或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 少々リアルが忙しいために更新に手間取りました。
でもこれがこの作品のデフォの早さのようなものです。
言ってて自分で空しくなりました。

 今回は夏休み前の導入という感じでお送りしたいと思います。


第四十話 のワの<夏休みですよ、夏休み!

 七月も終わりが差し迫ったころ、IS学園は全校で一学期の終業式を迎えていた。

生徒の多様性や扱うカリキュラムその他諸々、色々と特殊な点は多いが日本国領域内に存在する教育機関ということもあり、学校としての基本的な運営の流れは文科省下の公立、それ以外の私立問わず他の日本の一般的な高校のソレと同じだ。

終業式の日は通常の一限目にあたる時間に講堂で全校の集会が行われる。学園長や生徒会長といった学園の顔たる面々からの話の後に学園側から生徒に向けての、正しい夏休みの過ごし方云々の講釈、そして集会がお開きとなれば後は各教室で終業前学期最後のHRを行うのみだ。

 

「これで本学期は終了だ。親元に一度戻る者、学園に留まる者、色々居ると思うが全員自分がIS学園の生徒であるということを忘れず、その肩書に見合う行動の上で有意義な休暇を過ごすように」

 

 一年一組では担任の千冬がこのようにしてHR最後の言葉を締め括る。

これが普通の学校であれば教師の話なぞなんのその、各々配られたプリントやら課題やらを眺めていたり、近くの席の者と小声で会話をしていたりするものだが、このクラスに限ってはそのようなことはない。それがクラス全体の意識の高さによるものか、それとも単に担任がそのような行動を取るにリスクが高すぎる相手だからか、どうなのかは定かではないが雰囲気としての統制が取れている分だけHRはつつがなく進行をしていった。

 

「ではこれでHRを終わりにするが、そうだな。クラス委員、折角だ。最後の締めはお前がやれ」

 

 教壇に立つ千冬はすぐ目の前の実弟に言う。姉兼教師である千冬の言葉に言われた当人、一夏も特に異論はないのか素直に応じて席を立ち教壇に立つ。

 

「先生、とりあえず締めれば良くって、口上は何でもOK?」

「あぁ、よほど変なものでなければ自由にして構わん」

 

 学期終わりということもあり千冬もとやかく言うつもりはないのか、好きにしろと一夏に纏めて任せることにする。姉の言葉を受けた一夏はでは、と軽く咳払いをして教室中を見渡し、そして口を開いた。

 

「え~、というわけで締めの挨拶を任されることになったわけだが……何だろうね。こうして改めて皆を見回すと中々どうして感慨深いものがある。誤解を避けるために付け加えておくとだ、男女の色沙汰あれやこれは完全に考えないものとして、オレという個人はこのクラスの皆が、まぁ好きだね。良い友達、良い競い相手だ。競い相手云々については純粋にISの実機だけの方な? 学力の方は自分でも認めるくらいにお察しなんだから。そこばかりは比べられると流石にへこむ」

 

 軽く自虐の入った言葉に教室のそこかしこから小さく笑いが起こる。なんてことは無い、よくあるジョークの一つとそれに対する適切な返しである。

 

「正直、小中合わせて九年、義務教育を受けてきた中でクラス全体にこんな風に思えたのは初めてだ。ぶっ飛んだ大騒ぎからここに来て、来てからも色々とあったけど、それでもオレはこの学園に来たことは間違いなくオレにとって良いことだって言える。ところがなんと、まだ一年の一学期だ。あと一年は三分の二は残ってて、その後に二年三年とある。実のところ、結構これからに期待もしてる。

あー、リアーデ。分かった、いい加減話締めよう。え? 言ってないのに何で分かったか? んなのもう気配がそう言ってるよ。武術家舐めんな。というわけで、そんな風に有意義な学校生活だったわけだが、ここでいったん休憩タイムだ。とりあえずはまたその後に、今まで通りにやっていこう。というわけで、最後にオレの方から学校の終了と休みの始まりを宣言させて頂く」

 

 そこで一夏は一度言葉を切って数度咳払いをする。その姿をクラスメイト達は一様に真剣な眼差しで見つめている。

そして最後の準備を終えた一夏は再度クラス全体を見回すと、スゥと息を吸い込んで声を張り上げた。

 

「お前らーー!! 夏休みの始まりだーー!! ッシャオラァァァアア!!」

『イエェェェェェェエエイ!!』

 

