或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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セシリア戦決着です。
個人的にはにじファン時代の二作品と比べても淡白な感じかなと思います。なのに文が多いとはこれいかに。
また悪い癖が出たかな……


第六話 白鎧の目覚め

 その爆発は観客席からもよく見えた。PICと共に現状ではISのみが十全の運用を行える機構である量子変換システムによって、ISはその大きさに反して多彩かつ多量の火力を用意できる。

 シールドによる堅牢な防御、戦闘機の巡航速度に多少劣るものの、Gをほぼ無視した変幻自在な空中機動、そしてこの火力。この三つによってISの高い戦闘性は確立されている。

 セシリアが放ったミサイルも、本来であれば戦闘機などに搭載されているものを若干のサイズ調整などを施した上でISに搭載したものだ。量子変換の恩恵で搭載による移動性などへの障害はなく、機体に用意するのは発射のためのポッドだけで十分だ。

 

 直撃は誰の目にも明らかだった。内部に火薬の詰まった金属の塊が高速で二つもぶつかったのだ。衝撃、飛散する金属片、熱波、シールドに負荷を掛けて残量を減らす要因などいくらでもある。

 試合開始からこれまで、一夏とセシリアの双方にシールドが大きく減るようなダメージが通っていない。しかし、ここにきて一夏の側に明確な被弾があった。これで決着とは相ならないだろうが、白式はシールドのエネルギー残量を大きく減らし試合はセシリアがリードすると、誰もが思った。

 

 

 

「わーお、また随分と派手にいったねぇ。これは、イギリスちゃんの有利かな?」

 

 観客席で二年生の沖田(おきた) (つかさ)が呟く。その隣には彼女と同じ剣道部に在籍し、司と共に剣道部の二強と並び称される初音の姿がある。

 

「さぁ。まだ終わったわけじゃない」

 

 感情の波というものがない、平静そのものの声で初音が応える。剣道部屈指どころか別格の実力者扱いされている二人だが、同時に剣道部随一の気まま人間としても部内では有名だった。自分が必要と思ったことをやるためとはいえ、たとえ同好会とさほどかわらずとも部活を平然と休むのもまたこの二人くらいだと。

 そんな風に二人は今日もまた部活に出ず、一夏が試合を行うアリーナに足を向けていた。一夏とセシリアの試合は既に一年はおろか二年三年の間でも広まっている話だ。そして、基本的に校内で行われる試合というものは余程の事情が無い限りは生徒は観戦自由となっている。理由は言わずもがな、他者の戦いを参考にさせるためだ。

 そして何か面白いことはないかと思っていた司が相方の初音を引っ張ってこの観客席にやってきたのがつい先刻のことだ。今、二人の目に映っているのは爆発と黒煙に飲み込まれる一夏と白式の姿だった。

 チラリと初音は周囲を見回す。軽く見回して目に付くのは一年の生徒ばかりだ。おそらくは試合の当事者二人のクラスメイトだろう。経験の浅さゆえか、空中で起こった爆発に息を飲むかのような表情をしている。そして再び視線を戻し、呟いた。

 

「そう。まだ」

 

 

 

 

 

 

 

「これからが本番、ということでしょうか?」

 

「さぁな。だが、結果として機体に救われたと言うべきだろう。まぁ、未熟者には丁度良いハンデといったところか」

 

 管制室で真耶と千冬が言葉をかわす。モニターを介してであるため、観客席に居る生徒達とは違い、一夏が爆発に飲み込まれた瞬間をより間近で見たかのように視界に焼き付けた二人だが、声は平静そのものだ。爆発の内で何が起きているのか、二人はこのアリーナに居る誰よりも早く理解していた。

 

 そしてもう一人。

 

 

 

「なるほど。そういうことですか」

 

 得心いったというように美咲は頷く。口元には面白いと言いたげに微笑が浮かんでいる。

 

「さて、状況的にはやや彼の方に傾いたわけですが、はたしてこれを誰がどのように受け取るのやら」

 

 あるいは卑怯と罵る者もいるかもしれない。まぁそれはそれで言いたくなる気持ちも分からないでもないわけだが、美咲に言わせればだからどうしたというものになる。

 

「真の強者の、勝利を掴み取る者の戦いとは須らく必然。降り懸かる艱難(かんなん)も、そして好機さえも、その存在そのものが勝利という結果へと収束させる。さぁ見せてもらいましょう。あなたが己が定めすら操る、真の武人たるかどうかを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

(存外、あっけないものですわね……)

 

 スターライトの構えは解かないまま、照準のスコープ越しにセシリアは黒煙の塊を、その中に居るだろう一夏に意識を向けていた。

 自分の攻撃、相応の自身のあったスターライトによる射撃はもちろんのこと、ブルー・ティアーズを用いた多方向からの連続攻撃にも耐え抜いたことは、彼のIS乗りとしてのキャリアを鑑みれば十分に称賛されてしかるべきだ。

 自分が優位という認識は崩してはいないが、それでもあるいはこの試合が自分の想像以上に手ごたえのあるものになるかもしれないと、心の隅で思っていただけに、この展開は少々興ざめと言えた。

 

(何やら急に動きが鈍くなったようにも思えましたが、もしや機体の不調? いえ、いずれにせよ関係はありませんわね)

 

