛えることに払っているかと考えれば、おのずと納得できてしまう。あの敗北は必然であったと。

 

「本当に、私はどうすればいいんだ……」

 

 もっと接して欲しいと願ってもそれは叶わず、自分からそうしようといく勇気も起きない。せめて剣道で己の存在を刻み込ませようとしても、逆に一蹴される。

 幼馴染に想いを寄せるというありふれたことなのに、そんな簡単なことすらままならない自分にまた別の苛立ちに近い感情が募る。自分でも何かしたい、何とかしたい。そう思っているのにできない。したいと思っても行動したところで無意味なのではないかと思ってしまう。

 幼いころ、もっと言えばISが生まれ、束が姿を消した頃からそうだった。両親と引き離されて知らない大人の保護という監視を受けながら一人で過ごす毎日。繰り返す転居の連続に友達すら満足にできない。自分自身でそんな状況をなんとかしようとしても、すぐに大人に阻まれてしまう。このIS学園への入学にしても、自分の知らないところで勝手に決められていたことだ。

 

 ある意味では箒もまたISにより齎された弊害の被害者と言うべきだ。その身柄を自分ではどうしようもない権力を持った大人に振り回され、満足に自分自身で何かを為すということができずに流されるような日々を送る。そんな生活を送ったまま生活を送り続けることが被害と言わずしてなんと言うのか。

 

「あ~、さっぱりした~」

 

 そんな呑気な声と共にシャワーを浴び終えた一夏が寝巻に来ているハーフパンツとTシャツに身を包んで出て来た。そのまま一夏は箒に声を掛けるでもなく、バタリと自分のベッドに倒れこんだ。

 

「い、一夏……」

「ん?」

 

 何か話したい、そう思って一夏に声を掛けた箒だが、その言葉は二の句を継げずに止まってしまう。顔だけを箒の方に向けた一夏だが、その目が異様な圧迫感を伴った鋭さを持っていたため、言葉に詰まってしまったのだ。

 箒の反応から一夏も自分がどんな顔をしていたのか察したのだろう。険しさから一転してバツが悪そうな表情になると、箒から顔を背ける。

 

「わりぃ。ちょっと考え事してた」

「な、なんだ?」

「まぁ、鍛錬のこととかもあるんだけどさ、ちょっと気になることがあってな……」

「気になること?」

 

 聞き返した箒に一夏は無言で起き上がると、そのまま部屋の奥にある窓に歩み寄る。一瞬、自分の方に歩み寄ったと思って胸を高鳴らせた箒が、結局そうではなかったことに落胆したのだが、それに一夏が気付いた様子はない。

 そのまま一夏は窓を開けてベランダに出て夜空を見上げた。何か空にあるのか、気になった箒は自身もまた窓に歩み寄り、首だけを外に出して夜空を見上げる。だが、何も特別なものは見当たらない。ただ星空が広がっているだけだ。

 

「う~ん」

 

 分からない、と言うように一夏が唸りながら首をひねる。首を捻りたいのはこちらだと思ったが、言わない方が良いと思って箒は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「なんだかなぁ、気になるんだよ」

「気になる?」

 

 あぁ、と応えると一夏は腕を組んでクルリと後ろを向くとスタスタと歩いてまた室内に戻る。そして自分のベッドの端に腰かける。

 

「どうにも、ヤな空気があるような感じがする。なんか、どこぞで良くないことでも起きてんじゃないかってな」

「か、考えすぎではないのか?」

「そうかもしれないんだけどさ。なんか引っかかるんだよな……」

 

 呟いてそのまま仰向けに倒れる。二人のベッドの間は元々設置されているスライド式の仕切りによって常に隔てられているため、倒れこんだことによって一夏の顔は箒からは見えなくなる。

 

「……そろそろ、電気消して寝るか?」

 

 仕切り越しにそんな声が掛けられた。釈然としないものはあるが、時間も時間であるため箒も特に異論はなく同意する。

 

「じゃ、俺が電気消しとくわ」

 