 高らかな宣言に続き一組全体がそれに同調するように盛り上がる。これを持ってIS学園一年一組は本年度の一学期を終え、夏休みへと突入したのであった。

 

 

 

 HRの終了に伴い夏休みに突入した生徒たちは各人自由行動となる。そしてこの夏休み開始直後における生徒の行動パターンは概ね二つに分けられるのがIS学園におけるスタンダードだった。

片やのんびりと行動をする者、片や慌ただしく行動をする者、この二パターンだ。そして後者の慌ただしい方に属するのは、基本的に日本国外出身者で夏休み早々に帰郷をするという者で構成されている。

 

「帰国をする生徒は二時半に教務部に向かえ。そこで各人飛行機のチケットを受領しろ」

 

 動きざわめく生徒たちの喧騒の中でも良く通る声で千冬が指示を飛ばす。母国へ帰国する生徒は予め飛行機のチケットの手配を学園側に申請しており、今日がその受け取りの日となっている。

いつごろ帰国するのかはまた生徒個々人によって異なるが、早い者になると二、三日以内には帰国の途につかねばならず、そうでなくても諸々の荷物の整理などもあるのでせわしなく動くことを余儀なくされる。

 

「オルコット、もし良ければ一緒に昼食でも――」

「申し訳ありません篠ノ之さん! 正直――わたくしちょっと今キレたいくらい忙しいんですの! あ、いや、篠ノ之さんに非は無くって、むしろ早く戻って来いと無茶をふっかけてくる本国の担当官に書面一杯の文句は多々あるのですが――とにかく申し訳ないですわー!」

「あー、うん。それなら仕方ないな」

 

 特に火急の要件も無いためとりあえずは昼食を取ろうとした箒はセシリアを誘ってみるものの、こんな具合に忙しさを理由に断られる。

セシリアがこの有り様なのだからもしやなどと思いつつ、シャルロットとラウラに目を向けてみれば、二人も箒の視線に気づくと申し訳なさそうにしながら首を横に振っていた。

 

 

 

 

「結局、暇こいてんのは日本(ココ)故郷(クニ)ってやつだけなんだろうよ。他の教室もそうだったけど、外国組は程度に差はあるけど、皆忙しそうだったし」

「やはりそうなるか。いや、致し方のないことなのかもしれないな」

 

 テーブル席について和食の昼食セットを食べながら一夏と箒はどこか悟ったような様子で言葉を交わす。

セシリアに断られ、シャルロットとラウラも無理と分かった箒は一夏を始めとして、他のクラスメイト達にも一緒に昼食をどうかと声を掛けたのだが、結局承諾してもらえたのは日本人ばかりという結果だった。例外と言えば話を聞きつけて至極当たり前のように入り込んできた鈴くらいなものである。

 

「というか鈴、お前は良いのかよ? なんか候補生はどいつも国からはよ戻れ的なこと言われてるみたいだけど」

「あー、あたし? いや、あたしはそこまで急かされちゃいないし、それに居なきゃいけない時以外は中国(ムコウ)じゃなくてずっと日本(コッチ)に居るつもりよ?」

「それで良いのかよ、中国代表候補」

 

 半ば呆れ気味な一夏を鈴は涼しい顔で流す。

 

「べっつにー? ぶっちゃけあたしにとっちゃ日本の方が故郷って感じだし。あたしがお母さんと一緒に中国に戻ったのだってお母さんの実家でちょっとごたついたからだし。それが落ち着けばお母さんだってまた日本に戻る気満々よ」

「お前、セシリアとはまるで真逆だな。国へのあれこれとかまるで感じないわ」

「だってそこまでする義理ないし。最低限の義務はやるけど、それ以上はねぇ? それに、どれくらい先になるか分かんないけど、IS引退したら即日本にゴーよ。これあたしの将来の決定事項。少なくとも、骨は日本に埋めときたいのよ」

「何というか、候補生がそれというのは大丈夫なのかな?」

 

 箒もやや困惑気味な表情を浮かべているが、鈴は何も問題は無いと胸を張る。

 

「いーのよ。基本腕さえありゃ何とかなるし。そりゃあ、候補生の選抜にはそういう考え方とか見る面接だってあるけど、あんなの猫被ればいいだけの話よ。覚えときなさい、立場や肩書なんてね、まず自分のために使うもんよ。向こうに還元してやることは必要最低限、まぁサービス精神でちょいプラスしても良いけど、自分を全部差し出す必要なんてどこにもないわ」

