或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 なんか人物紹介書くとか寝言のたまったような気がしますが、まだもうちっと先になりそうですねw
 未だに足踏みをしている所があるので、気が向いたらしれっと投稿しているかもしれませんが。

 いよいよ五巻編です。いや、夏休み編も思えば随分と想定より長くなったもので……
頑張って物語を動かしていきたいです。 


第五巻
第五十三話:学園祭に向けて 更識楯無と更識簪


 ここでちょっと夏休みが終わる直前の一幕を。

時刻は夜、場所はIS学園の寮。凡その生徒はベッドに入っていても良い時間だ。とは言え今は夏休みで、そのあたりは多少緩くなる。

一夏もそうだ。普段ならばそろそろ寝る支度を整えているのだが、今夜は違った。未だ全然寝る体勢にはなっていない。その気も無かった。それ以上に意識を割かれることが目の前にあった。

 

「来い……来い……!」

 

 見開いた目で一夏は目の前のパソコンのモニターを凝視している。画面上ではブラウザゲームが起動しており、ただ戦いの結果に至るまでだけを映している。

 

「行け……行け……!」

 

 戦いは既に終盤だ。"夜戦"と呼ばれる第二段階、高火力が乱舞する決戦だ。一人、また一人と敵へ砲火を浴びせ、逆に敵の痛烈な一撃を食らう。だが強いて言うならば悪くない流れだ。

攻撃を残すのは最後に配列しておいた一人。手持ちの中でも最大の火力を有する不動の切り札。そして残る敵はHP残量を大きく削らせた敵のボス。これさえ倒せば全てが終わる。

画面が暗転する。

 

「来たっ!」

 

 最も期待していた展開に一夏の胸が高鳴る。シャッシャッシャッというカットインと共に最後の一人の装備が映し出され、台詞と同時に最後の一撃が放たれる。

 

(行けよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!)

 

 大口を開け、心の内で絶叫する。真っ直ぐ敵のボスに吸い込まれる最強の一撃。結果は――ボボボボという爆発のSEと共に敵のボスの撃沈判定が下り、同時に画面右上部の敵の耐久力を示すゲージが消滅する。

 

「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhh!!!」

 

 座っていた椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり歓喜の雄叫びを上げる。周囲の部屋の迷惑など気にしやしない。そもそもこの部屋は一夏の一人部屋であり、部屋ごとの防音などはきっちり施されているため隣の部屋にすら早々伝わらない。そして一夏の部屋の周辺はまだ戻ってきている者は居ない。遠慮など無用だ。

 

「ヒャア! こうしちゃいられねぇ! 祭りだ祭りだ! もう磯風の太ももhshsするしかねぇぜFoo!!」

 

 完全にタガの外れたテンションではしゃぐ一夏。狂喜乱舞する彼が先ほどまで見ていた画面には美少女化したアーサー王っぽい声の黒髪ロングな美少女が映っていた。ちなみに一夏的には「太ももがヤッベェ」らしい。

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 九月に入ると同時にIS学園は二学期を迎える。どこぞの魔法学校もそうだが、欧米などではこの九月が学校の新年度の始まりとなっていることもある。しかしながらIS学園の学校としての基本的なシステムは日本の教育機関に則ってのものなので、こうして九月には二学期が始まる。余談だが、このあたりの感覚の違いで首を傾げる日本国外出身の生徒が特に一年生には毎年数名出るとかなんとか。

 

「初日からいきなり授業か。まぁ最初に全校集会あるとは言え、飛ばしてんなぁ~」

「普通の学校なら半日で終わっちゃうもんね~」

 

 朝のHR直前、席に座る一夏が隣の席の清香とそんな風に言葉を交わす。程なくして予鈴と共に千冬が教室に入ってくる。

教壇に立つと同時に千冬が発した言葉はある意味お決まりと言うか、夏休み感覚を抜けて勉学に励むようにという旨の薫陶だ。だが今回はそれに加えてもう一つある。

 

「今月は学園祭が実施される。この後、一時間目に予定されている全校集会もそれについてのことだ。凡そのスケジュール、準備などに関してはまた改めて配布するプリントにあるのでそちらを読むように。だがその前に、まずはこのクラスでの出展を決めねばならない。全校集会自体は一時間目の半分もしない内に終わるだろう。残りの時間を使ってどのような出展にするか決めるように」

 

 以上だ、と言って千冬は教壇を降りる。

 

