或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 というわけで続きとなります。
え~、その~、今回もちょっとハジけちゃいました。なんというか、数馬くんや弾くんが絡んだ時並にはネタをぶっこんでいると思います。
そんなに固い話でもないので、どうぞお気軽にお読みください。


第四十九話:夏休み小話集9 修行3

「夏休み修行編 4th ~反省はしてる。だが後悔はしていない~」

 

 

 

 

「今日は軽い慣らしで行くぞ」

「はい?」

 

 朝、いつも通りに早朝の基礎トレや朝食など諸々を終えていつも通りに修行をと思った矢先に師の口から出てきた言葉に一夏は思わず聞き返していた。

ただ、伊達に数年間師弟をやっているわけではない。既にこの時点で一夏は凡その予想を立てていた。

 

「また、どっかで試合でもやらされるんですか?」

 

 そういうことだ。弟子入りしてより剣術を始め、無手での武道も共に学んできた。そして時には宗一郎の伝手を利用して別の門下の者との試合を行いより経験に深みを持たせるなどということも行ってきたのだが、そういう時はほぼいつも直前の修行の内容がそのためのウォーミングアップ、調整のためのものになっていた。

今回もそういう手合いだろう。そして一夏の問いに宗一郎はそうだと頷く。当たりだ。さて、ならば今回はどのような相手が出てくるのか。一夏の興味はそちらに向く。

 

「まぁそんなところだ。今回は少々特別だが……夕方ごろに出るからな。支度は整えておけ」

「は~い」

 

 出る時間帯の中途半端さに疑問を抱くも、とりあえずは返事を返しておく一夏であった。

 

 

 

 そして時間は飛んでその日の夕刻、一夏は宗一郎の運転するスポーツカーの助手席に座って高速道路を走っていた。

 

「で、師匠。今回はどこの道場のどなたさんとやるんですか? なんか時間も半端ですけど」

「さぁな。誰とやるかは俺も知らん」

「はい?」

 

 投げかけた質問に返された答えに一夏は思わず呆ける。

 

「まぁ何人かと連続で戦ってもらうことになるだろうが、相手がどんな奴か、どんな戦い方をするのか。そんなのは向かい合ってから初めて分かるものだ」

「な、なんなんですかソレ?」

 

 そこで宗一郎は視線を前方から外さないまでも、自分の方を見ているだろう弟子に見せつけるように大仰に口元に笑みを浮かべる。そして一言――

 

「地下格闘さ」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、それでオレはその地下格闘のリングで適当に戦ってこいと」

「そういうことだな」

 

 やっとこさ受けた仔細の説明で一夏はようやく状況を理解する。今現在の二人が向かっているのは臨海部の倉庫街。その中の一つで行われている地下格闘の大会である。

 

「最近じゃあ地下格闘を謳っていても割とちゃんとした団体が仕切っているケースが多いが、そこのは違う。ま、バックが少々表には出にくい連中だからな。いわゆる"自由業"というやつだ」

「あぁ、そりゃ納得です。で、その大会っていうのはそういう筋の連中の興業ってわけですか」

「そういうことだ。とはいえ、今回のはルールに縛りが無いから賞金もそれなりに入る上に、その手の連中の興業にしては割とまともな運営をしているからな。ギリギリのラインではあるが、条件としては悪いもんじゃない」

「へぇ。しかし地下格闘ですか。昔に見たス○イダーマンの映画で主人公が金網デスマッチって言うんですか? そんな感じのやつに出てましたけど、あんな感じですかね?」

「あぁ、その認識で構わんな。出る奴には脛に傷持ちな輩も多い。素性を隠したいなら応じてくれるのもポイントだな」

「なんか随分詳しいですね」

「何せそこは俺も昔は出たからな。まぁ、少し暴れすぎて出禁食らった、いや、控えてくれとお願いされたが」

 

 思えば強面の大柄な男連中が揃いも揃って土下座しながら泣き頼みをしてきたのは愉快だったな等と、宗一郎は過去の思い出に一瞬馳せる。

 

「まぁお膳立てや引き際の見極めは俺がきっちりやってやるから心配するな。お前はただリングに上がり、眼前の相手に勝つことだけを考えれば良い」

「……ウス」

 

 そのまましばらくの間、車内には無言が続く。だがそれも程なくして一夏が口を開いたことにより途切れた。

 

「師匠、確かその地下格闘ってファイトマネーとか出るんでしたよね?」

「あぁ。とはいえ、相応の額を取ろうと思ったら相手もそれなりになるが。後は観客側になって所謂トトカルチョの方式で金を賭けて稼ぐかだな。今回は両方で行くが」

「それ、オレも貰えたりしますよね?」

「当たり前だろう。お前が勝って稼ぐんだ。相応の分配はあって然るべきだ」

「ちなみに稼げればどのくらい?」

 