 

 大きめのテーブル席には一夏に箒、鈴以外にも一組の日本出身者を中心に何人かの生徒が集まっている。そしてこの中で正式な国家代表候補生であるのは鈴のみだからか、集まった面子に講釈するような形で鈴は言葉を締める。

 

「ま、折角の休みなんだから気楽にやらせてもらうわよ」

 

 気楽な調子で言う鈴に一夏はふむ、と顎に手をやる。

 

「休みねぇ。やっぱり、みんな実家に帰るの?」

「そりゃあ……」

「ねぇ……?」

 

 投げ掛けられた問いに集まった面々はそうなるだろうと言うニュアンスの返事を返す。

 

「んー、私は田舎のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くかなー。野菜が美味しいんだよねー」

 

 そう言いながら腕を組み、祖父母の作る味に想いを馳せる相川清香の横で神楽もまた、清香とは異なりどこか恍惚とした表情で口を開く。

 

「わたくしは、実は各地の名店を回りたいと思っておりまして。テレビや雑誌などで紹介される美味なる物の数々、その味を、食感を、直に確かめずにはいられません」

「ちなみに四十院、一番食べたいのは?」

「もちろん、らぁめんです」

 

 キッパリと断言する神楽に、こいつお嬢っぽい雰囲気の割にラーメン大好きだよなーと、日頃学食でラーメンを食べている神楽の姿を思い出しつつ一夏は思う。

そして二人が休みの予定を話し出したのを皮切りに、自分はどこそこに行くだの、自分はあれこれをするだのと、各々思い思いに夏休みの計画を語り合う。

 

「しかし夏休みなぁ。まぁオレもオレで色々予定はあるけどさぁ」

「そういえばHRが終わってから千冬さんに何やら書類を貰っていたが――」

「ん? あぁそうそれだよ。外出届の諸々の書類一式。よう読んで名前書いとけだと。割と散発的に、家に帰ったりあっちやこっちに行ったりするからな」

 

 持たされた瞬間にズッシリとした重みを両手に伝えてきた書類の束が収められた封筒を思い出して一夏はゲンナリ顔をする。

一夏ほどではないが、箒も外出に関しての申請はしているためそこそこの量の書類を事前に受け取っているため、その気持ちは十分に理解できるものだった。

 

「なぁ一夏、しかしだぞ? やはり書類が多いとは思わないか?」

「だよな? オレもそう思う。つーか、たかが外出外泊程度であそこまで書かされるか普通?」

「いや、普通はないだろう。普通は」

「つまり……オレらが普通じゃないということか」

 

 だよねーと悟ったような顔で二人は揃って肩を落とす。特別扱いというのは良し悪し両方の意味で取ることができるが、この場合においては間違いなく後者が当てはまる。そしてその理由が一夏も箒も十二分なくらいに分かっているために余計やり切れない気持ちになる。

 

「なんで男のIS乗りオレだけなんだよ。もっと出て来いよ。あと一万人くらい出て来いよ。そしたらオレは男の乗り手その一程度で済むのに」

「早々そんな都合の良いことがあるとは限らんが……しかしそれで済むだけお前はまだマシだよ。私の場合なんて、誰かに代われるようなものじゃないからなぁ」

「血の繋がりは選べないなんてよく言うからなぁ」

「紅椿の件については感謝もしているが……いやしかしなぁ、流石にこういうことに関しては少々文句は言いたい」

 

 二人揃って仲良くため息を吐く。お互い難儀な境遇なものだと昼食を食べながら慰めの言葉を掛けあう。

 

「けどあたしは一夏、あんたがココに来たのはそう悪いことじゃないと思うわよ」

 

 そう話に入ってきた鈴にどういうことかと一夏は問う。

 

「いやだって、例えばあんたが普通に高校に進学したとするわよ? それで、よ。正直そこで大人しく良い子ちゃんな学生やってるあんたなんて想像できないのよ。千冬さんが忙しくて家に中々いないのはあたしも知ってるけど、それをいいことにあんただいぶ暴れるんじゃないの? それも数馬あたりと手を組んで周りにはちっともばれないようにしながら」

 

