或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 前回更新からざっと二週間ほどでしょうか。おおよそいつも通りのペース……だったらいいなと思っています。

 今回は割と真面目路線の話です。精々、いつも通りに一夏がちょこっとふざけちゃったくらいで、後は至って真面目です。


第五十七話:刃の選定 相対するは頂点の後継達

「それでは、改めてご挨拶をさせて頂きます。今回のプロジェクトの管理を務めさせて頂いています、川崎です。本日はよろしくお願いします、斎藤初音さん」

「……よろしく、お願いします」

 

 いよいよ以って学園祭の準備、その主流に校内全体が乗ろうという某日。放課後に初音は学内に設けられた面談用の部屋の一室に居た。

机を挟んで対面に座るのは倉持技研よりやってきた技術者の川崎。一夏の白式の開発主任を務め、簪の打鉄弐式の開発に関しても深く関わっている、倉持技研に所属する技術者の中でも中心メンバーの一角とされている人物だ。

 そして今回、彼は新型機の開発チームにおける要職にも就いた。白式、打鉄弐式共に既に川崎が掛かり切りになるべきという段階は過ぎ、別の仕事を任せられる状態になっていること開発する新型は白式と打鉄弐式の双方からデータをフィードバックしたものであるため両機体に通じたスタッフが必須、などの理由からの抜擢である。

 そんな彼のこの日の仕事の一つは新型機のテスター候補に選ばれた学園生徒との面談である。面談と言ってもそこまで形式ばった堅苦しいものではない、と川崎は思っている。勿論、ある程度定型文的な質問などもあるにはあるが、どちらかと言えば世間話に近い感覚で改めて候補者の一人と開発陣の一人として一対一でゆっくり話したい、という意図がある。何故ならば、その方が相手の人柄というものが分かりやすい。

 

 この後にも何人か別の候補の生徒が控えているが、この日の最初の面談者は初音であった。同時に、彼女がこの面談の最初の相手となる。そして、既に辞退を表明したもう一人と共に川崎が個人的に気になっていた少女だ。

 

「とりあえずあまり肩肘は張らなくて結構ですよ。世間話でもするつもりでリラックスしてください」

「……はい」

 

 言ってはみたものの、眼前の少女の雰囲気は依然変わらない。あるいはこれでも彼女なりに肩の力を抜いているということだろうか。むしろそちらの可能性の方が高いかもしれない。彼女のことを知る切っ掛けになった一夏からの推挙に添えられた言葉、その後に改めて学園側に申し入れ受け取った学園側の評価、双方で共通している見解に『やや寡黙』というものがある。

 

「さて、実はですね。存じているかは知りませんが、こちらとしては貴女のことは比較的早期から伺っていたのですよ」

「織斑、ですか」

「えぇ、そうです。どうやら彼の方からも既に聞いていたようですね」

「私と司――沖田司が推挙をされた、ということは」

 

 寡黙とは言うが、ずっとだんまりというわけでも引っ込み思案というわけでもないらしい。彼女の意識は先ほどからこちらにはっきりと向けられているのが分かるし、必要であろうことは言っている。察するに無駄な言葉は発しない、語るのは己の姿勢でを旨としているのだろう。先ほどから眉一つ動かさない所からも、緊張をしていないわけでは無いのだろうが過ぎたるものではなく、自己を律するための程良い刺激にしているのだろう。年頃の少女としては珍しい硬派な姿勢だ。それが好ましいとも感じるし、改めて印象に残りやすい。

 

「では話が多少は早くて済みそうですが、念のために確認を。織斑さんから伺った話というのは、具体的にどのような?」

 

 特に何か含む意図があるわけではない。単純に初音が現時点でどの程度事情を知っているかということを把握しておきたいだけだ。双方の理解が深まれば話もよりスムーズに進むのは言うまでもない。

 

「……今回の新型が、織斑の白式の実質的後継であること。ソフトウェアの面では更識楯無の妹の専用機の物をフィードバックすること。それを聞いた上で織斑が私と沖田司を推挙した、ということまでです」

「なるほど、機体の基本構想までは聞いていると」

 

 それならば話が早い。説明もやりやすいというものだ。

 

「既に聞いているとは思いますが、今回の新型は白式の実質的後継機、その点で間違いはありません。現在の白式は第三世代機の名に相応しく、機体のトータルスペックでも優れた出来に仕上がっています。そして織斑さんや更識簪さんが中心となって蓄積してくれたデータ、これらをベースに従来の打鉄よりもより高いスペック、パフォーマンスを発揮でき、なおかつより多くのパイロットが扱いやすい新型汎用機を作る。これが本計画の概要です」

「……扱いやすい?」

 

