或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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対セシリア戦前半です。
なぜかセシリア戦を短くまとめようとしても二話構成になる不思議。


第五話 vs英国淑女 \(`д´)ゝデュエッ!

 『月曜日 16:00より第三アリーナにてクラス代表者決定IS試合を取り行う』

 

 そんな掲示が一組の教室後方に貼り出されたのは金曜日の朝のことだった。元々入学初日の時点で試合を一週間後を目安に行うということは分かっていたが、この告知を以って正式な日取りが決まったことになる。

 朝のHRを控えた一組では在籍する生徒達の大半が教室の後方に集まり、貼り出された告知に注目していた。そして、半円を描くように集まった生徒達の更に内側、告知の張り紙を真正面に見ることのできる位置には一夏とセシリアの二人が並んで立っていた。

 

「決まったか」

「そのようですね」

 

 淡々とした声で二人は決まった日取りを頭に叩きこむ。

 

「それで、その後はいかが?」

「一応訓練機を使った練習も昨日やった。まぁ、そうそう無様は晒さんだろうさ」

「それは良かったですわ。やる以上は、意義のあるものにしたいですもの」

「全く以って同感だな。なにせ相手は代表候補生サマだ。満足させてくれよ?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

 

 これより三日後にはISを、個人で運用する兵器としては現在世界最高の物を操っての戦いを繰り広げるというのに、言葉を交わす二人の間にはまるでその日の天気について話すような気楽さがある。

 むしろ二人を取り囲む生徒達の方が、試合を行う二人が並んでいるという状況に何か起きるのではと緊張の面持ちになっているくらいだ。

 

「まぁしかしアレだな。初日の時の話、何だかんだで止めた姉貴は正しかったな。あのままじゃ絶対話にケリがつかなかった」

「そうですわね。確か、続きは試合の中で語れ、でしたか。こういってはなんですが、互いの意思を交わすのに言葉ではなく戦いを用いろというのは、落ち着いて考えてみれば何とも言い難いですわね」

 

 代表候補生という立場にあっても、本質的には武力的な闘争を良しとしないのか、或いは弁舌による議論の続きが戦いということそのものに疑問を覚えているのか、何とも言いにくいという表情でセシリアは思った感想を述べる。

 

「ハハッ、まぁ確かに少し無茶苦茶かもしれないよな。ただまぁ、覚えとけ。あれがウチの姉で、俺らの担任だ。いやぁ、姉弟似た者同士でさぁ、揃ってあれこれ頭使うより腕っ節の方が手っ取り早いって考える性質なんだなコレが。まぁ姉貴の場合は一応社会人だからその辺自重しようとしてるみたいだけど、どうも完璧には無理っぽいな」

 

 致し方無しと言うように一夏は首をすくめる。その姿にセシリアは曲がりなりにも自分の教師にして、血を分けた姉への評価としてそれはどうなのかとも思うが、案外身内だからこそ気兼ねなくそう言えるのかもしれないとも思う。

 とりあえずは試合の日取りを確認するという目的も達せたので、これ以上張り紙の前に立ち続けている道理も無い。申し合わせたかのように一夏とセシリアは同時に後ろを向くと自分の席に向けて歩き出す。もうまもなく予鈴も鳴る頃合いだ。

 席へ向けて歩く二人の足取りは軽く、漂わせる雰囲気も平常の余裕そのもの。その姿が逆に空恐ろしく見えた他の生徒達は依然緊張の面持ちではあったが、それも担任の千冬が教室にやってくるまで。早く席に座るよう促され、彼女らもまた各々の席へと散って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 試合が迫ろうとも、一夏の心境に焦りなどは無かった。不利であることは百も承知しているがゆえに、今更焦る必要も無い。淡々と、自分のするべきことをこなしていく。必要なことをして、いざ本番の際に相応の気概で臨めば、結果は自ずとついてくるものだ。

 そう考え、あくまで平静に努めながら試合までの猶予である三日間を過ごしていた。だが、その三日間の中で僅かではあったが、焦燥とはまた異なる不安に近い考えが脳裏の片隅に生まれていた。

 迎える試合当日。既に一日のカリキュラムも終了して、この日に残すはセシリアとの試合のみという状況にあってなお、一夏の専用機受領は果たされていなかった。

 

 アリーナの廊下で一夏は静かに佇んでいた。専用機がまだというのは些か以上に問題だとは思うが、とりあえずはそれ以外の準備を整えて一夏用に作られたというISスーツも着用している。競泳用水着のようなデザインのスーツは、肌に密着していても窮屈さを感じることはなく、物の良さというのが実感できる。

 壁に背を預け、腕を組みながら瞑目している一夏だが、それで静かに精神統一ができるかと問われれば、答えはどちらかと言えばノーであった。

 

「何やってんの、お前?」

 

 片目だけを開けて一夏は静かに問いかける。その声には僅かに苛立ちのようなざらついた色がある。

 一夏の眼前では、眉間に皺を寄せている箒が忙しなさそうに行ったり来たりを繰り返しており、目の前で人の気配が動き続けていることや、靴が廊下の床とぶつかる音が一夏には気になっていた。

 

「何を、だと。待っているのだ、お前の専用機が来るのを」

「えっと、なぜに?」

「なぜも何も、別に問題はないだろう。曲がりなりにも同室で、古馴染だ。このくらいはなんともないだろう」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 自分が一夏の専用機の到着を待つということがさも当然のことであるように言う箒に一夏が待ったをかける。

 

「来るのは『俺の』専用機だ。だから待つのは俺一人で十分だろう。ガキじゃないんだ、誰かの付き添いなんざ必要無い。というか、試合当事者以外はさっさと観戦席に行けって言われてたはずだし。お前、この試合に関しちゃ当事者の俺とオルコットと同じクラスって以外は完全に無関係だろう」