 そこで宗一郎はふむ、と考える。

 

「一夏、何やら最近お前は声優のライブとかに行ったらしいな?」

「え? あ、はい」

「楽しかったか?」

「めっちゃ楽しかったッス」

「そうか、それは結構。別に俺はお前のそういう趣味にとやかく口を出すつもりはない。お前がそれで満足しているなら、むしろそれで良いとも思う。さて一夏、そのライブだがな。これは俺の想像でしかないが、結構金も掛かるのではないか?」

「そ、そうですね。結構掛かりますね」

 

 少し前に数馬と行ったときには初めてということもあったので数馬が色々とサービスで負担してくれた部分もあるが、それも数馬の並みの高校生レベルをかけ離れた懐周りがあってのこと。一夏も負担した分はあるし、それだけでも決して少なくない額だ。そこへ本来掛かるだろう部分も加味すれば、総額は決して軽くは無い。

 

「詳しくは無いが、まずチケットだけでもそれなりにするだろう。更には交通費や、泊りがけなら宿泊費もか。あとは、会場ではグッズなどの販売もあるらしいからそれらもだな。総額で数万は確実だろう」

「ですね」

「それがな、行き放題だぞ?」

 

 その言葉に一夏は目を丸くする。

 

「マジですか?」

「マジだ」

「ウハウハですか?」

「ウハウハだ」

「師匠、オレやります。頑張って稼――じゃなくて勝ってきます」

 

 途端にこのやる気の出しようである。織斑一夏十五歳、何だかんだ言って中身は割と普通の男子高校生。その感性も人並みには俗なのだ。

 

「まったく、現金なやつだな」

「金稼ぐだけに、ですか?」

「上手いこと言ったつもりか? バカ弟子が」

 

 そんな風に軽口を言い合う師弟。

 

「あ、そーだ。師匠、オーディオ借りますねー」

 

 言いながら一夏は音楽プレーヤーを取り出しカーステレオのAUX端子とプレーヤーを繋ぐ。そしておもむろに窓を少し開けたかと思うと、プレーヤーの再生ボタンを押した。

 

「……おい」

 

 運転を続けながら宗一郎は一夏に声をかける。心なしか眉が微妙に顰められている。

 

「なんですか?」

「その曲のチョイスはなんだ」

 

 カーステレオからはAUX端子を通じて再生されるプレーヤーに取り込まれた音楽が流れている。人の歌声が無いそれは所謂サウンドトラックというやつだ。ポップさを持った軽快な音楽が車内に鳴り響く。

 

「この曲ですか? いや、ゲームのサントラですけど」

「あぁ、それは分かる。有名なゲームだ。俺も知っている。で、なぜこれだ」

「いや、何となく高速を飛ばしてる今の状況に合うかなーって」

 

 思わず頭を押さえたくなる宗一郎だが、ハンドルを離すわけにもいかないので堪える。一夏との付き合いも数年来になるし、多感な少年期でもある。成長につれて人格というものにも変化が出たのは幾度と無く見てきたし、今回の修行で久しぶりに会った時はより顕著に感じた。

今の一夏は以前に比べればだいぶ落ち着いている。やや荒っぽい、どこか自分を持て余しているような気質は鳴りを潜めた。武人としても、成長には良い傾向と言える状態だ。ただ、それはそれでいいのだが、同時に妙にボケる要素が強くなったのは気のせいであると思いたい。

 

「まぁ、確かにチョイスとしては間違ってはいないかもしれんがな……」

 

 日本どころか世界的に見ても有名なゲームの代表的とも言えるBGMだ。宗一郎も学生時代の嗜みで知っている故にあえて否を言うことはしない。しないのだが――

 

「マ○オの無敵BGMはネタに走り過ぎだろう。何か? この車、スターでも取ったのか?」

「何なら前の車吹っ飛ばしてトップに躍り出ます?」

「大事故だ馬鹿野郎。第一、そう上手く行くものか。無敵状態が解けた瞬間に雷落とされて踏んづけらるのがオチだ。更には元に戻ったと思ったら後ろから赤甲羅ぶつけられるというオマケつきでな。雷が無ければあるいはト○ゾーか?」

「それで吹っ飛ばされてコースから転落とかしたらもう最悪ですよねー。絶対ぶつけたやつ、『ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?』って煽るような顔してますよ。でなきゃ『もっと面白いものを見せてやるよぉおおお!!』ってゲス顔」

