或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 万仙陣、面白かったです。ティザーサイトでイラストが発表された頃には想像できないくらいにしーちゃんが可愛かったです。南天ちゃんも実にゲスいキャラでしたけど、声優さんの熱演もあってとても魅力的なキャラでした。ノブがぐう聖過ぎました。
とりあえず一周終わったのでこのままフルコン目指します。

 あと、艦これの春イベも突破しました。二日の夜のことでした。
今回は明らかに緩かったと思います。オール甲ですが、割とサクサク進められたので。高波とRomaも攻略中に引き当てたので掘りをせずに済んだのは幸運でした。
でもこの分だとまた夏が地獄になるんじゃないかなーと思ってます。

 んで、今回更新分のお話。
始めに言っておきます。特に何もありません。


第五十六話:着々と進んでいくそれぞれ

 文化祭が近いとはいえ、学園での日常生活に目立った変化があるわけではない。

勿論、準備を進めていくのは確かなのだが、IS学園はそのカリキュラムの都合上、あまり文化祭準備ばかりに時間を割くというわけにもいかないので、小道具や飾りつけのセットなどの類はその殆どをそういったものを取り扱う業者任せにしている。

それは一夏のクラスも例外では無く、喫茶店を行うにあたり食器や内装などの準備は主にそうした面に明るいセシリアが中心となって業者への手配を行うことになっている。後は届いた道具をパパッとセッティングし、事前に仕込んでおく飲料や食品を用意すれば良いだけの話だ。

つまりどういうことかと言うと、クラス委員としての一夏の仕事はそんなに多くは無く、意外と時間に余裕ができるということだ。

 

 そんなわけでいつも通りに始まった一日の朝、一夏はいつものように食堂で朝食を摂っていた。和洋どちらかはその日の気分次第だが、今日は和食セットである。

ちょっと視線を移せば壁に掛けられた大型のディスプレイにテレビ番組が映っている。時間も時間なため、やっているのはニュース番組だ。ちょうど今の報道の内容は中東における過激派勢力の基地の壊滅という朝から物騒なもの。しかも中東情勢に大なり小なり関係しているどの各国も軍部の介入を否定しており、一人の生存者も残っていないという基地跡に残された死体はどれも殴打や刃物による殺害という。現地、各国軍部、番組のコメンテーターやリポーター、専門家、揃いも揃って「何が何だかわけワカメ」と匙を暁の水平線の向こうにシュゥウウウトッしている有り様だ。

いや全く以って同感だと、味噌汁を啜りながら一夏も心の内で頷く。そこは普通銃とか爆撃でねぇのJKと言うのが率直な感想である。

 

「ここ、座るね。答えは聞いてない」

 

 確認をするまでもなく空いていた目の前の席に座ってくる人物がいた。同じく朝食だろうサンドイッチのセットをトレーに載せた簪だ。

 

「進捗はどう?」

 

 何をとは言うまでもない。文化祭の出し物準備のことだ。

 

「まぁ幸先は良いかな。セシリアが主導で食器類の手配とかをしてくれているよ。流石はイギリス貴族、とでも言うべきかね。その辺りのお茶事情への造詣の深さってやつは」

「そう」

「そういえばそっちはIS関連のパネル展示だっけ? どうよ」

「こっちも悪くは無い。中心は私だけど、授業でやることとか豆知識みたいなもの、使えそうなネタはピックアップしてある。後はそれを学園の関係者、招待客の業界の人や一般の人全員に興味を持ってもらえるように組み立てるだけ」

「ほぅ。いや、どうにもそういう頭を捻りそうな類は苦手でね。流石は座学主席殿、大したもんだ」

「そのあたりの自負はあるけど、君はもうちょっと座学も頑張った方が良いと思う」

 

 淡々と紡がれた痛いところを突いてくる言葉に思わず顔を顰める一夏だが、ぐうの音も出ない正論なので何も言い返せない。いや頑張ってるけどさー中々ねーと軽く目を逸らしながらぼやく一夏などお構いなしにそういえば、と思い出したように簪も続ける。

 

「そっちのクラスの喫茶店、名前はどうするの?」

「名前?」

「そう。ただ"喫茶店"って銘打っただけじゃ味気無い。センスはともかく、名前があった方が人目にはつくと思う」

 

