或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 今回の話は五巻編にあたってかねてより自分が書きたいと思っていた場面です。
結果、例によってネタまみれになりました。けど反省も後悔もしてはおりません。


第五十四話:オレたちのプロデュースはこれからだ!

 夏休みもそろそろ終わろうかというとある晩、他の生徒たちよりもほんの少し先んじて寮に戻っていた簪は特にすることも無かったためにPCでネットサーフィンをしていた。

何気なく覗いたネット掲示板、そのスレッドはとあるネットゲームについて語り合うものだったが、夏限定のいわゆる"イベント"の終わりが間近に差し迫っているからか、喜怒哀楽の叫びが混じった中々にカオスな様相を呈していた。

 不意にデスク脇に置かれた携帯が通知音を発する。通話アプリのトーク機能で送られてきたメッセージの主は数馬だ。夏休み前に僅かに接点を持ち、夏休み中に一夏の家でちゃんとした交流を持つようになった友人。趣味だけでなく知識や種々のスキル、性格的な部分でも何かとウマが合うということがこうしたメッセージのやり取りで分かり、短い間に交流は一気に深まった簪の交流関係から見ても数少ない、そして異性という点では初めてとも言える友人だ。

話の内容はちょうど見ていたスレッドで扱われるゲームについて。簪、数馬ともにこのゲームについては上級者の域にあるため、この辺でも話があっさりと合う。何でも最近では素振りこそあまり表には出さないものの、一夏もがっつりハマったらしく結構な勢いで練度を上げているとか何とか。簪自身は一夏のそうした点での素振りをあまり見たことは無いが、彼の親友を双方で認め合っている数馬が言うのなら確かなのだろう。なんなら、今度話を振って反応を見てみるのも面白い。

 

「フフッ……」

 

 画面に表示された文面上とは言え、弾んでいく話に思わず微笑が零れる。性格での傾向としてはむしろ一人であることを好み、そういう時間を大事にするタイプではあるが、こうやってウマの合う相手と語らうのも嫌いではない。

 

「楽しそうだね~」

 

 背後から同室である本音の声が掛けられる。立場上は主と従者という二人の関係だが、当の二人にとってはむしろ気の知れた幼馴染という方がしっくり来る仲だ。

 

「また、最近できた新しいお友達~?」

「うん」

 

 しかし気の知れた間柄言えども言わないことはある。この数馬のことはその一つだ。いずれは知られる時も来るだろうが、そうなったらなったで別にわざわざ言う必要も無い。それはおそらく本音も同じだろう。"本音"という素直な名前だが、彼女も彼女で自分には言えないことくらいはあるはずだ。ならばお互い様というやつだ。

 

「そういえばね~、最近楯無お嬢様が『簪ちゃん……男……』とかって呟いてたんだけど、かんちゃん知らない~?」

「さぁ?」

 

 清々しいまでに白を切って返す。本音の言葉から察するに、姉は数馬の存在に薄々感づいているらしい。簪としては現状では比較的仲の良い男子という感覚だが、姉からすれば自分の知らない男の交友関係ということで気を揉んでいるというところだろう。相変わらずな姉だとつくづく思う。だからこそ、からかうと非常に楽しいわけだが。

まぁ仮にそういう関係に発展したとしても、明かすようなことはしないだろう。その方がきっと面白いことになるに違いない。

 

「……?」

 

 ふと続いてた会話の中で今度は画像が送られてきた。同時に送られた文と共に交互に見て、簪は不意に椅子から立ち上がると携帯を懐にしまって部屋から出ようとする。

 

「あれ、かんちゃ~ん? どこ行くの~?」

「ちょっとね」

 

 野暮用とだけ答えて簪は部屋から出る。一直線に向かうのは廊下の端だ。寮は各部屋ごとにトイレが設けられているが、各階の廊下の端にも共用のトイレがある。その個室の一つに入ると、簪は身を小さく震わせ――

 

「……ふっ……ぷふっ……」

 

 堪え切れなくなったのか小さく噴き出した。その表情を見れば普段の彼女を知る者は誰もが驚くだろう。あの平然とした顔を崩さない簪が、あからさまに口の端を上げて笑いを堪えていた。そのまま簪は大笑いを堪えながら小さく体を震わせ、時折小さな吹き出し笑いを漏らす。

 

「か、数馬くん……ダメ、面白すぎっ……ひ、卑怯……」

 

 原因は先ほど送られてきた数馬からのメッセージwith画像にあった。もう一度確認しようとして携帯を取り出し、画面を見た瞬間再度噴き出す。先ほどは本音の手前ゆえに我慢できたが、一度噴き出してしまえばもう無理だ。こうなってはひとしきり噴き出して、これ以上見ても何ともならないようにしなければどうにもできないだろう。

