或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

71 / 89
 さて、いつまでこのそこそこ調子のいいペースが続くのやら……


 前回の引きから続く形で一夏vs斎藤先輩です。
案外、前回以前の段階で乱入者が彼女だと気付いていた方はいるのではないのでしょうか?
にじファン時代にも同じような展開はやっていますし、そもそも活動報告で前回の引きの場面みたいな予告ネタやりましたからね。
正直、肝心の勝負部分は今回の話じゃそこまでの量では無いのではとも思うのですが、ひとまずどうぞ。


第六十八話:剣鬼対剣鬼

 その少女の境遇を聞けば誰もが憐憫の情を抱くだろう。少なくとも一般的な目線で見ても恵まれた環境とは言い難い中で彼女が育ったのは確かだ。

事故による幼少での両親の逝去、親類縁者も少なく、居たとしても経済的事情により彼女を引き取れず、細やかな援助を受けるだけで施設で育ってきた。

 

 先に記したように、彼女の育った境遇は誰が見ても憐憫、あるいはそれに近しい感情を抱いて不自然の無いものだ。

大人しい優等生として育った彼女は周囲の大人に確かに評価を受けながらも、その評価の中に境遇に対しての憐れみがあったのも事実だ。

だが彼女の実態は大人たちが思うほど甘いものでは無かった。

 

 今も彼女を評する言葉の一つである寡黙、それは彼女が幼い時からの特徴であり、それを通しながら黙々と文武に励んでいた。

そしてその寡黙に己を高める姿勢、その内側にあったのは大の大人すら生半な者では及ばない強烈なまでの"意思"だった。

自分が憐憫を受けている、そんなことは早くから気付いていた。で、それがどうした。自分は自分。ただ自分がどうするかを決め、それを為すだけだ。

 

 その意思の強さによってもたらされたかは定かでは無いが、彼女は通う学校で優等生と呼んで遜色ない学業成績を修め、健康にも恵まれ、始めた剣道では瞬く間に腕を上げて行った。

そのように文武両道を地で行っていた彼女がIS学園への進学を志したのは、周りからの薦めがあったのもあるとはいえ、ごく自然な流れと言えるだろう。IS乗りとして身を立てることができれば将来的安泰はほぼ確約される。それを目指すに相応しい能力を持ち得ているなら、挑戦して損は無い。

そうして彼女はただ黙々と勉学に励み、いつの間にか隣に居るのが当たり前になっていた、彼女とは真逆に周囲へ明るさを発露する親友と共にIS学園への入学資格を手にした。

 

 周りに居るのはいずれも狭き門を潜り抜けた生え抜きだ。それらと競い合うことは並の事では無いと分かっていた。

だがそれでも彼女に揺らぎは無かった。結局のところやる事は本質的には何も変わらないのだ。今まで通りに勉学に鍛錬にと、励めば良いだけ。それも確たる意思の下で相応の密度を以って行って来たからか、気づけば親友共々に学内でも優秀な生徒として扱われる方になっていた。

そうした日々が続く中で、いつの間にか彼女も彼女なりの平穏な日常である日々に浸る安堵を見出していた。だからなのだろう、否応の無い変化を感じたのは。今までのようにやっていけなくなると思ったのは。

 

 最初の変化は、それ自体は世界規模のニュースであるものの彼女にとっては決して大きなことでは無かった。

それまで女しかいなかったIS乗りの世界に突如として現れた黒一点。それが後輩としてIS学園に入ってくるということ。

始めは変わった後輩ができた程度の感覚だった。だが彼は――強かった。少なくとも剣士として、武人としては紛れも無い上位に居た。それこそ、あの癪に思うほど鬱陶しい、しかし実力は認めざるを得ないほどに確かな生徒会長の同級生と並ぶほどに。

培ってきて、評価もされた実力に対する自負を上から叩かれた感覚はあった。だがそれで凹むようなことは無かったし、良い相手が一人増えて訓練のし甲斐が更にできたくらいの感覚だった。

