或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 ギリギリ一週間以内更新。
我ながら中々に調子が良いです。このペースを維持したいものですが、いつまで続くやら。

 シンデレラの武闘会、第三幕。
久しぶりにセシリア活躍させてやれました、ハイ……
オルコッ党の方々、お待たせしました。


第六十七話:高貴なる弾丸

 九月も後半に差し掛かりそうな頃合いとあっていよいよ秋も深まっていく時節だが、幸いにもこの日は快晴と穏やかな暖かさに恵まれた。

休日であるということ、IS学園の学園祭があるということで学園に繋がるモノレール駅周辺はいつもより賑わいが増している。駅に隣接するショッピングモールはまさに休日の大型商業施設のお手本とも言うべき来客振りだ。

 

 だがどこもかしこも賑やかすぎるというわけではない。賑やかな場所であっても、一歩そこから先へ進んでみれば一気に喧騒から離れるということはザラだ。

駅に併設するのはショッピングモール以外にも臨海公園もある。木々が規則正しく植えられ、レンガ舗装された道があったりと、伊達に先進的施設であるIS学園の膝元ではないというわけでは無いが、小奇麗に整えられている。

 そんな臨海公園の一角にはオープンテラスを持つカフェがある。穏やかな天気の休日ということもあってか、カフェは店内もテラス席も満席御礼状態だ。

とはいえ場の雰囲気というものが自然とそうさせるのか、満席言えど喧騒が目立つということは無く、そこかしこから穏やかな談笑の声が聞こえるという実に落ち着いた雰囲気が保たれている。

 

 そんなテラス席の一つに一人で腰掛ける男の姿がある。

休日とは言え仕事に精を出しているのか、スーツを着こなした偉丈夫だ。だがタブレット端末でニュース記事を読みながら静かにコーヒーを啜る姿はただの働き盛りというだけではない、育ちが自然とそうさせた気品のようなものも持ち合わせている。

一種の絵になるとも言える男の姿だったが、そこへ近づいてくるカフェの店員が居た。

 

「申し訳ありません、お客様。

 別のお客様とのご合席の方、よろしいでしょうか?」

「む? あぁ、構わん」

 

 心から申し訳ないという態度を示すように低姿勢でされた店員の求めに男はあっさりと頷く。

それからすぐに男の向かい側の席に合席をすることとなった別の客が座る。

 

「突然申し訳ありませんわ。

 合席、どうもありがとうございます」

「いや、特に困ることもないのでな」

 

 座ったのは美女だ。美女、それ以外に表現する言葉が見つからない。

地毛だろう金髪からして西洋圏の生まれであることは間違いない。日本語が流暢だが、学びの成果なのだろう。

 

 そして整っているのは顔立ちだけではない。高級ブランドの服を完璧に着こなし、その上からでも抜群のプロポーションを持っていることが分かる。

ここまで容姿という点で何もかもが揃っている女性など、世界全体で見ても指折り数えるくらいしかいないだろう。事実、他の客の視線の幾らかは彼女に向いている。

だがその彼女と最も近い場所に座っている男はと言えば、彼女にさして興味も無いのか依然としてコーヒーを啜るだけだ。

 

「こちらにはお仕事で?」

 

 やってきた店員に紅茶をオーダーすると彼女の方から男に話し始める。

男も別に話をするのに否は無いのか、あぁ、と頷いて言葉を続ける。

 

「仕事と言えば仕事だ。

 とは言え、知り合いの巻き添えを食ったような形だがな」

「あら、そうでしたの。そのお知り合いはどちらに?

 もしかして合席はご迷惑だったかしら」

「いや、それは問題無い。

 そいつなら今は――」

 

 男は視線を別の方へ動かす。

 

「あそこだよ」

「あぁ、そういうことですの」

 

 男の視線の先にあるもの。それは臨海公園から望むことができるIS学園だ。

 

「今日は確かIS学園の学園祭だとか。

 お知り合いはご招待をされて?」

「そうだ。

 そして俺はその道中の付き添い、でなければお守りだ。

 仕事は仕事だが、さっきも言ったように巻き込まれた口というわけだ」

「それは大変でしょうね。折角の休日ですもの、お察ししますわ。

 それにしても奇遇。実は私も似たようなものですの」

「ほぅ?」

 

 関心と共に向けられた男の視線に、彼女もまた視線を合わせると笑みを浮かべながら続ける。

 