 

(とりあえずネタは確保できた。数馬くん、ありがとう)

 

 噴き出しつつも簪は非常に面白いネタを提供してくれた友人に胸の内で礼を言う。何故かイメージの中では数馬が無駄に爽やかな顔でサムズアップを浮かべていた。そう、これはなるべく早くにネタとしてからかいに掛からねばならない。何事もそうだが、"ネタ"というものには鮮度があるのだ。

余談だがこの画像とメッセージが簪に送られる少し前、同じ寮の少々離れた別の部屋では最近太ももフェチ、もっと正確に言えばヒップから太ももにかけてのフェチに目覚めたらしいどこぞの剣術バカが歓喜のスーパーハイテンションに身を委ね、攻撃力が跳ね上がって紫のオーラを出しちゃう感じになっていたのだが、それが関係しているかは定かではない。

 

 

 

 ………………

 

 

 結局のところ、全校集会はつつがなく終わったと言える。どうもその直前に会った時と違い、壇上に立つ楯無の顔がやや気落ちしているようにも見えたが、まぁ良いかと軽く流すことにした一夏は次いで教室で行われるLHRで結構久しぶりに感じるクラス委員の役目の最中にあった。

 

「はい、それじゃあね。とりあえずウチのクラスが学園祭で何やるかってことで、もうオレが仕切るのもメンドクサイから案がある奴に書いて貰ったわけなんだけどー」

 

 そこで一夏は電子黒板に目を向け、一年一組の出し物候補として挙げられた項目、合わせて三つあるソレを見遣る。

 

「ゴメン、やっぱオレが仕切る方が良かった感あるわ、コレ」

 

 候補として挙げられたのは以下の三つである。

・織斑一夏とポッキーゲーム

・織斑一夏とツイスターゲーム

・織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、~IS学園で僕と握手!~

 

「まぁね、確かにオレって看板にぴったりだよね? 28歳並感でわかるわと言えるよ。オレは25歳児派だけどさ、いやそうじゃなくて。あのね、これは流石に露骨すぎると思うの、オレ」

 

 一夏的にはやんわりとした感じを意識して抗議をするものの、あちこちからNOの意見が出てくる。

 

「丸投げしようとするからこうなるのですよ。一つ、学べましたわね」

「いや全くだ、セシリア。というかさ、もういっそセシリアがクラス代表やらない? ぶっちゃけザ・模範生なセシリアなら先生たちだって諸手挙げて歓迎するでしょ」

「正当な手続きを踏んでということでしたら吝かではありませんが、そのような理由では承諾しかねますわ。曲がりなりにも一度は仰せつかった任、気概があるなら全うしてこそ殿方の誉れでなくて?」

 

「仰る通りです反論のしようもございません。だがオレは足掻く。そうだ、どこぞの憲兵大尉も言ってた、『諦めなければ、いつかきっと夢は叶う!』って。ソースは数馬が貸してくれたゲーム。じゃあさ、シャルロットさ~ん。どうよ?」

「え、何だって?」

 

「もういいよその返しは。分かった、そういうわけね。じゃあラウラ!」

「すまないが私も辞退しよう。人を率いるという経験が無いわけではないが、それは母国の軍でのことだ。こうした、学生生活の場ではまた勝手が違うだろう。如何せん、未だにそうした部分については精進中の身の上だ。すまないが、私も遠慮させてもらおう」

 

「あー、うん。その、なんだ。頑張ってね。じゃあ箒!」

「やれ、いいな?」

「ア、ハイ」

 

 セシリアに正論で丸め込まれ、シャルロットには流され、ラウラにもやんわりと断られ、箒にはバッサリと切り捨てられる。かくなる上はと他のクラスメイトの面々を見渡すも、揃って視線を逸らす始末であった。

 

「あーもう、良いよ分かったよ、やるよもー」

 

 流石に観念したのか、小声でぶつくさと言いながらも一夏は素直に続けることにする。

 

「じゃ、とりあえずこの三つの確認な?」

 

 コンコンと黒板を叩きながら一夏は改めて視線を全体に向ける。

 

「一つ目、『織斑一夏とポッキーゲーム』。悪いな、オレはポッキーよりトッポ派なんだ。最後までチョコたっぷりだしな。

で、二つ目。『織斑一夏とツイスターゲーム』か。ツイスターってあれだろ? 二人組でなんかマットの指定されたマスをタッチするっての。正直オッサンとかおばさん来てやるのも遠慮願いたいんだけど、お前ら女子とやるのもどうなんよ。流石に偉大なる結城○ト大先輩みたいな何これ以下略展開は無いだろうけどさぁ、色々良くないでしょ。いや、割と本音を言えばプライベートならちょっと――ゲフンゲフン。いや、何でもない気にするな聞き流せ。