「あぁそうだ。この後すぐに講堂に移動するわけだが、織斑。お前は教務棟二階の生徒会室に行け。何でもお前に用があるらしい」

 

 それだけ言うと千冬は教室を出ていき、残った真耶が取り纏めを引き継ぐ。その指示の下で全員が講堂に向かう用意をし、それと共に一夏も一人生徒会室に向かおうとする。

 

「一夏、何事だ?」

 

 教室を出る直前、箒が声を掛けてくる。一夏が生徒会室に呼ばれる理由、一夏も知らないのだから箒も理由など知るはずがない。それ故に理由が分からないということによる訝しげな表情を浮かべていた。

 

「分からない。まぁ、ほら。オレって一人だけの男子じゃん? ロンリーボーイっての。だから色々あるんだろ、向こうさんとしても。まぁちょいとばかり面倒くさそうだけど、行かないわけにもいかないからな」

「そうか。私にも引き止める道理は無いが、一応心構えはしておいた方が良いかもしれないな」

「あぁ、そうするよ」

 

 じゃ、とだけ言って一夏は生徒会室の方へ向かう。その道すがら、思い出すのは一人の少女のことだ。IS学園生徒会長 更識 楯無。一夏にとってこの学園で比較的親しい友人と呼べる更識 簪の実姉であり、名実ともに生徒最強と呼ばれている実力者。一夏を呼び出したのは生徒会だが、実質的にその長である彼女と見て間違いないだろう。

会って、直接面と向かって話したのは一度だけ、クラス対抗戦が終わった夜のことだ。その後に簪から言われた「姉はとても厄介」という言葉は、あの夜のことを思い出せばその一端を窺い知ることはできる。そんな人物が直接呼びつけてくる。まずもって世間話などという類では無い。

 

「ま、振り回されないように気を付けますか」

 

 簪の言葉を思い出しながら一夏は改めて注意をするようにひとりごち、目の前の生徒会室に繋がる扉を見つめた。

 

 ノックと共にどうぞと扉の向こうから声が掛かってくる。

 

「失礼します」

 

 ドアを開け部屋に入る。部屋の奥には生徒会長用と思しきデスクがあり、楯無はその前に立っている。てっきり座ったまま迎えられるかと思っていたが、気にしないでおく。その隣には控えるように生徒会の役員らしき眼鏡をかけた生徒がいる。リボンの色から三年生と分かるが、どうにも気になる。間違いなく初対面なはずなのだが、どうにも見覚えを感じるのだ。

 

「こうしてお話をするのは二回目ですかね。前回から随分と間が空きましたけど、また急な呼び出しで」

「その点については謝るわ。それと、来てくれてありがとう。改めて、生徒会長の更識 楯無よ。こっちは生徒会会計で私の右腕の布仏 虚ちゃん。あ、いまピンときたでしょ。そう、君のクラスの布仏 本音ちゃん。あの子のお姉ちゃんよ」

 

 楯無の紹介に虚がペコリと頭を下げて、一夏も軽く頭を下げることで返す。

 

「さて、急な呼び出しには本当に申し訳ないと思っているのだけど、時間も余裕があるわけじゃないから早速本題に入らせて貰うわね。織斑一夏くん、今回私が、生徒会が君をここに呼んだのは一つ、君の協力――その約束を取り付けたいことがあるからなの」

「協力、ですか」

「そう。この後の全校集会で今年の学園祭についての説明をするんだけど、君は学園祭の出し物ごとで競争が行われているのを知っているかな?」

「いや、そりゃ初耳ですけど……なんです? 出し物対抗で人気投票でもするので?」

「その通り。話が早くて助かるわ。当日、学外からの来訪者、生徒、教師、とにかく当日関わったすべての人にどのクラス、もしくは部活の出し物が良かったかを投票してもらうの。この辺りの説明もまた集会でするんだけど、優勝したクラス、部活には特典が渡されるのよね。例えばクラスなら食堂の優待券を全員にとか、部活なら部費や設備と言った諸待遇のアップとか。それが定例なんだけど、今年は一つ、別の試みをしてみたいと思うの。そして、そのためには君の協力が何よりも必要なの」

「オレの協力、ですか。わざわざオレを指名ということは、オレが関わると見て良いんですね?」

「えぇ。一つ確認なのだけど、君はどこの部活動にも所属していない。そうだったよね?」

 