 何となく察しはついている、だがそれでも僅かに引っかかったワードに初音が反応を示す。川崎も初音の些細な疑問を感じ取ったのか、その通りですと頷きながら説明を続ける。

 

「話を伺うに、斎藤さんは織斑さんと比較的親しいそうですのでもしかしたらご存じかもしれませんが、彼の身体能力は非常に高い。同年代の多くと比較して圧倒しているのは勿論、プロアスリートと比べても高いレベルでの勝負ができるほどに」

 

 そこは初音としても同意するところだ。学園唯一の男子ということもあって一夏の評判は二年の方にまでちょくちょく届く。おそらくは三年の方にも伝わっているだろう。

短い経験ながら、鍛えてきた技を地盤にして扱いの難しい近接特化機を操り、専用機を持った代表候補と日々競り合っている。そして評判はISだけに留まらない。

 もう一つが生身での戦闘能力の高さだ。むしろこちらの方が手に負えないというのが専らの評判である。聞けば護身術の訓練では最初の内から教師に並ぶ指南役に任ぜられたと言うし、純粋な生身でも腕に覚えのある上級生が幾度か勝負を挑み、その都度完勝を収めてきたとも言う。かくいう初音自身、彼に剣で勝負を挑み負けた口だ。次はあのようにはいかないというつもりはあるが。

 まぁそんな評判から察することは十分にできるのだが、何より直接手合わせをして、その後も時折稽古を共にしているからこそ実感している。一夏の身体能力は非常に高い。単純な身体能力のスペック、その総合値では楯無すらも凌駕し得るだろう。あの二人が直接ぶつかったという話はまだ聞いたことは無いが、正直ISならばともかく(楯無の勝ちは現状固い)生身となればどう転ぶか分からない。例えば単純な膂力であったり、敏捷性や柔軟性であったり、とにかくどれもが高いレベルにあるのは初音も実感を通じて理解しているところだ。

 

「実際のところ、彼の身体能力の高さは"ISパイロット"という括りに限定すれば現時点でも世界全体のトップレベルにあると言っても良い。正直、私は彼を上回るのは彼のお姉さん、ここの織斑教諭以外に思いつかないほどです」

 

 そこもまぁ分からないでもないと、初音は小さく頷いて同意を示す。

 

「中でも反応速度などは群を抜いて高いのですが、実は織斑さんは特にここ最近、白式の調整に積極的でして。勿論、我が社に直接お出で頂いてというのもありますが、幸いというべきか更識簪さんと親交が深いという点を活かしてこの学内でもよく細かい調整を手伝いの下行っているそうで。そのデータも我々は受け取っているのですよ。それが……中々のものでしてね」

 

 最後の方が苦笑い気味なのに首を傾げつつ、一部ですがと言いながら川崎が手渡してきた最近の白式の調整数値というものを見る。

 

「これ、守秘性などは」

「あまり口外をしないというのであればそれはそれで構いませんが、基本的にこの学園の生徒の皆さんも目にすることの多い項目の抜粋ですので、そこまで気にしなくても構いませんよ。それに、見てあまり参考になるかどうかは……」

 

 やや歯切れの悪い川崎の言葉に何となく嫌なものに近い予感がしながらも初音は渡された紙を見る。じーっと無言で紙に印刷された内容を見ていくこと数十秒、見終わった初音は紙を見るために伏せていた顔を上げて一言だけコメントをした。

 

「確かに、参考になりません」

 

 素直に思った感想を言う。川崎もその反応は予想通りだったのか、やはり苦笑いを浮かべる。

 

「見てお察し頂けたかと思いますが、要求される反応速度や身体の基本的な能力がとても高い。男性、ということを差し引いても尚です。我が社にも機体テストのためのパイロットを務められる職員は幾らか在籍していますが、口を揃えて『体の方が持つか分からない』と言う有り様ですよ」

「でしょう。私も……正直怪しい。近接戦と、基本のフィジカルを相当に鍛えていなければ誰だって無理かと」

 

 細々とした説明は敢えて省くが、一夏が本人的には納得のいくように簪や本音のヘルプの下で調整を行って来た白式は、いつの間にか最初の状態以上に乗り手を選ぶ機体に変貌していた。そしてその第一であり最重要とも言える条件が基本的な身体能力の高さだ。

 例えば瞬時加速、それを応用した種々の瞬間的な加速技術を用いるなら緩和しきれない、もしくはコアの演算リソース確保のために敢えて軽減率を下げて受ける度合いを大きくした、加速によるGなどの負担に耐える頑強さが求められる。例えば近接戦で剣を振る。より素早く、より強く、それらを両立させながら剣を振り続けようとするなら、よりISのアシストの恩恵を大きくするために腕の筋肉の膂力や、負担に耐える筋肉のしなやかさや関節の柔軟性を要求される。