三つめ、『織斑一夏とツーショット&触れ合い会 君たち、~IS学園で僕と握手!~』。あ~、ニチアサの特撮のCMでやってるよね。後○園遊園地とか、最近じゃ東京ド○ムシ○ィとかか? 分かるよ、オレ昔から毎週見てるもん、カラオケ行ったらニチアサ特撮主題歌メドレー時々プ○キュアたまにお○ゃ魔女とかやるまであるくらいだもん、ダチと。というかオレも行きたいよヒーローショー。ぶっちゃけ握手とかだってしてみたいよ。あぁ、で、こっちな。うん、それでどうしろとお前ら。そりゃ確かにオレは現状世界唯一なんて1ターンで三人仕留めるレアどころかオゾンより上行っちゃって金ぴかになるくらいゴールドレアだけどさ、握手だとかそんな価値あるか? オレからIS取ったら只の武術剣術バカで学力平均レベルなだけのどこにでもいるようなつまらねーただの男子高校生その1だぞ?」

 

 いったいオレなんぞ出しにしてどうするんだかと言いながら、やれやれと言いたげに首を横に振る。そして――

 

「というわけで全部却下。はい、消去消去~。艦隊のアイド――カーンカーンカーン、リ・コントラクト・ユニバース、我はこの内容を書き換えたのだーってなー」

 

 一気に三つ纏めて消し去った。直後に教室のあちこちから、え~! だの何だのという声が上がる。

 

「流石に問答無用は酷いと思いま~す!」

「織斑君が目立つのは事実なんだし、そこは有効活用しなくちゃ!」

「というか、横暴も良いところだよ~!」

 

 そんな感じで挙がる抗議の声を一夏は喧しいの一声で切って捨てる。

 

「良いんだよ別に。曲がりなりにもオレはこのクラスのクラス代表、クラス委員なんだ。このくらいはしてもバチは当たりはしまいよ。良いか、これが"権力"だ! あんまふざけたのは即ゴヨウだからよろしく」

 

 そんな蟹形ヘアーの男に開口一番決闘を挑まれそうな一夏の口ぶりになおもブーブーとあちこちから抗議が出てくる。それをまーまーと言う様に手で制しながら一夏は続ける。

 

「でだ、オレとしても一つアイデアがあってな。大丈夫、特に教室の内装を弄るだとかそんな手間は要らない、ただ全員で頑張れば成功は容易い。まぁ一つ注目を浴びやすいのは確実と思えるものだ」

 

 その言葉に室内の興味が一夏の言葉に向く。それを感じ取って一夏はどこか得意げな笑みを浮かべると、バンッと少し強めに黒板を叩く。それと同時に予め入力されていた文字が黒板に映し出される。

 

『スクールアイドルプロジェクト in IS学園 ~IS学園 ミリオンガールズ~』

 

『……はい?』

 

 よほど自信があるのか、黒板の前でドヤ顔を晒す一夏にそれ以外の一同が揃って同じ反応を返す。

 

「あの~、織斑君? それって、どういうこと?」

「どういうことも何も、見てのまんまだよ」

「あ~、よく高校の学園祭とかで有志のバンドがライブステージやったりするけど、それをアイドル風にするとか?」

「概ねその認識で構わない。理解が早くて実に助かる」

 

 それである程度のイメージは伝わったのか、納得はともかく理解に関しては概ねほとんどが示したのを確認して、一夏は机間を歩きながら話す。

 

「学園祭、まぁさっきの全校集会の話の内容を鑑みるに来場者もある程度限られるみたいだが、それでも外部から来る人は多く居る。勿論、業界の関係者だって居るだろうが、たとえばオレら生徒の殆どが身内なりを呼んだとしたら、来るのは殆ど一般の客、大衆と言っても良い。そしてそういった大衆に向けたコンテンツとアイドル性のある文化はやはり切っても切れない関係にある。

例えばこの日本なんか良い例だろ。特に顕著になったのは昭和からだけど、男女問わずアイドルと呼ばれる芸能人が多くスポットライトを浴びてきた。それ以前にしたって、例えば江戸時代とかじゃ歌舞伎なんかの花形役者はある意味でアイドルと言っても過言じゃあない。国外に目を向ければ、最近のアジア各国じゃ日本のアイドルコンテンツを参考にした、似たような形態のアイドルも増えてる。アメリカとかヨーロッパでも、今でもスター発掘なんて感じで銘打ったオーディション番組はあるし、そういうエンターテイメントに関しちゃ進んでいる方だろ。