 漫画にするならタイトルは「世紀末不良伝 一夏」なんてとこかしら、などと付け加えてくる鈴に一夏は何も言わない。

それを見て箒が一夏の気に障ったのかもしれないと鈴を諌めるような声を掛けるが、この時の一夏の内心は箒が予想した憤りとはまるで違うものだった。

 

(ヤッベー、無茶苦茶当たってるよドンピシャだよ。ていうか、既に中学時代にやらかしているという事実)

 

 先ほどの鈴の例えではないが、これが漫画なら今の一夏の後頭部には冷や汗がダラダラと流れている。つくづく察しが良いと幼馴染の慧眼に感心しつつ内心で舌打ちもする。以前

もっとも、今の段階ではまだそうなるのではと予想しているだけであり、事実の確信には至っていない。そこまで考えを進めさせなければいいだけの話だ。それに、よしんばそこまで思い至ったとしてもどうこうなるというわけでもない。

 

「おい一夏? 凰も悪気があるわけじゃないんだから、あまり目くじらは立ててやるなよ?」

「え? あぁ、うん」

 

 そんな風に声を掛けてきた箒を尻目に一夏はズズ、とプラスチックの湯呑に入れておいたセルフの緑茶を啜る。とりあえず予想されている程度で済むなら何も問題はないだろう。

実際にやらかしてしまっていた中学時代の「どういうわけだかガラの悪いお兄さんたちに絡まれることが多くてその都度正当防衛をちょこっとやりすぎちゃったぞテヘペロッ☆事案」については既に地元でも過去に埋没した出来事だ。気にすることは何もない。真相を知るのは実行犯である自分、共犯者の数馬、そしてそのことを打ち明けた弾のみだ。隠蔽は抜かりない。姉ですら感づいていないのだ。何も問題は無い。

 

「話を戻すけど、まぁ結局あんたがこの学園に来たのは決して悪いことばかりじゃあ無いってことよ。あたしも、あんたが居る分には張り合いが出るってものだしね」

「ま、確かに。近接戦でオレに優位に立てたこと無いものなぁ、中国候補生?」

「うっさい。あんたがおかしいだけよ。あたしは至って候補生としてスタンダードよ」

「はいはいそうでござるますね」

「良いわよ見てなさいよ、夏休みはアリーナの予約取り巻くってバンバン練習して、休み明けたらギャフンと言わしてやるわ」

「凰、私も付き合っても構わないか? 剣の方は部の先輩方にお世話になるが、ISとなるとやはりな」

「モチOKに決まってるじゃない。二人でこの剣キチ、はっ倒すわよ」

 

 自然と互いに拳を作り、気合を入れるように軽く打ち合わせる二人を見て、一夏は微笑を浮かべる。からかいなどと言った無粋な感情は一切無い、純粋に二人の互いに高め合おうとする姿を嬉しく思っている笑顔だった。

 

「あん? なにニコニコしてんのよ?」

 

 何気なく一夏の方を見た鈴が嬉しそうな笑みを浮かべている一夏に首を傾げる。

 

「いやいや、良いなぁと思ってさ。お前らがそうやって頑張って強くなる様を見るのは楽しいし、それがあるからオレも自分の鍛錬に張り合いが出てくる。考えてもみろよ、例えば試合の時に互いに敵として戦って、勝つか負けるかしかない。なのに互いに高め合うことができるんだぞ? あぁ、やっぱり武は良いよ。それが面白いところだ」

「……確かに、そういう見方もできるな。一理ある」

 

 噛み締めるように語る一夏の姿に箒は何かを思う様に僅かに言葉を止めるが、やがて剣道家としてその心境に通じるものを感じるのか、同意するように頷く。

 

 

 

 

「あ、そうだ篠ノ之さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い?」

「どうかしたのか?」

 

 会話に入り込むようにして箒に質問をしてきたのは谷本癒子だ。しかし箒は話に割って入ってきたことにも特に気にせずに応答をする。

 

「あのね、ちょっと小耳に挟んだんだけど、篠ノ之さんの実家が結構近いところの神社って本当?」

「あぁ、そうだ。学園直通モノレール、その本土側の駅だな。その市にある神社、『篠ノ之神社』が私の実家だ。元々は私の一家が住んでいたが、今では親類が管理をしていて宮司も別の場所から赴任してきた人に任せている状況だが」