「なんだそれは。あぁ、そういえば学生時代の話だがな。休日に友人が一人暮らしをしている部屋に出向いてな、何人かで集まってそのゲームをしたのだが、前の周に自分で仕掛けたバナナに自分で引っかかるという珍プレーをやらかした奴が居たな」

「何それウケるんですけど。ていうか、師匠もゲームやってたんですね。いや、オレのやつに付き合って貰ったりはしましたけど」

「ま、確かにそれなりに良い学歴は持っているとは自負しているがな。そんなに堅苦しい学生生活でも無かったよ。普通にゲームをしたりマンガを読んだりもした。休みの日に友人と遊んだりもした。お前が思うよりかはずっと普通だ」

「そうだったんですか。オレも、できるかな」

 

 今の一夏の立場の厄介さは宗一郎も重々承知している。故に一夏の呟きに込められた気持ちも十分に察することができた。

 

「確かに、立場だとか肩書きだとか、そういった者は本人にもどうしようもできないことはある。けどな、その行動は、最終的にどうするかを決めて動くのはそいつ自身だ。お前がそうしたいのであれば、そうしようと決めて動けばいい。それだけだ。手助けが要るなら、頼れる者に頼れば良い。千冬でも良い。学校の教員でも良い。なんなら俺でも構わん」

「……そうですね」

 

 師の言葉に一夏は微笑み、そしてふと手にしていた携帯に目を落とす。

 

「あ、師匠。なんかツイッターで検索してみたらこんなんありましたよ。『○○高速でマ○オの無敵BGM流しながら走ってるスポーツカーに抜かれたんだけどww』って。これ、オレらじゃないですかね?」

「お前今すぐその曲止めろ馬鹿野郎」

 

 流石にそんな下らないことで要らない注目を浴びるのは御免こうむりたいと思う宗一郎であった。

 

 

 そうして高速を降りてまた走ることしばらく。そろそろ海も近いというところで車は手ごろな24時間営業のコインパーキングに停まる。

 

「ここからは歩きだ。ふむ、近いな。それなりに人は来ていると見える」

「そんなの分かるもんですか?」

「停まってる他の車を見てみろ」

 

 言われて一夏は同じパーキング内に停まっている他の車を見る。少し見て気付いたが、どの車も少々派手だ。微妙に偏見交じりな言い方をすれば、そういうヤンチャが好きそうな者が好みそうな飾りつけだったり車種のチョイスだったりする。

 

「これから俺達が向かう会場は、出る奴もそうだが観客もそういう威勢の良い輩が集まりやすい。無論、そればかりでは無いが、そういう傾向にあるのは事実だな。どの車も、そういうのが好きそうなやつだろ」

「言われればそうですねぇ」

 

 最低限の荷物を収めた鞄と、愛用の木刀を収めた竹刀袋を持って一夏は宗一郎の後に続き歩く。更に歩くこと十数分、二人が着いたのは海に面した倉庫街だ。倉庫街とは言うものの、集まっている倉庫はどれも大きさこそそれなりのものだが隠し切れない古さが滲み出ている、はっきり言ってそれほど積極的に使われてはいないような場所だ。

 

「なるほど、確かにこりゃ……」

 

 納得するように一夏は頷く。目的となる倉庫の前まで来て、流石にここまで来れば一夏でも分かる。中から伝わる無数の人の気配と、興奮の嵐。既に聞き及んでいる中での催しを考えれば大いに納得ができる。

 

「こっちだ」

 

 そう言って宗一郎が向かったのは倉庫の裏手だ。おそらくそちら側にあるだろう裏口が入り口にでもなっているのだろうか。それを示すように、裏口と思しき扉の脇には黒服を来たいかにもな面構えの男が立っている。

 

「話をつけてくるから待っていろ」

 

 扉から少し離れた所で一夏を待たせ、宗一郎は一人で男の下へと歩み寄る。当然、気づいた男が宗一郎に近づき声を掛け二言三言、言葉を交わす。それからすぐに男は居住まいを正して宗一郎に頭を下げる。その宗一郎はと言えば、手招きで一夏を呼び寄せて一夏も素直にそれに従う。

 

「入るぞ」

「ウス。随分と丁寧な対応ですね」

 

 入りながら自分たちの方に頭を下げている男を見遣る。

 

「一応、俺もここじゃ顔が利く方だからな」

 

 薄暗い廊下を歩きながらそんな言葉を師と交わす。そうしながらも周囲を観察し、なるほどと一夏は改めて納得する。

いま歩いている廊下は会場のメインから離れた裏側と言うべきだろうが、そこに居ても伝わってくる観客の歓声と興奮、熱気、何よりも今もなおリングで戦っているだろう者たちの闘気はまさに格闘場と呼ぶに相応しい。そして鼻腔を僅かにくすぐる煙草と思しき匂いや、照明の薄暗さなどはこの場がアウトローな場所であることも同時に伝えてくる。