つまりだ、ステージの上に立ってのパフォーマンスってのは支持をされやすいということだ。ましてや学園祭なんて一つのお祭りの只中だ。そういう雰囲気は確実にプラスに働く」

 

 スラスラと澱みなく紡がれる一夏の言葉に、教室のそこかしこからなるほどと言った感じの言葉が聞こえてくる。そも、ISを扱う国の大半は先進国であり、この学園の生徒もほぼ全てがそうした諸国の出身だ。そして先進各国においてアイドルやアーティストなどのエンターテイメント文化は各国ごとにそれなりに根付いており、単純なエンター性というものに関しては誰もが理解を示せる状況にあった。

 

「でも織斑君、具体的には何をするの?」

「うん、そこな。そんなに複雑なことじゃ無いよ。なんか配られた資料見ると以前にはやっぱりこういうステージ的な出し物もあったみたいだし、多分そういう申請を出せば場所の確保はできるだろうな。後はそこで歌って踊って適当にトークしてをすりゃ良い。所詮は学生の舞台よ、歌とかに関しちゃ既存のアイドルや歌手の曲を使えば良い。同じようなことは少なくとも日本の高校探せばやってるところなぞ幾らでもあるから問題はあるまいよ。あぁでも、折角だから日本以外の国の曲とかも取り入れて国際色を出せば良いアピールになるな。トークもIS学園ならではって感じで普段ISを使う時のこととかも話せばウケは良いだろうよ」

「衣装とかは?」

「制服そのままで良いと思うな。オレも話に聞いた程度だけど、IS学園の制服はそれなりにブランド力みたいなのがあるみたいだし、それだけで十分絵にはなると思うんだよ」

 

 その言葉に制服で学外に出向き、「あれはもしやIS学園の……」などと囁かれた経験がある幾人かが頷く。

 

「ところで、一つ良いかな?」

「ん? なに?」

 

 別の方からの質問を求める声に一夏が振り向く。

 

「その実際にステージに立って歌ったり踊ったりするのって、誰がやるの?」

「え? オレ以外クラス全員」

 

 あまりにあっさりと言い放たれた言葉に一同再度無言となる。その様子に一夏は何を当たり前のことをと言う様な顔をする。

 

「そもそもオレらの祭りだろうが。やるなら全員は基本だよ。全員に等しくステージを与えてやる。勿論、本人の意思で遠慮願いたいというのであればそこは尊重するけどね。ちなみに、このクラスは32人。オレを除けば31人だ。よってユニット名は『ISG31』というのを考えている。ISはそのまま、Gは学園のGだ。決して手札から発動するアレでも台所の憎きアイツでもない。31はサーティワンと読む。別にアイスクリーム屋は関係無いぞ」

「そ、そうなんだ。ところで、織斑くんはどうするの?」

 

 その言葉に待っていたと言わんばかりに一夏の目に光が宿ったのを誰もが幻視したと後に語る。

 

「オレの役職? 決まっているだろう。たった一日の内の数時間のアイドル、その活動を支えるのがオレの役目だ。そうオレこそ――」

 

 そこで一夏は言葉を切り、溜めるように拳をグッと握ると力強く言い放った。

 

「オレがプロデューサーだ!」

 

 是非オレのことは織斑Pと呼んでくれと付け加える。なお、先ほど以上のドヤ顔の模様。

 

「なに、話題性だって十分に見込めるぞ? まずはIS学園というだけで一つブランド力は大きい。加えて、まぁ少し俗な意見だけどな。純粋な一男子学生の客観的な目線から見ても、みんな十分に器量良しだよ。可愛い系、美人系、カッコいい系、タイプの違いはあれど容姿という点も間違いなく問題ない。一人の野郎として太鼓判押してやる。更に国際色も豊かだ。最近、そういう多国籍でできたグループとか流行りらしいじゃない。そしてオレ。"世界唯一の男性IS適格者がプロデュース"、宣伝文句としちゃ上々だと思うね。こういう形でオレの名前を使うのは全然オレは問題無いとも。なに、よくあるだろ? "あの何某がプロデュース!"とかってどこまで真実なのか、よしんばそうだとしてもどのくらいの食い込み具合なのか分からん宣伝文句。それでも釣れるんだから見込みはあるよ。それにオレだって真面目にやるつもりなんだし」

「なるほど、確かに……」

 

 上がった納得の声に段々と周囲が同調して行っている。これは良い傾向だと一夏は内心でグッと拳を握る。

 

「でも織斑君、そういうユニット制、しかもこの人数ってことは絶対にセンター決めとか必要でしょ? その辺りはどうするの?」

「あーそれね。うん、それなんだよなぁ……」

 

 そう、問題はそこである。現実にA○Bとかあの辺を見れば非常に問題のイメージはしやすい。

 