 

 だから、一番の理由を挙げるなら親友のことなのだろう。

剣道を通じて知り合って、気が付けば当たり前のように一緒に行動をしていた。向こうの勢いにこっちが引っ張られることもあれば、こっちが強引に向こうを引っ張ったこともあった。

胸に病を抱えた母との母子家庭、互いに苦しい部分もある境遇ゆえに通じるところもあったのだろうが、それでも何時の間にか一緒に居るのが当たり前で、気付けば大事な存在だと声には出さずとも確信するようになっていた。

 

 いつだったろうか、親友が言い出したはずだが共にこう約束したのだ。"このままずっと親友で居続けて、一番のライバルで居続けよう。そして、二人で頂点を目指して、二人だけになったらどっちが上か思い切りぶつかって決めよう"と。

だが誓い合い、共に進むはずだった未来に暗雲が立ち込め始めた。

 

 ある時から親友が感じ始めた胸の不調。最初こそ少し調子が悪いだけと笑っていたが、その笑顔の奥にあった何かを察したような雰囲気を彼女は見逃さず、同時に何事も無ければ良いと祈っていた。

だがそれは回数をゆっくりとだが重ねていた。親友の母を蝕み、今となっては病床に伏せさせた原因でもある胸の病、それは血を分けた娘である親友をも蝕み始めていたのだ。

親友はそれを一度も表に出そうとはしなかった。知るのは彼女と、学園の教師くらいなものだろう。

このままIS乗りとしての道を諦めることになるかもしれない、共に交わした約束を早くも果たせなくなるかもしれない。間違いなく一番不安だったのは親友なのだ。だがその不安を抱えながらもあくまで今まで通りに振舞う親友の姿を見て彼女にできることは――何も無かった。

 

 彼女にできたのは、ただ自分を鍛えることだけだった。いつ親友がケロリとした顔で「いや~、心配かけてメンゴメンゴ」などと軽い調子で言いながら本調子に戻ってもいいように。その時も変わらず、今まで通りに親友同士で、ライバル同士であることができるように。

持って生まれた剣の才で親友には及ばなかった彼女は、自分自身でも半端な責任転嫁に近いと分かっていたが、彗星のごとく現れ頭角を示した男の後輩や、いけ好かない同級生を打倒の目標と掲げて今まで以上に修練に励んだ。

 

 そしてさらに彼女と親友を取り巻く変化として伝えられたのが新型機のテスター選抜。

その中核に居るのは件の後輩であり、彼の推挙で彼女と親友は共に早期から候補として見初められた。

彼女たちを取り巻く現状を客観的に見ることができる者が居たとしたら、彼の行動を親友に対して無責任、無遠慮と言うかもしれない。だが彼は何も知らないのだ、責める気は彼女には無かった。

それでも、他の候補者が集められたその時に、隠し切れない寂寥を滲ませた笑みと共に辞退を表明した親友の姿は彼女にとって凡そ看過できないものだった。

 

 誰に責任があるなどと求めることは無意味と分かっている。

だが、このどうしようのないやるせなさを消すためには何かをしなければならず、少なくともこの件についてはやるべきことはただ一つだった。

"自分こそが選抜を勝ち抜く" 競い合いの果てに親友が選ばれたならそれでも良しと思っていた。だが親友が叶わないのであれば、その分まで自分が選ばれるしかない。他の者に譲るつもりなど、微塵たりとてありはしなかった。

そのために形振りを構うことは止めた。問題と取られないレベルは弁えつつも、己こそをと示すために彼女はただ突き進むことを決めた。

 

 そうして転がり込んできた一つの機会。

件の話の発端となった後輩、いつの間にか近接戦に関しては学内でも有数の使い手として名を馳せるようになった彼が、挑戦者と本気で勝負し合う場を作ったのだ。

故に彼女は迷うこと無くその場へ飛び込んだ。何やら色々とルールだかがあるようだが、知ったことではない。どちらが強いか戦って決める、そこに細々としたルールだの前置きだのは無用だ。