「実は今日は別の場所で目にかけている部下の娘が大事なお仕事でして。

 きっと今頃は、期待に応えようと頑張ってくれているはずですわ」

「そうか。これも縁だ、健闘は祈らせてもらおう」

「ありがとうございます。

 きっと吉報を持ってきてくれると信じていますわ」

 

 ニッコリと微笑む彼女の姿は男ならば誰もが魅了されるだろう。

しかし彼はそれでも表情を微塵も変えることなく黙ってコーヒーを飲みつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏とセシリアの勝負の肝は常にある一つの要素に集約される。

 それは互いの距離だ。

 

 片や学年最強、全学内でも最上位の剣士たる一夏。

 同じく学年最高にして学内最上位のガンナーであるセシリア。

両者の得意とする彼我の距離、苦手とする彼我の距離、それぞれが真逆である以上は当然と言えることだ。

 

 日々の模擬戦にしても然り。

間合いを詰めさせず一夏を一方的に嬲ってセシリアが勝利することもあれば、間合いを詰め食らいつき離さず一方的にセシリアを打ち据えて一夏が勝利することもある。

IS学園第一学年専用機持ち、その中で最も最初に矛を交えた二人は、その最初の勝負から今に至るまでで互いの対応の仕方というものを最も心得た両者でもあった。

 

「……」

 

 緊張を微塵も緩めず、小走りながらも足音は消せないまでも最小限に留めるよう気を配りながらセシリアはセットの合間を縫って移動している。

状況は決して良くない方に傾いている。現在彼女の居るエリアは木材の板や柱などを組み合わせて作られたアスレチック迷路のようなセットだ。

身を隠しながら移動し、時に物陰に隠れて狙い撃つという点では好ましいセットであるものの、とにかく移動に手間を取らされる。

 

 逆にこの移動への障害という点が一夏に対して優位に働いた。

元々身体能力という点でセシリアに対して勝負なら無いほど上回る一夏だが、それだけに留まらない。

優れた武術家の基礎として師に鍛えこまれた彼の健脚は、修行の一環として幾度と無く野山の中を駆け回された。

その経験は彼にこのセットの障害を障害とさせなかったのだ。

 

「……近いな」

 

 セシリアの気配を感じ取った一夏は着実に彼女を追い詰めていると自覚していた。

表情は真剣そのものだ。それも当然、一夏からすればセシリアを相手取る時こそが最も神経を研ぎ澄ませるべき時と考えている。

ISの模擬戦においても互いの勝率はほぼ五分だが、一夏にしてみれば何とかそこで抑えていると言った方が正しい。

集中に綻びが生まれれば間合いに捉えて斬り伏せることが敵わず、同時に一方的に撃ち抜かれるのがセシリア・オルコットという相手なのだ。

 

「悪いなセシリア。お前の狙撃は冗談抜きで怖いんだ。

 だから――最初からクライマックスで決めさせて貰うぞ」

 

 

 

 

「近いですわね……」

 

 一方その頃、セシリアもまた一夏が迫っていることを感じ取っていた。

一夏ほどではないにしろ、彼女もまた相応の経験を積んで今に至るのだ。肩書も、専用機も、身に刻み付けた実力も決して伊達では無い。

 その表情は先ほどまでと打って変わって落ち着き払ったものだ。

窮地にあるのは間違いない。だが苦難に際してこそエレガンスに振舞うのが貴族というもの。結局のところは些細な火の粉が掛かったに過ぎないのだ。ならば優雅に払ってやれば良いだけの話に過ぎない。

 

 そして今、二人の距離は文字通り壁一枚隔てるほどに近いものになっていた。

すぐ傍にいると互いに認識し合う。だが相手もまた自分に気付いているかどうかまでは分からないのも同じだ。

 セシリアは壁に背を預けながら息を顰める。確固たる自律で以って緊張による鼓動の高鳴りも鎮める。そして、壁の向こうで一夏が動いた。

コツコツと遠ざかる音が聞こえる。別の場所を探しに行ったのだろうか。そう思いながらも下手に動くを良しとせず、しばし様子見に徹することにする。

 

 その直後だ。

バリッ! と木材が割れるような音がセシリアの鼓膜を震わせた。

とっさに音のした方を見ると、セシリアが背を預けている壁、その少し彼女から離れた場所から人の手が突き出しているのが見える。

思わず息を呑むも、見覚えのある青い袖口と壁を突き破ったのだろう握りこぶしを見て、それが一夏のものだと察する。

 

