或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 ざっと二カ月ぶりの更新となります。
まずはここまで更新が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。
続きをお待ちくださった方々にはただただ平にご容赦を願うばかりです。

 リアルの方で色々と忙しい状況になりろくに書く時間が取れなかったのですが、最近ようやく落ち着いたので続きを書き始め今回の更新と相成りました。
このリアルについては仔細を話すのは個人的にちょっとクるものがあるので、活動報告などから色々お察し頂ければと思います。

 さて、久しぶりの更新となる今回は軽いリハビリ感覚です。ゆえに普段より色々拙さが目立つと思いますが、ご容赦を。
え? 普段から拙いだろって? ごもっとも。

 というわけで今回は学園祭開幕直後です。野郎どもがゆる~くお送りいたします。


第六十一話:祭り、開幕 まずはゆる~く行こう

「さて皆さん、どうもおはこんにちばんわ。本日僕らはあのIS学園に足を踏み入れる運びと相成りました。まずはこれを手配してくれた我が最高の盟友と、この世に無二の姫への感謝の念を捧げるとしましょう。さてさて、そんな僕らですが、女の園のIS学園に乗り込むにあたり装いには結構気合いを入れて参りました。というわけで自己紹介も兼ねて、今日のコーデのイメージはスマート。そろそろ夏も終わりが見えて秋の涼しさも時折顔を覗かせる今日この頃、どこかクールな風が吹く日々に合わせて色のメインはブルー、決め台詞は『君、僕に釣られてみる?』なウラちゃん。カラオケのCl○max-J○mp四タロス版やダブアクClimaxVERではウラ&リュウ担当を務める僕は御手洗数馬がお送りします」

「おい、数馬」

「何だい? キンちゃん担当、今日のコーディネートは夜の新宿一丁目を歩き慣れていそうな五反田 弾くん」

「……お前、何言ってんの?」

 

 直通のモノレールからIS学園が存在する人工島に降り立った二人の少年、その片割れが唐突に始めた一人芝居に相方はすかさずツッコミを入れていた。言うまでも無く数馬と弾だ。ちなみにモモタ○スは一夏である。

 

「なんとなく場の説明ってやつは必要かと思ってね。こう、雰囲気的なアレで」

「いや、だから分からねーよ」

 

 とは言え、この親友が唐突に訳の分からないことを言い出すのはもはや慣れてしまったもので、深く問うのも早々に切り上げてしまうことにした。

 

「とりあえず行こうぜ。まずは一夏ンとこに顔出しとくか」

「そうだね。後は鈴や篠ノ之さんなんかにも挨拶はしといて、僕はすぐにでも簪さんに会わなきゃならない。礼を言っておきたいからね」

 

 そんな会話をしながら二人は入場口の待ち列に並び、入場審査の順番が来るのを待つ。

 

「結構並んでるな」

「場所柄、セキュリティに気を使った結果だろうね。あ~、鬱陶しい。僕に無駄な時間を過ごさせるとか、分際を弁えないかね塵芥が」

 

 周囲に聞こえないレベルでボソリと呟かれた物騒な言葉に弾はただ小さくため息を吐くだけに留める。何というかまぁ、本当に慣れたと言えば慣れたのだが、一々イラッと来た時の発言が物騒な友人である。この頃確信を抱いたのだが、数馬(コイツ)は車の運転をさせたら間違いなくストレスやら苛立ちがマッハになるタイプだ。伝え聞いた話では運転の適性には性格的なものも問われ、その一つに自己中心性の強さがあるのだが、間違いなく数馬はこれに引っかかるに違いない。むしろそうならなかったらおかしいと思えるくらいだ。

依然ブツクサと隣に立つ弾にしか聞こえないレベルの小声で物騒な怨嗟を呟き続ける数馬を尻目に、弾はそんな取り留めもないことを考える。こういう時はどうでも良いことを考えているのが一番だ。そうこうしている内に時間などあっという間に経ってしまう。それは今回も例外では無く、ふと意識を外側へと向けてみればいつの間にか並び待ちは二人の番が間近に迫っていた。

 

「招待券を拝見します」

 

 番がやってきた二人の入場受付を担当するのは他にも二、三ある受付と同じく学園の生徒だ。学年的に上にあたるだろう、長い髪を縛り眼鏡をかけたその女生徒に弾と数馬はそれぞれのチケットを手渡す。確認のためにチケットに記載された名前を見ると、その生徒は驚きと納得が入り混じったように僅かに目を見開いた。