 戦いにおいて各々に課せられている条件など、その時々で変わるものだ。それもひっくるめた上で戦いとは成り立っている。仮に彼の機体に何がしかの不備があり、それがこの状況を招いたのだとしても、それもまた時の運というものだ。それで敗れてしまったなら、それは単に運が無かっただけ。

 

(少なくともあの一撃で少なくない損傷を受けたのは確か。その煙が晴れ次第、一気に決めさせて頂きましょう)

 

 満足な被弾がなかった以上は相手のシールドにも余裕があったことはセシリアも理解している。ゆえに、まだシールドを削りきっていないと断言はできるが、確実に損傷は与えた。そしてその損傷は必ず、戦いに影響を及ぼすだろう。ならば、何かされるよりも早く、一気に片をつける。その心づもりだった。

 そして煙が晴れる。薄くなっていく黒煙の向こうにISを纏った人の輪郭が浮かび上がり、その姿が徐々に鮮明に浮き上がって行く。そして煙が晴れ、完全にその姿が現れた瞬間、セシリアは思わず絶句していた。

 

「なぁっ……!?」

 

 一夏の、彼の纏うISが姿を変えていた。彼女の目に映っていた直前までの相手のISは、まるで工業的な角ばった装甲を持った灰白色の機体だったはずだ。

 それが今はどうだ。各所の装甲は角々しさが取れ流れるような流線型に、そして腕や足の装甲に至ってはまるで騎士の鎧甲冑のようにセシリアの知る数々の機体と比べても細く乗り手の手足を覆うようなものになっている。

 背後に控える加速用のウイングスラスターにも同様の変化が見て取れる。何より、色がまるで違う。モニターに表示される敵IS『白式』の名前の通り、所々にブルーやイエローのラインが入っているものの、装甲は全体的に曇りの無い純白に包まれている。

 

 一体何事なのかとセシリアは強張る。ISの中には武装の性質などの問題で多少なりとも装甲を変形させるものがあるが、それにしても一部分が可動するだけで機体全体に変化を及ぼすものなど存在しない。

 思いつくとすれば、経験を積んだ乗り手と専用機の間に低確率で起こると言われている、ISの未だ不明瞭なシステムの一つであるコアの学習システムの延長にあると言われる二次移行(セカンド・シフト)だが、素人の彼にそんなことが起こり得るはずがない。ならば――

 

(まさか、一次移行(ファースト・シフト)? いえ、だとすれば彼は不完全な機体でわたくしに挑み、あれだけ戦っていたということ!?)

 

 自身で弾きだした答えに信じられないと言わんばかりに首を横に振る。だが、他に当てはまるだろう答えが思いつかない。だとすれば、この答え以外にはありえない。

 

 いまだ驚愕の表情で固まるままのセシリアの前で、一夏は静かに構えを解いた。握り拳と共に両腕を体の前で立て、僅かに内股になった姿は知らない者が見れば珍妙と取るだろう。

 だが、多少なりとも武道に明るい者が見れば、それがすぐに空手道における三戦(サンチン)の構えと気付くだろう。構えと、そして呼吸のコントロールによって堅牢な防御を可能とする守りの構えだ。

 

「いや、危なかった」

 

 静かに構えを解きながら一夏は呟く。そして変化を遂げた自分のISを手足を動かしながら確認して、満足そうに頷く。

 

「まったく、何事かと思えば一次移行の完了だったとはな。流石に焦ったぞ」

 

 口ではそう言うものの、一夏の口調に焦りらしき感情など微塵も感じられない。

 それもそのはずだとセシリアは思う。一次移行が完了したということは、確実に機体の操縦性は上がる。それだけではない。実戦模擬戦を問わず、なにかしらの戦闘行動の最中に形態移行を機体が行ったという事例は幾つかあるが、その全てにおいて機体は――弾薬などの消耗物は別だが――損傷や減少したシールドなどが回復し、まるで巻き戻したかのように万全の状態への回復をしたという。

 相手からの攻撃による損耗は無いとはいえ、機体に貯蔵されたエネルギーを消費する攻撃を連射した自分と、万全の状態まで機体を回復させた相手。総合的なパラメータがほぼ互角としても、機体という点では一歩相手にリードをされている。

 

「さぁてオルコット。ここからが本番だ」

 

 警戒による緊張で眉を小さく顰めたセシリアとは対照的に、落ち着き払った余裕のある声で一夏は宣言する。

 

「多分気付いているだろうが、さっきので俺のISは何故か万全まで回復してな。まぁちょいと俺に運が良すぎと思わないでもないが、これもまた勝負の妙というやつだろう。――よもや、卑怯とは言うまいな?」

 

 その問いに自分が試されていると気付いた。代表候補生様なら、素人が少し有利になった程度で動じるわけがない。それも含んだ上で勝利を収める。そういうものだろう? 彼が言いたいのはそういうことだ。

 どちらかと言えば、試すのは自分の方だったはずなのだが、中々どうして小憎らしい真似をしてくれる。だが、ここで答えを返さないわけにもいかない。そして、返す答えなど考えるまでもなく決まっている。

 

「無論。多少優位に立った程度で気を使われる道理はありませんわ。その上で、勝つだけです」

 

 手にしたスターライトと控える二機のビットの砲門を全て一夏に向けながら、セシリアもまた宣言で以って返す。

 

「勝ちを取らせて頂きますわ。その剣一本の機体で何ができるのか、見せてもらいましょう」

 