 その指摘に一夏はそれもそうかと頷く。店名、確かにあまり目立ちはしないが重要なファクターだ。これは早急に考えねばならないだろう。

さてどんなものが良いか、どうせなら店の雰囲気に合うものが良い。内装やら食器やらの手配を主導してくれたセシリア曰く、アンティーク調の落ち着きある空間をイメージしているということだったはずだ。ならばそれに見合う名前が良いだろう。

朝食を食べ進めながら一夏は考える。そして一しきり食べ終えたところでまるで脳内に明かりが灯ったかのようにフッと案が浮かんできた。

 

「とりあえず候補はこんな感じ?」

 

 近くにあった備え付けのペーパーを一枚取り、そこに懐から一本取り出したペンでサラサラと書きつける。そうして簪に提示された一夏の点名案が以下だ。

 

・ラピッドハウス

・アンテイク

・あーねんえるべ

・マミヤ&イラコ

 

「……」

 

 とりあえずこれはツッコミ待ちということで良いのだろうかと簪は判断に悩む。微妙に変えてはあるが、どれも見覚えのある名前だ。理解ある者ならばツッコミを入れて然るべきだろう。だがあまり勢いの乗ったツッコミは簪のキャラではない。そういうのは二組の凰さんの役割だと思う。

一つは頭に丸っこいウサギ(ジジィの霊が憑依なう)を乗せた女の子とかが働いてる、こころがぴょんぴょんしそうな名前だ。

一つは雰囲気の良い店だが実は店員の全員が食性として人を喰う種であり、しかもそのほぼ全員が種の中でも実力者、一部は完全に化け物クラスという、そんな感じっぽい。あと客には血の付いたハンカチをクンカクンカハーッハーッカネキクンッしてフォルテッシモッッ! しそうなホモホモしい変態が居そうだ。

一つは猫っぽい二頭身だか三頭身くらいのナマモノが跳梁跋扈しているカオスな空間かもしれない感じがする。ちなみに店がある町は死亡フラグの溜まり場だ。

一つは……課金アイテム、以上。

 

「とりあえず、他の人とも話して決めたら?」

 

 出した結論はスルーであった。そもそも自分が言い出したこととはいえ、あくまでこれは別のクラスの問題。であれば自分がとやかく言う必要は無い。そう判断しての結論だ。

 

「あともう一つ」

「ん?」

 

 話しながらも食事は進めていたため、そろそろ互いに食べ終わりそうになった頃合いで簪は別の話題を切り出す。

 

「始まったみたいだよ、倉持の新型のテスター選抜」

「……そうか」

 

 聞いた瞬間、一夏の目が僅かに細まり纏う雰囲気もやや硬質なものになる。そも簪の打鉄弐式は白式と同じ倉持技研の開発。更に簪はその年としては類稀な知識と技術で既に開発の一線に携わっている。白式のメンテナンスや改修などで少し意見を出す程度の一夏と違い、現場へのかかわりは遥かに濃い。ならば彼女が知っているのも自然なことと言える。

 

「夏休みが終わる少し前に候補者が集められたって。そろそろ一気に話が広がる頃だと思う。お互い、質問攻めになるかもね」

「そうか。参ったな、いざ聞かれてもオレに答えられることなんてそう多くは無いんだけど」

「そういう時はこう言えば良いと思うよ」

 

 そこで簪は人差し指を立てて口元に当てながら言う。

 

「禁則事項です、って」

「……ま、部外秘を楯にすれば通じるかね」

 

 そして朝食も食べ終わった。空になった食器を軽く整えてごちそうさまと小さく言うと、早いところ食器を下げて身支度を整えようとする。だが席を立つより早くやや昂ぶった、実に慣れた感覚の気が近づいてくるのを察知し、その直後に幼馴染の声が一夏の耳朶を打った。

 

「一夏!」

 

 決して大声というわけでは無いが、凛とよく通る声で一夏に呼びかけながら箒が歩いてやってきた。姿勢こそ整っているものの明らかな早歩きに何か急ぎの要件かと首を傾げる。

 

「一体どういうことだ!」

 

 目の前までやってきて開口一番、箒が発した言葉はそれだった。どういうこと、と言われても一夏にはさっぱり覚えが無い。はて、もしや知らず知らずの内に箒に何か粗相でもしてしまったかと、ここ最近を思い返してみるもまるで心当たりがない。どうしたものかと、一応確認はとってみることにする。

 