 

「あぁ、貴方たちが織斑くんと簪さんの招待した方ですね」

「二人をご存じで?」

 

 一夏に関しては一応は世界レベルの有名人であるため、学園の生徒なら名前を知っていて当然だろう。ただ簪については、国家代表候補生である故に知る者は知っているだろうが、生徒全員が知っているというわけではないだろう。だがこの受付の生徒は明らかに二人を知っており、口ぶりからしてただ知っている以上でもあることが伺える。それら諸々の疑問をひっくるめて数馬が表向きの顔で以って紳士的に尋ねる。

 

「布仏 虚と申します。本校の三年ですが、簪さんとは所謂幼馴染の間柄でして。簪さんの交友の縁で織斑君とも少々」

 

 心情的には虚と簪の関係は楯無とはまた別の姉妹のソレだが、基本的には簪を主筋として虚は妹の本音共々仕える立場にある。そのため、基本的には虚も簪にはそうした礼を取って接しているが、このような場に関しては下手な探りを入れられないようにするために敢えて『年上』としての態度を取った。

 

「そうでしたか、貴方が簪さんの友人でしたか。いえ、実は私も今回のことには少々驚いているんですよ。彼女がこうした機会に友人を、それも男性の方を招待するなんて。――あの、今後とも彼女とはよろしくお願いしますね」

「ええ、無論。いや、正直今の話を聞けて少し気分が良い物でして。っと、後がつかえちゃいますね。とりあえず進ませて貰いますよ。また機会があればその折にゆっくりと、なんてどうです?」

「はい、是非に」

 

 穏やかな表情と優美な会釈と共にチェックを終えた数馬は同じようにチェックを終えた弾を連れて学園敷地内へと進んでいく。その横顔を見た弾は、心なしか数馬の機嫌が良くなっていることに気付いた。

 

「なんか嬉しそうだな」

「ん? そう見えるかい? まぁ悪い気分ではないのは確かだね」

「やっぱアレか。あの更識さん絡みで良いこと言われりゃお前でも良い気になるもんか」

「そう、だね。概ねそれで間違ってないかな」

 

 数馬の答えに弾はニヤリと笑みを浮かべる。案の定、その反応に数馬は怪訝そうな表情を浮かべ、求められるより先に理由を話すことにする。

 

「いやさ、割と驚いてんだよ。まさかあの数馬が付き合いの浅い他人に、しかも女子にこうも入れ込むなんてってな」

 

 重ねて言うが、基本的に数馬は人を見下しがちな性格をしている。一夏や弾のみが見ている前を除けば欠片も表に出すことは無いが、相応の能力を兼ね備えているだけに心中では常に相手を不遜な目で見ている。ことそれが顕著なのが同年代だ。曰く考えなしのサル、感情と行動が直列接続している欠陥構造、塵、芥、もう散々な言い様である。上から目線のままではあるが、一応評価に値すると認識している者もいるにはいるがそれも非常に少ない。この辺りについては数馬自身も「学校が、就職と進学の両立できてるってだけで中身の人間の質は並だからねぇ。K高校やN高校みたいな文字通りトップレベルの高校なら、まだマシだろうさ」と分析している。

そんな風に日頃から見下しまくっているカテゴリーに当てはまる人物に、殆ど一目惚れも同然となったということは弾にとっては割と大真面目にここ最近の中でもトップクラスの驚きだったりする。ちなみに一夏も似たような認識である。

 

「入れ込む、ね……」

 

 照れるか、でなければ普段の高慢ちきの一端で軽く反論でもしてくるかと思っていた。だがそんな弾の予想に反して数馬は弾の言葉をただ小さく反芻するだけだ。そんな数馬に今度は弾が怪訝そうな顔をする。数馬もすぐにそれに気が付き、大したことじゃないと前置きしてから言う。

 

「いやね、まぁ恥ずかしながら一目惚れだとか入れ込むだとか、間違っちゃいないんだよ、うん。弾に、それに後は一夏か。だからこそ言うけど、まぁ当たってるね、うん。ただ、何もそればっかりじゃないのかもなぁって、分かっちゃうってのがね」

 

