或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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遅れましたが、第七話の投稿となります。今回、終盤であの娘が登場です。


第七話 試合の後は反省会! ツインテが中国からやってくるそうですよ

 おぼつかなさを感じさせるゆっくりとした飛行で一夏は出撃したピットに戻った。

 ISのシールドに用いられるエネルギーはコアにチャージされた各種駆動に要される動力から一部を専用に変換されたものを別枠として用いるため、たとえシールドがなくなろうと基本的な行動は可能だ。もっとも、その場合はISを纏っているが生身を晒しているのと同義になるため、基本的にシールドの喪失=戦闘不能となっている。

 ピットに辿り着き床に足をつけた一夏はそのまま数歩ばかり前に進む。ISで歩く時のガシャガシャとした音が耳に入るが、心なしか疲労の影響が足取りにも出た結果として音が少しばかり耳障りなものになっているような気もする。その原因のほとんどが最後の加速の制御無視による自滅だと言うのだから、まったくもって笑えない。

 

「戻ったか」

 

 奥から千冬と真耶が歩いてくる。

 

「まずはISを片付けろ。専用機の待機状態、知らんとは言わせんぞ」

 

 そういえばそんなのがあったなと一夏は記憶を掘り返す。専用機として登録されたISには専属搭乗者が常時――万が一の際の護身の意味も込めて――携行ができるように、小型のアクセサリーなどの形に変化する機能を追加で有することになる。ますますもって非現実じみていると思わないでもないが、それをISは可能としているのが現実だ。

 千冬の口ぶりに自分が纏っている白式も待機形態になれるのだろうと思うが、されどうやってその状態にすれば良いのか。

 

(とりあえず、『戻れ』とでも念じるか?)

 

 軽く目をつぶりイメージと共に戻れと念じる。セットのイメージは鞘に納める刀だ。これほどしっくりくる収納のイメージを自分は他に知らない。

 直後、一夏の全身を覆っていた装甲が光の粒子になると共に、その右手首に収束する。文字通りあっという間の刹那だった。気付けば、自分の右腕には白い金属質の腕輪が嵌められていた。

 白を基調として流れるようなレリーフが彫りこまれた意匠だ。中央で交差するように引かれた二本の細い鎖が小洒落た印象を与えている。

 

「こいつが、ねぇ……」

 

 まじまじと角度を変えながら白式の専用機を眺める一夏の耳に、千冬の軽い咳払いの音が入る。そういえばこれからお説教だったと思いだし、正直面倒くさいと思うが一夏は前に立つ実姉に意識を向け直した。

 

「まずは試合ご苦労と言おう。ろくな経験もないままに試合に放り出されて、あまつさえ一国の候補生相手に勝利を収めたことはまぁ、それだけで見れば結構な結果ではある」

 

 意外というのが一夏の感想だった。開口一番に小言が飛んでくるかと思えば、出て来たのは労うような言葉だ。いいや違う。これはただの前振りに過ぎない。労いにしてはどうにも言葉にそんな感情が籠っているように感じない。ついでに言えば、自分がそれを良しとしたのもあるが、いきなり試合に放り出したのはそっちでもある。

 

「しかしだ。それを軽く帳消しにしてしまうくらいに酷い様でもあった。確かに努力はしたのだろうし、僅かなりともその痕跡は見えたものの、まだ基本の機動も甘い。

 それだけではない。相手の攻撃を武装で弾いていたが、そんな恰好をつける暇があればより無駄のない機動で回避することに努めろ。確かにそれなりに『腕』が必要なやり方ではあるが、そもそも然るべき回避運動が行えるのであればあのようなことはする必要がない。単にお前が未熟だからあのようにせざるを得なかっただけだ。

 専用機がある以上、アリーナの使用申請さえすれば少なくともお前はいつでもISの自主操縦訓練が可能だ。さっさと精進に努めろ。無論、山田先生の補講、日頃の授業、お前自身の鍛錬、それらもひっくるめた上でだ」

 

「まぁた無茶を言う。言うのは楽だけど、結構きついですよソレ?」

 

「だが、それで実力をつけられるのであれば、必要ならばやる。お前はそういうやつだろう?」

 

「……クッ。まぁそうですねぇ。それに、強くなれる実感があるなら訓練のキツさも結構気持ちよく感じるもんで。あぁ、俺はどっちかと言えばSだけど」

 

「……まぁいい。次だ」

 

 歪んだ皮肉で作った笑みを顔に張り付ける弟を、千冬は僅かな間だけ沈黙と共に見つめていたが、すぐに言葉を続ける。

 

「最後だ。と言うよりも、これが本命だがな。最後の加速、どこで知った」

 

「どこでも何も、視聴覚室の記録映像に普通に」

 

 そういえばそうだったと、千冬は頭が痛いと言わんばかりの顔で額に手を添えながらため息を吐く。自分も一線を退いてそれなりに立つし、自分のIS乗り随一の猛者としての立場を盤石とさせた要因の一つであるあの加速、そもそも使っていたのが千冬一人であったため、久しく見ていなかったために色々と忘れていた。そんな自分の不徳に自分で呆れるようにため息を吐きながら首を横に振る。

 

「まぁ見てしまったものは仕方ない。仕組みもまた同様だ。いいか織斑、言えるのはこれだけだ。『完全にものにする』か『一切使わない』かだ。あれに関してはその二つに一つしか存在しない。僅かでも綻びがあればすぐに何もかもが破綻する。その結果は身を以って思い知ったはずだ」

 

 何のことかは言うまでもない。最後の自滅のことだ。実際に体験してそれ以外にあり得ないと悟ったのだろう。一夏もすぐに頷いて肯定する。

 