 確かに背を預けている壁は、壁と言うよりはセットを構成する木材の板と言った方が正しい。

万が一倒れて人に当たっても大けがとならないように、後はコスト削減やら組み立ての簡易化などが目的だろうが、厚さもそこまでのものではない。だがまさか拳でぶち抜くとはセシリアも思わなかった。

 

 そして一夏の手は何かを、この場合はセシリアなのだろうが、探すように一、二度握り開きをして壁の向こうに戻る。

それからすぐに再び別の場所が撃ち抜かれて再度一夏の拳がセシリアの視界に入る。そして引き戻され別の場所が貫かれる。

その繰り返しから一夏が自分の場所に狙いを定めているのではと疑ったセシリアは敢えて留まる選択をする。一夏の拳が撃ち抜いている場所はセシリアからはやや離れている。下手に動くよりは拳が近づいてから適切に距離を取った方が良い。

 

 幾度一夏の拳が壁を撃ち抜いただろうか。ふとその繰り返しが止んだ。そして再び静寂が戻る。

次に一夏がどのような手で来るのか、考えながらセシリアは思考に余裕が出てきたのか、ふと別のことを思い浮かべていた。

それはクラスメイトから聞いた日本の怪談、ホラー話だ。

 イギリスはホラーを好む国民性を持っている。歴史が長く、同時に長く存在してきた古い建築物も多いためその手の話には事欠かない。ロンドン塔やハンプトン・コート・シャー宮殿の幽霊などは有名な部類だろう。

そういう経緯ゆえにセシリアもホラー話というものには親しみがあり、同じく怪談というものが古くから伝えられてきた日本にはこの点に不思議なシンパシーを感じたものだ。

 

(そう、あれは確か同じように逃げるお話だったかしら)

 

 セシリアが思い出したのは怪談とは言っても四ツ谷怪談などのような古いものではなく、比較的近代のものだ。

内容は確か幽霊が出るという廃病院に忍び込んだ学生が幽霊に遭遇し、逃げた内の一人である少女がトイレの個室に隠れるというもの。追いかけられる中、隠れ息を顰めるというのは今の自分と状況が似ている。だからだろう、不意にこんなことを思い出したのは。

さて、その怪談はどのような結末だったか。少女は隠れている女子トイレに幽霊が入ってきたのを感じ、ただ隠れて祈っていた。だがいつまで経っても何も起きない。ホッと安堵した少女がふと視線を上げるとそこには――

 

 ハッと気付いたようにセシリアは上を見上げる。そして――

 

「みぃつぅけぇたぁあああああああ!!」

「キャアアアアアアア!!」

 

 上から自分を覗き込んでいる一夏とバッチリ目が合った。

冷静にと努めていたのだが反射的に結構マジものな悲鳴を上げてしまったセシリアはそんな自分を叱咤しつつすぐに離れるべく動き出す。

動き出してすぐにあることに気付く。それは壁に開けられた穴だ。一夏が何度も拳で撃ち抜いた穴は横から見ていた時は気付かなかったが、ちょうど円を描くようにあけられている。

そしてよじ登った壁を降りてくると思った一夏は居ない。どういうことかと思った次の瞬間だ。

 

「オラァッ!」

 

 壁を蹴り破り大穴を開けた一夏がそこから現れる。蹴破られた壁は円と円の間の部分が引き千切られ、結果として大きな円形にくり抜かれる形になっている。

 

(先ほどの拳はこのためのものっ!)

 

 一夏の真意にようやく気付いたセシリアは手にしていたライフルを動かす。だがその時既に一夏はセシリアを間合いに捉えるべく疾駆していた。

 

 

 

 

(遅いッ!)

 

 一度でも狙いを付けさせるわけにはいかない。そうなる前に終わらせる必要がある。

駆けながら一夏の目にライフルを持ち上げようとするセシリアの姿が映るも、既に手遅れだと断じる。このままならセシリアが狙いを定め引き金を引くより早く一夏が彼女を間合いに捉え止めを刺すことができる。

そう考えていた故に直後のセシリアの行動は一夏の予想を遥かに外れたものだった。

 

