或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 というわけでイッピーvsたっちゃん、後半戦ファイッ!

 作中で出てくる技は一部を除いて割と元ネタありきだったりします。是非当ててみてください。いや、割と分かりやすい気もしなくもないですが。
「この技に ピンときたら 感想欄」


第五十八話:流水 対 修羅

 手強い――そう認識したのは仕掛けてから二手目だ。師という例外中の例外を除いて、生身の状態で一夏にそう感じさせた直近の記憶はあのゲイ――もとい蛇駆・欧だ。

だが目の前の少女、更識楯無はそれを上回ると一夏の思考は瞬時に判断を下した。総合的に見ても蛇駆よりは上回っているだろうし、結果としては勢い任せ地力任せのゴリ押しが通じた蛇駆とは異なり、ただ技を叩きつけるだけでは勝機は殆ど見えない。

 

「シッ」

 

 鋭く息を吐き出すと共に空気を切り裂きながら絶え間なく拳と蹴りを織り交ぜた攻撃を繰り出す。初手から全てを出してはいない、様子見にあたる段階とはいえ決して気を抜いては居ない。引き出す分こそ限ってはいるが、その上で一切の容赦もない本気で挑んでいる。

初手、二手目――楯無が実力者であるという確証は持っていたため、抑えているとは言え同級生たち相手には殆ど一切、ラウラや箒と徒手空拳での組手をした時にギリギリ二人が引き出せるかというレベルで始めた。そして結果はあっさりと余裕を持っての回避。続く三手以降はより出力を上げていく。この段階で既に同級生たち相手には出したことのないレベルだ。視線こそ向けないが、ギャラリーの中にある知己の面々が驚きを露わにする気配を感じる。仮に彼女ら相手にこの状態で相対したとすれば、文字通り何もさせずに無力化をできるだろう。級友たちには悪いが、それだけの実力の開きがあるのは事実なのだ。なにぶん学業ではむしろ劣等生の身の上、せめて実技(コチラ)でくらいは勝っておかないと格好がつかない。

さて、では相手の楯無はどうかと言うと、出力を上げても依然変わらずに対処を続けている。こちらの攻撃をいなし、かわし、逆に反撃をしてくる。無論一夏も素直に相手の技を受けるつもりは無いので同じようにいなしかわし、反撃する。その繰り返しだ。接近し、互いの制空圏が重なっていることで両者共に相手の動きを反射に近いレベルで感知し対応している。加えて、共に技の交差の最中であっても冷静な思考の維持を是とする静の武人。ギャラリーがどよめく高速での技の応酬の最中でも次の仕掛けの練り、相手の分析は途切れることなく行われていた。

 

(なんだこの感じ……?)

 

 技の応酬が始まって十秒少々経ってから一夏の思考の片隅に一つの違和感が生じた。こちらが貫手を繰り出し捌いた楯無がそのまま懐に潜り込んで投げを取ろうとしてくる。それを振り払いながら前蹴りを出せば楯無は僅かに後ろへ身を引きギリギリのところでかわす。お返しとばかりに回し蹴りを出してきたのを、今度はしゃがんでかわして足払いに繋げようとする。

絶え間ない技の応酬と互いの手の読み合い、戦略構築の中でごく小さいながらも生じたその違和感を一夏は無視しなかった。伊達に人生の殆どを武道に費やしてきたわけではない。師に弟子入りしてからは修行の一環とはいえそれなり以上の状況に直面したことはあるし、少々恥ずかしながら一夏自身でも路上の喧嘩などで、いわゆる勝負勘というものは培ってきた。こんな仕合の只中に生じた違和感などその勘の産物以外にありはしない。

そしてただ違和感が生じたからと言って漠然と警戒するだけではまだ足りない。その違和感が何なのか、より理論的に解して正しい対処を取るために意識を新たにして再度楯無の動きを観察する。だが始めから特に変わって見えるところは無い。あるいはこのまま千日手になるのではと予測がチラつくくらいに延々と攻防が続く。

 

(それにしてもこの感覚、暖簾に腕押しってやつかね)

 

 当てにいった拳を流され、ある意味当然と言えば当然なのだが手応えの無さに諺の一つを思い浮かべる。だが楯無の場合は格別と言える。

見れば分かる当たり前のことだが、楯無は女性だ。生物学的にどうしても身体能力の発達という点で男女の有利不利が生じるという事実を避けることはできない。流れるような回避はそうした頑強性の不足をカバーするため、ついでに無駄な体力の消耗を避けるためだろう。理に適っている。

更に楯無の動きは中々に掴みどころを見つけにくい。続く技の応酬は目まぐるしく状況を変えている。その状況状況に応じて最も適している動きを選択、流れるように取っている。

 

(まさしく水、か)

 

 前に楯無がISを駆るところを目撃した箒の談によれば楯無のISは水を操るものだと言う。こうして直に相手をするとなるほどと思う。受けた衝撃を散らし無意味なものに変え、自在に形を変える流水――

 

 

 

 一夏はここで気付くべきだった。水の流れを纏うかのような楯無の動き、その表現に思い立った時点でもしも彼がその意味するところに気付いていればその直後の展開は避けられたかもしれない。とは言え、その展開があったからこそ仕合はより互いの深奥を引き出すことになったのだから、それはそれで一つアリとも言えるのだが、その正否は今は問わないでおく。