「これで終いだ。今日の試合の記録映像は今後の教材の一部として取り扱う。当然ながら、お前がそうしたように視聴覚室での閲覧も可能だ。きっちり反省点を見つけて改善しろ。言っておくが、専用機を持つからにはこと実技の面で他に後れを取るなどということがあってはならない。分かっているな」

 

 無言で頷いた一夏に千冬は顎の動きでもう行けと示す。軽く一礼をして一夏は踵を返すと更衣室に戻ろうとする。離れていく一夏の背を千冬は静かに見つめていた。直後に起きたことを、千冬の隣に立っていた真耶は全て終わってからようやく何があったか理解した。

 手にしたクリップボードに添えつけられたボールペンを千冬が一夏に向けて投げつけていた。一直線に鋭く向かって行くペン先が一夏の後頭部に当たろうとする刹那、今度は一夏の右手が鋭く動いてペンを人差し指と中指で挟み取り、そのまま千冬に投げ返す。そして先ほどとは逆に自分に向かって飛んできたペンを、千冬は一夏同様に指で挟み取るとそのままクルリと回してクリップボードに収めた。

 

「え?」

 

「なんのつもりだよ、姉貴」

 

「いや、少しばかり弟の腕を確認したかっただけだ。それと、『先生』だ」

 

 困惑するように一夏と千冬に視線の行ったり来たりを繰り返す真耶を尻目に、姉弟は言葉をかわす。

 

「一つ、確認しておきたい」

 

「何を?」

 

「お前は、何を目標とするつもりだ。別に何でも良い。IS乗りとしても、武術家としても、お前が今後自分を鍛えていく上での目標はあるのか?」

 

「目標……か」

 

 さてどう答えたものかと考えるように一夏は視線だけを上向きに動かす。そしてしばし悩むように目を閉じると、考えがまとまったからか目を開き、答えを返し始めた。

 

「目標というより、指標や目安みたいなものはある。例えばIS乗りとしてなら、今回みたいな候補生のような強い相手に勝つことや、例えばできなかった技をできるようになること。当然だけど、先生に勝つことも含まれてる」

 

 サラリと世界最強の乗り手の打倒を目標に掲げると言い放った一夏に、千冬の隣に立つ真耶が小さく息を飲んだが、とうの千冬はと言えば涼しい顔で一夏の言葉の続きに耳を傾ける。

 

「けど、ここっていう目標(ゴール)は作っていない。作るつもりがない。だってそうでしょ。そんなゴールを作って、そこに達したら後は腐るだけ。だったら、ゴールなんて作らないでただひたすらに何も考えないで鍛え続けていた方がマシってもんですよ」

 

 それはつまり、本来であれば手段であるはずの『力を得る』という行為を目的に転じさせていること。そして手段が目的に代わってしまった以上、そこに果ては存在しない。あるのはただそれのみを追い求める執念、そしてそれが高じ過ぎた狂気だけだ。

 

「無心で己を高めるという姿勢は嫌いでは無い。むしろ好ましいと思っている。だが織斑、曲がりなりにも人生の先達として言わせてもらおう。その上で、為したい何かとはないのか?」

 

「さぁ。もしかしたらこれから出てくるのかもしれない。けどきっと、それはその時その時だけのもので、うん。やっぱり俺は何も考えずに馬鹿の一つ覚えで鍛えてるでしょうよ。まぁとにかく、今は色々足りなさ過ぎている。当面は、そっちに集中したいですね」

 

「……そうか」

 

 これ以上話すことは無いと言うように一夏は更衣室に向けて歩いていく。そしてその背がピットから更衣室へと続くドアの向こうに消えていったのを見て、千冬は呆れたようなため息を吐いた。

 

「まったく、あいつときたら……」

 

「あのぉ~、織斑先生?」

 

「何か? 山田先生」

 

「いえ、その、さっきのは流石に危なくないですか?」

 

 オズオズとした様子で声をかけた真耶が指しているのは、先ほどのペンを投げつけたことだ。あれだけ鋭く投げつけられたペンが当たれば、間違いなく危ない。

 

「まぁ確かに普通なら危ない。だが、アレにそんな心配は不要だ。実際、あいつはあっさり止めただろう。少なくとも自分の間合いに入って来たものに反応して対処するくらいはあいつも問題無くこなす。仮に反応できなくて当たったとしても、別に大したことは無いだろうし逆にそれを自分の不足と取る。あれはそういうやつだよ」

 

「そういえば織斑君、勝った割にはあまり嬉しそうにしてませんでしたよね。自分に厳しい、ということでしょうか?」

 

「まぁ概ねその認識で間違ってはいないな。良くも悪くも、あいつの『強さ』というものへの執念は強烈でな。剣の手ほどきをしたあいつの師が規格外だったりと、色々要因はあるが。とはいえ、怠惰に生きるよりはまだ骨がある分だけマシというやつさ」

 

 そう言って千冬もまた踵を返して歩き出す。教師である二人にはこの後も仕事が残っている。いつまでも立ち話をしているわけにもいかない。そして、後を追うように後ろを歩く真耶には素振りを悟られること無く千冬は弟について思いを巡らせていた。

 

(思えば、あそこまであいつが力に執着するようになったのは三年前か……。何も、言えんな。結局は私の未熟が巡り巡ったようなものだ)

 

 今の弟の姿にはかつての自分が重なる。ちょうど今の弟くらいの自分と乳飲み子の幼さであった一夏を残して両親が消えた時の自分とだ。血を分けた家族である一夏を、彼だけは何としてでも守らんとしてただひたすらにがむしゃらになっていた。