 

「む、無関係とはなんだ! 私はお前の心配をしてだな――」

「お前に心配されるほど俺も未熟じゃあないよ。むしろ俺はお前が色々心配だよ」

 

 参ったなコリャと言いたげに一夏は首をすくめる。だが、その姿はむしろ箒の気に障るものでしかなかった。

 

「どういう意味だそれは! 私とてお前に心配される程ではない! ええい、そこに直れ!」

 

 声を荒立てる箒に一夏は小さく嘆息する。

 

「箒」

「なんだ!」

「黙れ」

 

 有無を言わせない圧迫感の叩きつけと共にそう言われた。思わずたじろいだ箒は一夏の顔を見る。鬼の形相と言えるほどに険しい顔をしているわけではない。精々眉根に皺を少し寄せているだけだ。

 だが、放たれた声に込められた意思は顔つき以上に険しかった。それ以上声を荒立てるつもりなら、力ずくで黙らせると。暗に告げていた。

 

「悪いが、こちとらこれから試合なんだ。余計なことに気を使わせるな」

「よ、余計なこととは――っ!」

 

 再び声を荒げそうになる箒だったが、言いきるよりも早く一夏の無言の視線が彼女を射抜く。反射的に、それ以上の言葉をつぐんでいた。

 

「とりあえずはだ。黙れ落ち着け静かに待ってろ。確かにISが来ないのは問題だが、それは俺らじゃどうにもできないよ」

 

 一夏自身も自分のISが中々来ないことに苛立ちようなものを感じているのだろう。だが、それをおして平静を保とうとしている。

 理解はした。だが、それでも先ほどの自分を蔑ろにするような言葉はどうしても箒には納得できずにいた。自分が、幼馴染が心配をしてやっているのだから、相応の態度というものがあっても良いはずだ。

 そもそも入学初日から今日までを振り返っても、一夏の自分への態度は再会した幼馴染にするようなものではなく、もっとそれなりの姿勢というものがあって然るべきというのが箒の考えだ。良い機会だからそれを指摘してやろうと思ったが、恐らく今言ったところでまた無言の封殺をされるだけだろう。できるのは、ただ俯いて拳を握りしめることだけだった。

 

「……来たか」

「えっ?」

 

 不意に呟いた一夏。何事かを箒が問い質すよりも早く、一夏はキレのある動きで壁に預けていた背を離すと早足で歩きだす。

 

「お、おい!」

 

 慌てて後を追う箒だが、一夏は速さを緩める気配がまるでない。直後、駆け足と分かる足音の木霊と共に一夏の向かう先から人影が向かって来た。

 

「織斑君! 織斑君!」

 

「来ましたか。俺のISが」

 

 一夏の名前を呼びながらやってきたのは真耶だった。そして彼女が用件を告げるよりも早く、一夏の方から話を切り出す。急いでいるからか、真耶も一夏が状況を理解していると分かるとすぐに頷いて話を続けた。

 

「はい! 今、格納庫から待機ピットに移しているので、織斑君もすぐにピットに来て下さい!」

「了解です」

 

 言うや否や、一夏と真耶はすぐに動きだす。真耶は再び来た道を駆け足で戻り、一夏は出撃のためのピットに移動するため、ピットと直結している更衣室に飛び込む。

 完全に置いてきぼりにされる形となった箒はしばし呆然としていたが、すぐに我に返ると慌てて一夏の後を追い、更衣室へと向かって行った。

 

 

 

 

「来たか、織斑」

 

 ピットに駆けこんだ一夏に向けられた第一声は実姉のものだった。応答として軽く頷くと一夏は姉が立つ場所よりも更に奥に視線を向ける。暗がりにあるため見えにくいが、確かに何か大きな塊のようなものが鎮座しているのが分かる。それが何なのか今更分からないほど一夏も蒙昧ではない。それこそが一夏の専用機となるISなのだろう。

 

「あれに乗るわけか」

「そうだ。時間がない。早く済ませろ」

 

 手短に下された姉の指示を待たずに一夏はISに駆け寄ると訓練で打鉄に乗りこんだ時と同じ手順でISに乗り込む。

 

「織斑先生、モニターの準備終了しました!」

 

 一夏が乗りこむとほぼ同時に一夏がやってきた入り口とはまた別のドアから、何かの準備を終えたらしい真耶がやってくる。そして一夏の後を追って来た箒もまたピットにやってくる。

 

「白式、か……」

 

 一夏というパイロットが乗りこんだことを感知して起動したIS――白式が次々と一夏の目の前にウィンドウや文字列を表示する。

 一見すれば一夏の目の前の虚空にホログラムのように投影されているように見えるこれらの文字列だが、実際にはそのISのパイロットだけが視認できる擬似的なモニターディスプレイに表示されているものだ。とはいえ、訓練の時にとっくに見たことのあるものなので今更どうこう言うようなことはない。

 

「織斑、聞こえているな? それがお前の専用機となる日本製の第三世代型IS『白式』だが、それはまだ完全な状態では無い。訓練用など複数の乗り手が交代で使用する機体と異なり、乗り手が一人に限定される専用機は乗り手のフィジカルデータなどを入力してより乗り手に適した形にするフィッティングという手順が存在する。

 そのフィッティングの終了と共に一次移行(ファースト・シフト)といういわば専用機としての調整終了の段階を踏むのだが、お前の機体はまだそれが行われていない。事前の身体検査で得られた最低限のデータを入力してはあるが、ISのスキャン任せで自動で調整が完了するのを待つしかない。そして、その工程にどれだけ掛るか分からない上に予定の時間が圧している。この意味、分かるな?」

