或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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前回更新分に加える形での更新となります。前回分を既読の方は、お手数ですがそちらの部分までスクロールしていただくよう、お願い申し上げます。

ひと月近くかかりましたが、何とか更新できました。相変わらず日常回。そして結構やりたい放題です。ネタも随所に、そこそこには分かりやすい形で仕込みましたので、そちらに気付いてクスリとして頂けたらと思います。
「コレコレはこのネタだよね」などの感想も頂けるとありがたいな~などとも思っております。


第四十四話:夏休み小話集4

 一夏の夏休み そのに ~高校生が駄弁ってるだけの話にオチも何もありはしない~

 

 数馬と二人で出向いたライブの思い出に浸りつつ朝のトレーニング諸々を終えた一夏。それから数時間経ち、ピンポーンとよくあるベル音が織斑邸の中に響き渡る。それを受けて居間やキッチンを行き来しながらいそいそと何かの支度をしていた一夏は「来たか……」と呟いて来客を出迎える。

 

「よーっす一夏、来たぜ」

「お邪魔するよー」

「おう、上がれ上がれ」

 

 やって来たのは弾と数馬。元々この日に一夏の家で三人で集まると約束していたために驚くことは無い。ちなみに一夏の家がチョイスされた理由は、この三人しかいないためにどれだけ乱痴気騒ぎをしようと、ご近所から苦情でも出ない限り誰にも咎められないからである。

 

「あと――これが例のブツな」

 

 言いながら弾は玄関先に停めた自前のママチャリ、その荷台に固定して載せてあった荷物を運びこんでいく。クーラーボックスから為るそれを受け取った一夏は玄関でその中身を確認し、満足げに頷いて弾を見る。弾もまた、得意げに頷いてサムズアップをする。

 

「まぁとにかく奥に行こう。一通りの用意はできている」

 

 えっほえっほと荷物を居間に、更に奥のキッチンまで運び込む。三人のその足取りは心なしかウキウキとした軽やかなものだった。

 

「一夏、一応俺の方でも確認させて貰って良いか?」

「どうぞどうぞ」

 

 言って一夏は弾をキッチンに招き入れる。

 

「よし、これならすぐにでも取りかかれそうだな」

 

 ウンウンと頷く弾の視線の先にはクッキングヒーターに置かれた鉄製の鍋がある。中にはなみなみと油が注がれている。

 

「じゃ、ご開帳」

 

 改めてクーラーボックスを開けた一夏は中からビニール袋を取り出す。袋の中身は弾特製の漬けダレに一晩以上漬け込まれた鶏肉だった。

そもそも彼らは何故こんなことをしているのか。事の発端は数日前に遡る。

 

 L○NEのトークを一部抜粋

 

一夏:なぁ、唐揚げ食べたくね?

数馬:何を藪から棒に

弾:はて、ここ数日の夕方のニュースの特集じゃ唐揚げは扱って無かったような

一夏:いや、確かに夕方のニュースの食い物特集は実に食欲をそそられるけどさ。アレよ、漫画読んだらちょっとな。ほら、月曜のアレ

数馬:あぁ、アレね

弾:アレか

一夏:アレだよ。週刊マンガ誌の最大手のアレ。アレのでな……

弾:確かに唐揚げ回あったな

数馬:リアクションが一々エロいんだよなぁ。……ふぅ

一夏:単行本、買ってるんだけどさぁ。合間合間にある料理のレシピあるじゃん? あれ、段々難易度上がってるような気がするんだが……

弾:そりゃ気のせいじゃないな。後、レシピ本なんざそんなものよ。「簡単」とか「お手軽」とか銘打ってあって、中には実際そういうのもあるけど、明らかにそうじゃない難易度だってある

一夏:ま、数こなせば割と何とかなるもんけどさ。料理って

弾:そりゃ何事も練習と経験だからな

数馬:時に一夏。それで唐揚げ食べたいから何だって? 食べれば良いじゃない

一夏:あぁ、うん。そうなんだけどさ、ちょいとたまには拘ってみたいというか、ぶっちゃけ最近一人で飯作って食うのもつまんないというかさ。またウチ来ない?

弾:良いけど

数馬:行くのは構わないけど、行ってどうするのかね

一夏:それなんだが、弾。仕込みを頼めるか。鶏の

弾:あぁ、そういうことな

数馬:なるほどね

一夏:あぁ。ウチで思いっきりやろうじゃないか。唐揚げ食いたい。だから――揚げるぞ

 

 かくして、ノリと勢いだけで織斑邸での野郎ズ唐揚げパーティが開催される運びとなったのである。

 

「というわけで弾、お肉の説明よろしく」

「おう。用意したのは鶏ももと鶏胸だ。どっちもこの五反田弾特製のつけダレに昨日の夕方から漬け込んである」

「ところでそのつけダレのレシピは?」

「そこまで特別なモンじゃないぞ。オーソドックスに醤油やみりん、おろしたリンゴとか玉ねぎとか。味は保証する」

 

 胸を張って言い切る弾に、一夏も数馬もそれならば大丈夫だと頷く。一夏が武に対しそうであるように、弾も料理への強い思い入れを持っている。その意思の強さと実力に裏打ちされた保証だ。信頼する理由としてはお釣りがくるくらいに十分と言える。

 

「ところで弾。もう一つ確認しても良いか?」

「ん? 何だ?」

 

 一夏はクーラーボックスに歩み寄ると、中身を指さして真顔で問う。

 

「流石に、これはちょっと量が多すぎやしないかね?」

 

 クーラーボックスの中にはこれでもかと言わんばかりに大量の鶏肉(下ごしらえ済み)が入っている。全部が唐揚げ用のものなわけだが、明らかに三人で食べる量ではない。

一夏も弾も元々食欲は盛んな方だし、数馬も細身の体躯の割には男子高校生らしくよく食べる方だ。だがそれでもなお、多すぎるのではないかと思わされる量が用意されていた。

 

「あー、それな。いや、肉の仕入れは数馬と一緒に行ったんだよ。費用はほぼ出してくれるって言うからさ。で、セールだったもんでつい……」

「一杯買って全部処理をしたと?」

「おう」

「で、余ったらどうすんのコレ?」

 

 至極当然の質問に先に応えたのは数馬だ。

 

「一部は僕の方で引き取るよ。そのまま我が家の食卓にでも並べさせてもらうさ」

「残りは俺が持って帰る。店で出すなり、家の飯にするなりできるしな。一夏も持っていきたいって言うなら良いぜ」

「オレが持ってくかは一先ず置いといて、始末に問題が無いならソレで良いよ」

 

 そして一夏は改めて手に持った鶏肉入りのビニール袋を見る。ズッシリとした重みを手に感じながら思わず口元が緩んだ。

 

「さてと、それじゃあ――」

 