一夏が気づかなかった原因は何か? 強いて上げるとすれば彼の武人としての自負の高さ、それこそが仇になったと言える。加えるとすればもう一つ、相手に対する情報不足も挙げられるか。

 紛れも無い事実として、一夏は十代としては最高峰の域にある実力を有している。持って生まれた際、それを育てた師、積み重ねた修行などの経験、どれも特上の物が揃っている以上はある意味で必然だ。少なくとも一夏と同年代で彼より明確な差を付けて上の実力を持っているのであれば、それはもう彼の師やその盟友に匹敵するイレギュラーだ。そんな存在、世界には早々存在しない。

十代に限らず、より上の年代を見ても彼を打ち負かせる人間は少ない。可能性はあるかもしれない、というレベルならそれなりには居るが勝ちが確実視できるとなればその数は激減する。当てはまるとすれば、武人として今の一夏より明確な格上としてある者くらいだろうか。そんな強者としての自負、それは本人すら気付かない、叱責できるとすれば彼の師くらいしかいない極めて希薄な慢心、でなくば枷となったいた。己こそ強者、その自負の強さがである。

 

 そしてもう一つの理由が楯無という人間そのもの。

先に挙げた一夏に勝ち得る可能性を持つ者、その枠組みには彼女も含まれる。流石に確実にというわけでは無いが、可能性自体はむしろ高い方だ。武人としての総合を見るのであればむしろ一夏の方が若干ながら上回っている。だが今の状況、無手での仕合においてはその限りでは無い。忘れてはいけないのが、一夏はあくまで剣士こそが本業だということ。師の方針で無手も十分に鍛えられているが、剣こそが本領であること、その本領に比して無手はやや劣ること、それは厳然たる事実だ。

対する楯無はその真逆。各種武器術も十分なレベルで習得しているが、最も得意とするは無手による戦い。両者の違いはそれぞれの師を考えればごく当然のこと。片や剣を極めた者、片や無手を極めた者、より得意とするのが師の専門分野であることはあるのは想像に難くない。

即ちこの戦いは総合的に見てほぼ互角の、だが本領で無い一夏と本領である楯無という構図になっている。この時点でどちらに優位に働くかは議論するまでも無い。

 そしてもう一つの情報の差。一夏は楯無がどのような戦い方をするのか殆ど知らない。対する楯無は一夏がどのような戦い方をするのか、記録を見ることで情報として知っていた。ごくシンプルなそれだけのことだが、これも大きく響いたのは確かだ。

 

 そして、以上の要因が機能したことにより一夏は仕合が始まったその瞬間より楯無が狙っていた仕掛けに気付けなかった。

そしてその瞬間は訪れる。

 

 

 

「なっ――!?」

 

 小さな、だが確かな驚きの声が一夏の口から洩れる。流されるのであればそれを許さなければ良い。当たることに、接することに、意味がある一打を放った瞬間にそれは起きた。

確かに当てにいった一打、それは紙一重の所で楯無に躱される。そしてその光景は一夏の目にはまるで拳が楯無をすり抜けたように見え、次の瞬間にはピタリと一夏の動きの流れに完全に合わせながら懐へと潜り込んでくる楯無の姿を捉えていた。そして拳を躱されたその瞬間から変わらずにあること、それは楯無と一夏の視線が交差したままということ。そして、いつの間にか楯無の纏う制空圏が薄皮一枚レベルまで絞り込まれていたこと。

 

(馬鹿な、これはっ!)

 

 それが何であるか、一夏はすぐに気付いた。当然のことだ。それは一夏もまた使える技、師より奥伝の一つとして伝授された技法なのだから。

何故この技を生徒会長が、奇しくも数日前の楯無が影像での一夏に対して抱いたのと全く同じ疑問を一夏は楯無に対して抱いた。理由は極めて単純。互いの弟子は知らない盟友関係にある二人の師。この技はそんな二人の師が共同で編み出したものなのだから。それを知らない二人は共にこの技を"頂点と信じる"師の唯一、そしてそれを伝授された自分だけの技と思っていた。その認識が覆された。数日前に楯無、そして今この瞬間に一夏と続く形でだ。

共に感じた衝撃は同じ、だが状況が違う。特に何かを迫られているわけでもない状況故に何事も無く対応ができた楯無。対する一夏は仕合の、それも危機の真っ只中。そして一夏に関して言えばこの状況下でその衝撃はあまりに決定的なものだった。スルリと一夏の懐に潜り込んだ楯無、その眼前に晒された一夏の胴はがら空き状態だ。すぐに後ろへ下がり間合いより抜け出そうとするも既に手遅れ、それよりも早く楯無の一撃は繰り出された。

 

「ぐぅっ!?」

 

 繰り出された掌底が一夏の腹部を打つと共に炸裂するように衝撃が胴全体に広がる。瞬時に受けたダメージを判断、間違いなく効いた中々のダメージではあるものの耐えられない程ではない。このまま仕合を続行するのにも支障は無い。だが回避しようとしてしきれなかった不安定な状態での一撃だったために、流石にバランスを保ってはいられず数歩後ろへ下がらずを得なくなる。そして楯無からやや距離を取った所で思いのほか響いたダメージに思わず膝をつく。

 

「……はぁ」

 

