或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 前回更新分に続ける形で続きを挿入しました。
閲覧に際し、前回分を既読の肩はお手数ではありますが画面をスクロールの上、追加部分よりお読み下さい。

 今回の更新は修行の直前の直前、ある意味では修行の一環と言いますか。
今まで殆ど書けなかった一夏と宗一郎師匠のタイマンでの会話となります。


第四十七話:夏休み小話集7 修行1 (12/31 追加)

「夏休みの修行編 1st ~でも多分修行シーンはざっくりなんだよなー~」

 

 ガタンゴトンと揺れと共に音が一定のリズムで一夏に伝わる。早朝、始発の電車に乗った一夏は幾つかの乗り換えを経て日が昇る頃合いには実家から離れた別の県にある私鉄の電車に乗っていた。

夏休みまっただ中の、朝の時間帯の田舎の私鉄ということもあり電車の中に他の乗客の姿は殆ど見られない。元より人混みというのは好む性質ではないし、用事の関係上で荷物を多く持っているためにこれは好都合だった。

 

「この分なら昼前には着くかな……」

 

 時計を確認しながら呟く。ポケットから携帯を取り出すと師にあててメールを送る。今回の外出の目的は師の下に弟子入りしてより続けてきた、長期休暇中の泊まり込みでの修行だ。今年については色々と身辺のゴタゴタがあったために厳しいかとも思っていたが、こうして無事に出向くことができるようになった。向こうについたらどうしようか、まずは師匠の家まで一直線で、道中で現地の知己に会ったら軽く挨拶もしとこうか、携帯を弄りながら先の行動を考える。

それにしても暇だと思う。この道程は何度も辿っただけに慣れていると言えばそうなのだが、だからと言って長時間の移動で暇を感じないというわけではない。暇なものは暇なのだ。

 

「仕方ない、数馬を引っ張り出すか」

 

 こういう時の暇つぶしに数馬は実に便利だ。ただグダグダと話しているだけで時間が過ぎ去るのだから、今のような状況では申し分ない。

朝方とは言え、平日ならば学校に向かっている最中のような時間だ。数馬もあれで生活リズムというものはしっかりしているため、もう起きている頃合いだろう。その上で何をしているかまでは一夏にとっては左程大事ではないが。

 

一夏:数馬ー、起きてるー?

 

 例によってL○NEを通じてこんな具合で声を掛ける。返事は程なくやってきた。

 

数馬:んー起きてるよー。どったの?

一夏:いや、いま電車乗ってんだけど暇でさー。暇つぶしにな

数馬:おk把握。ん? 待ち給えよ。確か今日って例の先生のトコに行く日じゃない?

一夏:向かってるナウ。電車が田舎の私鉄まで使うからさ、暇なんだよ。マジで一時間に一本とかってレベルだからな。

数馬:比べて東京とか凄いからねー。時刻表はビッシリ、とりあえずホーム行けば割とすぐに電車が来る。

一夏:都会だもん。ちかたない。

数馬:うん、ちかたないね。

一夏:そういやさ、なに? あれから簪と結構メールとかしてんだって? この前言ってたぞ

数馬:いやぁ、改めて言葉を交わして実感したがね、彼女とは何かと趣味の面で気が合うものだから。一夏も最近はよくノッてくれるし、それは嬉しいがね。現状では彼女が一番だよ

一夏:オタ友ができたようで何より

数馬:うむ (←この時点で一夏も十分仲間入りしていると思っているが、あえて言うのを止めた数馬)

一夏:これは数馬さん、春が来ちゃったにワンチャンあるか?

数馬:いや、それはね、うん。そうなれば良いけどさ

一夏:夏デビュー行っちゃう?

数馬:もう八月も後半戦ですが

一夏:何だかんだでさ、何気なく昼のテレビを見てさ。こう、なに? 男女が実に仲睦ましげにウェーイwwとかしてるの見ると死ねよと思う。

数馬:そう思うならさ、君だってそういう相手を作れば良いじゃないの。常々言っているだろう、選り取り見取りだと

一夏:それはそうなんだけどさぁ。けどそういうノリでってのも何と言うかね

数馬:僕も相当だという自覚はあるけど、君も大概に面倒くさいね。いや、面倒くさいのは人の心理そのものか。特に愛情だのはその典型か

一夏:言い方回りくどいな。言うことは分かるけどさ。いや本当に、愛ってなんなんだ?