 機密事項故に初音も川崎も仔細を知らされていない過日の学年別トーナメント第一学年の部で発生した事故、その際にラウラの駆るレーゲンが起動させたVTシステムも危険性の一部はこのことに関連する。先の事件で発動したVTシステムは現役のIS乗りとしてほぼ絶頂の時の千冬、時の彼女が纏っていた暮桜の動きを機械的ながらもほぼ完全に再現していた。であれば当然、自由意志は無いとはいえ機体の乗り手でもあるラウラもその動きを強制的に行わされていたことになる。そして偽の暮桜が行っていた挙動はラウラの身体能力で行えるレベルを上回るものだった。ここまで来れば凡その人間が察することだろう。ハードウェアにスペック以上の働きを要求すればどうなるか、壊れるのが当たり前だ。ラウラの場合に関しては救出も比較的早かった事があり、しばらく体の各所の痛みに悩まされる程度だったが、それでもVTの危険性を示すには十分だ。

 

 話を戻す。結論のみを簡潔に言えば、今の白式は一夏の身体能力や蓄積させてきた技術があってこそ操れるものであり、それを満たさない者が駆ったところで振り回されるのがオチというわけだ。その事実を十分に理解しながら初音は乗り手を自身に置き換えて考える。

 果たして自分が白式を駆る時、どれほど十全に操れるのか。一口に近接戦と言ってもタイプは色々だが、同じ"刀"を主眼に置く剣士として白式は相性的には初音に通じているという自信はある。近接戦という枠に限れば性能も十分に高い。その上でいざ白式、あるいは同等の機体を得た時に満足に動かせるか、考えて僅かに眉間に皺が寄る。

 

「一つ、聞いても?」

「はい、何でしょうか?」

「今回の新型、白式の実質的後継機。つまり、やろうと思えば白式と同等の機体にできると?」

「不可能ではありません」

 

 静かに、だが重みを以って発せられた初音の問いに川崎もゆっくりと頷く。

 

「今後、新型が正式に打鉄に代わる存在となれば、その性能やチューンは流石に白式に後塵を拝するものとなるでしょう。先ほども言ったように、今の白式は常人には扱いにくい。ですが、例えばこの選抜で選ばれた生徒のように専用的に扱えるのならば、我々はその者の望むチューンを、改装を、可能な限り行うつもりです。それは勿論斎藤さん、貴女も例外では無い」

「……そうですか」

 

 それだけ聞ければ十分だ。なればこそ、決意は固まった。

 

「私は、IS乗りである前に一人の剣士です。それは、織斑もおそらく同じ。私も、純粋な私だけの力で示します。この新型、勝ち取るのは私のみだと」

 

 脳裏に親友の顔が過った。彼女のこともあると言えば嘘では無い。だがそれ以上に、初音自身がこの選抜を勝ち抜きたいという意思の方が勝っていた。

 

「なるほど、良い目です。貴女の決意、確かに聞き届けさせて頂きました。今後の選抜過程での貴女の活躍、楽しみにさせて頂きます」

 

 その後も少しの間だが会話は行われた。やはり内容はこの手の面接として当たり障りのないものだが、一つだけおそらく初音との間にしか出ないだろう話題もあった。それは初音の親友、とある事情により辞退をした司のこと。

 

「その後、沖田さんの方はどうされていますか? 私もある程度の事情は伺っていますが、やはり彼の推挙ということで注目もしていたので少々気掛かりでして。あぁいえ、話しづらいなら無理にとは申しませんが」

「……特に変わりは無く。ただ、今後のこともあるので教師との話し合いは増えました。部活も、少々休みがちです。……正直、整備課への転科も現実味が深まってます。今も、その辺りで先生と話しているはずです」

「そうですか……。何かと大変でしょう。心中、お察し致します」

「いえ。司も、前向きではあるので」

「そうですか。――慰め、と申しますか励ましと申しますか、もしも今後、沖田さんがそちらの方面での進路を考えているのでしたら、将来的には是非我が社も視野に入れて欲しいとお伝え下さい」

 

 不意の言葉に初音はどういうことかと小さく首を傾げる。

 

「もちろん、入社に際しては我が社の方で求める能力が要されますが、それをクリアできればむしろ願っても無いことなので。資料として沖田さんの経歴や戦績、実際の映像なども拝見させて頂きましたが、素晴らしい腕前です。彼女のように乗り手としての高い経験もある技術スタッフというのは願ったりですからね」

「……一応、話してはおきます」

 