 

「これは、お久しぶりですな。お元気そうでなによりです、海堂さん」

「おう、そっちもまだ現役だったか。とっくに刺されてるか、ムショに放り込まれてるかと思ったがな」

「いや手厳しい。とは言え、一応は堅実にやらせてもらっとりますんで。早々危ない橋は渡りませんよ」

 

 不意に現れた人影が歓待の言葉を宗一郎に掛け、宗一郎もどこか親しみを込めた皮肉交じりの言葉で応じる。

 

(なるほど、このオッサンがここの胴元か……)

 

 まだ彼が何者かは知らされていないが、雰囲気で分かる。パッと見で推測できる年齢もそうだし、相応の経験を積んだ者らしいどっしりとした佇まいだ。少なくとも、建物に入ってから見かけたチンピラ崩れみたいな若衆などとは格が違うのは素人目で見たとしても明らかだろう。

 

「しかし驚きましたな。久方ぶりに連絡があったと思いきや、弟子を出したいとは。いや、お弟子さんを取っていたことも驚きですが、年齢を聞いても驚きましたよ。――そちらが?」

「あぁ、俺の愛弟子さ。少々馬鹿だがな」

 

 馬鹿と言うことには一言物申したくもあるが、決して否定しきれることではないので敢えて何も言わない。話が自分に向けられたことに気付いた一夏は一歩前に出て軽く頭を下げる。

 

「なるほど。確かに若い。が、腕は立ちそうですな。それに、なるほど……」

 

 胴元は確実に一夏のことに気付いただろう。何せ全国放送で顔写真が晒された身の上だ。休日に学園の外に居て、直接声を掛けられるようなことは殆ど無いものの、「あれってもしかして……」という具合で周囲に気付かれたことは何度かある。

 

「出場者のプライバシーは厳守。此処の売りだったな? 見ての通りこいつは若い。何せ学生だからな。そんな身上でこんな場所に出ていると知られても事だ。無論、相応の配慮はしてもらおうか」

「えぇ、当然ですとも。何でしたらマスクなどの小道具もお貸ししましょう。保管には気を付けていますが、少々臭うかもしれませんがそこは容赦を」

「なに、構わん」

 

 余計な事を言われる前に宗一郎が釘を刺す。僅かだが鋭くなった気が発せられたのを隣に立つ一夏は感じ取る。職業柄、そういう気配にも敏感なのだろう。胴元も勿論と宗一郎の言葉に従う。

 

「では海堂さん、早速準備の方をしても?」

「あぁ、支度の類は任せる。俺はマッチメイクの方をさせて貰おうか」

「分かりました。では、お弟子さんの方は私が準備の手伝いをしましょう。――おい、誰か海堂さんを案内して差し上げろ」

 

 胴元が離れた場所に居る部下に声を掛け、やってきた男に幾つかの指示を出すと宗一郎と連れ立って別の場所へ歩いていく。

 

「では君はこちらの方に。選手用の更衣室があるから、そこで支度をしてもらいます」

「えぇ、お願いします」

 

 相手が堅気の人間ではないとは言え、不慣れな場で面倒を見てくれる相手だ。不躾な対応はできない。素直に謝意を示す軽い礼と共に胴元の案内で宗一郎が向かった先とは別の場所へと一夏も歩いて行った。

 

 

 

 

「さて、どうするかな……」

 

 案内された更衣室で一夏は身支度をどうしようかと思案する。とりあえず顔バレ回避のためのマスクは必須として、それ以外をどうするかだ。縛りが緩いという師の言葉通り、衣類の着用にもそれほど制限は掛かっていない。もっとも、着用して試合に臨んだ場合の衣類の汚れや損傷については自己責任となるが、それも当然と考えれば特に違和感は無い。

今回は胴元側からの厚意で更衣室にあるものならば好きに着用して構わないと言われているので、折角の興業でもあるわけだし少しはショー性を出しても良いかと思う。言うなればエンタメ武術というやつだ。幸いというか、置いてある衣服は全てクリーニング済みらしい。その筋の者の興業にしては随分と細かいところに気が利いているものだと思わず苦笑いを浮かべる。

 

「う~ん、これに……これかな。うん、いいかも」

 

 引っ張り出した服を手に一夏はニンマリ顔を浮かべる。見る者が、具体的に言えば数馬や簪あたりが見れば確実にツッコミを入れてくるだろうチョイスだ。けど良いじゃないネタに走ったってと一夏は胸の内で自己弁護をする。そう、今ならば何をしようと誰にも咎められない。どれだけふざけようとも笑って済まされる。何故ならば、今はまさにそういう時(ネタ回)なのだから!