「なら勝って見せるさ。種子島に鉄砲が入って、美濃の斎藤が、尾張の織田が目をつけて、長篠で武田を潰して、幕末に、戦時に、国が使って、そうやって発展していった銃があっても、それでも伝えられてきた剣技。積んできたキャリアの重さを見せてやる」

 

「いいでしょう。ならばわたくしは発展の利を以って、その歴史に打ち勝ってみせますわ!」

 

 一夏と白式が宙を掛ける。そのスタートは先ほどまでよりも早く、そして鋭い。

 

「織斑一夏! 白式! 参る!!」

 

 再度その手にただ一つの武器を顕現させる。同時に一夏の視線の端に投射式モニターが映し出した一文が移る。

 

最適化(フィティング)工程完了。武装に搭載されたシステムの使用が可能になりました。雪片式参型実体刀 蒼月(そうげつ) システムグリーン』

 

 チラリとだけ見ただけで一夏はその一文を消す。どうすればいいかは本能的に理解している。つまりは(これ)で斬れば事足りる話だということだ。

 

「行きなさい! ブルー・ティアーズッ!!」

 

 残る二機のビットにセシリアは再び指示を下す。同時に、スターライトのトリガーに指を掛けている右手、そしてその銃身を支えている左手を僅かに動かした。

 

「見切られていると分かりながらなお使うかッ!!」

 

 自分がビットの動きの癖、そして射撃のタイミングをも見切ることができると分かっていながら、なおも愚直にビットで仕掛けようとするセシリアに対して一夏の怒号が飛ぶ。

 

「あいにく、わたくしの騎士(ティアーズ)はまだ戦えましてよ! ならば、最後まで戦わせるのが(わたくし)の務めですわ!!」

 

 口角泡を飛ばしながらセシリアもまた激した声で返す。その闘気に感化されたかのように、一夏に迫るビットの速度が上がった。

 

「チッ!」

 

 飛翔はそのままに、前転をするような形で一夏は体を回転させる。瞬間的に脳裏をかけた直感、焼けつくような痛みのようにも感じられたそれに従って体が勝手に動いていた。

 直後、一秒にも満たないうちに一夏の体があった場所を光弾が飛んで抜けた。間違いなく自分に狙いを定めた位置、そしてセシリアから感じる攻撃の意思は読んだはずだ。断言できる。だが、そこから実際の攻撃に至るまでの間が先ほどまで以上に早くなっている。

 

(ビットが減ってやりやすくなったか!?)

 

 先ほどまでとは違い、セシリアの操るビットは四機ではなく二機に減っている。確かに火力は単純計算で半分に削られたと言っても良い。だが、その分操作に費やす思考のリソースが増えたのだ。となれば、おそらくは先に斬った二機のように切り捨てようとしても、そう上手くはいかない。

 なるほど、確かに一国が主軸に据えようとしている新型武装なだけのことはあると思った。数が多ければ確かに単機をやり過ごすのは容易いが、それを数で補ってくる。そして数が減れば、単機の質を上げて減った数を補う。

 だがそれでも――

 

「俺は――勝つ!! お前の懐の勝利を奪い取ってでもなぁ!!」

 

「やれるものならっ――!!」

 

 アリーナの宙を青と白が乱舞する。より精度を増した二機のビットをかわしながら、一夏は着実に距離を縮めていく。

 無論、セシリアとてただ距離を詰められるだけではない。ビットに指示を下しながらも、確実に一夏との距離を開いて戦闘距離(レンジ)を保とうとする。だが、それでも僅かにだが、確実に距離は縮まっていた。

 

(まったく、とんだザマですわね! こちらも本気だと言うのに!)

 

 ビットへの指示に手抜きは無い。発揮した全力を本気の意思で手繰り、一夏を倒そうとしているのは間違いない。現に、装着している愛機がシステムメッセージで伝えてくる二機のビットの稼働率は四機の時よりも高い。だというのに、それでも相手は墜ちようとしない。

 

(さすがは日本の近接機ということですか!)

 

 以前一夏に話したIS技術の開発を行っている各国の、それぞれの開発のコンセプトだ。そこにはその国の軍事面の事情や取り巻く政情などが絡むが、日本の場合は対ISに主眼を置いた高機動の近接戦機体の開発を主眼に据えている。

 無論、ISという兵器の黎明期において名を上げた千冬という乗り手の影響もあったことは間違いないが、国土の狭さや重要施設の都市部への集中、全国各地に形成された都市などを主な理由とする、有事の際の防衛における機甲部隊などの大規模展開の難しさなどの『国』としての事情も絡んでいる。

 さながら、『サムライ』をそのままISというものに反映させたかのような機体開発は機動戦、そして武装の瞬間的な威力などの面で各国と比べても優位に立つ点がある。そして今、セシリアが目にしているのはその機動力だった。

 

(とにかく、間合いに入るわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうなってくると、もう陣取り合戦のようなものですね」

 

「あぁ。とは言え、こうなってもなんら不思議ではない」

 

 依然モニタリングを続ける真耶の言葉に、千冬は当然だと言うように頷く。

 

「織斑君とオルコットさん。二人のISは完全に真逆の戦闘スタイルですからねぇ。こうなったら、どうやって自分の間合いに持っていくかですよ」

 

「まぁ、タイプのまるで違うもの同士で相対すれば必然的にそうなるな。何もISに限った話ではないし、上手い下手もそこまで関わりはせん。それでも上手いやつが勝つのは、単に自分に有利かつ相手に不利な状態を維持できるからだ」

 

「となるとこの試合、勝つのは――」

 

 僅かに顰めた声で真耶が尋ねようとする。だがそれを言いきるよりも早く、千冬は軽く首を横に振って遮った。

 

「言いたいことは分かるし、その可能性は大いにある。というより、十中八九そうなるだろう。だが、それでも何があるか分からないのが勝負の、いや、世の中の常というやつさ。だからこそ、面白いのだがな」

 

 そう言って千冬はほんの少しの間だけ遠い目をした。世の中が面白い、その言葉に何かを思うかのように。

 

「いずれにせよ、我々のすることに変わりはない。そうだろう?」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

(どっちにしろこのままじゃジリ貧か!!)