 小さな、本当によく見なければ気が付かないほどの小ささだが、初音の浮かべる表情に僅かな変化が生じる。川崎もかろうじて気付き、気付いたからこそ話して良かったと思えた初音が浮かべた表情、それは小さな笑みだった。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 部屋を出た初音は近くで待っていた次の生徒にそろそろだと伝える。それを以って用を全て済ませた初音は手持ち無沙汰となってしまったためにこの後どうしたものかと考える。この辺りはやはり現代的な少女の性というやつだろうか。何もすることが思いつかないとふと携帯を取り出してメールなりのチェックをする。

 

「ん?」

 

 ちょうど運良く、というわけではないのだろうがメールが一通届いている。差出人は同じクラスの生徒だ。珍しいと思いつつも何事かと思い送られたメールを開く。画面に表示された文面を読み進める内に初音の表情は見る見るうちに険しいものになっていた。そして読み終えると同時に携帯をポケットに仕舞うと早歩きで動き出す。向かう先は武道系の部活や授業のために設けられた道場の一つ。送られてきたメール、その内容は要約するとこのようなものであった。「織斑一夏vs更識楯無 in 道場」

 

 

 

 

 

「またまた急な呼び出しでごめんなさいね」

「いや、こっちも予定詰まってるってわけでもないんで」

 

 放課後になり程なくして、一夏は再び生徒会室に足を運んでいた。HRが終了すると同時に届いた簪からのメール、そこに記された楯無からの要件ありという理由による生徒会室への呼び出し。またこの前の学園祭の頼み事に関することかと思いつつ、無碍にもするわけにはいかないので素直に生徒会室に向かった一夏だが、最奥の生徒会長用デスクに座したまま一夏を迎えた楯無の姿に、瞬時にこの前とは別件かつそれなりに真面目な話ということを察する。

 

「それで、今度の要件は何ですか? どうにも雰囲気が少しばかりマジなんですが」

「そうね。マジ、うん。結構マジね。ねぇ一夏くん、一つ質問をさせて貰って良いかしら? 君は、自分で自分のことをどう思っているのかしら?」

 

 またいきなり意味不明な問いで来たもんだと思うも、一応雰囲気自体は真面目なものなので疑問は残しつつも真面目に答えようと考える。

 

「そうっすね……。どうって言われてもすぐにこうだって言えるわけじゃないですけど、そんな大した人間でも無いとは思いますよ? そりゃあ、世界初で現状唯一の男のIS乗りだとか、この辺自覚はありますけど武術家としてのレベルとか、そりゃ特異というか変わってるというか、そういう部分があるのは自覚してますけどね。けど、オレ個人という人間はそんな大層な人間でも無いと思いますよ。頭の出来だって人並み、食い物の好き嫌いや人付き合いの好き嫌いだってあるし、学校の勉強よりダチと馬鹿やってる方が楽しいですし。ISのアレコレだとか武術だとか、そんなのが無ければそこいらの一般市民の男子高校生A程度のもんじゃないですかね」

 

 別に謙遜をしているわけではない。大真面目に、心から、一夏は自分という人間がそうだと思っている。口ぶりこそ軽いものの、言う様は大真面目だ。欠片もふざけてはいない。そこは楯無も理解したのか頷いて了解の意を示す。

 

「そうね、確かに君自身の言う通り。実はね、君のことは簪ちゃんからちょくちょく話は聞いていたのよ。別に悪い意味じゃないわよ? 君の言う通り、君は至って普通の男の子よ。けど、それは君自身の人間的、人格的な話。公の立場にある君は、紛れも無く特別な人間」

「困ったことに、そうなんですよね」

 

 否定できない事実の指摘に一夏も肩を竦めるしかない。

 

「簪ちゃんから軽く話は聞いているって聞いたけど、君は私や簪ちゃんの家、更識という家が特殊な存在ということを知っている。なら、その辺りの事情の理解もしてもらえると願っているけど、私たち"更識"という国家に仕える者にとって、『世界唯一の男性IS適格者(オリムラ イチカ)』は見過ごしておくことはできない存在なの。良くも悪くも、ね」

「一応、お察しはしますよ。……一つ、聞いても良いですかね?」

 

 話を遮っての一夏の質問。だが一夏に関することであれば可能な限り引き出したい楯無としてそれを拒む理由は無い。特にどうということも無く続きを促す。

 

「自意識過剰乙、なんて言われたらそこまでなんですけどね。オレは簪と、貴女の家のお嬢とそれなりに仲良くやってるわけですわ。で、さっきの貴女の言葉でちょっと思ったんですけどね、簪がオレと絡むのは結局――」

「それは無いわ」

 

 一夏が言わんとすること、それを察した楯無はすぐに否定する。

 