 今になって思い返せば若気の至りで済まされないことも多々ありはしたが、それはもはや後悔のしようが無いところまで影響を残した。

 姉弟揃っての逆縁を辿ることに憂いを抱きはするものの、自分自身のことがあるためにあれやと口を出すことも躊躇われる。今の自分にできることは当面見守ることだと言い聞かせると同時に、ただ一人の肉親であると言うのにあまりにままならない今に、千冬は小さく眉を潜めた。

 

 

 

 

 更衣室に入った一夏は手早く着替えを済ませると手近な椅子に座りこんだ。

 ISスーツはその形状ゆえに着替える際は水着のソレと感覚が似ている。思えば小学校の時などプールの更衣室で一人は着替え中にふざけてサービスなどと言うやつも居たなぁなどと、思ってから至極どうでも良いと感じる感慨にふけったりする。

 

(いやいや、本当にどうでも良いなコレ)

 

 手早く着替え終えると少し休憩を取ろうと椅子に座りこむ。そして隣に置いた鞄からスポーツドリンクのボトルを取り出す。一応冷蔵庫で冷やしてはいたが、鞄に入れている内にすっかりぬるくなっていた。

 だがそんなことは気に掛けずにキャップを捻って蓋をあける。そして口をつけ、一気に中身を飲みこんでいく。水分を欲しているのは確かだが、別に暑さに喘いでいるわけではない。ならばむしろぬるいほうが丁度良いし、吸収の効率面でも良いと言える。

 

「クハッ! カーッ、やっぱ良いわこれ!」

 

 胃にドリンクが流れ込むと同時に渇きが癒されていく。もちろんイメージでしかないが、その何とも言えない心地よい感覚に、口を離すと同時にそんな親父臭いセリフが口を突いて出る。

 ちなみに、ボトルは一般的な500mLのものであるが、その八割ほどを一夏は一息で飲み干していた。なお、これでも抑えた方だ。一気にボトル全部は容易いし、その更に上の量もイケル。

 残った少しを一気に飲み干すと一夏は椅子から立ち上がり、空のボトルを片手に軽く周りを見回す。そして更衣室の一角に置かれたごみ箱を見つけた。

 何気なしに一夏はボトルを持った手を振る。同時に空のボトルが放物線を描きながら宙を舞いホールインワン。ごみ箱とボトルが接触する軽い音と共に、空ボトルはごみ箱へと呑まれていった。

 そのまま一夏は体をほぐすように両腕を天に向け、思い切り背筋を伸ばす。しばし座り込んでドリンクを飲んだことでそれなり以上に回復はした。これが他の者、たとえば同じクラスの者たちならばもう少しグロッキーが続くだろうが、生憎鍛え方が違う。

 何年も体をいじめ抜くようなトレーニングを続けて来たのだ。よくて精々少々鍛えた程度の十五、六の小娘と一緒にされては困ると、自分も同年代ということを完全に棚上げした上で口には出さずとも思っている。

 知らず、『武術家』としての力量を基準として一夏が他者と自分の間に線引きを設けていることを知る者は殆どいない。なにせ当の本人でさえ気付いていないのだ。

 

「クゥッ……っと。よし、戻るか」

 

 もっともそんな考えも体をほぐした僅かな間に、意識の片隅にうっすらと浮かんだだけのもの。体を伸ばした状態から元に戻すと同時に霞のように消えてなくなった。

 荷物を掴んで一夏は更衣室を出る。歩きながら体の調子を確認するが僅かな休憩で体の調子はかなり回復している。だからと言って完全に気を弛緩させているわけではない。姉の言う通り、勝てこそしたが未熟も良い所なのだ。反省すべき点などいくらでもある。

 折角の専用機を受領したのだし、さっそく明日からでもアリーナの使用申請をして自主練習をと思い、ますます圧迫されていく時間というものに頭を抱えたくなる。本気で一日が三十時間くらいは欲しい。

 その後、小走りで自分を追って来た真耶から翌日に白式の開発元の企業であるという倉持技研の技術者を交えた上で、改めて機体のチェックや調整を行うと聞かされ、ますます圧迫される時間に一夏は思わず肩を落としていた。

 

 

 

 

 

 流れる湯が全身を打つ音をBGMにセシリアは自室でシャワーを浴びていた。

 よりゆったりできるということを求めるのであれば、他の者と使用が被るかもしれないが寮の大浴場を使用するという手もある。だが今しばらくは一人で考え事をしたい彼女は、汗を流すのに各部屋に添えつけられたシャワールームを使用していた。

 

「ふぅ……」

 

 全身に感じる湯の熱の心地よさに緊張をほぐすように一息つく。つい先刻まで試合の後の疲弊をおして本国へと試合の結果を報告していたのだ。

 結果として敗北を喫したことには良い顔をされなかったものの、本国でも動向を気に掛けている現状唯一の男性操縦者である一夏の試合を行っているデータを早期に得られたという点を考慮して、要精進という旨の小言で済んだ。

 また、『ブルー・ティアーズ』の稼働データのログの提出を行うと共に、本国より技術者を呼んでのメンテナンスが行われることも決定した。

 IS、特に専用機はデータという実体を持たない形で格納されるという性質上、多少損耗しても弾薬などの消耗品以外は時間を置くことである程度自然に回復をするという、まさしく魔法じみた特性を持っているが、やはり人の手で直接直した方が早く済む上に、今後学園で運用していくにあたって改めて調整をしておいた方が良いという判断によってであった。

 

(まったく、入学早々にとんだことになりましたわね)