 そこで一夏は数馬と弾の顔を見る。二人は共に「分かっている」と言う様に頷く。

 

『揚げるか』

 

 ここに野郎ズ唐揚げパーリィの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「うっしゃあ揚げろ揚げろー!」

「まぁ待て落ち着け。あんまり入れ過ぎると油の熱が分散する」

「一夏ー。テレビーつけて良いー?」

「良いよー」

「揚げる量はどんくらいにしようか」

「ん~、晩の本命があるし程々で良くね?」

「足りなかったら追加で揚げれば良いか」

「じゃあそれで」

 

 料理スキルが纏まったレベルで持っている弾と一夏が主な調理を担当する。数馬は何をやっているかと言えば、居間の方でテレビを見たりしている。

一応テーブルのセッティングなどもしているが、明らかに働きの度合いが低い。最も、数馬はその高校生としては有り得ない財布ポイントで以ってこの集まりの最大のネックである費用の面でほぼ全面的に対応しているので、トータルで見ればつり合いは全然取れている。

だからこそ一夏も弾も何も言わないのだが、事情を知らない人間が傍から見れば完全にサボり魔である。こんなのだから陰でニートなどと揶揄されることがあるのだ。

 

「そういえば一夏。そっちの学校も期末試験とかあったんだろう?」

「ん? まぁそりゃな」

 

 一しきりテーブルのセッティングを終えた数馬がリビングのソファに腰掛けながら声を掛けてくる。

 

「どんな試験だったんだい?」

「普通の試験だよ。筆記に、あと変わり種と言えばIS使っての実技か。筆記の方も専門科目とかあるし」

「やっぱりそういう内容か。で、筆記の方はどうだったかね?」

「……お察しください」

「あっ……」

「そもそも中学の時も受験勉強だって、数馬が居なきゃオレまじでヤバかったんだからな! というか、筆記にしても副担の先生が補習つけてくれなきゃ専門科目はオール赤点だったよ間違いなく」

「それはそれは。その先生の功績は大きいねぇ」

「いや全くだ。本当に、感謝してもしきれないよ。何というかな、本当に良い人なんだよ。うん、本当に尊敬できるレアな人だ」

「ふむ。君にそこまで言わせるとは、であれば本物なのかね」

「そういえばお前、前々から教師とかどうでも良いって言ってたな」

「当然。勉強だって別に自学で事足りるし、学校生活における僕ら生徒側の諸問題にしたって、確固たる解決をできるわけじゃない。少なくとも、僕が学校に行くのはそれが必要なことだからであり、後は人から教わらずとも自分で吸収できたことばかりだと思っているよ」

「本当にお前、大した自信だよなぁ……」

「さて、腕っぷし絡みに関して言えば君もどっこいだとは思うがねぇ」

 

 数馬のともすれば傲慢とも取れる物言いに、分かっていたこととはいえ思わず呆れてしまう一夏に数馬もまた一夏も似たようなものだと返す。

 

「それはそうとだよ、一夏。僕は前々より気になってはいたんだがね。周囲を見渡せば女子女子女子アンド女子な空間に放り込まれて、本当に何もないのかい?」

「何もって、何がだよ」

「つまりアレだよ。桃色でストロベリってるような、例えば廊下で躓いてコケればパイタッチやらスカートへのヘッドダイビングをかますToLOVEる展開だよ」

「ねーよ阿呆。んなことになってみろ、オレは針のむしろ状態だ」

「ふむ、それもそうか。いやそれでもだよ、端的に言って君の状況はまさしく『これ何てエロゲ?』だ。こう、何か無いのホントに? いやだって、周り女子で何も無いとかそういう考えが起きないとか、普通無いだろ」

「ま、その編は俺も概ね同意だけどな」

 

 探りを入れてくる数馬に、唐揚げをひたすら揚げている弾も同調する。

どうと言われても、と若干困るように一夏は腕を組む。

 

「まぁオレだって男だよ。そりゃ、女子と良い感じになりたいとかってのは人並みにあるさ。ただ、やっぱり環境が特殊だしオレ自身もそうだ。だからそういうのもちょっとは気を付けなきゃいけないところもあるし、それにその身近な同級生の女子ってのが問題なんだよ」

「それが意味するところは?」

「みんな、同級生や友達であると同時に競い合うライバルでもある。故郷の国の代表候補生っていう、要はエリートポジションに居る奴は当然腕が立つし、そうでない連中にしても思わずこっちが刺激を受けるような所を見せてくる奴もいる。そういうのを見てると、何だろうね。もう本能レベルって言って良いのかな? オレ自身がもっと上をって思って、どうしてもそっちを優先させるんだよ」

『……』

 

 数馬も弾も揃って黙り込み、時折「はぁー」だとか「うーむ」などの溜息や唸り声を混ぜる。

 

「いや、分かってはいたがね。本当に一夏は、こう、何だろうね」

「俺はよくは知らないけど、数馬がやってるそのギャルゲーとかか? そういうのの主人公には絶対ならないタイプだな」

「いやいや。ギャルゲーはともかくいわゆる十八歳未満お断りな、でもやろうと思えば割と普通にやれるその手のゲームには、そういう要素よりもバトルだとか『燃える』展開ってのに力を入れているものもあるから。そういうのなら……駄目だ。一夏の場合は主人公よりも敵の方がよっぽどしっくりくる。それも自分の目的のためなら世界とかどうでも良い系の」

「なんか分かる気がするわ」

「お前ら揃って酷いなオイ」

 

 容赦の無い評価を下す数馬と弾に一夏も流石に苦い顔をする。とは言え、概ね数馬の言う通りかもしれないと他ならぬ一夏自身がそう思えてしまうので、それ以上を言うことができない。

 

「そ、そういう数馬はどうなんだよ。話す女子は画面の向こうの世界のやつばかり。周りの連中とか基本見下しスタンスなお前とか、オレ以上に無理あるだろ!」

「自覚はあるんだけどねぇ、改めて言われると中々……。いや、まぁ確かにそうなんだけどさ。けどね、別に僕だってリアルの女子に惹かれないわけでも無いんだよ、うん」

「どうせ声優とかだろ」

「弾うるさい。いや、それも確かにそうでそういうケースが多いのも否定はしないよ。けどねぇ、僕だって普通の女子にちょっとドキッとすることくらいあるさ」

 

 一夏と弾は顔を見合わせて「うっそだー」と棒読みで言い放つ。日頃が日頃だけに信用性が薄いのは数馬とて重々承知しているが、流石にここまでの反応をされると微妙な気持ちになってくるものである。

 

「じゃあ数馬。試しにその例を話してみてくれ」

「……言って信じるのかね?」

「いや、そもそも嘘をでっち上げてどうこうって話でもないだろ。無いなら無いで話すことは無いし、あるならそういうことがあったってことで」

「ふむ……」

 