ただ敢えてルールを設けるとすれば、"ただ戦い、最後に立っていた方が勝者"、この一つで十分だ。

必要な得物は手に入れた。道中でコソコソと動いていた異国からの後輩を排し、彼の手によって他の者達も次々と脱落していった。

 

 邪魔者は居なくなった。間近まで迫った彼女は抑えていた闘志を、研ぎに研ぎ澄ませたことにより殺気と化したそれを開放しながら最後の障害となった薄壁を一突きで粉砕する。

晴れた視界の先には彼が、織斑一夏が居た。その目は彼女がここに来たことを既に納得しているようだった。

 

 一歩を踏み出し、最後の壁を超える。そして彼女は、斎藤初音は一夏の前に降り立った。

 

 

 

 場内にはアドリブで上手いこと観客の認識を違和感のないように誘導しようとする数馬のナレーションが響く。

おそらく簪あたりに頼まれてだろうが、助かるのは事実だ。だが数馬には悪いが今はそれを気にしている余裕では無い。

 

「何故ここに、なんて聞くのは野暮ってやつなんでしょうね

 えぇ、用件は分かっているんでね、また別の質問を一つ。シャルロット知りません? フランスの候補生の」

「私が倒した」

 

 やっぱりねーと一夏は何とも言えない気分になる。

箒も同じ気持ちなのか、よその方向を向きながら言葉に困るような表情をする。

 

「ちなみに、倒してその後は?」

「気を失ってそのまま。場所は――あのあたり」

 

 そう言いながらシャルロットを残してきた場所の方角を初音は指で指し示す。

そうですか、とだけ言って頷くと一夏は初音から意識を外さないまま箒に声を掛ける。

 

「箒、悪いけど勝負は預ける。

 シャルロットを拾って引き上げてくれ」

「……良いのか?」

「斎藤先輩の狙いはオレだけだろう。望んでるのはタイマンだ。それ以外じゃ話が進まない。

 それに、元よりお前ら全員には引き上げてもらう予定だったんだ。ちょっと流れが変になったけどな。

 シャルロット起こして一緒に戻って、あとは手筈通りで頼む」

「心得た。だが、気を付けろよ。お前の実力は知っているし疑いもしないが、正直斎藤先輩の方がどう出るか分からん」

「そこまでか?」

「あぁ」

 

 二人は共に気付いていた。

初音から放たれる気迫、その力強さと勢いは今までの初音からは感じたことがなかったほどのものだ。

 

「あんな斎藤先輩は初めてだけど、箒知ってた?」

「いや、私も初めて見るよ。

 確かにここ最近、鍛錬に熱が入っているとは思っていたが、まさかこれほどとは……」

 

 ただ、一夏にとっては覚えが無いでもない。

過日の楯無との手合わせの後に一瞬感じた気迫、気付いたのは一夏と楯無のみで、揃ってその方向を向いたら背を向けて去って行く彼女の姿があった。

だがいざこうして真正面から向かい合い、ダイレクトに受けてみると実態は想像を超えたものだった。

 

「とにかくだ。箒、行け。後はオレが納める」

「分かった。くれぐれも、無茶はするなよ」

 

 そう言い残して箒はシャルロットを探すべく場を離れていく。

後に残された二人は静かに視線をぶつけ合い、やがて初音がゆっくりと歩き出す。

 

「何か、裏でコソコソとやっているみたいだけど」

「いや、まぁ、間違ってはいないんですけど、なんで分かったので?」

「知れたこと。この茶番は生徒会主導。つまりは楯無が中心。

 アレが何かをやって、裏が無いわけがない」

「あぁ、そりゃ納得だ」

 

 言い返しようがないくらいに納得できる理由だ。

思わず頷く一夏だが、その耳に付けているインカムから楯無の声が聞こえた瞬間、目がスッと細まる。

 