数馬:正義ってなんなんだー

一夏:力で勝つばかりじゃ何か足りないよなやっぱり

数馬:戦いの場所は心の中なのだよ

一夏:なにこの流れ

数馬:さぁ? で、実際どうなの?

一夏:まぁ、好感を持てるやつってのは多いよ。ただまぁ、そういうのを考えるとなると互いに抱える事情が事情だったりするからな。一番問題なのがオレというのがまた厄介なものだけど

数馬:あっ……(察し) う~ん、じゃあちょっと方向を変えて、同級生以外はどうかね? 上級生や後輩、は居ないから年下とかで。

一夏:余計思いつかんわ。そもそも上も下も接点殆ど無いからな。マジで入学するまでそれだから。精々今が時々気の合う上級生と話したり一緒に剣の訓練やる程度だよ

数馬:あ~、それじゃあ厳しいねー

一夏:そういえば年下と言えばだが、最近妹や弟が居ても良かったかなーと思う様になった

数馬:その心は?

一夏:いや、姉さんに不満がどうとかじゃないんだけど、下が居たらもっと何か違ってたかなーとかさ。後は家のこととかも、姉さんみたいじゃなきゃ多少は楽になってたかとか

数馬:なるほど。まぁ居ない兄弟姉弟を欲しがるというのはそう珍しい話でもないし、無いものを求めるのが人の性。理解はできるよ。で、弟妹ならどちらが良いかね?

一夏:んー、妹?

数馬:ふむ、ちなどういう子が良いとかあるのかね?

一夏:チノちゃん

数馬:……え?

一夏:チノちゃん

数馬:あぁ、うん。君、リゼ派じゃなかった?

一夏:それはそれ、これはこれ

数馬:あぁ、そう……。いや、気持ちはすっごく分かるのだけどね

一夏:だろ? あの声で「お兄ちゃん」とか上目づかいで言われてみろよ。何をおねだりされてもホイホイ受けるぞ。甘やかすぞ

数馬:うん、さっきは言うのを止めたけどやっぱり言うよ。君も大概に手遅れだわ

一夏:そうかな?

数馬:そうだよ。うん、少し話を戻そうか。さっきの好みの話だけど、実際上級生と下級生相手じゃどっちが良いかね?

一夏:そいつは、やっぱり下かな。というか、上の年齢ってのはもう姉さんで手一杯なところがな

数馬:千冬さんェ……。で、さっきの妹じゃないけどさ、どういう子が良いの?

一夏:例えばだぞ、こんなのはどうよ。割とよく話しかけてくる礼儀正しくて結構腕の立つ一つ下の後輩だが、実は特殊機関からオレの監視のために派遣されてるんだよ。でも何だかんだで仲良くなって、立場が立場なオレが厄介ごとに巻き込まれた時に一緒に戦うことになる。で、オレがかっこよく決めて「ここからはオレの戦場(ステージ)だ!」と言う。そしたら隣に立って「いいえ先輩。私たちの戦場(ケンカ)です!」と言って一緒に戦ってくれると。

数馬:妄想乙。ラノベの読み過ぎだ

一夏:うん、ツッコミは予想してたけどすっごい真顔で言われたのが分かるわ

数馬:寝言は寝て言うから寝言なんだよ

一夏:あぁ、うん。でもさ、そういうのも面白そうだとは思わない? 夢があるだろ

数馬:人の夢と書いて儚いと読むのだよ。これでもリアリストなんでね。確実に仕留めたい相手は坑道で爆破まである

一夏:お前そういう直接的な手段に出る前にメンタルとかの方から潰しにかかるだろ。自分が直接手を下さないで

数馬:ばれたか

一夏:今更タウンだろ

数馬:だよねー

一夏:あ、もうすぐ駅着くわ

数馬:そうかい? じゃあ切り上げる?

一夏:うん。フフフ、これからの修行で更に強くなってやる。休み前のちょっとしたトラブルがあって進化したオレは言うなればネオ織斑。そしてこの修行で更に進化してネオニュー織斑となるのだ!