 顎に手をやり少し思案する。そして、話しても問題は無いかと結論付けると数馬は素直に話すことにした。

 

「そう大したことじゃないがね。いや、正直なところを言えば結構最近のことで、しかも初めてのことだから僕自身も図りかねているのだけど……

少し前、夏休みに入るしばらく前の日曜さ。パソコンの部品だとか漫画とかの買い物でアキバに行ってね。その時、ちょっとゲーセンにも寄ったんだよ。で、見て回ってたらちょうど曲がり角の所で人が出てきて不覚にもぶつかってしまってね。で、その人が持ってたクレーンの景品らしき人形が床に落ちかけてね。慌ててキャッチして渡したんだけど、その時に、その、顔を見た時にね、いや、本当に僕自身驚いてもいるのだけど……」

「ときめいたのか。で、どんなやつだった? パッと見の年齢は? 外見のイメージは? 特徴とかは?」

「意外に食いつくね、一夏……。年は、多分僕らと近いだろうね。あとは、眼鏡をかけてておとなしいって感じだったけど、眼鏡は多分ダテで度が入ってないね。レンズ越しで分かった。多分ファッションかな? で、うん。まぁ、可愛い部類では、あるんじゃないかな」

『ほほ~』

 

 面白いことを聞いたと言うように、一夏と弾が揃って顔をにやけさせる。あの口を開けば常に満ち溢れた自信と、自他共に認める親友でもある二人を除いて他多数を有象無象と見下しがちであるあの数馬から、まさかこんな台詞を聞く日が来るとは。

果たして数馬にそこまで言わせた女子というのは一体どのような人物なのかと、二人は純粋に興味を馳せる。

 

「まぁ、よくよく考えてみれば僕自身女子との交流なんてそれこそ鈴を除けば満足には無いからね。慣れない状況に少しばかり戸惑ってしまっただけだろうさ。だから――いつまでもニヤニヤしてんじゃないよ!」

 

 そうは言うものの、さっきのような話を聞いた後で笑うなという方が無理だと言うのが一夏と弾の意見でもある。そんな二人の様子に「だから言いたく無かったんだ」と数馬は唇を尖らせる。

 

「まぁ良いじゃないかよ数馬。そうへそ曲げるなって。面白い話聞かせてくれた礼に、美味い唐揚げ食わせてやっからよ」

「その肉、代金出したの殆ど僕なんだがね」

「その礼も含めて、だ」

 

 そろそろ揚がった唐揚げもそれなりに纏まった数になった頃合いだ。いくらか大皿に移そうと食器棚に一夏が寄った所で、ポケットに入れておいた携帯が着信を知らせる。

 

「ん? ――――あれ、鈴だ」

「え?」

「鈴?」

 

 携帯の画面が知らせる着信の主は鈴であった。良く知る名前が出てきたことに弾も数馬も反応を示し、何事かと顔を見合わせる。

 

「もしもし、どうしたよ。え? オレ? いや、今は家に居るけど。そりゃこの間話したろ。うん、うん。は? え、マジで? 今からか? いや、それは……ちょっと待ってくれ」

 

 そこで一夏は携帯を顔から話すと弾と数馬をそれぞれ見遣る。

 

「どうした、一夏」

 

 何かあったのかと聞いてくる弾に、一夏は状況をそのままに伝える。

 

「鈴が今からココに来るって。箒と簪――学校のダチ二人を連れて三人でだと」

『はい?』

 

 予想だにしなかった内容に二人も揃って目を丸くする。そのまま三人の間に僅かな沈黙が流れた。

野郎オンリーで騒ぐ予定だった唐揚げパーティ ~晩飯時には本命もあるよ~ は、三人の想定とは違った流れを呈しかけているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人:前回のインフィニット・ストラトスッ! ‹デンッ (ラ○ライブの前回のあらすじのBGMを脳内再生の上でどうぞ)

一夏:ノリで集まって唐揚げパーティをすることになったオレ達

数馬:特に滞りなく進む準備の最中、予想だにしていないイレギュラーに見舞われる

弾:それは俺達もよく知るとある奴からの突然の電話!

 

「鈴が、学校のダチ二人を連れてここに来るって……」

『はいぃい!?』

 

数馬:突然の介入に思わず戸惑う僕たち

弾:そうこうしている内にも唐揚げは揚がっていく

一夏:そして、たっぷり用意されたお肉の行方は何処へと!

 

 

 

「……なに? この茶番」

「いや、やってみたら面白いかなぁって。それに一夏も結構ノリノリように見えるのだがね?」

「いや、それは、つい……」

「おい一夏、数馬。良いから決めちまえ。俺は別に人が増えても構わないから。さっさと揚げる量を決めたいんだよ」

『あ、はい』

 

 

 一夏の夏休み そのさん ~強いて言うなら『一夏のグルメ』?~

 

「でだ、数馬、弾。どうする?」

「僕は別に構わないがね。鈴はよく知っているし、あとの二人に関しても音に聞こえしIS学園の生徒なのだろう? まぁ、別に招いてどうというわけでもなさそうだ」

「俺も別に良いぞ。あ、昼飯要るか聞いてくれ。必要ならその分も追加で用意しとくわ」

「あいよ。――あぁ、鈴か。あのな――」

 

 結論。招く、OK。昼食、折角なので三人も頂くということで。

 

「よーし揚げるぞー、どんどん揚げるぞー」

 

 流石に六人分となると相応に量も必要となるため、弾は鶏肉を揚げるペースを早める。加えて、女子が加わることへの配慮か、もも肉メインで揚げていた所に低カロリーで済む胸肉も加えていく。

 

「数馬、この皿をそっちに頼む」

「任された」

 

 更に本腰を入れた弾に料理は任せることにして、一夏は数馬を顎で使ってセッティングの追加を行う。いそいそと二人が行き来するのはキッチンとリビングだ。

本来はダイニングで食べる予定だったが、人数が増えたために急遽折り畳み式のテーブルを幾つかリビングの方に出してそこで食べる方針に切り替えていた。

 

「飯、炊けてる! 唐揚げ、揚がった! 汁物、出来た! 料理は仕上がったぞ一夏!」

「こっちもセッティング完了! 何時でもお迎えできるぞ!」

 

 互いに完璧に仕上げた準備に一夏と弾は見合い頷くと、力強くサムズアップする。直後、弾と数馬がやってきた時と同じようにピンポーンとベルが鳴る。

 

「ふむ、来たようだね」

「オレが出るよ。二人はちょい待ってて」

 

 そういうと一夏は「はいよー」などと玄関の方に返事をしながら向かって行く。

 

「さて、鈴はともかく後の二人とは一体どういう人なんだろうね、弾?」

「さぁな。けど、ここに来るって聞いても一夏が嫌って言わないならそれで充分だろ」

 