「ちなみにオレの家も同じ市内、てか結構近くだったりする。ついでに鈴が中国に戻る前の家の中華屋もな。あとはオレのダチ二人の家もそうだ。思いのほかニアミスしてるな。案外、いつもの三人に箒と鈴を入れた五人でツルむ、なんてものあったかもしれん」

 

 改めて思ってみれば中々に面白い偶然が重なっているものだと一夏は感心するようにひとりごちる。

 

「それでね、その篠ノ之さんの実家の神社で夏にお祭りやってるって聞いたんだけど」

「あぁ、確かにやっているな」

 

 そういえばそんなものもあったと、思い出すように箒はポンと手を叩く。

 

「確か、元々の祭りの主催は地域の自治体で、神社の方はそのためのスペースを提供しているという形だったな。む? 確かいつごろの開催だったか」

「八月の半ばだろ。オレは毎年通ってたからな」

 

 身の上の事情により長く地元を離れていた箒は流石に詳細までは記憶がおぼろげだったらしく、横から一夏が手助けを入れる。

 

「そのお祭りなんだけどね、私も行ってみようかなーって思うんだ。他にも何人か興味がある子はいるみたいなんだけど」

「そうか、それはありがたい。私が言うのも何だか妙な感じだが、歓迎するよ。是非来てくれ。やはり祭りは人が集まってこそだ」

 

 やはり実家で行われていた催し物というだけあり、それなりに思い入れもあったのだろう。故にそこへ行きたいという級友の言葉に箒は顔を綻ばせる。

 

「一夏、あんたはどうすんの?」

「いつも通りだ」

「やっぱりね」

 

 傍らで一夏と鈴がそんなやり取りをする。ごく短いものだが、それだけで鈴は凡そを把握した。つまり一夏は例によっていつもの三人で祭りに出向くということだ。

鈴としてはそこに加わりたい気持ちはあったのだが、そこはやはり年頃の女子。女子同士の付き合いのあれやこれがあり、結局叶うことは無かった。もっとも、そこまで拘るようなものでもないとも思っているため、とりあえず同じように祭りに出向くということが分かっていればそれで良いかとそこで納得する。

 

「しかし夏祭りか。やはり日本の夏の風物詩と言うべきだな。良いものだよ」

 

 しみじみと言う箒の言葉には誰もが同意するように頷く。

 

「春ならお花見、夏ならお祭り、秋は……まぁ色々あるよね。で、冬にはクリスマスとかお正月。いや~、日本人で良かったわ~」

 

 季節ごとの象徴とも言える行事、それを指折り数えながら癒子が満足満足と顔を綻ばせる。

 

「まぁ日本人の場合、イベントにかこつけて騒ぎたいってのが多いのかもしれないけどな」

 

 前々から言われてることだけど、と補足を付け加えながら一夏が苦笑と共に言う。そこはそれ、楽しければ良いという癒子に一夏はそれもそうかとさらに苦笑する。

 

「クリスマスかぁ。冬休みになったら寮でクリスマスパーティーとかできないかなぁ?」

 

 何気なく発せられた静寐の言葉にルームメイトでもある箒がどうだろうと首を傾げる。

 

「私の家は、知っての通り神社だからクリスマスにそこまで盛大にということは無かったが、それでも家族で少し豪華な食事をというくらいはあったからな。それは他の皆の家もそうだろう。私もその案には賛成だが、やはり皆まずは家族との時間を優先するのではと思うよ。

外国の宗教にそこまで明るいわけでもないが、西洋の方の出身の者たちは特にその辺りに関してはしっかりと考えていそうだし」

「確かにね。う~ん、となると寮に残ってる人だけでとか――あぁでも、年越しとかもあるからやっぱり皆帰っちゃうか」

「そこまで深く考える必要もないと思うよ。まだ先の話なんだ。その時になって、また改めて考えれば良いさ」

 

 フォローするような箒に静寐もそれもそうかと納得し一区切りを付ける。

 

(クリスマス、かぁ……)

 

 そんな女子トークを横で聞きながら一夏は無言で己の過去を振り返っていた。

実際、クリスマスは家族で過ごすものなのだろう。だがよくよく思い返してみると、自分にはそのような記憶がロクになかった。

箒と一度離れ離れになるまでは篠ノ之家に御呼ばれをして、共に少し豪華な夕食を馳走になったりもしたが、その後は当然そんなことはない。

それとほぼ同時に千冬がIS乗りとして一気に頭角を現し、一躍日本を代表する乗り手となったために姉弟二人でクリスマスをということもほとんど無くなった。

 特に顕著なのが千冬が成人を迎えてからで、クリスマスだ何だと祝い事の時節にはその手の会に呼ばれたりだとかで一晩中帰って来ず、明け方に酔いながら帰ってくるということも多々あったものだ。