数馬:ネオニュー織斑さん、マジ強すぎっすよ!

一夏:オゥ、イェース! んじゃ、支度すっから落ちるわー

数馬:ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 修行前に親友と会話をしたことで良い感じに気分が解れた。この分なら師の下に着いても良いコンディションで修行に臨めるだろう。幸先は上々だ。それから程なくして車内アナウンスが電車が目的の駅に着いたことを告げた。

電車を降りてホームに立った一夏は改札を抜け、一度荷物を下ろすと長時間電車に揺られていたことで固まった体をほぐすように大きく体を伸ばす。それと同時に深く息を吸い、自然に囲まれた空気を目一杯に堪能する。

 

「空↑気が旨い」

 

 学園は海洋上にある関係上、受ける風は潮風であることが多い。なまじそれに慣れていただけに木々の香りを運んでくる山間の空気というのは今まで以上に趣を違って感じた。

全身が普段とはまた異なる気持ちよさを持った空気に包まれたからか、一気にリフレッシュしたように感じる。健康優良児を自負するゆえにあまり経験は無いが、重めの疾患から回復するのもこんな感じなのだろうかと思う。

 一しきり体をほぐし終えると、再び荷物を持って歩き出す。目的地である師の邸宅への道はすでに体で覚えている。特に何も考えずとも自然と足が向かっていく。

道中ですれ違う町の住人とも挨拶を交わしていく。元々決して大きくはない田舎町だけに、住民同士は殆どが顔見知りだ。そして比較的高齢の者が多い町にあって師の宗一郎は住民からの評判も良く、その関係で一夏も修行で出向いている最中に住民との交流は幾度かあった。そんな中でこの町での知己が増えたのである。

 町のやや外れの方、山の麓から坂道を登って行くと一気に拓けた場所に出た。ちょっとした公園並みの庭には、一戸建てと隣接するように道場が建っている。見慣れた師の邸宅を前に一夏はうん、と頷く。

玄関前までやってくるとインターホンを鳴らす。戸を隔てた中から電子音が鳴るのが聞こえたが反応は無い。予め到着の予定時刻は伝えてあるし、実際に着いた今の時間もほぼ予定通りだ。だとしたら一夏を迎えるために待っていても良いはずだろう。首を傾げつつも引き戸のドアに手を掛けると、鍵が掛かっていないのかあっさりと戸は開いた。お邪魔しまーすと挨拶をしつつ中に入ると一先ずはと荷物をエントランスに降ろす。持ったままなのは竹刀袋に入れた彼個人の刀くらいだ。

 

「ッ!」

 

 背筋に一瞬電流が奔ったような感覚を感じると共に、反射的に一夏は振り向いていた。

振り向き終えた直後、一夏の眼前には風を斬り、陽光を照らして銀閃を発する白刃が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏休みの修行編 2nd ~これは修行ですか? いいえ、師弟の会話です~」

 

 

 

 一夏を、程度の差はあれどとりあえず知る者が彼を評する言葉の一つとして「肝が据わっている」というものがある。

事実、小学校中学校と彼の同級生であった者たちは一夏があまり同様するタイプではないというのを見て知っていたし、プライベートでの付き合いが特に深い弾や数馬はそのあたりは非常によく心得ている。

特に数馬は一夏と共に中学時代に少々のヤンチャをしていたため、彼が自分よりも体格の大きな年上の素行の悪さが風貌から察せられるような相手を前にしてもまるで身動ぎもしないところも幾度となく見てきた。

持って生まれた才覚とそれを伸ばすのに必要な要素、それらに高水準で恵まれた彼は、何度も語ってきたように十代としては破格、それこそルール無用の勝負であればプロの格闘家にだって引けを取らないどころか十分に安定した勝利を見込める腕っぷしの強さというものを持っている。それが彼の肝っ玉の要因の一つなのは間違いない。

だが、それは決して恐怖を感じないとイコールでは無い。確かに一夏は人並み以上に肝が据わっているし、生半可なことでは恐怖を感じたりもしない。だが、それでも時に動揺することもあるし、恐怖にしても感じる時は感じるのだ。そして恐怖感に関して言えば、なまじ人よりもそう感じるラインが高いだけに、感じ取る時は人並み以上に鋭敏に感じ取る。むしろ、一度本物と呼べる命の危険を感じただけにその精度と鋭さは常人のソレを超えていると言っても過言では無い。