「オレの大真面目な意見としては全員を等しく目立たせてやりたいトコなんだよ、マジ。でも、現実に敢えて誰かを据えるとするなら、どうしても宣伝云々も出てくるから専用機持ちに頼むことになりそうなんだよなぁ」

 

 一夏としても悩みどころなのだろう。非常に困った様子を顔に浮かべながらも、それでも敢えて選ぶならという意見を述べる。薄々予想はしていたのか、だよねーなどという声がそこかしこから出てくる。

 

「いや待て一夏」

「どうした、箒」

「いきなりそんなことを言われても困るぞ。まさかとは思うが、専用気持ちというのには私も含まれるんじゃないだろうな」

「いや、当たり前じゃん」

「待て、待つんだ。落ち着け、良いか? そんな只でさえ歌って踊ってなど難しいのに、それも真ん中でだと? 無茶を言うな。お前、私がそんな柄に見えるか?」

「いやでもお前、歌上手かったろ。覚えてるの小学生の頃だけど。それに踊りだってできるだろ。運動神経は良いんだし、神楽舞とかこの前の夏休みに祭りでやったじゃん」

 

 抗議を上げた箒に一夏は大丈夫だろうと事も無げに言う。

 

「いや、確かに単に歌って踊るくらいなら何とかなりそうだが、私の性格の問題と言うかな。分かるだろう? こんな人間だ。そのような派手なものは合わん」

「まぁキャラ的なのもあるけどさー。そこはもういっそハメ外していけばどうよ。外聞も何もかなぐり捨てて、篠ノ之箒という殻を打ち破れば良い。もうただのヒ○サ・ヨ○コで行け」

「いや、誰だそれは。妙に他人な気がしない名前とは思うが……」

「あ~でも待てよ。変にキャピらせるのも確かにアレだな。となると箒らしさを出しながら目立たせる。……そうだ、箒。もうお前いっそ戦いながら歌え。生身かIS使ってかは好きに白。オレ的には後者推奨。相手はオレがしてやる」

「待て、その理屈はおかしい」

 

 なにやら突拍子もないことを言い出した一夏に思わずツッコミを入れる箒。だが困惑の声は彼女だけが上げたものでは無かった。

 

「あの、織斑さん? その、わたくしも少々自信が……。確かに本国ではそうした宣伝などの仕事もしたことはありますが、このようなことは経験が無いものでして……」

「でもセシリア、ダンスも歌もできるだろう? 多分」

「それは、まぁ。ダンスも社交ダンスなどですが、できますわ。歌も、ダンスと共に教養として習ってはいましたから」

「ならそれで十分だよ。なに、あとは練習を積めばいいだけの話だ」

 

「織斑くん? 僕も?」

「当たり前だろ、シャルロット。あぁ、オレが思うにだけどお前はそんな特別なことはせんでも良いと思うよ。あくまで自然体なままで、必要な通りに歌ったりしてくれりゃ良い。多分それだけで豚が十分に釣れる」

「ぶ、豚……?」

 

「織斑、正直私は篠ノ之以上に自信が無いのだが。如何せん、そのような娯楽とは些か以上に縁遠い生活を送ってきたからな」

「いやでもラウラも十分素養はあると思うけどなぁ。それに聞いた話じゃそういう"遊び"も最近はシャルロットと一緒に覚えようとしてるんだろ? ならこれもその一環ってので良いと思うな」

 

 回れや回れ、我が頭脳と舌先三寸。半ば勢いに身を任せている部分があるのは一夏も自覚しているが、そうでもしなければ自分の思い描くようにはいかないと言う自覚もある。これが数馬ならばもっと鮮やかに、自在に皆の心理を言葉巧みに操って状況をスムーズに持って行くのだろうが、生憎と一夏が思考を冷静なままに事を運べるのは武術くらいなものである。

 

 

 

「アイドルと聞いて」

「あの、なんであたしまで?」

 

 不意に教室の扉がガラガラと音を立てて開かれたと思ったら、まるで"スタンバッてました"と言うかのように簪が一組に姿を現した。何故か鈴まで引っ張ってきている。その鈴はいまいち状況を呑めていないのか、やや戸惑い顔をしている。

 

「む、簪か。良いタイミングで来た。けどその前に――なんで居んの?」

「四組の出し物は決まった。後は紙に書いて先生に出すだけ。その前にちょっと見に来た。凰さんはその途中で見つけたから引っ張ってきた」

「と言うわけよ。ちなみにウチのクラスも決まってるわ。で、紙を職員室に出そうとしたら、いきなり(コイツ)に拉致られたわけよ」

 