「そうね、まったくってわけでもない。何だかんだで君との良好な関係ってものは更識(ウチ)にとってはプラスになる。そういう面が多少なりとも含まれているのは事実だけど、同時に簪ちゃんが純粋に友人として君と接しているというのも、紛れも無い事実よ」

「言い切るんですね」

「そりゃもちろん、あの娘のお姉ちゃんですもの。ほら、簪ちゃんって結構風変りなところあるじゃない? だから友達付き合いとか大丈夫かなーって私も結構気にしてるのよ。だから、その点に関しては君にも感謝の念はあるわ」

「さいですか。けどまぁ、ちゃんとしたダチってなら良かった」

 

 割と本気で安堵した様子の一夏に楯無も意外そうに首を傾げる。

 

「ちょっと驚いたわね。なんて言うか、そういうのを気にするなんて」

「さっきも言ったでしょうよ。オレって人間は結局普通の青春まっただ中の十五歳と十一カ月半の男子ですよ。別に打算ありきの付き合いでも良いですけどね、ダチと思ってた相手が実は打算だけってのは流石に寂しいでしょうが。こっちは大真面目に簪のことはダチと思ってるんだから」

 

 その答えに楯無も微笑を浮かべる。

 

「そう。あの娘のお姉ちゃんとしてその言葉は素直に嬉しいわ。そして、できれば私も君とは仲良くなりたいとは思っている」

「そりゃどーも。まぁ友達の身内と仲が悪いってのもどうかと思いますからね。そこはオレも同意させてもらいますよ」

「ありがとう。けど、けどね。残念なことにそう上手くは行かないのよね。私たち姉妹も、君も、特別でも何でもない普通の男の子と女の子なら話は簡単なのだけど、生憎と私は"更識 楯無"なの。君という存在が、未だに不明瞭である以上は早々簡単に事を運ぶわけにもいかない。

――ちょっと話が寄り道しちゃったけど、私が君をここに呼んだ本題を伝えるわね。今度の学園祭にも関連することだけど、その裏事情ってものについて君には是非とも私たちの、そうね。今のところは生徒会って認識で良いかな。その側に着いてほしい。けど、お願いをする立場で勝手なことを言ってるって自覚はあるけど、仮に君が話を受けてくれたとしてそうホイホイ入れるわけにもいかないの。何せ、こちら側に着いて貰った暁には色々と表にはできないような話もしなきゃならないから。そしてそう簡単にいかない理由、それはさっきも言ったように私たちにとって君という存在が未だに不明瞭であるということ」

「つまり、その不明瞭な部分をオレ自身で明らかにしろ、と?」

「そうね、その認識で構わない。けど、もしかしたら聞いても君からは言ってくれないかもしれない。ならばどうするのか、こりゃもう私たちが折れるしかないのよね。一か八か、君を信じるという選択を取るってことしか。だから、せめてそれだけは、君が私たちが信じるに値するかどうか、それを確かめたい」

 

 そう言って楯無はデスクから立ち上がると一夏の目の前まで歩いてくる。

 

「聞くに君は武術家としての自負ってやつが中々に強いらしいじゃない。奇遇ね、私もなのよ。お家柄ってのもあるけど、結構色々仕込まれていてね、腕もそれなりに立つって自覚はあるし、君と同じように武術家ってものへの自負もそれなりにはある」

「それで、どうすると?」

 

 聞く一夏の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。何となく、いや、ほぼ確信に近いレベルでこの先の展開を分かっている。だがその上で敢えて聞いているというような顔だ。

 

「必要な手配は既にしてある。後は君の承諾だけ。一手、手合わせを願えるかしら?」

 

 答えなど決まりきっていた。

 

 

 

 

 

 学園敷地内の一角、そこは普段ならばそこでの用がある者のみが出向き、それ以外の時はほぼ立ち寄る者など居ない場所だ。敷地内に幾つかある道場、だがこの日に限ってそこにはギャラリーの塊ができていた。

 

「まったく、いきなりクラスの娘からメール来て何事かと思えば、一夏(あのバカ)は今度は生徒会長に喧嘩吹っかけたってわけ?」

「ちょっと違う。お姉ちゃんの方が仕掛けた」

「だとしても、なんでまた」

「さぁ、お姉ちゃんにはお姉ちゃんなりの考えがあるんじゃない?」

 

 ギャラリーの最前、いち早くやってきた鈴と簪がそんな言葉を交わす。少々離れてはいるが、同じギャラリーの最前には一年の専用機持ちの他の面々も揃っている。

集ったギャラリーの存在が示すように、一夏と楯無の突然の試合は既に学内の広くに知れ渡っているのだが、その情報をいち早くキャッチしたのが簪だ。そして彼女を起点に同じ専用機持ちや候補生、学内限定のコミュニティページなどを使って情報が拡散した結果、現在に至るというわけだ。