 

 

 

 

 

 

『えぇ~、続きましての対戦カードの紹介です。現在リングに立っております~K・ムターにニューチャレンジャーの登場です!』

 

 場内アナウンスの言葉に観客席からは歓声が沸く。今、リングには一人の男が立っている。レスラーがよく着用するようなリング用のパンツにスキンヘッドと隆々と鍛えられた体。K・ムターと呼ばれた男はこの日、連勝を重ね観客の興奮と歓声を一身に受けていた。そんなこの日のヒーローに挑む新たなチャレンジャー。その者とムターが繰り広げるだろうルール無用のガチンコに場内の期待は止むことなき歓声となって表現される。

不意に場内の照明の殆どが落とされ、リングとチャレンジャーがやってくる通路のみが照らされる。一体どのような人物なのか、歓声は細やかなざわめきに切り替わりこれから来る者を迎える。

 

 ヒュゥー

 

 笛を鳴らすような音と共に彼はやってきた。僅かに窄められた口から押し出される呼気は口笛となって場内に響く。どことなく満足(サティスファクション)できそうなメロディーを奏でながら彼はゆっくりとリングへと歩んでいく。

キタ……キタ……、観客の小声すらも聞こえるほどになった場内で彼の口笛の音色はよく響いていた。そしてリング脇までやってくると、片足をリングにかけ、片手でリングロープを握ると颯爽とリングに降り立つ。

チャレンジャーは素顔を隠したいのだろう。肌色のマスクを被っている。額のあたりから顔の右側面にかけて縦に描かれた黄色のマーカー、もといペイントはこのマスク唯一の飾りと言うべきか。そして身にまとう衣装は、黒のタンクトップにオレンジ色の作業用ズボンという工事現場やレ○ンボーラ○ン、じゃなく電車の保線作業員でもやっていそうな格好である。

色んな意味で目立つ姿をしながら、しかし集まる観客の注目を意に介さず彼は真っ直ぐに対戦相手であるムターを見つめ、大声ではなくともよく通る声で言った。

 

「ここがオレの死に場所か」

『……』

 

 ここへきて遂に一同無言。この時、場内の観客の幾人かの心は偶然かはたまた必然か、同じ考えで一致していた。なにか、どこかで見たことあるようなのが混ざっていると。具体的には土曜朝七時半のテレ東再放送だとか日曜朝同じく七時半のテレ朝だとか同日夕方五時半のまたまたテレ東だとか。

そしてそんな周囲の反応などお構いなしに彼は言葉を続ける。

 

「人の心に澱む影を照らす眩き光。人はオレをナ○バーズハ○ターと呼ぶ」

(呼びません)

 

 今度は会場一同揃って同じツッコミが言葉にされないままに入る。どういうわけか最後の方が少し聞き取りづらかったような気がしないでもないが、誰もがそう突っ込まざるを得なくなっていた。まるで世界に強要されたかのごとく。

ここでようやく司会が我に返り、場を進めようと試みる。さっさと進めないと場がグダグダになる、そんな確信が司会にはあった。

 

『えぇ~、ご紹介しましょう! 今夜のニューチャレンジャー! なんと未成年という若き新鋭! セイヤ・イチジョウ(匿名希望)です!!』

 

 まるで潰れかけの魔法の国産の遊園地の支配人代行を頼まれそうな名前に、片思いの相手がいるのにマフィアのボスの娘と演技で恋人関係させられそうな極道のせがれっぽい苗字である。

とは言え、ようやく行われたまともな紹介に観客も元のテンションを取り戻したのか司会の紹介にワッと歓声を上げ、謎の覆面ファイターセイヤ、もとい一夏も軽く片手を挙げることで答える。

 

「ヘヘッ、とんだハリキリ☆ボーイがやってきたじゃねぇか」

 

 一夏の対戦相手となるムターは拳をボキボキと鳴らしながら威圧するような視線を一夏に向けるが、当の一夏は何のその。生憎、もっとおっかない存在が身近に二人ほどいるため悪人面のレスラーもどきには微塵も臆したりはしない。

 

『それでは改めて説明しましょう! 試合時間無制限、技も無制限! 勝敗はどちらかが完全に試合続行不可能となるまで! ルール無用のガチンコ一本勝負です! さぁ、既に何人ものファイターを屠ってきたムターに謎の少年セイヤは勝てるのか!? さぁ、観客の皆様は是非掛け金のベットをお願い致します! 締め切りはゴングが鳴るまで! そしてそれはもう間もなく!』