「どういうことって言われても、何が何だか分からないんだけど。一体どうしたんだよ?」

「……知らないのか?」

 

 ごまかしなど一切無く、大真面目に分からないと言うような一夏の問いに箒は僅かに眉を潜めると、何かを考えるように顎に手を当て、すぐに落ち着き払った態度に戻って再び一夏を見る。

 

「すまん、少々気が急いていたらしい。朝から騒々しくしてしまったな」

「いや、そりゃ良いんだけどさ。どうした? なんかただ事じゃなさそうだが」

「あぁ――」

 

 言い出そうとする前に軽く周囲を見回し、あまり衆目が向いていないことを確認すると手で顔を寄せるように指示する。おそらくは内密に近い話だろうと一夏もすぐに察し素直に顔を近づける。すぐ傍に立つ簪に何も言わないのは、あるいは箒も簪ならば聞いても問題ないと判断しているからだろうか。

 

「夏休みが始まってすぐ、お前が斎藤先輩と沖田先輩に話した件は覚えているな」

「あぁ。いや実はな、ついさっきまで簪とその話をしてたんだよ。ちょっと前に選抜、始まったって?」

「そうか、それを知っているなら話が早い。そのことだ。件の候補者、お前の推挙があったからかは分からないが、斎藤先輩と沖田先輩も選ばれたらしい。だが、選抜開始の直後に沖田先輩が辞退を表明した」

「なんだと……?」

 

 箒の言葉は到底聞き流すことなどできないものだった。見ればすぐ傍で話を聞いていた簪もやや目を見広げて驚きを露わにしている。

 

「箒、いったいどういうことだ?」

 

 一夏の脳裏を占めているのは何故? という疑問だけだ。自分が推したにも関わらず、などというつまらない憤りは欠片も存在しない。そもそも、あの二人の武人としての気質からして辞退などとても考えられない。それでも、ということは何かしら相応の理由があるはずだ。それは一体何なのか。

 

「私も剣道部の早朝練習で聞いただけだ。当の沖田先輩は休みだし、事情を知っていそうな斎藤先輩にしても一身上の都合としか。時間が無かったのもあるが、どうにも仔細を聞き入ることのできる雰囲気ではなくてな」

「てことは、沖田先輩のプライベートに関わる結構マジな理由ってわけか」

 

 一夏の推測をフォローするように簪も続ける。

 

「今回の選抜、最終選考に残れば新型のテスターだけじゃない。国家の候補生になれる可能性もかなり高い確率である。それをみすみす手放すような人はこの学園には居ない。それでもってことは、やっぱり相当」

「だよな……。オレも気になるけど、どうにも簡単に聞けるって感じじゃ無さそうだし。少なくとも今は、斎藤先輩に頑張ってもらうしかないってトコか。箒、一応だけどこの事は――」

「心得ている。早々他言はしないさ。ただ、人の口に戸は立てられぬと言う。既に今朝の練習に出ていた部員は知っているし、そこから話が広がる可能性は大いにあるぞ」

「そりゃな。ま、聞かれても詳しく知らないで通すしかないだろうさ」

 

 

 

 食器の片づけを終え、再度身支度を整えるために箒と一夏は共に寮へ向かっていた。二人の部屋はそれぞれ比較的近しい位置にあるため、こうしたことは割とよくある方だ。

 

「しかし先ほどの話の最後の方、やはり一夏として斎藤先輩を推すつもりか?」

「ま、上級生の中じゃ割と絡む方だしな。オレだって人の子よ、そういう情はあるさ」

「気持ちは分からんでもないな。いや、私も似たようなものだよ」

「けど、他にもあるぞ」

「ほう?」

 

 それは何かと箒は目で問い掛けてくる。

 

「一応な、先輩を推薦する前に色々見たんだよ。そういう近接系で優秀な成績出してるって上級生の映像とか。そりゃまぁみんな上手い人ばっかりだし、オレも映像見ながら結構参考にさせてもらったりもしたけどさ、やっぱ斎藤先輩と沖田先輩はな、剣が違うんだよ。こうね、乗っけてる気持ちの強さってやつかな」

 

 その言葉に箒もあぁ、と納得の表情と共に頷く。

 