 

「篠ノ之、どう見る」

「どちらだ?」

「どちらもだ」

「そう、だな。一夏はいつも通りだな。普段と何ら変わらん。特に気負っている様子も無い。事の経緯は知らんが、この様子だと案外重大な理由でも無いと思うが、何にせよ普段の調子を崩していないのは大きい」

 

 ラウラが隣に陣取る箒に道場の中央で佇み、互いに手足を回したりなどのウォーミングアップを行っている両者の見立てを問う。

 

「そして更識会長の方だが、どうにも分からん。あの人の普段の様子など知らんが、あまり気負っている様子でも無さそうだ。そこは一夏と同じだな。あとは――どうにも掴みどころが見つからん。雰囲気が飄々としていると言うか、どうにも厄介そうだ」

「そうか」

 

 ラウラは眼帯を外し、秘められた片目を表に出していた。始まる前からして、立ち会う両者の全てを見抜かんとする意気込みの表れだ。その意気込みには理由があり、それはラウラ以外にもこの場に集ったギャラリーの中でも一夏を知る者が共有するものだ。それはセシリアとシャルロットも例外ではない。

 

「さて、この勝負でどれほどに織斑さんの深部を見られるのか。仮に叶ったとして、それがわたくしたちの為したことではないというのは少々悔しいですわね」

「仕方がないよ、セシリア。ISならともかく、こういう生身じゃ僕らは織斑くんには到底及ばないんだから。実に満足できないことにね。君もそうだし、僕もだけど、候補生の最低限の心得として軍でそれなりに格闘術も教えられた。けど、結局は心得止まりなんだよねぇ。彼の場合は、文字通り人生そのものなわけだし」

「その努力と勝ち得た実力には素直に敬意を表しますが……。いえ、今は言う時ではありませんわね。興味深く、観戦させて頂きましょう」

 

 授業で行われる護身術指導を始めとして、ISに限らず生身でも一夏が技を奮う場面は幾度と無くあった。だがその本来の技量を制限されたISでならばともかく、生身の状態において一夏が本気、あるいは全力を出したことは少なくとも集まった面々の記憶にはない。理由は至極単純、生徒の誰一人としてそこまで一夏に迫ることができていないからだ。

特に臨海学校以降はそれに輪が掛かっており、少し穏やかになったと言われる普段の表情を欠片も崩さないままに練習の組手では相手を封じ込める。一夏を除き、特に実力が高いだろう眼帯を外し本気になったラウラでさえも届かなかった。更にまだ回数こそ少ないものの、夏休み後の授業で一夏をその手の練習をした面々は口を揃えて『もうアイツ手が付けらんねぇ誰か何とかしろマジで(要約)』的なことを言ったほどだ。

そうして今まで誰もが実は目にした事の無かった織斑一夏の武人としての全貌、それを見ることが叶うのではないかという期待を抱いていたのだ。もちろん、相手である更識楯無にそれだけの実力があればの話となるが。

 

「おそらくだが、可能性は高いだろうな」

 

 静かにラウラは呟く。聞き取ったのは隣に立つ箒だけだ。箒の意識が自分の方に向いたことに気付いたラウラは説明するように言葉を続ける。

 

「あのサラシキという生徒会長、実力は間違いなく本物だ。実物を見たのはこの学園が初めてだが、あの女はISの業界では少々名が知れていてな。どういう経緯かは知らんが、特別研修とやらの名目でロシアに特別訓練生として派遣されたかと思いきや、ちょうど当時のロシア国家代表が一線を退き後釜の決まらないまま空いたその座に、正式な代表が決定するまでとは言え代理で納まったという」

「つまり、正式ではないとは言え国家代表の一員ということか?」

 

 国家代表、その言葉が生まれたのはかつて二度だけ行われたISの国際的な戦闘競合の折だ。国家の代表操縦者として選出された故の国家代表。件の競合自体が殆ど潰えたと言って良い今でも、その肩書はISを保有する国家においてIS乗りとして最上にあると公に認められた証に他ならない。

 

「そういうことだ。つまり、肩書の上では教官――織斑先生や私の母国でのとある上官に並ぶというわけだな。実力差はどうか知らんが、曲がりなりにも代理とは言えあのロシアがその座に納めたくらいだ。伊達で無いのは間違いない。用いるISのスタイルによってはこのような形での試合は本領ではないかもしれんが、それでもそれなり以上にやることは間違いない」

 