 

 チラリと一夏は壁に備え付けられている大型の電光モニターに目を向ける。そこにはこれから始まる一夏の試合の組み合わせと、同時に行われる賭けの倍率が示されている。倍率が高いのは一夏の方、つまり試合は相手の方に有利と取られているわけだ。

 

「おい、一夏」

 

 不意にリングのすぐ下から師の声が聞こえた。振り向いてみればやはりと言うべきか、隣に案内をしてくれた胴元を伴って宗一郎が一夏の立つコーナーのすぐ下に立っている。

 

「あぁ、師匠。何です?」

「いや、改めて確認だ。俺がお前のセコンドとしてマッチメイクを行う。お前は出てくる相手をとにかく仕留めれば良い。切り上げ時も、こちらで見計らって分かるようにしておいてやる」

「そりゃ分かりやすくて良いですね。ところで、これから野蛮な地下試合に臨む愛弟子に何かアドバイスとかは無いんですか?」

 

 茶化すように言う一夏に宗一郎も鼻で笑って返す。

 

「なに、お前の好きなようにやると良い。が、そうだな。強いて言うなら一つだ。所詮相手もゴロツキチンピラ、まぁ真っ当な堅気とは言えん輩ばかりだ。故に、どれだけ痛めつけようと禍根なぞ残りはしない。中学時代にこっそりやってた喧嘩なぞよりは、思いきり暴れられるから好きにしろ、とでも言っておこうか。なに、向こうもこういうのには慣れていてそれなりに頑丈だからな。早々大事にはならんよ」

「あぁ、そりゃあ……やりやすい」

 

 それなりに自分を律することはできるし、ここ最近でその辺りがだいぶ穏やかになったという自覚はある。が、それでも存分に技を奮えるというのはやはり気分が良いものである。

単純それだけならば中学時代にこっそりやっていた不良相手の喧嘩や、あるいは今ならばIS学園での訓練などで多少は発散できている。だが、そのどちらもやはり不十分だった。

ストリートの喧嘩はあまり大事になり過ぎないように加減をする必要があったし、今のISについては自身の未熟が原因とはいえ、奮える技に制限が掛かっている。だからこそ、このような一切の制約が無い場というのは一夏にとっては非常にありがたい状況とも言えた。

 

『さぁ! まもなくゴングが鳴ります! 3、2、1、レディイイイ……ゴォウッッ!!』

 

 司会の言葉と共にゴンクが甲高く鳴り響き試合開始を告げる。湧き上がる歓声と共に先に動いたのはムターの方。決して広くは無いリングの中央を一気に突っ切り一夏へと真っ直ぐに向かって来る。

 

「ヘヘッ! これでも俺は慈悲深いほうだからよ! 一発で優しくネンネさせてやるぜ! ただし、歯の二、三本は覚悟しなぁ!」

 

 そんなテンプレじみたヒール役らしいセリフに嘆息しつつ、一夏はムターを迎え撃つ。何てことは無い、眼前の相手とはもはや次元が違う、否、比べることすら間違っている化け物のような存在を知っている身としては迫りくる巨体も脅威とは感じない。

既に制空圏は展開されている。そして確実視できる見立てとして技巧という点でも一夏の方が上。であれば、間合いに捉えたその瞬間に流れは一夏の方へと強制的に変えられる。そしてその時はすぐにやってきた。

 170cm代後半の身長を持つ一夏は同年代の中でも背が大きい方だ。だが、それを感じさせない程に低く身を屈めるとあっさりとムターの懐に入り込み、足を掛けると同時に手で軽く上体を押してやる。駆けてきた勢いも相まってあっさりと巨漢は転ばされる。そうなればもう隙だらけ。

素早く背後に迫り跳躍、起き上がろうとしたところに思い切り跳躍からの肘打ちを見舞う。

 

爆ぜる斧を打ち振る雷神(ガーンラバー ラームマスーン クワン カン)

 

 無防備な脳天に直撃したムエタイの肘打ち、そのダメージにムターが悶える。だがそれに構うことなく一夏は着地と同時に回し蹴りを横っ面へと叩きこみ、転がったムターの顔面が天井に向いたところを容赦なく踏みつけた。

バキリと何か固いものが砕けるような感覚が足裏に伝わってくる。おそらくは鼻の骨でも折ったのだろう。足をどかせば、その下にあるムターの顔は赤く腫れ上がり、鼻はあらぬ方向へとひん曲がって鼻血を両方の穴から垂れ流している。そして両目は白目を剥いており、誰がどう見ても意識を失っているのは明らかだった。