 思えば二人にとっても鈴との再会は軽く一年以上ぶりとなる。加えてIS学園の生徒、駅のモールでそれらしき人物を見かけたことは二人も何度かあるが、このように直接会って話すのは初めてだ。さてどのようなものかと考える。

 

『おう、来たな。ちょうど飯も仕上がってるぜ』

『そりゃありがたいわね。お邪魔するわよー』

『ここも久しいな……。失礼する』

 

 一夏の後に続いて二人分の声が玄関の方から聞こえてくる。片や久しぶりとなる鈴の声に、もう片方は初めて聞く声だが、おそらくは件の友人の一人だろう。鈴とは異なり、声の響きだけでも生真面目な気質を感じ取れた。

来る予定は三人。ということは、まだもう一人いるはずだろう。そう数馬が考えた矢先に三人目の声が聞こえた。

 

『お邪魔します』

「……え?」

「数馬?」

 

 聞こえてきた三人目の声、それを聞いた瞬間に数馬は小さく声を漏らしてその場に固まる。予想外の反応をした数馬に弾が何事かと聞こうとした瞬間、ガチャリと音を立てて玄関と居間を繋ぐ廊下から四人がやってくる。

 

「ウッソ、マジで弾に数馬じゃない。うわー、久々だわー」

「失礼する。む、そうか。お前たちが話に聞いていた一夏の友人か。突然にすまないな」

 

 先に入ってきたのは鈴と箒だ。何だかんだで久しぶりに会えたことは鈴にとっても悪いことではないのか、表情は僅かに綻んでいる。対する箒は初対面の者の前ということもあり、やや緊張気味だがそれでも律儀に挨拶をする。そして――

 

「お邪魔します」

 

 最後に入って来た簪を見た瞬間、表情こそ変えないものの数馬の雰囲気が明らかに変わったのを弾は感じた。

 

「あれ、君は……」

「や、やぁ。その節はどうも」

 

 数馬を見た簪の、明らかに初対面では無いだろう反応に数馬もやや上ずった声で挨拶を返す。

 

「ん? どうした?」

 

 おそらくは、否。確実にこの場においてもっとも人の気配というものに敏感な一夏が最後にやってくる。そして、居間に入る前から数馬の変化に気付いていた一夏は弾がそう思ったように何事かを尋ねてくる。

 

「あぁ、織斑君。彼、君の友達?」

 

 数馬を指して聞いてくる簪に一夏は「そうだけど」と素直に答える。

 

「なに? もしかして知り合いだったとか?」

「僕もだいぶ驚いているがね、その通りだよ。以前に、ちょっとね」

「少し前に、秋葉原のゲームセンターでちょっとだけ話をしたことがある」

 

 瞬間、一夏と弾は鋭く目を細めると同時に視線を交わし、互いに確信を確認し合うように小さく頷く。

 

(なるほど、そういうことか)

(この眼鏡の子が数馬が言ってたゲーセンでぶつかったって奴)

(それが指し示すところはつまり――)

(数馬が一目でホの字になった相手――!)

 

 確信した瞬間、一夏と弾の口元に小さな笑みが浮かぶ。『面白いことになった』と、その表情がアリアリと語っていた。

 

 

 

 

 

「というわけで、箒と簪は初めてだよな。こっちのロン毛が五反田 弾。で、こっちの見た目優男が御手洗 数馬だ」

「よろしくな」

「よろしく、というか一夏。見た目とはどういうことかね」

「いや、アンタ見てくれは良いけど中身が終わってるじゃん」

 

 一夏の紹介にジト目を向ける数馬に鈴が呆れるように言う。

 

「今度はこちらだな。篠ノ之 箒だ。一夏とは古馴染でな。10歳の時に転居するまでは剣道で同門でもあった仲だ」

「更識 簪。一応、日本の代表候補生」

 

 箒の名乗りに数馬は僅かに目を細め、候補生と名乗った簪にその意味を一夏経由で知っている弾は驚いた様子を示す。

 

「篠ノ之さん、で呼び方は良いかな? 間違っていたらで申し訳ないのだが、君はもしや……」

「察しの通りだよ、御手洗。私の姉は篠ノ之束その人だ。ただ、姉に関して知りたいことがあっても私では力になれそうにないからな。そこは予め断らせておいてほしい」

「あぁいや、そういう意図は無いよ。ただ気になったから確認をしたまで。姉君の高名はかねがね聞き及んでいるが、それはそれだ。では改めて、よろしく」

「あぁ、改めて。それと、姉をそう褒める必要は無いよ。確かに抜きんでた能力を持っているのは事実だが、そう立派な人間というわけでもない」

「おや、これは中々手厳しい」

「仮にも血の繋がった姉妹だ。このくらいは遠慮なく言わせて貰うさ。それと、五反田だったな。改めて、よろしく」

「おう、よろしく」

 

 芯の通った箒の声に数馬と弾は内心で感心するように頷く。有り体に言って嫌いではない、好感を覚える姿勢だ。

 

「私も、言った方が良い?」

「さて、それはご自由に」

 

 簪の確認に一夏は好きにすればいいと答える。

 

「じゃあ、私も改めて。更識 簪。二人とも、よろしく」

「あぁ、よろしく」

「こちらこそ、改めて。いやしかし驚いた。よもや君が一夏の知り合いだったとは」

「それは私も」

 

 驚いていることは事実だと、声の調子に表す数馬に簪も同意するように頷く。

 

「しかし、その節は申し訳なかった。荷物は、大丈夫だった?」

「うん、全然平気。私もあの時はボゥッとしてたから。ごめんね」

「いやいや、あの程度なら全然。ところで、もしかして君は――」

 

 アキバに居たことなどから簪がそうした方面への趣味を持っているのか、そんな互いに共通らしい話題をする二人を見ながら一夏は携帯を操作する。直後、弾と鈴、そして箒の携帯が一斉に振動での通知を告げた。

 

『一夏、弾、鈴、箒』

 

 四人の携帯に共通して投入されている通話アプリ(今更だがL○NEのことである)のチャット(つまりはトークよ)機能によるものだった。

繋がりのない弾と箒も纏められるよう、二人の連絡先を知っている一夏が起点となって広げられていた。

 

一夏:さて箒、鈴。面白いことがあるぞ

箒:いきなりどうした。わざわざこんなものを使うとは、つまりは今話してる二人には内密か

一夏:そういうこと。いや、本当にマジで驚くぞ。特に鈴

鈴:は? 何であたしよ

弾:まぁ良いから聞けや。あぁ、大声とか出すなよ。お前その辺かなり甘いからな

鈴:弾うっさい。で、何なのよ

一夏:うん。実はな、数馬のやつ。簪にホの字だ

鈴:はぁ!?

箒:ほぅ。いや、確かに初対面というわけではなさそうだが。一夏、どういう経緯だ?