「……あいつが企むことだから、ろくなものじゃないにしても間違ったことじゃないとは思う。

 けど――それは私の知ったことじゃない。今、私にとってはここでお前に勝つ、それが何より」

「そこまでオレを見込んでくれるのはありがたいですが、それは以前の雪辱とかで?」

「それもある。そして、良いアピールにもなる」

 

 あぁ、そういうことかと納得する。一夏と初音の共通点の一つ、新型機テスター選抜に関わっているということ。

それを考えればより頷ける。つまりあの上級生はここで自分を倒すことで、選抜へのアピールポイントとしたいわけだ。

 

「熱心、ですね」

「譲る気は無い。誰にも」

 

 セットを上り、その上から見下ろしながら淡々と答える初音だが、その言葉の裏にある強靭過ぎるほどの意思は一夏も読み取れた。

ふぅ、と小さく息を吐く。そして手に持っていた二刀の片方を放り捨て、もっとも慣れた一刀で構えを取る。

 

「どっちにしろ、この場は白黒つけなきゃ収まらない。良いですよ、受けて立ちます。

 けど、オレにもやらなきゃならないことがある。だから、オレはオレの義務を果たさせてもらう」

「あぁ、果たしてみろ」

 

 間髪置かずに初音は飛び降り一夏へと斬りかかる。そして、舞台は最後にして予定外の一騎打ちの幕を開いた。

 

 

 

 

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、切り上げ、突き、僅かたりとも手を休ませることなく初音が苛烈なまでの攻めを繰り出す。

対する一夏は、その全てを防ぎ、流し、対処しきっていたが追い込むように前へ前へと踏み込んでくる初音に対し逆に後退を余儀なくされていた。

刺突を横に逸れることで躱し、がら空きとなった初音の背に一撃を叩き込もうとするも、初音は振り向くでもなく手首を返すだけで背後の一撃を受け止め、そのまま振り向き直り僅かに鍔迫り合った一夏の刀を大きく上に弾くと胴の中央に思い切り蹴りを叩き込む。

躱しきれないと即座に見た一夏は敢えてそのまま蹴りを受け、当たった瞬間に地面を蹴って蹴りの勢いも利用して後ろに跳び、そのまま宙返りで体勢を整え直す。そして再び八相に構え、追撃のために向かって来る初音を迎え撃った。

 

 途轍もないまでに苛烈な攻め、その一撃一撃の重さ、勢いはともすれば今まで学園の誰からも受けたことが無いと感じるほどだった。

ただ気迫だけでどうにかなるものではない。それだけの動きを可能にする身体能力という確かな下地に裏打ちされた攻めだ。どれほどまでに鍛えこんだのか、それを想像して自然と表情が険しくなる。

初音の繰り出す攻撃は一撃一撃が必殺を狙うように相手を押し切ろうとする重さ、力強さに比重が置かれている。そのためどうしても振りや残身が大きくなりがちだが、それでもかなり隙は潰している。

 

 更に厄介なのは時折関節を駆使しての変則的な動きをするため、予測のしにくい連続攻撃が襲い掛かることだ。時にこちらに背を向けた状態からでも攻めてくるのだから厄介な話だ。

一撃、たった一撃を叩き込めれば十分だ。それは一夏だけでなく初音もそう。共に一撃で相手を戦闘不能に追い込むことができる。勝負の行方は、どちらが早くそれを為せるかに委ねられる。

怒涛の攻めを繰り出す初音が前進し、それを捌く一夏が後退する。見る者の中には一夏が守勢に徹させられている状況に驚きの反応を示す者もいるが、今の二人にそんなことは関係ない。やがて二人の移動は開放的な空間から閉鎖的なセットの建物の中へと移るが、それでも攻防が止まることは無かった。

 

 先ほどまで一夏が箒や鈴と戦っていた場所とは別のエリアだが、同じように城のようなセットだ。というよりも、アリーナに設けられたセットはこの城をモチーフにしたものが中心となり、それに付随する形で他のエリアがあると言った方が良い。