「そうだな、そのあたりは私も同感だ。見習うべきと思う先輩は多く居るが、やはり斎藤先輩と沖田先輩は日頃世話になっているのもあるからな。別格だよ」

「けど、だからだよ。沖田先輩の辞退の理由、一体何なのかね……」

「そこは私もずっと気掛かりだが、どうにも込み入った事情らしいからな。やはり踏み入るというのは些か躊躇われる。いずれ、斎藤先輩か沖田先輩か、どちらからか話してくれるのを待つしかないやもしれないな」

「できりゃあ力になりたいもんだけどな。まったく、難儀な話だよ」

 

 初音と司、二人を優れた上級生として慕っているのは箒だけではない。一夏とてそこは同じ気持ちだ。だからこそ助力になれるならなりたいというのは嘘偽りない気持ちだが、どうすれば良いのかは現時点でさっぱりである。

 

「とは言え、そうあっさりと人の手を借りることを良しとするような人でも無いだろう、斎藤先輩は。今は、まだ私たちも見守るに徹するしか無いのではないだろうか」

「だな……」

 

 箒の言う通りだ。初音も司も、人としての芯の部分でも強い人間だ。であれば自分たちの問題もまずは自分たちでの解決を試みるだろう。仮に手助けをするのであれば、そうするしかなくなった時でも良い。

 

「箒、どうせ部活でも斎藤先輩には会うんだろ? なんならオレも何時でも力になると言っといてくれ」

「あぁ、しかと伝えよう」

 

 そうこうしている内に二人は一夏の部屋の前まで到着する。箒の部屋はここから少し歩いた先だ。

 

「じゃ、また教室で」

「あぁ」

 

 軽く挨拶だけ交わして二人はここで一度分かれる。どのみち教室に行けば嫌でも顔を合わせることになるわけだが、どうにも今日は落ち着いて話をなんていうわけにはいかなそうな気がする。

簪が言っていた通り、今日中には倉持の新型の話があちこちに伝わるだろう。それは一夏らのクラスとて例外では無いはずだ。であれば、確実に興味津々となるだろうクラスメイト達は倉持技研に特に近しいだろう一夏に話を聞きにくることは容易に想像できる。

 

「あ~、めんどくちゃい」

 

 聞かれてもそんな大したことなんて答えられないのになぁとぼやく。いずれにせよ、来たら来たでそれなりには応じてみようかと決めた。

 

 

 

 

 

 というわけで少々時間は飛んで授業の合間の休み時間、案の定と言うべきか一夏の席の周辺にはクラスメイト達が集まっている。理由は当然、既に広まっている新型のテスター選抜についてのことだ。

 

「ん~、いやだからね。オレもそういうのがあるって言うのは知ってるし、いつも白式のことでお世話になってる人がプロジェクトの担当者だからその辺話も聞いたりしたけど、細かい部分は詳しくないんだってマジで」

 

 休み時間になるや否や一夏を取り囲んでの質問攻めだ。やれ新型の噂はマジなのか、やれ誰々が候補に選ばれているのか、やれ新型はどういう機体なのか、やれ選抜はどうやって行うのか。あんまりにも囲い込んで聞いてくるものだから答えるより先に身振り手振りを付けて落ち着かせるところからする羽目になったくらいだ。

そうしてやっとこさ喧騒が収まった所で、さてどう答えたものかと思案する。何せこの話題、ほぼクラス中が気にしていると言っても良い。直接一夏の下にやって来ていない者にしても聞き耳を立てているのは明らかだ。専用機持ちにしても例外では無い。何だかんだで気になっているのか、箒までこちらの様子を伺っている。

 しかしながら実際問題、箒にも語ったように答えられることは多くない。当然、守秘義務の発生する事項もあるのだろうが、そもそも一夏がこの案件について聞いていることは殆どが川崎氏から伝えられたものだ。おそらくこの段階で秘すべきことは全て弾かれているだろう。となると、今の時点で分かっていることを話しても問題は無いのではないだろうか。

そこまで考え、まぁとりあえず当たり障り無い感じでテキトーにいっとくかと一度思考を放棄する。そうして聞かれたことについて分かっていることを簡潔に説明する。

 

Q.新型の開発ってマジ?

A.マジよマジ、大マジっぽい。

 

Q.テスターの候補って誰が選ばれてるの?

A.なんかそのまま日本の候補生選抜にも掛かるかもしれんとかってんで、日本人生徒の中から成績の上位者中心に学園側と倉持の担当側が何人か選んだっぽい。ちな半分以上は三年で後は二年っぽい。

 

Q.新型ってどんなの?