 

 ここまで説明されれば一夏も姉の言わんとすることは理解できる。

 

「試合しながら調整済ませろってわけか。いや、ISが自動でやってるからそれが終わるまでは不完全な状態で試合をやれってことか」

 

「なっ!?」

 

 千冬の言わんとすることを理解した一夏の言葉に箒が驚きの声を上げる。来たばかりゆえに話の流れはほとんど理解していない。だが一夏の言葉は始めから聞くことができ、その大まかな意味は理解できた。

 

「ま、待って下さい! 一夏のISが不完全とはどういうことです!? それに、そんな状態で試合を行えなど! あまりに不公平なのでは!?」

 

 その訴えが至極真っ当なものであることは抗議の弁を向けられた千冬も理解している。だが、この試合のために割かれた時間は有限であり、同時にこの場に居る者達だけのものではない。それが圧している以上、箒個人の訴えを認めるというわけにはいかない。

 これ以上、事の進行を遅らせるわけにはいかないと箒を咎めようとした瞬間、千冬よりも早く一夏が口を開いた。

 

「箒、黙れ」

「い、一夏っ! 何を馬鹿なことを言っている! 自分の状況を理解しているのか!?」

「してるさ。要するに機体がちょっと不調で、よく分からんが本当のスペックをしばらく発揮できないとかそんなんだろ。分かってるさ。分かってて俺はお前に黙れって言ったんだ」

「だ、だが!」

「くどい!!」

 

 なおも食い下がろうとする箒に一夏の一喝が飛ぶ。ピット全体に響き渡る怒声は発した一夏以外の三人の鼓膜を震わせ、箒は口を閉ざし、真耶は心配そうな表情で、千冬は静かな眼差しで、それぞれ事の成り行きを見守る。

 

「いいか。試合をするのは俺だ。お前じゃない。俺がこの不利をいいと言ったんだ。お前が口を出す必要はどこにもない。第一、ただでさえ不利な条件がズラリと並んでるんだ。今更悪条件の一つや二つ、加わった所で変わりはしないし、むしろ試合の間に解決する目処があるだけよっぽどマシだ」

「なら尚更だろう! 勝つつもりがあるならば、不安要素は取り除くべきだ!」

 

 全くもってその通り、そんなことは一夏だって理解している。だが、別に構いやしない。既にその不利を是としている自分がいるのだから。

 

「箒、一週間前に言ったことをもう一度言うぞ。いいか、俺は一向に構わんッッ!! 勝負に有利不利なんざつきもので、むしろ如何に自分有利、相手不利にするかが肝だ。お行儀よく公平になんてありえないし、むしろ俺からすればムズ痒くてたまらんわ! あぁ確かに? 俺むっちゃ不利だよ? その上で、勝つッッ!!」

 

 もはや語ることは無いと言わんばかりに一夏は箒から視線を外して真正面を、その先に居るだろう敵を見据える。

 

「あぁいや、でもあれだ。織斑先生」

「なんだ」

 

 真正面を見据えたまま一夏は再び口を開く。教師とは言え実姉が相手だからか、その口調から先ほどまで箒に向けていた険しさは鳴りを潜め、調子の良さそうな軽さがある。

 

「やっぱもう少し早くならなかったんですかね、コレ」

「言ってやるな。ただでさえ別の依頼で機体の開発をしていた所に無理やり開発計画をねじ込まれたらしいからな。むしろ、技術者連中はよくやった方だ。二つの開発を同時進行で進めたのだからな」

「そっか。なら、流石に責められないな」

 

 そう言って口元に微笑を浮かべると、今度こそ無言になる。浮かべていた微笑も掻き消え、唇は固く真一文字に引き締められた。

 

「織斑一夏、出る!!」

 

 その言葉と共に白式の足に固定されていた射出カタパルトが起動。白式を、一夏をアリーナの宙へと放り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 全身への浮遊感を感じると同時に、感覚の記憶を再現する。ISの登場以来、様々なIS関連の技術が異なる方面へと転用されてきた。だがその流れの中にあって未だIS以外での使用ができず、実質ISのみが有する機構、ISの飛行能力の要となるPICを起動する。

 いかに高速で射出されたとはいえ、重力の下にあっては今の白式を纏う一夏は鉄塊を纏っていると同義だ。すぐに重力に引かれて地へと落ちていく。その自然の法則を真っ向から打ち破るIS特有の超機構によって、一夏と白式は重力より解き放たれその身を宙へと留めた。

 

「来ましたか」

 

 落ち着き払った声で呟きながらセシリアは自身の前に現れた対戦相手を見る。二人の間には決して狭くない距離があるため、普通に話す程度の声量では相手に届くことはない。

 

「すまん。ちょっと遅れた」

 

 だが、今の二人はまるで教室でそうしたように、近い距離で向き合っているかのように会話をしている。からくりは単純だ。事前に二人の機体の間に通信回線が繋げられているだけだ。ブルー・ティアーズはセシリア自身が、白式は教師陣がそれぞれ設定し、同時に二人の会話は試合をモニターする千冬や真耶たち教師が控える管制室に、そしてスピーカーを通じて観客席にも聞こえている。

 

「女性を待たせる殿方というのは、どのような立場であれ褒められるものではありませんわよ?」

「いや、実際悪いとは思ってるさ。これでも時間は守る方なんだけどな。まぁあれだ。慣れない生活にちょっとバタバタしてて調子が狂ったということで、一つ勘弁してくれ」

「まぁ、わたくしは寛大です。その程度をしつこく咎めるつもりはありませんが、容赦に対して何かしらの誠意があっても良いと思いますの。……そうですわね、ここは一つ、勝ち星を頂きましょうか?」