 頷いて肯定する。別に部活を否定するわけでは無いのだが、単に一夏が個人的に部活をやる意義を見出せないからやらない。それだけの話である。

 

「そのことでね、幾つか似たような要望が生徒会に寄せられているの。その内容は、"是非、織斑一夏を我が部に迎え入れたい"ってもの」

「まぁ剣道部とかから誘いを受けたことはありますから。そういうのもあるでしょうね。で、それが一体どうオレがそちらに協力することに繋がると?」

「うん。そこで今回の学園祭。より生徒のモチベーションを上げるために一つの案が思い浮かんだの。もしも君が承諾してくれたら、すぐにでも集会で今年の目玉として発表するつもりよ」

「もったいぶらずに早く言ってください」

 

 何となく嫌な予感はしているのだが、それでも確認しないことには始まらない。続きを促す一夏の言葉に楯無もついにそれを口にする。

 

「対象は部活限定になるけど、出し物の投票でトップ票を稼いだ部活に君の部員としての獲得権を与える、というものなんだけど――」

「却下で。じゃ、サヨナラ」

 

 素早く回れ右、さっさと部屋から立ち去ろうとする。

 

「ちょ、待って待って!」

 

 もう少し交渉を粘りたいのだろう、楯無が慌てて一夏の肩を掴んで引き止める。振り返ってそれを見る一夏の目が僅かに細められているのに気付いていないのか、あるいは気づいていて敢えて見ぬ振りをしているのか、楯無は続ける。

 

「どうしても、ダメ?」

「駄目です。受けません。却下です。オコトワリシマァス」

 

 絶対受けるもんかという意思を示す一夏に楯無はやっぱりかぁとぼやき、内心では分かっていたような表情をする。

 

「……オレの返事なんて分かっていたはずじゃないんですか? オレのライフサイクルもある程度は知っているみたいですし」

「うん、そうなんだけどね。でもね、私は生徒会長だからさ。折角の行事、絶対に成功させたいしもっともっと盛り上げたいのよ。だから、やれることはやっておきたいのよね」

「まぁ気持ちは分からんでもないですし、そういう心構えは立派だとは思いますけどね。けど、その提案ばっかりは無理ですわ」

「そう、そうよね。ゴメンね、無理を言っちゃって」

 

 ションボリとした様子で謝る楯無の姿に一抹の罪悪感を覚えないでもないが、一夏としてもここは譲るつもりはない。

思っていたほどあっさり話が終わったことに少々肩透かしを食らったのを感じつつも、これ以上の話はなさそうなのでそれではと言って部屋を出ようとする。だが一夏が扉に達するよりも早くガチャリと扉が開き、別の人物が生徒会室に入ってきた。

 

「あれ? 話、終わってたの?」

「ん? 簪?」

「簪ちゃん?」

 

 やってきたのは簪だった。入り口の所で立ったまま室内を軽く眺め、その様子から既に事が終わっていたことを察する。

 

「終わったみたいだけど、織斑くん。お姉ちゃん、どんな要件だったの?」

「あん? いや、なんかオレの部員としての獲得権を部活の出し物の人気トップの景品にしたいから、オレの承諾が欲しいとかなんとかって」

「ふ~ん……。相変わらずハチャメチャだね、お姉ちゃん」

「い、いやぁ……」

 

 若干呆れ気味な簪の視線に楯無はバツが悪そうに目を逸らす。

 

「けど、ちょっと意外……。お姉ちゃん、てっきり織斑君への確認とか平気でスルーしてやると思ったけど」

「え、そうなの?」

「うん。臨海学校の時に言ったでしょ? お姉ちゃん、すごく厄介だって。だから織斑君の意見とか平然と無視すると思ったんだけど」

 

 簪の見立てに一夏はうわ~と信じられないようなものを見るような顔つきで楯無を見る。妹に散々な言い様をされて心に刺さるものがあったのか、楯無は俯き加減ながらも弁明をする。

 

「い、一応は確認とかしとこうかなって。そうしなきゃ後で先生の方とかに却下されちゃいそうだし。というか、簪ちゃん酷い……」

「自分の過去を振り返って」

 

 楯無の抗議を簪は一言でバッサリと切り捨てる。その容赦の無さに一夏も思わず苦笑いを浮かべる。

 

「あ~、ところでだ。オレ、もう行っても良いかな?」

「大丈夫だと思うよ。私は、ちょっとお姉ちゃんに話があるから」

 