A.いや、オレも詳しく知らんし、知っててもそこはお察しってことでそう多く言うつもりは無いけどさ、打鉄あるやん? 要はアレのバージョンアップ版みたいなやつっぽい。

 

Q.選抜の方法って?

A.それも詳しく知らんけど、なんか日程の決まった何段階かあるみたいっぽい。面接だとか、筆記だの実技だのの試験とか。まぁ割とありがちっぽいと言うか。あぁでも、最終選抜みたいなのは流石に知らんし、スケジュールもよく知らん。誰か候補に選ばれた人に聞いてみるしかないっぽい?

 

Q.ひょっとして、結構隠してることとかあるんじゃないの~?

A.お前がそう思うのならそうなのだろう、お前の中ではな。それが全てだ。愛い愛い、存分に酔って微睡(まどろ)めば良いっぽい

 

Q.その語尾にやたらぽいぽい付けるのやめておけ by 箒

A.20cm連装砲でぽいしちゃうのは止めてくだちぃ

 

「まぁ落ち着けよ箒、軽いお茶目じゃないか」

「いや、それは心得ているがな。妙に好かん」

 

 ジロリとした視線を向けてくる箒だが、あくまでポーズ的なものでしかない。実際に怒っているという雰囲気は無く、むしろ窘める方が近いため一夏もサラリと流して応じる。

 

「えっと、じゃあ織斑君もそんなに詳しいことは分かってないってこと?」

「まぁそうだな。多分、今の段階でオレが知っているようなことは少し時間がたてば皆も知れることだと思うんだよ。それをオレの場合はちょっと早めに知ってるってだけで」

 

 清香の確認に一夏はその通りと頷く。すると今度は癒子が別の疑問を投げかけてくる。

 

「あれ、でも確かそのプロジェクトのスタッフに知り合い居るって言ってたよね? その人から詳しく聞くってのはできないかな?」

「聞こうと思えば聞けると思うけどなぁ。でも基本話すのは多少外に漏れても良いようなことだろうし。そもそも皆が知りたがるような穿った内容にしても、他言無用って言われちゃそこまでだぞ?」

 

 結論から言えば、関係者でもない限りは細かい情報を知るのは難しいということになる。無論、人の口に戸は立てられぬという諺通り、どこから意外な話が流れるかは分からない。ただ一夏のスタンスとして、話せることは話すが話せないことは話さないは変わらず、結果として一夏から与えられる情報はそう多くは無い。こういうことになる。

そのことに申し訳ないという意思を伝えるも、そこでごねるような者もこの場には居ない。その辺の事情というものに関しては理解も早いので、すぐにそれならばしょうがないと全員が納得する。そうして気が付けばもうそろそろ予鈴の鳴る頃合い。一同、無言の相互理解の下に動き次の授業の準備を始める。かくして、IS学園はまたいつも通りの一日の流れを進めていった。

 

 

 

 

 

 時と場所は移り替わり、放課後の生徒会室。室内には二人の人間が居た。生徒会長である楯無と書記の虚だ。会長用に与えられたデスクに座りながら楯無は眼前のモニターを見続け、虚はその隣に控え続ける。

 

「やっぱり、"連中"は仕掛けてきそうかしら?」

「はい。各方面より得た情報の分析の結果から八割以上の確率と。そして来るとしたら――」

「その日も予想通りってことね。ま、不特定多数が学園に来るんだもの。何もここだけに限った話じゃないわ。どうしても、セキュリティが薄くなりがちなのよね」

「現在、それを見越しての対策も検討していますが――」

「それは向こうさんも同じでしょ。こっちが来るって見込んで対策を立てている、そう見込んで向こうも策を練ってくるでしょうね。裏の取り合い、化かし合いのエンドレスよ。やってらんないわ」

 

 果たすべき職責はきっちり果たす。だが楯無とて人間、それもまだ十代半ばの少女なのだ。愚痴の一つや二つは言いたくなる。

 

「いずれにせよ、まずは彼をどうするかよね」

 

 眼前のモニターに映し出されているのは学園のデータベースに登録されている一夏のパーソナルデータだ。他大勢の生徒たちが閲覧できるよりも、持ち得る権限によって多くの情報を記されたそれ以外にも二人の帰属する"更識"が調べた彼に関する情報もデータベースのそれとは別ウィンドウで表示されている。

 

「意外にやんちゃしてたのね、彼」

 