 国家に正式に所属登録がされたIS乗りはその殆どが各国軍部の預かりとなる。であれば、先のセシリアやシャルロットの会話にあったように相応の戦闘技術も修めている。そして仮に近接戦を行う機体の乗り手ならば、その実力は格闘技のプロたちと比べて何ら遜色はない。

一つの例としては米国国家代表のイーリス・コーリングが挙げられる。ほぼオールレンジに対応するとは言え、ファング・クエイクという近接型の新鋭機を操る彼女はその技術の下地にボクシングを選び学んでおり、純粋それだけでもトッププロ級の腕前という。そしてもっと分かりやすい例が千冬である。こちらに関しては言わずもがな。更に付け加えるならば別例としてドイツの元国家代表エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルクが挙げられる。ISこそ砲撃戦のスタイルだが純粋な生身の実力でも相当なものであり、同時に剣の名手でもあるという。

 

「……」

 

 小さく喉を鳴らして唾を呑み込み、箒は改めて道場の中央に立つ両者を見る。勝敗の行方だとかどっちの勝ちを望むとか、そんなことはまるで考えていない。ただ、これから見る全てを糧とすべく目に焼き付けてやろうという意思のみがあった。

 

 

 

「さて、そろそろ頃合いかしら?」

「です、ね。んじゃあまぁ、やりますか」

 

 そんな風に軽く言葉を交わして一夏と楯無は改めて向かい合う。

 

「あぁ所で会長さん。一つ聞いても良いですか?」

「ん? 何かしら?」

「いやね、簪にお宅のお家事情ってのをチョロッと聞いた時に、何か忍者の家系とかって言ってたんですけど、マジですか?」

「そうねぇ。一応、そういうのが源流にあると言えばそうね。ただ、伊賀とか甲賀みたいな有名どころってわけでも無いんだけどね。実は私もそこらへんは細かいところはよく覚えてないのよ、必要ないから。実家行けば分かると思うけど、それがどうしたの?」

「あぁいや、だったら一応礼儀というか、ちゃんとした試合の手順は踏んどかなきゃって思ったんですよ。ニンジャ相手なら?」

 

 はて、いま忍者の読み方が妙に変だと思ったのは気のせいだろうかと楯無は首を傾げる。そんな彼女の様子などお構いなしに一夏は背筋を伸ばし居住まいを正すと、開いた両手を胸の前でピタリと合わせてキビキビとした動きで腰を折って挨拶の口上を言った。

 

「ドーモ、サラシキ・ニンジャ=サン。オリムラ・イチカです」

 

 ガクッ、もしくはズルッと、ギャラリーの一部が崩れるような気配が挙がった。簪は崩れこそしなかったものの、額に軽く手を当てて「アイツやりやがったよマジで……」と言いたげな様子を示している。同時に携帯で数馬に事の流れを送っており、それを見た数馬が爆笑することになるのだが、それは今はどうでも良いので置いておく。

 

「えーっと……」

 

 どう返せば良いんだろう、それが楯無の率直な感想だった。丁寧なのか、それとも実は不真面目なのか、判断がしにくい。そんな楯無の困惑が分かったのか、一夏も助け舟を出すことにする。

 

「あー、とりあえず適当に挨拶を返してくれりゃ良いですよ。あぁでも、お辞儀は必須で。というわけで会長――お辞儀をするのだ!」

 

 AA略ということで。正直何のことだからもうさっぱりだったので、とりあえずそれっぽいことで流そうと楯無はペコリと頭を下げながら「よろしくお願いします」とだけ言う。

それはそれでマーイーカと思ったのか、一夏はスッと流れるように構えを取り、楯無もまた構えることで応じる。直後、脱力しかけていた場の空気が一瞬にして緊張に包まれた。たった二人、一夏と楯無が臨戦態勢に入った気配はそれより遥かに多い人数であるギャラリーの発する空気をいとも簡単に塗り替えた。その事実が指し示すところを明確に理解した最善に陣取る者達を始めとする一部の面々は改めて緊張の面持ちとなる。

 

「いざ――」

「参る――」

 

 さながら相撲の立ち合いの如し。互いに呼吸を合わせたかのように同時に動き出し、次の瞬間には腕が交差していた。

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ……」

 

 箒の口から驚愕とも、戦慄とも取れる呟きが漏れる。直接口に出してこそいないが同様の反応はギャラリーの多くが共有している。

始まった手合わせは素人目で見たとしてもハイレベルと言えるものだった。高速で繰り出される技の応酬、奮う剣のごとく鋭く放たれる一夏の拳や蹴りを楯無が水のごとき動きの柔らかさで軽やかにかわしていく。一秒一秒がそれ以上に長く見える、それを体感するほどに密度の濃い内容だ。故に実際に技が交わされたのは時間にして一分も無い。精々が三十秒と少し程度だ。それはあまりに唐突だった。