 小さく息を吐く。手痛い一撃を貰ったがそれで怒りに思考が沸騰したりはしない。むしろその逆、一発貰ったからこそより冷静となるべく冷えていく。

いや参ったものだと胸の内で小さく苦笑する。手強いだろうとは予想していたが、まさか師から伝授された秘奥を逆に受けることになるとまでは考えていなかった。一発貰ったのが効いて頭が冷えているとは言え、これでも驚いてはいる。というより、今のような状況だから落ち着いて受け止められているのであって、そうでなければ大口を開けて唖然としていただろう。

 なんにせよ、これは少々意識を変えて臨まねばマズイと判断する。想定していた楯無の実力を上方修正、現状の無手という状況限定ではあるが、格上であることも可能性大として織り込む。同時に一夏自身もギアを変える。先ほどまでの状態では勝ちを取りに行くことは困難、改めて全身を巡る気を奮い立たせ出力を上げる。同時に相手への認識も変更、少々物騒になりかねないため一夏自身も好き好んでそうしようとは思わないが、目の前の上級生を何が何でも倒すべき相手と見なす。

それら一連の心身の転調は一振りの刀を鞘から抜くイメージと共に行われる。抜かれた刀は師より授かった極限の業物。そして抜き放たれたのは刃に留まらない。刃より更に奥底、織斑一夏が技を奮う上で決して避けられない、だが彼自身の自制によって制御され押し込まれ、凝縮された殺気もまた開放される。楯無に向けたはずのそれは、しかし一度瞬間的に周囲全体へと拡散した。

 ゆっくりと立ち上がり軽く両肩を交互に払うと改めて楯無に向き直る。楯無の方も先の一撃で終わったつもりなど毛頭無いらしい。一夏がそうであるように、彼女もまたここからが本番と認識している。

 

「いや、恥ずかしいところを見せた。汚名返上――と意気込むというわけでもないけど、続き、やろうか」

 

 

 

「マジなんなのよコレ……。これが一夏の本気って言うの? あたしも付き合いはそれなりに長い自覚はあるけど、こんなん初めてだわ」

「……」

 

 隣で震えを隠し切れない声で呟く鈴を見ながら簪は静かに事の推移を見守っていた。既に霧散し楯無のみに向けられているとは言え、確かに先ほどの殺気は一瞬だけとは言えかなりのものだった。軽く周囲を見回してみれば誰もが一夏の気迫に圧された様子を見せている。セシリアやシャルロットのように早い者は既に落ち着きを取り戻しているが、それもごく少数だ。更に人数が絞られるとすれば、それは簪のように多少反応こそしたものの、それでも身を竦めずに受け切った者だ。そしてその様子が見られるのは別の場所に立つラウラと、その隣に立つ箒だ。

 

(へぇ……)

 

 ラウラが耐え抜いたことは分かる。少し調べれば分かるが、ドイツでラウラを鍛え上げたのは業界でも千冬に並ぶ女傑として有名な人間だ。そんなのを相手にしごきを受ければ、まぁこれは耐えられるだろう。だが箒に関しては少々意外というのが簪の偽らざる本音だ。

別に侮っているつもりは無い。確かに現状では他の専用機持ちと比して実力面で不足している点は多くある。だが操る機体のスペックが高いのは事実であり、それは決して見過ごせない要素だ。そして何より重要なのは彼女自身の気の持ち様。臨海学校における騒動の終盤、福音に一人果敢に挑み勝利をもぎ取ったあの気迫、執念は生半可なものではない。そして最近は目に見えて実力面での成長も示している。これらのことから簪個人としては箒のことを十分に認めてはいる。ただ、それでもこの場面においては厳しいものがあるだろうと客観的に判断していたのだが。

 

「正直、割と一杯一杯なところはあるかな」

 

 大丈夫かと、自身も冷や汗までは隠せないまでも気遣わしげな視線を向けてくるラウラに、箒は一目で強がりと分かる笑みを浮かべながら答える。

 

「腕前という点でまだまだ至らないのは百も承知。これでも多少は以前より実力もついたという自負があるとはいえな。だがそれだけで耐えるに足りないならどうするか、後は気合と根性しか無かろう。せめて気持ちの強さくらいでは、張り合いたいからな。もっとも、それでもだいぶ足に来るくらいには危ういところだったが」

 

 その会話は簪にもバッチリ聞こえていた。つまり何か、箒は本来なら耐えるのも無理だったものを諦めなければ何とかなると根性だけで強引に乗り切ったというのか。一瞬、バカじゃねぇのコイツ的な考えが脳裏を過ったが、これはこれで一つの成果と認める。少々、箒に関しては認識を改めてもう少し上方修正をした方が良いらしい。さて、耐えた者、気圧されながらも立ち直りが早い者は別に良い。問題は別の方だと簪はラウラと箒に視線を向けたまま考える。視線を向けられていたことに気付いたのか、箒とラウラが同時に簪の方を見てくる。一度視線が重なり、三者ともに各々周囲を見回し、再び視線が重なる。そして何かを示し合わせたように小さく頷き合うと簪は口を開く。

 

「みんな、少し下がって」

 

 簪の言葉は特に声を大にしたものでは無かったが、依然静かなままの道場内ではよく聞こえる。先ほどの一夏の殺気が駆け抜けた瞬間の恐怖感が拭えていないのか、ギャラリーの半数近くはすぐに二人が立つ中央から距離を取る様に下がる。