 データベースとは別、更識が調べた一夏のデータには彼の大まかな経歴が記されている。当然、そこにはデータベースを始め公にはされていないものもある。その一つ、中学時代に幾つかの暴力沙汰有りというものを指して楯無はやんちゃと評した。

 

「数人では済まない数が病院送りのレベルで痛めつけられたそうですね。当時の地方紙でも不良グループ同士の抗争という予想で何度か記事になっています。当時は警察も傷害事件で捜査をしたそうですが、織斑君にはまるで触れてさえいませんね。ただ、楯無様。これは……」

「やっぱり、虚ちゃんも気付いた?」

「はい、見る者が見ればすぐに気付くでしょう」

 

 二人が共通の見解として気付いた違和感。それは当時の警察の捜査と一夏の関連性にある。

 

「情報操作の可能性あり、それは良いのよ。警察だって馬鹿じゃないわ。本気になれば多分真実にはたどり着けるはず。それが掠りもしなかった、ということは何者かが妨害、ないしは一夏くんの存在に対して隠蔽工作を行っていた」

「問題は、それが誰なのかまるで掴めていないこと……」

「誰なのか分からないと言えばもう一つ。彼の技よ」

 

 そう言って楯無が開いたのはこれまでに一夏が学園でIS、生身それぞれで自身の技を奮って来た場面を捉えた映像、その一部だ。

 

「特に生身の時とか顕著だけど。虚ちゃん、これ見て」

 

 そう言って楯無が虚に促したのは過日の学年トーナメント、一夏とラウラの一騎打ちの一部だ。

 

「ここね。よく見ると分かるんだけど、ほら――彼、ボーデヴィッヒちゃんから一度も視線を外してないでしょ? そこに加えて彼女の攻撃をかなりギリギリのラインで躱してる、それも意図的にね。多分、いいえ確実に無駄な動きを省くために。似たような動き、というか対処の仕方だけど、これは護身術授業の組手とか他の場面でも確認されているわ」

「楯無様、これはもしや――」

 

 楯無はその生まれ、立場故に戦闘技能の一環として様々な武術体系を高い練度で学んでいる。その中には更識家が歴史と共に研鑽してきた独自のものもある。教えを授けてくれた師は多く居るが、その中心的存在は彼女の父親、先代"楯無"の煌仙だ。

そして楯無が煌仙から受けた教えの中には、希代の武人として煌仙が独自に磨き上げた技もある。今、映像の中の一夏が行っている技法、見る者ならば見て分かる制空圏が極限まで絞り込まれたこの技は、そんな煌仙独自の技の一つに相違ない。何より、教えを授かった身として楯無も、そして門弟の一人として虚もまた知識として知っている技法なのだから。

 

「なんで彼がこれを使っているのか。そりゃ、お父さんは『まぁ制空圏のある種応用法みたいなものだし、案外他に思いつく人間は居るかもねぇ』なんて呑気に言ってたわ。だから他にそこへ思いついて、できる人がいるって可能性もあり得なくはない。けど彼のは違う、明らかに誰かから教えを受けたものよ、これは」

 

 当然だが、楯無の記憶で煌仙が一夏に教えを授けたというものは一度も無い。だというのに一夏は明らかに煌仙独自のはずの技法を何者かより習い、磨き上げたという練度で使用している。その教えた人物は何者なのか、それは当然一夏の師ということになる。

そも、一夏が師と仰ぐ人物に武の教えを受けているということはこの学園に入学後も様々な場面で言っている。彼の属する一年一組など、ほぼ全員が知っているレベルだ。だが、それが何という流派の誰なのか、それを知る者は居ない。そして――

 

「この調査報告でも一夏くんの師は掴めず終い……。さっきの隠蔽工作と言い、彼に近しいだろう人間に二人も更識(ウチ)の調査を掻い潜る人間が居るなんてね。特異は特異を呼ぶってところかしら?」

 

 簪はむしろ一夏をこちらに引き込んだ方が良いという忠告をしていた。それに関しては楯無も一理あると認めるところだ。だが言葉そのままに内に引き込むのに、この二人の謎の人物というのは不安要素でもあった。あるいはそれこそが楯無に、更識にとって敵である存在かもしれないからだ。

 

「虚ちゃんは、どう思う?」

 