別にそのことについて恨み言を言うつもりは微塵たりとも無い。それが姉の仕事なのだ。むしろ一夏はクリスマスなどに一緒に過ごせないことを詫びながら中々家を出ようとしない千冬に、「仕事なんだから早く行け」と追い立てる側だったくらいだ。

今年はどうなるやらと思いつつ、こうして振り返るとそれはそれで良い思い出だ。もっとも、良い思い出と思えるからと言って誰かに話すつもりはない。こんな話など聞いても誰も良い気分になどなりはしない。それに、話せない理由だってある。

 

(ちょっと……ハジけ過ぎちゃったもんなぁ……)

 

 そう、あれは中学に入って弾や数馬と知り合ってからだ。姉が留守なのを良いことに二人を招いて何度馬鹿騒ぎをしたことか。

折角なんだからクラスメイト達と集まらないかという鈴の誘いを三人揃ってステレオで速攻お断りし、自身の家で派手にやったこと数知れず。特にはしゃいだのは中二のクリスマスだ。

 

(懐かしいなぁ。『飲め食え騒げ、(オトコ)のクリスマス・ザ・パーリィ ~ボンバイエ! 冬の陣~』、ガチでアルコール入れたもんなぁ)

 

 会場提供を一夏、料理提供を弾、そして全経費を数馬という分担で高い肉だのなんだのを用意して派手にやった飲み食い。その時はさらに調子にのり、大量にストックがあった千冬のアルコール群からも幾つか胃袋に収めたぐらいだ。

 

 ※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。本作は決してそのような行為を推奨するものではありません。また、成人年齢に達していても飲酒は適度に行いましょう。調子ぶっこいて派手に飲み、ついでにおつまみパクパクしてるとあっという間に腹に肉がつきます(迫真

 

 そしてその時は更なるハプニングとして、一しきり飲み食いし終えた後に三人揃って会場の織斑邸居間で寝ていた時に千冬が帰ってきたことだ。仕事の夕食会で結構な量を飲んだらしい千冬も派手に酔っており、そのまま三人に混ざって居間で寝ていた、というのが一夏の推測だ。

なぜ推測なのかは、その瞬間を誰も見ておらず起きた時の状況しか分からなかったからである。ちなみにその際、酔って寝ていた千冬はいつの間にか寝ながら数馬に横四方固めを極めており、起きた一夏が目の当たりにしたのは顔を青ざめさせながら苦悶の呻きを漏らしピクピクと震える数馬の姿だったりする。

慌てて弾を起こし、数馬を救出してから三人で千冬が寝こけている間に証拠隠滅の徹底に奔走したのも、今となっては良い思い出である。ついでにそれ以来、数馬は微妙に千冬を苦手とするようにもなっている。

 

(流石にその時はガチで焦ったけどなぁ)

 

 そんな過去を振り返りながら茶を一口。夏休みの予定の中には一度家に戻って掃除など家の手入れをすることもある。折角だからその時に二人を読んで軽く飲み食いでもしようかと思いつく。

 

 そうこうしている内に昼食を終えた者が一人、また一人と席を立っていく。日本国外への帰省組で無くとも、彼女らとて帰省する以上はそれなりに準備に追われることになる。

そのために昼食を終えたら誰もが簡単な挨拶と共に食堂を去って行った。

 

「よし、じゃあオレもそろそろ行くかな」

「私もそうしよう。午後には少し予定があるからな」

 

 食べ終えた食器一式を持って席を立つ一夏に続いて箒も席を立つ。そのまま二人はまだ食事を終えていない鈴に軽く挨拶をすると席を離れていく。

 

「一夏、お前はこの後はどうする?」

「そうだな。食休みがてらに何時でも家に戻れるように荷物の整理とかして、そしたら何かしら鍛錬でもするかな。箒は?」

「私も似たようなものだよ」

 

 食器を返却口に返し食堂を出ると二人はこの後の予定を話し合う。

 