「残念だが、それは御免被るなぁ。代わりと言っちゃなんだが、あの織斑千冬も舌鼓を打つ織斑家調理主任の俺特製の手料理で一つ、どうよ?」

「クスッ。興味が無いと言えば嘘になりますが、わたくしの舌の採点は厳しいですわよ?」

 

 ただ何も考えずに聞いていれば相手をからかうような軽口を交わし合っているように聞こえるだろう。いや、軽口を交わし合っていることには間違いない。だが、この会話を聞いている極一部の者はそれ以外に含まれるものを会話の中から感じ取っていた。

 

「まったく、もったいぶらずにさっさと始めれば良いものを……」

 

 呆れたように管制室で千冬が呟く。そのすぐ前、デスクに据わりながら状況のモニタリングをしている真耶は苦笑を浮かべるも、すぐに僅かな緊張を表情に浮かべる。

 

「けど、この調子ならいつ始まってもおかしくないですよ……」

「まぁ、な……」

 

 さて、一体何人が感じ取っているだろうかと千冬は思考の片隅で思った。確かに一夏とセシリアが交わしているのは何気無い軽口だ。だが、その中で確かに、熱のようなものが高まってきているのだ。

 まさしく戦士同士の相対だ。戦いが単純な「ヨーイ、ドン」で始まるのではない。あるいは向き合ったその瞬間から、直接剣を、あるいは銃弾をかわさずとも昂る闘志によって始まる動きの無い戦いだ。

 今、二人が行っている軽口にしてみたところで綱渡りのようなものだ。いや、少しばかり剣呑な言い方に変えてしまえば、いつ爆発するか分からない爆薬と言うべきだろう。誰一人として気付かないような些細な切欠一つで、二人は戦いを始めると断言できる。

 だからこそ、千冬はとくに会話を交わす二人を咎めることはせず、ただ事の成り行きを見守ることにした。

 

「そういえば、一つ気になっているのですが……」

「ん? なにが?」

「わたくしの気のせいでしょうか? 少々、あなたの方が高度を取っているように見えるのですが」

「あぁ、それか。いや、間違っちゃいないよ。それに理由も大したことではない」

 

 セシリアが指摘したことは間違いではないと、一夏は肯定する。必然的に二人を下から見上げる観客席の生徒達には分かりづらいだろうが、ちょうど二人を真横からの形で見ることのできる管制室のモニターで見れば、セシリアに比べて一夏が高い高度を保っているのは明らかだった。

 

「見下されるのは嫌だし、まぁ見上げるよりも見下ろす方が気分が良いからね」

「なるほど、そういうことですか。でしたら――」

 

 一夏の答えにセシリアはゆっくりと頷く。

 

「今すぐ地に落として差し上げますわ!!」

 

 その言葉と共にセシリアの右腕が動く。セシリアの愛機であるイギリス製第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」。その主兵装となるのは、機体と同じブルーのカラーリングを施された長筒「スターライトmkⅢ」だ。

 宙にて一夏を待っていた時からセシリアは愛用の武装を利き手である右手に携えていた。そして今、その銃口が一息の内に一夏に向けられ、トリガーが引かれた。その瞬間を以って、あまりに唐突に試合は始まりを告げた。

 空気がしぼむような音と共に銃口より青い光弾が放たれた。涼しげな見た目に反して鋼鉄にすら軽くない損傷を与える熱量を内包した光弾は射手であるセシリアの腕前を示すかのようにまっすぐ一夏へと向かう。流星のように尾を引く光弾はそれ自体の大きさも相俟って遠目より見る観客達の肉眼でもその軌跡をはっきりと捉えることができた。

 だが、いざ相対してみれば分かる。実際に向かってくる光弾はそんな生易しい速さでは無い。熱量の塊であり実体を持たない光弾は初速が音速を優に超えるライフル弾よりも、劇的というほど大きくはないが、確かに上回る速度でもって一夏へと襲いかかる。

 一夏はその場より微動だにしなかった。いや、動こうとした所で無意味だろう。仮にこれが光弾ではなく、IS用に規格調整された銃器によって放たれる実弾であっても同じことだ。いずれにせよ音速など遥か格下とする初速を持っている弾丸が数百メートルもない距離を飛んで向かってくるのだ。放たれた後でかわそうと動いた所で手遅れだ。

 ましてや今の一夏は動こうともしなかったのだ。光弾の直撃は想像に難くない。放たれた刹那、目標に達し直撃した光弾がその名残となる青い光の粒を撒き散らす。無論、これで勝負が決まるわけではない。貯蔵されたエネルギーの残量が尽きない限り常に一定の、それでいて鋼鉄並みあるいはそれ以上の堅牢さを保つシールドが存在するのだ。エネルギーの消費はすれども一夏は白式共々健在、だが初手はセシリアが取った。それが全員の認識だった。

 

「あの馬鹿者め。素人のくせに恰好をつけおって……」

 

 呆れたような声で千冬が呟く。その声を背後に聞いた真耶はどういう意味かと気になったが、振り向くことはしなかった。突然ではあったが、既に試合は始まっている。そのモニタリングが彼女の仕事であるため、目の前のモニターから目を離すことはしない。だからこそ、すぐにその違和感に気付いた。

 

「シールドが、削れてない?」

 

 モニタリングの内容は二人のISの状態も含まれる。シールドエネルギーの残量は当然の内容であり、その数字はモニターの端ではあるが、それなりに目立つ大きさで表示されている。だからこそすぐに気付くことができたのだ。一夏のシールドエネルギーの残量が減っていないことに。

 何故と思って真耶はすぐにコンソールを動かし、一夏に向けてわずかにカメラをズームさせる。そして気付いた。一夏の真正面に何かが存在していた。

 