 なに言ってんだこいつと言いたげな弾の表情に、数馬はヒラヒラと手を振りながら「こっちのこと、大したことじゃないよ。この上なく、つまらないことさ」とだけ言うと先を急ごうとする。明確な答えをはぐらかそうとする様子に思わないことが無いというわけでも無いが、あまり突っ込み過ぎるのも良くないかと弾はこれ以上の追及を止めることにする。

 

 

 さて、無事に学園内に入ることのできた二人がまず向かったのは一夏のところである。

クラスとしての出し物は喫茶店、一夏の任された役割はメニューのアイデア出しとホールスタッフその1だ。まだ学園祭もまだ始まって間もないため、まだ教室の方にいると一夏からは連絡が来ている。「ラーメン、つけ麺、ぼくイケメン」などという古いギャグが添えられた曰く執事コスの写真と共にだ。

 

「なんだかんだで一夏も楽しんでるよな、これ。ウザイけど」

「いやぁ、素養があったとは言えだいたいの原因の僕が言うのもなんだけど、今の一夏も見事にオタしてるからねぇ。コスとかむしろノッちゃうほうでしょ。だがこれはウザイ」

「俺は、そうだなぁ。あ、ライダーはやってみてぇな。面白そうだし、顔とか出さなくても良いからな」

「わかるわ」

 

 ついでに貰ったパンフレットも見つつどこを見ようか行こうかだのと協議しながら二人は歩を進める。だが依然として話題の中心は一夏だ。

 

「つーか一夏のやつ、写真が明らかにノリノリだよな……」

「ジャケットは脱いでるけど、フォーマルなスリーピースだね。ただ、シルバーアクセも付けてるからちょっと悪ぶってる感じはある。しかもモノクルとか、拗らせすぎ」

 

 数馬の声には明らかに抑えようとしている含み笑いがある。文章にすれば確実に文末で草を生やしまくっていることは間違いない。

 

「つーか悪ぶってる執事とか何さ、なんなの? ワイヤー使ってナチの吸血鬼部隊に喧嘩でも売ろうっての?」

「いやだから数馬、俺は分からないんだって」

「え、そうだっけ? 単行本貸すよ? マジ名作だからおススメだって」

「ま、追々な」

 

 一夏のいるとされる教室に向かう間にも展示が行われている教室の前を幾度か通り過ぎる。普通の学校でもやっていそうなものもあれば、これはIS学園ならではと思わせるものもある。さすがの数馬も初めて見るものもあるゆえか、興味を持つような視線であたりを見ている。

 

(な、る、ほ、ど、なるほどなるほど)

 

 時には壁にも解説のような掲示物があったりもする。その一つ一つを歩きながら素早く読んでいき、その内容を一気に頭の中で処理、理解する。時々、下調べをしていてもまるで知らないような単語だのなんだのにぶちあたることもあるが、それもまたあり得ると予見していただけに特にどうということは無い。

 

 そう、常に不意の事態というものも想定しておくのが賢いやり方というのが数馬の持論の一つだ。故に――

 

 

 

「どぅらっしゃあああああああ!!」

 

 目的の教室前まで来た二人を――正確には数馬を見つけた瞬間に冷やかし半分で一組にいた鈴が飛び掛かってきたのも数馬にとっては難なく対処ができるというわけである。

 

「はい残念」

 

 軽く身を捻って数馬はあっさりと鈴の突撃を受け流す。ぶちかましの対象がいなくなってしまったために鈴は一瞬バランスを崩しかけるが、そこは彼女も流石というべきか、すぐに体勢を取り戻して背後でニヤニヤと自分を見ている数馬を睨み付ける。

 

「この前の駅で言ってたこと、マジだったってわけね」

「言っただろう? 自信はあるって。あいにくと体力は無いし筋力も優れているわけじゃない、ワザマエ――もとい腕前だって一夏と比べたらペーも良い所さ。けど鈴、君の猪突進をやり過ごすくらいなら容易いさ。あぁそれとアドバイスだけど、不意打ちなら黙ってやる方が良いよ。一気に近づいて無言の腹パン、これがセオリーさ」

「……ホンット、癪に障る物言いね」

 

 明らかにイラッとした年頃の少女にあるまじき顔をしながら鈴は数馬を睨みつける。彼女の性格を考えればそのまま追撃に移ってもおかしくはないが、伊達に候補生などをやっているわけではない。あの不意打ちをかわされた段階でそれ以上は無駄だと理性の部分で結論を下していた。ゆえに思い切り睨みつけるに留まったのだ。

 