 

 光弾をかわしながら一夏は策を練る。始めこそ全体的な早さと精度を上げたビットの攻撃に焦りも感じたが、そろそろ体感も慣れて来た頃合いだ。やられっぱなしも性に合わない。いい加減反撃に移りたかった。

 それだけではない。このままでは折角一次移行に伴って回復を果たしたアドバンテージを失ってしまう。それではあまりに馬鹿らしい。それに――

 

(なにかありそうだ……)

 

 一次移行前、ビットが四機全て健在だった頃はビットだけではなく手にしたライフルによる射撃も織り交ぜてきていた。だが、今はそれがない。そのことが一夏の警戒に近いものを抱かせた。

 

(ならば、一息の内に決めるっ!!)

 

 ここまでくればもう博打を打つしかない。賭けるのは己の勝利。やりがいは、ある。

 

「カーッ!!!」

 

 なりふりなど考えない。白式に出せる最高速度での一点突破を命じる。応答は即座の高速飛行だった。背後より光弾が襲いかかるが、左右に動きをずらすことで直撃は避ける。何発かが僅かに掠めシールドの残量数値を減らすが、無視を決め込む。

 セシリアとの距離が急速に縮まっていく。すでにミサイルが意味を為す距離では無い。もうすぐにでも距離を零にできる今の状態では、よしんばミサイルが直撃しても自分が爆発に巻き込まれるだけだ。

 間近に迫るセシリアの顔は強張っている。好機と捉えた。あとはこの勢いを利用して一撃を叩き――不意に、セシリアが口元に笑みを浮かべた。

 

「かかりましたわね?」

 

「なに!?」

 

 一体どういうことか、それを考えるよりも早く体の方が反射的に動いていた。突き出した蒼月の切っ先がセシリアの胴の中心部、心臓に位置する場所を狙い貫こうとするライン上に、青い影が割り込んだ。

 それはブルー・ティアーズのビットだった。一夏に追いすがるように光弾を放っていたのは一機、もう一機は一直線にセシリアの下へと戻り、そして主を守る盾になっていた。

 当然の帰結と言うべきか、それまでの二機と同じように盾になったビットはあっさりと蒼月の刀身に貫かれ、甚大な損傷を負ったことで緊急の量子格納が行われて致命的な損傷から免れた。実体を持たないデータの状態になってしまえば、それ以上の損傷はないからだ。

 ビットが刺突を阻んだのはほんの一瞬だった。だが、その一瞬はセシリアにとって十分だった。ビットが盾になると同時に後退したセシリアは紙一重のところで蒼月の切っ先から逃れていた。

 

「あなたの――ミスですわね」

 

 勝利を確信した笑みと共に、スターライトの銃口を向けた。本来であれば漆黒の虚空であるはずの砲身内部。だが、今その内部は弾けんばかりの青に染まっていた。

 結局のところ、第三世代機と謳ったところでブルー・ティアーズという機体は第二世代の機体をベースとして稼働データ取得のために第三世代型兵装『ブルー・ティアーズ』を搭載しただけの実験機に過ぎない。

 むしろ、現在イギリス本国で開発されているという、セシリアが採取した稼働データをベースに兵装、機体共にブラッシュアップを掛けているという『サイレント・ゼフィルス』の方が正式機と言うに相応しいだろう。

 だがそれでも、ISである以上は一定以上の戦闘能力が必要とされる。そしてその要は、実は『ブルー・ティアーズ』ではなく『スターライトmkⅢ』であった。単発での火力に劣るため、どうしても包囲殲滅戦法でしか十分なダメージソースになりえないブルー・ティアーズとは異なり、単純な主砲としての役目だ。

 

 出力に、使用者の任意で解除が可能ではあるが、段階的な出力の制限を掛けることで継戦能力や威力を調整できる、『(ライフル)』としても『(キャノン)』としても運用ができる光学兵装、それが『スターライトmkⅢ』の真の姿だった。

 そして今、出力制限を全て解除の上でチャージを完了した砲口が一夏に向けられた。仕切り直しの後に一夏と二機のビットの攻防が始まった直後から続けていたチャージによって与えられる威力は十分。

 近接兵装が意味を為す要因と言われる至近距離のIS同士が互いのバリアフィールドに干渉を掛けることでの防御力減衰も相俟って、この距離で直撃すれば一夏は確実に墜ちる。この一撃で、セシリアは決めるつもりだった。

 

「――俺がミスだと?」

 

 静かな怒りを湛えた一夏の声がセシリアの耳に聞こえた。直後、スターライトに、それを握る腕が揺れた。

 

「とんだロマンチストだな!!」

 