 

 愚痴るように胸の内で零す。あまり表だって言うようなことではないが、セシリアは他の生徒と同じように学園で学ぶにあたって気分を昂らせたりということはしていなかった。

 大多数の入学者達は、将来的に国家とそこに住まう民衆から期待される一握りしかいない正式なIS乗りになることを夢見て入学をしたのだろうが、実際問題として学園入学を機に本格的にISに関わるようになった者で学園卒業後も乗り手として活躍できる者は最終的に文字通り一握りの優秀な者に限られる。あとは自分のように学園入学以前に高い適正を示すなどして専門的な教育、訓練を受けることができた者くらいだろう。

 そして自分がそうした立場にあるからこそ、セシリアは学園にやってきたとて自分の役割というものを冷静に割り切っていた。つまり、未だ開発途上にあるといえる第三世代兵装の稼働データを取得し、より技術全体の完成度を高めることに貢献することと、各国から集まるだろう未来の乗り手達を見定めて国のIS戦略の参考の一端とすること。

 そして今年に限って言えば、唯一の男性操縦者である一夏に関しての諸々の調査だ。

 

(正直、余計な刺激をしたような気がしてなりませんわね)

 

 育ちとIS乗りという立場ゆえに同年代の異性との接触が決して多いとは言えなかっただけに、本国でも一時期話題を掻っ攫った男性IS起動者がどのような人物なのか。

 興味が無いと言えば嘘であったし、実際に入学して少し会話をしてみてただの愚鈍というわけではないと分かった。そしていざ試合となったら、アレだ。

 自身の未熟によるティアーズの制御における弱点を見抜いた挙句、執念深く一撃を入れようとしてきた。そして実際にそうした。あの時の悪鬼じみた形相と怒声は正直忘れられそうにない。

 

「ふぅ……」

 

 目の前の壁に付けられたノブを捻ってシャワーを止める。そしてシャワーを浴びながら湯を張っていた浴槽に身を沈める。流石に思い切り足を伸ばすだけの広さも無いが、全身を湯に包まれる感覚は先ほどまでのシャワーとはまた違った心地よさがある。

 

「思えば、珍しいタイプの方でしたわね」

 

 自慢をするわけではないがセシリアの実家はイギリスでも有数の名家だ。複数の企業を経営し潤沢な資産を持ち、代々伝わる爵位も持っている。

 そしてセシリア自身もまた国家代表候補生という、言うなれば国家所属のIS乗りの中でもエリートとされるグループに属している。その都合、公的なパーティなどにも出席し年の近しい者と交流する機会もあるにはあったが、同性はともかくとして異性である同年代の少年は彼女にへりくだる者が多かった。

 確かに自分にはそれなりの肩書きが乗っていることは理解している。だが、だからといって変にへりくだるのもおかしな話ではないだろうか。同世代の異性に対し、僅かなりとも失望を抱くのも無理のない話であった。

 

 数年前に両親が事故死して以来、実家や各企業などを取り仕切っているのは彼女の祖父であり、祖父は巌のような厳しさと共に貴人の何たるかを体現しているような立派な人物だが、せめてその気骨の一端くらいは持って欲しいと思った。

 そう言う点では一夏は彼女にとってそれなりには評価できる。色々と思うところはあれど自分から勝利をもぎ取ったのは事実だし、常に前を見据えているような毅然とした姿勢は良いことだと思う。

 

「おじい様とは違いますが、柔な殿方というわけではなさそうですわね」

 

 まぁ確実に母と共に亡くなった父とは似ても似つかないだろう。オルコット本家の娘として生まれた母は自分をその立場に相応しい娘にしようと厳しく育ててきたが、対照的に婿入りしてきた父はいつでもセシリアに優しかった。

 母の厳しい指導に涙を浮かべて挫けそうになった時、父はいつもセシリアの頭を膝に乗せ彼女が落ち着くまで撫でていてくれた。いつもセシリアに優しい父に母は困ったような顔を浮かべていたが、実際問題として二人の仲は悪いものではなかったし、彼女もそんな二人を好いていた。

 話がそれたがとにかく一夏と父はまずもって似ていない。というよりも性格の方向が別のベクトルに飛び過ぎている。正直、この一週間である程度織斑一夏という人間の性格を知った上で、これで彼が父みたいな態度を取ったらまずいの一番に気持ち悪いと思う自信さえあった。絶対似合わないからだ。

 となると後は祖父だが、まぁ遠からず近からずと言ったところだろう。どちらかと言えばそっちの方というだけだ。

 

(まったく、面倒ですわねぇ)

 

 試合の事も含めて本国に報告を送ってみたは良いものの、送った矢先にさらなる調査報告を求むという旨の実にありがたいお言葉を頂いた。

 まぁ国の考えていることも分かる。その人柄を吟味して自国に利があるかどうかを見極める。そしてあわよくば取りこもうとでも考えているのだろう。

 いずれにせよ、国が求めるだけの結果を出すには必然的に彼と今後も関わり続けねばならないし、その過程でまたISによる試合を交えることも幾度とあるだろう。さすがに立て続けに負けるわけにはいかない。

 

「……次は、勝てるようにしないとですわね」

 

 そのためにはブルー・ティアーズの操作能力の向上が急務だろう。それは同時に彼女の本来の役割を果たすことにも繋がる。

 そうなると早速ISの実機訓練をしなければならない。明日さっそくアリーナの使用許可を取りに行くことや、どのような内容の訓練を行うか、セシリアは静かに思考を巡らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ一夏。少々聞きたいのだが」

 

「ん? なんだ?」

 