 入口近くの照明のスイッチに近い一夏が、照明を消すために歩く足音を聞きながら箒はベッドに潜る。それとほぼ同時に部屋の照明が落とされた。

 眠るために目を閉じながら箒は一夏もベッドに潜りこむのを音で感じ取った。それから一夏が寝息を立てるまで、それほどの時間は掛らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、市街地から離れた郊外の一角。バブル経済の折にデパートとして建てられるも、その後の不景気によって閉店、そのまま取り壊されることなくただ時の流れに身を任せて朽ちるだけの廃墟となった廃ビルの中では複数の影が蠢いていた。

 音も無く襲いかかった衝撃に影が一つ、倒れこむ。その背後にはまた一つ、別の影。既に電気も通っていない建物であるために照明は無く、仮に明かりを求めるのであれば懐中電灯など自分で持ちこむしかないため、建物の中は闇に包まれている。

 強いて明かりとなるものを上げるとすれば、夜空の月と星の輝き、あとは離れた市街の建物の光が僅かに届くくらいだろう。

 ほんの少しだけ建物の中に差し込んだ光が影の形を映し出す。何よりも目立つのは腰まで届くのではないかと言うほどに長い髪。紐やゴム紐などの類で纏められているわけでもなく、ガラスを失った窓によって抵抗なく屋内に吹き込む夜風によって外套のように広がる様は、さながらこの世ならざる者のようであった。

 そしてその腰には僅かに反りのある棒のようなものが添えられている。影は――女はそれに手を添えるがすぐに離して歩き出す。倒れた影には目もくれない。既に事切れた人間になどまるで興味はない。口元に微笑を浮かべながら女は静かに歩を進める。

 

『貴様っ、何者だ!!』

 

 別のフロアでまた新たな影が怒号を飛ばす。英語ではあるが、声の質からして男であることは想像に難くない。手に握られた拳銃は目の前に現れた女に向けられている。

 乾いた発砲音が響く。だが、銃弾が飛び出るよりも早く女は動いていた。暗がりであるために元々影のようなものでしか存在を判別できなかったため、動かれたことによって完全に姿を見失う。

 

「Shit!! (クソッ!!)」

 

 毒づきながら男は銃を構えつつ周囲を警戒する。上半身には防弾ベストを着ているため、警戒すべきは接近戦。冷や汗を流しながらも、男は周囲に気を配る。

 

「手ぬるい……」

 

 いつのまにか首に手が添えられていた。同時に耳元で囁かれる女の声。日本語であったためにその意味を理解しきれなかったが、ただ一つ男にも分かることがある。謎の女が自分を追い詰めているということに。

 

『な、何者だ……!』

『知る必要はありません。獲物に過ぎない、あなた方は』

 

 返ってきた答えは流暢な英語だった。だが、その内容は男の背筋を凍りつかせる。次の瞬間、上下が逆転したかと思えば後頭部に強い衝撃と共に、乾いた木が折れるような音がした。それが、コンクリートの床に叩きつけられた自分の首が折れた音ということに気付くことなく、男の意識は闇に落ちていった。

 

「やはり、銃に頼る手合いは大したことはありませんね。そこそこの心得があっても、話になりもしない」

 

 ただただ自分が仕留めた相手の、その弱さに侮蔑と、そしてその弱さへの僅かながらの憐憫を込めた声で呟く。

 喋っていた英語や暗がりの中でも確認できた金髪などからして、相手は欧米人。どこかの国の工作員か、あるいはテロリストか。どちらにせよ彼女に分かっているのが自分が仕留めた相手が国益に害を与える存在であり、自分にとって狩る相手ということだ。

 個人的に言わせてもらうのあれば、こうした手合いがあるのは存分に技を行使する機会があって結構、だが国としては決して歓迎できないことだ。そしてそんなものが多い最大の原因は――

 

「外患の原因が今の私を作る一つとは、とんだ皮肉ですね」

 

 言葉通り皮肉を込めた声で女は己の手首にあるものを見る。そして踵を返すと次なる標的を求めて歩き出す。彼女に与えられた任務はこの廃墟を一時的な待機場所にしている不確定勢力の工作員グループの排除。ゆえに、この場からは誰一人として逃がしはしない。

 

 

 