「展開した武装で射撃をはじく、この場合は消し飛ばすか。まったく、アニメや漫画じゃあるまいし。いらん小細工をする暇があればさっさとかわせば良いものを」

 

 そう千冬が言うが、それよりも早く真耶は状況を理解していた。おそらくはセシリアが射撃に移ったのと同時に、一夏もまた白式の武装である格闘戦用のブレードを展開したのだろう。そしてその刀身を自分とセシリアの間の射線上に滑り込ませ、光弾を消し飛ばした。

 確かにスターライトから放たれる光弾は単発の威力で鑑みればIS用の射撃武装の中では強力な部類に入る。さすがに艦載砲などを流用した物みたいな代物とは比べられないが、主武装に採用される重要な要素の一つである取りまわしやすさを考えると、十分な部類に入る。

 だが、軽いのだ。そして脆い。威力はある。だが、その中身は実体など無いに等しい熱量の塊だ。目標物にぶつかれば簡単に四散してしまう。だから、一夏の武装そのものを盾にして防ぐというやり方は、理屈では可能だ。ことISの近接用装備は武装の中でも特に頑丈さを重視している傾向にある。光弾も軽いゆえに反動も少ない。だから一夏のやり方も間違ってはいないと言える。言えるのだが……

 

「本当に、結構無茶ですよね……」

 

 千冬の言葉に同意してか、真耶も乾いた笑いと共に呟く。一夏のやったことに理屈をつけるのは簡単だ。相手が撃つ前、つまり射撃体勢を整えている間に装備を展開する。そして相手の狙いに合わせて正確な位置に武器を、この場合は刀身を割り込ませればいい。それだけだ。

 だが、実際はそう簡単にうまくいくものではない。装備の展開、これはまだ良しとしよう。だが刀身を割り込ませることは話が別だ。相手が狙いを定め引き金を引く僅かな間に相手の狙いと自分の間のラインを割り出し、その上に正確に刀身を割り込ませる。瞬時に正しい位置を見抜く目と、そこに刀身を置く技量が必要だ。

 正確なポイントを素早く見抜く眼力と、同様に素早く正確に腕を動かすだけという、別にISでなくとも経験を積んで鍛えることができる技能だ。だからISに乗る以前に然るべき経験を積んでさえいれば、仮にIS操縦者としてドのつく素人だろうとこのくらいの、言い方は良くないが小手先の技術を振るうことはできるだろう。

 だが、本当にそれなり以上の経験が必要だ。今はまだ前で披露する機会もないために受け持つ一組の生徒達にはあまり知られていないが、真耶も教師になる前は腕利きのIS乗りだった。その経験が、一夏のやったことの意味を正確に彼女に告げていた。

 

「まぁ、伊達に五年も修業をしていたわけではないな」

 

 千冬の呟きにどのような意味が込められているのか、真耶は図りかねた。ただ分かることが一つあった。それはこの試合、単純に世界初の男性操縦者の最初の公式戦という意味合い以外に見どころがあるかもしれないということだ。

 

 

 

 

「ふぅん、中々御上手な真似をしますわね」

 

 初撃を防がれたことにもまるで動じた様子の無い落ち着き払った声だ。元より、失敗に終わって当然と考えていた一撃だ。そこそこ腕の立つ乗り手なら事前に察知して回避行動を取るくらいは当り前のようにするし、それだけの腕が無かったとして、持っている防御用の装備でとりあえず防ぐくらいはできるだろう。

 だから一夏が初撃を防いだことも特別なこととは思わない。ただ、攻撃に用いる刀剣武装で弾くとまでは思っていなかったが。とはいえ、それはそれ、これはこれだ。少しばかり面白いものは見れたが、だからと言って加減をしてやる道理も無い。いつも通りに追撃をかけて、いつも通りに勝利を収めるだけだ。

 二射目、三射目と連続して放つ。一射目はちょうど胸部に狙いを定める形で撃ったが、続く射撃は腕や足などに微妙に照準をずらして撃ちこんだ。一夏もさすがに一射ごとに狙いの変わる光弾を一々弾く気もないのか、今度は事前に射撃の気配を察して動いた。IS特有の機能である視界関係の補正で遠距離にいるセシリアを間近にいるように見ることができれば、目の動きやわずかな筋肉の動きで判断するのは容易い。

 一夏が飛んだ先は地面だった。背後からの追撃を、読んだタイミングに合わせて体をずらして上手いことかわしながら地面が近づくと同時に滑空体勢から体を起こす。そのまま背後のスラスターを吹かして地面の上を滑るように動き回る。

 止まるわけにはいかない。少なくとも、今もなお追撃を続けているセシリアの射撃能力は確かなものだ。動きを止めれば、光弾の連続攻撃によってたちどころにフルボッコだ。

 

(しかし、装備がこれだけとはな……)

 

 背後など本来なら死角となるポイントもIS側の補助によって目の前のモニターに機体状態などの情報と共に映し出されている。それを以ってセシリアの様子を見ながら、一夏は白式に搭載されている装備を確認した。したのだが、出て来た答えは刀剣武装一本のみというものだった。

 

(いくら近接格闘戦の機体が姉貴が現役のころから続く日本の十八番だからって、これは思い切りがよすぎだろうよ)

 

 無論、剣を用いて戦うことに異論を挟むつもりなどこれっぽちもありはしないが、それでも銃の一丁二丁くらいはあってもおかしくないだろうとも思う。

 

(……やるしかないわけか)

 

 だが無い物ねだりをしても何もならない。与えられた武器が剣一本ならば、それで勝てということなのだろう。ならばそうするまでだ。それに銃も交えてあれやこれやと戦い方を複雑にするより、近づいて斬るの一筋で行くほうが性分に合っている。