一夏:実はな――(秋葉でのアレコレを手短に説明)――というわけだ

鈴:はぁー、数馬がねぇ。そりゃ確かに驚きだわ

弾:何せ俺らも驚いたからなぁ

箒:なるほど。確かに意外と言えばそうだが、しかしそこまで驚くほどのことか?

鈴:驚くほどのことなのよ。箒、あんたから見て数馬はどんな印象?

箒:む? そうだな。どちらかと言えば一夏とは逆の、文学的なタイプ、かな? 後は、頭もよさそうだな

鈴:まぁ概ね合ってるわね。華奢で知的な優男、確かにそれは間違ってないわ。けど実際のトコは、性格も性根も性癖も何もかもねじまがったトンデモ野郎よ

箒:いや、言い過ぎではないか? それは

一夏:ところがかーなーり事実なんだよなぁ

弾:良いダチではあるんだけどな。性格の悪い部分は擁護できないんだよ。まぁ、ダチの俺らとか、あいつがそうすべきと判断した相手には誠実的であるのも事実なんだけど

一夏:ま、平たく言えばとても面倒くさい性格してるんだよ。それと箒。お前にはもっと分かりやすい言い方があるぞ。割と束さんよりの性格と言えばわかるだろう

箒:……あぁ、それだけで十分に察せるよ。まぁ、流石にあの人ほど突き抜けてはいないようだが

一夏:流石にな。まぁとにかくだ、そんな輩が、ましてや特に同年代とか基本大半を見下しているようなアイツが同い年の女子に一目ぼれってのはマジで驚いているんだよ。いやホント

箒:なるほどな。確かに、私も姉さんがいきなり愛だの恋だの言いだしてそれにかまけたら驚くどころじゃ済まないだろうな。天変地異前触れか、あるいはいよいよ以って世界の終わりでも近づいているのではと勘繰るところだ

鈴:それで、わざわざ話してどうすんのよ。別に数馬を冷やかそうだとか邪魔しようだとかってわけじゃないんでしょ?

一夏:勿論だ。ただ、特別どうこうってわけじゃないよ。一応知らせておいて、後は成り行きに任せて見てようぜってことで

鈴:そういうことね。ま、いいんじゃないの?

箒:そうだな。わざわざ変に絡む必要も無いだろう

弾:というわけで、俺は皆の親睦を深めるべく料理を用意するんで

一夏:なに、いざとなったらオレ達で数馬を応援しえやろうじゃないか。名付けて、ミッション・あなたのハートにラブアローシュート! 大作戦だ

弾:一夏、ねーわ

鈴:無いわね

箒:流石にそれはな……

一夏:(´・ω・`)ショボーン

 

 

 

「さて、そろそろ頃合いだろ。飯の用意もできてるから、みんなで食べようぜ」

 

 そう言いながら弾が立ち上がり、一夏もそれに続く。

 

「む、私も手伝うぞ」

「いや、大丈夫だよ箒。とりあえず座ってて全然OKだぞ」

「そうは言うがな、ただ馳走になるだけというのも流石に心苦しい」

「じゃあ、盛り付けた皿を運ぶのだけやってくれ」

「心得た」

「それじゃあたしも手伝うわ」

 

 箒に続いて鈴も立ち上がり、更に数馬と簪も手伝おうと立ち上がろうとするが、これ以上増えても仕方がないと一夏が二人を制する。そういうことならと数馬と簪はそのまま座り続け、再度雑談に興じる。その様子を、準備をしながら四人がチラチラと見ているのだが、二人が気づく気配は無かった。

 

 

「さて、ちょっとしたハプニングもあったけど、これで準備は完了だ。さぁ、存分に食べてくれ」

 

 デン、と大皿に盛られた唐揚げの山。そして各人の前には各々のご飯と、弾が即興で作り上げた椎茸をメインにした吸い物もある。

 

『いただきます』

 

 その言葉と共に全員が一斉に箸を動かし始める。とりあえず数馬が簪を前にどんな様子を見せるのか、依然気になってはいるものの一夏は一先ずは目の前の料理に集中することとした。

 

 

 思えば、こうして弾の料理を食べるのもそこそこに久しぶりのことである。

 まずは白米。日本の食卓の基本にして王道、しかしそれ故にある意味で最も重要な意味合いを持つ品だ。スゥ、と鼻で息を吸い香り立つ湯気を鼻腔一杯に取り込む。

炊けたご飯の匂いは、悪阻などが酷い妊娠初期の妊婦には辛いものであるらしいが、そうした特殊な例外を除いて好まない日本人など早々居ないだろう。一夏もれっきとした日本人。白米の香りには否応なしに日本人としての血を刺激させられる。

箸で一掴み、一気に頬張る。美味い。静かに口内で米を噛みながら、噛むほどに存在感を増してくる甘味を堪能する。自然由来の優しい甘さとでも言うべきだろうか。キャンディーなどから得るものとは違う、自然と溶けていくような甘さに心穏やかにさせられる。

 

 そして白米を飲み込むと同時に箸を伸ばした先は大皿の唐揚げだ。今回の唐揚げは急遽女子が参加するということもあり、女子が気にするだろうコレステロールにも配慮した胸肉を使ったものも含んでいるが、一夏は食べ盛り育ちざかりの男子。迷うことなくカロリーばっちこいなもも肉をチョイスする。

一つ、箸で持った瞬間に揚げた弾の腕前を実感させられる。肉が持つずっしりとした質感がありながらも、箸の当たる衣は実に軽やかな触り具合だ。食べるまでも無く、その食感を自然とイメージさせてくる。口元に近づけ間近で見ると更に揚がり具合の良さを感じさせられる。キッチンペーパーで余計な油は取り除きつつも、うっすらと残った油が衣を照り輝かせている。色合いも鮮やかなブラウン、焦げ付きなど微塵もありはしない。

そして、一気に頬張った。うむ、美味い。心の中で思わず感嘆の声を呟く。まず伝わってくるのは衣がサクッと割れる感覚だ。あの独特の軽さを持った音が口内から頭蓋を伝わって直接脳内に響いてくる。衣としてしっかりとした硬さを持ちながらも、一噛みで軽やかに割れる食感はただ見事と言うより他ない。

衣のすぐ下にはいい塩梅で火の通った肉がある。牛や豚と比べれば柔らかい鶏肉だ。スッと抵抗なく歯による分断を受け入れ、途端に中からジュワリと肉汁を溢れさせる。予め下味用に漬け込んでおいたタレと、肉それ自体の元々の旨みが混ざり合い口中に弾けて広がる。加えて下味用のタレに入っている香辛料の香り。これが口内から鼻腔へと一気に広がり、味との相乗で美味さを格段に跳ね上げる。もはやあれこれと語る必要はあるまい。美味い、ただその事実だけ分かれば十分だ。