どちらかと言えば開放的な空間だった先ほどのセットとは違い、今度はやや手狭と言える空間だ。あちこちに一目で安い造りと分かる簡易なテーブルや椅子などが雰囲気づくりのために置かれている。

 

 一夏の片腕が椅子の背もたれを掴み初音目がけて投げつける。足止めにもならないと言わんばかりに初音は椅子を刀で弾き、距離を詰めるなり右足を振り上げて前蹴りを繰り出す。

スウェーバックで避けると返すように斬りかかった一夏の刀を初音もすぐに刀で受け止め、これで何度目になるか分からない鍔迫り合いを再開する。

金属同士が擦れる音を鳴らしながら二人は押し合いへし合いを繰り返し、二人の顔が30cmもない程に近づいた瞬間、初音が思い切り頭を前へ振り一夏の額にヘッドバッティングを叩きつける。

さしもの一夏も間近で、しかも鍔迫り合いの最中となると躱しきることができずモロに頭突きを受けることになる。衝撃と共に目の前で火花が散ったような錯覚に陥り仰け反るも、すぐに体勢を立て直して追い打ちをかけてきた初音の月を刀で受け流し、そのまま抑えつけて逆に初音の顎に肘打ちを叩き込む。

元々広く動き回れるような空間でも無いため二人の攻防は近い距離のまま切り結ぶ形になり、いつのまにかそこへ隙あらば殴る蹴る、頭突きに肘鉄まで加えた結果、次第に勝負は泥沼の喧嘩の様相を呈してきていた。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、中々やるねぇあの人。あんな喧嘩まがいの戦い方であぁも一夏に食らいつくなんてさ」

「あの人、斎藤先輩は二年でもかなりのやり手。

 近距離戦なら全体で見ても指折り」

「ふぅん、さすがはIS学園と言うべきかな。居るもんだねぇ、できる奴ってのは。

 ISでもない生身の勝負で一夏が引き分けたって聞いた時もちょっと驚いたけど、また驚かされたよ」

「……私も、少し驚いてる。あの人がここまでやるとは、思ってなかった」

「僕の見立てだと、あれは単純に体を鍛えたとか技を練習したってだけじゃないね。

 勿論それもあるだろうけど、それ以上に執念でやっているよ、あの人は。

 さっきの会話からして、あの斎藤さんとやらは何かの目的があって一夏の打倒のためにここにいる。で、その意思が尋常じゃ無く固いんだ。そりゃもう、頑固なんて言葉すら生ぬるいレベルでね。

 アレを折る、少なくともこの場は引かせるには、完璧に意識飛ばすくらいにやらなきゃ駄目だよ。意識があるなら、それこそ両腕両脚斬り飛ばされても這って近づいて喉元噛み千切るくらいはしてきそうだ」

「よく分かるね」

「言わなかったかな? これでも人の気持ちは分かる方なんだ」

 

 モニターに映る二人の勝負は徐々に決戦から血戦に近い様相を呈してきている。共に衣服のあちこちに汚れが付き破けかけている箇所もある。

それだけに留まらず、一夏も初音も頭突きや殴る肘鉄やらの応酬のせいか、顔のあちこちに赤みがさしている。競り合いの最中の、十分に威力の乗り切らない一撃ばかりであることと、単純に当人たちの頑丈さの賜物だろうゆえにその程度で済んでいるが、これが純粋な素手の殴り合いならとっくに青痣をあちこちに作って、ついでに口の中も切って血を出している頃だろう。

二人のいる司会進行室という名の管制室の一つはモニターが幾つもあり、追加で舞台上に設けた以外にも元々あったものを用いて観客席の様子なども映すことができる。その観客席の方を見れば、向こうも大型モニターから見れる二人の勝負、闘争心と相手を傷つける意思がむき出しとなったぶつかり合いに息を呑み、中には口元を抑えながら心配そうに見つめる者もいる。

その様子を数馬、そして簪の二人は冷めきった目で見つめていた。

 

「あの、簪さん……」

「いつも通りで良いよ、虚姉さん。数馬くんならすぐに分かってくれるから」

 

 小声で声をかけてきた虚に、簪はまず隣の数馬に気を使った学内、対外用の呼び方では無く普段通りで良いと告げ、それから何事かを確認する。

 

「その、生徒会を通じて何件か手厳しい意見が……」

「つまりクレームだよね。内容は大方今のこの状況のこと」

 

 沈黙が簪に肯定の意を伝える。それを見て数馬も察したのか、心底面倒くさそうな口調で言う。

 

「察するに、勘違いの激しいクソ馬鹿がいちゃもんでも付けてきたかな?