 一夏を引き入れることに対して是か否か。長年傍で支えてくれた親友でもある忠臣に問う。

主の意を受けて虚はしばし脳裏で自身の意見を纏め、やがて口を開いてゆっくりと語り出す。

 

「私としましては簪様のご意向もあってというのもありますが、彼を引き入れることには賛成です。現状、彼が有事に際して独力である程度対処が可能というのは学園入学後の彼の戦績からも明らかです。仮に実際の場合に"向こう"が行動を起こし、そこにISが絡むとなれば猶更。

下手に勝手に動かれるよりはある程度の情報を開示、その上でこちらの指示で動いて貰えるようにする方がリスクは低いかと思われます。彼に関係する未確認人物についても、調査報告を見る限りでは学園への影響は薄いかと思われます」

「ですが、同時にこの未確認人物が不安要素であるのも事実です。仮にこちら側に引き入れるにしても、そうした点や彼の人格などについて見定める機会を設けた方が良いかと」

 

 虚の言葉に楯無は無言で頷く。

 

「そうね、確かにそれが良いのかもしれないわね。下手に独自に動かれるよりは、把握できてる方が良いわけだし。けど、人格ね……」

「三年前のドイツの件は非常事態ゆえに致し方の無かったことかと。決して褒められたことではありませんが、責めるわけにもいきません」

「そりゃ分かってるわよ。けど、簪ちゃんが言ってたんでしょ? 彼はそんな優しくないって」

 

 それは数日前に虚経由で伝えられた簪の言葉だ。敵と見なした相手に優しくない、それはつまり彼が非情さを持ち合わせているということを伝えているに他ならない。そこもまた懸念事項の一つ。その優しくないと簪が評した部分、それが自分たちに牙を剥かないという保証は無い故の懸念だ。

 

「そうね、一度腕試しも兼ねてそこらへんを検めさせてもらいましょうか」

 

 一先ずこの場における結論を出すと楯無は開いていたウィンドウを全て閉じて片づけを始める。そして実家より送られた一夏の調査報告のデータが入ったメモリを渡しながら虚に言づける。

 

「悪いけど、お父さんの方に言っておいてもらえるかしら? 他に何か分かったら教えてちょうだいって」

「かしこまりました」

 

 一礼と共にメモリを受け取る虚。それは煌仙から直接楯無の下に送られたデータである。そしてその事実こそが楯無と虚、二人に疑念を抱かせる根源的な原因でもあった。

実のところ、メモリに記録された一夏の調査報告のデータ、その大本には一切の不備など存在しない。警察の捜査が一夏に及ばぬよう隠蔽工作を行った人物も、一夏の武の師も、そのどちらも記されている。

それが煌仙から楯無に渡る間に不明となっている。聡い者ならばすぐに気付くだろう。他ならぬ煌仙こそが、データを弄った張本人だ。その真意は煌仙本人しか知り得ぬことだが、いずれにせよ煌仙こそがデータから二人の人間、隠蔽工作を行った一夏の親友、武芸の師、それぞれを分からなくしていたのは間違いない。

そして父親、あるいは先代当主、それらから来る絶対的な信頼感が楯無と虚に煌仙への疑いをこれっぽっちも湧き上がらせず、共に疑念を抱かせたのだ。そうして、程なくして虚からそれらの報告を受けた煌仙は静かに微笑を浮かべるのだが、それを知る者は誰一人として存在はしていなかった。

 

 

 

 

 




 もう後一、二話くらいで学園祭本番に漕ぎ着けたいですかね。
今回はその一、二話のためにワンクッション置くためという意味合いが強いです。
そんなに真面目な回というわけでも無いのでネタもちらほらと。

 お店の名前ネタなんてもうソッコー分かってしまうでしょう。書いてて自分でも割とあからさまだなーと思っていましたので。
後はQ&Aの所とか……

 最後の方の、楯無に送られたデータに対する煌仙氏による書き換えですが、実はこれそこまで深い意味は無かったりします。片や親友のことであり、片や興味深いと思った若者のことを敢えて知らせずにおくのもちょっと面白そうという、単なる親父の悪戯心が大半だったりするというのが現実。それに無駄に振り回されるのだからこればかりはたっちゃんも被害者側だったりします。

 そろそろやれTOEICだの研究室のゼミだの院試だのが本格化しそうなので、また更にペースは落ちるような気がしますが、それでも頑張って更新は続けるつもりなので、今後ともよろしくお願い致します。

 それでは、また次回更新の折に。


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