繰り出された一夏の拳、一見すれば普通の拳に見えるが、その実は必殺を狙ったものかもしれない。ギャラリーの目にはそれは定かではないが、何にせよ一夏が一撃を繰り出した。直後、一部の者はまるで楯無の動きが一夏と一体化したように見えた。そうして殆どの者の目に見える形で映ったのは、いつの間にか一夏の懐に潜り込んだ楯無がガラ空きとなった一夏の胴に一撃を叩き込み、受けた一夏が驚愕の表情と共に数歩後ろへ下がり膝を着いた光景だった。

 

「……」

 

 誰もが無言の中、楯無は静かに一夏を見つめている。間違いなく会心のクリーンヒットを叩き込んだはずなのに、その表情には喜びなどのプラスの色は欠片も無い。むしろ、より警戒を増しているようにすら見える。

 

「会長が、勝った……?」

 

 呟いたのは誰だったのか。ギャラリーの内の一人だろう。小さな声だったが、シンと静まり返った道場ではその呟きも全員の耳に届いていた。そしてその呟きにまっさきに否定で反応したのは他ならぬ楯無だった。

 

「いいえ、違うわ」

 

 首を横に振り否と言う。ギャラリーの内、多少なりとも楯無と交友のある者はその声から普段の軽さが完全に抜けているのが分かった。

 

「本番は――これからよ」

 

 それはどういうことか、誰かが訪ねようとした。だができなかった。ギャラリーの誰もが言葉を発することができなかった。理由は単純、それどころではなくなったからだ。これから――楯無がそう言った瞬間、両者が構えた瞬間の緊張すらぬるま湯に感じる、寒気に近いものが全員の背を走り抜けた。

楯無は静かに前方のみを見つめている。ギャラリーを襲った寒気、恐怖感という正体の発生源はその視線に先にこそあった。

 そこにあるのは依然床に膝を着いた一夏。だがその目線は上を向き、真っ直ぐに楯無を射抜いている。そしてその瞳にはただ一色、闇が広がっていた。

 

 

 

 

 




 というわけで前半は初音先輩と白式の整備でお馴染みとなった(と信じている)川崎さんのお話しタイムです。作中でも言及しているように、初音先輩が行って他の選抜候補者も行う予定のこの面談、別に面接試験とかってわけじゃありません。
純粋に今後のためのコミュニケーションの一環としての措置です。まぁ選抜の判定要因にもなってるっちゃなってますが。
 あんまり喋らない系キャラ(と伝わっていると信じている)初音先輩ですが、こういう場面のように必要な時にはちゃんと喋ります。ただ、本当に必要と本人が判断した以外には喋ろうとしないだけです。あと喋るのダリィと思ってる節も若干あったり。

 転じて一夏とたっちゃんパート。
最近とみにちゃらんぽらんが進んでいる一夏と、基本軽いノリキャラの楯無という組み合わせですが、実はこの二人の組み合わせの場合は意外と真面目モードだったりします。もちろん、ボケ倒すときもきっちりある予定ですが。多分。
 あと、一夏が簪のことをきっぱりと友人だと言いましたが、何も簪に限った話じゃありません。他の専用機持ち達、クラスメイトを始めとして学内の親交のある面々、一様に一夏は友人だと認識しています。軽くネタバレ気味になるかもですが、原作みたいな襲撃事件が発生して学園の生徒に気概が及びそうになった場合、一夏もまず第一に防衛に回ります。まぁ問題はその防衛のために外敵の排除(つまりはぶっ○しちゃう)を遠慮なくかます確率ドンなとこですが。
 ちなみに友人であっても、弾と数馬は別格。これは多少付き合いの長い箒や鈴、何気に趣味や嗜好でウマの合う簪ですら及びません。というか、「姉」「師匠」に並ぶ「親友」という特別カテゴリーだったり。……だからって何でホモネタが頭から湧いてくるんだよ……
壁ドン股ドンからのフォーリンラブでドンとかふざけんなよマジ。全部甘粕と狩摩が悪い(阿片スパァ

 そして一夏vs楯無。
まぁ話の流れとしては決闘者流に言うなら「お互いに分かり合う必要がある? よし、決闘だ!」って感じです。もうまんまそれ。他に言い方は思いつきません。
 アイサツやお辞儀は、まぁご愛嬌ということで。
で、次回へ続くと。学園の女の子たちは今まで見たことのない一夏の姿を見ることになる。多分……

 今回はここまでです。感想、質問は随時受け付けています、募集中です。どんどん書き込んでください。
 それでは、また次回更新の折に。


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