「箒は、今日も先輩たちとやるのか?」

「あぁ。聞けば夏休みが始まってしばらくは二人とも学園に残ると言う。その間、基本的に練習は毎日するらしくてな。主に沖田先輩がだが、一緒にどうかと誘ってくれたんだ。だから厚意に甘えることにしたよ」

「そうか、そりゃ良かったな。……なぁ、オレには声が掛からないの?」

「あぁ、それか」

 

 箒を誘うのは別に一向に構わない。ただ、驕るつもりは無いが明確な自負として学園内でも高いクロスレンジでの格闘戦の腕前を持つ自分にまるで声が掛からないことに一夏は軽く疑問に思ったのだ。斎藤初音と沖田司、どちらも一夏とは知らない仲では無いし、むしろ他の上級生と比較したらそこそこに付き合いはある方である。

 

「私もそのことは提案したのだが、斎藤先輩が一夏には一夏の都合があるから、とな。お前の鍛錬が剣だけで無いのは二人も知っているし、無理に自分たちの都合に付き合わせるのも悪いと」

「そっか。なんか気遣ってもらって悪いな」

「どうする? お前にそのつもりがあるなら私の方から話は通しておくが?」

「そうだな。ちとスケジュールの確認をしてからだな。それでもいいかな?」

「あぁ、多分大丈夫だろう」

 

 そこで二人は寮の廊下の一角で立ち止まる。行先が分かれているそこは同時に二人が分かれる場所でもある。

 

「じゃあ、またな」

「あぁ、それじゃあ」

 

 そう軽く言葉を交わして二人は各々の部屋に戻っていく。

 

 テッテッテー♪ テッテッテテー♪ テッテッテー♪ テッテッテテー、テッ♪

 

 軽い振動と共に一夏のズボンからリズミカルなメロディが流れる。すぐに携帯の着信だと分かった一夏は素早くズボンから取り出すと相手を確認する。

 

「川崎さん?」

 

 画面に表示された発信者は白式関係でもはやお馴染みの川崎である。

 

(なんだろ。白式のことか? いやでも、テスト前にいっぺんオーバーホールしたばっかだし。夏休み中のアポとかかな?)

 

 そんな要件の予想を立てながら一夏は着信ボタンを押して通話に入る。

 

「もしもし、織斑です」

『あぁ、織斑さん。お忙しいところ申し訳ありません』

「いえ、ちょうど今日で終業式ですし、今はむしろ暇ですけど。どうかしたんですか? また白式関係とか?」

『いえ、それはまた追々ということになるのですが、今回は少々別件でして』

「別件?」

 

 川崎と話すなり会うなりする時は基本的に白式絡みというのが今までのパターンだった。それも向こうの要件によるものがほとんど。だが今回はその向こうから明確に違うと言ってきた。

今までにないパターンに一夏の興味は一気に川崎の話へと向く。

 

『実はですね、少々織斑さんにお願いしたいことがありまして――』

 

 そうして川崎が話す内容を一夏はふんふんとそこかしこで軽く相槌を打ちながら聞いていく。

そうして一通り話を聞き終えた頃、一夏の表情は電話の前とは様変わりをしており、口元には面白げな微笑を浮かべつつも目にはやや鋭い光が宿っていた。

 

「分かりました。どこまでお力添えになるかは分かりませんが、えぇ。お手伝いさせて頂きますよ」

『助かります』

 

 その後に二言三言会話をしてから一夏は電話を切る。

 

「ふっ、これは少しばかり面白いことになりそうじゃないか」

 

 さてどうしようかなぁと一夏は歩きながら呟く。心なしかその足取りは、まるで新しい楽しみを見つけた子供のようなものだった。

 

 

 

 かくして、IS学園全生徒のそれぞれの夏休みがこうして始まっていくのであった。

 

 

 

 

 




 とりあえずは次回から夏休み編でしょうか。
こう、夏休み中のエピソードとかを短編集みたいな感じで、短い話としてポンポン入れていくという感じにしようかなぁとは思っています。
夏休み編が長いか短いかは、今のところ未定ですね。

 さて、終わりに近い部分で一夏が非常にはっちゃけた過去話を回想していましたが、本作は決して法律に触れるような行為を推奨はしません。くれぐれも、読者の皆様におかれましては真似をなさらぬよう深くお願い申し上げます。
 え? じゃあなんで一夏とか野郎ズはやったのかって? 馬鹿だからです。三人揃うと馬鹿になるからです。



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