「というか鈴、いったい僕が何をしたと? まぁ確かに、真相を知られれば人に恨まれるようなことは多少なりともしてきた自覚はあるがね。少なくとも君にはそういった振る舞いをしたつもりは無いはずだが?」

「いったい何をやってきたのよあんたは……。いや、それは今はいいわ。あぁそうね、まぁ完全なあたしの八つ当たりよ。まったく、あんたのせいなんでしょ? ここ最近の一夏があんたみたいな妙ちきりんなこと言うようになったのは」

「あ~」

 

 そういうことかと鈴の言わんとすることに当たりをつける。普段のIS学園での一夏の振る舞いや言動はほとんど簪からの伝手でしか聞かないが、察するに自分が色々と布教した影響が出ているということだろう。なるほど確かに、鈴の性格から言えば物申したくもなるというものか。

 

「そのことについて確かに僕の関与があったのは否定しないが、遅かれ早かれこうなっていたとは思うがね。鈴、君とて知っているはずだろう? あれで一夏はプライベートではインドア派だ。聞くに幼少の頃からの愛好なども類に含まれる。元より素養はあったのだよ。まぁ一つアドバイスをすれば、適当にあしらって放っておくといい。今は言ってしまえば初期の興奮状態、時が経てば落ち着きもするだろうさ」

 

 何も今の一夏に限った話では無い。例えばお気に入りの缶ジュースを見つけたとすれば、しばらくはそればかりを買うことがあるだろう。気に言った料理のレシピを得れば、しばらくはそれを作ることが多いだろう。

物の好きはそういうものだ。ハマった直後は一種の興奮状態のようにそれに傾倒し、しばらくすれば好むというのは変わらずにそのテンションも落ち着く。今の一夏もそういうものだと数馬は言いたいのだ。

 

「……ま、そういうことにしとくわ」

 

 いまいち理解しきれていないのか、憮然としたものを残したままの表情だが鈴は引き下がることにする。数馬がそう言うのであれば、不本意ながらそうなのだろう。何だかんだで鈴とて数馬のことは認めている。その人物を評する眼力は確かだし、数馬と一夏は互いに親友を自負し合っている。これこそまさに業腹だが、相互の理解は鈴がそれぞれに対し持つものよりも深いのだろう。ならば、これ以上の自分の追及は不要というものだ。本当に不愉快だが。

 

 

 

「んで、おのれらは何をやっちょる」

 

 呆れたような声が教室の入り口から掛けられる。見れば入り口のところに寄りかかるようにして三人を見る一夏がそこにいた。

 

「やぁ一夏、お招きに預かり参上したよ」

「お前を招待したのは簪だけどな。まぁ良いや、うん、待ってたぜ。弾もな」

「おう、チケットありがとな」

「とりあえず二人とも入れよ。席もまだ空いてるし。ほら鈴、お前は二組の仕事あんだろーが、しかも出展場所離れてるし。はよ戻れ」

「うっさいわねー。分かってるわよそんなこと」

 

 まだ学園祭自体が始まってそれほど経っていない時間ゆえに一組二組、どちらも人の入りは落ち着いたものだがこの後に増えていくことは想像に難くない。一夏も鈴も、共にクラスでの出し物に仕事を抱えている身として決して暇ではないのだ。ちなみに鈴が一組の方にいた理由は単なる様子見である。

ぶーたれながら自分の仕事へと戻っていく鈴を尻目に一夏は弾と数馬を教室へと押し込む。「お二人様ごあんなーい」という掛け声も忘れない。教室に入った以上は親友だろうと立派な搾取対――お客様なのである。

 

「とりあえずオーダー取るけど、ご注文はうさ――」

「はいカットー。カットカットー。あのねいっぴー、君がそれ好きなのはよ~く分かってるから自重してね。あ、僕コーヒーとガトーショコラね。コーヒーはブラックで」

「俺は紅茶、ダージリンのストレートな。あとチーズケーキ」

「ヨロコンデー」

 

 居酒屋みたいな対応である。喫茶店らしさも執事らしさもあったものではない。

注文を仕切りで区切られた奥にあるキッチンスペースのクラスメートに伝える。紅茶やコーヒーの淹れ方はセシリアが導入した本格的なものを可能な限り簡易化したマニュアルに沿って行われ、ケーキなどの菓子類は予め作っておいたものを簡易冷蔵庫に入れておき、それを切り分けて提供する。出てくるまでにそう時間はかからない。ちなみにこの一組出展の喫茶店、キャッチコピーは「本場イギリスの貴族がセレクトした紅茶と、世界初の男性IS乗りプロデュースのケーキ」である。