 空いた左手でスターライトの砲身を一夏が掴み、そのまま砲門を上に向けていた。ギリギリのところでトリガーを引くのを思いとどまったが、それはセシリアに明確な隙を生んでいた。

 

「くたばれ……!!」

 

 右手に握られた蒼月の、特殊合金の鈍色を僅かに青みがからせた刀身が陽光を照らし返して煌めいた。直後、振り抜かれその刃がセシリアに叩きつけられた。

 

「グゥッ!!」

 

 刃を叩きつけられた胸部から全身に衝撃が走り、苦悶の呻きを上げた。だが、目は見開き続けた。蒼月を振り抜いた一夏にも僅かに硬直による隙が生じており、同時にスターライトは一夏の腕より解放されている。

 再度、狙いを一夏に定めた。引かれるトリガー。放たれた光弾は、もはや光の奔流と見紛う程だった。

 

「ぐおぉぉっ!?」

 

 直撃は叶わなかった。だが、放たれた一撃は白式の肩の装甲を一気に消し飛ばし、過度の負荷を掛けられたシールドがそのエネルギーを大きく減らした。同時にセシリア同様に、一夏もまた襲いかかった衝撃に大きくのけぞる。

 襲いかかるダメージの直接的な衝撃、機体にかかった負荷によって目の前に奔る大量のノイズ、それらが一緒くたになって一夏の意識を掻き乱す。もみくちゃにされているような意識の中にあって、何とかして空中での姿勢を整える。

 衝撃そのものはすぐに過ぎ去ったが、脳が痺れるような感覚が僅かに残っている。半ば無意識にシールドの残量を確認して舌打ちをしたくなった。殆ど万全に近い状態だったはずが、目に見えてその数値を大きく減らしている。あれで真っ向から直撃していれば一気に窮地に追い込まれるか、あるいはそのまま敗北を喫していたかもしれないと思うと眉根に険しい皺がよる。

 

(つっても……)

 

 再び距離が離れたセシリアを見遣る。彼女も彼女で一夏を険しい目つきで見据えている。軽くないダメージを負ったのは向こうも同じだ。それだけの一撃を、叩きこんでやったのだから。

 未だISのことなど知らないことばかりだが、今自分が手にしている剣が結構な威力を持った代物だということは理解に難くない。雪片式――その文字を見た瞬間にピンときたのだ。

『雪片』という名前は一夏も知っている。なにせ姉が現役時代に使っていた武装の名前なのだ。そしてその威力は対IS戦においては最強、まともに斬られて戦闘不能に陥らなかったISは無いと明確な記録が残っているトンデモ装備だ。

 なるほど以前セシリアが語ったように、『ブルー・ティアーズ』が時の代表とやらのISの能力を再現しようとしたものならば、今自分が手にしている『蒼月』は姉の雪片を、もっと言えば雪片と共に姉の愛機であったIS『暮桜』の必殺能力だった『零落白夜』を再現しようとしたものなのだろう。

 そういう意味では、この蒼月は姉の雪片の後継と言えるわけだ。

 

(なんかお古みたいで微妙、というのは言わんでおくか)

 

 脳裏に不意に浮かんだとりとめもない考えを一蹴する。今重要なのは、いかにして勝つかだ。

 

「なかなか、堪えましたわ。これだけ強烈なのを貰ったのは久方ぶりですわね」

 

「そうかい。そういう武器みたいだからな。だが、効いたのはこっちも同じさ」

 

 セシリアも未だ受けた攻撃の余韻が体に響いているのか、掛けられた言葉には熱のようなものが混じっている。それは一夏も同じであった。

 

「スターライトのチャージ射撃、性能試験など以外ではあまり使ったことがないのですが、まさか使うことになるとは思いませんでしたわ」

 

「こっちも、まさかあんなドデカイ一発が来るとは思いもしなんだ。あぁ、断言してやる。直撃してたら終わってたよ。しないけどな!」

 

 挑発的な一夏の物言いにもセシリアは特に気分を害した様子は無い。というよりも、正確を期して言うのであれば、その程度に一々突っかかる余裕も無いと言うべきだろう。彼女もまた、受けた一撃の余韻が体に残っているのだ。

 静かにスターライトの銃口を向けるセシリアに、一夏もまた無言で蒼月の切っ先をセシリアに向けるようにして構える。同時に、呼吸を整えて意識を集中させる。

 

「この際だ。余計な小細工無しで真っ向勝負と行くぞ。まどろっこしいのは、嫌いでね」

 

「お互い手は殆ど無い。ならばそうなるのも道理、ということですか。えぇ、構いませんわ。今度こそ、真正面から撃ち抜いて差し上げます」

 

 同時にスターライトの銃口、その内部から青い光が零れた。機体に負荷を掛けることになるが、コアから供給されるエネルギーの出力を強引に上げることでより短時間でのチャージを完了させる。

 そんな理屈など露とも知らない一夏ではあるが、単純な直感で『ヤバイ』と感じ取った直後には動いていた。一直線にセシリアへ向かって白式を走らせる。スターライトの銃口が、セシリアの狙いが正確に自分を捉えていることなど、とうに分かっている。

 

「あくまで真正面から挑みますか! なら、お望み通り撃ち抜いて差し上げますわ!!」

 

 今度こそ確実に仕留めるためだろう。チャージが完了しても、セシリアはすぐにトリガーを引こうとはしない。十分に引きつけた上で、より威力の高い近距離で最大火力を叩きこむつもりだ。

 

(かくなる上はっ!)