曰く、物事は本質に迫れば迫るほどにそれを表す言葉はむしろ陳腐なものになるという。火は火としか言わないし、水も同様だ。

或いは競技で例えてみる。その道のプロ、それも最上級と呼んでいい選手の動きは、時としてそれへの心得をある無し問わずに見る者を圧倒させると言う。そうした、自身では及びもつかないとしか言いようのないものを前にした時、その者にとってソレの本質はそのままだ。とんでもないもの、ということになる。映画のアクション、スポーツにおけるプロの試合、それらを見て「すげぇ」としか言葉にならないという経験は誰しもが思い当たるものだろう。

この唐揚げもそうである。言おうとすれば、あれこれを理屈付けめいた言葉の装飾を付けることは、まぁできる。しかしそれを忘れさせるほどに食べるものを圧倒してくる美味さ。それも唐揚げという料理の特性上、同じものを何度と口に入れることで幾度となくその圧巻が襲ってくるのだ。もはや美味の集中砲火と呼んでも良い。それを前にすれば出てくる言葉はただ一つだ。

 

「美味い」

 

 この場の誰もが同じような感想を述べる。作り手である弾にとっても納得のいく出来だったのか満足そうに頷いている。

このまま唐揚げの怒涛の連打といきたいが、ここで舌を小休止させる。今度は別の椀に注がれた吸い物だ。ご飯には味噌汁、これもまた定番中の定番にして王道と言える。特にあさりの味噌汁など堪らない。

が、今回は味のしっかりした唐揚げが主役でもある。よって、今回はあえて味が主張をし過ぎない吸い物をチョイスした。

干しシイタケを使った出汁を薄口醤油や塩など、少量の調味料で味付け。出汁に使った椎茸をそのままに、さらに別で用意した普通の椎茸も具に加える。それに留まらず、豆腐に刻み葱、溶き卵も加える。

透き通った汁に椎茸と豆腐、そこへ刻み葱が彩を加えて、溶き卵がまるではためくレースのように飾りとなる。

まずは汁だけを一口。椎茸の旨みが溶け込んだ、ほっとするような味わいだ。今度は具も一緒に。汁を吸いこんだ椎茸の美味さは言うに及ばない。豆腐の柔らかさと存在感が口内でホロリと崩れる食感と、葱のシャキシャキとした食感のコンビネーションが楽しい。特に葱はその風味が口の中をリフレッシュさせる。汁の熱で僅かに固まった溶き卵の優しい舌触りと甘さは、口の中の疲れを取り除くようだ。

 

 吸い物で一時のインターバルを終えると、再び唐揚げに箸を伸ばす。だが今度はただそのまま頬張るのではない。

別の小皿に用意されたタレ、ピリリとした刺激を与えてくるチリソース、甘味と酸味が絶妙に入り混じった胡麻マヨソース、これら二種のソースをそれぞれ用のスプーンで一垂らし。

美味さと美味さの相乗が新たな昂ぶりとなって口内に広がる。こうなるともう止まらない。ただ一心不乱にご飯を書き込み、吸い物を啜り、唐揚げを頬張る。

 

 最初の内こそ団欒とした雰囲気で会話も弾んでいた食卓だが、その会話も徐々に減り、誰もがただ目の前の料理に集中するだけとなっていた。

 

「ごちそうさまでした」

 

 気が付けば用意された料理は綺麗に平らげられていた。もっとも、唐揚げに関してはまだ下ごしらえをした段階の肉が幾ばくか余っているのだが、それについても処遇は決まっているので問題は無い。

 

「いや、実に見事な味だったよ。堪能させてもらった」

「揚げ物は中華にもあるからあたしも得意な方なんだけどねぇ。悔しいけど、やっぱ料理じゃ弾が上かぁ」

 

 箒は素直に味への賞賛を送り、鈴は自身も元とは付くが弾と同じ料理店の子であり、料理自体にもそれなり以上の心得を持っているため、その腕前に若干の悔しさを滲ませながらも味を認める。

 

「五反田くんは、料理店か何か?」

「ん? あぁ、そうだよ」

 

 簪の問いに弾は頷く。

 

「別にミシュランだとか三ツ星だとかそんなのとは無縁の、しがない町の定食屋だけどね。実家だし、馴染みの常連さんとかも多いからその辺の思い入れは深いよ」

「ちなみに僕や一夏もその常連よ」

「何が良いって、厨房仕事の手伝いとかすると安くしてくれるのがな。仕事で体を鍛え、安く飯にもありつける。もう一石二鳥だよ」

 

 野郎三人衆の三大溜まり場の一つ、五反田食堂を思い出しながら数馬と一夏はウンウンと頷く。

 

「更識さん。それに篠ノ之さんも。良ければ今度機会があれば立ち寄ることを勧めるよ。味は、僕が胸を張って保証させてもらうとも」

「よせよ数馬、照れるだろ。まぁお二人さん、来たら少しはサービスさせてもらうから、ぜひご贔屓にってことでよろしく」

「あぁ、その折には是非馳走にならせてもらおう」

「楽しみにしてるね」

 

 勧誘に色よい返事を返す箒と簪に弾は内心で「よし、ご新規二人確保!」とガッツポーズをする。

その後、食器などを一通り片付けると六人は揃って居間で歓談に興じる。話すのは各人のこと、あるいはそれぞれの学校や私生活のことなどだ。

 

「けど、本当に弾の料理馬鹿も相変わらずよねぇ。一夏とつるんでるのも納得だわ。あんたら、本当にそっくりよ」

「ほう、凰。それはどういうことだ?」

「簡単な話よ。一夏ほど露骨じゃあ無いけど、弾も料理に関しちゃかなり意識が高いと言うか。ぶっちゃけ一夏の武術を料理に置き換えて、でも気持ちマイルドめにしたのが弾よ」

「なるほど、それは納得だ」

「待て鈴。それじゃオレや弾がまるでただの武術馬鹿と料理馬鹿みたいじゃないか」

「え? 違うの?」

「……否定しきれないのがなぁ」

「ま、俺も料理に手は抜けないからな」

「というわけで箒。あんたに弾がやらかした中学時代の料理エピソードを一つ話すわ」

「ほう? 何だそれは?」

「一つ目、調理実習やり過ぎ事案よ。家庭科の授業で何度か調理実習をやったのよ。基本、お題は先生の方で決めるんだけど、最後の調理実習だけは好きに決めて良いってなったのよ。もちろん、材料とかは自前で。

で、その調理の班員が弾、一夏、数馬のいつもの三人だったんだけど、この三人だけ気合入れまくって――フルコース作りやがったのよ」

「ふ、フルコースだと?」

「そう、フルコース。まぁだいぶ簡略化はされてたけど、前菜、スープ、魚に肉、更にはデザートまで完備よ。あの時の家庭科の先生のドン引きした顔、今でもよく覚えてるわ」

「いやだって、好きに作れって言われたからさ。一夏や数馬と相談してだな、食材だって事前にできる仕込みは済ませといたから現場での手間もそうでもないし」

「どうせなら最後は盛大に行きたいじゃん?」

「だまらっしゃい馬鹿一夏に馬鹿弾」

 