 ライフルが宙を舞った。主の手から投げ捨てられたライフルは一直線に一夏に向かって来る。

何故と思った。頼みの綱であるはずのライフルを手放す、まさか勝負を投げたのかと思う。いずれにせよすることに変わりは無い。

躱す必要すらない。最短距離を一直線に突っ走り、目の前に迫り視界を阻んでくるライフルを持っていた刀(さっきの刃引き済みのアレ)で弾き飛ばす。

弾き飛ばし再び視界が開けた直後、その先にはセシリアが居た。真っ直ぐ、拳銃の銃口を一夏に向けながら。

 

「ッッ!!」

 

 考えるより先に本能が警鐘を鳴らし、思考が理解するより早く体が動いていた。

文字通り全身をフル出力で動かして横っ飛びする。ほぼ同時に放たれた銃弾は先の狙撃と同じようにギリギリのところで一夏の髪を掠める。

横っ飛びをしたことで地に倒れた一夏はそのまま身を転がし慌ててすぐ近くの物陰に隠れる。

 

 一度息を落ち着かせると一夏はそうっと物陰の外を覗こうとする。僅かに顔を出した直後、まるで漫画やアニメよろしく物陰の淵が銃弾で穿たれ慌てて顔を引っ込める。

それでもセシリアの位置は確認できた。この離れすぎているというわけでは無いが、すぐに詰められる距離でも無い。こちらに時間を掛けさせ、向こうに十分な時間を与えられる絶妙な距離だ。

 

「織斑さん、狙撃(スナイプ)とは日本語では"狙って撃つ"と書きますわ」

 

 物陰の向こうからセシリアの声が掛けられる。

 

「そしてご存じかもしれませんが、わたくしの得意分野はその狙撃(スナイプ)ですの。最近、皆さんにはよく腕が上がっていると言われますが、それはわたくし自身も自負がありますの。

 今のわたくしの狙撃(スナイプ)は、一度狙えば何であれ外さないと言う自負が。そう、狙って撃つ。それこそがわたくしの本領ですの。

 

 ところで、ねぇ織斑さん。

 一体いつから――わたくしの狙撃がライフルだけだと錯覚していましたの?」

 

 

 

(そっかぁ、そうだよなぁ。

 確かに狙撃ってそうだもんなぁ)

 

 言われて見れば納得だ。そして彼女の言葉に偽りは一切無いだろう。

端的に言おう。ヤバい、一気に窮地に追い込まれた。

 

「さて、どうしたもんかね……」

 

 うかうかしている時間は無い。いずれ箒やシャルロットがセシリアに合流するかもしれない。そうなったらいよいよ不味い。

箒もシャルロットも一夏を短時間とは言え抑えることはできるだろう。だがその短時間の間にセシリアは確実に仕留めてくる。

 

「ん?」

 

 何か手は無いかと辺りを見回して、一夏の目にある物が映る。それをしばし見つめ、やがて意を決したように一夏はその見つけた物の方へ動く。

 

「これで、チャレンジするかね」

 

 刀に変わって手に持ったソレを軽く振り感触を確かめる。行けなくはないが、分の悪い賭けをすることに違いは無い。

とはいえ、このまま他の二人に合流されていよいよ追い詰められるよりかはまだマシかと意を決する。

 

 

 

「動いてきますの……?」

 

 何やら物陰の向こうでバキリバキリを物を壊すような音が聞こえる。

音からして先ほどと同じように木材のセットを破壊しているのだろうが、ここからではその様子を確認することはできない。

 そして音が鳴り止んで程なくして、不意に物陰から何かが放り投げられた。一瞬そちらに意識が向かうがすぐに迂闊と己を叱咤する。

放り投げられたのは木材の破片。それにセシリアが意識を向けた一瞬の間に一夏は物陰から飛び出し、セシリア目がけて駆けていた。

 

「クッ!」

 

 すぐに狙いを定め直して引き金を引く。だが放たれた弾丸は一夏に当たること無く甲高い音と共に弾き飛ばされる。

一夏の手にあるソレは先ほどまでの刀では無かった。人の身の丈ほどもあるような長い柄、その先に付けられた刀や柳葉刀のように刃引きがされた大きな刃。

俗にハルバードと呼ばれる代物だ。

 