言うなれば、恐怖を危機回避のためのセンサーとして用いていると表現するのが適確だろう。これもまた修練の中で培った技能の一つだ。

 

 

そして今、眼前に迫ってくる白刃にその感覚は一気に覚醒状態に入った。

 

 何がどうしてどのようになどと過程だの仔細だのを素っ飛ばした、「命の危機」という極めてシンプルな事実の認識によって反射が脳に痛さと錯覚するほどの警鐘を鳴らす。それに対して一夏はただ冷静だった。刃の軌道、速さ、自分に達するまでの時間、下手人の推測やその理由、諸々のことを無意識下で処理しながら同時に対処法を弾き出し実行に移す。

肩に提げた竹刀袋をそのままの位置に保ったまま、提げてある右肩をスルリを身を捻ることで抜き、振り向きざまに左手で持ち帰る。瞬間、市内袋まで達した刃が一夏との間を阻むようにある袋、その中身の鞘に当たりやや軽い音を立てて弾かれる。振るった下手人の力量を示すような音の軽さに反しての重い衝撃を左手一本で抑え込みながら右手は袋の口を開け、中の柄を握ると同時に一気に刃を抜き放つ。狙うは振り向いたすぐ目の前、逆光で影としか見えない下手人に向けてだ。

奇襲を仕掛けてきた刃の側も相当だが、それに対する一夏の反応もまた見事なものだ。一夏の知人で言えば箒や初音を主とした、多少なりとも剣や刃物を用いての武技というものに心得がある者ならば誰もが見事と思う理想的な反撃(カウンター)だ。しかしそんなカウンターも相手の側からしてみればまだまだなのか、あっさりと後方に飛ばれることでかわされる。それっきり、一夏は追撃をしようとしないし、相手も反撃に対しての更なる反撃を加えようとしない。

何故ならこの時点で既に両者は互いの認識を共通のものとしており、もはやそれ以上を必要とはしていないからだ。

 

「いきなりキツイ挨拶ですね、師匠」

「なに、この程度ならまだ軽い方だ」

 

 刀を収めながら苦笑する一夏に師匠と呼ばれた相手、宗一郎もフッと小さく笑いながら右手に握る刀を左手で持つ鞘に納めた。

 

「何はともあれ、直接会うのも久々か。よく来たな」

「また少しの間、お世話になります」

 

 軽く腰を折って挨拶をする一夏に宗一郎も小さく頷くと家に上がるように言う。

二人そろって家に上がってからの行動は二人とも実に手慣れたもので、一夏は居間に向かうと手早くできるだけの荷物の整理を始める。その間に宗一郎は台所へ向かい、二人分のグラスに入った冷えた麦茶を用意する。そしてテーブルを挟んで向かい合う様に二人がソファに腰掛け、その前に麦茶が置かれるのは同時だった。

 

「お前に関してのあれこれは色々と聞いているが、まぁ特に変わりは無いようだな」

「おかげさまで。まぁボチボチやらせてもらってますよ。師匠は――あの、髪切ったんですか?」

 

 一夏も色々と話したいこと聞きたいことはあるのだが、まずそれを言わずには居られなかった。

宗一郎の見た目の特徴の一つとして肩を軽く超える長さの髪があったのだが、それがバッサリと切られていた。人ごみに居ても割と目立つだろう特徴だったのだが、今では没個性と言うわけではないが、無理のない言い方をすればおよそ男性として極々普通な長さになっていた。

 

「開口一番がそれか。いや、言われるとは分かっていたんだがな。実際、切った時には町の爺様婆様どもにも一々言われた」

「グラサンとスーツで言えればもっと良かったんですけどね」

「タ○リじゃあるまいに」

 

 一夏の軽口に宗一郎も小さな笑いで応じる。

 

「で、一体何でまたいきなりそんなバッサリと」

「ふむ、じゃあ試しに当ててみろ」

 

 理由を聞いて考えてみろという宗一郎の言葉に一夏は軽く顎に手を当てて考える。そして数秒、これぞというものを思い浮かべた表情で一夏は自信満々に答えた。

 