 そんな風に鈴が過去の思い出を語ったりもすれば――

 

「へぇ、更識さんはISの組み立てまで自分で?」

「少しだけ、関わらせて貰っただけだよ。あと、簪で良いよ」

「はぃ!? い、いや、いきなり名前は流石に失敬ではないかね?」

「別に気にしないから。それに、苗字はちょっと……」

「で、では、か、かん、簪さんと……。いや、いかんね。こうして女子と対等に話すというのはどうにも慣れない」

「意外だね。そういうの得意そうだと思うけど」

「恥ずかしながらね、自分で言うのも何だけど、僕は他の同年代の大勢よりは少々優れている自信がある。だから、どちらかと言えば上から見下ろす高慢ちきが付いていてしまってね。一夏や弾、鈴くらいなものだよ。例外は」

「へぇ。じゃあ、私は?」

「むしろ敬意すら払おう」

「ふふ、ありがと」

「い、いや、聞かせて貰った実績を鑑みれば当然のことだとも。これでも、払うべき礼節は弁えているつもりだよ」

「そうなんだ。君、結構面白いね」

「…………いや、一夏や弾以外にそう言われたのは初めてだよ」

 

 こんな感じで数馬が彼にとっては実に珍しいことに、少々言葉につかえやや緊張をしながらも簪と話を弾ませていたりしている。

 

 そうして、一夏が部屋の奥から引っ張り出したゲーム機で対戦に興じたり、あるいはトランプやUNOをやったりと、何でもないごく普通の過ごし方で数時間を六人は過ごしていた。

 

「あちゃー、もうこんな時間か」

 

 時計を見た鈴の言葉に箒と簪も時間を確認し、そろそろかと頷く。事前に実家への帰宅のために外泊手続きをしていた一夏とは異なり、三人はあくまでただの外出。校則にて定められた時間までには学園に戻っていなければならない。

 

「悪いけど、あたしたちはそろそろ帰らせて貰うわ。弾、ご飯ありがとね」

「色々と馳走になったな。今度はお店の方に寄らせてもらうよ」

「どうも、ごちそう様でした」

 

 立ち上がり帰り支度をする三人に合わせて一夏らもいそいそと居間の片づけを始める。ゲームやら漫画やらなにやら、色々と広げ過ぎていた。

 

「あ~、もう夕方だし女子だけってのもアレだろ。悪い数馬、駅まで見送り頼めるか? その間にオレと弾で片づけやっとくからさ」

「ふむ。まぁ別に構わんよ。というわけでお三方、不肖ながら駅まで同行させて貰うとしよう」

 

 そう申し出る数馬に鈴は思わず苦笑する。

 

「数馬ねぇ。ボディガードにしちゃ、ちょいと頼りないんじゃないかしら? これでもあたし達三人、腕っぷしには結構自信あるのよ?」

「ハッハッハ、その程度の事は無論承知済みだとも。国家代表候補生、その身分は各国の軍部に組み込まれる。当然、然るべき心得はあるものと理解しているとも。篠ノ之さんにしても、かなりの使い手と一夏から聞き及んでいる。が、そこはアレだよ。少しばかりは恰好を付けさせてもらいたいのさ。それに、僕自身も腕には覚えがある。一夏ほどとは口が裂けても言わないがね、チンピラの一人二人程度ならどうということはない」

 

 その言葉に彼を良く知る鈴は目を丸くする。彼女が見てきた御手洗数馬という人間は徹頭徹尾頭脳プレー派。少なくとも殴り蹴りだのの荒事とは常に無縁のスタンスを取り続けていた姿が記憶に残っている。そんな彼から喧嘩の腕に自信ありと聞くとは、夢にも思っていなかった。

 

「あぁ、実際数馬はそこそこやるぞ。というか鈴、タイマンならお前とだっていい勝負はできるんじゃないか?」

「マジで?」

「ふむ、しかし体つきは少々細いな。筋肉質というわけでも無さそうだ。となると、合気の類に心得が?」

 

 数馬の体格を観察しながら所見を述べる箒に一夏は指を鳴らしてその通りだと肯定する。

 

「流石に喧嘩で猫以下の雑魚ってのもな。どこぞの追放されたシスコン皇子じゃあるまいし。始めはオレが少し教えた程度だけど、数馬。確か後は独学に近いよな?」

「いかにも。いやはや、時代の進歩とは便利なものだよ。今では優れた指導者の技術を収めた映像が通販で取り寄せられる時代だ。まぁ、役立たずにはならないから安心して欲しい。もっとも、こんな腕っぷしの荒事ばかりは僕も完全とは言えないがね」

「何よ。なんか弱点でもあるの?」

 

 例えば動きに癖があるだとか、そういう類なのかと当たりをつける鈴に一夏は首を横に振る。

 

「こいつ、技のレベルは間違いなく高いんだよ。素養があるかどうかと言えば大有りだよ。ただ――悲しいくらいに体力が無い。したがって継戦能力に難ありだ」

 

 その言葉に三人揃って『あぁ……』と納得するような声を漏らす。数馬としても否定のしようがないため、仕方がないと言いたげに肩を竦める。

 

「だからあれほど体力つけとけってオレは常々言ってるのにさー」

「いやいや、あくまでこれは僕にとっても非常手段だからね。基本、そうならないように立ち回るだけだよ」

「備えあれば憂いなしって霧島さんも言ってるだろうが」

「はい、数馬は大丈夫です」

 

 やいのやいのと漫才染みたやり取りをしながらも、準備のあれこれは進む。そして玄関で靴を履いた四人を一夏と弾が見送るところまで来ていた。

 

「じゃあ一夏。また学園でな」

「あぁ、またな」

 

 帰る三人とその見送りの数馬を送り出して一夏と弾は再び片づけへと取り掛かっていった。

 

 

 

 

「ここまでで大丈夫よ。悪かったわね、数馬」

 

 駅の入り口まで来たところで鈴がもう大丈夫と数馬に言う。流石にここまで来れば危ないも何もないだろうと、数馬の素直に頷く。

 

「ではここまでで。一応礼儀として、気を付けてとは言っておくよ」

「相変わらず面倒くさい喋りしてるわねぇ。まぁ良いわ。それじゃね」

 

 手を振って駅の中へと入っていく鈴、それを追って箒も「では」と簡単な別れの挨拶を告げると駅へと向かって行く。

 

「じゃあ、御手洗君。またね」

「あぁ。並に君も気を付けて」

 