 僅か三十秒足らずの決着。十代の少年が一回りは体格で上回るファイターをあっさり沈めたことに場内は静まり返る。そして次の瞬間には試合終了を告げるゴングと共に歓声が爆発していた。賭けに勝った者の歓喜、もしくは負けた者の悲嘆、それぞれの叫び。敗れたムターへの野次もあれば勝った一夏への声援もある。

 

「ヒャッハー! 次は俺らだァー!! 守りさえ固めときゃ問題ねぇって兄貴が言ってたぜ! ウハハハハ!」

「三人なら余裕だろーがよぉ!!」

「病院のベッドが待ってるぜぇ、ボクちゃあん!!」

『な、なんと今度は三人同時にセイヤに襲い掛かる! ど、どうもセイヤ側のセコンドが許可した模様です! 観客の皆様は掛け金のベットを速やかにお願いします! リミットは試合終了まで!』

 

 突然リングに上がりこんできたチンピラスタイルの三人組が襲い掛かると同時に、戸惑い気味ながらも事情を説明する司会のアナウンスが場内に伝わる。その内容で一夏はだいたいのことを理解した。つまりは全部リングの下に居る師の差し金ということだ。

いずれにせよ、やることに変わりは無い。このリングに上がってきた以上は叩きのめすだけである。

 

「ここからは、オレのステージだ!」

 

 どうせならここで隣に立って「いいえ先輩、私たち(以下略」とでも言ってくれる美少女な後輩でもいたら一夏的にポイント高いんだけどなーなどということを考えながら、迫るスッコケ三人組(一夏命名)を迎え撃つ。

 

 

「海堂さん、いくら何でも三人同時は無茶じゃないですかね?」

 

 リング下で胴元が宗一郎にそう忠告するも、宗一郎はそれを鼻息一つで切って捨てる。

 

「事前に今日出る予定の連中は見させて貰った。その上で俺が問題ないと判断したのだ。止める理由などありはせん」

「そうは言いますがね……」

 

 胴元は確かに堅気とは言えない稼業の人間だが、筋は通す方だと自覚しているし、真っ当な感性もあると思っている。

隣に立つ男が太鼓判を押すのだから間違いなく腕は立つのだろうが、ここは文字通りルール無用の場だ。万が一の事故だって十分に起こりうる。それを彼は危惧していた。

 

「なに、言ったろう。心配など無用だと」

 

 見ろ、と促されてリングに目を向け、胴元は目を見開く。

同時に一夏に飛び掛かってきた三人、しかし厳密には同時と言うにはまるで程遠いものだ。であれば、一夏の間合いに入っている時点で対処など容易い。

掌底、回し蹴り、貫手、迫ってくる順に適格に応じながらあっさりと三人をリングに沈めた。

 

「な? 言ったろう?」

「な、あっという間に三人を……。ワンターンスリィーキゥー……」

「いや別に殺しちゃいないがな」

 

 リング下で行われているそんなやり取りを背に一夏は倒れ伏した三人を見下ろす。

 

「オレをそこいらのガキとでも思ったのか? だが、オレはレアだぜ」

「な、何言ってんのか……まるで意味が分からねぇぞ……」

「フ、いずれ分かるさ。いずれな……」

「いずれって、いつだよ……」

「知らん。そんなことはオレの管轄外だ」

 

 そうして完全に気を失った三人がリングから運び出され、また次の相手がリングに上がってくる。そして一夏もまた、すぐに思考を切り替えて次の相手に狙いを定め、どのように倒そうかとイメージを練り始めた。

 

 

 

 そうして連戦連勝を重ねていく一夏に場内のボルテージは最高潮となる。それと同時に増えていく一夏の勝ち金。一度挑戦者が途切れた段階で師に確認した金額は、聞いた瞬間一夏の目が$マークになったほどだ。

 

 そしてその時は訪れた。

 

『つ、続いてのチャレンジャーです』

「ん?」

 

 驚き、ないしはそれに近い感情を含んだ司会の声に一夏は僅かに反応する。

 

『本日連勝を重ねるニューフェイス、セイヤにあの男がチャレンジを仕掛けました! 観客の皆様、ご期待ください! この一戦、間違いなく今宵一番のものとなるでしょう!』

 

 期待を煽るような司会の言葉に一夏はどのような相手なのか興味が沸く。直後、一夏が入場した時と同じように照明が落ち、新たなチャレンジャーを迎える用意が整った。

 

 ~♪

 

「あん?」

 

 不意に場内に音楽が流れる。それは、まぁ良い。入場時に音楽を流すなど、プロの世界でもメジャーな演出だ。地下格闘とは言え、一応はショーパフォーマンスなのだからこういう演出もありだろう。だが……