 一組へ来た経緯の説明に一夏は納得を示す。が、ぶっちゃけそんなことはどうでも良かった。勢い任せな状態にある一夏にとって、二人の来訪は好都合以外の何物でも無かった。

 

「丁度いい。実はだな――」

 

 そこで一夏は自らの企画を二人に話す。その上でこう持ち掛けた。

 

「アイドルに、興味はありませんか?」

 

 頑張って可能な限りの低い声でそう持ち掛けた。

 

「名刺は出さないの?」

「持ってないんだよなー、残念ながら」

 

 簪の問いに一夏は心底残念と言うようにウンウンと頷く。

 

「というか、話がいきなり過ぎて何が何だかってのもあるんだけど、なんであたしなのよ」

「なんでって、誘った理由? スクールアイドルに?」

 

 一夏の確認に鈴はそうだと頷く。

 

「理由なぁ。う~ん、まぁ鈴に限った話じゃなくて他のみんなにも当てはまることなんだけどさ――」

 

 そこで一夏は言葉を切ると軽く喉を鳴らして調子を整える。そして再び低い声で言った。

 

「笑顔です」

「ネタ乙」

 

 多分状況が違ったら女子に対しての良い感じな口説き文句になったのだろうが、間髪入れない簪の切り返しに敢え無く効果は無効となる。

それが原因かは定かではないが、鈴の反応は色よいものというわけではなく、そんな鈴の反応に一夏は「何!? この言葉を使えばアイドルになるのでは無いのか!?」と内心で狼狽する。

 

「まぁ実際問題として鈴も十二分に素養は高いと思っているけどね。オレとしてはどうにも足りないものを感じると言うか、ねぇ?」

「はぁ? 何だってのよ一体」

 

 誘いをかけてきたのにこの言い草である。鈴が訝しげな顔をするのも無理なからぬ話というやつだ。

 

「いやね、鈴。お前だって十分"アイドル"をやれる素養は間違いなくあると思うんだよ。前にちょっと調べたんだけど、なにお前、向こうでモデルみたいなのもしてたんだって?」

「まぁ、一応はね。ここまでのし上がってきたスピードとか、ちょっとレアな部類って自覚はあるからさ。お偉いさんも、あたしを上手く宣伝だか広告塔に使おうって腹なんでしょ。まぁ、候補生だの代表だのはそういう宣伝仕事の打診も結構あるらしいから」

「うん、その辺の仔細はまた後日ってことで。いやね、そういう経歴も込みで間違いなく素養はあると思うんだけどさ、オレ的にちょっとキャラが足りてないと思うんだよな」

 

 それは一体どういう意味だろうか。自慢じゃ無いが猫を被るのには自信がある。客に愛想を振りまくのだって、やろうと思えばやれる。故に、続く一夏の言葉は完全に想定外だった。

 

「鈴、お前双子の姉妹とか居ない? それならもっとイケる気がするんだよ。そしてPを務めるオレのことを"兄ちゃん"と呼んでくれれば更にカンペキ」

「いや、あんた何言ってんの。まるで意味が分からないわ」

 

 割とマジな顔で素っ頓狂なことを言うのだから鈴も理解に負えない。ただ、さっぱり言っている意味が分からないのに何故だか雰囲気に既視感を感じる。はて何だったかと思い返してみれば意外に早く答えは見つかった。

これはアレだ。数馬がよく分からないことを言っている時と同じだと分かった。それも数馬特有の雰囲気のパターンの時の。

あぁ何ということだと鈴は思わず頭を抱えたくなる。そりゃあ確かに一夏も一夏で時々訳分からないと言いたくなるような言動、振る舞いをすることはあった。だがそれも数馬に比べれば可愛いもの、というより普段は数馬なんぞに比べてよっぽど常識人だった。それがどうだ、いつの間にか数馬と似たような感じになっている。ただでさえ面倒くさい変なのが更に拗らせている。鈴が思わず天を仰ぎたくなるのも無理なからぬ話というやつだ。

 

「織斑君、私は心配は無用だから」

「あぁ。お前は臨海学校の時に見せたラブアロでもう行け」

「それでも行けるし、カードファイター兼任アイドルでもイケるよ」

「パーフェクトだ」

 

 内心で悲嘆に暮れる鈴を他所に一夏は簪と盛り上がり、更にそのテンションは次々とクラスの中に伝播していく。そうして引っ切り無しにざわつき続ける教室の中で話し合いは進行をしていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あっるぇー?」

 

 決まった一組の出し物の内容が掛かれた紙を持ち廊下を歩く一夏は不思議そうに首を傾げる。その両隣を簪と鈴が歩いており、簪はいつも通りの様子で前を見ながら歩き、鈴は前方に意識を向けながらもジト目で一夏を見ていた。