 

 不本意ではあるが自信はあまり無い。理屈の上ではどうすべきかは知ることができた。だが理屈で理解するのと実践するのではまるで違う。一度としてやったことのないことが、ぶっつけ本番でできるものか。

 いや、やらねばならない。相手の攻撃は速い。仕留めるのであればそれよりも、相手が動くよりも早くだ。先の先を突かねばならない。となると、手はただ一つしか存在しえない。

 

「白式ッッ!!!」

 

 その声と共に、一夏は思考の内でスイッチを押しこむイメージをした。同時に白式が一気に伸びた。加速用のスラスターに予め噴射加速のためのエネルギーをため込み、それを一気に放出することで爆発的な瞬間加速力を得たのだ。

 それが『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』と呼ばれる、近接戦を主とした機体にとっては切り札足りうる高度技能であることを見てとったのは、未だ経験の浅い一年生以外の者達だけであった。一夏とセシリアの級友を始めとする一年生の大半は、ただ白式が突然に急激な加速を得たということしか理解していなかった。

 

「その程度!!」

 

 素人が瞬時加速を使ったことに驚きを感じなかったと言えば嘘になる。だが、それがどうしたというのがセシリアの偽らざる本音だった。素人だからという考えはとっくに捨て去ってる。むしろ、このうえ何をしてきてもおかしくないとさえ思っていた。だから心構えは十分。

 そしてもう一つ。それでも素人なのだろう。瞬時加速の手順を踏んだことに間違いはないのだろうが、まだ足りない。少なくともセシリアの体感で言えば、瞬時加速というには少しばかり速さが足りていない。ならば、撃ち抜くことは十分に可能!

 

「これで――!!」

 

 幕引きとする。あとはただトリガーを引くのみ。だが、それよりも早く異変が起きた。

 

 ―――――――――――――――!!!

 

 耳をつんざくような爆音がセシリアの鼓膜を揺るがした。何が起きたのか、そう考えようとした矢先に彼女の視線に飛び込んだのは目と鼻の先に迫っている白い光の奔流を背負う一夏と白式、自信に叩きつけられている青白色の光を刃の部分に輝かせている刀、そして一気にその残量を減らしていくシールド用エネルギーの数値だった。

 

(な……にが……!?)

 

 再度襲いかかる衝撃とノイズに意識を掻き乱される中、目に映る空が遠のいていく。地面に叩きつけられたのか背中には衝撃、自分に一撃を入れた一夏がISと共に白い流星のように止まることなく飛んでいくのが見える。そして最後に、視界の端に映し出されていたシールド残量がゼロになったのを見て、セシリアの視界は暗闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあれは、千冬の……?」

 

 柄にもなく緊張した顔つきになっているのだろうなと思いつつも、美咲は呟かずにはいられなかった。

 セシリアがそうであったように、確かに一夏が素人にも関わらず瞬時加速を使用したことはそれなりの驚きを感じた。とはいえ、にべもなく言ってしまえば『まだまだ』というのもまた本音であり、確かに見どころはあるが今回の勝負はイギリスの候補生の勝ちで終わると思った。

 その直後に、アレだ。遮蔽物が存在せず、なおかつこちらが風下ということもあってその爆音は自分の耳にも届いた。その瞬間には、起動しているはずのISのセンサーですら追いきれない速さでイギリスの少女に迫り、決着の一撃を叩きこんでいた。

 それを見てしまえば、さしもの彼女とて本物の驚きを感じずには居られなかった。

 

「まぁ、加速しただけで制御なんて度外視しているようですが……」

 

 美咲の目に入ったのは、セシリアに一撃を入れた後に、そのまま止まることをせずに突っ走り続け、アリーナの戦闘から観客席を守るために半球状に展開された遮断シールドに激突、そのまま落下していく一夏の姿だった。まぁ、あの程度で死にはしまい。

 それよりもだ、あの最初の加速の後の二度目の加速だ。まさかあれをこんな所で見るとは彼女も予想していなかった。

 IS黎明期の操縦ノウハウが無かった中での千冬の功績の一つに、現在各国のIS乗り達も習得を基本とされている各種技能の確立がある。中でも千冬自身が得意としていた近接戦闘機体に関連する技能への貢献は顕著であり、瞬時加速を始めとして近接戦の技能の大半は彼女によって齎されたものと言っても過言ではない。

 それから一気に各国へと拡散していった技能の数々だが、その中でもやはりごく限られた乗り手しか習得できなかった技能というものがある。それがあの二度目の、身も蓋もない言い方をしてしまえば『キチガイ』じみた加速だ。

 技術としては瞬時加速の発展形と言われている『連続瞬時加速(ダブル・イグニッション)』の延長線上にある。最初の加速後、溜めた推力を全て放出するよりも早く二度目のチャージを完了させ、一回目の分と合わせて一気に放出する。得られる加速はそれこそ桁外れだが、それなりに面倒な手順を素早く行わねばならない上に加速の制御も極めて難度が高いため、使用者は実質千冬一人くらいしかいなかった技術だ。

 

「はたして土壇場で無意識にやったのか、それとも意識してやったのか。後者なら大したものと言えますが……」

 

 あの背で鬼が啼いたかのような爆音はそれなりの見物だったために、はたして真相はどうなのかと期待する。ともあれ、そろそろ切り上げ時だと判断する。予想以上に面白いものも見ることができたし、報告として上げる分には十分だ。