 だがハルバードにしても刃が大きい。

刃の側面の面積たるや、ちょっとした盾代わりに使えそうな大きさだ。

 軽量金属で出来ているために見た目よりはそこそこ軽いそれを振り回しながら一夏は吶喊する。

後はもう賭けだ。幾度と無くセシリアとの勝負でやってきた弾道と発射タイミングの予測に従ってハルバードを奮い弾を阻む。

一発一発弾く度に重い衝撃が一夏の腕に伝わるも、それを強引にねじ伏せる。少しでも衝撃に手が遅れれば、僅かでも読み違えをすれば、その時点でお終いだ。

ゆえに細かいことは全部放り投げて、ただ目の前の少女だけに意識を向けて一夏は前進し続ける。

 

 

 

「くっ!」

 

 撃った全てを弾きながら迫る一夏にセシリアも歯噛みを禁じ得ない。

だがそれでも狙いに僅かな狂いは無い。空いた場所を正確に狙い、しかし弾かれる。その繰り返しだ。

 長大なハルバードを縦横無尽に回転させながら迫る一夏の姿は脅威そのものだ。

だが迫る脅威など今まで幾度と無く対峙してきた。今更この程度で臆したりはしない。

 

 故に、一夏がそうしたようにセシリアもまた賭けに打って出た。

遂に間合いを詰め切った一夏がセシリアのティアラを弾き飛ばすべくハルバードを奮う。

下手をすればセシリアの銃弾以上に当たれば危ない代物だが、彼女がそうであるように一夏もまた外すつもりは無いのだろう。ティアラのみを弾き飛ばす、恐ろしく正確な狙いでハルバードが横薙ぎに振るわれる。

それに対してセシリアは敢えて()()飛び込んだ。身を屈め、体を投げ出し、頭上を重い物が掠める感触を感じつつセシリアは一夏の脇下を転がり抜ける。その際に衣服に乱れや埃が付くも、一切気にしない。

身嗜みを気にしないわけでは無い。だがこの場において真のエレガンスとは立ち居振る舞い、気概でこそ発揮されるものだ。

 

 転がり、起き上がりながらセシリアは背後を向いて一夏を撃つべく銃を向ける。

だがそれより早く一夏が動く。振るったハルバードの重さによる遠心力を利用してセシリアの狙いから外れようとする。

それを追尾し、引き金を引いた時には一夏も守りを整えていた。そして銃弾を弾き飛ばし、再びセシリアのティアラを討たんとする。

それをまたすんでの所で躱し、再び引き金を引く。

 

 不意に、セシリアの目が一夏の体のある一点を捉えた。それは彼の右肩だ。

狙い撃てる、そう思ったと同時に彼女の体は勝手に動いていた。

 一夏の目は真っ直ぐにセシリアの双眸を捉えている。その目を見ながら、これでチェックメイトと脳裏で彼に告げる。

最早彼女自身の意思が介在しているのかも曖昧なほど自然に銃を握る手が動く。そして狙いを定め、これで最後とばかりに引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 そして弾丸は虚空を飛び去り、セシリアの頭からティアラを弾き飛ばした一夏が彼女の横を通り抜けていた。

 

「なっ――」

 

 一夏の友人によるアナウンスが彼女の敗退を告げる。

何が起きたのか、まさか己が外したのか、思考が止まったセシリアに背後の一夏が声を掛けた。

 

「外しちゃいないさ。最後まで、お前の狙いは完璧だった」

 

 では何故かわされたのか。

 

「どこに、どのタイミングで、それさえ分かれば銃弾だって躱せる。

 だが並の相手ならともかく、お前相手にそれは難度がバカみたいに跳ね上がる。なにせ躱そうとしてもギリギリまで正確に狙って来るからな。予め武器を間に立てて何とかだ。

 だが、そのギリギリの狙いさえも誘導できたのなら――躱すことはできる」

 

 理屈の上では分かる。だがそんなことが――もしや。

 

「お前の目が教えてくれた。後はオレ次第だ。

 最初のラウラや、鈴と箒の二人を纏めて相手した時よりも引き出しを開けさせられたよ。けど、その甲斐はあった。

 お前の動きに、流れに合わせて銃撃を凌いだ。それをより深めて、お前の動きと更に一体に合わせて精度を上げた。

 そして――お前の流れをこっちの手の内に納めた。

 礼を言うぜ、セシリア。オレの制空圏は更なる進化を見た。オレはまた一歩、深奥に近づいた……!」

 

 そういうことかとセシリアはようやく理解した。

 

「最後の一発、自然と体が動いていましたわ。

 あれは、貴方にそうさせられたのですね。

 全く、淑女(レディ)を手玉に取るなんて、随分と悪い殿方ですこと」

「そうだな。性根の悪さは自覚しているよ」

 

 皮肉をあっさりと肯定して返した一夏にセシリアも苦笑を禁じ得ない。

 

「わたくしの負けですわね。認めましょう、完敗です。

 ただ、一つだけ忠告を」

「なんだい?」

「先ほどの技、心からお見事と言わせて頂きますわ。

 けれど、それでは女の心を掴むことはできませんわよ?