「――と、いうわけで残るはあなた一人なのですが……」

 

 建物の中層にある元々はホールとして使われていた場所で女は語りかける。彼女の周囲には倒れ事切れた影が複数、そして今、最後の一人が傷ついた腕を押さえながら憎悪の籠った視線で女を見据えていた。

 

『おのれ、化け物めッッ!!』

 

 場所がごく短期間留まるためだけの一時的な拠点であるため、完全装備とまではいかずとも最低限の銃器や防具は用意していた。その自分達を一切の武器を、その腰にさげたものすら使わずに殲滅しかけている目の前の存在に男は怒りと戦慄を隠さない声で唸る。

 

『化け物とは失敬な。これでもれっきとした人間です。ただちょっと――達人なだけですよ』

達人(マスター)か……。なるほど、確かに名乗るに相応しい』

 

 あまりにも良すぎる手際と、何よりも情け容赦の無さ。男は半ば己の敗北を覚悟していた。

 

『お覚悟を、と言いたいところですが、あいにく聞きたいこともあります。捕らえさせてもらいますよ』

 

 変わらず英語で女は捕縛を宣告する。だが、男は不敵な笑みを口元に浮かべて、据わった目で女を見据えた。

 

『悪いが、それは御免被る』

「ッッ!?」

 

 直後、閃光と爆音、そして熱波が室内一杯に広がった。視界が閃光に防がれる直前、女が見たのはしてやったりという笑みを浮かべた男の顔だった。

 

 

 

 爆風が室内のあれこれを吹き飛ばし、熱波がコンクリートを、転がるタンパク質の塊を焼く。騒乱は一瞬。そして残った煙が晴れていく中で、室内には縦に長い人型があった。

 

「よもや手榴弾で自決とは……。大戦時の日本兵ではありませんし。いえ、ここは命を捨てても捕縛を良しとしない覚悟に見事と言うべきでしょうか……」

 

 声の主は女であった。至近距離での手榴弾の爆発に晒されながらも女は無傷。その理由は、今彼女が纏う存在に他ならない。

 IS、ただ一人を除いて起動適格者は女性のみという、個人で運用する兵器としては現代の最高峰の存在だ。

 

「ありがとう。助かりました」

 

 咄嗟に起動しその防御で爆発から身を守る。トリガーになったのは自分の能動的意思とはいえ、それもこの愛機なくしてはあり得ない。だからこその感謝の言葉。

 装甲は全てが黒一色であり、両手足と胴の一部を覆う装甲と、背部の飛行補助用スラスターにヘルメットのような頭部ヘッドギアという極めてシンプルかつ鋭角的なデザインの作り。目立つのは両手足の装甲に付けられた稼働展開式のブレード。

 

 日本国製第二世代型IS「黒蓮(くれん)

 

 防衛省の技研と日本を代表するIS技術開発企業である倉持技研の共同開発機であり、日本を代表するIS乗りとして名を馳せた織斑千冬の愛機である暮桜同様、対ISに主眼を置いた格闘戦機だ。そして女――織斑一夏が師、海堂宗一郎の妹弟子である浅間美咲の専用機。

 ハイパーセンサーによって周囲を確認。自分が追い詰めた男も、既にこの世の者ではないことを確認すると一つの嘆息と共に愛機を解除する。

 

「参りましたね。できれば情報が欲しかったところですが、――いえ、ここは致し方無しとしましょう」

 

 相手は自分にとっては紛れもない格下だった。だが、最後の最後で相手は自分の目論見を挫いた。それを為したことへの僅かながらの敬意も込めて、美咲は軽く首を横に振ると愛機を解除する。

 

「さて、後は報告と――その前に後始末も頼まねばなりませんね」

 

 自分が仕留めてきた者達と、あとは先ほどの手榴弾の爆発についても少し工作をする必要があるだろう。周囲に民家も殆ど無く、あるのは畑や荒れ地ばかりとはいえ念を押しておくに越したことはない。とはいえ、実際屋内での手榴弾の爆発くらいなら外に漏れる音もそこまでは激しくはないはずだ。さしずめ、廃墟に侵入したヤンチャ者達が花火でもやったということにしておけば済むだろう。