 

「おっかしーなー。いけると思ったんだけどなー」

 

 あっるぇー? と首を左右交互に傾げながら一夏は歩く。結論から言って一夏の目論見は潰えた。では出し物がどうなったかと言うと、学園祭としてはスタンダードな喫茶店に落ち着いた。

てんやわんやの様相を呈していた中で不意に誰かが言った「喫茶店はどうか」と言う言葉。接客用の衣装は? 教室の飾りつけは? 器具や食器などは? 全部業者任せで良いじゃん。これでアッサリである。ちなみに一夏が提言した"あくまで自分の名前のみを使うアピール"に関しては出す品の一部を一夏プロデュースと銘打つという形で落ち着いたりしている。よくある芸能人プロデュースの商品と同じ手法というわけだ。

 かくして、一夏の画策したスクールアイドルプロジェクトは泡沫に帰したという運びと相成ったのである。

 

「ところで織斑君」

「ん? どした?」

 

 廊下を歩いている中、それまで無言だった簪が発した第一声が自分への呼びかけだったこともあり、一夏はすぐに簪の方を向く。

 

「良かったね、ダブルダイソン突破できて。随分とはしゃいでたみたいだけど」

「え、いや何で知ってるの? オレ、話した覚えは無いんだけど。てかはしゃいだって、そんな――」

「これ証拠」

 

 携帯のフォルダに保存されていたある画像を開くと、それを一夏に見せる。どれどれと画面を覗いた瞬間、一夏の表情が大きく変わった。

 

「ファァーーーーーー!!?」

 

 画面に映し出されていたのは一夏の写真だった。それもただの写真ではない。なぜか上半身だけは脱いでおり、鏡の前に立ちながら片手でウルトラオレンジのサイリウムでのバルログ持ちをし、もう片方の手で持った携帯で鏡に映るそんな自分の姿を自撮りしているという、とっても恥ずかしい写真だ。

あまりの衝撃に言葉を失った一夏はパクパクと魚のように口を開け閉めする。

 

(なぜ簪がこの写真を! 確かに磯風をゲットした嬉しさでちょっとハジけちゃったけど、なんでその写真を簪が!? あの写真を送ったのは――)

 

 そこで一夏は気づいた。簪が持つ写真の出所を。

 

(おのれ数馬ぁああああああああああああ!!!)

 

 心の内で親友への怒声を上げる。そりゃあ、ちょっとハジけ過ぎたこととか、そもそもそんな写真自撮りする方が悪いんじゃんとか正論言われてもしょうがないという自覚はあるのだが、それはそれ、これはこれである。

 

「織斑君」

 

 ポン、と簪の手が一夏の肩に乗せられる。

 

「ドンマイ」

 

 励ましの言葉を掛けられるも、その頬が笑いを堪えるためにひくついているのを一夏は見逃さなかった。ちなみにそのあと、なになにーと言いながら写真を見ようとした鈴を割とシャレにならないマジ殺気を出した一夏が制したり、簪に写真の削除を一夏が頼みこんだりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 二年一組、IS学園で目立ちどころのクラスを挙げろと生徒の誰かに問えば、確実に名前の挙がるクラスだ。その理由としては生徒会長として、あるいはそれ以外の種々の理由により学園の内外に名を知らしめる更識 楯無の在籍するクラスであるということがある。

だが何もそれだけに限った話ではない。例えばの話、同じように話題どころのクラスとして挙げられる一年一組で最も目立つと言えば一夏だが、何も彼に限った話ではなく時には箒やセシリアを始めとする専用機持ちも話題に挙がることがある。同じ論理がこの二年一組にも通じる。

 今、腕を組みながら自身の席に座っている斎藤 初音もそんなクラスの目立ちどころとなる生徒の一人だ。

普段から初音は口数の少ない人物と周囲には認識されている。とは言え不愛想だったり人付き合いが悪いというわけでも無く、話しかければ普通に応対もするため話しかけるクラスメイトも多いのだが、この日は違った。誰もがはっきりと分かる程に話しかけにくい雰囲気を発していた。

敵意を発している、などという剣呑なものではない。だが、何か深く考え込んでいるような他者と明確に線引きをした上で自己に埋没している、そんな雰囲気だ。

 

 

 依然、寡黙を保つ初音の意識は数日前まで遡っていた。夏休みが終わる少し前に学園に集められた初音を含む日本出身の何名かの生徒。彼女たちの前に現れたのは打鉄で有名な倉持技研から来たという技術者だ。

そして語られた倉持技研の新型ISの開発と、そのテストパイロットの選抜。川崎と名乗った男性技術者からその内容を伝えられた時、集まった誰もが驚きにどよめく中で初音はただ一人静かに聞き入れていた。同時に、"ついに来た"と改めて強く実感もした。