 最後に簪とも挨拶を交わし、簪は駅へと入ろうとする。その背に、一瞬迷いこそしたものの、意を決し数馬は声を掛けることにした。

 

「簪さん」

「なに?」

 

 振り向いた簪に、数馬は一呼吸して言うべき内容を素早く脳内で整理すると、それを一気に吐き出す。

 

「良かったら、メアドの交換でもどうかな? 君との話は、僕にとっても有意義なものだったのでね」

「うん、良いよ」

 

 実にあっさりとした承諾の返事に、数馬は一瞬肩すかし気味なものを感じるも、すぐに口元に笑みを浮かべてアドレス交換のための操作を行う。

 

「あぁそれと、君を名前で呼ぶからというわけではないのだがね、僕のことも名前で構わないよ。というより、一夏や弾、鈴のような親しい人は大抵名前で呼んでいるからね。それに、苗字だとトイレネタでからかう輩もいるもので」

 

 最後の方だけ少しばかり憤りを滲ませながらも伝えた要求に、これまたあっさりと簪は頷く。そうしてアドレス交換が終わり、今度こそ簪は駅へ向かうことになる。

 

「それじゃあね、数馬くん」

「あぁ、それじゃあ」

 

 軽く手を振りながら数馬は簪を見送る。その背が見えなくなると同時に手を下ろすも、しばしその場に立ち続ける。そして、おもむろに小さくガッツポーズを決めた。

 

「っしゃあ、キタコレ……!」

 

 公共施設の入り口までなければ、ド○キーに鍵を開けて貰い、次のステージへの入り口をぶち開けるクラ○キー並に飛び跳ねて喜んでいただろう。そうしたいのを理性で抑え込み、グッと拳を握る。

 

「ふっふっふ。あぁ、実に幸運。ラッキーとしか言いようがない。いや、ただのラッキーじゃない。この僕の、御手洗数馬のラッキーだ。御手洗のラッキー、ミタラッキーと言うより他あるまい」

 

 本人的には喜んでいるつもりなのだが、浮かべている表情はそうする癖がついてしまったのか、まるでカードゲーム中に相手の心理を読みぬいて口撃フェイズに移行するJCよろしく下衆な顔つきになっている。彼の名誉のために言うが、今現在の彼は純粋に喜んでいるだけである。

別に希望を与えた挙句それを奪ってファンサービスと言おうだとか、騙した時によりどん底に叩き落すために2クールに渡っての友情ごっこをしようだとか、そんなことを考えているわけでは断じて無い。

 そうして喜びを噛み締めながら一夏の家に戻る道中、数馬の姿は時折妙な動きをして怪しい奴そのもののだったりなかったりしたと言う。

 

 

 

 

 

 

「さて、女子三人の乱入という、虫狩りのつもりがなんかスンゴイことになった金ゴリラが乱入かましてくるようなのに比べればまだ容易いイレギュラーこそあったものの、来たぜ本命がよ……!」

 

 日も落ちて夜と呼べる時刻になった夕飯時、野郎三人は揃ってキッチンに集まって輪を作る様にしゃがみ込んでいた。三人の視線の先、輪の中央には弾が鶏肉を保存しておいたものとは別の、そして何としても女子には見つかるまいと家の最奥に隠しておいた別の発泡スチロールの箱がある。

 

「いざ! ご開帳!」

 

 抑えきれない興奮と共に一気に全てを箱の蓋を開ける。直後、箱の中から磯の香りが広がる。

蟹だ! ホタテだ! サザエでございまーす! それが嫌いという理由でも無ければ見る者全てがゴクリと喉を鳴らすような海の幸三種がそこにあった。これぞ今回の本命、唐揚げよりお高い海の幸ディナーコースのメインである。ちなみに出資者は数馬の太っ腹によるものである。

 

「さて弾。最終確認だ」

「おう、来い」

「蟹の準備は?」

「この家で一番目と二番目にデカい鍋一杯に張った湯を今も沸かしてある。後は蟹を放り込むだけだ」

「ホタテの準備は?」

「お前が出しておいてくれた、千冬さんがホームセンターでノリで買ってきたという家庭用七輪が既に火をつけてある。後は網に乗せるだけだ」

「サザエは?」

「同じく七輪で。焼いている最中にバランスを保つためのセッティングもできている」

「完璧だ、弾」

「光栄の至り」

 

 準備ができているのであれば何も言うことは無い。もはや言葉は不要。ただ眼前のご馳走を頂きにかかるだけだ。そしてこの宴はそれだけではない。

 

「フフフ、こっちも完璧よ……!」

 

 そう言いながら一夏は冷蔵庫を開ける。中には冷やされた飲料の入った缶が幾つもあった。普段から千冬が自身のために、時折「買い過ぎじゃね?」と一夏も首を傾げる、諸般の事情によりどういう品かを明言できないこれらの飲料の数々。

三人とも、何だかんだでこれらへの少々の嗜みを4、5年ばかり早いが持っているわけだが、今回はこっちも思い切って行っちゃうことにする。

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ~」、とある美少女宇宙人の名言である。

 

 

「んじゃ、やるか」

 

 手にそれぞれの缶を持った三人は視線を交わしあう。そして――

 

『乾杯!』‹チョリースハーイ!

 

 なんか一名変なことを言った奴もいるが、ここに三人だけの夏のちょっとした祭りが本当の意味で幕開けと相成ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 さて、前回の折に話題に上がった数馬の一目ぼれの相手。まぁ感想書いて頂いた方にはほぼ丸分かり、というか多分誰もが予想していたと思いますが、簪さんでした。
ちなみに、簪さんを前にすると数馬くんは普段の胡散臭さは鳴りを潜めて、割と普通になります。

 さて今回の話、唐揚げ食ってる時の部分はちょっと頑張りました。これで読まれた方々が唐揚げ食いたくなったら自分の勝ちなどと勝手に思っている次第ですww
唐揚げ、美味しいですよね。家で作る唐揚げとか、もうご飯が止まりません。そこにお酒が加わると……もはや犯罪的……!

他にも今回の話では、中々書くことができない弾や数馬についても書けたかなぁと思っています。
例えば数馬が何だかんだで運動神経が良いとか。ただし体力が無い。
弾も料理が絡むと一夏ばりにやらかすとか。
 多分夏休み編終わったらこんなの書けないですからねぇ。

 そして最後。簪とのメアド交換に成功した数馬。これを繋がりにして夏休み以降も彼に関しては出していけたらと考えています。

 さて、そろそろ一夏の夏休み修行編となる頃合いです。
……夏休み編、終わるのマジでいつ頃になるんでしょうね。作者自身、皆目見当がついておりません。

 感想、ご意見は随時受け付けています。些細な事でも良いので、書いて頂けると作者の励みになります。書ける限りのお返事も書かせて頂きますよー。

 それでは、また次回の更新の折に。

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