残る半数少々は簪が何を理由としてそのようなことを言ったのか、雰囲気で簪に問うてくる。その反応に簪は小さくため息を吐く。先ほどの一夏が、おそらくは無意識にだろう放った殺気に対して恐怖感を感じるなり圧倒されるなりしたのは、まぁ仕方がない。だがそれを感じた上でこれは少しばかり察しが悪いのではないかと思う。

 

「ここから先は、ちょっと危ないかもしれない。少なくとも今の織斑君を相手にして無事で居られる人は、このギャラリーには私を含めて一人も居ない。それに、上級生の人達。お姉ちゃんの顔を見て。あのお姉ちゃんがあんな顔をしてるんだから、事のレベルは察せるはず」

 

 その言葉に楯無を多少なりとも知るギャラリーの内の二、三年は揃って楯無を見る。そして申し合わせたように驚愕を顔に浮かべた。

楯無の表情からは笑みが完全に消えていた。一年と半年近く前、IS学園に新入生として入学したその日から決して絶やすことの無かった余裕を示すような微笑。ISを駆り数多の相手と向かい合ってきた時を始めとする、学園生活の中で幾度と無くあった緊張を強いられてもおかしくない場面でも決して崩れる事の無かった笑みが完全に失せていた。眼光は鋭く真剣そのもの、唇は真一文字に引き締められ、隠し切れない緊張が表情に出ているのが分かる。

それが意味するところ、現IS学園生徒最高、不動の頂点を欲しいままにする更識楯無に脅威を感じさせているということに他ならない。おそらく、楯無はこの場のギャラリー全員に一度に勝負を挑まれようとも微笑を消さないだろう。だというのに、一夏はたった一人でそれを消しおおせた。それはつまりこの場のギャラリー全員よりも一夏一人が上回っているということ。ステゴロという限定的な状況下とは言えたった一人に他の全員の総力が劣っているという事実を突き付けられ、重ねてきた研鑽に自負を持っているだけに一部の上級生は悔しさを表情に滲ませる。だが事実は事実、そこにセンチメンタルな同情をしてやる義理も無い簪はただ淡々と事実を伝える。

 

「察せたようだから改めて。いま、お姉ちゃんと織斑くんが相当に本気の状態でぶつかろうとしている。分かったら下がる」

 

 言い終えると簪はそれ以上他のギャラリーにかかずらうつもりは無いのか、一人でさっさと距離を取る。それを見て他のギャラリー達もようやく動き出し、一夏と楯無の周囲には空白地帯が広がる。

 

「随分とキッツイ言い方するわね」

 

 どこか呆れたように横から鈴が簪に言う。だが彼女の言葉から不機嫌さは感じ取れない。簪の物言いに思う所はあれど、事実であるために割り切っているのだろう。

 

「事実だから。それに、そのあたりの差も分からないならそれは馬鹿としか言えない」

 

 隠すことのない本音に鈴はハイハイそーですかと肩を竦める。

 

「いーわよ別に。とりあえずステゴロじゃあ今はあたしが下、それは認めてやるわ。けど、いつかはギャフンって言わせてやるんだから」

 

 このすぐに諦めたりはせずにあくまで自己の向上を目指す姿勢、それは簪も嫌いでは無い。あるいはこの生来の気質とも言うべき長所が、凰 鈴音という人間をごく短期で候補生に押し上げたのだろう。

細かい部分ではやや違っているところもあるが、この辺りには通じるものがあると簪自身でも感じている。今は下であることに甘んじよう。だが、何時までもそのままで居るつもりは無い。あまり表には出さないが、更識簪はどちらかと言えば自分本位な部分が強いのだ。

姉か、友人か。いずれはどちらかを超えてやろうと思う。そのために今は見よう。二人が一体どれほどに本気をさらけ出すのか、それをじっくり観察し糧にする。そのために簪は平坦な表情を崩さないままにこの場の誰よりも強く勝負の盛り上がりを望んでいた。そうして、自分の役に立ってもらうとしよう。

 

 

 

 再度構えた一夏が小さく指の骨を鳴らす。さながら捕食者の威嚇行動のようだが、その程度で楯無は欠片も動じない。ただ静かに睨み合いが続く。

ギャラリーには感知しえない、相対する二人の間だけで交わされるイメージの攻防、このまましばらく続くかと思われた矢先にそれは弾けた。

動き出す両者、動き出したその瞬間がギャラリーの目に映り伝達神経を通って諸々の情報が整理される。そして一瞬の後にギャラリー全員が二人が動いたと認識したその時には、既に重い音と共に一夏と楯無の腕が激突し交差していた。

 

 轟っと大気の乱される音がギャラリーの鼓膜を震わせる。

 

 片方が拳を繰り出せば相手は受け流し反撃に転ずる。その反撃をいなしたと思えば更に反撃で返す。行っている流れ自体は仕切り直し前と大差は無い。だが、その動きの質は激変していた。

比較的動きを見取りやすい離れた場所からの観戦でさえ、少しでも気を抜けば目で追うことができなくなる速さ、加えて先ほどから鳴り止むことのない大気を打ち据える音が一撃一撃の持つ重さを感じさせる。正拳、貫手、熊手、掌底などの種々の拳。前蹴り、蹴りおろし、上中下三段の回し蹴り、目まぐるしい技の応酬の最中で流れにギャラリーは息を呑むしかない。おそらく集ったギャラリー中で最も鮮明に流れを捉えられるはずのラウラでさえ、眼帯の封印を解いたにも関わらず必死で追いすがろうと眉間に皺を寄せている。