「ズバリ! 婚活で失敗しドブロァアッ!!?」

「阿呆か。なわけないだろう」

 

 言い切るよりも早く宗一郎の鉄拳が一夏の脳天にクリーンヒットしそれ以上を阻む。極限まで洗練された、一種の極みと言っても良い武の発露になんという無駄な使いどころと思いつつも、頭をさすりながら一夏は「ですよねー」と答える。

 

「だいたい、俺がその気になれば結婚なぞ容易い容易い。高学歴、高身長、高収入と3Kが揃っている男だぞ、俺は。少なくとも千冬よりかは遥かに容易い」

「いや、姉さんと比べちゃいかんですよ。姉さんは、何と言うか、致命的な部分で駄目な気がして。姉さんの後輩の、オレのクラスの副担やってる先生の方がよっぽどできそうで。ていうか、できるのにしないんですか」

「まだそういう時期でもあるまい。それと、お前まで俺にそんな話を振るな。ただでさえ実家のお袋が急かしてきて見合い写真までこまめに送り付けてくる始末なんだ」

「マジっすか。あれ? でも師匠の親って凄い堅物って前に……」

「それは親父の方だ。親父はそれこそ、ウェーバーの著書で言われるような理想的官僚と言って良いくらいに度がつく堅物だが、お袋は真逆でな。気が良いし世話焼きな性分なのだが、本当にアレは勘弁してほしい」

 

 そう言って宗一郎は居間の一角の方を顎でしゃくる。それに倣って一夏もそちらの方を見てみると、そこには何やら察しのようなものが積まれている。一目見て装丁の良さが分かるそれは、なるほど確かに一般的に見合い写真と呼ばれるもので相違ないだろう。

 

「また、結構ありますね……」

「何だったらお前が少し引き取れ。俺の代わりにお袋の世話焼きの餌食になってくれ」

「や、それは遠慮しますよ。てか何でオレなんですか」

「他に居ないからな。なに、お袋ならノリノリでやってくれるぞ。若いうちからそういうことを決めておくのは大事だとかなんとか言ってな。それに曲がりなりにも俺の実家はそれなりの家柄だからな。その見合い写真の山も、載ってるのは良いとこのお嬢ばかりだぞ。それこそ、優良物件が選り取り見取りだ。大半はお前より年上だが、まぁそう変わらん者もいるからな」

「え……いや、良いっす……」

 

 一瞬心が揺れ動く一夏。しかし彼を責めるなかれ。一夏も基本的には普通の男子。異性への誘惑に心揺れ動くことだって普通にあるのだ。

更に優良物件が選り取り見取り。電車では数馬と「妹なチノちゃんぶひぃ」的なことをのたまっているが、どちらかと言えば年上派の一夏にとっては割と近い年上が多いというのは心を揺さぶるのに更に倍率ドン。目をしぱしぱとさせながら視線があっちへフラフラこっちへフラフラしている。

 

「まぁ冗談だ。その気になったら言えば良い」

 

 微妙に挙動不審に陥った弟子を眺めているのもそれはそれで面白いが、このままでは埒が明かないので宗一郎は話を進めることにする。

 

「髪のことはそう特別なものじゃない。知人の依頼で少々一働きすることになってな。場合によっては海外にも行くのだが、それの準備のようなものだ」

「然様で」

 

 どんな仕事なのかは特に聞こうとは思わない。聞いたところで、それが一夏に何かしら影響を齎すわけでも無いなら、その必要性は無いと言える。

 

「さて、本題に入ろうか」

 

 そう言った直後に宗一郎の纏う雰囲気がガラリと変わる。

一夏と宗一郎、二人の関係は色々な形容の仕方がある。年の離れた友人、あるいは兄弟。年の近い親子。先ほどまでの会話はそうした親しい間柄同士で交わされるものだ。

だが今は違う。今の宗一郎が纏う空気は彼と一夏の関係を確固たる一つのものとして固めるものだ。その関係の名は師弟。何よりも二人の関係を端的に、そして強く表すものだ。

 

「IS学園、そこでお前がどのような生活を送って来たのか。時折の電話やメールで俺も多少は知っているが、実際にどのようなことがあったのか、仔細は知らないことの方が多い。だが、一つ断言できることはある。――死線を超えたな」