オーダーの品物が出されると一夏はそれを二人の下へと運びサーブする。まだ店内も客入りは多くなく、動き回る必要もないため一夏も二人に向かい合う形でテーブルに腰を下ろした。

 

「ん~、良いコーヒーだ。この香り、豊潤さとまろやかさのハァアアモニィィィ。トレッビアァァアンと言うよりほかないね」

「うるせぇよ数馬。言葉どころか顔までうるさくなってるように見えんのは気のせいか?」

「ほっとけ一夏、いつもの事だろ。こいつさっきからずっとこんな感じなんだよ」

 

 言われてみりゃその通りだと一夏もそれ以上のツッコミを止めることにする。どうしても止めたければド突けばいいだけの話だ。

 

「時に一夏、せっかくの機会なんだ。僕らとしては君も伴ってここを見て回りたいのだけど、時間はあるかね?」

「そりゃ問題ないぞ。シフトはきっちりタイムテーブルで決めてあるからな」

「良いのかい? 仮にも君という人間が接客なぞをしている出展だ。それなりに見物人などで客足は見込めると思うけど?」

「一度決まったタイムテーブルが崩せるかよ。第一、ここの売りはあくまで飲み物とケーキ類。オレの接客なんぞおまけに過ぎねぇよ。それに、ちょいと野暮用もあってな。一組(こっち)にかかずらってばかりってわけにもいかねぇんだ」

「へぇ……」

 

 何てことのないように予定を話す一夏に数馬は何のことかを尋ねようとし、だが野暮用と言った瞬間に一夏の瞳の奥に走った怜悧な光を見逃さなかったゆえに敢えて追及を止めた。

 

「まぁ良いや。ここをお暇したら僕と弾は適当に見て回ることにするよ。一夏、手が空いたら連絡をくれたまえ。そしたら一緒に回ろう」

「おう。まぁそれまでは適当に楽しんでくれや」

 

 そこまで言えば確認しておくべきことなど殆どなくなる。後はただ飲み物とケーキに舌鼓を打つだけだ。その間にも駄弁るようなかわいは続き、弾や数馬とも見知っている箒が挨拶に来たり、一夏の友人ということで物珍しがって寄ってくるクラスメイトに一夏が二人のことを軽く紹介したりなどが続いたりした。

 

「いやしかし、本当に美味しいね。このコーヒー」

「紅茶もかなりのもんだな。確かイギリス貴族のお嬢がセレクトしたんだろ? やっぱ本場は違うな……」

 

 文句など一切ない二人の褒めっぷりに一夏も内心で大いに頷く。紅茶大国と呼ばれるイギリスにおいて由緒ある育ちをしたセシリアの紅茶のチョイスは紛れも無い本物だ。ついでにこの機会に初めて知ったことだが、紅茶どころかコーヒーにもセシリアは詳しかったらしい。聞けば普通にコーヒーも人気があるとかなんとか。へぇボタンがあれば押していたくらいだ。

 

「で、ケーキだけどさ」

「おい一夏、もしかしなくてもこれってあれだよな。中坊の頃に試しで色々作ってた時のやつ。あれ流用したろ」

「そ。結構オリジナルなトコもあったし、まぁピッタリかなーと」

 

 思い出されるのは三人の中学時代。その場の思い付きで何かをやり始めることも多かったが、ある時にどういうわけか「ケーキ作ろうぜケーキ」みたいな話になった。そして当時から調理には造詣の深かった弾が筆頭となり既存のものにあれやこれやと手を加えながら色々作ったりしたのだが、まさかそれがこんな場所で持ち出されるとは欠片も想定はしていなかった。

(※公式アナウンス:このエピソードは作者の気まぐれ次第でもしかしたら何かしらの形で書くかもしれないし書かないかもしれません。悪しからず)

 

「ま、とりあえず名前出しときゃそれだけで客が集まるんだからな。ボロい商売だよ。今回ばかりは有名になったことに感謝してるね」

 

 周囲には聞こえないレベルの小声で意地の悪そうな含み笑いと共に出された言葉に数馬も弾も苦笑する。気が付けば客の数も増えてきており、二人の皿もほとんど空いている頃合いになっていた。

 