 夕食も終わった夜の学生寮、その一室で一夏と箒の会話が交わされる。

 

「先の試合、最後に何があったのだ?」

 

「あぁあれねぇ。いや、姉貴の現役時代の切り札をパクった。そして自滅した」

 

「じ、自滅って一夏お前……。いや待て、千冬さんの切り札だと?」

 

「あぁそうだ。姉貴が現役のIS乗りだった頃だな。もう何年も前になるけどでかい国際大会があったろ」

 

「あぁ、確かモンド・グロッソだったか。ISを競技にしようという運動の一環だったか」

 

「そうそれ。まぁ競技なんて建前だよ。実際に俺もISを動かしてみて分かったが、ありゃな、戦争やテロリズムには持ってこいだ。特に専用機だ。例えばの話だ。それを持ったやつが何食わぬ顔で国の重要施設の近くまで徒歩で行って、そこでISを起動して暴れたら。まぁでかい被害は出るな。

 素人の俺でも思いつくこんなことを他の連中が思いつかないはずもないし、そもそも無駄に高性能って時点で一般人(パンピー)だって十分に危険視できるさ。

 だから多分、いろんな国のお偉いさんがこう示し合わせたんだろうよ。『競技にして大丈夫ですよーってアピールすれば安全じゃね?』って。まぁ今でも軍隊がメインで運用してて中東の紛争あたりで実戦にぶち込まれたなんて記録もあれば、マジで白々しい建前だけどさ」

 

 実際問題、その競技としてのIS運用にしても軍事的な思惑が絡んでいる。

 確かにISが戦場に投入されたとして、それがその場の戦局に与える影響は大きい。突出した性能を持っていることは間違いなく、仮にIS以外の兵器群で対応しようとなれば、相手が余程の下手糞操縦者かヘッポコ機体でもない限り、かなりの苦戦を強いられるのだ。

 勝利自体は不可能ではないが、そのためにそれ用の戦術を立てたり各種物資を消費したりと、総合的なコストが割に合わない。そのため、そうしたコストなどの観点から『ISの相手はISにやらせるのが手っ取り早い』という考えがメインになっている。

 そしてIS同士でも実際に戦うとなればそれなりに手間であるため、できればそんな状況にならないのが望ましいとされている。

 そのため、現在のIS保有国の軍事におけるIS運用思想は『敵の司令部や戦線の要などに急襲を掛けて対応をされる前に大暴れして一気に潰す』という電撃戦のようなものになっている。無論、国の政情次第ではまた別々の運用思想の下で開発が行われたりもするが、そのあたりは割愛する。

 

 しかし、そうした運用思想を取ったとしても万が一ということを考えて対IS戦略も考慮しなければならない。

 その点で、一般に向けてのISの競技化のアピール、軍事面における対IS戦略のデータ取りの場として、かつてのモンド・グロッソは格好の舞台だったのだ。

 

「まぁグロッソ自体は最初の一回だけで止まってるけどなぁ」

 

「確か曲がりなりにも競技であるから公式の規格を定めるとか、開催の間隔だとか色々と問題があってその解決が為されなかったからだったか」

 

「確かそうだったはず。教科書にもそうあったはずだよ」

 

 ちなみにそれから数年後、現在から数えて三年前にも一度、表向きは国際的なエキシビジョンという形でISの国際試合が開催されている。

 モンド・グロッソ当時から進んだIS開発と搭乗者養成の成果の評価であると同時に、実質的なグロッソでの優勝者である千冬へのリベンジマッチが参加国、及び代表操縦者の思惑だったのだが、結局千冬本人からまともな勝ちを取れた者はいなかった。

 そして現状では、友好国同士の性能評価試験などを除けばこのエキシビジョンが最後の国際的なISの競技大会となっている。同時に千冬の現役操縦者職の終点であるが、このことに関すると途端に一夏は口数を少なくする。だが、そのことを箒はまだ知らない。

 

「で、そのグロッソで優勝かっさらったのが姉貴でと。その時の姉貴の戦法さ。

 実にシンプルだぜ。姉貴のISには相手のシールドを一気に削り飛ばすっつー対ISに限定すればトンデモ攻撃力なスキルがあったらしくてな。それと組み合わせて一気に相手に接近して切り捨てる。

 あのスピードだ。相手も反応のしようが無い。気付く頃にはバッサリやられている。あればかりはな、惚れ惚れするくらいにスマートかつクールな勝ち方だと思うよ。俺と姉貴は別人だと思ってるけど、あの勝ち方をイカしてると思うあたり、やっぱ姉弟なんかね」

 

 そう言って姉の戦い方を語る一夏の声には熱っぽいものが含まれている。それが姉への憧れなのか、それとも相手の悉くを打倒してきた力と技そのものへの憧れなのか、それを知る術を箒は持ち合わせていなかった。

 ただそれでも一つだけ、はっきりと言えることがあった。

 

「だが、それをやろうとして自滅したのだろう?」

 

「そうなんだよな……」

 

 僅かに声のトーンを落として一夏が同意する。言われるのは非常に不本意だという不満と、言われても仕方ないという諦観や自嘲が混じった複雑な声音だった。

 

「ひっっっっ、じょ~~~~に不本意だが、あれはもう俺の未熟だ。いや、未熟って言ったら試合そのものだな」

 

「どういうことだ? 勝ったではないか」

 

 確かに最後の自滅はアレだが、それでも一夏が勝ったのだ。少なくとも箒はそれを良しと思っていた。だが、分かっていないと言うように一夏は首を横に振る。

 