 

「まぁそれにしても、みんなポカンとしてまぁまぁ」

 

 何気なしにアリーナの観客席を見回しながら呆れたように呟く。この程度で呆気にとられるようでは甘いと言わざるを得ない。技量だとかそれ以前の話で心構えがなっていない。

 自分とちょうど十前後離れた少女達、その中に特徴的な長いポニーテールの少女も居る。彼女は確か、篠ノ之博士の実妹の篠ノ之箒と言ったか。なるほど、かの天才の実妹とは言うが、こうしてパッと見るには普通の少女だ。あれでは、かの天才の妹などという肩書きは荷が重かろう。そう言う意味では、ある意味では不幸な境遇なのかもしれない。

 そんな取り留めもないことを考えながら美咲はそろそろ帰ろうかと思いながら観客席の生徒を何気なしに見回して、一人の少女と目が合った。

 

(なっ……!?)

 

 いや、ありえないと思った。ISの視覚補助があるならばともかく、今自分が居る場所と観客席の間には相当な距離が、それこそ肉眼では見えようはずもない距離がある。ゆえに、目が合ったとしてもそれはたまたま視線が交差しただけという偶然に過ぎない。事実として、向こうに自分の姿は見えないはずだ。

 だが、それでも目が合ったという間隔があった。あの、背筋に一瞬の微かな電流が流れるような感覚がだ。

 

「クスッ」

 

 口元に小さく笑みを浮かべて美咲は踵を返す。本当に、予想に反して面白いことが多いと思った。また機会があればこうして赴くのも悪くないと思うように。

 もはや用は無いと言うようにアリーナに背を向けた美咲はゆっくりと歩き始める。いつのまにかタワーの縁からその姿は掻き消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

(なんだ……?)

 

 周囲が予想だにしない一夏の勝利という結果で終わったことにざわめく中、斎藤初音は虚空の一点を見つめていた。何か特別な物があるというわけではない。目に付くと言えば、学園のシンボルに近い扱いにもなっているタワーくらいなものだ。だが、不思議と目を離せない違和感があった。そしてその違和感は、既に消えている。

 

「んー? どうかしたの、初音?」

 

 隣に立つ司が声を掛けて来たのに対して何でもないとだけ答える。いずれにせよ、勝敗が決した以上はこれ以上ここに居る意味もない。他の生徒達で廊下などが混む前に手早く引き上げようとして、また別の人物が二人に声を掛けた。

 

「斎藤先輩に、沖田先輩?」

 

「む……」

 

「ん~?」

 

 各々異なる反応で声のした方に振り向けば、そこには目立つポニーテールをした黒髪の少女が一人居る。誰かと記憶を手繰るまでもなく、名前はすんなりと浮かび上がった。

 

「篠ノ之、なにか?」

 

 剣道部の後輩にあたる箒に斎藤が何用かと尋ねる。

 

「いえ、たまたま二人を見かけたので。あの、二人はなぜ?」

 

「ふ~ん、何故って言われてもねぇ。そんな大した理由じゃないよ。単に、ちょっと興味があった。それだけだよね」

 

 肩をすくめながら軽い調子で応える司に、同じ理由であるからか初音も無言で頷く。

 

「まぁ、正直ちょっとビックリしたっていうのが本音かな? まさか候補生ちゃんに勝つなんて。それに、中々珍しいものも見れた。まぁ、見に来た価値はあったよね。あ、篠ノ之ちゃんって彼と同じクラスだっけ? おめでとうって初音が言ってたって伝えといてよ」

 

「待て司」

 

 思わぬところで自分の名を出されたことに初音が、小さく苛立ちを含んだ声で抗議をしようとするが、それよりも早く司は足早にその場を立ち去っていた。

 

「じゃあね~。チャオ」

 

 呆気にとられる箒の前で初音が苛立たしげに舌打ちをする。その後に続く咳払いで箒は意識を初音に向きなおした。

 

「あの、斎藤先輩……?」

 

「……私も行く。おめでとうはともかく、大したものだとは私も思う」

 

 誰のことを指しているかは言うまでもない。一夏のことだ。

 

「まぁ、そのつもりがあるなら貴女も励むこと。部活でなら、剣道くらいは少し教えることもできる」

 

 それだけ言って初音もまた踵を返して立ち去る。飄々とした風情の司とは違い、初音の足取りは硬質な鋭さを持っている。そんな感想をぼんやりと抱いた。

 

(そうだな。それも手か……)

 

 そうして実力がつけば、少しは一夏の興味を引くことができるかもしれない。そう思って箒は、今日は無理だが明日は部活に赴こうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、おぉ……」

 

 呻き声を漏らしながら一夏はすぐ側の壁についた手を支えとしながら何とか立っていた。

 最後の一撃、何とかしてでも一撃入れようと思いながら姉の戦闘記録にあった加速技術を使用した。幸いにして資料に事欠くことは無かったためにやり方はすぐに分かり、いざ本番で使っても使うには使えたが、この様だ。

 本命となる加速をできたは良いものの、その後の制御が完全に頭からすっぽ抜けていたため、セシリアに一撃入れた後には見事にかっ飛んで行って遮断シールドに正面衝突、そしてこれだ。

 

「エネルギー残量72……くっ。ギリギリだな。全然スマートじゃねぇ……」

 