「わりぃ、そろそろ忙しくなりそうだからオレ抜けるわ。流石に最低限の仕事はしなきゃマズイ」

「なら僕は食べ終わったし、そろそろお暇させてもらおうかな。弾はどうする?」

「そうだな、俺はもう一品くらい頼んでみるかな。さっきは紅茶だったから、今度はコーヒーでいってみるか」

 

 三人ともに次の行動が決まったところで一夏と数馬は椅子から立ち上がる。

 

「じゃ、オレはホールやんなきゃだから二人は悪いけど会計に注文、適当にやっといてくれや」

「うん、とりあえず僕らも適当に動くけど、なんかあったら連絡するよ」

 

 それに一夏は頷き返すと気合いを入れるように軽く腕を回し、どこから取り出したのかおもむろに人の頭大の白い毛玉のようなものを頭部に乗せた。

 

「いっぴーちょっとストップ」

「ん? どうしたよ」

「それは何さ」

 

 頭の上に乗せたものを指して何かと問われ、事も無げに一夏は答える。

 

「なにって、通販で買ったティッピーぬいぐるみ。頭にジャストフィットだ」

「……」

 

 あーもうどうしようかなーこいつーと数馬は軽く思考を放り投げそうになる。チラリと後ろを見れば弾もコメントに困るようにこめかみに手をやっている。そりゃあ、布教したのは自分だし好んでくれているのは布教した側として嬉しくはあるが、思った以上にダメだった。

 

「僕としては、それはどこか目につきやすい場所に置いておいてここの看板マスコットみたいなのにでもすればいいと思うよ?」

「そうか? ん、いや、それもありか。うん、ありだな」

 

 思いのほかあっさりと数馬の提案を受け入れた一夏はとりあえずと言うように仮設のレジカウンターの脇にポスリと置く。一夏としても納得のいく配置になったのか、満足げにウンと一つ頷く。そして二人の方を振り向きドヤ顔を一つすると意気揚々と自身の仕事に向かって行った。

 

「なぁ数馬。最近さ、一夏も愉快なことになってるよな」

 

 他にも言い様はあるのだが、弾としてもかなり気を使っての言葉ゆえに愉快と表現は留まる。とりあえずはそーだねーと曖昧な答えを返しておく。

 

「まぁアレでもダチなわけだけど、どうするよ? お前なら分かるだろ」

 

 暗に「お前が原因みたいなもんだからちゃんと対応は考えろよ」と言われ、数馬はしばし考える。そして出た結論はこうだ。

 

「そっとしておこう」

「……だな」

 

 どうせ時間が経てば落ち着くのだから。ツッコミはどうすれば良いのかって? そんなものは鈴に任せておけば良い。そういう役回りだし、彼女以上の適任者などそう居ないのだから。

 

 

 

 

 

 アリガトウゴザイマシターという声を背に一組の喫茶店――ようやく気付いた店名「Rabbita House」をあえて見なかったことにして――を出た数馬はほぅ、と一息つき、何気なく眼前の窓から見える空を眺める。

 

「次あたりは、サ○エさん方式でお送りすることになりそうだね」

 

 そんな誰に言っているのか分からないことを呟くと、次の目的地へと向けて歩き出す。

「とうとう波○に続いておフ○さんまで中の人変わっちゃったよー」とぼやきながら、その姿は来場者の人ごみの中へと紛れて行った。

 

 

 

 

 

 




 というわけで、何やらメタいことを言っている数馬くんの発言通り、次回はまた夏休み編のような小話の複数収録形式みたいなので行こうと思います。
多分一つあたりの文章量は夏休み編より更に短くなるような気もしますが。
学園祭での一コマをいくらか切り抜いてお送りしようと思います。

 とりあえずこの学園祭でやりたいなーと思っていることとしては、色んな組み合わせでのニアミスやら何やら、相変わらずネタまみれで何気に一夏が本気に近くなるわちゃくちゃ、やっとこさ入るシリアス、本性を垣間見せるあいつとあいつ、本作品初にしてロマンチックも欠片もない○○シーンという感じでしょうか。
乞うご期待。

 それともう一つ、良い機会なのでアナウンスです。
五巻編、学園祭終わっても終わりにはならない予定です。まだちょっと、やらなきゃならないことがあるんで。

 それでは、また次回更新の折に。
感想ご意見、ドシドシどうぞ。久しぶりの更新ですからね、手ぐすね引いて待ってます。



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