「あぁ、確かに俺は勝ったよ。まぁ悪いとは思っちゃいないさ。だが、勝ち方が問題だ。まぁなんつーか、スマートじゃあねぇんだよな。勝ったのはマシンに頼った部分が大きい。

 持ってた武器が威力の高いもので、そこにあの半端な技。実質姉貴の劣化コピーさ。それを機体に頼ってやっただけで、『俺自身』の技じゃあない。もっとこう、鍛え上げた自分の技で駆け引きをして、相手の技を存分に楽しんで、その上で自分が相手を凌駕して勝つ。

 それが俺の理想だよ。少なくとも今回みたいな勝ち方じゃあ、全然満足できないな」

 

「まぁ、言わんとすることは分かるが。だが一夏、それでもだ。私もだが、お前とてISは素人だろう。なら、やはり勝てただけでも良しとしたっていいではないか」

 

「生憎俺は欲張りなんだよ。ついでに言えば、がむしゃらに暴れてハイおしまいはチンピラのやり口だ。『武人』っていうのはな、どんな形で戦うのであれきっちり自分の『技』で勝負を締めるもんさ。まぁそれで実力差があった場合はフルボッコになったり、相手がただの踏み台になったりするけど、まぁそこは仕方ないか」

 

「いや、それは流石にマズイのではないか……?」

 

 箒自身、一夏と自分の間にある武を学ぶ者としての力量の差は嫌と言うほどに理解している。ならば、一夏の『武』に対する見方についてとやかく言う資格は無いということも箒は分かっている。

 だがそれでも一言くらいは言わずにはいられなかった。そもそも武人以前に基本的な道徳的問題としてそれはどうかと思ったのだ。

 

「まぁそりゃ、一般的に見れば褒められる光景じゃあないだろうけどさ。どんな形であれ『戦う』って行為はそういうもんだろ。サッカーや野球とか他のスポーツにしてもそうさ。実力差があれば蹂躙される。その責任はやられる側の弱さだけにある。だから、余計な情を持ちこむ余地なんてない」

 

 淡々とした一夏の言葉には冷たさがあった。彼が語る『戦うことの非情』を体現しているかのようにだ。

 

「ついでに言うと俺は、とにかく負けるということが嫌だ。強い自分が好きだし、鍛えた技を競い合って勝つのも大好きだ。だから俺は試合とかそういうのには手を抜かないよ。相手に余計な感傷なんて持たずに、確実に勝ちを取りに行くさ」

 

 そう語る一夏の姿に箒は思わず眉を潜めた。確かに一夏の言い分も分からないではない。いや、理屈の上では多少なりとも武芸を修めた者として理解できる点も多い。

 ただ、感情で納得できるかと問われたら否だ。箒の記憶にある幼少の頃の一夏はこのような性格ではなかった。確かにトレーニング馬鹿なところは同じだが、もっと温かい気質をしていた。少なくとも倒した相手に対して気遣いなど無用という発言をするような性格ではなかったことは間違いない。

 もちろん、歳月が人を変えるということは重々承知している。そして一夏と箒の間にある空白は六年だ。彼とて変わっていても何らおかしくはない。だがそれでも、やはり冷たい言葉を放つ一夏というのが箒には嫌だった。

 

 暗くなりかけた考えを余所へやろうと気持ちを切り替えようとして、箒はある疑問が浮かんだ。思えば会話をしながらこれはずっと無意識にやっていたことだ。

 

「あ~、ところで一夏」

 

「ん?」

 

「これ、いつまで続ければ良いんだ?」

 

 そう言って箒は足元(・・)の一夏の背を見下ろした(・・・・・)。互いに就寝用のラフな格好であり素足を晒す形になっているが、現在進行形で箒の片方の素足は床に寝ころぶ一夏の背に載せられていた。

 そして体重をかけて踏み込んでは離しを繰り返していた。傍から見れば色々と誤解を招きそうな光景である。

 

「もうちょいだな。あ、もう少し右頼む」

 

「……百歩譲ってマッサージを頼むのは良いとしよう。だが、なぜ足で踏む必要がある」

 

「だって一回手でやってもらってみてさ、力が足りんのだもん。ならあとは足しかないだろう」

 

「それにしたってこの姿勢は……」

 

 床に寝そべる男とそれを踏む女。繰り返すが、傍から見れば色々と誤解を受けそうな非常にアレな光景である。

 

「多少は刺激が強くねぇと満足できないんだよ。こっちの方が効くんだ。もうちょい頼む。そろそろ終わるんだし」

 

 まぁもう少しで終わりというなら別に問題はないかと思う箒だったが、同時にこの光景を誰かに見られたりしたらという危惧が頭によぎる。そして世間一般ではそうした不安をこう呼ぶ。『フラグ』と。

 

「織斑君、遅くにごめんなさい。明日の倉持技研さんとの話し合いの件で連絡が――」

 

 その言葉と共に真耶が部屋に入ってきた。マナーとして基本的なノックはあったのだ。だが、それに思わず条件反射で返事を返した一夏が、僅かな思考のラグの後に慌てて今の状況を変えようとするより早く、真耶は部屋に入ってきてしまったのだ。まごうことなく一夏のミスだ。それもかなりの凡ミス。

 当然ながら部屋に入って来た真耶は床に寝そべる一夏と、それを踏みつける一夏の構図をバッチリ目撃してしまう。しばし、沈黙が部屋に広がった。

 

「え、えっと、また後で来ますね……?」

 

「違う! 先生それ違うタンマ! ストォォォォォップ!!」

 

 ぎこちない様子で部屋を出ようとする真耶を一夏が慌てて追いかける。一瞬で背を箒の足からどかし、立ち上がって真耶に追いつくまでの手際は実に洗練された、素早く無駄のない見事なものだった。