 残っていたシールド用エネルギーの残量、それがギリギリまで減っていることには苛立ちを隠せない。しかもそれが加速の制御ができなかったことによるほとんど自滅に近いものによるとあっては尚更だ。

 だが、それでも勝っただけまだマシと言えるだろう。武装が思いのほか強力だったのも幸いした。

 全身に残る痛みにしかめっ面をしながら、一夏は改めて武装の概要を確認する。蒼月は姉のかつての愛機の装備であった『雪片』、および特殊能力の『零落白夜』による極めて高い攻撃力を武装のみで再現しようとした代物だ。

 必然的に極至近距離となる攻撃範囲において、IS同士の干渉によって防御力の下がった相手のシールドに、高密度に収束させたエネルギーを収束させ纏わせた刃を叩きつける。、エネルギーの熱量的、電位的、そして刃の物理的な切断力、これらで以って相手のシールドに極めて多大な負荷を掛けてシールドを大きく削り、あるいはそのままシールドの負荷限界を突破してISの最終安全機構とも言われる『絶対防御』を作動させて一気に削り切る。

 極めて大雑把に言ってしまえば、馬鹿の一つ覚えのごとく斬ることだけを追求した武装だ。だが、その突き抜け具合が逆に一夏には好ましく思えた。これでなら、今後も一緒にやっていけると思うぐらいにはだ。

 

 

『わたくしの……負けですか』

 

 通信でセシリアの声が聞こえた。

 

「まぁ、な。……無事か?」

 

『少し、意識が飛んでいましたわ。どこかの誰かさんが派手にやってくれたものでして』

 

「そうか。とんでもない奴が居るもんだ」

 

 明らかに皮肉をこめた物言いではあるが、一夏は我関せずと言う風に答える。

 

『あなた、心臓に毛でも生えていますの?』

 

「かなりの剛毛だな」

 

 呆れたようなため息が通信越しに聞こえた。動いた際に痛みでも感じたのか、小さく呻く声が聞こえた。

 

『お先に上がらせて頂きますわ。機体の調子を見て報告をまとめねばなりませんし、それに……今日はもう休みたいですわ』

 

「あぁ、そりゃ……俺もさ」

 

『では、また明日に』

 

 それを最後に通信が切れ、離れた所でブルー・ティアーズを纏ったセシリアが飛翔、彼女が飛び立ったピットに戻るのが見えた。シールドは剥げても飛べるんだよなぁなどと思いつつ、一夏も戻ろうと思い飛ぼうとする。だがそれより先に、再度通信が入った。

 

『おい馬鹿者』

 

「第一声がそれかよ……」

 

 試合を終えたばかりの、ましてや勝利を収めた弟に対して掛けた最初の言葉が馬鹿呼ばわりの姉に思わずツッコミを入れていた。

 

『さっさと引きあげて来い。そうしたら……説教だ』

 

「どうせそうだと思ったよチクショあいたた……」

 

 少しばかり声を大にしてみようと思った矢先に走った痺れるような痛みに思わず呻く。それを聞いたからか、通信越しにセシリア同様呆れるようなため息が一夏の耳に入った。とにかく、さっさと戻るしかない。

 

『あぁそうだ。先に言っておくことがある』

 

「何さ」

 

『確かにお前は素人でありながら候補生に勝った。あまつさえ、高難度の技能を未完成ながらも使った。あぁ、一般的には評価すべきだろうな。だが――まだまだと言うことを忘れるな。この程度のことでお前に満足してもらっては困る』

 

「……当り前だよ」

 

 それだけ言って一夏は通信を切った。そう、そんなことは一夏自身が一番よく分かっている。確かに自分がやったことは大したことなのかもしれない。だが、足りなさすぎる。

 セシリアには悪いが、彼女もいかに強かろうが所詮は候補生なのだ。同じ候補生でも彼女より強い者は多く居るだろうし、さらにISを保有する各国には『代表』と呼ばれるトップの実力者が居るのだ。

 そして己の最も身近には文字通りの頂点が存在する。ならば、この程度の戦果など、戦果の内に入れる気にはなれない。そう、姉の言う通りだ。自分はまだまだ足りない。知識も、技量も、何もかもが。

 

「なら、強くなるしかないよなぁ……」

 

 ただただ無心で強くなることだけを考えよう。強くなってどうするかなど、後からでもゆっくり考えられる。いや、別に目的などいらない。

 自分が強くなっていくという実感を得られるのであれば、それで十分だ。下手に目的など作り、それを達成して虚ろになるくらいならば、果ての無い探求の方が面白いに違いない。

 

「まだまだ、これからさ……」

 

 ピットに向けてゆっくりと飛びながら一夏は呟いた。言葉は、静かでありながら確かな熱がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の戦闘、勝ちはしたものの力技で強引に突破したものでありまだまだ未熟が目立つという感じをイメージしました。
本当はもっと他に色々書きたかったのですが、どうもそれは次回に持ち越しのようです。

一夏の武装は雪片ではなく別の物にしました。イメージとしては『雪片の威力を下げてエネルギーとかの使いやすさを上げた、マイルドな仕様』という感じです。にじファンでの楯無ルートをご存じの方は、あちらでの武器に似ていると思うかもしれませんが、名前が違うだけでほとんど同じ物と思って頂いて構いません。

とりあえずは試合の後の諸々を次回に書きたいと思います。個人的希望としては、あと数話(精々五話程度)で一巻を終わりにできたらと思っています。

では次回に。

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