その流れも一度途切れたのか、示し合わせたように両者は距離を取る。片手を天に、片手を下に、威圧と殲滅の意思を前面に押し出した天地上下の構えを取るのは一夏。対して両手を前にかざし守りの意思を示す前羽の構えを取るのは楯無。見る者が見ればすぐに二人のそれが空手の構えと分かる。

 

 この距離を取った再度の仕切り直しで再び変化を見せたのはまたも一夏の方。構えを解くと今度は別の構えを取る。やや上半身を小さく纏め、まるで肩を竦めているようにも見える。武道経験者も少なくは無いギャラリーも見慣れない構えに首を傾げる。唯一楯無だけが思い当たる節があるのか、更に守りを固めて万全の迎撃を整える。

動き出したのは一夏。一気に距離を詰めると再度ラッシュを仕掛ける。そして構えの変化による攻めの転調はギャラリーの目にも明らかとなっていた。時折牽制のようにジャブを撃ちながらも攻撃の中心は肘、そして膝にシフトしている。ただでさえ肘や膝による攻撃は相手に大きなダメージを与えるものが多い。現にルール化された現代格闘技では肘や膝の使用を禁じていることも珍しくない。だが一夏の技に、少なくともギャラリーの目には不慣れさは見受けられない。明らかに慣れた、肘や膝の使用も常態化している動きだ。例えば古流の空手には肘を用いた技などもあるし、そうした類を学んでいるのかと考える者もいるが、それも違う。今の一夏の動きは多様な技の一部としてではなく、完全に動きの中心として肘膝を用いている。そんな格闘技は――ある。知名度においては世界有数、立ち技に関しては上位にあるとも言われる格闘技が。

 

「ムエタイか――!」

 

 もっとも早く気付いたのはラウラ。思わず発した言葉に周囲の面々も得心いったようにハッとする。

 

(そう、確かにムエタイ。けど、これは厳密には違う)

 

 重機関銃の掃射のごとき一夏の猛打を捌き続けながら楯無は内心で否と唱える。確かにムエタイは現在の格闘技の中でも比較的強力な部類に入る。肘や膝を使う点を鑑みればそれはごく自然なことだ。だが他の多くの武術がそうであるように、現代へ至るに伴ってスポーツ化も進み多少は安全面にも配慮がされたものになっている。だが一夏の技にはそれが無い。一撃一撃、全てが必殺狙い。護身という武術の原点と同じ本質にして対極の位置にある効率的な必殺という果てを突き詰めようとするソレは、まさしく古き時代の戦乱の只中で奮われたものだ。故に一夏のムエタイはムエタイでありながらまた別のもの。古式ムエタイ(ムエボーラン)と見て相違ないだろう。

 両者の距離が僅かに縮まった瞬間、一夏の両腕が楯無の首目がけて伸びる。身を逸らすことで掻い潜ろうとするも一歩遅かった。何かが首に触れた、そう感じた次の瞬間にはまるで万力が締め上げるかのように凄まじい圧力が頸椎に襲い掛かる。だがそれを気にしている余裕はない。今の一夏の技はムエタイにシフトしており、この首へのホールドも首相撲と呼ばれる言ってしまえば技の前段階だ。本命はこの次。

骨を軋ませながらグイと一夏の両腕が引かれ、それにつられて楯無の体も前面に、つまり一夏の方に寄せられる。それと同時に迫ってくるのは楯無の胴を打ち抜かんとする膝蹴りだ。あんなものの直撃を受けては堪ったものではない。両腕をクロスさせて襲い掛かる膝蹴りを真っ向から受け止める。

 

「くぅうううっ!」

 

 できればしたくはなかったが行わざるを得ない真っ向からの受け止め、ガードに使った腕に骨が砕けるのではと錯覚させるほどの衝撃と痛みが襲い掛かる。

幸いと言うべきか、膝のインパクトの瞬間に首のホールドが緩んでいたため、楯無は防いだ膝蹴りの威力も利用して強引に一夏の手を首から振り払いながら後退する。バックステップで素早く距離を取ろうとするも、すぐ背後に壁が迫る。未だ腕には痛みと痺れが残っている。その感触に僅かに顔を顰めたその瞬間に一夏は追撃に移っていた。

助走もつけずにその場で跳躍、立ち幅跳びの要領で一気に楯無との距離を詰める。大きく肘を振り上げながら飛び掛かってくる一夏に楯無は今の状態では真っ当な防御も受け流しもできないと判断する。今までの乱打でさえそれなりに気を張って捌いていたのだ。もう少しすれば支障ない程度に回復するとは言え、腕へのダメージが残り体勢も整っていない今の状態では回避一択しかない。

 

爆ぜる斧を打ち振る雷神(ガーンラバー ラームマスーン クワン カン)!!」

「ぐっ!」

 

 いかに一夏言えども跳躍の最中でその軌道を大きく変えるなどということは物理的に無理だ。無様だとかそういう見栄を全て放り棄てて楯無は横へ大きく身を投げ出して転がる。楯無が転がった直後に一夏が振り下ろした鉄槌のごとき肘打ちが宙を切り、楯無を捉えることなくその背後にあった壁に直撃する。

バキリと固いものが砕ける音が楯無の耳に入りギャラリーの悲鳴交じりのどよめきが続けて聞こえてくる。一瞬、不発に終わり壁を打ったことで一夏の腕の骨が折れたのではと僅かに顔を青ざめさせながら楯無は振り返る。楯無の方を睥睨しながら佇む一夏。特に負傷をしたわけでは無いのか、表情に苦痛の類は見られない。では先ほどの破砕音は何なのか? 砕けたのが一夏の骨で無いのならば――