 

「次がいきましてよ!!」

「ぬッ!?」

 

 その変化はあまりに明確だった。ブルー・ティアーズの腰部に取り付けられていた四つの突起、その全てが本体より離れて異なる軌道で宙を舞ったのだ。

 

「来たか、『ブルー・ティアーズ』!!」

 

 それが何なのかは一夏もとうに知っている。視聴覚室で見たセシリアの入学時の模擬戦試験で見た、彼女のISの象徴だ。四機のビットが異なる軌道を取って敵を取り囲み、光弾で撃ち抜く。

 一撃一撃の威力はスターライトに劣るだろうが、そこは数で補っている。仮に一度囲まれ袋叩きにされたのであれば、素人ならそれで詰みになるだろう。

 

(格ゲーのハメ殺しをリアルにくらう羽目になるわけか)

 

 それだけに留まるわけではない。セシリアの手に握られたスターライトも含めれば計五つの砲門に狙われる。短絡的な表現になるが、実質的に一対多になるのだ。

 戦うということにおいて数というものは非常に重要だ。無論、質も重要であることは間違いないが、何よりも数こそが直接的な優位に繋がることは想像に難くない。

 異なる四方向から自分に迫ろうとするビットに両目は睨みつけるかのように険しくなり、眉根に深く皺が刻まれる。だが、その目の険しさに反して口元には今の状況を楽しむかのように小さく笑みを作っていた。

 

「さぁ! 宣言した通り加減は致しませんわ! わたくしとブルー・ティアーズの輪舞曲(ロンド)、相手にできるものならばしてみなさい!!」

「望むところだッ!!」

 

 直後、アリーナの宙を青の光条が飛び交った。さすがにここまできていつまでも地上を動き回っているわけにもいかず、一夏もセシリアへの反撃を試みんと宙へ上がるが、同時にそれはビットに対して一夏の狙える位置を増やすことになる。

 さすがに真正面から撃ちこんでくることは殆ど無いが、地上に居ればおおよそ後方、あるいは上方より一夏を狙ってくるが、宙に上がってしまえば今度はそこに下方という位置が加わる。だが、一夏としてはむしろそのほうが都合が良かった。

 

(よし、やはり位置取りが開いている!)

 

 四機のビットは固まろうとせず、例えるならば十字砲火を狙う形で四方から一夏に狙いを定めている。しかしそのために、ビット一機ごとの間には広いスペースが存在する形となっていた。

 ビットからは連続して光弾が放たれる。だが、狙いを読むのは十分。あとはそこだけ動かして上手い具合に光弾をやり過ごせばいい。

 今の自分は傍から見てどのように映っているだろうか。おおかた、四機のビットに囲まれながらセシリアに何とか近づこうとするも、回避に精一杯で宙をふらつきながら手足をばたつかせている。そんな滑稽な姿に見えるだろう。

 だからどうした。勝負事とは結果に全てが集約される。とどのつまりは「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのだ。ここで己が勝利を収め、今もなお自分を狙う少女を打ちのめし、地に叩き伏せ、その白い肌を、豪奢な金髪を、土で汚せば済む話だ。それだけのシンプルな話でしかない。

 

 

(確証は……そろそろか)

 

 ビットより、あるいは時折スターライトより、放たれる光弾をかわし、さしたる被害が無いと判断すれば敢えて受け、一夏は頭の中でピースがはまるのを待つ。

 できることならばすぐにでも斬りかかりたい。だが、今自分が手に持っている剣はただの剣。よく切れはするだろうが、それだけだ。仮にブルー・ティアーズのシールドを削ろうとしたとて、幾度と斬りつける必要がある。ならば、より確実に決めることのできる機を得ねばならない。

 

(右斜め後ろっ!!)

 

 今もまた一撃、ビットの放った光弾をかわした。そろそろだ。

 

「ここからどうなさいますの! 避けてばかりでは意味がなくてよ!!」

「そりゃあすまん!! 輪舞曲(ロンド)なんて初めてでな! 勝手が分からん!」

「ならばわたくしが教授して差し上げましてよ! ただし――」

 

 同時にスターライトよりビットのものより速く、そして強烈な一撃が放たれる。上体を大きく逸らして一夏はかわす。だが、その結果はやや無理な姿勢の維持となり、それはそのまま僅かな硬直、つまりは隙へと繋がった。

 セシリアの意識がビットの内の一機へと指令を下した。主の命令を受け取ったのは一夏の後方に位置する一機だった。仮にビットに『目』というものが付いていたのであれば一夏を見下ろすような位置にあったそのビットは、砲門を一夏の後頭部に向けて狙いを定めた。

 そして、セシリアが言葉の続きを紡いだ。

 

「授業料に『勝利』を頂きますわ!!」

 

 青の光弾が奔った。

 一直線に進む光弾は一夏の隙をついた形で放たれるため確実に頭部にヒットするだろう。それでシールドが削りきれるわけではないが、衝撃はいくら軽いとはいえ多少は通る。それで怯みさえすれば、自分の独壇場だ。

 ろくに経験の無い初心者にしてはよく持った方だと思う。伸びしろがあるのかもしれないし、仮にこのまま鍛錬を続ければ自分が認めるだけの乗り手になるかもしれない。だが、今この戦いの勝利は自分が頂く。

 

「断じてやらせんわ!!」

 

 鉛色の一閃が閃いた。霧散する青の光粒。奔った一閃と光粒、それが意味するところは初撃の時のソレだ。ビットより放たれた一撃を、一夏が剣で防いだ。体全体を動かしての回避が不可能だからこそ、腕だけを動かして剣を動かすことによって。

 今までかわすだけでしかなかったビットの攻撃を、完全に読み切った上で剣で弾いたのだ。

 