 ドアを挟んで未だぎこちなさの抜けない真耶と、慌てた一夏のやり取りが聞こえる。織斑君がどんな趣味を持っていても先生は織斑君の味方ですとか、今のはマッサージであって先生が考えているのではなくてですねとか、嗜好は人それぞれですからとか、俺は断じてMじゃないしむしろSで踏まれるより踏むのが好きとか。

 

「……」

 

 無言で箒はドアを見つめる。そして小さく呟いた。

 

「私は知らん」

 

 その声には『どうとでもなれ』というようなヤケクソ感が込められていた。ちなみに、一夏の真耶への弁明はさほどかからずに終わることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合より更に数日が経過した。流石にこの頃になってくると一夏含め、新入生の殆ども学園での生活に慣れてくる頃合いだ。現に朝のHRを控えた今も一夏の机を囲むように数人の生徒が立ち、席に座る一夏と談笑をしている。

 教室の他に目を向ければ、一夏の周囲とはまた別でグループを作って話し込んでいたり、早速ノートと教科書を机に広げて予習や復習に努めている生徒の姿も見えた。

 

「でさぁ、結局クラス代表なんて言ってもやることはアレさ。先生に配布するプリントだの運ばされたり、お前さんがたのまとめをやったりって。ぶっちゃけただの中間管理職じゃねーかってやつだよ」

 

「まぁそれは仕方ないんじゃないかなー。だってクラスの生徒で一番偉くても、その上に先生が来ちゃうんだし」

 

「まぁクラス代表な俺の場合、クラス対抗の対策のためにアリーナで練習がしやすいってのはメリットなんだけどさ。やっぱそう旨い話ばっかじゃないってことか」

 

「織斑さん、わたくしが初日に言ったことを覚えていまして? 立場や権利というものには相応の責任や義務が伴うものですのよ? 今回など、まさしく良い例ですわ」

 

 クラス代表、実質的な学級委員としての雑務を面倒を愚痴る一夏にクラスメイトの一人が納得の声を上げ、同じように一夏の近くに立つセシリアが窘めるように言う。

 元々試合前でも普通に会話をできたのだ。試合を交えた後であっても、一夏もセシリアも互いに普通に言葉をかわすことはするし、むしろ試合を通じたことで互いのISに関しての理解が深まり、その関係の話もより多くできるようになっていた。

 

「そういやオルコット。結局あのあと、ISはどうしたんだ?」

 

「ブルー・ティアーズでしたら既に万全の状態に戻っていましてよ? 既に本国の技術者立ち合いでの整備も済んでいます。先の試合のデータも反映していますので、なんでしたら今からでも再びあなたと矛を交えても問題ありませんわ。もちろん、その時には先日以上のパフォーマンスをお見せいたしましょう」

 

「ほぅ、そりゃあ実に結構。相手は強いに限る」

 

 上等と言うように犬歯をむき出しにした笑いを浮かべる一夏に、セシリアもまた余裕の笑みで以って言葉を返す。

 

「そう言うそちらはどうなので? 聞けば試合の翌日に開発企業の技術者が来たとか」

 

「あぁ、それね」

 

 笑みを一気に消して真顔になって一夏は答える。

 

「なんか開発チームの結構上のポジションの人が来て、まぁ姉貴や山田先生と一緒にオハナシといったわけなんだが――」

 

 そこで一夏は一度言葉を切る。その時のことを思い出すように視線だけを上に向ける一夏の次の言葉をを、周囲の面々は静かに待つ。

 

「とりあえず寝ろと思ったな。隈が酷かった」

 

 空気が崩れるような感じがしたとは、この時一夏の言葉を聞いた生徒の後の弁である。まぁそれはそれで開発者の日頃の努力や勤労ぶりが伺える内容ではあるが、聞きたいことはそれではないと、他には無いのかとセシリアは問う。

 

「別にそんな大仰なもんじゃないよ。単に機体の特性とか、想定している戦闘のシチュエーションとか、後はまぁ武器とか」

 

 そう、武器なんだよと、一夏の顔が若干苦いものになる。

 

「ISってさ、一応積んどける武器には限りがあるだろ?」

 

 その言葉に全員が頷く。それはISの基本中の基本だ。ISの全機能はコアに搭載されたコンピュータによって為されている。当然ながら、そこにはデータ化され量子という形で擬似的な格納がされた武装を搭載する記憶媒体としての役目もある。

 そしてどれだけの高性能を誇ろうが、システムとしての基本は変わらず、確かに大容量ではあるが当然のように限界というものは存在する。ISにはそれ自体が機体の一部とされる基本装備と呼ばれるものを武装の主とする他に、その容量を消費して装備する後付け装備がある。

 これはその時々の用途によって代わり、銃器や刀剣のような武器を始めとして、盾や加速性向上のための追加のブースターなど補助的なものなど多岐に渡る。

 

「ところがどっこい。俺の武装な、あの剣だぞ? あれは間違いなく基本装備なんだよ。それは間違いない。なんだけどな、何でも搭載するにあたって諸々の処理にかかる負担がでかいとかどーとかで、後付け用の容量まで食ってるんだ。それもかなり」

 

「は? それ、どういうことですの?」

 

 信じられないというような顔で尋ねるセシリアに、一夏は渋面を作りながらその時に説明されたことを思い出す。

 