 

「ッ……」

 

 一夏への注意は怠らないままに楯無は一夏の横に視線を移動させる。そして目にしたものに一夏の負傷という懸念による切迫とは別の驚愕が表情を塗り替えられる。

道場の壁、おそらくは一夏の肘打ちが直撃したであろう場所には一つの穴が穿たれていた。道場は外壁こそコンクリートなどの頑強性の高い物を素材にしているが、内壁はデザイン性なども兼ねて木材など人の手で壊し得る素材も用いている。だが、壊すことが可能だからと言って実際に壊せるということは早々無い。教育機関の運動施設は内壁に木材を用いていることも多いが、思い出して見て欲しい。そうした壁を殴りつけたからと言ってそう簡単に壊れただろうか? 否である。だがそれを一夏は破砕せしめた。肘の直撃部分は大きく凹み、その奥の別の建材が覗いている。そして凹みを中心としてその周りの木壁には放射状に罅が奔っている。

 

「うっそでしょ~」

 

 流石に予想だにしていなかったことだけに楯無は表情から驚きを引っ込めると今度は苦笑いを浮かべる。そして追い打ちをかけるように一夏が動き出す。

 

「でぇあっ!!」

 

 裏拳、回し蹴り、掌底、肘打ち――楯無が体勢を整え切れていない今を好機と見て一夏は追撃のラッシュを仕掛ける。回転で勢いを付けた連撃を楯無は後ろ飛びの連続で回避していく。そして一夏の放った拳、蹴りは躱されるたびにすぐ側の壁を叩き、先ほどの肘打ちによるものより小さいとは言え穴や罅を穿っていく。

 

(ふむ)

 

 破損個所が増えていく壁は一顧だにせず一夏は冷静に楯無の動きを観察する。その上で一度動きの流れを変えることにした。構えを変え、低く身を屈めながら楯無との距離を再度詰める。間合いに捉えたところで一夏の両手は畳を掴み、アクロバティックな動きと共に回転蹴りを繰り出す。

 

(ウソでしょ!? 今度は――シラットまで!?)

 

 現在の軍隊格闘術の基盤の一つでもあり、欧米では日本における空手並にポピュラーな武術だ。当然楯無も知識として知っているし、心得もある。だがまさか一夏がそれまで使って来るというのは予想外だった。これで確認されている限りで空手、柔術、一部の中国拳法、ムエタイ、シラットを使うことが判明した。

壁を蹴り、時には壁蹴りから天井に達し上方からの攻撃を仕掛けてくる。そこそこに広さはあるとはいえ、一応は閉所である道場内を利用したアクロバティックな攻めを捌き、時に反撃を試みながら楯無の内では疑念が更に深まる。

スタンダードである剣術に加えて五種に及ぶ格闘術。会得できたのは勿論一夏自身の才能やら吸収力やらもあるのだろうが、それでもそれを授ける師が居なければ成り立たない。そして彼の言動などから察するに師は一人のみ。では彼の技は全て一人の師から学んだということだろうか。だとすればとんでもない人物だ。そんなビックリ武術人間など実父くらいしか居ないものと思っていたが。

 

(けど、悪い感じはしないのよね)

 

 分からないことばかりな上に一夏の使う技はどれもが物騒極まりないものだ。はっきり言ってしまえば怪しさ満点と言ったところなのだが、こうして技を交えていると不思議とそうした感覚は薄れる。いや、疑念があるのは変わらないのだが少なくとも織斑一夏という個人に対して悪い気はしないと言うべきか。

この場に集うギャラリーにそう感じられる者は殆ど居ないだろう。彼女らにとって今の一夏は、今まで見たことがないだろうレベルで実力というものを開放した一夏はただただ圧倒的な脅威そのものだ。対抗しようのない暴威に対して好感など抱いている余裕は無い。だが今の楯無のように拮抗できているならば、こうして渡り合えているからこそ感じ取れるものがある。それは繰り出された拳、それが彼の技として確立されるまでの過程であったり、彼が今どのような心境でこの勝負を行っているかであったりする。

 

「ホント、素直というか真っ直ぐというか」

「む……」

 

 雨あられと降り注いでいた猛打が不意に止む。楯無の口から洩れた言葉に何か感じるものがあったのか、警戒や構えは解かないものの一夏は追撃を止めて静かに楯無を見据える。

 

「見てごらんなさいよ、周り。み~んなビビっちゃってる」

 

 顎をしゃくって促す楯無に従い、一夏も軽くギャラリーの様子を伺う。何時の間にか道場のあちこちを目まぐるしく移動しながらの攻防に転じていたからか、ギャラリーはすっかり離れてこちらを見ていた。浮かぶ表情はどれも固いものばかり。中には引き攣り気味のものまである。それなりに腹も括れているだろう最前に陣取った級友たちも気丈さを見せてはいるが、戦慄を隠しきれてはいない。

 

「まぁ仕方ないわよね。さっきまでの君、みんなからすればさぞやおっかなかったでしょうし。自分じゃどうしたって敵わないくらいに強い存在、そんなの見れば誰だってそうなるわよ」