 

 問うのではなく断言するように言う。気づかれていたかと言うように一夏は真剣な面持ちの中に緊張を浮かべる。死線――言うまでも無く過日の臨海学校におけるIS"銀の福音"にまつわる一連の出来事のことだ。

宗一郎が断言するように言ったのは、少し前に妹弟子から機密情報である福音の一件について説明を受けていたからというのも確かにある。だが、それが無くともやはりこうして直に顔を合わせれば察しただろうと宗一郎は考える。世界を見渡しても分かる者は数える程しか存在しないだろう程に気づきにくいが、確かな変化というものがある。

 

(まったく、そんな年でそうなるとはな……)

 

 呆れるのか、それとも思わず憐れんでいるのか。宗一郎自身もどう言い表したものかと思う念が湧き上がる。

凡そ武術家として、その経歴(キャリア)に至るまで宗一郎は一夏の完全上位互換と言って良い。一夏が何がしかの壁を超えたとしても、宗一郎はその時の一夏よりも若い段階で乗り越えたものばかりだ。

だがこればかりは、極めて特殊な経験、強いて言うのであれば"修羅場"や"鉄火場"というのが相応しい経験は一夏の方が宗一郎よりも早く積むことになったらしい。

生と死の狭間に晒され、ただの一度とは言え決定的な一戦を超える。そうした下地に加えて今日に至るまでのことが一夏にある種の悟りに近いものを与え、今の彼が纏う気、あるいは雰囲気に滲み出ている。それは宗一郎自身や妹弟子の美咲、宗一郎の友人のように武の極みに達しながらも同時に人として致命的なほどに一種の破綻をしてしまった、いわば外れた存在。そんな存在達が纏うものに極めて近く、そして一夏の年齢を考えれば纏うには剣呑過ぎるものだ。

 

「えぇ、お察しの通りです」

 

 宗一郎の考えていることに気付いてはいないのだろう。流石は師匠と、ただ一瞬で自分が秘めていたことを看破した師の眼力に敬意交じりの苦笑を漏らしつつ一夏は素直に頷く。

 

「一応、緘口令が敷かれてるんで仔細は話せないですけど、夏休み前にいっぺん手酷くやられましてね。いや、心身共にですよ。その時に色々自分を見つめ直すことがありまして、悟り――は流石に言い過ぎかもしれないですけど、色々吹っ切れたというか。少しばかり心境の変化ってやつがあったんです」

「なるほどな。それで? 元々喧嘩っ早いところがあったのが余計に手に負えなくなったわけだ」

「……そこまで見抜けますか」

「当然だ」

 

 一夏としては自身の身に起きた危機とそれに伴う心境の変化、それを見抜かれただけでも十分に驚きだったのだろう。だが実際はそれに加えてそのより深く突っ込んだ部分まで見抜かれていた。これには思わず一夏も顔を引き攣らせる。

 

「なに、理由としてはそう難しいものじゃないさ。そっくりなんだよ、俺とな」

 

 そう、さっきも言った通りに一夏が纏う剣呑な気は当人の思想的な面に因るところが大きい。そして程度の差はあれど、今の一夏のソレは宗一郎や美咲の纏うものと本質的にはほぼ同じ。であれば、その大本となる思想、思考の傾向を推察することな造作もないことだ。

 

「ハハ、師匠とそっくりなんて。そりゃ光栄っすわ」

「やめとけやめとけ。こんな現代日本で俺とそっくりなど、ろくなことじゃないぞ。まぁ、それも後の祭りのようだがな」

「ま、そこら辺は結構自覚してる節はありますよ」

 

 一夏が死線をくぐったことで至った宗一郎と同種の思想。本人が大局的に見て是であると判断したのならば、鍛え上げた武を容赦なく奮い例えその結果、相手に最悪の事態が起ころうともあくまで己の奉ずる大義を貫く。聞きようによっては確固たる信念を持った者と言うことができるが、その本質は相手を傷つけることを厭わず、最後の一線を阻む鍵まで存在しない人でなしだ。