 それならと一夏は部屋を出る。クラスに合流するために講堂に向かったのだろう。これで生徒会室に残るのは更識姉妹に虚の三人だ。完全に一夏の気配が遠ざかったのを確認して簪は再び姉に向き直ると口を開く。

 

「手口が回りくどいね。生徒会(ココ)に欲しい――手元に置いておきたいなら素直に言えば良いのに」

「どういうことかな、簪ちゃん?」

 

 ある程度立ち直った楯無が簪の言葉にその意図を問う。

 

「白々しいね。部員としての獲得権を競わせるなんてただのカモフラージュ。どうせ"姑息な手を……"ってやり方で生徒会の出し物を一番にして、多少強引にでも引き込むつもりだったんでしょ」

「……やっぱり、簪ちゃんにはバレちゃうか」

 

 参った、と言うような視線を向ける楯無を、しかし簪は依然冷やかな目で見つめる。そして何気ない風に言葉を続ける。

 

「そうまでして引き込みたいのは、多分"更識"との繋がりを今の内に強めるのもある。けど、本当はいざという時に近くに居ればすぐに守れるからでしょ? なにか、変な影がチラついているみたいだし」

「……」

 

 一瞬、虚を突かれたような表情になる。だがその直後、楯無の顔から一気に表情が消えていった。

 

「簪ちゃん」

「お姉ちゃん。確かにお姉ちゃんは"更識"の当主、十七人目の"楯無"。それは私も認めるし、お姉ちゃんの意図は尊重しようと思う。けどお姉ちゃん、私も"更識"だよ。少なくとも"更識"としての織斑君へのスタンス、意思には同調するつもり。その上で、私は私がベストと思う方法を取る。"楯無"の意思も尊重はするけどね。だから、私もお父さんに聞けることは聞いた」

「……そう」

 

 色々言いたいこと、思うことは姉として、一門の長として、両方である。だが今の簪の言葉から余計な心配は無用と判断する。だが、その後の言葉は流石に聞き逃すことはできなかった。

 

「それと、一応織斑君も知ってるんだよ? 更識(ウチ)がちょっと特殊だってことは?」

「どういうことかしら?」

 

 楯無の言葉は別に語調が変化したわけではない。だが、明らかに先ほどまでとは雰囲気が違う。ごまかしは効かない、そう伝わってくる。

 

「話したのは私。けど詳細は流石に省いた。あくまで"更識"が裏稼業の古い一門で、カウンターテロの忍者みたいなことをやってるってことだけ」

「嘘は、言っていないみたいね」

「言うだけ無駄」

「そうね。……そう、いずれは知ってもらうつもりのことだし、特別咎めはしないわ。まぁ、ちょっとは気を付けて欲しいところではあるけど」

「善処はする。――お姉ちゃん、別に織斑君を生徒会に引き込むのは止めない。それが"織斑一夏の身辺の安全の確保、そこから繋がる日本の国益保全"という"更識"の意図に則ってのものなら私も手伝えることは手伝う。だから、手伝いとして忠告をする。確かに織斑君は、まだ守るべき人かもしれない。けど、だからって知らないままで良いわけがない。彼を狙う何かがあるなら、それは本人がきっちり理解していなきゃダメ。それに、織斑君なら自分からそれに立ち向かうって意思もあるはず。それが分からないお姉ちゃんじゃないはず。

加えて言うなら、中途半端な隠し事は逆効果だよ。誠意、というわけじゃないけど、伝えるべきことは伝えた方が良い。その上で、こっちの側に付いてもらう。それが一番確実」

「そう、かな?」

「少なくともお姉ちゃんよりは織斑君の性格は知っているつもり。――友達だから。じゃあ、私も行くね。別にからかうのは良いけど、大事なことは真っ直ぐ言った方が良いよ。彼、そういうメンドクサイ女は嫌いだろうから。そんなんじゃお姉ちゃん、アラフォーになっても独身のままで焦りに焦ってアラフォー幻摩拳使えちゃうまであるよ」

「やめて簪ちゃん、なぜかリアルに想像できて他人事な気がしない怖い想像はやめて。私だって普通に結婚願望くらいあるんだから!」

 

 楯無の抗議もどこ吹く風と、言うことだけを言うと簪もさっさと部屋から出ていく。残った楯無は顔を引き攣らせながらも時間も圧していることを確認すると虚に指示をして全校集会の準備を整え始めた。