「会長も、そういう経験はお有りで?」

「当たり前じゃない。私だって未熟も未熟なペーペーの頃があったんだから。その頃は周りはそんなのだらけだったし、今だって私の師匠とも言える人にはそう。次元が違い過ぎて最近じゃ逆に笑えてくるわ」

「奇遇ですね、オレも同じようなもんですよ。前にいっぺん、師匠の本気って奴を目の当たりにしましてね。ビビってチビるなんてレベルじゃない。そんな神経すら無くなるレベルでしたよ」

 

 先ほどまで殆ど無言、ただ必殺の意思だけを瞳に宿して剛拳を奮っていた姿から転じて、会話によって普段の調子に少し戻ったのか一夏の表情や言葉には小さく笑みが浮かんでいる。話に共感できるというのもあるのだろう。とは言え、その点に関しては双方の師のことを考えればある意味当然だが。

 

「まぁそんな私たちからすればおっかないくらい強いのが、周りのみんなからすれば私たちってわけ。けど、私たち二人の間なら違う。ねえ一夏君、一応確認だけどこの試合の目的、覚えてるかしら?」

「そりゃまぁ、ほんの少し前の話ですからね。流石にこの短時間で忘れるほどオレだって馬鹿じゃあないですよ。で、結局どうなんです? 会長から見てオレってのは」

「そうねぇ。まぁぶっちゃけまだ分からない所もあるからそこが疑問と言えば疑問ね。なんだか聞いてもあまり話してはくれなさそうだし、無理に聞こうとは思わないけど。でも個人的には君のこと、悪いとは思わないわ」

 

 へぇ、と意外そうな表情をする一夏に楯無は続けて理由を語る。

 

「さっきも言ったでしょ? 素直だって。伝わってきたわよ、君がどれだけ真摯に技を鍛えてきたのか。好きだから、かしら?」

「えぇ。――まぁ、恥ずかしながらやさぐれたり迷走したりしてた時期もありますよ。けど、根っこのトコだけは変わって無かった。好きこそものの上手なれってやつですかね。結局オレが今までやってきた理由はそんなもんですよ。ガキとそう変わらない」

「けど、それもまた美点の一つ。少なくとも私は嫌いじゃないわ、そういう真っ直ぐなの。だから、そうね。いずれは君の分からない部分もきっちり検めさせてもらうつもりだけど、今のところは信じても良いかなって思う」

「そりゃどうも。んじゃあ当初の目的って奴はこれで達成されたわけだ。で、会長。どうします? 一応試合の理由ってやつは解消されちゃったわけですけど、この辺で切り上げにします?」

 

 その申し出に楯無は思わずキョトンとした表情を浮かべ、続けて声を挙げて笑う。

 

「アッハッハッハ! もう、心にも無いこと言わないで頂戴。そんなつもり、全然無いくせに」

「ありゃ、やっぱバレてます?」

「そりゃそうよ。君の性格をちょっとでも考えればすぐに分かることだわ。別にそうする必要性があるわけでも無い。なら、ここまで盛り上がった勝負を途中で止めるなんて選択肢、君の中にあるわけ無いでしょ?」

 

 図星を言い当てられたのか、一夏は小さく肩を竦めて肯定の意思を示す。

 

「それに、私だってこんな中途半端で終わらせるつもりは毛頭無いわ。結果がどうあれ、キッチリ締めるとこまで締めておきたいもの」

「実にごもっとも」

 

 言いながら互いに改めて構えを取る。会話の余韻とも言える和やかさは未だ残っている。だがそれ以上に張りつめた気配が一夏と楯無の二人から発せられ、辺りの空気を染め上げていく。

 

「あんまりダラダラ続けるのもアレだし、お互い決めに掛かるってのはどうかしら?」

「良いですね。そういうスパッとしたケリの付け方、嫌いじゃないですよ」

 

 そう示し合わせて二人は最後の一手を繰り出しにかかる。

スッと楯無の瞳に静謐さが宿る。一夏の一挙手一投足に注意を払いながらも意識の本流は自己の深奥へと沈んでいく。沈んでいった先、イメージの中に巨大な扉が現れる。手を添え、祈りと共に力を込める。

一夏がそうであるように、楯無もまた自信が蓄積してきた技というものに自負を持っている。それだけでは無い。この積み重ねてきた技という結晶は、授けてくれた父や共に学んできた妹との絆の証でもある。故に楯無はそれを誇ると共に、祈るのだ。絆の結晶が紡ぐ勝利を。そして祈りによって踏み込んだ深奥は極限の集中となって彼女の意識から全ての無駄をシャットアウトし、持ち得る全てを発揮させる。

 

 総身に気が満ち満ちていくのを感じながら、同時に一夏はその流れを制御していく。発散では無く収束、最大量の燃料を最大効率で運用させる。だがそれでは足りない。目の前の相手、更識楯無はこの無手という状況にあっては一夏よりも優位になり得るというのが一夏の見立て。であれば、それを覆すには更に上を目指さねばならない。

故に一夏が選び取ったのはその最適解でもある禁忌でありながら決め所で最も頼りとする(ワザ)。内へと収束させながらも点火というトリガーを引かれた気は一気に爆発する。全身が内側から燃え盛るような力の解放感を強引に内へと押し留め、そのエネルギーを余すことなく運用させる。

 

 互いに出せる最大出力の開放、そのシークエンスの完了と行動への移行は全く同時だった。先の仕切り直しの激突を超える速さで接近、互いに相手を間合いに捉えると目まぐるしい早さで技を掛けあう。