誰もが初耳だっただろう話は、IS学園の生徒については四人の例外が存在する。織斑一夏、篠ノ之箒、斎藤初音、沖田司。あるいは更識姉妹も自身の伝手で知っているかもしれない。だが、既に専用機を持つ織斑、篠ノ之、そして更識姉妹にはある意味で無関係の話となる。

そして残りの二人、既に知っていると同時に選抜の候補者として一夏に推挙された初音と司は共にこの新型のテストパイロット候補の召集に集められ、たった一つの枠を懸けて親友だからこその競り合いをする――はずだった。

 

 集められた面々の中で唯一の辞退志願者、それが司だった。理由はあくまで一身上の都合とされている。だが、その真相をしるのはこの計画に携わる学園、倉持技研双方の職員の一部と初音のみだろう。その理由は、体調の悪化。一夏が二人に選抜のことを話した晩に起きたように普段こそ問題ないが、司は時折胸の発作を生じていた。

それが病であるのは明白、どれほどのものかは知らないが司本人はよく理解しているだろう。だからこそ、辞退という選択をしたのだ。

辞退をした後の司の様子は普段と変わりない。それは初音を前にしても同じだ。だが初音の脳裏には辞意を表明した瞬間の、司が自身に向けた言葉と顔が焼き付いていた。

 

『私はいきなりリタイアだけど、初音は――頑張ってね』

 

 穏やかな声と笑顔だった。だが、その笑顔と声の裏にある"何か"を覚悟したような意思を初音ははっきりと感じ取っていた。あの瞬間、初音は断固たる決意を固めた。何があろうと勝ち残ると。

候補として選ばれたのは初音、司を含めば二年生はもう二人の四人。それ以外は全て三年生からの選出だ。忘れない、司が辞退をした瞬間の二人の同学年生の安堵の顔を、三年生の下の者を侮る顔を。表面しか見えない者の節穴の目に叩きつけてやると誓った。自らが侮ったものが自らを敗北に叩き落したという現実を。

候補者はいずれも学力、実技、素行など学園での全てを総合的に調査した上で選抜されている。一夏の推挙があったとは言え、初音も司もそこは変わりない。いずれも、優秀者と呼んで良い。特に新型の機体特性上必要とされる近接戦での格闘能力はいずれもそれぞれの学年で上位に入っている。

 

 だからどうした。

 

 候補になった者は初音が知る者ばかりだ。時にその試合を観戦し、あるいは直接ISを纏って剣を交えたこともある。あぁ、確かに優秀だ。上手いと言える。それは間違いない。だが、欠片も脅威とは思えない。

織斑一夏や更識楯無のような隔絶した圧倒的技量を持っているわけでもない。篠ノ之箒のような、例え腕前で劣るとも何が何でも食らいつくという力強い執念があるわけでもない。それらと比べれば、ただ浅いとしか思えない。

時に格下であっても背筋を冷やさせるような気迫、自身が挑む側と認識させられるブレることのない実力、言うなれば鉄の意思と鋼の強さ。それを殆ど感じないものばかりだ。だからこそ親友が、司があのような表情をして拒否せざるを得なかった座を譲るわけにはいかない。

 

 先ほどから話題に挙がっている学園祭。初音自身も、クラスの一員としてできる限りの協力をするつもりはある。だが、真に見据えるのは選抜に勝ち残ること、それだけだ。

今後始まるだろうただ一つの席の奪い合い、その過程で他の者達全てを蹴落としていく己の姿をイメージしながら、初音は静かに拳を握りしめた。

 

 

 

 




 というわけで前半は色々ネタをぶっこみました。アニメ、ゲームのネタ、はたまた中の人ネタ……
正直ネタは書いてて楽しいです!(マジ本音

 本作の一夏、実は趣味嗜好は割とインドア寄りという設定があります。
普段から武術だ剣術だーで体動かしまくってるので、ヒマな時くらいは家でゆっくりしたいというのが一夏の論だとかなんとか。


 そして最後の方にちょっとだけ真面目モード。
以前活動報告にて五巻編では原作では無かったような場面や展開を書きたいと言いましたが、これがその一部です。
というわけで五巻編ではこの「倉持技研新型機テストパイロット選抜」も扱っていこうと思っています。

 さて、そろそろシリアスor真面目モードな一夏も書かなきゃいけないところでしょうか。どうもここ最近の本作の一夏はハジけてばっかりな気がします。えぇ、彼もちゃんと締めるべき時には締めてくれるってところを見せなきゃと思っております。

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来れば来るだけ作者が舞い上がります。
 それでは、また次回更新の折に。

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