 まぁさっきまでと言い、傍からみれば一夏(オトコ)他の連中(オンナ)を嬲っている光景だ。

 さぞや気に食わないと思う奴もいるだろうさ」

「えぇ、はい……。概ねその通りです」

 

 ISが世に齎した影響の一つとして一部での過度な女尊思想の発生がある。

元々古くからの男尊女卑傾向が解消された反動やらで、中途半端な男女平等を為そうとした結果の歪なフェミニズムが蔓延っていた日本だが、ISはその一部に余計な拍車をかけていた。

勿論、世論全体からすればマイノリティも良いところな考え方ではあるのだが、そのような尖った女尊男卑思考が一部の者達の中で根付いているのは確かだ。

そういった手合いがこの舞台を見ている者の中にもいたのだろう。そしてその思想を鑑みれば、今の状況はひどく不愉快なはずだ。

 

「無視して」

 

 だが対応を問われた簪の返答は至ってシンプル、ともすれば突き放したような物言いだ。

 

「返答は適当にしておけばいい。後で織斑君に注意をしておくとかで流して。

 そんな下らない戯言、一々まともに相手にするだけ時間の無駄」

「……はい」

 

 虚としてもクレームの内容が、はっきり言ってしまえば程度の低いものであることは分かっている。

故に簪の冷え切った物言いに思うところが無いわけでも無いのだが、素直にその指示に従うべく返事を返した。

 

「あぁ、すみません布仏さん。

 もしよければ上手いこと相手の身元、まぁそこまでは無理でも何かしらその手の団体、コミュニティに属しているようであれば聞きだしておいてくれませんか?」

 

 対応に動こうとした虚を呼び止めて数馬が頼む。

 

「あの、それは何故?」

「いや、そういう連中に関わると面倒に巻き込まれそうですからね。

 その手の連中からすれば一夏は実に気に食わないかもしれない。ともすれば親友という繋がりで変に絡まれたりするかもしれませんからね。

 そういう後々の厄介を回避するための予防策ですよ。君子危うきには近寄らず、というやつです」

 

 一切の他意は無いと言うように、実に爽やかな笑顔で言ってのける数馬に虚も釈然としきれないものを感じつつも、話の筋は通るために問題にならない範囲でと念押ししてから作業に戻る。

その背を見送ると数馬の表情から笑みは一気に消え、全てを侮蔑し尽くすような不愉快な表情を露わにした。

 

「チッ、虫けらが舐めた真似してるんじゃねぇよ」

 

 心底不愉快だと言うように数馬は吐き捨てる。その口調も荒いものになっているが、隣で聞いている簪は依然として表情を変えない。

 

「仕方のないこと。どうやってもそういう手合いは出てくる」

「ハッ、何の価値も生み出さない資源を浪費するだけの寄生虫どもが。生きてて恥ずかしいと思わないのかね。いや、思わせてやる。

 役に立つ道具以下の虫けらには相応しい振舞い方があると教えてやらなきゃならない」

「それで、虚姉さんに情報の聞き出しを?」

「まぁ何かには使えるだろうからね。もっとも、あの人には悪いけどその情報がどう扱われるまでは、あの人の知るべきところじゃあない」

「確かにね。それで、どうするの?」

「それこそ知るだけ無意味というやつじゃないかな? どうせそいつらがどうなろうと関係の無いことだ。

 自分の周りがガタガタになって気が狂おうが、果てにくたばろうが。僕らの知ったことじゃない。

 あぁでも、自分からくたばってくれたなら少しは褒めてやらなきゃな。役立たずの愚図以下が分際を弁えて勝手に消えるというなら、少しは社会の貢献にもなるだろうよ。

 あぁ、よくできましたーと褒めてやる。一秒で忘れてやるけどね」

 