「なっ!?」

 

 必中を期していただけにセシリアも驚きに目を見開いた。思わずスターライトを撃つのも、ビットに指示を下すのも、一瞬ではあるが忘れた。その間に一夏は体勢を立て直し、セシリアをまっすぐに見据えていた。

 

(成った……)

 

 静かに、胸の内でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら、勝負はこれからのようですね」

 

 浅間美咲は一人呟く。止むことなく吹きつける風がその長い黒髪を揺らす。

 IS学園の施設には様々なものがあるが、その中でも特に目を引くものがある。それがアリーナの一つに隣接された塔だ。高速飛行の訓練などでビル代わりなどとして訓練に使われることの多い塔だが、それ以外にも夜間における海上の目印など学園の運営以外の公共面などでの利用もされている建物だ。

 モニュメントのような形も持っている塔には、その存在意義を学園関係者でもあまり把握していないような出っ張りがあり、美咲は今その出っ張りに立っていた。

 

「興味がメインでしたけど、イギリスの機体も見物できたのは思わぬ土産と言うべきでしょうね」

 

 特殊な性質上、IS学園という場所には意外と新型のテスターを務める候補生などが生徒として入学することが多いのだ。よその国の新型が実際に動いている所を見て、記録として得られる。デメリットなどあるわけがない。

 

「まぁ機体はまぁまぁのようですが、乗り手はまだまだですね」

 

 だが、肝心の乗り手が大したことがないと見るや否や、美咲はあっさりとブルー・ティアーズへの興味を無くす。一応必要だから記録は取るが、あの程度の相手なら自分であれば無傷かつ10秒そこらで仕留められる。無論、乗り手ごとだ。

 

「しかし、思いのほかあっさり入れましたね。石動(いするぎ)のおじ様には後でお礼に菓子折でも送ろうかしら?」

 

 自分が非公式で学園施設内に入るための助力をしてくれた、親しい自衛隊の高官への礼を考える。彼の手引きで航空自衛隊の哨戒機による学園周囲上空の監視飛行に、目立たないほどに小さな穴を一時的に作ってもらった。それで十分だ。あとは自分の愛機、黒蓮の能力でどうとでもなる。監視衛星など端から眼中に無い。

 そうして学園のある人工島に上手い具合に入り込んだ美咲は、一夏とセシリアの試合が見通せるこの高所に一人陣取っていた。見つかるようなヘマはしていない。

 別に彼女の立場やツテがあれば公式の来訪者として学園に入り、試合を観戦することなど造作もない。しかし敢えて面倒な手順を踏んで学園の誰にも悟られずに入り込んだ。理由はある。

 

「千冬の相手をするのは面倒ですからねぇ」

 

 一夏の実姉、この学園の教師である千冬に確実に絡まれると分かっているからだ。別に美咲は公式的に世界最強のIS乗りと謳われている千冬を恐れているわけではない。むしろ、仮に相争ったとて勝機は十分にあるとさえ思っている。実力はほぼ互角のようなものだ。

 ただ、自分はともかくとして千冬の方はどうにも自分を警戒している節がある。というより、自分を前にしていると固さが二割増しになっているというのが美咲の見解だ。白騎士事件以後、政府が半ば駄目元で民間から募ったパイロット候補者にただ一人名乗りを上げてから出会った、国内の乗り手としては最古参同士の付き合いだというのに、どうにもつれない。

 

「まぁ、理由なんて分かり切ってますけどね」

 

 自分と千冬は、強さというものを軸においてほぼ対極にある。武人としての思想が、完全に真逆なのだ。それを本能的に千冬は警戒している。だからこそ、仮に自分が公式の手順で学内に入った所で、何か企んでいると警戒されて面倒な思いをする羽目になると断言できるからこそ、このような回りくどい手順を取ったのだ。

 

「もっとも、何か企んでいるのは確かなんですけどね。フフッ」

 

 小さく笑いを零してから美咲は再び試合に目を向ける。ちなみに美咲の現在位置と一夏らの居るアリーナは直線距離でも数百メートル規模の距離があるのだが、黒蓮の視界補助のみを起動しているため見る分にはまったく問題無い。

 

「さて。見せてもらいましょう、織斑一夏くん? あなたの力を」

 

 

 

 

 

 

(やはり、俺の予想に間違いは無かったか)

 

 ビットによる不意打ちを斬り払った一夏は、ISの視界補助の恩恵を存分に活用して周囲ほぼ全てに警戒を向けながら内心で一人ごちた。

 数日前の視聴覚室にて、一夏は何度もセシリアの試合映像を見た。そのおかげでしばらく目の疲れが抜けなかったくらいだ。そして、その中で幾つかの疑問を抱いた。

 それはビットと、セシリアの動きそのものだった。一観客として見ると、とにかくビットは目立つ武装だ。というより、異なる軌道で本体から独立して動く武器が目立たないわけがない。そうして何か弱点は無いかと思いつつ、ふと一時的に頭を空にして全体を俯瞰するように映像を見た時に気付いたのだ。

 操っているセシリア本人と、ビットの射撃位置から感じる違和感に。その違和感を確認するために試合を見直し、そして実際の試合を通じることで一夏は確信を抱いた。

 

(間違いなく、ビットの操作中にオルコットは動かん。そして、ビットの射撃は俺の意識の薄い場所を狙ってくる!)