 

 

 

 

 

 

「簪お嬢様」

「ん?」

 

 一人、講堂に向かう簪の背に虚の声が掛けられる。虚は楯無の従者であり、その妹の本音は簪の従者だ。が、実際のところは布仏姉妹が更識姉妹の従者という方が正しい。故に、虚は簪に対しても従者としての礼を取るのだ。

 

「楯無様のことですが――」

「別に良い。それに、何だかんだでお姉ちゃんなら最終的には上手く持って行くはず。それで良いでしょ?」

「それは、はい。そうですが……」

「あぁでも、お姉ちゃんの場合だと変にからかって織斑君を怒らせそうだよね。虚姉さん、そういう時はフォローよろしく」

「え? はい、それは当然。あの、簪お嬢様?」

「なに?」

「その、もしかして楯無様が"楯無"であることにご不満とかが……?」

 

 その懸念は当主制を執る一門に仕える者が、候補が兄弟姉妹であることに対して抱く当然のものだ。

楯無が"更識家"の十七代目当主に選ばれたのは、一門の他の大人や老人の推挙もあるが、何より楯無本人がそれに相応しい能力を備えていたからだ。では選ばれなかった簪が当主に不適格かと言えば、そんなことはない。少なくとも虚からすれば簪も立派にそれだけの器を持っている。ただ、楯無のソレに比べれば見劣ってしまうというだけのことなのだ。

そうして選ばれなかったことへの不満、それが募ったことによる楯無への決して良いとは言えない意思。そういった者を簪が抱えていないか、楯無も簪も両方ともに案じているからこそ、虚は問うた。

 

「別にそんなものは無い」

 

 だが虚の懸念を簪はあっさりと否定する。

 

「お父さんがお姉ちゃんを指名した時だって、別に何とも思わなかったもの。お姉ちゃんなら大丈夫って認めてるから。それに、お姉ちゃんはお姉ちゃん、私は私だよ。私は私でやるべきこと、私にしかできないことがあるって思うし、お父さんもそう言ってる。ならそれで良いでしょ。それに、当主とかちょっと面倒くさそうだし……」

 

 最後の一言は小声だったが、バッチリと虚の耳に入ってた。その内容に苦笑いを浮かべつつも、虚は自分の考えが杞憂だったと安堵する。

 

「ただ、ちょっと甘いというか優しいというか、そう感じることはあるよ」

「甘い、ですか」

「虚姉さん、お姉ちゃんに伝えておいてもらえる? 多分、織斑君は私たちに賛同してくれるし、味方にもなってくれる。きっと、同じ脅威にも立ち向かってくれる。けど、その敵に最後の最後で処遇をどうするか。それを決める段になって、もしもお姉ちゃんが自分でも甘い、優しい、そう思うかもしれない判断をするなら、その時は間違いなく織斑君とは意見が割れる。彼は、優しいかもしれないし甘いところもあるかもしれない。けど、自分の敵にはそれを通用させないと思うから」

 

 多分だけど、と付け加える簪の言葉に虚はただ無言のままだ。

 

「そしてそうなった時――」

 

 簪は度が入っていない多機能付きの伊達眼鏡を外すと真っ直ぐに虚の目を見据えながら言った。

 

「私は織斑君の側に付くよ、多分だけどね」

 

 そう、いつも通りの平坦な声音で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




冒頭部分でゲームのトドメ役となったのはプレイヤーなら容易に察せるかもしれませんが、重雷装巡洋艦のレズじゃない方です。ちなみに作者の夏と冬もトドメを刺してくれました。サイッコー…… 

原作じゃあまりそういう所はありませんでしたが、本作では簪ちゃんも簪ちゃんなりに動こうとしています。ただ、組織を纏める立場の楯無さんと違ってその辺りでフリーな部分がある分、どちらかと言えば「自分のために」という意図もあってのことですが。

 さて、次回は出し物決めの部分で軽く一夏をはっちゃけさせて、後は原作には無いような流れを書きたいと思っています。できるかはちょっと不安ですが。

 それでは、また次回の折に。


 ところで、本日はあの地下鉄サリン事件より二十年です。犠牲者の冥福をお祈りすると同時に、改めて卑劣なテロリズムへの憤りを感じる次第です。
 作者の意志の反映、と捉えられるかもしれませんが本作でも劇中で起こるテロには断固許すまじという形で書けたらと考えています。

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