 そう、知ったところではない。

有象無象の、無視以下の輩が集まってどうしようが、どうなろうが、二人にとっては心底どうでも良いことなのだ。

故に、これより日を幾ばくか跨いだ後に、インターネット上を主な活動場所としていた女尊主義者のコミュニティが瓦解、その関係者による内紛の末の殺傷事件や自殺未遂の報道があっても、彼らは一顧だにすることは無かった。

 

 

 

「さて、良い感じに勝負は盛り上がっているようだけども、ここいらで一つテコ入れと行こうか」

 

 良いよね? と数馬は横に座る簪に確認を取り、無言の首肯で返した簪に数馬も頷き返すと、既に必要なセッティングがされたスイッチを押し込む。

それと同時に室内には装置の起動を示すアラートが鳴り、同時にそれは今もなお刃を交わす二人にも伝わるところとなった。

 

 

 

「これは……」

 

 勝負が始まって以降、殆ど無言を通しひたすらに攻めに徹していた初音が何かに気付いたように呟く。

同じように気付いた一夏も周囲の様子を確認し、すぐに状況の把握をする。

 

(アリーナの装置が動いてる? 簪の仕業か?)

 

 広いフィールドと、それを取り囲むように設けられた観客席や各種設備室を備えた建物というスタジアム状の建造物というのが学内のIS実機稼働用アリーナのスタンダードだが、肝心のISが動くアリーナはただ広いだけの平地というわけではない。

各アリーナごとに細かい設備は異なるが、その内部には訓練などのための設備機能が盛り込まれている。それは二人が現在居るアリーナも例外では無く、例えば障害物回避用の可動式タワーやドローンの機構を応用した自律起動をする射撃訓練用の的固定のための装置などもある。

セットの接地自体はそれらが稼働しても障害とならないように配慮されているが、稼働自体が予定に盛り込まれていないため確実に外部からの干渉、この場合はそれをできる箇所に居る簪らの仕業とあたりをつけることができた。

 

「だが、やることに変わりは無い、か……」

 

 一夏がそうであったように一瞬気を取られはしたものの、既に初音の意識は一夏のみに向けられている。

一夏も初音も、このアリーナの装置がどのようなものかは知っている。だったらそれで十分、それも勝負に関わる一因として使うだけの話だ。

 

「……」

「……」

 

 二人はただ無言のまま睨み合う。あたりに鳴り響くのはあちこちの装置が動くことを示す重い稼働音だけだ。

そうして睨み合って、合図などをするでもなく自然に二人は動き出し、再び刃を打ち付け合った。

 

 

 

 

 




 前回までの勝負が良くも悪くもある程度行儀のいい決闘だとしたら、今回の勝負は何でもありで勝つことが全ての喧嘩と言うべきでしょうか。単に剣の競い合いだけでなく殴るわ蹴るわ物を投げつけるわで相手を倒すために両者ともにやれることは何でもやってます。二人の信教を表すなら「くたばれ」「上等だゴラァ」という感じですね。

 斎藤先輩の背景については詳細を書いたのはここが初めてでしょうか。
彼女も何気にヘビーな生い立ちです。何でもかんでもヘビーにすりゃ良いわけじゃねぇぞですと? ごもっともです。

 そして最後の方で黒い会話をする腹黒二人。作者自身未だに信じきれません。この二人が現状本作で確定している唯一の○○要素の組み合わせだなんて……

 次回辺りで斎藤先輩とは勝負を決めて、次の場面に転じたいところです。

 感想ご意見は随時受付中です。
些細なことでも一言でも構いませんので、お気軽にドシドシどうぞ。

 それではまた次回更新の折に。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。