 貴方に殿方としてそういう望みがあるなら、技では無く己という男を磨くべきと言わせて貰いましょう」

「その忠告、ありがたく胸に留めおくよ」

 

 彼女居ない歴=年齢どころか思い返してみればIS学園入学以前に女子と特別親しくした記憶があまりないDTには中々にハードルの高い忠告だが、為になるのは確かなので素直に受け取っておく。

 

「さて、これでこの場におけるわたくしの役目も終わったようですし、先に引き上げさせて貰いますわ。

 既にボーデヴィッヒさんと凰さんが引き上げていたのかしら? 二人や更識さんたちとも合流して、準備はしておきますわ」

「あぁ、頼むよ。

 それと、箒やシャルロットを見かけたら声掛けといてくれ」

「分かりましたわ。

 それでは、ごきげんよう」

 

 そう言ってセシリアもまた去って行く。

その背中が見えなくなるまで見送り続け、見えなくなったところで一夏は意識の一切を彼女から外す。

 

「さて、行くか」

 

 残るは二人。速やかに終わらせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合わなかったか……」

「あぁ、一歩遅かったな。

 まぁ、合流されてもこっちは非常に困るわけなんだが」

 

 アリーナの一角で箒と一夏は再び相見えた。

既にセシリアの脱落はアナウンスで箒も知る所となっている。勝つための大きな要因を潰されたためか、箒の表情にはやや険しさがある。

 

「それで、お前一人か。シャルロットはどうした」

「それがついぞ会えず終いでな。アナウンスも無いから脱落はしていないはずだが、お前も知らんのか?」

「むしろこっちも探してるんだけどな。

 が、その前にやらなきゃならんこともできた」

 

 何の事か、口にするまでも無く二人は互いに理解していた。

理解している故に、共に二刀を構える。

 

「シャルロットのことも気になるがな。

 こうして出会っちまったんだ、しょうがない。先に、お前から倒すとしよう」

「やはりそうなるか。いや、そうだな。しょうがないことだ。

 良いだろう、お前を相手取るに私一人では不足だろうが、望まれた以上は受けて立つとも」

 

 ジリ、と僅かに動きながら両者は睨みあう。

箒の目で見ても今の一夏は鈴と二人で対峙していた時とは様子が違う。

まだまだ限界には遠いだろうが、紛れも無い消耗が見て取れる。

 だというのに纏う気迫に揺らぎは微塵も無い。

むしろ疲労しているからこそ、より豪壮さが増しているとも見える。

 

(やはり流石としか言えないな)

 

 手本になることだらけだと箒は感銘を禁じ得ない。だが、だからと言って萎縮するようなことはしない。

元より格下として格上に挑み胸を借りるような立場だが、端から負けるつもりで挑むほど箒も殊勝が過ぎるわけでは無い。

可能性が低いことは百どころか千万承知の上だが、それでも例え僅かであっても勝機があるのなら遠慮なくもぎ取らせて貰う。

 そして一夏を相手に勝負を長引かせることは箒にとって不利になるばかりでしかない。

であればどうすべきか、答えは分かり切っている。

 

「初手より奥義にてつかまつる」

 

 疾駆、そして間合いに入ると同時の長刀による刺突。

あまりにもシンプルであまりにも愚直に過ぎるまっすぐな一撃だ。勢い、鋭さ、良し。その技の在り様は篠ノ之箒という少女の人間性を物語るよう。

悪くない、一夏はそう素直な感想を抱くが、だが同時に愚かと断じる。己を討ち取るにその一撃はまだ足りない。

 

 当然の帰結として長刀の一撃は一夏の刀によって阻まれる。

携えるは二刀、されど迎え撃つは一刀のみで十分。すぐに次の動作に移れるようにもう片方、左手とそこに握られている一刀は自由になっている。だがそれでもその左手は遅かった。

 

「ぬっ!?」

 