 

 セシリア本人からの裏付けは取っていないが、ほぼ間違いないだろう。第一、裏付けなんて端から期待していない。一体どこの世界に自分の弱点を相手に教える馬鹿が居るというのだ。

 

(勝機有り……)

 

 僅かな睨みあいの間に一夏は自分がどう動くべきかを考える。そして、考えが纏まると同時に、セシリアへ向けて一直線に飛翔した。

 

「真正面から!?」

 

 あまりに馬鹿正直な突撃に目を疑うが、確かに一夏はまっすぐこちらに向かってきている。だが、それならばそれで対応するまでだ。

 真正面から撃ち抜くことはせず、隙を晒した背中から撃ち抜く。もっとも警戒が薄いポイントのビットは丁度一夏に近い、数メートルもない距離で彼を追っている。この距離ならば、ビットの一撃でもそれなりのダメージを見込める。

 

(落ちなさい!!)

 

 無言の指示をビットに下す。そのために意識を集中させた直後だ。一直線に飛んでいた一夏が空中で急制動、止まりきらない内に振り向き、そのまま剣を振るっていた。結果は、ちょうど一夏を射抜こうとしていたビットの両断であった。

 

「なっ……!?」

 

 今度こそセシリアは絶句する。自分が頼みを置いてきた自慢の武器の一つが突然破壊された。冷静を心がけていた彼女であるが、こればかりは驚愕せずにはいられなかった。そして、この驚愕は紛れもないセシリアの隙であった。

 唐竹割りの一刀でビットの一つを斬り裂いた一夏は、刀身が振り下ろされると同時に刃を横に返す。そして跳躍するように右斜め横に飛ぶと、セシリア本人の硬直が伝わったかのように動きを止めていたもう一つのビットを先ほどと同様に一刀の下に斬り伏せた。

 

「くっ、戻りなさい!!」

 

 流石に二度目ともなれば多少は落ちついて受け止められる。何より、これ以上ビットを破壊されるわけにはいかないため、セシリアは一度ビットを己の傍まで後退させる。同時に、スターライトを一夏に向けて連続で撃ちこんだ。

 

「どうした! 狙いがブレてるぞ!!」

 

 挑発するような一夏の声がセシリアの耳朶を打つ。そんなことは自分でも分かっている。当たれば御の字だ。狙いは、自分が冷静さを取り戻すまでの時間稼ぎだ。そしてそのために狙いを定めるというのはじつに丁度良い。

 

「今更何故とは問いません! もはや問答無用!!」

 

 まさか自分が隠すことを努めて来た弱点を見抜かれたかと疑いもしたが、すぐに雑念として振り払う。今更考えたところでどうにもならない。今は、今ある全てで目の前の相手を倒すしかないのだ。

 ビットが下がったことを好機と見た一夏が再度一直線にセシリアに向かってくる。とにかく、相手の間合いに入ることは避けねばならない。両脇に従えたビットとスターライトで狙いの異なる三連続射撃を叩きこもうとする。

 

「甘いわッッ!!」

 

 だが、その悉くを一夏は手にした剣を器用に振りながら斬り払って行く。さすがに速度を維持したままというのは一夏も厳しいらしく、減速させることには成功しているが、距離は着実に縮まっている。

 

(こうなったら……!)

 

 隠していたカードを切る。当たればそれでよし。外れても、仕切り直しにはできる。

 

「ティアーズッ!!」

 

 スターライトの狙いを定めると共に、ビットに向けて声で指示を出す。実際には声は意味は無いのだが、声を出すという指標によってより指示の伝達、精度が上がる。

 間隔の時間が殆ど無い三連射撃を一夏の真正面に集中して撃つ。予想していた通り剣で弾かれた。だが、飛散した光粒によって瞬間的にではあるが、一夏の視界を塞ぐことには成功した。

 

「行きなさい!!」

 

 同時に今まで使わなかった腰のミサイルポッドを稼働させる。後方に向いていたポッドがクルリと回り、一夏に狙いを定めると同時に二発のミサイルを発射した。

 

「その程度!!」

 

 ミサイルをかわす、あるいは切り捨てるのはできる。だが爆発か何かで自分の行動が阻害されるのは間違いない。おそらくセシリアの狙いはそれによって自分にダメージを与えるか、あるいは仕切り直しのために距離をあけることだろうと推測する。

 

(上等だ)

 

 こうなったら余計な小細工はしない。向こうの策を、真正面からねじ伏せるのみだ。

 向かってくる二発のミサイル。その両方を一撃で切り捨てられる剣の軌跡をイメージして、不意に時間が止まった気がした。

 

(なっ!?)

 

 いいや違う。ミサイルは変わらず飛んできている。止まったのは、鈍ったのは自分だけだ。まるで水の中をかき分けて進むような、そんな緩慢さを感じる。

 

(な、何がっ!?)

 

 一夏は知る由もない。ISの行動は基本的にISのコアに内蔵されている極めて高度な処理能力を持ったコンピュータによる電子的な処理の上に成り立っている。

 乗り手のイメージや動き、複雑にデータ化されたそれを一瞬の内に処理することによって、ISの動きへとフィードバックされる。それがISの基本的なシステムだ。

 そしてコンピュータの全てがそうであるように、処理能力に大きく負荷がかかれば必然的に処理は遅くなる。現在の白式の状態がそれであった。コアのコンピュータに、起動時(・・・)から行われてきた処理の蓄積、その最終段階に入ったことが、コアのコンピュータに強い負荷を与え、結果として動きの阻害へと繋がったのだ。

 そして、一夏へと達した二発のミサイルが直撃したことによって空に爆発を起こすまで、一秒と掛らなかった。

 

 

 

 

 

 




後半へ続く!

今回、一夏の一部のセリフに反応する人もいるんじゃないかなと思ったり。まぁ時々ネタを仕込みますので。
とりあえずはまた次回ということになるんでしょうか。それでは。

あ、感想ご意見いつでも歓迎です。気になったことの質問や、「こうした方が良い」という指摘などは何でもござれです。

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