 

「いや、待てよオイ。なんでこの選曲なんだよ……」

 

 流れてきた曲は一夏も知っているものだった。それはCDがミリオンを出したとかそういう理由によるものではない。そもそも、とある歌の替え歌であるからしてCDなど出ているはずもない。

かつて、とある女児向けアイドルアニメのオープニングだったその曲はある日、一つの替え歌となってネット上に出回った。無駄にイイ声で歌われるそれは瞬く間にネット上で話題となり人気を博し、元の曲への風評被害というジョークまで作られるほど。

だが何よりもその曲を特徴付けるもの。それはその曲が、ウホッ♂なイメージに満ち満ちているということだ。その名は、「○○○○○(大人の事情で完全伏字)」

 

『それではご紹介しましょう! 当競技場伝説のファイター! 蛇駆・欧です!!』

 

 その紹介と共に現れた男の姿に一夏は思わず頬を引き攣らせた。初戦のムター同様に一夏より一回りは大きな体格。隆々とした筋肉はムターのもののように飾っているだけのようなものではなく、実用性を以って鍛えられた良質なものだ。それだけでも相手の男、蛇駆が優れたファイターだと分かる。

だが問題はその恰好。何しろ肌色面積がやたら多い。身に着けているものと言えば、ピッチリと彼の股間部を覆う赤いブーメランパンツと、まるでバケツのような形をした、ロボットの頭にも見えるマスクだかヘルメットだか分からないものだけ。はっきり言って、怪しさ全開である。

蛇駆はリングに上がると一夏と真っ向向かい合う。なんというか、ふざけた格好をしているのに立ち居振る舞いがやたらしっかりしているのが癪に障った。とは言え、ふざけた格好云々については一夏も人のことを言えた立場ではないのはここだけの話である。

 

「ようやくか。この私が出るに相応しい戦士の登場……。遅かったじゃないか」

「あんたは……」

「蛇駆・欧。しがないファイターであり、君の挑戦者。そして私の目的はただ一つ」

「……それは?」

「君のニクマクだ」

「ひぅっ!?」

 

 かつてない程の悪寒が一夏の背筋を走り抜ける。入場の曲、恰好、何となくだが嫌な想像はあった。だが、これで確信した。こいつ、真正だと。

 

「私が勝った暁には君をハメさせてもらう」

 

 一歩、一夏に歩み寄る。一夏は一歩後ずさる。

 

「じっくりハメさせてくれ」

「や、やだ」

「ずっぽりハメさせてくれ」

「こ、断る」

「やらしくハメさせてくれ」

「断固拒否する!」

 

 この時、一夏はこの日一番の固い決心をした。何が何でもこの勝負は勝たねばならない。もう賞金だとかそんなのはどうでも良い。それ以上に負けられない理由ができた。あいにくと自分はノーマルであり、この年で痔になどなりたくはない。

織斑一夏十五歳、真夏の夜の××(自主規制)になるのを避けるための決死の勝負が膜……ではなく幕を開けた。

 

 

 

(後半へ続く)

 

 

 




 冒頭にも書きましたように、反省はしています。けど後悔は微塵もありません。
というより、前々よりネタ回の一つとして書きたかった話でもあるので、むしろようやく書けたことが嬉しかったりします。当初の想定以上に量が増えていますが。

 今回使用したネタに関しては割と有名どころを持ってきているので結構な数の読者様方が分かるのではと思っています。強いて言うなら、一夏の入場時のセルフBGMが三人ほどのネタを一纏めにしている分、ちょっと分かりにくかったり、あるいは一夏のリング状での匿名でしょうか。リングネームの方は、一夏くんの中の人を考えれば分かると思います。
 他にも、今回登場した地下格闘は某格闘漫画で主人公が師匠に連れられて行った場所をイメージしていたりします。(ヒント:サンデー)
重ねて、一夏の初戦の相手の名前にも元ネタというかモデルというか、そんなのがあります。一応実在の人物なので詳細はあまり言いませんが、気づく人は案外気付くのではと思っていたり。

 で、最後。うん、正直に言おう。これがやりたかっただけなんだ。
多分、ISの二次創作なんてものを読んでる人だったら高確率で分かるのではと勝手に思っていたりします。名前だってそのまま漢字にしたようなものだし……
えぇ、改めて言いましょう。反省はしてる、けど後悔はしていない。

 ひとまず今回はここまでで。また次回の更新の折に。
さて、迫る脅威に一夏はどう立ち向かうのか。編み出したのは、相手とは真逆の思考法……それは一体!?



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