「武装を乗っける時に食う容量ってのは武装の大きさとか機構の複雑さがメインで絡んでくる。俺も素人だけど、まぁそのくらいは分かるし、どんだけおかしいか分かるよ。

 けどさ、それで俺が『流石におかしくないか』って聞いたら答えがアレよ。『性能を追求したらそうなった』だぞ。あぁ、倉持技研。中々にぶっとんだトコだって思ったね」

 

 もう何も言う気になれないと悟ったような顔をする一夏に周囲が一様に黙り込む。セシリアですら『難儀してるんだなコイツ』と言いたいような目をしていた。そして復活が早いのも彼女だった。

 

「で、ですがまったく容量が無いと言うわけでもないのでしょう?」

 

「まぁな。つっても積めるのはライフルとかハンドガンが一丁、よくて二丁。後は閃光弾とかスモークとか、本当におまけのようなモンしか載せられないみたいだけどな。やっぱり本命は剣だよ。倉持って姉貴の現役の時のISの開発にも噛んでてさ、その剣にしたって姉貴の一撃必殺を再現しようってコンセプトらしいし」

 

「まぁ、そのあたりの理屈は分かりますわね。それで、織斑さんは何か装備を載せる予定は? 企業の方から何かしら提示されたりはしましたの?」

 

「一応カタログみたいなのは貰ったから、電話一本で送りつけてくれはするみたいだけど、別に学園に保管されてるのをレンタルしても良いとさ。元々ろくに載せられないからあまりこだわっちゃいないみたいだ」

 

「なるほど、でしたらマシンガンなどはいかがでしょう? 弾幕を張れますからある程度射撃技能が低くても牽制程度にはなりますし。確かカナダの企業が開発したものが優秀な性能だと聞いていますわ」

 

「マジで? ちょっと調べてみるかなぁ……」

 

 そのまま会話はあれやこれやと武装の選択や戦法に華を咲かせていく。一夏とセシリアだけでなく、他の生徒達も一人また一人と議論に加わり、更にそれまで他の場に居た生徒達も少しずつではあるが輪に加わっていった。

 

「そういえば試合って言えば、クラス対抗リーグがあるでしょ? なんか、二組の代表者が変わったらしいよ?」

 

「マジで?」

 

 一人が切り出した話題に一夏が食い付いた。自分がもっとも直接的に関わる内容だけに、流石に聞き逃すわけにはいかなかった。

 

「なんか寮で聞いたんだけどね、中国からの編入生だって」

 

「編入かよ。そりゃまた……」

 

 元々高い難易度に高い倍率を持っているIS学園だ。基本的に途中からの編入というのはあり得ない。だが、例えば母国で優秀な成績を残した上で国からの推薦などを受けたのであれば特例的に編入は可能かもしれない、というのが一般的な認識だった。だが、それでも編入など滅多なことでは起こることではない。

 一夏だけではない。輪に加わっていた全員が、セシリアもまた興味深そうにしている。

 

「しかし中国か……」

 

 顎に手を当てて意味深な表情で一夏が呟く。その呟きに込められた意図を、全員が何気なしに察していた。

 白騎士事件というISの性能が世界に知られた戦後最大級の大事件の折、ISという存在によって中国が盛大に痛い目を被ったというのは事件から十年が経った今では世界中の常識となっていた。

 かの事件の折に中国国内では政権や軍指導部などに大きな人事の異動などの激動があったが、それでも残っている古参の軍人や政治家の中には未だにISに難色を示している者がいるくらいだ。

 

「まぁ国なんざどうでも良いけどよ、誰が来るかってのは気になるな」

 

 う~んと考え込む一夏だが、不意にその前に一人の生徒が顔を出した。その勢いによってか、頭部から伸びるツインテールがひょっこりと宙に揺れた。

 

「あ、一夏。それあたしのことだわ」

 

「あ、なんだ鈴。お前だったのかよ。ていうか久しぶりだなオイ」

 

「まぁねぇ。一年ぶりくらいかしら」

 

「そんなもんか。しかしお前が中国の編入生で二組の代表かよ、鈴……ハァッ!? 鈴だと!?」

 

 そこで一夏はようやく目の前の異常に気がついたかのように声を大にした。

 そんな一夏の様子に少女、(ファン) 鈴音(リンイン)はようやく気付いたかと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべながら片手を上げ、旧友への再会の言葉を言った。

 

「はーい、久しぶりね一夏」

 

「お、おう」

 

 流石にインパクトが強かったのか、珍しく唖然としたような表情をしている一夏だが、それを鈴が気にするような様子はない。むしろ、そんな彼の様子を面白がるように、そして強い意志を秘めて、浮かべていた笑みを不敵なものへと変えた。

 まるで試合以前の、セシリアという強敵を前にした一夏のようだと誰かが思った。

 

「まぁ、積もる話はあるけどさ。まずは一言だけ言わせてもらうわ。元々このために一組(ココ)に来たようなもんだし」

 

「む?」

 

 一体何を言うつもりなのか。再開早々の一言だ。一夏も表情をやや真面目なものに引き戻し、久方ぶりの友人の言葉を待つ。

 ビシリという効果音が幻聴として聞こえたような錯覚を抱くほどに鋭く、そして真っすぐに伸びた鈴の人差し指が一夏の鼻先に突きつけられた。

 

「今のあたしは中国代表候補生 凰 鈴音! 一夏! 今度のクラス対抗リーグはあたしがあんたの相手よ! 腹括っときなさい!!」

 

 そう高らかに、そして力強く宣言したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで最後に鈴登場でした。
本当でしたら倉持技研が話題に上がったということでもう一人、とある娘についても触れたかったのですが、どうもそれは次回あたりに持ち越しになりそうです。
というわけで、今回はこれにて。また次回もよろしくお願いします。

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