 ISの解除と共に服装も起動前の状態に戻ったため、懐から携帯電話を取り出してコールする。即座に繋がった相手に後始末のための人員の派遣を求めると共に、ことの顛末を簡潔な報告として伝える。そして電話を切って、人員の到着までしばしその場で待つ。

 

「ふぅ……」

 

 一仕事終えたからか、軽く一息吐いて美咲は手近な壁に寄り掛かる。そして電話を終えた携帯を操作して纏めておいたメモを確認する。

 

「そういえば、アレが運ばれるのもすぐですね……」

 

 メモに記されたのはある者をとある場所に運ぶ日取り。そしてそれから数日後には、それに関してのまた別の予定が存在している。

 この二つと彼女の間には直接的な関わりは無い。だが、それでも日取りをメモとして携帯に記録していたのは彼女が興味を持っていたからに他ならない。

 

「……そうだっ」

 

 不意に弾んだ声が紡がれた。まるで休みの日に遊びにいく予定を思い立った少女のような笑みを浮かべながら、美咲は別のメモを開き自分の予定を確認する。

 

「えぇ、いけそうですね」

 

 満足そうに頷くと美咲は思考の内でメモの情報を整理し纏めていく。そして脳裏で一枚の書面のように整える。

 もう一度、携帯の電話を掛けるためにアドレス帳を開く。ただし今度電話を掛けるのは先ほどとは別の相手。耳に入るコール音を聞きながら、美咲は口元に浮かべた笑みを深める。

 何だかんだ言って、この業界に入ったのは間違いでは無かった。中々どうして、楽しめることが多い。折角堅気からは程遠い仕事をしているのだ。このくらいの楽しみはあっても、バチはあたるまい。

 夜の帳と冷たいコンクリートに囲まれた中で、ただただ小さな笑い声が木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生、これを」

「あぁ、山田先生。これは……織斑の専用機の報告か」

「はい。先ほど倉持技研より送られてきました。J03-K02『白式(びゃくしき)』です」

 

 手にした書類を見ながら千冬は顎に手を添える。

 

「予想はしていたが、やはり倉持の特色と言うべきか。近接戦に主眼を置いた格闘型か」

「はい。ちょっと、初心者向きとは言えませんよね。それに、汎用性があるとも……」

「第三世代、いや相当の試作機など、どれもそんなものさ。それに、格闘型というならアレも性に合うとか言うだろう」

「なら良いのですが……」

 

 真耶との会話を続けながら千冬は書面にされたデータを読み進める。そして記されたデータは武装のところまできていた。瞬間、千冬の目が僅かに細まった。

 

「あの、先輩……?」

 

 千冬の空気が僅かながら変わったことを察したのか、真耶が問いかけてくる。だが、千冬は何事もないかのように「何でも無い」とだけ答えるとそのまま続きを読み進めた。

 

「白式……か」

 

 小さく漏れた呟きにどのような意味を込めていたのか、唯一聞いていた真耶には知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 




好きな漫画は何かと問われたら、「ケンイチ」と「バキ」って答えてしまうため、ろくな格闘技経験もないくせに変に格闘描写が入るのも、また癖だと思ったりしてます。
まぁ武闘派一夏なので、入れざるを得ないというのもあるんですが、こうして新しい場所で書いていて新しい読者さんに読んでもらっていると、ちょっと気になりますよね。どう受け取ってもらえるのかと。

最後の方でちょっと白式の名前が出ましたが、その直前につけた型番みたいなのは、「こんな感じかな」とイメージしながら付けてみました。
アルファベットと数字、両方に一応の意味はありますので、「あ、何の意味か分かったぞ」という方は、どうぞ遠慮なく感想なりメッセで言って下さい。
「自分の意図が伝わった!」と作者が小躍りしますww

あと、今回最後の方でちょっと出たオリISですが、一応造形などをイメージするにあたってモデルになったものがあります。まぁそのモデルを果たしてメカと呼んで良いかは定かではないのですが。
「黒蓮」という名前そのものが思い切り答えみたいなものなんですけどねww

では、また次回に。

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