 渾身の力を込めているのではと思うほどに箒が強く長刀を押し込む。

その勢いに押されさしもの一夏も一瞬後ろに押されかけるが、すぐに持ち直す。

このまま鍔迫り合いを挑むつもりか、ならばもう一方で迎え撃つのみと考えるも、押し込んだ勢いで更に踏み込み間近に迫った箒の体によって影と隠されていた場所から襲い掛かってきた短刀に目を見開く。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをしながら一夏は後退を余儀なくされる。

左手の刀を振るおうにもタイミング的に間に合いそうにない。大人しく回避に専念する。

 

 篠ノ之流が一手"影風"、膂力や勢いも無視はできないが、それ以上に使い手の技量こそが骨子を固めるこの技は身体的に男よりも劣りがちになる女でも古くから使い手の多く居た篠ノ之流に相応しい技と言える。

そしてこの技は一夏にとっても初めて見る技であった。でなければ最初の吶喊の段階からもっと別な対応をしている。

 

 やむを得ずとは言え一夏は確かに後退した。下がることと前に進むこと、どちらが次に繋げやすいかは言うまでも無い。

この機を逃す手はないとばかりに箒は更なる攻めへと転じる。

 箒の左手に握られた短刀が一夏の正面から襲い掛かる。それを防いだ時、既に右手の長刀が脇腹目がけて迫っていたが読んでいたとばかりに一夏は左手の刀を下に向けることで阻む。

十字を描くように守りの構えを取る一夏に箒は更に連続で攻める。片方が短刀である故に左右の攻めは動きの不連続性が生じやすい。唐竹の後に横薙ぎ、と思えば袈裟切りに刺突と、掴んだ勢いを逃すものかとばかりに果敢に斬りかかる。

だが一夏とていつまでも守りに徹するほど人ができてはいない。最初こそ箒の勢いにやや押されこそしたものの、そこから立て直すのに打ち合った数にして十もあれば事足りる。

 

 短刀を弾くも、その弾かれた勢いを利用してより勢いを付けた長刀による横薙ぎが振るわれる。

それを防ぐでも下がるでもなく、敢えて突っ込んでいく。だが刀身が接する直前に一夏は身を屈め、半回転しながら滑り込むように箒との間合いを詰める。箒がそうしたように、一夏もその勢いをままに利用してがら空きとなった箒の腹部に蹴りを叩き込む。

短い苦悶の呻きと共に息を吐き出しながら箒は後ろに吹っ飛ばされるも、倒れながらすぐに体勢を立て直す。

 

 立ち上がり、再び一夏目がけて疾駆する。

箒自身、我ながら愚直に過ぎると思えるが他に手が無い。

下手に技巧を凝らそうとすれば逆に呑まれ封じられるのがオチだ。だったら真正面から全部叩きつける方がまだマシな選択だ。

 

 箒がそうしたように、一夏も真っ向から迎え撃つ。

その気になればどうとでも弄ぶことができるが、その選択肢を取る気にはなれなかった。

あるいは箒の真っ直ぐさに感化でもされたのだろうかと思うが、それはそれで悪い気分はしないから不思議だ。もしかすると、それこそが箒の長所の一つなのかもしれない。

 

 互いが互いに向けて駆け、一息の内にその距離は詰まる。

そして上段から渾身の力で箒の二刀が振り下ろされ、それを一夏は交差させた二刀で下から受け止める。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉおおッ……!」

 

 膂力も体重も、込められるものは全て込めて箒は二刀を押し込んでいく。

たとえこの一合だけでも構わない、一夏に押し勝ったという足跡を身に刻むために箒は渾身を込める。

だが――

 

「上等っ……!」

 

 気概は買おう。見事と素直に讃えよう。そこに嘘偽りは一切無い。本心から一夏は箒を湛える。

実のところ技の一部を受け継ぐ千冬も一刀の剣士故に仔細までは未だ知らずにいた篠ノ之流二刀術、ほぼ初見に近いそれだが研鑽の期間を鑑みれば見事と言って余りあるほどだった。

紛れも無く、今の篠ノ之箒は織斑一夏にとって好敵手たり得る素晴らしい剣士となっている。

 だからこそ負けられない。勝てるなら勝たせて貰う。手心を加えるほど一夏は優しくないと自覚している。故に彼女を上回るものとしてそれを示す。

自然と漏れてきた喜悦を隠し切れない低い笑いと共に、先に鈴と箒のタッグにそうしたように押し込んでくる力を更に上回る純粋な力で押し返していく。

やがて床に着きかけていた一夏の膝は少し曲げた程度まで伸び、箒はその分だけ押し返される。押し返しながら一夏は刀身を内側へと向けていき――

 