人でなし、それは自身でそこまで思い至った一夏も、一夏よりも遥かに前にそこへ至った宗一郎も、暗黙の内に共通の見解としていることだ。だが更に性質の悪いことにそう理解していても宗旨替えをしようとは思わない。そんな皮肉を込めて一夏は自嘲するように頬を吊り上げ、宗一郎も深いため息を一つだけつく。

 

「力だけではどうにもならんことも多いが、逆も然りだ。いや、お前の立場を考えればある意味では自衛という点において適切と言えるやもしれんがな。先達として言わせて貰うが、重い道だぞ?」

「心得てますよ。そもそも、オレは三年前の時点で背負い込むことを義務付けられてるんだ。もしもこれからのオレがそういう剣呑な道を突っ走ったとしても、そりゃ"業"ってやつでしょう」

「……そうか」

 

 宗一郎が何を考えているのか、一夏にはその全てを見通すことはできない。だが、自身の武の道においてもっとも信頼し、心の支えとなっている師が自分の在り様を認めてくれている。それを自覚するとスッと心が軽くなるような気がした。

 

「どれだけ大層な題目を並べようとも、剣が凶器であり剣術が殺人術であることに変わりは無い。そういう意味で、俺もお前も良くも悪くも本質に忠実か。迫れば迫るほど人でなし。あぁ、そうだな。どうにも俺もお前も業が深い」

「けど、それがオレの選んだことですから。師匠もでしょ?」

「あぁ、そうだな」

 

 ゆっくりと宗一郎は立ち上がる。それについていくように一夏も立ち上がる。

 

「始めるか」

「えぇ」

 

 静かに、師弟は修行の開始を申し合わせる。

 

「腹は括っておけよ。お前がそこまで至ったのであれば、武人として要求されるレベルは今まで以上のものだ。もとよりお前には大半の技は仕込み終えている。その残りと、何よりお前自身の底上げ。少々スケジュールは短いが、きっちり叩き込んでやる」

「元より覚悟の上ですよ。というか、そんなのいつものことでしょう?」

「そういえばそうだったな」

 

 凄みを含めた言葉に挑戦的な笑みで返してきた弟子に、宗一郎も口の端を吊り上げる。

 

「そうだな。では一つ、発破をかけてやろう。今のお前の心、そこには武を突き詰める上での枷が無いようなものだ。そして幸運にもお前には才がある。長ずれば、俺と同じ域に辿り着くぞ?」

「そいつはまた、俄然やる気が出るってもんですね」

 

 刹那、室内に風が舞うような錯覚を抱く。師弟がそれぞれに発した気迫が、自然とそのイメージを創出した結果だ。

 

「行くぞ。まずは道場だ。今のお前の実力、(あらた)めさせてもらおう」

「うす」

 

 そうして二人は同時に歩き出す。足音が殆ど立たない静謐な足取りながらも、そこには確かな力強さが共に宿っていた。

 

 

 

 

 




12/31
 福音戦の後に一夏が心情とかそういう面で変化が訪れましたが、それは既に宗一郎さんや美咲さんがとっくに至っていたものという感じに相成りました。
 本人たちがろくでもないと言っていましたが、一応補足みたいなのをすると何も好き好んで傷つけたり○したりするわけではなく、あくまでケースバイケースで対応を変え、自身の考えのもとでそうした方が大局的、あるいは大義のためとなるのならば最終手段となる○すという対応も辞さないというものです。どっちにしろ剣呑過ぎるものですが……
 一夏の場合、誘拐事件の際にやらかしてしまった際にそういう自分の本質的な面への自覚が早く、あっさりそこへ至りやすいということも付け加えます。
ちなみにこれからの本作で一夏が「そういう決断」に達するのは割と早かったりします。実行しきれるかどうかはまた別として。いやだってほら、五巻に入ると出てくるじゃないですか、あいつらが。だからです。

 さて、この修行編ですが可能な限り要点は抑えつつ早目に終わらせたいと考えています。そろそろマジで五巻以降も書きたい。文化祭の話であのキャラにあの歌を歌わせようと一夏が画策するようなネタを書きたい……!
 あ、この修行話でも真面目さ皆無なネタ話を突っ込む予定ですので悪しからず。

 ひとまず今回はここまでで。
ご意見ご感想、随時受付中です。もうガンガン書いちゃってください。
いやマジでお願いします。

 それでは、また次回更新の折に。

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