 先のシラットを彷彿とさせる、手を支えにするアクロバティックな姿勢から一夏は両足で楯無に組み付き、そのまま関節を極めにかかる。後少しの所で楯無の緩急を自在に織り交ぜた身体操法により振りほどかれるも、一連の技の第三段階――貫手のラッシュ――が楯無に襲い掛かる。

組み付いた足は獣の(アギト)、一度でも組み付けば獲物の骨を噛み砕き、皮膚を切り裂き血をまき散らす牙が襲い掛かる。

 だがその柔肌を食い破らんとする貫手(キバ)が迫った瞬間、一夏の視界に映る楯無の姿がブれる。直後、貫手を掻い潜った楯無の姿が一夏の懐まで迫っていた。

序盤と同じ流れ、だが質は別物だ。楯無が迫ったことを認識した時には既に一夏の視界は上下が反転していた。背中への衝撃を感じつつ反射的に受け身を取った――時には既に視界が再び動き更なる衝撃が襲い掛かる。自分が投げられているということを認識した時には既に三度投げられていた。そして四度目の途中で強引に振り払い、互いの体が離れた直後には既に追撃に移っていた。

 

 楯無の首を喰い破らんと放たれる貫手、一夏の胴を打ち据えて地に倒れ伏させんと繰り出される掌底、全く同時に放たれた互いに決め手とする一撃はそれぞれに狙いと定めた場所に吸い込まれていき――

 

「……」

「……」

 

 共に薄皮一枚の距離でピタリと止められていた。

 

 

 

 

 

 

 

「引き分け、か……」

 

 ギャラリーの最後尾より更に数歩離れた場所、最も遠い所に居ながら最も勝負の流れを見取っていた初音は小さく呟いた。

前方のギャラリーの誰にも届いていない言葉だが、この結果については当の二人も認識していることだろう。直にギャラリーの認識にもこの結果は伝わる。

このような流れに至った経緯については初音も知る所では無いが、別に特別な興味も無い。気が乗った時にでも一夏に聞けば済む話だ。重要なのは二人の手合わせそのもの。

 

「流石、と言ったところ」

 

 余り乗り気にはなれないが一夏と楯無、両者が繰り広げた手合わせのレベルの高さについては認めざるを得ない。一夏にしても楯無にしてもその実力の一部を改めて再認した。口惜しい話だが、この無手という状況に関して言えば自分はまだ二人に後塵を拝すると認めざるを得ない。

 

「けど楯無、勘違いはするな……」

 

 あの楯無だ。そのくらいのことは分かっているだろうが、それでも日頃の彼女の鬱憤への憂さ晴らしも兼ねて小さく唸るように言う。

あれで一夏の実力を引き出しきれたかと言えば答えは否である。忘れてはならない。あくまで一夏の本領は剣士。確かに無手でも一夏は高いレベルを持っているが、それでもその扱いはあくまでサブウェポンの域を出ない。あの後輩のことだから案外両方ともメインになどと考えているかもしれないが、少なくとも今現在はそう見ても良いだろう。いずれにせよ、真の意味で一夏の全てを引き出したいのであればまず彼に剣を持たせるところから始めなければならない。そして――

 

「それは私だ」

 

 その役目を引き受けるのは自分。少なくともこの学園の生徒という括りで見るのであれば、自分以外の誰にも譲るつもりは無い。自分とて一介の剣士という自負はある。その自負が、彼女により高みを目指させる。

故に織斑一夏、更識楯無、首を洗って待っていろ――その意図を込めて二人に向け闘気を叩きつける。すぐにそれを察知し振り返った二人が見た先では、ギャラリーの壁の向こうで既に踵を返して歩き去っていく初音の背が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 というわけでバトル・エンディッドゥ!
 なんでしょうね、ここ最近ネタやはっちゃけたイッピーばかり書いていたせいか、筆が進みやすいと思っていたはずのバトル回なのに思いのほか進みにくかったという事態に陥っていました。
ネタとかおふざけを書いているのも楽しいですけど、そればかりも良くないですね。何事も程々が一番です、ハイ。
 とか何とか言って次回あたりにネタフェイズというかおふざけパートみたいな感じで一夏が楯無に語る「織斑式パンチラ太ももチラ持論」なんてものを考えていたりするんだからなぁ……

 ちなみに前回の感想で「ギャラリーとかドン引きすんじゃないの?」的なことを言われましたが、概ね合ってます。じゃあそれでバトル終わってから一同が一夏と楯無に引いたかと言うと、逆に感覚がマヒして「オリムラクンモカイチョーモスゴイネー(棒読み)」状態となりましたマル

 あと最後でちょっとだけ出た斎藤先輩。多分この人、今後も結構話に絡んでく予定です。一夏や楯無に対抗心持ってる人間は多いけど、あまり表に出さないだけでこの人、その度合いがかなり高いレベルだったり……

 ところで前書きで技には元ネタ云々書きましたが、一夏が最後に使ったものだけは多分そこそこの難度じゃないかと思ってます。何せだいぶ古いんで。
(とか言って実はにじファン時代に速攻で特定されていたり……(小声))

 今回はここまでとなります。学園祭本番、いつ入るのでしょうね。むしろ作者自身知りたいところです。
 感想、ご意見、ネタ特定、その他諸々、感想へドシドシどうぞ。
それでは、次回更新の折にまた。

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