「カァッ!!」

 

 気勢と共に箒ごと二刀を弾き飛ばした。

たたらを踏みながら箒は数歩後退し、弾かれた勢い短刀を手放した左手で長刀の柄を握り一刀のみを一夏に向けて構える。

渾身の力が真正面から押し返されたとしても箒の目に変わらず闘志は燃え続けている。

それを見て一夏は満足そうに微笑み、一気に表情を引き締めると同じように二刀を構える。

 

 そして二人は激突を再開しようとして――

 

「あぁ、知ったことじゃない。

 そいつは――私がやる」

 

 掛けられた予想外の声、そして叩きつけられた予期せぬ殺気に揃って反応が遅れた。

 

「箒!」

「応!」

 

 殺気の源は二人のすぐ真横にあるセットの壁、その向こう側からだ。

共に気付いたからこそ自然と体は動き、跳ねるように壁から身を遠ざける。

 

 直後、文字通り壁が吹き飛んだ。

比較的破壊も容易な木材で出来ているとは言え、やったことは尋常では無い。

何かが一夏たちの反対側から叩きつけられたのだ。それもとんでもない衝撃を伴って。

 

 粉砕された壁と立ち上がる土煙の向こう、最初に見えたのは刀の切っ先だ。

つまり壁はその刀によって繰り出された"突き"で破壊されたということになる。

そして次に問題となるのは誰がそれを為したのかということ。

 

「……」

 

 一夏も箒も黙ったまま険しい視線を壁の向こうに向けている。

既に二人は言葉にせずとも誰の仕業なのかを理解していた。いや、声を聞いた段階で分かっていたのだ。何故ならその声の主は二人もよく知る少女のものなのだから。

 

 コツコツとローファーの靴音だけが鳴る。そうして現れた姿に二人は揃ってやはりかという表情をする。

身に纏う学園制服は学内でも珍しいセーラー服タイプのカスタム。本人の好みか、スカートより下は黒いストッキングに黒のローファーと黒に染め上げられている。

学年を示すリボンから分かるのは二年。僅かにウェーブのかかった黒髪と端正な顔立ちは人形のごとき可愛らしさを齎すかもしれない。だが髪より更に黒い瞳と、そこから放たれる全てを射抜くような鋭い眼光がそうした印象の一切を消し去っている。

そして彼女の利き手である左手には、一夏や箒が持つものと同じく舞台の中に置かれた刀の一振りがある。それを自然体で持つ姿は容姿、眼光が齎す雰囲気と相まってともすれば絵的なほどに様になっていた。

 その姿に、幾度も鍛錬を共にし、深く敬意を抱いている箒が自然と名を呟いていた。

 

「斎藤……先輩っ……!」

 

 斎藤初音、彼女の餓狼の如き眼光はただ一夏のみに向けられていた。

 

 

 

 

 




(※今回の舞台に登場する武器は全て安全面に配慮済みです) 

 何気にですがセシリア、この舞台でただ一人一夏をガチで追い詰めています。
一夏も今回ばかりは分が悪いと分かっている賭けに出ざるを得ない程に追い詰められていました。最後にしても一歩間違えれば運悪く当たってハイお終いとなっていたので。

 続けての箒vs一夏ラウンド2。二巻の頃と違い、今じゃ彼女も一夏と真っ当に勝負ができるレベルにはなりましたが、まだ及ばずと。ただ成長に関しては一夏も内心で結構驚くと同時に後々を楽しみにしていたりします。

 そしてさらに盛り上がるかというところでの乱入者。
斎藤先輩、彼女が来るって思った人、どのくらいいたのでしょうか。ちなみにあの人、結構頑固なところが強く、割と空気読まなかったりすることもあります。分かっていても読まずに己を通すと言う感じで。
というわけで次回はvs斎藤先輩。でもってそれが終わって次々回あたりでようやく奴らがって感じですかね。そしてあいつの悪辣ぶりが更に発露されたり……
というか前々から思ってるんですが、制服って色も弄れないもんですかね。個人的に黒セーラーと日本刀の組み合わせは滅茶苦茶好きなので。斎藤先輩は現状形だけセーラー服みたいなもんですから。
セーラー服+黒髪美少女+日本刀=ジャスティス
これは譲れません。

 また次回更新の折に。
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